OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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サンジと会ってんのかと、明太子パスタを口に運びながらウソップは尋ねた。
突然現れた彼の名前に、少なからず私は目を泳がす。
そんな必要もないとわかりながら、早口でうんと答える。
「ふーん」
ウソップはくるくる器用にフォークを回し、取り込まれて行く麺を眺めている。
ナミちゃん、と高い声が唐突に割り込んだ。
「おかわりあるのよ、どう?」
「もうお腹いっぱい、ありがとう」
「そう、あんたは?」
ウソップはその声に頷きながら、皿を持ち上げて中身を口に流し込んだ。
もぐもぐしながら、くぐもった声で「くう」と答える。
ウソップのお母さんは、汚いねまったく、とウソップをたしなめながら彼から空いた皿を受け取った。
土曜日の午後、私はたまにウソップの家にお邪魔する。
勝手知ったるもので、彼の優しい母親は私の分の昼食も用意しておいてくれるのだ。
だから私たちはまるで子供同士の友達みたいに、彼の家でお昼を食べる。
たわいもない話をしながら。
二人暮らしのウソップの家は大きくないが、そのぶん温かみが凝縮されているようで私は好きだった。
どこからともなく木材と絵の具の香りがするところも。
おかわりのパスタを啜るウソップはそれきりサンジくんのことを尋ねたりしなかったので、彼がどういうつもりで私に尋ねたのかわからないままだ。
そんなふうに中途半端に放り出されると、思わず聞かれてもないのにこちらから話してしまいそうになる。
サンジくんとは、あれから時々会っている。
それも、週に一度くらいのペースで。
いつも大学前のバス停で待ち合わせ、街でご飯を食べ、ぶらぶらと目的もなく歩き、カフェでお茶をして、話をする。
サンジくんはよく話し、私の話もしっかりと相槌を打って聴く。
いつもにこにこと愛想が良くて、ソツがない。
まるでそういうことに特化した機械みたいだと哀しいことを思いながらも、私は彼に呼び出されるとほいほいと丘を降りるのだ。
初めて一緒に歩いたあの日以来彼は私を自分の部屋に誘うことはなかった。
私のように、いちいちどうして?と疑問を抱かずに来てくれる女の子が、他にいくらでもいるのだろう。
どうして絵を描かないのかとあのとき尋ねなければ、さながら補欠のような今の立ち位置にはいなかったかもしれない。
そう思いながらも、彼は私に電話をよこし、私は彼からの電話を心待ちにし、時々こちらからも電話をかけた。
サンジくんのことを考えると、それどころか彼に似た背格好の男の人とすれ違ったり金髪の人を見かけたりすると、途端に視界がぎゅっと狭くなり息が苦しくなった。
とてもしあわせとはいえないその感情を、それでも私は嫌いではなかった。
サンジくんからの連絡は気まぐれで、会ったとしてもサンジくんはただひたすら優しいだけで、私が望む何かをしてくれるわけではない。
そもそも私は彼に何を望んでいるのか、自分でもわからなかった。
彼と会い、別れ、また次に会うその瞬間まで、私は甘い水をしっとりと吸った真綿を少しずつ喉に詰められるみたいに、苦しい日々を過ごすのだ。
「そのイベントスタッフを募集しててよ」
ウソップが話しながらフォークをテーブルに置いた。
その音で顔をあげる。
ウソップは律儀にごちそーさん!と言った。
私もそのすぐあとで、ごちそうさま!とウソップのお母さんに声をかける。
お皿をシンクまで運び、洗うのを手伝うと申し出たが、彼女にやんわりと断られた。
今日は随分調子がいいの、と。
「その代わり、コーヒーを入れてくれない?」
彼女に言われたとおり、私はお湯を沸かし、知った場所にあるコーヒー豆の缶を手に取った。
ウソップがカップを三つ取り出しながら、話を進める。
「それが思うように集まんなくてオーナーが困ってんだよ。もしよかったら、ナミやってくんねぇ?」
