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23/5/26 そらとゆき様
コメント欄にてお返事いたしました。
ありがとうございました!
23/3/10 このはん
あーよかった!突然のぶっ飛び設定受け入れてもらえて安心しました笑
話を広げ過ぎると長編になっちゃいそうで……
このまえのWEBオンリーのアラビアンナイトサンナミ、まだ書きたいと思ってるので
いつか突然「書いたよ!」って渡すかもしれませんw
23/2/9 ゆにさん
うわーーーアンドロメダを読み返してくださったんですね!ありがとうございます~!
読み返すと感じ方が違ったりすることもあるかもしれませんが、それでも楽しんでいただけたようでなによりです!
読んでくださる方がいると、またマルアン書きたいなぁとむくむくしてきます~^^
22/12/9 シェアリング(仮)12にコメントくださった方
サンナミお読みくださってありがとうございます!
のろのろ更新なのに……ついてきてくださって……ウッウッ
22/11/11 緑茶さま
ご丁寧なメッセージありがとうございます!
シェアリングの更新もとてもまれになってしまったのに、温かくお待ちいただき恐縮です;;
ご期待に応えられるよう、これからもゆっくりたくさんサンナミを書いていきたいと思っておりますので、お楽しみいただけたら嬉しいです!
22/8/25 ・9/2にペルビビについてコメントをくださった方
お返事がたいっへん遅くなり申し訳ありません!
ペルビビについて語っていただき、全然気持ち悪くないですよ~~嬉しかったです!
Twitterも、ぜひのぞかせていただきたいのですが、アカウントやお名前をお聞きしていないかと……
もし、まだこのサイトに遊びに来てくださっていて、このレスにお気づきになられたら
また教えてください^^
これ、全部あなたが作ったの?
口をつきかけた馬鹿げた質問を飲み込んで、私は黙って顔を上げた。私と一緒に店の窓を覗き込んでいた男は、私の視線に気づき、目元だけで笑った。マスクをしているので、鼻から下は見えないのだ。
「見ていく?」
「でも」
店の入口に提げられた小さな看板に目をやる。
【パティスリー 完全予約制】
男は悪びれもせず「そうだな、ごめん。売ることはできない」と言ったが、私の返事も訊かずに店の扉を開けた。
「次の予約まで時間あるんだ。お茶でも飲まない? 試作品で良ければ、ガトーも少し」
アリスがうさぎの消えた穴を覗き込むとき、こんな気持ちだったのだろうか。
私は不思議な深い穴に落ちていくような心地で、勧められるがままに店の敷居を跨いでいた。
その店は、まるで誰にも見つかりたくないかのように、木苺の藪と連なる樫の木が生い茂った茂みの中に建っていた。薄く残った轍がなければ、まさかこの先に店があるなんて思いもしないだろう。
私がふらふらとそんな場所に迷い込んだのは、途方もなくいい香りが誘うように伸びてきたからだ。繁茂する草木と蔦をくぐりながら奥へと進むと、おもちゃのような小屋と、その店先を掃くコックコートの男性がいた。
私が彼に気付いたのと、彼が私に気付いたのは、ほとんど同時だったと思う。
私たちはしばらくの間、立ち尽くして見つめ合った。
どこかで遠い記憶が騒ぐようなざわめきを感じたが、それを掴むよりも早く、向こうが我に返ったようにはっと身体を動かした。
「あ、の」
「こんにちは」
マスクをした男は、すうと目を細めて笑った。
「道に迷った?」
「いえ……ここは」
「パティスリー。ケーキ屋だよ。うちに御用で?」
首を横に振ったとき、小屋の窓の向こうに光るショーケースが映り込んだ。目を奪われる。細かい宝石細工のような、いや、精巧な時計やオルゴールのような小さなかたまり。
あれはケーキだ。
「すごい……」
息を呑んで店の中を覗き込む私に付き合うように、彼は一緒に窓の中を覗き込んだ。
見たこともないケーキたち。食べ物だとは思えない。飴細工でも、こんなに精巧に作れるだろうか。
でも、なぜだろう。私はこれを知っている気がする。
彼に誘われるがままに店に足を踏み入れたのも、なにか私を引き寄せる懐かしさが、戸惑いを払い去ってしまったのかもしれなかった。
店の中は狭く、そのほとんどをケーキの並ぶショーケースが占めていた。ケースの上にも、5,6種類の焼き菓子が並んでいる。
お茶を淹れると言って奥へと入っていった彼の背に、「これ、全部予約されたものなの?」と尋ねた。
