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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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木曜日のなんでもない朝、それも店を開けてすぐの時間。
早い出勤のサラリーマンたちがアンの店で朝食を買って、口に咥えながら通りを歩くような慌ただしいいつもの朝、ふらりと知った男が一人で現れた。
 
入り口付近に現れた新しい客に、一番に気付いたのはルフィだった。
 
 
「お! オッサン久しぶりだなぁ!」
 
 
ルフィの必要以上に大きな声に振り向いたサボは、あぁと見知った人にかけるような声を出したものの固い顔で朝の挨拶を口にする。
 
 
「珍しいね、こんな朝早く。しかも最近見なかった」
「仕事が詰まっててよい」
 
 
いつものはあるかい、と尋ねる声に、サボは「今ちょうどアンが裏に野菜取りに行ったところだから、戻ってきたらすぐできると思うよ」と答えた。
サッチが好んで座るカウンター席に、マルコは迷わず足を向けた。
 
席についている他の客はまだ1組、数人がサンドイッチやパニーニを持ち帰っていっただけ。最繁期のひとつ手前の時間帯だ。
サボは開店と同時にやってきたおじいさんは静かに新聞を読んでいる。
サボは彼に新しいコーヒーを注ぎにカウンターを離れた。
ルフィが、席に座ったマルコにまとわりついている。
 
 
「なぁオッサン、いつものオッサンは?」
「今日はいねぇよい」
「なんで?」
「仕事だろい」
「オッサンは? 仕事は?」
「今日は休みだよい」
「へぇー、なんで?」
「こら、ルフィ」
 
 
サボが窘める声を飛ばしても、ルフィはきょとんとして意に介した風もない。
目の前のマルコは、若干辟易とした顔をしているというのに。
 
 
「お客さんの邪魔すんじゃない。ホラ、混んでくる前に朝飯食っとけ」
「お、そうだな」
 
 
サボが住居につながる階段を顎で示すと、ルフィは軽い足取りでそちらに向かう。
マルコへの目線に謝罪の意を込めると、伝わったのか、軽く頷いたようにも首を振ったようにも見えた。
どちらにしろ、たいして気分を害した風ではない。
 
 
「ついでにアン呼んできてくれよ、どうせ裏で野菜選んでるから」
「えぇー、遠回りじゃん」
「ぐだぐだ言わない、さっさと行く」
「げぇ……っと、」
 
 
わざとらしく顔をしかめて、ルフィが裏口へと続く古いアルミのドアに手を伸ばした時、外側からそのドアが勢い良く開いた。
ルフィがドアを開けた人物に目を留めて、手間が省けたとばかりに顔を綻ばせて「オッサンが来てるぞ!」と叫んだ。
 
 
「オッサン? サッチ?」
 
 
大きな段ボール箱を抱えたアンは、ルフィにドア閉めといてと通りざまに伝えながら厨房の中に入った。
そしてカウンター席に座る人物に気付いて、アンの手は思わずダンボールを取り落しかけた。
ずるりとアンの手から滑った大きな箱は、しかしすぐにアン自身によって持ち直される。
アンの背後で、ルフィが小気味よく階段を上っていく足音が響いていた。
 
 
「……いらっしゃい」
「Bってやつ、頼むよい」
 
 
うん、と頷いてアンは足元に重たい箱を下ろした。
 
 
「よぉアン、おはよう」
「アンちゃんおはよう、いつもの頼むよ」
「おはよっ、これ持ち帰りにしてくれ!」
 
 
まるでアンが現れたのを皮切りにしたように、常連が一人、また一人とやってきた。
アンは大慌てでエプロンを閉めなおすと、大きな笑顔をつけて一人一人に声を返す。
目の前のカウンター席にマルコがじっと座っているのは、この際一人の客として放っておこうと決めたようだ。
 
 
「サボ!ボトルとグラスを……!」
「はいはい」
 
 
朝と夜になれば涼しい風が吹き始めた季節ではあるとはいえ、アンの額には細かい汗が浮いている。
サボはアンに指示されるがまま、トレンチにボトルの水とグラスをいくつか乗せて客の席を回った。
ボトルを客席に置く際、手が滑ってゴトンと大きな音を立てた。
 
