OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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会った次の日には必ず食欲を失う。
生きるための栄養を、会っている間に身体いっぱいに補給したせいか口からの栄養を入れる気にならないのだ。
箱買いしている炭酸水ばかりを飲んで日曜日をやり過ごした。
月曜日も食欲のない状態が続き、朝はコーヒーですんだしお昼も同僚の誘いを断ってデスクで仕事を続けた。
夕方サンジ君から社の電話を通じて連絡が入り、予定していたカウンターデスクが大きすぎたと言われた。
「うそでしょ、サイズもデータがあったじゃない」
「やーそれが、仕入れ先が古い型のデータと間違えたらしくて。ナミさんとこのミスでもこっちのミスでもないからしゃーねーなで済ますしか」
「で、代わりすぐに用意してくれるんでしょう」
「うん、ただ予算がねー」
「サイズでそんな変わらないでしょ」
「や、それがそこの仕入れ先にはちょうどいいサイズがなくて違うとこのを仕入れることになったんだけど、材質がいいから値がはるんだよー」
これはもはや私のあずかり知るところではない、ただの愚痴だ。
「そんなの、ミスった仕入れ先に払わせなさいよ!」
「うーん、もうちょっと他あたってみるけど、なぁやっぱ材質代わると雰囲気ちがう?」
「そりゃね、色味もだいぶちがってくるから」
「いくつか店回ってみたいんだけど、ナミさん明日朝から出られる?」
「明日? ちょっと待って」
スケジュールを確認し、机の上に残った仕事で今後の算段をつける。
「うん、いける」
「じゃ、ナミさんとこまでおれ行くから。10時に」
10時に、と言った彼の声が少しはずんで聞こえたのは惚れられた側の欲目だろうか。欲目って言わないか。
机の引き出しからエナジーバーを出して袋をちりちりと破りながら、サンジ君は私といて本当に楽しいのかなあとぼんやり考えた。
翌朝10時少し前にエントランスへ降りると、自動ドアの外でサンジ君はきちんと待っていた。
私を目に捉えて、おはようと柔らかく笑う。
終わりかけの梅雨の時期に長そでシャツとネクタイは暑そうだが、サラリーマンの標準装備なので仕方ないのだろう。
サンジ君は首筋に汗をかいていた。
「いくつか行きたい店決めてて。こことここは電話入れてあるんだ。こっちはちょっと遠いからタクシー乗ろう」
資料を手のひらの上に広げて、サンジ君は真面目な顔つきでそれらを指差した。
「おれ物の良し悪しわかんねーと思うからさ、ナミさんの意見訊かせて。ついでに店に入れる客席の椅子もまだ本決まりじゃねーからさ、それも見たい」
「わかった」
「デートだね」
驚いて彼を見上げると、何食わぬ顔付きで資料をたたんでいた。
「仕事でしょ」
サンジくんは私の返事には特に応えず、行こうかと歩き出した。
その足取りは彼の首筋を流れた暑苦しい汗とは打って変わって軽やかで爽やかで、あ、私といるだけで本当に楽しいんだなと私にまで痛いくらいわからせた。
じり、と日差しが熱くコンクリートを焼いている。
先を歩き始めたサンジくんの襟足を見つめて、彼の後に続いた。
家具の仲卸業者を二件三件と回っても、サンジくんいわく「ピンとくる」カウンターにはなかなか出会えなかった。
クーラーの効いた屋内でもサンジくんはうっすら汗を浮かべ、シャツの袖を肘までめくって自らメジャーを伸ばしてカウンターのサイズとテナントのスペースを測り合わせている。
私は基本的には黙ってそれを見ていて、サンジくんが何か訊けば自分の意見を言った。
角は丸くてもいいと思うかとか、この色味はどうだとか、そんなことを。
結局、うーんと首をひねりながら店を出て道を歩きながら、サンジくんは一度社に電話を入れて状況報告をした。
椅子はいいのが見つかったのでそこから仕入れるとして、やっぱりカウンターはピンとくるのがねぇっすわ、とそんなことを言っていた。
