OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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パン屋の朝は早いというが、農家の朝だって早い。
八百屋や街のスーパーが開店する前に、みかんを届けなければいけない。
ただ、今は私の家がメインに育てているみかん種の季節じゃないので、現実的な実入りは少ない。
とても厳しい時期であるはずなのに、ベルメールさんは毎年呑気にこの時期をやり過ごしている。
何かと物入りな春に収入が少ないのは実際彼女の頭をものすごく悩ませていただろう。
しかしベルメールさんは、私たちが余所でアルバイトをすることを許さなかった。
「他で働く暇があるならうちのことを手伝いなさい」と腰に手を当てて言ったものだ。
存分に学生を楽しむ時間をくれていたのだと、今ならわかる。
「いってきまーす……」
家そのものが眠りについているかのような静寂の中、私はひっそりと家を抜け出す。
みかん畑の横の倉庫から、その日出荷するみかんを予定通りの数だけトラックに積み込み、街へと下りる。
白けた朝の光が、視界の下方に見える街をぼんやりと霞がかって見せた。
街のはるか向こうには海がある。
とても天気が良くて、なおかつ空気の澄んだ日にしかそのきらめきは見ることができない。
今日だって、春霞のせいか海の青色は丘の上からも見えなかった。
私は一軒また一軒と八百屋を回り、トラックの後ろを軽くしていった。
白んでいた町がどんどん朝の活気に包まれていくと、自然に私の頭も冴えてきた。
全ての出荷を終えて、朝一番のスーパーマーケットの駐車場に車を停めた。
広々としたその空間にまだ車は少ない。
財布を持って運転席を降りた。
私がこうして街に下りて買い物をすることはめったいないが、それでもときたまベルメールさんやノジコに配荷のついでのお使いを頼まれることがある。
私はキンと冷えた生鮮食品売り場を通り抜け、籠に2リットルの牛乳のボトルを放り込んだ。
頼まれたのはそれだけだったが、朝日の照り返しで火照った頭を冷やそうと適当に店内をぶらぶらする。
秩序正しく並べられた食品たちの間をなんともなしに闊歩するのは、なんだか少し自分が偉くなったような気分にさせる。
保存食品の棚を通り過ぎ次の陳列棚へと角を曲がったそのとき、同じように向こうの棚から人の姿が現れたので、一瞬足を止め、慌てて体を横に滑らせ道を譲った。
俯いたまま少し頭を下げ、そしてそのまま通り過ぎようとしたその時、きゅっと肘の辺りを掴まれた。
驚いて顔を上げると、同じように丸くなった青い目があった。
「ナミさん」と彼は言った。
「偶然。こんな朝早くに、買い物? 家この辺なんだっけ」
サンジ君はすぐさま掴んだ手を離し、愛想よく微笑みを浮かべて言った。
彼も私と同じように、片手に買い物かごを下げている。
中には青い葉野菜がひとつ入っていた。
私が答えないでいると、サンジ君は訝しげに片眉をひそめた。
「ナミさん……だよな? 覚えてねェ? こないだゾロんちでも会った」
「覚えてるわ」
忘れるわけがない、と私が慌てて応えると、ひそめた眉は安堵したようにその形を緩やかな線に戻した。
それと同時に私は今の自分の格好を思い出し、急に恥ずかしくなってしまった。
だって私は今汚い作業服のままで、ズボンのポケットは軍手が突っ込んでありぽこりと膨らんでいるのだ。
おまけに頭は寝起きのまま、とてもじゃないが知った人に会う格好ではない。
ましてや彼になんて。
突然もじもじしだした私を知ってか知らずか、彼は私から視線を外してスーパーを見渡すように顔を上げた。
「ここ、オレの冷蔵庫代わり」
つまりは行きつけのスーパーということだろう。
私はおぼつかない口調で、家がこことは少し離れていることを伝えた。
「家の手伝いしてるんだっけ。朝から偉いね」
そういうサンジ君の口調は、子供のお手伝いを褒めるようなものだった。
