OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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「アン、いま2卓に座ったお客さんにA」
「ん、じゃあこれ5卓と6卓に持ってって!」
左手でフライパンを揺すりながら忙しく右手を動かすアンは手元から目を離すことができず、サボに返した返事はフライパンに向かっての必死な叫び声のようになる。
しかしその声は雑然とした店内で響くことなくざわめきのなかに吸い込まれた。
街の慌ただしい昼、なんでもない一風景は今日も元気に明るく人の声で満ちている。
陽気な日が続いている近頃、その天気が関係しているのかは不明だがサボたちの店はひっきりなしに人の出入りが続いて客入りは天井知らずもいいとこ、という具合に上がり続けていた。
商売繁盛は願ってもないことだが、3人または2人で切り盛りするには少し厳しい。
店が広くないので、客入りがいいといっても入れる人数に限りがあるものの、回転率もよいので客足が途切れないのだ。
一歩外に出れば涼しい風が吹く秋の昼だというのに、アンもサボも額に汗を流して立ち働いていた。
「ごっそーさん」
常連の鳶職人の一行が席を立ち、わらわらと店を出ていく。
彼らの代表者がまとめてアンに代金を手渡した。
「ありがと、また来てね!」
「言われなくても明日も来るさ」
いい歳の男がアンの笑顔に頬を染めて、照れくさそうにしながらも手を振って店を後にした。
サボも遠くから「ありがとう」の声を飛ばす。
彼ら一行が店を去ると、それを区切りにぴたりと客足が止まった。
いつのまにか午後1時半を過ぎている。
このあとはもうゆっくりと遅い昼を楽しむ客が訪れる、比較的穏やかな時間帯となる。
サボがひゅうと息の音を鳴らしながらこめかみの汗をぬぐうと、水気を切った手でアンも同じ仕草をしていた。
サボがその姿を目に留めているとアンはサボの視線に気づき、お客さんの邪魔をしないよう少し声をはばかりながらサボを呼んだ。
「サボ、ちょっと休憩。なに飲む?」
「ああ、じゃあアイスティー」
サボはシャツの腕をまくって、襟元をパタパタと動かして中に空気を送った。
遅いランチを楽しむOLのグループが小さく黄色い声を上げる。
アンが男性客に必要以上に可愛がられるのと同じ理由で、サボに向けられる視線も熱いものであることが多い。
店を始めて半年以上、すっかりその状況に慣れたサボは、誰かを敵に回すということを知らなさそうな爽やかな笑顔でその歓声を受け流した。
カラカラ、と過ぎ去った夏を思い出させる涼しげな音がして、サボはカウンターに視線を向けた。
アンがグラスにいくつか氷を入れた音だ。
サボと同じように袖をまくって、アンはしなやかに手を動かしてサボのためにアイスティーを作っている。
その細い肩の線を、サボは少し遠い場所から見るように目を細めて眺めた。
実際その距離は5メートルにも満たず、少し足を動かせばたった数秒で埋められる距離だ。
では心の距離──そんなものがあるのだとすれば――が離れているのかと訊かれると、そういうわけではない、とサボは自答する。
どういう場面だったかはもう忘れたが、それくらい自然に今朝もアンはサボに気兼ねなく触れた。
もし心の距離が離れつつあるのだとすれば、少なくともアンがその距離を測り直そうとしているのであれば、アンからの接触は避けるはずだ。
こんなことをおれが考えているから、距離を感じるんだ。
あの日、決定的に変わってしまった何かは変わってしまったまま元には戻っていない。
あれはどこをどう解釈しようともおれが悪かった。
そう思い続ければ救われる気がした。
アンもそう思ってくれていれば、あの日のことを全部サボのせいにしてくれていれば、サボは自分のことを責めていればそれで気が済む。
そうしてほしかった。
あの日、アンが謝ることなどなにひとつなかった。
それでもアンは「サボは悪くない」とかたくなに言い続け、あまつ「ごめん」とさえ口にした。
