OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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その日はとてもきれいな夜で、雲の流れは遅く、海は波も寝静まったかのように静かで、うら若き女の子であれば憧れのあの人のことでも思って詩の一つや二つ詠んでしまいそうな、そんな夜だというのに。
あたしは一升瓶を片手に、だらしなく裸足を甲板に投げ出していた。
隣には憧れのあの人でも何でもないただのゾロが、あたしと同じく酒瓶を手にして座っている。
さっきまで互いに何かを話していたと思うのだけど、気付いたら話が途切れてふたりとも黙りこくったまま自分の手にあるお酒を飲み下し続けていた。
すっと、紺色の空に光の筋が走った。
あたしと同じ仕草で空を仰いでいるゾロもきっと目にしたはずだ。
とはいえそんなことに心動かせるメルヘンな感情などきっとこの筋肉のかたまりにはかけらもないのだろう。
流れ星になど目もくれず、またお酒を呷っている。
宴が始まった理由はなんだったっけ。
今日も特になんてことのない一日だった。
たった五人の海賊団だ。
誰かがよし宴をしようと言いだせば、すぐさま始められる。
言いだしたのはきっとルフィかウソップかその辺りだろう。
今日も何やら楽しそうにふたりで釣りをして、大物が連れたとかなんとか言ってぎゃんぎゃん騒いでいた。
そうだ、今夜の宴の発端はここだった。
ふたりが釣り上げて甲板に放り出された大魚はギラギラと銀と黄色に光る見るからに怪しげな魚で、大喜びするルフィたちをあたしは遠巻きに眺めていた。
気持ち悪ィ色! とげらげら笑うルフィはすぐさまキッチンへと飛んでいき、サンジ君を呼びに行った。
連れてこられたサンジ君は甲板に上がった大魚に目を丸めたが、すぐさまてきぱきと魚を検分した。
結果、この海域にしか生息しない比較的珍しい魚で、食べられるとのこと。
その言葉に大喜びしたルフィが、「今夜は宴だ!」と高らかに宣言したのだった。
宴だ宴だと簡単に言うけれど、ただで出来るわけじゃない。
船の上だからお金は減らないけれど、食料とお酒は普段の食事に比べてぐっと減る。
そのぶん次の寄港で買い込む分が増えるから、あたしとしてはあまりいい顔はできないのだけど。
かといって、宴で食料が減った分あたしたちが食糧難に陥るということはなかった。
お金の管理はそれこそ誰にも負けないくらいうまくやりくりしているが、食料に関しては全てサンジ君が担っている。
その彼がとても上手にやってくれているのだろうということはわかっていた。
ナミー、今夜は宴だぞ! とルフィが嬉しそうにあたしに手を振るので、あたしはハイハイと軽く流した。
サンジ君は何も言わないし、今日はこの臨時収穫もあるので食料の残りに心配はないのだろう。
あたしがわざわざ反対する理由はない。
そうして今夜の宴は始まった。
まずは準備から。
キッチンのテーブルを甲板にだして、即席でウソップが固定して。
ごろごろとラムの酒樽を転がしてきて、グラスを人数分用意する。
サンジ君の指示が飛んで、ルフィとウソップは従順に前菜を運んだ。
あたしは何をすればいい? と尋ねると、サンジ君は「甲板でオレを待ってて」といらぬ口をきいた。
日が落ちて、ゾロが長い昼寝から目を覚ましたところで元気よく乾杯。
次々と運ばれてくる魚料理。
さかなじゃだめだ肉はどこだとルフィが騒いで、お前が釣ったんだろうがとサンジ君にかかとを落とされる。
それを尻目にあたしもお酒の栓を開けた。
見たこともない魚は淡泊な味で、そのぶんサンジ君の料理の腕が生きていてどの料理もおいしかった。
涙が目の端に浮かぶほど馬鹿話に笑って、あたしがおなかいっぱいになったころルフィが、そしてウソップがつぶれた。
お酒の良し悪しもわからないこの二人は、安いラムばかりがぶがぶと飲んでは食ったり笑ったりはしゃいだりとよく動くので、いつだって身体に酔いが回るのが速い。
潰れた二人はそのまま甲板の隅に転がしておいて、あたしはさて少しいいお酒でも開けてみようかな、と立ち上がったところで、キッチンから戻って来たばかりらしいゾロに出くわした。
その手には新しい酒瓶を持っている。
いいもん持ってんじゃない、とにやりと笑うと、ゾロは険しい目をさらに険しくして嫌な顔を作ったが、何を言うでもなくお酒の栓を開けて自分のグラスに酒を注ぎ、あたしにグラスを差し出すよう顎をしゃくった。
そうして始まった酒飲みふたりの二次会は、とてもゆっくりと時間が進んだ。
甲板の地べたに直接、ゾロのようにあぐらをかいて座り込む。
少しだけ、東の海の話をした。
ゾロの故郷の村は、昔本で読んだグランドライン後半の海にある遠い遠いワノ国と言う島国に雰囲気が似ていた。
東の海のお酒は安かったね、
あんまり上等じゃあなかったがな、
こっちのお酒はラムでもそこそこするんだから、やんなっちゃう。
ラムは甘いから好きじゃねェ、
あたし一度西の海のお酒、飲んでみたい。
あぁ……たしかにあっちの酒は旨ェとか聞くな。でも売ってんだろ酒屋に。
そりゃあいいところに行けば買えるけど、船に乗せるには少しもったいないのよ。
じゃあどっかの島で飲んでこればいい、オレも行く。
西の海の酒を、なんて言ったら郷愁ぶってるみたい。故郷でもないのに、
違いねェ──
そうだ、さっきまでこんな話をしていたんだった。
なんとなく訪れた沈黙はたいした気まずさも居心地の悪さももたらさず、静かでゆっくりとした時間の流れとともにあたしたちの間に漂っていた。
あたしは少しだけ頬が温かくなる程度には酔いが回っているのだけど、横に座るゾロには全くそう言った気配もない。
あたし以上のザルなんてそうそういないんだから、こいつも化け物だ。
ルフィやウソップなんてゾロに張り合おうともなれば一瞬で潰されちゃうだろう。
サンジ君は──そう、サンジ君は?
