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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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肩越しに振り返って見えたのは、薄紫のドレッドヘアの隙間からにやりと笑うラクヨウの顔。
ぎゃっと叫んだアンを逃がすまいと、ラクヨウがアンの肩をさらに強く掴んだ。
 
「さあ!俺にもキスさせろ!」
「だから別にあたし誰にも許可してないんだけど!」
「そんなもん知るか、他の野郎どもがしてるってのになんで俺は駄目なんだ!」
 
ふんっと鼻息荒くそう言うラクヨウに、必死すぎて怖いなどアンが言えるはずもなく。
嫌だとかなんだとかそういう次元を超えているのである。
 
アンは最後の抵抗手段とばかりに、心の中でラクヨウに謝りつつも、えいっと肩に火を灯した。
 
「あつぅっ!」
 
ばっとラクヨウの手が離れた隙に、アンは一目散に甲板を駆け出す。
 
「あっ、クソ、アンずりぃぞ!」
 
なんとでも言え!と叫びながらアンが目指すのは、最後の砦。
 
 
 
「オヤジィィィィィ!!」
 
 
 
 
 
 
 
遠慮なしにこの船で一番大きな扉を開けば、突然のことに細い目を丸めている白ひげに出会った。
アンは必死にそこまで駆け寄りその陰に身を隠す。
 
「かくまって!」
「グララララ!なんだあ、アン。かくれんぼでもしてんのか」
「そんなもん」
 
適当な返事を返すと、再びグララと独特の笑い声が腹に響いた。
しかしすぐに大きな音ともに先ほどと同じ扉が開く。
 
「オヤジっ!アンかくまってねぇか!?」
「あぁん?知らねぇなぁ…」
 
呼吸を荒げるラクヨウの問いにすっとぼける白ひげに、アンは内心でガッツポーズをかました。
じとりと探るように白ひげを見上げるラクヨウに、白ひげはにやりと笑い返す。
 
「なに、なんでアンを探してるってんだ?」
「それがよ、アンが俺にはキスさせてくんねぇんだよ」
 
要点をついているとも言うがいまいち説明の足らないラクヨウの言葉にも、白ひげはほぉと相槌を打った。
 
「んなことしてっと、マルコにどやされるんじゃねぇか?」
「わかってねぇなぁオヤジ。マルコがいない今だからこそ、こうして追っかけてるんじゃねぇか」
 
俺らだって妹可愛がりたい!と高らかに宣言するラクヨウに、白ひげはさらに相好を崩した。
 
「そりゃぁいい心がけだ。さっさとアン探してきな」
「おうよっ!邪魔したなぁオヤジ!」
 
さっと手を上げ礼を告げたラクヨウは再び甲板向いて走り去っていく。
ふう、とアンが息をついた。
 
「ありがとオヤジーっ!!ブラメンコとかさ、ちゃんとあたしをかくまってくれる人いなくってさあ」
 
助かった!と朗らかに笑う小さな娘を見下ろして、白ひげもふっと笑う。
よじよじと白ひげの巨体を上ったアンは、その首に抱き着いて、これでもかというほどの笑顔を見せた。
 
「やっぱオヤジは頼りになる!大好き!!」
「グララララ!んなこと知ってらぁ!!」
 
白ひげが地を揺るがして笑うと、それに顔を寄せてアンも破顔した。
そしてアンは、思いつきのまま目の前にある皺の多いその頬に唇を寄せた。
ちゅっと音を立てて唇を離すと、アンの方へと首を曲げぱちくりと瞬く白ひげの顔。
途端に恥ずかしくなったアンは、照れ隠しとばかりにへらりと笑った。
 
「…へへっ、なんか、したくなっちゃった」
 
そう言えば、見開いていた白ひげの目は徐々に徐々に細くなっていき、大きな掌がぼすんとアンの頭上に着地した。
そのままがしがしと乱暴に撫でられる。
 
「グララララ!こりゃぁ悪くねぇなぁ!!」
 
白ひげが嬉しそうに笑うから、アンも釣られるようにして笑う
ふふっと肩を揺らせば、同じようにしてアンがしがみついている白ひげの肩も揺れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…で、いつまでんなとこにいるつもりだ、サッチ」
「あちゃー、ばれてましたか」
 
唐突に白ひげが視線を送った方へとアンも驚いて顔を向ければ、そこには扉の隙間からひょいっと顔をのぞかせるサッチ。
 
「このアホ息子が。外仕事終わったならさっさと報告しねぇか」
「んなこと言ったって、溺愛娘とイチャコラしてたくせに」
 
オヤジもやるなぁ、なんて軽口をたたきながら部屋に入ってきたサッチは白ひげが座るベッドのサイドテーブルに書類をばさりと置くと、さも当たり前のように白ひげの横に並ぶようにして立った。
 
「…何してんの?サッチ」
 
未だ白ひげにしがみついたままのアンが、白ひげと共に訝しげな顔をして見せれば、サッチは腕を組んだまま当然とばかりに言い放った。
 
 
「アンのキスの、順番待ち」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Please kiss me
 
(…また面倒なのが来た)
 
 

拍手[11回]

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*マルアン連載【それは狂気に満ちている】の【2 こういう馬鹿はタチが悪い】でアンが夜這うに至るまでの小ネタです。
















「オレァ先戻るよい、まだ書類終わってねぇ」
「んだよー!オレの酒飲めねぇってかぁ!?」
「そうだそうだー!まだ帰っちゃだめマルコー!」


きゃぁきゃぁと喚き立てるおっさんと小娘が片方ずつマルコの腕を掴む。
しかしマルコは立ち上がりながら両方の手を振り払った。

「酔っ払いの世話なんかしてられっかよい。オレァ仕事あるんだ」
「けちー!」
「けちー!」


けちだけちだと復唱するサッチとアンに辟易して、もう無視することにしてマルコは部屋へと戻って行った。
残されたふたりはその背中めがけてぶーたれていたが、しばらくするとそれも忘れてまた二人で酒を飲み始める。
甲板の隅に座る二人の周りには十数本にもなろうかというほどの酒瓶がごろごろと無造作に転がっており、それは宴の後甲板でそのまま眠りこける男たちの姿に重なった。
言うなればだらしのない姿である。



「んぅー、サッチぃ、あたしもう酔ったぁ」
「馬鹿言えぇ、オヤジの娘たるものがこんくらいで酔うわけあるかぁ!!」
「でもサッチも酔ってるー」
「ああーん?オレァまだまだ酔ってねぇよぉー?」

緩慢な手つきで開けたばかりの瓶を持ち上げゆらゆらと揺らすサッチ。
その姿にアンは特に面白くもないのにへにょりと笑い、サッチもにたりと笑い返す。
にゃっはっはーと意味もなく笑う酔っ払い二人、完全に出来上がっていた。









「ねー、マルコはぁ、なんであんなに仕事ばっかしてんのぉ?」
「ああー?あいつぁなぁ、仕事が恋人って奴なんだろうよー」
「ふぅーん」
「おや?アンちゃんご機嫌斜めかぁーい?」

覗き込むようにしたサッチに、アンはふるふると首を振った。

「べっつにぃー。いいもーん、あたしが勝手にすきなんだからぁ、いいもーん」

そう言ってサッチの手からウォッカをもぎ取ったアンはそれをためらいもなくごきゅりと喉に通す。
それによってさらに酔いが回ったが、既にアウトコントロールした脳はそれさえもわからない。

大人だからか男だからかつまりはおっさんだからか、アンほど酔いの回っていないサッチはアンの酔っぱらいっぷりを見てこりゃぁやべぇかなぁとのんびりと思う。
あんまり酔わせるとアンは次の日二日酔いで仕事どころじゃなくなる。
しかし面白そうなことが始まりそうな予感に身体がうずうずするのも事実である。
だって腐っても酔っ払い、その口火を切るのは自分自身なのである。


「アンはほんっとぉーにマルコがすきだなぁー」
「んぅー?んぅ。」


当たり前のことに首を傾げてから、それを肯定するようにひとつ頷く。


「アンはどうやってマルコを落とすってんだぁー?」
「んー?マルコがどっから落ちるってぇ?」
「ばっかそうじゃねぇよー。どうやって振り向かせるかって聞いてんだ」


蕩けた瞳をぱちりとまたたかせたアンは不思議そうに首をかしげた。

「ふり、むかー?」
「だってこのまんまじゃよぉ、アン。マルコの奴ぁいつまでたってもお前に惚れたりぁしねぇぜぇ?」

サッチがそう言うと、アンはそれはいやだぁと顔をしかめる。

「だろぉ?他の女にかっ攫われたらどうすんだよー」
「ぬぅーん。でもさぁ、あったしどうすればとかわかんないよー…」
「にゅっふっふっー。そんなアンのために、オレがいいこと教えちゃろうよ」
「えぇー?なにぃー?」


