OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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湯気が充満し視界を曇らせる脱衣所の中は、筋骨隆々の男たちでひしめいている。
浴場は海賊船とは思えないほどの広さを誇るが、その分脱衣時はとても狭く、服を脱ごうと腕を動かせば必ず横の誰かにぶつかる。
ついでに言えば、船での雑務に加え戦闘訓練などで一日を過ごした男たちから発せられる熱気は同じ男同士でも避けたいほどすさまじく、よって狭い脱衣所の空気は熱気とにおいでむわんと淀んでいた。
しかし何年もの月日をここで過ごしてきた彼らはそんなことを気にする繊細な感性を持ち合わせていないし、何よりそんな理由で風呂に入らない方がよほど汚い。
大浴場は週に数回決まった曜日にお湯が張られて、基本はシャワーで済ます。
今日は数少ない方の、湯が張られた日だった。
原則風呂の時間は隊別に割り振られており、深夜に近い今の時間帯は2番隊が自由に使える時間である。
一日の疲れた体を持て余した男たちがどんどんと風呂場へ吸い込まれていく。
50人近くが一斉に入ったので、一瞬で脱衣所は蒸されて熱気がたちこめた。
「おい、お前服からメシのかけら落ちたぞ。ガキかてめぇは」
「お前オレの服の上にパンツ乗せんな汚ぇな」
「…オレ今日はあの日だからシャワー」
「男のお前に何の日があるっつーんだよ風呂ギライめ。ほらいくぞ」
「ねぇこの籠使っていいの?」
「ああ、そこに服入れんだ。間違われねェようにな」
ばさりとシャツを脱ぎながら答えた2番隊員は、襟元から頭を抜く一歩手前の状態で動きを止めた。
聞き違いでなければ、今発せられたのは男にしては随分高い、聞きなれない声だった気がする。
ああ、聞きなれないのはそれもそのはず、最近一気に仲間が増えたのだ。
この騒がしさの中だ、声の高さは聞き間違いかもしれないし、風邪ひいてるやつがいるのかもしれない。
でも…見るのが怖い。
男は半脱ぎのシャツの中で数秒逡巡し、それからそっとシャツから頭を抜いて隣を確認した。
「シャワールームだけ使うときもここで脱ぐんだよね?」
ヒッと情けない声が出た。
「おまっ!…え!?なんっ……!?」
シャツから頭を抜いて開けた視界の中いの一番に見えたのは、むき出しの細い肩だった。
アンは脱いだシャツを無造作に籐の籠の中に放り込むと、次は大ぶりの珠のネックレスを外しだした。
隣の男の慌てっぷりはまったく視界に入っていないようである。
「なんでここにいるんだよ!」
悲鳴に近い男の声によって、脱衣所中の男の視線が一斉にアンに集まった。
「なんでって…シャワー浴びるんだけど」
「!?」
湯気で曇る視界のなか、がたいの良い野郎共の間でひと際小さなアンを認識した瞬間、一斉に男たちはタオルを自身の下半身の前に広げた。
タオルを持たずに悠々と歩いていた男などは、ただ右往左往して誰かの陰に隠れるしかない。
かぽーんと高らかな音が遠くで響いた。
「ずっと思ってたけどさ、この風呂場のかぽーんって、なんの音なんだろう…」
硬直した男たちの中で、アンは真面目くさった顔でそう言った。
*
「私たちのお風呂場?」
アンの言葉をそのまま返したナースは、気まずそうに切り出したアンを見てからぽんと手を打った。
「そう言えばあなたとお風呂で会ったことないわね。時間が合わないだけかと思ってたけど。今までどうしてたの?」
そう聞かれても、アンはうんまあ、と口ごもるしかない。
しかしナースは特に気に留めたふうもなく、場所は知ってるかしらとアンに使い方の説明を施してくれた。
あの日、アンが初めての大風呂へと赴いた日は、週に数回の大浴場が解放される日だと聞いていた。
しかしまだ慣れない場所で丸腰になって、しかも水につかるなんて能力者にとっては致命的だ。
あくまで丸腰であることがではなく、浴場で水につかってしまうことが問題なのだ。
だから仕方ない、風呂は諦めてシャワーだけの日々になるのだろうと半ば覚悟していた。