「そう。余分に作る時間も金もないから、受注生産なんだ」
色とりどりのケーキは、フルーツや飴細工やクリームで美しく装飾されており、形は様々だったが、どれもが薄い光の粉をまぶされたように輝いていた。
「お誘いしたはいいものの、椅子もテーブルもねぇや」
取手がついた四角い盆のようなものにポットとカップを載せて戻ってきた彼は、店の出入り口のそばにある出窓にそれを置き、私を手招いた。
熱い湯気の立つ紅茶が供され、私は受け取ってから状況の不自然さに気が付いた。
「いつも、こんなふうにお茶を出してるの?」
私は客ですらないのに。
彼は、「いや?」と自分でもわからないといったふうに首を傾げた。そして、子どもが不躾に人を眺め回すように、私をつま先から頭の先まで見渡した。
「なんでかな。君のことを、待ってた気がする」
「私?」
紅茶は深いスモークのような香りがした。知らない香りだった。
「ナンパ師みたいなこと言っちまった」
彼は気まずさをごまかすように、出窓に預けていた身体を起こした。
「ケーキはすき?」
「えぇ……そうね、すきかも」
「かも?」と彼は片眉を上げた。聞き咎めた、と言ってもいい表情で。
「たまに食べると美味しいと思うし、食べたくもなるんだけど、あんまり自分では買わないから」
「なんで?」
「……可愛すぎるからかな」
一枚のチョコレート、ひとすくいの生クリーム、一切れのスポンジ。それらで繊細に構成されて全身で可愛さを表現しているケーキという菓子は、なぜだか私には荷が重かった。
ふむ、と言うように彼は顎に手をやった。
「ちょうど、君にぴったりのプチガトーがある」
ちょっと待ってて、と言って彼は私の目の前を横切り、カウンターの奥へと消えた。その瞬間、彼の身体から紅茶よりもずっとスモーキーな香りがし、煙草を吸うのだろうかと漫然と考えた。
煙草?
そのとき、脳裏に誰かの指がよみがえった。長く、節くれだった指だ。火傷の痕か、ところどころしみのようにかさついていて、指の先に短い煙草を挟んでいた。
「おまたせ」
戻ってきた彼は、出窓に小さな皿を置いた。生まれたばかりの小鳥のようなサイズの菓子が載っている。
淡いクリーム色で、ムースだろうか。ショーケースの中のケーキのように、ほのかに光っていた。美しい六角形で高さは2センチほど。ケーキの上には何も載っていない。フルーツも、飴細工も、粉砂糖さえも。
「どうぞ」と言って、彼は私に細いフォークを差し出した。
「え、いいの」
「うん。売り物じゃないから」
特別にね。そう言う彼からフォークを受け取るとき、私たちは同時になにかにひっかかり、でもそれがなんだかわからないという顔で一瞬視線を交わした。
さっきから生じるこの違和感、ちがう、既視感だ。彼も感じていることを、私は確信した。
皿を支える彼の手から、ケーキを切り取る。柔らかく沈んだフォークが、底に当たるとさくっと軽い音がした。
「いただきます」
口を開いたとき、彼の目が、私の手元に注がれていることに気が付いた。じっと、息をひそめて私を見つめている。
なめらかなムースが溶け、中から濃いミルクのソースとホワイトチョコレートのガナッシュが混ざり合いながら広がり出てきた。
あ、おいしい。思わず笑みこぼれたそのとき、奥から駆け込んでくるようにオレンジの果汁がこぼれて香った。
涙が出た。ぽろんとビーズのように落ちて床に転がった。
とても大事だったはずなのに、どうして忘れていたのだろう。この味も香りも全部私のものだ、ここで私を待っていたのだ。きっと「彼」も。
彼は、表情を変えずに私の顔を見つめ、ほんの少しだけ目を細めた。長い前髪が隠さない、唯一見える方の目で。
私はフォークを皿に置き、彼の顔を見上げた。
「……誰?」
彼はケーキの皿を出窓に置くと、静かにマスクを外した。通った鼻筋、薄い唇、整えられた顎髭が現れる。
知らない。私は彼の顔を知らない。でも、知っている。絶対に、絶対に私の大切ななにかだった人。
彼は私の手を取った。冷たく乾いた手の感触が、一瞬で自分の手のひらに馴染んだ。水に水滴が落ちるようだった。
やっぱりおれは、君を待ってたんだ。
柔らかく手を引かれて行き着く先は彼の胸の中だった。私を抱きしめる腕の力にとてつもない安心を感じたけれど、それがどうしてかわからないことが悔しくて私はまた泣いた。
でも、会いたかったのだ。
草木の中にうずもれる小さな店の中で、私たちはお互いの身体がそこにあることを確かめるみたいに、ただ立って、抱き合っていた。
