OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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一人で帰ってきたアンを、風呂上りの姿でテレビを見ていたサボはごく普通に出迎えた。
「おかえり。風呂先入ったよ。……ルフィは?」
事の顛末を話すと、サボはルフィが喧嘩を買ったところで笑い、男たちを追いかけていったところで呆れ顔を見せた。
「もう帰ってくると思うんだけど」
「しょうがないなアイツ……それがサンジの?」
「そう、でも中身どうなってるかな」
手にしたビニールの袋を食卓のテーブルの上に置いて、中身を取り出して見た。
プラスチックのパックに詰めてくれたサンジの料理はどうやら弁当のように配置が決まって並んでいたらしく、外に飛び出してしまった鳥の照り焼きを覗けばあとはパックの中でごちゃごちゃと動いているだけで食べられなくはなさそうだった。
そもそも中身が動いてしまったのは、ルフィがこれを手に握ったまま後ろへ一回転、など無茶をするからだ。
サンジが作った造形には戻らないかもしれないが、とりあえず見た目だけでももう少しよくしておくか、とアンはパックを開いてフォークを手に取った。
「楽しかった?」
「なにが?」
「なにって、サンジの店。いつものオッサンたちもいたんだろ」
あぁ、とアンはパックの中身をひょいひょいとそれぞれ皿に移し替えながら呟いた。
サボはテーブルに手をついて、アンのその手際を何ともなしに見ている。
「サンジの店っていうか、イゾウっていう人がやってる店なんだけどね」
楽しかったよ、と視線を手元に落としたまま答えた。
ぽーん、とボールを弾くような軽いインターホン代わりのベルが鳴り、「ただいまー!!」とルフィのがなり声がする。
帰ってきた、とサボが階段を下りていった。
アンも後から続いた。
「ったく足の速いボウズだよ。コイツさっきの男二人捕まえて何してたと思う」
サッチに捕まったルフィは、また別の袋を提げていた。口元がてらてらと光っているのを見れば、あらかた予想はついた。
「落としたメシの分っつって、スーパーのデリで骨付き肉買わせてんだよ。サイコーだな」
呆れてへとへとに疲れ果てているのかと思いきや、サッチは最後にけらけらと笑った。
「アンたちの分もあるぞ!」とキラキラ光る口元のままビニール袋を突き出すルフィの頭を、サボとアンが同時にはたく。
ご迷惑をおかけして、とサボが馬鹿丁寧に頭を下げると、いやいやかまいませんよ、とサッチは恭しく頭を下げ返した。
「市民の平和を守るのがオレらの仕事、つってね」
そんじゃおやすみ、とサッチはぶらぶらと通りを歩いて、おそらくはイゾウの店へと戻っていった。
ありがとうと慌てて背中に叫ぶと、ひらひらと顔の横で手のひらが揺れた。
「ほんとに!考えなしのバカだなっ!」
ルフィのよくのびる頬をつまんでぐいぐいと引っ張るが、ルフィはいっこうに堪えた様子は見せずに「ひゃってひょぉ」と口を開く。
「最初にあのデケェヤツ殴ってやったから気は済んでたんだ、でもサンジにもらったメシがダメになった分は返してもらわねぇとって思って」
さぁコレ食おうぜ!とルフィはさも普通の土産を持ち帰ったかのように、肉の入ったパックをテーブルの上に広げた。
「まったく」と口々に言いながら、アンもサボも結局は「これウマいな」などと言いながら楽しく食べてしまうから、いつまで経ってもルフィがこんな能天気バカなんだろうかと思わないでもないのだが。
*
言っていた通りサッチは翌日の昼すぎにやってきたが、ひとりだった。
マルコは? となんとなく聞きそびれたアンの代わりに、サボが「今日も一人なんだ」と言った。