「なに?」
おいっ、とふざけ調子でウソップがツッコミを入れた。
「だから!展覧会のイベントスタッフだって。お前話聞いてなかっただろ」
「ごめんごめん、でもそういうの、ベルメールさんがいいって言うかなあ」
我が家はアルバイト禁止である。
「勿論ムリは言わねェさ。でも本気でオーナーが困っててよ。おれも絵出させてもらったり世話んなったことある人だから、なんとかしてぇんだ」
ナミさえ乗り気ならおれからもベルメールさんに頼むしさ、と拝まれたら、私はとりあえず保留で、と言うしかなかった。
その日はウソップのバイトの時間まで、だらだらとウソップの家で時間を過ごした。
ウソップとというより、彼のお母さんと話をしていた時間のほうが長い。
体調を崩しやすい彼女もその日は本人の言った通り調子がよかったらしく、会話を楽しんでくれた。
途中カヤさんから電話がかかってきて、ウソップはバイトの時間より少し早く家を出ることになった。
それに合わせて私も彼の家を後にした。
夕食のとき、ベルメールさんにそれとなくウソップに言われた件を話す。
詳しいことは私もわからないままだったので、ベルメールさんにも詳しく説明できるわけではない。
ベルメールさんは私の要領を得ない話を聞いて、ふーんと相槌を打った。
「いいよ、手伝いなんでしょ」
あっさり出た了承に私は拍子抜けして、向かいに座る母を見やった。
ベルメールさんは咀嚼をしながら、フォークに刺した鶏肉でみかんソースを掬う。
「あんたは頭も要領もいいし、迷惑かける心配ないから。それに今はうちが暇だし、いいよ」
そうね、暇暇、とノジコが相槌を打つ。
今の時期、みかん農家はオフシーズンなのだ。
オフシーズンと言ってもやることはあるが、受粉や出荷など大掛かりな仕事はない。
外で働いたことのない私にはたしてイベントのスタッフという仕事が務まるのかいささか不安だけれど、ウソップが私に頼んだのだからなんとかなるのだろう。
少しの好奇心もあって、私はウソップに承諾の返事をすることを決めた。
*
6月の日差しは薄い雲越しのためか、どこか丸みを帯びている。
梅雨の合間の晴れの日、私は丘を降りて待ち合わせ場所へ向かった。
サンジくんは清潔な白いシャツと、濃い紺色のパンツを合わせた姿で私を待っていた。
年相応の格好だと思うのに、彼はその中でも群を抜いてそれらの服装が似合うと思う。
けして子供っぽいわけでも大人びているわけでもない、彼らしいとしかいえない服を彼はよく知っている。
サンジくんは私を見つけると微笑み、「いい色だね」と私のラベンダー色のカーディガンを褒めた。
いつものように、私たちは彼が知る店で遅めの時間にお昼を食べる。
洒落たカフェやレストランのときもあれば、安くてボリュームのあることがウリの定食屋さんであったり、行列のできるラーメン屋さんであったりした。
そしてそれらの店はどれも、目が覚めるほどおいしいのだ。
「美味いカレーの店があるんだけど、辛いのは平気?」
今日はそう言って誘われた。
遅い時間にずらして繁忙時を避けたつもりが、店の外にはまだふた組ほど待っているらしい人の列があった。
あれ、とサンジくんは呟く。
「待ちになっちまうな。どうする?」
「いいわ、待つわよ」
平然とそう答えると、彼はにっこり笑った。
ぎゅっと心臓を鷲掴みにされ、あぁ、と息が漏れそうになる。
とんでもなく嬉しくなってしまったことがばれないように、私は少し俯いた。
結局並んだのは30分ほどで、異国の匂いがする薄暗い店内に入った頃には14時に近かった。
あー腹減った、と彼は言う。
「大学1年か2年のとき、毎日カレー食ってるヤツがいてさ。そいつ一人暮らしだったから、カレーは完全栄養食だーとかなんとかつって。次の年の健康診断のとき、まだ10代のくせに高血圧でひっかかってた」
「なにそれ」
私が口元に手を当てて吹き出すと、サンジくんもテーブルに肘を付いたまま笑った。
