OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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*ホスト・兄妹パロネタです。こちら参照。
アンちゃん7歳、マルコ24歳で、まだオヤジと3人暮らしです。
ちょっとこのネタ無理だわーという人はご注意くださいな!
ネクタイを結ぶマルコの黒い背中を、床に座ったアンはぼんやりと見上げていた。
一日の中で、アンの一番嫌いな時間。
黒いシャツが照明を反射して白い光の筋を映した。
この、夜の闇よりも暗い色の服を着たときのマルコは夜になる前にアンを残してどこかへ行ってしまうから、黒は幼いアンにとって何より不吉な色だった。
不吉ということばをまだ知らないので、アンの胸の中には「あ、またこのいやな感じ」という形の分からない不安がもわんと浮かんでいる。
骨ばった手がきゅっと首元を絞めて、それからアンを振り返った。
「夕飯はマキノが来てくれるからよい」
「…ん」
「店の厨房には入んじゃねぇぞい」
「うん」
「寝るときは」
「マキノと一緒に戸締り」
マルコが口にしようとした言葉を先取りして呟くと、マルコは一瞬ぽかんとしてから少し笑ってアンを抱き上げた。
ふわっと身体の中身がひっくりかえるようなこの感覚が、アンは大好きだ。
マルコは片腕にアンを座らせるように抱き上げて、自分の顔より上にあるアンを見上げた。
「なにしょぼくれてんだよい」
「マルコなんじにかえってくるの?」
「アンが朝起きる頃には帰ってきてるよい」
「ねるときはいないの?」
「…いつもと一緒だよい」
「…ちがうもん」
不機嫌にちがうと言ったアンにマルコは返事をせず、じっとその黒い瞳を見つめた。
肩に置かれた小さな手が動いて、ぺたりとマルコの頬に触れた。
少し湿っていてほんのり温かい。
もう片方の手が反対の頬に触れる。
小さな指がそろそろと動いて、マルコの目の下の浅いくぼみをなぞった。
アンの視線は自分が動かす指先を辿っているが、目の奥深くに映しているのは別物だ。
マルコはアンを支えているのと逆の手でアンの手を包み、それからゆっくりとアンを下へ下ろした。
「行ってくるよい」
「…いってらっしゃい」
「マキノが来るまで大人しくしてろよい」
アンは黙って手を振った。
マルコはアンの少し尖った唇を見てから、裏口のドアを開けてその向こう側へと消えた。
*
オヤジの体調が近頃芳しくないのは、一緒に生活していれば火を見るよりも明らかだった。
顔色がよくない。楽しそうに酒を飲んだ後でも、必ず最後に呻くようなため息をついた。
それを指摘して病院に行くよう言ってもオヤジは笑い飛ばすか、逆にまるで子供を叱るようにマルコをいなしてごまかしてしまう。
飲み屋をしていれば酒に体を蝕まれるのは覚悟のうえ、むしろ本望くらいのつもりで彼の人はいるのだろうが、家族からしたらそれはとんだ未来だ。
だからマルコは、強行突破に出ることにした。
店ののれんを隠したのだ。
「おいマルコォ、うちののれんがねぇんだが」
「店はしばらく休業だよい」
「あぁん?」
怪訝な顔で眉間に皺を寄せたオヤジの目の前で、白い紙に赤のペンで太く『都合によりしばらく臨時休業』の文字を躍らせた。
呆気にとられるオヤジをカウンターに残し、マルコはすたすたと店の入口へと進みその紙を引き戸の表に貼りつける。
味気なく意味だけを伝えた張り紙の割には、「だれがなんと言おうと休みったら休み」という有無を言わさぬ強さがあった。
入り口から戻ってきたマルコは、オヤジがすぐさま反駁しようとするのを飲み込むように口を開いた。
「オヤジが病院に行くまで店は開かない。オレも手伝わない。酒も飲ませない。隠れて飲むなら全部捨てる」
な、の形に口を開いたオヤジに、マルコはとどめの一撃を刺した。
「アンはマキノの家に預けるよい」
顎を落としたオヤジを、マルコは初めて見た。
そのまま開いたオヤジの口にツバメが巣を作ってしまうんじゃないかというくらいたっぷりと時間が経ってから、ただいまー!と馬鹿に明るいアンの声が裏口から飛び込んできたのとオヤジが諦めてどでかいため息をついたのはほぼ同時だった。
「オレァ思うがな、マルコ。ありゃあ詐欺だ」
検査入院中のオヤジは、着替えを届けに来たマルコに向かって嫌味っぽくそう言った。
「アンをマキノんところに預けちまえば確かにオレはアンに会えねえ。マキノがそう計らうだろうからな。だが今こうしてオレが入院しちまったら、どのみちアンと会えねぇじゃねぇか」
「オレの心持ちが違うよい。今は別にアンをここに連れて来たらアンタと会わせられる」
「縁起の悪い病院なんてとこガキのくるところじゃねぇ」
「そりゃぁオヤジの都合だよい」
「お前は悪い息子だ、本当に悪い息子だ」
腕から信じられない量の血液を抜かれたり、逆に薄気味悪い液体を注ぎ入れられたり、はたまた白い箱の中に全身を通されたりをここ数日繰り返しているオヤジは、子供のように不機嫌になっていて、マルコにそっぽを向いた。
オヤジが入院することになって、それは半ば覚悟していたことだったのでマルコは特に慌てることもなかった。
病院にアンと一緒に見舞いに行けばいいと思っていたのだ。
しかしそれはオヤジが駄目だと言った。
おかしな理屈をこねくりまわして意味不明な形に形成してマルコに押し付けてきた。
『アンは病院に連れてくるな』
強く念を押すようにそう言われたので、いくらなんでも無理にアンを連れてくることはできない。
そのことで逆にアンの方が寂しそうなのが気にかかった。
アンにはすべてを話している。
「オヤジは身体の調子があんまりよくねぇから、調べてもらうためにしばらく病院に泊まりに行ってるよい」
「びょういんにおとまりできんの?」
「泊まらなきゃなんねぇんだよい、オヤジの身体のために」
少しの羨ましさをにじませたアンに、マルコは慌てて付け足した。
アンは病院を、絵本や教科書の挿絵による知識でしか知らない。
幸い信じられないことに、病気をしたことがないからだ。
まさか生まれた産婦人科病院のことを覚えてはいないだろう。
「しばらくオヤジには会えねぇが、我慢できるな?」
『会えない』ということばを聞いた途端、キラキラさせていたアンの目にすとんと影が落ちた。
少し寂しそうではあったが、それでもアンは笑って言った。
「マルコがいるからだいじょうぶ」
マルコも、アンがいるから大丈夫だと思った。
オヤジの店を閉じたからには稼ぎ手は今マルコしかいない。
焦って働かなければならないほど貯蓄に窮してはいないが、それでも検査の結果によってはオヤジがすぐに復帰できるのは難しいかもしれない。
それを思うと、少しでも今のうちに稼いでおきたかった。
きっとオヤジは家に帰ってこればすぐさま店を開こうとするに違いない。
しかし前と同じ量のメシを作り接待をできるとは限らないので、その分はマルコが補佐をしなければならない。
そうすると自然と夜の仕事に入る量が減るので稼ぎも減る。
いつのまにか、マルコが夜に稼ぐ額はオヤジの店で稼ぐ額をはるかに超えていた。
今までは常にオヤジが家にいたので、アンを残して仕事に行くことに何のためらいもなかった。
初めのうちは「どこにいくの」「なにしにいくの」「アンもいきたい」を繰り返していたが、今はもう笑っていってらっさーいと手を振ってくる。
しかしそれもオヤジがいたからだ。
今日は初めてアンをひとり家に残して仕事に行かなければならない。
なるべくアンが一人で家にいる時間をなくすべく、マキノやオヤジの店の常連の中で信頼できる誰かがアンを見ていてくれるときにだけ仕事を入れていた。
しかし今日はどうしても店に人が足らない、お願いだから来てくれと連絡が入った。
これがただの欠員であればマルコは躊躇なく蹴っていた。
しかし店から、今日はお得意さんが予約を入れているからいつもの倍、いや三倍は見越していると言われて心動いた。
金に流されたわけではない。
実際そうではあるが、金を手に入れることの向こう側にある安寧がちらついたのだ。
この仕事は、客の入れた金が自分の稼ぎにだいぶと反映される。
もし今日いつもの倍稼ぐことができたなら、オヤジにもしものことがあっても対応できる。
マルコは一瞬迷ってから、出勤の返事を返した。
元来迷う性質ではない。
ただ、アンをひとりで家に置いてきたときのあの何とも言えない息苦しさだけは勘弁してほしいと思った。
アンの湿った手の感覚が今もまだ頬に残っている。
柔らかい指の腹が目の下をなぞった、あの感覚が馬鹿みたいに名残惜しかった。
マキノはおそらく夜になる前に来てくれるだろうから、アンが一人でいる時間はほんの数時間だ。
心配事は何もない。
きっとアンが本のページを捲ってみたり見えない敵と戦ってみたりしているうちにマキノが来る。
『アンが一人』という事実に耐えられないのはマルコの方だった。
開店の1時間前に店に着いたが、気になることが多すぎて腹がすかなかったので夜は食べないことにした。
翌朝日が昇る前に家に帰って、アンが布団で変わりなく寝ていて、台所のテーブルにマキノからの置手紙があったのを見つけてやっと肩の力を抜いた。
*
「きょうもおしごといくの」
朝から不機嫌だったアンは、夕方になるにつれその度合いを増していた。
アンをひとりにさせたのはあの日一日きりだったが、あれから今日が4連勤目だった。
今日はオヤジの店の常連がアンの世話をしに来てくれる。
マキノに頼んだが、今日はあっちの店で宴会の予約が入っているのだとか。
アンが一人になるようなことであればなんとかして行くけどと言ってくれたが、他がいないわけではないので大丈夫だと言った。
他がいないわけではない。たしかに、そうだ。
ただ、マキノが一番安心で、適役だと思っているのでできれば毎回頼みたいだけだ。
今日来る奴がどうぞアンに何らかの悪影響を及ぼしませんようにと祈りながらネクタイを締めた。
頭が重いのは、きっとそういうアンにまつわる心配事がこんもりと山を作って頭の中に蓄積しているからだ。
そんな折に、後ろからアンのくぐもったような声が聞こえた。
マルコは振り返らず、ズボンのポケットの中身を確かめながら返事をした。
「ああ、夕飯は冷蔵庫に入ってるからよい」
「いかないで」
か細い声がひょろひょろっと飛んできて、マルコの背中にぶつかってぽとんと落ちるようだった。
驚いたのはその勢いのなさだ。
朝からアンの機嫌がよくないのはわかっていたが、虫の居所が悪いときがあるのはこの歳の頃にはよくあることだ。
だからマルコは若干目を瞠ってアンを振り返った。
「アン?」
「いっちゃやだ」
和室の、マルコのクローゼットの向かいに置いてある箪笥に背をもたれさせてぺたんと座っているアンは、マルコの顔を見上げずに呟いた。
「きょうはいかないで」
マルコはしばらくの間アンの頭頂部を見下ろしてから、ため息と一緒に腰を落とした。
アンと同じようにしゃがみこんでも、俯いているアンと視線は合わない。
「明日の朝には帰ってくるよい。昨日と一緒だろい?」
「きのういったならきょうはいかないで」
「そういうもんじゃねぇんだよい」
「きょうはいっちゃやだ」
「わがまま言うな」
少し声を鋭くさせても、アンは怯まなかった。
むしろ黒い目をこぼれそうなほど大きくさせて、マルコと視線を合わせる。
「きょうはマルコのおしごとはおやすみ!」
そういうや否や、アンはぱっと立ち上がって一目散に居間へと駆けていった。
なんだなんだと慌ててあとを追えば、居間と台所の境にある勝手口の三和土(たたき)の上で、アンは両手を後ろに回してドアを背につけてこちらを見据えていた。
台所のテーブルの上に置いてあった財布と車のキーが、ない。
アンとテーブルの上を数回視線を行き来させて、ますます驚いてアンを見つめた。
こんな意味のないわがままは初めてだった。
「アン、返せ」
「やだ」
「アン」
アンは無言で首を振る。
仕事に遅れるだろい、とまっとうな理由を口にしたが、口にしてからそんなことアンにとってはどうでもいいのだと気付いた。
アンがたまにとる不可解な行動は、たいていマルコが20前後の男であるがために理解できないことがほとんどだった。
そういうときはマキノや、時にはオヤジが答えを教えてくれてマルコにとってはほうと単純に新鮮な発見であったりする。
しかし今回の場合、どうもそういうわけではなさそうだ。
ずんと重い頭は、ただの重さから重石がごろんごろんと頭の中を転がっているような鈍い痛みに変わっていた。
その痛みと、変わらない状況に対する苛立ちが自然とマルコの眉間に皺を集める。
「…勘弁してくれよい」
思わずこぼれた深いため息とともにそういうと、アンはふにゃりと顔を歪めた。
鋭い声で咎めるよりも、アンはこういう人の気分に敏感だ。