彼のピンとくるというやつに任せていては着工に間に合わないということでなんとしても今日中に決めて来いというお達しが下され、サンジくんは電話を切った後舌打ちをして、思い出したように私を見て「あ、ごめん」と笑った。
「大変ね」
「こだわるときりがねぇのはわかるんだけどなー」
「普通、飲食店の内装だと備品もぜんぶうちの会社に任せちゃって、こっちの決めた内装にそっちは首振るだけのことが多いんだけど」
「それもね、やっぱ楽だし助かるんだけど、チェーンとはいえ店舗数少ねぇうちみたいなとこだとやっぱ自分たちでこだわんねぇといい店ができない気がして」
って上が言ってて、とサンジくんは付け足した。
「それよりナミさん、ありがとな。昼食ったら戻るだろ?」
「もういいの?」
「や、用済みって言いたいわけではなくて1日引っ張り回すのも悪いなって」
「あーそうね、一度社に戻ろうかな」
「めしは?」
「一緒に食べるわ」
にこっとサンジくんは笑い、「この辺は美味い店あっかな」と辺りを見渡した。
「たしかもう少し行ったところに、夜は居酒屋になるお店がお昼もやってるって聞いたことがある」
人づてに聞いたことをなんとなしに口に乗せると、サンジ君が私を見下ろして少し驚いたように目を丸くした。
なにかおかしなことを言ったろうかと口をつぐむと、サンジ君は丸めた目をすっと細めて笑い嬉しそうに「そこ行こう」と言った。
歩きながら、「ねぇ、なんでさっき驚いたの」と訊いてみるが「驚いてないよ」とただ少し笑って返される。
なによ、と少しふくれて押し黙ると、サンジ君はそんな私を意に介さず「ところでナミさん今週金曜の夜は? ひま?」とすっかり慣れた口調で私を誘うのだった。
冷房のよく効いた店内は外と中を隔てる窓が大きく、曇り空でも明るい光がうすらと中に満ちていた。
奥の席に案内され、3つのランチメニューにさっと目を通す。
サンジくんは唐揚げ定食を、私は魚の干物の定食を選んだ。
外暑かったなー、とサンジくんは襟元に指を差し込み、手で顔を仰ぐ。
その首元をぼんやりと眺めながら、冷房の風に自分の前髪が揺れるのを感じた。
以前ここに来たとき、私はあちらのカウンターに座った。
椅子の下に荷物入れがあって、私はお気に入りのマスタード色のバッグをそこに入れた。
ビールを頼んで、カウンターの向かいにあるメニューをわくわくしながら眺めた。
深い蜜のような濃い色の木のカウンターの上で、いつのまにか手が重なった。
引き寄せたのはどちらからだっただろう。
「ここ、夜もよさげな」
サンジくんがそう言って、私はゆるゆると彼に視点を合わせた。
「そうね」
「焼酎の瓶がすげー並んでる。ナミさん焼酎いける?」
うんと答えながら、子供みたいに屈託なく笑うサンジくんに、あのときみたいに胸が締め付けられることはないことに気付いてしまう。
それでも彼の近くにいるのは心地よかった。
まがい物のない気持ちをぶつけられて、張り詰めていた心に少したわみというかゆるみというか、そういうものができた気がする。
やたらと白米の多い定食を食べ、店から一歩出たら入った時よりも随分空がどんよりしている。黒々とした雲が見た目に似合わない素早さで空を流れ、一陣の強い風が吹いた。
「こりゃ降ってくるな」
「朝は梅雨の晴れ間だったのにね」
「タクシーつかま」
えようか、というサンジ君の言葉をザッと砂利をこするような雨音が遮った。大粒の水がコンクリートの地面から跳ね返ってあっという間に足元を濡らす。
「うわっ、ひっでぇ」
「急に降るわね」
ナミさんこっち、とサンジ君が私の肩を引き寄せて、店の軒下に引き込んだ。
とんと右肩に彼の胸が触れる。整髪料か香水か、薄く人工的な香りがした。
サンジ君はすぐに私から一歩離れて、「傘持ってる?」と訊いた。
「持ってる。降ると思ったから」
「さすが周到だな、おれ持ってねーや。てかこんなどしゃ降りだと意味ないかも」