「マルコのヤツ昨日休んでたからな、仕事してねぇと落ち着かねぇんだろ。まっ、あのお偉いマルコがどんな仕事してるかなんてオレァ想像もつかねぇけどな」
下っ端はいいぜ、お気楽でよー、とサッチは本当に気楽な口調で言った。
下っ端と言っても、サッチだってそれなりに忙しそうに見える。
そもそもアンにとってマルコとサッチは同じ職業の人間であって、課が違うやら階級が違うやら言われてもよくわからないのだ。
とりあえず大変なんだ、と身も蓋もないアンの返しに、サッチはそうそうと楽しそうに笑った。
「今日もうまかったよ、ごちそーさん」
財布を取り出したサッチに、今日は支払わなくていいという。
サッチは札入れに突っ込んだ指先をそのままに、きょとんとアンを見た。
「昨日の礼だっつーなら、大盛りにもしてもらったしデザートまでついたじゃん」
しかしアンはかたくなに「いいから」と首を振った。
ただのサービスではアンの気が済まない。
サッチはしばらく渋るようにうだうだ言っていたが、「ま、いいか」と割り切るとにぱっと笑った。
「悪ぃな、んじゃほんとにごちそーさん」
「また来てね」
「アンちゃんもまたオレに会いに来てね」
どこに、とは言わなくてもわかったので、アンは素直にうんと頷いた。
サッチはいつものようにひらりと手を振って、アンの店を出ていった。
金曜日の今日は、もう家に帰るだけだという。
そういえばサッチの家はどのあたりなんだろう、とアンが街の地図を頭に浮かべて思い当る地区に思いを馳せていたそのとき、カウンターの向かいに立つ人影に気付いた。
一瞬、忘れ物でもしたサッチが戻って来たのかと思いアンは洗い物中のシンクから顔を上げたが、そこに立つ人物が誰かに気付いてアンは隠す気もなく顔をしかめた。
ラフィットはアンの胸中には興味もないようで、いつものように笑みを見せて帽子を取って見せた。
「こんにちはゴール・D・アン。さっきの男は警視庁のサッチですね。たしか生活安全部の少年課」
「知らないよ」
アンはラフィットを跳ねつける声で切って捨てた。
サッチのことは知っているがサッチの所属がどこだとかは難しい言葉を並べられてもわからないと、先ほどアンが心中で思ったばかりのことだ。
それよりも、サッチとアンが話しているのを外から盗み見ていたのかとアンは目の前の男をじとりと睨む。
ラフィットは少し肩をすくめる仕草をして、外した帽子を頭に乗せた。
「ボスがお呼びです。今晩8時に迎えに上がりましょう」
アンはしかめ面のまま、黙って頷いた。
この男たちの前では、持っているはずの拒否権さえ見失いそうになる。
前回の『仕事』からかれこれ1か月が経とうとしていたので、そろそろかもしれないという気はしていなくもなかった。
しかしアンはあえてそれに気付かないふりをし続けて、ごまかしてごまかして黒ひげの言う『休養期間』を過ごしていた。
そうでもしなければ、1か月何食わぬ顔で生活などできない。
ましてやサッチたちと過ごす時間を楽しいと思うことさえ。
思えばこの1か月で、アンはイゾウと出会いサンジと出会い、マルコやサッチと一緒に過ごす時間を持ち、彼らが取り巻く世界に順々にして引き込まれていったのだ。
黒ひげがこの期間を『必要な期間』だというのは、アンにとって大切な期間でもあったという意味ではあながち間違いではないと、出会ってそうそう本人は世間話のつもりで並べているティーチの御託を聞きながらアンは考えていた。
「おいアン聞いてるか?」
聞いてない。
心の中で即答したが、わざわざ険を含ませるのもバカらしいとアンは適当に頷いた。
ティーチはアンの頷きをどう取ったのか知らないが、まぁいいと深いソファに腰を据え直した。
「ここからが本題だぜ、アン。次の仕事の段取りを考えた」
アンはだんまりを決め込んだまま、こくんと頷く。
銀行と財閥御曹司のコレクションルームを襲撃した。残るは美術館と宝石商。