それをわかっているからいつもは気を付けているのだが、今回は苛立ちが先だってその余裕がなかった。
アンは後ろ手にしていた両手を前に回して、手の中に納まりきらない財布とキーを抱きしめる。
歪んだ顔はいつしか涙目になっていた。
「マルコいかないで」
埒が明かない。
マルコは黙ってアンに歩み寄りその腕を取った。
アンがびくりと肩をすくめる。
アンの手には大きすぎる財布は、マルコによってひょいと取り上げられた。
あぅ、と震えた呻きが上がる。
車のキーはアンが握ったままだったが、もういいと思った。
「今日は電車で行く」
大人気ないと分かっていた。
アンに背を向ける瞬間、呆然とするアンの目からぽろぽろっと涙がこぼれるのも見えた。
それでも今はとりあえず仕事に行かなければということが先決で、アンのわがままはきっとオヤジがいないことへの不満もあるだろうから、明後日の休みにはオヤジに後から怒られてもいいからアンを病院へ連れて行ってやろうと思った。
アンが立ちふさがる勝手口からは出られないので店の玄関から出ようと一歩進んだそのとき、腰のあたりにぽんと小さな何かがぶつかった衝撃があり、すぐに足元でガチャンと金属音がした。
見下ろすと、車のキー。
この期に及んでとアンを振り返ったそのときに見えたのは、泣き濡れたアンの顔ではなく茶色い天井の木目だった。
*
電車で行くと言って踵を返してしまったマルコの背中は、アンのきらいな黒一色だった。
マルコが背を向ける前に見えた目と目の間にできたいくつもの線は、アンのすることに困り苛立ち疲れていることをアンに分かりやすく示していた。
それでもどうしても、今日は行ってほしくなかった。
マルコがここ数日ろくに寝ていないのを知っている。
アンが眠るときにいないのはもちろんのこと、朝目が覚めるとマルコはすでに台所でコーヒーを飲んでいた。
いつもはアンが学校に行っている間寝ているはずだが、学校から帰ってくると家の掃除洗濯夕飯の用意などすべて済ませてあるところを見るとマルコが眠る時間を家事に割いていることは明らかだった。
オヤジがいない今、すべてのことがマルコの肩にのしかかっている。
その中の一つに自分がいるのだと、アンはそこはかとなくわかっていた。
だからこそ今日は夜までアンと一緒に過ごして、同じ時間に隣で寝てほしかった。
それなのに、それを訴えれば訴えるほどマルコは遠くへ行ってしまう。
ゆらゆらと目の下の方に溜まって震えている涙は、マルコが行ってしまうことよりも思いが上手く伝わらないもどかしさによるものだった。
マルコが一歩踏み出す。
マルコの黒い背中は、もう二度とアンのところへは帰ってこないと言っているように見えた。
そう思いつくと、息と心臓が止まってしまうかと思った。
マルコがもう一度振り向いてくれるなら何でもいい、そう思って握りしめていたキーをマルコの背中に投げつけた。
投げつけて、とにかく何でもいいから、今は困らせてもいいから、思いっきり泣き喚いてでもしてマルコを引き留めようと思ったのだ。
キーは背中にぶつかる予定が、飛距離が足らず、緩い放物線を描いてマルコの腰にぶつかった。
マルコが足を止めた。
よしっ、とアンは息を吸い込む。
しかしその瞬間、目の前の大きな体がぐらりと傾いた。
アンは吸い込んだ息をどこに持って行っていいかわからないまま固まった。
どたんと大きな音がして、床が揺れた。
「あ」
ぽかんと開いた口から、意味のない音が漏れた。
マルコの脚がこちらに向いている。
長い腕が力なく床の上に横たわっていた。
倒れた勢いで黒いシャツがめくれて肌が見えていた。
アンは急いで三和土から上がりマルコの頭の方に回り、顔を覗き込んだ。
色のない頬と閉じた瞼、日に日に濃くなっていく目の下の濃さがアンに事態を飲み込ませた。
「マルコ」
叫んだつもりが、声にならなかった。
ぶわっと全身に虫が這ったような寒気が走り、両手足が震えだす。
横向きに倒れたマルコの腕と顔に両手を置いて、意味もなく辺りを見渡した。
だれもいない。
そうだ、いまはオヤジがびょういんだから、マルコとふたり──
震えるアンの手からも血の気が引いて、白くなってきた。
色の変わっていく自分の手を見つめながら、アンは横たわるマルコの隣で呆然と膝立ちになっていた。
「マルコ」
今度はか細い声が出た。
しかしマルコはピクリとも動かず分厚い瞼は閉じたままだ。
吐き気がした。
アンはぺたりとその場に座り込み、倒れたマルコの腕に額をつけた。
だれか、だれかを呼ばなくちゃ。
マキノが一番に浮かんだが、マキノの店まで歩いて行ったことはない。
いつもマルコかマキノの車で行っていたので、道がわからない。
オヤジの顔も浮かんだが、すぐに無理だと思った。
オヤジが病院に行ってから、一度も話さえしていない。
そこではっと思い当り、マルコの尻のポケットを探って携帯を引っ張り出した。
マルコがいつもこれを使ってオヤジやマキノと喋っていた。
震える手で携帯を開いた。
紺色の幾何学模様のディスプレイに目が回った。
右下に見える数字はおそらく時計。
それしかわからなかった。
圧倒的な不安がアンを押しつぶした。
「アンー」
カシャカシャ、と店の引き戸が揺れる音とアンの名前を呼ぶ声がした。
白いくもりガラスの向こうに細長い影が見える。
アンは顔を上げてそれを見つけると、一目散に店へと駆け出した。
震える足がもつれ一度床の上で派手に転んだがすぐさま立ち上がる。
家と店を繋ぐ廊下を駆け抜け、低い段差を降りて店の中を突っ切り、ぶつかるように入り口に到着した。
引き戸の向こう側の影はその勢いに驚いたように一歩下がったが、アンが戸を引くよりも先にその影が戸を開けてくれた。
「アン?なに走っ」
アンは現れたジーンズの脚に噛り付き、火がついたように泣き出した。
泣き叫ぶ声の間に、「マルコ」と「たすけて」が入り混じる。
店の入り口でアンにしがみつかれた男は、アンを見下ろして、それから廊下の向こう側で見えた不吉な人影に気付き軽く目を瞠った。
しかしそこからすぐさま倒れるマルコに歩み寄るわけでもなく、その場でひょいとアンを抱き上げる。
長い後髪が風に煽られ跳ねるように揺れた。
「ハイハイ、大丈夫大丈夫」
男はポンポンとアンの背を叩きながら「邪魔すんぞー」と誰にともなく行って、店を横切りアンとマルコの住居に足を踏み入れた。
抱き上げられたアンはとりあえず目の前にある肩にしがみつく。
もう「マルコ」ということば以外は忘れていた。
アンを抱いたまま、男は足元に倒れるマルコをじっと無表情で見下ろした。
あまりにその時間が長いので、アンは思わず泣き止んで男の横顔を見た。
倒れたマルコと同じくらい頬が白い。
そしてすっとしゃがみこみ、片手でマルコの顔をわしづかむとぐるんと仰向かせる。
男の指圧でマルコの頬が軽くつぶれた。
いっ、と息を呑むアンを傍らに男は「ああ」と呟いた。
アンは男の腕の中でマルコを見下ろし、ぎゅっと目を瞑る。
一度止まったはずの涙がまた目の端からじわじわと滲んできた。
マルコ、と小さく呟いた。
「こんなでけぇのがいきなり倒れてきたら誰でも怖い」
男は味気ない口調でそう言った。
女性の手のように白いそれでアンの後頭部を包むように支える。
そのままアンの頭を軽く肩に押さえつけるようにしてぽんぽんとあやした。
「マルコは大丈夫だよ。お前はちぃと寝ろ」
「だいじょうぶ…?」
「ああ、オレは医者だ」
まだ卵だけどな、と注釈を加えた声は低く穏やかで、質のいいシーツのようにアンをくるんだ。
それに加えて、男が言った「マルコは大丈夫」の言葉があとからアンの中に滑り込んでくる。
「大丈夫だよ」
アンの右目から一筋最後の涙がこぼれて、もう一度聞こえた大丈夫との言葉に守られるようにしてアンは男の腕の中で眠りに落ちた。
それでも最後までマルコの目が開かなかったことが怖くて怖くて、男の服の肩口を強く握りしめていた。
*
たった一日の入院は、入院前よりマルコの精神を疲弊させた。
まず、目が覚めて目に飛び込んだのが病院の天井ではなくオヤジの拳で、あれと思った瞬間には目の前に星が散り、再び暗闇に意識が落ちた。
二度目に起きたのは、明らかに腕に何か鋭利なものが突き刺さった痛みを感じたからだ。
「…いってェ!」
「おう、起きたか」
「てめぇ、点滴の針を患者の腕に垂直に刺すバカがどこにいる」
「そのバカはぶっ倒れるまで働くバカよりか幾分頭がいいらしい」
それを聞いて、ああオレは倒れたのだと思い当った。
そして同時に何より大切なことを思い出す。
イゾウはマルコの腕に墓標のように突き刺さる針をひょいと抜くと、今度は確かな場所にすいと針を入れた。
痛みもない。
「アンは」
「酒屋のねえちゃんところにいるよ。オヤジに聞いたらそこに連れてけって言うから」
自然と安堵の息が漏れた。
マキノのところにいるなら心配はない。
「なに安心してんだ過労死予備軍」
「誰が予備軍だよい」
「かわいそうに、オレァあのとき転がってるお前より先にアンの方が死んじまうんじゃねぇかと思ったぜ」
爆発したように泣くアンは、あのままだと確実に過呼吸になっていた。
それを防ぐにはとにかくこの状況から逃がすことが先決だと、イゾウはアンを眠らせた。
「大丈夫だ」ということばの効果は絶大で、素直なアンはすぐさま信じて眠りに落ちた。
おかげでイゾウは救急車を手配し取るべきところに連絡を取り、淡々と事態を好転させていくことができた。
「アンはお前と一緒に病院に来たのかよい」
「いや、お前さんを救急車ん中放り込んですぐオヤジに連絡取って、そのまんまあっちの家に送ってったから」
「そうかい」
それはよかったと心の中で呟いた。
いまならオヤジがしつこくアンを病院に連れてくるなと言っていた意味が分かる。
病院が辛気臭く縁起悪いのは確かだ。
そんな場所がガキには似合わないのもわかる。
しかしアンが来てはいけないのではない、マルコたちがアンに来てほしくないのだ。
病院服を着て白いベッドに横たわる姿の情けなさと言ったら、とマルコは溢れるリアリティを持って体感していた。
倒れ落ちるその瞬間を見られていたくせにという若干の今更感は否めない。
イゾウはマルコの頭の中を勝手にふたを開けて覗いたかのように言った。
「アンが格好悪い兄貴はいらねぇって言いだしたら言っといてくれよ。良品質の良物件がここにあるぜって」
「…最悪の欠陥品が何言ってんだよい」
イゾウはけらけらと笑って、手元のローテーブルに置いてあったファイルの中身にサラサラ何かを書きこんだ。
『バカ末期』とでも書いていたのかもしれない。
*
ほぼゼロと言っていい荷物を持って家に帰ると、家の中はがらんとしていた。
アンが家にいるはずだと思って帰ってきたのだが、誰もいないように見える。
マキノがアンを返してくれているはずだった。
「アン?」
静かな部屋に声が滲んでいく。
ガタン、と物音がした。いるらしい。
トタタタタと小さな足音が聞こえる。
風呂場へと続く廊下からアンが駆けてきた。
アンはマルコの姿を捉えると、パアアと顔中をきらめかせた。
この笑顔があれば世の中物騒なことなどなくなるのではと錯覚するほど眩しい笑顔だった。
「マルコ!」
アンは走り続ける足を止めることなく、そのままマルコに突進した。
どん、とマルコの脚にぶつかりよろめいたところをマルコが掬い上げる。
「おかえり!」
「ただいま、何してたんだよい」
「せんたく!」
洗濯?と聞き返した時、風呂場の方から微かにごぉおんと洗濯機が回る音が聞こえているのに気付いた。
「お前、洗濯機の使い方なんて知ってたのかよい」
「しらない!」
カニのように泡を吹く洗濯機を想像して、マルコは目を回しかけた。
退院早々重労働が待ち構えていそうな気配がぷんぷんしていた。
一方終始笑顔のアンは、んふふと笑ってうれしそうにマルコの頬に触れる。
「マルコ、げんきになったね!」
「ああ、もう大丈夫だ、悪かったよい」
アンは笑顔のままぶんぶん首を横に振ってから、つ、と人差し指をマルコの目の下にあてた。
「ここがくろくない」
アンはもう一度嬉しそうにくふくふ笑った。
アンがマルコの目の下をなぞるあの行為は、マルコの隈を心配していたのだとようやく合点がいく。
そして同時に、あのアンの不可解な行動はすべてマルコの心配につながっていたのだと気付いた。
こんな小さな少女に健康の心配をされていたのかと思うと、自分の不甲斐なさに眩暈がする。
マルコは頬に添えられたアンの手に自分のそれを重ねた。
アンは笑いながらもう片方の手もマルコの反対側の頬にぺたりと当てる。
マルコの手の中でアンの手はじんわりと温かく、それだけでとりあえずすべて大丈夫のような、そんな気がした。
アンちゃん7歳、マルコ24歳で、まだオヤジと3人暮らしです。
ちょっとこのネタ無理だわーという人はご注意くださいな!
