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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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「あっ、待ってずるい!」
「……」
「ぎゃー!!ぶつかった!!」
「……」
「おっ、ほっ、くっ」


手汗で滑るコントローラーを必死で掴み、大画面を走るカートがコーナーを曲がるとアンの身体も傾いた。
青色のカートが悠然とゴールテープを切り、紙吹雪が舞い華々しいファンファーレが鳴り響いた。
テレビゲームの話である。
ふかふかのカーペットに胡坐をかいて座り込み、マルコの隣でアンはがっくりと首を垂れた。


「あぁ敗けた……」
「想像以上に下手くそだったよい」
「マルコやったことないってウソだ!」


涼しい顔でコントローラーを置いたマルコは「お前さんが下手くそすぎんだよい」と声を出さずに笑った。
くそう、と悔しさを隠しもせずに顔を歪ませ、アンはコントローラーを握り直す。


「もう一回! リベンジ!」
「まだやんのかよい……もう18時か」


マルコの視線を追いかけて、アンも柱時計を見遣る。
針は18時を少し回っていた。


「もうそんな時間……」
「腹減らねェかい」


厚手のカーテンの隙間から、もう光は届いてこない。
マルコがゲーム機本体のスイッチを切ると、薄型テレビの大画面はぷつんと一面黒くなった。
静かになった広い部屋に、暖炉で薪の爆ぜる音が少しずつ存在感を増してくる。
言われてみればおなかも空いていた。
「へった」と答えると、「何か用意するかよい」とマルコが立ち上がった。


「作る?」
「簡単にできるもんがあるだろい」


冷蔵庫へと歩くマルコの後に続く。マルコは冷凍室の扉を開けて中を覗いた。
冷蔵室と同じように、ここも食品でいっぱいだ。
レトルトのピザ、ピラフ、カレーのような手軽な冷凍の惣菜が多種多様に詰まっている。


「うわあ、すごいいっぱい」
「こんなもんでよけりゃ、あっためるかよい」


こんなもん、と言ってのけるマルコは冷凍ピザをつまみ出して裏面の注意書きを読み始めた。
開けっ放しの冷凍室から冷気が帯になって流れ出す。


「あたし作ろうか」
「あ?」
「冷凍じゃなくても、冷蔵庫にもいっぱい野菜や肉入れてもらってるよ」


ほら、と上の扉を開けると、マルコは中のものを一通り見てから難しい顔をした。


「あー、だが時間も手間もかかるだろい。ここまでしてお前に料理させんのも」
「あたしはいいよ、こんなに食材があるなら作り甲斐もあるし」


マルコが良ければ、と付け足すと「おれぁもちろん構わねェが」と渋みを残したような顔でマルコが答える。


「でもそのピザも食べたい。解凍しようよ」


ん、と浅く頷いて、マルコはおもむろにピザの包装を破り、中身を取り出した。
チーズとトマトだけのシンプルなやつだ。


「電子レンジかよい」
「あ、うん」


マルコは周りを見渡すと、キッチンの隅に備え付けられた電子レンジに向かって素直にピザを運んで行った。
レトルト食品、電子レンジ、夜ご飯の準備とマルコ。
似合わない組み合わせのオンパレードに、アンは浮かんできたにやけを笑いかみ殺す。


「何つくろっかな……」


笑いをごまかすようにつぶやきながら、とりあえずサラダかとレタスとトマト、キュウリを取り出す。
チーズも2,3種類あるのでサラダに使おう。


「マルコチーズ大丈夫だっけ」
「あぁ」


電子レンジのスイッチを入れたマルコは、ぶーんと動き出した機械の前で律儀に待つつもりのようだ。腕を組んで、オレンジの光に照らされて回るピザを睨んでいる。
マルコに食事を作ったことは、それこそ数えきれないくらいあるはずだ。
それでもあたしはこの人がチーズを好きか嫌いかどうかすら知らないんだなあと、なぜかそんなことが頭をよぎった。


「シチューが食いてェ」


ぽんと放り投げられるみたいにしてかけられた言葉は、聞き間違えかと思って、もう一度という意味でマルコを振り返った。
キッチンの作業台に背中をもたれかけさせて、相変わらず電子レンジから目を離さないままマルコはもう一度「シチューが食いてェ」と言った。


「……あの白いやつ?」
「他に何があるんだよい」
「や……ビーフシチューとか」


そんなことが言いたかったわけではないのに、口をついたのはホワイトかビーフかというどうでもいいことで、マルコは少し考えるように首をひねると「じゃあそっち」と答えた。

さいわいビーフシチューの具材になりそうな牛肉にニンジン玉ねぎじゃがいもも、調味料となるソースやブイヨンまでそろっていた。
それじゃいっちょ作るか、サラダは煮込んでいる間に作ればいいやとアンはパーカーの腕をまくった。
コテージのキッチンはアンの店と同じくらいのスペースにもかかわらず、なぜかとても動きやすい。
作業台が広く、冷蔵庫とコンロへの移動がしやすいのだ。
冷蔵庫にはステーキ用の大きな牛ヒレ肉が入っていたので、取り出してサイコロ状にカットして下味をつけた。
真っ白なまな板の上で野菜をひたすら切り刻み、いつもはサラダ油を使うところ、バターがあったのでバターを敷いた厚手の鍋で炒める。
肉も放り込み、香りが立ってくると電子レンジが完了を告げる音を立て、マルコがピザを取り出す。
湯気と共にほんわりチーズの香りが漂い、急激にお腹が空いてきた。
平たい皿にピザを載せると、マルコはおもむろにピザを引きちぎった。
そして四角とも三角とも言えない形のそれを、アンに差し出す。


