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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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マルコ×アン【それは狂気に満ちている】第三部、完結しました。

第一部の01から始まり全部で40話全て読んでくださった方々、お疲れ様です。
そしてありがとうございます。
本当に本当にありがとうございます。


唐突に個人的な気分で気楽に始めた連載でしたが、いつのまにやらどんどこどんどこ進んでいました。
進められました。
マルアン大好きな方がたくさんいてくださったからです。
とても感謝しています。





何年にも及ぶ連載というわけでもないのに第一部01話から第三部10話に至るまで
私の書き方等ものすごいガタガタ変わったり
文量が短かったり長かったりと大変読みにくかったと思います。

第一部辺りは読み返すのも恥ずかしいです。
ちゃんと自信もてるものを書きたかったと悔やまれます。
でも歴史みたいなもんだと思って受け入れます。

そんな作品に最後までお付き合いくださった方、ありがとうございます。










マルアンの連載【それは~】はこれで終了です。
第四部を書く予定はありません。

しかし細かいネタやこぼればなし、はたまた未来設定や現パロなんかはこれからも垂れ流していくと思われますので、
未だ終わらない一万打企画やそのほか短編としておはなしにはなるかと思います。

そのときはよろしければまた、覗いてやってくださいな。







この連載にコメントをくださった方々、拍手をくださった方々、応援してくださった方々、
そして読んでくださった方々に全力でハグを送ります。

ありがとうございました。





11’10’23   管理人:こまつな

拍手[21回]

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翌朝日も高く上ったころ、外に出てみると真っ白な砂浜にはいくつかその日造りの掘っ立て小屋のようなものが建てられていた。
点々とたき火が施され、細く煙が伸びている。
そして少し身を引いて島全体を視界に入れると、島の真ん中からは依然としてもうもうと白に近いねずみ色の煙が立ち上っていた。
 
男たちは皆手分けして、未だ煙の中にある村から使える材木を運んではひとつずつ丁寧に小屋を建てていく。
島民の男たちの中には何人かクルーが混じっていた。
14、5の子供たちが家畜を引っ張り浜辺に立てた杭にそれらをくくりつけて世話をしていた。
女たちは何人かがたき火の前に集まり何か調理していて、もったりとした、少し甘い煮物の匂いが灰の匂いに交じって船まで届く。
アンはすっと息をして、吸った以上に深く吐いた。
 
 
 
「もういいのか」
 
 
煮物とはまた違う、甘い独特の香りが後ろからスッと近づく。
アンが振り向くと、イゾウは咥えた煙管を手に持って細長い薄紫の煙を吐き出した。
 
 
「うん元気」
「そりゃ結構」
 
 
煙管を咥えたまま口元だけで器用に笑って、イゾウはアンの右側に並んだ。
ふたりで欄干に肘をついて、青、白、緑、と続く海と島の全貌を眺める。
 
 
「イゾウ今日は?」
「夜番」
「じゃ、イゾウは非番みたいなもんか」
「そういうこった」
 
 
アンはイゾウに視線を移すことなく、浜辺の上でちょろちょろ動いているように見える何人もの人影を指さした。
 
 
「あれ何番隊?」
「8番隊。フォッサんとこが…木材集めに出てっけど」
「ふうん」
 
 
そう、と呟いてアンは遠くで立ち上る煙の行方を見届けた。
ゆるくゆるく雲に交じっていく煙は重々しいが、どこか清々しい。
そして灰色の雲の鈍さとうって変わって、空はすっと透き通るように青かった。
顔を上げてその青さを見上げていると、ふわっと気が遠くなってしまいそうなほど気持ちがいい。
 
つと、右手に冷たい感触があった。
 
 
「イゾウ?」
「サッチがミイラ人間レベル10だとしたら、お前はレベル2ってとこだな」
 
 
イゾウは包帯の巻かれたアンの手を取ってそんなことを言う。
アンは自分の両手を交互に見てから、なにそれと笑った。
 
 
「こんなのちょっとだよ」
「…どうだか」
 
 
イゾウは煙管を手に取り、灰を海に捨てた。
そして流れるような動作でそれをそのまま懐に仕舞うと、左手で支えていたアンの右手に、自分の右手を添えた。
大きな骨ばった手に包まれて、アンの手は子供のように小さい。
 
 
「イゾウ?」
「痛かったろう」
「え、まあ…でも今は」
「ごめんな」
 
 
 
ハッとして、アンは手元に落としていた視線を上げた。
高くまっすぐな鼻筋が近くに見える。
軽く目線を下げたイゾウは、欄干に右肘をついたままというだらけた姿勢を崩すことなくしかし真摯な瞳でアンのミイラ人間部分を見つめていた。
 
 
(イゾウの方が痛そうだ)
 
 
胸に、どうしようもない、苦しいような痛いような感覚が急激にこみ上げた。
息さえもしにくくなるその切なさに、アンは目を伏せた。
 
 
 
「そんな、こと…海賊なのに」
「それもそうだ」
 
 
アンの呟きに、イゾウがぱっと手を離す。
心配の種は尽きねぇなあ、とイゾウは笑って両肘をついて再び島の方へ向き直る。
アンはその横顔を眺めた。
未だ切なさは持続中だ。
 
 
 
白ひげにコテンパンに打ちのめされ、ボロボロになっていたアンをしぶてぇなあと笑ってみていた男が。
アンの特攻ぶりを豪快な笑い声で見送ってけしかけさえする男が。
 
手のひらのたったふたつの傷を心の底から悔いている。
 
イゾウのそんな奇妙な心情は、以前ならこれっぽっちも理解できなかっただろう。
変な心配するな、とかイゾウのせいじゃないじゃん、とかと笑って聞き流していただろう言葉が、今はこんなにも重い。
 
 
心配と不信は紙一重だ。
そのふたつを隔てる壁の薄さに気付いた今なら、イゾウの気持ちが明らかに「心配」であると苦もなくわかる。
わからなかった頃の自分にバカヤロウと言いたくなるほど、それは簡単に。
 
 
 
 
「アンは。まだ留守番か」
「留守番っていうか…じいさんが、毒がまだ体に残ってるとダメだから出るなって」
 
 
 
しわくちゃの顔をさらに歪めて絶対に船を下りるなと釘を刺した船医の老人を思い出して、アンは苦々しい顔をした。
イゾウはアンを振り返りそうかと笑う。
イゾウの長い睫毛と真っ黒の瞳が、アンはとてもきれいだと思った。
 
 
 
 
「オヤジに怒られたろ」
「…うん」
「あの人も無茶苦茶すっからなあ」
 
 
呆れたようなイゾウの顔は、どこか嬉しそうである。
能力を発動した後すぐさま寝室へと引きずり戻された白ひげは、今も安静を強いられてナースたちの鋭い監視下に置かれている。
きっと身体の調子よりも機嫌の方が優れていないはずだ。
 
 
アンが昨晩船に戻ったときには、すぐさま白ひげからの雷が落ちた。
 
 
『いい歳の娘が何時に帰ってきやがるアホンダラァ』
 
 
手のひらに風穴二つ開けた娘にそりゃないだろとさすがのアンも目を丸めたが、すぐに白ひげの大きな手が頭上に落ちてきて数回そこでバウンドしたので、舌をかんでしまいそうで口は開けなかった。
 
 
『さっさと手当してこい、このお転婆が』
 
 
アンは必死で頷いて、相変わらずアンの頭でポンポンと、アンからしたらボスボスと跳ねる手の下から逃れるので精いっぱいだった。
 
アンが逃れた後、マルコとサッチにも白ひげから同様のことがなされていたことも知っている。
 
白ひげのその行為からは、それぞれがそれぞれの意味を汲み取った。
 
 
 
 
 
