OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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「パパさん!」
数人のナースが悲鳴のような、それでいて棘のある高い声を張り上げて目の前の男に呼びかけた。
白ひげはその巨体を壁のようにして彼女たちの上に影を作り、聞こえているはずの声を笑って聞き流す。
白ひげは船の頭部に近いそこから、甲板の中央へと歩き出した。
医療器具がガランガランと荒々しい音を立て、白ひげの歩みに合わせて引きずられていく。
父の突然の行動を目の当たりにしたクルーたちは一様に動きを止め、ぽかんと口を開けた。
まさしく口はりんごがまるっとひとつ入りそうなほど、ぽっかりと開いている。
そしてすぐに、蜂の子を散らしたような騒ぎとなって皆が皆白ひげの足元に駆け寄った。
「オヤジ!?」
「なにしてんだよ、オヤジ!!」
白ひげの体調不良はすでに全クルーへと伝播されている。
その病んだ老体を心配して、クルーたちは白ひげの足元でちょろちょろとわめきあう。
またもや白ひげはそれを聞こえないふりをして、歩き続けた。
クルーたちが体調の不良を無視して取った白ひげの行動をすぐ制することができなかったのは、彼がひどくうれしそうだったからだ。
白ひげが中央甲板に辿りついた。
そこではアンの危機に騒然となり、涙を浮かべ怒りで髪を逆立てていたクルーたちでひしめき合っている。
しかし彼らも白ひげが嬉々とした顔で参上したことでぴたりと騒ぎを止めた。
白ひげは座りっぱなしで凝り固まった首を数回手でもみほぐし、空を仰いだ。
もうすでに遠く、星のように小さくなった光が視界の真ん中に映った。
空よりもずっと濃く深い青色の鳥が自分の宝を守るために飛んでいく。
自分たちの宝を守るために、飛んでいく。
空を見上げたまま、白ひげはさらに笑みを深くした。
「…オヤジ…?」
疑問と不安が混じったいくつもの声が、足元から聞こえた。
白ひげはぎゅっと拳を固めた。
「おめぇら、しっかり舵取りやがれよ」
は、え、とクルーたちが口を開いたその矢先、白ひげは固めた拳を胸の前にかざす。
白ひげの先の行動に予測がついたクルーたちは、一斉に大きく口と目を開いた。
ドンッ、と大気に拳が突き刺さる。
バリバリと音を立てて割れた大気は、次の瞬間爆風と共に振動となった。
「うああっ!船に掴まれっ!!」
「とっ、飛んでくっ…!」
独特の笑い声が、大気の揺れと地鳴りと一緒になって響き渡る。
泡立った波が船を大きく揺らし、浅瀬に錨を下ろしているというのに船は海の真ん中で嵐に遭ったようにななめに傾いた。
相変わらずちょろちょろと右往左往することしかできないクルーたちは白ひげの顔を仰ぎ見ながら疑問符を浮かべ、とりあえずは船の身体を保つことに全力を注いでいる。
隊長たちは呆れ顔で父を見遣り、さてどうやってこの怒り狂ったナースたちを宥めようかと思案するのだった。
白ひげは笑みを浮かべたまま、高度を下げていく青い光を見つめて呟いた。
「早く帰ってきやがれ、はねっかえり娘が」
*
大気の振動が収まったかと思えば、今度はグラグラと地が揺れだした。
現況に心当たりがありすぎるアンとサッチの二人は、互いに顔を見合わせて冷や汗を流す。
「…何考えてんの、オヤジ」
「オレに聞かないでちょうだいよ…」
この島は地震とは縁のない土地だったのだろうか、島人たちは慣れない揺れに怯え、おぼつかない足取りでどこへともなく逃げ惑っている。