 
「おっと、ごめん」
「大丈夫、寝不足かサボ」
 
 
常連の電気屋のオヤジに苦しい笑いで首を振り、そこを離れた。
オレが動揺してどうする、と胸のうちで繰り返す。
久しぶりに現れたマルコに対し、少なくともアンははたから見てわかるほど顔色を変えていない。
しっかりしろ、と薄いトレンチを強く握った。
アンの余裕とサボの余裕は連結している。
サボが余裕を失えば、アンもたちまちに慌ててしまうとわかっているのに。
サボは空になった席を片づけながら、ちらりと視線だけでマルコの背中を見た。
変わらず黒いスーツの背中は、くたびれたオッサンのようにも普通のサラリーマンのようにも、とんでもなく偉い重役の背中のようにも見える。
事実は後者だ。
不意に、その背中が背後から見つめるサボの視線をしっかりととらえているような気がして、ぞくりと背筋が粟立った。
しかしすぐ、やめろやめろと首を振る。
大きく息を繰り返した。
まったく朝からやめてくれ、せめて火曜と金曜と決めたならその日だけ来てくれればいいものを、と我ながら勝手な文句を心の中で呟いた。
テーブルを拭くサボの目の端で、マルコにモーニングを給仕するアンの姿が映る。
サボだけに分かるそのぎこちない笑顔に、マルコは気づいているだろうか。
気付いていたとしても、きっとそのぎこちなさの理由はわからないのだから、マルコのほうも居心地の悪い思いをするかもしれない。
そう思うと、ガキくさいと思いながらも、胸のすく思いがした。
それでも、そのぎこちなさをわかってやれるのは自分だけだという優越感も、確かにサボの胸の奥に転がる小石のように、そこにあった。
 
アンからモーニングの一式を受け取ったマルコは、サッチのように余分な言葉をこぼすことなくもくもくと食事を始めた。
そろそろ店内は最繁期を迎える。
アンもすぐにマルコから視線を移して、次の作業へ取り掛かる。
サボは、テーブルを片すと同時に頭の中を一掃した。
こんなバカみたいなことを考えながら両立できる仕事ではない。
ただ、マルコから視線を外すその刹那のアンの目が、まるで名残を惜しんでいるように見えて、ただそれだけがサボの心にしこりを残した。
 
 
 

 
サッチが来たの? というセリフを吐いた手前、マルコと対面するのにいささかの気まずさがあった。
既にいつものカウンター席についていたマルコは、ゆっくりと視線を上げて、ルフィの声を辿り、そしてアンを捉えた。
静かに注文を伝えたその目は、以前会ったときと一寸の違いもなく凪いだ海のように穏やかな青で、アンの方がたじろいでしまったのがまるわかりになってしまったような気がした。
しかしマルコの注文を受けるとすぐに、次々とお客さんがやって来た。
愛想のよいそれらの声に応えながら、意識をマルコのほうへ引っ張られるのを若干感じて、こんなのではだめだとたしなめる自分の声を聞いた。
ひとまず仕事に集中しなければ、とアンは自分を持ち直し、手元の作業と客を捌くことに専念することにした。
マルコがなんだというのだ。
 
 
「ごちそうさん」
 
 
注文を伝えたときと同じ、静かだがなぜかまっすぐ届く声が、律義にそう言ってフォークを置いた。
アンは他の客にそうするのと同じように「ありがとう」と言って、マルコの前の皿に手を伸ばして下げる。
皿のわきに無造作に置いてある大きな手が不意に目に入った。
職人のように固く分厚い手ではない。
白くもなく、黒くもなく、生まれたときからその色だったのかもしれないと思わせる自然な肌の色。
その皮膚の下から突き上げる節が目立っていた。
軽く握られたその手から指は見えないが、節の大きな手に特徴的なように、マルコの指は細くて長いのかもしれない。
突拍子もなく、それが突然動いてアンの手を掴むのではないかと想像した。
 
バカみたいだ。
 
アンは誰にもさえぎられることなくすみやかにマルコの皿を下げることができたし、マルコは最後のコーヒーが来る前にのむらしい煙草を取り出していた。
マルコに食後のドリンクを何にするかを聞くことはもうない。
他の客の大半がそうであるように、マルコの食後にはホットコーヒー。ちなみにサッチの食後も同じく。
ミルクと砂糖はいらないと初めに断られたので、それ以来付けたことはない。
 
