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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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夕食後、ロビンがお風呂に行っている間、女部屋の扉が来客を告げた。
ロビンは少し前に出たばかりだから、誰だろう。
部屋の隅に置かれた宝箱の前に座り込んで、振り向くこともなくはあいと声を上げた。
 
そこにいるのがサンジ君であると、あたしはどこかで分かっていたのだろうか、ナミさん、と低い声を聞いても特に不思議に思わなかった。
 
 
「これ、今日もらってきた。あそこでの収入」
 
 
サンジ君は扉を開けたものの入り口に立ち尽くしたまま、そう言ってかさかさと紙の音をさせた。
 
 
「入っていいわよ」
 
 
少しの間が開いて、静かに扉が閉まる。
あたしも、大事に宝箱のふたを閉めた。
南京錠をカチリと締めて振り向くと、サンジ君は片手に茶色い封筒を持ってぼんやり立っていた。
 
立ち上がって、彼から封筒を受け取った。
中身を取り出し、一枚二枚とあらためる。
あたしが渡した食費を、軽く三万は超えていた。
あたしは黙って何度も数え直すが何度やっても変わりはない。
 
 
「え、え!? ど、どうしてこんなに」
「あー、なんか俺がレシピ教えてたあれ、マダム一人あたりにつきで計算してくれてたらしくってさ。あとやっぱりあそこの病院自体規模が半端じゃねェわ。あそこの医者が全くいくらもらってんのかってとこだな」
 
 
サンジ君は苦笑と共に胸ポケットに手を伸ばしたが、さりげない仕草でその手を下ろした。
両手で持ってそこそこの厚みがあると分かる封筒を、サンジ君に返す。
 
 
「……どーも、ご苦労様」
「あ、余った分は」
「あんたが稼いだお金でしょ、あんたのおこづかいよ」
「そう? んじゃ、これは明後日に」
 
 
サンジ君は丁寧な仕草で封筒を押し頂くと、それをおしりのポケットに突っ込んだ。
にやりと笑った顔が忌々しい。
 
 
「それで、ナミさんは覚悟決めた?」
「……みっともなくあれこれ言ったりしないわよ」
「あぁよかった。それじゃあ明後日、待ち合わせ決めていい?」
「どこか行くの?」
「まぁそれはお楽しみ。とりあえずオレは朝のうちにまた病院行って、最後のおやつ作ってくっからさ。そのあとで待ち合わせよう」
 
 
彼は中心街の入り口すぐのお店を指定した。
 
 
「ウソップが言ってた、なんかでけぇ派手な看板があるんだろ? そこの下で」
「わかったわ」
 
 
サンジ君は朗らかな笑みを見せたが、明らかにほっと安堵の息を吐いた。
途端にあたしの心が逃げるようにズズッと後ろに後ずさる。
ギュッと掴み直して、あたしは気丈に顔を引き締めた。
 
 
「お昼前でいいの」
「そうだな、じゃあ11時に。待ってるよ」
 
 
事務的な約束を取り付けるようなあたしの口調を意にも介さず、サンジ君は甘い声で締めた。
 
 
「んじゃそゆことで。おやすみナミさん」
「おやすみ……」
 
 
ぱたんと静かに戸が閉まる。
木の床を叩く彼の靴音が遠ざかる。
しばらくその音に耳を澄ましてから、わあっと叫んでベッドに倒れ込んだ。
 
 
「こんなはずじゃなかったのよ……!」
 
 
力なく一人愚痴をこぼす。
まさか本当に、サンジ君が勝ちに来るなんて思わなかった、本当に思わなかったんだもん。
枕に顔を押し当てて、うぐぐと声を漏らした。
 
勝てない賭けを彼が言いだすはずがない。
やれると踏んだら必ずやってのけてしまう。
知らないわけじゃなかった。
 
 
いったい何をさせられることだろう。
思いつく限りを考えるとぞっとして、背中がじんと痺れた。
 
 
 

 
翌日は再びあたしの見張り番が回ってきた。
だいたいあたしたち一行以外人も通りかからないうらぶれた入り江に見張りが必要かどうかは甚だ疑問だが、いまメリーには空島の黄金が積まれている。
いつもの貧乏海賊のままであれば、メリーそれじゃあちょっくら見張りよろしく、とでも軽口を叩いてみんなで街に外食しに行ったりするのだが、三億相当と踏んでいるお宝たちを残して船を離れるわけにはいかない。
あたしには、メリーの顔が宝船のふくよかさをたたえているように見えて仕方ない。
 