確かに私の持つ小さな折り畳み傘では到底太刀打ちできそうにないひどい降りだ。どうする? とサンジ君が少し腰をかがめて聞いた。眉をほんの少し下げたその顔が従順な犬のようで、私は笑いそうになる。
「あっちのほうは雲が薄いから、しばらく待ったら多少弱くなると思うの。その隙にタクシー捕まえない?」
「そうだな、じゃあそれまで雨宿りか」
サンジ君は店の壁に背中を預けて、胸ポケットに手をあててから「いい?」と私に目で尋ね、煙草を取り出した。
しゅっとライターが空気を削ったすぐあとに、サンジ君が大きな音を立ててくしゃみをした。
「ちょっと、風邪ひかないでよ」
「んん、ごめ」
さっと口に煙草をはさみ、サンジ君は腕にかけていたスーツのジャケットを広げた。自分で着るのかと思いきや、私の背後にそれを差し入れてふわりと背中に掛けた。
「え、いいわよ」
「でもナミさん、鳥肌立ってる」
言われてつい腕に手をあてた。ノースリーブのニットから伸びた腕は店内の冷房で冷えている。会社を出たときは暑かったから、羽織るものも持っていなかった。
「恥ずかしげもなく気障なことするのね」とつい照れ隠しのようなことを言いながらそっと上着を肩に引き寄せる。
「惚れた?」
「ばか」
ばかだもーん、とサンジ君は子どものように言った。私はもう一度ばかねと言って口を閉ざした。
好きなひとの肩に上着を掛けたり、軽口叩いて告白したり、好意を伝えるそういったすべての手順を丁寧に踏む彼を、心底羨ましいと思った。
同時に、だって知らないんでしょうね、と斜に構えた気持ちにもなる。
好きだからこそ身動きの取れないこととか、好きだなんて言ってはいけないと諭されることとか、それがどんなにみじめな気持ちになるかなんて、知らないんでしょ、と。
こっそり目線だけでサンジ君を見上げると、煙草の端をつまんで細く煙を吐いていた。長い前髪の隙間からは透き通った青い目は見えなかった。
みじめ、と心に浮かんだ。でもその言葉をよく噛みしめて考えたら違和感があった。
私のことを好きだという人がいて、まっすぐに好意を伝えてくれる人がいて、なにがみじめだなんて思うんだろう。好きな人を思い切り好きだと思うことのどこがみじめなんだろう。
サンジ君を見ていたら、みじめだと自分に印を押して思い込んでいたことが途端にばからしく感じられた。
ごめんね、と心の中で謝った。矢印の向きがちがってごめんね。
「ありがと」
「なに?」
「上着。あったかい」
「ああ、よかった。着ていいよ、って、雨」
サンジくんが上を見上げるので、釣られて視線をあげた。
黒い雲がさあっと流れて白い光が空から地面まで川のように走っていた。
濡れた地面が光り、眩しくて目を細めた。
「上がったわね」
「な、残念」
彼に目を合わせると、サンジくんはわざとらしく肩をすくめた。
「もう少し雨宿りしててもよかった」
「何言ってんの。早くタクシー拾うわよ」
「へーい」
まだ細かい小雨が風に乗って落ちてくる。構わず一歩踏み出すと、ぱしゃんと水音が響いた。
肩にかけた上着をサンジくんに返すと、サンジくんは何も言わず静かに微笑んで受け取った。
軽口を叩くくせに、驚くくらい穏やかな顔をする。
もう少しだけ、と言った彼に咄嗟に「私も」と思ったことは口には出さないけど、久しぶりに深い穴ぼこから顔を出した新しい気持ちを大事にしたいような、そんな気がした。
→
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エアコンのリモコンに部屋の気温が表示されている。31度。
蒸し暑く、座っているだけで胸の間を汗が流れる。Tシャツを肌に押し付けて汗を吸った。
UV対応のカーテンの隙間から良く晴れた空が見える。青く透き通っている。ちぎれた雲がさあっと流れていった。
安物の扇風機がしつこい音を立てて回り、生ぬるい風がときおり顔にぶつかる。
汗が今度は背中を伝った。アイスコーヒーのグラスが机の上をびたびたに濡らし、氷が溶けてからんと音を立てた。
