OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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土色が染みついた軍手と、ぴかっと光った段ボール箱。
箱の中にはいっぱいに詰まったつややかな橙色が、まあるく輝いている。
それらをトラックの荷台へ積み、私は緩やかな丘を下っていた。
丘の下にはなんてことのない平凡な街が広がっている。
我ながら鮮やかに、というよりも慣れた手つきでギアチェンジを行いながら坂を下った。
私の一日は、山盛りのみかんを街の八百屋やスーパーに卸すところから始まる。
「おはようございます」
「おはようナミちゃん、毎朝早くにえらいねぇ」
「ううん、はいこれ今日の分」
どさっとみかんの段ボールを3つ、足元に下ろした。
「言ってくれれば、あんたんとこまで取りに行くのに」
「トラックで持ってくるだけだもん、平気よ」
「でもこうして運ぶのも重いだろう」
「力持ちだから大丈夫」
私は頼りない自分の腕を大きく見せるよう目一杯力を込めて、パンと叩いてみせた。
八百屋のおじさんはハハッと快活に笑ってくれたが、その笑顔は少し苦い。
次があるからまたね、と私は手を振って店先を後にする。
よじのぼるように、運転席へと戻った。
*
春の気配が忍び寄るこの頃、街の中もなんだか浮足立ったように、ぼやけた色に染まって見える。
同じ年頃の女の子たちが、春から始まる新しい生活や出会いに胸をときめかせている中、私は重たいみかんを荷台に盛りだくさんにして、次のスーパーへと向かっている。
私の家は言わずもがな、みかん農家だ。
家主は私の母。彼女がみかん畑の主として君臨する。
家には姉が一人、そして私。
姉は高校を卒業すると、周囲に何の違和感も抱かせることなくするりと母のもとへと落ち着いた。
幼いころから母のみかんづくりの手伝いに駆り出されていた姉が、母のもとでみかんづくりに従事するようになることはなんの不思議もなかった。
だから当然私も、と思い、高校生だった私は教師に渡された進路調査票に何の迷いもなく「家業を継ぐ」と書いたら、母が学校に呼び出された。
私はなぜ母がわざわざ学校に呼び出しまで食らったのか不思議でならず、納得もできず、始終つんつんしていたが、母は教師が話している間ずっと落ち着いて、むしろ教師と分かり合っているようにさえ見えた。
教師は、私の成績で進学をしないのは非常に惜しいというようなことを何度も言った。
私は教師に何度も、進学するつもりは毛頭ないと言ってあったので、こいつは何にもわかってないという思いばかりが膨らんで、話す気さえ失せていた。
私の家はとても貧乏だ。
私の家のみかんはとてもおいしい。
だが、あまり大きな土地を持ってはいない。
だから作ることのできるみかんの量に限りがある。
それは、私たち家族を養うのに精いっぱい、ギリギリの広さだった。
お金がないというのも、私が進学しないと決めた理由の一つではある。
教師は国立大学であれば学費も安いし、奨学金という制度もあると私を、私の母をかき口説いた。
私の成績であれば、特待生を狙って学費が半分、もしくは無償になる可能性も無きにしも非ず、とまで言った。
母は真剣に考えていたようだ。
だが私は彼らの声に一切耳を貸さなかった。
進学はしない。
私はみかんを作りたかった。
あのすっぱくて甘いかんきつの香りに埋もれているときが、一番しあわせだ。
勉強は嫌いではないが、特筆して好きというわけでもなく続ける理由もなかった。
私を育ててくれたみかんを、私を育ててくれた母と、姉と、一緒に育ててみたかった。
さらに私たちにはもう一人、家族がいる。
弟だ。名前はルフィ。
黒い髪と黒い目がとてもつやつやしているのが印象的な男の子。
ルフィはとてもよく食べる。本当によく食べる。
そしてよく眠る。
とても健康的で元気な少年だ。
そして明るく、人を巻き込んでその中心で笑っているのが似合う。
