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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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翌朝日も高く上ったころ、外に出てみると真っ白な砂浜にはいくつかその日造りの掘っ立て小屋のようなものが建てられていた。
点々とたき火が施され、細く煙が伸びている。
そして少し身を引いて島全体を視界に入れると、島の真ん中からは依然としてもうもうと白に近いねずみ色の煙が立ち上っていた。
 
男たちは皆手分けして、未だ煙の中にある村から使える材木を運んではひとつずつ丁寧に小屋を建てていく。
島民の男たちの中には何人かクルーが混じっていた。
14、5の子供たちが家畜を引っ張り浜辺に立てた杭にそれらをくくりつけて世話をしていた。
女たちは何人かがたき火の前に集まり何か調理していて、もったりとした、少し甘い煮物の匂いが灰の匂いに交じって船まで届く。
アンはすっと息をして、吸った以上に深く吐いた。
 
 
 
「もういいのか」
 
 
煮物とはまた違う、甘い独特の香りが後ろからスッと近づく。
アンが振り向くと、イゾウは咥えた煙管を手に持って細長い薄紫の煙を吐き出した。
 
 
「うん元気」
「そりゃ結構」
 
 
煙管を咥えたまま口元だけで器用に笑って、イゾウはアンの右側に並んだ。
ふたりで欄干に肘をついて、青、白、緑、と続く海と島の全貌を眺める。
 
 
「イゾウ今日は?」
「夜番」
「じゃ、イゾウは非番みたいなもんか」
「そういうこった」
 
 
アンはイゾウに視線を移すことなく、浜辺の上でちょろちょろ動いているように見える何人もの人影を指さした。
 
 
「あれ何番隊?」
「8番隊。フォッサんとこが…木材集めに出てっけど」
「ふうん」
 
 
そう、と呟いてアンは遠くで立ち上る煙の行方を見届けた。
ゆるくゆるく雲に交じっていく煙は重々しいが、どこか清々しい。
そして灰色の雲の鈍さとうって変わって、空はすっと透き通るように青かった。
顔を上げてその青さを見上げていると、ふわっと気が遠くなってしまいそうなほど気持ちがいい。
 
つと、右手に冷たい感触があった。
 
 
「イゾウ?」
「サッチがミイラ人間レベル10だとしたら、お前はレベル2ってとこだな」
 
 
イゾウは包帯の巻かれたアンの手を取ってそんなことを言う。
アンは自分の両手を交互に見てから、なにそれと笑った。
 
 
「こんなのちょっとだよ」
「…どうだか」
 
 
イゾウは煙管を手に取り、灰を海に捨てた。
そして流れるような動作でそれをそのまま懐に仕舞うと、左手で支えていたアンの右手に、自分の右手を添えた。
大きな骨ばった手に包まれて、アンの手は子供のように小さい。
 
 
「イゾウ?」
「痛かったろう」
「え、まあ…でも今は」
「ごめんな」
 
 
 
ハッとして、アンは手元に落としていた視線を上げた。
高くまっすぐな鼻筋が近くに見える。
軽く目線を下げたイゾウは、欄干に右肘をついたままというだらけた姿勢を崩すことなくしかし真摯な瞳でアンのミイラ人間部分を見つめていた。
 
 
(イゾウの方が痛そうだ)
 
 
胸に、どうしようもない、苦しいような痛いような感覚が急激にこみ上げた。
息さえもしにくくなるその切なさに、アンは目を伏せた。
 
 
 
「そんな、こと…海賊なのに」
「それもそうだ」
 
 
アンの呟きに、イゾウがぱっと手を離す。
心配の種は尽きねぇなあ、とイゾウは笑って両肘をついて再び島の方へ向き直る。
アンはその横顔を眺めた。
未だ切なさは持続中だ。
 
 
 