サボは壊れたように「違うんだ」を繰り返すしかできず、結局事態は何一つ好転することなく収束した。
『あたしはどこにも行かないよ』
あの言葉がすべてを総括していた。
アンはもう決してマルコと二人で会おうとはしないだろう。
サッチに誘われてサンジのいる店へ行くこともないだろう。
サボのいない新しい世界を申し訳なさそうに、しかし嬉しさを隠しきれずに話すアンの顔を見ることはもうできない。
決定的に変わってしまった何かとは、アンの細い足首に掛けられた足枷だった。
3人の居場所につながる重たい足枷の錠をアンは自分の手で放り捨てた。
枷を外すことを諦めた。
その鎖は、美しくいえば「絆」と言うんだろう。
アンの枷を外してやろうと試行錯誤していたはずなのに、サボはあの日その枷に頑丈な鍵をかけてアンに「決して外すな」と言い聞かせた。
「アンには家族と過ごす以外の世界を知ってほしい」と言う考えがどれだけ上っ面だけのものだったかを思い知った。
サボは自分で思っていた以上に、アンを手放す気などさらさらなかった。
アンはそれに気付いたのだ。
それを誤解だというには傲慢が過ぎることもわかっていた。
覆らないその事実に、サボは歯噛みするしかない。
アンはもう二度と、自由にはなれない。
こんなことがしたかったわけじゃないのに。
「サボ、できた」
アンが手招く。
サボは小さく笑って、カウンターへと歩み寄った。
「ありがとう」と目線で伝えたつもりだった。
しかしアンは一瞬困ったように目を泳がせてから、ごまかしきれていない曖昧さで笑い返して目を逸らした。
アンのその素振りは、責められて泣かれるよりも痛い。
サボは黙って、カウンターに置かれたアイスティーに口をつけた。
のんびりとした声が聞こえたのはそのときだった。
「よぉ、オヒサシブリさん」
空いた両手をポケットに突っ込んだ長身は、寒そうに肩を縮めていた。
男はちらりとサボに目を留めたが、カウンターのアンににこりと笑いかけた。
──ものすごい美人だ。
「イ、イゾウ、どうしたの」
アンは目を丸くしてその男の名前を呼んだ。
イゾウ。聞いたことのある名前だ。
たしかサンジが働く店のオーナー。
話でしか聞いたことのない彼を見るのは、これが初めてだった。
「どうしたって、ここァメシ屋だろう? メシ食いに来たんだよ」
イゾウは人気のないカウンター席に腰を下ろして、長い足を組んだ。
「適当になんか作ってくれよ。ちぃと時間的に遅いけど、まだやってんだろ?」
うん、と呆気にとられながら頷いたアンは、ランチのセットの説明をし始めた。
イゾウは機嫌よくそれを聞き、じゃあと注文を伝える。
アンは未だに驚きの残った顔をしているが、それでも手際よくランチを作りにかかった。
なるほど、アンに聞いていた通りの凛とした男前だ。
「アン、オレもう裏回ってるよ」
「えっ、でもまだ二時前だよ」
「今日はもうこれ以上混みはしないよ。なにかあったら呼んで」
サボはイゾウに少し視線を走らせて、軽い会釈をする。
イゾウのほうもサボを目に留めて、カウンターに肘をついて顎を支えるポーズはそのままにすっと目を細めた。
どうやら笑ってくれたらしい。
逃げるように店の表を後にするサボは、少しでもアンとイゾウがふたりで話を楽しめるようにと自分が気を回していることに気付いて、まるで罪滅ぼしのようなその行為にげんなりした。
*
「びっくりしたよ」
アンが扉の向こうに消えたサボを追っていた視線を手元に戻しながらそう言った。
イゾウは「そうか」と返して、してやったりと言わんばかりに小さく笑っている。
「なかなかお前さんがうちの店に来ねェからオレのほうから来ちまった。たしかにオレは一度もお前さんのほうに行ったことねェのにお前にだけ来い来いいうのは筋違いだと思ってよ」
「そんなことないけどさ」
アンはごにょごにょと言葉尻を濁す。
もう、この人の店に行く機会はそう多くないかもしれない。
その思いがアンにはっきりと言葉を口にするのをはばからせた。
「……でも来てくれてありがとう」
イゾウは薄い唇を隠すように覆った手の向こうでニッと笑った。
