OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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これのつづきです
昼寝のときに見る短い夢みたいなものだ。
無意味で支離滅裂で前後関係もぐちゃぐちゃで、目が覚めたときわけもなく何かを失ったみたいな気分になる。
断続的に私の元に訪れた誰かとの関係はそんなふうにだらだらと、しかし意外にも手放しがたい心地よさを伴って常に足元にまとわりついていた。
「おい携帯。ロビン」
フィルターの中でふっくらと丸く盛り上がったコーヒーの粉を見つめて慎重にお湯を注いでいた私は、ゾロの声でやっと机の上で鳴りつづける携帯の電子音に気付いた。
「あら」と言いながらもお湯を注ぐ手を止めない。
ゾロは私と携帯を見比べて、痺れを切らしたように「鳴ってんぞ」と明白なことを言った。
「えぇ、いいのよ」
「よかねェだろ。うるせぇ」
「ごめんなさい、そのうち切れるわ」
だって今手が離せないんだもの、と言いながらポットを振り上げたところで電子音は止んだ。
「ほらね」
「根性のねェやつだ。たった10コールで切れやがった」
ゾロはベッドに浅く腰掛けて、どうでもいいように背中側の窓を振り返って外の景色を眺めていた。
淡く暖色に色づいた夕方の空とゾロとコーヒーと言う組み合わせがどうにも合わなくて笑いが込み上げそうになる。
「はい」
コーヒーカップを手渡すと、「おうサンキュ」と受け取るや否や熱々のそれをごくりと一口飲み、ゾロはごとんとテーブルにカップを置いた。
私も立ったままカップに口を付けるが、熱さに怯んで飲むことなくまた口を離した。
「もう18時ね。お腹すいた?」
「いや……あぁ、言われてみれば。それよりおい、ちょっとそれここに置け」
それ、と私が手に持つカップを指差し、そのままゾロのカップの隣に目線を下げる。
どうして、と言うつもりで黙ったままコーヒーを小さく飲み下すと、ゾロは苛立ったように「早く」とせかした。
「なぁに」
笑いながら言われた通りカップを置くと、途端に腕を引かれてゾロと一緒にベッドに倒れ込んだ。
驚いて思わず目を見開くと、のしのしと私の上に乗りかかったゾロが不機嫌そうに「携帯」と呟いた。
「壊されたくなかったら知らねェやつからの電話は鳴らんようにしとけ」
すぐさま噛みつくようにキスをされて、咄嗟に手を伸ばしゾロの髪に触れた。
短く尖った毛先が指を刺し、冷たい三連ピアスが手首に触れた。キスは淹れたばかりのコーヒーの味がした。
青色が濃くなっていく空をレースカーテン越しに見ながら、着たばかりの服をまた脱いだ。
ぬるくて抜け出すことのできなかった誰でもない誰かとの関係をあっという間に蹴散らして、ゾロは私の目を見て「アホか」と叱ってくれる。
きつく首筋を吸われる痛みを気持ちいいとちゃんと言葉にすることを教えてくれたのも彼だ。
思えば私は大人みたいな顔をして知らないことばかりだった。
10年も私より短い時間を生きている彼の方が随分と物知りのように思える。
冷めたコーヒーを美味いとも不味いとも言わずに一気に飲み干して、大きくあくびをして、未だベッドに伏せたままの私を見下ろし、少し考えてからまた隣に戻ってきてくれる。
「嬉しいわ、ゾロ」と素直に言うと、ゾロは「こんなことで喜ぶなんざ安い」と鼻で笑った。
*
狭い1DKの一室はひとりで過ごすには手にあまり、ゾロがいると手狭に感じる。
でも女友達を呼ぶにはちょうどいいのだと今日初めて知った。
ナミは部屋の中をぐるりと見渡して、「いいなー、壁に穴開けてもいいんだ」と私が思ってもみないことを呟いた。
どうやら私が人にもらった絵画を額に入れて壁に飾っているのを見てそう言っているらしい。
「うち、画鋲刺しちゃだめなの。敷金返ってこなくなっちゃう」
「あら、じゃあうちもそうかしら」
「知らないの?」
肩をすくめると、ナミは「ま、ロビンがいいならいいけど」と言いながら白くて小さな箱を差し出した。
「おみやげ。ナマモノだから食べましょ」
