OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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「家の掃除?」
「そう、びっくりするくらい綺麗だったんだ」
「少なくとも、私じゃないわ」
マキノは考え込むように首をかしげながら、酒のアテを作り続ける。
マキノとはカウンターをはさんで座る3人の背後では、酒を楽しむ大人たちがガヤガヤと騒いでいた。
とろんと甘い酒の匂いが漂う。
店の隅にいる若者3人をちらちらと不思議そうに見遣る酔っ払いたちに、マキノは「知った子たちなの。お邪魔はしないから置いてあげてくださいね」とやんわりと紹介した。
アンたちはカウンターの端の席に連なって並び、マキノの夕飯を頬張っている。
「ぜってぇマキノだと思ったんだけどなぁ」
「ガープさんにも、そんなこと言われたことなかったわ」
「でももう思い当る所がないんだ。じぃちゃんか、マキノくらいしか……」
そうよねぇ、とマキノも同意する。
「おかわり!」とルフィが4皿目を要求した。
食べ過ぎ、とたしなめるアンもいま3皿目なのだからいまいち説得に欠ける。
マキノは「あいかわらずね」と目を細くして笑い、皿を受け取った。
マキノの店の中で食事を終えると、アンたちは住居のほうへと引っ込んだ。
マキノとの会話を楽しむために来ている客だっている。
アンたちがいつまでもマキノをひとり占めしておくことはできないのだ。
奥で好きにしてていいわよ、とマキノは昔からアンたちが遊びに来るとそう言った。
3人はこじんまりとしたリビングに腰を落ち着け、しばらくの間マキノにまつわる昔話に花を咲かせていると、マキノが表からひょこりと顔を出して、「先にお風呂入っちゃいなさい」とアンたちを追いたてた。
ほら遅くなっちゃう、と3人を立たせて、お風呂も変わってないからわかるでしょうと言い残してまた表へ戻っていく。
立ち上がった3人はマキノが消えたドアを見つめて、それから同時に笑い出した。
もう3人一緒に風呂に入ることができるほど小さくないのだ。
順番な、とじゃんけんをして、負けたサボがお湯を張りに行った。
3人とも風呂を上がった後も寝に行こうとはしなかった。
アンは一人掛けのソファに、サボはマキノが書き物をする時の椅子に、そしてルフィは地べたに座っていつまでも話をしていた。
マキノの店が閉まるのは夜11時。
この界隈にしては早すぎる閉店だが、女一人でやっていくにはそれが精一杯でもありそれで十分でもある。
とはいえ、11時に店を閉めてそれから片付けやらをしていれば、マキノが戻ってくるのは12時あたりになるだろう。
それまで待とうと言いあったわけではなかったが、先に眠る気にはなれなかった。
それ以上に、3人とも昼食後に思いのほかぐっすり眠ってしまったので、たいして眠くもならなかった。
寝ろと言われたらストンと寝られる自信はあるが。
「じぃちゃんに聞けたらいいんだけどなー」
「そういえば連絡先も教えてもらってないよな」
「今まで特に連絡する用事もなかったからね」
「マキノやダダンが知ってればそれでいいかぁ」
「じぃちゃんの仕事も長いよな。何やってるのか知らないけど」
「ルフィがうちに来たときからずっと同じ仕事にかかってるんだとしたら、もう12年だよ」
「ルフィお前じぃちゃんが何してるのかとかちらっとでも聞いたことないのか」
「サボやアンが知らねぇのならおれだって知らねぇよー。警察ってことしか」
「少なくともこの街にはいないしねぇ」
考えれば考えるほど、奇妙な人物だ。
あたしたちのじぃちゃん、という基盤が骨格をなしているからいいものの、そうでなければ得体が知れない。
そのじぃちゃんとは、かれこれもう6年ほどあっていない。
アンたちがダダンの家に住みついてからたった1度だけ帰ってきたことがあった。
様子を見に来たとカラカラ笑うその大きな老人は、ひとしきり気のすむまで3人を構い倒すとさっさと帰ってしまったので、それきりだ。
