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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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ドアを開ければ、そこにアンがいた。
 
 
「おっ、おかえり!」
 
 
マルコはドアを閉めた。
数歩下がり、目の前のドアを眺める。
そこから離れ、隣の部屋のドアをノックした。
 
 
「はい?」
 
 
顔を出したのは1番隊クルーだ。
 
 
「なんかあったっすか」
「…いや?」
「?」
 
 
内側からドアを開けたクルーと、もう一人、彼と相部屋のクルーも奥の椅子から不思議そうにマルコを振り返っている。
 
 
「…わりぃ、なんでもねぇよい」
「? そうっすか、じゃあおやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
 
 
目の前でドアが閉まり、マルコは自然とあごひげに手が伸びていた。
そこを数回擦って、小さく首をひねる。
そしてもう一度、自分の部屋だと思った、いやそうであるはずの部屋のドアを開けた。
 
 
「おっ、おかえり!ねえなんでさっきドア閉め」
「…お前なんでここにいるんだよい…」
 
 
 
マルコのベッドの上に鎮座していたアンは、居心地悪そうにもぞもぞ尻を動かした。
白ひげに書類を提出しに行く、数分の隙。
存在するだけで使うことはない鍵は、このときも使われなかった。
ゆえに猫が一匹入り込んでいたというわけか。
 
 
「待ってた」
「…ほう」
 
 
マルコは後ろ手でドアを閉め、忘れていたがその手に持っていた2冊のファイルを本棚に収めた。
 
 
「随分と久しぶりじゃねぇかい」
 
 
マルコの言うとおり、アンがこの部屋を訪れなくなって久しい。
自分の立場を、女という立場をわきまえてから、アンは『慎み』というものを覚えた。
面積の少ない布を纏っているだけという服装な時点で通常の慎み方からは逸脱しているかもしれないが、アンにしては、である。
相変わらず寝るときだろうがなんだろうが自室にカギはかけないし、宴があれば男どもと一緒になって甲板でごろ寝する(朝を迎える前にマルコによって部屋まで運ばれていることをアンは知らない)。
しかし、夜、暇さえあればマルコの部屋で、それもベッドの上でゴロゴロするという習慣だけはなくなった。
 
自分の身は自分で守れ。
 
ナースに言われたのだろう。
アンはその言葉をしっかりと遵守しているらしい。
 
単純なやつだと笑うことはしない。
アンらしい、素直でまっすぐな回答だ。
夜に恋人の部屋を訪れることが何を意味するか、ようやくわかったのだ。
無邪気であることが裏を返せばどれだけ残酷なことかも。
 
マルコは自室に置いてあるコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
 
 
「コーヒーしかねぇけど、飲むかよい」
「あー、うん…あ、やっぱいいや。マルコ飲むの?寝られんの?」
「ああ、慣れてもう効かねぇよい」
「ふーん…」
 
 
ベッドの上でかしこまって正座していたアンは、カップの準備をするマルコの背中を盗み見るようにしながら少し足を崩した。
コポコポと水泡の音が心地よく響く。
 
こういう景色、というより雰囲気は本当に久しぶりだ。
波は静かで、窓の外は暗くて、少し遠くから酒盛りをする男たちの騒ぎ声が聞こえる。
部屋の中は静かで、どちらが話すということもなく、マルコは常に何らかの動作(おもに仕事)をしているのだけど、慌ただしくはない。
ここにいると、アンはすぐに眠たくなる。
マルコが発する独特の空気が眠気に似た快感となり、アンに自由を与える。
 
ここにいるときはなにをしてもいい。
話したいことがあれば口を開くままに話す。
ただじっと黙っていて、うずくまっていることもある。
マルコは何をするでもなく、アンの好きにさせてくれる。
 
この船の中で唯一アンに甘くない、無条件では甘えさせないマルコだが、このときだけは甘えさせてくれているのだとアンにもわかっていた。
 
だからこそ、この数か月それをアン自身が許さなかったことはアンの中ではとても大きい。
頑張ったじゃん、と自分を褒めたくなる気持ちも少々、しかしそれ以上に『許す』ときの覚悟も相当のものだった。
 