アンはもう一度イゾウの隣に肘をついて島を、大きな火山が作り出した大地を眺めた。
 
昨日の天災が、島民にとって未知の事態となったあの地震が、この一人の男の手によるものだとわかったら今度こそ彼らは腰を抜かすに違いない。
ロギアの力はどこまでも未知数で、不安定で、ゆえに強力だ。
自然と言う名の脅威がそうであるように。
 
 
 
自分の力だって、自然の一部で、そしてそれはアンの一部でもある。
ということは自分も自然の一部ということで…と堂々巡りになりそうなその考えをアンは都合のいいところで打ち切った。
わからないものはわからないままでいいじゃんと、そう思う。
それを許してくれそうな気持ちのいい空だった。
 
 
 
 
 
「アン」
 
 
聞きなれた声の低さに、アンは無意識に肩をすぼめた。
イゾウの声ではない。
イゾウはアンがそうする代わりに声の主を振り返っている。
 
 
「おつかれさん」
「ああ」
 
 
アンに呼びかけたはずのマルコは、そのままイゾウに出航準備の進度について話し始めた。
アンはそれほど怯える理由もないはずなのに、なんとなくおそるおそる体を反転させた。
とんと背中を欄干に預けて、仕事の話を進めるふたりを上目遣いで眺める。
アンからはイゾウの背中が、そして俯いたマルコの姿が見えていた。
マルコが手にした書類にふたりが視線を落としているのをこれ幸いと、アンは未だおそるおそるではあるがマルコの額辺りを見つめた。
 
すると、ふいにマルコだけが少し顔をあげた。
 
 
「!」
 
 
イゾウは書類に視線を落としていて気付いていない。
思わず息を呑んだアンに向かって、マルコは笑った。
口角を上げたわけでも目元を緩めたわけでもない、それでもアンにはマルコが笑ったと、自分が笑われたと即座に分かった。
細い目の隙間から少しだけ覗く瞳で、その瞳だけで、にやりと笑える男なのだ。
 
 
アンが言葉を失っているうちにマルコはイゾウとの話を終わらせ、それからはもうアンと目を合わせることもなく背中を向けて船室へと入っていった。
振り返ったイゾウは小さく舌打ちして不機嫌な顔で懐を探っている。
 
 
「畜生、仕事増えやがった」
 
 
悪態と共に差し出された煙管に事務的な仕草で火をつけてやると、イゾウはうらみつらみを煙に乗せるようにして吐き出した。
 
 
「ん、そういやあいつアンに用あったんじゃねぇのか」
「…さあ…」
 
 
 
マルコが入っていった船室の扉からいまだ視線を外せないアンをイゾウはちろりと見下ろした。
そして、青いねぇという言葉を飲み込んだ代わりにもう一度浅く煙管を吸って、ふうっと吐いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
その夜は、船上では宴が開かれた。
たった4日の船舶、しかもすったもんだあったとはいえこの島での最後の夜である。
 
薄暮時になって、島民の生活復旧を手伝っていたクルーたちが帰ってきた。
彼らはその手に大きな酒樽を抱えていた。
島でしかとれないヤシに似た植物から作るその秘蔵酒は、相変わらず口数の少ない村人によって手渡されたらしい。
アンにした仕打ちの詫びだとしたら、こんなものと突き返しひと暴れもふた暴れもくれてやるというところだが、そんなものが不毛かつ繰り返される無意味な乱闘であることはわかっている。
だからこの酒は復旧作業の礼と言うことにしてありがたく受け取った。
アルコールに飢えていた身体が酒を求めていたというのも事実ではある。
 
 
しかし手に入れた酒で宴をしようにも村は灰まみれで浜辺は島民の住居にあふれている。
ゆえにいつもの航海中のように、船上で栓を開けることになった。
 
 
 
アンはメインマストの真下、マストにもたれてちびちびと舐めるようにジョッキを空けていった。
アンを労わってクルーたちは声をかけたり料理を運んだり酒を勧めたりするので、アンの周りに人は絶えない。
酒を飲むと手の傷がひどく痛むので勧められる酒は苦笑付きで断って、料理だけをしっかりと受け取っていた。
 
少し離れた中央甲板では相変わらずミイラ男のサッチが、使える方の手に三つのジョッキを掲げてなにやら叫んでいる。
その足元で数人が笑い転げており、なんとも見苦しい酔っぱらいの群れができていた。
つまみを口に運びながらその様子をぼんやり眺めていると、不意にサッチと目があった。
ぱちくりと瞬いたアンに向かって、サッチは傷のある方の目をつむってウインクを飛ばした。
アンがその顔に向かってにいと笑うと、サッチは手に持っていた三つのジョッキをすべて同時に傾けて中身の酒を顔中に浴びた。
ジョッキで隠れる寸前のサッチの口も、アンと同じように笑っていた。
 
 
 
 
アンの元に足しげく通っていた男たちも次から次へと潰れていき、まさに船上は足の踏み場もない程転がった男たちで埋め尽くされていた。
サッチもすっかり潰れてしまい、包帯は巻いてあるものの軽く半裸の状態で少し離れたところで寝こけている。
 
相変わらずアンは手に持った酒を大事なもののように少しずつ飲んでいたので、ほろ酔い程度に体はあったまったものの頭はしっかりしている。
BGMのように聞いていた喧騒が少しずつ穏やかになり、そして今度はそれが豪快ないびきの合唱へと変わっていくのをアンは静かな心もちで聞いていた。
 
 
 
 
こんなにも、こころが平たくなったような気分はとても久しぶりだった。
まるで静かな水面のように落ち着いた自分の内側をゆっくりと噛みしめられる。
 
しかし日付が変わって1時間ほど後、水面に小石が投げかけられて波紋を作るようにしてアンの静寂は破られた。
 
 
いつか来るとはわかっていた。
それが今晩だろうともわかっていた。
昨日の晩来いと言われたのを自分は今日この時まで引っ張っていたのだ。
 
 
名前を呼ばれて、アンはゆっくりと顔を上げた。
音もなくいつのまにかアンの2メートルほど手前まで来ていたマルコは、足元の群がりを見下ろして少し顔をしかめた。
嫌な感じのしかめかたではなかった。苦笑に近い。
 
 
「こんな見苦しいとこで呑まなくてもいいだろい」
「場所移動すんの、めんどくて」
「まだ呑むかい」
「んーん、いい」
 
 
アンの返事を聞いて、マルコは無表情に近いその顔をすこし和らげた。
 
 
「部屋、戻るかい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
マルコに続いて部屋に入ると、甘い香りがうすらと漂っていることに気付いた。
 
 
「部屋で呑んでた?」
「ああ…終盤な」
 
 
悪酔いした輩に絡まれるのが超絶迷惑と言うわけではないが、ゆっくり飲みたいときのマルコの常套手段である。
アンがあまり口にすることのないブランデーの香りが安らかに胸を満たした。
アンはその香りをひとつ吸い込んでから、いつもそうしているように迷わずベッドに腰かけた。
 
 
マルコは仕事机においていたブランデーに栓をして、本棚の下、引き戸になっている棚へとそれを戻した。
そして立ち上がったと同時に伸びをして、ばきばきと腰を鳴らす。
アンは思わず笑ってしまった。
 
 
「あいかわらず、すごい」
「…今回の寄港はまた、一癖あったからねい」
 
 
マルコのその言葉にアンは笑っていた口元を引き締めた。
マルコがそれに気付いて苦笑する。
 
 
「別にお前のせいじゃねぇよい」
 
 
マルコは部屋の片隅のスペース、コーヒーメーカーやカップが置かれたローテーブルに向かうと迷わず二つのカップを手に取り、コーヒーの準備をし始めた。
そしてサッチがアンのために作った『簡易ココアの粉』なるものをひとつのマグカップに振り入れる。
アンがわたわたと立ち上がり湯の準備をしようとすると、マルコは座ってろと目で制した。
そしてマルコはアンに背を向けたまま、思い出したようにしゃべりだした。
 
