OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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風が凪いで空は青い。
暇を持て余した男たちは甲板の日陰で、日の高さには目もくれずに酒盛りを始めているそんな海賊船の上。
大きな、それは大きな衝撃音と何かがぶっ飛んだ爆発音がぐちゃぐちゃになったような、なんとも聞き苦しい音が船上に響いた。
「あれ、まだやってんのか」
「やってるやってる。懲りねえ上にしつけぇんだなアイツも」
「オヤジもよく相手してるぜ」
「まあオレアイツの顔まともに見たことねぇけど、まだガキだろ」
「ガキもガキ、まだ20も超えてねぇってよ」
「うっへぇ、よくやるぜ」
デッキブラシを顎置き代わりにして、掃除当番に割り当てられた男たちは音のした方に顔を向けて無駄口を叩きあった。
平和な船の上に一匹のノラ猫が入り込んだらしいという噂は、すでに船中に流布されている。
そのノラっぷりと言ったらもうピカイチで、とんでもない棘を持っているという噂だ。
ふと、男たちの視界に影が差した。
「口ばっか疲れさせてねぇで手も動かせよい」
陰の持ち主に目をやった男たちは慌てて姿勢を正し、すんませんっ! という言葉と共に忙しくデッキブラシを甲板にこすり付け始めた。
もうすぐ飯だから、という言葉にも威勢のいい返事を返し、床をまるで親の仇でも見るような顔で睨みながら必死で磨く。
その横を、声をかけた当の男が気だるげな顔つきで歩き去って行った。
マルコは先ほど爆音が鳴り響いた地点へと歩いていく。
また船大工どもに仕事が増えると小言を言われるのは壊した本人ではなく仲介役の自分なわけで、そう考えると頭が痛い。
まだ痛くはないがこれから痛むであろうこめかみを軽く指先で揉みながら角を曲がった。
散らかる木くず、倒れた扉、外れた蝶番と転がる人間。
また派手にやったもんだと眉間に皺が寄った。
ここしばらくマルコの両目の間には絶え間なく皺が刻まれている。
それと同時にため息も増えた。
まったくどうしてくれようかというほど、面倒で厄介な悩み事ばかりなのである、この船の上は。
足元に散らばった木くずを蹴散らし時には踏みつけながら転がる人間の元へと歩いていく。
真っ黒で、ぼさぼさに絡み合った髪の毛がくっついた頭がマルコのほうを向いていた。
うつぶせに倒れていた人間は、マルコが立てた足音を聞きつけたのか、ピクリと背中を揺らす。
そしてすぐさま上体を起こし飛び退くようにマルコと距離を取った。
背中を丸めて四つん這いになったようなその姿は本当に人を知らない野生動物のようで、驚き通り越して呆れてしまう。
よくもこうまで徹底して人を避けられるものだと。
薄黄色のシャツから頼りなく細い腕が伸びて、前かがみになった小さな身体を支えていた。
黒いズボンは少し擦り切れて、まるで街に浮浪する子供のようにみすぼらしく見える。
それに輪をかけて野生っぽく見せているのは、何をおいてもその目だった。
風呂に入らない上に海風にやられた髪の毛は油で光り潮気でかさつき、すっかりと顔を覆っている。
しかしその隙間から、大きな光がみえる。
暗闇の中で黄色く光る不気味な光のように、それはじっとマルコをまっすぐ照らした。
ギラギラと危なげに光る目つきは紛れもなく野生のそれだ。
マルコは臆することなく見つめ返した。
じっと視線を合わせて数秒もたたないうちに、そのノラ猫は血を吐いた。
げほっ、ごほっと数回むせかえって、乱暴に口元をぬぐう。
ああ、と今度こそ明らかなため息がマルコから漏れた。
「おいお前」
俯いていた目の光はギッとマルコを睨みつけたが、マルコが呼びかけたのは血を吐くほど弱りきったノラ猫にではない。
少し離れた甲板上を歩いていた一隊員を呼び止めたのだ。
「ナースから救急セット一通りもらって持って来い」
「うーっす」
従順な返事を返し、クルーは船室へと消えていく。