風呂場と脱衣所の使用時間は隊によって割り振られているとマルコに聞いていたので、アンは大部屋の前に貼ってあった表を確認してきちんとその時間帯に部屋を出た。
タオルと、着替えと、石鹸とかはあるのかな。
わからなかったので隣の部屋の隊員に聞くと、大浴場にもシャワー室にもあるとのこと。
衛生用品に関しては何の手持ちもなかったアンは、それはよかったと勇んで部屋を出た。
風呂場が近づくにつれて、中から喧騒が漏れ出して廊下にまで響いている。
扉を開けると、中からいろんなにおいの混じった熱気がアンの顔にぶち当たってきた。
うっわ、と思ったものの、ここは男所帯なのだから当然だと思えばなんてことはない。そのあたりの順応性はあるほうだ。
正面のくもりガラスの向こう側が大浴場らしい。
脱衣所の床には薄いカーペットが引いてあったが、既に濡れそぼっていてブーツでふむとぐちゃりとなって少し不快だ。
脱衣所の中はいくつかの本棚のようなものが立っていて、その棚は四角く区切られている。
中には籠が収まっていた。
着替えをしている男たちはその壁のほうを向いてごそごそと脱ぎ着していた。
アンは裸、もしくは半裸の男たちの中をてくてく歩いて行って、まずはシャワールームを確認する。
こっちが大浴場、ここがシャワールーム。
あ、着替えを入れるものがない、ってことはあの脱衣所で脱いでここまでこなきゃなんないのか、めんどうだな。
随分混んでたけど着替える場所はあるのかな、そんなことを思いながらまた脱衣所へと戻ると、壁際の棚に人ひとり分入ることのできる隙間を見つけたのでアンはすかさずそこに滑り込んだ。
隣の男に聞くによると、この籠は脱いだ服や着替えを入れて置くものらしい。
それなら、この籠ごと持ってシャワールームに入ってしまえばいいじゃないか。
そうすればその中で全て済ますことができる。
そう思い立ったアンは、先にシャツだけ脱いでおこうとボタンに手をかけた。
そして事は起こった。
アンを見て硬直した裸の男たちは、はっと我に帰るや否や蜂の子を散らすように慌てふためき押し合いへし合いの末大浴場へ引き返してしまった。
入浴前か入浴後で服を着ている男たちは、生唾を飲み込んだ自分を叱咤してそそくさと出ていく。
あっというまに脱衣所は閑散としてしまった。
「…なんだよ…」
まるでアンを避けるように目を逸らして出ていった男たちの態度に、アンは鼻白んだ顔でつぶやいた。
実際、男たちが突然の「女」の登場に驚き逃げたのは事実である。
これがもしアンではなくただの女であれば、あれよあれよというまにハエのようによってたかっていたかもしれないが、白ひげとアンの戦いをその目で見たクルーたちには生唾を飲み込むのが精いっぱいだ。
おかしな目で見て燃やされたらたまったもんじゃない。
その場に残っていたのは、アンと数人のそれなりに歳を取った古株だけだった。
古株の男の一人が、アンに向かって苦笑する。
「お前、いきなり入ってきたらいくらなんでも驚くだろうが」
「だって今2番隊の時間だろ?」
どこに驚くところがある、とアンは半ば憤慨して言い返したが男の苦笑はますます深くなるばかりだ。
「船乗りには目の毒だっつってんだよ」
「着替えはシャワールームでするつもりだし」
「そうだとしても、まぁ野郎どもの恥じらいをわかってやってくれよ」
苦笑いで目元に浅く皺を刻んだ男は、脇の間に服の塊を持ってそのまま脱衣所を後にしてしまった。
恥じらいをと言われても、スペード海賊団の時にそんなもの男たちが感じている気配はなかった。
少なくともアンは感じなかった。
こんなに大きな大浴場などもちろんなかったので誰かと一緒に入るということはなかったが、クルーが脱衣中のところにアンが『忘れ物!』と言って突然入り込んでも誰も動じはしなかった、はずだ。
そのクルーたちと白ひげの彼らの違いがわからない。
結局アンはその日、納得のいかない気持ちを抱えたまま手早くシャワーを済ました。
次の日は浴槽に湯は張られないので全員シャワーを使わねばならないが、脱衣所は変わらず大盛況となる。
しかしアン乱入という当然だが未だかつてない事態を経験した彼らは、おちおちパンツを脱いではいられない。
