OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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行きと打って変わり人気の少ないバスは冷蔵庫の中みたいにきんと冷えていて、冷え切った腕をますます冷たくした。
奥の座席に進むのが億劫で、入り口近くの一人掛けに腰かける。
ぶぶぶと巨大な昆虫が羽音を響かせるように、バスが唸りながら稼働した。
車窓の向こうを流れていく大学生たちを見るたびに、サンジ君の別れ際の泣きそうな顔を思い出した。
私は彼を傷つけたのだろうか。
そのとき、こつんと窓が小突かれた音がして顔を向けた。
赤信号のためバスは小さく震えながら停車していて、窓の向こうに見えた顔に息を呑む。目が合うと、ルフィはにぱっと顔全体を使って笑いながら執拗に窓ガラスをコツコツコツコツ、それがいつのまにか拳でどんどんと叩くように変わっていた。
ちょっと、と思わず目を瞠ると、ルフィは自分の後ろを親指でくいと指す。
そちらに目を遣ると、2トントラックがコンビニの駐車場の半分以上を占めて停まっていた。
偶然バスの中にいる私に目を留めて、思いのままにふらふらとやってきたのだろう。
しかしバスは青信号に従って前進を始める。あ、と思ったときにはルフィは後ろへと流されていった。
かと思えば、バスはすぐに停車した。バス停についたのだ。
腰を浮かしかけ、また座り、さんざん迷ってドアが閉まりかけたとき、ようやく私はバスを降りた。
バス停からコンビニの方へと歩いていくと、作業着を肩のあたりまで捲り上げたルフィがぶんぶん手を振っている。
時折家にかけてくる電話でしか、ここ最近繋がったことがなかった。ルフィの笑顔がとても遠いところにある懐かしいもののように胸にしみる。半年前までは、当たり前のようにすぐそこにあったのに。
「ナミ! 久しぶりだなぁ、家に帰るのか?」
「うん、あんた仕事中なんじゃないの」
「終わって帰るとこだ! ゾロが飲みモン買いてェって言うから」
ルフィの肩越しに、ちょうどゾロがコンビニからペットボトルをぶら下げて出て来たところが見えた。
ゾロからも見えているはずなのに、私たちには目もくれずその場でおもむろに飲み物に口を付けている。
「ナミはどこ行ってたんだ?」
「ウソップの大学……」
ふうんと相槌を打って、言葉尻の濁った私をルフィは不思議そうに眺めた。
ルフィはこんなにも変わらないのに、どうして私ばかりが置いて行かれたような気持ちになるんだろう。
「ナミ?」
一歩近づいてきたルフィを引き寄せた。
薄汚れた作業着は肌触りが悪く、洗濯の仕方が悪いせいかごわごわとだぶついていた。
細い肩は頼りなく、居心地悪そうに私の腕の中に納まったルフィをとても小さく感じた。
同じ男なのに、なにもかもがサンジ君と違う。
そのことがとてもかなしいのに、ひどく私を落ち着かせた。
ルフィを抱きしめ、なかばすがりつくように肩を掴み、顎を乗せる。
いてェよ、とみじろいだルフィだけが味方だと感じた。
「ノジコと喧嘩したのか?」
あながち間違ってもいない指摘に、小さくうんと言った。
「難しいな……どうやって謝ろう」
「ナミが悪いのか?」
「どうだろ」
ううんと苦しそうにルフィは呻く。
「そろそろ離せよぉ」と言われるかなと思ったが、ルフィはじっとそのままにさせてくれた。
仕事を始めて、気を遣うことができるようになってきたのかもしれない。
だから構わず私もルフィを抱きしめたまま、ここが往来であることも忘れてルフィに身を任せていた。
ゾロも呆れて私たちを見ていることだろう。
「好きな男ができたの」
「お? おぉ」
「でも、難しいね」
わかったようなわかっていないような声で、ルフィはただ「そうか」と言う。