店の中は混雑してきて、雑然とした話し声が満ちてきた。
マルコが来ているときに、この騒がしさは今までなかっただろう。
いろんな色を使った激しい筆遣いの絵画を背景に、マルコと言う単色で描いた人物を切り取って貼り付けたかのような不似合さだった。
 
アンは首筋に浮かんだ玉の汗を襟に吸わせてフライパンを振っては皿に移し、パンを焼いては切って野菜をはさみ、コーヒーを注いでは新たな豆を挽く作業を繰り返した。
目の端でちらちらと映るサボの姿も、忙しく立ち働いている。
ガチャ、バタ、ドタドタと騒々しい生活音が、客の話し声が絡まりあった糸の珠の隙間を縫うようにアンに届いた。
 
 
「アン、サボ!行ってくる!!」
「行ってらっしゃい!」
 
 
アンとサボの声が綺麗に重なるだけのはずが、来店している客たちの声もあわさって、大合唱となった。
ルフィは満足げに歯を見せて笑うと、背中のリュックを大きく揺らしながら元気に店を飛び出していった。
その背中を見送ってから、アンはハッと店の壁の真ん中に掛けてある時計を振り返った。
時刻は8時前。
店内は変わらずにぎやかだ。
繰り返す作業に没頭するうちに、時間はあっという間に経過していたらしい。
おそるおそる視線を少し下げて、マルコの手元にコーヒーソーサーがあったのでほっと息をついた。
目の前の客にコーヒーを出したことさえ覚えていない。
奇妙な形の控えめな色合いの金髪と、伏せた睫毛。
マルコは手元の新聞に目を落として、コーヒーをすすっていた。
マルコが店にやって来たのは6時半ごろだったから、かれこれ一時間以上いることになる。
長居する客を厭わないことにしているこの店では、そういう客を見定めた場合コーヒーのおかわりを注いでやっている。
サボによって、マルコもその恩恵を受けているらしかった。
 
 
「め、珍しいね」
 
 
一拍空けて、マルコは顔を上げた。
自分に掛けられた言葉だと思わなかったらしい。
問い返すように眉根を寄せている。
 
 
「仕事、今日は昼からとか……」
 
 
語尾が濁ったアンの言葉に、マルコは「あァ」と合点がいったような声を上げて、手にしていたコーヒーをテーブルに戻した。
 
 
「今日は丸一日休みだよい」
「へぇ……そういうこともあるんだ」
「……上の計らいで」
 
 
上? と首をかしげるアンに、マルコはなんでもないと言葉を打ち消すように軽く首を振った。
 
 
「長居して悪ィよい、もう」
「やっ、それは全然構わないから……!」
 
 
腰を上げかけたマルコを、自分でも思わぬ大きな声を出して押しとどめていた。
声と一緒にマルコの目の前に突き出していた片手に気付いて、そろそろとそれを引っ込める。
 
 
「い、今は店の中うるさいけど……いっつもマルコたちが来てくれる時間になったら、少しは落ち着くと思うから……それまでに用事があったら、その、アレだけど」
 
 
しどろもどろとなる自分の声の情けなさに、アンの声はますます舌先に絡まるようにまとまりがなくこぼれた。
マルコは椅子から数センチ浮かせた中腰のままアンが付きだした手のひらを若干虚を突かれたように見つめていたが、やがて黙って再び腰を下ろした。
なんとなくその顔は、笑いを噛んでいるように見える。
 
 
「昨日の夜早くから今日丸一日ひっくるめて仕事に来るなってお達しだったからよい、珍しく早寝したら年寄ほど早起きしちまって、朝からすることなくて困った」
 
 
いつかみた微かな笑みを浮かべて、「朝起きたらまずは朝飯だろい」とマルコが言う。
頷く以外に答える方法がわからなくて、アンは黙って首を動かした。
 
 
「ここ出たら、今度こそ何すりゃあいいのかわからねぇからよい。助かる」
 
 
少しだけ上がった口角に本気で安堵の表情が見えて、アンも思わず頬を緩めた。
 
 
「もしよかったら、ランチも、あるから」
「そりゃァますます助かる」
 
 
初めて、マルコが小さく喉を鳴らして笑った。
だから、その言葉が本気なのか冗談なのかわからなかった。
 
マルコとの会話の間も休めることなく動かしていた手は、二つのセットを完成させていた。
それをカウンターの上に乗せると、間をおかずにサボがそれを手に取り運んでいく。
客はとめどなくやってくるので、マルコとの談笑に時間を割かれるわけにはいかないのだ。
 