結果、アンの動向をうかがうことになった。
浴場が2番隊の時間になって、アンがまだ部屋にいると確認した瞬間一斉に2番隊員は風呂場へ押しかける。
見張り役の隊員が残って、アンが風呂に入る準備をして部屋を出たらすぐさま報告し一斉に風呂を出る。
馬鹿馬鹿しいと思いつつ、それなりに中年に近づいた者が多い彼らは、うら若き娘に裸体を見せるのは非常に苦痛で、かつ申し訳ないようなやりきれない気分になるのだから仕方ない。
そんなふうにして3日はやり過ごした。
だがこれから毎日風呂の時間になればアンを避けているのでは非常に面倒だし、なによりアンとの距離がいつまでたっても埋まらなかった。
事実アンは自分が風呂に入る時間になると誰もいなくなることに気付いていたし、それに対して納得がいっていないことにも気付いていた。
もうこれはアンに、ナースの風呂を使ってくれと頼むべきではないかという案が立ち上がり始めていた4日目の夜、アンの隣の大部屋のドアがコツコツと誰かの来訪を知らせた。
扉の外側に立っていたのはきまり悪そうな顔をするアンで、肩をすぼめているので小さく見える。
アンは「あたしはナースの風呂を借りるからもうあたしに気ぃ使ったりとかそういうのはいい」と俯きながらはっきりと言った。
「…そ、うか?」
アンに対面した古株のクルーは安堵を隠しきれず問い返した。
アンはこくりと頷く。
その場にいた数人のクルーたちも、なんとなくアンに申し訳ないような気まずい気持ちを抱えながらそれでもやはり安心して、思わず頬を緩める。
「いや、オレたちも悪かったな。いやな気分にさせて」
「…あたしが、マルコの言うこと聞かなかったから…」
少し尖らせた唇でそう言った意味はよくわからなかったが、とにかくこっちこそごめん、と殊勝に謝ったアンの頭にクルーは思わず手を伸ばした。
「ありがとな」
ぽんぽん、とアンの頭の上で二回手を跳ねさせてから、しまったと思った。
気が強くついこの間までぐるると警戒心むき出しだった者に、まるで子供にするように頭を撫でてしまった。これは気を悪くされても仕方ない。
手を微妙な位置で宙に浮かせたまま、クルーは反応のないアンの顔を覗き込むように窺った。
きょと、と大きな瞳が男を見つめ返していた。
予想外の表情に男が驚いて思わず顔を引くと、アンはついさっき男に軽く叩かれた部分にぽんと自分の手を置いた。
「今のなに?」
なにって、とたじろいだ男もアンに倣って目を丸くする。
「…こう…頭を…ぽんぽんって…撫で…」
って何の説明をしてるんだオレは、とセルフ突込みを入れかけたところで、背後のクルーが息を呑んだ音が聞こえた。
目の前の娘が、はにかんだ。
笑っているとは随分遠い気がするが、それでも頭に手を置いたまま、ほんの少し頬を緩めた。
ぽかんとアンを見つめ返した男に、アンは自身がはにかんだことにも気付いてないそぶりで「じゃあそういうことで」と勝手に話を切り上げ立ち去ってしまった。
残された男はアンがいなくなってもしばらくその場に立ち尽くしたままである。
後ろのクルーの呟き声で、やっと我に返った。
「…超かわいい…」
*
かくして風呂騒動は決着がつき、アンはだいたい決まった時刻にナースの風呂場を借りることとなったらしいとマルコはその翌朝食堂にて2番隊隊員に聞いた。
「まじでー、オレ2番隊ならよかったのに」
テーブル挟んで向かいのサッチが本気とも冗談ともつかない戯言を呟いたが聞き流して、マルコはあのとき「好きにしろ」と言った自分が正しかったのか間違っていたのか判断しかねる、と隠れて渋い顔をした。
まあ今更悩んでも詮無いことではあるし、結局ナースの風呂を使うことに落ち着いたのなら文句はない。
「ナースの風呂場か…桃源郷だな」
「お前その顔絶対外でさらすんじゃねぇぞい。オヤジに悪い」
サッチが朝からだらしない顔をさらにだらしなく緩めたことを諌めてコーヒーをすすったとき、視界の端で食堂の扉が開いたのが見えた。
渦中の人物、アンである。
マルコの言葉に口を尖らせていたサッチは、アンの登場にお、と心なしかテーブルに身を乗り出した。