広場の中心では相変わらずめらめらと神殿は燃え続け、その熱は二人の頬に触れた。
サッチが口を開くごとにただれた頬にぴりりとした痛みが走る。
その刺激にサッチが顔を小さくしかめたその時、アンが音に敏感な犬のような素早さで顔を上げた。
「アン?」
「…熱い」
そう呟いたアンの視線はサッチではなく、燃え続ける神殿へと注がれている。
「は、まあ熱いけど…お前は熱くねぇだろ?てか早く船に」
「ちがう」
一言でサッチを制したアンは、ふいにしゃがみこんだ。
おお?とサッチが後ずさってアンを見下ろす。
アンは地面にぺたりと手のひらをつけた。
「…熱い」
また呟く。
顔を上げたアンは空気の匂いをかぐようにすんすんと鼻を鳴らしてから、むっと顔をしかめた。
「…臭い」
熱い、の次は臭い。
はてどうしたことかとわけのわからないサッチは首をひねったが、すぐにサッチもアンの言う異臭を感じた。
俗に言う、腐卵臭と言うやつだ。
「…ンとだ、くせぇな…これ、硫黄か?」
そこまで呟いて、サッチははっと顔を上げた。
アンは訝しげな顔で相変わらずしゃがみこんで、やっぱり熱いと呟いている。
サッチは先程から二人の脇をすり抜けて走り逃げ惑う人々の間から、燃え続ける神殿に顔を向けた。
真っ赤な炎がゴウゴウと音を立てて立ち上る。
そこからは炎と一緒に踊るようにして薄黒い煙が上がっていたが、その色が少しずつ白に近くなっていくことに気付いた。
異臭は、もう気付かない方が嗅覚を疑うほど強くなっている。
「アン!!立て!早く逃げっぞ!!」
「はぇ?なん…」
「噴火しちまう!!」
それを聞いても未だ首をかしげるアンの腕を掴みサッチが荒々しく引き上げる。
慌ててアンは立とうとしたが、一寸も腰が浮かないうちにアンの全体重がサッチの腕にかかり地面に引き戻された。
「おい!?」
「あろ…?ちから、入んない…」
なんで、とか治ったんじゃなかったのか、とかいろいろと言いたいことはあったが、それよりも一刻も早くこの場から遠のくことが先決だ。
サッチは地面にへたり込んだアンの腰に腕を回し、荷物のように肩に抱き上げた。
「ちょっ…!サッチ!!火傷が…!」
「んなこと言ってる場合かよ!おいアンタ!!全員海に避難させろ!!荷物は持つな!」
ちょうどサッチの脇を走り抜けようとしていたひとりの島民を捕まえてそう叫ぶと、サッチは猛然と来た道を走り出した。
未知の危機に遭遇した人間と言うのは考えるよりも本能に従うものである。
サッチの言葉を聞いた数人の島民がその言葉に素直に従い、周りの人々にあらんかぎりの声をかけていた。
──ったく遊びが過ぎるぜ、オヤジ。
聞こえることのない冗談のような悪態を心の中で吐いて、サッチは足場の悪いジャングルのような森を突き進む。
肩に乗せたアンは耳元で、大丈夫!?ねぇサッチ大丈夫!?とわめき散らしていた。
どうせ動けないなら口も大人しくしとけと思うものの、そんなこと言う暇も体力もない。
足元の揺れが激しくなってきた。
唐突に視界が開け、この島唯一の村落へと出る。
そこでもサッチが言った通り荷物も持たずに一目散に海へと逃げる人々がこんがらがっていた。
「来る」
アンが後ろを振り向きながらそう呟いたその瞬間、耳をつんざく爆音とともに猛烈な白煙が背後から襲いかかってきた。
それと同時に、足元が爆発したかのような激しい揺れで身体がぐらつく。
思わずサッチの腕を掴んでしまったアンは、感触でそこがただれていると悟り慌てて手を離した。
しかしサッチは顔色一つ変えることなく村を突っ切り再び森の中を走り抜けていく。
硫黄の独特のにおいが煙に交じり、雨粒のように肌に張り付いて気道を塞ぐ。