ルフィが私たちの家族の一員になるにはまた別のエピソードが存在するのだが、私たちはあまりその話を重視していない。
それらの紆余曲折をとにかく私たちは忘れがちで、うっかりするといつからルフィがこの家にいるのかさえ忘れそうになる。
ルフィは私の一つ下で、歳が近い私たちは友達のようにも兄弟のようにも、どちらの立場であってもおかしくない関係になれた。
ルフィは今年の春高校を卒業し、大きくはない運送屋に就職が決まっている。
ルフィは紛れもなく私たちの家族だが、ルフィにはルフィの人生を選ぶ権利と義務がある。
それをないがしろにしてはいけない。
*
みかんの配達を終えると、私は一息つくためにいったん丘の上の家へと戻る。
おかえり、おつかれ、と母が声をかけてくれる。
強いコーヒーのにおいにほんのりとまじって、薄いパンが焼かれる焦げたにおいがただよう。
私と入れ替わりに、ルフィが慌ただしく家を飛び出していった。
いつもの朝だ。
「ノジコは?」
「畑の給水機の調子が悪くてさ、見に行ってくれてる。ナミ、ちゃんとパン食べな」
「いらない。あんまりお腹すかないんだもん」
「あんたねぇ。あんたくらいの歳の子が朝飯食わないでどうすんの。朝はちゃんと食べなきゃダメっていつも言ってるでしょう」
「ベルメールさんこそ、最近朝コーヒーしか飲んでないじゃん」
「私はいーの。成長期はとっくの昔に終えたんだから」
「私だって成長期なんてもう終わって」
「屁理屈言わない。さっさと食べる」
有無を言わさぬ口調で、母は私の目の前にトーストの皿をよこした。
渋々私は、焼きすぎてカリカリのトーストをくわえる。
尖ったパンの耳が口の端に刺さって痛い。
母は機嫌よく新聞を開き、椅子の上に片足を立てて行儀の悪い姿勢でコーヒーを飲み始めた。
朝ご飯が終われば、日の高いうちはみかんの世話に追われる。
土の様子、葉の様子、果実の様子を見て肥料を足したり、受粉の様子を確かめたり。
今は若木の剪定の時期だから、果実はない。
私たちはもっぱら軍手にはさみを持って、畑をうろうろしている。
朝の卸し作業が終わってしまえば、私が街に下りることはほとんどない。
買い物にはノジコかベルメールさんが行くし、新聞は丘の上まで新聞屋さんがバイクでぶうんと持って来てくれる。
ルフィは勝手に街の高校から走って帰ってくるので、迎えが必要なわけでもない。
私の生活と街の生活は、完全に切り離されていた。
それが別段いいとも悪いとも思わなかった。
ただ、数少ないが友達はいる。
そのひとりが、この日の夕方、丘を登ってうちまでやって来た。
「よーお、ルフィはまだ帰ってねェのか?」
「うん、今日は部活の送別会なんだって」
そうかそうか、とウソップは頷いて背中のリュックを下ろした。
私は軍手を外しながら、彼を家の中に招き入れる。
母が彼の顔を見て、楽しそうに歯を見せて笑った。
紅茶を入れる準備をしてくれる。
「新作ができたんだ」
「うそ」
ウソップはリュックの中から大きなスケッチブックを取り出して、私の前に広げて見せた。
そこには大きく描かれた花のつぼみと、背景に小さな粒のように見える街並みがある。
息を呑んで、私は身を乗り出して絵を見つめた。
ウソップの筆遣いや、色の選び方、切り取った景色が私は大好きで、こうしてときたま彼の絵を見せてもらっているのだ。
私はウソップになにひとつうまい褒め言葉を言ってあげられない。
ただ食い入るように彼の絵を見つめ、虜になるだけだ。
それでもウソップはいつでも満足そうに、飽きもせず私に絵を届けてくれる。
ベルメールさんがウソップと、私の前に温かい湯気の立つマグカップを置いてくれた。
ウソップは私の中学からの友人で、お調子者のいい奴で、よく嘘は吐くけど、その嘘はけして人を傷つけることがない。
私が道に迷った時に、こっちの道に行こうと手を引いてくれるのがルフィ。
どっちかわかんねえけど間違えたら落ちるときは一緒だぜ、というのがウソップ。