 
「島の名前、覚えてるかい」
「この島?えー…っと、なんだっけ、神様の名前ついてたような…神様なんてったっけ」
「カクス。島の名前が、ドラウン・カクス」
「ああ!それそれ」
「ドラウン・カクス。溺れた神だ。縁起でもねぇな」
「あ…」
 
 
脳裏を横切るように、老人が語った島の歴史物語が思い出された。
彼らはこの、島の名の由来もわかっているのだろうか。
悲しい物語の一部なのに、それを名前にしてそれとずっと一緒にいることができるんだろうか。
きっともう、尋ねる機会はないだろうけど。
 
 
 
しばらくそのまま座っていると、部屋にはコーヒーの香りと甘いココアの香りが混じり合いながら充満していった。
マルコは中身の入ったカップを両手に持ってアンの隣に腰かけた。
 
 
 
「ん」
「ありがと」
 
 
熱いそれに口をつけると、酒に慣れていた舌がココアの甘さでゆっくりと溶けるように弛緩した。
思わずほうと息をつく。
マルコはあいかわらず、おいしいのかまずいのかわからない表情でコーヒーをすすった。
 
 
立ち上る蒸気に鼻先を濡らして、アンは手の中のその飲み物を扱うのに懸命になっていた。
アンのマグの中身が半分ほど減ったとき、マルコが不意に口を開いた。
 
 
 
「オレは、もしまたこんなことがあっても…絶対、同じことをする」
 
 
アンは顔を上げて隣の横顔を見つめた。
白い蒸気がアンの視界を妨げた。
 
 
「オレはお前を一番にはできない」
 
 
思わずアンはうんと頷いた。
あまりに自然に頷けたことに自分でも驚いたが、マルコも少し驚いたようにアンを見つめ返した。
そしてすぐ、呆れたように少し笑う。
 
 
「前…お前とこういうことになってすぐの頃、オヤジに言われたんだよい。お前は息子にするなら最高だけど最低の男だってよい」
 
 
マルコは笑った口元のままカップに口をつけた。
 
 
「言い得て妙だと思ったよい」
 
 
いいえて…?とアンが呟くと、上手いこと言うってことだとマルコが返した。
 
 
「オレァガキん頃オヤジに拾われて、この人のために死のうと思った。もしそれができなくても、オヤジのために生きようと思った。んでオヤジみたいに強い男になりたいと思ったんだよい。今でも思ってる」
 
 
穏やかな顔でそう言うマルコをアンは遠慮なく見つめた。
マルコの昔話を聞くなんて初めてだ。
マルコは手の中のカップの中身を見下ろしたまま続けた。
 
 
「ガキだった頃は、強いってのは喧嘩に勝つことだと思ってた。実際オヤジが負けたとこなんて見たことねぇし、確かに強さってのはそういうことでもあんだろい。でも、なんでだったか忘れたけど、強いってのはそんだけじゃねぇってわかった」
 
 
守れる力だ、とマルコははっきり口にした。
 
 
「大切なモンを守れることが、本当に強いってことだ。ごたくなんて並べりゃいくらだって出てくるだろうからなんとでも言えるが、少なくともオレはそう思ってる」
 
 
そこでようやくマルコは顔を上げ、アンを見つめた。
アンはマルコから目を離すことができず、ぬるくなっていくカップを包帯の巻かれた手でぎゅっと握りしめた。
 
イゾウと話していた時のような、泣きたくなる切なさがまた急激に胸を突いた。
 
 
 
 
「でも守れなかった」
 
 
 
「オレは大切なモンを、ひとつにできない」
 
 
 
マルコの瞳に、いつのまにか浮かんでいた後悔の念にようやくアンは気づいた。
アンはその瞳を見つめたまま無言でかぶりを振った。
 
 
 
マルコが選んだ大切なものは、アンにとってもかけがえのない「大切」だ。
だからそれを選んだマルコは絶対に正しくて、悔やむことなんて何もない。
そう言いたいのに、伝えたいのに、上手い言葉は何一つ出てこなかった。
たとえ出てきたとしても、きっとその言葉の陳腐さに呆れたことだろう。
 
だからアンは黙って首を振るしかできなかった。
 
 
マルコはゆっくりとした動作でアンの手の中のカップを取り、自身のカップと一緒にベッドの脇、サイドテーブルに置いた。
 
 
 
「オヤジが言った通り、オレは最低の男だ。でも最高の息子でいてぇと思ってる。勝手だ。でもどうしようもねぇ。本当に最低だよい。救いようがない」
 
 
アンが否定する隙もない程、マルコはつらつらと自分を罵倒した。
そして、まっすぐにアンを見た。
 
 
 
 
「お前は、こんな男でも、まだ惚れていられるかよい」
 
 
 
 
アンは堪えようのない切なさを胸に抱えたまま、じっとマルコを見つめ返した。
 
強い人だ。
でも弱い。
そしてこんなにも優しい。
今まで見ることのなかったマルコの心の奥深く、マルコ自身未開であったはずの心の琴線に触れられたような気がした。
 
全部知りたい。
 
今まで感じたことのない欲望が奥底から湧き上がった。
それはあっというまに切なさを追い越し覆い隠してアンを埋め尽くす。
 
アン自身わからない。
でも、どうしようもない。
 
 
 
あたしはこのひとがだいすきだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アンはそっと、マルコの膝の上に置かれていたかさついた手に触れた。
とても自然に、そうしたいと思った。
言葉が出てこない。
なんて言えばいいんだろう、どういえばこの感情が伝わるんだろう。
考えれば考えるほど思いは胸の中だけで渦巻いて、気道がきゅっと狭まったように苦しくなる。
 
マルコの問いに答えることができず、アンは包帯越しに重ねた手の下、マルコの手を軽く握った。
するとゆっくりと、同じだけの力が帰ってきた。
顔を上げて柔らかく緩んだマルコの目元を見ると、ほろほろと何かが崩れた。
 
 
 
 
「…もう、遅いよ」
 
 
 
一度捕まったら、逃げられない。
狙いを定めたのはこっちが先だったはずなのに、捕えられたのは自分のほうだった。
 
マルコはその言葉に、昼間のように、にやりと笑った。
マルコに一番よく似合う、悪そうな顔。海賊の顔。
 
 
 
「もとから手離すつもりなんてねぇよい」
 
 
 
あ、と呟きのような悲鳴のような声が漏れた。
あっというまにシーツの波に体が沈んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
言いたいことは山ほどあった。
その十分の一も言えてない気がする。
そして言葉以上に、思いは伝わりきれていない気がする。
 
 
ガチガチに固まったアンをほぐすのに数十分かかった。
そうして組み敷いたアンを見下ろして、どうしてこんなことになったんだろうかとぼんやり考えた。
 
 
 
 
かたくなに自分たちを受け入れなかったノラ猫が、すこしずつ気持ちをほどいていくさまを見てきた。
ふとした瞬間にするりと人の心の隙間に入ってこられる奴だった。
一度懐けばなんて可愛いもんなんだろうと、家族一同緩んだ顔で見守っていたはずだ。
その時点では間違いなく妹だったというのに。
 
 
唐突に、そして猪突猛進を見事に体であらわした奮迅ぶりで自分のことをすきだと言いだしたアンに驚いて、柔軟な対応なんてできるはずもなく、すぐさま突き放した。
突き放したというのはていのいい言い方で、逃げたのだ。
変わることが怖かった。
 
それがいつのまにか、その猪突猛進ぶりでさえ、アンのすべてをひとりのものにしたくなった。
独占欲と、支配欲と、その他汚い欲がつのりつのってそのすべてがアンひとりに向かっていったのに、アンは難なくそれを受け入れた。
 