「頭おかしいだろ? つーかバカなんだよ。これがいいって思い込んだらそれしか知らないみてェに一直線でさ。そいつ最初はレトルトのカレーばっか食ってたから、おれがカレー作りにそいつの家行ってやったりして」
「料理、得意なのね」
んー、と頷くでもなく彼は水を飲む。
「嫌いじゃないけど」
「でもこの間、おそばおいしかった」
「そば?」
「ほら、ゾロの家で」
サンジくんは眉間にシワを寄せ、眼球だけを動かして斜め上のどこかを見た。
ルフィの引越しは四月のことだから、あれから二ヶ月ほどが経っている。
記憶をどこから引っ張り出して、あぁ!とサンジくんは大きな声を出す。
「そっか、あンときか!じゃあナミさん、ゾロのこと知ってんだったな」
「ルフィが一緒に暮らしてるもの」
「あぁそうだった!おれわりとルフィと会ってんだぜ。あいつおもしれぇから」
「そうなの?」
「ナミさんと全然似てねぇから忘れてた。そういやアイツ、ナミさんの弟だったか」
でも血は繋がってない。
そう言おうとしたとき、肌の色も髪の色も黒いエキゾチックな顔の男性がカレーを運んできたために言いそびれてしまう。
こんがりと焼き目を付け、オイルが表面でてらてら光るナンから香ばしいかおりが立ち昇る。
おいしそう、と声を漏らすと、サンジくんは嬉しそうに「美味いんだ」と言った。
「さっきのバカの話、ありゃゾロのことなんだ」
そう言って、私たちは食べている間ひとしきり数少ない共通の友人達の話をした。
カレーはバターのコクとスパイスがとてもよく合い、鼻に抜ける辛さもちょうどいい。
口の中に残るスパイスの辛味を食後のチャイで中和する。
サンジくんはチャイに砂糖を溶かしながら尋ねた。
「ナミさんちって、門限とか厳しい?」
「門限? あんまり言われたことないけど……そもそも私があんまり遅くまで出かけることが少ないし」
「ナミさんと行きたいバーがあるんだけど」
お酒は好き?と湯気の向こうで彼が尋ねた。
バー、と私は繰り返す。
「そういうとこ、行ったことない」
「じゃあちょうどいいじゃん、おれとデビューしようよ」
なにがちょうどいいのかわからないまま、私は頷いた。
店を出ると真昼から少し傾いたくらいの太陽が容赦なく身体を照らす。
この後は、サンジくんが好きだと言ったセレクトショップをひやかしに行くことが決まっていた。
*
ウソップに誘われたイベントは6月の下旬にあり、本番の一週間ほど前に打ち合わせと題して集まりがあった。
展覧会と言っても主催は企業でもなんでもない個人で、その人が知り合いの絵描きや芸術家と呼ばれる人々の作品を展示するものだった。
「金持ちの道楽っつっちまえばそうなんだけど」とウソップは言う。
「物好きな人でさ。評価されてるとか期待値が高いとか、そういうの関係ねェんだ。気に入ったら飾らせてもらえるっていう、そんだけ」
そう言いながらもウソップはどこか得意げに鼻を何度か触っていた。
ウソップの絵も数点飾られるらしい。
個人が行う展示会だから、スポンサーはオーナーただ一人。
だから運営は全て芸術家たち本人で行うが、今回はわりと大きなイベントになるため数人のアルバイトを雇うことが決まった。
私はその一人として選ばれたのだ。
打ち合わせはオーナーの経営するアンティークショップの二階で行われる。
街の中心から少し西へそれたところにある場所へ、私はバスで向かった。
指定されたバス停で降りると、ウソップがいつものもじゃもじゃ頭にヘルメットを乗せて、原付バイクに跨ったまま私を待っていた。
よぉ、と陽気に片手を上げる。
「ここからどれくらい?」
「すぐすぐ。歩いて五分くらい」
歩く私の隣を、ウソップは重たい原付をヒィヒィ言いながらも引いて歩いた。
道は細く、細々と分かれている。
周りは小さな民家がぽつぽつとあり、それ以外は背の高い木が生い茂る雑木林だ。
こんなところにお店があるんだろうかと思い始めたところで、その店は唐突に現れた。
「ここだ」