「あらありがと。わざわざ買ってきてくれたの?」
「ん、ていうかもらいものみたいな」
もらいものなの? と言いながら受け取ったその箱を開けると、たっぷりとフルーツやナッツの乗ったケーキが4つ、ちょうどいいサイズで収まっていた。
「こんなにたくさん。食べきれるかしら」
「ひとり二つでしょ。楽勝よ」
早くお皿にあけて、と前のめり気味に言うナミの溌剌な表情に、私はくらくらしてしまう。
はいはい、と彼女をいなしながら二人しかいないのに小皿を4つ棚から取って、ひとつずつケーキを乗せた。
「はいどうぞ」
「おみやげだからロビンから選んで」
和栗とミックスナッツのタルト、マスカットのケーキ、ブルーベリーの乗ったレアチーズケーキに抹茶の緑が綺麗なガトーショコラ。
「悩むわ」
つい真顔でナミの顔を見つめ返すと、彼女も真剣な表情で「時間は限られているのよ」と答えた。
「じゃあこれ」とまずガトーショコラを選んだ。
よしよし、とでもいうようにナミが二度深く頷く。
「それはロビンにと思って選んだの。次は私が取ってもいい?」
えぇどうぞと答えると、ナミはすぐにレアチーズを取った。
「ブルーベリーは期間限定なんだって。この店の定番はベイクドチーズだから」
言い訳のように口にする彼女が愛らしくて思わず微笑む。
「さ、もうひとつ」
「食べてから考えない? 一度冷蔵庫に入れて」
ありね、とナミが真面目に頷いたので、二つのケーキはふんわりラップをかけて冷蔵庫にしまった。
丁度湧いたばかりのお湯で一番摘みのダージリンを淹れる。
乾いた室内の空気にゆったりと立ちのぼる糸みたいな湯気が目立った。
「ん、おいし」
私より早く感想を口にして、ナミはブルーベリーのジャムをケーキの表面に塗るようにフォークを動かした。
自宅でお茶を淹れて持参のケーキをたしなむなんてなんと健全なんだろうとため息が出てしまう。
ナミは大きな一切れを口に含んで、咀嚼しながら尋ねた。
「今日は休みなの? 授業」
「えぇ、今試験期間なの。ちょうど休みたかったところだし講義も入れたくなくて休みにしちゃった」
「先生様は自由がきくのね」
「ナミは忙しいでしょう」
「まぁぼちぼち。暇ができる仕事じゃないし」
ナミは机の板を左手の指でなぞり、「いいテーブルね」と呟いた。
「人にもらったの。手作りなんですって」
「手作り? 高そう」
「どうかしら」
濃い茶色の板は木目がよく見えて、食べ物をこぼすとすぐにしみになった。
ぬるま湯に付けた布巾でとんとんと丁寧にこすらないとしみは取れない。
「ここで一緒にごはん食べたりするの?」
「一緒に?」
「一緒に」
熱い紅茶をすすって、ナミは安らかにも見える顔で微笑んだ。
「いいなあ」
買ったばかりの青々とした豆苗が、ナミの肩越しに見えた。
伸びかけの短くて細い茎がひょろりとしなっている。
「でも私、あんまり料理は得意じゃないのよね」
「そうなの?」
「実は」
「ま、意外でもないけど」
失礼ねと笑うと、ナミは「今自分で言ったじゃない」とからりと笑ってさくさくチーズケーキを切り取った。
「何作るの?」
「最近は──そう、煮るわね」
「ニル?」
「煮る。野菜とか、肉とか」
「煮物ってこと?」
「あぁそう、煮物。筑前煮?」
「筑前煮。へえ」
「ゾロが好きだから。あと角煮とか、煮物じゃないけど焼き魚とか」
「ふーん」
ゾロって言うんだ。
なんでもないことのようにナミが言うので、そうよと私もなんでもないことのように答えた。
ゾロ以外の誰かにゾロと名前を口にしたのは初めてだった。
「あっちこっちふらふらしてたロビンが嘘みたい。煮物なんて作っちゃって」
「ふらふらしてた?」
「自覚ない?」
「わりとあるわ」
ぶはっとナミは吹き出して、「ね、そうでしょ」と言った。
無意味な前戯。支離滅裂な愛のことば。前後関係のないセックス。
ぬるくて足元だけをあたためて、手の指はずっと冷えたままの誰かとの関係。
そういうものを全部蹴散らしてひとつひとつに意味を与えてくれる。
彼だけだ。私には、彼だけが現実だ。
「さて」