***
「サンジが完全予約制のパティスリーをやっていて、予約の履歴が書き込まれたショップカードをナミさんが持ってて、友達に「めっちゃ行ってるやん」って突っ込まれる」
という夢をみたので描きたいところだけを文字に起こしてみたところ、反映されたのは「サンジが完全予約制のパティスリーをやっている」というところだけでした。
12
人を呼びつけておいて、訪ねていくとジジイは夕方だというのにソファで寝こけていた。
「おい、おい」とつま先でソファを蹴る。ジジイは億劫そうに一度目を開けたが、おれを確認すると「なんだお前か」と言いたげな表情で、また目を閉じた。
「おいっ! クソジジイ、寝るなっ」
「うるせぇなぁ、チビナス」
やっと身体を起こしたジジイがあくびを噛み殺しながら頭をかき、いれっぱなしの茶をすするのを苛々しながら待つ。
「なにボケッと立ってやがる。新しい茶でも淹れねぇか」
「客人はおれだろうが!」
「甘ったれんな。自分ちで偉そうに」
そう言われるとぐうの音も出ない。おれはどすどすとわざと足音を立てながら、勝手知ったるキッチンへと向かった。
熱い茶の湯気を挟んで、ジジイと向かい合う。数年ぶりの実家のソファは、妙に尻に馴染んだ。
「チビナステメェ、店辞めるつもりか」
淹れたての茶をこころなしか嬉しそうにすすっていたかと思うと、おもむろにジジイは切り出した。
「は? 辞めねぇよ。カルネがなんか言ってたのか。てかチビナスって言うな」
おれの成績も、まぁ右肩上がりとは言えないが退職を迫られるほど悪くはないはずだ。
「休んでんだろ」
「あぁ……まぁな。たまにゃいいだろ。てかジジイこそ」
ジジイは、おれが勤めるクラブの他にもホストクラブを一軒、あとはホストたちが着るスーツを扱う紳士服店を一軒経営している。
親族から見てもまだカクシャクとしているジジイなので、常にそのどちらかの店には夕方頃から顔を出していたはずだ。おれの店には、おれがいるのでほとんど来ない。
「ああ、あっちの店は閉める」
「はぁ!? 儲かってねーのか」
「いや」
サンジ、と名を呼ばれ、思わず真顔で顔を上げた。おれを見据えるジジイと視線がかち合ってしまう。
「おれァ、やりたいことがあるんだ」
だから店は閉める。
まるで精悍な若者のように迷いのない目で言い切られ、二の句が告げなくなった。
なんのために自分が呼ばれたのか、訊こうと口を開く前から実は気付いている。
相槌も打てないまま、おれは間を持たせるために煙草に火をつけた。
「まだそんなもん吸ってやがるか」とジジイは苦い顔をしたが、無視して立ち上がる。
昔使っていた灰皿が、台所の隅に置きっぱなしになっていた。
磨き上げられたシンク、研いだばかりの包丁が数種類、大小様々な鍋。それらに目をやりながら、一服する。
ジジイが丁寧に整えたキッチンを、てらいなく美しいと思った。
ジジイの家から帰る道すがら、ふと目に留まってなんとなく立ち寄った不動産屋で、めぼしい物件を見つけた。
内見を申し込むと、実はまだ先住者がいて見ることができないのだと言われる。
なんだそりゃ、と諦めようとしたが追いすがられ、改めて詳細を聞いてみると、立地、家賃、内部設備などなどどれも希望にかなったものだった。
こちらのプロフィールも開示した上で、審査は大丈夫そうか念を押して見ると、不動産屋はすぐに管理会社とオーナーに電話で確認を取ってくれ、何も問題はない、形式的な審査はあるが、おれのプロフィールならおそらく大丈夫とのことだった。
内見ができないことが気になるが、なんとなくここで決まりそうな気配がしている。にこにこと愛想のいい不動産屋は感じが良かったし、茶を運んでくれた年上のレディは上品で綺麗だった。
結局仮押さえ、という形で申込書を出してきてしまった。
決まるときはトントン拍子で決まるものだ。
今のアパートからは仕事場の駅を挟んで反対方向のエリアになる。だいぶ離れるので、アパートの住人にばったり出会うということもないだろう。
諸々の書類が入ったビニール袋をぶら下げて、いよいよ出ていかざるを得なくなってきた、という思いが頭をよぎる。
ナミさんの部屋の前で「ここを出るよ」と言ったとき、自分では本気のつもりだったがちっとも具体的にイメージできていなかったのだ。
もう二度と、夜中のリビングで仕事をするナミさんに「おかえり」と言われることもなければ、毎月家賃を徴収しに来る彼女を早起きして待つこともない。
