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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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お出かけ用のワンピースにそでを通し、カーディガンを羽織る。
さらにその上から厚手のコートを着てあたしは部屋を出た。
今日の見張りはウソップだ。ルフィはさっさと探索に出ていていない。
チョッパーももう出かけているし、ゾロは朝食後の一眠り。
甲板ではロビンが待っていた。
 
 
「おめかししてくれたの?」
「そ、あたしたちの初デートよ」
 
 
じゃれるようにロビンの腕に腕を回す。
彼女の身体が揺れたので、笑ったのだと分かった。
レディたちおでかけかい、と上方から声がかかった。
顔を上げると、キッチンから出てきたサンジ君が上からあたしたちを眺めている。
 
 
「えぇ、コックさんあなたは?」
「オレもそのうち出かけるよ。気を付けて、楽しんできな」
「ありがとう」
 
 
ロビンがふわっと微笑むと、サンジ君もデレデレ笑って手を振った。
いってきまーす! と大きな声を上げて、あたしは船を降りた。
 
大通りへと向かう道を歩きながら、ロビンはここにあなたが好きそうな服屋さんが、とかこっちのお店は安かったわ、と昨日一人で収集してきた情報を披露してくれた。
うん、うん、とひとつずつ頷いて、あたしたちはいろんな店を何度も出たり入ったりした。
「全然ダメ、話にならないわ!」「まったくだわ」とふたりでぷりぷりしながら店を出ることもあれば、「あたしまでたくさん買っちゃった、ね、帰りにもう一度寄ってもいい?」「えぇそうしましょう」とにこやかに話しながら出ることもあった。
気付けばあたしの手にも、ロビンの手にも数個の紙袋がぶらさがっていた。
 
一度お昼ご飯を挟んで、あたしたちはまた明るい喧騒の街並みへと舞い戻る。
あたしはこっそり決めていた通り、ロビンの日用品をこれでもかと言うほど見立てた。
大きな鏡台もひとつ買う。
「こんな立派なもの」と言うロビンを「あたしも一緒に使うし、どうせ大きな新しいのが欲しかったからいいじゃない」と押し切った。
ひとつの雑貨屋で、絶対に二人では運びきれない量の雑貨類を買い込んだ。
ロビンの顔は苦笑いだ。
 
 
「ねぇ航海士さん、いい買い物ができたのは本当にいいんだけど、これじゃあ荷物運びが大変よ」
「心配いらないって」
「あら、あなたもしかして私の能力任せにする気?」
 
 
しなやかなロビンの分身が、咎めるように彼女の肩からこっそり生えてあたしを指差した。
笑ってその指先を軽くはじく。
 
 
「ちがうって、そのうちわかるわよ。さ、とりあえず店を出ましょ」
 
 
店の主人がひぃひぃ言いながらも出口まで荷物を運んでくれた。
 
 
「どうする気?」
「あと10分……少し休憩ね。あ、ロビンあれ食べない?」
 
 
通りの向こうには、ソフトクリームを売るファンシーな屋台が出ていた。
彼女の返事を聞かずに、買ってくるから待っててと荷物とロビンを残してさっさと屋台に向かって歩き出す。
ソフトクリームを二つ手にして戻ると、ロビンはぽかんとあたしを見て待っていた。
その表情と彼女が醸す凛とした雰囲気は、かなり不似合だ。
 
 
「なぁに? 変な顔しちゃって」
「いいえ、あなたもし男でも上手くやっていけたでしょうね」
「なによ、あたしとのデートが良すぎた?」
「えぇ、すばらしいエスコートでした」
 
 
ふふんと笑って、店先でソフトクリームを舐めた。
 
そしてコーンの最後のひとかけを口に放り込んだそのとき、あたしはお目当ての姿を見つけた。
 
 
「おーいゾロ! こっちこっち!」
 
 
手を振ると、緑頭のその男は険しい顔のままムスッと片手を上げて応えた。
ロビンが隣で首をひねる。
 
 
「剣士さん? どうして」
「ゾロの仕事よ。『荷物持ち』。ウソップに手ごろなお店を聞いて、この前でちょうど落ち合うように取り付けてあったのよね」
 
 
ゾロはあたしたちに歩み寄ると、足元に置いてある大量の荷物を見下ろしてますます顔をしかめた。
わかってたことでしょう、とあたしはあくまでからから笑う。
 
 
「ちゃんとチョッパーに案内してもらった?」
「おう」
「船医さんは?」
「まだ見るものがあるって本屋に戻った。あークソ、こんなのクソコックのやることだろうが……」
「文句言わない、自分のくじ運を恨みなさい。さ、持った持った」
 