ネクタイを結ぶマルコの黒い背中を、床に座ったアンはぼんやりと見上げていた。
一日の中で、アンの一番嫌いな時間。
黒いシャツが照明を反射して白い光の筋を映した。
この、夜の闇よりも暗い色の服を着たときのマルコは夜になる前にアンを残してどこかへ行ってしまうから、黒は幼いアンにとって何より不吉な色だった。
不吉ということばをまだ知らないので、アンの胸の中には「あ、またこのいやな感じ」という形の分からない不安がもわんと浮かんでいる。
骨ばった手がきゅっと首元を絞めて、それからアンを振り返った。
「夕飯はマキノが来てくれるからよい」
「…ん」
「店の厨房には入んじゃねぇぞい」
「うん」
「寝るときは」
「マキノと一緒に戸締り」
マルコが口にしようとした言葉を先取りして呟くと、マルコは一瞬ぽかんとしてから少し笑ってアンを抱き上げた。
ふわっと身体の中身がひっくりかえるようなこの感覚が、アンは大好きだ。
マルコは片腕にアンを座らせるように抱き上げて、自分の顔より上にあるアンを見上げた。
「なにしょぼくれてんだよい」
「マルコなんじにかえってくるの?」
「アンが朝起きる頃には帰ってきてるよい」
「ねるときはいないの?」
「…いつもと一緒だよい」
「…ちがうもん」
不機嫌にちがうと言ったアンにマルコは返事をせず、じっとその黒い瞳を見つめた。
肩に置かれた小さな手が動いて、ぺたりとマルコの頬に触れた。
少し湿っていてほんのり温かい。
もう片方の手が反対の頬に触れる。
小さな指がそろそろと動いて、マルコの目の下の浅いくぼみをなぞった。
アンの視線は自分が動かす指先を辿っているが、目の奥深くに映しているのは別物だ。
マルコはアンを支えているのと逆の手でアンの手を包み、それからゆっくりとアンを下へ下ろした。
「行ってくるよい」
「…いってらっしゃい」
「マキノが来るまで大人しくしてろよい」
アンは黙って手を振った。
マルコはアンの少し尖った唇を見てから、裏口のドアを開けてその向こう側へと消えた。
*
オヤジの体調が近頃芳しくないのは、一緒に生活していれば火を見るよりも明らかだった。
顔色がよくない。楽しそうに酒を飲んだ後でも、必ず最後に呻くようなため息をついた。
それを指摘して病院に行くよう言ってもオヤジは笑い飛ばすか、逆にまるで子供を叱るようにマルコをいなしてごまかしてしまう。
飲み屋をしていれば酒に体を蝕まれるのは覚悟のうえ、むしろ本望くらいのつもりで彼の人はいるのだろうが、家族からしたらそれはとんだ未来だ。
だからマルコは、強行突破に出ることにした。
店ののれんを隠したのだ。
「おいマルコォ、うちののれんがねぇんだが」
「店はしばらく休業だよい」
「あぁん?」
怪訝な顔で眉間に皺を寄せたオヤジの目の前で、白い紙に赤のペンで太く『都合によりしばらく臨時休業』の文字を躍らせた。
呆気にとられるオヤジをカウンターに残し、マルコはすたすたと店の入口へと進みその紙を引き戸の表に貼りつける。
味気なく意味だけを伝えた張り紙の割には、「だれがなんと言おうと休みったら休み」という有無を言わさぬ強さがあった。
入り口から戻ってきたマルコは、オヤジがすぐさま反駁しようとするのを飲み込むように口を開いた。
「オヤジが病院に行くまで店は開かない。オレも手伝わない。酒も飲ませない。隠れて飲むなら全部捨てる」
な、の形に口を開いたオヤジに、マルコはとどめの一撃を刺した。
「アンはマキノの家に預けるよい」
顎を落としたオヤジを、マルコは初めて見た。
そのまま開いたオヤジの口にツバメが巣を作ってしまうんじゃないかというくらいたっぷりと時間が経ってから、ただいまー!と馬鹿に明るいアンの声が裏口から飛び込んできたのとオヤジが諦めてどでかいため息をついたのはほぼ同時だった。
「オレァ思うがな、マルコ。ありゃあ詐欺だ」
検査入院中のオヤジは、着替えを届けに来たマルコに向かって嫌味っぽくそう言った。
「アンをマキノんところに預けちまえば確かにオレはアンに会えねえ。マキノがそう計らうだろうからな。だが今こうしてオレが入院しちまったら、どのみちアンと会えねぇじゃねぇか」
「オレの心持ちが違うよい。今は別にアンをここに連れて来たらアンタと会わせられる」
「縁起の悪い病院なんてとこガキのくるところじゃねぇ」
「そりゃぁオヤジの都合だよい」
「お前は悪い息子だ、本当に悪い息子だ」
腕から信じられない量の血液を抜かれたり、逆に薄気味悪い液体を注ぎ入れられたり、はたまた白い箱の中に全身を通されたりをここ数日繰り返しているオヤジは、子供のように不機嫌になっていて、マルコにそっぽを向いた。
オヤジが入院することになって、それは半ば覚悟していたことだったのでマルコは特に慌てることもなかった。
病院にアンと一緒に見舞いに行けばいいと思っていたのだ。
しかしそれはオヤジが駄目だと言った。
おかしな理屈をこねくりまわして意味不明な形に形成してマルコに押し付けてきた。
『アンは病院に連れてくるな』
強く念を押すようにそう言われたので、いくらなんでも無理にアンを連れてくることはできない。
そのことで逆にアンの方が寂しそうなのが気にかかった。
アンにはすべてを話している。
「オヤジは身体の調子があんまりよくねぇから、調べてもらうためにしばらく病院に泊まりに行ってるよい」
「びょういんにおとまりできんの?」
「泊まらなきゃなんねぇんだよい、オヤジの身体のために」
少しの羨ましさをにじませたアンに、マルコは慌てて付け足した。
アンは病院を、絵本や教科書の挿絵による知識でしか知らない。
幸い信じられないことに、病気をしたことがないからだ。
まさか生まれた産婦人科病院のことを覚えてはいないだろう。
「しばらくオヤジには会えねぇが、我慢できるな?」
『会えない』ということばを聞いた途端、キラキラさせていたアンの目にすとんと影が落ちた。
少し寂しそうではあったが、それでもアンは笑って言った。
「マルコがいるからだいじょうぶ」
マルコも、アンがいるから大丈夫だと思った。
オヤジの店を閉じたからには稼ぎ手は今マルコしかいない。
焦って働かなければならないほど貯蓄に窮してはいないが、それでも検査の結果によってはオヤジがすぐに復帰できるのは難しいかもしれない。
それを思うと、少しでも今のうちに稼いでおきたかった。
きっとオヤジは家に帰ってこればすぐさま店を開こうとするに違いない。
しかし前と同じ量のメシを作り接待をできるとは限らないので、その分はマルコが補佐をしなければならない。
そうすると自然と夜の仕事に入る量が減るので稼ぎも減る。
いつのまにか、マルコが夜に稼ぐ額はオヤジの店で稼ぐ額をはるかに超えていた。
今までは常にオヤジが家にいたので、アンを残して仕事に行くことに何のためらいもなかった。
初めのうちは「どこにいくの」「なにしにいくの」「アンもいきたい」を繰り返していたが、今はもう笑っていってらっさーいと手を振ってくる。
しかしそれもオヤジがいたからだ。
今日は初めてアンをひとり家に残して仕事に行かなければならない。
なるべくアンが一人で家にいる時間をなくすべく、マキノやオヤジの店の常連の中で信頼できる誰かがアンを見ていてくれるときにだけ仕事を入れていた。
しかし今日はどうしても店に人が足らない、お願いだから来てくれと連絡が入った。
これがただの欠員であればマルコは躊躇なく蹴っていた。
しかし店から、今日はお得意さんが予約を入れているからいつもの倍、いや三倍は見越していると言われて心動いた。
金に流されたわけではない。
実際そうではあるが、金を手に入れることの向こう側にある安寧がちらついたのだ。
この仕事は、客の入れた金が自分の稼ぎにだいぶと反映される。
もし今日いつもの倍稼ぐことができたなら、オヤジにもしものことがあっても対応できる。
マルコは一瞬迷ってから、出勤の返事を返した。
元来迷う性質ではない。
ただ、アンをひとりで家に置いてきたときのあの何とも言えない息苦しさだけは勘弁してほしいと思った。
アンの湿った手の感覚が今もまだ頬に残っている。
柔らかい指の腹が目の下をなぞった、あの感覚が馬鹿みたいに名残惜しかった。
マキノはおそらく夜になる前に来てくれるだろうから、アンが一人でいる時間はほんの数時間だ。
心配事は何もない。
きっとアンが本のページを捲ってみたり見えない敵と戦ってみたりしているうちにマキノが来る。
『アンが一人』という事実に耐えられないのはマルコの方だった。
開店の1時間前に店に着いたが、気になることが多すぎて腹がすかなかったので夜は食べないことにした。
翌朝日が昇る前に家に帰って、アンが布団で変わりなく寝ていて、台所のテーブルにマキノからの置手紙があったのを見つけてやっと肩の力を抜いた。
*
「きょうもおしごといくの」
朝から不機嫌だったアンは、夕方になるにつれその度合いを増していた。
アンをひとりにさせたのはあの日一日きりだったが、あれから今日が4連勤目だった。
今日はオヤジの店の常連がアンの世話をしに来てくれる。
マキノに頼んだが、今日はあっちの店で宴会の予約が入っているのだとか。
アンが一人になるようなことであればなんとかして行くけどと言ってくれたが、他がいないわけではないので大丈夫だと言った。
他がいないわけではない。たしかに、そうだ。
ただ、マキノが一番安心で、適役だと思っているのでできれば毎回頼みたいだけだ。
今日来る奴がどうぞアンに何らかの悪影響を及ぼしませんようにと祈りながらネクタイを締めた。
頭が重いのは、きっとそういうアンにまつわる心配事がこんもりと山を作って頭の中に蓄積しているからだ。
そんな折に、後ろからアンのくぐもったような声が聞こえた。
マルコは振り返らず、ズボンのポケットの中身を確かめながら返事をした。
「ああ、夕飯は冷蔵庫に入ってるからよい」
「いかないで」
か細い声がひょろひょろっと飛んできて、マルコの背中にぶつかってぽとんと落ちるようだった。
驚いたのはその勢いのなさだ。
朝からアンの機嫌がよくないのはわかっていたが、虫の居所が悪いときがあるのはこの歳の頃にはよくあることだ。
だからマルコは若干目を瞠ってアンを振り返った。
「アン?」
「いっちゃやだ」
和室の、マルコのクローゼットの向かいに置いてある箪笥に背をもたれさせてぺたんと座っているアンは、マルコの顔を見上げずに呟いた。
「きょうはいかないで」
マルコはしばらくの間アンの頭頂部を見下ろしてから、ため息と一緒に腰を落とした。
アンと同じようにしゃがみこんでも、俯いているアンと視線は合わない。
「明日の朝には帰ってくるよい。昨日と一緒だろい?」
「きのういったならきょうはいかないで」
「そういうもんじゃねぇんだよい」
「きょうはいっちゃやだ」
「わがまま言うな」
少し声を鋭くさせても、アンは怯まなかった。
むしろ黒い目をこぼれそうなほど大きくさせて、マルコと視線を合わせる。
「きょうはマルコのおしごとはおやすみ!」
そういうや否や、アンはぱっと立ち上がって一目散に居間へと駆けていった。
なんだなんだと慌ててあとを追えば、居間と台所の境にある勝手口の三和土(たたき)の上で、アンは両手を後ろに回してドアを背につけてこちらを見据えていた。
台所のテーブルの上に置いてあった財布と車のキーが、ない。
アンとテーブルの上を数回視線を行き来させて、ますます驚いてアンを見つめた。
こんな意味のないわがままは初めてだった。
「アン、返せ」
「やだ」
「アン」
アンは無言で首を振る。
仕事に遅れるだろい、とまっとうな理由を口にしたが、口にしてからそんなことアンにとってはどうでもいいのだと気付いた。
アンがたまにとる不可解な行動は、たいていマルコが20前後の男であるがために理解できないことがほとんどだった。
そういうときはマキノや、時にはオヤジが答えを教えてくれてマルコにとってはほうと単純に新鮮な発見であったりする。
しかし今回の場合、どうもそういうわけではなさそうだ。
ずんと重い頭は、ただの重さから重石がごろんごろんと頭の中を転がっているような鈍い痛みに変わっていた。
その痛みと、変わらない状況に対する苛立ちが自然とマルコの眉間に皺を集める。
「…勘弁してくれよい」
思わずこぼれた深いため息とともにそういうと、アンはふにゃりと顔を歪めた。
鋭い声で咎めるよりも、アンはこういう人の気分に敏感だ。
それをわかっているからいつもは気を付けているのだが、今回は苛立ちが先だってその余裕がなかった。
アンは後ろ手にしていた両手を前に回して、手の中に納まりきらない財布とキーを抱きしめる。
歪んだ顔はいつしか涙目になっていた。
「マルコいかないで」
埒が明かない。
マルコは黙ってアンに歩み寄りその腕を取った。
アンがびくりと肩をすくめる。
アンの手には大きすぎる財布は、マルコによってひょいと取り上げられた。
あぅ、と震えた呻きが上がる。
車のキーはアンが握ったままだったが、もういいと思った。
「今日は電車で行く」
大人気ないと分かっていた。
アンに背を向ける瞬間、呆然とするアンの目からぽろぽろっと涙がこぼれるのも見えた。
それでも今はとりあえず仕事に行かなければということが先決で、アンのわがままはきっとオヤジがいないことへの不満もあるだろうから、明後日の休みにはオヤジに後から怒られてもいいからアンを病院へ連れて行ってやろうと思った。
アンが立ちふさがる勝手口からは出られないので店の玄関から出ようと一歩進んだそのとき、腰のあたりにぽんと小さな何かがぶつかった衝撃があり、すぐに足元でガチャンと金属音がした。
見下ろすと、車のキー。
この期に及んでとアンを振り返ったそのときに見えたのは、泣き濡れたアンの顔ではなく茶色い天井の木目だった。
*
電車で行くと言って踵を返してしまったマルコの背中は、アンのきらいな黒一色だった。
マルコが背を向ける前に見えた目と目の間にできたいくつもの線は、アンのすることに困り苛立ち疲れていることをアンに分かりやすく示していた。
それでもどうしても、今日は行ってほしくなかった。
マルコがここ数日ろくに寝ていないのを知っている。
アンが眠るときにいないのはもちろんのこと、朝目が覚めるとマルコはすでに台所でコーヒーを飲んでいた。
いつもはアンが学校に行っている間寝ているはずだが、学校から帰ってくると家の掃除洗濯夕飯の用意などすべて済ませてあるところを見るとマルコが眠る時間を家事に割いていることは明らかだった。
オヤジがいない今、すべてのことがマルコの肩にのしかかっている。
その中の一つに自分がいるのだと、アンはそこはかとなくわかっていた。
だからこそ今日は夜までアンと一緒に過ごして、同じ時間に隣で寝てほしかった。
それなのに、それを訴えれば訴えるほどマルコは遠くへ行ってしまう。
ゆらゆらと目の下の方に溜まって震えている涙は、マルコが行ってしまうことよりも思いが上手く伝わらないもどかしさによるものだった。
マルコが一歩踏み出す。
マルコの黒い背中は、もう二度とアンのところへは帰ってこないと言っているように見えた。
そう思いつくと、息と心臓が止まってしまうかと思った。
マルコがもう一度振り向いてくれるなら何でもいい、そう思って握りしめていたキーをマルコの背中に投げつけた。
投げつけて、とにかく何でもいいから、今は困らせてもいいから、思いっきり泣き喚いてでもしてマルコを引き留めようと思ったのだ。
キーは背中にぶつかる予定が、飛距離が足らず、緩い放物線を描いてマルコの腰にぶつかった。
マルコが足を止めた。
よしっ、とアンは息を吸い込む。
しかしその瞬間、目の前の大きな体がぐらりと傾いた。
アンは吸い込んだ息をどこに持って行っていいかわからないまま固まった。
どたんと大きな音がして、床が揺れた。
「あ」
ぽかんと開いた口から、意味のない音が漏れた。
マルコの脚がこちらに向いている。