ナミはペロリと食べきった綺麗な皿を見下ろして、「次に行くわよ。どっちにするか決めた?」と言う。
何の話だったかしらと首をかしげる私に、ナミは急かすように「ケーキ」と綺麗に整えた爪でとんとんと机を叩いた。
「栗とナッツのタルトかマスカットだっけ? 男だったらこの選択肢をどう処理するかで今後の私との関係が変わってくるところだけど」
「それは緊張するわね」
「ロビンは大丈夫。心配しないで好きなものを選んで」
「選ばせる前に言うべき言葉じゃないわ」
ナミはふふんと含み笑いを返して、そりかえるように天井を見上げて「あーたのしい」と子供のように呟いた。
「洗濯物、取り込まないとなぁ」
誰にともなくナミは呟く。
私の家の窓を見て、自分の家の窓からの景色を思い出したのかもしれない。
ほどよく温まった風で今日もよく洗濯物は乾いたことだろう。
「うん、やっぱりケーキは残しとくわ」
「え?」と聞き返すと、ナミはにんまりと口角を上げて「ふたりで食べて」と大人びた表情を浮かべた。
*
その日の夜やってきたゾロに、夕食後「ケーキがあるんだけど」と至極単刀直入に切り出した。
「ケーキ? 珍しいな。食いたかったのか」
「友達がおみやげでくれたの。昼間来ていて」
「ここに?」
「えぇ」
冷蔵庫からラップをかけた二つの小皿を取り出す。
「んな小奇麗なもん久しぶりに食う」
「好きな方を選んで」
「先選べ。おれぁどっちでもいい」
「いいの、ゾロから選んで」
睨むように目線を上げたゾロは、「好きな方とれっつってんだろ」と不思議そうに口にした。
構わず私は一方を指差して「これは」と言う。
「和栗とミックスナッツのタルト。こっちがマスカットのケーキ。コンポートが間に挟まってるみたいね」
「コンポートってなんだ」
なにかしら。考えて黙り込むと、ゾロがボソッと「選んでいいのか」と尋ねた。
「えぇ。好きな方を」
腕を組んでふたつのケーキを睨み下ろしたゾロの額を見ていたら、むくむくと悪戯心が湧いた。
「ちなみに、この選択肢をどう処理するかで今後の私とあなたの関係が変わってくるそうよ」
ゾロは顔を上げて私を見つめ、初め意味が分からないと言うように眉間に皺を寄せていたが、またケーキに視線を戻してから「ほう」と呟いた。
「んじゃ変えてみせてくれよ」
タルトの皿に手を伸ばしたゾロは「手で食っていいのか」とそのまま鷲掴みそうな勢いだったので、私は慌ててフォークを取りに腰を上げた。
昼寝のときに見る短い夢みたいなものだ。
無意味で支離滅裂で前後関係もぐちゃぐちゃで、目が覚めたときわけもなく何かを失ったみたいな気分になる。
断続的に私の元に訪れた誰かとの関係はそんなふうにだらだらと、しかし意外にも手放しがたい心地よさを伴って常に足元にまとわりついていた。
「おい携帯。ロビン」
フィルターの中でふっくらと丸く盛り上がったコーヒーの粉を見つめて慎重にお湯を注いでいた私は、ゾロの声でやっと机の上で鳴りつづける携帯の電子音に気付いた。
「あら」と言いながらもお湯を注ぐ手を止めない。
ゾロは私と携帯を見比べて、痺れを切らしたように「鳴ってんぞ」と明白なことを言った。
「えぇ、いいのよ」
「よかねェだろ。うるせぇ」
「ごめんなさい、そのうち切れるわ」
だって今手が離せないんだもの、と言いながらポットを振り上げたところで電子音は止んだ。
「ほらね」
「根性のねェやつだ。たった10コールで切れやがった」
ゾロはベッドに浅く腰掛けて、どうでもいいように背中側の窓を振り返って外の景色を眺めていた。
淡く暖色に色づいた夕方の空とゾロとコーヒーと言う組み合わせがどうにも合わなくて笑いが込み上げそうになる。
「はい」
コーヒーカップを手渡すと、「おうサンキュ」と受け取るや否や熱々のそれをごくりと一口飲み、ゾロはごとんとテーブルにカップを置いた。
私も立ったままカップに口を付けるが、熱さに怯んで飲むことなくまた口を離した。
「もう18時ね。お腹すいた?」
「いや……あぁ、言われてみれば。それよりおい、ちょっとそれここに置け」
それ、と私が手に持つカップを指差し、そのままゾロのカップの隣に目線を下げる。