 
マルコは湯気の立つコーヒーをすすりながらベッドに歩み寄り、そこに腰かけた。
視線はまっすぐ、部屋の壁、本棚へと向けられている。
アンはベッドの真ん中でその背中を眺めた。
 
頭がぐるぐるする。
頬は発火している時ほど熱いし、目は緊張でちかちかする。
気を抜くと倒れてしまいそうだった。
先ほどこの部屋で感じた安心感は、マルコがベッドに座った瞬間つむじ風に巻き込まれるように一瞬にして飛んで行ってしまった。
 
 
唐突にマルコが振り返った。
 
 
「なんて顔してんだい」
 
 
くっと笑ったことによって目じりに寄った皺を見て、アンの肩から少しだけ力が抜ける。
しかし、別に捕って喰やしねぇよいという言葉ですぐに肩に力が戻った。
 
そんなアンを目の端で見て、マルコはからかうようにもう一度笑った。
アンが何か言いたそうに口を開き、そしてまた閉じる。
マルコはサイドテーブルにカップを置いた。
 
 
「マ、ルコ、」
「おう」
「あた、あたし、」
 
 
アンは膝の上で拳を握り、俯いたまま瞳を何度も動かした。
マルコはじっと、アンの言葉を待っている。
 
 
「マルコが、すごい、すき」
 
 
振り返ったマルコは少しの間アンの額辺りを見つめ、そしてふっと笑った。
それが空気越しにアンにも伝わった。
 
 
「…だか、らぁ、その…」
「アン」
 
 
呼ばれた声に反応し、ほとんど反射で顔を上げた。
顔が上がりきる前に、下から掬い上げられるように唇同士がぶつかった。
 
その衝撃でアンが思わず後ろに肘をつくと、それにあやかるかのようにマルコから力がかかりアンは背中から倒れた。
 
 
「思ったより早かったよい」
 
 
天井を背景に、マルコが見える。
悪そうな顔、と口をついて出そうになった言葉を慌てて飲み込んだ。
 
 
「だ、って」
「ん?」
 
 
欲しくなった。
どことなく寂しい夜は隣で寝ていてほしいし、寝付くときは頭を撫でてもらいたい。
マルコのことを考えて眠れないなんてそんなかわいらしいことは一切なかったが、アンにとってはそれに近い。
これが俗に言う『疼く』ということだと、アンにはまだわからなかった。
わかったとしてもそんなこと言えるはずもない。
 
 
だって、から後の続かないアンを見下ろして、マルコは右手でアンの前髪を掻き上げた。
アンはぎゅっと固く目を瞑る。
しかしすぐに、カッと見開いた。
 
 
 
「よし来い!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いろんな意味で
 
 
 
 
 
 
(気が抜けた)
 
 

拍手[31回]

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日付が変わる10分前、マルコの机に未提出書類をすべて叩きつけてきたアンは、軽い足取りで食堂へと向かった。
思えば昼に少し食べただけで、今日は食事らしい食事をしていなかったことを思い出す。
べこりとお腹がえぐれてしまうんじゃないだろうかという恐怖と闘いながらもなんとか書類を仕上げた自分を心の中で盛大に褒めながら、船内を進んでいった。
 
 
 
 
食堂の扉を少し開けて、中に人がいないことを確かめる。
しかしアンはこっそりと覗き込んでいる今の自分の姿を想像して、せっかくマルコがかばってくれると言っていたのにこれじゃ水の泡なんじゃ、と不意に動きを止めた。
現にいま、盗み食いをする気満々である。
 
 
(…ま、いっか)
 
 
あっさりと天秤が空腹の方に傾き、サッチに怒られるとかそういう嫌なことは得意の『後で考える』を発動することにした。
 
 
 
 
 
この船で一番大きな空間である食堂には、縦に4つの大きなテーブルが並んでいる。
誰もいないとは知りつつなんとなく雰囲気で息を詰めたアンは真ん中の二つのテーブルの間を進んでいき、正面にあるカウンターまで近づいた。
はじめ真っ暗だったそこも、次第に目が慣れてきてぼんやりと風景の輪郭を描き出す。
カウンターを乗り越えて厨房へと入り込もうとしたアンは、ふと自分が足をかけているそこから少し離れたところに鎮座する背の高い物体を目に捉えた。
 