だから思ったのだろう。
 
自分もアンのすべてを受け入れたいと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
腕の中で、アンの声がマルコと呼んだ。
酒を飲んだときよりも明らかにほてった顔と目元で見上げてくる。
 
 
そのときなぜか唐突にアンの父親を思い出した。
白ひげではなく、アンの半分を作った男。
 
 
憎たらしい顔で笑う嫌味な男の顔は今のアンと似ても似つかないはずなのに、一瞬ではあるが明らかにアンとだぶった。
ああこいつの半分はあの男なのだといやでも思い知らされた。
あの男と、もう一人母親が存在することでアンという全く違う一人が出来上がる。
 
なんてことだとマルコは一瞬固く目をつむった。
 
あんなにも忌々しい男だというのに、アンの一部だというだけでいとしくさえ感じる。
 
どうしようもねぇな、とアンの首元に顔をうずめて笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
腕の中のアンの表情は実に変化に富んでいた。
そのすべてが自分の求めているものだと気付いて震えが走った。
苦痛にゆがんだ顔でさえもっと見たいと思う。
甘さに蕩けた顔は誰にも見せたくない。
 

 
 
──狂っている。
 

 
 
底なしの狂気が全身全霊でアンを愛せと言っていた。
言われなくてもそうせずにはいられなかった。
耳元であいしているとささやくと、アンは綺麗に笑った。
 

 
 
 

 あいのことば

 
 
それは狂気に満ちている・終

拍手[47回]

「パパさん!」
 
 
数人のナースが悲鳴のような、それでいて棘のある高い声を張り上げて目の前の男に呼びかけた。
白ひげはその巨体を壁のようにして彼女たちの上に影を作り、聞こえているはずの声を笑って聞き流す。
白ひげは船の頭部に近いそこから、甲板の中央へと歩き出した。
医療器具がガランガランと荒々しい音を立て、白ひげの歩みに合わせて引きずられていく。
 
父の突然の行動を目の当たりにしたクルーたちは一様に動きを止め、ぽかんと口を開けた。
まさしく口はりんごがまるっとひとつ入りそうなほど、ぽっかりと開いている。
そしてすぐに、蜂の子を散らしたような騒ぎとなって皆が皆白ひげの足元に駆け寄った。
 
 
「オヤジ!?」
「なにしてんだよ、オヤジ!!」
 
 
白ひげの体調不良はすでに全クルーへと伝播されている。
その病んだ老体を心配して、クルーたちは白ひげの足元でちょろちょろとわめきあう。
またもや白ひげはそれを聞こえないふりをして、歩き続けた。
 
クルーたちが体調の不良を無視して取った白ひげの行動をすぐ制することができなかったのは、彼がひどくうれしそうだったからだ。
 
 
 
 
白ひげが中央甲板に辿りついた。
そこではアンの危機に騒然となり、涙を浮かべ怒りで髪を逆立てていたクルーたちでひしめき合っている。
しかし彼らも白ひげが嬉々とした顔で参上したことでぴたりと騒ぎを止めた。
 
 
 
白ひげは座りっぱなしで凝り固まった首を数回手でもみほぐし、空を仰いだ。
もうすでに遠く、星のように小さくなった光が視界の真ん中に映った。
空よりもずっと濃く深い青色の鳥が自分の宝を守るために飛んでいく。
自分たちの宝を守るために、飛んでいく。
 
空を見上げたまま、白ひげはさらに笑みを深くした。
 
 
 
「…オヤジ…?」
 
 
 
疑問と不安が混じったいくつもの声が、足元から聞こえた。
白ひげはぎゅっと拳を固めた。
 
 
 
「おめぇら、しっかり舵取りやがれよ」
 
 
は、え、とクルーたちが口を開いたその矢先、白ひげは固めた拳を胸の前にかざす。
白ひげの先の行動に予測がついたクルーたちは、一斉に大きく口と目を開いた。
 
 
 
ドンッ、と大気に拳が突き刺さる。
バリバリと音を立てて割れた大気は、次の瞬間爆風と共に振動となった。
 
 
 
「うああっ!船に掴まれっ!!」
「とっ、飛んでくっ…!」
 
 
独特の笑い声が、大気の揺れと地鳴りと一緒になって響き渡る。
泡立った波が船を大きく揺らし、浅瀬に錨を下ろしているというのに船は海の真ん中で嵐に遭ったようにななめに傾いた。
 
相変わらずちょろちょろと右往左往することしかできないクルーたちは白ひげの顔を仰ぎ見ながら疑問符を浮かべ、とりあえずは船の身体を保つことに全力を注いでいる。
隊長たちは呆れ顔で父を見遣り、さてどうやってこの怒り狂ったナースたちを宥めようかと思案するのだった。
 
 
白ひげは笑みを浮かべたまま、高度を下げていく青い光を見つめて呟いた。
 
 
「早く帰ってきやがれ、はねっかえり娘が」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
大気の振動が収まったかと思えば、今度はグラグラと地が揺れだした。
現況に心当たりがありすぎるアンとサッチの二人は、互いに顔を見合わせて冷や汗を流す。
 
 
「…何考えてんの、オヤジ」
「オレに聞かないでちょうだいよ…」
 
 
この島は地震とは縁のない土地だったのだろうか、島人たちは慣れない揺れに怯え、おぼつかない足取りでどこへともなく逃げ惑っている。
広場の中心では相変わらずめらめらと神殿は燃え続け、その熱は二人の頬に触れた。
サッチが口を開くごとにただれた頬にぴりりとした痛みが走る。
その刺激にサッチが顔を小さくしかめたその時、アンが音に敏感な犬のような素早さで顔を上げた。
 
 
「アン?」
「…熱い」
 
 
そう呟いたアンの視線はサッチではなく、燃え続ける神殿へと注がれている。
 
 
「は、まあ熱いけど…お前は熱くねぇだろ?てか早く船に」
「ちがう」
 
 
 
一言でサッチを制したアンは、ふいにしゃがみこんだ。
おお?とサッチが後ずさってアンを見下ろす。
アンは地面にぺたりと手のひらをつけた。
 
 
「…熱い」
 
 
また呟く。
顔を上げたアンは空気の匂いをかぐようにすんすんと鼻を鳴らしてから、むっと顔をしかめた。
 
 
「…臭い」
 
 
熱い、の次は臭い。
はてどうしたことかとわけのわからないサッチは首をひねったが、すぐにサッチもアンの言う異臭を感じた。
俗に言う、腐卵臭と言うやつだ。
 
 
 
「…ンとだ、くせぇな…これ、硫黄か?」
 
 
 
そこまで呟いて、サッチははっと顔を上げた。
アンは訝しげな顔で相変わらずしゃがみこんで、やっぱり熱いと呟いている。
サッチは先程から二人の脇をすり抜けて走り逃げ惑う人々の間から、燃え続ける神殿に顔を向けた。
真っ赤な炎がゴウゴウと音を立てて立ち上る。
そこからは炎と一緒に踊るようにして薄黒い煙が上がっていたが、その色が少しずつ白に近くなっていくことに気付いた。
異臭は、もう気付かない方が嗅覚を疑うほど強くなっている。
 
 
 
「アン!!立て!早く逃げっぞ!!」
「はぇ?なん…」
「噴火しちまう!!」
 
 
それを聞いても未だ首をかしげるアンの腕を掴みサッチが荒々しく引き上げる。
慌ててアンは立とうとしたが、一寸も腰が浮かないうちにアンの全体重がサッチの腕にかかり地面に引き戻された。
 
 
「おい!?」
「あろ…?ちから、入んない…」
 
 
なんで、とか治ったんじゃなかったのか、とかいろいろと言いたいことはあったが、それよりも一刻も早くこの場から遠のくことが先決だ。
サッチは地面にへたり込んだアンの腰に腕を回し、荷物のように肩に抱き上げた。
 