 
ゾロはぶつぶつ言いつつも、素直に大量の紙袋を両腕に通し、両手で鏡台が入った大きな箱を持ち上げた。
 
 
「さー帰るわよ!」
「手ぶらのお前が張り切んじゃねェ! クソ、そういや今回は二人分か」
「そうよ、これからはずっと二人分なんだから、覚悟してよね」
「ちったぁ自分で運ぶっつー考えはねェのか!」
 
 
ぎゃーぎゃー噛みつくゾロを放って、さっさとロビンの腕を取った。
 
 
「いいの? すごい大荷物よ」
「へいきよ、腹に穴あいてたって1トンのダンベル持ち上げるような奴なんだから」
 
 
ロビンは数回気遣わしげに後ろを振り返ったが、結局あたしと並んで歩きだした。
曇った冬空に微かに夕日が滲む、寒い夕暮れ時だ。 
 
メリーが停泊する入り江へと曲がる角で、ちょうど反対からやって来た男があたしたちに気付いておっと顔を上げた。
あたしたちを見てへらっと顔を緩めて、後ろで紙袋をガサガサ言わせて歩く男を目に留めるとばかにしたような顔でふふんと笑う。
サンジ君はコートのポケットに手を突っ込んだまま、「おかえりレディたち」と白い息を吐いた。
3人並んで船へと向かう。
その後ろをどしどしとゾロがついてくる。
 
 
「サンジ君も、どこ行ってたの? そっちは中心街じゃないでしょ」
「もちろん、ナミさんとの賭けに勝ちに行ってるのさ」
 
 
いったい何を、とあたしは怪訝な顔をさらした。
サンジ君は余裕綽々と言った得意げな顔で煙草を取り出す。
不意に、隣を歩いていたロビンの歩みが遅くなっていることに気付いた。
振り返ると、彼女は後ろを歩くゾロを待っているように見える。
足を止めたあたしとサンジ君は、同時に首をひねった。
 
 
「どうしたんだろ、ロビン」
「さあ……」
 
 
まぁいいか、と再び歩き出す。
ちらりと後ろを振り返ると、ロビンはゾロに何か話しかけていた。
ゾロが顔をしかめて首を振っているところを見ると、荷物運びの手伝いでも申し出たんだろうか。
いまさら、なんでだろう。
 
アッ、とサンジ君が短く声を上げた。
 
 
「もしかしてロビンちゃんオレたちに気を遣ってくれたのかな~、いやぁ悪ィなぁ~」
「は? なんでそんなこと」
「さっすがロビンちゃん、オレとナミさんがあんまりお似合いだから。とはいえあのクソマリモと並んで歩かせるのは申し訳ねェけど」
「……ほんっと、しあわせな思考回路ね」
 
 
悪態をついても、サンジ君は変わらず嬉しそうにニヤニヤしていた。
あとでロビンのヤツ、問い詰めてやる。
 
 
「それで? いったい何しに行ってたのよ」
「もちろん、食費を稼ぎに行ってたのさ」
「だからどうやってよ。あの千ベリー、昨日のアップルパイで使っちゃったんでしょ?」
 
 
たとえあのパイひとつを売ったとしても、せいぜい千ベリーが色を付けて戻ってくる程度にしかならない。
そうだな、とサンジ君は呟いた。
 
 
「じゃあ明日、オレと一緒に来ねェ? 種明かしするよ」
 
 
自信ありげな彼を見上げて、あたしはむくむくと対抗心を湧き上がらせる。
見てやろうじゃないの。
 
 
「いいわ。連れてって」
 
 
よし決まり、とサンジ君は笑ってタラップに足を掛けた。
船の中は相変わらず、お腹を空かせてコックの帰りを待ちわびる我らが船長の悲痛な嘆きで満ちていた。
 
 
 

 
 
夕食後の団欒も入浴も終えたあたしは、予定通りロビンを問い詰めた。
まさかあんた、変な気遣ったんじゃないでしょうね、と。
買ったばかりの鏡台の前で髪を乾かしていたロビンは、表情も変えずに「えぇそうよ」と言い放った。
さらりと言われて、一瞬言葉に詰まる。
なんでそんなこと、と苦い顔をした。
 