そうなの、と私は零した。
「だからもう、サンジ君には会えない……」
痛む胸も火照る頬も全部彼のものだった。
私がサンジ君のことを考えることさえやめれば、なにもなかったことになる。
彼に関して私が持っているものなんて、なにひとつない。
好きだと思った気持ちさえ、細かい砂を風に飛ばすように、あとかたもなく。
うぅんとやっぱりルフィは唸ってから、「でも」と言った。
「おれはサンジすきだ。メシうめぇし」
「──そう」
「部屋の片づけもしてくれるし」
「そんなことさせてんの、あんたたち」
「おれはまだこれからもサンジに会いてェけどなぁ」
ぎゅっとルフィの背中にしがみつくと、それに応えるようにルフィは一度だけ、強く私を抱きしめた。
それからパッと離れ、「サンジの話してたら腹減ったじゃねェか」と言ってゾロの方を振り向く。
「おーい、腹減ったしメシ食いにいこうぜ」
やっぱり気を遣えるようになったというのは嘘だな、と思いながら「私も行く」と言えば、「あたりまえだろ」とルフィは鼻をほじりながら言った。
*
夕方というにも少し早いおかしな時間に食事をしてしまい、食傷気味の胃と気まずさを抱えて家に帰った。
家のポーチを抜けてすぐ、畑から戻ってきたノジコとばったり出くわしてしまう。
一言目になんて言えばいいのかわからず、口をあけたまま言葉の出てこない私に、ノジコはいつものけだるい口調で「おかえりぃ」と言いながら軍手を脱いだ。
「──ただいま」
「ごはんは? やっぱあんたも携帯持った方がいいんじゃない。連絡取ろうにもどうしようもないんだから」
「うん」
俯きがちに頷く私を横目で流し見て、さっと近づいてきたノジコはじゃれるように肘で私をつついた。
「ばかね、いつまでもそんな顔してないで。確かにあれは話が急すぎたわ。黙っててごめん」
やっぱりノジコはどこまでもお姉さんで、先に謝られたら気持ちのやり場に困ってしまう。
意地を張るのも疲れてしまう、と私は肩の力を抜いた。すると自然と頬が緩む。
「こっちこそちゃんと話聞かなかったわ。ごめん」
「ん、ベルメールさんにもそう言うんだよ」
「わかってる」
「じゃあ夕飯のときに家族会議第二弾ね」
げっと顔をしかめると、ノジコは逃がすまいとするかのようにがしりと私の手首を掴んだ。
「夕飯要らないとか言うんじゃないでしょうね。さっさと話にけりつけたいんだから、こっちも」
「さっき変な時間にごはん食べちゃったのよ。ルフィに会って」
「ルフィ?」
へえ、私全然会ってないなあとノジコは羨ましそうに口をすぼめた。
「ゾロも一緒だったけどね。ルフィの同居人」
「あれ、ウソップは? あんたウソップと一緒だったんじゃなかったの」
「え、ちがうけど」
「あっそう」
あくまでノジコはどうでもよさそうだったが、そう言えば家を出る前「ウソップの大学に行ってくる」と言い残したことを思い出した。
まるでウソップをだしにしたみたいだと、苦いものが口に残る。
玄関前で立ち話をしていた私たちに、まだ沈む気配もない西日が照りつける。
ノジコの首筋を汗が玉になって流れたのを機に、私たちはさっさと家の戸をくぐった。
「お、帰ったな家出娘」
「──ただいま」
バツの悪い顔をする私に、ベルメールさんは歯を見せてからからと笑い声を立てた。
「サラダにするからレタス洗ってちぎってちょーだい」
「はいはい」
「手ェ洗うのよ」
子供の頃から変わらない台詞を背に受けて、洗面台へと向かう。
そして少しでもこの家の空気を煩わしいと思ったこと、どうしてここにサンジ君がいないのだと馬鹿みたいに一人騒いで心塞いだことを、心底恥ずかしく思った。
*
経営学。組織を運営すること、その経済を動かすこと。
ベルメールさんとノジコは、彼女たちも聞き慣れないはずの単語をしっかりと理解して、それを噛み砕いては私に説いた。