「次は美術館で行こうと思ってる。異論はあるか」
ない、と首を振る。
初めは狙う場所もアンに選ばせていた黒ひげだったが、四分の二を消化して後は二択ともなれば、段取りをする黒ひげが選ぶ方が合理的だと思うので、アンはただ従うだけだ。
黒ひげは満足げに頷き返すと、手を上げたオーガーを呼んだ。
仕事の手順を説明するのは、いつもこの男の役割だ。
オーガーは美術館内部の地図をアンの目の前に広げ、時にはそれを指さしながら淡々と説明を施した。
アンはその言葉と手順をひとつひとつ洩れなく頭に叩き込む。
じっとりと頭の隅を侵食してくる黒いものの存在に気付きながら、アンの心にひっそりと、しかししっかりと根付いている潔癖さが必死で危険信号を発しているのに気付きながら、アンは耳を塞いだ。
目も閉じた。
オーガーの声はアンの脳内に直接響き、仕事の手順を脳に焼き写しのようにアンに覚えさせる。
割り切るとは、きっとこういうことだ。
実行は2週間後だとティーチが締めくくって、アンは事務所を後にした。
*
襲撃を3日後に控えた日曜日の早朝、アンはビクンと体が跳ねた衝撃で目を覚ました。
ハッハッと断続的に聞こえるのは自分の呼吸音、そしてそれに重なるように打つ鼓動に気付いて、アンは無意識に胸に手をやっていた。
夢を見ていた。
夢の中でアンは走っていた。
以前忍び込んだ御曹司の邸宅のときのように、アンは夢の中でも狭く埃臭い排気管の中を這い、黒ひげに仕込まれた小道具を駆使してガラスケースを破り髪飾りを手にしていた。
場所はきっと、美術館だ。
夢に出てきたその内装は、赤一色の絨毯しか覚えていない。
コレクションルームの内装と被っているのは、その記憶が夢に影響したからだろう。
排気口を使って侵入していたのも、以前がそうだったからだ。
今回の美術館襲撃では、アンに排気管の中を這う計画はない。
実際の美術館には下見に行ったが、当然髪飾りの展示はされておらず、それが保管されている部屋がどんな様子かは想像するしかない。
少しずつ、胸の動悸が収まっていく。
それと共に落ち着きを取り戻したアンは、そっと辺りを見渡した。
薄暗い夜明け前。
ブラインドから昇りかけの朝日と街灯の光が混じって少しだけ部屋の中に洩れてくる。
部屋の中は薄い青に染まっていた。
窓の反対側に首を向けると、少し離れた隣のベッドにはルフィが寝乱れており、そしてまたその隣にはすっぽりとブランケットをかぶったサボがいた。
なんらいつもと変わりないその様子に、アンは知らず知らずのうちにほっと息をついていた。
きっと、もうすぐ実行の日だという緊張が夢に出てしまったのだ。
せっかく今日は日曜だからゆっくり寝られるはずだったのに、とアンは冴えてしまった目をぱちぱちとしばたたいた。
不意に、小さな黒い丸がアンの目の前に突き付けられた気がして、ぞっと背中に悪寒がのぼった。
黒い丸すなわち銃口、倒れる警備員の青い制服、暗がりに浮かぶ人影、アンをエースと呼ぶ低い声、白い煙とその匂いまでが途端にアンの脳内を駆け巡るようにフラッシュバックする。
髪飾りを手にした後の夢の続きがアンに急襲をしかけてきて、アンは上体を起こしたままぐっと膝を抱きかかえた。
落ち着いたはずの動悸が、また激しく律動し始める。
夢の中で、アンは髪飾りの奪取に成功していたにもかかわらず、それは紛れもなく悪夢だった。
クソッと口の中で悪態吐く。
アンに銃口を向けるのは、いつだってマルコだ。
「うるせぇ!!」
突然上がった叫びに、アンはおもむろに肩を跳ねさせた。
声を上げたルフィは、それと同時にブランケットをベッドの下に投げ出して寝返りを打った。
ドクドクと音を鳴らしていた心臓は、今は違う意味でドキドキしている。
び、びっくりした、とアンはルフィを見下ろして、それから吹き出した。
