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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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よーう、と陽気に声をかけたルフィに、驚いて身を引いたのはサッチたちのほうだった。
 
 
「……うわ、びびった」
 
 
目を白黒させるサッチに、アンは曖昧な笑顔を向けた。
サッチの一歩後ろに立つマルコは、サッチほど驚いているようには見えない。
 
 
「なになに、今日は弟ツー連れて来たの」
「おれはサンジのメシ食いに来た!」
「そいやダチなんだっけ」
 
 
オレにもなんか作ってくれ、とサンジにひょいひょいと手を振って、サッチはアンの隣に腰かけた。
さらにサッチの隣にマルコが座る。
イゾウは二人にオーダーを聞くことなく、黙って何か深い色の酒をグラスに注ぎ始めた。
「またイゾウの店に来い」と言われたその日に行くなんて、気の早い奴と思われたかなとちらりと考えた。
 
 
「弟ワンは?」
「電球替えに行ってんだ!」
 
 
電球? とサッチは首をひねったが、特に興味を引かれていないようで、イゾウに手渡されたグラスにうまそうに口をつけた。
本当にふたりが来るとは、偶然ってこわい、とアンはスイーツをつつく。
サッチとマルコが来たことで、店の中は少し明度を上げたように思えた。
サンジとルフィは噛み合わない会話を楽しそうに続けているし、サッチはイゾウを無意味にからかうような言葉をかけてはその倍以上の罵詈雑言でめった刺しにされて笑っている。
それでも、ルフィとサッチの間で甘いデザートと爽やかなカクテルを手にするアンが場違いにならないよう、サッチ小気味よくアンに会話を振ってくれる。
端の席で静かにグラスに口をつけるマルコにも同じように会話が振られるが、マルコの返事はほぼあしらっているに近い。
 
 
「こいつ、オヤジに無理やり仕事休まされたから暇だっつって、庁舎の2階でモクモク煙吐いてんだぜ? 周りの奴らびびっちまって、仕事になんねーよ」
 
 
と、サッチが冗談のようでおそらく本当のことを口にして、マルコの顔を険しくさせていた。
どうやらマルコはアンの店を出て、どこから昼食をとり、結局警視庁へ向かったらしい。
本当に仕事人間なんだ、とアンは複雑な気分になる。
ぽーん、と店の古時計音を立てたのでハッと音の方角に視線をやると、時計の針は10時を示していた。
小さく開いたアンの口から「うそ、」と漏れた。9時の時報も聞いていない。
 
 
「じゅっ…!ルフィ、帰るよ!!」
 
 
慌てて席を立つと、ルフィとサッチが声を揃えて「えぇー」と口を尖らせたが、ルフィの方が時間の遅さに気付いて渋々腰を上げた。
 
 
「今日はサボもいねェしな、サンジ土産作ってくれ!」
「アンちゃん帰っちまうのか、オレっち明日の昼飯食いに行くからな」
「ありがと、サンジ、いくら?」
 
 
ごそごそと尻のポケットから薄っぺらい財布を取りだすと、サンジが馬鹿言うなと言わんばかりの目でアンを見た。
 
 
「アンちゃんから代金なんかとるわけねぇだろー、お金はいいからまた来てねっ」
 
 
ぽんと飛んだ語尾のハートマークが、サンジの頭上に浮かんで見えるようだった。
そんな、とアンがたじろぐと、イゾウがいいんだよ、と無造作に手を振る。
 
 
「タダっつっても弟の分はこいつ持ち。お前ェさんの分はこのオッサンたちが払ってくれるってよ」
「そゆこと」
 
 
グラスの中身を一気に飲み干したサッチは、戸惑うアンを余所によいしょと立ち上がった。
 
 
「んじゃ、マルコも行こうぜ」
「おう、そんな浴びるみてぇな飲み方してるくらいならちょいと散歩でもして来い」
 
 
え、え、とアンが財布を握りしめて視線をあっちこっちしているうちに、マルコまで深いため息とともに椅子を引いて立ち上がった。
ため息の深さに反して、面倒そうな顔つきをしていないのでアンはますますわけがわからない。
ルフィはサンジの料理がつまったパック入りの袋を提げて、きょとんと成り行きを見ている。
 