「そろそろ馴染んでくれましたかねぇ」
「さぁな」
「なに、冷たいじゃん。隊長様自ら世話焼き係申し出たんじゃなかったっけ」
「誰が」
フンとマルコが鼻を鳴らし、サッチが肩をすくめた少し遠くで、一人の2番隊員がアンに声をかけた。
ざわめいた食堂の中声までは聞こえないが、動作でわかる。
おそらく朝の挨拶だろう。
愛想よく声をかけたその男に、アンは相変わらずの仏頂面で言葉を返した。
男の陽気そうな顔は変わらない。
そして彼はアンとすれ違う瞬間、アンの頭をぽんぽんと二回ほど撫でた。
サッチもマルコも、思わず自身の動作を止めて見入ってしまった。
愛想がいいというより、あれは馴れ馴れしすぎやしないかと思わせるそぶりだったからだ。
あんなことをすれば、牙むき出しでフーフー言われるのは目に見えている。
しかしアンは、少し眉間に皺を寄せてその手を受け止めただけで、何を言うでもなく普通にその男とすれ違った。
眉間に寄ったその皺も、いやがっているというより困っているように見える。
マルコとサッチが呆気にとられているうちに、アンとすれ違う2番隊の男たちは次々にそろいもそろってアンの頭を撫でていく。
その顔は気味が悪いほどの笑顔、笑顔、笑顔だ。
その男たちに比べて、当のアンは何となくげんなりしているように見えないでもない。
気付けば呆気にとられているのは二人だけではなく、その場にいた2番隊以外のほとんどがその光景に目を奪われていた。
「…どゆこと?」
「…オレが知るかよい」
他の隊が知らぬ間に、どうやら随分と馴染んでしまったみたいだ。
「なんなのあいつら全員、孫にほだされたジジイみたいな顔しやがって」
たしかに、と頷きはしなかったがマルコは否定もしなかった。
「なんにしたって羨ましいじゃないの」
たしかに、と頷きはしなかった。
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浴場は海賊船とは思えないほどの広さを誇るが、その分脱衣時はとても狭く、服を脱ごうと腕を動かせば必ず横の誰かにぶつかる。
ついでに言えば、船での雑務に加え戦闘訓練などで一日を過ごした男たちから発せられる熱気は同じ男同士でも避けたいほどすさまじく、よって狭い脱衣所の空気は熱気とにおいでむわんと淀んでいた。
しかし何年もの月日をここで過ごしてきた彼らはそんなことを気にする繊細な感性を持ち合わせていないし、何よりそんな理由で風呂に入らない方がよほど汚い。
大浴場は週に数回決まった曜日にお湯が張られて、基本はシャワーで済ます。
今日は数少ない方の、湯が張られた日だった。
原則風呂の時間は隊別に割り振られており、深夜に近い今の時間帯は2番隊が自由に使える時間である。
一日の疲れた体を持て余した男たちがどんどんと風呂場へ吸い込まれていく。
50人近くが一斉に入ったので、一瞬で脱衣所は蒸されて熱気がたちこめた。
「おい、お前服からメシのかけら落ちたぞ。ガキかてめぇは」
「お前オレの服の上にパンツ乗せんな汚ぇな」
「…オレ今日はあの日だからシャワー」
「男のお前に何の日があるっつーんだよ風呂ギライめ。ほらいくぞ」
「ねぇこの籠使っていいの?」
「ああ、そこに服入れんだ。間違われねェようにな」
ばさりとシャツを脱ぎながら答えた2番隊員は、襟元から頭を抜く一歩手前の状態で動きを止めた。
聞き違いでなければ、今発せられたのは男にしては随分高い、聞きなれない声だった気がする。
ああ、聞きなれないのはそれもそのはず、最近一気に仲間が増えたのだ。
この騒がしさの中だ、声の高さは聞き間違いかもしれないし、風邪ひいてるやつがいるのかもしれない。
でも…見るのが怖い。
男は半脱ぎのシャツの中で数秒逡巡し、それからそっとシャツから頭を抜いて隣を確認した。
「シャワールームだけ使うときもここで脱ぐんだよね?」
ヒッと情けない声が出た。
「おまっ!…え!?なんっ……!?」
シャツから頭を抜いて開けた視界の中いの一番に見えたのは、むき出しの細い肩だった。
アンは脱いだシャツを無造作に籐の籠の中に放り込むと、次は大ぶりの珠のネックレスを外しだした。