私は内気な子供のように俯いて、そっけなく「別に」と言った。
なんとなく話が途切れたので、サンジ君は「それじゃあ今日はこれから学校行くから」と籠を持ち直して私に笑いかけた。
途端に、なぜか焦るような困るような気持ちが胸に流れ込んで、何としても彼を引き留めなければならないというような気分になり、私は慌てて口を開いた。
「あなたの絵を見たい」と口をついていた。
サンジ君はきょとんと私を見返して、ふわりと笑った。
「そういやあンときも、ウソップの絵見に来てたんだっけ」
そうそう、と頷いて彼を見つめ返すと、サンジ君はあっさりと「いいよ」と言ってズボンのポケットから携帯を取り出した。
「番号教えて? 空いてるときに連絡するよ。おれの番号も教えるから」
「私携帯電話持ってないの」
「まじで? じゃあどうしよっか」
彼は携帯電話で連絡を取る以外の方法を知らないようだった。
私は番号を教えてくれたらこちらから家の電話で連絡すると伝えた。
「わかった。えーと、何か書くモン持ってる?」
私がポケットから得意先の番号をメモした紙切れを取り出しその裏を指し示すと、彼は私が一緒に差し出したペンで電話番号をすらすらと書きこんだ。
「電話、出られない時もあるかもしれないけど」
私が紙を受け取ると、彼はにっこりと笑ってそれじゃあと言った。
いつのまにかスーパーの中には、ちらほらと人が増えている。
私はレジへ向かい、彼はまた陳列棚の間へと消えた。
受け取ったメモを胸のポケットにしまい、ビニール袋に入れられた牛乳を手に車に戻ると、私は急いで彼の番号をダッシュボードに入っていたメモ帳に書き写した。
*
その日の夜、ノジコが買い出しでベルメールさんが夕食の用意をしている間に、私は家の電話のボタンをポチポチと彼がメモした通りに押していた。
家の電話は固定式でしかもリビングに置いてあるので、私が電話を掛けようとしていることも話している声もキッチンにいるベルメールさんには筒抜けだ。
気恥ずかしいがどうしようもない話で、そういったもどかしさは幼いころ何度も経験済みだったのでいまさらということもあり、私は彼女に「ちょっと電話使うね」と軽く断りを入れていた。
受話器からは長い間コール音が流れていた。
私は一つずつそれを数えて、10回目を過ぎて諦めようとしたその時、11回目の一音節くらいの瞬間、ぷっと接続音が聞こえた。
「もしもし?」
聞き覚えのある声より少し低いが、それでもやはりサンジ君の声だった。
とんと胸がひとつ跳ねる。
「私、ナミです」
「あぁナミさんか。ありがとうさっそく電話くれて。いつくれるだろうって、今日は一日そわそわしちまったよ」
サンジ君は私を、女の子を喜ばせる言葉をいくつも知っていて、それらの中からそのセリフを選びだしたようだった。
私は落ち着いた声を出すのに一生懸命で、可愛くない低い声で「そう」と言っていた。
「そうだな、明後日の……昼間空いてる? 昼飯一緒に食べよう」
空いていると伝えると、彼はあぁよかったと言って「それじゃあどこで待ち合わそうか」と話を進めた。
電話の向こうで彼は、朝見たような薄らとした微笑みを浮かべているのだろう。
「大学の……バス停まで行くわ」
「分かった、それじゃあ正門前で会おう、昼の12時でいい?」
電話はこちらから切った。
無機質な接続音をどうしても聞きたくなかった。
「オトコー?」とキッチンから無遠慮な声が飛んでくる。
「ウソップの、大学の、先輩!」
あらそうと言ったくせに、キッチンからは相変わらずけらけらとベルメールさんが一人で楽しそうな笑い声を立てている。
私は二階に駆け上がって、とびきりお気に入りの小説の間に彼の電話番号を挟んで閉じこめた。
お風呂から出た後や、眠る前、そして朝起きたときなんかに、机の上に置いたその小説に目を走らせては、少しためらってから手を伸ばしてページを捲った。
電話番号のメモがちゃんとそこにあることを確認して、心を落ち着かせた。