どうして、と言うつもりで黙ったままコーヒーを小さく飲み下すと、ゾロは苛立ったように「早く」とせかした。
「なぁに」
笑いながら言われた通りカップを置くと、途端に腕を引かれてゾロと一緒にベッドに倒れ込んだ。
驚いて思わず目を見開くと、のしのしと私の上に乗りかかったゾロが不機嫌そうに「携帯」と呟いた。
「壊されたくなかったら知らねェやつからの電話は鳴らんようにしとけ」
すぐさま噛みつくようにキスをされて、咄嗟に手を伸ばしゾロの髪に触れた。
短く尖った毛先が指を刺し、冷たい三連ピアスが手首に触れた。キスは淹れたばかりのコーヒーの味がした。
青色が濃くなっていく空をレースカーテン越しに見ながら、着たばかりの服をまた脱いだ。
ぬるくて抜け出すことのできなかった誰でもない誰かとの関係をあっという間に蹴散らして、ゾロは私の目を見て「アホか」と叱ってくれる。
きつく首筋を吸われる痛みを気持ちいいとちゃんと言葉にすることを教えてくれたのも彼だ。
思えば私は大人みたいな顔をして知らないことばかりだった。
10年も私より短い時間を生きている彼の方が随分と物知りのように思える。
冷めたコーヒーを美味いとも不味いとも言わずに一気に飲み干して、大きくあくびをして、未だベッドに伏せたままの私を見下ろし、少し考えてからまた隣に戻ってきてくれる。
「嬉しいわ、ゾロ」と素直に言うと、ゾロは「こんなことで喜ぶなんざ安い」と鼻で笑った。
*
狭い1DKの一室はひとりで過ごすには手にあまり、ゾロがいると手狭に感じる。
でも女友達を呼ぶにはちょうどいいのだと今日初めて知った。
ナミは部屋の中をぐるりと見渡して、「いいなー、壁に穴開けてもいいんだ」と私が思ってもみないことを呟いた。
どうやら私が人にもらった絵画を額に入れて壁に飾っているのを見てそう言っているらしい。
「うち、画鋲刺しちゃだめなの。敷金返ってこなくなっちゃう」
「あら、じゃあうちもそうかしら」
「知らないの?」
肩をすくめると、ナミは「ま、ロビンがいいならいいけど」と言いながら白くて小さな箱を差し出した。
「おみやげ。ナマモノだから食べましょ」
「あらありがと。わざわざ買ってきてくれたの?」
「ん、ていうかもらいものみたいな」
もらいものなの? と言いながら受け取ったその箱を開けると、たっぷりとフルーツやナッツの乗ったケーキが4つ、ちょうどいいサイズで収まっていた。
「こんなにたくさん。食べきれるかしら」
「ひとり二つでしょ。楽勝よ」
早くお皿にあけて、と前のめり気味に言うナミの溌剌な表情に、私はくらくらしてしまう。
はいはい、と彼女をいなしながら二人しかいないのに小皿を4つ棚から取って、ひとつずつケーキを乗せた。
「はいどうぞ」
「おみやげだからロビンから選んで」
和栗とミックスナッツのタルト、マスカットのケーキ、ブルーベリーの乗ったレアチーズケーキに抹茶の緑が綺麗なガトーショコラ。
「悩むわ」
つい真顔でナミの顔を見つめ返すと、彼女も真剣な表情で「時間は限られているのよ」と答えた。
「じゃあこれ」とまずガトーショコラを選んだ。
よしよし、とでもいうようにナミが二度深く頷く。
「それはロビンにと思って選んだの。次は私が取ってもいい?」
えぇどうぞと答えると、ナミはすぐにレアチーズを取った。
「ブルーベリーは期間限定なんだって。この店の定番はベイクドチーズだから」
言い訳のように口にする彼女が愛らしくて思わず微笑む。
「さ、もうひとつ」
「食べてから考えない? 一度冷蔵庫に入れて」
ありね、とナミが真面目に頷いたので、二つのケーキはふんわりラップをかけて冷蔵庫にしまった。
丁度湧いたばかりのお湯で一番摘みのダージリンを淹れる。
乾いた室内の空気にゆったりと立ちのぼる糸みたいな湯気が目立った。
「ん、おいし」
私より早く感想を口にして、ナミはブルーベリーのジャムをケーキの表面に塗るようにフォークを動かした。
自宅でお茶を淹れて持参のケーキをたしなむなんてなんと健全なんだろうとため息が出てしまう。