「あら、まだ起きてたの」
エプロンとバンダナを外したマキノが、アンたちを見て少し目を丸くした。
たったひとりで数時間働いていたにもかかわらず、疲れも見せずむしろすっきりとした顔つきなのはさすがと言うべきか。
おつかれさま、と口々に声をかけると、なぜかマキノは照れ臭そうに笑った。
「なんだか私がお母さんになったみたい」
お風呂入ってくるから、とマキノはそそくさと奥へと引っ込んでいった。
だって本当にお母さんみたいだもんね、とアンたちは笑い合う。
*
「さて。あなたたちの寝床よね、問題は」
「だから床でいいって」
「だめよ床は。背が伸びなくなっちゃう」
どこで聞いてきたのか知らないが、マキノはそんな迷信ともつかない迷信を信じて床は駄目だと言い張った。
背が伸びないと言ったって、絶賛成長期のルフィはともかくアンとサボはもうこれ以上伸びる心配はなさそうだ。
ふたりとも男女それぞれの平均よりはいくらか高い。
マキノはそれでもうんうん唸って考えている。
あのさ、とアンはおずおずと挙手をした。
「あたしが昼間寝てたベッドでサボとルフィが寝て、あたしがマキノのベッドで一緒に寝たらだめ?」
「あぁ、それがいいな」
「あらそうね、でも……」
マキノは頬に手を当てがって、サボとルフィに目をやった。
「あなたたち二人が一緒に寝るにはベッドが少し小さいわ」
「だいじょうぶ!」
アンを含めて3人の声がぴたりと揃った。
マキノは気圧されて、そう? と納得している。
どうせあの小さなベッドにサボとルフィが朝まで収まっていられるわけがない。
寝ながらの攻防でどちらかが床に落ちて、気付かず朝を迎えるだろう。
それで特に支障はない。
アンは比較的寝ているときは動かないので、マキノに迷惑をかけることはないはずだ。
「それじゃあアンとサボはともかく、ルフィは明日から学校でしょう? もう寝なくちゃ」
「くそ、ずりぃな二人とも」
「おれたちはもう通過済みだからいいんだよ」
サボはルフィの頭の上に手を置いて、拗ねたように口を尖らせるルフィをからかうように笑って立ち上がった。
「おやすみ、マキノ本当にありがとう」
おやすみなさい、と柔らかく笑うマキノの隣で、アンも「おやすみ」と小さく手を振った。
昼間アンが休んだ部屋へと入っていくサボとルフィを見送って、マキノも「さて」と立ち上がった。
「私たちも寝ましょうか」
「狭くしてごめんね」
「アンは細いから平気よ」
マキノの部屋はリビングよりもずっと小さくて小奇麗な部屋だった。
アンにベッドに入るよう勧めて、マキノは灯りを消すために部屋に入ってすぐのスイッチの傍に立っている。
ぱちん、と軽い音ともに視界が真っ暗闇になった。
もぞもぞとベッドの壁側へと身を寄せるアンの隣に、静かにマキノの身体が滑り込む。
「そんなに端に寄らなくても平気よ。案外広いわ」
そう? とアンが少し体を真ん中へと寄せる。
触れそうで触れない距離に自分とは別の身体があると意識すると、触れてもいないのに開いた距離が熱を持ったように温かくなる。
その温度は心地よくアンの身体を弛緩させた。
シーツからは、薄く花のような甘いにおいがした。
ね? とマキノが笑った気配がしたので、アンは声を出さずに笑いながら頷く。
「アンと一緒に寝るのなんて、本当にひさしぶり」
「5年前くらい?」
「そうね……それよりもっとアンが小さかった気がするわ。大きくなってきたらあなた、照れて一緒に寝てくれなくなったじゃない」
「そ、そうだっけ?」
なんであたしが照れる必要があったんだろう、と今のマキノの言葉にこそ照れくささを感じながら、そういえばたしかに少し、マキノの優しさがむずがゆく感じたような時期があったことを思い出した。
そうよ、そうだったのよ、とマキノは懐かしそうに呟いた。
「もう、子供じゃないものね」
「……そんなことないよ」
「あら、ここは胸を張ってもいいところよ」
マキノはそう言ったが、アンは複雑な気持ちで軽く顔を伏せた。