あたしは酒瓶を床に置き、座ったまま後ろを振り返った。
船室の扉から丸く切り取られた灯りが漏れている。
キッチンで、サンジ君はずっと宴の片づけをしているのだ。
いつものことだというのに、気付いてしまうと急に申し訳ない気がしてしまった。
そういえばサンジ君が宴の最中ゆっくりと腰を落ち着けているところなど見ていない。
彼はずっとずっと立ち働きづめなのだ。
それなのにあたしたちばっかり飲んだくれて、悪いことしちゃった。
とはいえ彼に「お手伝いさせて」なんて言ってもお得意の口八丁で丸めこまれて手を出させてもらえないので、そんな事言うつもりはさらさらない。
ただ少し、しばらく様子の見ない彼のことが気になった。
あたしが立ち上がると、ゾロはあたしの方を見ることもなく「何かツマミ持って来い」と偉そうに命じた。
あたしを遣おうなんて全くいい度胸だわ、とあたしは返事もせずにどすどすとゾロから歩き去ってキッチンへと向かった。
灯りの洩れる扉を開けると、皿を洗うサンジ君が振り返った。
「ナミさん!」
ぱっと明るくなった顔は、少し照れたようにはにかんで頬がでれんとだらしなく緩む。
水を止めて手を拭いて、サンジ君はさっと咥えていた煙草を手に取るとあたしに歩み寄ってきた。
「どうかした? お腹すいた? 何か作ろうか? 酒は足りてる? マリモばっか飲んで足りてねェんじゃ、あ、特別にカクテルでも作……」
「いい、いいから。別になんでもないの」
にこにこと、しかし圧力をかけるようにあたしに問い詰めたサンジ君は、あたしの返事にキョトンと間の抜けた顔をさらした。
じゃあ何をしに来たんだ、と顔に書いてある。
それを答えようとして、まさか「アンタの様子が気になって」なんて言おうものならそれはもう鬱陶しく喜ぶのが脳裏に浮かんだので、咄嗟に口を閉ざした。
もごもごと、「ちょっと喉が渇いて、お水を」と言うようなことを口にする。
ああ、とサンジ君は納得顔でさらに相好を崩した。
「酒ばっかりじゃな、あんまり良くねェからな。ちょっと待ってて」
サンジ君はさっさとキッチンの、「彼の領域」の中に戻るとあたしのために水を汲んで持ってきてくれた。
あたしはたいして欲しくもないそれを受け取って、「ありがと」と小さく呟く。
テーブルは甲板に出ているので、五つの椅子だけが各々向かい合うと言うおかしな景色の中、あたしは何となく残っている椅子に腰かけた。
するとサンジ君は笑顔を浮かべたまま、たじろぐような戸惑うような表情で目を泳がせた。
なによ、とあたしは剣呑な声を出す。
「いやあー……いやいや」
「なんなのよ。はっきり言いなさいよ」
「んー……」
サンジ君は困ったようにもぞもぞと指先で火のついた煙草をもてあそんで言葉を濁す。
いい加減気持ち悪くなったので、「あたしのことはほっといて、さっさと仕事の続きしたら」と言い放ってぷいとそっぽを向いた。
「あ、そ、そう?」とサンジ君はまだもぞもぞしていたが、結局あたしに背を向けて、いそいそと片づけの続きを始めた。
──まったく、何してんだろうあたし。
サンジ君は積み重なる汚れ皿たちをてきぱきとスポンジで荒い水ですすぎ、反対側に積み重ねていく。
薄い緑のシャツには、肩甲骨の盛り上がりが浮いていた。
サンジ君の手が動くたびに、その隆起が現れたり沈んだりするのを、水のグラスに口をつけたまま眺めていた。
働く人の背中を、あたしはよく知っていた。
そう言う人の背中は決まって、こっちが恐ろしくなるほど薄いのだ。
「ナ……ナミさん」
サンジ君はあたしに背を向けたまま声を上げた。
ざばざばと水の音だけが雑に響いている。
「あんまり見られると、その、照れるんだけど」
そう言って振り返った顔は、笑いながらも困ったように眉が下がっていた。
みっ、と言葉の切れ端が驚きとともにあたしの口から飛び出た。
「……見てないわよアンタなんて!」
「あの、なんかオレに用事あるわけじゃ」
「ないわよ!」
だからもう行くの! と捨て台詞のように吐き捨ててあたしが立ち上がると、サンジ君は慌てて濡れた手を突き出して、あたしを押しとどめる仕草をした。
「待って、行かないで、ごめん」
「……なによ」
「ここにいてください」
サンジ君はさぁさぁとあたしを椅子に招くようにやんわりと押し戻して座らせると、満足げな顔でひとつ頷き、また皿洗いに戻っていった。
不遜な態度で椅子に座るあたしは、なんなのよ、と手の中のグラスを握った。
なんであたしはこんな、まるでコイツの姿を探しになんて来てしまったんだろう。
ほんの少し興味を表してしまうと、サンジ君はこうして鬱陶しく喜んではまとわりついてくる。
相変わらず彼のそう言う性質があたしは嫌いだった。
好きになれそうな気配もない。
一度そうはっきりと告げたつもりだったのだけど、サンジ君はそれをどう捉え違えたのか以前に増してニヨニヨと笑いながらあたしを見るようになった。
あのプチ遭難騒ぎでちょっとは見直したかな、とサンジ君に対するイメージを少し修正しようかと思ったのに、それを進んで打ち消してくれるんだからこっちも捉え方に困る。
「ねぇ」
「ハイなんでしょう」
「あたしにも何かさせて」
振り返ったサンジ君は、きゅっと水を止めると同時にぱちぱち瞬いた。
「えーと、何かって?」
「皿洗いとか、片づけとか」
「えっ、いやー、ありがとう、でもそれならちょうどいま終わったところで」
「でも今からどうせ明日の下準備とかするんでしょ。それの手伝い何かさせて」
「やー……どうしたのナミさん」
サンジ君は困り顔で後頭部に手を持っていく。
別に、とあたしはそっけなく答えた。
「ナミさんまだ飲んでたんだろ。気ィ遣ってくれなくていいからさ」
って呼びとめたのオレだけど、とサンジ君は誤魔化すように笑う。
いいから、とあたしは強引に彼の言葉を跳ね返した。
「何かあるでしょ。暇なの」
「……そう? じゃあ」
サンジ君は台所の隅にしゃがみ込んで何やらごそごそと漁ると、大きなざるに緑色の房をたくさん積んであたしの方に持って来た、
さやえんどう。
