OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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ナースと一緒に風呂から上がり、脱衣所で手渡されたのはなめらかな手触りの長そでのシャツとズボン。
落ち着いたクリーム色に黄緑色の水玉が薄く散ったそのパジャマを、アンは目の前に広げてぼんやりと見遣った。
「気に入らない?」と言われて、黙って首を振り大人しく袖を通した。
ナースは動きやすそうなネグリジェの上にショールを羽織ると、アンの濡れた髪を指さしてきちんと拭くように指示する。
無遠慮に拭こうとしてこないところがアンを嫌な気持ちにさせないので、これまたやりづらい。
脱衣所を出ると、ぴゅうっと冷たい風が首筋を撫でた。
ナースは寒そうにショールを掻き抱く。
アンはそっと、服の上から自分の腕をさすった。
ぺたりと油の浮いた肌ではない。
サラッとした生地の感触が良く手に馴染む。
腕をさするアンが寒がっていると思ったのか、ナースは「暖かいものを食べましょうね」と声をかけた。
「ああそう、少し寄り道してもいいかしら。部屋からカルテを」
「…あたしひとりで行けるから」
「だめ。私も行くわ」
アンの提案をぴしゃりと跳ねのけたナースは、さあこっちよと闊達に歩を進める。
アンはむぅと口をつぐんで、彼女の後に続いた。
すっかりこの人のペースだと分かりながら、抵抗できないのだ。
風呂に入る前、借りる服を取りに寄った際に思ったことだが、ナースの部屋はものすごく遠かった。
階段をいくつも降り角は数回曲がり、同じ板張りの床が延々と続く長い廊下を歩いていく。
経験上道を覚えるのは苦手じゃないアンでも、こうも同じ景色の中では一度で覚えられそうもない道筋だった。
こうともなれば、ここから食堂へ行くのにも彼女の水先案内がなければ辿りつけないだろう。
そう言えば、こんなにも船内を歩き回るのは初めてだ。
船の奥深く、ナースたちの寝室にやっとのことで辿りつくと、彼女はすぐだからちょっと待っていてと部屋の扉を開けたままそこにアンを残して中に入っていった。
あいかわらず部屋の中からは柔らかな、まったりとした甘いにおいがかすかに香る。
埃や汗の男くささとは無縁な一角がこの船の上に存在するなんて、余所者は誰も想像さえしないだろう。
アンが少し屈んだナースの背中を見るともなしに見て佇んでいたその時、警戒心の一端が異質な気配にぴくりと反応した。
それとほぼ同時に、カランと耳慣れない木の音が聞こえる。
アンが素早く音のした方に顔を向けてしばらくすると、10メートルほど離れた角の向こうから人の姿が現れた。
薄桃色の布が幾重にも重なったような変わった服装。
カランというおかしな音はその人間の履くこれまた変わった靴のせいのようだ。
黒髪はどういう構造なのかさっぱりわからない様子で後ろにまとめられていて、額から垂れた一筋の髪が歩調に合わせて微かに揺れる。
目を伏せ気味に歩いているからか、やたらと長い睫毛が遠くからでも濃く見えた。
(…女?ナース?)