 
サンジ君は慌ただしく朝食を給仕すると、チョッパーの尻を叩いて朝市へと向かった。
 
 
「悪ィな、あとは好きにしてくれ、厨房ん中は放っといてくれていいから」
「いっぱい肉買ってこーい!!」
「朝市は野菜と鮮魚メインだクソゴム」
 
 
サンジ君はさー行くぞとチョッパー引き連れて、気の早いチョッパーは荷馬車になる気満々のトナカイ型で、二人仲良く街へと消えた。
 
残されたあたしたちは自分たちで食後のコーヒーを淹れ、それぞれが怠惰な朝の時間を楽しんだ。
あたしとロビンで洗い物を済ませ、天気がいいので洗濯をしてしまおうと男共をせきたてる。
こんなクソ寒いのにテメェらは追剥ぎか、とぎゃあぎゃあ反論を口にする奴にはすかさずロビンの制裁が加わり(ウソップは長い鼻をハナの手でひねり上げられた)、船の上は一斉に鉄なべをひっくり返したような騒々しさであふれた。
 
 
「サンジ君とチョッパーの洗い物も勝手に引っ張り出してきてちょうだい!」
「おーおー」
 
 
ウソップがばたばたと男部屋に降りていく。
すぐにいくつか服を掴んで戻ってきた。
 
 
「さー、さっさと洗うのよあんたたち!」
「お前も手伝えよっ!」
「もちろん、女物は自分たちで洗うわよ……って、あれ」
 
 
ウソップが抱えた衣服の山から、ひらりと紙切れが舞い落ちた。
あたしの足元に滑り込んできたそれを拾い上げる。
ウソップは気づかずに行ってしまった。
色紙を半分に折っただけの小さなものだ。
なんともなしに開いてみた。
 
つたないラブレターだった。
 
よろよろと頼りのない線が懸命さを伝える字で、めいっぱい想いを伝えるラブレター。
これはサンジ君のものだ。
病院の子供にもらったのだろう。
ポケットにでもすべり込ませておいたものが今落ちてしまったのだ。
 
手にしたそれをどうしようか悩んだ。
男部屋に持っていこうにも、あそこに彼のプライベートエリアはない。
誰かがゴミ屑と間違えて捨ててしまうのが関の山だ。
キッチンにしよう。
あそこは彼の領域だ。
騒がしい甲板を後にして、キッチンへと向かった。
 
 
サンジ君とチョッパーが山ほどの収穫を抱えて帰ってきた頃、甲板は色とりどりの衣服がはためいて開けた視界もままならなくなっていた。
 
 
「おーおー精が出るこった」
「おかえりぃ」
「肉買ってきたか!?」
「だから肉はまだだっつってんだろが……あ、オレのも洗ってくれたのか。サンキュ」
 
 
そう言ったあと、彼は思いだしたように「あ」と呟いた。
ウソップがん? と聞き返す。
いや、と首を振って、サンジ君はチョッパーにキッチンへ入るよう指示した。
 
 
「おかえりなさい」
「たっだいまぁナミさん、変わったフルーツ売ってたから買ってきたよ」
「カウンターに置いておいたから」
「え?」
「チョッパーもおかえり」
 
 
ただいまナミ! と元気に答えたチョッパーは、さっさと人型になると両脇に野菜の詰まった箱を抱えた。
服とシーツがはためく下で、男共がだらしなく大の字になっている。
なんとも気持ちよさそうで、あたしは本を取りに部屋へと戻った。
パラソルの下で読もう。
コートを着ればそう寒くないだろう。
甲板へと戻ってくると、ロビンが「考えることは同じね」と本を持って待っていた。
 
なぜだかその日、サンジ君以外誰も船を降りなかった。
まるで航海中と同じように、みんなでサンジ君が作り置いたお昼ご飯を食べ、カードゲームをしてあそび、おなかがすいてくるとサンジ君の帰りを待ちわびた。
空が赤く滲み始める前に彼が帰ってくると、いつもルフィがサンジ君にまとわりつきたくなる気持ちがわかる気がした。
他のみんなもそんな顔をしていた。
 
入院患者の保護者達がくれたのだと言って、サンジ君は野菜や肉類を荷台に乗せて持ち帰ってきた。
大きな肉の塊にルフィが歓声を上げて目を輝かせる。
牧場主が一頭捌いてくれたのだと、サンジ君はうれしそうに言った。
その日の夜は彼が持ち帰った報酬で作られたごちそうが並び、なだれこむように宴となった。
寒さなんてなんのその、甲板は熱気で燃え盛るようだ。
 