サンジ君、と思ったけど思い浮かんだ顔は違う人だった。
好きで、好きで、どうしようもないとき、今みたいに熱い部屋でクーラーもつけず熱中症ぎりぎり手前で浮かされたみたいになるとき、助けてほしいとすがりたいのは別の人なのに実際助けてくれるのはいつもサンジ君で、申し訳なさよりもありがたさが先に立って私は飛びつくように助けてもらっていた。
不義理だとか、彼の気持ちを利用してだとか、そういういっさいの責め苦を私は飛び越えて「だってどうしようもなく好きだ」と思っていたし、サンジ君もきっとそうなのだろう。
薄いコーヒーを飲み干した時携帯が鳴り、「暑いね」とサンジ君からメッセージが届いた。
*
駅の改札前にあるパン屋で食パンを買っていたら後ろから声をかけられ、振り向いたらすっと背の高い男が私の定期入れを差し出して曖昧に笑っていた。
「あ、すみません」
「いえ」
定期入れを受けとり、店員からはパンを受け取る。振り返ってすれ違いざまさっきの男性に軽く会釈する。向こうも首を曲げて会釈を返した。まっすぐな金髪に隠れた片目がちらりと見えた。
再会したのは次の日の職場で、4月から新しい部署に異動になった私の取引先の担当者が彼だった。
嘘みたいな出会い方にあっけにとられていると、男は名乗り、私の名前を改めて尋ね、あろうことか手の甲を取って軽率に唇をつけた。
「げっ」
「よろしくね、ナミさん」
「あんたみんなにこんなことしてんの」
取引先にもかかわらず、彼の軽率さにつられて軽い口調で尋ねると、サンジ君は「いやいや」と首を振ったが嘘だとわかる。
初めて出会ったときの曖昧な笑みとは程遠い軽薄な印象に拍子抜けした。
なんとなく口づけられた手の甲をこすって、さっさと仕事の話に切り替えた。
彼と二人で外を回り、新しく開設予定のテナントを見に行ったりファミレスで資料を開いて打ち合わせをする日々が続いた。
サンジ君は飲食チェーンの本社に勤め、私は彼の会社が新しく手掛けるレストランのインテリアデザインを担当する。
「だからね、天井が高いでしょう。ここに窓があるんだからその前にカウンターを作っちゃうと人の動線で光が遮られちゃう」
「あーでも、やっぱ客席はこのエリアまで広げてぇんだよ」
私も大概気が強いと思うが、サンジ君も優しいようで折れることは少なかった。
こと仕事に関しては、というか、仕事の彼しか知りようがないのでもともとの性分なのか仕事の仕方なのかはわからない。
ただまっすぐなやり方には好感が持てたし、取引相手として信頼できると思っていた。
打ち合わせが行き詰まり、二人で頭を突き合わせ資料に目を落として数分が立とうとしている。
ふと息を吐き出して顔を上げたら、サンジ君が私を見ていたので驚いた。
「わ、なに」
「いんや、新しいコーヒー頼もうか」
「あ、待って私もうおなかたぷたぷ。ちょっと歩かない、もう一度テナントも見に行きたいし」
熱心だね、と彼は嬉しそうに笑った。
どうもと言って同時に立ち上がる。会計はサンジ君がいつも持ってくれる。コーヒーくらいで領収書を切ることはなかった。
春の夕方はまだ涼しく、カーディガンの生地を通して冷たい空気が腕にぶつかった。
「見に行ったあと会社に戻るの?」と唐突にサンジ君が訊いた。
「んー、今日はもう直帰するって言ってある。明日朝から会議があるから今日は早めに帰りたいし」
「あーそっか、そっか」
たははとサンジ君が気まずそうに笑うので何かと思って彼を見上げたら、視線に気付いた彼は隣を歩く私を見下ろし、初めて会ったときと同じ曖昧な笑みを浮かべて言った。
「や、ちょっと飲みにいかねーかなと思って。おれも直帰だから」
「あ、なんだ、いいわよ」
「でも明日早いんじゃ」
「そんなに遅くならなきゃ大丈夫」
サンジ君はぱっと顔を明るくして、「駅の近くにうめーところがあって」とハリのある声でその方向を指差した。
ふーんと相槌を打ったときに私の携帯が震え、ちらりと視線を落として画面を確かめた。