そして、サボが消えた扉にちらっと視線を走らせる。
「今のが噂の弟ワンだな」
「そう。弟ってわけじゃないけど」
「じゃ、にーちゃんか」
「うーん、どっちかっていうと」
なんだそれ、とイゾウは朗らかに笑った。
深く突っ込んでこないのはなんらかの事情があることを悟っているからか、単に興味がないからか。
どちらにしろ、その辺の事情をあまり楽しくは話せないアンにとってイゾウの反応はありがたかった。
イゾウは重たいフライパンを事もなくふるうアンの手元をじっと見ている。
アンはいたたまれなくなって、遠慮がちに声をあげた。
「いつもサンジの手際に慣れてるんだろうから、あんまり見ないでよ」
「ああ、別に比べちゃいねェよ。それにアイツの料理は、味は旨いが華がねェ」
華、と呟いて、アンはサンジが作ってくれたスイーツプレートを思い出した。
色とりどりの甘いソースで飾られたあのプレートこそ、華があるというのではないか。
アンがそのことを口にすると、イゾウは「ありゃあアイツお得意の女限定ってやつだ」と渋い顔をした。
「オレやほかの野郎共にゃ適当にぱぱっと作り上げた雑多モンしかださねぇよ」
そのくせ味は旨いのだから可愛くねェ、と悪態づいたイゾウにアンは思わず吹き出した。
サンジのその様がありありと想像できたからだ。
「じゃあそれこそ、あたしも一緒みたいなもんだよ。綺麗な盛り付けとか、せいぜいお皿を汚さない程度にくらいしかできないもん」
「お前さんが作った、ってブランドがありゃそれだけで華になるからいいんだよ」
イゾウは臆面もなくアンを赤面させることを口にして、笑って見せた。
アンは照れ隠しに「ハイ完成!」と必要以上に大きな声でイゾウの前にランチを差し出した。
イゾウはからかっているのを隠そうともしない声で笑いながら、それを受け取った。
「ん、うめぇ」
一口目を口に放り込んで、イゾウは顔も上げずにそう言った。
サンジのおかげで随分と舌は肥えているだろうに、イゾウのその言葉はただのお世辞にも聞こえなくて、それはただイゾウの処世術のようなものだと自分に言い聞かせながらもアンは嬉しさに少し頬を緩めた。
他の客がちらほらと帰り始める。
アンは店を後にする彼らに声をかけて、イゾウに断ってからカウンターを出た。
サボが裏に回っているので、テーブル席の片づけもアンがしなければならない。
アンはトレンチに手際よく客が食べ終わった皿を積み上げてテーブルを拭きながら、ちらりとイゾウに視線を走らせた。
まさかイゾウがやってくるとは思いもしなかった。
もしかしたらもう以前のように気安く会ったりはしないかもしれないと思っていたので、ひょんなことでこうして出会ってしまったことに戸惑いつつ、やっぱりうれしい。
薄く見えるイゾウの背中が、店の外から吹き込んだ風を感じたのか少し竦んだように見えた。
動きづめで汗さえかいていたアンは、季節がもう既に秋の深みに入っていることを思い出す。
きっとこの季節が冬に入るころ、アンに最後の仕事がやってくる。
そうすればもう何も思い悩むことはないのだ、とアンはテーブルを拭く手に力がこもった。
カウンターの内側に戻ると、イゾウがもぐもぐと咀嚼しながらスプーンで皿を指し、それから自身の口を指し、空いている左手の親指と人差し指で丸を作って見せた。
「おいしい」と伝えてくれているらしい。
見た目に似合わないその子供っぽい仕草に、アンは自分のしみったれた考えを一瞬忘れて、思わず素の笑顔をこぼした。
「サッチやマルコのヤツら、最近こねぇだろ」
食後のコーヒーをすすりながら、イゾウは唐突にそう言った。
イゾウに向かい合いながら洗い物をしていたアンは、その言葉に手にしていたコップを一つつるりと取り落としかけて慌てて受け止めた。
動揺がすぐに動作に出てしまうのは自分の悪い癖だと分かっている。
アンは顔を上げて、そう言えばそうだねと言うように軽く頷いた。
「でもイゾウの店には行ってるでしょ」
「いンや、うちにも来てねェ」
「そうなの?」
「アン、お前さんテレビや新聞は見てねェか」