この家に必要なのは力仕事のできる人の頭数だけじゃない。どれだけ美味しいみかんを作り、どんなふうにそれを人のもとに届けるか。
効率のよさは必ずしも利益を生まない。
ベルメールさんのみかんは彼女の泥臭いとも言える丁寧な管理と惜しみない愛でおいしくなった。
そこに効率性を差し挟む余地はないように見えた。
「でもね、うちは出荷数がどうしても他より少ないでしょう。だから卸先も必然的に限られちゃって、長くやってる割に知られてない」
「あ、ちょっとそこのお塩とって」とノジコが話の腰を何度も折りながらも、私たちは食卓を挟んで真顔を付きあわせた。
こんなふうにベルメールさんが嘆く──嘆くと言っても、けして悲観的ではなくあくまであっさり事実を述べる感じで──のは、いままでときおり耳にした。
だからせっせと私もノジコも営業にいそしんだつもりだったが、うちのやり方はやっぱり古臭いと見えて、なかなか新しい取引先は見つからなかった。
「だからね、あんたの賢い頭をもっと使ってほしいのよ」
私が経営学を学んで、この家の頭脳になる。
考えたこともなかったと洩らせば、「私も」「私も」と似通った声で二人が頷く。
ベルメールさんはチキンを飲み下し、椅子の背もたれに大きく持たれながら、片頬だけを持ち上げる器用な笑い方をした。
「別に私だってさあ、無理にあんたに大学行かせようってハラじゃないんだから。そもそも私は勉強嫌いだもん。自分の嫌いなモン人に勧めようってんだから、真面目な顔するしかないじゃないの」
うーんと俯いて唸りながら、サラダのトマトを口に運ぶ。
みずみずしいそれを噛み潰すと、うっすら青さの残る酸味が口に広がった。
「大学に通う間は、家のことできないのよねぇ」
「そりゃあそうじゃない。ウソップとか見てると、課題だとかなんとか大変そうじゃん」
「手伝えるときだけ手伝ってくれたら十分よ」
さらに頭を下げて考え込む私に、「まぁまぁ」とでも言うかのようにベルメールさんはフォークの先を振った。
「今すぐ答えろってのも難しいし、この話は保留ねー。ナミは興味が出たら自分で大学とか調べてくれる?」
そう言うとさっさと席を立ち、ベルメールさんは台所に皿を下げに行ってしまった。なんともおおざっぱな締めくくりに拍子抜けした。昼食時の真剣みがフルコースだとしたら、この夕食は大衆食堂なみだ。
ばかばかしくなるほど頭を悩ませていたというのに、3人で冷静に言葉を交わせばすとんと重荷は足元に落ちてくれた。
あとは私がどれを拾うか、選ぶだけだ。
「ナミィ、コーヒー入れて」と私を足の先で差しながらノジコが言うので、彼女をひと睨みしつつ席を立つ。
「紅茶でいい?」
「えぇ、コーヒーがいい」
「なら自分でしなさい」
「じゃあ紅茶でいい。レモン切って」
やかんを火にかけ、茶葉をポットに放り込む。
「レモン切って」というのは、我が家ではみかんの輪切りを紅茶に浮かべることを言う。
売り物にならないみかんは段ボールに詰めて、ダイニングの隅に常にある。
私はそこからすっぱそうなものを一つ取り出して、果物ナイフをすっと差し込んだ。
*
ロビンにみかんを発送した数日後、彼女は涼やかな音色でうちの電話を鳴らしてきた。
「とても美味しいわ。びっくりして、半箱ぶんくらい母に送ったのよ」
「酸っぱすぎなかった?」
「えぇ、あれくらいが好きよ。毎日夕食の後にひとつ食べるの。手が黄色くなってしまいそう」
「それくらいじゃならないわよ」
本当に黄色い手というのはこういうものだ、と受話器を握らない方の手を見下ろした。
「触って柔らかいものから食べてね。皮の厚い種だから悪くなりにくいと思うけど、食べるぶんくらいは冷蔵庫に入れたほうがいいかも」
「えぇ。それでね、お礼がしたいのだけど」
「お礼?」
「おいしいみかんを教えてくれたお礼」
含み笑いを噛んだような柔らかな息が受話器にかかる。