耐え切れない悪臭にアンはむせた。
「やっと来た」
不意にサッチが足を止めた。
その反動でアンが前のめりに落ちかけるが、がっちりとサッチの腕がアンの腰を抱いているためずり落ちることはない。
アンがサッチの顔を仰ぎ見ると、サッチは煙で曇った空を見上げていた。
「サッチ?」
「じゃあアン、あとでな」
「は?」
サッチは腕全体で抱えていたアンの腰を両手のひらで支え直した。
円筒を両手で抱えたような形になったサッチは、そのままその手の中の円筒、すなわちアンを力の限り上へとぶん投げた。
「はああああ!?」
常人の域をはるかに超えた腕力で上空に投げ出されたアンは重力に逆らってぐんぐんと上昇していく。
トビウオが飛んで下降しだすまでのような状態の自分を理解して、アンは視線だけを下に落とすもすでにもうもうと広がる白煙によってなにも見えない。
(…え、あたしこれどうすれば)
妙に冷静な気分でそんなことを思った矢先、すうっと自分が上昇していくスピードが下がったのを感じた。
何を思う間もなくアンの身体はコンマ一秒にも満たないほどの間空中で停止する。
そして落下した。
「う、ぎゃあ…っ…れ?」
どすっと、明らかに自分が上昇してきた距離よりはるかに短い距離を落下しただけで尻に何かがぶつかった。
そしてふわりと臓器が身体の内側で浮かび上がるような独特な感覚を味わう。
身体に力の入らないアンは『何か』に乗って上昇した身体にかかった重力に負けて、それにまたがったままへたりと上体を崩した。
そして頬に触れた柔らかな感覚に、あ、と声を漏らす。
煙り霞む視界で手の先すら見えないが、この感触と温かさはどこまでも覚えがあった。
「マルコ…!?」
アンをのせた大きな鳥はそれに応えることなく、ぐんと高度をあげていく。
情けないような格好でマルコの背にへたりつくことしかできないアンは、腰のあたりにかかる重力にぎゅっと目を瞑って耐えた。
次に目を開いたとき、視界はすっかり開けていた。
白煙で煙る圏内の上空を、マルコは飛んでいた。
「マルコ!!サッチ、サッチが」
「わかってる」
「でもっ」
「アン」
マルコの声には、アンの反論を跳ねつけるような鋭さがあった。
思わずアンは息を呑んだ。
「手ェ、大丈夫かい」
手?とマルコの言葉を繰り返し、マルコの翼の脇でぶらぶらと揺れている自分の両手の甲を見下ろした。
その手には見まがうことなく一つずつ穴が穿たれている。
思い出して、少し痛い。
だいじょうぶ、とアンは呟いた。
アイツも大丈夫だ、とマルコが答えた。
マルコが答えなくてもアンにはわかっていたので、だよねと返した。
戻ってきてくれてありがとうと言うと、あたりまえだと返ってきた。
それだけで十分だ。
海に近づくと、眼下の煙が少し薄れてきて下が見える。
もう少しで浜辺に出る、といったところの森の中を小さな粒のような人間が一直線に走っている。
少し先の浜辺では逃げ切った人々がボートの準備をし、何人もの人が煙に巻き込まれる森の方を向いて立ち尽くしていた。
足の速いサッチはもうすぐ浜辺に出るだろうか。
島民に余計な世話を焼いて逃げ遅れたりしてないといいけど、とアンは真下の景色をパノラマ写真を見るような気分で眺めた。
遠浅の海には、モビーが浮いている。
*
「にんにくぅ?」
「それかニラ」
どう見ても堅気の似合わない、くたびれた白衣を着た白髪の老人はサッチの腕に包帯を巻きながらもう一度ニラかなと呟いた。
アンは動けるようになった体を無理やりベッドに押さえつけられて、今は念のための点滴を打たれている。