宴の余韻に火照る頬のまま、そういえばあの子にもう一度虹を見せてあげると約束して、それを果たしていないことを眠りに落ちる直前、思い出した。
 
 
 

 
「はいそんじゃ船長」
「ヨッシ野郎共!! 今日は最終日だ! ……そんで?」
「ほんっと締まらねェなテメェは」
 
 
はいナミ引き継いで、とウソップの手があたしに翻った。
 
 
「はい、それじゃ船長の言うとおり今日は最終日。各自お仕事ご苦労様。特に問題もなくいい寄港でした。不測の事態がない限り出航は明日の午前中、のんびり始めましょう。今日は見張りのゾロ以外全員自由です。ちなみに夜は冷えそうだから心得て。みんなおこづかいは残ってる?」
「残ってなかったらくれんのかよ」
「まさか。まぁ残ってる人はぱぁっと使うでも貯金するでもご自由に。はいじゃあ解散」
 
 
ヨーシ最後の食い倒れだー! とルフィは意気込んで立ち上がった。
ウソップ行くぞ! と声をかけて、お前オレのこづかいをアテにしてるだろ! と言い当てられて詰まっている。
しかし次第に、クルーたちは三々五々と好き好きに散っていった。
いつの間にかサンジ君もいなくなっていた。
 
 
あたしは必要以上にゆっくりと食後のコーヒーを飲み下した。
部屋に戻ると、ロビンがデスクの灯りの下で読み物をしていた。
あたしに気付くと顔を上げ、そろそろ準備しなくては? と促す。
 
 
「ロビンは今日一日どうするの」
「実は初日に街へ降りたとき、小さな遺跡を見つけていたの。大したものではなかったんだけど少し気になるから、今日は一日ここで調べものでもしているわ」
「そう」
「あなたは楽しんでいらっしゃいな」
 
 
返事をせずに、ぶすりとした顔で衣装棚の引き出しを開けた。
毛糸のセーターにパンツを合わせ、インナーには何枚も着込んだ。
クローゼットからコートを取り出してもくもくと羽織る。
 
 
「……いってきます」
「いってらっしゃい。土産話楽しみにしてるわ」
 
 
ロビンがにこやかであればあるほどどういう顔をしていいのかわからず、自然と仏頂面になって部屋を出た。
乾いた音を響かせてタラップを降りる。
空は晴れていた。
しかし気圧は低い。肌がそう感じていた。
夕方近くには少し降るだろう。
 
腕の時計を見下ろして、サンジ君との約束の時間にはまだずっと早いことを確認する。
街へと続く道、病院施設へと続く道、そしてあたしが歩いてきた入り江に続く道のみっつに分かれた三叉路で、迷うことなく一方へと折れた。
 
約束を果たさなければいけない。
細い小指の絡まった記憶を、きゅっと握りしめた。
 
 
たった数回行き来しただけで見慣れてしまった景色を辿り、病院へとたどり着いた。
ただし正面には回らず、小児科の部屋群がある面へとまっすぐ向かう。
たしかあの子供部屋には大きな窓があったし、いろんな形に切り取られた色紙が窓を彩っていた。
外から見てもわかるはずだ。
 
コートの襟を詰め、白い息を吐きながら二階の窓に目を走らせた。
あった、あそこだ。
建物の真ん中より少し右寄りの大きな窓に、いくつか色紙が貼りついている。
さいわいカーテンは開いていた。
あれだけ子供がいるんだ、誰か気付いてくれるだろう。
そう信じて、準備を始めた。
 
くるくると一本の棒を何度も回転させ、冷気の玉を量産する。
こんなにも寒いのにばかじゃないのかあたしは、と思いながらもどこか楽しくなってくるから不思議だ。
たくさん着てきてよかった。
もともと氷点下より少し高い程度の気温が、ぐんぐん下がっていく。
気温の数値がどれくらいかは、肌を指す冷気が教えてくれた。
後もう少し、もう少し低くなくてはいけない。
本来はマイナス10度から20度の気温が必要だが、そんなところまで下げていられないし、短い間に狭い範囲でなら氷点下少し下くらいでいけるだろう。
 
