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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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私には護衛がいる。
街に蔓延る悪党に私が不当な仕打ちを受けないように、常に光る目がある。
女の子はみなそうして守られるものだという可愛らしくも浅はかな勘違いに気付いたのは、十を過ぎて少しした頃だった。
少しお姉さんになったのにいつまでもついてくる護衛にうんざりし始めたのも、この頃だった。

「あれ、今日はひとり?」

文庫本から目を上げると、少し息を切らしたナミさんが立っていた。
シトラスの品のいい香りが彼女から流れてくる。

「えぇ、おつかれさま。走って来たの?」
「ううん、暑かったから早く店に入りたくて早足になっちゃった。他のふたりは?」
「まだ。ロビンさんからは少し遅れるって連絡が、あ」

私の視線の先を追ってナミさんが振り向く。
丁度店の扉をカヤさんがくぐったところで、私たちを探して不安そうにきょろきょろと辺りを見渡していた。
大きく手を振ってやると、目を留めた彼女が小走りで近づいてきた。

「ご、ごめんなさい遅くなって」
「遅くなんかないわよー。そもそもまだ約束の時間にもなってないし」
「よかった、少し電車が遅れていたから」

金色の細い髪を耳にかけながらカヤさんが羽根のような軽い仕草でナミさんの隣に座る。
そしてすぐ、少し遠慮がちに辺りを見渡して言った。

「今日、あの方は? ビビさんの」
「ペル? 今日は置いてきちゃった」
「黙って出てきたの?」
「んー、黙ってって言うか、言ってないって言うか」
「それを黙って出てきたっていうのよ」

ナミさんがからからと笑いながら店員を呼ぶ。
彼女が迷わずオレンジスカッシュを注文し、慌ててカヤさんがメニューに目を走らせてアイスコーヒーを注文した。
私の手元には既にアイスレモンティーが届いている。

「今頃お屋敷で慌てて探してんじゃないのー、あんたのこと」
「そんな大ごとじゃないわよ。黙って出かけることくらいよくあるし、ナミさんたちと会うわって確かテラコッタさん辺りに話したし」

そう言いながら、探してるんだろうなぁと思ってちくりと棘が胸を刺した。
ペルはいつも私の数歩後ろを歩いて付いてくる。
誰かと待ち合わせたときは、相手がやってきてしばらくするとそっといなくなる。
そして帰るころになるとどこからともなく現れて、「さ、帰りましょう」と私を促しやっぱり数歩後ろをついてきた。
隣を歩けばいいのに、と言ったことがある。
ペルはにっこり笑って「ありがとうございます」と言ったけど、隣には来なかった。
もちろんいつでも後ろにいるわけじゃなく、並んで話をすることもある。
でもいつそうするかは、彼が選んでいた。
わきまえている、と言ってもいい。

「すごいわね、とても大事にされてる」

カヤさんが白いハンカチでそっと汗を押さえながら言った。

「子供扱いされてるのよ。もしかしたら今更引けに引けなくなってるだけかも」
「ずっとペルさんなの? ビビ担当は」
「えー……別にペルが私担当ってわけじゃないのよ。ペルも父の仕事で忙しいし」

あ、でも。話しながら昔のことを思い出した。

「なんかね、小さいころまだ若かったペルとチャカ……もう一人の役員がね、私のお守をするように言いつけられたそうなんだけど。チャカは顔が怖くて、私が懐かなかったんだって。その点ペルは温和な顔をしてるから、どうしても私がペルにべったりだったみたい」
「やだーなにそれ可愛い」
「そんな小さな頃から一緒の方なのねぇ」
「強いし賢いし仕事もできて子供の頃から知ってるなんて、好きになっちゃいそう」
「好きよ、勿論」
「あんたのいうそれは家族の好きでしょ、そうじゃなくて」
「ううん、好きよ。ペルのこと。本人に言ったこともあるもの」

正反対のタイプのように見えるふたりがそろって目を丸める。
ときどきこうして誰かを驚かすのは面白い。
丁度そのタイミングで二人の飲み物が届いて、会話が途切れた。
ナミさんは店員から受け取ったスカッシュをゴッと一気に半分くらい飲んで、「え!」と大声を上げた。

「好きなの? 男として好きなの? そんで告白したの!?」
「えぇ、10歳の時に」
「なんだ」

がくっと頭を垂れたナミさんは、しかしすぐに頭をあげて楽しそうに「でもでも」と言葉を繋げた。

「今はどうなの、あんた彼氏ずっといないでしょ」
「えー……なんかもう今更そういうふうに見るのもなぁって。結局ずっと一緒にいるし」
「そ、その10歳のとき、ペルさんはなんて答えたの?」

遠慮がちに口を挟んだカヤさんは、なぜか胸を押さえている。
なんて言ったっけ、と私は目線を上げて記憶を引っ張りだした。

「普通に、『ありがとうございます私もビビ様が好きですよ』とか言われた気がする」
「えーがっかり、ってまぁそりゃそう言うしかないか」
「がっかり、した?」カヤさんはあくまでおそるおそる尋ねる。
「ううん、大喜び」

ばかよね、と笑うとナミさんもカヤさんも「かわいい」と言って笑ってくれた。

うそだ。
私はひとり部屋に帰って、大声を上げて泣いた。
たまたま私の部屋の前を通りかかったメイドにその声を聞かれてしまい、なにがあっただれがどうしたと夕食前の一騒ぎにさえ発展した。
「なんでもない」を突き通す私に、家の全員が困惑していた。
ペルだけがその理由を知っていて、でも誰にも何も言わなかった。
あのときペルはどんな顔をしていたのかよく覚えていない。
次の日にはただいつも通り私を起こしに来て、よく笑い、図書室に連れて行き勉強を教えた。
うやむやにされたわけではないのだ。
ただ私が彼のことを好きだと言い、彼も私のことが好きだと言い、あまりにもかけ離れたその意味に私が勝手に傷ついた。

「じゃあ今はもうそういう気持ちはないんだ」
「うーん、まぁねぇ」
「あ、なんか意味深」
「忘れちゃった」

グラスを手に取ると、カランと氷が音を立てた。
彼女たちには今の一言できっとわかってしまった。
いつまでも彼が私のそばを離れないように、私の気持ちも彼から離れないでいることを。
離れないっていうか、もうそういうものなのだ。

「ロビンさん遅いね」

店の外に目を遣って、背の高い彼女を探してみる。
釣られるようにナミさんも外を見たけど、カヤさんだけはテーブルを眺めていた。
 ふとカヤさんが耳に手を遣る。
 彼女の手で揺らされた小さなパールが金色の髪に溶け込むように光っていた。