 
「ちょっ…!サッチ!!火傷が…!」
「んなこと言ってる場合かよ!おいアンタ!!全員海に避難させろ!!荷物は持つな!」
 
 
ちょうどサッチの脇を走り抜けようとしていたひとりの島民を捕まえてそう叫ぶと、サッチは猛然と来た道を走り出した。
 
未知の危機に遭遇した人間と言うのは考えるよりも本能に従うものである。
サッチの言葉を聞いた数人の島民がその言葉に素直に従い、周りの人々にあらんかぎりの声をかけていた。
 
 
 
──ったく遊びが過ぎるぜ、オヤジ。
 
 
 
聞こえることのない冗談のような悪態を心の中で吐いて、サッチは足場の悪いジャングルのような森を突き進む。
肩に乗せたアンは耳元で、大丈夫!?ねぇサッチ大丈夫!?とわめき散らしていた。
どうせ動けないなら口も大人しくしとけと思うものの、そんなこと言う暇も体力もない。
足元の揺れが激しくなってきた。
唐突に視界が開け、この島唯一の村落へと出る。
そこでもサッチが言った通り荷物も持たずに一目散に海へと逃げる人々がこんがらがっていた。
 
 
 
「来る」
 
 
アンが後ろを振り向きながらそう呟いたその瞬間、耳をつんざく爆音とともに猛烈な白煙が背後から襲いかかってきた。
それと同時に、足元が爆発したかのような激しい揺れで身体がぐらつく。
思わずサッチの腕を掴んでしまったアンは、感触でそこがただれていると悟り慌てて手を離した。
しかしサッチは顔色一つ変えることなく村を突っ切り再び森の中を走り抜けていく。
 
硫黄の独特のにおいが煙に交じり、雨粒のように肌に張り付いて気道を塞ぐ。
耐え切れない悪臭にアンはむせた。
 
 
 
「やっと来た」
 
 
不意にサッチが足を止めた。
その反動でアンが前のめりに落ちかけるが、がっちりとサッチの腕がアンの腰を抱いているためずり落ちることはない。
アンがサッチの顔を仰ぎ見ると、サッチは煙で曇った空を見上げていた。
 
 
 
「サッチ?」
「じゃあアン、あとでな」
「は?」
 
 
サッチは腕全体で抱えていたアンの腰を両手のひらで支え直した。
円筒を両手で抱えたような形になったサッチは、そのままその手の中の円筒、すなわちアンを力の限り上へとぶん投げた。
 
 
「はああああ!?」
 
 
常人の域をはるかに超えた腕力で上空に投げ出されたアンは重力に逆らってぐんぐんと上昇していく。
トビウオが飛んで下降しだすまでのような状態の自分を理解して、アンは視線だけを下に落とすもすでにもうもうと広がる白煙によってなにも見えない。
 
 
 
(…え、あたしこれどうすれば)
 
 
 
妙に冷静な気分でそんなことを思った矢先、すうっと自分が上昇していくスピードが下がったのを感じた。
何を思う間もなくアンの身体はコンマ一秒にも満たないほどの間空中で停止する。
そして落下した。
 
 
「う、ぎゃあ…っ…れ?」
 
 
どすっと、明らかに自分が上昇してきた距離よりはるかに短い距離を落下しただけで尻に何かがぶつかった。
そしてふわりと臓器が身体の内側で浮かび上がるような独特な感覚を味わう。
身体に力の入らないアンは『何か』に乗って上昇した身体にかかった重力に負けて、それにまたがったままへたりと上体を崩した。
そして頬に触れた柔らかな感覚に、あ、と声を漏らす。
 
煙り霞む視界で手の先すら見えないが、この感触と温かさはどこまでも覚えがあった。
 
 
 
「マルコ…!?」
 
 
 
アンをのせた大きな鳥はそれに応えることなく、ぐんと高度をあげていく。
情けないような格好でマルコの背にへたりつくことしかできないアンは、腰のあたりにかかる重力にぎゅっと目を瞑って耐えた。
次に目を開いたとき、視界はすっかり開けていた。
白煙で煙る圏内の上空を、マルコは飛んでいた。
 
 
 
「マルコ!!サッチ、サッチが」
「わかってる」
「でもっ」
「アン」
 
 
マルコの声には、アンの反論を跳ねつけるような鋭さがあった。
思わずアンは息を呑んだ。
 
 
 
「手ェ、大丈夫かい」
 
 
 
手?とマルコの言葉を繰り返し、マルコの翼の脇でぶらぶらと揺れている自分の両手の甲を見下ろした。
その手には見まがうことなく一つずつ穴が穿たれている。
思い出して、少し痛い。
 
 
だいじょうぶ、とアンは呟いた。
アイツも大丈夫だ、とマルコが答えた。
マルコが答えなくてもアンにはわかっていたので、だよねと返した。
戻ってきてくれてありがとうと言うと、あたりまえだと返ってきた。
それだけで十分だ。
 
 
 
海に近づくと、眼下の煙が少し薄れてきて下が見える。
もう少しで浜辺に出る、といったところの森の中を小さな粒のような人間が一直線に走っている。
少し先の浜辺では逃げ切った人々がボートの準備をし、何人もの人が煙に巻き込まれる森の方を向いて立ち尽くしていた。
 
足の速いサッチはもうすぐ浜辺に出るだろうか。
島民に余計な世話を焼いて逃げ遅れたりしてないといいけど、とアンは真下の景色をパノラマ写真を見るような気分で眺めた。
 
 
 
遠浅の海には、モビーが浮いている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
「にんにくぅ?」
「それかニラ」
 
 
どう見ても堅気の似合わない、くたびれた白衣を着た白髪の老人はサッチの腕に包帯を巻きながらもう一度ニラかなと呟いた。
 
アンは動けるようになった体を無理やりベッドに押さえつけられて、今は念のための点滴を打たれている。
マルコはアンが寝そべるベッドとサッチが腰かけるベッドの間の回転いすに座り、船医にどういうことだよいと説明を促した。
 
 
 
「にんにくやニラに含まれるアリシンって成分の解毒作用が働いたんじゃ。アンが飲まされた薬のアルカ…」
「ちょ、もういいもういい」
 
 
どんどん専門的になりアンにとっては頭痛の種となりそうな船医の言葉を遮って、アンは仰向けの状態から上げていた頭を溜息と共に深く沈めた。
 
 
「そういや…ニラ食べたな…」
「うん…弁当にニラ入れたわ…」
 
 
アンの呟きにミイラ男状態のサッチが答える。
船医がはたくようにしてサッチの腕の包帯を留めた。
 
 
「持ち合わせた運をいいところで使ったってことじゃろ」
 
 
アンは点滴が終わったら出てよし、一日二回手の包帯を変えに来ること。
サッチは上半身のみ全治2週間、大人しくしていろと言い残して船医はさっさと医療道具を片づけ始めた。
早寝早起き老人生活の彼にとってとっぷり夜も更けてきたこの時間に酷使されるのはたまらないといった様子で、足早に自室へと引き上げていった。
 
 
 
「ナンダ、オレの愛の力じゃなくてニラの力かよ」
 
 
つまらなさそうに口をとがらせてベッドに倒れ伏したサッチを首だけ回して見て、アンはくくっと笑った。
 
 
「似たようなもんじゃん」
「ニラとオレの愛を一緒にするな!」
 
 
 
馬鹿馬鹿しい応酬の間に挟まれたマルコは辟易しつつ、ふと思い出して口を開いた。
 
 
 
「アン、オヤジには会ったかよい」
「あ、うん。なんか『帰りが遅い』って怒られたよ」
 
 
はは、と苦笑気味にそういうと、マルコの顔にも似たような苦笑が浮かぶ。
 
 
「オヤジが島噴火させるほど力使うの…久しぶりに見たな…」
「ああ」
「あたし初めてだよ」
 
 
三人そろってあのおどろおどろしい地鳴りと揺れを思い出して、白ひげの豪快な笑い声もそれと一緒に聞こえる気がして、軽くゾッとすると同時にしょうがないとでもいうような気分にもなった。
 