 
(・・・なにこれ)
 
 
行儀悪くカウンターテーブルについていた膝を戻し、その物体の方へと歩み寄る。
しかし一歩そちらへ踏み出した瞬間それが何であるか気づいたアンは、飛びつくようにその物体の方へと駆け寄った。
 
 
大きな皿の上で山、もしくは塔のように積まれたパスタは、乾くことのないようしっかりとラッピングされてそこにいた。
スパイスの効いたその香りが鼻腔をくすぐり、そわそわとアンはパスタに手を伸ばす。
 
 
(これ、食べていいかな、いいかな)
 
 
よしいい、と自分にゴーサインを出したアンはちょうどその皿の横にあったフォークを掴みとってラッピングを外し、折り重なるように積まれたパスタをフォークに絡ませた。
拳骨ほどの大きさでパスタがフォークの先端に絡まりつき、明らかに口より大きなそれを事もなげに口の中に押し込む。
 

 
 
(んまい)
 
 

 
もぐもぐと、ヒトに備わっているはずのない頬袋を盛大に活用して咀嚼し、パスタを口へと運ぶ動作を何度も繰り返した。
 

 
 
「んまい」
 
「おう、そりゃサッチ様の愛が入ってっからな」
 
「ほっかなるほど・・・・・・・!?」
 
 
驚きのあまりパスタが口からはみ出しそうになり、アンは慌てて手でそれを封じ込めた。
声の方へと顔を向けると同時に大きな灯りがともり、眩しさにアンは目を細める。
 
 
「ふぁっ・・・ふぁっひ!」
 
「おうよ」
 
「ひょ、ひょっとまって…!ほれは…!」
 
 
口の中のもとを慌てて飲み下そうとするが、焦りすぎて絡まったパスタが上手に呑み込めずもがもがと一人あがく。
そんなアンを見て小さく笑ったサッチは、アンが腰かけるカウンター席の隣に腰を下ろした。
 
 
「んな慌てねぇでも逃げねぇよ」
 
「…ん?…怒らないの?」
 
 
口の端からぴょろりと飛び出た麺をもう一度口の中に押し込みつつ恐る恐るそう言えば、サッチはカウンターに肘をついたまま手の甲でアンの額を小突いた。
 
 
「お馬鹿さんかお前は」
 
「んなっ」
 
「アンのためじゃなかったら誰がこんなとこに山積みのパスタにフォーク添えて置くかよ」
 
 
ごもっともな科白に、確かにと納得したアンは、初めから遠慮なんかしてなかったくせにじゃあ遠慮せずと呟いて、再びバキュームよろしくパスタを口に詰め始めた。
その様子をサッチは肘をついた手の上に顔を乗せて満足げに見遣る。
 
 
「サッチ何しに来たの?」
 
「ん?オレァずっとここにいたけど」
 
「!?うそ」
 
「うそじゃねぇよ、残りの食料の確認してた」
 
「ふーん…こんな遅くに?」
 
「…おうよ」
 
 
白ひげさんちのサッチ君は働き者だからねぇ、と冗談っぽく言ってアンが笑ったのを確認してから、サッチも少し笑う。
まさかマルコの部屋に行ったっきりの妹が心配でキッチンで待ち構えていたなんて言えない。
 
 
 
 
 
それからしばらくもきゅもきゅと口を動かしていたアンが、唐突にあ、と声を漏らした。
 
 
「ねぇサッチ」
 
「はいよ」
 
「あたしのことすき?」
 
 
ぱちくりと丸くなった目でアンを見つめれば、てらてらと光る口元のままアンも見つめ返す。
 
 
「…あー…そりゃあいつかの科白を思い出して大変心苦しいんですが」
 
「?」
 
「…まぁいいや、」
 
 
何の最終確認なのか知らないが、答えの出ていること、それに本人もわかっているはずのことを聞いてくるのは、アンにもそれなりに考えるところがあるのだろう。
減るもんじゃない、何度だって言ってやる。
減ったって出し惜しみなんてするもんか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あいしてるぜアン」
 
 
 
 
 
 
 