やっと寝付いたばかりの朝六時頃にウソップがどたばたと階下に降りる足音に起こされることもなくなるが、なにか作ってくれと住人たちがすがりついてくることも、大勢でテーブルを囲むこともなくなる。
寂しいのか? と胸に問うてみるが、特に、という感じだった。
ただ、いうなれば手持ち無沙汰というか、物足りないというか、そういう気分だった。
きっとこの物足りなさはすぐに埋まる。新しい日常に埋没して、忘れてしまうだろう。
ナミさん以外の部分は。
──などとぐじぐじ考えながら、コンビニに寄り道して350mlの缶ビールと無償に食べたくなったのでタン塩を買い、アパートの玄関を開けると真正面にナミさんが立っていて息が止まるかと思った。
ナミさんも驚いたように目を丸めて、手にしたフローリング用のワイパーを握りしめている。
「た、ただいま」
「……おかえりなさい」
ナミさんはおれに背を向けて、風呂場の手前にある掃除用具箱にワイパーを仕舞いに行った。
あーびっくりした、心のなかで呟いて、無視されなくてよかったとおれは内心胸をなでおろす。
リビングには明かりが灯っているが、人のいる気配はない。いつものことながら階上も静かだった。
「入れば?」
いつのまにか傍に戻ってきていたナミさんが、立ったままのおれを邪魔そうに避けてリビングに入っていった。
特に用はなかったが、ナミさんの言葉に許しを得た気分で彼女のあとに続いた。
ダイニングには、おれが買ったものと同じ缶ビールと枝豆、あとチーズが小皿に載っていた。飲んでいたのか。でも、さっきは掃除用のワイパーを持っていた。
「パントリーの奥の床が埃っぽかったから、掃除したの」
おれの心を読んだように、ナミさんが答えた。
「ああ、そう……ありがと」
「なんであんたがお礼を言うのよ」
「だって共用スペースだし」
ナミさんはダイニングの席に座りながら、つとおれを見たが、何も言わずに缶に手を伸ばした。
時計を見る。まだ一九時だ。
「ナミさんメシは?」
「おなかすいてないの」
「なにか作ろうか」
「いい。すいてないんだってば」
ナミさんはおれが手にぶら下げたビニール袋に目を留めた。
「……ビール?」
「あ、うん」
「あと、なに」
「タン塩」
ビニール袋から出してみせると、ナミさんは自分の手元に視線を落としてから、「ちょうだい」と平べったい声で言った。
「私のもあげるから」
お箸二つ出して、と言って彼女は枝豆のさやを口に含んだ。
ナミさんと向かい合って缶ビールのプルトップを開ける。空気の抜ける新鮮な音が弾けたが、おれはどうにも気が重かった。
ナミさんは以前のように闊達に話をしてくれるわけでも、笑顔をみせてくれるわけでもない。ただ淡々と、おれなどいないようにビールを飲んでは枝豆を口に運び、横においたパソコンをときどき眺めてカーソルを動かす。
「……仕事?」
「ううん、買い物。ここの日用品とか」
それも仕事だね、と言ってみるが、そうね、と彼女は言うだけだった。
おれが開けたタン塩を、ナミさんは「いただきます」と一枚持っていく。
「今日、他のみんなは?」
「さあ、朝にロビンと会ったきり、だれも見てないわ」
静かな室内は、深夜のようだった。でも、おれたちがよく二人で過ごした夜更けとはなにもかもが違う。
「家、決まったの」
ナミさんがチーズを齧ったついでのように言う。
「ああ……ちょうど今日、いいところがあって仮押さえしてきた」
「そう。いつ?」
不動産屋の説明によると、今の入居者が二週間後に出ていくので、そこから急いでクリーニング業者を入れて鍵を交換して、
「一ヶ月後には入れるらしい」
「ふーん」
「ナ、ナミさん」
ナミさんが、持っていた缶をテーブルに置く。空っぽの軽い音がした。
「この間はごめん」
ナミさんは、感情の読めない静かな目でじっとおれを見つめた。揺れる電車でこけないように踏ん張るように、おれはぐっとこらえて彼女を見つめ返した。
ナミさんは、興味を失ったようにふいと目をそらした。その仕草に、なぜか胸が疼く。
「いいわよ、別に。あんたの言うとおりだし」
「いや、違う、あれは」
「こっちこそ」
ナミさんは急に疲れたため息をついた。
「水ぶっかけてごめん」
彼女が本当に謝りたいと思っているわけではないことは、わかりきっていた。この場をやり過ごそうとしているだけだ。
おれは返事もできず、水っぽく光る薄いタンを見下ろした。
本当に、ナミさんにとっておれはもう、そのうち出ていく他人なのか?