「そこそこ見てるけど……でも全部流し見みたいな感じで」
「サッチはともかく、マルコがその辺をうろついてねェ理由はテレビのニュースでも見てりゃわかるだろうよ」
「……ってことは仕事の?」
「サッチのほうは知らねぇがな」
フーンと相槌を打って、たしかにそう言えば近頃ゆっくりとニュースを見たり聞いたりしていなかったからな、と思いだした。
テレビは基本誰が見るでもなく風呂上りにつけっぱなしだったりで、まともに意識してニュースを取り込もうとでもしない限り耳には入ってこない。
新聞は、文字を読むのが苦手なアンはあまり自分から読もうとしないのでハナから眼中なしだ。
それにしても何があったというのだろう。
以前の美術館襲撃から、かれこれもう2週間以上経っている。
あれほど堂々と盗みを働いたので警察が何かに勘付いてはいないかとアンとしては気が気でなかったが、特にアンに知らされる情報はない。
もし何か危険が迫っているのだとしたら、黒ひげが何らかの形でアンに接触してくるはずだ。
そうでないとすると、マルコを含む警察内部で何が起こっているというんだろう。
メディアが流すまとまりのない情報より、イゾウが直に知る話のほうがずっと信じられる。
そう思って、アンはおずおずと口を開いた。
多少のやましさが邪魔をする。
「イゾウは、その、マルコから何か聞いてるの?」
「まさかまさか。何の関係もないオレなんかにマルコが仕事のことで口割るわけがねェ。ただでさえ自分のことなんて訊かれない限り喋りゃしねぇ男だ」
それもそうか、とアンはそれ以上尋ねなかった。
なんとなく、マルコはイゾウにならいろいろと話している気がしたのだ。
しかしやっぱりマルコと言う男はアンが受けた印象と同じものを他の人にも与えているらしい。
「オレもニュースが言ってること以上はしらねぇよ」
「そう……」
イゾウはカップを口に付ける瞬間ちらりとアンを見てから、グイと一気に中身を飲み干した。
「ごちそうさん。美味かったよ」
「あ、もう行っちゃうの?」
イゾウが腰を上げたので、アンは思わず身を乗り出してそう口にしていた。
まるで引き止めたみたいな、と言うより完全に引き止めるつもりのその言葉の意味に、アンは言ってから気付いてハッとした。
言った言葉は返ってこないので、せめて乗り出した身体だけでも元に戻す。
しゅるしゅると小さくなって「ごめん、なんでもない」と言うしかなかった。
イゾウはきょとんと切れ長の目を少し丸くしてアンを見下ろしている。
「もう少しいたほうがいいか?」
完全にからかい口調のその声に、アンはますます俯いてブンブン首を振った。
それもそれで失礼だな、と気づいたがイゾウは意に介したふうもなく声を上げて笑う。
「お前さんのほうがオレの店にまた来てくれりゃあいい。いつでも開けるって言ったろう」
イゾウは少し腰を曲げ、アンと同じくらいまで目線を下げてそう言った。
アンが頷くのを待っている。
アンはまっすぐに漆黒の目を見返すことができず、かといって口を閉ざし続けるわけにもいかず、俯いたままコクコクと素早く頷いた。
「……また」
「よし」
イゾウは代金をカウンターの上に置き、ひらりと手を振って店を出ていった。
アンが視線を上げたとき、歩道に出た途端風に吹かれて寒そうに首をすくめるイゾウの後ろ姿だけ見えた。
果たすことの難しい約束をしてしまったという罪悪感が、じわじわと胸に広がった。
*
その日の夜、風呂上りにアンはイゾウの言葉を思い出してテレビを注視した。
サボはルフィと入れ違いに風呂に入っている。
ルフィが風呂上りの濡れた髪のまま、ぺたぺたと素足を鳴らしてアンの隣にやってくるとソファに深く腰掛けた。
その口にはアイスの棒が咥えられている。
「アンタ夕方も食べてたでしょ。お腹壊すよ」
「んなもん壊れたことねぇ」
「もう寒いのに」
「だからウマいんだろー」
その気持ちはわかるので、アンはそれ以上強く言えない。
「あんまり食べ過ぎてるともう買ってこないからね」
「うへぇ」
釘を刺されてルフィは顔をしかめた。