 
汚れた口元を手の甲で拭ったアンは、フォークを口にくわえたままにしゃりと笑った。
 
 
 
 
 
 
「だいすき」
 
 

拍手[27回]

 
喜んでいるんだろうと、その小さく縮こまった肩を見て思った。
全身を小刻みに震わせて、マルコの脚の上でそのシャツの裾を握りしめ、ただ俯いて静かに涙を流していたが、その涙は歓喜に染まっていた。
 
感情がすぐ顔に出るガキのような女のくせに、痛みばかりは隠す技術があるのはよくわかった。
きっとまだ深く深くアンの奥底で眠っている苦痛は山ほどあるのだろう。
その全部を自分が救ってやれるとは到底思わない。
ただ神だかなんだか得体の知れないものが救いの手を差し伸べるとかいうのなら、そんなものはクソくらえだ。
祈って救われるなら何故もっと早くアンを救わない。
だから自分はアンが崩れかけた際には誰よりも早く支えに行こうと、マルコは心中で強く思った。
そんなときが来るかはわからないが、崩壊ギリギリまではアンが自力で頑張ればいい。
できることなら自分で何とかしようとする強さを持つ女だ。
 
(オレの女だ)
 
負けるわけがない。
 
 
 
 
 
 








 
 
 
 
 
アンの顎を二本の指先でつまみあげ、潤んだ瞳を自分の顔へと向けさせる。
 
「…ぐっちゃぐちゃ、だよい」
 
「…っ…るさいっ…」
 
ぱっと視線をそらして、ずずっと鼻をすすった。
そのせいでまた鼻も赤くなる。
その様に笑いがこみあげてきてふっとマルコが頬を緩めると、なんで笑ってんのと言いたげにアンが顔をしかめた。
それがさらにおかしくて、ふっと鼻から抜けるように笑うと、アンが抗議しようと口を開いた。
が、言葉が声に乗る前にマルコが口でふさいだ。
 
固まるアンに数秒唇を押し付けて、名残惜しいと思わせるほどゆっくりと離れる。
 
 
 
 
「お前が、自分で整理つけるまで手は出さねぇよい」
 
「…あぇ…?」
 
「抱かねぇっつってんだ」
 
 
 
しばらく口を開けたままその言葉の意味を考えて、意味を捉えてからはなんとなく気まずくて目が合わせられず、アンはただあっちこっちと視線を彷徨わせる。
 
「…あ、う…ん。わ、わかった」
 
「…本当にわかってんのかい」
 
「わかってるよ!」
 
 
 
半ばむきになってそう返せば、マルコはへぇというように片眉と口角をあげた。
 
 


 
 
「したくなったら、お前から来いって言ってんだがよい、」
 
 




 
 
わかってんのかい?と覗き込むように顔を寄せれば、そばかすの散った頬にカッと赤が広がった。
 
 
「わわわわかってる!!」
 
「動揺しまくりじゃねぇかよい」
 
 
くっく、と喉を鳴らして笑うと、アンは眉根を寄せてマルコの顔を憎らしげに見やった。
そんなアンにお構いなしに、そんじゃ、とマルコはアンを抱き上げたまま立ち上がる。
すとんと木の床に立たされたアンは、自然とマルコと対峙するようになった。
 
 
 
「武器庫の整理の報告書がまだ上がってないねい。
それからこないだの寄港のときの換金リストも二番隊だけ未提出だい。
んでもって一週間前に渡した手配書のリストは目ぇ通したんだろうねい。
あとサッチの野郎から二日分の肉類が全て消えたとかいう報告があったんだが」
 
 
ニヤリと、効果音が付きそうなほど口端を上げたマルコに反して、アンは急に現実を突きつけられて途端に青ざめた。
 
 
「…ひっ、ひとでなし…!」
 
「なんとでも言え。明日までに溜まった書類全部出せなかったらサッチに突き出すよい。
今日中に仕上がったらバレたときかばってやる」
 
 
その言葉にぴくりと反応したアンは、ぱっと顔をほころばせてマルコを見上げた。
 
「ほんと!?」
 
 
マルコがひとつ頷けばさらに笑みを深くして、アンはつむじ風の如くだかだかとブーツを鳴らして自室へと駆けていった。
 
 
その背中を苦笑交じりで見送って、マルコは再びベッドへ腰を下ろした。
 









 
 