「食うかよい」


切らないの、と尋ねる前に口が動いた。
目の前に垂れ下がったピザにためらいなく食いつく。


「あづっ」
「気を付けろい」


とろけたチーズが上唇に引っ付いて火傷しそうになりながらも、なんとかマルコの指からピザを口で受け取る。
唇についたチーズを拭ってから、マルコの指は遠ざかっていった。
そしてまたピザを引きちぎり、今度は自分の口に運ぶ。


「……行儀悪いな」
「たまにゃいいだろい」


くすりとも笑わずそう言って、マルコはまた冷凍庫へ向かい中を漁り始めた。
くちの中に残ったトマトの皮を飲み込んで、結構おいしいもんだなと思った。


野菜と肉を炒めた鍋に、水と固形ブイヨン、少しだけ赤ワインを入れる。
ワインはエントランスホールのカウンターに並んでいたものを拝借した。
アンがそれを取って来ると、マルコがほんの少し目を丸くして「飲むのかよい」というので笑った。


「違うよ、料理用」


少しがっかりしたように見えるのは気のせいか。

鍋を煮込んでいる間、空いているコンロでフライパンを火にかけ、バターで小麦粉を炒める。
ケチャップを使おうとしたら、常温の保存棚にトマト缶があったので、トマト缶をフライパンに流し入れる。
ソースと赤ワイン、ブイヨンのかけらを加えて木べらでぐるぐるしていると、とろみがついてきた。
同時にまったりとしたビーフシチュー独特の香りが、バターの甘い香りと絡まるようにして立ちのぼる。
煮込んだ鍋の方を覗くと肉と野菜にまだ少し火が通っていなかったので、サラダを作ることにした。

ふとおもいだして電子レンジの方をみやると、またマルコが何かを取り出している。
冷凍庫に入っている冷凍食品をあらいざらい解凍してしまうつもりらしい。
ピザの隣には、フライドポテトとピラフがほかほかと湯気を立てて並んでおり、あらたにマルコがチキンナゲットをラインナップに加えた。
次の獲物を探すためまた冷凍庫へと赴くマルコを見て、ついにアンが吹き出すとマルコは至極不可解と言いたげな顔で「なんだよい」と眉根をよせた。





ダイニングの長いテーブルに、鍋ごと置いたビーフシチュー、大皿のサラダ、そして中途半端に引きちぎられたピザに始まり、マルコが次々と解凍していった冷凍食品たちが大皿で並んだ。
ダイニングには籠に入ったパンが用意されており、バゲットを適当に切り分け並べる。
マルコがテーブルの長辺の角に座ったので、アンは短辺の角に座る。
こんなにも広いテーブルで向き合うのは物寂しいと思ってしまったのだ。
巨大な食器棚から手ごろな皿を取り出し、軽く洗ってからシチューをよそった。
中途半端なピザに刺激され、空腹は限界まで来ている。
いただきます! と元気にスプーンを手に取った。


「あーっ美味しい! 上出来!」


時短で作ったわりには美味しくできているシチューを口いっぱいに頬張って、アンは自分にグッジョブと親指を立てる。
マルコも大きな肉の塊を口に入れ、飲みこみながら「美味いよい」とほんの少し頬を緩めた。
コクだとか野菜のうまみだとか、言い出せばきりがないしもっとおいしく作ることのできる料理なのかもしれない。それでもこうして自分もマルコもおいしいと思えるものを作れたことが、じわじわと嬉しくなって温かい水のようにゆっくりと胸に広がった。

サラダのために適当に作ったドレッシングもわりとおいしくできた。
マルコが温めまくった冷凍食品たちも、種類豊富なだけあって飽きない。
ジャンクなそれらをアンはあれもこれもと食べ過ぎるほど食べた。
食べている間はどうしてもマルコの顔より料理の方を見てしまって、あれがおいしいこれもいける、と食べるものの感想ばかりを口にしていて会話らしい会話などなかった。
それでも綺麗に空になったいくつもの皿を前にして、なんて楽しい食事だったんだろうと満たされた気持ちになる。
マルコも最後にまたひとこと「美味かったよい」と静かに笑った。


あれだけ食べたにもかかわらず、アンが「さっぱりするものが食べたい」と呟くと、マルコが「フルーツあったろい」と冷蔵庫を顎で指し示す。
そうだった! と喜んで立ちあがったものの、急に不安になってそっとマルコを振り返る。


「今更……だけど、こんな食い荒らして本当にいいのかな……」
「いいもなにも」


マルコはアンが料理に使った赤ワインを手に取り、ボトルの口に鼻を近づけて言う。


「手つかずにしてみろ、お前今度はベイに南の島にでも連れてかれるぞい」


マルコは椅子を引くと、そのまま食器棚に手を伸ばして適当なグラスを取り出した。
ワイングラスもそろっているのにこだわりがないのか、取り出したそれに埃がないか確かめるとトクトクと注ぎだす。
つまりは、遠慮なくもらっちゃったほうがベイも喜ぶってことだよな。
マルコの言葉をそう解釈し、アンは冷蔵庫の中からきんと冷えたブドウを取り出した。
軽く洗って皿に盛る。
勝手にワインを楽しみ始めたマルコは、ぼんやりとボトルに張り付いたラベルを眺めていた。
急に静かになった。
そう思った途端、バタバタッと大きな物音がして肩が跳ねた。