ヨシ、と手の動きを止めた頃には、周囲の気温とは裏腹にあたしの手首はじんと熱を持っていた。
すかさず熱気泡をいくつか発生させ、それで頭上に橋を作るよう大きくタクトを振る。
熱気は上へと昇り、思った通りの高さで薄い雲となった。
空の青さが透けて見えるほど薄い。
自然発生したものであれば、こんな雲から雨は降らない。
しかし雨を降らせることが目的ではないあたしには十分だ。
 
戦闘や実験以外で、こんなふうに天候棒を使ったことはなかったのですこし心配だったが、どうやらうまくいきそうだ。
ほっと息を吐いて薄い雲を見上げたとき、病院の窓に映る小さな影に目が留まった。
 
一人の子供が、おそらく背伸びをしてあたしを見下ろしていた。
見覚えのあるその顔は、ロビンのハナの手を追いかけまわしていたやんちゃもののひとりだ。
あたしがおおいと手を振ると、子供は小さく手を振り返した。
そしてすぐハッとしたような身振りをして後ろを振り返る。
ともだちを呼び集めているようだ。
 
しめた、これなら確実に気付いてもらえるだろう。
わらわらと小さな頭がたくさん窓辺に集まってきた。
その中の一つに、約束を交わした少女の姿があった。
顔色があまり良くない。調子が悪いのだろうか。
しかし少女はあたしを見下ろして、パッと顔を華やがせた。
 
おぼえててくれたんだね、と嬉しそうにするか細い声が聞こえる気がした。
 
団子のように横に連なる子供たちの顔の上に、小児科医の女性が現れた。
あたしを見下ろして、驚いたように目を丸くしている。
一人の子が窓を開けてとせがんだのだろうか、女性は困ったように首を横に振っていた。
そうだ、寒いから窓なんてあけなくてもいい。
もうすぐだ。
 
薄い雲の真下にいるあたしには、はじめ見えなかった。
ただ、部屋の中の子供たちが一斉にキャアっと声を上げたのが、外にいるあたしにも聞こえた。
 
空から、キラキラと細かい粒が落ちてくる。
雪でもない、雨でもない。
太陽の光を四方に反射して輝くそれは小さな氷の結晶だ。
 
魚が跳ねる水面の光にも似ている。
ちらちらとたまに虹色に光るのは太陽のいたずらだ。
ダイヤモンドダストは、あたしが作り出した小さなスペースに目一杯降り注いだ。
 
 
窓に顔を向ける。
小さな顔のどれもが、降り注ぐ細かい光に目を奪われて口を開けていた。
医師の女性までもが同じ顔をしている。
少女が思いだしたように視線を下げた。
ありがとう、と色の悪い唇が動いてゆっくり口角を上げた。
ダイヤモンドはまだまだ振り続けている。
 
あたしはそっとその場を後にした。
 
 
 

 
すっかり体が冷えたので、町に入るとすぐ暖かなコーヒースタンドに駆け込んだ。
なみなみとコーヒーの注がれた紙コップを両手で支えて、その湯気で頬を温める。
手袋をしていてもかじかんでいた手のひらが、コーヒーの温度でほぐされてじんじんと痺れてくる。
さらに、約束を果たせたことへの満足感が胸をほっこりと温めていた。
 
手のひらにぬくもりを感じながらぼうっと街並みを眺めていて、ふと時計に目を落とす。
長針が、短針より右側に回っている。
いけない。思い切って一気にコーヒーを飲み干して、あたしは足早に店を出た。
 
 
サンジ君は約束の大きな看板の下で、寒そうに細い身をさらに細くして所在なく立っていた。
紺色のコートの背中に近づいて、声をかける。
彼は勢いよく振り向いた。
その勢いのよさに、思わず身を引くほどだ。
 
 
「あぁ……ナミさん、よかった」
「来ないかと思った?」
「うん、実はどっちかと言うとそっちの色のが強ェんじゃないかと」
「……反故にしたりしないわよ」
 
 
そうだよな、とサンジ君は力なく笑った。
 
 
「それで、あたしになにさせる気なの」
 
 
ふんっと気丈に顔を上げてそう言ったら、サンジ君はぷっと吹き出した。
いやいやナミさん、とその顔は苦笑だ。
 
 
「そんな気ィ張らなくても、めちゃくちゃなこと言ったりしねェよ」
「あんただもん、信用ならないわ」
「ヒデェ言われよう……」
 
 
とほほ、とサンジ君は肩を落としたが、思い直すように顔を引き締めると「ナミさん」と静かに言った。
 
 
「なによ」
「今日一日オレとデートしてください」
 
 
一拍間をあけて、は? と聞き返した。
 
 
「デート? なにそれ」
「だから、オレと一日街で過ごして。恋人同士みたいにさ」
「それだけ?」
「そう。何か他考えてた?」
「べっつに……」
「それじゃ、了承いただけたっつーことでいい? つっても賭けの勝ちは譲らねェけど」
 