ちょいちょいと人差し指を曲げ顔を寄せるように示すサッチに、アンは示されるまま顔を寄せた。
すると耳元で内緒話のように囁かれた言葉。












「夜這ってこい」



顔を遠ざけると、にんまりと笑う酔っ払い。
しかしアンは再び首をかしげる。


「夜這…ってなにぃ?」
「んー?そうだなぁー・・・寝てる相手のベッドに忍び込んでだなぁ、ほらさぁ、その、イイコト、しちゃうわけよ」
「イイコト?」
「そう、イイコト」

わかる?と問うサッチに、アンは曖昧に頷いた。
イイコト。ベッドでするイイコトと言えば、「寝る」。
それしかないだろう。

アンなりの精いっぱいの解釈が成されたところで、アンはすくっと立ち上がった。


「んじゃぁー、白ひげ海賊団二番隊たいちょー、火拳のアン!ちょっくら夜這ってきまぁす!」
「おぉー!頑張ってこいよぉー!」


へらへらと笑いながらサッチに見送られ、アンはおぼつかない足取りでマルコの部屋を目指したのだった。













マルコー、と呼びかけながら部屋の扉を開けようとして、アンはあわてて口をつぐんだ。
サッチの言葉を思い出したからだ。
夜這いと言うのは、寝てる相手に行うものらしい。

(・・・じゃぁ、起こしちゃだめ、ってことかぁ)

ということで、黙って静かに扉を引いた。












(…寝てる)

書類をするって言ってなかったっけと首をかしげて見たが、マルコの仕事机に置いてある懐中時計を見て納得した。
いい気分で飲んでいたので意識しなかったが、マルコが酒盛りから抜けてから相当な時間がたっていた。
そしてマルコは適度にしか飲んでいない。
そのおかげで酒がちょうどいい睡眠薬になったようで、いつもは人の気配で起きるマルコがぴくりとも動かなかった。
浅く被ったシーツがマルコの呼吸に合わせて小さく上下する。


すすす、とベッドの脇に近づく。
来てはみたものの、夜這う=寝るしかわからないアンは、具体的にどうすればいいのか皆目見当がつかなかった。

(・・・ただ寝ればいいのかなぁ)

そう思い立ち、よいせとマルコのベッドに乗り上げそのままごろんと横になってみた。
ちょうどベッドの中心でマルコが寝ているためなんとなく落ちそうで危ういが、アンは必死にマルコの方へ身体を寄せて落ちまいとする。
アンの方に顔を向けマルコが寝ているので、アンはここぞとばかりにマルコの顔を眺めた。

まつ毛が短いだとか唇が分厚いだとか、これといって新しい発見はなくつまらない。


(…あぁ、なんか本当に、眠くなってきた…)


じんわりと伝わるマルコの体温だとか、内側から身体を温める酒の力のせいでうとうとしだしたアンは、ゆっくりと目を細めていった。
が、慌ててここで寝たらだめだと目を見開いた。

マルコの布団で寝て発火して、怒られたばかりじゃないか。
マルコが目覚めてあたしが寝てたら、今度こそ口きいてもらえない・・・!

そのあたりはきちんと理性的に考えられたらしく、アンは慌てて身体を起こそうとベッドに手をついた。
しかしその動きは隣でマルコが身じろいだことでぴたりと止まってしまう。


「…ん…」

小さな呻きと共にマルコが寝がえりを打つ。
起きてしまったかと冷や汗だらだらなアンは、寝そべったままベッドに手をついて上体を持ち上げるという恰好のまま固まってしまった。
マルコは寝心地のいい場所を探すかのようにごそごそと動いていたかと思うと、不意にアンの方へ腕を伸ばした。

















(・・・これは、どういう、こと?)

不意に伸ばされた手はしっかりとアンの腰を抱き込み、自らの体に引き寄せた。
マルコの左手はアンの腰を上から抱き、右腕は上手いことアンの首の下に回してそのままアンの肩を抱き込んでいる。

アンの体温が高く抱き心地がいいからか、マルコは満足な寝場所を得たとでも言わんばかりの安らかな顔で再び動きを止め寝入ってしまった。


がっちりと掴まれた全身は身動きもとれず、アンの目の前にはマルコの鎖骨しか目に入らない。
そして眠い。
アンは限界に近い眠気と戦っていた。


(あー…駄目だー…寝るー…)



怒られるだろうかとちらりと思ったが、離さないのはマルコのほうなのだし自分は悪くない。
そう結論付けたアンは、そうだそうに決まっていると自分が夜這いに来たことも棚に上げて納得し、安心してそのまま眠りについた。

翌日アンは、マルコにベッドから落とされて目覚めることになる。


 

そしてサッチは、まさか一番隊隊長の部屋でこんな健全な光景が繰り広げられているなど夢にも思っていなかった。

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言うだけ言って去ってしまったビスタの背中を恨みがましく見ていると、背後から不敵な声。
 ふっふっふと低く笑う声の正体に思い当たったアンは、素早く振り返りその姿を確認した。
 
「げっ!」
 
「ふっふーん、見つけたぜ、アンー…」
 
 
わきわきと両手の指を動かすラクヨウは、怪しい顔付きでアンとの距離を縮めた。
変態である。
 
 
「ラクヨウ!バカなことばっかり広めないでよ!」
 
「いーや、ありゃあ仕様ねぇ。ジョズにだけいい思いさせてたまるかよ」
 
特権は平等に、だろ?とニヤリと笑うラクヨウにアンは顔を引き攣らせた。
 
「…ラクヨウ、気持ち悪い」
 
「悪ぃな、オレァそんな言葉でへこたれるようなヤワな心臓持ち合わせてねぇんでな」
 
ということで、とラクヨウは大きく息を吸った。
 
 


「オレにもキスさせろやオラァァァ!!」
 
「ぎやぁぁぁぁっ!!」
 
 
あまりの剣幕で迫り来たラクヨウに、アンは悲鳴を挙げて逃げ出した。
 


 
「なんで逃げんだこの野郎がぁ!!」
 
「逃げんに決まってんでしょーが!!」
 
 
鬼気迫る勢いで追いかけてくるラクヨウから逃げるべく、アンも必死の形相で逃げ惑う。
遊んでいるようであって当人たちは至って本気である。
隊長クラスの甲板鬼ごっこに、隊員たちは血相変えて道をあける。
ラクヨウは必死すぎて覇気が漏れ出しモビーの床がみしみしと軋んでいるが、本人は全く気づいていない。
 
 
 
「あ!ブラメンコ!!」
 
アンはちょうど梯子から登ってきたばかりのブラメンコの姿を捉え、その名を呼んだ。
ブラメンコはなんだなんだと距離をあけて走ってくる2人の姿を確認して目を白黒させる。
 
 
「かくまって!!」
 
言うが早いか、アンはするんとブラメンコの大きなポケットに滑り込んだ。

「おわっ!」

ぐんっと腹のあたりに重みが加わりよろけるものの、ブラメンコは踏ん張り何とかこたえる。
その前に、息を切らしたラクヨウが立ち止まった。


「~っ、くっそー…!おいアン出てこい!ブラメンコのポケットはな!超汚ェんだぞ!!」

「おいっ!いい加減なこと言うんじゃねぇ!」

 「…うわっ…ほんと、クサ…」
 

もごもごとポケットから聞こえたアンのくぐもった声に、ブラメンコは大きく顔をしかめて実に悲しげである。
いくら男所帯とはいえ、可愛い妹には知られなくなかった衛生面というものもある。


「てかブラメンコてめぇのポケットは四次元か。なんでアンがまるごと入れんだ」

「酒樽とか入れてたからな、伸びた」


そういう話かよ…と呆れ顔のラクヨウに、そういやなんでアンを追ってたんだ?とブラメンコが尋ねる。
かくかくしかじか、というふうにラクヨウが説明すると、そりゃいけねぇとブラメンコは再び顔をしかめ、なにがいけねぇんだと問うラクヨウにお構いなく突如ポケットに手を突っ込みもぞもぞと探り始めた。


「おーい、アーン、どこだぁ?」

ブラメンコの手が右へ左へと彷徨うがアンは見当たらないらしく、おかしいなぁと首をかしげる。


「いやまずなんでお前の手が届かねぇ場所にアンが入りこめるんだよ」

「あ、いた」

「ぎゃっ」


小さなアンの悲鳴とともに、右腕を引きあげられてアンがずるりとポケットから現れた。
ブラメンコはアンの両脇を両手で支え、まるで幼子をあやしているように自身の前まで持ち上げる。