うるさいのはアンタだろ、と思わず苦笑が漏れる。
遠くでサボが眉間に皺を寄せて、もぞもぞ動いてルフィに背を向けた。
うるさい寝言に慣れていればこの程度でサボが目を覚ますことはない。
アンはベッドから足を下ろして、ルフィが落としたブランケットを手に取った。
放り投げるようにルフィの上にかけてやると、ルフィはふごふごと何か言いながらそれに手を伸ばして自ら体を覆った。
既に秋の入り口を通ってしまった近頃は、早朝と夜中はブランケットなしではいられないほどの肌寒さだ。
一方のアンは寝汗をかいているが、これは夢見が悪いせいであって、身体を起こしている今肌に触れる空気は冷えている。
今回の仕事が終わったら衣替えをしよう、と明るくなっていく部屋の中で思った。
*
黒塗りの車を降りると、門衛と話をしていた警官たちがそろいもそろって目を丸くした。
そして、ザッと地面を削る音ともに仰々しい敬礼がマルコを囲む。
巨大な石を積み上げた5階建ての入り口、マルコの正面から慌てて警視のひとりが飛んできた。
「言ってくだされば公用車で迎えに上がりましたのに!!」
「いらねェ、待つ時間が無駄だ」
中の様子はと訊くと、警視は慌てながらも端的に警備の様子と警官の配置をマルコに述べる。
マルコは返事や頷きさえ返すことなく、懸命に話す警視を置いていく勢いで美術館の中へと足を進めた。
内部は警視が述べたとおり、どこもかしこも警察関係者で埋め尽くされていた。
マルコは頭に叩き込んだ館内地図を辿りながら、目的の部屋へと進んでいく。
最上階の一つ下の階、つまり4階最奥の保管室にて鎮座している髪飾りを確認しておくためだ。
この美術館に赴く前は、もうひとつの髪飾りを所有している宝石商のもとを訪ねていた。
鼻持ちならないたいした金持ちだった、とマルコはついさっきの記憶を吐き捨てる。
事実、マルコがエースを追うのは仕事であり、連続窃盗の多発するこの街の治安を貶めないためというのが実質的な目的であり、世の金持ちから何がどう奪われようがマルコにとって知ったことではない。
目的の部屋に着くと、部屋の前には2人の警備が立っており、その2人は警察内でも指折りの屈強者だった。
部屋の中には誰もいない。マルコでさえ部屋の中に入ることはできない。この3人が最後の砦だ。
窓もない保管室に入るには、この入口から入る以外方法はない。
ここさえ固めてしまえば、エースに手の出しようはないのだ。
前回使われた手である排気管はもちろん保管室にも通じているが、保管室の排気管につながるすべての排気口にさえ警備を回している。
扉の前に立つ2人に激励の言葉を軽く口にしてマルコは踵を返した。
いつ、それもどこにやってくるかわからない敵を待ち構えるのは至極骨が折れた。
警備の手を美術館と宝石商のどちらに偏らせることもできず、結果両方に全力を尽くすと警察内部が疲弊する。
だからといって力の入れる警備を一日交代などにすると、必ず警備が手薄な方の関係者(美術館であれば館長他各位、宝石商であれば本人)がそれを糾弾してくる。
文句を言うなら守りたいもんは自分で守って捕まえるくらいしてみやがれと怒鳴りたいところだが、公共の立場からマルコがそれを口にできるはずもなく、実際美術館も宝石商も警官のほかに私立警備隊を雇って入れているので、「金」の面では彼らも尽力しているにはちがいない。
しかしそれはそれで、警察側と私立警備隊側で行き違いや衝突があったりなかったりと、マルコの頭を痛める要因には事欠かない。
警察内部は美術館警備チームと宝石商警備チームと別れておりそれぞれにトップを立てているが、エース対策本部それ自体のトップに立つマルコの身体はどこをどうしてもひとつだ。
夜中の1時に車を飛ばして美術館と宝石商の邸を行ったり来たりなどここ数日日常茶飯事で、自宅に帰ったのは1週間以上前。