それにしてもラフな格好をしている。
ラフというか…動きにくそうな格好だ、とアンはその場から動くこともせずに身体はナースの部屋に向けたままその人間をまじまじと観察した。
(あ、男だ)
懐手をしたその男の襟元が少し開いていて、そこから胸板がちらりとのぞいていた。
不意に、男は顔を上げた。
アンはそれにつと身じろぐ。
しかし男は目の前のアンになんの頓着も見せず、まるでそこにアンがいることに気付いていないかのようにするりと水のような動作でナースの部屋の隣に入っていった。
今までこの船のクルーはアンを目にすると何らかの反応を見せたので、この男の無関心さは逆に癪なような気分になる。
アンを見もしなかったのだ。
いつのまにかアンの目の前まで戻ってきていたナースは、首だけ回して横に睨むような視線を送っているアンをいぶかしげに見下ろした。
「どうかした?」
ハッとして視線をナースに戻すと、思わぬ近さに彼女がいる。
なんとなく気まずい思いで首を振った。
ナースは不思議そうに首を傾けたが、特に気に留めた様子もなくお待たせと言って部屋を出てきた。
そしてナースが部屋に鍵をかけているそのとき、隣の部屋からあの男がでてきた。
「あら隊長」
「おう」
ゆっくりとこちらを向いた男は、今度こそナースとアンを捉えて静かに笑みを浮かべた。
隊長、ということはこの男もあのへんな髪型男二人に引き続くオエライガタの一人ということだ。
「今日は早番か」
「ええ、もうお風呂いただきました」
「そうかい、俺ァ随分いいタイミングででくわしたみてぇだな」
男の無遠慮な俗な言葉にナースはちらりとも嫌な顔は見せず、逆に「高く取り損ねたわ」と笑ったくらいだった。
男は肩に木箱を一つ抱えていた。
「で、ノラ猫の丸洗いに成功ってことか」
男は確かにアンを目に捉えてそう言った。
突然視線が交わってアンが虚を突かれた顔をすると、ナースは失礼ですねと赤い唇を小さく尖らせた。
大人びた人なのにそんな仕草は可愛く見える。
ナースはアンの肩に軽く触れた。
「もうノラには見えませんでしょう?」
「ああもちろん」
そこまでの会話を聞いて、アンはやっと自分がノラ猫と評されていることに気付いた。
失礼ねと言ったナースさえアンが少なくとも風呂前まではノラであったことを否定しない。
ノラ猫扱いされたことを怒ればいいのか、もうノラではないことを喜べばいいのかアンが葛藤している間に二人の会話は進んでいく。
「で、どこ行くんだ」
「食堂に。彼女のお夜食を作ってもらいたくて」
「ああ、それならまだサッチがいるぜ」
「あらちょうどよかった」
「それに俺も今から厨房に用がある。お前さんが良けりゃあ預かるぜ」
そう言って男はアンを見据えた。
その視線を感じてアンも男をちろりと下からねめつけるように見上げる。
小鼻をひくつかせて警戒心丸出しのアンに反して、男はずっと涼しい顔をしていた。
「それじゃあ頼もうかしら。私パパさんのところに用がありますの」
「おう行ってこい行ってこい」
アンがぎょっとした顔を隠さずナースに視線を移しても、彼女はそれを意にも介さず二回ほどアンの肩を軽くたたいた。
「イゾウ隊長と行ってきなさいな」
アンは何と言っていいのかわからないがとりあえず口を開いた。
しかしそこから何かがこぼれる前に男に先手を取られる。
「付いてきな」
男はすでに歩き始めていた。
ナースはさあ行ってらっしゃいと言わんばかりの笑顔で見送ってくる。
もういい食堂へは行かないと言ってしまえば簡単だが、そう言ってしまうと今の今まで世話を焼いてくれた彼女の面目をつぶしてしまう気がしてそうとは言えず、アンはしぶしぶ男の後を追って歩き出した。
しかしはたと思い当ってすぐに足を止める。
「あのっ」
振り返ると、ナースはまだ笑顔でアンを見送っていた。
アンの呼びかけに、笑みを浮かべたまま首をかしげる。
「いろいろ…ありがとう」
ナースは首を傾げたままきょとんと眼を丸めてから、さらに目を細めてアンに手を振った。