あたしの膝の上にそのざるを置き、隣の椅子にからのざるを置いた。
「これの筋、取ってくんねェ? ほら、ここぷちってして、つーって引っ張るの」
彼はあたしの目の前で、さやえんどうの房の入り口にあるすじをつーっと取って見せた。
「取ったすじはここのゴミ箱に入れて、すじ取ったえんどうはこっちのざるに入れて」
「うん」
「いやになったらやめていいからね」
「うん」
サンジ君の見本と同じように、ぷちっと先をちぎりすじを取る。
小気味よいそれらの音が気持ちいい。
「たのしい」
「ぅえっ? そ、そう?」
ナミさんたまにおかしなこと言うね、とサンジ君は苦笑しながらキッチンに戻っていった。
ぷちん、つー、ぷちん、つー、とあたしは一心不乱にさやえんどうのすじを取る。
しかしサンジ君はすぐに戻ってきて、あたしの向かいの椅子に腰かけた。
彼の隣には、ジャガイモやニンジンなど根菜が積み重なった段ボールが置かれている。
なんでそこに座るのよ、とあたしがじと目で見ると、サンジ君はでろんと笑って「オレも皮剥きする」となぜだか嬉しそうに言った。
サンジ君は腰に白いエプロンを巻いていて、彼が腰かけて開いた足の間にその布がかかっている。
彼がつるつるとじゃがいもの皮を剥き始めると、皮は上手に足の間の布の上に落ちていった。
ごつごつしたでこぼこのじゃがいもがまるでリンゴの皮剥きのようにつるつると白くなっていく様に、気付けば見とれていた。
「ナミさん今日はオレのことよく見るね」
「見てないわよ」
「今見てるじゃん」
「アンタの手を見てるのよ」
ソウデスカ、と苦笑したサンジ君はそれでもどこか嬉しそうに俯いて皮を剥いていた。
調子に乗らないでよ、と心の中で尖ったことを口にしながら、あたしも手元のさやえんどうに視線を戻した。
料理や、こういった細かい作業をしているときのサンジ君は静かだ。
確かに視線を落としながら、口元はなぜだか少し笑ったまま、そのうち鼻唄でも歌いだしそうな顔で、いつも料理をしていた。
「……本当にすきなのね」
「ん? ナミさんのこと?」
「バカちがう、料理よ」
あぁ、とサンジ君は何か言おうと口を開いたが、少し考えてから結局なにも言わずに俯いて笑った。
「突然だね、ナミさん」
「だって」
だって、と言ったもののその後に続く言葉はでなかった。
だって、なんだというつもりだったのだろう。
──だって、こんなにもしあわせそうにじゃがいもの皮を剥く人をあたしは他に知らない。
そのときおもむろにキッチンの扉が開いて、あたしとサンジ君は同時に顔を上げた。
「おいナミテメェ、つまみ持って来いって」
空の瓶を片手にしたゾロは、何もない空間をはさんで向かい合うあたしとサンジ君を捉えて、すぐさま怪訝な顔をした。
「なんでテメェまでコックみてェなことしてんだ」
「あ、忘れてた」
サンジくんがげぇ、と一瞬にして顔をしかめた。
ゾロはふいとあたしたちから顔を背けると、勝手にキッチンの奥の棚から酒瓶を物色し始めた。
「おいテメェまだ飲むつもりかよ」
「小姑みてぇなこと言ってねぇでさっさとツマミ作りやがれ」
「アァン?」
サンジ君は物騒な顔をゾロの方にひねったが、脚の上に散らばった皮があるからか立ち上がろうとはしない。
こんな夜遅くに喧嘩しないでよ、とあたしは投げやりに言葉をかけた。
「あんたひとりで飲み干さないでよね、もったいない」
「テメェが途中でいなくなったんだろうが」
「飽きちゃったんだもん。ね、あんたそれ飲むならここで開けなさいよ。サンジ君も飲めば」
ゾロは物色して選び出した酒を片手に、「オレァどこで飲もうが構わねェ」と言ってあたしたちから少し離れた椅子に腰を下ろした。
あたしは料理や片付けに追われて宴と言ってもろくに楽しめないサンジ君のことを少し考えてそう言ったのだけど、サンジ君は途端にうろたえるように目を泳がせ始めた。
「いや、ナミさん、せっかくだから外で飲んでこればいいよ。オレはまだやることもあるし」
「サンジ君が少しサボったからって怒れるような立場の奴はここにはいないわよ。たまにはいいじゃない」
あたしはさやえんどうのざるを隣の椅子に置いて立ち上がり、食器棚にグラスをふたつ取りに行った。
サンジ君はそれでもまだもごもごと言い訳めいたことを言っている。
ゾロがハッと鼻で笑った。
「下戸が無理すんな」
そう言って、ゾロはすでに酒瓶に直接口をつけている。
下から掬うようにゾロを睨んだサンジ君から、カチンと彼の癇に障った音が聞こえた気がした。
「酒の味もわからねェただのザルが偉そうな口きくんじゃねェよ」
「ちょっと、いちいち喧嘩しないでよめんどうくさい」
サンジ君にグラスを手渡すと、サンジ君は心底困った顔であたしとグラスを何度も交互に見た。
煮え切らない態度が面倒になって、あたしはサンジ君の手から包丁をもぎとった。
「ハイ、今日はもう仕事終わり。ほら早くグラス持って」
「ちょ、ナミさん危ないって」
「バカにしないでよ、包丁くらいもてるわよ」
「ナミさんもしかして酔ってんの?」
「酔ってないわよほらいいから早くグラス」
「わ、わかったから包丁こっちに渡して」
サンジ君はあたしの手から慎重に、グラスと包丁の両方を受け取った。
そして諦め顔で立ち上がると、膝の上のじゃがいもの皮をゴミ箱に捨てて包丁をキッチンに戻しに行く。
なんでそんなに飲みたくないのか理解できない、とあたしは小さく首をひねった。
ゾロがずいと酒瓶を寄越してきたので、あたしはそれを受け取り手酌する。
戻ってきたサンジ君にも同じように瓶ごと手渡すと、サンジ君はなにも言わず自分のグラスに酒を注いだ。
あんなに嫌がっていたからどうせちょっとしか飲まないんじゃないかと思っていたのだが、思いのほか彼はグラスにたっぷり酒を注いだ。
じゃあまあとりあえず、とあたしたちは乾杯する。
ふたつのグラスの縁と、ゾロの元に戻ってきた酒瓶の底がカツンとぶつかった。
「あ、これちょっとおいしいわね」
「ローグタウンで買っておいたヤツだな」
少し辛めだが、後味の爽やかなあたし好みの味だった。