 
サンジ君ははいとあたしに手を差し出した。
節の目立つ薄い手だ。
あたしはその手と彼の顔を交互に見た。
 
 
「なによ?」
「手、繋ごう」
 
 
黙って彼の顔を見上げる。
そんな顔しないでよ、と渦巻き眉がかすかに下がって笑う。
 
 
「今日一日ナミさんはオレのもの。はい、手」
 
 
さんざん迷って、結局彼の手の上に自分のそれを置いた。
よし、と嬉しそうに握ったサンジ君の笑顔が寒空の下眩しかった。
ぎゅっと握られて、その薄さと硬さをダイレクトに味わう。
 
行こうか、とサンジ君は歩き出した。
 
 
「おなかすいてない? ご飯の前に行きたいところがあるんだけど」
「へいき。どこ?」
「んー、つっても決めてるわけじゃなくて……お、ここどうよ」
 
 
そう言って足を止めたのは、女物のブティックの前だった。
サンジ君はあたしの返事も聞かず、手を引いて中に入っていく。
いらっしゃいませ、と折り目正しく腰を折った店員の丁寧さは、その店の格式と比例していた。
ちょっと、と彼の袖口を軽く引く。
 
 
「ここ、女物よ。それに高そう」
「わぁってるって。いいんだ、金ならある」
 
 
そう言って彼は開いている方の手でコートのポケットを叩いた。
そこには一週間の収入を含む彼のおこづかいが入っているのだろう。
サンジ君はあたしとつないだ手をするりと離し、代わりに肩を支えてあたしを店員の前に押し出すようにした。
 
 
「彼女を仕立ててほしいんだ、コートは今着ているやつのままで、それに合うものを」
「かしこまりました」
 
 
縦長のラインが美しい店員の女性は、すっとその場を離れた。
サンジ君、と彼を見上げると至極機嫌のいい顔つきがそこにある。
 
 
「一度、オレがナミさんを仕立ててみたかったんだ。服、オレが選んでいい?」
 
 
あたしが呆気にとられているうちに、店員がいくつか服を手にして戻ってきた。
広げられたそれらを、彼は真剣に吟味した。
 
 
「ナミさんこれ着てみねぇ?」
 
 
その一言で、あたしは否応なく試着室へと連行される。
習い性で服を着替えて出てきたあたしを、サンジ君は緩んだ顔で出迎えた。
 
 
「すっげぇかわいい、似合ってるよ。あ、でもこっちも着てみねェ? 色的にこっちのがナミさんぽいかも」
 
 
店員がサンジ君の選んだ服をハンガーから外して、にこやかに渡してくる。
あれよあれよという間に、あたしは3,4回試着を繰り返した。
 
そうして彼が「これがいちばんかわいい、似合う」と太鼓判を押したのは、落ち着いた茶色の生地に薄いオレンジと黄色がマーブル模様に彩られたワンピースだった。
ぴったりと身体に寄り添うラインに対して、生地がなめらかで柔らかいのでやらしくない。
膝上で揺れるスカートにあしらわれた刺繍がかわいい。
丁度今履いているショートブーツにもよく合った。
 
 
「これください。彼女が着てた服、袋に入れてあげて」
 
 
お金を取り出しながらたのしそうに揺れる彼の襟足を、ただ呆然と見上げていた。
 
 
ありがとうございました、と深々頭を下げられて店を出た。
セーターとパンツが入った紙袋はサンジ君が肩から下げている。
今度は確かめられることなく自然と手を取られた。
 
 
「じゃ、メシ行こうか。何食いたい?」
「サ、サンジ君。服いいの?」
 
 
サンジ君はじっとあたしを見下ろした。
まっすぐすぎる視線に、あたしがたじろぐ。
 
 
「うん、やっぱりその服が一番いいな。今日が終わってもたまに着てくれる?」
「それは……うん、着るけど」
「いいんだよ、オレ今クソ楽しいから」
 
 
行こう、と手を引かれて歩き出す。
寒さに寄り添う人々が行きかう街の一部に、あたしたちも加わった。
 
 
 