ウソップが足を止めたのは、小さな石造りの2階建ての前だった。
くすんだ茶色の石壁と、重厚な一枚扉が目の前に立ちはだかる。
扉の横に丸い看板が提げてあり、横文字の店名が記されていた。
外国の狭い通りに混じっていそうな店をぽっこりとくりぬいて、この場所に置いたみたいに見えた。
ウソップは店の前に原付を止めると、「ちわー」と声をかけながら扉を引いた。
店の外は木々に囲まれて日陰になっていたが、店内は不思議な明るさがあった。
ただ、所狭しと並ぶものすごい数のアイテムたちに圧倒された。
食器、花瓶、本棚、机、いす、ソファ、シャンデリアにピアノ。
用途不明の水瓶や地球儀、糸巻機や機織りのような古めかしい機械もある。
そしてなにより、壁一面が本で埋め尽くされていた。
ひんやりとした静けさが身体を包む。
「2階かな」
誰もいない店内を見回して、ウソップは勝手に店の中を進む。
私もキョロキョロと落ち着かないまま、彼の後に続いた。
えんじ色のアップライトピアノに半分塞がれるように、階段が上へと続いていた。
ピアノの横を通った時に気付く。
この店のアイテムたちはどれも、埃をかぶっていない。
階段を上ると、ショップの二階は右と左に部屋が分かれており、左は小さな給湯室のようになっていた。
ザー、と水を使う音が聞こえる。
ウソップが再び「ちわー」と声をかけながら、右側の部屋の扉を開けた。
正面に大きな窓があり、そこから木々の間をかいくぐってきた光が入ってくるのか、中は明るい。
グレーの絨毯が敷いてある床に、7,8人が車座になって座っていた。
彼らはウソップの姿を目に留めて、おぉ、だとかよぉ、だとか声をあげた。
「その子は?」
中の一人が私に目を留めて言う。
「ナミだ。来週のスタッフとして出てくれんだ」
「よ、よろしくお願いします」
慌ててぺこりと頭を下げると、口々に「よろしくー」と声が返ってきた。
彼ら一人一人をよく見ると、ウソップの大学にいそうな同じ歳格好の男女から、ベルメールさんかそれよりもっと上くらいに見える人までさまざまだ。
「こいつらは今回のイベントでみんな作品を出してるやつら。まぁ名前は一緒にやってくうちにおいおい覚えるだろ。スタッフはナミ以外に集まったんかな」
ウソップが怪訝な顔で座る芸術家たちを見回すが、誰もがそろって首をかしげるばかりだ。
ウソップは私を床に座らせ、その隣に腰を下ろす。
「スタッフがナミひとりとなると、必然的に仕事が増えるからなー」
「でもまぁそしたらそしたで、オーナーがナミちゃんの給料上げてくれるよ」
その言葉に、私の目は見るからに輝いたのだろう。
車座のまとまりがどっと笑う。
そのとき、私が背を向けていた扉が開いた。
風が動き、不意にコーヒーの香りが強く流れてきた。
「全員そろったみたいね」
おぉ、とウソップが答える。
私は腰をひねって振り向き、座ったまま入って来た人の顔を見上げ、短く息を吸う。
そのまま固まる私の肩を、ウソップが軽く叩いた。
「こいつがナミ。おれがスカウトしたアシスタントだ。働きモンだぜ」
「よろしくね」
肩の長さに切りそろえた黒髪を揺らして、『オーナー』は笑った。
両手で持ったトレンチの上に、コーヒーカップをいくつか乗せている。
私は飛び上がるように立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「ナミです。よろしくお願いします!」
あらあら、と落ち着いた声が頭上に振ってくる。
「礼儀正しいのね。来てくれてありがとう。ロビンよ」
さぁ座って、コーヒーを淹れたわ、と彼女は声で私の背中を押し、再び車座の一部に座らせた。
彼女が持って来たコーヒーを、絵描きたちが手際よく回していく。
膝をつき、口角を上げた柔らかい表情でコーヒーを手渡していく彼女を、私は斜め前から無遠慮に眺めた。
彼女の顔を知っていた。
ウソップの大学、たくさんのキャンバスが立てかけられた広い教室。