アイスの棒を口から出して、その裏表を確認して「ハズレだ」とつまらなさそうに言う。
テレビは、アンが見たこともないドラマを終えて10分間ほどのニュース番組に切り替わった。
どこで小さな火事があっただとかあの国で珍しい生き物が見つかっただとか、アンとは無関係の話題ばかりが続く。
どんな話題にしろ物々しい顔で話すニュースキャスターを、アンはじっと眺めつづけた。
めずらしいな、とルフィがぽつりともらした。
「なんでニュースなんて見てんだ?」
「別に、最近見てなかったから」
「フーン」
ルフィはたいして興味もなさそうにソファの上にあげた膝に顎をついて、ぼーっとテレビに視線を送っている。
ルフィが見たい番組が今日はしていないらしいことを幸いに、アンは短いニュース番組を眺めつづける。
短い放送時間はどんどん終わりに近づいていき、これはもうイゾウが言っていたニュースは触れられないのではないかと諦めかけたそのとき、最後の最後でそれはやってきた。
『警察庁、行政府と衝突。各トップによって連日会談が開かれるも平行線』
画面の下部を流れたテロップを見て、アンはこれだと身を乗り出した。
感情のこもらないキャスターの声に、ざわついた映像が重なる。
たくさんの後頭部が、どこかの建物の前でひしめいている。
彼らは一様にマイクやカメラを手にしていて、報道陣だと分かった。
建物の自動扉が開いた。
マルコだ。
テレビ越しだというのに、アンは一瞬でざわついた胸を思わず服の上から押さえた。
詰め寄る報道陣に一瞥さえくれることなく、マルコはそれらを押しのける黒スーツが開ける道を長い足でさっさと歩いていく。
どうやらこの建物で、今日の夕方行政府との会談とやらが行われていたらしかった。
マルコはその帰りを待ち伏せられ、報道陣の声とカメラのフラッシュの餌食になっているのだ。
アンが見ているニュースのカメラはこのひしめき合いの中で、まともにマルコの顔を捉えているほうだろう。
アンが知る眠たげな目の間にはそれは深く皺が縦に刻まれて、顔色は前回アンが出会ったときより数段悪かった。
あのときのマルコが今ブラウン管の向こうにいるというのが、うまく飲み込めない。
道の脇に止められた黒塗りの車の後部座席にマルコが乗り込み、苛立たしげなエンジン音とともにそれが発車すると、映像はスタジオに戻ってきた。
その後キャスターが簡単にまとめた経緯と、画面の上や下に流れるテロップを目で追って、アンは事の次第をなんとなく理解した。
つまるところ、警察庁と行政府で覇権争いが勃発したのだ。
原因はキャスターもはっきりと言っていた。
「エース」による盗難被害だ。
これまで「エース」によって被害を受けた3人が、束になって訴訟を起こした。
銀行に髪飾りを預けていた財閥の夫人。
旧貴族の御曹司。
そして美術館の館長。
彼らが一斉に、守りを固めていたのに盗難を防ぎきれなかった警察側を訴えたのだ。
通常であれば、警察側が不届きな泥棒から市民の財を守るのは当然の義務であるとはいえ、警察側に明らかな過失がない限りその守りが失敗したからといって訴えられることなどない。
ただ、アンが全ての始まりを知ることになった日、黒ひげも言っていた。
あの髪飾りは本物にしろレプリカにしろ、すべてエドワード・ニューゲートの監視下にあり、その牽制を利かせることで今まで守られてきたのだと。
ティーチの言い分からすると、髪飾りの持ち主たちはそれを手に入れる際、実質的な髪飾りの価値分だけではなく、余剰の、それも少なくない金をエドワード・ニューゲートに渡していたのかもしれない。
その金と引き換えに、彼らはおおやけに、胸を張って髪飾りをひけらかしながら絶対的な安全を得ていた。
それがことごとく一人の泥棒によって破られた。
そしてティーチの言っていた通り、そのすべてがエドワード・ニューゲートの責任問題に帰ってきたのだ。
もちろん街のトップである警視総監が亡きロジャーの妻から奪った髪飾りの模造品を流出させて稼いでいた、などいうことはメディアも知らないので、原告側である金持ち被害者たちが直接警察に髪飾りの監視と保護を依頼していたのにそれを警察側がことごとく果たしきれなかったというのが通説であるらしかった。