 
適当なお店でランチをとった。
サンジ君はよくしゃべったが、ときたま黙ってカップに口をつける顔は知らない人のように見えた。
 
街を歩き、人と人の狭い間を通り抜けるとき彼は守るようにあたしを引き寄せた。
そのたびに肩と肩が重なるようにぶつかった。
繋がったままの手の甲は乾いていてかさかさ音を立てそうだったが、サンジ君の手のひらはかすかに湿っていた。
緊張しているようには見えないけど、見えないだけだろうか。
 
さらにいくつかお店を回る。
まるでロビンと買い物をするときのようにあてどなかったが、彼の完璧なエスコートはついこの間ロビンが喜んだあたしのそれとは比べ物にならなかった。
 
少し足が疲れた頃合いに一度休憩を挟む。
そのタイミングも絶妙だった。
サンジ君が心なしか向かいの席でそわそわしているので、「吸ってもいいわよ」と言うと申し訳なさそうに笑って煙草に火をつけた。
目を細くして煙を吐き出すサンジ君を見ていると、この人は船でいつも見ている人と同じだということを思い出すことができた。
 
 
「そうだナミさん、さっき実は病院の外にいただろ」
「見てたの?」
「いや、あとからガキ共に聞いた。もう興奮してすげぇ騒ぎよ。何したの?」
 
 
あたしは簡単に少女との約束と、細氷──いわゆるダイヤモンドダストを発生させた経緯を話した。
ナミさんらしいやと笑ったサンジ君は、同時に思い出したようにポケットにおもむろに手を突っ込んだ。
 
 
「これ、ナミさんが拾ってくれたんだ」
 
 
彼の手にチョンと乗るのは小さな色紙。
半分に折れたそれはつたない文字で綴られるラブレター。
落ちてたの、と答えた。
 
 
「洗濯するときにたまたまあたしが拾って」
「そうか、よかった。気付かずこれごと洗われるところだった」
 
 
レディの気持ちは大切に、とサンジ君は笑みに含みを持たせて、手紙を胸ポケットにしまい込んだ。
 
 
「何かわかんなかったから、中見ちゃったわよ」
「あぁ、そりゃいいよ……ってか仕方ねェさ」
「ね、なんて返事したの」
 
 
その子に、と胸ポケットを指差した。
サンジ君は灰皿に置いてあった煙草をひょいとつまんで口まで持っていく。
そのままなにも言わずに煙草を吸うので、このまま答えないつもりかと思った。
 
 
「好きな子がいるんだ」
 
 
そう彼が口を開いたのは、一服の後だった。
咥えた煙草を再び灰皿に戻し、とんと灰を落とす。
ぱらっと白黒の粉が散った。
 
 
「オレはもう、その子しか好きになれない。レディの気持ちはありがたいけど──ってとこかな」
 
 
色男はつらいぜ、と冗談を交えた語り口にほっとした。
だからあたしも、「その子の見る目が養われますように」と軽口をたたくことができた。
 
 
 

 
 
再び街へ出て、サンジ君はネクタイを一本新調した。
勘定をしながら、そういや自分の買い物すんのなんて久しぶりだな、と彼はぽつりとつぶやいた。
 
 
「そう? アラバスタとか、いろいろ売ってたじゃない」
「あそこのもんはまた異質だったろ。そういうのもいいとは思うが」
 
 
たしかに一風変わった香が焚かれた生地でできたキャラバンの衣装は、サンジ君の普段着には程遠い。
彼のフォーマルな服は、こういうなんでもない服屋さんで調達するしかないだろう。
そういえば以前、もうずいぶんと前な気がするが、私のために彼はネクタイを引き裂いてくれたのだった。
 
 
「なにふけってんの、ナミさん」
 
 
ふけってなんかないわよ、と言い返すあたしを笑っていなしながら店を出た。
 
日が暮れるにつれて、空にかかる雲が次第に分厚くなってきた。
頬に触れる空気も切れそうなほど冷たい。
予想の通り、天気はこれから崩れてくるだろう。
厚い雲の向こう側からかろうじて滲むオレンジの光に向かってゆっくり歩きながら、ねぇと声をかけた。
 