マルコはアンが寝そべるベッドとサッチが腰かけるベッドの間の回転いすに座り、船医にどういうことだよいと説明を促した。
「にんにくやニラに含まれるアリシンって成分の解毒作用が働いたんじゃ。アンが飲まされた薬のアルカ…」
「ちょ、もういいもういい」
どんどん専門的になりアンにとっては頭痛の種となりそうな船医の言葉を遮って、アンは仰向けの状態から上げていた頭を溜息と共に深く沈めた。
「そういや…ニラ食べたな…」
「うん…弁当にニラ入れたわ…」
アンの呟きにミイラ男状態のサッチが答える。
船医がはたくようにしてサッチの腕の包帯を留めた。
「持ち合わせた運をいいところで使ったってことじゃろ」
アンは点滴が終わったら出てよし、一日二回手の包帯を変えに来ること。
サッチは上半身のみ全治2週間、大人しくしていろと言い残して船医はさっさと医療道具を片づけ始めた。
早寝早起き老人生活の彼にとってとっぷり夜も更けてきたこの時間に酷使されるのはたまらないといった様子で、足早に自室へと引き上げていった。
「ナンダ、オレの愛の力じゃなくてニラの力かよ」
つまらなさそうに口をとがらせてベッドに倒れ伏したサッチを首だけ回して見て、アンはくくっと笑った。
「似たようなもんじゃん」
「ニラとオレの愛を一緒にするな!」
馬鹿馬鹿しい応酬の間に挟まれたマルコは辟易しつつ、ふと思い出して口を開いた。
「アン、オヤジには会ったかよい」
「あ、うん。なんか『帰りが遅い』って怒られたよ」
はは、と苦笑気味にそういうと、マルコの顔にも似たような苦笑が浮かぶ。
「オヤジが島噴火させるほど力使うの…久しぶりに見たな…」
「ああ」
「あたし初めてだよ」
三人そろってあのおどろおどろしい地鳴りと揺れを思い出して、白ひげの豪快な笑い声もそれと一緒に聞こえる気がして、軽くゾッとすると同時にしょうがないとでもいうような気分にもなった。
「…オヤジは…一回しか船降りてないのになんでわかったのかな…」
アンの呟きに、サッチがなにが?と返した。
アンはそれには答えず、再び仰向けになって天井の木目を見つめる。
サッチはしばらくそんなアンの横顔を眺めて、そう言えばと口を開いた。
「アンお前、あそこまでされたんだ、あいつらに言いたいことあるんじゃねぇの?」
アンはつとサッチの顔を眺めて、『あいつら』が島民のことだとわかり、もういいよと言った。
「たぶん…もうわかってると思うし…」
あのとき、自分が「そうじゃなくて」の後に続けようとしていた言葉はなんだったっけと考えて少し気恥ずかしくなった。
偉そうに何言ってんだと思ったが、それでも、今でも同じことを思う。
自然は人間の味方じゃない。
人間がどれだけ想いを募らせても、自然は振り向いてくれない。
全人類の歴史をかけての片恋だ。
伝統を大事にするのも、故郷を大事にするのも、大切だとは思う。
その両方を持たないアンにとって、それはとても。
ただそれが行き過ぎて自分たちの世界から出られなくなるのはもったいない。
もっと、もっと、世界はとても広いのだ。
目を瞑ると、もうもうと白煙立ち上る島の中心を見上げて浜辺に呆然とたたずむ彼らのアリのように小さな姿が映った。
突如牙を剥いた自然に圧倒される姿。
ちいさいな、と思った。
「アン」
マルコがゆっくりと立ち上がった。
回転いすがキィと少し後ろに下がる。
「あとで部屋に来い」
マルコはアンの返事も待たず、そのままさっさと医務室を出ていった。
部屋と言うのは無論マルコの部屋だろう。
残されたアンとサッチは顔を見合わせ、アンだけが首をかしげた。
「…なに、あたし怒られる系…?」
おわりにて
数人のナースが悲鳴のような、それでいて棘のある高い声を張り上げて目の前の男に呼びかけた。