ぞわぞわと心臓の下の方から細かい虫のようなものが這いあがってくる間隔は心地よくはないけど、悪くない。
*
約束の日、少し早いと知りながら私は11時に家を出た。
くたびれたTシャツを隠すようにまだ新しいカーディガンを羽織って、小ざっぱりとした白いパンツをはいた。
春の日差しは丸く角がなく、温かい。
てくてくと丘を下っているうちに体はほんのり温まる。
丘の下のバス停には腰のまがったおじいさんがひとり立っていて、私はおじいさんの後ろに並び、やってきたバスに一緒に乗り込んだ。
大学前のバス停に着いたのはまだ12時には20分ほど早かったにもかかわらず、もうすでに彼が待っていた。
薄い水色のシャツが良く似合っていた。
濃い色のデニムが彼の細さに寄り添っている。
サンジ君は「早いね」と驚いたように笑った後、「おはよう」と言った。
「そっちこそ」
「学校での用が早く済んじまったから。さ、行こう」
サンジ君はふわりと私の腰を一瞬前に押し出すように手を添えて、すぐに離した。
彼の誘導は風のようにさりげなく、また馴れたものだった。
出会ってまだ3回目の女の子をぼうっとさせる程度には素敵な所作ではあった。
「この辺はやっぱ学生の街だからさ、安くてウマい店も多くて」
「学食、みたいな?」
「いやぁさすがにあれほど安かねぇなぁ……でも学食よかよっぽどウマい」
シーフードは好き?と聞かれて、素直に頷く。
パエリアのうまい店があるから、と彼は長い足をゆっくり、私の歩調に合わせて動かした。
彼の隣を歩くのはとてもどきどきしたし、彼は隣に歩く女の子を誇らしい気持ちにさえさせる何かを持っていた。
カーディガンの下のよれたTシャツがのりのきいたシックなワンピースならどれだけよかったかと暗い気持ちが頭をもたげたが、サンジ君がどうでもいい些細な話題を私に振ってくれるたびに、そんな暗さは一瞬で塵となって飛んで行った。
彼はよく話した。
大学のこと、居酒屋でのアルバイトのこと、ウソップのこと、ゾロのこと。
彼はなんでもない話を舌の上に転がすだけで面白くする術を持っていて、私は感嘆の声を上げたり思わず吹き出したりで一人忙しくしていた。
黄色い外壁がかわいい小さなお店に入った。
こじんまりと飾られた店内はシックでそれでもどこか陽気で、可愛らしい。
「イカ墨のパエリアもウマいんだけど、でもやっぱりこれがおすすめかな」と彼はメニューを指差して、シーフードのたくさん乗ったメジャーなパエリアを指差した。
じゃあそれで、と私が頷くと、サンジ君は店員を呼び二人分のパエリアを注文した。
「ワインも美味いけど、飲む?」
私はいいわと首を振ると、サンジ君はにっこり笑って「じゃあそれはまた今度」とメニューボードを閉じた。
料理が届くまでも、届いてからも彼の話は続いた。
私もよく喋った、と思う。
ウソップとはどういう関係なのかと聞かれ、きょとんとしながら「友達よ、子供の頃からの」と答えたら彼が「てっきりいい関係なのかと」というものだから仰天した。
「まさか。あいつ、彼女いるわ」
「うそ、まじで」
「街を出て私立の大学に行ってるの」
大学名を口にすると、彼は「お嬢様か」と苦笑した。
私も映し鏡のように苦笑を浮かべて、「そう、それも超のつく」と彼らの身分ちがいの恋を明らかにする。
「あの長っ鼻、意外とやるな」と悔しそうにするのでそれがおかしくて私はまた笑った。
食事が終わって、一休みしたあと彼が伝票を掴んでそのまま会計へと進んでしまった。
私は彼が支払いを終えるのを待って、一緒に店を出てから手にしていた自分の分の会計を彼に差し出す。
サンジ君は「まさか」とゆるく笑いながら首を振った。
「おれが誘ったから、おれが持つよ」
「誘ったのは私だわ」
「ナミさんと食事したかったのはおれだ、いいんだよ今日は」
ね、と柔らかく手を押し返されて、仕方なくお金を財布に戻した。
彼が歩き出したので私もそれに従って付いていく。
どこに行くのだろうと思っていると、彼は新しい時計が見たいのだと言った。