 
 
 
「…オヤジは…一回しか船降りてないのになんでわかったのかな…」
 
 
アンの呟きに、サッチがなにが?と返した。
アンはそれには答えず、再び仰向けになって天井の木目を見つめる。
サッチはしばらくそんなアンの横顔を眺めて、そう言えばと口を開いた。
 
 
 
「アンお前、あそこまでされたんだ、あいつらに言いたいことあるんじゃねぇの?」
 
 
アンはつとサッチの顔を眺めて、『あいつら』が島民のことだとわかり、もういいよと言った。
 
 
 
「たぶん…もうわかってると思うし…」
 
 
 
 
あのとき、自分が「そうじゃなくて」の後に続けようとしていた言葉はなんだったっけと考えて少し気恥ずかしくなった。
偉そうに何言ってんだと思ったが、それでも、今でも同じことを思う。
 
 
 
 
自然は人間の味方じゃない。
人間がどれだけ想いを募らせても、自然は振り向いてくれない。
全人類の歴史をかけての片恋だ。
 
伝統を大事にするのも、故郷を大事にするのも、大切だとは思う。
その両方を持たないアンにとって、それはとても。
ただそれが行き過ぎて自分たちの世界から出られなくなるのはもったいない。
もっと、もっと、世界はとても広いのだ。
 
 
 
目を瞑ると、もうもうと白煙立ち上る島の中心を見上げて浜辺に呆然とたたずむ彼らのアリのように小さな姿が映った。
突如牙を剥いた自然に圧倒される姿。
ちいさいな、と思った。
 
 
 
 
 
 
 
「アン」
 
 
マルコがゆっくりと立ち上がった。
回転いすがキィと少し後ろに下がる。
 
 
「あとで部屋に来い」
 
 
マルコはアンの返事も待たず、そのままさっさと医務室を出ていった。
部屋と言うのは無論マルコの部屋だろう。
残されたアンとサッチは顔を見合わせ、アンだけが首をかしげた。
 
 
「…なに、あたし怒られる系…?」
 
 
 
 
 
 




 
 
 
 
 

 
 おわりにて


 

拍手[15回]

光る白浜が目に痛いほど白い。
サッチはその白を蹴散らしながら森の中へと頭を突っ込んで構わず駆けた。
 
 
 
──まったくうちのおバカちゃんは心配かける天才で、困っちゃうんだから。
 
 
 
口先では軽口を呟きながらも、頭の中は今後の算段でギュルギュル音を立てて回転していた。
困っちゃうどころではない。
胸は心労でつぶれそうだった。
 
 
 
眼前に村の入り口、そそり立つ二本のトーテムポールが見えてきた。
強面のその顔を横切って村に入ったが、誰もいない。
2番隊員がまくしたてていた通り、この先の神殿へ島民全員が頭を揃えているのだろう。
サッチは人のいない空間に一瞥をくれて、足を止めることなくそこを突き抜けた。
 
 
 
家畜は所在無げに柵の向こうでつくねんと座っていた。
島特産の豆畑は潮風にふわふわと揺れている。
木の壁とヤシの屋根で造られたいくつもの家たちが、帰らない主を待っていた。
それなのに、この村は生きてる匂いがしない。
 
この島の人間は誰一人海賊にゃあなれねぇなとひとりごちた。
 
 
 
 
村を抜けてすぐ、どこから異質な音が聞こえた。
弾けるような、荒々しい音。
 
サッチは足を速めた。
これは弾ける音じゃない。
火が爆ぜる音だ。
 
 
どうかそれがアンの炎であってほしいと願ったものの、見上げた木々の頭上から上がる火の粉を見てその願いはすぐに潰えた。
アンの炎は狙いを定めて打ち抜く弾丸だ。
アンに何かを燃やそうという意図がない限り、火の粉は上がらない。
 
先程からまぶたの裏でチロチロとうろつく映像を、予感を、サッチは走りながら振り払った。
帰ってきた妹が焦げているなんて、冗談じゃない。
 
 
 
 
火が爆ぜる音が近くなった。
と、急に視界が開けた。
まるで道を開拓したかのように、目の前の木が倒れているのだ。
開拓者であるマルコに心の中で礼を告げて、サッチは群衆の中に飛び込んだ。
 
飛びこまなくてもわかった。
広場の中心は炎で包まれていた。
 
 
 
「ア、」
 
 
火の粉が容赦なく降りかかる。
サッチはそれを振り払うのも忘れて、目の前の光景にほんの数秒見入った。
 
すっかり夜の帳が下りた空の下、赤い光が照らす広場の中心に向かって、あまたの人々が跪いている。
舌のようにチロリチロリと動く炎が空高く伸びていた。
 
 
「アン!!」
 
 
 
広場の人々が一斉に顔を上げた。
昨日見た、この島の長を名乗ったジジイが突然現れた無法者を指さして何かを叫ぶ。
サッチは飛びかかってきた男の顔面に拳を突き刺して、迷うことも忘れて、口を開けた真っ赤な炎の中に飛び込んだ。
 
 
一瞬にして周囲の雑音が消えた。
身体にまとわりついた炎は広場の中心を広範囲で燃やしているのかと思いきや、実際燃えているのはそのさらに中心に一つと、四隅だ。
それぞれの炎が大きすぎて、全体が燃えているように見えたのだ。
サッチは燃えていない足場を選び進んだが、地獄のような灼熱がちりちりと服を、肌を焼くことに変わりはない。
あまりの熱に髪をまとめていたワックスが溶けて、髪がほどけてきた。
 
 
「アン!くそ、アン!!」
 
 
襟元に結んだスカーフで喉に入り込もうとする炎と煙を防ぎ、くぐもった声でアンの名を呼ぶ。
大いに燃え盛っている中心は、真っ赤で何も見えやしない。
サッチは炎の中に手を突き入れた。
 
 
「…!!」
 
 
鮮烈な熱が腕と顔を焼く。
サッチの手に固い感触が触れた。
 
 
(石…!?)
 
 
炎の中心であり、火種であるはずのそれは燃えることのない石のようにつるりと固かった。
じゃあ火種はどこにと少し視線を落とすと、サッチは自分が燃えくずのようなものを踏んでいることに気付く。
おそらくこの石に敷き詰められた藁か枝か何かが火種だったのだろう。
そこまで推測して、サッチの意識はあらぬ方向へ飛んでいきかけた。
あまりの熱に息ができない。肌がただれていくのがわかる。
それでもだめだ、まだアンがいない。
 
飛びかけた意識を叱咤して引き戻し、瞳を焼かないよう目を瞑ってさらに炎の中へ一歩踏み出そうとしたその時、ぐいと別の力がサッチの肩を掴んだ。
 
 
 
「サッチ!!」
 
 
振り向いて目を開けて、サッチは目を見張った。
しかしサッチが何を言う間もなくアンはサッチを炎の中心から引きずり出した。
アンは自分の腕より幾回りも太いサッチの腕を肩に回し、白色の台座を蹴った。
大の男を担いでいるとは思えない軽やかさでアンは炎の中を抜け出し、騒然とする島民の真っただ中へと飛び込む。
島民の多くが慄くように後ずさった。
 
アンはサッチの腕を肩からははずして顔を覗き込み、息を呑んだ。
夜目でもわかる火傷は、サッチの顔全体を覆っていた。
 
 
「サッチ!っ、かお、が」
「は…、だいじょうぶだ、ってんだよ…」
 
 
サッチは動かない頬の皮を無理にひきつらせて笑みを作った。
アンは座り込んでサッチの頭を抱えた。
 
 
 
(ごめん、ごめんねサッチ)
 
 
 