「ブラメンコよくやった!」


ラクヨウが嬉々として、さぁアンを渡せと言わんばかりに両腕を差し出した。
アンはうぅと呻りながらブラメンコに非難の色を含む視線を送る。


「…かくまってって言ったのに…」

「アンそりゃぁ駄目だ。まだオレがしていねぇ」



え、とアンが目を丸め、うぁ、とラクヨウが眉を寄せたときには既に、ブラメンコはアンの右瞼に口づけていた。
反射でぎゅっと目を固く閉ざしていたアンは、ふわりと軽い浮遊感を感じて、それからすぐに地に足がついた。
そして今さっき自分が口付けられた箇所を思い出し、ぱっとそこに手をやる。


「目っ…!ブラメンコそこ目だから!!」

「目じゃない。瞼だ」


堂々とそう言い切ったブラメンコはにっと満足げに笑ってから、さっきまでアンが入っていたポケットから書類の束を取り出した。


「そろそろサッチも帰ってくるだろ。オレァ食糧管理のことであいつに用があってな。じゃ、」


ひらりと身を返したブラメンコは、彼らしからぬ軽い足取りでその場を後にしてしまった。
思わぬ場所へのキスに驚きつつ、そろそろ不意打ちに慣てきたアンはなんだか本当におかしなことになってきた、と先程キスが落ちた瞼を指の腹でなぞる。


(…でもやっぱり、)


嫌じゃないなぁ、なんて考えてから少し照れくさくなって、知らず知らずのうちに口角が上がって笑みが浮かんだ。
しかしその笑みも、ガッと背後から肩を掴まれたことによって一瞬で凍りつく。


「アーン~…、オレのときばっかりちょこまか逃げやがって…」


もう逃がさねぇぜ、と頭の後ろから聞こえた声に、アンの危険信号が一斉に鳴り響いた(とアンは思った)。













Please kiss me!


(ラクヨウの愛情表現はクッセツしてる!)

 

拍手[5回]

ちょうど物資の輸送が終わり家へと帰ってきたビスタは、甲板で高い声と低い声が騒々しい応酬を繰り広げているのを感じ取った。
また何やら面白いことでも起こっているのかと、疲れた体も一時忘れて声のする方へと歩み寄る。
 
 
「何事だ?」
 
「あ、ビスタ!アトモスに手ぇ食べられかけた!」
 
「だーかーら、喰おうとなんかしてねぇだろ!?ありゃあキスだ!」
 
「どこがだ!」
 
 
騒動の中心は末っ子代表と、それも含めた4人の隊長たち。
ふむ、とビスタは形良く揃った髭を摘まんだ。
 
 
「駄目だな、アトモス。淑女の手というのは繊細なものだ。乱暴に扱ってはいかん」
 
 
そう言いながらアンの右手をとったビスタは、その手を軽く上げさせた。
 
 
「女性の手を上げるのは相手の胸の高さまで。そこまで男は屈まねばならん。または膝をつく。基本は手の甲の中心に。手のひらと指の付け根を添えるように支えて、軽く触れる程度の口付けを落とす」
 
 
 
見事にその言葉を実践したビスタは、緩やかな動作でその手の甲に口付けた。
 
 
 
「…おお、」
 
「…なんかすげぇ絵になってっぞ」
 
 
屈めていた腰を半分戻し、アンの顔の前でにこりと笑って見せたビスタに、アンは他人事のように感嘆した。
 
 
「…ビスタなんか海賊っぽくない」
 
「む、確かに。しかし断りもなくたとえ手の甲であれキスを奪うのは海賊らしくないか?」
 
 
 
にやりと片方の口角を上げて笑うビスタの顔はまさしく海賊のそれで、アンは肩をすくめて確かにと笑い返した。
 
 
「ちぇっ、なんかビスタに全部持ってかれた気分だぜ」
 
 
アトモスが口を尖らせ、部屋帰ろーっととくるりと背を向けた。
フォッサは既に興味もないようで、明後日の方向向いて葉巻をふかしている。
ブレンハイムは隊員に呼ばれて仕事に戻ってしまった。
 
 
 
「ところで珍しい組合せだったんじゃないか?」
 
「あぁうん、」
 
 
アンは今までの経緯を簡単に説明する。
思ったとおり外仕事だったビスタは知らなかったようで、大変だったなと苦笑していた。
 
 
「さすがに隊員たちまではしてこないんだけどさ。ジョズにナミュール、スピード・ジルとクリエルでしょ、んでブレンハイムの後でアトモスとフォッサ」
 
「ん、広め始めたハルタとラクヨウはしてなのか」
 
「うん、ハルタは食堂で一回…あ、」
 
 
口を開けて停止したアンにビスタは訝しげに眉を寄せた。
 
 
「…ハルタにも、された。ほっぺたのホイップクリーム取られたときに、されたんだった」
 
取られたことに注目しすぎて今の今まで気付かなかったけど、と今度はアンが苦笑を漏らした。
 
ビスタも一緒になって少し笑ってから、にぃと顔を近づけてきた。
 
 
 
「アン、キスは場所によって意味が違うのを知ってるか」
 
「? そうなの?」
 
「ああ、男共に何処にされた?」
 
「えっと、おでこと、この辺…こめかみ?と、ハルタがほっぺでしょ。あと手のひらと、さっきの、ここ」
 
 
そう言ってひとつずつ指差し示していくアンを、ビスタは終始笑顔で聞いていた。
 
 
「で?意味は?」
 
「それはお楽しみだな」
 
 
まさかの焦らし。
アンは目を剥き、なにそれ言ってよ!とビスタを揺するが当のビスタは全く堪える様子もなく笑うばかり。
 
 
「まだ済ましていない奴もいるのだし、今言ってしまってはつまらんだろう?」
 
「…済ましてって!」
 
 
別に義務じゃない!と反論するアンに、ビスタはまぁ他の奴も知ってるんじゃないかな、と言い逃げるように立ち去ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
Please kiss me!
 
(ビスタがした手の甲の意味が気になるところである!)
 

拍手[8回]

*【足りん】二万打祝いに、マルアンサイト【トリトネコ。】のハナノリ様から頂いたマルアン話です!


















何で俺が、と言えば非番なのは一番隊だから、と返され、
マルコはサッチのニヤニヤ笑いを封じる術を沈黙でしかもたない。

「アンが偵察とかなら別だけどよ、非番でコレ忘れちゃまずいでしょう」

サッチがマルコに渡したのはアンの財布。
二番隊も非番で、寄港している島へ小一時間前に降りて行ったらしい。

「非番でも俺ァやることが」
「それ口実で、ちょっとは休んでくれって言うお前んとこの部下の気持ちを察してやんなさいよ」

軽口つきでサッチはアンの財布をマルコへポンと手渡した。

財布を見つけたのは船内にまだ残っていた一番隊の隊員。
それがアンのものだと知っていたのは同じくまだ残っていた二番隊の隊員。
どうしようと困っていたところに居合わせたのがサッチ。
という流れで手元にやってきたアンの財布は日ごろ使うことが無いせいかある程度中身の入ったものだった。




「いってらっさーい」

うちのおバカちゃんが無銭飲食する前にヨロシク!と甲板縁からウィンク飛ばしたサッチへマルコは一つ嘆息すると、
降って湧いた休日(といっても好きな事をやれるわけではないので休みかどうかは怪しいが)に、
とりあえず街の方を久々徒歩で目指したのだった。





**






とりあえず飯屋。もしくは露店の屋台。
怪しいのは路地まで食べ物の匂いがしている場所。

そう見当をつけ、マルコは街の中を移動していく。

アンは初めて来た街でも、何故か食べ物屋だけは異常に見つけるのが早く、
もはや犬を越えた嗅覚と皆に呆れを通り越し感心されるくらいなのだ。

案外早く見つかる筈だと思っていたマルコに声がかかった。

「あれーマルコ隊長!今日は暇できたんすか」
「・・・あー、まぁな」
よかったっす、と笑う部下たちにマルコはアンを見かけなかったか聞いてみた。
それなりに広さのある街ではあるが、アンが行くところはほぼ限られているのだ、
誰かが見かけているかもしれない。


「あ・・・・えっと・・・・・」
「どうしたよぃ」

とたんに隊員たちの目が泳ぎ出したので、マルコは鋭く聞き返す。

「あ、いや、別に、すごい楽しそうでしたっ」
「そ、そうです。あの、休日満喫って感じで」

それじゃ!となぜかそそくさと走り去る隊員たちにマルコはおいと呼びかけたものの、
ますます足を早めさせただけだった。

「何だってんだよぃ」
とりあえず隊員たちが来た方向へ行ってみるかと、マルコは歩き始める。
ほんの少しだけ歩幅が広くなっていた事には気づかなかった。




**




しばらく目ぼしい場所を巡るうち、前方に見慣れたオレンジの帽子とショートパンツが映り込む。

(・・・居やがった)

串に刺した肉を焼いている屋台で、あろうことか既に五本ずつを両手に持っている。

そりゃ楽しそうだよぃ、と先の隊員の言葉の裏付けを感じつつ、
今にもぱくんと一番上の肉へ噛みつきそうなアンの具合に、マルコは慌てて足を速めた。

(あのバカ!なんで支払前に口が動くんだよぃ!)