談笑か、とアンは小さく胸のうちで呟いた。
それはとても、楽しそうに聞こえる言葉だな、と。
 
 
9時半を過ぎると、入っては去り入っては去りしていた客足がゆっくりと減っていった。
いつものペースだ、とアンは汗をぬぐう。
とっくに新聞を読み終わっていたマルコは、店に置いてある雑誌を興味なさ気な目つきで見下ろしながら、何杯目かのコーヒーを飲んでいる。
そろそろサボが裏へと引っ込み、昼の混雑がやってくる前に仕入れの確認をする頃だったが、サボはまだ厨房の内側で洗い物の手伝いをしていた。
 
アンは店の外に目をやる。
空は晴れ渡っているのだろう、白い光がコンクリートの道路に跳ね返り、眩しいほど明るかった。
昨日は雨だったのに、とぼんやり思っていると、店の前を大きなスクールバスを音を立てて通って行き、ほんの一瞬だけその明るさが途切れた。
バスの地響きが、足の裏に響く。
 
 
「サボ、もう表はいいよ」
 
 
空いてきたからだいじょうぶ、という意味を込めてサボを見上げる。
高い位置にある横顔は、シンクの中に視線を落としたまま気のない声で「あぁ」と言った。
 
 
「サボ?」
「うん、これ終わったら」
「あたしもすることなくなってきたから、置いといていいよ。やっとくから」
「いいよ、やりかけたから」
 
 
かたくななほど、サボは動こうとしなかった。
マルコがいるからかな、と思い当るが、それを口にするわけにもいかず、口にしたところでどうにもならない。
当のマルコは正面にいる。
 
 
「混んでくると時間なくなるよ、いいから、裏お願い」
 
 
動き続ける腕をそっと抑えるように触れると、サボはようやくアンを見下ろした。
コンマ一秒にも満たない間重なった視線は、アンが思った以上に張りつめていた。
 
 
「わかった」
 
 
サボは泡のついた手をさっと水で流すと、手早く拭いて裏口へと歩いて行った。
少し、強引に過ぎたかもしれない。
ドアの向こうに隠れた背中を見送って、アンはちくりと胸に刺さった小さな棘を感じた。
 
サボのしていた洗い物の続きをしようかと思ったが、それでは少しマルコが座るカウンターから離れてしまう。
少し考えて、昼の下準備を先にすることにした。
大きな鶏肉を一枚冷蔵庫から取り出して、マルコが座る目の前にあるまな板の上に寝かせた。
 
 
「マルコ」
 
 
雑誌に落ちていた視線が、一拍置いて上がった。
マルコに届くかどうかというギリギリの声量だったというのに、マルコの耳はアンの声を掬い取ったらしい。
意を決する、と言う程のことではないと思いながら、意を決して、アンはマルコと視線を合わせた。
 
 
「このあいだは、ありがとう」
 
 
マルコの表情は数秒の間変わらず、それから訝しむように眉間に皺が寄った。
 
 
「あの、雨の日」
「あぁ」
 
 
思い当ったようで、刻まれていた皺が薄くなった。
 
 
「言い忘れてたから」
「律儀だねい」
「風邪、ひかなかった?」
「まったく。お前ェさんは」
「おかげさまで」
 
 
そうかい、とマルコは薄らと笑った。
あ、と思わず声が漏れる程、アンの中で何かが満たされた。
別にあたしはこの男を笑わせたかったわけじゃないのに、となぜか悔しくなって、アンは視線を手元の鶏肉へと下げる。
木の椅子が床を削る音が聞こえた。
 