仮眠以外の就寝はした覚えがなく、警視庁に置き貯めてある着替えばかりが減っていく。
たしか今日着替えたこのシャツが最後の一枚だった、と思いながらマルコは携帯電話を取り出した。
3つのコールで「おう」と知った声が答えた。
「見てきたよい」
『そうか、だが見てきたっつっても中にゃあ入れねぇんだろう』
「あぁ、そう決めたのはオレだけどよい」
ニューゲートは受話器の向こうで豪快に笑い声を上げた。
そして笑い声を収めたついでのように、「じゃあ帰ってこい」と言った。
聞き返す声を上げなかったとはいえ、マルコは無言で眉を眇めた。
「……オレァ残るよい」
「バカ言ってんじゃねぇよアホンダラァ、テメェいつのまに放蕩息子になっちまったんだ、たまには帰ってきやがれ」
「庁舎には今日も戻ってるよい」
「オレに顔も見せねぇで何が戻ってるだ、いいからさっさと……」
わぁっと上がった複数のざわめきが、ニューゲートの声をかき消した。
マルコはハッと顔を上げ、雑然とし始めた方角を探す。
どうした、と張りつめた声が受話器越しにマルコに問いかけた。
「わからねぇ、また報告する」
「あァ、気をつけろ」
すばやく電話を切ったマルコは、ざわめきがすぐそこの階段に通じる階下からだと判断してすぐさま駆け出した。
ざわめきの発信源、美術館2階のフロア内はあっちへこっちへと警官が駆け回り、一つの窓にたかるように大勢が群がっていた。
何人かが窓から体を乗り出し、上を見上げて何か叫んでいる。
マルコは迷わず窓辺に歩み寄り、群がる警官の肩を掴んだ。
「何があった」
「けっ、警視長、今、この窓の上の外壁に『エース』が……!」
「あァ!?」
どけ、と警官たちをかき分けて窓に辿りつき、マルコは上を見上げた。
一番に目についたのは、ひらひらと風に揺れる黒い布地だった。
ぶわりと毛穴が広がるような興奮が、足の先から体の中を駆け上る。
一度対峙したことのある小さな身体は、蜘蛛のように外壁をスルスル登っていく。
どこに行くつもりだ、とマルコは目を細めたが、すぐにハッとして顔を引っ込めた。
近くにいる警官に怒鳴り散らす。
「ここから上の階の排気口とそれに通じる部屋をすべて塞げ!!外の排気口から直接保管室には行けねぇ、必ずどこかの部屋に一度降りるはずだ!!」
はっと答えた警官たちが、ばたばたとフロアの階段を駆け上っていく。
トランシーバーを所持する数人が、上の階の警備に連絡を取る声が近くで聞こえた。
マルコは再び窓から外へ顔を突き出す。
コートの裾を夜風にひらめかせるエースは、美術館の屋根から伸びるロープを辿っているようだった。
どうやって屋根にロープを仕掛けたのか見当もつかなかったが、とりあえず今ここにエースが現れていることが全てだ。
不意に、ギュンと鋭い音が空気を貫き、ほぼ同時にガンッと外壁に何かがぶつかる音がした。
壁を上るエースの動きが一瞬止まる。
壁にめり込んだ銃弾が、ぽろりと重力に負けて落ちた。
美術館の庭園を張っていた警備隊が発砲したのだ。
馬鹿野郎、とマルコは内心盛大に舌打ちした。
この街の法律では、ただの窃盗犯であるエースに対して発砲は、警視長であるマルコと十数人の警視にしか許されていない。
そしてこの状況下でエースに対して発砲するようなバカは警視にはいないはずだった。
となると発砲したのは私立警備隊である。
傭兵である彼らはエースに「盗ませない」ことが大事なのであり、その結果エースがどうなろうと知ったこっちゃないのだろうが警察側からすればそうはいかない。
殊にマルコは、エースを死なせる気はなかった。
今たとえエース自身に銃が当たらなかったとしても、ロープが切れれば約3階の高さからエースは地面に落ちる。
そんなことになるくらいなら一度館内に忍び込ませてそれから追っかける方が幾分ましだ。