 
「気を遣われるのがいやなの? 別にあなたに気を遣ったわけじゃなくて、私はコックさんに気を遣ったのよ」
「そういう屁理屈はいいのーっ!」
 
 
もう、と憤慨するあたしをちらりと横目で見て、ロビンはまた鏡に視線を戻した。
黒く艶を放つ髪から覗く彼女の横顔を見て、アッと声を上げる。
 
 
「あんた面白がってるでしょ!」
「いいえ、いいえ……ふふっ」
「笑うなーっ! もう、信じらんない! あんたもアイツも!」
 
 
勝手に人をネタにして! と怒りを込めて頬に化粧水を叩きこんだ。
ロビンはまだ笑いの余韻が残る声で、「それは違うんじゃ」と言う。
 
 
「少なくともコックさんは真剣でしょうよ」
「……知らないわ」
「ねぇ、何を賭けてるの?」
 
 
あたしは重たい口で、賭けの内容を説明した。
ロビンは表情を変えずに「あら」と呟く。
 
 
「それはそれは、コックさんも大きく出たわねぇ」
「でしょ、できるわけがないわ」
「でもあっちから言いだしたのでしょう、きっと何か手があるのよ」
「その手とやらを、明日種明かししてくれるんだって……もう」
 
 
どう思う? と思わず気弱な声で訊いていた。
 
 
「ほんとにあいつ、食費稼げるつもりでいるのかしら」
「さぁ、どういうアテがあるのか見当もつかないけど……彼ならやってしまいそうね」
 
 
ロビンにそう言われると、ぐっと現実味が増した気がしてしまう。
それを振り払うように、あたしはぶるりと首を振った。
 
 
「絶対負けない!」
「でもあなたが直接どうこうできるものではないじゃない」
「理屈言わないでよね!」
「もう、じゃあどう言えというの」
 
 
眉を下げながらもおかしそうに笑うロビンと、結局眠りにつくまであてどなくそんな話を続けた。
 
 
 

 
 
翌日は少し晴れた。
相変わらず空気は冷たいが、日の光が見えるだけで少し暖かい気になれる。
今日の見張りはルフィだ。
チョッパーは相変わらず懸命に医療施設巡りを続けていて、日がな船にいない。
今日こそと意気込んでブリキ屋に出向くウソップを、ルフィが羨ましそうに船の上から見送った。
ゾロは相変わらず二度寝の真っ最中だが、今日は手入れを頼んだ刀を取りに行くはずだ。
ロビンはどうするの? と尋ねると、少し部屋を整理したいからとりあえずは船にいると答えた。
昨日買い込んだ大量の品物は、まだ梱包を解いていないものもあるのだ。
 
やる気なくだらりと欄干にもたれたルフィが、すがるように声を上げた。
 
 
「なーサンジィ、お前出てっちまうのかぁ、おれの昼飯どうすんだよー」
「ちゃんと作ってあるよクソザル。キッチンに置いてあるから勝手に食え! おやつは冷蔵庫ん中だ。ロビンちゃんの分もあるんだから先に全部食っちまうんじゃねぇぞ!」
「へいへーい」
 
 
ぷらぷらと手を振るルフィと、にこやかなロビンに見送られてあたしとサンジ君は船を降りた。
 
 
「雲も晴れたしナミさんとのデート日和でなによりだ」
「なに日和ですって? 勘違いも甚だしいわ!」
「いいの、オレの心の中だけ……」
 
 
サンジ君は何かを閉じ込めるように胸に手を当てて、ひとつ息をした。
ばかじゃないの、とあたしは目一杯冷たく彼を見る。
よし行こうと彼は歩き出した。
昨日彼が歩いてきた、中心街とは反対の方向へと歩を進めていく。
 
 
「行き先くらい教えてよ」
「そうだな……一応、病院、かな」
「病院?」
 
 
病院でいったい何を、とあたしは目を白黒させた。
あまりに予想外の場所だ。
しかし彼は含み笑いで答えない。
着いてからのお楽しみ、だそうだ。
 
何度も、病院に何の用なの、そこでまさか日雇いでもしてるの、といろいろ訊き出そうとしたのだが、結局のらりくらりとかわされる。
手をつなぐつながないだとか、二人並ぶと恋人同士のようだとか、いちいち余計なことを言うサンジ君に呆れ果てて言葉を失いかけた頃、ようやく目的の病院に着いた。
 
彼がここだと言った建物のほかに、その一帯は大きな石造りの建物が林立していた。
このすべてが、病院かまたは研究施設なのだそうだ。
チョッパーはきっと、この建物のどれかに今もいるのだろう。
堅苦しく重圧的なその雰囲気に、ごくりと生唾を飲んだ。
緊張しなくてもいいよナミさん、と見透かされたのが悔しかった。
 
サンジ君に続いて一つの建物の中に入る。
建物の中は病院らしい殺風景な色合いで、静謐な雰囲気が漂っている。
死を連想させるほど重くはないが、やっぱり明るい場所ではない。
だが、彼の跡についていくにつれて次第にその色合いが変わってきた。
 