てっきり次はもう彼の絵を見に行くのだと思っていた私はすこしたじろぎながらも、まるで普通の大学生のような日常の過ごし方にときめいていた。
街の女の子たちはいつもこんなふうに男の子の横に並んで、お昼を食べ、買い物に行くのかと改めて羨ましくなった。
そしてそのあと、羨んだ自分が少し恥ずかしくなるのだ。
私たちは小さな時計屋さんに入り、サンジ君は真剣な表情で時計を吟味した。
古風だけどデザイン性の高い時計が多い。
店内はまるで博物館みたいだ。
サンジ君はふたつの時計を手に取って、じっと見比べていた。
「あーどうしよ、迷うなこりゃ」
真剣な表情で呟いて、腕に付けてみたり目の前にかざして見たり、時計をひっくり返したりする姿を私はまるで神聖なものを見つめるみたいに、そっとそばで見ていた。
結局彼はどちらも買わず、付きあわせてごめんとしきりに私に謝りながら店を出た。
楽しかったから、と首を振った。
外は少し曇り空で、風が強くなっていた。
なんか微妙な天気になってきたなとサンジ君が空を見上げて呟く。
「よかったら今からうち来る?」
「家? サンジ君の?」
「汚い野郎の家だけど」
「家に絵が置いてあるの?」
絵? と聞き返したサンジ君はじっと私を見下ろしたので、私も思わず見つめ返してしまった。
何かまずいことを言ったのかと急に胸が騒ぎだす。
不安げな様子が表情に表れてしまったのだと思う、サンジ君は困ったように「あぁ」と声を洩らした。
「そうだよな、ナミさん絵を見せてくれっておれに言ったんだ」
確かめるようなその口調に、えぇそうよと返す言葉が出なかった。
こくりと頷くので精いっぱいだ。
ごめん、ごめん、と彼が謝ったので、私は驚いて顔を上げた。
「おれ、単なるデートの口実にしか思ってなかった。本当におれの絵が見たくて、言ってくれたんだ?」
カッと頬が赤くなった。
口実。
彼の絵がもう一度見たいと思ったのは本当だけど、サンジ君にまた会う理由が欲しいと思ったのも事実だった。
意識しないようにしていただけだった。
「ごめんな、おれの家に絵はねェんだ」
「じゃあ大学に?」と尋ねたが、それも違うと首を振る。
「自分の絵なんてもう持ってねェんだ。全部捨てちまった」
「うそ」
咄嗟に悲鳴のように甲高い声を上げていた。
サンジ君は静かに首を振る。
時計屋の前で立ち尽くして話す私たちに強い風が吹き付けた。
「本当に。おれは一枚も、自分が描いた絵を持ってない」
「でも、大学の教室にあった絵、あれは」
「あぁ……あれは確かにおれが描いたけど」
違うんだよ、とサンジ君は首を振った。
その瞬間彼の目が冷たい川の底みたいに昏く陰ったことに気付いた。
何が違うのか、と問いただす勇気はなかった。
「ごめん、だからナミさんに見せてやれる絵なんて一枚もねェんだ。本当にごめん」
私は呆然と彼の肩の向こうを見つめて、「そう」と呟いた。
残念だったけど、それ以上に何か触れてはならない深い場所に手を伸ばしてしまったみたいな後悔が先に立って、サンジ君に対して腹が立ったりとかそういう感情は一切湧いてこなかった。
彼は私を家に呼んで、それで、どうするつもりだったんだろう。
サンジ君は眉尻を下げて、壊れ物をくるむみたいな声で私を呼んだ。
「もしよかったら、お茶付き合ってくれる? そしたらバス停まで送るよ」
私は頷いて、近くのカフェまで彼の隣を歩いた。
重たく水分を含んだ雲が頭の上近くで揺れている。
カーディガンの繊維の隙間から肌に触れる風が少し冷たくなってきている。
暖かい飲み物を注文すると、それだけで一息つくことができた。
彼も背もたれに深く背中を預けている。
「本当に、絵が好きなんだな」とサンジ君が笑いかけた。
「好き……だけど、自分で描くわけじゃないし、見るだけで」
「それでも、こんなにおれの絵に執着してくれてると思ってなかったから」
ちょっとびっくりした、とサンジ君は初めて照れたような笑い方をした。
「執着って言い方悪いけど」とすぐに断りを入れて。
「アイツ……ウソップっていつから絵描いてたんだ?」