その中で静かに目を閉じていた金髪の青年の前に、彼女はいた。
黒一色で描かれたデッサン。
サンジくんが描いた人。
→
突然現れた彼の名前に、少なからず私は目を泳がす。
そんな必要もないとわかりながら、早口でうんと答える。
「ふーん」
ウソップはくるくる器用にフォークを回し、取り込まれて行く麺を眺めている。
ナミちゃん、と高い声が唐突に割り込んだ。
「おかわりあるのよ、どう?」
「もうお腹いっぱい、ありがとう」
「そう、あんたは?」
ウソップはその声に頷きながら、皿を持ち上げて中身を口に流し込んだ。
もぐもぐしながら、くぐもった声で「くう」と答える。
ウソップのお母さんは、汚いねまったく、とウソップをたしなめながら彼から空いた皿を受け取った。
土曜日の午後、私はたまにウソップの家にお邪魔する。
勝手知ったるもので、彼の優しい母親は私の分の昼食も用意しておいてくれるのだ。
だから私たちはまるで子供同士の友達みたいに、彼の家でお昼を食べる。
たわいもない話をしながら。
二人暮らしのウソップの家は大きくないが、そのぶん温かみが凝縮されているようで私は好きだった。
どこからともなく木材と絵の具の香りがするところも。
おかわりのパスタを啜るウソップはそれきりサンジくんのことを尋ねたりしなかったので、彼がどういうつもりで私に尋ねたのかわからないままだ。
そんなふうに中途半端に放り出されると、思わず聞かれてもないのにこちらから話してしまいそうになる。
サンジくんとは、あれから時々会っている。
それも、週に一度くらいのペースで。
いつも大学前のバス停で待ち合わせ、街でご飯を食べ、ぶらぶらと目的もなく歩き、カフェでお茶をして、話をする。
サンジくんはよく話し、私の話もしっかりと相槌を打って聴く。
いつもにこにこと愛想が良くて、ソツがない。
まるでそういうことに特化した機械みたいだと哀しいことを思いながらも、私は彼に呼び出されるとほいほいと丘を降りるのだ。
初めて一緒に歩いたあの日以来彼は私を自分の部屋に誘うことはなかった。
私のように、いちいちどうして?と疑問を抱かずに来てくれる女の子が、他にいくらでもいるのだろう。
どうして絵を描かないのかとあのとき尋ねなければ、さながら補欠のような今の立ち位置にはいなかったかもしれない。
そう思いながらも、彼は私に電話をよこし、私は彼からの電話を心待ちにし、時々こちらからも電話をかけた。
サンジくんのことを考えると、それどころか彼に似た背格好の男の人とすれ違ったり金髪の人を見かけたりすると、途端に視界がぎゅっと狭くなり息が苦しくなった。
とてもしあわせとはいえないその感情を、それでも私は嫌いではなかった。
サンジくんからの連絡は気まぐれで、会ったとしてもサンジくんはただひたすら優しいだけで、私が望む何かをしてくれるわけではない。
そもそも私は彼に何を望んでいるのか、自分でもわからなかった。
彼と会い、別れ、また次に会うその瞬間まで、私は甘い水をしっとりと吸った真綿を少しずつ喉に詰められるみたいに、苦しい日々を過ごすのだ。
「そのイベントスタッフを募集しててよ」
ウソップが話しながらフォークをテーブルに置いた。
その音で顔をあげる。
ウソップは律儀にごちそーさん!と言った。
私もそのすぐあとで、ごちそうさま!とウソップのお母さんに声をかける。
お皿をシンクまで運び、洗うのを手伝うと申し出たが、彼女にやんわりと断られた。
今日は随分調子がいいの、と。
「その代わり、コーヒーを入れてくれない?」
彼女に言われたとおり、私はお湯を沸かし、知った場所にあるコーヒー豆の缶を手に取った。
ウソップがカップを三つ取り出しながら、話を進める。
「それが思うように集まんなくてオーナーが困ってんだよ。もしよかったら、ナミやってくんねぇ?」
「なに?」
おいっ、とふざけ調子でウソップがツッコミを入れた。
「だから!展覧会のイベントスタッフだって。お前話聞いてなかっただろ」