彼女の薄い唇を思い出した。
「お礼なんて、きちんと御代はもらったんだから」
「でもずいぶん安くしてくれたんじゃない?」
「スーパーに卸されたものを買うよりはそりゃあ安いけど」
多少の融通は利かせたけど、微々たるものだ。
それでも彼女は御礼をさせてと言ってきかなかった。
うーん、と悩むふりをしつつ、少し気持ちが浮上する。
つまさきで器用に小さなクッションの端をつまんで、ぶらぶらと揺らした。
うちの電話は座りながら話せる位置にない上にコードレスではないので、おのずと片足立ちになる。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「えぇ、あなたがよければ食事でもどう?」
「それじゃみかんより高くつくじゃない」
「そんなことより、私はまたあなたに会いたいのよ」
びっくりして息を呑む。
クッションがポトリと落ちた。
「……そんなこと言っちゃう?」
「言っちゃうのよ」
葉が擦れるような笑い声を静かに立てて、ロビンは「いつがいい?」と訊いた。
「いつでも……平日の方がいいかな」
「夜でも構わない?」
「うん」
「じゃあまた連絡するわ。近いうちに」
「うん、楽しみにしてる」
カタコトとぶつかる音がして、電話が切れた。
彼女もどうやら家の電話からかけてきたらしい。
リビングの壁にぶら下がった貰い物のカレンダーに目を遣って、たいして予定がないことを確認する。
なんとなく、たいしてロビンのことを知ってもいないのに、彼女はすぐにまた電話をかけてくるだろうと思った。
古風なクリーム色の電話に受話器を置く。
電話を手にしたのは久しぶりな気がした。
結局あの日から、サンジ君からの電話は鳴らない。
どこかでそうなることを予感していた。
そしてひどく浅ましい期待と現実的に胸に迫るその予感がせめぎあうのを、とても静かに実感していた。
ただあの日ルフィを抱きしめたとき、なかったことにしてしまえると思った気持ちが未だぱらぱらと私の足元に散らばって、ふとした瞬間つま先に触れる。
そのとき走る痛みは小さいながらも鮮烈で、やっぱり私はそれでも彼が好きだった。
*
どこに行くのか結局知らされないまま日時だけを伝えられ、水曜日の夜に丘の下からバスに乗った。
7月の夕方はいつまでたっても薄紫と薄いオレンジがまざりあって空を汚し、気付いた時にはすとんと黒幕が落とされる、そんな夜の始まりが続いた。
バスの窓枠に切り取られた空を仰ぎ見るように窓にこめかみをくっつけて、分厚い雲を見ていた。
ロビンが待ち合わせ場所に指定したのは古くて小さな郵便局で、変わった場所で待ち合わせるなぁと思いつつ、その向かいのバス停で降りる。
私が降りたとき、ロビンは帰り方向のバス停の時刻表をじっと見つめていた。
せわしなく横断歩道を渡って彼女の近づいていくと、気付いたロビンが私を見てすっと目を細めた。
「こんばんは」
「こんばんは、ごめんなさい、待たせちゃった?」
「いいえまったく。こちらこそ、あなたの家からは遠かったかしら」
「ううん、バスで一本だもん」
そう、とにっこり笑うロビンは遠慮をすることもさせることもないまっさらなもので、下ろしたてのシャツのようにさっぱりしている。
「歩いてすぐなの。行きましょうか」
「うん。ロビンはどうやってここまで?」
「送ってもらったの。あ、ほら」
不意に彼女が足を止めたのは、扉の小さなバーだった。
小さな看板がささやかなライトで照らされている。
「お酒もいいけど、お料理もおいしいのよ」
予約しておいたのよ、と得意げに笑う顔は少女のようだ。
扉を引いて中に入っていく彼女の高い背を見上げながら後に続いた。
店内は狭く、机も少ししか並んでいない。
ただ駅前に多いバーやダイニングのように薄暗かったり妙にオレンジ色の間接照明が光っていたりはせず、からっと清潔な明るさで満ちていた。