「アン、それより、おまえ、ど…やって、」
 
 
二番隊員から伝えられたのは、海楼石の釘が打ち込まれ薬を含まされたアンの姿。
ところが今(うれしいことに)サッチに抱き着いてくるアンは自由の身であり、はたまた痺れている風もない。
アンはにぃと笑ってサッチの前にあるものをかざした。
 
二本の五寸釘。
 
アンの背後で島民が目を見張った。
 
 
 
「抜いちゃった」
 
 
 
お転婆でごめんねとでも言うようにえへへと笑うアンの両手は、しかし紛れもなく穴が穿たれていた。
 
 
 
「釘が抜けたらさ、ほらあたしも火だから、へっきじゃん。んで、こいつらみんな頭下げてて見ちゃいないしと思って、あんま燃えてないとこで弁当食べてた」
 
 
アンの目線につられてサッチが燃え盛る炎へ目をやると、確かに白い台座の上で銀の弁当箱が空っぽのまま放置されている。
 
 
「そったら、動きにくいのなんか治っちった」
 
 
にゃっはっはーと笑うアンをぽかんと見上げていたものの、あまりにあっけらかんとしたその姿に思わずサッチも噴き出した。
 
まったく、うちの妹はこれだから最高だ。
 
 
 
「サッチが作ってくれた弁当だよ」
「…そか」
「ありがと!」
 
 
ん、とサッチが答える。
アンがにこりと笑った。
 
 
 
「…なんという…!!」
 
 
背中から聞こえてきた震える声にアンが振りむく。
長は今にも卒倒しそうなほど顔を赤紫に染めて二人の海賊を見据えていた。
どちらかと言うと、サッチに。
 
 
「貴様、神に手を触れるな!!」
「はあ?」
 
 
おお、神への冒涜だ、神域が穢れる。
長の強い語気に煽られるように、一斉にして島民たちが広場の中心、サッチに向かってヤジを飛ばしはじめた。
 
一方その標的であるサッチは腕を支えにして半身を起こした。
はあ?の形で固まった口はひんまがり、眉がつりあがって目の上の傷口がぴくぴくしている。
 
サッチのこんなにも機嫌が悪そうな顔、初めて見た。
いや「悪そうな顔」はいっぱい見たことあるけど。
アンは間近その稀有な顔をまじまじと見つめた。
サッチは顔の痛みも忘れて大きく口を開いた。
 
 
 
「人んちの娘炙りにかけて何が神だふざけんなブァーーーーーカ」
「なっ」
 
 
 
子供かあんたは。
アンさえも呆れたそれにサッチはいたく満足したようで、ふんっと鼻息荒く、なぜか胸を張った。
 
 
「よし帰んぞアン」
「うん」
 
 
ういしょと立ち上がるサッチをアンは腕を支えて手助けする。
自慢のリーゼントはもはや影もない。
墨っぽくなった服を気にするふうもなく、サッチはぱぱっと服をはらった。
 
 
 
 
「…なぜ…」
 
 
聞き漏らしてしまいそうな呟きは、それでもしっかりアンの耳に届いた。
見れば、先ほどまで赤黒くなっていた長の顔色は今や青い。むしろ白い。
怒気をはらんでいた声は、しぼんだように小さかった。
長はかくりと膝をついた。
 
 
 
「なぜ、お帰りにならないのです。我らは、貴女様を、天にお送りして差し上げたく…」
 
 
とても小さく見えた。
子供のようだ。
この島の人たちはみんな、信じるものをはき違えている。
故郷を大切にすることと、すがりつき取り込まれることをはき違えている。
 
 
 
「だってあたし、人間だから」
 
 
アンは立ち上がったサッチの腕から手を離して、長に対峙した。
見下ろすその目は、真っ黒で、まっすぐだ。
 
 
 
「神様の力なんかじゃないよ。呪われてるの。悪魔に、呪われてる。
あんたたちのいう神様と一緒で、あたしも泳げないの。…呪いだから」
 
 
でも、とアンは言葉を区切った。
静かに紡ぐアンの言葉に、今や島民全ての耳が傾けられている。
 
 
「あたし海だいすきだよ。海で溺れ死んだって、わざわざ空に帰りたいなんて思わない。
あんたたちの神様もきっと一緒だよ」
 
 
 
人間みんな、海の子だもん。
 
 
 
 
 
 
 
アンは島民たちに背を向けて、未だメラメラ燃える炎の中にすたすた入っていった。
そしてなにやら拾い集めていたかと思うと、溶けかけた弁当箱を黒焦げのリュックに詰めながら戻ってきた。
 
 
「帰ろ、サッチ」
「…おう」
 
 
 
サッチはリュックを背負い直すアンを不思議な気持ちで見下ろした。
子供のような、大人のような、たまにとても達観したようなことをいう。
アンと言う生命体は未だきわめて不可解だ。
 
 
二人は呆然とたたずむ島民たちの間を通り抜けていった。
 
 
 
「…お待ちください」
 
 
長が膝をついたまま二人を呼び止めた。
振り向くと、長も同じように振り向いている。
 
 
「自然の神はいつでも我々を守ってくださった。彼の言い伝えと、我らの伝統にさえ従っていれば何も困りはしなかった。
…貴女様はそれさえも間違っていると」
「…そうじゃないよ」
 
 
 
そうじゃなくてただ、とアンが言葉を続けようとしたその瞬間、ブワンと空気が揺れた。
 
 
「わっ」
「…ンだ?」
 
 
地が揺れているのではない。
大気の揺れは波紋のように広がって幾度もアンたちの身体にぶつかってくる。
島民たちも同じようにそれを感じ、ざわめきあった。
 
 
「…ね、これって…」
 
 
アンがサッチをちろりと見上げる。
 
 
「…あぁ、間違いねぇな…」
 
 
サッチも苦笑を交えてアンを見下ろした。
 
とても身に覚えのある、振動だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 門限


 

拍手[17回]


長が目を細めてほほ笑んだサマに、アンの背筋に戦慄が走った。
 
 
「貴女様をここまでお連れして我らの儀式を始めるまで──邪魔が入るわけにはいきませんでしょう。
…寝酒にでもと、昨晩船長殿に渡した酒を覚えておいででしょうか」
 
 
 
寝酒…?
 
アンは記憶を巻き戻し、昨日の夜のことを思い浮かべた。
 
 
数人の島民が抱えた大きな酒樽。
それを船に積み込むクルーのすがた。
にやりと嬉しそうに笑った白ひげの顔。
 
 
 
まさかと、口にするのもおぞましかった。
真っ黒な憎悪が全身を駆け巡り、瞼の裏が真っ赤に染まる。
 
 
 
 
ジワッと、アンの手から流れる血の川に水量が増した。
力の入るすべての部位に満身の力を込めて、痛みを分散させ、張り付いた手のひらを力の限り上へと引っ張り上げた。
 
 
「…くぅ…っ…!」
 
 
 
ボタボタボタボタ、悲惨な戦いを思わせるほどの血が真っ白な台座に落ちて広がり湖面を造る。
しかし長がその様に目もくれないように、アンもそんなことはどうでもよかった。
 
 
 
 
 
──オヤジッ…!
 