「ごめんごめん、でもそういうの、ベルメールさんがいいって言うかなあ」
我が家はアルバイト禁止である。
「勿論ムリは言わねェさ。でも本気でオーナーが困っててよ。おれも絵出させてもらったり世話んなったことある人だから、なんとかしてぇんだ」
ナミさえ乗り気ならおれからもベルメールさんに頼むしさ、と拝まれたら、私はとりあえず保留で、と言うしかなかった。
その日はウソップのバイトの時間まで、だらだらとウソップの家で時間を過ごした。
ウソップとというより、彼のお母さんと話をしていた時間のほうが長い。
体調を崩しやすい彼女もその日は本人の言った通り調子がよかったらしく、会話を楽しんでくれた。
途中カヤさんから電話がかかってきて、ウソップはバイトの時間より少し早く家を出ることになった。
それに合わせて私も彼の家を後にした。
夕食のとき、ベルメールさんにそれとなくウソップに言われた件を話す。
詳しいことは私もわからないままだったので、ベルメールさんにも詳しく説明できるわけではない。
ベルメールさんは私の要領を得ない話を聞いて、ふーんと相槌を打った。
「いいよ、手伝いなんでしょ」
あっさり出た了承に私は拍子抜けして、向かいに座る母を見やった。
ベルメールさんは咀嚼をしながら、フォークに刺した鶏肉でみかんソースを掬う。
「あんたは頭も要領もいいし、迷惑かける心配ないから。それに今はうちが暇だし、いいよ」
そうね、暇暇、とノジコが相槌を打つ。
今の時期、みかん農家はオフシーズンなのだ。
オフシーズンと言ってもやることはあるが、受粉や出荷など大掛かりな仕事はない。
外で働いたことのない私にはたしてイベントのスタッフという仕事が務まるのかいささか不安だけれど、ウソップが私に頼んだのだからなんとかなるのだろう。
少しの好奇心もあって、私はウソップに承諾の返事をすることを決めた。
*
6月の日差しは薄い雲越しのためか、どこか丸みを帯びている。
梅雨の合間の晴れの日、私は丘を降りて待ち合わせ場所へ向かった。
サンジくんは清潔な白いシャツと、濃い紺色のパンツを合わせた姿で私を待っていた。
年相応の格好だと思うのに、彼はその中でも群を抜いてそれらの服装が似合うと思う。
けして子供っぽいわけでも大人びているわけでもない、彼らしいとしかいえない服を彼はよく知っている。
サンジくんは私を見つけると微笑み、「いい色だね」と私のラベンダー色のカーディガンを褒めた。
いつものように、私たちは彼が知る店で遅めの時間にお昼を食べる。
洒落たカフェやレストランのときもあれば、安くてボリュームのあることがウリの定食屋さんであったり、行列のできるラーメン屋さんであったりした。
そしてそれらの店はどれも、目が覚めるほどおいしいのだ。
「美味いカレーの店があるんだけど、辛いのは平気?」
今日はそう言って誘われた。
遅い時間にずらして繁忙時を避けたつもりが、店の外にはまだふた組ほど待っているらしい人の列があった。
あれ、とサンジくんは呟く。
「待ちになっちまうな。どうする?」
「いいわ、待つわよ」
平然とそう答えると、彼はにっこり笑った。
ぎゅっと心臓を鷲掴みにされ、あぁ、と息が漏れそうになる。
とんでもなく嬉しくなってしまったことがばれないように、私は少し俯いた。
結局並んだのは30分ほどで、異国の匂いがする薄暗い店内に入った頃には14時に近かった。
あー腹減った、と彼は言う。
「大学1年か2年のとき、毎日カレー食ってるヤツがいてさ。そいつ一人暮らしだったから、カレーは完全栄養食だーとかなんとかつって。次の年の健康診断のとき、まだ10代のくせに高血圧でひっかかってた」
「なにそれ」
私が口元に手を当てて吹き出すと、サンジくんもテーブルに肘を付いたまま笑った。
「頭おかしいだろ? つーかバカなんだよ。これがいいって思い込んだらそれしか知らないみてェに一直線でさ。そいつ最初はレトルトのカレーばっか食ってたから、おれがカレー作りにそいつの家行ってやったりして」