会社でも、家族でも、友達でもないその名前にぐらんと立ちくらみのように心が揺れた。
「ごめん、サンジ君。今日先約あるんだった」
「あ、あーそっか、じゃあしゃーねぇな」
残念、とサンジ君はまた曖昧に笑い、きっと得意になってしまったのだろうその顔を隠すように煙草を咥えて火をつけた。
私は携帯をぎゅっと握りしめ、彼と別れた後のことにもう心が走って行ってしまったことに気付いている。
「ほんとごめん。一度いいよって言ったのに」
「いーのいーの。どうせ今週また会うしな」
数秒の間を開けて、サンジ君はゆっくりと「彼氏?」と訊いた。
「ううん」
「あ、そう、よかった。あ、よかったって言っちゃった」
ハハッと彼が笑うので、つい私もつられて笑ってしまう。
彼氏って、彼氏って、そういうのはきっとサンジ君の方が得意だろうと思った。
「じゃ、そういうわけでおれはナミさんと飲みにいきてぇと思ってるので、空いてたら教えてください」
駅の改札前で、サンジ君は馬鹿丁寧にそう言って自分の携帯をこつこつと指差した。
うん、と私は頷く。
「電車乗る?」
「ううん、今日は乗らない」
「そか、じゃあ」
おつかれさま、と言い合って私たちは別れた。サンジ君だけが改札を通り抜けて人の多いホームへと階段を上って行った。
私はそのまま駅と直結の百貨店へ向かい、そこの化粧室で化粧直しをした。
緊張していた。
会うのは久しぶりだったし、よく冷静にサンジ君の誘いを断れたものだと思う。
セックスするかな、と考えて、今日の下着を思い出そうとする。個室に入って確認しようかとまで考えて、どっちにしろ着替えが必要になるかもしれないと思って百貨店の下着売り場で新品を買った。
今日一日で一番楽しく、胸が躍り、また一番悲しい時間が来ることも、本当はわかっていた。
*
6月になり、初めてサンジ君と仕事終わりに飲みに行った。
私の様子を窺って、誘おうかどうか迷っているのが手に取るようにわかるのがおかしくて私の方から誘ったのだった。
二人で進めている仕事の方は順調といえば順調で、夏の始まりには着工されるだろう。
よくある暗めの照明の中、飾られたグリーンだけが照らされて浮かび上がっている。その光を見ながら私とサンジ君は仕事のこと、休みの日のこと、学生時代のことなんかをべらべらと喋りまくった。
サンジ君はげらげらと笑った。上品な仕立ての服に似合わず口調は荒いし不良っぽいなと思っていたらやっぱり「高校生のころが一番バカで頭悪いことしかしなかった」と彼が白状したので私もげらげらと笑った。
「ナミさんよく飲むね、いーね」
「つられて飲んでると潰れるわよ」
「潰れたらお持ち帰りしてくれる?」
それ私に何の得もないじゃない、と笑ってロックグラスを傾けた。小さくなった氷が唇にあたる。
グラスを顔から離すと、思いがけずサンジ君が真剣な目で私を見ているので私も思わず口元を引き締めた。
「ナミさん、おれ、仕事以外でもナミさんと会いてぇと思ってる」
今もすげぇ楽しいから、とサンジ君はさっと私の手に手を重ねた。
グラスのせいで冷えた手にサンジ君のそれが被さると、じんと熱さが伝わった。
「私も、楽しいけど」
けど、というのは便利なもので、すべて言わなくてもそのあとの言葉を物語ってくれることがある。
今回の場合もサンジ君は私の「けど」のあとを汲んでぎゅっと唇を噛んだ。
手は離れないまま、「おれじゃだめ?」と彼が訊いた。
「ごめん」
「はは、全然悩まねぇのな」
彼の手が少し身じろぎ、離されるかと思いきやぎゅっと強く握られる。
「じゃあ、いや?」
思わず彼の目を見るとじっとのぞき返されるので慌てて逸らす。
嫌じゃなくてもその気がないなら嫌だと言わなきゃいけないことを知っていたけど、返事をするには遅すぎたので諦めて「いやじゃないし、サンジ君のことは嫌いじゃない」と正直に言った。
うん、とわかっていたように彼が頷く。
「彼氏が、いるとか」
問いかけるように彼が言うのに、私はまたもや言葉を詰まらす。