白ひげはその巨体を壁のようにして彼女たちの上に影を作り、聞こえているはずの声を笑って聞き流す。
白ひげは船の頭部に近いそこから、甲板の中央へと歩き出した。
医療器具がガランガランと荒々しい音を立て、白ひげの歩みに合わせて引きずられていく。
父の突然の行動を目の当たりにしたクルーたちは一様に動きを止め、ぽかんと口を開けた。
まさしく口はりんごがまるっとひとつ入りそうなほど、ぽっかりと開いている。
そしてすぐに、蜂の子を散らしたような騒ぎとなって皆が皆白ひげの足元に駆け寄った。
「オヤジ!?」
「なにしてんだよ、オヤジ!!」
白ひげの体調不良はすでに全クルーへと伝播されている。
その病んだ老体を心配して、クルーたちは白ひげの足元でちょろちょろとわめきあう。
またもや白ひげはそれを聞こえないふりをして、歩き続けた。
クルーたちが体調の不良を無視して取った白ひげの行動をすぐ制することができなかったのは、彼がひどくうれしそうだったからだ。
白ひげが中央甲板に辿りついた。
そこではアンの危機に騒然となり、涙を浮かべ怒りで髪を逆立てていたクルーたちでひしめき合っている。
しかし彼らも白ひげが嬉々とした顔で参上したことでぴたりと騒ぎを止めた。
白ひげは座りっぱなしで凝り固まった首を数回手でもみほぐし、空を仰いだ。
もうすでに遠く、星のように小さくなった光が視界の真ん中に映った。
空よりもずっと濃く深い青色の鳥が自分の宝を守るために飛んでいく。
自分たちの宝を守るために、飛んでいく。
空を見上げたまま、白ひげはさらに笑みを深くした。
「…オヤジ…?」
疑問と不安が混じったいくつもの声が、足元から聞こえた。
白ひげはぎゅっと拳を固めた。
「おめぇら、しっかり舵取りやがれよ」
は、え、とクルーたちが口を開いたその矢先、白ひげは固めた拳を胸の前にかざす。
白ひげの先の行動に予測がついたクルーたちは、一斉に大きく口と目を開いた。
ドンッ、と大気に拳が突き刺さる。
バリバリと音を立てて割れた大気は、次の瞬間爆風と共に振動となった。
「うああっ!船に掴まれっ!!」
「とっ、飛んでくっ…!」
独特の笑い声が、大気の揺れと地鳴りと一緒になって響き渡る。
泡立った波が船を大きく揺らし、浅瀬に錨を下ろしているというのに船は海の真ん中で嵐に遭ったようにななめに傾いた。
相変わらずちょろちょろと右往左往することしかできないクルーたちは白ひげの顔を仰ぎ見ながら疑問符を浮かべ、とりあえずは船の身体を保つことに全力を注いでいる。
隊長たちは呆れ顔で父を見遣り、さてどうやってこの怒り狂ったナースたちを宥めようかと思案するのだった。
白ひげは笑みを浮かべたまま、高度を下げていく青い光を見つめて呟いた。
「早く帰ってきやがれ、はねっかえり娘が」
*
大気の振動が収まったかと思えば、今度はグラグラと地が揺れだした。
現況に心当たりがありすぎるアンとサッチの二人は、互いに顔を見合わせて冷や汗を流す。
「…何考えてんの、オヤジ」
「オレに聞かないでちょうだいよ…」
この島は地震とは縁のない土地だったのだろうか、島人たちは慣れない揺れに怯え、おぼつかない足取りでどこへともなく逃げ惑っている。
広場の中心では相変わらずめらめらと神殿は燃え続け、その熱は二人の頬に触れた。
サッチが口を開くごとにただれた頬にぴりりとした痛みが走る。
その刺激にサッチが顔を小さくしかめたその時、アンが音に敏感な犬のような素早さで顔を上げた。
「アン?」
「…熱い」
そう呟いたアンの視線はサッチではなく、燃え続ける神殿へと注がれている。