実際にティーチが言っていたのは、本物の髪飾りを取り戻しそれを世間に流した後、アンが自分で見つけた態を装ってニューゲートを訴えることで彼の地位が失墜することになる、と言うものだった。
だが現実はそれよりももっと早く進んだ。
展開の速さはともかくその流れはティーチが望んだとおりだったが、エドワード・ニューゲートの責任問題に目を付けたのは黒ひげだけではなかった。
行政府が、これを機に警察の持つあらゆる執行権を取り返そうとしている。
今まである程度の緊張感を保ちながらもけして爆ぜることのなかったそのふたつの機関が、いま地位の逆転を賭けて激しく争っていた。
行政府の言い分は、「警視総監が市民に訴えられるとは言語道断。エドワード・ニューゲートの警察内部での指揮力失墜がうかがえる。即刻警察側は対エース捜査本部の指揮権を行政府に移行し、それに従って動くべきである」というもの。
一方それに対する警察側の言い分は、「かつて腐敗しきり現在も明確な統制力を現さない行政府に対エース捜査本部の指揮権を含むその他執行権を譲渡することはできない」というものだった。
これらの情報をざっと説明したキャスターが番組の終わりの挨拶を告げるのを聞きながら、アンは頭をフル回転させて情報をなんとかわかりやすく噛み砕こうとした。
うう、熱が出そうだ。
ふと気が付くと、隣でルフィもうんうん唸っている。
おおかたマルコが出ているのに気付いて興味を引かれたのだろうが、ルフィが完全に理解できる問題だとは到底思えない。
身内に何人か警察の人間がいる、もしくはいたというひいき目が働いているとしても、それはアンの中でニューゲートの存在により相殺される。
それを踏まえたうえでも、アンが聞いた限りでは、この警察側の対抗意見は至極もっともであるように思えた。
それでも一連の報道を見る限り、どうも世論的な力の動きは行政府側に集まっているようだ。
その理由も、メインキャスターの隣に座るもう一人のキャスターが間々に挟むコメントから知ることができた。
エドワード・ニューゲートが行政府との会談に一度も直接姿を現していないらしい。
出向くのはマルコと、その他直属の部下たち。
たしかにテレビで会談前や後の様子が映されるとき、現れるのはマルコとマルコを取り巻くその他ばかりで、警視総監本人の姿が映し出されることは一度もなかった。
どうやらエドワード・ニューゲートが報道陣の前に直接姿を現したのは、もう半年も前のことらしい。
姿形の見えない街のトップに市民は不安と不信を募らせている。
彼がメディアに現れない理由は、ずいぶんと長い間患っている病がついぞ良くないからというものだった。
アンが記憶するいつぞやテレビで見たその警視総監の顔はたしかに70前後の老人のもので、持病の一つや二つ持っていたっておかしくはない歳である。
そもそも今まで小康状態が続いていたとはいえ、そんな老人にこの街の最大権力が預けられていたのかということのほうに驚いた。
一方行政府のほうのトップはというと、アンも何度かテレビ越しに目にしたことがある男で、このときもマルコが出てきた建物から数分後に姿を現した。
肩のあたりまである白い髪と、特徴的な形の白いひげが伸びた、風貌だけを見ればごく普通の老人と言って通るような男だ。
スーツよりもラフなシャツが似合うような平凡さ。
丸い眼鏡をかけたその顔もどちらかと言うと穏やかで、この男がマルコと激しく言い争い──公式見解では「会談」──を繰り広げているというのはどうも想像しにくい。
しかしその男のまっすぐ伸びた背や穏やかながらも凛とした顔つきは聡明そうで、彼よりいくらか年若いマルコが舌戦で押され気味であるというのも納得できた。
──なんだか大変なことになっている。
アンが知る限りでは、この街の政治状況がここまで揺るぐ事件は初めてだ。
もしかすると、ロジャーの事故死以来の大事なのかもしれない。
そこまで考えて、アンは不意にハッと体を起こした。