 
「ど、どこに……」
「城までお送りしますよ、姫」
「ひっ」
 
 
ひめ!?とアンが怯む背後で、サンジがそれはオレの役目だ!とむなしく叫んでいた。
「おれも一緒だから心配ねぇぞ」とルフィは胸を張るが、サッチは「はいはいでもまぁ一応ね」と軽くあしらってしまう。
そんな、とアンは言葉を飲み込んだ。
 
 
「お金も、前だって……それにまだ二人とも飲むんでしょ?」
「またぶらぶら歩いて戻ってくっから平気平気。だからただのオッサンたちの散歩だと思って、アンちゃんたちはおれらの前を歩いてきゃあいいよ」
 
 
んじゃ行こうぜ、とサッチは傷のある方の眉を上げてドアを顎で指した。
「サボ待ってるかなー」とルフィは元気に出口に向かって歩き出す。
戸惑って動けないアンの背中を、大きな手のひらがゆっくり押した。
 
 
「気がすまねぇってんなら、明日の昼飯サービスしてくれりゃあいいからさ」
 
 
そう言われてしまえば、もうアンにはごめんねとありがとうを繰り返し、手を振るイゾウと目一杯愛を叫ぶサンジに手を振りかえすしかなかった。
 
 
 

 
 
言葉の通り、サッチとマルコはアンたちの隣に並ぶことはしなかった。
サンジの料理はアンとは比較にもならないほど極上で、それを目いっぱいお腹に詰め込んだルフィはご機嫌もいいとこ、というように店を出てから笑いっぱなしである。
アンの方も、イゾウのカクテルのアルコールが程よく回ってふわふわと足取りが軽い。
胸に灯った火はまだ消えない。
あぁだこうだと喋りづめのルフィが店を出て数歩ですぐによろけてアンにぶつかった。
ルフィが渡されたカクテルにも、もしやアルコールが入っていたのだろうか。
 
 
「ルフィまっすぐ歩いてよ」
「んだよ、今ぶつかってきたのはアンだぞ」
 
 
まさか、と言い返す口を開いたが、背中側から聞こえた笑い声のせいで自信を失った。
ちらりと後ろを振りかえると、マルコとサッチは二人の肩の間にいつもの距離を保って、ふたりともが口元に小さな灯りをともして白い煙を吹き出しながら、アンたちの数メートル後ろを歩いていた。
 
モルマンテ通りに出るまでの細い路地はイゾウの店のようなバーや酒屋が続く。
食べ物の胃がもたれるようなにおいや、アルコールそのもののような酒の匂いが漂っていた。
路地の端にはしゃがみこむ酔っ払いや、お開きになったものの名残を惜しむ飲み仲間と言った面々がいた。
夜更けと言うにはまだ早い時間帯だが、女ひとり歩くには危険な界隈。
治安の良し悪しに差があるこの街の中の、悪い方にどっぷりつかっているようなあたりだ。
南北に少し長めの長方形の形をした街の北の果てには警視庁があるので、悪もはびこる隙がないようで北の端は治安がいい。
また、南の果ての街の入り口には大きな駐屯所があるので、これもまた治安は悪くなかった。
アンたちの店は南の端に近いので、比較的平和な地帯である。
となると、逃げ場を失った形でこの街の危険度を上げる輩は街の真ん中、ちょうどこの路地の辺りに凝縮され、自然に飲み屋が増えていくと同時に治安は悪化していった。
ただし、治安が悪いと分かる場所にわざわざ近づく一般人はおらず、似たり寄ったりの人間がたむろしているだけで内輪は平和と言ってもいい。
 
こういう界隈があることは知っていたが、アンもわざわざ近づくことのない場所だったので、薄く漂う腐臭は心地よくはないが物珍しかった。
ただ、路地の端に立つ男たちの視線がルフィを飛び越えてアンのつま先から頭のてっぺんまで舐めまわし、口笛を吹かれているのに気付いた時にはさすがに気分が悪かった。
構っていたって仕方がないムシムシ、とアンは歩みを速めたが、気付けば隣にルフィがいない。
慌てて振り返ると、ルフィはアンの一歩後ろに立ち止まって男たちを睨みつけていた。
ばか、と思わず呟いてアンはルフィの腕を引いた。
 