「なっなに!?」
「雪だろい。屋根かベランダから落ちたんじゃねェかい」
「あ、雪……びっくりした」


急に何かが壁を叩いたように聞こえた。
突然の音に驚いたのも本当だけど、それよりもこの家に二人以外の誰かが来てしまったのかと思って、それをまるで反射のように「いやだ」と感じたのだ。

アンは席について、ブドウを口に運ぶ。
皮ごと食べられるやつだ、と少し渋みのある皮を噛んだ。
ぷちんと弾けた実は甘い。


「──映画でも見るかよい」


いつのまに、と思う程残り少なくなったワインボトルから最後の一杯をグラスに注ぎ、マルコがおもむろにそう言って立ち上がった。


「映画?」
「いっこずつ全部、じゃねェのかい」


テレビボードの前にしゃがみ込むと、マルコはごっそりと棚の中からDVDのケースを取り出した。
物色するように、一枚一枚を手に取ってタイトルを確かめている。


「好きなの選べよい」
「あ、あたし映画とかあんまりわかんない」
「じゃあどういうのがいい」
「ど、どういうのがあるの」


返事が返ってこないかと思えば、マルコは手に抱えたDVDを一枚ずつ床に置いて分類し始めた。


「……アクション、コメディ、ヒューマンドラマ、アニメ、ラブストーリー」
「マ、マルコのおすすめで」


するとマルコがげんなりした顔を上げた。


「選べよい。おれはなんでもいい」
「ずる……」


渋々立ち上がってマルコの隣にしゃがみ込み、分類されたDVDを一枚ずつ見ていく。
一枚、ジャケットで気になったのがあったのでそれを手に取る。


「ん」


貸せとマルコが手を出したので渡すと、テレビボードの中の機械にマルコはDVDを入れ、いくつかボタンをいじった。
シュンシュンと音を立てて四角い機械は起動し始める。
しゃがみこんだままそれを見つめていた。


「──あたし、家で映画見るの初めて」
「映画館には行くのかよい」
「ちっちゃいころね、マキノが連れてってくれた」


たしかあれは当時朝に連載していた戦隊アニメの映画だったと思う。
ルフィが見たい見たいとあんまり騒ぐので、サボがマキノに頼んだのだ。
内容は忘れた。
少しずつ暗くなっていく照明にわくわくしていたら、急に大きな音とともに目の前のスクリーンで映像が映り出したものだからとても驚いたのは覚えている。
ルフィがじっとしていなくて時折声をあげたり歓声を送ったりしていたが、確か小さな映画館で客がほとんどおらず、マキノは好きにさせてくれていた。


「なにが観たいとかじゃなくてさ」


マルコは画面を見上げ、三角形のついたボタンを押した。


「あの雰囲気っていうか、映画館のにおいとか、そんなに知らないはずなのに懐かしい気がするの」


マルコはアンにソファへ行くよう指で示し、自分はダイニングへと戻って行った。
アンは言われたとおりテレビ正面のソファへ座りダイニングのほうを振り仰ぐ。
マルコはスナックの袋のようなものを逆さに開けて、ざらざらと皿へ移していた。
それを手に戻ってくると、アンの膝の上にぽんとふちの丸い皿を置く。
なんの変哲もないポテトチップス。


「カウチポテト」
「カウチ?」
「厳密にゃ違うが」


テレビ画面では青色の雲に会社のロゴが映し出され、オープニングらしい音楽が流れていた。


「映画もいいんじゃねェかい」
「なにが?」
「街にも映画館はあるだろい」
「あるけど」


マルコの言わんとしていることをはかりかねて首をかしげると、「今度」と前を向いたままマルコが言った。


「行くかよい」
「……映画?」
「なにが観たいか選んどけ」


洞窟の奥みたいな狭苦しい所を、彫の深い顔の俳優が神妙な表情で進んでいく。
ほのかなライトに照らされてぼやっと映るその映像を流し見ながら、アンは小さな声で「うん」と言った。


「で、なんでこの映画選んだんだよい」
「ケースに載ってた俳優がサッチに似てた。あ、この人」


マルコは返事をせずに煙草に火を点け、机の上の灰皿を引き寄せた。
マルコが少し腰を浮かして、また座るたびにソファが浮き沈みする。
靴を脱いで両足をソファに乗せ、膝を立てているアンはそのたびに少しずつ、二人の間にできた隙間の方へ尻がすべっていく。


「……食べる?」


スナックの皿を差し出すと、マルコは口の端で煙草を噛んだまま首を振った。
煙草があるんだからそりゃそうか、とアンは無言の空間を埋めるように音を立ててスナックを口に運ぶ。
映画は、登場人物が地面をこするように歩く足音だけを響かせていた。





映画の内容に引き込まれるわけでもなく、かといって飽きることもなくそのまま1時間ほど画面を眺めていた。
主演の男(サッチに似ている彼だ)は探偵もしくはそれに似た捜査官で、昔悔恨を残した敵の悪党を追ってふたたび抗争が始まる、そんな内容だった。
奪い合う宝と人質になる女、突然起こる爆発と逃げ惑う人々。
ときどき夜にテレビで放送する映画と要素は一緒だな、とアンは指についた塩気を舐めとる。
ふぁあ、とあくびが漏れた。
ちらりと横に視線を滑らせると、マルコはソファのアームレストに肘をついて、退屈そうに目を細めていた。
一応テレビを見ているものの、何か考え事をしているのかもしれない。