 
「長ェこと邪魔したよい」
「もう帰るの?」
 
 
咄嗟に出た言葉にハッとした。
しかしマルコは気に留めたふうもなく、あぁと頷く。
 
 
「コーヒーばっか飲み続けてても、ただのタチ悪ィ客だろい」
「かまわないけど」
 
 
心のうちとはうらはらに、まるで引き止めるような言葉がこぼれ出る。
こうも素直に口にしてしまうと、本当にうらはらなのかが怪しくなってくる。
マルコは返事をせずに、紙幣を一枚アンの方へ押し出すようにカウンターに置いた。
 
 
「イゾウの店にまた来いよい。この間はせわしなかったから」
 
 
そう言ってマルコはアンの返事を待つことなく、店を出ていった。
一日やることがないと言っていたのにいったい何をするんだろうと、多すぎる金額を表す紙幣に目を落としながら、思った。
 
 

 
何の変哲もなく終わりかけた一日の夕暮れ時、ルフィが帰ってくるなり「アン!サボ!」と騒がしく階段を駆け上ってきた。
今日は帰りが早いな、と思いながら「うるさーい」と気の入らない叱り方をする。
ルフィは駆け足の勢いそのままアンの前まで突進してくると、「サンジの店行こう!」と声高々に叫んだ。
勢いに押されて、グラタンに振りかけていたチーズの袋を取り落しかける。
 
 
「サンジ?」
「アンこないだ行ったって言ってただろ!サンジがよ、アンを連れてくればそこでメシ食わせてやるっつって!」
 
 
あぁイゾウの店か、とアンが思い当ったときには、ルフィはすでにアンの眼前からは消えていて、洗濯物をたたみ終えて食卓に現れたサボのもとへとすっ飛んでいた。
 
 
「なぁ!サボも行こうぜ!」
 
 
サンジが、コックで、アン連れてって、飯がもらえて、と非常に偏った情報を懸命にサボに伝えている。
サボが、どういうことかと尋ねるようにアンを見た。
アンが事の顛末を簡単に話すと、サボはなるほどというふうに頷く。
 
 
「でもアン、今日の夕飯の準備もうしてあるんだろ」
「もちろん。今日はグラタン」
 
 
ルフィがアンの手元に首を伸ばして、だらりと口元のしまりを緩くした。
サンジのタダ飯にもアンの夕飯にも惹かれているらしいその表情は、愛らしくて貪欲な子犬のようだ。
 
 
「今日じゃないとダメなの?」
「ダメだ!明日はサンジいねぇし」
「土曜は?」
「とにかく今日なんだ!」
 
 
どっちにしろ今日行きたいだけらしい。
どうする、というふうにサボを見ると、サボはルフィにリュックを下ろして弁当箱を出すよう指示しながら、「少なくともオレはいけないな」と言った。
あぁそういえば、とアンも呟く。
 
 
「なんかあるのか?」
「うん、8時に家具屋のおばさんち」
「なんで?」
「電球替えてほしいんだとさ」
 
 
ルフィがきょとんと目を丸くした。
 
 
「なんでサボが?」
「さぁ」
 
 
ご使命だよ、とアンがからかい交じりの声を出すと、サボはたいして本気でもなさそうにため息をついた。
 
 
「あそこ、おばさんひとりでやってるだろ。男手がないからって」
 
 
それが建前だとすると、その裏には必ず本音が見え隠れしている。
ひょっこり赴いたサボは、きっと電球を替えただけでは済まないだろうとアンにも予測がついた。
紛争激しいどこかの国の街中で乱射される銃のようなおしゃべりの餌食にされることは間違いない。
「えぇぇ」とルフィが落胆を隠さず口にした。
サボは、ルフィに弁当箱を持って行けと台所を指し示す。
 
 
「でもいいよ、ふたりで行ってくれば」
「いいのか!?」
「でも夕飯どうする?」
「食べてから行けばいいんじゃないか、ルフィならどうせいくらでも食えるだろ」
「まかせろ!」
 
 
ルフィが意味もなく偉そうに胸を張る。
アンはルフィとサボを交互に見て、じゃあとりあえずグラタン焼くか、とオーブンの予熱を始めた。
マルコとの話に出たイゾウの店にさっそく行くことになるとは、と偶然とも言い切りにくい突然の予定に驚きながらタイマーをひねった。
 