一番奥の4人掛けのテーブルに案内され、メニューを手渡される。
ワインメニューが豊富なそれを眺めて、適当に選んだ。
「じゃあ私もそれをいただくから、ボトルでお願い」
「えっ、私適当に選んだから、それならロビンが」
「いいの、私もよく知らないわ」
とりあえず一本開けちゃいましょうよ、とはしゃぐように言った。
大人っぽいのか子どもっぽいのかわからないこの人は、どちらにせよとてもかわいらしい。
「──ロビンって、最近読んだ本に出て来た人にすごく似てる」
ふと思い出してそう言うと、突然の告白にもロビンは戸惑うでもなく静かに瞬いた。
「どんな話?」
「とても細くて繊細なんだけど考え方は豪快で、自分のスタイルを貫くために矜持を絶対に守るの。たとえば、フルコースでデザートが出ても絶対に食べない」
「私は残さず食べるわよ」
「ん、まぁこれは例よ。それでね、今みたいにワインをボトルで頼んだら、半分も飲まずに残しちゃうの。『もったいない』って言われたときの切り返しが面白かった」
「なんて?」
「ワインを残せば、より多くの店員の舌にそれが触れる。いいワインであれば残せば残すほど、店員のワインの舌が鍛えられるんだって」
ちょうどそのときワインと冷えたグラスが運ばれてきて、一杯目は店員に注いでもらう。
音もなく乾杯をし、私たちはそっと口を付けた。
「──おいしいじゃない」
「うん、さっぱりしてる。甘さもちょうどいい」
「半分以上残すなんてとんでもないわ」
ロビンはもう一口飲み、「本当に似てる?」と笑いながら尋ねた。
「雰囲気がね」
「じゃあ、あなたも登場させましょう。ナミは誰に似てた?」
「私? 私はだれにも」
「それじゃあ、私に似てるその人に恋人は?」
「恋人……旦那がいるけど、ある女の子がその人のことを好きなの」
「女の子?」
「そう、激しい恋なんだって」
平野を突き進む竜巻みたいに、と小説の一節を思い出す。
ふうん、と興味深そうにロビンは鼻を鳴らした。
「激しい恋」
「そう、変わった話だけど面白かったの。あ、何か料理頼まない?」
アルコールに刺激されてお腹が空いてきた。忘れていたというふうに、ロビンがアラカルトのメニューを開く。
始めは互いの好きなものや苦手なものを探り合うようだったのが、次第に食べたいものや耳慣れないメニューを指差してはあれこれと選んでいた。
料理を注文し、湯気の立つそれらが運ばれてきても、私たちはまるで昔からの友人のようにあけっぴろげに笑いながら話をした。
彼女の仕事についてはアンティークショップをやっているということだけ知っていたが、聞くところによると骨董商のようなこともしているという。
「古くて一見価値のないように見えるものを、欲しい人のところに届けるの。私にはお宝を扱う素晴らしい仕事だわ。あなたにとってのみかんみたいに」
あなたのみかんは骨董品なんかじゃないけど、と蒸野菜にフォークを刺してロビンは笑う。
無邪気といっていいほど寛容に自分のことを話し、そして聞いてくれるロビンに、私は言いよどむこともなく大学に行くか行かないかという話をしていた。
ロビンはグラスを傾け、じっと聞き入ってから口を開いた。
「お金の心配もいらないと言ってくれているんでしょう? 聞きかじっただけの私の意見で申し訳ないけど、とてもいいと思うわ。あなたにとって」
「でもね、本当に人手が足らなくなると思うし、お金の負担だってゼロじゃないでしょ」
ただでさえうちは余分な蓄えもない。
魚の白身を崩しながらぶつぶつ言っていたら、ロビンがフォークの先で巻くように綺麗に魚の皮を取り除いてくれた。
「おうちのことではなくて、あなたの都合はどうなの?」
「私の都合?」
「お金も、仕事も、おうちのことでしょう」
「私は……大学の勉強には興味があるけど……ホントのところ、経営学なんてものを勉強しても役に立つのかなって」