 
アンが出向くか自分が折れるか。
まぁ後者はありえねぇな、と内心頷いた。
 
 
今はやらなければいけないことがたくさんあったほうがいい。
余計なことを考えずに済むだろうし、考えることが苦手なアンのことだ、いつか面倒になって放棄されたりしたらたまったもんじゃない。
 
ただ今は、手に入れた喜びに身を任せて目の前のことに打ち込めばいいと、そう思う。
アンが思っているより、きっと、世界はもっと簡単に回っているのだから。
 
 






 
 
 
 
「…いつ、来るかねい…」
 
 
ひとり呟いて、馬鹿馬鹿しいと思いつつもくっと笑いがこぼれた。
 
 
(…まぁ、どちらにしろ)
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

拍手[35回]

 
寒かった怖かった寂しかった。
本当は拒んでなんてほしくなかった。
 
大丈夫、血縁なんて関係ない。
 
ただ一言、そういってもらえたらただそれだけで救われたのに。
誰も、誰もそんなこと言ってくれなくて。
 
 
 
 
 
 


 
 
 
ずっと昔、お腹がすいて道を歩いていると、優しい女の人が声をかけてくれた。
嬉しくて嬉しくて、あたしはその手に導かれるまま歩いて行って、ご飯をもらって。
 
『親はいないの?』
 
いないと答えれば、彼女は花のように笑った。
 
『じゃぁここにいればいいわ。私も一人なの』
 
居場所が、できたと思った。
思ったのに。
 
『商人だった夫がね、海賊に殺されたの。こんな時代のせいで。
…私はあの男を許さない』
 
それを聞いた瞬間、あたしは走り出した。
倒れた椅子にもあたしを呼ぶ女の人の声にも構わず、逃げるように走った。
やっぱり居場所なんてなかった。
 
 
後にも先にも他人の優しさに靡いたのはそれきりで、それ以来信じることが怖くなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
『ねぇ、あのおっさん、』
 
『あぁ、マルコ隊長?一番隊の隊長だよ。なんだアン、気になんのか』
 
『…別に、なんでもない、です』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この感情が、人を好きになることだと教えてもらって、
マルコの言動ひとつで右へ左へとあっちこっちへ動く自分の気持ちがくすぐったくて、
でもあたしが揺らいだときは支えてくれたり、押し戻してくれる家族がいた。
 
 
 
 
 
『お前、可愛いなあ』
 
『…アン、悲しい?』
 
『…泣いても、いいんだぞ』
 
『なんか、あったのかい』
 
『このバカ娘が。心配しただろ』
 
『だって私もあなたをとても愛してる』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
嬉しくないわけがない。
でも手放しで喜べるほど素直じゃなかった。
 
あたしのことをもっと知ったら、みんなはどんな顔をするんだろう。
そもそも命を取り合った敵の子供が、家族としてここにいると知ったら。
 
なじられて、蔑まれて、出てけと言われることなんてないのはわかっていた。
そんなことより、今まで隠し通してきたことを知られるのが怖かった。
でも明言できるほど大人じゃなくて、ずるずる、ずるずると。
 
 
 
 
 
 

 
 
マルコに求められていると知って、嬉しかった。
でもそれと同時に、応えられないという答えも出ていた。
 
血が混じる。
 
もし、もしも新しい命が宿ったら。
その命までもが鎖でつながれて、たとえどんなに鎖が細くなったって、絶対に千切れはしないから。
あたしの身勝手のせいで新しい命がまた枷に繋がれてあたしと同じ目にさらされたら。
そう考えて、ぞっとした。
だから拒んだのに。
 
 
 


 
 
 
 
『オレが他のモン背負ってやる』
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
思えば、いつも崖っぷちだった。
一歩踏み出せば堕ちるだけで、後ろを振り返っても真っ暗で、どこにも行けないまま危うい均衡を保ってゆらゆら揺れていた。
 