まず床の色が鮮やかな緑になる。
壁に色とりどりの模様が描かれた壁紙が貼られている。
落ち着きなくきょろきょろと辺りを見渡した。
彼は慣れた足取りですいすいと進み、一つの部屋の前で立ち止まる。
丁寧に、扉をノックした。
 
途端に、わっと弾けるような明るい声が中から響いた。
思わずびくっと身をすくませる。
サンジ君は笑いながら、少しだけ得意げな顔で、ドアを開けた。
 
 
「おにーちゃん!」
「まゆげのおにーちゃんおはよう!」
「ねぇ、今日のおやつは!?」
「今日はなにつくってくれるの!?」
 
 
植物の種が弾けるように一斉に現れたのは、一様に小さな顔だった。
それもたくさん。
「おーおー、うるせぇ」と乱暴に答えるサンジ君の顔は笑っている。
あたしは入り口に立ち尽くしたまま、ぽかんと口を開けていた。
彼の周りにまとわりつく子供の一人があたしに目を留めて、こちらに指を指しながら彼に尋ねた。
 
 
「あの人はだあれ?」
「ん? オレの大切なハニー」
 
 
キャアア、と数人の子供──きっと女の子──から、黄色い歓声が上がった。
唖然としていたあたしは否定するのも忘れて、ちょっと、とサンジ君に歩み寄る。
 
 
「どういうことよ、まったく意味わかんないんだけど」
「まぁ待って、そのうちわかるから……あ」
 
 
あたしたちが入ったその部屋の奥にあるもう一つの扉から、初老の女性が現れた。
白衣を着た姿からすると、医者かもしれない。
どうも、とサンジ君が小さく頭を下げる。
女性も穏やかな性格を思わせる静かな笑みを浮かべて、サンジ君より深く頭を下げた。
 
 
子どもたちの間を通り抜けて案内された部屋は、小さなキッチンとダイニングのようになっていた。
しかし子供たちの空間とちがって、普通の病院の事務室のように殺風景だ。
 
 
「おはようございます、今日もよろしくお願いしますね。もう少ししたら他の人も来るでしょうから……あの、こちらの方は」
「あぁ、オレの大事な仲間のひとり。彼女は料理できるわけじゃねェんだけど、ちょっとわけありで今日は一緒に」
「そう。初めまして、この病院で小児科医を担当しています」
 
 
手を差し出されて、慌ててそれに応えた。
こんにちは、と小さく言う。
 
 
「じゃあオレ、さっそく準備始めてもいい? もう人も来るんだろ?」
「えぇ、お願いします。あのあなたはどうぞこちらに」
 
 
勧められるがままにあたしはおずおずと席に着いた。
サンジ君は小さなキッチンへ向かうと、慣れた仕草で調理器具を準備し始めた。
私はてっきり女性も一緒に何かをするのかと思ったが、彼女があたしの向かいに腰を下ろしたので思いっきり驚いた顔をしてしまった。
女性は苦笑して言った。
 
 
「私はだめなの、料理は全然」
「あ、あの、彼は何するの?」
 
 
女性がぱちぱちと目を瞬いたので、あたしは慌てて付け加える。
 
 
「あたし、なんにも聞いてないまま連れてこられたの」
「あら、そう……えぇとね、ここは小児科で、あの、あっちの部屋にいる子供たちはみんな入院患者です」
 
 
女性が動かした視線を辿って、あたしも顔を向ける。
今いる部屋と子供たちの部屋の間の壁はガラス張りになっており、向こうの様子がよく見えた。
明るい壁紙の、絨毯の敷かれた部屋の中で子供たちが好き好きに遊んでいる。
せいぜい9,10歳が最年長だろうか。
小さな子だとまだ4歳くらいに見える子もいる。
そして、どの子も一様に細かった。
肌の色は極端に白いか、黄色くくすんでいるかのどちらかだ。
数人の頭はすっぽりと帽子で覆われていて、その縁から頭皮の地肌が覗いている子もいた。
 
 
「この子たちはまだ元気な方……遊ぶ力があるから。寝たきりの子もまた別の部屋にいるの」
 
 
あたしは返す言葉がわからずに、彼女の声に耳を傾けたまま子供たちを見ていた。
とても健康的には見えない彼らは、それでも誰もが楽しそうにはしゃいでいた。
明るい命がぱちぱち弾ける心地よい音が聞こえる。
 