優しくて綺麗な笑顔は眩しいほどで、アンはすぐに目を逸らしてしまった。
*
カラン、カロン、と軽い音が静かな廊下によく響く。
いくつか階を上ると騒がしい部屋の前を通ったり、数人のクルーとすれ違ったりもしたがその妙な足音だけはいつまでもくっきりとアンの耳に届いた。
男は何も話さず、荷を持ったのと反対の手を懐に仕舞ったままわりとゆっくりな足取りで歩いていく。
アンを振り返ることもしないが、アンがちゃんとついてきていることに関して自信にあふれた背中をしていた。
それに加えて、妙な雰囲気を持つ男だと思った。
雰囲気と言うか、においに近い。
独特の、あやしげなにおいがする。
実際に男からはアンが感じたことのない香りが漂っている、ような気がした。
この男についていくといつの間にか全く知らないところに連れて行かれてしまうような気分になる。
しかしだからと言って今更ついていくのをやめようという気にもならなかった。
「お前さん火ぃ持ってるか」
「は?」
不意に声をかけられたアンは、考えていたことが考えていたことだったので思わず剣呑な声を返してしまった。
男は軽く振り返り、流し目でアンを捉える。
懐の中からするりと細長い棒状のものを取り出していた。
ちょいちょい、と示すようにそれを動かす。
「火だよ、火」
「…何に使うんだよ」
思いっきり怪訝な顔つきでそう問い返すと、男は一瞬きょとんと眼を丸めた。
が、すぐににっと口角を上げた。
「た、ば、こ」
「…それが?」
「煙管しらねぇのか」
「キセル?」
「ここに火ぃ入れてこっから吸うんだよ。で、火は」
せっかちなのか早く喫したいだけなのか、男は立ち止まってアンの返答を待った。
思わずアンは答えに窮した。
火を持ってるかなんてアンには愚問だ。
お望みなら丸ごと焼いてやったって足りないくらいの火力を持っている。
それを知らないはずはなかろうに、男はアンに火を持っているかと聞いた。
もしかしたら知らないか、忘れているのかもしれないが、どちらにしろアンがこの男の一服に手を貸してやる義理はない。
アンはぶっきらぼうに口を開いた。
「そんなもん持ち歩いてるわけねぇだろ」
「そりゃそうか」
案外あっさりと納得した男は再びアンに背を向けて歩き出した。
男の問いを切り捨てるように答えたつもりだが、このパジャマ姿ではいまいち決まらないのが残念でならない。
アンは半ば煮え切らない思いのまま、また男の背を見ながら歩き出す。
「お前さんまだオヤジに挑んでんだっけ」
また不意に、しかも今度はかなりディープな方の話題を振られて、アンはまたすぐに言葉を返せなかった。
まるで世間話をするような軽さで男は言葉を続ける。
「わけぇなあ、あんだけ暴れりゃ電池も切れるわな」
「で、お前さんとしちゃああとどれくらいは襲撃したいわけ。百超えたらもう見上げた根性だと思うがな」
くっくと一人声を出して笑う男の後ろ姿を、アンは軽く呆気にとられて見つめた。
男はまた流し目で、ちらりとアンを振り返る。
その男の髪色のような、真っ黒の瞳がアンと同じだ。
「んなことしてる間に歳食っちまうと、もったいねぇけどなあ」
最初から最後まで、まるで独り言のような台詞だった。
しかし最後の言葉はするりとアンの心に入ってきて、そこでずんと重みを増してどきりとした。
その重さにアンが戸惑っているうちに、二人は大きな扉の前まで到着していた。
やっと食堂だ。
*
イゾウは肩に担いだ荷物を食堂に入ってすぐのところにどかりと下ろした。
暇なら格納庫からイモでも取ってこいとサッチに言われて反発したのは言うまでもないが、愛してやまない刻み煙草をカタに取られたら話は別だ。
思いつく限りの罵倒・悪態を吐きながら遠い遠い格納庫へとイゾウは赴いた。
結果として、そこで思わぬ拾い物をしたのでサッチの無体はよしとしておく。
イゾウが食堂に入ってすぐ荷物を下ろすと、カウンターの向こう側にいたサッチがめざとくそれを見つけて叫んだ。
「あっ、テメッ、そんなとこに置いたってしょうがねぇだろ!こっちまで持って来い!」