サンジ君は舌の上で酒を転がしているのか、もごもごしている。
ワインじゃないんだから、とあたしは彼の口元を眺めた。
「おいコック、ツマミ」
「あーあー、うるせぇマリモだな、ちょっと待ってろ」
「ちょっとゾロ、サンジ君も飲んでるんだからいいじゃない」
「いいよナミさん、あるもの出すから」
そう言ってサンジ君が持ってきたのはピスタチオだった。
あら珍しいもの、と喜んだあたしに反して、ゾロは嫌そうに顔をしかめた。
どうせ殻を向くのが面倒なんだろう。
もしかしてこれはサンジ君のゾロに対する地味な嫌がらせなのだろうか、と思わないでもない。
あたしたちはぱきぱきと膝の上でピスタチオの殻を向きながらちんたらとお酒を飲んだ。
あたしが何か言えばサンジ君がそれに反応して、ゾロが喧嘩を売るのでまた二人の間で収拾のつかない小さな応酬が始まる。
そんなことを繰り返すのは、けして嫌な時間ではなかった。
ただ、異変に気付いたのは飲み始めて30分も経たない、二杯目を空にしようとしているころだった。
「……サンジ君、お酒本当に弱いの?」
「……いや、ナミさんやクソマリモに比べりゃアレだが、それほど」
「でも顔真っ赤よ」
サンジ君はぼうっと赤くなった目をあたしに向けて、いやいやだいじょうぶ、と口にした。
それと同時に軽く手を振ったのだが、その仕草がどう見ても酔っぱらいのそれだ。
「だから飲むの嫌がったのね」
そういえばゾロはすでに知っているように、サンジ君のことを下戸だとかなんとか言っていたっけ。
ゾロは相変わらず豪快に喉を鳴らして瓶を傾け、最後の一滴まで飲み干した。
顔色一つ変わらない。
あーあもったいない、とあたしがこぼすとゾロはフンと鼻を鳴らした。
「テメェも飲んだだろうが」
「あんたがひとりで半分以上飲んじゃったでしょ」
「どうせそいつももう飲めねェだろ。オレァもう寝る」
「ちょっと、サンジ君連れてってよ」
「いやナミさんオレは」
「知るか、コックに飲ませたのはテメェだろ」
ゾロは無愛想に立ち上がると、大きな欠伸をしながら食堂を出ていってしまった。
「ちょっとぉ……」
こんな酔っ払い残していかないでよ、と言うあたしの心の声は聞こえたはずなのに、アイツ。
あたしは姿の消えたゾロに舌を打った。
「ナミさん、マジでオレ別に大丈夫だよ」
「ホントに? そんな顔で言われても全然説得力ない」
「え、そんなひどい顔してる?」
サンジ君は自分の頬に片手を当てて小首をかしげた。
その仕草が既に酔ってるんだっての、とあたしはため息と共に立ち上がった。
「もうあんたも寝なさいよ。片づけは終わったんでしょ? 明日の朝は手抜きでいいじゃない」
「いやあー……うん、じゃあとりあえずやりかけた分だけ──」
そう言って立ち上がったサンジ君の身体がぐらりと傾いた。
「ちょっ」
よろけたサンジ君は椅子の背に手をついた。
思わず支えようと伸びたあたしの手は宙に浮いたまま止まる。
ほっと息を吐いたそのとき、サンジ君が手をついた椅子の前足が浮かび上がった。
「わっ」
「サッ……!」
重心がずれ、椅子はスコンとサンジ君の手から離れる。
支えのなくなった彼は、そのまま不恰好にドタンと前のめりに倒れた。
「うわ、ちょっと、だいじょうぶ?」
「あぁー……だっせェ……」
「いいからほら立ちなさいよ」
まったくもう、とあたしはサンジ君の腕を取った。
彼はよろよろと上体を起こし、床に正座する。
真っ赤な顔のままサンジ君は「最悪だ」と呟いた。
「……こんな、カッコ悪ィ──」
「ごめん、ごめんなさい、本当にこんなに弱いなんて思わなかったのよ」
サンジ君は本気で落ち込んでいるようだった。
あたしはさすがに申し訳なくなって、彼の隣にしゃがみ込む。
赤くなった酔っぱらいの顔は頼りないこと極まりないのに、なぜかそのときサンジ君からは少し凶暴な気配がした。
「ねぇ、部屋まで帰れる? やっぱりゾロ呼んでこようか」
「いいよ、大丈夫」
「でも」
「いいから」
サンジ君は少しぶっきらぼうな言い方で、あたしの言葉を遮った。
しかし「大丈夫」と言いながらもまだ立つのは辛いらしく、正座から足を崩して床に座り込んだままなかなか立とうとはしなかった。
えぇ、ちょっとどうしろっていうのよ。
サンジ君は焦点の合わない目をして、ぼうっと前を見つめていた。
あたしは途端に気まずくなって立ち上がる。
「あ、あたしグラス片付けるから。立てるようなら立っ──」
パンッと肌を叩く音ともに、手首が捉えられた。
サンジ君が勢いよくあたしの手を掴んだのだ。
あたしは中腰のまま、驚いて後ろを振り返る。
「行くな」
サンジ君はあたしの顔を見上げもせず、まるであたしの手に話しかけるようにそう言った。
聞いたことのない低い声に、彼らしからぬ命令口調。
ざわっと不可解な感触が背中を上から下まで撫でさするように走った。
サンジ君の手を振り解こうと手を引くも、強い力が離さない。
ちょっと、と信じられないくらい細い声が出た。
「なに、はなして──」
「行かないで」
行かないで、ナミさん、行かないで。
何度もそう懇願したかと思うと、サンジ君が掴んでいたあたしの手を引いた。
あたしは崩れるように、またサンジ君の隣に膝をつく。
彼は両手であたしの手を掴んでいた。
なんだか急に怖くなった。
長い前髪が項垂れる彼の顔を隠して、余計に恐怖が煽られる。
「ねぇ、サンジ君しっかりしてよ……」
彼の手は熱かった。
熱のある子供くらい熱かった。
その熱い手はあたしよりも大きく、しかも両手で、逃がすまいとするかのようにあたしの片手にすがりついている。
「ナミさん──」
ふらりとサンジ君の頭が揺れた。
あっと思う間もなくするりと手が離れて、彼はドタンと横に倒れた。
「えっ、サン……!」
すう、とそれは健やかな寝息が聞こえてあたしの動きは止まる。
サンジ君はぱたりと倒れたまま眠っていた。
「……コイツ」
なぜだか急に恥ずかしくなった。
あたしを本気で困らせるだけ困らせておいて、寝落ちるとはどういうこと。