「料理、得意なのね」
んー、と頷くでもなく彼は水を飲む。
「嫌いじゃないけど」
「でもこの間、おそばおいしかった」
「そば?」
「ほら、ゾロの家で」
サンジくんは眉間にシワを寄せ、眼球だけを動かして斜め上のどこかを見た。
ルフィの引越しは四月のことだから、あれから二ヶ月ほどが経っている。
記憶をどこから引っ張り出して、あぁ!とサンジくんは大きな声を出す。
「そっか、あンときか!じゃあナミさん、ゾロのこと知ってんだったな」
「ルフィが一緒に暮らしてるもの」
「あぁそうだった!おれわりとルフィと会ってんだぜ。あいつおもしれぇから」
「そうなの?」
「ナミさんと全然似てねぇから忘れてた。そういやアイツ、ナミさんの弟だったか」
でも血は繋がってない。
そう言おうとしたとき、肌の色も髪の色も黒いエキゾチックな顔の男性がカレーを運んできたために言いそびれてしまう。
こんがりと焼き目を付け、オイルが表面でてらてら光るナンから香ばしいかおりが立ち昇る。
おいしそう、と声を漏らすと、サンジくんは嬉しそうに「美味いんだ」と言った。
「さっきのバカの話、ありゃゾロのことなんだ」
そう言って、私たちは食べている間ひとしきり数少ない共通の友人達の話をした。
カレーはバターのコクとスパイスがとてもよく合い、鼻に抜ける辛さもちょうどいい。
口の中に残るスパイスの辛味を食後のチャイで中和する。
サンジくんはチャイに砂糖を溶かしながら尋ねた。
「ナミさんちって、門限とか厳しい?」
「門限? あんまり言われたことないけど……そもそも私があんまり遅くまで出かけることが少ないし」
「ナミさんと行きたいバーがあるんだけど」
お酒は好き?と湯気の向こうで彼が尋ねた。
バー、と私は繰り返す。
「そういうとこ、行ったことない」
「じゃあちょうどいいじゃん、おれとデビューしようよ」
なにがちょうどいいのかわからないまま、私は頷いた。
店を出ると真昼から少し傾いたくらいの太陽が容赦なく身体を照らす。
この後は、サンジくんが好きだと言ったセレクトショップをひやかしに行くことが決まっていた。
*
ウソップに誘われたイベントは6月の下旬にあり、本番の一週間ほど前に打ち合わせと題して集まりがあった。
展覧会と言っても主催は企業でもなんでもない個人で、その人が知り合いの絵描きや芸術家と呼ばれる人々の作品を展示するものだった。
「金持ちの道楽っつっちまえばそうなんだけど」とウソップは言う。
「物好きな人でさ。評価されてるとか期待値が高いとか、そういうの関係ねェんだ。気に入ったら飾らせてもらえるっていう、そんだけ」
そう言いながらもウソップはどこか得意げに鼻を何度か触っていた。
ウソップの絵も数点飾られるらしい。
個人が行う展示会だから、スポンサーはオーナーただ一人。
だから運営は全て芸術家たち本人で行うが、今回はわりと大きなイベントになるため数人のアルバイトを雇うことが決まった。
私はその一人として選ばれたのだ。
打ち合わせはオーナーの経営するアンティークショップの二階で行われる。
街の中心から少し西へそれたところにある場所へ、私はバスで向かった。
指定されたバス停で降りると、ウソップがいつものもじゃもじゃ頭にヘルメットを乗せて、原付バイクに跨ったまま私を待っていた。
よぉ、と陽気に片手を上げる。
「ここからどれくらい?」
「すぐすぐ。歩いて五分くらい」
歩く私の隣を、ウソップは重たい原付をヒィヒィ言いながらも引いて歩いた。
道は細く、細々と分かれている。
周りは小さな民家がぽつぽつとあり、それ以外は背の高い木が生い茂る雑木林だ。
こんなところにお店があるんだろうかと思い始めたところで、その店は唐突に現れた。
「ここだ」
ウソップが足を止めたのは、小さな石造りの2階建ての前だった。
くすんだ茶色の石壁と、重厚な一枚扉が目の前に立ちはだかる。
扉の横に丸い看板が提げてあり、横文字の店名が記されていた。