 
「二日前、突然彼が、サンジさんが来てね。アップルパイを持ってたの。唐突に、これを子供たちにやってほしいってね」
 
 
船で彼が作っていたあのアップルパイだ。
あたしは目で先を促した。
 
 
「驚いたけど、とりあえず断ったわ。見ず知らずの人から突然手作りの食べ物を受け取るなんて、ましてやそれを子供たちにだすなんてできるわけないじゃない? でも彼があんまりにも子供たちにって頼むのよ」
 
 
彼女が言葉を切ったところで、部屋の扉が開いた。
数人の同じく白衣姿の中年女性がわらわらと入って来た。
 
 
「ごめんなさい、遅れちゃって!」
「彼がもう準備始めてるわ」
「はいはい」
 
 
彼女たちは軽く腰を上げた女性が示す通り、サンジ君のもとへと歩いて行った。
サンジ君は彼女たちと軽い挨拶を交わすと、どうやら指示を飛ばし始める。
その様子は、まるで料理教室だ。
あたしはその様子を呆然と見ていた。
つづけてもいいかしら、と女性があたしの顔を覗き込む。
ハッとして、どうぞと言った。
 
 
「でもね、たとえどんなものであれ、私は子供たちにアップルパイなんてあげられないのよ。アップルパイじゃなくても、ケーキも、クッキーも、チョコレートもダメかもしれない」
「……どうして」
「普通の小児科はね、本当はこことは別にあるの。もっと大きな総合病院の中に入ってる。ここはね、アレルギー症状がひどくて普通の子たちと同じ食生活を送れない子たち専門の小児科。私もアレルギー症専門の医者なの」
 
 
あたしはまじまじと目の前の彼女を見つめ、そしてこくりとひとつ唾を飲み込む。
なんとなく話の筋が繋がり始め、サンジ君の言う謎の答えが形を成し始めてきた。
 
 
「研究もかねて、彼らはここで厳密に管理された食事をしながら、治療をしてるの」
「治療って……アレルギーの?」
「いいえ彼らそれぞれの病気の治療よ」
 
 
あたしは無意識にガラス窓に目をやっていた。
絵本を読むあの子も、追いかけっこをするあの子とあの子も、口にするものに最善の注意を払いながら病気と闘っているのだ。
タブーの食べ物ひとつを口にするだけで昏倒するかもしれないという危険と、じわじわ脅かす病魔との両方に立ち向かう子どもたち。
それは言葉にできないほど、苛酷だ。苛酷だということしかわからない。
 
 
「それでサンジ君は……」
「そう、彼が言うにはね、そのアップルパイ、一切卵も小麦粉もバターも、砂糖さえも使ってないんだって。いったいなにで出来てるのかって訊いたら、大豆と水と米粉、あとはちみつですって。あんまり強く推すものだから、とりあえず私が試食をすることにしてね、いただいたの」
 
 
おいしかったのね、とあたしは呟いた。
女性は少し目を伏せて、照れるように「そうなの」と言った。
 
 
「本当は子供たちに食べさせるものは全て、病院側が検査を通したものだけなんですけどね、私は医者として最低ね。私が食べておいしいと思っただけで、子供たちにどうしてもあげたくなったの。もちろん研究科の人に本当にその材料で作られてるのか調べてもらってからね。それで子供たちにほんの少し、一切れずつだしたのだけど……もう大反響で大変」
 
 
そうだろう。
きっと甘いものなど久しく食べたことのない子だっていたはずだ。
そして何よりサンジ君の料理は格別なんだから。
 
 
「おいしい、これどうしたの、どうして私たちも食べていいのって子供たちが訊くからね、あのお兄さんが作ってくれたのよって教えたら、もうあれよあれよと大人気。もっと作ってもっと作ってって。そしたら彼が、材料をこっちで準備するならこれから一週間作りに来る、レシピも教える。その代わり無償ではできないから、雇う形にしてくれと」
 
 
キャアとおばさま方の黄色い歓声が上がり、あたしと女性は同時に視線を動かした。
その輪の中心で、サンジ君が何やら軽口をたたきながら楽しそうに生地を型に詰めている。
 
 
「…子どもたちのあんな顔見ちゃ、こちらからもお願いしますって言うしかありませんよねえ。それで、保護者達も子供たちの喜びようにあっさりオーケーで、病院側の許可も取って。ここの栄養士さんたちに彼のレシピを伝授してもらおうと声を掛けたらね、ほら、彼のルックスのせいもあって、釣れる釣れる」
 
 
女性は冗談交じりにそう言って、くすりと笑った。
なるほどね、と相槌を打って、再び彼に視線を転じる。
サンジ君とその周りのおばさま方がオーブンに入れようとしているあのマフィンも、大豆か何かで出来ているのだろうか。
 