「は、まあ熱いけど…お前は熱くねぇだろ?てか早く船に」
「ちがう」
一言でサッチを制したアンは、ふいにしゃがみこんだ。
おお?とサッチが後ずさってアンを見下ろす。
アンは地面にぺたりと手のひらをつけた。
「…熱い」
また呟く。
顔を上げたアンは空気の匂いをかぐようにすんすんと鼻を鳴らしてから、むっと顔をしかめた。
「…臭い」
熱い、の次は臭い。
はてどうしたことかとわけのわからないサッチは首をひねったが、すぐにサッチもアンの言う異臭を感じた。
俗に言う、腐卵臭と言うやつだ。
「…ンとだ、くせぇな…これ、硫黄か?」
そこまで呟いて、サッチははっと顔を上げた。
アンは訝しげな顔で相変わらずしゃがみこんで、やっぱり熱いと呟いている。
サッチは先程から二人の脇をすり抜けて走り逃げ惑う人々の間から、燃え続ける神殿に顔を向けた。
真っ赤な炎がゴウゴウと音を立てて立ち上る。
そこからは炎と一緒に踊るようにして薄黒い煙が上がっていたが、その色が少しずつ白に近くなっていくことに気付いた。
異臭は、もう気付かない方が嗅覚を疑うほど強くなっている。
「アン!!立て!早く逃げっぞ!!」
「はぇ?なん…」
「噴火しちまう!!」
それを聞いても未だ首をかしげるアンの腕を掴みサッチが荒々しく引き上げる。
慌ててアンは立とうとしたが、一寸も腰が浮かないうちにアンの全体重がサッチの腕にかかり地面に引き戻された。
「おい!?」
「あろ…?ちから、入んない…」
なんで、とか治ったんじゃなかったのか、とかいろいろと言いたいことはあったが、それよりも一刻も早くこの場から遠のくことが先決だ。
サッチは地面にへたり込んだアンの腰に腕を回し、荷物のように肩に抱き上げた。
「ちょっ…!サッチ!!火傷が…!」
「んなこと言ってる場合かよ!おいアンタ!!全員海に避難させろ!!荷物は持つな!」
ちょうどサッチの脇を走り抜けようとしていたひとりの島民を捕まえてそう叫ぶと、サッチは猛然と来た道を走り出した。
未知の危機に遭遇した人間と言うのは考えるよりも本能に従うものである。
サッチの言葉を聞いた数人の島民がその言葉に素直に従い、周りの人々にあらんかぎりの声をかけていた。
──ったく遊びが過ぎるぜ、オヤジ。
聞こえることのない冗談のような悪態を心の中で吐いて、サッチは足場の悪いジャングルのような森を突き進む。
肩に乗せたアンは耳元で、大丈夫!?ねぇサッチ大丈夫!?とわめき散らしていた。
どうせ動けないなら口も大人しくしとけと思うものの、そんなこと言う暇も体力もない。
足元の揺れが激しくなってきた。
唐突に視界が開け、この島唯一の村落へと出る。
そこでもサッチが言った通り荷物も持たずに一目散に海へと逃げる人々がこんがらがっていた。
「来る」
アンが後ろを振り向きながらそう呟いたその瞬間、耳をつんざく爆音とともに猛烈な白煙が背後から襲いかかってきた。
それと同時に、足元が爆発したかのような激しい揺れで身体がぐらつく。
思わずサッチの腕を掴んでしまったアンは、感触でそこがただれていると悟り慌てて手を離した。
しかしサッチは顔色一つ変えることなく村を突っ切り再び森の中を走り抜けていく。
硫黄の独特のにおいが煙に交じり、雨粒のように肌に張り付いて気道を塞ぐ。
耐え切れない悪臭にアンはむせた。
「やっと来た」
不意にサッチが足を止めた。
その反動でアンが前のめりに落ちかけるが、がっちりとサッチの腕がアンの腰を抱いているためずり落ちることはない。
アンがサッチの顔を仰ぎ見ると、サッチは煙で曇った空を見上げていた。
「サッチ?」