アン、と呼びかけようとしたマルコが次の瞬間の光景に一瞬体が止まる。


アンの体の向こう側からにゅっと腕が伸び、チャリンと屋台の親父に支払いを済ませたからだ。

横に立つ男は別に当然と言ったような顔で、というよりもともと表情が殆ど動かない性質の様で、
そのままアンの横へ並び、もぐもぐと口を動かすアンを呆れて眺めているような風だった。

男の視線に気付いたのだろう、アンは一瞬すまなそうな顔をして、
肉の串を差し出している。

食う?と小首を傾げている様は、どう見てもつい先ほどお知り合いになりました、と言った風ではない。

アンはある程度愛想はよくできるが、基本的にある一線を越えてくる事を許さない。
それは白ひげ一家の中でも例外がない掟らしく、アンが本当の意味で笑うまで随分と時間がかかったことは体験済みだ。

だからマルコは、アンの笑顔が一線を越したものであるとすぐにわかった。


マルコはある程度の距離を保ったまま、
どうしてだか声をかけられずに若い男女の組み合わせを眺めたままになっている。


(・・・誰、だよぃ)


僅かに首を振ってアンの肉食え要望を拒否した男に、アンはむぅと眉を寄せ、
そしてすぐに何かを思いついたように男に呼びかける。

あーん、と言いながら口を開けろと催促しているらしく、
その顔は悪戯っぽく笑っていて、その表情は実に小悪魔的。

これで口を開けない男がいたら褒めてやりたいといったくらいだった。


(歳は・・・アンと同じくれぇ・・・知り合いか?)

マルコはアンの横に立つ細身の猫背男を観察しながら脳内で疑問を巡らす。

もこもことした変わった帽子にパーカー。
短めの袖から覗く両腕には手の甲までご丁寧に刺青が刻まれている。


別に有り得ない話ではない。
世界は広しと言えど、たまたま立ち寄った港で顔見知りに合うことだってないとはいえない。

示し合わせなければ確率は相当低いとはいえだ。


マルコは二人が連れだって移動して行きそうになり、思わずそれを追いかけていた。
当然距離はとっているけれども。


(・・・まさか、餌付けされてひょいひょい付いてってんのかよぃ)

マルコの表情が焦りに変わる。

知り合いでないならそれはそれでアンの危機管理能力に問題があるし、
割って入ってアンを回収せねばならない。
そして船に帰って延々説教コースだ。


ただ知り合いであるなら・・・・・

あるなら・・・・・


「別に問題は・・・」

ねェけどよぃ、と呟いたマルコの表情は珍しく、本当に珍しく落ち着かないといったようだった。
白ひげ一家の誰かが見れば、何か大事件が起こったのかと思う位には。


マルコは思わず力が入ってしまった己の手に、アンの財布があることに気付く。

これを渡しに来たってのによぃ、
と自分でも本来の目的がすっ飛びそうになっていることへ自嘲すると、
逆にそれを理由にしてアンを追いかけることにした。


理由がいちいちいるのが面倒臭ェんだよなオッサンは。とサッチやイゾウなら間違いなく言う筈で、
それはマルコだって嫌というほどわかっているからここに今誰も居なくてよかったと思っている。


マルコは男女二人に見つからない様に、それでいて見失わない程度の距離を保ち、
気配は消して(そんな技術だけは重ねる歳の分だけ上手くなるので感謝だ)
とりあえずそのまま追いかけた。




**




何かを食べてばかり、かと思えばアンとその男はあちこちの店に立ち寄っていった。

ドアを開けるのは男が先、店に入るのはアンが先。

物騒な態をしてその実紳士なのか、男はアンの事をずっと優先するような態度を取っていた。
その事にアンは何も言わない。
小さなことでもありがと、とちゃんと礼を欠かさないアンにしてはひどく異質なことだとマルコは思った。
礼をすることも忘れるほど、アンにとっては馴染んだ事だと言わんばかりに。


隣を歩き、たまに男にじゃれつく。

           いや、・・・・・・・・・仲のいい隊長達にはこのくらいいつもやってる。


疲れたのか男がだらーっとアンに圧し掛かる様に背中から被さっている。


           これも、・・・・・サッチならやったことがあるので別に普通。


アンは圧し掛かれても嫌な顔をせず、笑って腕を抜けだすとグイと引いた。


           ・・・・・・・・・重いとか鬱陶しいとか離せとか、言わない以外は普通。
           ・・・・・・・・・・・・・・少々強引だが普通、としておく。


男がさりげなくアンの肩を抱いて自分の方へ引き寄せた。
前から来た歩行者を避ける為のようだった。


           ・・・・・・・・・これは、俺がやってるよぃ。



マルコは二人の繰り広げる光景を、普通か特別かと仕分けをするようにずっと観察していた。

というよりも全てを普通の、ごく当たり前のことだと言い聞かせていた。
男が自分と同じ気持ちで、アンをさりげなく庇う仕草をしたのならば、
それがどういう気持ちに仕分けされるのかは当然わかっているくせに。


意味の無い仕分け作業にマルコは苛立ちながら、
雑貨屋へ消えて行った二人を見送る。

少ししてからアンは何かを買ったようで、手に袋を持って出てきた。
ありがと、と言っているのは金を出したのが男だからだろう。

脇の路地の陰からそれを窺うと、アンの様子にハッとした。


男の方が数歩先に歩く。
アンはそれには付いて行かず、その細身の背中をずっと見つめていた。

苦笑に近い。

けれどそこに切なそうなものが混じる。
焦がれると言ってもいいのかもしれない。



そう、まるで、特別な相手を見るような。

甘い、痛みの・・・・・・・






(なんで、今、そんな顔すんだよぃ)


マルコを映さないアンの瞳が、
マルコの知らない表情をする。



マルコはついに焦れて、アンを呼びとっとと船へ連れ帰ろうと息を吸った。
帰る理由をアンに問われても、そんなものはいくらでもでっち上げればいい。

短い名前だ、別に呼ぶのに支障はない。


「ア・・・・・・」

声になったのと、アンの視線の先、
男がくるりと振り返って少し大きめの声でアンを呼ぶのが同時。


「アン、そんな顔してないで来い」

ちょいちょいと人差し指を曲げて後、男は自分の隣を指さした。
淡々とした様でも、どこか面白がるような声。

そしてアンは背中を向けていた筈なのに表情がバレたことに少し気まずそうに笑うと、
パタパタと男の元へ寄っていったのだった。









マルコは結局、アンを呼ぶことができなかった。







服屋、本屋、酒屋、菓子屋などなど、
縁のなさそうな店にもアンが立ち寄る度、少しずつ荷物が増えてゆく。


アンが船を下りてこんなに物を買い込んだことをマルコは知らない。
いつまでたっても必要最低限の物しかないアンの部屋は、
まるで長居をすることを避けるように、自分の痕跡を残したくないかのようにマルコには映るのだ。

他人のタオルを勝手に使うな、自分のを腐るほど買えと、
日用雑貨についてくどくど言うのもそういう理由が別にあるわけなのだが。



そろそろ両手に渡って来たアンの荷物の数を見て、マルコはハッキリと苦さを顔に出した。

普通に買い物を楽しんでいるように見えるのは、
一緒に居る相手の所為なのだろうか。

そう思ったらチッと勝手に舌打ちが漏れた。


増えた荷物は男が持っていたが、それを嫌だと言ってアンは必ず自分でそれらを持っていた。
ただ他に目を取られたりして置き忘れるということをやっている。

マルコにとってはそれはアンならやりかねないことだと熟知していることだ。

備品調達をしつつ横を歩くアンが荷物を置いて店先の食いものに吸い寄せられることは日常茶飯事。


買ったもん忘れんなバカと頭を軽くはたくのも、そのあとアンがごめん、と照れ笑いするのも、
自分にしか向けられていない、とまではおめでたく思ってはいないが、
赤の他人に同じことをされていて、面白いとは思えない。