「あ、かわいい」
「なに?」
「カヤさんの。ピアス? 綺麗ね」
「あ、ほんとだー。珍しいわね、アクセサリー付けてるの」
「あ、これ、うん。ちょっと、たまには」

急にもどもどと口ごもり始めた彼女は次第に耳から赤く染まっていった。
思わずナミさんと目を合わせ、あまりのわかりやすさにすぐに笑ってしまう。

「でもさー、ビビもカヤさんもいいとこのお嬢さんだからやっぱり厳しかったりするの? どこぞの馬の骨なんぞ許さーん! みたいな」
「そんなこと言われたことないわよ」
「私も」
「えーでも結婚は決まった相手と、とか」
「さあどうかしら」

肩をすくめながら、ちらりとカヤさんを盗み見る。
彼女は目を伏せて、冷たいはずのコーヒーを拭いて冷ますような仕草で飲んでいた。
恋愛、結婚、それらのことに私の家やカヤさんの家がどんな方針で臨んでいるのかはわからないけれど、あきらかに普通ではない自分の家の門構えを見ると自然と自由にいてはいけないのだと思わされる。
父が私になにかを押し付けるとは思えない。
思えないけど、私が自発的にそう考えられる人間になるよう育てられてはきた。

カヤさんと親しくなってすぐ、お互いの家のことが何となくわかってきて、少し親近感を覚えたことがある。
二人きりの時にそう思ったことを口にしたら、彼女は滅相もないと言った。
「私は食いつぶしてるだけだもの」と。

私の家は新しい何かを造り、守り、いずれそれを私が引き継いでいく。
しかしカヤさんはなくなる見込みもない程途方もない財産を、ひとり一生懸命小さな身体で削り取っている。
どちらの方が幸せで、どちらの方がそうではないのか私にはわからなかった。

「──でも、ペルさんもチャカさんも結婚してないのね」
「してないわねぇ」
「お忙しいんじゃないの」
「それはあるかも」
「実は相手がいたり」
「それはない」
「なんで?」
「始終うちにいるんだもの。会ってる時間なんてないわ」

じゃあやっぱり忙しいせいじゃない、と3人で笑った。
父に言ったら、二人まとめてバカンスでも取らせてくれるかしらと考えた。
そのときは私もふたりと一緒にどこかに行きたい。

「あ」

ぶぶっと鈍い音を立ててナミさんの携帯が震える。
「ロビンもうすぐ着くって」とナミさんが携帯の画面を見せてくれた。
店の中は次第と混んできて、テーブルとテーブルの距離が近いこのカフェではあんまり落ち着いて話ができない。
ナミさんも同じように考えたらしく、「じゃあちょうどいいし場所移動しない?」と言った。

店を出て、ロビンさんを迎えに駅への道を並んで歩く。
コンクリートがじりじりと熱を放っていた。
日は傾きかけてはいるけどまだまだ高い。
白い光の向こう、遠くの方に背の高い影が見えた。

「あ、ロビンだ」

おーいとナミさんが臆面もなく手を振る。
気付いたロビンさんも長い手を優雅に振って私たちに合図した。
彼女の隣を歩く、さらに背の高い影がある。

「わ、噂をすればだ」

ナミさんがにやりと笑って私を見た。
反射的にぎゅっと顔をしかめると、にゅっと手が伸びてきて私の頬をつねった。

「嬉しいくせに」
「……ひょんなことないひ」
「はいはい、あんたはもう帰ったら?」
「へっ」

ぱっと手が離れ、ナミさんは少し意地悪な顔で笑う。

「帰りたくなったくせに」

ロビンさんは私たちの目の前までくると、「遅くなってしまって」とあまり恐縮したふうもなく言った。
「お久しぶりですね」とペルがナミさんとカヤさんに言う。

「あんまりお久しぶりでもないけど」
「どうしてロビンさんと?」
「駅でばったり会って」
「駅? ペル、電車に乗ったの?」

いつもは車で私の送り迎えをしている。電車に乗る姿など見たことがない。

「いいえ、家から近いですし歩いて。駅の前を通りかかったときに偶然お会いしたのです」

ペルは浅く一礼して、では、と立ち去ろうとした。
また私を見送って(見送ったふりをして遠くから見守ってから)どこかに消え、帰り際にふっと現れるつもりらしい。

「待って」

ペルが足を止め、切れ長の目を少し見張って振り返る。

「ロビンさん来たばかりでごめんなさい、私帰らないと」
「えぇ、じゃあまた」

ロビンさんはあっさりとそう言って、ますます目を瞠るペルと手を振る私に薄く微笑んだ。
むふふ、と怪しく笑ったナミさんも、律儀に「気を付けて」と言ったカヤさんもどこか嬉しそうにしていた。
形のいい3人の影を見送って、「さ、帰りましょ」と今日は私から言ってみる。

「いいのですか? まだ帰るおつもりじゃなかったのでしょう」
「ううん、帰るつもりだったからいいの。ちょうどペルも来てくれたし」
「そうですか」

家の方向へ足を向けると、ペルも歩き始めた。
同じように歩いているように見せかけて、やっぱり少し後ろにいる。

「ペル」
「なんでしょう」
「横に来て」
「はい」
「そのまま歩いて」
「はい」
「言われたことならなんでもするの?」
「なんでもではありません」
「嘘。なんでもするじゃない」
「ビビ様の無茶に付き合ってばかりはいられませんよ」
「ふうん」

沈黙が落ちる。
砂の粒をひとつずつつまみ上げるみたいな慎重さで、私は息をした。

「今日は何故また黙ってお出かけになったのです」
「言い忘れただけよ」
「心配しました」
「ごめんなさい」
「もう、護衛は必要ないとお父上に進言されたらいかがです」

ぱっと顔を上げると、ペルはまっすぐ前を見ていた。

「煩わしいとお思いでしょう、ずっと」
「そういうわけじゃ」

煩わしく思ったことは何度もある。
でも、一度もいらないとは言わなかった。
ペルが私のそばにいる理由を一つたりとも減らしたくなかった。

「──煩わしくなんかないわ」
「そうですか」
「ペルはどうなの」
「私ですか」
「ずっと私のお守役でしょ。とっくにいやになってきてるんじゃないの」
「──大変な仕事ではあります」

ペルが少し目線を下げて、私を見た。
彫の深い目元が笑い皺を作る。

「ビビ様のお転婆はいつまでたっても治りそうにありませんし」
「そっ……んなことないでしょ!」
「いいえ、今日だって私がどれだけ捜し歩いたか」
「家のすぐ近くじゃない……」
「行先くらいおっしゃっていただかないと」
「ごめんってば」
「でも、誰にも譲れません」

息を呑んで顔を上げると、いつのまにかペルはもう前を向いていた。

「誰にも譲れない私の仕事です」

そう、と呟いた。
自宅が近くなると人通りが少なくなり、道幅も少し狭くなる。
歩道がなくなり、車も通らない一本道の真ん中を二人で歩いた。

「ペル」
「はい」
「好きよ」
「光栄です」
「大好きよ」
「私もです」
「昔もそうやって言ったの覚えてる?」
「覚えています」
「そのあと私が泣いたことも覚えてる?」
「覚えています」