ナミは大きな一切れを口に含んで、咀嚼しながら尋ねた。
「今日は休みなの? 授業」
「えぇ、今試験期間なの。ちょうど休みたかったところだし講義も入れたくなくて休みにしちゃった」
「先生様は自由がきくのね」
「ナミは忙しいでしょう」
「まぁぼちぼち。暇ができる仕事じゃないし」
ナミは机の板を左手の指でなぞり、「いいテーブルね」と呟いた。
「人にもらったの。手作りなんですって」
「手作り? 高そう」
「どうかしら」
濃い茶色の板は木目がよく見えて、食べ物をこぼすとすぐにしみになった。
ぬるま湯に付けた布巾でとんとんと丁寧にこすらないとしみは取れない。
「ここで一緒にごはん食べたりするの?」
「一緒に?」
「一緒に」
熱い紅茶をすすって、ナミは安らかにも見える顔で微笑んだ。
「いいなあ」
買ったばかりの青々とした豆苗が、ナミの肩越しに見えた。
伸びかけの短くて細い茎がひょろりとしなっている。
「でも私、あんまり料理は得意じゃないのよね」
「そうなの?」
「実は」
「ま、意外でもないけど」
失礼ねと笑うと、ナミは「今自分で言ったじゃない」とからりと笑ってさくさくチーズケーキを切り取った。
「何作るの?」
「最近は──そう、煮るわね」
「ニル?」
「煮る。野菜とか、肉とか」
「煮物ってこと?」
「あぁそう、煮物。筑前煮?」
「筑前煮。へえ」
「ゾロが好きだから。あと角煮とか、煮物じゃないけど焼き魚とか」
「ふーん」
ゾロって言うんだ。
なんでもないことのようにナミが言うので、そうよと私もなんでもないことのように答えた。
ゾロ以外の誰かにゾロと名前を口にしたのは初めてだった。
「あっちこっちふらふらしてたロビンが嘘みたい。煮物なんて作っちゃって」
「ふらふらしてた?」
「自覚ない?」
「わりとあるわ」
ぶはっとナミは吹き出して、「ね、そうでしょ」と言った。
無意味な前戯。支離滅裂な愛のことば。前後関係のないセックス。
ぬるくて足元だけをあたためて、手の指はずっと冷えたままの誰かとの関係。
そういうものを全部蹴散らしてひとつひとつに意味を与えてくれる。
彼だけだ。私には、彼だけが現実だ。
「さて」
ナミはペロリと食べきった綺麗な皿を見下ろして、「次に行くわよ。どっちにするか決めた?」と言う。
何の話だったかしらと首をかしげる私に、ナミは急かすように「ケーキ」と綺麗に整えた爪でとんとんと机を叩いた。
「栗とナッツのタルトかマスカットだっけ? 男だったらこの選択肢をどう処理するかで今後の私との関係が変わってくるところだけど」
「それは緊張するわね」
「ロビンは大丈夫。心配しないで好きなものを選んで」
「選ばせる前に言うべき言葉じゃないわ」
ナミはふふんと含み笑いを返して、そりかえるように天井を見上げて「あーたのしい」と子供のように呟いた。
「洗濯物、取り込まないとなぁ」
誰にともなくナミは呟く。
私の家の窓を見て、自分の家の窓からの景色を思い出したのかもしれない。
ほどよく温まった風で今日もよく洗濯物は乾いたことだろう。
「うん、やっぱりケーキは残しとくわ」
「え?」と聞き返すと、ナミはにんまりと口角を上げて「ふたりで食べて」と大人びた表情を浮かべた。
*
その日の夜やってきたゾロに、夕食後「ケーキがあるんだけど」と至極単刀直入に切り出した。
「ケーキ? 珍しいな。食いたかったのか」
「友達がおみやげでくれたの。昼間来ていて」
「ここに?」
「えぇ」
冷蔵庫からラップをかけた二つの小皿を取り出す。
「んな小奇麗なもん久しぶりに食う」
「好きな方を選んで」
「先選べ。おれぁどっちでもいい」
「いいの、ゾロから選んで」
睨むように目線を上げたゾロは、「好きな方とれっつってんだろ」と不思議そうに口にした。
構わず私は一方を指差して「これは」と言う。
「和栗とミックスナッツのタルト。こっちがマスカットのケーキ。コンポートが間に挟まってるみたいね」
「コンポートってなんだ」
なにかしら。考えて黙り込むと、ゾロがボソッと「選んでいいのか」と尋ねた。
「えぇ。好きな方を」
腕を組んでふたつのケーキを睨み下ろしたゾロの額を見ていたら、むくむくと悪戯心が湧いた。