「ッ風邪引いても知らないわよ!」
あたしは捨て台詞を吐き捨てて立ち上がると、どんどんと足音高くキッチンを後にした。
サンジ君はきっと朝まであの場で寝転がっていることだろう。
あたしの知ったことか、とあたしは激しい音でキッチンの戸を閉めた。
バタンと大きく響いたが、酔っ払いばかりの船の上、これしきの音で起きる奴はいない。
バカにしないで、ふざけないでよ、女タラシのくせに、とあたしは心の中で盛大にサンジ君への悪口を繰り返し続けた。
まだ、手首に彼の温度がまとわりついていた。
あたしは一升瓶を片手に、だらしなく裸足を甲板に投げ出していた。
隣には憧れのあの人でも何でもないただのゾロが、あたしと同じく酒瓶を手にして座っている。
さっきまで互いに何かを話していたと思うのだけど、気付いたら話が途切れてふたりとも黙りこくったまま自分の手にあるお酒を飲み下し続けていた。
すっと、紺色の空に光の筋が走った。
あたしと同じ仕草で空を仰いでいるゾロもきっと目にしたはずだ。
とはいえそんなことに心動かせるメルヘンな感情などきっとこの筋肉のかたまりにはかけらもないのだろう。
流れ星になど目もくれず、またお酒を呷っている。
宴が始まった理由はなんだったっけ。
今日も特になんてことのない一日だった。
たった五人の海賊団だ。
誰かがよし宴をしようと言いだせば、すぐさま始められる。
言いだしたのはきっとルフィかウソップかその辺りだろう。
今日も何やら楽しそうにふたりで釣りをして、大物が連れたとかなんとか言ってぎゃんぎゃん騒いでいた。
そうだ、今夜の宴の発端はここだった。
ふたりが釣り上げて甲板に放り出された大魚はギラギラと銀と黄色に光る見るからに怪しげな魚で、大喜びするルフィたちをあたしは遠巻きに眺めていた。
気持ち悪ィ色! とげらげら笑うルフィはすぐさまキッチンへと飛んでいき、サンジ君を呼びに行った。
連れてこられたサンジ君は甲板に上がった大魚に目を丸めたが、すぐさまてきぱきと魚を検分した。
結果、この海域にしか生息しない比較的珍しい魚で、食べられるとのこと。
その言葉に大喜びしたルフィが、「今夜は宴だ!」と高らかに宣言したのだった。
宴だ宴だと簡単に言うけれど、ただで出来るわけじゃない。
船の上だからお金は減らないけれど、食料とお酒は普段の食事に比べてぐっと減る。
そのぶん次の寄港で買い込む分が増えるから、あたしとしてはあまりいい顔はできないのだけど。
かといって、宴で食料が減った分あたしたちが食糧難に陥るということはなかった。
お金の管理はそれこそ誰にも負けないくらいうまくやりくりしているが、食料に関しては全てサンジ君が担っている。
その彼がとても上手にやってくれているのだろうということはわかっていた。
ナミー、今夜は宴だぞ! とルフィが嬉しそうにあたしに手を振るので、あたしはハイハイと軽く流した。
サンジ君は何も言わないし、今日はこの臨時収穫もあるので食料の残りに心配はないのだろう。
あたしがわざわざ反対する理由はない。
そうして今夜の宴は始まった。
まずは準備から。
キッチンのテーブルを甲板にだして、即席でウソップが固定して。
ごろごろとラムの酒樽を転がしてきて、グラスを人数分用意する。
サンジ君の指示が飛んで、ルフィとウソップは従順に前菜を運んだ。
あたしは何をすればいい? と尋ねると、サンジ君は「甲板でオレを待ってて」といらぬ口をきいた。
日が落ちて、ゾロが長い昼寝から目を覚ましたところで元気よく乾杯。
次々と運ばれてくる魚料理。
さかなじゃだめだ肉はどこだとルフィが騒いで、お前が釣ったんだろうがとサンジ君にかかとを落とされる。
それを尻目にあたしもお酒の栓を開けた。
見たこともない魚は淡泊な味で、そのぶんサンジ君の料理の腕が生きていてどの料理もおいしかった。
涙が目の端に浮かぶほど馬鹿話に笑って、あたしがおなかいっぱいになったころルフィが、そしてウソップがつぶれた。
お酒の良し悪しもわからないこの二人は、安いラムばかりがぶがぶと飲んでは食ったり笑ったりはしゃいだりとよく動くので、いつだって身体に酔いが回るのが速い。
潰れた二人はそのまま甲板の隅に転がしておいて、あたしはさて少しいいお酒でも開けてみようかな、と立ち上がったところで、キッチンから戻って来たばかりらしいゾロに出くわした。
その手には新しい酒瓶を持っている。
いいもん持ってんじゃない、とにやりと笑うと、ゾロは険しい目をさらに険しくして嫌な顔を作ったが、何を言うでもなくお酒の栓を開けて自分のグラスに酒を注ぎ、あたしにグラスを差し出すよう顎をしゃくった。
そうして始まった酒飲みふたりの二次会は、とてもゆっくりと時間が進んだ。
甲板の地べたに直接、ゾロのようにあぐらをかいて座り込む。
少しだけ、東の海の話をした。
ゾロの故郷の村は、昔本で読んだグランドライン後半の海にある遠い遠いワノ国と言う島国に雰囲気が似ていた。
東の海のお酒は安かったね、
あんまり上等じゃあなかったがな、
こっちのお酒はラムでもそこそこするんだから、やんなっちゃう。
ラムは甘いから好きじゃねェ、
あたし一度西の海のお酒、飲んでみたい。
あぁ……たしかにあっちの酒は旨ェとか聞くな。でも売ってんだろ酒屋に。
そりゃあいいところに行けば買えるけど、船に乗せるには少しもったいないのよ。
じゃあどっかの島で飲んでこればいい、オレも行く。
西の海の酒を、なんて言ったら郷愁ぶってるみたい。故郷でもないのに、
違いねェ──
そうだ、さっきまでこんな話をしていたんだった。
なんとなく訪れた沈黙はたいした気まずさも居心地の悪さももたらさず、静かでゆっくりとした時間の流れとともにあたしたちの間に漂っていた。
あたしは少しだけ頬が温かくなる程度には酔いが回っているのだけど、横に座るゾロには全くそう言った気配もない。
あたし以上のザルなんてそうそういないんだから、こいつも化け物だ。
ルフィやウソップなんてゾロに張り合おうともなれば一瞬で潰されちゃうだろう。
サンジ君は──そう、サンジ君は?