もう少し、マキノのそばでは子供でいたい。
それがただの甘えであるとはわかっているけど、もう少しだけ、と。
マキノはしばらくの間じっと、まるで息をひそめるように静かだった。
アンを待っているみたいに。
「歳を取るのも悪いことばかりじゃないわ、アン」
「……そう?」
「考えることが多くなる分、知ることも多くなるから」
「あたし勉強は苦手だよ」
「勉強だけじゃないわよ」
マキノはくすくすと葉がこすれるような笑い声をあげた。
「そうね、たとえばアンたちはお店を始めた。お客さんが来て、お金をもらうでしょう?自分たちが作り出すものにどれくらいの価値があるのか、自分たちが決めたその値段でどれくらいのお客さんが満足してくれるのか、考えるでしょう。一方的に、『私たちの作ったものはこれだけの価値があるからいくらで買いなさい』って言ってもお客さんは買ってくれないわ」
「……わかる」
にこりとマキノが笑った気配がした。
「子供はそれがわからないけれど、大人になれば当たり前にそれがわかる。商売に必要なのはお金に見合う価値のある信用よ。お客さんがアンのことを好きになってくれれば、アンの作ったものだって好きになってくれる」
何年も、たったひとりでお酒を扱う商売を続けているマキノの言葉は、さすがに説得力があった。
「そうやってコミュニケーションを取るのも楽しいじゃない?」
うん、とアンは頷いたが、その声はいまいち煮え切らないふうに聞こえただろう。
お客さんが『おいしい』と言ってくれるのは嬉しい。
『また来るよ』と言ってくれるのだって。
だがその会話が楽しいか、と訊かれたらわからない。
サボやルフィ、マキノとこうして話しているときのほうがずっと楽しいし、楽だ。
マキノはそれについては何も言わず、たとえば、と言葉を足した。
「お客さんの中に友達ができるかもしれない。いろんな人たちが来るでしょう?」
ともだち、とアンは繰り返す。
いちばんに浮かんだのは、なんでだろう、サッチの顔だった。
できた、とアンは呟いた。
「え?」
「ともだち、もうできた」
「あら」
そうなの、とマキノが破顔したのが慣れてきた暗闇の中でぼんやりと見えた。
どんなひと? と先を促す。
「どんな……えぇと、おっさん。でもなんか、子供、みたいな」
「うんうん」
「目の上の、ここ、じぃちゃんと同じ場所に傷があって、ちょっと怖い顔したら悪い奴に見えそうだけどいっつも笑ってる」
「うん」
「あと……ルフィの友達にも初めて会ったの。コックで、そのおっさんが連れて行ってくれたお店で働いてて。料理がすごいおいしいの。あとなんかあたしが店に行くと歌ったりまわったりする変なヤツ」
「うんうん」
「あと、その店のオーナーも……たぶんサッチ、あ、そのおっさんのともだちで、イゾウって言って……サボくらい背が高くて、女の人みたいな顔してる。白くて、鼻が高くて、黒い髪の毛が長くって」
「そう」
「あと……」
もうひとり、と呟いたアンを、マキノは先を促すように黙って見つめた。
「サッチと一緒に来てくれるおっさんが、もうひとり」
「そう……たくさんいるのね」
よかった、とマキノは吐息と共に吐き出した。
そうか、サッチたちはアンのともだちなのか、とアンは順番に彼らの顔を思い出す。
言われてみれば彼らとの会話は、家族とのそれと同じくらいアンにとって楽しいものだった。
「あと、そうね、ともだちじゃなくても、誰かを好きになったり」
「好きに……」
「恋をしたり」
したことある? とマキノはまるで少女のような含み笑いをした。
「マキノが好きだよ」と平然と返すと、マキノは「やだ、それとは違うわよ」と大げさなアクションでアンの肩を軽く叩いて笑った。
わかんないよ、とアンは憮然と言い返す。
「マキノはしたことあるの?」
「あるわよぉ、私だってこれでもアンより何年も多く生きてるんだから」
「どんなの?」
「そうねぇ」
私のときは、あなたよりずっと小さい時が初恋だった。
背が高くて、強くて、優しくて、私を傷つけるすべてのものから守ってくれた。