 
薬を盛られた酒に誰が気付くだろうか。
今まさにアンがその薬に冒されている状況を誰も知らないというのに、誰がただの寄港地で手に入った酒をわざわざ疑うだろうか。
 
白ひげの健康診断が終わった。
白ひげまだ日も高いうちから酒を手放さないが、健康診断の日は昼間からの酒はナースによって取り上げられている。
だからこそ、きっと今日の晩酌を楽しみにしているはずだ。
そう考えると奥歯がぎりりと軋んだ。
 
もう日が沈む。
モビーでは夕食時だ。
オヤジが酒を飲んでしまう。
 
世界最強の男に効くはずがないと楽観視できる体でないのは、家族である誰もがわかっていた。
ただの痺れ薬でも、他の薬を処方されている身体に入れてどうなるかなど考えたくない。
 
 
 
 
 
焦燥がアンの身体を焦がした。
怒りは手の傷よりも熱い。
身動きの取れない腹立たしさで胸が爆発しそうだった。
息苦しい。
 
 
 
どす黒い感情で視界が歪むのはとても久しぶりだった。
 
 
そして歪んだ視界の向こう側で、一番大きな木が倒れてきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
「誰でもいいから隊長呼んで来い。見たまんま伝えろい」
「…は、い」
「早く行け!!」
 
 
弾けるように踵を返した隊員の足元で土がはねた。
長の目配せによって数人の島民があとを追っていったが、マルコの脚に遅れながらもついてきた男だ、追いつくことはないだろうと放っておいた。
 
 
もしアンに何かあれば、むしろこの状況で何もないことなどありえないのだからすでに確定事項として、アンを持ち帰るついでにこの島もろとも沈めてやろうと思っていた。
 
しかしそのアンからマルコの耳に届いた言葉は「戻れ」。
耳を疑うというものを、初めて体験した。
内側で揺らめいていたマルコの炎も、戸惑いのせいでゆらっと横になびいた気がした。
 
アンから再びマルコたちの方へと振り返った老人は変わらぬ冷静な顔をしていたが、マルコはその下の表情が崩れたのを見逃さなかった。
 
 
「面倒なことに…しかしこのお方の仰せのとおり、早く貴様らの船に戻るがいい。あの大男が大事なら、今すぐに」
 
 
 
マルコはアンに視線を走らせた。
顔を歪めて、濡れた瞳でマルコを見つめ返している。
 
 
 
 
「──酒だ。酒に薬を混ぜた。貴様も早く船に戻れ」
 
 
 
今や長は焦りを隠そうともしていなかった。
船員の誰かがここへ行きついてしまうことはおそらく長の想像の範疇だったのだろう。
そのために、ここへ行きついた者を再び遠ざけるためにかけられた人質が、白ひげ。
 
 
長が苛立たしげに眉をひそめるのがマルコにも見て取れた。
長は、アンがマルコにとってただの同船員、仲間の一人として見ているだけではないと感づいている。
 
 
恐れている。
マルコが白ひげではなく、アンをまず助け出そうとすることを恐れていた。
 
 
 
しかしマルコは長のその考えを覗き見るようにわかったというのに、身体が動かなかった。
動かせなかった。
 
 
心臓が、コンマ1秒ほど動きを止めた。
かと思えば早鐘のように心音を打ち鳴らし始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いつのことだっただろう。
随分前のことのように思う。
 
あの日だ、アンとの関係が変わってオヤジと話をした、あの日。
 オヤジはアンを守ってやれと言った。
 だがオレはなんと言った?
 
 
 
一番に守るべきはアンタだ。
 オレは白ひげを何よりも優先する。
 
 
 
いつか、アンとオヤジを選ぶべき時が来たとしたら。
オレは迷うことなく、オヤジを選ぶ。
 
 
 
 
 
 
ついに来てしまった。
そのときが、アンとオヤジを秤にかける時が来たのだ。
 
 
あまりに惨い。
あのとき想像したこと、覚悟したことを今目の当たりにしてみれば、それは想像以上に胸をえぐった。
 
 
どうしてあのときもっと深刻に、リアルに考えなかったのだろう。
それを悔やむような精神をマルコは持ち合わせてはいないが、それでも考えずにはいられない。
 
家族を秤にかけること自体間違っていると、正論を吐かれたら返す言葉はない。
そんなものに言葉を返す気もないが、自然と付いた優先順位は覆らない。
 
 
 オレたちの絶対は白ひげだ。
 
 
 
オヤジを愛している。
誰よりも、誰よりも、あの人が自分のすべてだと豪語できる。
 
 
 
 
 ──じゃあアンは──?
 
 
 
 二人を秤にかけてオヤジの方に1ミリだろうが10センチだろうが重く下がったからと言って、あっさりと手放すことができるようなモノなのか──?
 
 
 
 
 


 
 
 
 
できるわけがない。
 
できるわけがないのに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「──アン」
 
 
 
 



 
すぐに戻る。
すぐに戻るから。
 
 
 
 
 
 
 
「ちょっと待ってろよい」
 
 
 
 
 
 
 
ひく、とアンの頬が小さく動いておなじみの笑い皺を描いた。
 
 



 
 
 
 
──待ってるよマルコ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ぶわりと上がった青の炎は一瞬のうちに空へと舞いあがり、燃える羽毛を散らしながら弾丸のように風を切った。
 
青い塊と化した鳥が1グラムの重さも持たないかのように飛んでいく。
しかし心は鉛よりも重たい。
堕ちてしまわないよう自分を律して、自制心のタカが外れてしまわないように律して、マルコは飛んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
「マルコ隊長!今2番隊の…」
「酒蔵ン中全部ひっくり返せ!!」
「は?」
「いいから酒蔵にある酒、昨日手に入れたモン全部海に捨てるんだよい!!
飲んじまった奴がいたら医務室で診察を受けろい!
医療班に連絡して薬の成分調べさせて、オヤジに報告だ!
オヤジの部屋にある酒も食い物も昨日のだろうとなんだろうと全部下げて捨てろい!」
 
 
 
 
帰ってきた2番隊員の騒ぎをなんだなんだと首を伸ばして聞いていたクルーたちが、ぱちくりと瞬いた。
そしてマルコがはぁっと荒く一息をついたその時にはもう、蜂の子を散らすようにクルーが動き始めた。
 
マルコの怒声を聞きつけた隊長たちが自らの部下に指示を飛ばし役を割り振る。
一瞬で統制がとられた船上は秩序ある戦場のように走り回る男たちであふれた。
 
マルコは自分の指示に従う隊員たちにすぐさま背を向け、甲板の端へと走った。
 
 
 
 
「オヤジ!」
「マルコ」
 
 
 
数人のナースに囲まれた白ひげは、騒がしくなった甲板を面白そうに見遣っているところだった。
 
白ひげの目の前に立って、マルコは告ぐ言葉もなく呼吸を繰り返した。
その目はまっすぐ白ひげの金の瞳を見上げている。
 
 
子供の頃に戻ったような気分だった。
 
自分のしたことが間違いだと言われるのが怖くて、早く誰かに、オヤジに「お前は間違ってなんかいやしない」と言われたくてすぐさまオヤジのもとへと走っていた。
それが大人になって、迷うことが許されなくなって考える余地も少なくなると、『思い込む』ことができるようになった。
 
 
 
「オレは正しい」んだと。
 
 
 
 
それが今はとてもじゃないができない。
頭は不安一色で、黙って白ひげを見上げるその心は父の言葉を心待ちにしていた。
 
 
 
 
 
──喋ってしまえば、そんなわけはないのに、泣いてしまいそうで。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白ひげは真摯な瞳でマルコを見下ろした。
 
 

 
 
 
「迷うな」
 
 
 
 






重たい言葉は重力に逆らわず、マルコの胸の内にすとんと落ちた。 
マルコは俯いたまま黙って笑った。
 
 




 
 やっぱり許しちゃくれねぇかよい。
 そりゃそうか、オレはもうそんな歳じゃない。
 
 
 
 
 
「…行くよい」
「ああさっさと行けこのアホンダラ。アン死なせたら承知しねぇぞバカ息子」
「アイツァ殺したって死ぬもんか」
 
 



 
グララララ、と豪快な笑い声が船を揺らす。
ナースの一人がマルコたちのやりとりに呆れたように首を振った。
 
 
マルコが翼を広げ床を蹴ると、白ひげは思い出したようにマルコを呼び止めた。
 
 
 
 
「そういやアンのところにゃ、サッチが行ったぜ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 兄走る

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さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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