 
「そろそろ戻った方がいいんじゃない? 夕飯の準備があるでしょ」
 
 
足を止めてゆっくり振り返ったサンジ君は、微妙に困った顔でうつむいて頭をかいた。
 
 
「実は、さ。その、ロビンちゃんが」
 
 
──航海士さんとおでかけするんでしょう? 夜までゆっくりしていらっしゃいな。夕食は私たち適当に済ますから。平気よ、私のおごりで外に食べに行きましょうとでも言うわ。
 
あたしはぽかんと口を半開きにして、言いにくそうに話すサンジ君を見上げた。
だからさ、と彼は続ける。
 
 
「晩飯もオレと一緒に……だめ?」
 
 
返事を待つ彼の目はさながら捨てられた犬だ。
だめもなにも、と声を絞り出した。
 
 
「今日はあんたの言うとおりに、なんでしょ」
 
 
サンジ君はさっと安堵の表情を横切らせてから、そうだったなと笑った。
彼が掴み直すように、ギュッと握った手に力を込めた。
思わず身じろぐように手を動かすと、自然と指先が絡んだ。
あたしたちの手は第一関節だけを交互に組み合わせた不自然な形のまま、それでも繋がっていた。
 
少し早いけど、と言いながらレストランに入った。
格式ばったものではなくほのかな温かみのある雰囲気に、冷えて固まっていたからだがほぐれる。
コートを脱いで席に着くと、サンジ君はまた「やっぱりかわいい」と褒めてくれた。
 
料理は店の温かな雰囲気にそぐう家庭料理のフルコースだった。
前菜も、スープもメインもやさしい味で箸が進む。
サンジ君は初め気を付けていたようだったが、食べていくうちにコックの性か、口の中で食べ物を検分しているような顔を何度か見せた。
 
おいしいわね、とこぼしたあたしに、サンジ君はゆっくりと笑った。
青い瞳が泣く直前のように揺れて見える、そんな笑い方だった。
 
 
食事を終えて外に出ると、びゅっと冷気が首筋をなぶった。
すっかり暗闇の落ちた街並みに、ちらほらと白い粉が舞っている。
寒いと思った、とサンジ君は呟く。
 
 
「ナミさん脚寒ィだろ」
「うん、すっごくね。……あぁでも、おなかいっぱい。ごちそうさま」
「いいえ、オレも腹いっぱい。あー……」
 
 
サンジ君の声はなにかを噛みしめるようにも、そっと吐き出すようにも聞こえた。
外を歩く人の数は昼に比べるとずっと少ないが、それでも何人かが互いに暖を取るように寄り添って足早に過ぎていく。
あたしたちはこれからどこへ行くのだろう。
 
店を出て立ち止まるわけにもいかず、何となく歩き出した。
きっと二人ともどこへ向かうつもりもないのだろうが、自然とその行き先は船になっていた。
そっとサンジ君の手があたしの手を捉えて、再びつながった。
 
店を出た途端、サンジ君はぴたりと話すのをやめた。
だからあたしも何を言っていいのかわからず、ずっと口をつぐんでいる。
さらさらと注ぐ細かい雪が頬を滑り落ちていった。
沈黙は氷点下の寒さで凍ったようにふたりの間に滞っていたが、その中身はまだ液体でたぷたぷと揺れている、そんな感じがした。
沈黙にひびが入れば、中の液体はとろとろと漏れ出るだろうと思った。
漏れ出たらどうなるのだろう。
怖さと興味があたしをつつく。
 
ナミさん、と半分掠れた声が呼んだ。
足が止まった。
 
 
「ナミさん、どうしようオレ、帰りたくない」
「……サン……、どうしようって」
「帰りたくねェんだよ」
 
 
ナミさん、とすがるようにあたしを見つめる。
道の真ん中で立ち止まるあたしたちを、通行人が邪魔そうによけて歩いて行った。
そんな、とあたしは声を絞り出す。
 
 
「子供じゃ、ないんだから」
「そうだ、子供じゃない。大人の男として、オレは今ナミさんを帰したくない」
 
 
何かを言おうと口を開けると、冷たい空気が吹き込んで喉の奥を凍らせた。
なにも言うことができない。
鼓動ばかりが動いて、胸の奥がずくずくする。
どうして、いつものようにあしらうことができない。
 
突然、思わぬ近さから見知った声が飛んできた。
あたしとサンジ君は同時に声のする方へ顔を向ける。
まばらな人ごみの向こうで、ひときわ明るい笑い声を響かせる数人の歩く姿が見えた。
ロビンが外食に連れ出したその帰りだろうか。
案外楽しそうに盛り上がっていて、再びわっと笑い声が弾けた。
 