一緒にいると安心できた。
離れていってしまうと寂しくて死にそうだった。
いつ会いに来てくれるのか、そればっかり考えてた。
会いに来てくれたら会いに来てくれたで恥ずかしくって、ろくに目を見て話すこともできなかった。
「……それ、何歳のとき?」
「9歳」
「きゅっ……!?」
なんて早熟な、とアンがあんぐりを口を開けている横で、マキノはカラカラと笑った。
「さてお相手は誰でしょう」
「え……あたしの知ってる人?」
「そうよぉ」
「えぇー……わかんないよ」
「ガープさん」
「え?」
「あなたのおじいちゃんよ」
一瞬思考が止まった。
それから、……どえぇぇ!!というあられもない悲鳴は、この家の数件先まで聞こえたかもしれない。
サボとルフィのいる隣の部屋が、ガタガタッと物音を立てた。
なんだなんだと微かな話し声も聞こえる。
マキノはしてやったりと言わんばかりの顔で、珍しく腹を抱えて笑っていた。
「う……うそだろ」
「うそじゃないわよ、失礼ね」
「だ、だってあんな……ジジイじゃん」
「やぁね、自分のおじいさんのことそんなふうに。それにその頃はまだおじいさんっていう年じゃなかったもの」
それにしたって、とアンは目玉を取り落さんばかりに目を見開いて驚いた。
あのじぃちゃんが、好きだとかなんだとかいう話の対象になるとは思ってもみなかった。
マキノはひとしきり笑うと、涙までこぼしていたのか目元をぬぐった。
「でもまぁこれは、叶うとか叶わないとかそういう話じゃなかったから。いつのまにかすぅっと溶けて消えるみたいになくなってたわ。今は別にそんなふうに思ってないから、安心して」
安心してと言われたって、とアンは後を引く驚きにまだ引っ張られている。
初恋ってそういうものなのよ、とマキノは明るく笑った。
「それからが本物」
「それから?」
「今のアンと同じくらいか、もう少ししてからね」
「……別の人?」
「そうよ」
ふふっと漏れたマキノの笑い声が空気を揺らした。
はにかむ、と言ってもいい。
暗くてよく見えないけれど、マキノの頬は程よく染まっているのかもしれない。
「その人のことは今でも好きよ」
「ど、どんな……」
「ガープさんほどじゃないけれど、私よりずっと年上ね。少なくとも10以上」
「ふーん……」
「もともと私のお店のお客さんだったの。その人も子供みたいなのよ。危ないこと平気でやったり、バカ笑いしたり。スプーンも子供みたいに持つのよ」
「あ、あたしの知ってる人?」
「たぶん知らない人」
へぇ……とアンは驚きと新鮮さの混じった声をこぼした。
知らないところで、マキノがそんな人と出会ってたなんて。
「その人にも……その、じぃちゃんに思ってたみたいなこと、思うの?」
「そうね、少し違うけど」
すこしちがう、というのがよくわからなくて気になったが、訊いてもわからない気がした。
マキノも「言葉にするのは難しいわ」と恥ずかしそうにしているので、訊かないでおく。
「だからアンも、きっといつかそういう人と出会うかもしれない」
「……でも、マキノたちより好きなヤツができるなんて考えられない」
「別に比べなくたっていいのよ」
家族は比べられるものじゃないから、とマキノは微笑んだ。
「家族とはまた別に、一緒にいたいと思うのよ」
「……でも、その人と一緒にいたら、サボやルフィと一緒にいられないじゃん」
「そうよ」
思わずマキノがはっきりとそう言ったので、アンはついマキノの目をまっすぐ捉えてしまった。
マキノのほうも、アンを強く見据えている。
こうも至近距離で目が合うと、その視線の力が強ければ強いほど目線を外せなくなる。
「そのときは選ばなくちゃいけないわ。アンがどっちと一緒にいたいのか」
「さっき比べるものじゃないって言ったのに」
「比べるのと選ぶのは別よ。同じくらいの「好き」は許されるけど、両方と都合よく一緒にはいられないから」
これは誰だってそうなのよ、とマキノは静かに、少し悲しそうにも聞こえる声で言った。
アンはマキノの視線から逃げるようにもぞもぞと姿勢を変え、枕に顔を突っ伏した。