 
「本当喧嘩っ早い!行くよ!」
「コイツらアンのこと買うとか言った」
「放っとけばいいんだって!ほら」
 
ルフィの腕を引いて前へ進もうとしたアンは、いつのまにか現れていた障害物に肩からぶつかった。
反射でごめんと口にしたアンは、その壁がまた嫌な種類の人間であることに気付き顔をしかめた。
立ちはだかるその男はまさに壁のように大きく屈強そうに見えたが、ルフィは構わず下から睨みあげる。
 
 
「なんだお前」
「テメェこそ、チビのくせに一丁前に女連れて歩いてんじゃねぇよガキ」
「あァ?」
 
 
まったく怖気づく様子のないルフィに壁男の方が若干怯んだが、同時に癇にも触ったようで
、険しい顔で一歩ルフィのほうへと詰め寄った。
気付けばアンのすぐ隣には細長い男が二人、ニヤニヤ笑ってアンを見下ろしている。
 
 
「姉ちゃんオレ知ってんぜ、南の飯屋の姉ちゃんだろ? 今日は夜遊びか」
 
 
アンは答えず、男を睨み返したまま一歩後ずさった。
それを怯えていると取ったのか、ふたりの男たちは機嫌よさげにまたアンに一歩近づく。
アンのことを知っているのにルフィを知らないのは、きっとルフィが学校へ行っている時間の方が長いからだ。
男たちは自分よりランク下のものを見る目つきで、ルフィをちらと眺めた。
 
 
「そんなガキが連れてく遊び場よりオレたちの方がいいとこ知ってるからよ、ホラ」
 
 
細い男の一人が、アンの腕を強引に取った。
ちょっと、とアンが声を尖らせるより早く、ルフィが振り向いて「おい!」と叫ぶ。
 
 
「アンに触んな!」
 
 
アンを引き寄せようと一歩踏み出したルフィは、壁男が笑いながら繰り出した太い腕によって肩から弾き飛ばされた。
 
 
「ル…!」
 
 
マズイ、と目を瞠るアンの目の前で、後ろに弾かれたルフィはそのまま倒れるかと思いきや子ザルのような素早さで一回転する。
そして足をついたその勢いで壁男に飛びかかり、男が驚きに目を見開くより早く頬に拳をめり込ませた。
あぁ、とアンは顔を手で覆いたくなる。
しかし壁男の屈強さは伊達ではないようで、数歩後ろによろめくと顔を拭い、いかめしい形相で素早くルフィの胸ぐらをつかみあげた。
いきり立った二人の男もルフィのほうへと詰め寄る。
 
 
「ちょっと!」
 
 
ルフィ一人に何人がかりのつもりだ、とアンは腕を掴んでいる男のほうを振り払いつつ押しのけた。
アンに押された男は頼りなく後ろによろめいたが、それだけで逆鱗に触れたのかのような顔をしてアンの襟首を掴んだ。
コノヤロウ、とアンが男の腕に手を伸ばした時、またもやルフィが「アンに触るなって言ってんだろ!」と細男に掴みかかろうとする。
殴っちゃダメだって、とアンが声を上げかけた瞬間、ルフィの形相にひるんだ細男がアンの襟首を突き離した。
それと同時に、ルフィの隙をついた壁男がルフィの横腹に拳を突き刺す。
バランスを崩したアンは「えっ」と声を上げる間もなく後ろに倒れかけ、途中で殴られたルフィがぶつかって、なだれのように風景が目の前を流れていった。
 
ドサッ、ベチャッ、と何かが落ちる音ともにアンは背中から大きなものにぶつかった。
今度はなんだと振り返るその刹那、濃い煙の香りが背中側から香る。
 
 
「おうおう、ちょっと目ェ離した隙に」
「……あ」
 
 
だいじょうぶ?とサッチがアンの顔を覗き込む。
その隣で、マルコがむせるルフィの肩を叩く。
そういやこのふたりを忘れていた。
腹に食い込んだ拳はさすがのルフィも苦しかったようで、げほげほと咳き込んでいた。
顔ではなく腹を殴るのは喧嘩慣れしている証拠だ。
 