長い腕が力なく床の上に横たわっていた。
倒れた勢いで黒いシャツがめくれて肌が見えていた。
アンは急いで三和土から上がりマルコの頭の方に回り、顔を覗き込んだ。
色のない頬と閉じた瞼、日に日に濃くなっていく目の下の濃さがアンに事態を飲み込ませた。
「マルコ」
叫んだつもりが、声にならなかった。
ぶわっと全身に虫が這ったような寒気が走り、両手足が震えだす。
横向きに倒れたマルコの腕と顔に両手を置いて、意味もなく辺りを見渡した。
だれもいない。
そうだ、いまはオヤジがびょういんだから、マルコとふたり──
震えるアンの手からも血の気が引いて、白くなってきた。
色の変わっていく自分の手を見つめながら、アンは横たわるマルコの隣で呆然と膝立ちになっていた。
「マルコ」
今度はか細い声が出た。
しかしマルコはピクリとも動かず分厚い瞼は閉じたままだ。
吐き気がした。
アンはぺたりとその場に座り込み、倒れたマルコの腕に額をつけた。
だれか、だれかを呼ばなくちゃ。
マキノが一番に浮かんだが、マキノの店まで歩いて行ったことはない。
いつもマルコかマキノの車で行っていたので、道がわからない。
オヤジの顔も浮かんだが、すぐに無理だと思った。
オヤジが病院に行ってから、一度も話さえしていない。
そこではっと思い当り、マルコの尻のポケットを探って携帯を引っ張り出した。
マルコがいつもこれを使ってオヤジやマキノと喋っていた。
震える手で携帯を開いた。
紺色の幾何学模様のディスプレイに目が回った。
右下に見える数字はおそらく時計。
それしかわからなかった。
圧倒的な不安がアンを押しつぶした。
「アンー」
カシャカシャ、と店の引き戸が揺れる音とアンの名前を呼ぶ声がした。
白いくもりガラスの向こうに細長い影が見える。
アンは顔を上げてそれを見つけると、一目散に店へと駆け出した。
震える足がもつれ一度床の上で派手に転んだがすぐさま立ち上がる。
家と店を繋ぐ廊下を駆け抜け、低い段差を降りて店の中を突っ切り、ぶつかるように入り口に到着した。
引き戸の向こう側の影はその勢いに驚いたように一歩下がったが、アンが戸を引くよりも先にその影が戸を開けてくれた。
「アン?なに走っ」
アンは現れたジーンズの脚に噛り付き、火がついたように泣き出した。
泣き叫ぶ声の間に、「マルコ」と「たすけて」が入り混じる。
店の入り口でアンにしがみつかれた男は、アンを見下ろして、それから廊下の向こう側で見えた不吉な人影に気付き軽く目を瞠った。
しかしそこからすぐさま倒れるマルコに歩み寄るわけでもなく、その場でひょいとアンを抱き上げる。
長い後髪が風に煽られ跳ねるように揺れた。
「ハイハイ、大丈夫大丈夫」
男はポンポンとアンの背を叩きながら「邪魔すんぞー」と誰にともなく行って、店を横切りアンとマルコの住居に足を踏み入れた。
抱き上げられたアンはとりあえず目の前にある肩にしがみつく。
もう「マルコ」ということば以外は忘れていた。
アンを抱いたまま、男は足元に倒れるマルコをじっと無表情で見下ろした。
あまりにその時間が長いので、アンは思わず泣き止んで男の横顔を見た。
倒れたマルコと同じくらい頬が白い。
そしてすっとしゃがみこみ、片手でマルコの顔をわしづかむとぐるんと仰向かせる。
男の指圧でマルコの頬が軽くつぶれた。
いっ、と息を呑むアンを傍らに男は「ああ」と呟いた。
アンは男の腕の中でマルコを見下ろし、ぎゅっと目を瞑る。
一度止まったはずの涙がまた目の端からじわじわと滲んできた。
マルコ、と小さく呟いた。
「こんなでけぇのがいきなり倒れてきたら誰でも怖い」
男は味気ない口調でそう言った。
女性の手のように白いそれでアンの後頭部を包むように支える。
そのままアンの頭を軽く肩に押さえつけるようにしてぽんぽんとあやした。
「マルコは大丈夫だよ。お前はちぃと寝ろ」
「だいじょうぶ…?」
「ああ、オレは医者だ」
まだ卵だけどな、と注釈を加えた声は低く穏やかで、質のいいシーツのようにアンをくるんだ。
それに加えて、男が言った「マルコは大丈夫」の言葉があとからアンの中に滑り込んでくる。
「大丈夫だよ」
アンの右目から一筋最後の涙がこぼれて、もう一度聞こえた大丈夫との言葉に守られるようにしてアンは男の腕の中で眠りに落ちた。
それでも最後までマルコの目が開かなかったことが怖くて怖くて、男の服の肩口を強く握りしめていた。
*
たった一日の入院は、入院前よりマルコの精神を疲弊させた。
まず、目が覚めて目に飛び込んだのが病院の天井ではなくオヤジの拳で、あれと思った瞬間には目の前に星が散り、再び暗闇に意識が落ちた。
二度目に起きたのは、明らかに腕に何か鋭利なものが突き刺さった痛みを感じたからだ。
「…いってェ!」
「おう、起きたか」
「てめぇ、点滴の針を患者の腕に垂直に刺すバカがどこにいる」
「そのバカはぶっ倒れるまで働くバカよりか幾分頭がいいらしい」
それを聞いて、ああオレは倒れたのだと思い当った。
そして同時に何より大切なことを思い出す。
イゾウはマルコの腕に墓標のように突き刺さる針をひょいと抜くと、今度は確かな場所にすいと針を入れた。
痛みもない。
「アンは」
「酒屋のねえちゃんところにいるよ。オヤジに聞いたらそこに連れてけって言うから」
自然と安堵の息が漏れた。
マキノのところにいるなら心配はない。
「なに安心してんだ過労死予備軍」
「誰が予備軍だよい」
「かわいそうに、オレァあのとき転がってるお前より先にアンの方が死んじまうんじゃねぇかと思ったぜ」
爆発したように泣くアンは、あのままだと確実に過呼吸になっていた。
それを防ぐにはとにかくこの状況から逃がすことが先決だと、イゾウはアンを眠らせた。
「大丈夫だ」ということばの効果は絶大で、素直なアンはすぐさま信じて眠りに落ちた。
おかげでイゾウは救急車を手配し取るべきところに連絡を取り、淡々と事態を好転させていくことができた。
「アンはお前と一緒に病院に来たのかよい」
「いや、お前さんを救急車ん中放り込んですぐオヤジに連絡取って、そのまんまあっちの家に送ってったから」
「そうかい」
それはよかったと心の中で呟いた。
いまならオヤジがしつこくアンを病院に連れてくるなと言っていた意味が分かる。
病院が辛気臭く縁起悪いのは確かだ。
そんな場所がガキには似合わないのもわかる。
しかしアンが来てはいけないのではない、マルコたちがアンに来てほしくないのだ。
病院服を着て白いベッドに横たわる姿の情けなさと言ったら、とマルコは溢れるリアリティを持って体感していた。
倒れ落ちるその瞬間を見られていたくせにという若干の今更感は否めない。
イゾウはマルコの頭の中を勝手にふたを開けて覗いたかのように言った。
「アンが格好悪い兄貴はいらねぇって言いだしたら言っといてくれよ。良品質の良物件がここにあるぜって」
「…最悪の欠陥品が何言ってんだよい」
イゾウはけらけらと笑って、手元のローテーブルに置いてあったファイルの中身にサラサラ何かを書きこんだ。
『バカ末期』とでも書いていたのかもしれない。
*
ほぼゼロと言っていい荷物を持って家に帰ると、家の中はがらんとしていた。
アンが家にいるはずだと思って帰ってきたのだが、誰もいないように見える。
マキノがアンを返してくれているはずだった。
「アン?」
静かな部屋に声が滲んでいく。
ガタン、と物音がした。いるらしい。
トタタタタと小さな足音が聞こえる。
風呂場へと続く廊下からアンが駆けてきた。
アンはマルコの姿を捉えると、パアアと顔中をきらめかせた。
この笑顔があれば世の中物騒なことなどなくなるのではと錯覚するほど眩しい笑顔だった。
「マルコ!」
アンは走り続ける足を止めることなく、そのままマルコに突進した。
どん、とマルコの脚にぶつかりよろめいたところをマルコが掬い上げる。
「おかえり!」
「ただいま、何してたんだよい」
「せんたく!」
洗濯?と聞き返した時、風呂場の方から微かにごぉおんと洗濯機が回る音が聞こえているのに気付いた。
「お前、洗濯機の使い方なんて知ってたのかよい」
「しらない!」
カニのように泡を吹く洗濯機を想像して、マルコは目を回しかけた。
退院早々重労働が待ち構えていそうな気配がぷんぷんしていた。
一方終始笑顔のアンは、んふふと笑ってうれしそうにマルコの頬に触れる。
「マルコ、げんきになったね!」
「ああ、もう大丈夫だ、悪かったよい」
アンは笑顔のままぶんぶん首を横に振ってから、つ、と人差し指をマルコの目の下にあてた。
「ここがくろくない」
アンはもう一度嬉しそうにくふくふ笑った。
アンがマルコの目の下をなぞるあの行為は、マルコの隈を心配していたのだとようやく合点がいく。
そして同時に、あのアンの不可解な行動はすべてマルコの心配につながっていたのだと気付いた。
こんな小さな少女に健康の心配をされていたのかと思うと、自分の不甲斐なさに眩暈がする。
マルコは頬に添えられたアンの手に自分のそれを重ねた。
アンは笑いながらもう片方の手もマルコの反対側の頬にぺたりと当てる。
マルコの手の中でアンの手はじんわりと温かく、それだけでとりあえずすべて大丈夫のような、そんな気がした。
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マルコの姿が見えなかったので、一度甲板から去りマルコの部屋を覗いた。
しかしそこにも目的の姿はなく、アンは首をひねりつつとてとてと廊下を歩く。
別段用事があるわけではなかった。
ただなんとなくマルコがいないというそのことがとてもアンを不安定な気分にさせる。
輪になって酒を飲む男たちの中できょろきょろと首を回して、一度マルコを探し始めるともう見つけるまでおしりが落ち着かない。
だからアンは立ち上がって、マルコを探した。
冬島と秋島のちょうど間の海域に差し掛かった一昨日あたりから、肌寒い日が続いている。
ランプの頼りない灯りが照らす廊下を歩いていると、むき出しのアンの肩を冷たい風がぺろりと舐めるように吹き去って行って、アンは無意識に肩をすくめた。
しかし酒のおかげか、顔だけはほかほかと温かい。
まぶたもじんわりと温かくて気を抜いたらすとんと寝落ちてしまいそうだったが、マルコを探す足は止まらなかった。
アンはぼんやりと霞のかかった頭のまま船の中をさまよった。
みんな甲板で宴をしているので、誰にも会わない。
マルコの気配は見つけられない。
気配を隠す必要などないのだから、きっと大勢の人にマルコも紛れていて見つけられないだけだ。
ということはやはりマルコもまだ甲板にいるのだ。
アンはもう一度外に出た。
「マルコ?さあ、部屋戻ってねぇか?アイツに新年も何も関係ねぇからなあ」
「部屋いなかった」
「マジ?じゃあわりぃ、わかんねぇわ」
サッチはぽんぽんとアンの頭の上に手を落とした。
いいのありがとうと返すと、にっこり笑って手にしたジョッキの酒を呷る。
アンはサッチが作る輪の中から外れて、また歩き出した。
「マルコ…は、悪いアン、俺は見てないな」
「そう…」
「何か用があるなら見かけたときに伝えておこうか」
「ううん、いい、ありがと」
ジョズが巨体をかがめてアンを見送る。
アンはまた、一つの輪の中から外れて歩き出した。
もうここは、船の船首に近い本当の端っこだ。
ふと視線を上げると、モビーの白い頭の上に人が一人座っているのが見えた。
黒い後頭部が覗いている。
「イゾー」
声を上げて手を振ると、振り返ったイゾウは意味もなく不敵な笑みを見せた。
アンは声を張り上げた。
「マルコ知らなーい?」
「マルコ?さぁ、知らねぇなあ」
特に叫んでいるわけでもなさそうなのに、なぜかイゾウの声はよく通る。
ひとりで呑むことが珍しくないイゾウは、よくこの船首の上で酒をたしなんでいたりする。
宴の最中にイゾウを探そうと思えば、ここか宴の輪の中にいて涼しい顔で酒を呷りながら隊員に無茶ぶりを仕掛けているかどちらかなので、簡単に見つけられる。
しかしマルコにはそうやって思い当たる場所がない。
だからアンはこうしてしらみつぶしに広い甲板をあてどなく歩き探すしかないのだ。
アンはイゾウに礼を告げて立ち去ろうとした。
しかしすぐに呼び止められる。
「オヤジに聞いてみろ」
なるほど、と手を打ったアンは、すぐさま白ひげの特等席へと向かった。
寒い風が吹きすさぶ甲板の上でも、酒とその場の雰囲気でいろいろ忘れてしまったクルーたちにとって寒さなど気にするほどでもないらしい。
服を脱ぎ散らかした隊員たちもごろごろいる。
さらにいうと、白ひげの足元にはたくさんのクルーが群がっているので、その熱気はすさまじい。
これならオヤジもあったかくていいだろうと思ったが、アンからすれば少しどころじゃなくむさくるしい。
アンは足元に転がる男たちを踏みつぶさないようよけてつま先で歩きながら、そして時には誤って踏んでしまいぐぇっと言う声を聞きながら、白ひげの元へと近づいて行った。
おォアン、と大きく低い声が迎えてくれる。
「オヤジ、マルコがいない」
「マルコォ?あぁ、見てねぇなァ」
「しごと?」
「いや、特に言いつけた覚えはねぇ」
どっかでひとり呑んでるんだろう、ともっともらしいことを言う。
そしてからかうようにグララと笑った。
「珍しいな、アン、おめぇの鼻でも見つけられねぇのか」
「酔ってるからね」
「アホンダラァ、酔っ払いは自分で酔ったなんざ言わねぇモンだ」
そうっすよ、隊長飲みましょうと白ひげの右足の後ろに隠れていた隊員が赤い顔をへらへら緩ませて声をかけた。
「マルコ見つけたらね」
「なんだアン、マルコに用でもあるのか」
「そういうわけでもないんだけど」
アンの返答に赤ら顔の隊員は首をかしげたが、白ひげはまたグララと笑うだけだった。
「この船の上でひとりで呑める場所なんてそう多くはねぇ。その辺にいるだろうよ」
白ひげのそのアドバイスを頼りに、アンはまた歩き出した。
ひとりで呑める場所。
モビーの上にはイゾウがいた。マルコの部屋にはいなかった。
食堂、会議室、風呂…呑もうと思えば呑める場所だが、殺風景な食堂や会議室でマルコが一人呑んでいるとは考えにくいし、能力者が水につかって酒を飲むなど自殺行為だ。
マルコはそんなにバカじゃない。
ふと、視界の少し上あたり、船の最前部にあるフォアマストの向こう側の夜空で星が流れた。
空気の澄んだ冬島の海域では、目を瞠るほど美しい星空も風物詩のひとつだ。
流れ星など別段珍しいものではないが、それでもアンの心は少しふわりと浮かんだ。
今日は天気もいい。
星は玩具箱からぶちまかされたおもちゃのように無秩序に、そして余すことなく夜空に散らばっている。
光は遠かったり近かったりして、しかしどれもかわらずまばゆい。
アンはつい立ち止まって上を見上げ、思わずあ、と呟いた。
マルコの居場所に思い当った。
メインマストの最上部、見張り台の上。
ぎっ、ぎっ、とロープを鳴らして上っていく。
もはや確信に近い気持ちがアンにじれったささえ感じさせた。
ロープ梯子の最後の段に手をかけて、ひょこりと顔を覗かせる。
見張り台の中では、付きだしたメインマストに背をもたれさせて気だるげにグラスをかたげるマルコがいた。
アンは悪戯に成功したかのような顔でにやりと笑った。
「──見つけた」
「見つかったよい」
登ってきているのがアンだと、きっと疑いもしなかったのだろう。
マルコは当然のようにアンを迎え入れた。
といっても座ったまま、アンがとんと軽く見張り台の中に乗り込んでくるのを眺めているだけだ。
アンはためらいなくすとんとマルコの隣に腰を下ろした。
「見張りの奴は?」
「オレが代わるっつって降りさせた」
マルコはそう言いながら、アンにグラスを差し出す。
これマルコのじゃんと言うと、オレはここから呑むからと瓶を掲げた。
「邪魔した?」
「いいや」
構わねぇ、とマルコは静かに言った。
しばらくの間、ふたりは黙ったまま酒を飲んだ。