おぼえています。
ペルの口調をまねて、同じように呟いた。

そんなこと覚えていなくていいのに。
忘れてしまって、もう一度まっさらなまま私の気持ちを聞いてくれたらいいのに。
積み重なりすぎた思い出が、いつまでも私たちをへだてている。

私がいつか他の誰かと結婚し、子を産んだら、ペルは泣きながらその子を抱くだろう。
私にそうしたようにおしめを替え、私にそうしたように食事を与え、私にそうしたように本を読み聞かせる。
私にそうしたように、その子の後を数歩下がって歩くのだろう。

「ビビ様」

唐突にペルが言った。

「また泣きますか」
「は?」
「あのときみたいに、家に帰ったらまた一人で泣かれるのですか」
「──泣かないわ」
「ならいいです」

困りましたから、とペルは言う。

「あのときはとても困りました」
「ざまあみろだわ」
「はしたないことをおっしゃらないでください」
「ペルを困らせるのが私の仕事だもの」
「とんでもない人だ」

「──先程」とペルは言う。

「なんでもではありませんと言いましたが」
「何が?」
「あなたの言うことを私がなんでも聞くのかという話です」
「あぁ、えぇ」
「確かになんでもではありませんが、ほとんど聞きます」

もう一度顔を上げ、ペルを見上げる。
横に並んだ顔には後ろから光がさし、影になって表情は見えない。でも確かに私を見ていた。

「あなたの言うことであれば、ほとんど聞いて差し上げます。だから」

もう家が近い。巨大な門扉がすぐそこに見えている。

「何を命ずるのかはあなたが選び、決めるのです」

私たちの姿に気付いた門番が、ゴォッと壮大な音を立てて門扉を開け始める。
聞きなれたその騒音をぼんやりと聞きながら、「いくじなし」と呟いた。

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コーヒーに合う砂糖があると教えてくれたのは彼だった。
代わりに私は、砂糖は紅茶のために食べられるようになったのよと教えた。
へえ、と垂れ目がちなそれを素直に丸くして、サンジは言う。


「知らなかった。でもロビンちゃんはコーヒーの方が好きだよな」
「ええ。あの子は、紅茶の方が好きね」
「ナミさん?」


彼女のことを思い出すとき、サンジは必ず口の端に噛んだ煙草に手を伸ばす。
彼女のそばにいるときにそうするみたいに、口から煙草を外して、そっと微笑む。


「そうだな、ナミさんはアイスティーが好きだな。オレンジをいれたやつ」


ストローを口に含んだ、彼女の艶のある唇を思い出す。
少し焼けた肌、ハリを保った頬、上を目指すように伸びた睫毛。
ナミは彼女が育てる上質なかんきつ類のようだ。
弾ける明るい香りと爽やかな潮風のようによく通る声。


「今日のおやつのとき、私も紅茶がいいわ」


立ち上がりながらそういうと、サンジは「めずらしいね」と言いながらたいして不思議そうでもなく、うなずいてくれた。
きっと今日の午後、私のもとにきりっと濃いストレートティーが運ばれてくる。
そしたらナミのを一口もらってみよう。
彼女のそれは、まろやかな砂糖の味がするはずだ。






ときどきわからなくなるのは、この船は誰が動かしているのだろうということだった。
メリー号は帆船だ。
潮風をエネルギーに変えて、波をかき分け進んでいくその動力の原理はわかる。
そういう物理的なことではなくて、私より先に船に乗り込んでいたメンバーの中で誰が舵を取り前へ行くことを決めているのだろうと、彼らを見ていると不思議になるのだ。

舵輪を回すのはチョッパーやウソップのことが多い。
方向を決めるのはナミ。
ゾロは向かう方向になど興味がないようだ。
サンジは彼らのエネルギー源をタイミングよくみんなの口に放り込んでいく。
そして誰よりも前に進みたいとそんなことばかり考えているのがルフィだった。

くるくると動き回る彼らをじっと観察して、考える。
きっと誰ということもなく、彼らという若さのエネルギーが酸化しないガソリンのように燃え続けているから船は進むのだ。


「ロビン?」


不意に顔を覗き込まれて、静かに運動を続けていた心臓が不規則に跳ねる。


「珍しい、ぼーっとしちゃって」


熱中症になっちゃわない? とナミは手のひらを私の額のあたりにかざし、影を作ってくれた。


「ありがとう、少し考え事を」
「何考えてたの?」


迷うことなく人の思考に踏み込もうとする、彼女のそのまっすぐさに目がくらみそうだ。


「そうね、今日の夕飯のこととか」
「うそばっか」


ふふっと頬を膨らまして笑うナミは、たいして興味もなさそうに私から視線を逸らし、水平線に目を遣りながら私の前に、甲板にぽつんと設置されたテーブルに腰を下ろした。


「あーあ、肩凝っちゃった」
「海図の整理はついた?」
「うーんだいたいね。ルフィの邪魔が入ったせいでだいぶ手間取ったけど」


思い出して苦い顔をするナミの手には、インクの染みが黒く落ちていた。


「手」
「え?」
「汚れてるわ。インクが」
「ほんとだ。でもいつもなの」


汚れた部分を反対の手で軽くこすったあと、「そうだ」とナミは顔を上げた。


「次に着く島、ショッピングに向いた繁華街があるんだって。見に行きたいなあ」
「いいわね、最近無人島続きだったから」
「でしょう、せっかく空島で手に入れたお宝が山のようにあるのに、無人島じゃ使い道がないもの」


この船を直す予定の資金は、しっかり彼女の懐に収まる分は差し引かれているらしい。
まだみぬ装飾品を想像して、彼女の目は金色に光る。
頬は上気して、甘いため息さえ落ちる。
結果的に、その島へ行くことも、二人で買い物に出かけることもなかったのだけど。






目が覚めるとその瞬間ひどく頭が痛み、全身が焼けどのようにヒリッと空気に反応した。
そして焼けているのではない、冷えているのだと気付いたとき、意識をなくすその寸前の記憶が脳に殴りつけられるようによみがえった。

生きていた、と思うと同時に、寝かされた布団の温かさに泣きそうになる。
見慣れた天井の木目をぼんやりとみつめていると、薄暗い部屋にそっと光が差し込んで誰かが入ってきた。
コツコツと硬い蹄の音はチョッパーだ。
みじろぎしない私をまだ眠っていると思ったのだろう、チョッパーはベッドに背を向けた椅子に腰かけ、ごりごりと何かをすりつぶし始めた。
薬を調合しているらしい。薬品の香りがツンと鼻につく。


「あの」


ピッと耳が跳ね、文字通りチョッパーは飛び上がって椅子から転げ落ちた。


「ロ、ロビン! 目が覚めたのか!」
「ええ、あの」
「みんなー!!ロ、ロビ、ロビンがー!!」


床から這うように立ち上がり、こけつまろびつしながらチョッパーが部屋を出て行くと、ひとしきり外が騒がしくなり、しばらくするとシンとした。
起き上がろうとするとやはり頭が痛く、やがてぞくぞくと這い上がってくるような寒気が襲った。