「サボには土産持って帰ってきてやるからな!」と破顔するルフィは、イキイキと目を光らせながら着替えに奥へと引っ込んだ。
 
 
「いいの?」
「いいよ。夜道でもルフィがいるし」
「サボも行きたいでしょ」
「うん、まぁ仕方ないよ」
 
 
たいして落胆しているようには見えない。
だからと言ってそれじゃあ行ってきます、と気軽に出かける気にはならなかったが、もはやルフィには行かないという言葉は通じないように思えたので、アンはそれ以上何も言わなかった。
 
 
出来上がった料理を食卓に並べ始めると、早すぎる程手早く風呂掃除を終えたルフィがメシメシと歌いながら席に着いてスプーンを手に取った。
リビングのソファから腰を上げたサボが、運ぶの手伝えとルフィの頭を小突く。
 
 
「ちょっとルフィ、風呂掃除適当すぎ」
「失敬だな、ちゃんと洗ったぞ!」
「洗剤のついたスポンジで手の届く範囲を適当に撫でるだけは、掃除とは言わないんだぜルフィ」
 
 
サボが揶揄を飛ばしながらサラダボールを運ぶ。
まさしくその通りの行為をしてきたばかりだろうルフィは、言葉に詰まって「思いっきりこすって来たからへいきだ!」とわけのわからない言い訳をした。
 
 
「ほら鍋敷き取って。熱いよ」
「これ肉入ってんのか?」
「入ってる入ってる」
「ルフィ、先にサラダ取れよ」
「サボ、パン切って」
 
 
食卓の上を、いくつもの腕が交差する。
ぶつかることがないのはなんでだろう、とアンはいつも考える。
さて、とアンが席につくと食事が始まった。
 
早くイゾウの店に行きたいと気がはやるのか、ルフィはいつもに増して慌ただしい。
しかし家の夕飯を人の分まで平らげようとする食い意地はかわらない。
騒然とした食卓は、昨日のそれとたいした違いはなかった。
 
早く行きたいのなら洗い物を手伝えと言うと、そんなのは帰ってからすればいいと言う。
ルフィが洗ってくれるならいいよと言うと、ルフィは少し考えるそぶりをして「まかせろ!」と胸を張った。
こんなに信用のならない「まかせろ」もない。
 
 
「嘘ばっか、アンタ逃げるでしょ」
「余計な皿も割れるかもしれないから、逆にその方がいいかもな」
 
 
サボのからかいに憤慨した様子で、ルフィは失礼すぎるなどとぶつぶつ言いながらアンの横に並んだ。
結局、割れた皿は1枚で済んだ。
 
アンとルフィが家を出る時一緒に、サボも出ると言って腰を上げた。
アンはルフィに指摘されて、慌ててエプロンを外す。
じゃあ行くかと大手を振って階段を降りようとしたルフィを、サボが呼び止めた。
 
 
「アンも。もうTシャツじゃ外は寒いだろ」
「おれはへいきだ」
「一応上着持ってけ。アンは長袖に替えたら」
 
 
寒いかな、と半袖の自身を見下ろした。
寒い、とサボは断定する。
じゃあ着替えようと踵を返したアンを、サボは満足げに見送った。
結局言われた通りに長袖に着替え、薄い上着を3人分持って戻った。
サボのぶんを手渡すと、おれはいいのにと苦笑する。
 
 
「でもサボもそんな薄いシャツじゃ寒いでしょ」
「おれはすぐそこだから」
 
 
一応持っていけば、と勧めると、サボはありがとうと受け取った。
 
3人一緒に階段を降り、店を横切って外に出る。
鍵を閉めるサボの後ろ姿を見つめながら、長そでにしてよかったなと思った。
風はすっかり秋であることを自覚しているように冷たい。
 
 
「それじゃ」
「うん、サボも気を付けて」
「土産持って帰るからなー!」
 
 
まるで旅行に行くみたいだ、と思わず吹き出すと、サボが「旅行に行くわけじゃないんだから」と笑った。
同時に背中を向け、アンはルフィと歩き出す。
こんな別れ方をするのは奇妙な感じがした。
 
 
「アンタ道知ってんの?」
「知らねぇ」
 
 
なるほど、ルフィはアンを連れてこない限りイゾウの店には辿りつけない仕様になっているのかと感心した。
サンジはルフィの前でも変わらずアンのことを『お姉様』と呼ぶのだろうか。
 