「……マルコ?」
「飽きたかよい」


訊こうかと思っていたことを先に返されて、言葉が詰まる。
マルコは? と聞き返す。


「別に。しいていえばお前がサッチに似てるとか言いだすからそうにしか見えなくて落ち着かねェくらいだよい」


サッチ似の彼は、羽目を外して無茶をしたがる厄介な性格のせいで警察をやめた過去があり、ときどきおどけてみせる顔はますますサッチに似ていた。


「この映画有名? サッチ知ってるかな」
「さあ。随分古いだろい、これは」


言葉を落とすように、突然マルコが立ち上がった。
そのまま廊下の奥へと消えて行ったので、トイレかな、とアンは画面に視線を戻した。
シーンはサッチ(に似た主役)とヒロインのロマンティックなキスシーンで、マルコと見るのは若干気まずい気がするのでいいときに席を立ってくれたと内心胸をなでおろす。
そういえば、夕食が終わって流れ込むようにリビングに落ち着いてしまったので、片づけを何もしていなかった。
ちらりとキッチンを見遣ると、シンクに洗い物が溜まっている。
映画が終わってからにしようか、それとももうやっちゃおうか。
画面ではねっとりとした夜のキスシーンが終わり、アンが悩んでいるとマルコが戻ってきた。


「なにそわそわしてんだよい」
「や……そういや片付け忘れてたなって」
「あぁ、んなモン食洗機にぶちこんどきゃいいだろい」


マルコがキッチンへ歩いていくので慌ててあとを追う。
シンクの正面に大きな機械が据えられているのは気付いていたけどこれが食洗機。


「店で使ってるのとずいぶん違う」
「お前さんとこのは業務用だろい」


マルコがひょいひょいと汚れた食器を乱雑に放り込み始めたので、その手を止めるよう「待って待ってあたしするから」と慌ててマルコの手から皿を奪った。
大人しく皿を奪われて、マルコは黙って手を洗う。


「マルコ家で洗い物とかする? 食洗機?」
「しねェな。家でほとんどもの食わねェからなあ……」
「……マルコ普段なに食べてんの?」
「ちゃんと人間の食いモン食ってるよい」


横に置いてあった洗剤をそれらしき箇所に入れ、「入」と「スタート」のボタンを押す。
映画よりも大きな音で食洗機が動き始めた。
ヨシ、とアンも手を洗う。


「あたし鍋とフライパン洗うから、マルコ座ってていいよ」
「あぁ」


リビングに戻りかけて、マルコが足を止めた。


「お前それ終わったら風呂入れよい。今湯張ってきたからよい」
「露天風呂! ……あるんだっけ」


マルコがほんのりと笑ったので、自分の顔が思わず輝いたのだとわかって恥ずかしくなる。
若干小さな声で「マルコ先に入っていいよ」とつけたした。


「いや、ちょっとやることがあってよい」
「仕事?」
「まぁ」


そういえばマルコが二日も連続で仕事を休むなんて、とんでもなく珍しいのではないだろうか。
休めたとしても、マルコ自身こうして仕事のことを気にしながらの休日なのかもしれない。
なんとなく申し訳ないような、決まりの悪い気分になる。
マルコは「2階にいる」と行って、そのまま階段の方へと消えて行った。
時刻は22時を少し過ぎたところだった。
洗い物を終えると、言われた通り風呂に入ろうとアンは寝間着を借りに二階へ上がった。
そういえばと思い立ち、「マ、マルコー?」と誰もいない廊下に呼びかけた。
しばらく間をおいて、クローゼット部屋の隣の部屋からマルコが顔を出した。
メガネをかけている。


「リビングの暖房と暖炉、消した方がいい?」
「あぁ、おれがあとでやっておくから気にすんな。お前も風呂あがったらそのまま二階上がってこいよい」
「わ、かった」


アンが頷くと、マルコはそのまま顔を引っ込めて扉を閉めた。
忙しそうだな、とアンは隣の部屋を開けて、ベイが書き残してくれた通り寝間着代わりの服を借りて部屋を出た。






テーマパークみたいな風呂で、アンはひとりはしゃぎまわった。
内風呂は床がやわらかく、家のそれのようにキンと目が覚めるほど冷えていない。
シャワーのそばにはシャンプーに始まりなにからなにまで、アンには過ぎる程の品々が揃えられていて、一つ一つ手に取りそれが何か確かめなければ気が済まないほどだ。
少し手狭な銭湯ほど大きな浴槽は薄いピンクの大理石で、お湯はさらりときもちよくアンの肌を撫でた。
ただ、外気が冷たすぎるせいでぴりぴりと痺れが走り、おもわず「うぅ」と声が漏れる。

サボとルフィもまた連れてきてやりたいな。
熱い湯につかって一番に思ったのは、そんな事だった。
自分だけがいい思いをするたびにあのふたりを思い出す。
アンのいない家で今、なにしてるんだろうと考える。
自分がいないふたりより、ふたりがいる空間に自分がいないということに隙間風のような寂しさがあった。
こんなのじゃいけない、いつかきっと離れることになるんだからと自分を奮い立たせるたびにむなしくなる。
黒ひげの一件以来、自分たち3人だけの生活が少しだけ周りと違う時間の進み方をしていて、それが世間の常識からすると奇妙だということが、少しずつ色が増えていくみたいに明らかになっていった。