隣の男の慌てっぷりはまったく視界に入っていないようである。
「なんでここにいるんだよ!」
悲鳴に近い男の声によって、脱衣所中の男の視線が一斉にアンに集まった。
「なんでって…シャワー浴びるんだけど」
「!?」
湯気で曇る視界のなか、がたいの良い野郎共の間でひと際小さなアンを認識した瞬間、一斉に男たちはタオルを自身の下半身の前に広げた。
タオルを持たずに悠々と歩いていた男などは、ただ右往左往して誰かの陰に隠れるしかない。
かぽーんと高らかな音が遠くで響いた。
「ずっと思ってたけどさ、この風呂場のかぽーんって、なんの音なんだろう…」
硬直した男たちの中で、アンは真面目くさった顔でそう言った。
*
「私たちのお風呂場?」
アンの言葉をそのまま返したナースは、気まずそうに切り出したアンを見てからぽんと手を打った。
「そう言えばあなたとお風呂で会ったことないわね。時間が合わないだけかと思ってたけど。今までどうしてたの?」
そう聞かれても、アンはうんまあ、と口ごもるしかない。
しかしナースは特に気に留めたふうもなく、場所は知ってるかしらとアンに使い方の説明を施してくれた。
あの日、アンが初めての大風呂へと赴いた日は、週に数回の大浴場が解放される日だと聞いていた。
しかしまだ慣れない場所で丸腰になって、しかも水につかるなんて能力者にとっては致命的だ。
あくまで丸腰であることがではなく、浴場で水につかってしまうことが問題なのだ。
だから仕方ない、風呂は諦めてシャワーだけの日々になるのだろうと半ば覚悟していた。
風呂場と脱衣所の使用時間は隊によって割り振られているとマルコに聞いていたので、アンは大部屋の前に貼ってあった表を確認してきちんとその時間帯に部屋を出た。
タオルと、着替えと、石鹸とかはあるのかな。
わからなかったので隣の部屋の隊員に聞くと、大浴場にもシャワー室にもあるとのこと。
衛生用品に関しては何の手持ちもなかったアンは、それはよかったと勇んで部屋を出た。
風呂場が近づくにつれて、中から喧騒が漏れ出して廊下にまで響いている。
扉を開けると、中からいろんなにおいの混じった熱気がアンの顔にぶち当たってきた。
うっわ、と思ったものの、ここは男所帯なのだから当然だと思えばなんてことはない。そのあたりの順応性はあるほうだ。
正面のくもりガラスの向こう側が大浴場らしい。
脱衣所の床には薄いカーペットが引いてあったが、既に濡れそぼっていてブーツでふむとぐちゃりとなって少し不快だ。
脱衣所の中はいくつかの本棚のようなものが立っていて、その棚は四角く区切られている。
中には籠が収まっていた。
着替えをしている男たちはその壁のほうを向いてごそごそと脱ぎ着していた。
アンは裸、もしくは半裸の男たちの中をてくてく歩いて行って、まずはシャワールームを確認する。
こっちが大浴場、ここがシャワールーム。
あ、着替えを入れるものがない、ってことはあの脱衣所で脱いでここまでこなきゃなんないのか、めんどうだな。
随分混んでたけど着替える場所はあるのかな、そんなことを思いながらまた脱衣所へと戻ると、壁際の棚に人ひとり分入ることのできる隙間を見つけたのでアンはすかさずそこに滑り込んだ。
隣の男に聞くによると、この籠は脱いだ服や着替えを入れて置くものらしい。
それなら、この籠ごと持ってシャワールームに入ってしまえばいいじゃないか。
そうすればその中で全て済ますことができる。
そう思い立ったアンは、先にシャツだけ脱いでおこうとボタンに手をかけた。
そして事は起こった。
アンを見て硬直した裸の男たちは、はっと我に帰るや否や蜂の子を散らすように慌てふためき押し合いへし合いの末大浴場へ引き返してしまった。
入浴前か入浴後で服を着ている男たちは、生唾を飲み込んだ自分を叱咤してそそくさと出ていく。
あっというまに脱衣所は閑散としてしまった。
「…なんだよ…」
まるでアンを避けるように目を逸らして出ていった男たちの態度に、アンは鼻白んだ顔でつぶやいた。
実際、男たちが突然の「女」の登場に驚き逃げたのは事実である。