「…ロビン?」


いつのまにか部屋のドアをそっと開け、チョッパーが中を覗いていた。


「騒がしくしてごめんな、まだつらいだろ」
「ええ、でも大丈夫。ごめんなさい、あなたが手当してくれたんでしょう」


チョッパーはさっと中へ滑り込んでくると、扉にぴたりと背を付けたままぶんぶん首を振った。


「みんなが」


蹄を鳴らして歩み寄ってきたチョッパーは、私を見据えてまた瞳を潤ませた。
あ、と思う間にチョッパーは私のお腹のあたりに顔を伏せ、しがみついた。


「ごめんな、おれ、こんなの初めてで。どうしたらいいかわからなかった」


涙声のまま、チョッパーは私の身体に残った凍傷の痕を説明した。


「塗り薬を作るから、使ってみてくれ」
「ええ、ありがとう」
「寒いだろ。今サンジがあったかいごはんを作ってくれるって」
「そう」


食欲などカケラも感じないのに、サンジのごはんと聞くと条件反射のように胃にスペースが空いたような気がした。
それでもどうしても頭が重く、めまいのように黒い靄が視界を何度も横切る。
チョッパーの話す声が、やがて途切れ途切れになる。
私はまた意識を手放した。



次に目を覚ますと部屋は真っ暗闇で、何も見えなかった。
やがて目が慣れ、同時に耳が音を拾い始める。
一番大きな船室で寝かされていた私の横に布団が並び、そこにルフィが大きないびきをかいて横になっていた。
そこでようやく誰もかれもが生き延びたことに思い至り、詰まっていた息が通ったような気がした。
右に目を遣ると食卓があり、サンジとウソップが机に突っ伏す背中が見える。
こわごわと上体を起こすと、昼間より頭痛は楽になっていた。
ナミとチョッパーが抱き合うようにして床に横になっている。


「おう」


低い声に身体がびくつき、軋む身体で振り返る。
壁に背を預けて胡坐をかいたゾロが、暗闇の中眼光をこちらに向けていた。


「あなたまで、ここで」
「見張りだ」


何の、誰のと訊くことをゆるさない、一方的な声だった。
波は穏やかに船を揺らし、ゆりかごのようにメリー号をたゆたわせる。
海獣の咆哮のような低いうなり声が遠くから響いていた。

そのままぼうっと、ゾロと私の中間あたりを見つめていると、ゾロが足を組みかえて刀の鞘がぶつかり合う金属音がやけに大きく響いた。
彼はこの刀を抜き、私に振り下ろされた刃を受けてくれた。


「寝ろ。余計なことを考えるな」


腕を組み、ゾロは俯く。
私は何も考えていなかった。
考えていたのはゾロの方だろう。

身体を横たえ、天井の木目を眺めた。
ひどく重い身体は寝返りを打つことさえ難しかった。




日が昇っても食べ物は喉を通らず、ただ具のないスープをすすった。
それだけで身体が内側から温まり、温まろうとする熱反応に戸惑った。
私の身体はこんなにも生きようとしているのに、それを拒むように食べ物を受け付けない。
日がな寝てばかりいて、時折心配して様子を見に来るクルーはどこかよそよそしかった。
私がそのように見てしまっているのだろうと、そんなことを考えていると部屋の扉が開いた。
ウソップはひょこひょこと肩を揺らしながら部屋に入り、「よお」と手を上げた。


「調子はどうだ」
「昨日よりずっといいわ」
「まーあれだ、無理すんな。急ぐ用もねえんだから、ロビンがゆっくり回復してから船を出そうってナミも言ってる」


ウソップは視線をあっちこっちに動かしながら私が横になる場所を迂回すると、意を決したようにドスンと食卓のイスに腰を下ろした。


「寝たっきりじゃわかんねぇだろうけど、今日はいい天気でよ」


なんでもない話をウソップは問わず語りに話し出す。
暇をしてる私を構いに来てくれたのだと、思わず頬が緩んだ。


「ねえ」
「んっ?」
「どうやって青キジから逃げられたのか教えて頂戴」


饒舌だった声が途切れ、ウソップは言葉を探すように視線を彷徨わせる。
わりと早く、口を開いた。


「ルフィが」


とても彼らしく、愚かだと思った。
死にたいと言った私を連れだしたあのときもそうだった。
静かに耳を傾ける私にウソップは「おれはなにもできなかったよ」と吐き捨てるように言った。
卑屈になりがちな彼らしいといえば彼らしいセリフだったが、慰めるような言葉もおかしい気がして、黙っていた。
ウソップはゆっくり立ち上がると扉に向かって歩き始めた。
思い出したように振り返り、「まだ何も食べられねェか」と訊いた。


「あまり食欲はないけど……なにか食べやすいものはあるかしら」
「あ、じゃあサンジに聞いてみる!」


途端にバタバタと騒がしく部屋を出て行き、私はまたぽつんと残された。
それでもやはり、ウソップもいてくれてよかったと心から思う。



10数分しないうちに、扉がやさしくノックされた。
はいと答えると、さらりと大きな一歩でサンジが入ってきた。
手にはトレンチを一枚乗せ、火のついていない煙草を咥えている。


「調子はどうだいロビンちゃん、メシ軽く用意したけど、食える?」
「いただくわ、ありがとう」


身体を起こすと、膝にトレンチが乗せられた。
深めの平皿に粥、それに草のような香りのする茶色い液体から湯気が立っている。


「それ、チョッパーが煎じた薬草茶。身体をあっためるらしいんだ。一口飲んだけど、んん、身体にいいもんはまじぃな」


眉を下げて苦笑するサンジは私にスプーンを持たせた。


「熱いから気を付けて、ゆっくりでいいよ。食べられるぶんだけ、少しずつ」


そっと粥を掬い、口にはこぶ。
唇に触れると乾いた皮膚が裂けそうになり、戸惑う。
そろそろと口に含むと、生姜の香りが鼻に抜け、甘いとろみが口中に広がった。
ふっと肩の力が抜け、「おいしい」と言葉が漏れる。
サンジは全部わかりきったような顔で「よかった」と笑った。
自然と手が動き、二口目を掬う私をサンジはしゃがみこんだまま見ていた。
子どもになってしまったみたいだ。
甘やかされて大事にされて、温かい毛布に私はくるまれている。
この人はそういうものを与えるのがきっと上手い。
だからあの子は、と私はまた彼女のことを考えた。
堕ちるためにあるようなこの男の内側に、ナミは常に帰ることができるのだと思うとみぞおちの辺りがひきつるように収縮した。