白ひげにコテンパンに打ちのめされ、ボロボロになっていたアンをしぶてぇなあと笑ってみていた男が。
アンの特攻ぶりを豪快な笑い声で見送ってけしかけさえする男が。
 
手のひらのたったふたつの傷を心の底から悔いている。
 
イゾウのそんな奇妙な心情は、以前ならこれっぽっちも理解できなかっただろう。
変な心配するな、とかイゾウのせいじゃないじゃん、とかと笑って聞き流していただろう言葉が、今はこんなにも重い。
 
 
心配と不信は紙一重だ。
そのふたつを隔てる壁の薄さに気付いた今なら、イゾウの気持ちが明らかに「心配」であると苦もなくわかる。
わからなかった頃の自分にバカヤロウと言いたくなるほど、それは簡単に。
 
 
 
 
「アンは。まだ留守番か」
「留守番っていうか…じいさんが、毒がまだ体に残ってるとダメだから出るなって」
 
 
 
しわくちゃの顔をさらに歪めて絶対に船を下りるなと釘を刺した船医の老人を思い出して、アンは苦々しい顔をした。
イゾウはアンを振り返りそうかと笑う。
イゾウの長い睫毛と真っ黒の瞳が、アンはとてもきれいだと思った。
 
 
 
 
「オヤジに怒られたろ」
「…うん」
「あの人も無茶苦茶すっからなあ」
 
 
呆れたようなイゾウの顔は、どこか嬉しそうである。
能力を発動した後すぐさま寝室へと引きずり戻された白ひげは、今も安静を強いられてナースたちの鋭い監視下に置かれている。
きっと身体の調子よりも機嫌の方が優れていないはずだ。
 
 
アンが昨晩船に戻ったときには、すぐさま白ひげからの雷が落ちた。
 
 
『いい歳の娘が何時に帰ってきやがるアホンダラァ』
 
 
手のひらに風穴二つ開けた娘にそりゃないだろとさすがのアンも目を丸めたが、すぐに白ひげの大きな手が頭上に落ちてきて数回そこでバウンドしたので、舌をかんでしまいそうで口は開けなかった。
 
 
『さっさと手当してこい、このお転婆が』
 
 
アンは必死で頷いて、相変わらずアンの頭でポンポンと、アンからしたらボスボスと跳ねる手の下から逃れるので精いっぱいだった。
 
アンが逃れた後、マルコとサッチにも白ひげから同様のことがなされていたことも知っている。
 
白ひげのその行為からは、それぞれがそれぞれの意味を汲み取った。
 
 
 
 
 
アンはもう一度イゾウの隣に肘をついて島を、大きな火山が作り出した大地を眺めた。
 
昨日の天災が、島民にとって未知の事態となったあの地震が、この一人の男の手によるものだとわかったら今度こそ彼らは腰を抜かすに違いない。
ロギアの力はどこまでも未知数で、不安定で、ゆえに強力だ。
自然と言う名の脅威がそうであるように。
 
 
 
自分の力だって、自然の一部で、そしてそれはアンの一部でもある。
ということは自分も自然の一部ということで…と堂々巡りになりそうなその考えをアンは都合のいいところで打ち切った。
わからないものはわからないままでいいじゃんと、そう思う。
それを許してくれそうな気持ちのいい空だった。
 
 
 
 
 
「アン」
 
 
聞きなれた声の低さに、アンは無意識に肩をすぼめた。
イゾウの声ではない。
イゾウはアンがそうする代わりに声の主を振り返っている。
 
 
「おつかれさん」
「ああ」
 
 
アンに呼びかけたはずのマルコは、そのままイゾウに出航準備の進度について話し始めた。
アンはそれほど怯える理由もないはずなのに、なんとなくおそるおそる体を反転させた。
とんと背中を欄干に預けて、仕事の話を進めるふたりを上目遣いで眺める。
アンからはイゾウの背中が、そして俯いたマルコの姿が見えていた。
マルコが手にした書類にふたりが視線を落としているのをこれ幸いと、アンは未だおそるおそるではあるがマルコの額辺りを見つめた。
 