それどころかこうまでじりじりした思いを抱く羽目になるとは思わなかった。


これは誰がどう見たって街で買い物を楽しむ恋人同士の図だろう。


つい、と男の袖を引く仕草も、
引かれた男が自然とアンの腰へ手を回すのも。
それをアンがごく自然に受けているのも。
そして体が触れたまま、屈託なく男に向ける表情が笑顔なのも。



腹が立つほど、似合いというやつ。



本当に、腹が立つほどに。












マルコは吹き抜けになっている中庭の広場を下に見下ろしつつ、
テラス席にて我が身の不毛さをコーヒーで流し込んでいた。

可愛い部下たちの気遣いにうっかりほだされたのは間違いで、
船で書類に埋もれていた方がまだマシな非番だったとブラックを飲みながら顔が苦る。


店に入った際、
今日は天気がいいですね、などとのんびり話しかけて来たウェイターは、
注文を告げた後、瞬時にコーヒーを給仕してそれ以来何も干渉して来ない。

相当自分は顔に何かが出ているということなんだろう。
どこか怯えるよなウェイターをマルコは冷めた目で見やった。


(別にどうでもいいよぃ)


もう二度と会う事の無い人間に、何を見られたところで構いはしない。



マルコはテラスから下の広場を視界に入れて、そこに二人の姿を見つけると(見る為にこの席を選んだのだが)
ますます纏わせる気配を物騒にしたのだった。

その所為か、偶然なのか、
周りのテーブルに座る人間は誰もおらず、マルコの邪魔をするものは何もない。


中庭広場では青空の下、ワゴンで飲み物やデザート類が売られていて、
クレープやらワッフルやらといったマルコには縁のない食べ物の甘ったるい匂いが上の階層まで上がってきている。

テーブルに椅子が四つ。
アンと男は向かい合わせで座り、
空いた席には買った品物が幾つかの紙袋となって置かれていた。

そしてアンの前には特大のパフェ。そしてワッフル、そしてなにかよくわからないが甘そうな色をしたデザートの山。

ぱくぱくと食べ進めながら、時折男に食べる?と聞いているようだった。

見てるこっちが胸やけしそうだ、とマルコが呆れ半分で思っていたところ、
男が苦笑してアンに手を伸ばす。

ほぼ無表情、というかやる気のないというか、ここまで男はそんな表情ばかりだったので、
思わず男の行動を見ていると、マルコはその目を疑った。

伸ばされた指先はアンの口元をついと拭って、
そしてそのまま男は指先をぺろりと舐めたのだ。

ガタンッと鳴った机の無機質な音に、マルコは自分が立ちあがったのだと知り、
そして周囲が何かに脅えた様にシンと静かになったことに気付く。

マルコは気まずい空気を感じつつ、あー、と嘆息してその気まずさを拭おうとした。
浮かせた腰をストンと戻せば、さわさわ、と少し経ってからまた自分の周りには喧騒がもどってくる。

アンは男に世話を焼かれても特別何というわけでもなく、
自分でもグイと腕で口元を拭いていた。


(これでアンが照れでもしたら終わりだよぃ)

終わる?何が?


その答えは知ってはいるが気付きたくもない。


見たくはないのに二人からは目が離せないという矛盾。

この歳でドツボとは・・・・
船の奴らにはみっともなくて見せられたもんじゃない、とマルコは眉根に深い皺を刻んだ。



そんなマルコに気付いていたとしたら男は相当な鬼畜に違いない。

一言二言アンに何かを言い、そしてアンはそれに噛みつくようにきゃんきゃんと吠えていた。
その返答に男はクックと肩を震わせている。
アンはむくれた様にぶぅと顔を赤くして黙りこんでしまった。


お約束のやり取りを傍で見ているとこういう気分か、

とマルコは我が身を振り返りつつ、それが別に特別ではなかったことを目の当たりにして、不機嫌が最高潮に達した。



それこそ財布をここから放り投げてとっととこの場から立ち去ろうかと思うほど馬鹿らしい追跡劇。

冷めたコーヒーを煽りつつ、頭の隅で財布の重さを計算に入れ、
距離と方向から本当に投げる気でマルコが算段していると
見て見て、と少し離れた所からの声が耳に入ってしまった。



「あ、ねぇ、あそこですっごい沢山食べてる女の子、さっきの」
「あ、ホントだ!うわー、あんなに食べてもあのスタイルってずるいよー」
「ねーっ!あーんいいなぁ、恋人と久々に会えて幸せーって感じで」
「映画みたいだったよねぇ、再会のシーンがさ」
「そうそう、あんな風に私も誰かに飛び込みたーい」
「でもって彼の方からもぎゅーってされたーい」

キャッキャ、クスクスと笑いならがのおしゃべりは、普段だったら聞き流せた。
もとい、こんな状態でもアンとあの男を指しているのでなければ聞き流せた。

マルコは拾い上げたというよりは耳に入って出て行かなくなってしまった単語たちに、
脳みそを占拠されてしまっている。

(恋人と久々に再会・・・・・・・飛び込んで・・・・・・抱き留めた、ってか)



バキンッと今度は質の違う硬質な音が響いた後、

手元を見て、
そこに青い炎が上がるのを見る。
白磁の欠片とそこに付着する赤。



アホらしい、とマルコは席を立った。

釣りは居らねェ、とレジへ高額過ぎる紙幣を置いて店を出る。

お客様、と店員が呼びかけたものの、その姿はあっという間に人波に消えた。

カップをさげに行ったウェイターが取っ手が完全に砕けたカップに動揺していて、
一体あの客は何だったんだと店員たちが一瞬ざわついたが、
弁償代としても充分過ぎる支払いに追い掛けて問いただす意味はなかった。




**





マルコはアンへ財布を渡すのを諦めて、というより必要がないことを知り、
船へ戻ろうとしていた。

アンには恋人と言う名の財布がいる。

出港は明日の昼なので、アンには明日船に戻ってきて渡せばそれで済むだろう。

時刻はそろそろ夕暮れになろうとしている。

普通に考えてアンが泊らずに戻ることは考えにくかった。



自分が無駄に歳を食い、無駄に周りが見えさえしなければ、
割って入ってアンを連れ帰ることをしただろうか。

そんな自分をマルコは想像もつかないので、結局想像は想像でしかない。


けれど、アンが始終幸せそうに笑い、相手の男を自分の範疇へと受け入れているのならば、
結局どんなマルコであろうとも、
それを壊し、引き離すことに正当な理由があるとは思えなかった。

海賊稼業を長いことやってる俺が正当性を口にするか、とマルコは苦く自嘲する。


時間が過ぎ、明日になればアンはまた船へ戻って・・・・

(そもそも、戻って・・・くんのかよぃ)

マルコはまさかの可能性を思って、いや、それは無ェと即座に否定した。

否定、というよりそれは願望に近い。



白ひげを海賊王にすると言っていた。
この船が家だと言っていた。
帰る場所はここだと。


けれど、恋人が現れて、一緒に行こうと言われたら?

アンならば、そんなものはねつけて戻ってくるのかもしれない。

けれど、



マルコの脳内では昼間の光景が再生されている。
隣に来いと呼んだ男と、それに走り寄っていったアン。








言いようのない焦りに襲われた。


今更、

アンにとっての世界が、白ひげ海賊団だけのように思っていたのは何故だろう。
アンにとっての男が、自分いや百歩譲って・・・・ああ、違ェ、チクショウ、

何で俺以外に目が向くわけが無ェとかそんなタカをくくれたってんだ。


同じ船にずっと乗っている。

アンの一番近くに居る。

間違えれば正し、迷えば示す。
見守っているという免罪符の元、

逃げないように、こちらを向くように、そして離れられなくなるように、
自由に見せかけて不自由な中に捕まえていると、

どうして思えていた?