私の世界は家族と、みかんと、少しの友人。
ただそれだけで完成していた。
「完成したら、ナミ、お前オレの学校に見に来いよ」
「え? これ完成じゃないの?」
「これは下書きだもんよ。完成品はちゃんとキャンバスに、色もしっかり付けるんだぜ」
「じゃあ今までのも?」
「あぁ、全部じゃねェけど、完成させたやつはいくつか学校に置いてるぜ。見に来るか?」
私は一二もなく頷いた。
ウソップの学校は、街の真ん中にある市立の美大だ。
お父さんが仕事の都合で家を長い間開けているので、ウソップはずっとお母さんと二人暮らし。
学費のあまり高くない美大に推薦で入れる程度に、絵の実力はあるらしい。
明後日の金曜日、ウソップは2限目しか授業がないというので、その日の昼から絵を見せてもらえることになった。
私は母に許可をもらって、その日はみかんの仕事を抜け出し街に下りることにした。
*
約束の日、私は午前いっぱいみかん畑で過ごし、汚い作業服を大慌てで着替えた。
綺麗な服や流行の服は持っていない。
ノジコのお下がりのシャツにお下がりのパンツを合わせて家を出た。
お下がりと言ってもこの歳になれば、服は共有しているようなものだ。
カバンだって、ノジコにこれ貸して!と言ってひったくってきたのだから。
待ち合わせは大学最寄りのバス停で、家から丘を下ると丘の下からそこまで私はバスに乗った。
さすがに軽トラックで登場するわけにはいかない。
駐車場所にも困る。
変に人目を引くのだって好きじゃない。
バス停を降りると、既にウソップがそこで待っていてくれた。
「メシ食ってねェよな?」
「うん」
「学食行こうぜ、安くてウマいんだ」
「私も入れるの?」
「ヨユー」
軽やかにそう言って、ウソップは私を連れて構内へと歩き出した。
大学の中は、目の回るほど人であふれていた。
それも同じ年の頃の人ばかりのはずなのに、ものすごく子供のように見える人から、全く大人にしか見えない人まで様々だ。
服装だって十人十色。
美大だというからみんなベレー帽をかぶっているイメージだったが、そう安直にはいかないらしい。
そういえば、ウソップだってベレー帽なんか被ってはいない。
学食はそれに輪をかけて人、人、人の嵐だった。
私が目を回しているのを見かねて、ウソップが私を席に着かせると何が食べたいか尋ねた。
「何があるの?」
「なんでもあるぜ、そうだな、今のオレのブームは温玉チャーシュー丼」
「じゃあそれ」
ヨシと頷いて、ウソップは人の波に紛れていった。
あんなごったがえしたところによく飛び込んでいけるよなあ、と私は目を細めて彼を見送る。
慣れているのだろう、ウソップはすいすいと人ごみを避けて進んでいき、見えなくなった。
私の傍を通り過ぎる学生たちは一様に疲労感のようなものをにじませながら、それでも生き生きと歩いていた。
私がぼんやりと彼らの姿を眺めていると、「あの、ここ空いてる?」と声を掛けられる。
私に声をかけた男の子は、私が座る机の空いているスペースを指差した。
その机は8人掛けで、対岸の2席は別の二人組で埋まっており、私は机の端にウソップの分の座席を確保していたのである。
真ん中の空いた4つをその男の子がさしているのだとわかった。
私はその男の子を見上げて、首だけ縦に振る。
その子が軽く頭を下げると、後ろから3人ほど男の子がどやどやと出てきた。
そしてあっという間に席が埋まる。
なるほど、学食というのは知らない人とこんなに近くでご飯を食べる場所らしい。
これじゃ私はウソップと食べているのか、この男の子たちと食べているのかわからないじゃないか。
高校の狭い机を寄せ合ってひっそりと、家の食卓でこぢんまりと食事をする経験しかない私には、とんだ異文化体験だ。
そんなことを考えているうちに、ウソップがトレーを持って戻ってきた。
やっぱり相席などあたりまえなのだろう、ウソップは隣の席が埋まっていることになど気付いていない様子で、「いやお待たせ」と私の前に腰かけた。