おれはただ、このアパートで過ごした短い月日、一方的に心を揺さぶられただけだったのか?
「ナミさん、おれ」
「よかったわよ、あんた、出ていくことにして」
ナミさんは薄く笑っていた。
「こんな引きこもりにいつまでも執着してたんじゃ、時間がもったいないもの」
本気になる前で良かったわね。
ナミさんは立ち上がると、カラの缶と箸をシンクまで運び、手を洗うとそのまま出入り口の扉へと向かう。
すれ違いざまに見た彼女の表情に、おれは咄嗟に彼女の手首を掴んだ。
さっきまでの淡白でしらっとした雰囲気が嘘のように、彼女は今にも粉々になりそうな、張り詰めた顔をしていた。
「本気って、本気ってなんだよ。本気だとか本気じゃないとか、一度も考えたことねェよ」
ずっと、ずっとずっと、好きだと感じた気持ちに忠実に動いていただけだ。
しかし頭の別のところでは、おれたちの始まり方が間違っていたんじゃないかともやもやとした不安が湧き上がってくる。
あの日、酔いつぶれる寸前で、彼女の蝶のような手のひらにひらりと招かれて身体を重ねた。
もっと丁寧に彼女との時間を過ごし、自分の気持ちを伝えていたらこうはならなかったんじゃないか。
──不意に、ナミさんがどういうつもりでおれを誘ったのかに気付き、雷に打たれたように動けなくなった。
ナミさんは、先に身体を明け渡すことで線を引いたのではないか。
セックスできたのだからもういいでしょうというように、精神的な繋がりまで求められないように先に布石を打っておいたのではないか。
「……もういい?」
ナミさんは手首を振りほどくことなく、ぽつりと呟いた。
「良くない。いいわけねェだろ。おれがここを出ていくのは、ナミさんのことを諦めたからとか一緒にいるのが気まずくなったとか、そんなクソつまらねェ理由じゃない」
「そんなことはどうでもいいのよ」
ナミさんは顔を上げた。さっきのため息のときのように、疲れた影のある目でおれを見上げる。
「私のこと知りたいのよね。じゃあ教えてあげる。私が家から出ないのは、隠れてたからよ。昔、お金が返せなくなって暴力団関係の店で働いてたの。借りた金額まで達しそうになっても騙されたり掠め取られたりしてすぐに借金が増えて、ずっといたちごっこだった」
四年よ。ナミさんはおれが掴んだ手首に視線を落とす。
「四年間ずっとそんな生活だった。店は二年前に検挙されて潰れて、組織も解体した。私はそのとき解放されたけど、行くあてがなくて、検挙に関わってたルフィのおじいさんが私に管理人の仕事をくれたの。仕事っていうのは建前で、匿われたのよ。組織は解体したけれど、所属していた人間は捕まったり捕まらなかったりで、私は最後までお金を返していないし……まぁ雪だるま式に増えた利息がほとんどだろうけど」
どう? とナミさんは挑むようにおれを見据えた。
「めんどくさいでしょう。厄介な女でしょ。出ていくなら早く」
「めんどくせェ」
彼女の目にピリッと痛みが走る。
「御託はいいよ。んなこと知らずに好きになったんだ」
引き寄せると、軽い布が風にそよぐようにナミさんの身体がおれの胸にぶつかった。
抱きしめて頭に鼻先をうずめると、彼女はおれを腕で押してもがくように暴れた。
「離して!」
いやだと言う代わりに掴んでいた腕を引き上げて上を向かせると、その唇に食らいついた。
びくりと細い身体がこわばったが、かまわず舌を差し込む。
それでもつっぱり続ける強情な腕に笑いそうになった。
胸を押してくる方の手も掴んで、彼女の両手をおれの腰に回し、おれも彼女の背中を引き寄せる。
隙間がなくなった互いの身体がじわっと熱くなる。
息を継ぐ瞬間薄く目を開けたら、彼女はこれでもかというくらい眉間にシワを寄せていた。
しかし、いつのまにか彼女の手はすがりつくようにおれの服をつかんでいた。
唇を離しても、彼女はおれの服を離さなかった。
頬に指を滑らせて、目元に触れる。濡れているような気もしたが、よくわからなかった。
「いやなことを……思い出させてごめん」
ナミさんはふらつきながら一歩おれから離れると、ナミさんは心底嫌そうに眉間をこすり、「だから言いたくなかったのよ」と床に向かって言葉を落とした。