 
「だいじょうぶかよい、弟」
「助けが遅くってごめんなー、マルコのやつがノラ猫なんかに気ぃ取られててよ」
「猫を構いだしたのはテメェだろいサッチ!!」
 
 
現れたと思ったらいがみ合いだしたふたりの前で、アンとルフィに絡んだ男たちは突然出てきたスーツの男二人に怯んだ顔を見せた。
アンはルフィの背へ手を伸ばす。
 
 
「ルフィ、」
「ああああ!!」
 
 
突如、ルフィが悲嘆ともいえる叫びをあげた。
びくりと手を引いたアンはルフィの視線の先を追って、あっと短く声を漏らす。
サンジにもらった袋が地面に落ち、無残にもパックから半分中身が飛び出していた。
ルフィは殴り返されるまで、これを持ったままだったのだ。
 
 
「お前……」
 
 
ルフィがゆらりと背を伸ばした。
男たちはなんだなんだと勢いにのまれて一歩後ずさる。
 
 
「せっかくサンジに作ってもらったメシを……サボの土産なのに!!」
 
 
おれも家で食うつもりだったのに!!と叫ぶルフィの目は潤んでいる。
アホかと思いつつ、サボの土産をつつく気でいたアンの腹の底にもふつふつと怒りがわきあがってきた。
 
 
「覚悟しやがれ!」
 
 
男に殴りかかったルフィに心の中で行け!と叫んだアンは、サッチによってぐるりと背中側に回されて、地面を蹴ったはずのルフィはマルコによって後ろ首を掴まれていた。
 
 
「はなせよ!」
「落ち着け」
 
 
さざなみさえも見えないマルコの目に見降ろされても、ルフィはうがーと暴れている。
気付けばサッチの背後に回っていたアンは、アレ?とサッチの背中を振りかえる。
男たちは怯みつつも逃げる様子はなく、「なんだよ、今度はお前らが相手かよオッサン」と粋がり続けていた。
サッチが深い深いため息をついた。
 
 
「あのねぇ、お前らは未成年でもねぇし、この辺で女引っかけようが喧嘩しようが好きにすりゃあいいがよ、この子はやめとけ。恐ろしく怖い騎士にやられちまうぜ」
 
 
すンでにお前一発殴られてるじゃねぇか、とサッチがあっけらかんと笑うと、壁男の顔がドス黒い赤に染まった。
「オヤジが調子乗ってんじゃねぇぞ!」というなんとも抽象的な暴言を吐いて、壁男はサッチの襟首を掴み右手を振り上げた。
アンよりずっと肩幅の広いサッチの後ろからでも、サッチより大きな壁男の顔はよく見えた。
一歩たりとも後ろに引かないサッチの背後で、アンは壁男の形相に思わず「うわ」と声を漏らす。
ささやかなためいきが聞こえたかと思うと、サッチの頭の上から見えていた壁男の目が驚きに見開いて、次の瞬間には消えていた。
ズササッと地面をこする音が聞こえたので視線を下ろすと、壁男が足を払われて転がっている、
同時に左腕もひねられたのか、呻きながらそこを押さえていた。
ルフィが「おぉ!」と感嘆の声を上げた。
 
サッチは腕を押さえて転がる男に向かって人差し指を銃のように指した。
 
 
「逮捕しちゃうぞ!」
 
 
う、とひとつ呻いた壁男がよろよろと立ち上がる。
その様子を呆然と眺めていた残りの細男二人が、同時に2,3歩後ずさった。
 
 
「あ、おい待てよ!」
 
 
ルフィが声を上げると同時に、よたよたと逃げ始めた壁男の後を追うように二人の男がひっと叫んで走り出した。
するとマルコの手をするりと抜けて、アンが止めるより早く、ルフィまであとを追って駆け出した。
 
 
「おれはお前らのせいでオレのメシ落としたこと、許してねぇんだからな!!」
「ちょっ、ルフィ!!」
 
 
いつのまにか「サボの土産」は「オレのメシ」に昇格している。
あのバカ、とアンがサッチの後ろから追いかけようと足を踏み出すと、サッチの手がアンの肩にかかり「だいじょぶだいじょぶ」とアンを押しとどめた。
 