これがもしアンではなくただの女であれば、あれよあれよというまにハエのようによってたかっていたかもしれないが、白ひげとアンの戦いをその目で見たクルーたちには生唾を飲み込むのが精いっぱいだ。
おかしな目で見て燃やされたらたまったもんじゃない。
その場に残っていたのは、アンと数人のそれなりに歳を取った古株だけだった。
古株の男の一人が、アンに向かって苦笑する。
「お前、いきなり入ってきたらいくらなんでも驚くだろうが」
「だって今2番隊の時間だろ?」
どこに驚くところがある、とアンは半ば憤慨して言い返したが男の苦笑はますます深くなるばかりだ。
「船乗りには目の毒だっつってんだよ」
「着替えはシャワールームでするつもりだし」
「そうだとしても、まぁ野郎どもの恥じらいをわかってやってくれよ」
苦笑いで目元に浅く皺を刻んだ男は、脇の間に服の塊を持ってそのまま脱衣所を後にしてしまった。
恥じらいをと言われても、スペード海賊団の時にそんなもの男たちが感じている気配はなかった。
少なくともアンは感じなかった。
こんなに大きな大浴場などもちろんなかったので誰かと一緒に入るということはなかったが、クルーが脱衣中のところにアンが『忘れ物!』と言って突然入り込んでも誰も動じはしなかった、はずだ。
そのクルーたちと白ひげの彼らの違いがわからない。
結局アンはその日、納得のいかない気持ちを抱えたまま手早くシャワーを済ました。
次の日は浴槽に湯は張られないので全員シャワーを使わねばならないが、脱衣所は変わらず大盛況となる。
しかしアン乱入という当然だが未だかつてない事態を経験した彼らは、おちおちパンツを脱いではいられない。
結果、アンの動向をうかがうことになった。
浴場が2番隊の時間になって、アンがまだ部屋にいると確認した瞬間一斉に2番隊員は風呂場へ押しかける。
見張り役の隊員が残って、アンが風呂に入る準備をして部屋を出たらすぐさま報告し一斉に風呂を出る。
馬鹿馬鹿しいと思いつつ、それなりに中年に近づいた者が多い彼らは、うら若き娘に裸体を見せるのは非常に苦痛で、かつ申し訳ないようなやりきれない気分になるのだから仕方ない。
そんなふうにして3日はやり過ごした。
だがこれから毎日風呂の時間になればアンを避けているのでは非常に面倒だし、なによりアンとの距離がいつまでたっても埋まらなかった。
事実アンは自分が風呂に入る時間になると誰もいなくなることに気付いていたし、それに対して納得がいっていないことにも気付いていた。
もうこれはアンに、ナースの風呂を使ってくれと頼むべきではないかという案が立ち上がり始めていた4日目の夜、アンの隣の大部屋のドアがコツコツと誰かの来訪を知らせた。
扉の外側に立っていたのはきまり悪そうな顔をするアンで、肩をすぼめているので小さく見える。
アンは「あたしはナースの風呂を借りるからもうあたしに気ぃ使ったりとかそういうのはいい」と俯きながらはっきりと言った。
「…そ、うか?」
アンに対面した古株のクルーは安堵を隠しきれず問い返した。
アンはこくりと頷く。
その場にいた数人のクルーたちも、なんとなくアンに申し訳ないような気まずい気持ちを抱えながらそれでもやはり安心して、思わず頬を緩める。
「いや、オレたちも悪かったな。いやな気分にさせて」
「…あたしが、マルコの言うこと聞かなかったから…」
少し尖らせた唇でそう言った意味はよくわからなかったが、とにかくこっちこそごめん、と殊勝に謝ったアンの頭にクルーは思わず手を伸ばした。
「ありがとな」
ぽんぽん、とアンの頭の上で二回手を跳ねさせてから、しまったと思った。
気が強くついこの間までぐるると警戒心むき出しだった者に、まるで子供にするように頭を撫でてしまった。これは気を悪くされても仕方ない。
手を微妙な位置で宙に浮かせたまま、クルーは反応のないアンの顔を覗き込むように窺った。
きょと、と大きな瞳が男を見つめ返していた。
予想外の表情に男が驚いて思わず顔を引くと、アンはついさっき男に軽く叩かれた部分にぽんと自分の手を置いた。
「今のなに?」
なにって、とたじろいだ男もアンに倣って目を丸くする。