そして私の前に、おそらく「温玉チャーシュー丼」であろうどんぶりと、小さなプリンを置いてくれた。
「これは?」
「オマケ。こういうデザートもあるんだぜ」
「ふうん、本当に何でもあるんだ。いただきます」
私は手渡されたスプーンで、躊躇なく温泉卵をぷつんと割った。
食べている途中で、あ、と思いだす。
「ウソップ、お金」
「あー、いいってことよ、今日はな」
「いいの?」
「学食なんて安いんだぜ、ほんとに。気にすんな」
そう言ってウソップはそばに乗ったかき揚げをばりっと噛んだ。
お言葉に甘えて、私は取り出しかけたお財布をカバンに戻す。
時計が昼の1時を回ると、あんなに溢れていた学生たちが少しずつ捌けていった。
「授業が始まるの?」
「ああ、おれはねェけど」
「なんであんたはないのよ」
「金曜の3限はとってねぇもんよ」
高校の時間割制しか知らない私に、その取るとか取らないとかいう授業の仕組みはさっぱりわからない。
やっぱり私が大学になんて来ていたら、この変わった仕組みに翻弄されて勉強どころじゃないに違いない。
「そろそろ行くか」
食べ終わると、ウソップは私を別の棟へと案内してくれた。
ようやく、お目当ての彼の絵を見せてもらえる。
私は浮ついた心を片手でそっと抑えて、ウソップの後に続いた。
ウソップの絵が置いてあるのは授業の教室とはまた別で、高校で言う部活のような集まりの、いわゆる部室のような場所にあるらしい。
そこはひっそりと静まった冷たい石の棟で、暖かい春の日差しが遮られてしんと冷えている。
中庭の見える渡り廊下を、私たちは静かに歩いた。
周りが静かだから、何故だか息をひそめてしまう。
柱と柱の間から差し込む光が作る黄色いスペースだけが、ほんのりと陽だまりのぬくもりを届けてくれる。
「あ、やべ」
ウソップが途中で立ち止まった。
「鍵、取って来ねぇと」
「鍵?」
「今から行く部屋、普段は閉まってんだ。わり、ちょっとおれひとっ走り事務室まで行ってくるから、ナミ先言って部屋の前で待っててくんねぇ? ここまっすぐ行ったつきあたりの部屋だからよ」
ウソップが指さす先を見遣ると、クリーム色の木の扉が見えている。
「わかった」
「悪い、すぐだから」
そう言って、ウソップは不恰好ながに股で走っていった。
私は見送るまでもないか、と背を向けてまた先を歩き出す。
つきあたりにはすぐついた。
奥まった場所だから、光は届かず辺りは冷えたままだ。
扉の上部に四角く切り取られたくもりガラスから、うっすらと白い光が漏れている。
部屋の中には太陽光が入り込んでいるようだ。
不意に、ゾクゾクっと冷気が背中を駆け上って震えた。
春の初めとはいえここは少し寒い。
私は曇りガラスからこぼれる光に惹かれるようにして、思わず鍵がかかっている扉に手をかけた。
扉はすんなりと、内側に開いた。
「えっ」
つんのめるようにして、私は中に入ってしまった。
まさか開くとは思わなかったのだから当然だ。
途端に、絵の具の独特のにおいがぶわっと広がって全身にまとわりついた。
ボンドのような鼻につくにおいもする。
目の前は大きな窓だった。
薄黄色いカーテンがひらひらと揺れている。
窓が開いているのだ。
窓の下はずらりと長く水道が並んでいて、その水道はもともとアイボリーの石のはずだろうに、色とりどりの絵の具が付着してなんともコミカルな態をさらしていた。
私はそんな事よりも、部屋中に散らばるキャンバスに目を奪われた。
文字通り、いくつものキャンバスが広い室内に点在しているのだ。
キャンバス台のみのものもあれば、きちんと絵がかかっているものもある。
無人の椅子がいくつか一緒に置いてあって、ウソップやその仲間たちはここで絵を描いているのだという感覚が、生々しく私に触れた。
私は勝手に室内に侵入してしまったことも忘れ、思わずそれらのキャンバスに歩み寄った。
絵は描きかけの線画や、単なるデッサンのものから、油絵具で着色しサインまで施された作品まで、色とりどりある。
私はその絵画の海の中を、夢中になって泳いだ。