「……それならあたしは恋なんていらないよ」
「いつかわかるわ」
話しこんじゃったわね、とマキノが姿勢を変える気配がした。
「明日は何時に起こそうか? ルフィと一緒に起きる?」
「うん」
「そう、じゃあおやすみなさい」
「おやすみ……」
それきり、しんとした静けさが部屋に充満した。
目を閉じると、シーツから香る花のにおいがより一層感じられた。
隣で眠るマキノの、懐かしさを感じるような人のにおいもする。
マキノはずっとこういう話をあたしとしたかったのかもしれない。
そう思いながらうとうとと夢とうつつをさまよい、いつの間にかすうっと落ちるように寝入っていた。
*
翌朝は、マキノの元気な声でたたき起こされた。
「ほらほら、もうサボもルフィも起きてるわよ!」
「んぅ」
「まったく、相変わらず目覚めが悪いわね!朝ご飯できてるんだから、早くいらっしゃい!」
夜の仕事をしているというのに、朝からマキノは元気だ。
アンたちのせいで間違いなくいつもより早起きをしてくれたはずなのに、その疲れを微塵も見せない。
アンはもぞもぞと起き上りながら、窓から差し込む朝日の光の筋に目を細めた。
マキノは朝からしっかりと食事を作ってくれ、ルフィのお弁当まで用意してくれた。
ルフィが学校へ向かう時間に合わせて、サボとアンもマキノの家を出ることにした。
「ルフィあなた制服はどうするの?」
「いいよそんなの」
いいわけがないのだが、きっと学校に置いてあるジャージか何かでやりすごすのかもしれない。
それくらい堂々とやってしまう程度にルフィが異端子であるのは、容易く想像がついた。
それじゃあ、と3人は店の入り口に立ってマキノにお礼と別れを告げる。
マキノは最後まで笑顔でアンたちの見送りに立ったが、不意に真剣さを目の奥に光らせてアンたち3人を見た。
「何も用事がなくても、たまにはこうやってうちにいらっしゃい。たいしたことじゃなくても、話をするだけでいいから。何があっても、私はあなたたちの味方よ」
つんとする刺激が鼻の奥を刺激した。
しかしそれよりも、思わぬ言葉がアンの口をついていた。
「──もしあたしが、捕まるような悪いことしても?」
隣でサボが目を瞠ってアンを見下ろした。
マキノはきょとんとアンを見つめ返してから、深くしっかりと頷いた。
「そのときは私が一番に叱ってあげるんだから!」
アンは眉をしならせながら、不恰好な笑顔を作った。
マキノは夏の花のような笑顔で、アンたちに手を振った。
3人は手を振りかえして、何度もその顔を振り返りながら、マキノの家を後にした。
ルフィはマキノの家を出て比較的すぐに、サボとアンの二人と別れて学校へと向かった。
教科書が入っているはずのカバンすら持たず、マキノが作ってくれた弁当だけを手に持ち、しかも私服で堂々と学校へ行くルフィをあたしたちはこうして見送っていいのだろうか、と言う話題でしばらくサボと話が続いた。
しばらくして話が途切れたところで、サボが不意に「行ってよかったな、マキノのところ」と呟いた。
アンもすぐさま頷く。
彼女はいつだって、サボやルフィとは別の意味でアンの指針となってくれる。
サボにとっても、ルフィにとってもそうなのだろう。
姉であり母であるマキノは、きっと彼女が自覚している以上に3人にとってかけがえのない人だ。
サボと二人、考えなしに大通りに合流して家へ向かってぶらぶら朝の道を歩いた。
すると、すれちがいかけた男がひとり、「あ!」と声をかけて二人に走り寄って来た。
おたおたとがに股で走るそのおじさんは、アンたちの店の常連の一人だ。
「なんだよ二人とも!珍しく土曜日に休みだと思ってたら、今日まで開いてないもんだからてっきり誰かが身体でも壊してたのかと」
「あ、ごめん。ちょっとあたしが体調悪くって」
「あ、ほんとにそうだったの」
心配げにアンの顔を覗き込むその男に、アンとサボは揃って何度もうなずいた。
そして「ごめんなさい」と慇懃に頭を下げる。
「ちょっと知り合いのところで療養してたんだ」