粥を半分ほど食べたところで手が止まってしまい、サンジが残りを下げてくれた。
チョッパー特製という薬草茶だけそばに置いて、またひとりになった。
一口飲んでみると、雑草をそのまま水に溶かして含んでいるような青臭さが口中に広がり、えづきそうになる。
むせながらももう一口飲んだ。
するとしばらくして、手と足の先がぽかぽかと火照ってきたので驚く。
そのまま横になると、駆け足でやって来た睡魔に絡め取られるようすとんと眠りに落ちてしまった。







身体に張り付く衣服が煩わしく、無意識のまま布団を跳ねのけていたらしい。
ふと首筋に冷えた感触があり、気持ちよさにしばらくまどろんでから目を開けた。
ナミが私を覗き込みながら、首に冷えたタオルを当ててくれていた。


「起きた?」
「ええ、暑くて……ありがとう、気持ちがいいわ」
「チョッパーの変なお茶飲んだでしょ。あれね、すっごい身体が熱くなるの。でも風邪の引きはじめのときとかに飲むと汗かいてすっきりして一発で治るのよ」


私も何度かお世話になったんだから、とナミは胸を張った。


「着替え持ってきたの。汗かいたでしょ、着替えたら?」


言われるがまま、差し出された服に着替えると随分こざっぱりとして気が晴れた。
着替えた私を満足そうに見て、ナミは大きく頷いた。


「うん、だいぶ顔色が良くなったわね。サンジ君のお粥も半分食べられたんでしょう?」
「ええ、もう大丈夫」
「ああだめよ、まだ起きちゃ。チョッパーがいいって言ってないんだもの。ねえ、それより喉乾かない?」
「そういえば」


汗をかいた分、口の中が乾き舌が貼りつきそうになっている。


「何か冷たいの持ってくるわね」


さっと立ち上がると、ナミは迷いない足取りでさっさと部屋を出て行った。
数分して、トレンチを両手で支えて戻ってきた。
ポットと、小瓶と、氷の入った空のグラスがふたつ。


「サンジ君に紅茶淹れてもらったの。冷たいの、大丈夫?」
「ええ、冷たいものの方がいいわ」
「ん、でもロビンは氷少な目ね」


ポットから熱い紅茶を氷の上に注ごうとして、「あ」とナミは手を止めた。


「そうだ。砂糖持って来たけど、熱いうちに入れなきゃ溶けないわよね」


ナミは小瓶のふたを持ち上げ、小さなスプーンで中身を掬った。
さらさらと砂糖が流れ落ちる。


「どうしよう、ポットに入れちゃってもいい? 甘くしても飲める?」
「ええ」


ナミは満足げに、熱い紅茶に砂糖をさっと溶かした。
少しポットを揺らしてから、グラスに注ぎ入れる。
氷に音を立てて亀裂が走り、じわじわと溶けていく。
角の取れた氷の浮いたアイスティーができあがった。
トレンチの端に転がっていたストローを手早く二つのグラスにつき差し、「はい」と私に差し出した。

まだ氷の溶けきっていない紅茶は濃く、砂糖の甘さが舌に広がる。
かんきつの香りが遠慮がちに喉を滑り落ちた。
ナミは心地よい音で勢いよくアイスティーを吸い込み、一気に半分ほど飲んでしまっている。


「ロビンって意外と、甘いのすきよね。サンジ君に言ったら?」


顔を上げると、私の布団に腰を下ろしてナミはいたずらっぽく笑う。


「紅茶、こないだ私の分美味しそうに飲んでたじゃない。砂糖の入った甘いやつ。あんたのはいっつも無糖でしょ?」
「えぇ……あれは」
「サンジ君知らないんじゃない? ロビンが甘い飲み物も好きだって」


私は黙ってストローを咥える。
吸い込んだ飲み物は、さわやかな紅茶の風味に重なるように砂糖の味がした。

私はただ、ナミが羨ましく、サンジが羨ましく、この船に乗るすべての人が羨ましく、彼女の飲み物にだけ溶け堕ちる甘い甘い砂糖が私にはとても似合わないということがわかっていたから、合うはずのないピースを無理やりパズルにはめ込むような違和感を常に感じながら、それでもここにいたいとずっと願っていた。
この子たちの目に、白く細かい粒子は砂糖にしか見えない。
小瓶いっぱいに詰まった粒子が毒かもしれないなんて、これっぽっちも考えないのだ。
私は彼らより長く生きた10年、小瓶の中が砂糖だったことなんてただの一度もなかった。


「航海士さん」
「うん?」
「船を出しましょう。随分良くなったみたいだから」


ナミはぱっと顔を明るくし、それでも「チョッパーに見てもらってからね!」とくぎを刺して慌ただしく船医を呼びに行った。
私のために泣いたり怒ったり、喜んだりする人がいる。
デレシ、と呟いた。







潮風で短い芝が一方向にそよぐ。
裸足でその上に立つと、チクチクと尖った草の先がこそばゆく、心地よかった。


「アーウ、ニコ・ロビン! メシだとよ!」
「ありがとう、行くわ」


振り返ると、私の上に影をさす巨体が不思議そうに私を覗き込んでいた。


「オメェなに靴脱いでんだ?」
「気持ちがいいの。やってみたら」
「ほう。っておれァいつも裸足だし、足の裏もコーティングしてあるからわかんねェよ」


私の足の横に、倍ほどありそうな大きな足がどすんと置かれた。


「じゃあ手は?」
「手もわからん。砲弾でるんだぞ」
「それなら」


私はそのまましゃがみこみ、膝をついて芝の上にぺたりと腹を横たえた。
頬を芝生にうずめ、視線だけを動かしてフランキーを見上げる。


「頬は?」
「……オメェ前からちょっと思ってたが、わりと突拍子もないことしやがるよな」


そう言いながら、フランキーも私をまねて横たわった。


「おお、わかるようなわからんような。目がチクチクする」
「それは目に刺さってるのよ」


緑色の葉が視界を遮りながらも、その向こうで同じようにこちらを向いて頬を芝に埋める男の顔が真正面にある。
つと目が合ったので思わず笑うと、フランキーは反対に顔をしかめた。


「しあわせそうだな、おい」


おーい、と上の方から呆れたような声が落ちてきた。


「あんたたちなにやってんの。ごはんだって言ってるのに」


顔を向けると、ナミがキッチンの戸を開けて腰に手を当て少し笑っていた。


「ほらよ、呼んでやがる」


よいこらせ、と掛け声とともに立ち上がったフランキーは、すかさず私の腕をつまむように取ると引っ張り上げて立たせた。
頬を払うと、ちぎれた草のかけらがぱらぱらと落ちる。


「草の跡がついていそう」
「アア? どれ」


ひょいと私の顔を覗き込んで、どうでもよさそうにすぐ顔を上げた。


「んなもんすぐに消えるだろ、若ェんだから」
「若いかしら」


ハン、と鼻で笑ってフランキーは歩き出した。


「30になってから考えな」


前を行くアロハシャツからは異国のスパイスのような尖った香りがした。
私より長く生きた彼に、小瓶の中の粒子を舐めて確かめてほしいと思った。
毒の味も砂糖の味も知っている彼に。たとえそれが毒でもきっと死なない彼に。
毒だろうと砂糖だろうとどうでもいいと瓶を叩き割ってみせてほしい。
そのときのために、私は甘い毒になりたい。