逃げ続けるエースの膝から下めがけて発砲して怪我をさせ、それから捕まえるくらいは警察でもする。
早まりやがって、とマルコが発砲者を上から睨みつけたそのとき、カランと金属音が夜空に高く響いた。
再びエースを見上げると、マルコの数メートル上から40センチ四方の鉄格子がカラカラと落ちてくる。
慌てて頭を中に引っ込めると、鉄格子はマルコの目の前をまっすぐ落ちていった。
ほんの2,3秒後、金属音が地面にぶつかり弾けた音が響いた。
エースが中に入った。
マルコはもう窓から上を見上げることはせず、淀みない足取りで階段へと向かった。
階段をのぼりながらトランシーバーを取り、最上階の警備に屋根に仕込まれたエースの小道具と、侵入経路を探るよう命じる。
そして次に一階の警備に連絡を取り、エースの逃げ道を塞ぐよう指示した。
同時にマルコの脚は、エースが侵入した排気管が通じている3階へと向かっていた。
すれ違う警官たちは誰もがそろって興奮した顔をしていた。
マルコの指揮下で、フル装備の館内に入れてしまえばもう逃がす方が難しい。
勇み顔の警官たちがそう思っているのが、肌に沁み込むように伝わった。
しかし、何かがおかしい。
胸に燻る違和感はエースが現れた瞬間からマルコの中にこっそり発生し、館内にエースが侵入した今となっては既に違和感から懸念へと成長していた。
たしかにマルコはエースを見た。
壁を伝う小さめの身体。
あの身のこなし。
それなのになぜこうも不安ばかりが大きい、とマルコは3階フロアを闊歩しながら隠すことなく舌を打った。
なにかが間違っているかもしれない、という思いがもはや恐怖に近かった。
マルコは用意していた美術館の配管図を広げ、エースの侵入口から到達可能な部屋を絞る。
場所からして3階であることは間違いない。エースはこの階のどこかの排気管に潜んでいる。
じっと息を殺して、どういう手札があるのか知らないが、時が来るのを待っているに違いない。
エースが辿りつける部屋は3通り。
そのどれもに警官たちが待ち構えている。
すでに時間の問題だ。
そしてすぐ、その3通りのうち1つの部屋で、わぁっとざわめきが上がり、ばたばたといくつもの足音や人のぶつかる音が響いた。
3階の廊下で1階からの連絡を聞いていたマルコのトランシーバーには、別の連絡が横槍を入れた。
「マ、マルコ警視長、エースを捕えました!」
絶句するように短く息を吸ったマルコは、深く息を吐いて一拍置いてから「どこだ」と訊いた。
「3階の303……ちょうど真ん中の、陶芸品の部屋です!」
「すぐ行く。エースは?」
「今数名で取り押さえてます。暴れることもなく、伏せてじっとしています」
「気ィ抜くなよい」
すばやくトランシーバーを切り、目的の部屋へと足を向けた。
容易すぎる。
あまりに、他愛無さすぎる。
やっぱり何かがおかしい。
そう思いながらも、エースが捉えられているという部屋へと向かう足は止まらない。
高揚しているのだと気付いていた。
違和感という冷たい潮流と、ついにエースを捕えたかもしれないという熱い潮流がマルコの中でぶつかって渦を巻いている。
303と記された札の下がる展示室の扉は開いており、何人もの警官が捉えられたエースを一目見ようと吸い込まれるように入っていく。
彼らは歩み寄るマルコを見つけると途端に体を固くしたが、その誰もがエース確保という事実に浮足立っていた。
「警視長、中に」
敬礼と共にマルコに部屋の中を指し示す警官に頷きを返し、マルコは部屋の中に入った。
展示室の中には何人もの警官や警備隊が立っていたが、それ以外はガランと開けていた。
展示が自粛された一週間前から、ここにあったはずの展示物は全て髪飾りとは別の保管室にいったん収容されているので、展示室と言えどそこはただの空間だった。