そういう確固たる資格を持った男の人はわたしのためにいやしないけど、キスをしたり、セックスをしたり、そういうことをしたいと思う人なら確かにいた。
「好きな人が、いる」
サンジ君は表情を動かさなかったけど、その目がざっくりと傷ついたのがわかった。
彼氏がいると言った方がまだよかったのかもしれない。
「付き合ってねーの」
「うん」
「もったいねー。ナミさんみたいな人ほっとくなんて」
「結婚してるから、多分」
サンジ君が軽く息を吸い、「多分?」とおそるおそるというように尋ねた。
「たぶん。してるとも、してないとも聞いたことないけどたぶんしてる」
「知りたくないんだ」
わかったような言い方に顔が熱くなる。返事をしないでいたら「ふたりで会うの?」と重ねて尋ねられた。
一気に話したくない気になって、口を閉ざす。グラスを掴んだが中は空だった。
「好きな時に会えるの? 呼ばれたら会いに行くの?」
「やめて。もういいでしょ私の話は」
「よくねぇし、好きな子がしちめんどくせぇ恋愛してたらおれにしろよって言いてェだろ」
重ねられた手の下から自分の手を引っこ抜いた。
今になって酔いが回ったのか、手の先が少し震えるように痺れていた。思わずサンジ君の手を掴みそうになって、怖くて離したのだ。
「ごめん」
サンジ君が急にしゅんと頭を垂れて謝った。
「急に踏み込んで。無礼でした」
サンジ君もテーブルから手をおろし、私を上目づかいに見た。
「怒った?」
「ううん、大丈夫」
「出ようか」
いつの間にか終電間近になっていて、会計が一緒になった8人ほどの団体と一緒に私たちはするりと夜気にまぎれこんだ。
外の空気はむわっと暑く、店内に冷房が効いていたことにそこで気付く。
サンジ君は来たときと同じ距離間で、駅までの短い時間私の隣を歩いた。
その日は金曜日だったので、別れ際サンジ君は「じゃ、また月曜日に」とあの笑い方をして言った。
「うん、今日ありがとね」
「や、あ、ナミさん、休みの日とか連絡しても大丈夫?」
「え、うん」
即答したら、サンジ君は何故だかぽかんと私を見て、すぐさまにっこり笑って「連絡する」と言った。
おやすみと言って別れた私はすぐに携帯を確認し、何の連絡もないことに肩を落とすけれど、別れ際のサンジ君の笑顔が少し私の心を軽くして、同時にちくりと胸を刺した。
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蒸し暑く、座っているだけで胸の間を汗が流れる。Tシャツを肌に押し付けて汗を吸った。
UV対応のカーテンの隙間から良く晴れた空が見える。青く透き通っている。ちぎれた雲がさあっと流れていった。
安物の扇風機がしつこい音を立てて回り、生ぬるい風がときおり顔にぶつかる。
汗が今度は背中を伝った。アイスコーヒーのグラスが机の上をびたびたに濡らし、氷が溶けてからんと音を立てた。
サンジ君、と思ったけど思い浮かんだ顔は違う人だった。
好きで、好きで、どうしようもないとき、今みたいに熱い部屋でクーラーもつけず熱中症ぎりぎり手前で浮かされたみたいになるとき、助けてほしいとすがりたいのは別の人なのに実際助けてくれるのはいつもサンジ君で、申し訳なさよりもありがたさが先に立って私は飛びつくように助けてもらっていた。
不義理だとか、彼の気持ちを利用してだとか、そういういっさいの責め苦を私は飛び越えて「だってどうしようもなく好きだ」と思っていたし、サンジ君もきっとそうなのだろう。
薄いコーヒーを飲み干した時携帯が鳴り、「暑いね」とサンジ君からメッセージが届いた。
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駅の改札前にあるパン屋で食パンを買っていたら後ろから声をかけられ、振り向いたらすっと背の高い男が私の定期入れを差し出して曖昧に笑っていた。
「あ、すみません」
「いえ」