拍手[22回]

道案内を頼む、とその男は大層不愉快そうに申し出た。
 
 
「私に?」
「そうだ」
「道案内を、と?」
「テメェはいちいち確認しなくちゃ済まねェのか」
 
 
ゾロの右手は、何度も居心地悪そうに腰のあたりをふらふらしている。
 
 
「刀を取りに行かねェと」
 
 
あぁ、と私は頷いた。
 
 
「わかったわ。鍛冶屋さんね」
 
 
チョッパーにもらったしおりを丁寧にページの間に挟み、読みかけの本を閉じる。
ゾロは静かにその様子を眺め、待っていた。
パラソルの下から出ると、透き通った日光が肌に沁み込む感覚がした。
 
 
「ナミ、少し出かけてくるわ」
 
 
みかん畑に向かって声を上げる。
すぐさま、はあいと明るい声が降ってきた。
軍手をはめた手を、こちらを見もせずにひらひら振っているに違いない。
ナミの代わりにみかん畑からひょっこり顔を覗かせたのは、眩しい金髪のコックさんだ。
 
 
「ロビンちゃんおでかけかい? お供の従者か荷物持ちは必要ねェかい?」
「えぇ大丈夫、ゾロが一緒よ」
 
 
私がちらりとゾロに目を移すと、ゾロはフンと顔を背けてさっさと歩きだしてしまった。
上からはサンジの非難たっぷりの声が聞こえる。
 
 
「なにがどうなってマリモなんぞがロビンちゃんとお出かけできることになってんだ! ロビンちゃんやめよう、オレが一緒に行くから、ちょっと待ってくれ!」
「バカ、あんたはあたしの手伝い!」
 
 
いてっと小さく聞こえたかと思うと、サンジが奥へと引っ込んだ。
それと入れ替わりに、ナミの小さな顔が現れる。
 
 
「迷子の監督、頼んだわよ!」
 
 
聡明な大きな目を猫のように一度細めてから、男であればコロリといってしまいそうなウインクを飛ばしてナミは大きく手を振った。
 
 
「行ってきます」
 
 
私は彼女に手を振り返し、ゾロの後を追った。
タラップを降りたゾロは、既にあらぬ方向へ進んでいる。
 
 
「ゾロ、こっちよ」
 
 
声をかけると、ゾロは至極不本意と言った顔で方向転換をした。
 
 
鍛冶屋は街の東の果てにある。
西の海岸に泊めた私たちの船からは、少し歩く。
不揃いの石畳の上を、不揃いの足音が響いた。
 
肩を並べて歩き始めてすぐ、ゾロはぽつりと「悪ィな」と言った。
 
 
「どうして?」
「手間ァかけさせる」
 
 
ゾロがそのことに対して謝ったことはわかっていた。
私が聞きたかったのは、どうして謝る必要があるのかということだ。
だがそれを聞き直してもきっとゾロは面倒くさそうな顔をするに決まっているので、私は言葉を飲み込んだ。
代わりに笑って、言う。
 
 
「私を選んでくれてうれしいわ」
「それァ」
 
 
ゾロは何かを言いかけて、言葉を探すように一度口を閉ざした。
チョッパーがいなかった、ウソップが忙しそうだった、何でもいい。理由はいくらでもある。
まるで言い訳のように、私を誘ったわけを探してくれたことがうれしい。
ゾロは結局、続く言葉を言わなかった。
 
私たちは人の行きかう街並みの一部になる。
喧騒に呑み込まれて音になる。
平べったく重たい足音に、私の細い靴音が重なる。
ざわめきの中からその音を探す作業は心地いい。
 
 
「おい」
 
 
不意にゾロが足を止めた。
その顔は、立ち並ぶ店の一つに向かっている。
 
 
「なに?」
「食うか」
 
 
ゾロの視線を辿った。
行きかう人の間を縫うようにその先を見遣る。
カラフルな色合いが周りから浮いたその店は、ジェラートを売っていた。
私が何かを言う前に、ゾロは店に向かって歩き出していた。
ガラスケースを覗き込む彼の背中を追って、同じように中を覗いた。
 
 
「どれがいい」
「買ってくれるの?」
「あぁ」
 
 
ゾロはじっと目を凝らして、ケースの中のジェラートを見ていた。
まるで敵を見るかのようにこらした目がおかしくて、私はくすぐったい笑い声を洩らしてしまった。
ゾロが不機嫌そうに私を見る。
 
 
「何笑ってやがる、さっさと選べ」
 
 
じゃあ、と私が笑いの余韻を残したまま一種類を指差すと、店の若い男性が太い腕を伸ばしてたっぷりとジェラートを掬ってくれた。
 
 
「あなたは?」
「おれはいい」
「せっかくだから食べればいいのに」
 
 
私がせっつくと、彼は眉を眇めて再びケースに視線を戻した。
彼のこの顔はもう見慣れてしまった。
けして不機嫌なわけでも不愉快なわけでもない。
何かを考えたり複雑なことを思ったりしているときのくせなのだ。
この場合は、ジェラートの種類を考えている。
ゾロは明るい黄色を指差して、「これを」とぼそりと言った。
 
 
手渡されたジェラートを受け取ると、ゾロは不思議そうにそれを見下ろして、一言「丸くねェのか」と言った。
 
 
「ジェラートだもの、こういう形よ」
「そうか」
 
 
彼は子供のように私の言葉をのみこんだ。
スプーンでジェラートを口に運ぶと、ミルクの濃厚な甘みが舌の上で溶ける。
私たちは店のわきに立ったまま、並んでジェラートを食べた。
街並みをぼんやりと眺めながら、立ち尽くしてジェラートを食べるいい歳の男女はさぞ滑稽に映っているにちがいない。
そう思うと、もうここを離れたくなくなった。
ゾロと一緒に、この景色の一部になりたいと真剣に思った。
 
 
「ありがとう、ゾロ」
 
 
言い忘れていたお礼を口にすると、ゾロはめんどくさそうに一度だけ私を見て、すぐにそっぽを向いた。
そして大きな口を開けて上からジェラートに齧り付く。
全てを飲みこむ怪獣のような食べ方だ。
その姿を見て、私はハッと息を呑んだ。
 
自分たちのことを「いい歳の男女」だと思ったが、いい歳をしているのは自分だけだ。
ゾロはこうやって大口を開けて物を食べ、鼻の頭にジェラートをつけていてもおかしくない若さなのだ。
今気付いたわけではない。
それは常日頃小さなつぶてとしてコツコツと私にぶつかってくる。
たまたま今、思い出してしまっただけだ。
 