すると、ふいにマルコだけが少し顔をあげた。
 
 
「!」
 
 
イゾウは書類に視線を落としていて気付いていない。
思わず息を呑んだアンに向かって、マルコは笑った。
口角を上げたわけでも目元を緩めたわけでもない、それでもアンにはマルコが笑ったと、自分が笑われたと即座に分かった。
細い目の隙間から少しだけ覗く瞳で、その瞳だけで、にやりと笑える男なのだ。
 
 
アンが言葉を失っているうちにマルコはイゾウとの話を終わらせ、それからはもうアンと目を合わせることもなく背中を向けて船室へと入っていった。
振り返ったイゾウは小さく舌打ちして不機嫌な顔で懐を探っている。
 
 
「畜生、仕事増えやがった」
 
 
悪態と共に差し出された煙管に事務的な仕草で火をつけてやると、イゾウはうらみつらみを煙に乗せるようにして吐き出した。
 
 
「ん、そういやあいつアンに用あったんじゃねぇのか」
「…さあ…」
 
 
 
マルコが入っていった船室の扉からいまだ視線を外せないアンをイゾウはちろりと見下ろした。
そして、青いねぇという言葉を飲み込んだ代わりにもう一度浅く煙管を吸って、ふうっと吐いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
その夜は、船上では宴が開かれた。
たった4日の船舶、しかもすったもんだあったとはいえこの島での最後の夜である。
 
薄暮時になって、島民の生活復旧を手伝っていたクルーたちが帰ってきた。
彼らはその手に大きな酒樽を抱えていた。
島でしかとれないヤシに似た植物から作るその秘蔵酒は、相変わらず口数の少ない村人によって手渡されたらしい。
アンにした仕打ちの詫びだとしたら、こんなものと突き返しひと暴れもふた暴れもくれてやるというところだが、そんなものが不毛かつ繰り返される無意味な乱闘であることはわかっている。
だからこの酒は復旧作業の礼と言うことにしてありがたく受け取った。
アルコールに飢えていた身体が酒を求めていたというのも事実ではある。
 
 
しかし手に入れた酒で宴をしようにも村は灰まみれで浜辺は島民の住居にあふれている。
ゆえにいつもの航海中のように、船上で栓を開けることになった。
 
 
 
アンはメインマストの真下、マストにもたれてちびちびと舐めるようにジョッキを空けていった。
アンを労わってクルーたちは声をかけたり料理を運んだり酒を勧めたりするので、アンの周りに人は絶えない。
酒を飲むと手の傷がひどく痛むので勧められる酒は苦笑付きで断って、料理だけをしっかりと受け取っていた。
 
少し離れた中央甲板では相変わらずミイラ男のサッチが、使える方の手に三つのジョッキを掲げてなにやら叫んでいる。
その足元で数人が笑い転げており、なんとも見苦しい酔っぱらいの群れができていた。
つまみを口に運びながらその様子をぼんやり眺めていると、不意にサッチと目があった。
ぱちくりと瞬いたアンに向かって、サッチは傷のある方の目をつむってウインクを飛ばした。
アンがその顔に向かってにいと笑うと、サッチは手に持っていた三つのジョッキをすべて同時に傾けて中身の酒を顔中に浴びた。
ジョッキで隠れる寸前のサッチの口も、アンと同じように笑っていた。
 
 
 
 
アンの元に足しげく通っていた男たちも次から次へと潰れていき、まさに船上は足の踏み場もない程転がった男たちで埋め尽くされていた。
サッチもすっかり潰れてしまい、包帯は巻いてあるものの軽く半裸の状態で少し離れたところで寝こけている。
 
相変わらずアンは手に持った酒を大事なもののように少しずつ飲んでいたので、ほろ酔い程度に体はあったまったものの頭はしっかりしている。
BGMのように聞いていた喧騒が少しずつ穏やかになり、そして今度はそれが豪快ないびきの合唱へと変わっていくのをアンは静かな心もちで聞いていた。
 