定期入れを受けとり、店員からはパンを受け取る。振り返ってすれ違いざまさっきの男性に軽く会釈する。向こうも首を曲げて会釈を返した。まっすぐな金髪に隠れた片目がちらりと見えた。
再会したのは次の日の職場で、4月から新しい部署に異動になった私の取引先の担当者が彼だった。
嘘みたいな出会い方にあっけにとられていると、男は名乗り、私の名前を改めて尋ね、あろうことか手の甲を取って軽率に唇をつけた。
「げっ」
「よろしくね、ナミさん」
「あんたみんなにこんなことしてんの」
取引先にもかかわらず、彼の軽率さにつられて軽い口調で尋ねると、サンジ君は「いやいや」と首を振ったが嘘だとわかる。
初めて出会ったときの曖昧な笑みとは程遠い軽薄な印象に拍子抜けした。
なんとなく口づけられた手の甲をこすって、さっさと仕事の話に切り替えた。
彼と二人で外を回り、新しく開設予定のテナントを見に行ったりファミレスで資料を開いて打ち合わせをする日々が続いた。
サンジ君は飲食チェーンの本社に勤め、私は彼の会社が新しく手掛けるレストランのインテリアデザインを担当する。
「だからね、天井が高いでしょう。ここに窓があるんだからその前にカウンターを作っちゃうと人の動線で光が遮られちゃう」
「あーでも、やっぱ客席はこのエリアまで広げてぇんだよ」
私も大概気が強いと思うが、サンジ君も優しいようで折れることは少なかった。
こと仕事に関しては、というか、仕事の彼しか知りようがないのでもともとの性分なのか仕事の仕方なのかはわからない。
ただまっすぐなやり方には好感が持てたし、取引相手として信頼できると思っていた。
打ち合わせが行き詰まり、二人で頭を突き合わせ資料に目を落として数分が立とうとしている。
ふと息を吐き出して顔を上げたら、サンジ君が私を見ていたので驚いた。
「わ、なに」
「いんや、新しいコーヒー頼もうか」
「あ、待って私もうおなかたぷたぷ。ちょっと歩かない、もう一度テナントも見に行きたいし」
熱心だね、と彼は嬉しそうに笑った。
どうもと言って同時に立ち上がる。会計はサンジ君がいつも持ってくれる。コーヒーくらいで領収書を切ることはなかった。
春の夕方はまだ涼しく、カーディガンの生地を通して冷たい空気が腕にぶつかった。
「見に行ったあと会社に戻るの?」と唐突にサンジ君が訊いた。
「んー、今日はもう直帰するって言ってある。明日朝から会議があるから今日は早めに帰りたいし」
「あーそっか、そっか」
たははとサンジ君が気まずそうに笑うので何かと思って彼を見上げたら、視線に気付いた彼は隣を歩く私を見下ろし、初めて会ったときと同じ曖昧な笑みを浮かべて言った。
「や、ちょっと飲みにいかねーかなと思って。おれも直帰だから」
「あ、なんだ、いいわよ」
「でも明日早いんじゃ」
「そんなに遅くならなきゃ大丈夫」
サンジ君はぱっと顔を明るくして、「駅の近くにうめーところがあって」とハリのある声でその方向を指差した。
ふーんと相槌を打ったときに私の携帯が震え、ちらりと視線を落として画面を確かめた。
会社でも、家族でも、友達でもないその名前にぐらんと立ちくらみのように心が揺れた。
「ごめん、サンジ君。今日先約あるんだった」
「あ、あーそっか、じゃあしゃーねぇな」
残念、とサンジ君はまた曖昧に笑い、きっと得意になってしまったのだろうその顔を隠すように煙草を咥えて火をつけた。
私は携帯をぎゅっと握りしめ、彼と別れた後のことにもう心が走って行ってしまったことに気付いている。
「ほんとごめん。一度いいよって言ったのに」
「いーのいーの。どうせ今週また会うしな」
数秒の間を開けて、サンジ君はゆっくりと「彼氏?」と訊いた。
「ううん」
「あ、そう、よかった。あ、よかったって言っちゃった」
ハハッと彼が笑うので、つい私もつられて笑ってしまう。
彼氏って、彼氏って、そういうのはきっとサンジ君の方が得意だろうと思った。
「じゃ、そういうわけでおれはナミさんと飲みにいきてぇと思ってるので、空いてたら教えてください」
駅の改札前で、サンジ君は馬鹿丁寧にそう言って自分の携帯をこつこつと指差した。