そんな保証も確証も、実はどこにもなかったのに。


白ひげの元へ来る前のアンについて、マルコはほとんど知らない。
彗星のように現れて、またたく間に噂に上った若い女の能力者。
白ひげが娘にすると言ってから、一通りの事は当然調べてたので知識はある。
けれど新聞や噂での情報ではなく、アン自身の口から過去を聞いたことは実はあまりない。

どんな奴らと過ごして、どこへ言って、何を聞いて、
そんな些細なことを知らないことが、
ここにきて今更こんなにダメージを生むとは思いもしなかった。

今さえ、そしてこの先さえ共に過ごしていればそれで充分だと、




どうして、そう思って・・・・


あまりよくない思考だと分かっているのに止められない。
マルコがこの日何度目かの舌打ちをしたところ、背後からバタバタと足音が聞こえた。


「マ、マルコ隊長!」


走り寄って来たのは一番隊の奴ら。ちょうど昼間にアンを見かけなかったと聞いた奴らだった。
一瞬言い淀んだのはマルコの表情があまりいいものではなかったからだろう。
取り繕うのも面倒だと、マルコはそのまま早く言えよぃ、と促した。


「あの、それが、さっきチラッとアン隊長みかけて」
「ああその件なら片ァついてる。誰か連れが居んだろぃ」

ったくこいつらもこいつらで、
最初っからアンが誰か男と歩いてたと言やァいいものを、適当に楽しそうだとか誤魔化しやがって、
つーか何で俺に誤魔化す必要があるんだよぃ俺は別にアンの何でもねェのに。

マルコは散々内心で愚痴ると、八つ当たりに近い気持ちで目の前の隊員たちをねめつけた。

「あ、あの、それなんですけど」
「昼間はすげぇ楽しそうっていうか、でもさっきは・・・・」


隊員の報告を聞いて、マルコからブワッと怒気が盛り上がり、同時にその場に蒼炎が巻き起こる。

それが消えた時、既にマルコの姿はそこに無かった。
残されたのは呆気にとられた隊員たち数名。

見上げれば夕闇迫る街の空に、一筋の蒼がとある方向を目指し線を描いていた。





**





アン隊長が昼からずっと誰かと一緒で、俺たちもびっくりしてたんす。
でもアン隊長ずっとニコニコしてるし、誰か知ってるヤツっぽかったから、
邪魔するとか変でしょう!?
だからそのままなんとなくだったんすけど、
さっきその、あー、花街近くの宿屋の前で、その男とアン隊長が言い争ってるの見ちゃって、
その、アン隊長が帰るって言ってるのを男がそんなのいいから、って宿に引っ張って・・・・


マルコが実際に聞いていたのは、アンが帰ると言ったその部分だけだった。
後は聞かなくても想像がつく。


出港が明日なら、普通に考えて泊っていくだろう。
その思考は別にいたって健全だ。
久しぶりの恋人からつれなくされりゃ、同じ男として腹が立つのも理解できる。

が、それはそっちの都合。


こっちの都合を言わせてもらえば、

アンが帰ると言ってる以上、


「・・・返してもらうに決まってるよぃ」


マルコは帰すの意味が違っていると理解しつつ、
そんなもん知るかと一蹴した。


マルコは中心街を抜け、街外れへ飛ぶ。
昼間はひっそりとしているここも、時刻が時刻だ、段々と華やいできているのがわかった。


花街の奥へ行く手前、安宿が並ぶ一角で男女がもめつつそのまま店の奥に入ってく。
マルコに見えたのは入口から外へ最後に残されたアンの右ひじから先の部分。

不死鳥化を解いて飛び降りるように空中からザッと地面に降りると、
周囲の人間からどよめきが起こったがそんなものに構う余裕はない。

マルコは連れさられつつあるアンの右手首をなりふり構わず掴んで引いた。


「アンッ!」

くん、とアンがこちらへ留まる。


「俺の女だ、返してもらうよぃ」

男に握られたもう片方のアンの手も、男から奪って覇気をぶつけようとしたところで、




なぜか、なぜだかマルコの背後から、


「マルコ?」


とアンの声がしたのだった。







**





この状況を取り繕う術を、さすがのマルコも即座に思いつかなかった。



男から奪還したアンの手首は現在も自分が握ったまま。

ならばなぜ振り返ったマルコの視界に一人、両手に荷物を持ったままのアンが映るのか。


「・・・・・アン?」


ああ、これはお約束をしでかした、とマルコの頭は自分の手の先の結論を既に出している。

本当に珍しくマルコは表情を作ることもできずに、
アンを見たまま固まっていた。



「・・・・あ、ごめん、嘘、何かもめてんだったらあたし見なかったことにして船戻るから」
声かけてゴメン、うん、ごゆっくり!

そうやって居心地悪そうに、それでいて大人な対応に努めようと荷物を持ったままどうにかパタパタと手を振るアンの顔を、
マルコは折れそうになる膝をかなりの気力で持ちこたえさせながら一言だけ告げた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誤解だよぃ」


随分と情けない台詞だと、
マルコはアンに言いながら表情にもそれがそのまま出ているとわかった。

そしてもう一度振り返って自分の手の先が一体誰の手首を掴んでいるのかを確認して、
(いや確認しなくてももうわかっていたので、再び膝が折れそうになっただけだったが)
マルコはアンと似ても似つかない女の手首を何の未練もなく離したのだった。


何で間違えた、とその不可解さに自分がどれだけ焦っていたのかを見せつけられたような気がする。


マルコはかなりの精神的ダメージをうけつつ、それでも邪魔して悪かったと詫びた。
ただ女は逃げたかったのは本当の様で、その隙をついて男の前から姿を消している。
マルコは邪魔をして良かったのか悪かったのか微妙な気持ちになりつつも、
何の関係も無いただの男にある程度の金をつかませた。
すると態度が豹変し、男はニヤニヤしながらマルコの肩を叩いて行ってしまう。



残されたのは、マルコに待てと言われたアン。

『自分と隣部屋の男が、一人の女を巡って安宿前で一悶着』

光景そのままで理解するなら、アンがジリジリとマルコを距離をとろうとするのもわかる。

言葉を重ねれば言い訳くさくなるのか、と思いつつマルコはもはや取り繕う気力がほぼ尽きたので、
アンを呼ぶと路地へ少し入ったところで顛末を説明した。

そういえば、アンは何故一人でここを呑気に歩いているのだろう。

マルコは路地横の建物の壁に背をつき、嘆息するとどこか微妙な表情をしたアンへ語りかけた。



**




「あー・・・・アン、お前ェ財布船に忘れてったろぃ」

キョトン、とアンはマルコの言葉に目をぱちぱちと瞬かせる。
悶着とはかけ離れた言葉に、
アンの顔はああこれは誤魔化しの一旦かと何かを悟ったような表情を浮かべた。
そのことにまた地味にマルコの精神的ダメージは膨らむ。

「うん、ちょうど取りに戻るとこにマルコ見かけて」
「ほらよぃ」

地面に荷物を置いたアンの手に、ポンとその財布が乗せられる。


「へ?」

「お前が出てった後、隊員が気付いて、んで俺が届けることになって、一日お前ェを探してたんだよぃ」

「あー・・・・そう、なんだ」

「で、さっき一番隊の奴らがお前が花街で男に引っ張られてるの見たって言いだしてよぃ」

「え、」

「・・・・・・様子見に来たんだよぃ」
心配ですっ飛んできた、とはさすがに言えなかった。
そして心配したあまりに見間違えた、とも言えなかった。

「でも、俺の女とか・・・」

ぐ、と思わず何かを詰めた様な音が出た。
聞こえていたのか・・・・

「・・・・・そんなもんはああいう時の常套句だろぃ」

「えっと、じゃぁ、別にさっきの、マルコの修羅場とかじゃ・・・・」
あたしと、間違えただけ?

マルコの理屈にもアンは突っ込まず、キョトンと聞き返す。
その顔に、マルコはハァとため息を落とすと顔を伏せて一言ああ、と認めた。

さあこの後、鬼の首を取った様にアンは得意げにこちらを笑うだろうとマルコは覚悟をしたものの、
一向にその気配はない。

そっか、と呟いてどこかホッとしたような顔をしている。


その表情に若干拍子抜けしつつ、今度はマルコがアンへ問いかけた。


「で、お前ェはこんな場所で何で一人ふらふらしてんだよぃ。連れが居・・・」
「え?」
「ああ、いや別に何でもねェ。花街はお前ェが来て楽しいとこじゃねェ癖に」
「え、あ、いやその・・・・」



「いやさ、早めに財布取りに戻るつもりだったんだけど、今日は使わないでも済んだっていうか・・・あはは」
あ、でも届けてくれてありがと。
アンは少しずれた説明をすると、急にマルコへの視線を泳がせる。

そのことにマルコの眉は寄った。
何故、一緒に行動をしていた男の事を言わない?
単なる知人友人であれば、アンは聞いて聞いて友達に会ったんだ!とキラキラしながら言う筈だ。
それを隠すとは・・・

(・・・俺には言えねェってか?)