「ちなみに、この選択肢をどう処理するかで今後の私とあなたの関係が変わってくるそうよ」
ゾロは顔を上げて私を見つめ、初め意味が分からないと言うように眉間に皺を寄せていたが、またケーキに視線を戻してから「ほう」と呟いた。
「んじゃ変えてみせてくれよ」
タルトの皿に手を伸ばしたゾロは「手で食っていいのか」とそのまま鷲掴みそうな勢いだったので、私は慌ててフォークを取りに腰を上げた。
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じっとりと湿って蒸された空気は故郷の風を思い出して嫌いではなかったが、寝苦しい夜に変わりはなかった。
酒、と思って体を起こしたが、いや違う水か、と考え直して部屋を出た。
ベッドがあるのに床やソファで寝るのはメリーからの習性に近い。
無造作に転がる野郎どもを避け、時には踏み、部屋を出ると空は隅から隅まで深い紺色に染まっていた。
ぽつぽつと虫食いのようにところどころ星が小さく光っている。
月が明るい。不器用が書いたような丸だ。
月の隣に、展望台がにゅっと伸びていてそこは明かりがついていた。どおりで影がよく伸びるはずだ。
今日の見張り当番は誰だったろうと考えてあくびをし、まあどうでもいいとキッチンへ歩いた。
足元が海鳴りで震えている。
手探りで灯りをつけ、気付けば習性で酒瓶に手を伸ばしていた。
おっと違うと手を引っ込めて、グラスを手に取り水を注ぐ。
2杯ほど飲んで喉が潤うとちょうどよく身体は冷えた気がしたが、今度は眠気がとんでいってしまった。
自分のことだろうからきっと横になれば一二もなく眠れるのだろうが、なぜか、きっと大した理由もないだろうが、もったいねぇなと思ってしまった。
夏島へと向かうこの船は近頃平和な空気に包まれていて、誰もが安穏と穏やかに、そしてにぎやかに船での生活を楽しんでいる。
平和は結構だがそれでは剣が鈍って困る、とブルックと手合せをしたり鼻持ちならないクソコックとやり合ったりはしているが、どこか体が落ち着かないのはきっと騒ぎ足らないと内奥が疼いているのに違いない。
──少しだけトレーニングでもするか。
多少身体に負荷をかければ眠気もすぐに戻ってくるだろう。なんだったらジムで横になったっていい。
ゾロは重たい靴の底を鳴らすことなく、見た目に似合わない静かさで梯子を上っていった。
*
蓋のような扉を開けると灯りがついていたので、ああそうか、ジムは展望室と一緒になっているんだったと顔をしかめたがもう遅い。
今日の見張り当番は、ひょこりと顔を出したゾロの顔を眺めていた。
「あら」
「今日の見張りはてめぇか」
仕方がないので声をかける。
扉を開けて挨拶をしてまた閉めるというわけにもいかないので、これまた仕方がなく部屋に入る。
ロビンは展望室の壁に沿うよう取り付けられたソファに腰かけて、膝の上には分厚い本を乗せていた。
ぱら、とそよいでいたページが一枚捲れる。
「こんな時間にトレーニング?」
「いや…や、まぁ、眠れねぇついでに」
ロビンはふふっと声に出して笑った。
その笑い方が「嘘でしょう」と言っているようにも、子供を扱うような笑い方にも聞こえてむっとする。
おい、と呼びかけた。
「なに?」
「ページ」
「え?」
「本、捲れてってんぞ」
ロビンはゾロの視線の先を辿って、自分の膝に目を落とした。
ぱら、ぱら、ぱら、と見えない手がページを捲っていく。
あら、とロビンが手を差し込んだ。
「ありがとう」
そんなことで礼を言われてもこまる、と返事をしなかった。
広い窓から見えるのは紺。
空ばかりなのか海ばかりなのか、どこかにその境目があるのか全く分からない。
ウソップがこの景色を絵に描けば、きっとその違いをうまく表すんだろうと思った。
「ねぇ」
「ああ?」
「立っていないで座ればいいのに。それともトレーニングをするのかしら」
そう言われて、自分がまだ入り口のすぐそばに立っていることに気付く。
あぁー、と不明瞭な声を出して仕方がなく鉄の絨毯の上に腰を下ろした。