口元のあたりまで湯につかって、目を閉じる。
冷えた鼻先に温かい湯が触れると気持ちよかった。

帰ったら、これからの話を改めてしなきゃいけない。
店のこと、サボの将来、ルフィの将来。
丘の上に残した父と母の家。
全部考えなければならないのに後回しにしてきたことばかりだ。
それからあたしは──

ふっと目がくらみ、危ないと慌てて浴槽の縁に腰かけた。
考え込んでいるとのぼせてしまう。
露天風呂にだけさっと浸かってさっさとでよう、マルコが待っている。

辺りを見渡すと、壁にふたつの小さな扉がついているのを見つけた。
ひとつがサウナで、もう一つが露天風呂へ続いている。
露天風呂のドアを開けると、急に冷気が裸のアンを取り囲んだ。


「うわ……」


真っ黒な視界の中に、白い絵の具を刷毛で塗ったようにむらのない白が伸びている。
ときおり雪が風で舞い上がり、風が白く染まっていた。
形の違う石がはめ込まれた浴槽からは絶え間なく濃い湯気があがって、アンの視界を塞ぐ。
氷の上に立っているみたいに、足には痛いほどの冷気が刺さる。
それでもアンはしばらく、ぼうっと景色を眺めていた。
風が吹き、ざわめくみたいに木々が音を立て、雪が舞い上がる。
アンは忍び足をするように、そっと湯に足を付けてゆっくりと身体を沈めていった。

顔が冷たく、頬がぴんと張る。
口をあけると、知らずと白い呼気がもやのように流れ出た。

なにこれ、すっごい気持ちいい。
心臓の音が頭の中で聞こえるくらい、血が巡っているのがわかる。
冷凍庫の中に頭を突っ込んだみたいに、耳がキンキンに冷えている。
ぼうっと湯につかっていると、意識だけがどこかに持って行かれそうだ。
のぼせるような気持ちの悪さがなくて、ただ眠気に似た心地よさが身体を包む。

──ハッとして頭を上げると、景色は何一つ変わっていなかった。
ただ降っていなかった雪が降り始めていて、自分が寝ていたのだと分かる。
口元に指をやるとよだれが垂れていて、やっぱりと恥ずかしくなってアンは慌ただしく湯から上がった。





温蔵庫からでたばかりの肉まんみたいに、身体から湯気が止まらない。
アンはふかふかのセーターのような寝間着を着て、風呂場を後にする。
出たところにスリッパが一足揃えて置いてあり、元から置いてあったのかマルコが用意してくれたのかわからないが、それを借りて二階に上がった。
風呂に入る前、マルコが顔を出した部屋の戸をノックする。
「入れよい」と中から声がした。
黒に近い茶色の扉を押し開けると、中は思いのほか広かった。


「ここ……図書室?」
「あぁ、っつーより書斎か」


リビングの半分ほどの広さのその部屋は、壁一面が書棚になっていて天井の方までうず高く本が並べられていた。
入ってすぐフローリングの床にはふかふかのカーペットが敷かれており、マルコはそこで靴を脱ぎ、部屋の真ん中の小さなテーブルにパソコンを置いていた。


「……入っていい?」
「当たり前だろい」


アンを見もせずマルコがそう言うので、アンはスリッパを脱いでそっとやわらかな毛足のそれに足を踏み入れた。
部屋の隅には巨大な座椅子のようなソファが置いてある。
空調が効いていて温かかった。
湯から上がったばかりのアンは自分の頬が上気しているのがわかる。
手の甲でそれを押さえながら、ぐるりと辺りを見渡した。


「これ全部……ベイの?」
「まさか。あいつの親族のにゃあ違いねェだろうが、ほとんど埃かぶってる代物ばっかだよい」


マルコはおもむろに立ち上がり、軽く伸びをして「んじゃ」と言った。


「おれも風呂入るかよい」
「あ、お風呂ありがと。すごかった、あの、露天風呂」
「あぁ……随分楽しんだみてェだねい」


すっとマルコの手が伸びてきたので、思わず大仰に身を引いた。
かまわずマルコの伸びた指がアンの頬をかすめる。


「熱い」


マルコの指は冷えていた。


「なんか飲むなら台所にあるが、ここが一番温けェだろうからここにいたらいいよい」


アンがひとつ頷くと、マルコはさっさとアンの隣を横切って部屋を出て行った。

マルコ、風呂上りどんな格好で出てくるのかな。
ふいによぎった考えに、どきりとする。
その動悸にまたびっくりして、誰もいない部屋をアンはきょときょとと見渡した。
さっきまで浸かっていた湯にマルコも入るんだ、などと余計なことを考えてはますます正気でいられない。
思えばさっきまでふたり以外誰もいない空間でご飯を食べたり、横に並んで映画を見たり、お風呂上りを家族以外に見られるのも初めてだ。
マルコはずっとずっと、この家に来てからどんな気持ちでいるんだろう。
思えば、いつも自分のことばかりでマルコがどう思っているのかには意識が薄かった。
ときおり足元に絡まるみたいにマルコの気持ちに触れることはあったが、マルコ自身がするりと誤魔化すみたいに、アンが気付く前にそれを取り去ってしまう。