焦燥、とこういう気持ちはいうのかもしれない。
そして実際顔にも出ているのかもしれない。

それを証拠にアンがマルコの顔を見ながら不安げに名前を呼んでいるからだ。

胸糞悪ぃ、とマルコは内心で呟く。

小娘の相手が気になって仕方がない内心にも、
アンにとってのなんなのかを確かめられないのも、
そしてこちらの気持ちに気付きもしないアンにも、

要は八つ当たりだと、マルコは分かって舌打ちをした。


それをアンは説明不足への苛立ちだと捉えたのだろう。

あー、とかうーとか唸りながら結局マルコへ正直に話すことを決めたらしい。


「隊員の奴ら、早とちりしたって怒ってやんなよマルコ。
別に見間違いしてねェから、さっき宿前であたし確かにちょっと暴れたし」

「あ?」
「違う違う。別にそういう暴れたじゃなくて」

アンは決して説明が上手い方ではない。

あちらこちらへ迷いつつのアンの言葉を要約すると、
買った数々の物をアンは立て替えてもらっていると思っていたという。
だから買い物の終わり、アンは財布取ってくると言い、
それを男が拒否して別にあんたにやると言いだしたらしい。
とはいえアンはそれを受け入れない。

しばらく『取りに帰る』『必要ない』の攻防は続き、
男が宿へ引っ込もうとするその瞬間を隊員たちが見聞きしたというオチだった。


「だってあたし貰う理由ないし」
貸しなんか作りたくねぇもん!と言うアンの強情にマルコは苦笑した。
男の肩をもつわけではないが、贈る相手がこれではなんとも金の使い甲斐がない。

「ありがたくプレゼントとして受けとりゃいいじゃねェか。
恋人に貸しどうこうの考えはねェだろよぃ」

「は??」

「俺の考えは間違ってるかよぃ」

「いや、あたしだってそりゃ恋人同士で貸し借りとかそういうのは変だって思うけど・・・」


なら貰っとけ、とマルコが半分自棄で言いかけた台詞を、
アンの言葉が邪魔をする。

「でもアイツ別に恋人じゃねぇし」
だから貸しは嫌だ、あたしの言ってる事だって正しい、とアンはマルコへむぅと言い返した。



「・・・・・・・・・・・・・・は?」
「聞こえてないフリとか大人げ」
ねぇだろ、とアンがマルコにさらに言い募ろうとして、アンは少しの異変を感じマルコ?と呼びかけていた。

パタパタと目の前でアンの掌が振られるので、相当茫然としていたらしい。


「おーい、マルコ。大丈夫?あたしそんなに変なこと言った?」
急に心配になって来た、と言った風でアンはマルコの方へ一歩近寄ると、
シャツの裾をクイクイと引いて、マルコの注意を向けようとしていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、何でもねェよぃ」

言いながらマルコは背をあずけている壁にめり込みそうになりなっていた。

(あー・・・・)


「そう?・・・・・」

アンは疲れてんのかな、と小首を傾げ、
変なマルコ、と言って最後には、あーあ、と苦笑した。


「さっきちょっと誤魔化そうとしたのはさ、」


突然アンは足元に座りこむと、たくさんの荷物の中あっちこっちをガサガサと探って
何かを見つけ出そうとした。

「えーっと・・・あ、あった」

はいこれ、とマルコにひょいと差し出されたのは細くて濃紺の瓶。
それはマルコが好んで飲む銘柄の酒で、マルコの目は丸くなった。

「・・・・俺にかよぃ」

「マルコは非番でも船に残るって思ったから、帰って土産だってびっくりさせるつもりだったんだけど」

黙ってても空気なんか悪くしそうだし、もういいやバラす。
そうやってアンは少しだけ残念そうに笑った。


「みんなにもいっぱい買おうって決めて街下りて、そしたら偶然すぐに昔の仲間に会ってさ」

「仲間?」

「うん、あたしがまだスペード海賊団で船長やってた頃の仲間。いやもうびっくり!」
でも久々再会して、財布忘れて立替とか、恰好悪いじゃん。
第一そもそもマルコに知られたら驚かす計画台無しだし。

居心地が悪そうにアンはマルコから目を反らす。

「昔っから世話ばっかかけて全然成長してねぇなとか、アイツにも散々言われるし」
今日はイマイチしまらねー、アンはその時のやりとりを再び思い出したのか、むぅと膨れた様に眉を寄せる。

そしてその表情を少しして元へ戻すと、マルコの方をみて困ったように笑った。

「ホントに船帰ってビックリさせたかったんだ」

次の機会はしばらく先だなー、とアンは残念そうだけれども、
どこか胸のつかえが取れた様にスッキリとした表情をしていた。


「・・・いや、充分びっくりしたよぃ」
「そう?」
「ああ、ありがとよぃ」

「じゃぁ荷物一つ軽くなったってことで、まぁいいってことにする」
へへっとアンはマルコからの礼に少し気恥ずかしそうに笑う。

その笑顔にマルコも釣られてより一層脱力しそうになる。


勘違いだと分かったものの、
気力が戻ってくるような、結局抜けて行くような、何とも言えない心境に陥っていた。




(とりあえず今日はもう、びっくりはナシでいいよぃ)








**




壁に沈み込んだ体を引きはがすのにはあと少しだけ時間が欲しい、とマルコが思っていると、
それを全く無視してアンの声がポンと発せられた。


「マルコこの荷物ちょっと見てて。あたしちょっと行って金置いてくる」

どこに行く、とマルコが止める間もなくアンは財布一つでタタッと数軒先の宿屋の中に入っていく。

おい、とマルコがガサッと地面に置かれた荷物を引っ提げてアンの後ろを追い掛けても、
アンは既に建物の中。

別にそういう宿だと表に看板を出しているわけではないが、
この界隈にある宿はみんなそういう目的のものだからわざわざ謳う必要がないともいえる。

マルコはアンの『昔の仲間』と言われた言葉を疑うわけにもいかず、
言われた以上は過剰な心配をすることもできず、
何故又こんなじりじりする気持ちを味わわねばならないのか、と嘆息しかけた。

そして間もなく通りに面した二階の窓がバタンと開く。

「マルコー、会ってくー?」

会って欲しいとその顔には書いてあるが、マルコの返事は一瞬遅れる。

その一瞬の間にアンは室内から呼ばれたようだった。
声に窓の外へ半分出かけた体を捻る様に戻し、えー、と不満そうな声を上げている。

そのままアンの身体は室内に引っ込み、一瞬何かの心配をしかけたマルコだったが、
アンの姿は意外とあっさりと宿から出てこようとしている。

キィと窓枠が軋んだ音と、マルコがそちらを見上げるのが同時。
アンが開けっ放しにして行った窓を閉める為に、
室内から外へ乗りだした細身の男がマルコを見下ろした。

淡々とした視線の中、なぜか値踏みをされているような気になる。

(・・・若ェくせに俺を見下ろすたァいい度胸じゃねェかい)

マルコが好戦的に唇の端を上げたことに男も気付いたようで、
フン、と鼻を鳴らしたような表情をした後バタンと窓が閉じられた。

そこへつまらなさそうな表情を隠しもせず、アンが宿からマルコの傍に駆け寄ってくる。

「ごめんねマルコ、ローが、あ、ローってアイツの名前だけど、会いたくないとか言ってて・・・」
昔っから愛想なくって偏屈なんだ、だから気悪くしないでね。
と続いたアンの言葉にマルコは肩をすくめて応えた。

「別に気にしねぇよぃ」
「うん、でも」

「どこかで敵になるかもしれねェんだ、前情報はないほうがいいよぃ」

そう言うと、アンの顔が面白いのと困ったのと両方混ぜた様な表情になった。

「マルコもさっきのローと同じこと言うんだね。そりゃオヤジ狙ってきたんだったら相手が誰でもあたしだって闘うけどさ」

そうじゃなかったら、仲良く、とかは・・・・やっぱ甘いのかな、
そうやって苦笑したアンの頭をマルコはくしゃくしゃと撫でた。

「多分、あいつが狙うってんのはオヤジの事だけじゃねェと思うよぃ」
「へ?」

キョトン、としたアンの顔にマルコは笑った。
意味は自分だけがわかっていればいい。

いくらアンがあんなに幸せそうに笑っていたからといって、
欲しいモンに手も出さずに引いた我が身をマルコは悪い冗談だと振り返る。



欲しいなら、奪い盗ればいいだけのこと。


他人の物なら、そいつから奪えばいいだけのこと。




そして、

誰のものでもないのなら、



誰にも渡さなければいいだけのこと。



「ま、向って来るんなら容赦はしねェ負ける気なんざサラサラねェよぃ」

「いや、うんあたしもそうだけど」
アンはよくわらかないまま、とりあえずマルコがいうのは海賊の心得みたいなものなので頷くしかない。
そしてコクリと頷いた頭には、マルコの足元に置かれたたくさんの品物が目に入る。