 
「なんで突然、店に誘われたの?」
「アンのこと話してたんだ」
「アンタが?」
「いやー、サンジが。もう一度会いてぇとかなんだとかうるせぇから、アンがサンジの働いてるところにもう一回行ったら会えるだろって言った」
「そしたら?」
「アンが自分から一人で来ることはなさそうだって言うからよ」
 
 
なんでだ? とルフィは誰にともなく問うた。
なんでだろ、とアンも曖昧に答えではなく応える。
夜の通りは静かだった。
 
 
「こないだ行ったときもあれだろ、リーゼントのオッサンが連れてってくれたんだろ」
「そう」
「それなら今度はおれとサボでアンを連れてきゃいいじゃねぇかと思って」
 
 
サボは来なかったけどなー、とルフィは朗らかに呟いた。
アンはとにかく連れて行かれる対象らしい。
 
 
「リーゼントのオッサン、いるかな」
「さぁ……どうだろ。そう都合よくもいないんじゃない」
「じゃあパイナップルみてぇなオッサンは」
「マルコ?」
「今日来てたオッサン」
「……いないんじゃないかな」
 
 
マルコはサッチよりも出現率が圧倒的に低い気がした。
そうかいないかー、と残念そうにもどうでもいいようにも聞こえる声でルフィは息をつく。
手に持った上着が、ルフィの腕の動きに合わせて大きく動いて風を作り出しているが、ルフィ本人は冷たい秋の風を顔に浴びて気持ちよさそうに目を細めた。
半ズボンの下から伸びるルフィの脚先は、数か月前と全く変わらずゴム草履を引っかけていて、寒いだろうと言ったサボの忠告を全く聞いていないことを物語っていた。
たしかに少し足元から這い上がる冷気が寒い。
 
一定の間隔で設置された街灯の下に羽虫が群がっている。
ルフィが口を閉ざしたので、アンも黙って歩いた。
黄色い灯りに照らされて、影が伸びる。
通りに面した店はほとんどシャッターが下りていて、人気がないぶんいつもより通りが広く感じられた。
 
 
「あとどれくらいだ?」
「10分くらい。スーパーすぎて少し行くから」
 
 
ふーん、と気のない声で鼻を鳴らして、ルフィはぽつんと「オッサンいるかな」と呟いた。
よっぽどサッチたちの所在が気になるらしい。
 
 
「アンタの目的はサンジのごはんでしょ」
「そうだけど、オッサンたちもいた方が楽しいじゃねぇか」
 
 
だろ、と同意を求められて、まぁそうだねととりあえず頷く。
 
 
「サンジは、だいたい3日にいっぺんは来るっつってたぞ」
「多いね」
「酒飲みだ」
 
 
ゾロみてぇ、とルフィは楽しそうに笑った。
唯一この時間帯でも営業している大きなスーパーの灯りが見えてくると、ルフィが「スーパーだ」と呟く。
言われなくてもアンにも見えている。
 
 
「サンジの飯…土産にし忘れたら、サボの分はここで買ってくか」
 
 
ルフィが遠い目をしてそんなことを言うので、アンは吹き出した。
 
 
広いが車通りのない道を横断し、狭い通りへと右に曲がる。
街灯がなくて薄暗いその路地はけして治安がいいとは言えず、ルフィが心なしかアンに寄り添って歩き始めた。
 
 
「ここ」
 
 
アンが足を止めると、ルフィは一階の入り口とアンを交互に見て、「スタジオって書いてあるぞ」と首をひねった。
 
 
「うん、ここの二階」
「じゃ、行こう!」
 
 
合点したとばかりにルフィが階段を上り始めたので、アンは慌ててあとを追う。
ためらうということを知らないのか、ルフィは勢いよく店のドアを開けた。
アンがルフィの背中に追いついたとき、ルフィは「テメェお姉様連れて来いっつっただろクソ野郎」とサンジにメンチを切られているところだった。
 
 
 

 
「今日はアルコール入ってたってかまわねぇんだろ? そっちのボウズはどうする」
「うまかったらなんでもいい」
 
 
そうかよ、とイゾウは喉を鳴らして笑いながら、ホルダーにかかったグラスを二つ手に取った。
ルフィはサンジの料理をまたたくまに平らげていく。
アンはいらないと言ったのに、サンジが出した小盛りのプレートにまでルフィが手を出したので、いましがたサンジの罵声が飛んだところだった。
 