そしてどたどたとソファから落ちるように降りて、古新聞の積んであるカウンター下まで這うように寄って行くとそこを覗き込んだ。
そこからばさばさと数日前の新聞を漁る。
ただでさえ目を引くニュースの少ない地方紙は薄っぺらい。
こんな大事が起こったなら一面記事になるはずだ。
「何やってんだアン」
ルフィがソファから首をかしげつつ尋ねる声が背中にかかったが、アンは返事をせずに一週間前の新聞を引っ張り出した。
その一面は、やっぱりこの政治変動を大きく取り上げている。
一週間前──日にちを確認して、アンの新聞を握る力が微かに強まった。
マルコがアンに会いに来た日の、翌日だった。
そのふたつの出来事がどうつながるのかはわからない。
だけど、この事件がメディアによって取りざたされる以前にマルコは間違いなく大きな事件になると分かっていたはずだ。
そうだとしたら、マルコは確実に時間の融通が利かなくなることを知って、その前にアンに会いに来たのだ。
会いに来てくれた。また来ると言っていた。
アンは思わず新聞紙を掻き抱きたくなった。
ガチャンと静かな音を立てて、アンの背後で扉が開く。
地べたに座り込んだままアンは後ろを振り返った。
サボが身体から暖かそうな湯気を上げながら、首を傾げてアンを見下ろしていた。
「何してんだ? アン」
至極不思議そうにサボは尋ねた。
「今ニュース見ててよォ」
ルフィはとっくの前に食べきっているアイスの棒を咥えて、頭を後ろに反り返らせてサボの顔を仰ぐ。
「あのオッサンが出てるよくわかんねぇニュースでさ。ケーサツがどうとかギョーセーフがどうとか」
「あぁ」
サボが合点したようにうなずいて、首にかけたタオルで髪を荒っぽく拭った。
「サボ、知ってたの?」
「だって一週間くらい前から言ってるニュースだろ。オレは新聞も読んでるし」
たしかにこの積み上げられた新聞たちは、もはやサボ専読と言っていい。
「すごいことになってるだろ」
「やっぱり結構すごいことなんだ」
「そりゃあそうだろ、もしかすると数十年ぶりの政権交代かもしれないんだから」
フーンと相槌を打つものの、アンはいまいちそれを身に染みて感じてはいない。
サボはそれをわかっているようで、それ以上深くは言わなかった。
「たださ、」と話を繋ぐ。
「黒ひげはなんか言ってくるんじゃないか」
「多分ね。あれから会ってないから……」
あれからと言うのは、ラフィットから美術館の髪飾りがまたもやはずれであったことを知らされたときだ。
そろそろ彼らから連絡があってもおかしくはない。
アンには決定済みの計画を実行に移すための手筈を説明するだけで、それに至るまでの下準備はすべて黒ひげ側が前もって行っている。
その下準備がなければアンが3度も盗みに成功することなど到底できなかったし、その彼らの手練手管にはアンも舌を巻く。
驚くほど、黒ひげの手が及ぶ場所は広いのだ。
きっと今も既に最後の仕事に向けて、彼らは動いているに違いない。
アンはきっと遠くないうちに彼らの召集を受け、そこでティーチの喜んだ顔を見ることになるだろうと思うと、考えるだけで胸が悪くなった。
アンはまだ床に座ったままだったが、ふと顔を上げるとサボも風呂上りで上気した頬のまま幾分まずいものを飲んだような顔をしているので、もしかすると似たようなことを考えていたのかもしれない。
少なくとも黒ひげに関わることを。
「最後だから」
「うん?」
「気合い入れてるんだろうね」
言外に「黒ひげが」と言う意味を込めたのを、サボは汲み取ってくれたらしい。
苦い顔のままサボはこくりと頷いた。
だからこそアンの方も、生半可な気持ちでは失敗する。
少なくとも今アンを悩ます一切を割り切らない限りは。
アンは伏せた目の奥に浮かぶひとりの男の姿を、心の中で黒く塗りつぶした。
*
外は涼しい秋の風が吹いているはずなのに、議事堂を出るとそこは異様な熱気がもわっと滞留していた。
その空気にマルコが顔をしかめるより早く、けたたましい音とともにいくつもの鋭い光が目の中に飛び込んできた。