そしてその部屋の、入り口から見て中央少し右側に伏せる人影と、それを取り押さえる2人の警官。
取り押さえられたエースはうつ伏せで後ろ手に手錠をかけられ、確かに身動きもせず諦めたようにじっと横たわっていた。
エース、とまるで親しいものに呼びかけるように声をかけそうになった。
俯せた身体は動かない。
エースを取り囲んでいた警官の一人がマルコを見て、「警視長」と呟いた。
すると、突如俯せていたエースがぐるりと首を回してマルコを目で捉えた。
そして、アイパッチの黒に囲まれた目がギラギラと油っぽく光り、口角がにっと上がった。
──ちがう、この男じゃない。
マルコはしばらく立ち尽くした。
唖然とするマルコの心を汲んだように、「エース」として捕えられた男はニヤニヤと脂ぎった笑みを浮かべ続ける。
マルコの様子の異変に気付いた警官たちが、おそるおそるとマルコの顔を覗き込んだ。
「……警視長?」
「まだだ」
「は?」
「外に車を回せ! 門の周りを固めろ! あと4階の警備に異変がないか連絡しろ!コイツはエースじゃねェ!!」
そう怒鳴ると共にマルコは踵を返して展示室を飛び出した。
背後から、捕えられた男のけたたましい笑い声が降りかかってきた。
手遅れかもしれない。
舌打ちをするのももどかしく、マルコは階下へと走りながら静かに、そしてきつく歯を噛みしめた。
初めからマルコを煽っていた違和感の正体は明らかになったが、だからといってもう遅い。
完全に騙しを打たれた後悔が波のように押し寄せたが、悔いている暇はない。
エースが、エースを操る黒ひげが周到な用意を踏むことや智略に長けていることはわかっていた。
その奴らが、また同じ排気管を使って侵入するという手でことを犯したことがまずありえなかったのだ。
そしてあっけなく捕まる。
捕まえさせるのだ、ダミーを。
本物のエースは別で動いている。
そしてきっともう、逃走経路をたどっているに違いない。
マルコの胸元に引っ掛かっていたトランシーバーが電子音を立ててマルコを呼んだ。
「よ、4階に警備が誰もいません!! 扉の前に配置されていた警官1名は行方不明、1名は床に倒れています! ほか、保管室の扉も開いていて……髪飾りがない!!」
受信機の向こうで警官が悲鳴を上げた。
やっぱりか、とマルコは無言でトランシーバーを切った。
1階のレセプションフロアを突っ切り正面玄関から外に出ると、そこは混乱した警官と私立警備隊が蜂の子を散らすように走り回り、明らかに統率を失っていた。
チームの長官はどうした、と目を瞠ったがその長官もエースのダミーが現れた時点で3階へと上がっているのをマルコもその目で見たことを思い出した。
「警備隊は裏門へ! 外門警備の1班は車を回して来い! 2班は二手に分かれて正門から館の周りを調べろ!」
行け! ともはや腹立ちをぶつけるようなマルコの怒鳴り声は騒然とする正門前に一瞬で響き渡り、すぐさま各自が指示に沿った動きを開始した。
マルコの指揮外にある警備隊ですら、突如現れた指揮官に従順にして裏門へと廻っていく。
そしてマルコ自身は、正門すぐの道路沿いに駐車してあった自分の車に迷わず飛び乗った。
部下には美術館の周りを固める指示を出しておきながら、実際エースはもう美術館内部にはいないだろうと思えた。
マルコが目の当たりにしたあの混乱に乗じて逃げたに違いない。
もしエースが「それ」とわからない格好で侵入していたとしたら。
正門を突っ切って逃げることすら可能だ。
特に、さっきマルコが指示したように美術館を門の外から見周りに行くようなふりさえしてしまえば怪しまれるはずがない。
マルコはイグニッションキーを目一杯回し、アクセルを踏み込んだ。
混乱が生じたのは、エースがダミーであるとマルコが気付いたそのときから。