でも背中を押されて、一歩進んで堕ちてみたら、マルコが掬い上げてくれた。
そうだ、マルコには翼があったんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とん、とん、と子供をあやすようにアンの背中を分厚い掌が叩く。
そのリズムに合わせて絡まるように抱き合う二人分の身体も揺れる。
しゃくりあげるアンの黒髪が涙で頬にぺたりと張り付くが、その都度マルコがそれを指先で払いのけた。
 
アンの慟哭がゆっくりと静まって、少し荒い呼吸音と背中を叩く音だけが部屋に響く。
泣き疲れてアンがマルコの肩に額を預けても、マルコはそれをさも当たり前のこととして受け入れた。
どちらも話そうとはしなかったが、離れようともしなかった。
 
 
すっと心が凪いでいく。
それに比例して胸のあたりがほっこりと温かい。
それはアンに対しても、マルコに対しても同じだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…なぁ、アン」
 
耳の後ろでぽそりと、まるで内緒話のようにささやかれた声にアンがぴくりと反応する。
 
「お前の名前、誰が決めたか知ってるかい」
 
「…な、まえ…?…たぶん、母親…」
 
未だぼんやりと霞がかった頭を働かせてそういえば、頭の後ろでマルコがふっと笑った。
 
「オヤジに聞いたんだがねい、その名前、ロジャーが決めていたんだとよい」
 
「…え、」
 
別にだからって嬉しくない、とアンの心の声が聞こえてきた気がしてマルコはくつりと喉で笑ってから、アンを抱きしめたままよいっという掛け声とともに腕を伸ばしてサイドテーブルに立ててあった一冊の本をとった。
 
マルコはゆっくりとアンを引きはがし、二人の間に隙間を作る。
離れたことでさっきまでくっついていた部分が急に寒くなって、アンはへにゃりと眉を下げた。
それを見てマルコは苦笑して、ベッドからぶら下がっているアンの膝下に手を差し込んだ。
 
「わっ」
 
ふわりと一瞬身体が浮かび、ぎゅっと目をつぶればすぐにとさりと落とされる。
次に目を開ければ見えたのはマルコの横顔で、アンはあぐらをかいたマルコの膝の上で横抱きにされていた。
 
「えっ、えっ、」
 
慌てふためくアンをよそに、マルコはアンの腹の上に先ほど取り出した本を置いた。
 
 
「…何?」
 
「ビスタが置いてったんだがねい、南の海で使われていた言葉のずっと昔の辞書らしい」
 
適度にアバウトな説明をしてから、とりあえず開いてみろとアンを促す。
促されるままページをめくってみれば、細かい文字の羅列がびっしりと虫のように紙を埋め尽くしていた。
 
「うわっ、文字ばっか!」
 
「そりゃぁ辞書、だからねい」
 
マルコはくくっと喉を鳴らしたが、アンは未だマルコの意図がつかめず、ただぺらりぺらりとページを捲っていく。
 
「左上に、文字がかいてあるだろい」
 
「あ、うん」
 
言われた通りページの左上には、Aの文字。
 
「自分の名前、引いてみろい」
 
「あ、あたしの名前?」
 
何を唐突に、とでも言わんばかりの顔でマルコを見つめても、マルコは少し口角をあげているだけで何も言わない。
 
(…辞書って、どうやって引くんだろ)
 
ぽかんとそんなことを考えながら、たぶんこうかな?ととりあえずぱらぱらとAのページを探していった。
 
「…過ぎたよい」
 
「えっ」
 
ぬっとマルコの手が伸びて、アンが捲っていったページを逆に戻していく。
それは数枚捲って止まった。
 
 
【Ann】
 
 
これ?と不安げに指差してマルコを見れば、ただ頷かれる。
文字が小っちゃくて見にくいぞ、と思いながらも本に顔を寄せて、【Ann】の欄に書かれている文字列を指でたどっていった。
そしてそれは、すぐに止まった。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
【Ann】
愛される者
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…ロジャーの奴が、こんなしゃれたこと知ってたかどうかは知らねぇが…
お前は潜在的に、ロジャーがこの名前を選んだ時から。
他の誰よりも愛される資格は持ってるんじゃねぇか?」
 
 
 
名前ってのぁ案外調べてみると面白れぇもんだよい、と小さく笑いながらマルコはアンの腹の上に乗せた本のページを捲っていく。
その間もアンは微動だにせず、ただ本に添えた手をそのままに固まっていた。
 