 
「おい、溶けてんぞ」
 
 
ゾロが私の手元を指差した。
あ、と慌てたその一瞬で、私の手の甲にポタリの白いしみが落ちた。
 
 
「ちんたら食ってるからだ」
「あなたが速すぎるのよ、3口くらいで食べてしまったでしょう」
 
 
言葉を返しながら、手の甲に落ちたものを舐める。
ゾロが紙くずをくしゃりと丸めたので、私は急いでジェラートをつつき始めた。
涼しくなった、とゾロが呟く。
 
 
 

 
 
鍛冶屋の中は、歴史を感じる埃臭さと鉄の凶暴なにおいがした。
少なくとも前者は私にとっても身近で、落ち着きを感じる。
 
 
「できてるか」
 
 
ゾロは堂々と店の真ん中を歩き、つっけんどんに店主にそう言う。
無愛想な店主はひとつ頷いて、三本の刀をゾロに突き出した。
彼が御代を支払っている間、私はならべられた骨董品のような刀を見て回る。
精緻な彫り込みのある鞘は、老人のようにどっしりと落ち着いたものもあれば、触れたら切れそうな若さをにじませる、精悍な男を思わせるものもあった。
 
 
「つまんねぇだろ、こんなもん見てたって」
 
 
いつの間にかゾロがそばに立っている。
腰にはいつものように、三本の刀が行儀よく揃っていた。
 
 
「いいえ、面白いわ。よく見ればひとつひとつ美しいのね」
 
 
あなたのそれも、と私は彼の腰に下がった一本を指差した。
不気味ともいえる危険さをにじませる怪しい刀と、背筋を伸ばした男のように凛とした黒い刀。
そのどちらとも雰囲気の異なる白い鞘の刀を私は指差した。
2本に比べてこれだけ少し短い。
あぁ、とゾロは撫でるように刀の柄に手をやった。
 
 
「持ってみるか」
 
 
え、と彼を見上げた。
 
 
「いいの?」
「別に、問題はねぇ」
「あんたらうちの用が済んだなら外でやってくれよ」
 
 
店主の迷惑そうな声に押し出され、私たちは慌てて外に出た。
埃臭さから解放された新鮮な空気の下で、ゾロは刀を一本腰から外した。
凛とした男のようだと思った黒い刀だ。
私がはっきりと指を指したのは白い刀だったのだが、どうやらそれは持たせてもらえないらしい。
いつかその理由も教えてもらえるだろうか。
そんなことを思いながら、差し出された刀を受け取った。
 
 
「あ」
 
 
ずっしりと重量のあるそれは私の予想よりずいぶんと重く、支えきれなかった腕ががくんと下がった。
おい、とゾロが下から支えてくれる。
 
 
「しっかり持て」
「驚いた、こんなに重いものだなんて」
「慣れれば大したこたぁねェ」
「これをあんなふうに振り回せるものなのね……」
 
 
両手で支えた刀の柄を、片手で握りしめる。
もう片方の手をそっと放して、彼がするように右手だけで刀を支えた。
二の腕が攣りそうだ。
ふはっと空気を吐き出す音がした。
 
 
「震えてんぞ、おい」
「っ……」
「おら、無理すんな」
 
 
私がぷるぷると震えながら持っていたそれを、彼はひょいと取り上げた。
刀のほうも私に持たれてさぞ落ち着かなかったことだろう。
彼の腰に戻って、はあと安堵の息を吐いている気がする。
あんな重さの刀を3本も腰にぶら下げて、この男の身体はいったいどうなっているのだろう。
 
 
「おい何考え込んでやがる。帰んぞ」
 
 
じっと彼の腰を見つめて首をひねる私に呆れて、ゾロは歩き出した。
私はその広い背中に思わずついていきそうになり、慌てて足を止めた。
 
 
「ゾロ、そっちじゃないわ」
 
 
帰り道はこっち、と道を指差すと、相変わらず不本意そうな渋顔が振り返った。
 
 
 

 
帰り道はとても短い。
すぐにあのジェラート屋の前を通り過ぎ、港が見える位置までさっさと着いてしまった。
あんなに楽しく響いたゾロと私の足音も、今はただただ不揃いなだけだ。
 
 
「おい」
 
 
ゾロが足を止めた。
もう波止場が目と鼻の先にある。
 
 
「帰るか」
「今もう帰ろうとしてるじゃない」
「んなこたわかってる」
 
 
私がじっとゾロを見つめると、彼はぎゅっと眉根に皺を寄せた。
 
 
「帰らないの?」
「それはおれが先に訊いたんだ」
「どういうことなの、ゾロ」
 
 
本当にわからなくて、私はただうろたえて彼を見つめた。
うろたえているように見えないところがたまにキズであると、自分でわかっている。
ゾロは、ギュッとしかめていた顔を少し緩めて、私を見返した。
 
 
「帰りてェか」
 
 
潮のにおいを含む風が、さっと私たちの間を走り抜けた。
流れた横髪に視界を邪魔されて、私は目を細める。
薄く唇を開くと、海の味が口内に、微かに広がった。
 
 
「まだ帰りたくないわ」
「よし」
 
 
ゾロは変わらない真剣な顔のまま、私の手を取った。
くるりと向きを変え、街の方へと私を連れて行く。
 
 
「どこに行くの」
「どこに行きたい」
「わからないわ」
「テメェでもわからないことなんてあるのか」
「あるわ。たくさんあるのよ、実は」
「そうか」
 
 
そう言ったゾロの手は汗ばんでいた。
滑る手で、しっかりと私の手を掴んでいる。
硬い手の握る力は強かった。
その強さが痛い。痛いことがうれしい。
 
不揃いの足音が、再び喧騒に溶けていく。
私はその音を、まるでオルゴールのように心地よく聴いていた。
まだ見ぬ場所に連れて行ってくれる、迷子癖のある、武骨な手に引かれながら。
 
 
 

拍手[49回]


 



この乾いた地に咲く強い草木のように、二本の足はしっかりと地面を踏みしめている。
にも関わらず、軽く土を蹴るだけでその体はふわりと浮かんだ。
自由の翼を持つあなたをとどめるすべは無いけれど、どうか。
もうこの手を離したりしないで。














そうしていつか 空に還ってしまう日が来るのでしょうか














昼間は強い日差しが照りつけ、夜は肌を刺す寒風が吹きすさぶ。
ビビはバルコニーの椅子に腰掛け、静まり返ったアラバスタの地を見つめた。
一陣の風が吹くと、砂が巻き上げられ壁に音を立ててぶつかった。

民は争いを終え武器を捨て、刀を交えた兵と市民が共に国の復旧に励んでいる。
彼らは額に汗しながらも輝かしいばかりの笑顔で溢れていた。
それなのに、こんなにも心ががらんどうになってしまったような気持ちがする。
うらさみしい路地を一人で歩くときのような心許なさ。
この国にはまだ、決定的に欠けているものがある。