本物がその瞬間を狙って外に逃げ出したのだとしたら、まだそう時間は経っていないはずだ。
逃走手段はおそらく車か何かだが、この近くに仲間が待機していればいやでも警察の目に着く。
エースはある程度自分の足で美術館から離れ、そこから車で待つ仲間と落ち合う手はずになっているのだろう。
美術館は街の北西、閑静な住宅街の少しはずれに位置している。
エースの仲間の車はその住宅街の細い路地に止めてあり、そこから一気にアジトかどこかへ帰るというのがもっともあり得る手段に思えた。
マルコは車を寝静まった住宅街の中に入れながら、トランシーバーを取った。
「異変あるかい」
『あ、ありません、どこから逃げたのかも』
「エースはもうそこにはいねェ。モルマンテまで車を出して来い。おそらくエースは住宅街の中で仲間に拾われる。お前らは一気に大通りまで向かえ。オレが住宅街の中から見つけて大通りまで煽り出す。サイレンは鳴らすなよい」
返事を聞かずにトランシーバーを切り、マルコは静かに住宅街の中に車を走らせた。
入り組んではいるが、そう広い区画ではない。必ずどこかにいる。
車の窓は開いている。
ライトなど付けているはずはないが、少しのエンジン音でもすれば気付けるはずだ。
しかしいっこうに耳を澄ましても、聞こえるはずのエンジン音やタイヤが地面をこする音はマルコの耳に届かない。
妙だな、と口の中で呟いた。
まさかもう住宅街を抜けてしまったのか、それともエースが仲間と落ち合う計画すらなく自力で逃げる手はずなのか。
もう目の前に、大通りが見えている。
街灯の灯りだけがぼんやりと照らす夜道には、ノラ猫が横切る影すらない。
マルコの車だけが、道路の上をぬるぬると進んでいく。
不意に、パァンと弾ける音が響いたかと思うと、がたんと車が左側に傾いた。
「なっ」
思わず洩れた声と共にハンドルを強く握りブレーキを踏んだ。
しかしそれ以降異変はない。
そっとブレーキから足を離すと、ずっずっずっと不吉な音を立てて車は進んだ。
まさか。
マルコはハンドブレーキを引いて車から降り、暗がりの中で前輪を覗き込んだ。
思った通り、タイヤは見事にひしゃげている。
よく見ると、暗闇の中でも異様に光る黒く大きな画鋲のような釘が、太くタイヤに突き刺さっていた。
すぐさま足元に視線を落とすと、それは進行方向にばらばらと無数に散らばっていた。
やられた。
その言葉が頭をよぎったそのとき、急にモーターを激しく回転させたようなエンジン音が爆発音のように前方から届いた。
素早く顔を上げたマルコの目の前を、一瞬で黒い車が駆け抜ける。
エンジン音を聞いた瞬間に抜いていた銃を前に構えた。
迷う暇もなく引き金を引いた。
銃弾は後部座席の窓に当たると、窓の一部を小さく砕いた。
まさか普通車か、と一瞬ぞくりとしたが、銃弾を撃ち込まれてもスピードを緩めずすでにマルコの目の前を通り過ぎた車が驚いて止まる気配など微塵もなく、間違いなく今の車はエースを乗せていたと確信する。
当然防弾ガラスだろうと踏んで撃ったので、実際にガラスが砕けて驚いたのはマルコのほうだ。
夜中の銃声とけたたましいエンジン音に驚いた住民たちが目を覚ましているかもしれない。
クソッ、とマルコの悪態が静かな住宅街に溶けた。
パンクした車で追いかけることはできない。
しばらくするとトランシーバーが鳴り、部下たちのパトカーが同じ被害を受けたことを情けなく訴える声に、マルコは「もういい」と吐き捨てた。
→
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麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
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