マルコが持っていた酒にアンがひとくち口をつけると、ぴりっと舌がしびれるほど辛い酒だった。
アンが好んで飲む種類の味ではないけれど、目が覚めてちょうどいいやとかまわず一口流し込む。
途端にぼっと目のあたりが熱くなった。
「いい…宴だったかい」
「うん」
アンは迷わず頷いた。
マルコも満足そうに瓶に口をつける。
年が明けてアンの誕生日を迎えてからここ三日、毎晩宴が続いている。
どれだけ新年を祝っても祝っても、祝いきれないのだ。
新しい年を迎えて、今を生きていることを喜ぶ気持ちは誰も抑えきれない。
初っ端がアンの誕生日パーティーだったこともあいまって、今や下火ではあるとはいえ未だ誰も宴の火を消火できていない。
「昨年も…思ったけどさ」
「ん」
「誕生日とか…新年とか…祝ってさ、みんなでお酒飲んで」
マルコは黙って先を促した。
「こんな楽しいこといっぺんに来ちゃっていいのかなって、おもう…」
もったいない、と呟いたアンに、思わずマルコは笑った。
「小分けにして来いってか」
「…それもなんか微妙だな」
ぎゅ、と顔をしかめて真剣に考えだしたらしいアンは、そもそもなんであたしの誕生日はこの日なんだ、と言っても仕方ないことを呟いている。
マルコにとっては、誕生日なんて関係ないほっとけー!と叫んでいた一年前が少し懐かしい。
考えても仕方ないと悟ったのか、アンはかくんと首を後ろにそらせて頭をマストに預けた。
そうするとちょうど視界は星空でいっぱいになるのだ。
「すごいよ、星」
「ああ、すげぇ数だよい」
「きれいだとおもう?」
「こんなにいっぱいあるとな」
苦笑するようにマルコはそう言った。
「眩しいもんね」
「あぁ」
「あたしは…きれいだとおもうけど」
「お前がそう思うなら、そうなんだろうよい」
投げやりにも聞こえそうなほどぽんと放たれたその言葉が、嬉しくてアンは俯いた。
マルコの言葉は、アンのすべてを許してくれる。
また新しい一年が始まったのだとアンはマルコに寄り添いながら思った。
ちらほらと白い埃のような軽い粒が曇天から降ってきた。
甲板に人気はない。
マルコは船べりに両肘を預けて細い煙草を吸った。
すうっとたよりない煙が空に昇って背景の灰色に混じる。
その景色がよりいっそう気温を寒く感じさせた。
背後で扉の開く音がする。
見なくてもわかる。
そいつは寒い寒いと腕をさすり手のひらをこすり合わせながらマルコに近づき、その隣に同じようにもたれかかった。
「お前も追い出されたクチか、マルコさんよ」
「そういうお前もだろい、サッチ」
「今日はしょうがねぇ」
「ああしょうがねぇ」
そう、クリスマスだから。
そう言って、マルコもサッチも微妙な顔つきでただぼんやりと海を眺めるしかない。
分厚い深緑のコートを羽織ったサッチは、襟元を片手で寄せ集めるようにして掴み外気を遮る。
そうすると幾分温かいような気がするのだ。
白ひげ海賊団にクリスマスと言う祝い事が持ち込まれたのはいつのころからだろう。
少なくとも、マルコとサッチがまだ今のアンの歳の時にはすでに定着した行事だった気がする。
もとは西の海に伝わる宗教的要素の強い祭りらしいが、詳しいことは誰も知らない。
ただ、クリスマスと名付けられたこの日は、すべてのクルーに無礼講が許される唯一の日だ。
いつもの宴の比ではない。
酒は飲み放題服は脱ぎ放題、海には飛び込む喧嘩も始まるで大喧騒の渦の中となるのだ。
無礼講と言うだけあって、隊長たちへの無体もこの日は許されるので、たった一晩だけこの船の上の秩序は崩壊する。
白ひげもナースが止めないのをいいことに飲み続けるため、次の日は部屋から出られなく(正確には出してもらえなく)なるのだが。
そんなしっちゃかめっちゃかな日であるため、このクリスマスとやらが西の海に伝わる聖人君子の誕生日だと知ったときにはマルコもサッチもそれは驚いた。
自分たちは見ず知らずの個人の誕生日をわけもわからず祝っていたのかと。
──すぐにそんな謂れなどどうでもよくなるのだが。
そして白ひげ海賊団のクリスマスはそれだけでは終わらない。
各隊の隊員たちから愛し敬う隊長たちにプレゼントが用意される。
それはめったに手に入らない銘酒だったり、欲しがっていた武器だったり、はたまた手の込んだお手製だったりと隊によって多種多様だ。
「オレァ去年アレだったな。土鍋」
「ドナベ?あぁ。あの妙な形の鍋かい」
「ワノ国の鍋らしくってさ、熱の伝わりすっげぇいいの!保温もできるし」
今年はなんだろナー、と水平線に視線を投げかけるサッチの声は、言うまでもなく弾んでいる。
隊員たちがそうであるように、隊長だってクルーが可愛くて仕方ないのだ。
そんな彼らからもらうプレゼントを楽しみにせずじっとしていろと言う方が土台無理な話だ。
「マルコは去年なんだったっけ」
「…羽ペン」
一年前のちょうど今日を思い出したのか、マルコは少し顔をしかめた。
サッチがけたけた笑い出す。
「そうそう、そうだったな、アレだろ『不死鳥の羽ペン』」
一番隊のクルーたちは、愛する隊長に彼自身の羽を用いて作った羽ペンをプレゼントした。
マルコが変化する時を見計らい、落ちた数少ない羽根の中から形のしっかりしたものを選りすぐったらしい。
その時のマルコの顔と言ったら。
「おっ、ここにもはじかれモンが二人」
背後から聞こえた声に振り返ると、ハルタとラクヨウがちょうど船室から出てきたところだった。
ふたりとも寒そうに、分厚いコートを着込んでいる。
ハルタはマフラーに耳あて、手袋の完全防寒だ。
小さな顔はすっぽり薄黄色のマフラーに埋もれていて、そこから大きな眼だけがきょろっと覗いている。
「食堂は使うなって言ったのに…」
ハルタが不満げに口を尖らせるが、今日は仕方ねぇよとサッチが宥めた。
食堂は今や12番隊と15番隊のプレゼント製作所と化しているらしく、当然隊長たちは立ち入り禁止だ。
どうやらその二隊のプレゼントは彼らのお手製であるらしい。
「サッチとマルコは何で外に出てんの?」
ハルタの問いに、あー、と二人同時に不明瞭な声を発する。
「オレんとこの奴らも自分たちの大部屋でなんかやってるらしくてよい、俺が近くをうろうろしてっとばったり出くわしてネタがばれると困るからどっか行ってろだとよい」
「オレらんとこも似たようなもんだぜー。部屋で大人しくしてろ大部屋には近づくなっつって」
ハハ、と乾いた苦笑いがみんなを包む。
いつの間にか甲板にはほかの隊長たちもちらほらと姿を見せだしていた。
みんな考えることは同じだ。
クリスマス前はオヤジの計らいで仕事が減る。
もちろんそのために前一週間は仕事の量は殺人的に増えるのだが、ともかくクリスマスとその前日に仕事のない隊長たちは暇を持て余して、なんとなく海でも見るかと言う気になるのだ。
「そーいやうちの仔猫ちゃんは?」
「缶詰めんなってるよい。明日ァオフだから今日のうちにやれるだけやっとけっつったら珍しく張り切ってたよい」
「そりゃまた珍しい」
いつの間にかサッチの隣で煙管を口に咥えたイゾウが、首の後ろの後れ毛を指先で撫でつける。
「二番隊も張り切ってんだろなあ、アンにとっちゃ初めてのクリスマスだろ」
「…あぁ、」
いまいち煮え切らない返答をしたマルコに、サッチがんん?と言葉を促す。
マルコは口の中で言葉を転がすように言い淀んで、首の後ろを荒く擦ってから口を開いた。
「…つーかアイツ、多分クリスマス知らねぇよい」
「は?」
特に大きくもないマルコの声に、それでも甲板にいた全員が振り返った。
「おいおいまじかよ、つーかお前そんとき教えてやれよ」
「でけぇ宴がある、っつったよい」
「伝わらねぇ!それじゃたいしていつもとかわんねぇ!」
「そうじゃなくてもっと他にいろいろあんだろ!プレゼントもらえるとか」
ぎゃあぎゃあと飛び出した非難に、マルコはふんと顔を背けた。
「当日んなりゃわかるだろい」
「…まっ、おれらもクリスマスっつって正直、よくわかってねぇしな」
「そういう祭りの日に乗っかってるだけだしな」
「つーかなんでクリスマスにプレゼントやったりもらったりすんのかも知らねぇな」
確かに、と全員が口をつぐんだ。
今や甲板に集まる隊長たちはアン以外全員だ。
「…そういやどっかで聞いたんだが」
本で読んだんだったか?と口を開いたのはジョズだ。
随分と昔読んだ西の海の古い本。
そこに記された西の海のとある冬島ではクリスマスの夜、全身真っ赤な装束を着てたっぷりとひげをはやしたサンタクロースという名の老人がこれまた真っ赤な乗り物に乗り空を駆け、夜な夜な寝ている子供の靴下の中にプレゼントを突っ込んでいくという事件が多発していたらしい。
「…んだそれ、怖ァッ!」
「なに、クリスマスってんな物騒な日の祭りだったのか!?」
「珍妙なことするジジイがいたもんだ」
さまざまな感想が飛び交うが、ともかくクリスマスプレゼントの謂れはそう言うものらしい。
「つーかその話だと、プレゼントもらうのは子供だけらしいな…」
「…そういや、」
「そうとなるとプレゼントもらえんのはアンだけってことか」
「ハルタもいけんじゃね」
「おれは大人だ!!」
「じゃあクリスマスはアンのための日だったのか」
「アンがプレゼントもらう日ってことか」
「いい日だな」
「ああいい日だ」
「──じゃあ、オレらどうする?」
寒空の下で頭を向き合わせた15人の男たちは、そろってにいと口角を上げた。
*
25日その日の朝、二番隊の部屋が並ぶ廊下に、ほあああーー!!と絶叫ならぬ歓声が響き渡った。
「隊長!?」
時刻はまだそう遅くない、おそらく7時ごろ。
乱れいって寝ていた隊員たちは自身の布団をはねのけて慌ててアンの部屋へと駆けつけた。
そして躊躇なくドアを開け、数人が中に飛び込んだ。
後ろからはぞくぞくと二番隊隊員が走ってくる。
中は相変わらず飾りっ気のない部屋。
毛布は床の上へ落ちている。
ベッドの上にアンがいた。
ぺたんとそこに座り込んで、両手に包んだ手の中のものを食い入るように見つめている。
隊員のひとりが、おそるおそるアンに歩み寄り口を開いた。
「…隊長?」
「さんたくろーす!」
「は?」
「サンタクロース来た!」
隊員たちがその言葉に目を丸めると、アンは彼らの前にずいと手の中のものを見せつけるように突き出した。
緑色の、アンの手に収まってしまうような小さな箱。
赤いリボンがかかっていた。
「こりゃあ…?」
「さっき起きたら!ここに!」
そう言いアンは枕元を指差した。
隊員全員がアンの導くままそこへ視線を移し、また同時にアンへと戻す。
「すごい!イゾウの言ってたとおりだ!」
アンは小さな箱を胸に抱くように抱え直して、にかりと笑った。
こんなサプライズ聞いてないぞ、なんだイゾウ隊長の言ってたことって、とこそこそ言い合っていた隊員たちもその笑顔に思わずつられてにへりとだらしなく頬を緩めてしまう。
「なに入ってたんすか?」
ひとりの隊員がそう言うと、アンは思い出したようにぽんとベッドを打った。
「まだ開けてない」
かくっと拍子抜けした隊員たちにへへっと笑い、アンは箱のリボンに手をかけた。
昨日の晩、ふらりとアンの部屋にやってきたイゾウの言っていたことを思い出す。
サンタクロースと言うなんとも素敵な存在。
枕元にプレゼントを置いて行ってくれる、だから今日は早く寝ろと言ってイゾウはアンを寝かしつけた。
いつもは隊員が起こしに来るまで深く深く眠っているアンも、そのせいで朝早く起きてこのプレゼントを見つけたわけで──
アンは緑色の箱のふたをそっと持ち上げた。
「…なにこれ」
中にはぺらりと一枚の紙切れ。
欲しいものと言ったらおいしいもの、ごはん、肉、としか連想できずに自然と食べ物が入っているはずだと思い込んでいたアンは、箱の中に入っていた薄っぺらい一枚を覗き込んで目を細めた。
「…これだけ?」
いつのまにか隊員たちもアンと一緒に箱の中を覗き込んでいる。
よくよく考えてみれば、アンの手のひらに収まるサイズの箱の中にアンが望むような食べ物が入っているとは考えにくい。
アンは見るからにがっかりした顔で肩を落とした。
「…食えないじゃん」
何考えてるんだサンタクロースは、と呟いたアンをとりなすように周りの隊員が口を開いた。
「で、その紙切れなんなんすか?」
「ああ、紙…」
気乗りしない顔でアンが紙をとりだす。
四つ折りにされたそれを広げると、変わった字体で文字が並んでいた。
確かどこかで見たことがある。『フデ』というペンで書いた文字だ。
真っ黒の文字が光っている。
【空に一番近く】
「…そら?」
「どういうことっすか」
「…知んないよ」
「なんだ、空に一番近いって」
「場所の話?」
「空に一番近いっつったら…メインマストじゃね?」
「ああ、見張り台?」
アンはぽんと膝を打った。
「お前ら頭いいな!!」
褒められた隊員たちはそろいもそろって頬を赤らめて頭をかいた。
アンはその場にすっくと立ち上がる。
「ありがとう!行ってみる!わけわかんないけど!」
裸足の脚をベッドに下したアンは、サイドテーブルからひったくるようにいつものテンガロンハットを手に取りブーツに足を突っ込んだ。
隊員たちが慌てて道を開けると、今やアンの部屋に群がるようにして集まっていた隊員たちの間を擦り抜けるようにして一目散にメインマストへと駆けて行った。
「…なんだったんだ、あれ」
「さあ…でもあれ」
「…イゾウ隊長の字だよな…」
*
とりあえず上った。メインマストに上った。
ちらほらと舞い落ちてくる雪は昨日からだが、どれも埃のような小さなものなので船に積もりはしない。
冬島を通るたびに雪が積もるのを心待ちにしていたアンにとってそれは残念だが、今はそれどころではない。
「…で?」
上ったはいいものの、それからどうすればいいんだろう。
「空に、一番近い…」
アンはひっくりかえりそうなほど顔をのけぞらせて空を仰いだ。
一面灰色の空には、確かにこの場所が一番近そうだ。
アンは空を見上げたまま首をひねって考えた。
と、つい足元がおぼつかなくなって後ろによろけた。
「…っと、」
後ろに足を出して体を支えたその時、ぐしゃっと足元で嫌な音がして足の裏からなにか四角い感触がした。
慌てて視線を下ろし足を上げると、そこには先程枕もとで見つけたものと同じ色形の小さなプレゼント箱。
「うあああっ、踏ん、踏んじゃった…!」
思わずひとり叫んで慌てて足元のそれを拾い上げた。
無残にも、四角い角の一角がアンのかかとによって踏みつぶされている。
空に近いというから、上ばかり見ていて足元は気にしていなかったのだ。
(…誰のだろ、これ、どうしよ…)
不恰好につぶれてしまったプレゼントを手に、アンは右往左往した。
手の中でリボンは外れかかり、箱も浮いてしまっている。
アンは手の中のそれをしばらく見つめて、ついそっと開けてしまった。
アンのではないかもしれないが、もしかしたらそうかもしれないし、何より中身が気になった。
中にはまた、一枚の紙切れ。
確信した。これはあたしへのだ。
【海に一番近い】
「…次は海ぃ?」
先程とは異なる字体で書かれている言葉はまた謎めいている。
アンは今度こそ首をひねった。
またどこかへアンを導こうと言うのだろうか。
(…とりあえず、海か…)
海に一番近いなら、船べりや船の端ということかもしれない。
アンは帽子をかぶり直し、手の中の紙とりあえずポケットに突っ込んだ。
アンは見張り台の手すりに足をかけ、とんと蹴ってそこから一気に落下した。
*
海、海、と呟きながらアンは船を縁取るように歩き回った。
視線はずっと足元に固定したままだ。
きっとまた、あの緑色の箱が落ちているはずだ。
モビーは広い。
船を一周しようとともなると、歩けば数十分はかかってしまう。
それでもアンは丁寧に、足元に視線を据えて船べりに沿って歩き続けた。
しかしあの箱は、アンが船を2周しても見つからない。
(おっかしいな…海に一番近いって、もしかしてここじゃない?)