あたしは酒瓶を床に置き、座ったまま後ろを振り返った。
船室の扉から丸く切り取られた灯りが漏れている。
キッチンで、サンジ君はずっと宴の片づけをしているのだ。
いつものことだというのに、気付いてしまうと急に申し訳ない気がしてしまった。
そういえばサンジ君が宴の最中ゆっくりと腰を落ち着けているところなど見ていない。
彼はずっとずっと立ち働きづめなのだ。
それなのにあたしたちばっかり飲んだくれて、悪いことしちゃった。
とはいえ彼に「お手伝いさせて」なんて言ってもお得意の口八丁で丸めこまれて手を出させてもらえないので、そんな事言うつもりはさらさらない。
ただ少し、しばらく様子の見ない彼のことが気になった。
あたしが立ち上がると、ゾロはあたしの方を見ることもなく「何かツマミ持って来い」と偉そうに命じた。
あたしを遣おうなんて全くいい度胸だわ、とあたしは返事もせずにどすどすとゾロから歩き去ってキッチンへと向かった。
灯りの洩れる扉を開けると、皿を洗うサンジ君が振り返った。
「ナミさん!」
ぱっと明るくなった顔は、少し照れたようにはにかんで頬がでれんとだらしなく緩む。
水を止めて手を拭いて、サンジ君はさっと咥えていた煙草を手に取るとあたしに歩み寄ってきた。
「どうかした? お腹すいた? 何か作ろうか? 酒は足りてる? マリモばっか飲んで足りてねェんじゃ、あ、特別にカクテルでも作……」
「いい、いいから。別になんでもないの」
にこにこと、しかし圧力をかけるようにあたしに問い詰めたサンジ君は、あたしの返事にキョトンと間の抜けた顔をさらした。
じゃあ何をしに来たんだ、と顔に書いてある。
それを答えようとして、まさか「アンタの様子が気になって」なんて言おうものならそれはもう鬱陶しく喜ぶのが脳裏に浮かんだので、咄嗟に口を閉ざした。
もごもごと、「ちょっと喉が渇いて、お水を」と言うようなことを口にする。
ああ、とサンジ君は納得顔でさらに相好を崩した。
「酒ばっかりじゃな、あんまり良くねェからな。ちょっと待ってて」
サンジ君はさっさとキッチンの、「彼の領域」の中に戻るとあたしのために水を汲んで持ってきてくれた。
あたしはたいして欲しくもないそれを受け取って、「ありがと」と小さく呟く。
テーブルは甲板に出ているので、五つの椅子だけが各々向かい合うと言うおかしな景色の中、あたしは何となく残っている椅子に腰かけた。
するとサンジ君は笑顔を浮かべたまま、たじろぐような戸惑うような表情で目を泳がせた。
なによ、とあたしは剣呑な声を出す。
「いやあー……いやいや」
「なんなのよ。はっきり言いなさいよ」
「んー……」
サンジ君は困ったようにもぞもぞと指先で火のついた煙草をもてあそんで言葉を濁す。
いい加減気持ち悪くなったので、「あたしのことはほっといて、さっさと仕事の続きしたら」と言い放ってぷいとそっぽを向いた。
「あ、そ、そう?」とサンジ君はまだもぞもぞしていたが、結局あたしに背を向けて、いそいそと片づけの続きを始めた。
──まったく、何してんだろうあたし。
サンジ君は積み重なる汚れ皿たちをてきぱきとスポンジで荒い水ですすぎ、反対側に積み重ねていく。
薄い緑のシャツには、肩甲骨の盛り上がりが浮いていた。
サンジ君の手が動くたびに、その隆起が現れたり沈んだりするのを、水のグラスに口をつけたまま眺めていた。
働く人の背中を、あたしはよく知っていた。
そう言う人の背中は決まって、こっちが恐ろしくなるほど薄いのだ。
「ナ……ナミさん」
サンジ君はあたしに背を向けたまま声を上げた。
ざばざばと水の音だけが雑に響いている。
「あんまり見られると、その、照れるんだけど」
そう言って振り返った顔は、笑いながらも困ったように眉が下がっていた。
みっ、と言葉の切れ端が驚きとともにあたしの口から飛び出た。
「……見てないわよアンタなんて!」
「あの、なんかオレに用事あるわけじゃ」
「ないわよ!」
だからもう行くの! と捨て台詞のように吐き捨ててあたしが立ち上がると、サンジ君は慌てて濡れた手を突き出して、あたしを押しとどめる仕草をした。
「待って、行かないで、ごめん」
「……なによ」
「ここにいてください」
サンジ君はさぁさぁとあたしを椅子に招くようにやんわりと押し戻して座らせると、満足げな顔でひとつ頷き、また皿洗いに戻っていった。
不遜な態度で椅子に座るあたしは、なんなのよ、と手の中のグラスを握った。
なんであたしはこんな、まるでコイツの姿を探しになんて来てしまったんだろう。
ほんの少し興味を表してしまうと、サンジ君はこうして鬱陶しく喜んではまとわりついてくる。
相変わらず彼のそう言う性質があたしは嫌いだった。
好きになれそうな気配もない。
一度そうはっきりと告げたつもりだったのだけど、サンジ君はそれをどう捉え違えたのか以前に増してニヨニヨと笑いながらあたしを見るようになった。
あのプチ遭難騒ぎでちょっとは見直したかな、とサンジ君に対するイメージを少し修正しようかと思ったのに、それを進んで打ち消してくれるんだからこっちも捉え方に困る。
「ねぇ」
「ハイなんでしょう」
「あたしにも何かさせて」
振り返ったサンジ君は、きゅっと水を止めると同時にぱちぱち瞬いた。
「えーと、何かって?」
「皿洗いとか、片づけとか」
「えっ、いやー、ありがとう、でもそれならちょうどいま終わったところで」
「でも今からどうせ明日の下準備とかするんでしょ。それの手伝い何かさせて」
「やー……どうしたのナミさん」
サンジ君は困り顔で後頭部に手を持っていく。
別に、とあたしはそっけなく答えた。
「ナミさんまだ飲んでたんだろ。気ィ遣ってくれなくていいからさ」
って呼びとめたのオレだけど、とサンジ君は誤魔化すように笑う。
いいから、とあたしは強引に彼の言葉を跳ね返した。
「何かあるでしょ。暇なの」
「……そう? じゃあ」
サンジ君は台所の隅にしゃがみ込んで何やらごそごそと漁ると、大きなざるに緑色の房をたくさん積んであたしの方に持って来た、
さやえんどう。
あたしの膝の上にそのざるを置き、隣の椅子にからのざるを置いた。
「これの筋、取ってくんねェ? ほら、ここぷちってして、つーって引っ張るの」
彼はあたしの目の前で、さやえんどうの房の入り口にあるすじをつーっと取って見せた。