「食堂まで持って来いって言ったのはおめぇだろうが。残念ながらそこは食堂じゃねぇ。厨房だ」
「屁理屈こきやがってこの女男…!」
目の上の傷をひきつらせたサッチだったが、イゾウの背後でちらついた人影を目に留めて、お、と口をすぼめた。
思わぬ来客である。
「…イゾウさんそれはお土産?」
「少なくともテメェにではねぇな」
二人の言葉に、食堂に坐してそれまでの会話を気にも留めていなかった数人がつと顔を上げて入口を見遣った。
イゾウの後ろに付いてきたのは、記憶とはずいぶん見目の異なる娘。
油でてらてら光っていた髪は少し湿ってはいるがすとんと下に落ちていて、鳥の巣状態ではなくなっていた。
ぎらぎらした目は相変わらずだが、黒ずんだ肌が白く光っている今はそれもあまり目立たない。
こざっぱりとした女もののパジャマの裾を握りしめて、それでもまるでなにかと勝負しているように毅然と視線を上げていた。
イゾウが歩き出すと、娘も少し間を空けてついていく。
歩く二人から離れた席に座ったクルーたちは無意識にもアンから目を離せず、そして二人が一つの席の前で立ち止まった際に彼らの視線も止まった。
「座ってな」
イゾウがテーブルを顎でしゃくってみせると、アンはうなずきのように見えないでもない、というほど微かに首を動かした。
その席の隣には巨体のジョズが、そして向かいにはマルコが座っている。
「サッチ」
「へいへい、とんだプレゼントぶちかましてくれるもんだぜ。おい嬢ちゃん、今作るからちょいと待ってんだぜー」
イゾウの一言で事態を飲み込んだサッチは、すぐさま調理に取り掛かろうととりあえず目の前にかけてあった鍋に手を伸ばした。
しかし座ってなと言われ頷いたかのように見えたアンは、まだそこに立ち尽くしている。
視線は食堂に入ってきたときとは変わって、少し下がり気味だ。
「お前が座ってても立っててもメシの出来も速さもかわんねぇよい」
マルコが手にしている書類から目を離さずにそう言っても、アンは身じろがない。
イゾウはアンに向かい合うようにして同じく立ち尽くし、アンの様子をうかがっている。
ジョズも目を細めてそれを見守る。
アンが何かを伝えたがっているのは明白だった。
アンは意を決したように視線を上げた。
「…あたしにメシはいらない。代わりに、仲間に…スペードの奴らに温かいメシをやってくれ」
ぴりっとした強い視線は、真向いで対峙するイゾウにも、遠くで佇むサッチにも、真横で見つめるマルコとジョズにもしかと届いた。
アンはそのまま90度に腰を折って頭を差し出した。
「…おねがいします」
しんと、息をするのも許されないような静寂が食堂を包んだ。
アンは頭を上げず、誰もが呆気にとられた顔で小さく折れた身体を見つめる。
ふっと、誰かが息を吐いた。
すると遠くからも、ふはっと吹き出す音が聞こえる。
すぐ近くの巨体からは、ふーん、とため息のような鼻息のような音がした。
それがただの呼吸の音ではなく笑ったのだと気付いたアンが憤慨交じりの顔を上げると、目の前の男はこぶしを唇に強く当てて頬をひくつかせていた。
そのこぶしは震えている。
明らかに笑うのをこらえている表情だった。
「なっ…!」
アンが愕然として声を上げると、彼らの笑いは決壊した。
「あっはっはっは!!…ふっ、はっ!」
一番に声を上げて笑い出したのはアンの目の前に立つイゾウ。
抱腹絶倒と言った様子で、笑いすぎて最後のほうは呼吸困難に陥っている。
マルコは書類を握りしめてくっくっくと喉を鳴らし、遠くではサッチがおたまを握りしめてにやにやしていた。
おまえら笑いすぎだとジョズがたしなめる。
発言を笑われるという屈辱に腹が立たないはずがないだろうが、アンは反発の声を上げるよりもまず驚き、そして戸惑ったような顔を見せた。
今の自分の言葉のどこに笑いの要素があったのか皆目見当がつかないと顔に書いてある。
「…な、んなんだよ…」
「や、ちょ…っと待て、あー苦しい」