「じゃあアン、あとでな」
「は?」
サッチは腕全体で抱えていたアンの腰を両手のひらで支え直した。
円筒を両手で抱えたような形になったサッチは、そのままその手の中の円筒、すなわちアンを力の限り上へとぶん投げた。
「はああああ!?」
常人の域をはるかに超えた腕力で上空に投げ出されたアンは重力に逆らってぐんぐんと上昇していく。
トビウオが飛んで下降しだすまでのような状態の自分を理解して、アンは視線だけを下に落とすもすでにもうもうと広がる白煙によってなにも見えない。
(…え、あたしこれどうすれば)
妙に冷静な気分でそんなことを思った矢先、すうっと自分が上昇していくスピードが下がったのを感じた。
何を思う間もなくアンの身体はコンマ一秒にも満たないほどの間空中で停止する。
そして落下した。
「う、ぎゃあ…っ…れ?」
どすっと、明らかに自分が上昇してきた距離よりはるかに短い距離を落下しただけで尻に何かがぶつかった。
そしてふわりと臓器が身体の内側で浮かび上がるような独特な感覚を味わう。
身体に力の入らないアンは『何か』に乗って上昇した身体にかかった重力に負けて、それにまたがったままへたりと上体を崩した。
そして頬に触れた柔らかな感覚に、あ、と声を漏らす。
煙り霞む視界で手の先すら見えないが、この感触と温かさはどこまでも覚えがあった。
「マルコ…!?」
アンをのせた大きな鳥はそれに応えることなく、ぐんと高度をあげていく。
情けないような格好でマルコの背にへたりつくことしかできないアンは、腰のあたりにかかる重力にぎゅっと目を瞑って耐えた。
次に目を開いたとき、視界はすっかり開けていた。
白煙で煙る圏内の上空を、マルコは飛んでいた。
「マルコ!!サッチ、サッチが」
「わかってる」
「でもっ」
「アン」
マルコの声には、アンの反論を跳ねつけるような鋭さがあった。
思わずアンは息を呑んだ。
「手ェ、大丈夫かい」
手?とマルコの言葉を繰り返し、マルコの翼の脇でぶらぶらと揺れている自分の両手の甲を見下ろした。
その手には見まがうことなく一つずつ穴が穿たれている。
思い出して、少し痛い。
だいじょうぶ、とアンは呟いた。
アイツも大丈夫だ、とマルコが答えた。
マルコが答えなくてもアンにはわかっていたので、だよねと返した。
戻ってきてくれてありがとうと言うと、あたりまえだと返ってきた。
それだけで十分だ。
海に近づくと、眼下の煙が少し薄れてきて下が見える。
もう少しで浜辺に出る、といったところの森の中を小さな粒のような人間が一直線に走っている。
少し先の浜辺では逃げ切った人々がボートの準備をし、何人もの人が煙に巻き込まれる森の方を向いて立ち尽くしていた。
足の速いサッチはもうすぐ浜辺に出るだろうか。
島民に余計な世話を焼いて逃げ遅れたりしてないといいけど、とアンは真下の景色をパノラマ写真を見るような気分で眺めた。
遠浅の海には、モビーが浮いている。
*
「にんにくぅ?」
「それかニラ」
どう見ても堅気の似合わない、くたびれた白衣を着た白髪の老人はサッチの腕に包帯を巻きながらもう一度ニラかなと呟いた。
アンは動けるようになった体を無理やりベッドに押さえつけられて、今は念のための点滴を打たれている。
マルコはアンが寝そべるベッドとサッチが腰かけるベッドの間の回転いすに座り、船医にどういうことだよいと説明を促した。
「にんにくやニラに含まれるアリシンって成分の解毒作用が働いたんじゃ。アンが飲まされた薬のアルカ…」
「ちょ、もういいもういい」
どんどん専門的になりアンにとっては頭痛の種となりそうな船医の言葉を遮って、アンは仰向けの状態から上げていた頭を溜息と共に深く沈めた。