元来考えるのも考え直すのも得意ではないアンは、すでに行き詰まってしまった。
もしかして船の外側か?そのほうが確かに海には近い、とアンが船の外壁を覗き込もうと半身を外に出したその時、うしろから穏やかな声が危ないですよとアンを止めた。
航海士の一人だ。手にいくつかの資料を持っている。
「どうかされました?」
「いやあ、それがさ」
こういうわけでとアンは事情を説明した。
朝プレゼントを見つけたところからメインマストに上り今に至るところまで、説明が苦手なアンの話は行きつ戻りつしたが、航海士は丁寧に相槌を打ちながら最後まで聞いてくれた。
最後に航海士はふむと眼鏡のふちを持ち上げた。
「『空に一番近い』が上なら、『海に一番近い』が下、ということはないですか?」
「下?」
「船の一番上がメインマスト、船の一番下は」
「船底?」
「…に一番近い、」
「操縦室か!」
航海士はにっこりと笑った。
「行ってみる!ありがと!」
航海士に礼を言ったアンの脚は既に駆け出している。
背中ではテンガロンがぴょこぴょこ跳ねていた。
おかげで、航海士のメリークリスマスと言う言葉をアンは聞き損ねた。
*
だかだかブーツを鳴らして、何段もの階段を転げ落ちるように駆け下りた。
謎解きは苦手だが冒険は好きだ。
その気持ちが無性にアンをわくわくさせた。
操縦室の扉をバンと開くと、中にいたどこかの隊の若い下っ端隊員がびくりと肩をすくめた。
「あ、アン隊長!?」
「よっ!なあプレゼント知らない!?」
開口一番そう言ったアンに、隊員は目を白黒させた。
「プ、プレゼントですか?」
「そう、こんくらいの大きさで、緑色の箱で、赤いリボンがかかってる…」
「ああ、それなら朝からそこに」
そう言って隊員が指さした先にはひとつの古い舵輪。
そしてそこには赤いリボンで、お目当ての箱がぶらさがっていた。
「これ!」
アンは即座に駆け寄り、舵輪を動かさないようそっとプレゼントを取り外した。
操舵は船長をしていた昔も、勿論今もアンにとっては無縁なものだったのでそのしくみはよくわからない。
わからないなら弄らないのが一番だ。
アンは舵輪から少し離れて、しかしその場でプレゼントを紐解いた。
隊員が舵輪片手に遠目にアンを見ている。
もう驚きはしない、中にはやはり一枚の紙切れだ。
【白い頭の上】
またどこかに近い、と言われたらどうしようかと思っていたアンだが、今度の言葉にもすぐにはてなマークが浮かんだ。
「…白い頭?」
いの一番に思い浮かんだのは白ひげの顔だ。
白と言われれば条件反射で彼の人の顔を思い出す。
(たしかにオヤジは(髭が)白いし…、頭の上にも登ろうと思えば登れると思うけど…、いやでもあそこにプレゼントは…)
頭をひねってひねって答えの見つからないアンは、今度も助けを求めることにした。
「なあ、白い頭の上ってどこだと思う?」
「えっ!?白?」
突然話を振られた隊員は、驚いたのか舵輪から手を離してしまいガラガラ音を立てて舵輪が勝手に回った。
うわあと慌てて舵輪を掴み直す。
アンが苦笑すると、隊員は心底恥ずかしそうに俯いた。
「…オヤジ…ですかね」
「だよなあ、やっぱそう思うよなあ」
うんうんしょうがない、としたり顔で頷いたものの、しかしそれでは話が進まない。
「でもそうじゃないっぽくってさ、どっか場所の話なんだけど」
「場所…ですか…」
「そう、空に近い場所がメインマストで、海に近い場所がここ。で、次が白い頭の上ってわけなんだけど」
隊員はしっかりと舵輪を握りしめたまま、少し考えるように目線を上にあげた。
「…それじゃあ、この船のどこかに白い場所があるってことですよね」
「ん?おお、そう、そうなるな」
白い場所…と隊員とアンは同時に呟いた。
そしてほぼ同時に、二人の頭上で豆電球がピカリと光る。
「モビーの頭!」
一緒に叫んだ二人は、しばらく顔を見合わせて静止し、それから小さく笑った。
「仕事邪魔してごめん!助かったありがと!」
「いえ、俺は」
「ナミュールにあんたが一生懸命働いてたって言っとくから!じゃ!」
つむじ風のように来たときと同じくどたばた去って行ったアンの背中を見送って、隊員はやはり照れて俯いた。
初めてアンと話したこと、アンが自分の隊をわかっていたこと、ありがとうと言われたこと、もうどれが嬉しいのかわからない。
*
アンは今度も一目散に船首へとむかった。
広い甲板を突っ切るアンを、何人もの隊員が不思議そうに目で追っている。
ようやく船首に辿りついたアンは、よじのぼるようにして白く広いモビーの頭の上へと出た。
雪景色よりも白い、本当の白。
広いその上にはただ白が広がるだけでアンの目当てのものは何もなく――
と思ったところで、ふと一点にアンの目が留まった。
モビーの口に近い、本当に本当に船の先。
そこにひとつだけシミのように、緑色の箱が置いてあった。
目を輝かせて近づきそれを拾い上げたアンは、今度も迷わずプレゼントを紐解く。
船は波に合わせて大きく揺れ、プレゼントもろともアンも転げ落ちてしまいそうだが今はそんなことに構っていられない。
箱の中からまた、紙切れを取り出した。
【ごちそうの匂いと】
「ごちそう!」
黄色い声を上げたが、ごちそうという単語に反応してしまっただけで特に意味はない。
アンは箱を手に握ったまま、じっと紙切れを睨む勢いで見つめる。
ごちそう、の匂い、がする場所。
ひとつしかないじゃないか。
今度こそ一人でひらめいたアンは、「危ないっすよー!」と甲板から声をかけてくるクルーに「もう降りる!」と叫び返して、甲板に降りたその足でそのまま食堂へと駆けだした。
*
「はこぉ!」
目的の単語を叫びながら、まるで道場破りのように食堂の大きな扉を開けた。
中にはアンが想像していた以上の数の人がいる。
彼らは食堂の扉が開くと、びくりと身をすくめて一斉に扉の方に首を回したが、現れたのがアンだと分かると納得顔で力を抜いた。
アンがここに来ることをわかっていたという顔だ。
「はこっ、なあ、はこっ」
とりあえず近くにいた隊員に唐突にそう言ってみると、その隊員は苦笑いで黙ったまま厨房のほうを指さした。
(そうか、ごちそうのにおいは、厨房!)
アンはテーブルと人の間をくぐって食堂と厨房を仕切るカウンターへと身を乗り出した。
今夜は宴と言うだけあって、厨房の中は午前中の今も忙しげに多くのコックが働いている。
おおーいと呼びかけると、でっぷりとした貫禄のあるコック長が顔を覗かせた。
「お、アン来たな」
「プレゼント知らない!?」
「あれだろう、緑の…」
「それ!ちょうだい!」
「預かってるぜ」
コック長は、アンのあずかり知らぬ厨房の棚の下からアンが思い描く箱を取り出した。
ほいと渡されて、アンは嬉々として受け取るがそれと同時に首をひねった。
「…預かってるって、誰から?」
そういえばこの箱はいつもいつも、誰がどうしてアンのためにいろんな場所に置いたんだろう。
そんな疑問も同時にコック長に尋ねると、彼はいろいろ詰まっていそうな腹を撫でながらにやりと笑う。
「お前さんのサンタクロースたちからさ」
「…たち?」
「まあ開けちゃあどうだ」
コック長に促され、アンは思い出したようにリボンをほどいた。
コック長はカウンターに太い腕をついてそれを眺めている。
アンは箱の中の紙を取り出し、コック長にも見えるようカウンターにそれを広げた。
【大きな扉の】
「扉…?」
首をかしげるアンと一緒に、コック長も目を眇めて肉のついた顎をさする。
しかしアンは、今までこの謎解きを繰り返してきたときよりもすぐに、誰にヒントをもらうこともせずひらめいた。
この船の中で、食堂よりも大きな二枚扉。
「オヤジの部屋だ!」
コック長はほおと口を縦に伸ばし、感心した顔でアンを眺めた。
「成程、確かにあれが一番でけぇ扉だ」
「行ってくる!」
即座に踵を返し走り出そうとしたアンだが、それより早く背後から太い腕がにゅっと伸びてきてアンの首根っこをがっしり掴んだ。
捉えられた猫状態のアンは目をぱちくりさせてから、じれったそうに振り返る。
「なに?」
「まあ待て、いいモン持ってきてやるから」
そう言うとコック長はアンを離して喧騒の渦の中、厨房へと戻っていく。
大きな銀色の冷蔵庫の中を覗いていたかと思うと、そこから長方形の小さな箱を取り出した。
小さく見えるのは彼の分厚い片手のひらにちょこんと乗っているからで、実際近くで見てみるとアンの両手のひらにわたるほどの長さがある。
手を出せと言われて言われるままに差し出すと、アンの手のひらに、その紙箱はぽんと乗せられた。
ひんやりと冷気が手のひらに伝わる。
アンはくんっと鼻を一つ鳴らしてその中身に思い当り、すぐさま箱を開いた。
「ケーキ!ロールケーキ!」
茶色い生地に白い粉砂糖がかかったそれを、アンは覗き込みながら黄色い歓声を上げた。
コック長の大きな丸い顔も満足げに柔らかい笑みを浮かべる。
「ありがと!これ今日のおやつ!?ひとりいっこ?」
そう叫んでから、はたと動きを止めたアンはぺたりとお腹に手を当てた。
「…そう言えば今日朝ご飯も何も食べてない…」
「ハハッ、一生懸命宝探しでもしてたのか」
ちゃんととってある、とコック長はカウンターの脇から大きな皿をアンの目の前に引きずり出した。
こんもりとアン専用の食事が盛られている。
「んん、ん~、食べたい、けど、先にこっち済ましてくる!」
ぴっとコック長の目の前に謎解きのメッセージが記された紙切れを突き出した。
そして、残しといて!と言い置いて、今度こそアンは背中のテンガロンをひるがえして駆けていった。
手にはしっかりとケーキの箱を抱えている。
中身が振動で跳ねてしまわないよう、頭の上に掲げながら器用に走っていく後ろ姿を、アンのためにクリスマスケーキを締まりのない顔で作ったコックたちは満足げな顔で見送っていた。
*
「オッヤジッ!」
ノックもそこそこに、大きな扉に飛びつくようにして開けた。
まだベッドの上に腰かけたままの白ひげは、アンの登場に驚いたふうもなく細い目をさらに細めた。
「おはよっ、オヤジッ、オヤジッ」
ぴょんと大きなベッドの飛び乗ると、もらったケーキはサイドテーブルに置いてアンはよじ登るようにして大きな膝の上に乗りあがる。
興奮した様子のアンを、白ひげは始終楽しげに見下ろしていた。
「なんだアン、朝からちょこまかしてるらしいじゃねぇか」
「ちょこまかってか、オヤジッ、緑の箱、なんかよくわかんないけど誰かからあたしにって預かってない!?」
「ああん?さァな、どうだったかなァ…」
「ちょ、絶対知ってるじゃん!」
それちょーだい!と地団駄を踏む勢いでアンが叫ぶと、白ひげは身体を揺らしてあの特徴的な笑い声をあげた。
そしてひょいと手を伸ばし、ベッドサイドにおいてある大きな引き出しの中からアンのお目当てのそれを取り出した。
白ひげの指の先に乗ってしまうその箱はあまりに小さい。
白ひげは箱をつぶさないよう、そっとそれをアンの顔の前に差し出した。
コレー!と叫びながらも丁寧に、アンは箱を受け取った。
「随分熱心に宝探ししてるみてぇじゃねぇか」
「だってもうここまで来たら気になるし!」
そう、それにここまで辿って来たならゴールにはサンタクロースがいるかもしれない。
それがアンの目的だったのだ。
「オヤジがこれ預かってるってことは、サンタクロースがどんな奴か知ってんだよねえ!?」
「んん?あぁ、知ってる知ってる、オレァよく知ってるぜ」
グララと笑い声を上げる白ひげはアンと同じくらいどこか楽しそうで。
しかしそれに対して「やっぱり!」と期待を込めて白ひげを見上げるアンは、白ひげのからかうような声に気付かない。
「おめぇのサンタクロースたちぁな、どうやらお前が可愛くて仕方ねぇらしい。アンの初めてのクリスマスを成功させてやりてぇんだとよ」
「クリ…スマスってイゾウにもちらっと聞いたけど、よくわかんない。そんなにいい日なの?」
「あぁ、いい日だ。お前のためみてぇなもんだ」
なんたって子供のための日だからな、と白ひげが呟くとアンは見るからにふくれた。
「あたしだけ子ども扱いだから、サンタクロースはあたしんとこにだけコレ
持ってきたわけ!?」
なんだそれふざけんな!と先ほどとは打って変わって怒り出したアンに、白ひげはアホンダラァと頭を小突く。
「オレから見りゃあお前も他の野郎どももみんな、ガキにしか見えねぇよ」
そう言って、大きな掌がぐしゃぐしゃとアンの頭をかきまわす。
その衝撃を受けとめながら、アンはどことなくほっこりした気分でたしかに、と呟いた。
「そう、コック長にケーキもらったんだ!これ、オヤジも食べる?」
あ、ナースのねえちゃんに怒られるかな、と呟きながら自分は素手でつかみあげたロールケーキのかけらをぽいと口に放り込んでいる。
「うまーい!!」