はたと、サンジ君があたしの視線に気付いて顔を上げた。
にっこり笑ってウインクが飛んでくる。
おばさま方がちらちらとあたしを気にし始めた。
誰かが問うたのか、サンジ君が何か答える。
途端、ギッときつい視線が一斉にあたしに突き刺さった。
あからさますぎやしないか。
 
ちょっとやめてよね、勝手に人の敵増やすのは、と彼を睨んだが、サンジ君はへらりと笑っただけであたしの言い分には気が付かなかった。
女性が苦笑する。
 
 
「こういうこと。……あらやだ、私あなたにお茶も出さず。ちょっと待ってて」
 
 
女性は慌てた顔をして、それでもゆっくりとした仕草で席を立った。
 
ふと、小さな視線があたしを見上げていることに気付いた。
視線の出所を追うようにガラス窓に目を移す。
ガラスにへばりついた小さな少女が一人、こちらを見ていた。
目が合うと、恥ずかしそうに顔を伏せる。
その仕草が愛らしくて、あたしは小さく笑った。
 
こっそり、太腿に仕込んだ天候棒に手を伸ばした。
三つの棒のうち二本を取り外すと、少女は好奇心を顔いっぱいに浮かべてあたしの手元を凝視した。
よしよし、と二本の天候棒を交互に片手でくるりくるりと回転させる。
ただそれだけのことに、少女は目を輝かせた。
冷たい空気と温かい空気がぶつかって、ポンと灰色の雲が発生した。
かろうじて水分を含んだだけの薄い雲だ。
この部屋は乾燥していて、あまり丈夫な雲ができない。
少女は霧のような白い靄を、不思議そうに眺めていた。
 
ぽつぽつと、薄い雲から雨が落ちる。
ジョウロの水程度の雨だ。
たった十秒ほど降ると、雲はかすむように消えた。
その代わり、少女の目がこれでもかと言うほど見開かれ、茶色い瞳は潤みながら輝いて、窓に小さな額と手のひらがぺったりとくっついた。
 
あたしの足元には、バームクーヘンの切れ端ほどの虹がかかっていた。
 
少女を口を半開きにして見入っていたかと思うと、ヒャアと声を上げたような仕草をして、おもむろに振り返ると大きく飛び跳ねながらブンブン手を振って、他の子供たちを呼んだ。
おや、と思う間にわらわらと子供たちが集まり始め、ガラス窓に張り付いた小さな顔が足元に浮かぶ微かな虹に目をキラキラさせる。
 
 
「あらあらなあに、あなたたち急に」
 
 
お盆にお茶を乗せて戻ってきた女性が、ガラスの向こうを見て目を丸くした。
彼女の身体で窓からの光が遮られたため、虹はさっと掻き消える。
子どもたちがそろって落胆の表情になったことに、思わず声を上げて笑った。
 
 
 

 
焼きあがったマフィンを子供たちと一緒に食べた。
いつも小麦の焼き菓子を食べていると、やっぱり豆で出来たそれは少し水っぽくて味も薄い。
しかし舌触りのきめ細やかさや繊細な甘みは、やはりサンジ君が作ったものだ。
そして、十二分においしい。
子どもたちは一心不乱に食べていた。
小児科医の女性は、「食事をあまり食べない子までぱくぱくと……」といまだ信じられないと言った顔をしている。
 
サンジ君は子供たちにマフィンを振舞うと、またおばさま方と奥に引っ込んでレクチャーを開始したようだ。
彼が伝授したレシピを使えば、いつもの食事だって子供たちの喜ぶものに変わるかもしれない。
大成功のビジネスだ。
これに付加価値で子供たちの笑顔がついてくるとすれば、その報酬としては十分だろう。
 
──サンジ君はこの島に着く前から、こんなことを計画していたのだろうか。
最後の日、たった一日あたしを思い通りにするために?
 