「同情されるのもいや。下手に勘ぐられるのもいや。私はここで、誰にも見つからずに静かに暮らしたいだけなのに」
「でも、見つけちまったし」
おれが彼女を見つけてしまった。隠れて生きるにしては光りすぎていた。
「出たくないなら出なくていいよ。ずっとこの家の中にいたらいい。もしも外に出たくなったなら、おれが守るよ」
「簡単に言わないで」
「簡単だよ」
誰かを好きになることも、過去を飛び越えることも、驚くほど簡単なはずだ。
ナミさんは深く息を吸い、吐いた。
「もう寝る」
「……まだ二〇時前だけど」
「寝るのっ」
俯いたまま踵を返したナミさんは、よろけそうな足取りでリビングを出ていった。
おれは彼女が出ていった扉が音もなく閉まるのを最後まで見届けたあと、ぬはぁーーーやっちまったかなぁ~とでも叫んで床をごろごろ転げ回りたかったが、他の住人が降りてきては困るので、静かに机の上を片付けたのだった。
*
一週間ぶりの仕事は、拍子抜けするほど身体が覚えていた。酒の味は前日に慣らすつもりで飲んだ缶ビールが水っぽく思えるほどアルコール臭かったが、特別酔いの回りが早いということもなかった。
ゾロはおれが休みの間も普段どおり勤務していたようで、客にはおれのバーターとして飲まされていたらしい。
よほどいい思いをしたのだろう、ゾロは「なんだテメェ、もう戻ってきたのか」とがっかりしていた。
休み明けの数日は盛況だった。
お得意様に営業メールをばらまいておいたし、突然の休暇のお詫びも一人ずつに用意した。
お陰で売上は復帰してから一位、二位、二位、一位と好調だ。
「サンジくん」
名前とともに腕を引かれる。はっとして、ほんの一瞬跳んだ思考をすぐに眼の前のレディまで連れ戻し、「なに」と優しく手のひらを重ねた。
仕事をしている間は彼女のことを忘れられる。忘れられるが、オレンジ色の髪、似た声、おれの呼び方なんかにいちいちナミさんが脳裏をちらついた。
久しぶりにしたキスの感覚が、いつまでも生々しくこびりついている。
家が変わった程度のことで失くしてしまえる思いではないのだと身に沁みた。
閉店後、カルネがもじもじしながらおれを呼び止めた。
おれはというと、太客が二時間おかずに二人来たもんだからさすがに今日は飲みすぎて、さっきトイレで吐いてきたところだ。青白い顔で立ち止まった。
「んだよ。早く帰りてェのに」
「お前、店のこと、オーナーに聞いてんだろ」
「あぁ……まぁ」
「おれも誘われてんだ、実は」
そうだろうな、とおれは頷く。ジジイが昔から馴染みのあるカルネをほっぽり出すわけがない。
「いいんかな、ってな。その、本当に」
「なにがだよ」
もじもじすんな気持ち悪ィ、と吐き捨てても、カルネはいまだ手元をぐねぐね動かしながらつま先に落とした視線をさまよわせている。
「だっておれ、もう四〇だぜ。こんな歳になって、今更」
「それ、ジジイの前でも言えるか?」
カルネはぐぅと言葉を飲み込んだ。意図せず笑いがこぼれた。
「あのジジイこそいくつだよ。いい歳こいて夢見てんだから、行けるとこまで付き合ってやれよ」
「サンジ、お前は?」
こみ上げてきた酒臭いげっぷを飲み込んで、「考え中」と呟いた。
「車の用意できっしたー」とスタッフが入口付近からおれを呼んだので、一方的に話を切り上げたがカルネはそれ以上言い募っては来なかった。
家に帰ると、ここ数日と同じようにリビングは真っ暗に明かりが落とされている。
ナミさんは、以前に増しておれを避けるようになった。他の住人がいるときでさえ、その態度は露骨だ。
呆れたおれは、わざと彼女に声をかけてみたりする。すると、肉食獣に狙われた小動物のようにぴゅっと逃げるのだが、去り際、ものっすごく鼻に皺を寄せておれを睨んできた。
新しい家の手続きは着々と進んでいる。
勝手に家を決めてしまったおれに、ウソップはひどく落胆した。どうやら、うだうだと文句をつけておれの引っ越しをなしにさせる腹だったらしい。