腹を抱えてげほっとむせたイゾウは、親指で目じりを拭った。
おまえは爆笑しすぎだとサッチからヤジが飛ぶ。
「お前さんたちが似たもの同士すぎたんでな」
「は?」
本気でわからないといったようすのアンに、横からマルコが口をはさんだ。
「ついさっきお前さんの部下からも、おんなじ言葉を聞いたところだよい」
「え?」
マルコはかいつまんで説明した。
一応名目上という理由で牢に入れてあるスペード海賊団のクルーたちだが、特に白ひげのクルーが彼らに敵対心を持っているわけではない。
むしろ白ひげがアンを仲間に引き入れたがっている以上、彼らを無体に扱って野垂れ死にさせるつもりは毛頭ないのだ。
飯は三食、残り物ではあるが白ひげのクルーが食べているのと同じものを運んでいた。
初めはそれに口をつけなかった彼らだが、それに頭を悩ませたサッチが「お前らが餓死なんてしちまったらあのお嬢ちゃんが迎えに来たときどうすんだ」と一言説教をかますとがつがつ食べ始めた。
素直というか、単純な男ばかりであった。
ただ単純と言うわけではない。そこからはアンへの忠誠心がにじみ出ていた。
それから数か月が経ち今日に至ると、今度は逆にスペード海賊団クルーたちのアンの安否に対する心配が募ってきたらしい。
これまでも抱えきれないほどの心配をアンのために費やしてきただろうが、どうやらそれも限界に近い。
そして今日の夕食時、ついに彼らはサッチに伝えた。
「オレらの船長は、オレら全員分くらいのメシを一回で食う。オレたちのメシはもういらねぇからアンに食わせてやってくれ」
そう言って頭を下げたのだ。
その話を、先ほどの隊長会議で隊長たちはサッチから伝え聞いたばかりだった。
その一部始終を、マルコは漏らすことなくしかし簡潔にアンに伝えた。
アンはぽんと口を開けてそこに立ちくしている。
パジャマ姿もあいまって、虚を突かれたような顔つきには本来の年齢がにじみ出ている。
とてもあどけなく見えた。
「そういうわけで心配しねぇでも、奴らにもちゃんと飯はいってるぜ。むしろお嬢ちゃんがちゃんとごはん食ってねぇほうが障りあるみてぇだ」
そう言いながら、サッチはいまさっきぴかぴかに磨き終わったばかりの調理器具をとりだした。
もう夜だかんな、米にしようとひとりごちる声が聞こえる。
イゾウはテーブルに置いてあったマッチを手に取り煙管に火をつけた。
それは美味しそうに煙を吸い込む。
マルコは書類をバインダーにはさむと眼鏡を外した。
ジョズがアンのために体をずらして席を大きく空ける。
「ま、座んな」
*
アンは口の中で内側の下唇を噛みしめた。
切れて血が出そうなほど、それは強く強く。
そして一二もなく踵を返して走り出した。
背中に彼らの視線を感じて、何かしらの声がかかってもそれは自分の心臓の音にまぎれてすぐに聞こえなくなった。
開いたままだった扉を通り抜けると、ちょうど前を歩いていたクルーとぶつかりかける。
それをすぐさまかわしてアンは振り返ることもせず走り続けた。
胸が痛い。
ここにいてはダメだと本能が告げる。
この船はアンをダメにしてしまうと声が聞こえる。
それでもここにいたいと思ってしまった。
それはどうしようもない事実で、アンにそれを隠す隙も与えなかった。
もうごまかしようがなかった。
アンは船室と外を繋げる扉を開けて甲板に躍り出た。
まだ足は走り続けている。
絡まって転びそうになるがそれでも走った。
信じられないほど広い甲板を走り続けて、ようやく後端に辿りつく。
そこでやっと立ち止まった。
踊り狂った心臓が勢い余って喉を通り口から飛び出ようとして呼吸を妨げる。
アンは船べりに手をついて、海に向かってむせた。
にじんだ涙はきっとそのせいだ。
次の日の朝、アンは白ひげにスペード海賊団全員の乗船希望を伝えた。
『生きてみりゃわかる』
その言葉と、本能よりも強く感じた自分の思いを信じてみようと思った。
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