わかってはいたものの、マルコの眉間には否応なく皺が刻まれる。
「今日の会談の内容をお聞かせください!」
「今後の対策本部の指揮権を行政府と分割するというのはどこまで本当ですか!?」
「エドワード・ニューゲート氏の体調は!?」
詰め寄る記者のマイクが何本も顔の前に差し込まれて、同時に一方的に押し付けるばかりの質問が降りかかる。
会談の内容などいまマルコに聞かずとも、許可済みのいくつかの局のカメラが中に入って全てを押さえたはずで、結果はその映像を見ればすべてわかる。
ようはマルコから何らかの言葉を拾うことが目的なのだ。
言質、と言うほどはっきりと意味のあることでなくていい。
マルコの口から発された公的な言葉を警察側からの発言として取り上げ、行政府側からも同様にして、会談外、つまりは一般人に最も近いメディアの上にもう一つの戦場を作りたいだけなのだ。
しかしマルコのほうにその腹に乗ってやる義理はない。
マルコは突き出されるマイクの間を縫って公用車へと進んだ。
命じられるまでもなく、黒服のSPたちが記者たちを押しのけてマルコのための道を作る。
ぎゅうぎゅうに押し詰められた記者たちから、もはや悲鳴のような叫びが上がった。
「何かコメントを!」
騒がしい鶏の集団のような彼らの波を抜けて、マルコは一切口を開くことなく、SPが開けた後部座席のドアの内側に身を滑らせた。
運転席に座る男がバックミラーでマルコの顔を一瞥してから、ゆっくりとアクセルを踏む。
「庁舎に戻られますか、警視長」
「……こん中でまで堅っ苦しい喋り方はやめろい」
明らかにそう言われるのをわかっていたように、運転手は声を上げずに軽く笑った。
「オヤジからはマルコを家に返せと仰せつかってる」
「バカ言え、いま終わったところで報告も何もしてねぇのに、なんで帰宅なんて選択肢が出てくるんだよい」
「さあ。だが報告も何もあったもんじゃねェだろう。こんな出来レース」
「……口を慎め、フォッサ」
マルコは渋い顔をさらしたが、フォッサは運転の片手間に葉巻をくわえていそいそと火をつけているので、その表情に気付いていない。
いや、気付いているが気にしていないのか。
その面の皮の厚さに呆れながら、マルコも自身の胸ポケットから愛用の品を取り出した。
マルコの隣には、ひとりSPが座っている。
マルコが運転席のこの男と軽口までやり合う仲であるのは周知で、SPも慣れたことだろうが、マルコが今先程終えてきた会談の本当の意味での真意をSPは知らない。
マルコの付き人であるSPが知らないことを一介の運転手が知っているというのもおかしな話だ。
付き人として物理的にマルコのそばで全面的なサポートをするSPは、おそらく誰よりもマルコの一日の行動や細かい仕草までおのずと頭に入っているだろうが、だからといって馴れ合った関係になってしまうとやりにくい面もある。
SPの彼らとマルコは仕事として割り切った関係を絶対に崩さない。
マルコが煙草をくわえると、SPはそれこそ慣れたしぐさでライターを取り出したが口は開かなかった。
フォッサの言葉は聞かなかったことにしてくれるらしい。
「出来レースだろうとなんだろうと、全部オヤジの指示だ。外に悟られるわけにゃいかねぇだろい」
「そのオヤジにマルコを返してこいって言われてんだがな」
軽口の延長でそう言いながらも、フォッサは尋ねる視線でバックミラー越しにマルコを捉えた。
声に出さずとも、「で、どうする」と問われているのはわかる。
マルコは窓の外へと視線をスライドさせた。
「庁舎に戻る」
「……了解」
その言葉とともに吐き出されたため息の浅さで、フォッサが訊かずともマルコの返事を知っていたのだとわかった。
フォッサは警視庁の方へとハンドルを切り、太い葉巻を備え付けの灰皿に押し付けた。
その顔はもうすでにお抱え運転手らしい静かで真面目なものである。
こんな強面じゃ意味はないがな、とマルコは口にせず慣れた景色が車窓の外を流れていくのを眺めた。
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