大きな砂色の翼、十字を組む黒の羽模様。誰よりもこの国と平和を愛し、自らの命を賭した隼。
ビビの目の前で数百万の命をその身に背負って消えてしまった。
彼の突然の行動は、ビビの涙をも奪ってしまった。泣く暇も無かった。
国が落ち着いた数日後、チャカと二人で彼の墓標を立てた。
骸も何もない、小さな十字。
チャカは彼が愛していた酒を、ビビはアラバスタの花を、その標に掲げた。
下唇を噛みしめたビビに、チャカは諭すように言った。

「ペルが民の命を背負ったことは、我ら隊員の夢そのもの」








「ペル……」


声に出した途端、それは形となり「彼」そのものの姿を纏い、ビビの脳裏に現れる。
いつも優しく細い目が、薄く弧を描く唇が、こんなにも遠いものになるなんて。


空はしばらく降り続いた恵みの雨の跡形もなく、今は月を覗かせている。
真っ白な月が明るすぎて、今宵は星がよく見えない。
ビビは彼がよくしたように、目を細めて空を見上げた。
月は人を誘う。
ペルのもとへ行けたらと。


ざわつく心をぎゅっと奥に押し固めて、椅子から腰をあげた。
まだ眠気はないけれど、ベッドに入れば眠くもなるだろう。
そう思い自室とバルコニーを繋ぐ大きな窓に手をかけた。

そのとき、目の端に移る放射状に光を放つ月の中心を真っ直ぐの黒の線が一本通った気がした。
思わず振り返ったが、それはもうただの月だ。



鳥だろう。でもこの国で群れを作らない鳥なんて珍しい。
そんなことを考えながら一歩部屋へと踏み入れた。
だがそこからもう一歩脚が踏み出さない。
からだの神経すべてが、血液すべてが、一点に集まってくる。
耳が熱く、足は動いてくれない。
風を切る、大きな羽音。旋回に伴って巻き起こる空気の流れ。幼い頃から幾度も傍で聞いた、すべてが肌になじんだ音だった。
その音を発する巨大な物体はぐるりと大きく旋回すると、城の中央玄関のほうへと降り立った。
ビビの目はそれを横目で捉えた。


まさか。
いやきっと。



ビビは重い窓を力いっぱい押し広げ、それこそ風のように自室を通り過ぎ、城の幅広い廊下へと出た。
はだける薄いカーディガンが床に落ちるのも構わず、ビビはどこまでも続くような長く赤い廊下を駆けてゆく。
各部屋の前にいる門番は血相を変えて走り抜ける王女に目を剥き、慌てて声をかけるが、ビビは構わず走る去る。
永遠に続くように思えた、長い廊下。
幼い頃、彼の人と追いかけっこをしては勝手にかくれんぼに変えてしまって、慌てて自分を探す彼をイガラムとこっそり笑ったりした、長い廊下。



目前のひときわ大きな会議室から、チャカとイガラムが飛び出してきた。
チャカはきっと、鼻が利く。
頭の片隅でそう思ったが、そんな事はどうでもいい。ビビは飛び出してきた二人の前をも一目散に駆け抜けた。
後ろからはビビを追う二つの足音が聞こえた。



目の前に、大広間の開いた扉が見えてきた。
もう少しと思うたびに何度ももつれて転びそうになる足を叱咤しては立ちなおした。

そして城の中央玄関へと繋がる大広間に飛び込んだ。
ほぼ同時といっていいくらいに後ろからも荒い息を切らして、誰かが立ち止まっている。
ちょうど玄関から広間への入り口、月明かりだけが差し込むそこには、白いひとつの人影。
月の光を背にして顔は何一つ見えない。だが口は、自然と何度も思い慕った名を呼んだ。



「・・・ペル・・・」


荒れた息と共に吐き出したそれが、その人影に届いたのかはわからない。
だがビビの口がその名を滑らせた瞬間、その人影を包む空気が解けるように揺れて笑った。
それは昔のように。


「ただいま戻りました。ビビ王女」


柔らかな声音が耳を打った瞬間、つま先からてっぺんまで、閃光がビビのからだを貫いた。
がくりと崩れ落ちた王女を、慌ててチャカが支えようと手を伸ばす。


すっとひとつ息を吸ったかと思うと、ビビはアラバスタ中の民が目覚めてしまうかと思うほどの大声で、慟哭した。
床にへばりつき頭を抱え、美しい色合いのじゅうたんを染めるように、王女の涙は流れ続ける。
民を救うために命を張った気丈な王女はどこにもいない。
いつまでも焦がれた存在を、心から喜び涙する少女が一人、そこにいた。
どれくらいの間そうしていたのか、そのあいだチャカたちや後々追いついてきた父であり国王はただただ立ち尽くしていた。


ビビが泣き叫びつかれ、声もかすれてきた頃、ふわりと肩に薄いカーディガンが乗せられた。
その包むような温かさにふとビビが顔をあげると、目の前にはペルが膝をつき、いつもの困ったような顔で笑っている。


「…ビビ様、いつからそんなに泣き虫になられたのです」


たまらなくて、すべてを受け止めてくれる強いぬくもりが欲しくて、ビビは本能のままに腕を伸ばし目の前の男の胸に飛び込んだ。
案の定、力強く受け止めてもらえた。
叫び続けてもう何も出ない喉元から、それでも何かを伝えようと熱いものがせり出すように伝ってくる。
どうしようもなくて、ビビはペルの腕に力いっぱいしがみついた。



生きていた。
ただその事実だけがひどく心強い。
白の包帯で巻きつくされた熱い胸板の奥深くから聞こえる鼓動。
共に打つ両側の心臓の音が、いつまでも続くことだけを願った。



ペルは静かに、目の前のしなやかな体に腕をまわした。
その細さに思わず目を見張り、その柔らかさに安堵を覚える。
ビビの体を強く抱くと、つややかに長い髪がペルの指に絡みついた。
その髪に少し顔をうずめたまま、呟いた。


「国王。どうかこの罰則は、のちほど……」


王ははっと顔をあげ、静かに笑みを浮かべて顔をそむけた。
広間を去る王にチャカが続き、そして名残惜しげにイガラムも後に続く。


きんと冷えた広間でぬくもりを分け合った。


「…ペル」


消え入りそうで心もとない声が響く。

蒼瞳が揺れて涙の膜を貼り、ペルを見上げた。
包帯に埋め尽くされた大きな掌がその顔を包む。


「無礼を、お許しください」
「…ばか」


降り続いた雨よりも暖かな水滴が頬を伝う。
豊かな味がした。





そうね
たとえあなたが空に還ってしまっても
私は花を抱えて待っているから








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2014.9.7 修正
(久しぶりに読み返しました。なにこれ恥ずかしい。
でもちょちょっと手直しだけして、そのままにします。
いましめに。
今でもペルビビだいすきです。
読んでいただいて、ありがとうございました!
こまつな)

拍手[33回]

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