ウソップが、引っ越しの理由を聞きたがっているのには気付いていたが、のらりくらりとかわしていたら、かわされていることに気づいたウソップは聞きたそうにしながらもけして聞いてはこなかった。
そういうところが、おれは好きだ。
久しぶりに帰ってきていたルフィは、またどこかへふらりと出掛けてしまったのか姿を見なくなった。
ロビンちゃんも、仕事が忙しいとかで部屋に閉じこもっている。
一度だけ廊下ですれ違ったとき、妙によそ行きの格好をしていたので驚いて「おでかけ?」と声をかけると、「えぇ、仕事でどうしても」と言って優雅な彼女には珍しく慌てた様子で出掛けていった。
五連勤後の休みの朝(といっても十一時近かったが)、腹が減って階下へと降りていったら、ナミさんがひとり、からんと静かなリビングの真ん中で佇んでいた。手には布巾のようなものをぶらさげていた。掃除中なのだろう。
こちらには背を向けていて、降りてきたおれには気付いていないようだ。
何かを見つめているのか、考え事でもしているのか、その身体は微動だにしない。あまりに動かないので、声をかけるタイミングを失って、しばらくのあいだ彼女の背中を見つめていた。
──寂しいみたいだ。
ふとそんな印象が浮かんで、彼女に投げつけた自分の言葉が不意に蘇る。
『欲しい物が勝手に集まってくるって、そんなわけねーじゃん』
『今だけだよ。この家の奴らだって、今は楽しくても、いつかは出ていく』
心も体もこのアパートの中に閉じ込めた彼女を傷つけるために投げたのに、今になって自分の言葉がえぐりとった彼女の傷の大きさに胸が痛んだ。なんという勝手な、と我ながら呆れてしまう。
何も感じていないかもしれない。そこで佇む彼女は、今日のランチのことでも、少なくなってきた洗剤の詰替のことでも考えているのかもしれない。
でも、とみにばらばらと動き出した住人たちの流れの中で、彼女一人がどこにもいけずに冷たい川の水に足を浸し続けているように見えてしまった。
掬い上げてやりたい。
でも彼女は望んでいない。
不意にナミさんが首を動かし少し俯いたあと、こちらを振り向いた。
「あ、」
おれをみとめてぎくりと身体をこわばらせ、すぐに目をそらして足早にキッチンへと向かう。
追いかけて距離を詰めると、彼女は素早く振り向いた。目がもう怒っている。
「な」
抱き締めて彼女の顔を胸に押し付ける。くぐもった声で暴れる彼女を羽交い締めにするように両腕で囲い、逃さなかった。
「ごめん」
ナミさんが動きを止めた。
「ごめんな」
なにに謝っているのかわからなかった。多分、彼女もわかっていないと思う。
毎日毎日呆れるほどたくさんの女性と過ごして触れ合ってそれでもどうして彼女だったのか、言葉でも時間でもなくどうして身体から繋がってしまったのか、触れないでと彼女が叫んでいるのにどうしてその心をこじ開けずに入られなかったのか、あの夜あんなふうに彼女を傷つけそれにまた自分も傷つき、何もかもを放り投げてしまいたいのにどうして今彼女を抱きしめているのか。
おれの腕から逃れようと暴れていた身体が一回り縮み、静かになっていた。
腕の力を緩めると、薄い紙が剥がれ落ちるように彼女の身体がおれから離れた。
かと思えば、次の瞬間伸ばされた両手がおれの首にかじりついた。
引き寄せられた身体が傾き、咄嗟に彼女の向こうにあったシンクに片手をつく。
首にぶら下がった彼女の身体を抱きとめた瞬間、するりと腕が抜き取られて彼女の身体が離れた。
肌に触れた温度が夢だったみたいに、ナミさんはそのままリビングを出ていった。
「それは湿布の痛み止めが効いてただけだ。動いちゃだめっていっただろ!」
小さな船医は厳しい目で私を叱ると「せっかく固定した包帯もどっかいってるし」と呟きながら私の足首にテーピングを施した。
「いいか。一週間は要安静、テーピングを外すのは風呂のときだけ。戦闘は参加禁止だ。いいな?」
はい、と殊勝に応えた私にチョッパーは満足げに頷いて、道具を青いリュックに片付けた。
お気に入りのハイヒールは折れるし、足首の痛みは憂鬱だし、一週間もじっとしていなければならないなんて耐え難い。