中にはウソップのものだとすぐにわかる絵がかかったキャンバス台があり、私は立ち止まってそれをじっくり眺めた。
見せてもらったことのある絵だ。
でも、私が見せてもらったのはこれの下書き。
構図が少し変わり、色合いも濃くなっている。
力強い。
私が知るウソップの絵とは少し趣が違ったが、なぜだかそれがウソップのものだとはすぐに分かった。
「……きれい」
思わず声に出す。
か細い声は広い天井に吸い込まれていった。
私はウソップのキャンバスの隣にある絵を眺め、そして角を曲がる感覚で背中側のキャンバスを覗き込んだ。
「えっ」
男の子がいた。
キャンバスの中にではない。
そのキャンバスに向かい合うように、丸い椅子の上に男の子がいる。
朝ベルメールさんが新聞を読むときのように、小さな椅子の上に片足のかかとを少し乗せて、寄せた膝の上に頬を預けて目を閉じている。
こんなにもさらさらと音の流れそうな金髪は見たことがなかった。
伏せられた睫毛まで金色に輝いている。
大きな窓から遠慮なく差し込む日差しに照らされて、金髪は白く光っていた。
私は時間にすれば10秒ほど、息を詰めてその男の子の静かな寝顔を見ていた。
正直に言えば見とれていた。
白い頬に色はない。
伏せた睫毛は驚くほど長い。
この瞼が持ち上がったら、何色の瞳をしているのだろうか。
男の子は自分の脚を抱きしめるように眠っている。
私は夢から覚めたように、男の子から向かいのキャンバスに視線を転じた。
そして、またもや息を呑む。
白いキャンバスの真ん中には、大きく女性が描かれていた。
首から上の、顔のみで、デッサンだ。
キャンバス台には丸くなった鉛筆が転がっている。
描かれた女性の頬はすっと無駄がなく、つけられた明暗ははっきりと頬の丸みを表していたが、凛とした目元は涼やかで、大きな瞳はどこか遠くを見ている。
私の狭い世界には存在しえない美しい女性だった。
この男の子が描いたものだろうか。
そう思い再び眠る男の子に視線を戻すと、青色の瞳とかち合った。
私は声も出ずただただ悲鳴を飲み込み、一歩後ろへ後ずさる。
心臓がドンと跳ねてバウンドした。
眠っていたはずの顔が目を覚まして、私を見ている。
男の子だと思っていたそれは、男の子というより青年だった。
私よりも年上に見える。
眠る顔があんまりあどけないので、まるで少年のように見えていたのだ。
よく見たら足だって長い、私よりウソップよりずっと背が高そうだ。
(目は青いのね)
落ち着かない鼓動が響く中、私は妙に冷静にそんなことを思った。
「……入会希望?」
起き抜けの低い声が、そっと私の腕を捕まえるように絡みついた。
青年は足を下ろし、大きく背中を反りかえらせる。
イテ、と腰を押さえる仕草もした。
そしてまた私を捉え、今度はにっこり笑う。
「学部どこ? 専攻は? 何年生?」
「あっ……あた、し」
「うん?」
青年は私の声を聞き取ろうと、椅子に腰かけたままぐっと顔を寄せた。
膝で隠れていたほうの顔右半分は、長い前髪が隠している。
前髪の下で柔らかく弧を描く右目がうっすらと見えた。
青年は私の言葉を待っている。
何か言わなければ、と思う程言葉は何も出てこない。
喉がからからに乾いて、ヒューヒューと音を立てそうだ。
遠くから、平べったい足音が大きく近づいてきた。
「わりぃナミっ! 鍵がねぇから探し回ってたら、まさかもう開いてるとは……!」
開け放した扉の向こうに現れたウソップは、キャンバスの群れに隠れる私を探すように部屋の中に入って来た。
「ナミー?」
「こっ、ここ!!」
私はやっとのことで声を出す。
ウソップはすぐに、ひょこりと顔を出した。
「いたいた……って、お前か、サンジ」
「よっ」
サンジと呼ばれた青年は、ウソップに軽く手を上げ応えた。
「お前なー、鍵開けるならちゃんと事務に届け出せよな!」
呆れ顔で諭すウソップにハイハイと相槌を打ち、青年は大きな欠伸をかました。
ウソップは、ぼんやりとする私に青年を紹介した。
「サンジ。うちのサークルの先輩で4年生だ」