楽しんでいるようにしか見えない彼をガラス越しに目で追って、あたしは胸の中にたくさんの不審を募らせた。
 
 
「おねえちゃん」
 
 
もじもじと、ひとりの子供があたしの背後から声をかけてきた。
さっき一番最初にガラスに張り付いていた少女だ。
 
 
「なあに?」
「さっきの……ちっちゃい虹、もう一度見たい」
「コレ?」
 
 
あたしがスカートの裾からちらりと青色の棒を覗かせると、少女は勢い良く頷いた。
 
 
「どうやってやったの?」
「うん?そうね……」
 
 
あたしはタクトに手を伸ばしたが、触れることなくスカートを直した。
にっと目を細めて笑う。
 
 
「魔法」
「えー!?」
 
 
うそだぁ、と少女は明るく声を上げた。
 
 
「本当よぉ、今は疲れちゃってもうできないもの」
「えっ」
 
 
少女は茶色い瞳を揺らして、あたしの目の前にずいと食べかけのマフィンを差し出した。
 
 
「わたしのあげるから元気だして、もういっかい魔法して?」
 
 
少女の目は息を呑むほど真剣で、あたしは言葉に詰まった。
大勢の子供が縦横無尽に走り回るこの部屋では、気圧をいじるのは難しい。
大きな雨雲を作っていいのならともかく、部屋の中で大雨を降らすわけにもいかない。
ゆっくり首を振った。
 
 
「──ごめんね、今度絶対見せてあげるから。これはあんたが食べなさい」
「ぜったい、ぜったいね」
「うん、絶対ね」
 
 
少女は小枝のような小指をあたしの指に絡めた。
あたしは細いそれをきゅっと握り返す。
 
 
「──約束ね」
 
 
少女は零れるような笑みを見せた。
 
 
 
あしたもきてね、ぜったい、ぜったいだからね、と何度も念押しする子供たちに手を振って、あたしとサンジ君は病院を出た。
結局あたしは一日子供たちに掴まっており、サンジ君も料理教室で忙しくしていた。
散々つつきまわされて疲れたはずなのに、まだ胸が騒がしい。
その騒がしさはけしていやなものではなく、中からほくほくと温かいものを抱いている気分になった。
まだ耳の奥で子供たちの甲高いざわめきがこだましている。
 
 
「おどろいたろ」
 
 
サンジ君は気持ちよさげに煙草の煙を吸い込んで、橙色の空に吐き出した。
 
 
「おどろいた、おどろいたわよそりゃ……あんたああいう病院があるなんて、なんで知ってたの?」
「いやー、ナミさんが医療の発達した島だっつーからチョッパーがあの夜張り切って調べててよ。夜まで興奮してやがるから声かけたら勢いよく説明されて、その中にあそこのことがちらっと」
 
 
煙草吸ってらんねぇってのがな、ちょいとキツイな、とサンジ君はここぞとばかりに紫煙を吹き出している。
 
 
「あんまり行って楽しい場所じゃねぇだろ」
「……そうね」
 
 
細すぎる身体は痛々しかった。
大事に大事におやつを食べる姿は、制限されるいつもの食事を連想させた。
 
「そうね」ともう一度呟く。
波の音が近づいてきた。
 
 
「オレは例の如く明日も行くけど、ナミさんどうする」
「明日……明日ロビンと買い物の続きがあるの。でもそのあとで行くわ」
 
 
サンジ君は少しだけ逡巡したように口ごもったが、結局なにも言わないまま船についた。
帰りを待ちわびていたルフィがおせぇぞと怒った。
夜ご飯はトマトソースのパスタだった。
 
 
 

 
翌日、上陸4日目の午前、あたしとロビンは見張りのチョッパーに見送られて街へと出かけた。
服と雑貨品を見立てた2日目に続き、今日は装飾品とケア用品を漁ろうと二人で言い合っていた。
道すがら、あたしは昨日のことをぽつぽつとロビンに話した。
ロビンは興味深そうに相槌を打って聞いてくれた。
 
 
「それはそれは、彼が活躍しないわけがないわね」
「でしょう、案外おいしいんだもんびっくり……」
「それにしてもコックさん、やっぱりしっかりした手があったのね」
 
 
ロビンはどうするのと一人で面白がっている。
 
 
「このままじゃコックさん、確実に稼いで帰ってくるわよ」
「それなのよ……でも」
 
 
ロビンは察した顔で、穏やかに笑って頷いた。
 
サンジ君がただあそこにお金を稼ぎに行っているだけには思えないのだ。
子供が好きだとか、かわいそうな子供たちだとか、そういうことではない。
ただ彼は、彼の作ったものを一番望んでいる人に与えることを楽しんでいるだけ。
あたしとの賭けはそのおまけでくっついているだけに過ぎない。
そのことにあたしが口を挟む余地はない。
海賊である前に、彼はどこまでもコックなのだ。
 
ロビンが寒そうに手をこすり合わせて「ねぇ」と細い声を上げた。
 
 
「私も一緒に行っていいかしら。今日もそこに行くのでしょう?」
 
 
どこかわくわくしているようにも見えるロビンに、いいけどと頷く。
街で軽くお昼を食べ、病院へと足を向けた。
 
 
 