うん、と私は頷く。
「電車乗る?」
「ううん、今日は乗らない」
「そか、じゃあ」
おつかれさま、と言い合って私たちは別れた。サンジ君だけが改札を通り抜けて人の多いホームへと階段を上って行った。
私はそのまま駅と直結の百貨店へ向かい、そこの化粧室で化粧直しをした。
緊張していた。
会うのは久しぶりだったし、よく冷静にサンジ君の誘いを断れたものだと思う。
セックスするかな、と考えて、今日の下着を思い出そうとする。個室に入って確認しようかとまで考えて、どっちにしろ着替えが必要になるかもしれないと思って百貨店の下着売り場で新品を買った。
今日一日で一番楽しく、胸が躍り、また一番悲しい時間が来ることも、本当はわかっていた。
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6月になり、初めてサンジ君と仕事終わりに飲みに行った。
私の様子を窺って、誘おうかどうか迷っているのが手に取るようにわかるのがおかしくて私の方から誘ったのだった。
二人で進めている仕事の方は順調といえば順調で、夏の始まりには着工されるだろう。
よくある暗めの照明の中、飾られたグリーンだけが照らされて浮かび上がっている。その光を見ながら私とサンジ君は仕事のこと、休みの日のこと、学生時代のことなんかをべらべらと喋りまくった。
サンジ君はげらげらと笑った。上品な仕立ての服に似合わず口調は荒いし不良っぽいなと思っていたらやっぱり「高校生のころが一番バカで頭悪いことしかしなかった」と彼が白状したので私もげらげらと笑った。
「ナミさんよく飲むね、いーね」
「つられて飲んでると潰れるわよ」
「潰れたらお持ち帰りしてくれる?」
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今もすげぇ楽しいから、とサンジ君はさっと私の手に手を重ねた。
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「たぶん。してるとも、してないとも聞いたことないけどたぶんしてる」
「知りたくないんだ」
わかったような言い方に顔が熱くなる。返事をしないでいたら「ふたりで会うの?」と重ねて尋ねられた。
一気に話したくない気になって、口を閉ざす。グラスを掴んだが中は空だった。
「好きな時に会えるの? 呼ばれたら会いに行くの?」
「やめて。もういいでしょ私の話は」
「よくねぇし、好きな子がしちめんどくせぇ恋愛してたらおれにしろよって言いてェだろ」
重ねられた手の下から自分の手を引っこ抜いた。
今になって酔いが回ったのか、手の先が少し震えるように痺れていた。思わずサンジ君の手を掴みそうになって、怖くて離したのだ。
「ごめん」
サンジ君が急にしゅんと頭を垂れて謝った。
「急に踏み込んで。無礼でした」
サンジ君もテーブルから手をおろし、私を上目づかいに見た。
「怒った?」
「ううん、大丈夫」
「出ようか」
いつの間にか終電間近になっていて、会計が一緒になった8人ほどの団体と一緒に私たちはするりと夜気にまぎれこんだ。
外の空気はむわっと暑く、店内に冷房が効いていたことにそこで気付く。
サンジ君は来たときと同じ距離間で、駅までの短い時間私の隣を歩いた。
その日は金曜日だったので、別れ際サンジ君は「じゃ、また月曜日に」とあの笑い方をして言った。
「うん、今日ありがとね」
「や、あ、ナミさん、休みの日とか連絡しても大丈夫?」
「え、うん」
即答したら、サンジ君は何故だかぽかんと私を見て、すぐさまにっこり笑って「連絡する」と言った。
おやすみと言って別れた私はすぐに携帯を確認し、何の連絡もないことに肩を落とすけれど、別れ際のサンジ君の笑顔が少し私の心を軽くして、同時にちくりと胸を刺した。
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