「私が初めてウソップの絵を見せてもらったのって中学のときなの。でも多分、本当に小さいころから描いてたんじゃないかしら。それも幼稚園のお絵かきとか、そういうレベルから」
「アイツは根っからの絵描きって感じがする。苦労するだろうけど、本当に絵で食ってくつもりなんだろうな」
「サンジ君は?」
サンジ君は静かに顔を上げ、私の目を真正面から見つめた。
強い視線だった。
のどがごくんと上下に動いた。
「なんで、描いた絵、全部捨てたの?」
「もう、いらないから」
店員が静かに私たちの間に割って入り、湯気の立つカップを二つテーブルに置いていった。
白い蒸気が彼の顔を曇らせて、私から隠そうとする。
「もう描かないってこと?」
「うん」
「大学、卒業するから?」
「そうそう。フツーに就職するんだよおれ。いやー単位はぎりっぎり危ねェんだけどね、なんとか4年で卒業できそうでよかった」
描かない理由はきっとそんなことじゃないんだろうとは思ったが、聞くことはしなかった。
サンジ君は意図的に、話を絵のことから逸らそうとしていた。
これ以上突っ込まれるのを避けているみたいに。
もう話すことはないと私とのコミュニケーションを完全に断とうとしていた。
サンジ君は就職活動のときのあれこれを、また面白おかしく私に話してくれた。
私は彼の絵が見れなかった無念さなんてすっかり忘れたふりをして、楽しげに相槌を打った。
カップの底がちらちらと見え出したころ、ふと窓の外を見ると外は雨になっていた。
どしゃ降りという程ではないが風が強そうだ。
私の視線を追って、サンジ君も窓の外を見た。
「雨、降って来ちまったな」と我に返ったように呟く。
「どこかで傘買おうか」
「私折りたたみの傘、持ってるわ」
そりゃいいやとサンジ君は笑って、カップの中身を飲み干した。
聞きたいことはまだあった。
でももうその話をするには遅すぎたと分かっていたし、話を掘り返す勇気もなかった。
タイミングというものが会話を左右するそのしくみに苛立ちながら、私はそれを押し隠してサンジ君と一緒に席を立った。
小さな折りたたみの傘に身を縮めて二人で入り、サンジ君は言っていた通り私を大学前のバス停まで送ってくれた。
バスが来るまで一緒に待ってくれるというので、断るのもなんだと思って素直に礼を言う。
「今日はありがとな」とサンジ君は涼やかな顔で笑った。
「絵のことは本当ごめんな」
「もういいわ。それよりこっちこそごちそうさま」
結局カフェの代金も彼が払ってくれたのだった。
「付き合ってくれてありがとう、気を付けて帰ってくれよな」
「サンジ君も……あ、傘」
「大丈夫、すぐそこで買って帰るよ」
それよりナミさん濡れてる、と不意に彼と反対側の肩を掴まれて、引き寄せられた。
彼が触れた肩のカーディガンからじわっと湿った感じが広がって、しかしすぐ彼の手のひらの熱が追いかけるように伝わった。
「すげぇ風」と彼がしっかり傘を掴みながら呟く。
少し先の交差点を、バスが曲がってきた。
バスが止まって、ため息のような音ともにドアが開く。
「それじゃあ」
「気を付けて」
「ありがとう」
列に並んだ数人が私より先にバスの中に吸い込まれていく。
サンジ君は私に傘を渡し、強い風にさらされる髪を押さえながら手を振った。
私は手を振り返してバスに足をかけたが、乗り込む寸前で振り返って「また、連絡してもいい?」と半ば叫ぶように口にしていた。
サンジ君は一瞬聞き返すように目を細めたが、すぐに理解したのかゆっくり笑って、頷いてくれた。
バスのドアが閉まり、バス停側の席に着いた私は窓の外を見下ろす。
サンジ君はまだ立っていて、細かい雨が横顔に吹き付けられていた。
髪はしっとりと下方を向いて、薄い水色のシャツが雨で色が変わりかけていたが、それでもサンジ君はサンジ君だった。
バスはゆっくりと、濡れた街の中を進み始めた。
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