 
 
 
こんなにも、こころが平たくなったような気分はとても久しぶりだった。
まるで静かな水面のように落ち着いた自分の内側をゆっくりと噛みしめられる。
 
しかし日付が変わって1時間ほど後、水面に小石が投げかけられて波紋を作るようにしてアンの静寂は破られた。
 
 
いつか来るとはわかっていた。
それが今晩だろうともわかっていた。
昨日の晩来いと言われたのを自分は今日この時まで引っ張っていたのだ。
 
 
名前を呼ばれて、アンはゆっくりと顔を上げた。
音もなくいつのまにかアンの2メートルほど手前まで来ていたマルコは、足元の群がりを見下ろして少し顔をしかめた。
嫌な感じのしかめかたではなかった。苦笑に近い。
 
 
「こんな見苦しいとこで呑まなくてもいいだろい」
「場所移動すんの、めんどくて」
「まだ呑むかい」
「んーん、いい」
 
 
アンの返事を聞いて、マルコは無表情に近いその顔をすこし和らげた。
 
 
「部屋、戻るかい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
マルコに続いて部屋に入ると、甘い香りがうすらと漂っていることに気付いた。
 
 
「部屋で呑んでた?」
「ああ…終盤な」
 
 
悪酔いした輩に絡まれるのが超絶迷惑と言うわけではないが、ゆっくり飲みたいときのマルコの常套手段である。
アンがあまり口にすることのないブランデーの香りが安らかに胸を満たした。
アンはその香りをひとつ吸い込んでから、いつもそうしているように迷わずベッドに腰かけた。
 
 
マルコは仕事机においていたブランデーに栓をして、本棚の下、引き戸になっている棚へとそれを戻した。
そして立ち上がったと同時に伸びをして、ばきばきと腰を鳴らす。
アンは思わず笑ってしまった。
 
 
「あいかわらず、すごい」
「…今回の寄港はまた、一癖あったからねい」
 
 
マルコのその言葉にアンは笑っていた口元を引き締めた。
マルコがそれに気付いて苦笑する。
 
 
「別にお前のせいじゃねぇよい」
 
 
マルコは部屋の片隅のスペース、コーヒーメーカーやカップが置かれたローテーブルに向かうと迷わず二つのカップを手に取り、コーヒーの準備をし始めた。
そしてサッチがアンのために作った『簡易ココアの粉』なるものをひとつのマグカップに振り入れる。
アンがわたわたと立ち上がり湯の準備をしようとすると、マルコは座ってろと目で制した。
そしてマルコはアンに背を向けたまま、思い出したようにしゃべりだした。
 
 
「島の名前、覚えてるかい」
「この島?えー…っと、なんだっけ、神様の名前ついてたような…神様なんてったっけ」
「カクス。島の名前が、ドラウン・カクス」
「ああ!それそれ」
「ドラウン・カクス。溺れた神だ。縁起でもねぇな」
「あ…」
 
 
脳裏を横切るように、老人が語った島の歴史物語が思い出された。
彼らはこの、島の名の由来もわかっているのだろうか。
悲しい物語の一部なのに、それを名前にしてそれとずっと一緒にいることができるんだろうか。
きっともう、尋ねる機会はないだろうけど。
 
 
 
しばらくそのまま座っていると、部屋にはコーヒーの香りと甘いココアの香りが混じり合いながら充満していった。
マルコは中身の入ったカップを両手に持ってアンの隣に腰かけた。
 
 
 
「ん」
「ありがと」
 
 
熱いそれに口をつけると、酒に慣れていた舌がココアの甘さでゆっくりと溶けるように弛緩した。
思わずほうと息をつく。
マルコはあいかわらず、おいしいのかまずいのかわからない表情でコーヒーをすすった。
 
 
立ち上る蒸気に鼻先を濡らして、アンは手の中のその飲み物を扱うのに懸命になっていた。
アンのマグの中身が半分ほど減ったとき、マルコが不意に口を開いた。
 
 
 