「取ったすじはここのゴミ箱に入れて、すじ取ったえんどうはこっちのざるに入れて」
「うん」
「いやになったらやめていいからね」
「うん」
サンジ君の見本と同じように、ぷちっと先をちぎりすじを取る。
小気味よいそれらの音が気持ちいい。
「たのしい」
「ぅえっ? そ、そう?」
ナミさんたまにおかしなこと言うね、とサンジ君は苦笑しながらキッチンに戻っていった。
ぷちん、つー、ぷちん、つー、とあたしは一心不乱にさやえんどうのすじを取る。
しかしサンジ君はすぐに戻ってきて、あたしの向かいの椅子に腰かけた。
彼の隣には、ジャガイモやニンジンなど根菜が積み重なった段ボールが置かれている。
なんでそこに座るのよ、とあたしがじと目で見ると、サンジ君はでろんと笑って「オレも皮剥きする」となぜだか嬉しそうに言った。
サンジ君は腰に白いエプロンを巻いていて、彼が腰かけて開いた足の間にその布がかかっている。
彼がつるつるとじゃがいもの皮を剥き始めると、皮は上手に足の間の布の上に落ちていった。
ごつごつしたでこぼこのじゃがいもがまるでリンゴの皮剥きのようにつるつると白くなっていく様に、気付けば見とれていた。
「ナミさん今日はオレのことよく見るね」
「見てないわよ」
「今見てるじゃん」
「アンタの手を見てるのよ」
ソウデスカ、と苦笑したサンジ君はそれでもどこか嬉しそうに俯いて皮を剥いていた。
調子に乗らないでよ、と心の中で尖ったことを口にしながら、あたしも手元のさやえんどうに視線を戻した。
料理や、こういった細かい作業をしているときのサンジ君は静かだ。
確かに視線を落としながら、口元はなぜだか少し笑ったまま、そのうち鼻唄でも歌いだしそうな顔で、いつも料理をしていた。
「……本当にすきなのね」
「ん? ナミさんのこと?」
「バカちがう、料理よ」
あぁ、とサンジ君は何か言おうと口を開いたが、少し考えてから結局なにも言わずに俯いて笑った。
「突然だね、ナミさん」
「だって」
だって、と言ったもののその後に続く言葉はでなかった。
だって、なんだというつもりだったのだろう。
──だって、こんなにもしあわせそうにじゃがいもの皮を剥く人をあたしは他に知らない。
そのときおもむろにキッチンの扉が開いて、あたしとサンジ君は同時に顔を上げた。
「おいナミテメェ、つまみ持って来いって」
空の瓶を片手にしたゾロは、何もない空間をはさんで向かい合うあたしとサンジ君を捉えて、すぐさま怪訝な顔をした。
「なんでテメェまでコックみてェなことしてんだ」
「あ、忘れてた」
サンジくんがげぇ、と一瞬にして顔をしかめた。
ゾロはふいとあたしたちから顔を背けると、勝手にキッチンの奥の棚から酒瓶を物色し始めた。
「おいテメェまだ飲むつもりかよ」
「小姑みてぇなこと言ってねぇでさっさとツマミ作りやがれ」
「アァン?」
サンジ君は物騒な顔をゾロの方にひねったが、脚の上に散らばった皮があるからか立ち上がろうとはしない。
こんな夜遅くに喧嘩しないでよ、とあたしは投げやりに言葉をかけた。
「あんたひとりで飲み干さないでよね、もったいない」
「テメェが途中でいなくなったんだろうが」
「飽きちゃったんだもん。ね、あんたそれ飲むならここで開けなさいよ。サンジ君も飲めば」
ゾロは物色して選び出した酒を片手に、「オレァどこで飲もうが構わねェ」と言ってあたしたちから少し離れた椅子に腰を下ろした。
あたしは料理や片付けに追われて宴と言ってもろくに楽しめないサンジ君のことを少し考えてそう言ったのだけど、サンジ君は途端にうろたえるように目を泳がせ始めた。
「いや、ナミさん、せっかくだから外で飲んでこればいいよ。オレはまだやることもあるし」
「サンジ君が少しサボったからって怒れるような立場の奴はここにはいないわよ。たまにはいいじゃない」
あたしはさやえんどうのざるを隣の椅子に置いて立ち上がり、食器棚にグラスをふたつ取りに行った。
サンジ君はそれでもまだもごもごと言い訳めいたことを言っている。
ゾロがハッと鼻で笑った。
「下戸が無理すんな」
そう言って、ゾロはすでに酒瓶に直接口をつけている。
下から掬うようにゾロを睨んだサンジ君から、カチンと彼の癇に障った音が聞こえた気がした。
「酒の味もわからねェただのザルが偉そうな口きくんじゃねェよ」
「ちょっと、いちいち喧嘩しないでよめんどうくさい」
サンジ君にグラスを手渡すと、サンジ君は心底困った顔であたしとグラスを何度も交互に見た。
煮え切らない態度が面倒になって、あたしはサンジ君の手から包丁をもぎとった。
「ハイ、今日はもう仕事終わり。ほら早くグラス持って」
「ちょ、ナミさん危ないって」
「バカにしないでよ、包丁くらいもてるわよ」
「ナミさんもしかして酔ってんの?」
「酔ってないわよほらいいから早くグラス」
「わ、わかったから包丁こっちに渡して」
サンジ君はあたしの手から慎重に、グラスと包丁の両方を受け取った。
そして諦め顔で立ち上がると、膝の上のじゃがいもの皮をゴミ箱に捨てて包丁をキッチンに戻しに行く。
なんでそんなに飲みたくないのか理解できない、とあたしは小さく首をひねった。
ゾロがずいと酒瓶を寄越してきたので、あたしはそれを受け取り手酌する。
戻ってきたサンジ君にも同じように瓶ごと手渡すと、サンジ君はなにも言わず自分のグラスに酒を注いだ。
あんなに嫌がっていたからどうせちょっとしか飲まないんじゃないかと思っていたのだが、思いのほか彼はグラスにたっぷり酒を注いだ。
じゃあまあとりあえず、とあたしたちは乾杯する。
ふたつのグラスの縁と、ゾロの元に戻ってきた酒瓶の底がカツンとぶつかった。
「あ、これちょっとおいしいわね」
「ローグタウンで買っておいたヤツだな」
少し辛めだが、後味の爽やかなあたし好みの味だった。
サンジ君は舌の上で酒を転がしているのか、もごもごしている。
ワインじゃないんだから、とあたしは彼の口元を眺めた。
「おいコック、ツマミ」
「あーあー、うるせぇマリモだな、ちょっと待ってろ」
「ちょっとゾロ、サンジ君も飲んでるんだからいいじゃない」
「いいよナミさん、あるもの出すから」
そう言ってサンジ君が持ってきたのはピスタチオだった。