マルコがもう一枚ページを捲ったとき、本に添えられていたアンの手の甲にひとつ、水滴が落ちた。
マルコの視線もそれを捉えたが、あえて触れずにもう一枚ページを捲る。
 
 
 
「…あ、たし…」
 
掠れた声に導かれてマルコが顔を上げると、不安げに滲んで揺れるアンの瞳とぶつかった。
 
 
 
 
 
「生まれてきて、よかった…?」
 
 
 
 
 
 





 
 
 
 
もう答えは自分の中でも出ている、まるで最終確認のように問われたそれに、マルコはアンの頭の上に手を置いてその髪をくしゃりと掴むようにして撫でた。
 
 
 







 
 
「お前がいない世の中なんて、考えたくねぇな」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

拍手[28回]


「ジョズ、これ」

「ああ、アン…もう大丈夫なのか」

「うん、全然元気」

「そうか、無理するなよ」


大きな体を少しかがめるようにしてアンと視線を合わせるジョズは、アンの手から今日付けの書類を受け取った。
その視線はどこまでも優しい。


「…あの、さ。その書類なんだけど…」

「あぁ、マルコが少し埋めてくれてたんだろう。知ってる」

「…あ、そう…」


別にそんなことわざわざおれに言わなくてもいいものを、とジョズは胸中ため息をついたが、妙なところで律儀なアンのことだ。
自分が全部したわけじゃないと伝えなければと変に思ってしまったのだろう。

じゃあと踵を返しかけたジョズに、アンがあ、と掠れた声を出す。

「なんだ?」

「…あ、マルコ、どこにいるかな…」

「ああ、さっきまで甲板に…いや、部屋戻るって言ってたか」

「あ、わかった、ありがと」


くるりとジョズが向かうのと反対方向に踵を返したアンは、ぎこちない足つきで渦中の男の部屋へと向かった。
その後姿を心配げに見遣るジョズの耳には、ぎこぎことアンの手足の動作音が聞こえてくるように感じられた。














木の扉を前にして、アンは足を止めてしまった。

ああ、あたしの馬鹿。
なんで止まっちゃったんだろう、勢いで入ってしまえばいいものを。

きっとマルコは既に自室の扉の前にいる気配に気づいているだろう。
でも中から開けることはきっとない、とアンはひとり俯いた。
そんなマルコの性分さえ分かるほど近くにいたのに、自分はどれほど大きなことをマルコに隠していたんだろうと悔やまれてならない。

弱い自分が、嫌になる。


(あれ、でも)




…あたしはあたしを好きだと思ったことなんて、これまであったの、かな…














世界と言うのはただ暗くて湿ったような薄汚いところなんだと信じて疑わなかった。
だって目に見えるそれも事実その通りだったから。
大人はすぐに嘘をつくから嫌い。
子供は力がないから嫌い。
子供である自分も、早く大人になりたいと思ってる自分も大嫌いだった。

それでも、あたしを好きだと言ってくれる奴はいた。

子供だし、力もないし、馬鹿でうるさくて本当に本当に、
…大好きだった。




会いたい。



無性にルフィに会いたい。
守られていたのはあたしのほうだ。
力があったって、弱いままのあたしよりルフィのほうが断然に強かった。

今マルコの部屋の扉へと伸ばしかけている手の震えを止めてくれるのは、ルフィしかいない。




(怖い)




嫌われたくない。
強がっていたって一人はいやだ。

今まで誰になんて言われようと、ぶん殴ってそれで終わり。
たとえ暗く狭いどこかに押し込められたって、膝を抱えて唇噛んでれば耐えられた。
でも、マルコに嫌われたらあたしはもう、






ここにはいられない。













アンは震える手をそのままに、扉のノブを回した。


ノックしろとの小言は聞こえず、一番に目に入ったのは少し丸くなった背中。

「遅かったねい」

その言葉が、アンがドアの前で佇んでいたのを知っていることを物語っていた。



「…マルコ、」

「ちょっとそこ座ってな」


背中が丸まっていたのは物を書いていたからで、マルコの言うそこと言うのはおそらくベッド。
言われるがまま、マルコが見ていないのを知りつつもアンは頷いてベッドに腰掛けた。
いつもは遠慮なしに寝転んでいた所なのに今日は知らないところのように落ち着かず、おしりがむずむずするなとアンは何度も座りなおした。