マルコはぐるると唸る動物をそこに残して、扉があった部分がすっかりさびしくなってしまった部屋、船長室へと入っていった。
再びぽっかり口を開いた出入り口からマルコが出てきたのはそれから十分にも満たないころだった。
あいかわらず散乱する木のかけらたちと、救急セットを抱えて所在なさ気にうろうろするクルーが一人。
ノラ猫はいない。
マルコは礼を言ってそれを受け取った。
中身が詰まってそこそこの重さのある箱を片手に、マルコは歩き出す。
少し行くと、すぐに小さな塊をふたつ見つけた。
ひとつはこれでもかというほど固く膝を抱えて小さくなっているし、もうひとつはその前でこぶしほどの白い塊を積んで遊んでいた。
白い塊? 包帯だ。
「ハルタ、何やってんだい」
「んー、怪我してたから、包帯を」
「用途はなしてねぇみたいだが」
「いらないって言うんだもん」
ていうかちょっと今いいところだから邪魔しないで、とハルタはマルコを見上げて少し睨むと、また目の前の包帯タワーに熱い視線をくれ始めた。
変なところで几帳面なハルタは、使いかけの包帯、少しよれた包帯、新品でまっさらな包帯を分けて綺麗に三角に積み上げていく。
こんなことを目の前で繰り広げられれば、へそ曲がりの頑固でなくても気が滅入るだろう。
また知らず知らずのうちにため息がこぼれていた。
「ほらハルタ、もう行けよい」
「邪魔しないでってばマルコ」
「包帯で遊ぶんじゃねぇよい、ねーちゃんたちに怒られんぞい」
「じゃあこのまま積んどいてもいい?」
「揺れで倒れたら散らばるだろい。片づけとけ」
ハルタは不満げに口を尖らせてマルコを見上げたが、やがて億劫そうな動作で積み上げた包帯を崩し始めた。
「災難だったな」
それは紛れもなくうずくまった者へと言われた言葉だったが、かたくなに縮こまったそれは動きもしなかった。
災難ってボクのこと?とハルタが口を尖らせてマルコを見上げた。
マルコは肩をすくめて、うずくまった脚の傍に救急セットを置いた。
*
冬島の気候に入った。
ノラ猫の襲撃は百回を超えた。
部屋にこもり書類を片していたマルコのもとに、困り顔の航海士が一人訪れた。
「すいません、私たちじゃどうしようもなくて」
何事かと彼に導かれるまま来てみれば、メインマストの真下で横になって膝を抱える子供がいた。
実年齢は子供と言うより大人に近いはずだが、膝を抱えてうずくまっていたのが何かの拍子にコテンと横になっただけ、という姿でじっと動かないそのカタマリは、寒さに震える子供のように見える。
「…これがどうかしたかい」
「マ、マストに上りたいんです」
「上りゃあいいじゃねぇかい」
「ムリなんですって」
「ああ?」
怪訝な顔を見せると、航海士は泣きそうな顔でいっぺん上ってみてくださいよとマルコを促した。
どういうことだと首をかしげながら言われたままに一歩踏み出して、すぐに気付いた。
気温がちがう。
足元から立ち上るすさまじい熱気が一気にマルコの顔を炙る。
視線を落とすと、すぐそこに発熱体が転がっていた。
その身体の周りの景色はぼんやりと歪み、陽炎が揺れている。
「ねっ?」
情けない顔でマルコに問いかける航海士は、これじゃ上に行きつく前にあぶり焼きにされてしまいますよと嘆いた。
確かに、と言わざるを得ない。
「観測ができません…」
困り果てた航海士がマルコに助けを求めたのも道理であった。
戦闘員ではない彼がこの発熱体をどうにかしようというのは至難の技だろう。
しかし、ふとマルコは思い当たった。
「こいつを起こしゃあいいじゃねぇかよい」
「そ、そんな」
ムリムリムリムリと首を振る男は、お願いしますからどうにかしてくださいとへこへこ頭を下げた。
目を覚ませばひとたび破壊の権化と化すとでも思っているのだろうか。
呆れたマルコはため息とともに再び足元を見下ろした。
しかしこのノラ猫、目の前でマルコと航海士がいくつも応酬を繰り返していたにもかかわらずピクリとも動かない。
顔は髪に隠れて見えないが、腹のあたりが微かに上下しているあたりから眠っているのだろう。それは深く。
まさしく死んだように。
マルコは静かにしゃがみこんだ。