まんざら嘘でもないサボのセリフをすっかり信じて、男はそうかそうかと納得した。
「でも明日は開くだろう?」
「うん、もう大丈夫」
「ああよかった。こんなに長い間アンちゃんの朝飯食わないなんて耐えられないよ」
よかったよかった、と男はにこやかに立ち去った。
アンがサボの顔を黙って見上げると、同じタイミングでサボもアンを見下ろした。
「大通りは……あんまり通らない方がいいかもね」
「そんなこといったって、うちはこの通り沿いだぞ」
この道を通らずに家へ辿りつく方法はない。
アンたちは覚悟を決めて大通りを南へと下り続けた。
何度も常連たちに捕まり、時には責めと心配の混じった言葉を貰っては先の言い訳を繰り返す、というなんとも疲れることを繰り返して、アンとサボはやっとのことで家へと帰ったのだった。
翌日の火曜日は、常連さんたちとの約束通り店を開いた。
そっと顔を覗かせるように中を見やる客たちは、デリが営業していることを確認すると誰もがそろって安堵の表情を浮かべた。
臨時休業の理由はアンの体調不良、ということにしてあったので、そのうわさは昨日の間でまたたく間に常連たちの間に広まったらしく、アンにお土産や良治の品を持ってくる客さえいた。
アンはありがたく受け取って、お礼とお詫びを兼ねて彼らの料理にこっそり小さなおまけをつけたりする。
「特別だよ」と言って笑うと、その特別が誰もに平等に与えられるものだと知りながら、それでも常連客達は嬉しそうにした。
ああこの感じはあたしもすきだ、とアンは先日のマキノの言葉を思い出しながら、客たちに素直な笑顔を見せることができた。
「行ってくる!」
「行ってらっしゃい!」
今日も大合唱で学校へ向かうルフィを見送る。
戻って来たなんでもない日常に安心した。
サボも同じようで、その目にはいつものように穏やかな色が浮かんでいる。
それでもアンの耳には、時計の針の音がどこからともなく聞こえていた。
正しく時を打つその小さな響きは、アンの神経を爪の先でひっかくように気に障る。
耳を塞いでもその音は途切れず、目を閉じるとより鮮明に、頭の中で鳴りつづける針の音。
アンが行きつく先があるとすれば、そこまでの所要時間が数えられるほどになったことをアンに知らせる音だった。
*
先日手に入れた髪飾りは、その日やってきたラフィットの手に預けた。
「たぶん違うと思う」とぶっきらぼうに言うアンにラフィットは一切の感情を見せず、「一応こちらでもしっかり調べます」と言って、いつものアタッシュケースをひとつアンに差し出した。
黒ひげに手渡される金は、サボのバイクを買って以来使い道がなく貯め続けている。
その額はいつの間にか、小さな敷地を買って家を建てられる程度には膨れ上がっていた。
父さんと母さんが残した莫大な遺産。
丘の上のあの屋敷。
この店。
そしてこの金。
アンには未来のための着実な貯蓄が必要だった。
ラフィットが軽く帽子を上げて「それでは」と踵を返す。
「ちょっと待って」
足を止めたラフィットは、ほんの少し疑問を浮かべた顔をアンに向けた。
アンから呼び止めることは今までなかったはずだ。
「頼みがあるんだけど」
ラフィットは少し考えるように動きを静止したままアンを見つめ、「いつ迎えに上がりましょう」と訊いた。
「明日、夜8時。あたしが頼んだことはふたりには言わないで」
「わかりました、明日夜8時にまいりましょう」
ラフィットはアンの背後から通じる住居のほうへとちらりと視線を走らせた。
サボはもう裏へと引っ込んで、いつものように仕入れの確認をしている。
アンは頷いた。
片手に提げたアタッシュケースがずしりと重かった。
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麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
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