「そういや…ニラ食べたな…」
「うん…弁当にニラ入れたわ…」
アンの呟きにミイラ男状態のサッチが答える。
船医がはたくようにしてサッチの腕の包帯を留めた。
「持ち合わせた運をいいところで使ったってことじゃろ」
アンは点滴が終わったら出てよし、一日二回手の包帯を変えに来ること。
サッチは上半身のみ全治2週間、大人しくしていろと言い残して船医はさっさと医療道具を片づけ始めた。
早寝早起き老人生活の彼にとってとっぷり夜も更けてきたこの時間に酷使されるのはたまらないといった様子で、足早に自室へと引き上げていった。
「ナンダ、オレの愛の力じゃなくてニラの力かよ」
つまらなさそうに口をとがらせてベッドに倒れ伏したサッチを首だけ回して見て、アンはくくっと笑った。
「似たようなもんじゃん」
「ニラとオレの愛を一緒にするな!」
馬鹿馬鹿しい応酬の間に挟まれたマルコは辟易しつつ、ふと思い出して口を開いた。
「アン、オヤジには会ったかよい」
「あ、うん。なんか『帰りが遅い』って怒られたよ」
はは、と苦笑気味にそういうと、マルコの顔にも似たような苦笑が浮かぶ。
「オヤジが島噴火させるほど力使うの…久しぶりに見たな…」
「ああ」
「あたし初めてだよ」
三人そろってあのおどろおどろしい地鳴りと揺れを思い出して、白ひげの豪快な笑い声もそれと一緒に聞こえる気がして、軽くゾッとすると同時にしょうがないとでもいうような気分にもなった。
「…オヤジは…一回しか船降りてないのになんでわかったのかな…」
アンの呟きに、サッチがなにが?と返した。
アンはそれには答えず、再び仰向けになって天井の木目を見つめる。
サッチはしばらくそんなアンの横顔を眺めて、そう言えばと口を開いた。
「アンお前、あそこまでされたんだ、あいつらに言いたいことあるんじゃねぇの?」
アンはつとサッチの顔を眺めて、『あいつら』が島民のことだとわかり、もういいよと言った。
「たぶん…もうわかってると思うし…」
あのとき、自分が「そうじゃなくて」の後に続けようとしていた言葉はなんだったっけと考えて少し気恥ずかしくなった。
偉そうに何言ってんだと思ったが、それでも、今でも同じことを思う。
自然は人間の味方じゃない。
人間がどれだけ想いを募らせても、自然は振り向いてくれない。
全人類の歴史をかけての片恋だ。
伝統を大事にするのも、故郷を大事にするのも、大切だとは思う。
その両方を持たないアンにとって、それはとても。
ただそれが行き過ぎて自分たちの世界から出られなくなるのはもったいない。
もっと、もっと、世界はとても広いのだ。
目を瞑ると、もうもうと白煙立ち上る島の中心を見上げて浜辺に呆然とたたずむ彼らのアリのように小さな姿が映った。
突如牙を剥いた自然に圧倒される姿。
ちいさいな、と思った。
「アン」
マルコがゆっくりと立ち上がった。
回転いすがキィと少し後ろに下がる。
「あとで部屋に来い」
マルコはアンの返事も待たず、そのままさっさと医務室を出ていった。
部屋と言うのは無論マルコの部屋だろう。
残されたアンとサッチは顔を見合わせ、アンだけが首をかしげた。
「…なに、あたし怒られる系…?」
おわりにて
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麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
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