途端に鮮烈な熱さが顔面を襲った。
(こりゃあ、)
熱から守るように片目をつむって、未だ眠りつづけるそれを起こそうと手を伸ばした。
しかしマルコは、あと一寸で肩に触れるというところで手を止めた。
背後では、航海士が遠巻きに見守っている。
マルコは上から伸ばしていた手をひるがえし、代わりに両手を横たわる身体の下に差し込み持ち上げた。
「ほらよい」
マルコは微動だにしないそのカタマリを胸の前に抱えたまま、メインマストを顎でしゃくった。
ノラ猫を起こしてくれるものだとばかり思っていたのだろう、航海士はぽかんと口を開けて、目の前の青い光を見つめた。
しかしすぐにハッとした顔で、ありがとうございますと頭を下げる。
マルコは航海士が顔を上げたころにはすでに荷物を抱えたまま歩き去っていた。
両腕に視線を落とすと、ノラ猫の体勢はあの鉄壁ガード姿勢から少し崩れていた。
あいかわらず脚はマルコの腕の中で小さく折りたたまれているが、両膝の間に収まっていた頭が今はマルコの腕の中からはみ出てカクンと垂れていた。
細くて白い喉がくっきりと目に焼き付いた。
船室に入ろうとマルコはドアの前で立ち止まったが、この両腕の荷物がどうしようもない。
片手を開けるために、マルコはゆするようにして小さな身体を肩に担ぎ直した。
そうしてやっと片手が開いたそのとき、横から現れた影がマルコの代わりにドアを開けた。
「いいモン持ってんじゃん」
「…んじゃあ代わってやるよい」
「馬鹿言え、焼け死ぬわ」
「テメェ、オレも熱いんだよい」
フン、と息を吐いてマルコはサッチが開けたドアの向こうへと踏み出した。
後ろからサッチは楽しげについてくる。
「カイロ代わりにゃもってこいってか」
「ガキの体温にしちゃあ可愛くない熱さだよい」
「違いねぇ」
サッチはクックと笑った。
で、どこ行くの?と呑気な声が続く。
「オレの部屋の隣、空き部屋あったろい。そこ放り込んどきゃいいだろい」
「隊長直々に面倒見てやるわけね」
「…冗談じゃねぇ」
マルコの呟きは意に介さず、サッチはマルコの肩口から両手と共にぶらぶら揺れているノラ猫の頭を覗き込んだ。
「…すっかり寝こけちまって」
「気絶してんのかい」
「いや、さっきオレの飯食ったから」
「ああ、だからかい」
闘いを挑んで、綺麗に負けて、疲れてボロボロになったところに温かい飯ときたら次は眠りしかやってこないだろう。
数日前マルコが何とかして餌付けに成功し、それからはサッチが餌付け当番となっていた。
額には、小さなガーゼが貼られていた。
自分で貼ったのだろう。
マルコは自室を通り過ぎ、開いている左手で隣室のドアを開けた。
埃臭いその部屋には幸いベッドが一つある。
マルコはその上に、荷物を放り投げた。
青い翼が溶けるようにして右手に変化した。
「荒っ」
「運んでやったんだ、上等だろい」
「あーあー可哀そうに子猫ちゃん」
ベッドのわきにしゃがみ込んだサッチは、それが発熱危険物であることを忘れて額に手を伸ばした。
アチッと聞こえるその背後で、マルコは部屋の隅に積まれた木箱の中から古ぼけた毛布を引っ張り出す。
サッチが指先にフーフー息を吹きかけながらマルコを振り返った。
「かけてやんの?やーさしーい」
サッチの軽口は無視して、マルコはノラ猫を放り投げたのと同じ要領で毛布をその上に投げかけた。
ぴくりとも動かない。
「…自己防衛本能だ」
寒さから身を守るため、自ら発熱して身体を守っていた。
そして他人が近づけば温度が上がる。
昏々と眠りつづける意識とは無関係に身体は必死に外的と闘おうとしていたのだ。
サッチは持ち前の下がり眉をさらに下げて、慈しむようにベッドの中を見下ろした。
「…難儀なもんだ」
近づいてやりたいのに、許してくれない。
本人もきっとそれを望んでいるはずだと思うのは、エゴだろうか。
二人の男は、小さくうずくまって眠るその娘を、しばらくのあいだ黙って見つめていた。
→
PR
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