あら珍しいもの、と喜んだあたしに反して、ゾロは嫌そうに顔をしかめた。
どうせ殻を向くのが面倒なんだろう。
もしかしてこれはサンジ君のゾロに対する地味な嫌がらせなのだろうか、と思わないでもない。
あたしたちはぱきぱきと膝の上でピスタチオの殻を向きながらちんたらとお酒を飲んだ。
あたしが何か言えばサンジ君がそれに反応して、ゾロが喧嘩を売るのでまた二人の間で収拾のつかない小さな応酬が始まる。
そんなことを繰り返すのは、けして嫌な時間ではなかった。
ただ、異変に気付いたのは飲み始めて30分も経たない、二杯目を空にしようとしているころだった。
「……サンジ君、お酒本当に弱いの?」
「……いや、ナミさんやクソマリモに比べりゃアレだが、それほど」
「でも顔真っ赤よ」
サンジ君はぼうっと赤くなった目をあたしに向けて、いやいやだいじょうぶ、と口にした。
それと同時に軽く手を振ったのだが、その仕草がどう見ても酔っぱらいのそれだ。
「だから飲むの嫌がったのね」
そういえばゾロはすでに知っているように、サンジ君のことを下戸だとかなんとか言っていたっけ。
ゾロは相変わらず豪快に喉を鳴らして瓶を傾け、最後の一滴まで飲み干した。
顔色一つ変わらない。
あーあもったいない、とあたしがこぼすとゾロはフンと鼻を鳴らした。
「テメェも飲んだだろうが」
「あんたがひとりで半分以上飲んじゃったでしょ」
「どうせそいつももう飲めねェだろ。オレァもう寝る」
「ちょっと、サンジ君連れてってよ」
「いやナミさんオレは」
「知るか、コックに飲ませたのはテメェだろ」
ゾロは無愛想に立ち上がると、大きな欠伸をしながら食堂を出ていってしまった。
「ちょっとぉ……」
こんな酔っ払い残していかないでよ、と言うあたしの心の声は聞こえたはずなのに、アイツ。
あたしは姿の消えたゾロに舌を打った。
「ナミさん、マジでオレ別に大丈夫だよ」
「ホントに? そんな顔で言われても全然説得力ない」
「え、そんなひどい顔してる?」
サンジ君は自分の頬に片手を当てて小首をかしげた。
その仕草が既に酔ってるんだっての、とあたしはため息と共に立ち上がった。
「もうあんたも寝なさいよ。片づけは終わったんでしょ? 明日の朝は手抜きでいいじゃない」
「いやあー……うん、じゃあとりあえずやりかけた分だけ──」
そう言って立ち上がったサンジ君の身体がぐらりと傾いた。
「ちょっ」
よろけたサンジ君は椅子の背に手をついた。
思わず支えようと伸びたあたしの手は宙に浮いたまま止まる。
ほっと息を吐いたそのとき、サンジ君が手をついた椅子の前足が浮かび上がった。
「わっ」
「サッ……!」
重心がずれ、椅子はスコンとサンジ君の手から離れる。
支えのなくなった彼は、そのまま不恰好にドタンと前のめりに倒れた。
「うわ、ちょっと、だいじょうぶ?」
「あぁー……だっせェ……」
「いいからほら立ちなさいよ」
まったくもう、とあたしはサンジ君の腕を取った。
彼はよろよろと上体を起こし、床に正座する。
真っ赤な顔のままサンジ君は「最悪だ」と呟いた。
「……こんな、カッコ悪ィ──」
「ごめん、ごめんなさい、本当にこんなに弱いなんて思わなかったのよ」
サンジ君は本気で落ち込んでいるようだった。
あたしはさすがに申し訳なくなって、彼の隣にしゃがみ込む。
赤くなった酔っぱらいの顔は頼りないこと極まりないのに、なぜかそのときサンジ君からは少し凶暴な気配がした。
「ねぇ、部屋まで帰れる? やっぱりゾロ呼んでこようか」
「いいよ、大丈夫」
「でも」
「いいから」
サンジ君は少しぶっきらぼうな言い方で、あたしの言葉を遮った。
しかし「大丈夫」と言いながらもまだ立つのは辛いらしく、正座から足を崩して床に座り込んだままなかなか立とうとはしなかった。
えぇ、ちょっとどうしろっていうのよ。
サンジ君は焦点の合わない目をして、ぼうっと前を見つめていた。
あたしは途端に気まずくなって立ち上がる。
「あ、あたしグラス片付けるから。立てるようなら立っ──」
パンッと肌を叩く音ともに、手首が捉えられた。
サンジ君が勢いよくあたしの手を掴んだのだ。
あたしは中腰のまま、驚いて後ろを振り返る。
「行くな」
サンジ君はあたしの顔を見上げもせず、まるであたしの手に話しかけるようにそう言った。
聞いたことのない低い声に、彼らしからぬ命令口調。
ざわっと不可解な感触が背中を上から下まで撫でさするように走った。
サンジ君の手を振り解こうと手を引くも、強い力が離さない。
ちょっと、と信じられないくらい細い声が出た。
「なに、はなして──」
「行かないで」
行かないで、ナミさん、行かないで。
何度もそう懇願したかと思うと、サンジ君が掴んでいたあたしの手を引いた。
あたしは崩れるように、またサンジ君の隣に膝をつく。
彼は両手であたしの手を掴んでいた。
なんだか急に怖くなった。
長い前髪が項垂れる彼の顔を隠して、余計に恐怖が煽られる。
「ねぇ、サンジ君しっかりしてよ……」
彼の手は熱かった。
熱のある子供くらい熱かった。
その熱い手はあたしよりも大きく、しかも両手で、逃がすまいとするかのようにあたしの片手にすがりついている。
「ナミさん──」
ふらりとサンジ君の頭が揺れた。
あっと思う間もなくするりと手が離れて、彼はドタンと横に倒れた。
「えっ、サン……!」
すう、とそれは健やかな寝息が聞こえてあたしの動きは止まる。
サンジ君はぱたりと倒れたまま眠っていた。
「……コイツ」
なぜだか急に恥ずかしくなった。
あたしを本気で困らせるだけ困らせておいて、寝落ちるとはどういうこと。
「ッ風邪引いても知らないわよ!」
あたしは捨て台詞を吐き捨てて立ち上がると、どんどんと足音高くキッチンを後にした。
サンジ君はきっと朝まであの場で寝転がっていることだろう。
あたしの知ったことか、とあたしは激しい音でキッチンの戸を閉めた。
バタンと大きく響いたが、酔っ払いばかりの船の上、これしきの音で起きる奴はいない。
バカにしないで、ふざけないでよ、女タラシのくせに、とあたしは心の中で盛大にサンジ君への悪口を繰り返し続けた。
まだ、手首に彼の温度がまとわりついていた。
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