 
「ナミさん」
 
 
サンジ君が手を引く。
あたしを建物の影と影の間に連れて行く。
細い路地で隠れるように身を寄せて、仲間の一行をやり過ごした。
彼らのにぎやかな声が次第に遠くなっていく。
いつの間にか詰めていたらしい息をほっと吐いた。
するとサンジ君が思わぬ近さにいることに気付き、ふたたび息を呑む。
温かそうなコートの襟元がすぐそこにあった。
ナミさん、と聞きなれたその声は寒さのせいか心なしか震えている。
 
 
「オレの無理やりな勝ち負けに一緒にこだわってくれたり、一緒になってうまそうにメシ食ってくれたり、こうやって今みたいにあいつらから一緒に逃げてくれたり、正直そう言うのすげぇ期待する」
「きっ……」
 
 
そんなつもりはなかった、という言葉がどれだけむなしいものか、容易に想像がついた。
もてあそぶくらいなら初めから近付かせない方がましだ。
そうわかっているつもりだったのに、あたしの言動は彼を期待させたのだろうか。
彼のまっすぐな心を、もてあそんだのだろうか。
 
ごめんな、と彼はいい慣れているだろう言葉をぽつりと零した。
 
 
「ナミさん困るだろ。困らせるつもりじゃねェんだ、これはほんとに。ズルいよな、わざわざガキの遊びみたいな賭け事持ち出して、一日オレの言うこと訊いてなんざ、安っぽいよな……」
 
 
ハハ、と乾いた笑い声をあげて、彼は小さく鼻をすすった。
冷たい風が足元から吹き上げた。
 
 
「でもそれくらいどうしようもねェんだ。あんたの前ではどれだけでもかっこ悪くなれる。こんなに近くにいるのに、毎日オレの作ったメシ食って笑ってくれるのに、見てるだけなんて、拷問だ。死んだ方がましだ。いっそ楽にしてほしい」
 
 
暗い風穴が見えた。
冷たい風が吹き出す黒い穴だ。
明るく、朗らかで、凪いだ海のように穏やかに笑う、口が悪くて手の早いあたしたちのコックさん。
彼の胸に開いた針の穴ほどの黒い点が、今はあたしの目に見えるほど大きくなっている。
えぐって穴を広げたのはあたしだ。
 
彼が握る手の力を強くした。
その力を感じて、まだ手が繋がっていることに気付いた。
 
 
男の人とこうやって手を繋いだのは初めてだった。
協力し合うという意味で「手を組む」と言うのでも、物理的な力が必要で引っ張ってもらうのともちがう。
あたしの手よりも大きな手がふわっと全体を包んで、離れるときさえ撫でるようにやさしい。
その手が、するりとあたしの手から抜け落ちるように離れた。
 
とん、と肩に重みが乗る。
冷くて柔らかい髪が、頬と鼻先をくすぐった。
 
 
「ごめん、他どこも触らねェから、肩だけ貸して」
「サン……」
「好きだ。ずっと、これからも、あんただけは特別だ。だからもう終わる」
 
 
サンジ君はすっと顔を上げてあたしを見つめた。
青い瞳は澄んでいる。どこまでも曇りがない。
 
終わるんだ、と彼は繰り返した。
 
 
「オレは自分で自分の恋に幕を引く。あんたはそれを見ていっつもみたいにばかねって笑っててくれりゃいい」
 
 
サンジ君は透明度の高い海のような目を一瞬閉じて、また開いて、微笑んだ。
薄く開いた唇があたしの鼻先で言葉を紡ぐ。
 
あぁ、おれはほんとうに、あんたのことがすきだった。
 
 

「……帰ろうか」
 
 
かがめていた腰を伸ばして、サンジ君は静かにそう言った。
路地から出ると、ささめ雪は大きなぼたん雪に変わっていた。
明日の朝には積もるかもしれない。
ルフィがきっと喜ぶだろう。
 
雪で白くなってはすぐに元の暗い色に戻る地面を見つめながら、あたしたちは船へと歩いた。
 
 
──あんたのことがすきだった。
 
 
とろとろと漏れ出た液体は生暖かく、血のようにふたりの間から流れていった。
あたしもサンジ君も、それを拭おうとはしなかった。
 
 

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無題
切なすぎ!
続きをぜひお待ちしてます。
mimi33h 2012.11.26 Mon  23:49 Edit
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