カチャンっと小さな金属音が鳴ったことでアンの肩が小さく揺れる。
マルコは眼鏡を置き、ベッドのほうを振り返りつつ腰をあげた。
アンは怒られた子供のように身を縮めたままベッドの隅に腰掛けていた。


ぼすんっとベッドのスプリングが鳴る音と布がこすれる音がして、アンの身体が上下に跳ねる。
顔をあげなくてもマルコがベッドに腰掛けたのだと分かった。

ただそれからは滔々と沈黙が流れ、どちらからとも話そうともしない。
アンは口を開こうともがいていて、マルコはただそれを待っていた。
静謐が痛いほどアンの身体を刺すようだった。










話して怖いことなど何もないと、言葉で諭してやりたい。
ただそれができないことに歯がゆさを感じる。
アンがそれを体で理解しなければ駄目だとわかっているから、マルコは口を開こうとはしない。
ただ、空寒い気分だった。


アンには自分が、自分たちがいれば大丈夫なのだと高をくくっていた。
いつでも明るくて笑っていて馬鹿をして怒られて、よく寝ることもよく食べることも生きることに素直だからで、それでアンは幸せなのだと思い込んでいた。



(…とんだ馬鹿野郎だよい)



重たい足枷を繋がれたまま、しかもそれと一生を共にする運命を背負わされて、アンは笑っていたのだ。
傷ついた痕も流れた血も上手く隠すことばかり上手になって、その癖人の痛みには敏感で、自分を捨てる真似はしないがいつでもその覚悟をちらつかせる。
こんなに哀しいことはない。














「…マルコ、」

「あぁ」

「…書類、ありがと」

「…あぁ」

「…マルコ」

「なんだよい」

「…何にも、言わないの…?」



人二人分ほどの距離をあけて、アンは俯いたままそう問いかけた。
何に対してか、を聞くほど野暮ではない。



「…今朝、言ったろい」

「でもっ!」

勢いづけてアンがマルコの顔を仰ぎ見た。
ゆるりとマルコも視線を合わせる。
マルコが捉えたアンは歯を噛み締めて力を込めているようで、そうしなければ震えて呼吸することもできないとでも言っているようだった。


「…そんな、簡単じゃ、ない…!」





カチリと震えてぶつかったアンの歯が音を立てた。
ずり、と衣ずれの音がしてマルコがアンの方へと腰をずらす。
驚いてアンが身を引くより早く、マルコの腕がアンのそれを捉えて引っ張った。

「!」

思わずぎゅっと目をつぶったアンの顎に硬いものが当たる衝撃があり、体中に締め付けを感じた。
ゆっくりと目を開けると見えるのはベッドの頭が来る部分と、さっきまでマルコが使用していたデスクと椅子。
すべてマルコの肩越しの景色だった。


「…マルッ、」

「オレにゃぁわかんねぇ」


耳の後ろから聞こえてくる声が、直接アンの頭に響く。
聞きなれたバリトンも今は気道を埋める要因にしかならない。


「お前がロジャーの子供だってことが、なんでそこまでお前の重荷になるのかオレにはわからねぇ。
オレから見たらお前はただのガキで、オヤジの子供で、女だ。
だからお前がなんでそうまでして嫌いな血縁を意識するのか全く理解できねェ」


腕の中にいるアンの小刻みな揺れが少しばかり激しくなる。
マルコはアンにまわした腕の力を強めた。






「だがよい、アン。

お前がそういうしがらみから逃げられねェってんなら、腹ァくくって一生背負ってけ。
んで、重くて重くて動けなくなったらオレが他のモン背負ってやる。
お前が潰れねぇように、全部背負ってやる。
お前は自分が選んだそれだけ背負ってりゃぁいい」



オレはそのためにずっとここにいる。














細い腕がマルコの背中に回されると、零れた慟哭に混ざってマルコの背骨が軋んだ。














存在価値

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白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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