 
「ガキ追っかけるのはプロだからよ、オレにまかせなさい。お前アンちゃん頼んだぜ」
 
 
サッチはマルコをぴっと指さすと、すぐさま踵を返してすでに小さくなってしまったルフィの背中を速いとは言えないスピードで追いかけていった。
ったく鉄砲玉みてぇなボウズだな、と呆れた声が駆け出す直前に聞こえた。
 
 
「……行っちゃった」
「弟のこたぁアイツに任せときゃ心配いらねぇよい」
 
 
取り残されたアンが「どうしよう」とマルコを見上げると、マルコは「とりあえずお前は家に帰るよい」と小さく息をつく。
 
 
「ルフィは」
「サッチが見つけて家まで連れてきてくれんだろい」
 
 
あぁ、とマルコは思い出したようにアンをざっと上から下まで眺めた。
 
 
「お前さん怪我ねぇかい」
 
 
きょとんとマルコを見つめ返して、ケガ? と問い直す。
しかしすぐにハッとして、「ない、全然ない」と無事を示すようにばっと両腕を開いてみせた。
そういえば今さっきまで、アンは絡まれていたのだった。
よし、と頷いたマルコは「行くぞ」と足を踏み出した。
アンは慌てて、ルフィが落とした袋をとりあえず持ち上げる。
 
アンを取り巻く寸劇を眺めていた酔っ払いたちは、道を開けるように路地のわきへと身を寄せた。
先のやり取りを見ていて多少頭がよければ、マルコが喧嘩を売っていい相手ではないと分かるのだろう。
アンは肩を並べて歩く男をちらりと見上げたが、そう言えばマルコに盗み見はすぐにばれるんだった、と即座に視線を外した。
前方の店から気持ちよさそうなだみ声の歌が聞こえる。
ざわめきに似た大きな笑い声。
その店の扉が開いた。
どやどやと話しながら数人の男が出てくる。
 
 
「おい」
 
 
その男たちはアンを目ざとく見つけると、途端にニヤニヤし始めた。
にじりよるように、男たちはアンとマルコを待ち受けるように取り囲んでこちらを向いた。
マルコは意にも介さず歩を緩めない。
いったいなんなんだこの辺りは、とアンは先程の怒りがまた腹の底から湧き上がってきた。
あたしにいったいなんの恨みがあるってんだ、あたしは家に帰りたいだけなのに、と怒鳴り散らしたくもなる。
しかしアンがむっと顔をしかめると、男たちは喜びの声を上げた。
 
 
「なっ」
「黙ってろい」
 
 
不意に右肩に何かが触れ、ぐいと左側に引き寄せられた。
左肩がぐっとマルコにぶつかる。
マルコ、と名前を呼び掛けて、黙っていろと言われたことを思い出して口をつぐみ、そろそろと顔だけ上げた。
まっすぐ前を向くマルコの顔は、互いの身体が密着しすぎていてうまく見えない。
アンの肩を抱いて、マルコは一切のよどみも見せずずんずんと歩いていく。
すると、肩をそびやかしてアンたちを待ち受けていた男たちが、そろいもそろって顔を背けて道を開けた。
驚いてもう一度マルコを見上げるが、やっぱり顔は見えない。
まるで海割り伝説のように開けた道を、マルコは我が物顔で歩いているのだろう。
ルフィと二人、ぶつかりながら歩いていたときには光に集まる夜光虫のようにアンにたかった視線が、今は意図的に、ときには舌打ちを伴って外された。
ルフィがひ弱な男だとは思わない。
むしろ果敢に殴り返し今も追いかけていったのを見ればわかるように、アンはルフィが喧嘩で負けたのは見たことがない。負かしたのはアン自身くらいだ。
しかし見た目はやはりどうしてもただの少年だった。
背丈も大きいとはいえず、肩幅も広くはない。
細い足はすばしっこそうには見えるが頑丈には見えない。
ルフィの強さは、喧嘩を売るまでわからないのだ。
 