「んなことよりアン。おめぇお目当てだったそれは開けなくていいのか?」
「あ」
忘れてた、とアンはぺろりと指の砂糖をなめてから、慌てて小さな箱のリボンをほどいていった。
そろそろゴールが近いにおいがする。
もしかしたらオヤジがゴールかな、とちらりと思った。
それはそれで嬉しいが、オヤジがそんな持って回ったことをするだろうかと考えるとうーんというところだ。
箱の中には紙切れが入っている。
そう思い込んでいたアンは特に何の疑いもなく、箱を持った方と逆の手に向かって箱を傾けた。
ひらりと落ちたのは、青い羽根。
「これ…」
ひときわ大きな笑い声が、船長室を満たした。
「どうやらサンタの奴も、正体あらわしやがったみてぇだなァ!」
見慣れた色合いのそれは、ふわりとアンの手のひらを撫でた。
*
ノックしないのはいつものこと。
アンはそうっと伺い見るようにマルコの部屋を覗いた。
目的の姿は見えない。
「マルコー…?」
思わず声がこわごわとしたふうに響いてしまった。
まだ驚きや、今の展開を頭が処理しきれていないのだ。
今までの謎解きのようなモビー内大冒険がまさかマルコの仕業だったなんて。
いや、コック長やオヤジのセリフからわかっている。
マルコだけじゃない、きっとジョズもサッチもみんなみんな、あのおっさんたちの仕業だ。
「…マルコー、いない?」
部屋の中に入って辺りを見渡し、後ろ手でドアを閉めたそのとき、突然頭に何かがすっぽりと覆いかぶさり同時に視界が真っ暗になった。
ぎゃ、とアンは小さく叫んだ。
「なっ、なに!?」
「メリークリスマスだよい」
頭にかぶさったのはどうやら帽子らしい。
慌てて外してみると、赤い生地に白いファーが縁どられた派手な帽子だ。
キッと振り返ると、マルコがにやりと笑って存外近くに立っていた。
「なにはっちゃけたことしてんの!気配隠すのはずるい!」
「いつまでたってもオレの気配を読めねぇお前が悪い」
痛いところを突かれて、う、とアンは押し黙った。
マルコはそれでもくつくつ笑っている。
「…なんなのさ、今日は…」
「楽しかっただろい」
「…うん」
素直に頷いてしまうのがアンのいいような困るようなところだ。
「…なにこの帽子」
「どっかの隊の野郎がふざけて持ってた奴を借りたんだよい。サンタクロースってのはどうやらこういうのをかぶってるらしい」
「…じゃあかぶんのはあたしじゃなくてマルコじゃん…」
「さっきまでオレがかぶってたけどお前に譲ってやるんだよい」
「…うそつけ」
そう言いながら、アンはきょろきょろあたりを見渡した。
「他の…サッチとか、ビスタとか隊長たちは?あのおっさんたちも噛んでんだろ」
「ああ、特にサッチとイゾウあたりが張り切ってたな。ここにはいねぇよい」
「ここもうゴールだよね?」
なんで、と言いたげなアンに、マルコはもう一度赤い帽子をかぶせながら言った。
「一番いいとこはオレに譲ってくれるってよい。これじゃ返しが高くつくがな」
マルコはしっかりとアンに帽子をかぶせると、プレゼントには満足したかよいと尋ねた。
「…まさか今までのアレがプレゼント?」
「みてぇなモンだ。宝探し、楽しかったんだろい」
「まぁ…」
「なんだ、不満かよい」
「だってあれはサッチとか、隊長たちがやってくれたんでしょ。あんな楽しいことマルコが思いつくわけない」
「…テメェ」
「マルコからはないの?」
一拍の間だけきょとんとアンを見下ろしたマルコは、欲張りなやつだと笑った。
「マルコ飛んで。あたし乗せて」
「サンタにでもなるつもりかい」
「! いいねそれ」
あたしサンタ!とアンは高らかに宣言する。
マルコはその隙にアンからキスをかっさらうと、呆気にとられるアンを抱き上げ部屋の窓から飛び出した。
I'm Santa, the present is kiss, and you.
◆ホスト・兄妹パロ
アンちゃん高2、マルコ若干若め(30前半)
アンちゃんが物心ついたときから一緒に住んでるゆえにアンちゃんはマルコがホンモンの兄ちゃんだと思ってる。
マルコは自分がアンちゃんくらいの年の時に赤ん坊のアンちゃんと出会って、ある事情によりアンちゃんと兄妹として生きることになる。
その『ある事情』を掘り下げてみた。
①オヤジマルコアンちゃん三人家族からの二人暮らし
原作に沿って、アンちゃんは犯罪者の子供(ロジャー的な意味で)。
マルコは親なし浮浪児童だったとこをオヤジに拾われてなんとか育った(ここ鉄板)
親父は別にオエライサンではなく普通のオヤジ。居酒屋の店主とかでもいい。
そんでオヤジはロジャーとは旧友かつ悪友で、ロジャーが世間的に犯罪者としてみなされる直前にアンちゃんを押し付けられる。
ここで「オレの娘を頼んだぜ」なわけですね。
本来頼まれるのはガープだけど、ガープはまた別でルフィと楽しく暮らしてたらいいなというそんな妄想。
ちなみにアンちゃんの母ちゃんルージュはやっぱり死んじゃってるか、生きてるけどロジャーの件が絡んでてアンちゃんに会いに行けない状態だとか。
アンちゃんが育ってマルコと二人暮らしの時にふらっと現れたりするかもしれない。
で、マルコとオヤジが二人で暮らしているところにポンと赤ん坊のアンちゃんが放りこまれるわけです。
「なんだよいこりゃあ」なマルコと「グララララ」なオヤジ。
奇妙な3人家族の出来上がり。
でもこのときマルコが17だとして、その5年後のマルコ22くらいのときにオヤジの身体の調子がちょっと悪くなりだして、オヤジが療養生活に入る。
今までマルコはちょいちょいバイトしながら生活支えて夜はオヤジの店を手伝ったりしてたんだけど、オヤジの治療費やらなんやらもかかるしまだ5ちゃいなアンちゃんもいるしでがっぽり稼ぐ方法を考え、ホストへと行きつく。
オヤジは今まで築きあげた人脈により世話を焼いてくれる人がたくさんいるから、その人にアンちゃんとオヤジを任せて若マルコは夜の街へ繰り出すのです。
アンちゃん、大事なおにいちゃんが夜おうちにいなくて寂しい。
そんでさらに5年後、アンちゃん10歳のときマルコはホストにて生計が立てられる状態にまでなる。
よってオヤジの負担を減らすため、アンちゃん連れてオヤジ宅を出る。
オヤジ宅から電車で二駅辺りですかね。とても近い。
(アンちゃんの)顔見せに頻繁に通います。
10歳のアンちゃんは飲み屋で育った甲斐あり料理はできる。
ゆえに「にいちゃん夜はいないけどメシはできるよな?」と言われても「ばっちぐー!」と胸を叩いてマルコを送り出す毎日。
小学校へはマルコが車で送ってくれます。
黒塗りのジャガー(笑)
マルコと二人暮らしで引っ越した先に、ガープとルフィのジジ孫が住んでました。
ルフィとありえないくらい仲良くなる。いつのまにか兄(姉)弟分になってた。
ガープはアンちゃんとルフィを分け隔てなく可愛がりそして叱る。
オヤジのこともロジャーのことも知ってる仲なので、容赦ない(笑)
ガープは帰りの遅いマルコにぐちぐち言ったりして嫌がられるはずだ。
朝ご飯はアンちゃんが作ってくれます。
マルコはアフターには出ない主義なので、帰りは夜中3~4時くらい。
帰ってきて寝てるアンちゃんの頭を撫でてからシャワーを浴びるのが日課です。
煙草と酒と女の匂いを必死で消す。
で、8時くらいに一回起きる。
すでにアンちゃん起きてて、朝ご飯作ってくれてる。
いっしょにいただきますして、マルコはアンちゃんの宿題と荷物の確認をしてから小学校へ送っていく。
小学校ちょっと遠い。
お昼は給食があるので心配いらない。アンちゃん給食ダイスキ。
マルコはアンちゃんを送った後家に帰ってもう一眠り。
15時ごろ起きて、何か食べてから出勤します。
ここでスーツに着替えるわけだ。
アンちゃんはというと、帰りはルフィと一緒にルフィの家へ帰る。
そこでひとしきりルフィと遊んで、おやつを食べて、夕食も一緒に食べる。
ルフィと仲良くなる前の引っ越してすぐのころは、アンちゃん長い道のりをひたすら歩いて帰って、夜ご飯はマルコが買っておいたもの食べてた。
ルフィと仲良くなり始めて、ガープもアンちゃんの存在を知って、長旅のアンちゃんを見かねたガープが家へ招待するんですね。
夕飯食べた後はまたルフィと遊んで、8時ごろガープが家へ送ってくれる。
アンちゃんは「このじーちゃんはなにしてる人なんだろ」とそこはかとなく思ってる(笑)
警察署長だったりそうじゃなかったり。
ちなみにルフィとは基本的にちゃんばら・決闘・かけっこをして遊び、夕食前の腹ごなしはじーちゃんも交じって大・乱・闘☆
スーパー腕っぷしガールに育っていく(笑)
ロジャーの娘である時点で素質ありすぎた。
帰ってからは一人アパートで家事をこなす。
思い出せば宿題もするがめったに思い出さない。
ルフィと一緒にルフィの家でやる時もある。が、いつも脱線。
マルコが干していった洗濯をたたみ、風呂に入り、夜9~10時就寝。
朝起きてにいちゃんに会うのが生きる希望です。
かたやマルコはこのとき27くらい。
愛想を振りまけないのでいつまでたってもナンバー1にはなれません。
アフター入れないのもキツイ。
しかし一部の層からものすごい人気を博し、上位に居座り続ける。
いくつか店は移ってて、アンちゃんと二人暮らししてからまた移ったその先の店で、サッチと出会いました(笑)
ホストの世界だから年齢定かでないが、多分同世代。
仲良くなる。サッチがマルコと仲良くしたい。
マルコはアンちゃんが心配であんまり遊ぶ気にはならないので「んだコイツ、うぜえよい」(笑)
でもたまにサッチがお客からもらう高いチョコとかケーキとかわけてくれてそれをアンちゃんにあげるとものすんごい喜ぶから、きっぱり邪険にはできない。
でもある日サッチのしつこい誘いに負けて一緒に飲んだ時、ぽろっと「妹がいるんだよい」って言っちゃって、サッチの連れて来いコールが始まる。
マルコ失態、サッチと距離を置こうとするが失敗(笑)
マルコもなんだかんだで結構サッチが好きです。サッチはマルコが大好きです。特に理由はない。なんかコイツいいやつそー!
さてアンちゃん小学校を卒業し、マルコは30になりました。
昔からマルコはホストしてることをアンちゃんにはひとっことも漏らしてなくて、さすがにアンちゃんが成長すれば嫌でも気付くだろうと思ってた。
しかしアンちゃんあまりに純真培養なゆえ、気付かない(笑)
うちのにーちゃん夜仕事してっからさー、朝にしか会えないんだ!
夜に仕事じゃないんだよ。いやそうだけど、「夜の仕事」なんだよ(笑)
あ、でもさすがに毎日仕事じゃないわな。
マルコの休日・世間の平日バージョン。
アンちゃんが小学生の頃は同じようにアンちゃんを送ってから二度寝して、昼過ぎに起きだす。
ひととおりの家事と家に不便がないかを確かめて、3時ごろアンちゃんを迎えに行きます。
「明日休みだから迎えに行く」って言うときもあれば、唐突に校門前で待ってたりもする。
目立つ。限りなく目立つ。
黒光りする車の中でぼんやり煙草を吹かす怪しい男に学校中警戒(笑)
しかしすぐにあれはアンちゃんの保護者だ!とふれわたる。
きちんと授業参観に行っています。
アンちゃんルフィと出てきて、「あ、マルコだ!」って駆け寄る。
「マルコ」呼びは幼いころから定着してた。
マルコはちび2人をのせ、まずガープのところへ。
ガープに日頃の礼を言いお返しに小言をもらって、ルフィを下ろす。
それからアンちゃんと二人で買い物にいく。
金はオヤジに送っているので、すごい金持ちなわけではない。
でも送りすぎるとオヤジが怒るので、ただのアラサー男よりは断然持ってる。
物欲のないアンちゃんに適当な服を買い、自分の服も買い、生活必需品を見立て、数日分の食料を買い込み、その日の夜は外食です。
「今日は何してた?」
「きょうはあ、音楽があってー、リコーダーした!」
「給食はうまかったかい」
「うん!きょうはね、ごはんと、さかなと、トマトのスープと、」
「今週の日曜は仕事ねぇから、どっか行きたいとこ考えとけよい」
「やった!」
という会話をしながらもぐもぐ。
アンちゃん回転ずしとか好き。かわいい。まわるのうれしい。
◆なんか続いた
ではアンちゃん中学生から行きますか。
制服はセーラーでお願いします。
マルコと一緒に採寸合わせに行って、買って帰ってきてマルコの前で着てくるんと回ってみたりする。
マルコ超ご満悦。
「スカートかあ、ぴらぴらが邪魔だなー」
「たった3年だろい」
「それもそだな!」
アンちゃん分かってない。
マルコは高校にまで行かせる気です。
次はブレザーという制服が待っているよ。
中学校へはチャリンコで行ける距離。
マルコが自転車買ってくれた。シルバーのシンプルなやつ。
アンちゃんの行動範囲が広がりました。
自転車でルフィの家まで行けるぞ!