「こんちは」
青年はぺこりと私に頭を下げた。
2年生のウソップは後輩のくせに、彼とは随分仲がいいようだ。
まだ鍵のことでぶつぶつ文句を言っている。
青年は下げた頭を持ち上げると、垂れ気味の目を猫のように細くして笑いかけてきた。
「ナミさんって言うの? コイツの友達なら、2年生?」
「あ、ちげぇんだサンジ。ナミはここの学生じゃない」
「あ、そう。学校どこ?」
青年はさも当然のように、私に尋ねた。
言葉に詰まる私を、ウソップがさらりと掬い上げる。
「ナミは家の手伝いしてっから、学校には行ってねぇよ。オレと中高一緒で、同い年だ」
「ふうん」
青年は私のつま先から頭のてっぺんまで、さっと流れるような視線を走らせた。
私には理解できない意味ありげな目がどことなく怖い。
それなのに、青い目の綺麗さをずっと見ていたい。
「サンジおまえ、もう授業なんてねぇだろ? 描きに来たのか?」
「べっつに。暇だったから」
青年はキャンバス台に転がる鉛筆を何気なく手に取って、指先でもてあそび始めた。
女性のデッサンは、やはりこの青年が描いたに違いない。
まあいいや、とウソップが向き直った。
「絵、見るだろ?」
「あぁ、うん」
「あぁって、おま」
ウソップが呆れたように声を上げたので、私はごめんごめんと軽く笑った。
ウソップは部屋の隅から、無造作に積まれた額縁をいくつか掘り出してきた。
描かれた絵は大量の絵画たちの中で、毎日毎日埋もれていくしかないのだろうか。
こんなにもきれいな絵を描くのに、もったいないと思った。
それでも一枚一枚を、きちんと飾っておくスペースもないのだから仕方ないのだろう。
私はウソップから額を受け取って、その一つ一つにまたもや吸い込まれていった。
油絵具で力強く着色されたそれらは、下書き(私はそうは思っていなかったけど)のときとは雰囲気を変え、静かにどっしりとかまえている。
それとは反対に、繊細な筆遣いで精緻に書き込まれたこの街の景色などは触れるのもはばかられる。
ウソップの描きだす世界は、私の視界にどんどん可能性のようなものを増やしていく。
私が絵にのめり込んでいくのに慣れっこのウソップは、私を放って自分のキャンバスの周りを片づけ始めたようだ。
私もお構いなく、隣に積まれた次の絵に手を伸ばす。
気付いた時には、のっぽの影が私を覆っていた。
ぎょっとして隣に立つ人を見上げると、途端にふわっと煙のにおいが巻き上がった。
爽やかだが煙草の香りにはちがいない。
慣れない匂いに、私は鼻に皺を寄せた。
「絵、好きなの?」
口の端に煙草をくわえた青年は、柔らかい視線を私に下ろした。
彼の顔で影になった青い目にまた引き込まれながら、私は煙草の煙を嫌だと思ったことも忘れて頷いた。
青年はにっこり笑った。
私は驚いたが、額縁を取り落しそうになるとかそういうことはなかった。
ただ、顔を上げているのが辛いほどの強い眩暈のようなものを感じた。
「またおいで」
青年は薄らと煙を吐きながらそう言って、私の横をすり抜けて部屋から出ていった。
私はぼうっと、彼が消えていった扉の方を眺めていた。
振り返ったウソップが、「アレ」と呟く。
「なに、サンジ帰ったの?」
「そうみたい」
掠れ声で答える私に、ウソップは少し眉を上げて見せたがあまり気にしたふうではなかった。
それから私はたっぷり何枚か絵を見せてもらい、それらをむさぼるように堪能していれば碧眼の青年のことは少しずつ頭の隅に追いやられていった。
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白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
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足りん
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