「あ、そーだ、荷物!マルコありがと」
「お前ェ一瞬忘れてたろぃ・・・」
「え、あー・・・あはは」
「まぁいいよぃ。でェ、一応聞くが、」
「とりあえず、他のみんなの分のことはマルコも帰るまで秘密にしてて」

そうやってアンはシーッと指先を自分の唇に当てて悪戯っぽく笑った。

マルコはその顔に苦笑するしかない。
これだけ大量に買っていても、予想通り自分のものは何一つないのだ。


街外れから帰る道すがら、
うきうきと両手に荷物を抱えたアンは、みんなびっくりするかな?喜んでくれるかな?
どんな顔すんだろ、とワクワクして仕方がないと言った顔で始終笑っている。
横を歩くマルコの手には濃紺の酒瓶が入った紙袋。
アンの荷物を持ってやるのは、アンにとっては優しさでも何でもない行為なのでマルコはそのまま好きにさせている。


「マルコ、絶対言うなよ!?」
「・・・言わねェよぃ」
「あたしがバラすまで絶対絶対」
「あーあーあーわかったよぃ」

どうも信じられないといった顔のアンに、マルコは呆れて言った。

「少なくとも、俺はお前ェより顔には出ねェ性質だよぃ」
「・・・・それもそっか」
いっつも何考えてるか謎だしな!そうやってアンは何を思っているのかクックと声を出して笑っている。

「今日はお前ェのことで頭いっぱいだったよぃ」
「へっ!?」

「財布持たずにフラフラして、善良な市民からカツアゲしてねェか、良心的な飯屋で踏み倒してねェか、
馬鹿な賭け事に乗せられちゃァいねェか、」
「ぎゃー!うるせェ!そんな馬鹿なことするわけ」
「食い逃げ常習犯がよく言うよぃ」

う、とアンは言葉に詰まり、最終的にはカツアゲも踏み倒しも賭け事も別に海賊なら普通だ!
と言い張ってマルコからの拳骨を貰う羽目になっている。


クッソー、と唸るアンは突如ピコンと何かのアンテナが働いたのか、その場に立ち止まってしまった。
そして香って来た香ばしい匂いに鼻をひくひくさせている。
匂いの発生源をくるくるっと目で探し、等間隔で着いたランプの下、
建ち並ぶ屋台の幾つかに目が輝いていた。


「アン」
「・・・何?」

食いすぎと小言が来るかとアンは構えていたが、
以外にもマルコの顔は笑っていた。

「どれでも好きなモン、好きなだけ言えよぃ」
奢ってやる、と続いた言葉にアンの目は丸くなった。


「へ?ど、どうしたのマルコ」
「これの礼だよぃ」

ガサリ、とマルコはアンから貰った酒瓶の入った袋を軽く持ち上げ言った。

「え、いいよ別に!土産が借りになるとかならそんなんじゃねぇし、
あたしがあげたいって思っただけなんだし!」

慌てた様に言うアンをマルコは苦笑して見下ろした。
その理屈がわかるのなら、なぜ先ほどのローとかいった男が自分にした事も同じ理屈だとわからないのだろう。

(ま、わからねェんならその方が都合がいいよぃ)



「いらねェなら別にいいよぃ」
「いる!!」

美味しい匂いの前にもはや反射で応えたアンの様子を、
マルコはふっと笑って荷物を持っていない空いた片手でポンと撫でた。

アンは気恥ずかしいのもあるのだろうが、
奢りで何でも好きなもの!の前には全てがどうでもよくなってしまっている。

やったー、と叫んだところ、ガサガサと荷物を抱えた両手が突然軽くなった。
見るとマルコがそれをまとめて持っている。
アンが両手で抱えていた物でも、マルコは手が大きい所為か片手に全てまとめて持てるらしい。

きょとんと見返された顔に、
お前ェは自分のモンだけ持てよぃ、どうせ持ちきれなくなんだから、と笑った。
アンはうん、と素直に頷いて マルコありがと、と返す。



「よっしゃ!じゃぁ端から順番に全部!!」
冗談のような台詞に一瞬マルコの顔が驚いたようになって、
アンはその顔を見られたことで一層機嫌をよくすると一目散に目的地へと駆けて行ったのだった。




**


袖を引かれて、食う?と聞かれる。
食ったら恨まれそうだと軽口を返すと、そんなことしねぇ、とむくれられる。
揚げたチキンを入れた紙のカップから、それをひとつ楊枝で刺すと、アンははいとマルコの口元へそれを運ぶ。

マルコは少し身体を屈めて、ひょいとアンの手元からそれを食べた。

アンはその様子を満足そうに眺め、その間にも自分は3つほどをもぐもぐと頬張っている。

「あーやっぱさー、一人で食うより一緒に食った方が楽しいよなぁ」
「何だよぃ、いきなり」
「いや、今日ずーっとそう思ってたんだって」

くしゃり、とあっという間に空にした紙のカップを潰すと、アンはそれを屑籠を見つけて放りいれた。
ついでに屑籠近くでやっている立ち飲みのバーでさっさとビール瓶と財布の中身少しとを交換し、
ほい、とマルコに手渡す。

奢りの礼、と言って悪戯っ子の様に笑った。
マルコもそれに苦笑して、ありがたく受け取ると煽って一息つく。


いつもそうなのか、今日がたまたまなのか初めて立ち寄った街だからよくは知らないが、
帰る道すがらに選んだルートはアンにとって大当たりだったようで、
途切れない屋台がずっと続いている。

新たな店の前を通る度、奢りだとか礼だとか、それを互いに繰り返してアンとマルコはゆったりとモビーディックへと向かっていた。
歩きながら食べ、歩きながら酒を呑む、
たったそれだけのことが充分気持ちを弾ませていた。


アンしか興味の無い甘い物でも、アンは律義にマルコへ食べるかを尋ね、
(もちろんそれは嫌がらせの為だが)マルコはその度に嫌な顔をするのでアンは大層満足気だ。

ボール状にしたカステラをあーん、と言いながら見上げてくるアンの悪ふざけに、
片手は空けてあるマルコはキレてアンの手首を掴むと指ごと口に入れる。
ついでに甘噛みしてやったら散々抗議された。

「っ指まで食うな!」
「・・・食わせ方が悪いよぃ」

口の中のものを苦々しく嚥下し終わり、反省の色なしで言われたマルコの台詞にアンはむぅっと唸りつつ、
残りのものをバクバクと猛烈な勢いで食べ進めていた。

その間にも視線は両脇の店のチェックを忘れない。

そんなことばかりには注意が行くのに、対向の歩行者へは全くの無防備。
マルコは時折アンの肩をクイと引き寄せ、ぶつかるのを防いでやらねばならなかった。
あの男もやっていたと思いだされるのが少々、癪ではあったが。

「あ」

進行方向から肉の匂いがしてきているので、マルコはアンが走り出すものだと思い見ていると、
どうしたことかアンはマルコの横でマルコを見上げる様にして笑っていた。

「どしたよぃ?」
「んーん、本物だって思っただけ」
「・・・本物?」

意味不明なアンの言葉に、マルコがオウム返しにそれを尋ねると、
アンは少し気まずそうな素振りをした後照れたように言った。

「あたしさ、よく前見てなくてぶつかんじゃん?
マルコにいっつも怒られるけど、で、今日もそんなことがあって、」

呆れてんだろ、とアンは間に一度挟む。
マルコはアンのいう『今日もあった』光景を実際目にしていたので何も言わずに黙ったままだ。

「今日はローがマルコみたいにしててくれて、その度に何か違うな—って思ってたから」

今のがしっくりきて思わず本物と言った、という理屈らしい。


「他にも何か世話たくさん焼かれたけどなんかこうイマイチ・・・何だろ、
いや、まぁ、違って当たり前なんだけど・・・」

ん?あたし何か変なこと言ってるな、とアンは首を捻りつつ笑い、

「今日は何だかマルコのことやたら思い出したよ」

そうマルコに告げてやっぱり笑った。


ただ次の瞬間には視界に入った肉に歓声を上げてあっという間にタタッと走り出している。
本人放った台詞の威力には、一切気付いていない様だった。






違う男が、同じ行為をする度に。


         —そうじゃなくて、これじゃなくて、





その違和感は、


いつもをくれる相手を浮かばせる。








「・・・だから、今日はもうびっくりはナシっつったろーがよぃ」



肉の屋台の前で、どれを買うか迷っているアンの背へ追いつきながら、
マルコは参ったと苦笑するしかなかった。





**



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さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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