「オレは、もしまたこんなことがあっても…絶対、同じことをする」
 
 
アンは顔を上げて隣の横顔を見つめた。
白い蒸気がアンの視界を妨げた。
 
 
「オレはお前を一番にはできない」
 
 
思わずアンはうんと頷いた。
あまりに自然に頷けたことに自分でも驚いたが、マルコも少し驚いたようにアンを見つめ返した。
そしてすぐ、呆れたように少し笑う。
 
 
「前…お前とこういうことになってすぐの頃、オヤジに言われたんだよい。お前は息子にするなら最高だけど最低の男だってよい」
 
 
マルコは笑った口元のままカップに口をつけた。
 
 
「言い得て妙だと思ったよい」
 
 
いいえて…?とアンが呟くと、上手いこと言うってことだとマルコが返した。
 
 
「オレァガキん頃オヤジに拾われて、この人のために死のうと思った。もしそれができなくても、オヤジのために生きようと思った。んでオヤジみたいに強い男になりたいと思ったんだよい。今でも思ってる」
 
 
穏やかな顔でそう言うマルコをアンは遠慮なく見つめた。
マルコの昔話を聞くなんて初めてだ。
マルコは手の中のカップの中身を見下ろしたまま続けた。
 
 
「ガキだった頃は、強いってのは喧嘩に勝つことだと思ってた。実際オヤジが負けたとこなんて見たことねぇし、確かに強さってのはそういうことでもあんだろい。でも、なんでだったか忘れたけど、強いってのはそんだけじゃねぇってわかった」
 
 
守れる力だ、とマルコははっきり口にした。
 
 
「大切なモンを守れることが、本当に強いってことだ。ごたくなんて並べりゃいくらだって出てくるだろうからなんとでも言えるが、少なくともオレはそう思ってる」
 
 
そこでようやくマルコは顔を上げ、アンを見つめた。
アンはマルコから目を離すことができず、ぬるくなっていくカップを包帯の巻かれた手でぎゅっと握りしめた。
 
イゾウと話していた時のような、泣きたくなる切なさがまた急激に胸を突いた。
 
 
 
 
「でも守れなかった」
 
 
 
「オレは大切なモンを、ひとつにできない」
 
 
 
マルコの瞳に、いつのまにか浮かんでいた後悔の念にようやくアンは気づいた。
アンはその瞳を見つめたまま無言でかぶりを振った。
 
 
 
マルコが選んだ大切なものは、アンにとってもかけがえのない「大切」だ。
だからそれを選んだマルコは絶対に正しくて、悔やむことなんて何もない。
そう言いたいのに、伝えたいのに、上手い言葉は何一つ出てこなかった。
たとえ出てきたとしても、きっとその言葉の陳腐さに呆れたことだろう。
 
だからアンは黙って首を振るしかできなかった。
 
 
マルコはゆっくりとした動作でアンの手の中のカップを取り、自身のカップと一緒にベッドの脇、サイドテーブルに置いた。
 
 
 
「オヤジが言った通り、オレは最低の男だ。でも最高の息子でいてぇと思ってる。勝手だ。でもどうしようもねぇ。本当に最低だよい。救いようがない」
 
 
アンが否定する隙もない程、マルコはつらつらと自分を罵倒した。
そして、まっすぐにアンを見た。
 
 
 
 
「お前は、こんな男でも、まだ惚れていられるかよい」
 
 
 
 
アンは堪えようのない切なさを胸に抱えたまま、じっとマルコを見つめ返した。
 
強い人だ。
でも弱い。
そしてこんなにも優しい。
今まで見ることのなかったマルコの心の奥深く、マルコ自身未開であったはずの心の琴線に触れられたような気がした。
 
全部知りたい。
 
今まで感じたことのない欲望が奥底から湧き上がった。
それはあっというまに切なさを追い越し覆い隠してアンを埋め尽くす。
 
アン自身わからない。
でも、どうしようもない。
 
 
 
あたしはこのひとがだいすきだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アンはそっと、マルコの膝の上に置かれていたかさついた手に触れた。
とても自然に、そうしたいと思った。
言葉が出てこない。
なんて言えばいいんだろう、どういえばこの感情が伝わるんだろう。
考えれば考えるほど思いは胸の中だけで渦巻いて、気道がきゅっと狭まったように苦しくなる。
 
マルコの問いに答えることができず、アンは包帯越しに重ねた手の下、マルコの手を軽く握った。
するとゆっくりと、同じだけの力が帰ってきた。
顔を上げて柔らかく緩んだマルコの目元を見ると、ほろほろと何かが崩れた。
 
 
 
 
「…もう、遅いよ」
 
 
 
一度捕まったら、逃げられない。
狙いを定めたのはこっちが先だったはずなのに、捕えられたのは自分のほうだった。
 
マルコはその言葉に、昼間のように、にやりと笑った。
マルコに一番よく似合う、悪そうな顔。海賊の顔。
 
 
 
「もとから手離すつもりなんてねぇよい」
 
 
 
あ、と呟きのような悲鳴のような声が漏れた。
あっというまにシーツの波に体が沈んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
言いたいことは山ほどあった。
その十分の一も言えてない気がする。
そして言葉以上に、思いは伝わりきれていない気がする。
 
 
ガチガチに固まったアンをほぐすのに数十分かかった。
そうして組み敷いたアンを見下ろして、どうしてこんなことになったんだろうかとぼんやり考えた。
 
 
 
 
かたくなに自分たちを受け入れなかったノラ猫が、すこしずつ気持ちをほどいていくさまを見てきた。
ふとした瞬間にするりと人の心の隙間に入ってこられる奴だった。
一度懐けばなんて可愛いもんなんだろうと、家族一同緩んだ顔で見守っていたはずだ。
その時点では間違いなく妹だったというのに。
 
 
唐突に、そして猪突猛進を見事に体であらわした奮迅ぶりで自分のことをすきだと言いだしたアンに驚いて、柔軟な対応なんてできるはずもなく、すぐさま突き放した。
突き放したというのはていのいい言い方で、逃げたのだ。
変わることが怖かった。
 
それがいつのまにか、その猪突猛進ぶりでさえ、アンのすべてをひとりのものにしたくなった。
独占欲と、支配欲と、その他汚い欲がつのりつのってそのすべてがアンひとりに向かっていったのに、アンは難なくそれを受け入れた。
 
だから思ったのだろう。
 
自分もアンのすべてを受け入れたいと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
腕の中で、アンの声がマルコと呼んだ。
酒を飲んだときよりも明らかにほてった顔と目元で見上げてくる。
 
 
そのときなぜか唐突にアンの父親を思い出した。
白ひげではなく、アンの半分を作った男。
 
 
憎たらしい顔で笑う嫌味な男の顔は今のアンと似ても似つかないはずなのに、一瞬ではあるが明らかにアンとだぶった。
ああこいつの半分はあの男なのだといやでも思い知らされた。
あの男と、もう一人母親が存在することでアンという全く違う一人が出来上がる。
 
なんてことだとマルコは一瞬固く目をつむった。
 
あんなにも忌々しい男だというのに、アンの一部だというだけでいとしくさえ感じる。
 
どうしようもねぇな、とアンの首元に顔をうずめて笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
腕の中のアンの表情は実に変化に富んでいた。
そのすべてが自分の求めているものだと気付いて震えが走った。
苦痛にゆがんだ顔でさえもっと見たいと思う。
甘さに蕩けた顔は誰にも見せたくない。
 

 
 
──狂っている。
 

 
 
底なしの狂気が全身全霊でアンを愛せと言っていた。
言われなくてもそうせずにはいられなかった。
耳元であいしているとささやくと、アンは綺麗に笑った。
 

 
 
 

 あいのことば

 
 
それは狂気に満ちている・終

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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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