 
ふわ、と咲いた白いハナに、子供たちはキャアアと叫んで後ずさった。
ロビンはあたしの隣、部屋の隅で四角いクッションに腰かけてにこにこしている。
ふわっふわっと白いハナは整然と咲き乱れ、ゆらりゆらりと風吹く草原のように揺れた。
一人の勇気ある子供がそろりと近づいてハナの腕に手を伸ばすと、ハナはぱっと花びらを散らせて消えた。
子供たちの目はもうこぼれんばかりだ。
 
すっかり人気を取られてしまったあたしは、大人しく彼女の隣に腰かけて手持無沙汰になっていた。
 
 
「あんたが船に来たばかりの頃を見てるようだわ」
「たしかに。あそこで私の手を追いかけているのが船長さん、くすぐられて転げまわってるのが長鼻くん。きゃあきゃあ言ってるあの子が船医さんね」
 
 
言い得て妙だわ、とあたしが息を吐いたとき、奥の部屋につながるドアが開いた。
途端に広がる、夢のように甘い香り。
子供たちの顔がぱっと上がった。
 
 
「おらガキ共、おやつだ!!」
 
 
わっと走り出した子供たちは一斉にサンジ君の足元に群がった。
踏まれまいとロビンのハナはパッと散る。
 
 
「彼もまるで船にいるときと変わらないわね」
「子供の扱いはルフィたちで慣れてるんでしょ」
 
 
子供たちはサンジ君と、その後ろに続くおばさま方の抱えるトレーの中から色とりどりのプリンを受け取ると、おそるおそるとつつきだす。
プリンは白かったり黄色かったり茶色がかっていたり、さまざまだ。
最後に彼はあたしたちのところにやってきて、恭しくプリンを差し出した。
 
 
「お待たせしましたレディたち、さ、どうぞ」
「ありがとう。これは何でできてるの?」
「レディたちのァ普通のプリンだぜ、小麦アレルギーの子は食えるからな。他は、牛乳を使ってねェだとか、卵を使ってねェとか、その両方だとか、いろいろ」
「さすがね」
 
 
いやあ~とサンジ君はいつものように体をくねらせた。
プリンはなめらかで舌触りがいい。
 
 
「ねぇコックさん、もう明後日でログがたまるでしょう。あなたずっとここに入りびたりで、買い出しやあなた自身のお買いものはどうするの?」
「買い出しは明日、チョッパー引き連れて朝市に行くよ。昼にここでガキ共のおやつと、マダムに残りのレシピを授けて、夕方またちょっと買い加えて完了。ここでの給料は先払いで今日の帰りにもらえるって話だ。オレの買い物っつーなら最終日があるから」
 
 
青い目がすっと横にすべってあたしを捉えた。
スプーンを咥えたまま、慌てて目を逸らした。
ロビンが微かに笑った気がして顔が熱くなる。
 
 
「やさしいな、ロビンちゃん」
「いいえ、ご苦労様。私たちまだ買い物の続きがあるもので、申し訳ないけどお先に失礼するわね。さ、航海士さん」
 
 
ロビンに促されてのろのろ立ち上がる。
サンジ君は空の容器を受け取って、にこやかにあたしたちを見送った。
子供たちの盛大な惜しみも聞いた。
 
 
 
「さぁさぁ、もう逃げ場がないわよあなた」
「面白がらないでくれる……」
 
 
ロビンはふふっと柔らかく笑って、自身の指先を撫でた。
 
 
「子供なんて久しぶりに触ったわ。折れてしまいそう……とても軽い音がしそうね」
「折れたときの想像まですんじゃないわよ」
「でもあの子たちは幸せね」
 
 
顔を上げた。
ロビンの頬は寒さで少し赤らんでいる。
 
 
「きっと親がわざわざあの子たちをこの島に連れてきて、あんな立派な施設で食事と治療を与えてもらえるんだもの。幸せだわ」
 
 
──幸せだわ。
そう言ったロビンの声は、柔らかかった笑い声と裏腹にほんの少し硬かった。
 
そうかもしれない。
入院施設の整った病院など、ほとんどの田舎町には存在しない。
一般家屋を使った診療所がほとんどだろう。
彼らの親は必死で情報を集めて、すがる思いでここまで来たのだろうが、そうしたくてもできない親もいる。
そうしてくれる親がいない子もいる。
どちらかと言うとあたしと、きっとロビンも、後者の方を多く見てきた。
そして近くに感じた。
 
 
「もう帰る?」
「そうね、一足先に帰りましょうか」
 
 
あたしたちはそれぞれ本日の収穫である紙袋をぶら下げて、まだ昼間のうちに船に帰った。
 
 
 

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