目についたダンベルを持ち上げる。
もう眠気など戻ってきそうにない。
「おい、お前、あのー、あれだ、おれぁここにいるから、寝ていい。代わってやる」
回らない舌は暑さのせいだ、と無理のある言い訳を自分に言い聞かせてそう言った。
手の中のダンベルに目を落としていても、ロビンがじっと見つめてくる視線がまっすぐ額辺りにぶつかる。
そうだ、おれはこの目が好きじゃない、といつか思ったことを思い出した。
いつまで経っても返事がないので、怪訝な顔つきで視線を上げた。
向かい合うロビンの顔を見て、ぽかんと口を開けてしまった。
「お前、なんて顔してやがる」
まるで菓子を買ってもらえない子供のような顔で、ロビンはゾロを見つめていた。
すねているような、怒っているような、哀しんでいるような。
ロビンはその表情を隠すことなく、ぱたんと音を立てて本を閉じた。
せっかく取り戻したページが無駄になる、とどうでもよいことが頭をよぎる。
「あなたはいつまで経っても私のことが嫌いね」
「は?」
「いいの、仲間だって認めてくれてるのはわかってるし、それはとても嬉しい」
「おい」
「じゃあ代わってもらうわ。おやすみなさい」
「ちょっと待て!」
本を片手に腰を上げたロビンは、声を上げたゾロを驚いたように見下ろした。
「お前、なんだ、その、嫌い、とか」
ぶつ切りの言葉が気持ちより先に転がり出てしまってまとまりがない。
おれのほうこそすねているみてぇじゃねぇかと嫌になる。
ロビンは腹が立つほどきょとんとした表情で立っている。
いつもすかした顔ばかりしているのに、さっきのごちゃまぜになった表情や今のようなあどけない表情は慣れないからやめてほしい。
だけどそう口にするわけにもいかず、結局「わけわかんねぇこと言うんじゃねぇ」と締めた。
「だって」
「だってとか言うな、子供じゃあるめぇ」
違う、そんなことはどうでもいい、と頭ではわかっているのにどうでもいいことに限って口走る。
ろくでもないこの口をえぐり落としてやろうか、と思わず腰に手が伸びたが残念、今は刀を差していない。
ロビンは相変わらず困った表情で立っていた。
「おれがお前を嫌いだなんていつ言った」
「言わなくてもわかるわ」
「妄想だ」
「ちがうわ、わかるもの」
「知ったようなことを」
「ほら」
顔を上げると、苦しげに眉を寄せてロビンは目じりを下げた。
笑っているつもりらしい。
「私はあなたのことも知りたいし、知っているつもりになりたいのにあなたはそれを許さない」
虚を突かれた。
違う、さっきのはそういう意味じゃないと否定しかけて、いや、案外そういう意味かもしれないと口を閉ざす。
しかしだからといっておれがこいつを嫌いだという理由にはならないはずだ。
「…お前がそう思っていようが、おれは誰にだってこんな感じだろうが」
「ちがうわ」
またきっぱりと否定する。
顔つきは曖昧なままなのに、言葉尻だけはやけにはっきりしているところがロビンらしい。
「あなたは私の名前を呼ばないし、目もあわさない。まるで私に見られることを避けてるみたい」
そうだったろうか。
思わず真面目に考え出して、返事を忘れた。
無言を肯定と受け取ったのかロビンは目を伏せた。
「ごめんなさい、どうでもいいのに。見張りお願いね」
ロビンが背を向けて、梯子へつながる床の扉に手を伸ばす。
気付けば立ち上がっていた。
すぐそこにある手首を掴む。
ロビンは切れ長の目を大きく開いて振り返った。
その目を見て、間違えたとすぐに手を離した。
近くで対峙すると、やっぱりまっすぐな視線が射抜いてきた。
なにか言わなければととりあえず口を開く。
「別に嫌ってなんかいねぇ」
ぶっきらぼうな言葉がぽとんと落ちる。
参ったこれじゃ思春期のガキだと思ったが出てしまったものは戻らない。
ロビンは、思春期のガキを宥める年上の女の役割を自覚しているように苦笑した。
「ありがとう」
「おまっ…口先だけじゃねぇぞ」
「いいのよ、なんだって」
「違うって言ってんだろ」
「わかったわ、大きな声出さないで頂戴、みんなが起きてしまったら、」