ツンと胸が痛む。
不安のようないやな気持ちではなく、きっとこれは緊張だ。
とりあえずマルコが戻ってきたらどんな顔をしたらいいんだろう、どこを見て、どんなふうに話す?
カーペットの上をうろうろと落ち着きなく歩き回って、意味もなく並んだ本の背表紙を撫でてみたりしながらずっとそんなことを考えていた。





階段の軋む音が聞こえたとき、アンは読んでいた本からパッと顔を上げた。
読むというより、挿絵を眺めていたに近い。
マルコだ、と思ったときには扉が開いた。
襟ぐりの広い長そでのTシャツに、温かそうな生地のゆるいパンツ。
なんだ、とアンは若干力の入っていた肩を落とした。
たいしてサボと変わらない。

カーペットにぺたんと座り、両手をついて本を読んでいたアンを見下ろして、マルコはたいして意味もなさ気に「よぉ」と言った。


「なんか飲むかい」
「ん……マルコは?」
「──たしかブランデーがあったねい」


まるで、おいでと言われたような気がした。
踵を返して階下に下りていく背中にアンはついていった。
まだぬくもりがほのかに残るダイニングで、マルコはグラスを二つ取り出した。


「で、お前さんは何飲むよい」
「どうしよっかなー……」


グラスにブランデーがぶつかる音を聞きながら、保存棚を軽く漁るとわりとすぐに目当てのものが見つかった。


「これにする!」


アンが片手で突き出したココアパウダーの缶を見て、マルコはただ「あぁ」と言う。
アンが牛乳を温めて、少しの牛乳と粉を練って、それからゆっくり温かい牛乳をカップに注いでいく間、マルコはブランデーを少しずつ飲みながら待っていた。

両手でカップを抱えて階段をのぼるとき、マルコが「気を付けろよい」と言う。
ルフィに対して自分がそういうのと、なんにも変わらない。
照れくさいようなもの哀しいような、どっちつかずの気分で階段を上った。


マルコが仕事をしていたテーブルにカップを置くと、「なに読んでたんだよい」とマルコが尋ねた。


「わかんない。なんだろ」


マルコが呆れたように口をつぐんだので、アンは慌てて重たい本の表紙をひっくり返す。


「しんわ……神話だって!」
「だって、ってお前読んでたんじゃねェのかよい」
「よ、読み始めたばっかだったもん」


あぁそうかい、とでも言わんばかりの表情をされたので、アンは一話目の文章を急いで目で追った。
なんだか急に話が始まるなあと思ったら、どうやらアンが手にした本は数巻あるうちの一冊で、第一巻ではないようである。
床に這いつくばるような格好で本を見下ろすアンを真似するように、マルコも向かいから本を覗き込んできた。


「──有名な話だねい」
「そうなの?」
「たぶんな」


マルコの影がそっと離れ、「ソファに座れよい」と促される。
アンが素直に従うと、マルコはアンのカップと自分のグラスを手に、アンの隣に腰かけた。


──ある国の王女は、母親の失言のせいで神の怒りを買い、化け物の生贄に捧げられてしまう。
要するにそういう話なのだが、登場人物の名前は難しいし神様もたくさん出てくるし、と概略を掴むまでの文章も長く、時間がかかった。
大きな挿絵には、荒波のぶつかる大岩に裸の女性がくくりつけられている様子が描かれていた。
髪が乱れ顔を覆い隠し、表情は見えないが痛々しい絵だとアンは思う。


「──でもこの人自身は悪くないよなあ」
「まぁな、そんなもんだよい」


音を立ててマルコがブランデーを飲み下す。
アンはページをめくった。


──そこに別の怪物を倒した勇者が通りかかり、彼女を可哀そうに思った勇者は倒した怪物の首が持つ力で、海の化け物を退治して王女を救いだした。


「なんだ、ハッピーエンドじゃん」


ものものしい挿絵に脅されて、てっきり悲しい結末でも待っているのかと思いきや、ありきたりなヒーロー映画のような筋書きだったことに思いのほかがっかりする。

話はそこで途切れ、勇者が別の怪物を倒した話に時間が遡っていった。
生贄になった王女の名前はアンドロメダ。勇者の名はペルセウス。


「有名? この話」
「たぶん、つったろい」
「このあとどうなるの?」
「さあ」


読めば書いてあんじゃねェのかい、とマルコは興味の色も見せない。
ふーん、とページを数枚捲ってはまた挿絵のページに戻る。
よく見ると、挿絵の王女は髪の下で口を強く引き結んでいるように見えた。


「──お前は囮にさせられちまったが、生贄なんかじゃねェよい」


マルコは中身が半分になったグラスを、直接床に置いた。
その顔を振り仰ぐと、視線がかち合う。しかしマルコがすぐに逸らした。


「生贄なんかじゃねェ。そんなものにするつもりは一切なかった。オヤジも、おれも」


アンが本から手を離すと、ぱらぱらとページが勝手に進んでいった。
沈黙をごまかすみたいに、エアコンが思い出したように低い音を立てて温風を吹き出し始める。
暖かい風がつまさきをかすめた。
ココアの湯気が風にさらわれて消え去る。
そんなふうに思ってないよと言っても、マルコはきっとずっと思い続けるんだろう。
アンの肩の傷は一生消えない。