 
「2日ぶりだな、アン」
「うん、ごめんねうるさいの連れてきて」
「構わねぇ、どうせたいした客もいねぇんだ」
 
 
そりゃオレたちのことかよ、と奥のソファ席に座っていた数人の男たちが声を上げて笑った。
そうだオヤジ共とっとと帰れ、とイゾウは店の主とは思えない口をきく。
 
 
「リーゼントのおっさんたちは来てねぇのか?」
「サッチか、今日はまだ来てねぇな」
「パイナップルのオッサンも?」
「来てねぇ来てねぇ、パイナップルもまだ来てねぇよ」
 
 
お前それ今度マルコの前で言ってみてくれよ、とイゾウは大人げないことを言う。
オッサンおもしれぇな、とルフィまでつられて笑った。
オレはオッサンじゃねぇよ、とイゾウが眉をひそめてシェイカーを振る。
まだってことは、とアンが口をはさむ。
 
 
「今日…二人とも来るの?」
「あぁ、いや知らねぇけど、ここ2日くらい見てねぇからそろそろ来るかもな。マルコのヤツは怪しいけど」
「パイナップルのオッサンなら今日うちの店来たぞ」
「あ、マジで」
「なぁ、アン」
 
 
ルフィが同意を求めるので、アンも頷くしかない。
確かにマルコは今日うちに来た。
 
 
「仕事休みなんだって」
「そりゃ珍しいな。じゃ、そのうち来るかもな」
 
 
仕事がねぇんじゃやることなくて死んでんじゃねぇか、とイゾウは不謹慎にも大口開けて笑った。
ほい完成、とアンとルフィの目の前にそれぞれドリンクが差し出された。
二人分の歓声が重なり、同時にそれに手を伸ばす。
 
 
「すげぇ、飲みモンになんでこんないっぱい色あるんだ?」
「面白れぇなお前、アンの弟2号」
 
 
あっはっは、と調子よく声を合わせて笑う二人の隣で、アンはイゾウに手渡されたカクテルに目を奪われた。
寒色だけの色合いは涼やかで、ミントの香りがツンと鼻まで届く。
かわってルフィが手渡されたカクテルは、以前アンが飲んだもののような赤とオレンジが夕日のように滲んでいた。
 
 
「うめぇーっ!」
「ばか、うるさい」
 
 
ルフィをたしなめるのももどかしい、とアンはそっとグラスに口をつけた。
冷たい、気持ちいい、程よい甘さが喉の奥に転がっていく。
胸の上の辺りにぽっと火がともるような熱さも同時に感じた。
はぁ、とグラスから口を離して嘆息するアンを、イゾウが満足げに見下ろしながら煙草を咥えた。
視線を上げて、切れ長の目を捉えて、「すっごいおいしい」とアンが笑うと、イゾウは少し目を丸めてから、すっと猫のように細い目で笑った。
 
 
「そりゃ結構」
「アンちゃぁん、スペシャルスイーツができたよ!」
 
 
サンジのしまりのない声に、ぞぞぞと音を立ててドリンクをすすっていたルフィが、すぐさま目を光らせて「あっ」と叫んだ。
 
 
「ずりぃぞ!サンジおれにも!」
「アホかこれはレディ専用だ。まだナミさんとビビちゃんにしか作ったことねぇ」
 
 
手を伸ばすルフィを押しのけてアンの目の前に出されたスイーツプレートは、小さなデザートが繊細に飾られていた。
なるほどレディ専用とはまさに。
 
 
「いいよルフィ、半分あげるから」
「納得いかねぇ、なんでアンだけなんだ」
 
 
未だぶつくさと言っているルフィをはいはいと宥めすかして、とりあえず最初の一口と小さなケーキに細いフォークの先を刺した時、重たいドアの蝶番が軋んで新たな来店を告げた。
アンとルフィはほぼ同時に、反射で振り向いた。
ただアンだけは、振り向くその一瞬前に、どうしてか、来客が誰であるか気付いていた。
カウンターの隅に置かれた古い時計が示す8時半と言う時刻が、そろそろあのふたりが来るよとアンの内側で囁いていた。
 
 

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さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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