「お前がわかんねぇことばっかり言うからだろうが!」
怒鳴った拍子にもう一度手首を掴んだ。
ロビンは怒られた子供の仕草そのもので肩をびくつかせた。
泣くか、と身構えたがロビンはぐっと耐えるように唇を引き結んだ。
色の薄い唇がますます白くなる。
荒い自分の息だけが部屋の中に溶けていく。
顎を引いて押し黙ったロビンは、濁流を留めていた塀の留め具を静かに外すように、「あなたが」と声を絞り出した。
「あなたが悪いわけじゃないのに、悪いのは私なのに、忘れられないの、あなたが、私のこと、敵を見るときと同じ目で見てた頃のこと、忘れられないの。もうそんなことはないってわかっているけど、それでも、ちがうと思ってしまう。みんなと同じふうに見て、話しかけてほしい。私にも笑いかけてほしい…!」
歪んだ口元の動きを見ていた。
震えるそれは、エニエスロビーの頃を思い出させた。
今は泣いていないが、あの時と同じくらい、今ロビンが放った言葉は大きな衝撃となってぶち当たってきた。
ロビンの目を直接見ると、湿った瞳に吸い込まれるように引き寄せられた。
そうだ、この目の色は夜の海の色だと気付いた時には唇を重ねていた。
バサッと重たい本が落ちた。
ロビンが愕いて身を引く。
逃がさないよう腰に手を回した。
10センチも自分より背の高い女にキスをするのは初めてだ。
身体を引き寄せて腰をしならせる。
サブリナパンツの太腿が荒い生地のゾロのズボンに擦れて当たる。
脚の間に脚を割り入れると細くて頼りなかったロビンの身体が安定した。
唇全体を覆うようにかぶりついたので、歯がガツガツと何度もぶつかった。
かまわず何度もぶつけてやる。
目を開けると、丸く開いた紺色の瞳と目があった。
嫌いじゃねぇな、と思う。
見られるのが嫌なのはまっすぐすぎるからだ。
ルフィのまっすぐさとは違う、見透かそうとするかのような直視。
負けん気が働いて、対抗するようにロビンの目を見つめた。
困ったようにその目が泳ぐ。
そうだ、そういう迷った目もたまにはしてみやがれと場違いなことを思う。
しかしすぐにロビンの目がうつろになって、いかんこれは酸欠だと気付いて慌てて唇を離した。
「…あなたって…本当…」
呼吸を整えながらロビンが言葉を紡ぐ。
荒々しく口元を腕で拭って、ふんと鼻を鳴らした。
「わかったか、この理屈女」
「何もわかるわけないでしょう、ひどい人」
ひどいというわりに、目は笑っていた。
「見張り当番なのに…こんなことしていたら船長やナミに怒られるわ」
「ルフィの奴が見張りなんかするもんか、ナミだってクソコックが夜食だなんだって持ってきて見張りどころじゃねぇよ、気にすんな」
駄目な人たちね、とロビンが笑った。
ページが擦れるようなカサカサと細い笑い声だった。
「おい、やっぱりおれぁここで筋トレする。お前は外見張ってろ」
ロビンの返事を待たず背を向けて、冷たい鉄の絨毯に腰を下ろしてダンベルを手に取った。
後頭部に感じていた視線はすぐに外れて、ロビンは黙ってゾロの向かい、さっきまで座っていた元の位置に戻った。
手には落としたはずの分厚い本を持っている。
しなやかな白い手は、本のちょうど真ん中あたりを開いてぱらぱらと少しページを捲り、目的の箇所に辿りついたのか手を止めた。
凪いだ波の音。
寝ぼけた海獣の吠え声。
刀がなくても聞こえる鉄の呼吸。
紙をこする指の音。
自分とロビンの吐息。
すべてがちょうどよいバランスで配合されて、音楽のように心地よく部屋を満たしている。
そうだ、とゾロはダンベルを上下する手の動きを止めた。
言っておかなければ気のすまないことがある。
「おい、ロビン」
形の良い目がゾロを見た。
「お前…人のことああだこうだ言っておいて、お前こそおれの名前を呼ばねぇ」
ロビンは一瞬キョトンとして、言われたことを反芻するようにじっとしていたかと思うとふわっと笑った。
「そうね、ゾロ、ごめんなさい」
花が開くときというのはこんな感じだろうと思わせる笑い方だった。
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