「それは、マルコが警察のひとだから、そういうふうに思うの? じいちゃんや白ひげのオヤジに一番近い偉いひとだから、あたしが巻き込まれたのを責めてるの?」


マルコはカーペットに視線を落としたまましばらくじっといていたが、やがてふっと笑って「ずいぶんまっすぐ訊くねい」と言った。
それから「それもある」と。


「オヤジはおれが悔やむのを見越して、おれには一切ばらさなかった。ただおれは何度もお前に、エースに会っていたのに、気付かなかった」


気付かれてたら困る、とアンが笑うとマルコも珍しくつられて笑った。


「他にやり方があったんじゃねェかとか、もっとああしていればとか、そんなもんは考え出したらキリがねェんだよい。ましてやこの仕事にそういう後悔は付き物だ。いつまでもかかずらっちゃいられねェ」


……んだがな、とマルコは歯切れ悪く言う。


「まだ思い出す。あんときほど心底驚いたのは初めてだったよい。手錠をかけた相手が男だと思ってたら女で、しかも惚れた女だったなんざ」


目を白黒させて、アンは思わず「ほ」と声を洩らす。
マルコは喉から絞り出すみたいに、くくっと笑った。
そしてまるで、この話は終わりだとでも言うみたいに腰を上げた。
ちょうどそのとき、階下で柱時計がぽーんと鳴り、24時を告げた。
手にしていた本を棚に戻し、マルコは言う。


「2階の突き当たりと、その手前左右の部屋が寝室だよい。おれぁ突き当たりで寝る」


飲みかけのブランデーをテーブルに置いたまま、マルコはアンに背を向けて部屋を出て行こうとする。
言葉を紡げずにアンがただマルコの背中を見送っていると、おもむろにマルコが踵を返した。
アンが座るソファの背に手をかけ、そこにかかっていた毛布でふわりとアンをくるむ。
されるがまま、茫然とマルコの顔を見上げた。


「おやすみ」


ほのかに甘い酒の香りに絡まりながら、低い声が落ちてくる。
おやすみ、と返したつもりが喉に引っ掛かって言葉は上手く出なかった。
そのままマルコは部屋を出て行った。
かすかな足音が遠ざかっていき、やがて扉の音ともに聞こえなくなった。

そのままぼんやりと扉を見つめていた。
首が痛くなったので天井を見上げると、扉の形が焼き付いて長方形の影が白い天井にぼやっと浮かんだ。
膝の上に置いた本がずしりと重い。
片付けようと手をかけたが、思い立ってページを捲った。
生贄の王女アンドロメダの行く末は結局どうなったんだろう。
読んだページを何枚か捲り、それらしき箇所を探した。
『アンドロメダを』という語句を見つけて手が止まる。


──アンドロメダを助けたペルセウスは、彼女を妻とする。アンドロメダには婚約者がいたが、生贄となっていた彼女を助けたペルセウスに当然軍配が上がった。二人はペルセウスの故郷へと旅立ち、しあわせに暮らした。


拍子抜けするくらい、ありきたりな結末だ。
そう思ったとき、本の隅にかかれた注意書きに目が止まった。
──このように、英雄が女性を怪物から助け出し結ばれるといったかたちの話を、アンドロメダ型またはペルセウス型という。

なんだ、じゃあこの話がありきたりなんじゃなくて、オリジナルがここなんだ。
ハッピーエンドは世の中に溢れている。
生贄は助けられるし助けられれば恋に落ちる。結婚したらそれはしあわせで。

アンは重たいそれをもとあった場所へと収めようと立ち上がった。
その拍子に肩から毛布が滑り落ちる。
その途端、今まで感じていなかった寒気がそっと忍び寄るように感じてアンは小さく身震いした。
飲み干したココアのカップをマルコのグラスの横に置く。
マルコが飲みかけのまま残した金色の液体は部屋の明かりの色を吸い、オレンジ色に近かった。
アンはそれをそっと口に運ぶ。
舌がピリッと痺れ、喉に触れるとそこがカッと熱くなった。

毛布を肩にかけ直すと、アンは部屋を後にした。
部屋の暖房を切るのを忘れなかった。





扉のノブは金属製で冷たかった。
それを温めるように手のひら全体でぎゅっと握る。
途端にどっと心臓が全速力で逃げ出すみたいに動き始めた。
この部屋の向こうにマルコがいる。
もう寝ているかもしれないけど、寝てないかもしれないし。
でもずっと運転してきてたぶん疲れてる。さっさと寝てしまったかもしれない。
ああでもずっとこんなところにいたら、それこそあたしが風邪をひいてしまう。
っていうかもしかして、ここにくるまでの足音にマルコが気付いていたりして──

ぐるぐる目がまわして思い悩んでいるうちに、手に力が入った。


「あ」


まぬけな声と共に扉が開いた。
真っ暗かと思いきや、奥の方で小さな明かりがついている。
部屋は思いのほか広かった。
大きなベッドがひとつ、いやふたつ。
明かりがついている方に、マルコが座っていた。
枕側の壁に背を預け、手には本を持っている。
まだ眼鏡をかけたままだ。
あ、とアンはまた意味のない声をあげた。
マルコがぱたんと本を閉じた。


「寝るかい」


う、うん、と頷くとマルコは眼鏡を外し、ランプの隣のサイドテーブルに置いた。
アンはささっと部屋に入り、後ろ手で扉を閉める。
ぎゅっと視界が狭くなり、暗さが増した。
ベッドの上でマルコがごそごそと動き、横にスペースをあけてくれる。