そう思うと、男同士が一目見ただけで相手との差を測るのはやはり見た目のステータスだ。
女同士のように美しさを競うのではなく、見た目で地位と強さのステータスを測っているようにアンには見えた。
ルフィがあどけない小さな少年であるのに比べ、おそらく背丈も高い方、肩幅もあるマルコはけしてひ弱に見えるはずもなく、スーツを着こなした姿とその歩き方は相応の地位を持つ男のそれだった。
そしてその男に肩を抱かれるアンは、その付属品としてそれなりの高レベルを与えられたのかもしれない。
『付属品』という考えに納得がいくわけではなかったが、こうすることで男たちの不躾な視線からマルコがアンを守ってくれていることは、鈍い鈍いと言われるアンにもわかることだった。
身体が離れたときにどんな顔をすればいいのだろう、とアンはそればかりを考える。
 
不意に、濃密な煙の香りが鼻腔をくすぐった。
あ、と思わず深く吸い込んだ。
この匂いを知っている。
頭から被せられた上着の下。
雨の音が遠くで響く、車の中。
首筋を伝う水と、唇をかすめた冷たさが脳裏をよぎった。
 
アンの右肩を包む手のひらがわずかに動いた。
それだけのことに、アンはぴくりと首をすくめる。
肩に触れる温度、身体の左側に密着している別の身体、かおる煙の香りと何度も甦る雨音の響く記憶がすべてばらばらになってはアンの感情に一騎打ちを仕掛ける。
背骨が軋み震えるような感覚がした。
 
気付けばアンたちは細い路地を抜け出して大通りに出ていた。
アンは左右を見渡してみたが、ルフィの姿もサッチの姿も見えない。
ぱらぱらと、それこそアンたちのように飲み屋帰りの酔っ払いの姿があるだけだ。
タクシーだけが何台か通り過ぎていく。
 
声をかけていいものか迷った。
マルコは迷わず通りをアンの家のある方へと折れ、口を開く気配もない。
マルコ、と名前を呼びたくなった。
しかし口を開いてしまうとすべてが終わる気がした。
今のこの時間も、アンの身体に触れる温度も、耳の奥で響く雨の音も。
終わりたくない、と思った。
そのためにはアンも口を閉ざして、ただ歩くしかなかった。
 
通りは先が見えないほど長く続いている。
アンはずっと、足元を見て歩いた。
そうしないと足がもつれて転んでしまいそうだった。
なんにしろマルコの右足とアンの左足は重なるほど近くにあるのだから、歩きにくくて仕方がない。
しかしマルコはずっと前を向いているようだった。
よどみないその足取りに、アンは必死で付いていく。
 
冷たい風が足元から吹き上げた。
首筋を舐めるようなその冷たさに、アンは思わず首をすくませてマルコの背中側の上着を掴んだ。
同時に、マルコの右手が一層アンを引き寄せた。
温めあうかのようなその仕草に、アンはくすぐったさをごまかすようにより深く俯いて歩いた。
 
 
結局、アンの店先に着くまで一言も言葉を交わすことはなかった。
マルコが足を止めるまで、アンは家に着いたことさえ気づかなかった。
騒々しい声が二階から聞こえないので、ルフィはまだ帰っていないのかもしれない。
肩を抱くマルコの手が離れた。
 
 
「あ……りがとう」
 
 
送ってくれて、と付け足す。
マルコは「あァ」と短く応じた。
アンはずっと、マルコのシャツの襟元を見つめていた。
それでも顔を上げなければいけないのだが、それ以上は上がらなかった。
 
いつもよりずっとずっと、マルコが近い。
 
「じゃあ」と言ってマルコが踵を返すまでが、途方もなく長く感じられた。
しかし実際はあっけなかったのかもしれない。
初めから終わりまで一切の躊躇いも見せないマルコは、既にアンに背中を向けて来た道を引き返していく。
 
先程までマルコが触れていた余熱は、秋風にさらされて名残さえない。
身体の中から湧き上がる熱だけがアンを温めている。
アンは自分自身を片手で抱くように、ギュッと左手で右肩を押さえた。
 
あたしは間違いなく、さっきまで視界に入っていたマルコの手が持ち上がり、こちらに伸びてくるのを心待ちにしていた。
それだけじゃない。
本当は、肩に触れた手をそのままにマルコが腰をかがめて、唇が触れるのを待っていた。
そうして欲しかった。
あの日みたいに。


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さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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