耐え難いのに、足元からじんじんと伝わる疼きが妙にうれしい。
アーウ、とどこからかフランキーの叫び声が聞こえてきた。
私も変態になったのかもしれない。
動けないので、船番は私の役目となった。悪いわね、と船を降りていくナミに手を振って、欄干に上体を預ける。ルフィやウソップは、とっくに街へと繰り出していた。サンジがお重の風呂敷を手にしてナミの跡を追いかけていく。
さて。
くるりと向きを変えて欄干に背中をもたれかけさせる。目の前には、大口を開けて眠るゾロがいる。
「あなたはどこか行かないの」
話しかけてみるが、がっ、と短いいびきが返ってきただけだった。
二人で出掛けた一日がまるでなかったことみたいだ。それか、勝手に一人で見た夢だったような。船に戻ってから、ゾロとは一度も話をしていない。
「ゾロ」
ねぇゾロ、私を見て。
ふわりと瞼が持ち上がった。声も出せずに息を呑む。
黒と灰色の中間みたいな深い目が、何も言わずに私を見ている。目がそらせない。
薄い唇が不意に笑った。
「一人だとよく喋る」
「ひ……一人じゃないもの」
「寝てるやつを換算に入れるな」
ゾロは大きく伸びをして、左手を動かし三つの刀に触れた。癖だろう。
「あいつらは?」
「降りていったわ。あなたの昼食、冷蔵庫にってサンジが」
ふん、と鼻を鳴らしてゾロは一度空を見上げると、「湿布くせぇな」と顔をしかめた。
「ああ、ごめんなさい。さっきチョッパーに替えてもらったばかりで」
「湿布ってのはなんでみんなこうくせぇのか」
ゾロは座ったまま「おい」と私を手招いた。
「なに?」
「ああ、そうか。動いちゃいけねーんだったな」
大儀そうに立ち上がると、ゾロは大きな一歩でおもむろに私に近付いてきた。思わず身を引いてしまう。
私の肩口に顔を寄せたゾロは、すん、と一呼吸した。そのままふいと顔を背け、ぼりぼりと首筋を掻きながら食堂の方に向かう。
「待って、今の何?」不可解すぎて笑ってしまった。
「ちゃんとお前の匂いがするか確認した」
「なにそれ……」
「ちゃんとした」
よろしい、とでも言うようにゾロは頷いて、そのまま行ってしまう。かと思いきや、急に踵を返して戻ってきた。
唐突に私を抱き上げる。は、と声が出た。咄嗟にゾロの肩に掴まる。
「お前が動けねーこと、すぐ忘れちまう」
そのまますたすたとまた歩き出すので、あっけにとられたまま私は食堂まで輸送された。
誰もいない食堂で、私は椅子に降ろされる。意外ときびきびした動作でゾロが自分の食事を用意するのを見ていた。見ていろと言うことかしら、と考えながら。
ゾロがカトラリーをごそごそと探しながら言う。
「エビ、うまかったな」
「エビ?」
尋ねながら、洪水のようにあの一日が目の前に溢れて戻ってきた。パンを買って、石畳をヒールで走り、迷子になって、鍛冶屋に寄って、おんぶされて。
そのすべてをゾロと共有している事実をはっきりと胸に感じ、なぜだか泣きたくなった。
夢じゃない、と何度も繰り返し言い聞かせなければ信じていられないのはなぜだろう。ゾロのことはこんなにも確かに信じられるのに、自分のことは露ほども信じていないから、幸福な時間は私にはありえないと思っている。
「なんつー顔してんだ」
ゾロが私の顔を覗き込み、怪訝そうに眉を寄せる。微笑んでみせるが、ますますゾロの眉根が寄るだけだった。
「見てるぞ」
不意にゾロが言った。まっすぐ私の目を見て射抜くかのようだ。
「言われなくても見てる」
それが、私を見て、という稚拙でひとりよがりな私の独り言に対する返事だと気付き、泣くつもりなどなかったのにまぶたの下に熱いふくらみが揺れるのを感じた。
静かにゾロがそれを舐め取る。そのときはっきりと、私でも幸福になれるはずだと思えた。
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麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
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