「…こう…頭を…ぽんぽんって…撫で…」
って何の説明をしてるんだオレは、とセルフ突込みを入れかけたところで、背後のクルーが息を呑んだ音が聞こえた。
目の前の娘が、はにかんだ。
笑っているとは随分遠い気がするが、それでも頭に手を置いたまま、ほんの少し頬を緩めた。
ぽかんとアンを見つめ返した男に、アンは自身がはにかんだことにも気付いてないそぶりで「じゃあそういうことで」と勝手に話を切り上げ立ち去ってしまった。
残された男はアンがいなくなってもしばらくその場に立ち尽くしたままである。
後ろのクルーの呟き声で、やっと我に返った。
「…超かわいい…」
*
かくして風呂騒動は決着がつき、アンはだいたい決まった時刻にナースの風呂場を借りることとなったらしいとマルコはその翌朝食堂にて2番隊隊員に聞いた。
「まじでー、オレ2番隊ならよかったのに」
テーブル挟んで向かいのサッチが本気とも冗談ともつかない戯言を呟いたが聞き流して、マルコはあのとき「好きにしろ」と言った自分が正しかったのか間違っていたのか判断しかねる、と隠れて渋い顔をした。
まあ今更悩んでも詮無いことではあるし、結局ナースの風呂を使うことに落ち着いたのなら文句はない。
「ナースの風呂場か…桃源郷だな」
「お前その顔絶対外でさらすんじゃねぇぞい。オヤジに悪い」
サッチが朝からだらしない顔をさらにだらしなく緩めたことを諌めてコーヒーをすすったとき、視界の端で食堂の扉が開いたのが見えた。
渦中の人物、アンである。
マルコの言葉に口を尖らせていたサッチは、アンの登場にお、と心なしかテーブルに身を乗り出した。
「そろそろ馴染んでくれましたかねぇ」
「さぁな」
「なに、冷たいじゃん。隊長様自ら世話焼き係申し出たんじゃなかったっけ」
「誰が」
フンとマルコが鼻を鳴らし、サッチが肩をすくめた少し遠くで、一人の2番隊員がアンに声をかけた。
ざわめいた食堂の中声までは聞こえないが、動作でわかる。
おそらく朝の挨拶だろう。
愛想よく声をかけたその男に、アンは相変わらずの仏頂面で言葉を返した。
男の陽気そうな顔は変わらない。
そして彼はアンとすれ違う瞬間、アンの頭をぽんぽんと二回ほど撫でた。
サッチもマルコも、思わず自身の動作を止めて見入ってしまった。
愛想がいいというより、あれは馴れ馴れしすぎやしないかと思わせるそぶりだったからだ。
あんなことをすれば、牙むき出しでフーフー言われるのは目に見えている。
しかしアンは、少し眉間に皺を寄せてその手を受け止めただけで、何を言うでもなく普通にその男とすれ違った。
眉間に寄ったその皺も、いやがっているというより困っているように見える。
マルコとサッチが呆気にとられているうちに、アンとすれ違う2番隊の男たちは次々にそろいもそろってアンの頭を撫でていく。
その顔は気味が悪いほどの笑顔、笑顔、笑顔だ。
その男たちに比べて、当のアンは何となくげんなりしているように見えないでもない。
気付けば呆気にとられているのは二人だけではなく、その場にいた2番隊以外のほとんどがその光景に目を奪われていた。
「…どゆこと?」
「…オレが知るかよい」
他の隊が知らぬ間に、どうやら随分と馴染んでしまったみたいだ。
「なんなのあいつら全員、孫にほだされたジジイみたいな顔しやがって」
たしかに、と頷きはしなかったがマルコは否定もしなかった。
「なんにしたって羨ましいじゃないの」
たしかに、と頷きはしなかった。
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麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
@kmtn_05 からのツイート
我が家は同人サイト様かつ検索避け済みサイト様のみリンクフリーとなっております。
一声いただければ喜んで遊びに行きます。
足りん
URL;http;//legend.en-grey.com/
管理人:こまつな
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