「ん」


掛布団の端をめくり、マルコがアンを見る。
アンがうつむきがちに近寄ると、マルコは灯りを消した。




ベッドは広く、二人が仰向けで横に並んでも肩が触れ合う心配をしないで済むほどだ。
アンはベッドまで近づくと、暗闇で見えないのに任せてえいとシーツの中にすべりこんだ。
ギッときしむベッドの音がやけに大きい。
マルコが腕を伸ばし、アンの上に掛布団をかけてくれた。
それからしばらくゴソゴソ音がしていたかと思うと、それもやがて止んだ。
アンはベッドに滑り込んだ時の体制のまま固まってしまって、マルコの方を向いたまま動くに動けなくなっていた。
好きに動けばいいんだけど、と思いながらも身体が動かない。
動いたら、何か大事な均衡を失ってしまいそうな気がした。
しばらくそのままじっとしていたが、唐突にマルコが鼻で笑って吹き出した。


「お前、そんなナリで寝られんのかよい」
「……寝られない」


ひときわ大きくベッドが軋んだかと思ったら、次第に慣れてきた視界の中、マルコの顔が見えた。


「来い」


腕を伸ばされ、頬から顎にかけて顔の下に手が差し込まれる。
アンが動いたのかマルコが動いたのかわからないまま、いつのまにか引き寄せられてぎゅっとマルコが近くなった。
首の下にマルコの腕があって、目の前に多分顎があって、脇腹の辺りにはマルコの反対の腕が乗っかっている。
おぉ、と声が漏れた。


「寝苦しいかよい」
「や、そんなこと、ない」


本当は両手をどうしていいかわからず、胸の前に引き寄せるように縮こめていたので寝苦しかった。
それでもしばらくすると、マルコの身体が触れている部分がじんわりと暖かくなってくる。

息をひそめていると、本当に静かだ。
アナログ時計がないのか、時計の針の音もしない。
外の風の音も、雪が落ちる音も、なにもない。
だから、静かだなと耳を澄ましていたときに急に呼びかけられて、大げさに驚いてしまった。


「なにっ」
「寝らんねェなら、無理してここにいることねェよい。そっちのベッドいっても、部屋移ったって」
「や、いい」


考える前に口をついていた。
寝苦しいし、落ち着かないし、何より寝苦しいし。
こんな状態で寝られるわけがないのに、ここから離れようという気にはならなかった。


「もう温かくなってるし……ふとんが」
「あぁそうかい」


くっくと笑いながら、おもむろにマルコがアンの手首を取った。
ぎょっとしていたら、その手をポンとマルコの身体に投げるようにまわされる。


「そんな縮こめてたら苦しいに決まってんだろい。乗せとけ」


腰の上あたりに腕が乗って、急に胸が楽になった。
お、重くない? と思ってもないことを訊く。
重かねェよいとマルコが律儀に答える。


「あ、あのさ」
「あぁ」
「この腕、痛くない?」


アンの首の下に入った腕を示すつもりでちらっと見る。
痛かったら抜く、とあっさりマルコが答えるので、「そう」とアンも引き下がるしかない。


「あ、あのさ」
「あぁ」
「こんなふうに誰かと近くで寝るの、久しぶりだから」
「あぁ」
「寝相悪くて蹴っ飛ばしたらごめん……!」


ぶあ、と聞いたことのない声をあげてマルコが吹き出した。
その声にぎょっとして身を引くと、そのあともマルコはいつものように押し殺したような声でくつくつと笑い続けた。
マルコが笑うとアンの身体も揺れる。


「な、なんなのさあ……」
「ああ、腹いてェ。んじゃお前さんが動かねェように固めとくよい」


そう言ったかと思うと、マルコはぎゅっと自分に引き寄せるようにアンをきつく腕の中に締め上げた。
顎がマルコの胸の上あたりにぶつかり、ぐぇっと声が漏れる。


「うぐ、く、くるしい……!」


唯一自由なマルコの背中に回した腕で、脇腹のあたりをバシバシ叩く。
と、すぐにアンを閉じ込める力は抜けるように緩くなった。
はあ、と息をついて視線を上げると、マルコが近い。

あ、と思ったら唇が触れた。
本当に軽く、撫でるみたいに表面をさらって、鼻の頭にふれ、髪が掻き上げられたと思ったら眉間にも。
他にもくるか、と待ち構えていたがもうどこにも唇は降ってこず、後頭部の髪を絡める指の動きだけが伝わった。
しばらくそのまま、目を閉じていた。


「──マルコ?」
「ん」
「マルコは寝られそう?」
「さあな」


余計なことは気にするなと言わんばかりに、後頭部をコツコツと指で叩かれる。
次第に瞼が重くなり、くらんとどこかに落ちるような感覚がアンを襲う。
それが何度か繰り返され、本格的にうつうつと夢を見始めたとき、不意にマルコが「アン」と呼んだ。
条件反射で「なにぃ」と答える。


「──家、出る気はあるかよい」
「いえ……あたしの……?」
「あいつらのことが気がかりだろうからよい、今すぐとは言わねェが」


一緒に暮らさねェかい、と言われたときにまたあの落ちる感覚に襲われて、そのまま上がってくることができなかった。
返事のないアンにマルコが小さく息をついたのも、唇にもう一度柔らかな感触があったのもぼんやり分かったが、どうすることもできなかった。
お前おれの酒飲んだだろ、とマルコが言うのも聞こえていた。


明日目を覚まして、起き抜けの顔でおはようと言って、パンでも焼くのかな。
そういう毎日が続くとしたら、考えたこともない未来とはいえ、それはそれですごくいいんじゃないかと思うのだ。

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白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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