外国の狭い通りに混じっていそうな店をぽっこりとくりぬいて、この場所に置いたみたいに見えた。
ウソップは店の前に原付を止めると、「ちわー」と声をかけながら扉を引いた。
店の外は木々に囲まれて日陰になっていたが、店内は不思議な明るさがあった。
ただ、所狭しと並ぶものすごい数のアイテムたちに圧倒された。
食器、花瓶、本棚、机、いす、ソファ、シャンデリアにピアノ。
用途不明の水瓶や地球儀、糸巻機や機織りのような古めかしい機械もある。
そしてなにより、壁一面が本で埋め尽くされていた。
ひんやりとした静けさが身体を包む。
「2階かな」
誰もいない店内を見回して、ウソップは勝手に店の中を進む。
私もキョロキョロと落ち着かないまま、彼の後に続いた。
えんじ色のアップライトピアノに半分塞がれるように、階段が上へと続いていた。
ピアノの横を通った時に気付く。
この店のアイテムたちはどれも、埃をかぶっていない。
階段を上ると、ショップの二階は右と左に部屋が分かれており、左は小さな給湯室のようになっていた。
ザー、と水を使う音が聞こえる。
ウソップが再び「ちわー」と声をかけながら、右側の部屋の扉を開けた。
正面に大きな窓があり、そこから木々の間をかいくぐってきた光が入ってくるのか、中は明るい。
グレーの絨毯が敷いてある床に、7,8人が車座になって座っていた。
彼らはウソップの姿を目に留めて、おぉ、だとかよぉ、だとか声をあげた。
「その子は?」
中の一人が私に目を留めて言う。
「ナミだ。来週のスタッフとして出てくれんだ」
「よ、よろしくお願いします」
慌ててぺこりと頭を下げると、口々に「よろしくー」と声が返ってきた。
彼ら一人一人をよく見ると、ウソップの大学にいそうな同じ歳格好の男女から、ベルメールさんかそれよりもっと上くらいに見える人までさまざまだ。
「こいつらは今回のイベントでみんな作品を出してるやつら。まぁ名前は一緒にやってくうちにおいおい覚えるだろ。スタッフはナミ以外に集まったんかな」
ウソップが怪訝な顔で座る芸術家たちを見回すが、誰もがそろって首をかしげるばかりだ。
ウソップは私を床に座らせ、その隣に腰を下ろす。
「スタッフがナミひとりとなると、必然的に仕事が増えるからなー」
「でもまぁそしたらそしたで、オーナーがナミちゃんの給料上げてくれるよ」
その言葉に、私の目は見るからに輝いたのだろう。
車座のまとまりがどっと笑う。
そのとき、私が背を向けていた扉が開いた。
風が動き、不意にコーヒーの香りが強く流れてきた。
「全員そろったみたいね」
おぉ、とウソップが答える。
私は腰をひねって振り向き、座ったまま入って来た人の顔を見上げ、短く息を吸う。
そのまま固まる私の肩を、ウソップが軽く叩いた。
「こいつがナミ。おれがスカウトしたアシスタントだ。働きモンだぜ」
「よろしくね」
肩の長さに切りそろえた黒髪を揺らして、『オーナー』は笑った。
両手で持ったトレンチの上に、コーヒーカップをいくつか乗せている。
私は飛び上がるように立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「ナミです。よろしくお願いします!」
あらあら、と落ち着いた声が頭上に振ってくる。
「礼儀正しいのね。来てくれてありがとう。ロビンよ」
さぁ座って、コーヒーを淹れたわ、と彼女は声で私の背中を押し、再び車座の一部に座らせた。
彼女が持って来たコーヒーを、絵描きたちが手際よく回していく。
膝をつき、口角を上げた柔らかい表情でコーヒーを手渡していく彼女を、私は斜め前から無遠慮に眺めた。
彼女の顔を知っていた。
ウソップの大学、たくさんのキャンバスが立てかけられた広い教室。
その中で静かに目を閉じていた金髪の青年の前に、彼女はいた。
黒一色で描かれたデッサン。
サンジくんが描いた人。
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