…そんくらいでアンちゃんが中学生になったとはいえ特に生活は変わらない。
でもアンちゃんが多感になってくる時期、いろいろあってほしい(私的に)
たとえば、マルコの客が家に来たり。
マルコはアフター入らない・貢がせない(貢がれない)・媚売らないからなんとなくお高くとまってるみたいにみられて敬遠されがちだけど、気に入られたらものすごいしつこく迫られそう。
きらんきらんした服のねえちゃんが、タクシーでマルコの後つけたりして家を突き止める。
普通に訪ねても引かれるの目に見えてるし、マルコは「客」としての一線を絶対に崩さないのでどうしようかと昼間マルコの家前で思案している際、ばったりアンちゃんに出くわす。
「おねーさん何してんの?迷子?」
かーらーのー、ドロドロ昼ドラ的展開へゴー!(笑)
アンちゃんが妹であると知って利用しようとしたり、それがマルコにばれてぶちギレられたり、アンちゃんがマルコの冷徹なところを初めてみちゃったり、それで引かれて落ち込むマルコ兄だったり。
いろいろあるけどモブが出張るのはやっぱり楽しくなかったので、もういいや(おい)
じゃあぶっとんでアンちゃん高校生になっちゃえ。
これくらいのときから、アンちゃんが自分の気持ちに整理をつけづらくなってくる。
他の男にキョーミはないけど、マルコがいればそれでおっけー!っていうのもどうなんだろう、っていうかマルコにとってあたしって負担…?という猛烈なアイデンティティクライシスに陥る。
思春期ですから。
マルコのことは大好きだけど、あまりに「お兄ちゃん」だから、他の「好き」の種類がわからないアンちゃん。
マキノさんとかに相談しちゃう。
本当のこと知ってるマキノさんはアンちゃんの気持ちが間違ったことじゃないって教えてやりたいけどそれだと真実を教えることになるという板挟みに悶絶。
でもきっと綺麗にアンちゃんを誘導してくれるはずだ。
「今まであんま考えたことなかったけど…あたしのせいでマルコ結婚できないんじゃ…」
「『結婚できない』みたいな人には見えないわ」
「でも」
「自分がしたいことに素直なのね、彼は」
「?」
「彼にとって一番は今でもアン、あなたなのよきっと。考えなしの人じゃないもの、アンが心配するようなことはないように思うけど」
そうなのか…と丸め込まれる。
マキノ姐さん素敵すぎる。
んで、相変わらずマルコの生活サイクルは変わらない。
マルコが帰ってくる夜中にアンちゃんは寝てるけど、近頃たまに目を覚ますようになったり。
一緒に夜食食べる。
マルコがアンちゃんの髪の毛触るから起きるんですね。
「…マル…おけーり」
「ああ、わりぃ起こした」
「…おけーり」
「…ただいま」
「なんか、食べる?」
「いい、いい、自分でするから寝ろ」
「あたしもお腹すいたから…なんかあったっけ…」
もぞもぞ起きだしたアンちゃんと一緒に、冷蔵庫漁りだす。
「お土産あったんだった!マキノの店のやきそば!」
「そりゃいいよい」
ということでレンジでチーン、ふたりでもぐもぐ。
食後は二人掛けの小さいソファであったかい飲み物飲んで、寝なおすつもりがとりとめのない話しながらうとうとしちゃって夜明けパターン。
マルコが甲斐甲斐しくアンちゃんに毛布を掛けてやる。
マルコはずっとアンちゃんが好き。ちびのころからずっと好きだけどもちろんそれは妹としてで、特に何の疑問もなかった。
今このときですらない。
誰かに焚き付けられないと気付かないかもしれない。
サッチあたりにお願いします。
あ、なんかホスト関係なくなってきたからホストに戻ろう。
アンちゃんが休みでマルコが出勤の日とか、アンちゃんがマルコのネクタイ絞めてあげられるようになればとんだ幸せである。
たまにしかできないけど、「お仕事がんばって!」みたいなおまじない気分でアンちゃん喜んでする。
でも実はあんまり上手じゃない。ずれてたりする。
しかしあえて直さないマルコ。
客の女が直そうとするとするりとかわして触らせない。
そんなマルコのそぶりにちゃっかり気づいているサッチ。
サッチはきっとおさわり多いだろうね!ん?おさわり?ボディタッチ!
ではそろそろアンちゃんに歌舞伎町へ向かっていただこう。
あ、歌舞伎町というのは俗に言う『そういう店』が集まったところだと思ってくださいな。
こっからはハナノリさんの妄想もふんだんに盛り込まれてるゼ☆
そう、昔から兄弟だとアンちゃんがマルコを探して歌舞伎町をうろうろという設定ができないじゃないかというこのパロを始めた目的が本末転倒になることに気付いたけども。
こういう設定はどうかね。
マルコの仕事場が歌舞伎町あたりだということは知ってたけど、まあ危ないところではあるから絶対に来たら駄目だと言い渡されているアンちゃん。
しかしなんとマルコが財布を忘れていった!
(今気付いたけどマルコ仕事中酒飲んで車で通勤してないか…?)
こりゃあ大変だあと学校が休みな土曜日のアンちゃんは、財布を持っておうちを飛び出した!
免許証入ってるしね!お腹すいたときお金ないと困るかも!
少し遠いので電車に乗りました。
時刻は夜の9時ごろ。歌舞伎町には10時前につきました。
ハッ!しかしマルコの仕事場がわからない!
でっ、でんわ…!
あああっ!仕事中マルコは電話でないんだったああああ!
どどどどうしよ、来てもマルコの場所がわからない…しょぼーん
ん?アンタたちだれ?
は?いいいい、さわんないでよ。
あたしまだみせーねんだし酒飲めないし、触んなって。
ちがうっ、仕事じゃないっ、あたしはマルコをっ…
「お待たせオジョーサン。さ、おっさんらは行った行った」
というなんとも格好のつく形でサッチ登場。
少し離れたところからカワイコちゃんが絡まれてるのに気付いてたサッチは、アンちゃんが発した「マルコ」の言葉でアンちゃんの素性確定。
しかしアンちゃんぽかーんである。ぽかーん。
「…だれ?」
「オレァただのおにーさんだけどサ。お嬢ちゃん困ってただろ?」
「まあ…あ、ありがと」
微妙な顔でお礼を言うアンちゃんにサッチ既にデヘデヘ。
しかしハナノリンクオリティによると、ここでサッチは自分の素性を明かさないらしい。
マルコに似なくて良かったなこの子、とか思ってる。
んでお得意の口八丁でアンちゃんをファミレスへと連れ込む。
とにかくこんなとこにいたら危ない、オレは危ないヒトじゃない、寒くない?あったかいもん食わない?奢るよ?あ、人捜してんの。場所わかんない?じゃあどっか店入ってからメール打ったら?さあ行こう!
キャッチのため外に出ていたサッチは仕事放棄(笑)
ただ業務用携帯でマルコに連絡入れておく。
『貴様の姫は我によって囚われた。奪還したくば直ちに○○付近まで来い。食っちゃうゾ☆』
マルコ憤死する。憤死。
オーナーに屁理屈ぶつけて店を飛び出す。
一方アンちゃんはすっかりサッチを『楽しいおっさん』ポジションに据えてまった(笑)
こっそりアドレス交換もする。
マルコの話も聞きだしとく。
「誰に用なんだっけ?」
「マル…あ、兄ちゃん」
「どしたん?」
「財布、忘れてってて」
「抜けた兄貴だな」
「だしょ」
HAHAHA☆と和む二人の横ガラス越しに雑踏に紛れてマルコが通り過ぎる。
「あ!マルコだ!」
「お、いた?よかったな」
「うん、でも仕事どうしたんだろ」
「じゃあオレはこれで」
「え、あ、おっお金…」
「いいっていいって、可愛い女子高生とおしゃべりできたなんてお釣りが戻ってくるところだぜ」
ぴらぴら手ぇ振って立ち去るサッチ男前。
しかしマルコと鉢合わせる前に慌てて退散するかっこ悪さ(笑)
アンちゃんはいそいそ準備して、少し遅れて店を出る。
「マルコ!よかっ…」
「アン!!アイツは!?」
「アイツ?」
「っ、一人で来たのかよい」
「うん」
ドンガラガッシャーンと雷が落ちる。
ぴええぇぇごめんなさいでも財布うう、と財布を差し出して見上げられて、マルコため息しかでない。
「…帰るよい」
「うん、って、マルコ仕事っ」
「今日はもう上がる」
無理言って本日は兄妹そろって帰宅です。
そんなことするからいつまでたってもNO,1になれないマルコ(笑)
そしてハナノリさんによると、後日アンちゃんは奢ってもらったお茶代を返すためにサッチを探しに歌舞伎町へ繰り出すらしいです。
なんておいしいの。
◆『立春』の基盤になった不倫ネタ
マルコ既婚
学パロでもいい
マルコ数学教師でアンちゃん女子高生。
昼休み、中庭でいつも一人で大量のパンをかきこむ生徒にマルコが声かけて,
教室で一匹狼のアンちゃんと職員室で一匹狼なマルコの気がやたら合って仲良くなって
お前はいつも昼メシパンなんだねいってマルコが言ってだって弁当作る時間ないもんってアンちゃんが軽くかつかつな自分の生活について説明して、マルコ先生はいっつもお弁当だねーって核心をつく。
マルコは結婚してて奥さんと不仲とかそういうんじゃないけど愛妻家ってわけでもない。
マルコはアンちゃんに弁当の件突っ込まれてギクってなってあれってなればいい。
さらにさらにアンちゃんが数学いちばんにがてなんだーって話したらじゃあ放課後教えてやるよいってなって
えぇめんどいって言うアンちゃんを諭して夕日さす教室で補習とかしちゃう。
アンちゃんダメダメで宿題解くのに超時間かかるんだけど、マルコがじっくり待ってくれるからあれ?あたし賢くなった?って終盤では思えるくらい伸びる。
ここ間違ってるよいってマルコが指差したときにやっとマルコの指輪に気付いてアンちゃんちくっ、みたいな。
あれこれなんだろうこの気持ちはなんだろう状態で補習終了。
帰り間際にアンちゃんから明日も補習してって頼めばいい。
帰り道で、やっぱそうだよなあ結婚くらいしてるよなあおっさんだもんなあってアンちゃんひとりで考える。
マルコは気を付けて帰れよいって言うだけで送ってくれない。
次の日も補習して、ちょっと日にち置いてまた補習して、繰り返して繰り返してある日数学の小テストで50点満点の36点とか取って、その日の補習の放課後マルコにみてみて!って見せる。
すげぇよいって頭ぽんってされてああもうダメってなって、アンちゃんからあたし先生のこと好きなんだけどって告っちゃう。
マルコはマルコであーやべぇって思いながら悪いけどって断る。
そうだよねぇ結婚してるもんねそれに生徒だもんねぇってあっさり引き下がるアンちゃん。
明日も補習してくれる?って聞くアンちゃんに、やめたほうがいいってわかりながらマルコは当たり前だろいって答えてアンちゃんにこってしてその日は帰る。
それからまた二人の補習ランデブーが続くんだけど、ある日それが学校側の目についてマルコが教頭とかにあんまりよくないんじゃないですか?って注意されて、マルコはほっとけクソッタレがとか思いながら理性で抑えてそうですねって謝っちゃう。
んでその日の放課後、マルコはもう日が落ちるのが早くなってきて帰りが危ないから今日で補習は最後だって言う。
じゃあ春になったらまた補習してくれるの?って聞いたら、春になったらお前は卒業だよいって言われてあ、ってなるアンちゃん。
でも先生がいないとあたし数学できないよ、
いやお前はもう大丈夫だよい、
先生じゃないとわかんないんだもん、
そんなことない大丈夫だ、
できない、そんなことない、むり、むりじゃない、
っていう問答の末アンちゃんがキレて、なんであたしのこと見てくれないの!!って教室に響く声で怒鳴る。
いつも見てるよい馬鹿野郎って思いながらマルコは二の句が告げずにぼうっとしてたらアンちゃんぽろぽろ泣き出して、結婚してるからとか生徒だからとかそんな理由付ける前から断らないで、って言われてマルコの理性崩壊。
どうなっても知らねぇぞってアンちゃんに言ってんのか自分に言ってんのか呟いて、アンちゃんの腕引いてキスしちゃう。
あーあ、って感じで不倫スタート。
やっと、やっとこっから始まる。
学校の目を気にして予定通り補習は終了。
アンちゃんもマルコもお互い一匹狼なゆえに特に疑われることもなく、会うときは平日の夜。
休日はマルコの家のことがあるから出歩けず、夜マルコが仕事終わりに一人暮らしのアンちゃんの家に寄る。
(あ、ルフィどうしよ)
マルコは堂々と昼間出歩けないこととかアンちゃんにそんな恋愛させてることとか申し訳ないと思ってて、でもそういうこっそりしてる雰囲気や背徳感が満更でもないとも思ってる。
アンちゃんは、マルコと一緒にいるときはもうそのことで頭いっぱいでしあわせしあわせ!ってなるんだけど、マルコがもうそろそろ帰んねぇとって申し訳なさそうに言うのをいつも見ててすごく心苦しい。
あたしのわがままで嘘つかせてごめんってずっと思ってて、そういう重荷が段々降り積もってく。
アンちゃんと会ってるときマルコは会う前に指輪をはずしてくれて、アンちゃんも気付いてるけどなにも言わない。
でも学校内ですれ違ったときに指輪してるのを見て、いちいち今はあたしの先生じゃないんだって思ってヘコむアンちゃんとか。
ここから急速に終わりが近づくわけであります。
◆からの『立春』あとがき
マルコは身体では何よりも捨てたくないのはアンちゃんだとわかっているけど、
頭はそれ以前に捨てたらいけないものを警告してくる。
アンちゃんより先に出会って、一度でも大切に思ったひとがいるから、
そのひとを含め今の生活を放り出す自由さはもうマルコにはない。
そういうのが自分はずるいと思ってて、そんな自分と恋愛させてしまったことがアンちゃんに申し訳なくて申し訳なくてとマルコは思ってる。
でも一方で、アンちゃんは若いから自分なんかといないほうがいいとも思ってて、こうやって別れることを肯定してる部分もあって、でも肯定しちゃってること自体も自分ずるいと思ってる。
そういうところが「オレは弱い」の真相です。
アンちゃんはただただ罪悪感に押しつぶされた感じ。
若い心は瑞々しくて吸収が良くてマルコのどんなところでも(結婚していることも含め)受け入れられる。
でも経験とかそういうのに欠けてるから、脆い。
マルコに嘘をつかせてる、とか気を遣わせてる、とかそういうのに勝てなかった。
でもマルコが思ってるみたいに、自分にはまだ可能性とか他の人との未来があるとかは微塵も思っていない。
今を生きるのが大事なアンちゃんです。
結局互いが互いをこの恋に引きずり込んだと思ってて、こういう結末にしかならなかった。
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