そして勉強したとしても、それを家の仕事に活かしていく自信がこれっぽっちも湧かないのだ。
先日話をしたときベルメールさんやノジコはなんでもないことのように軽く言ってのけたが、負担をかけるぶん、彼女たちが期待するところに手が届かなかったら。
背丈のある分、ロビンは私を見下ろす形でじっと見つめていたかと思えば、おもむろに私のグラスにワインを注いだ。
いつのまにかボトルは空いている。
「私も大学生だった時があるんだけど」
顔を上げると、ロビンは思い出すというよりすぐそこに思い出があってそれを手の上に乗せて眺めているような、親しげな顔をしていた。
「大学ってね、勉強を建前になんでもできるところなのよ」
「建前?」
「私の場合は専攻が歴史学だったの。どうしてもある国に行きたくて、でも私にはお金がなくて、先生を焚き付けて旅費をもらったりしてた。そのころから骨董品に興味があって、どうしても自力で磨くことのできない銀細工を理学部の人に頼んで薬品できれいにしてもらったり」
やりたい放題よ、とロビンはあっけらかんと笑う。
「ナミだって、そんなふうに凝り固まって家業のことばかり考えなくてもいいんじゃないかしら。ご家族も、それだけを望んでるわけでもない気がする」
「それだけじゃないって言っても……」
「大学の交友関係なんて、あなたが広げようと思えば思うだけ広げられるのよ。宣伝広告なんでも好きにしたらいいじゃない」
宣伝。それいいわね、と思わず口をつく。ロビンはフォークを口に含んだままニコリと笑った。
「激しい恋なんて、それこそゴロゴロ落ちてるわ」
「ゴロゴロって」
「本当よ」
ねぇもう一本頼まない? とロビンがワインメニューを開く。
次は選んでと言えば、厳選したお気に入りなのか適当に選んだだけなのか、ラベルの綺麗な赤がやってきた。
ワインを注ぎながらロビンが私をちらりと見たので、「なぁに?」と問い返す。
「興味がわいた?」
「大学のこと?」
「えぇ、学問に自由に、交友関係に激しい恋に」
「随分偏ってるみたいだけど」
そう言いながら、案外これが全てかもしれないと思った。
酔いというほどあからさまな酩酊は感じない。ただすこし気分がふわふわ浮かびやすい。
ロビンは顔色一つ変わらない。
白い肌に赤い飲み物がよく似合う、その顔をぼんやり眺めながら口を開いた。
「──たとえばもう持ってるものが大学生活でも手に入るとして」
「えぇ」
「そしたら……」
考えて、言いよどみ、口を閉じたり開いたりしてから結局「ごめん、何が言いたいのかわかんなくなってきちゃった」とごまかすようにワインを飲み下した。
渋みばかりが目立って舌に触れた。
「持てるものなら持ってたら?」
いくつあったっていいじゃない、と薄い唇が言い切る。
──そうなの? とすがるような目で彼女を見てしまった。
アーモンドみたいに形のいい目が見つめ返す。
「好きな人がいるの?」
頭も心も悩む隙さえなく、子供のように屈託なく頷いた。
「そう」とロビンは嬉しそうに微笑む。
途端に、私の顔はくしゃりと歪んだ。
激しい恋などいらない。
ただ穏やかに毎日を過ごすその中にサンジ君さえいてくれたら。
ゆるゆると歩くように日々を過ごし、息をするみたいに彼を想って、眠るときには私だけの甘い夢を見る。
たったそれだけのこと。
「──あのあとすぐに電話すれば良かった」
待ってなんていないで、私からかけてしまえばよかった。
ロビンは首をかしげながらも、すべてわかったみたいな顔で私を見下ろす。
そうだ、この顔。彼は端正な陶器のようなロビンの顔を慈しむような筆跡で描いた。
「サンジ君は──」
「サンジ?」
思わず漏らした名前に、ロビンは耳慣れた単語を聞きかじったように軽く目を見開く。
あ、と真っ赤な警告音が耳の奥で鳴り響いた。手の先がつんと冷たくなっていく。
つい一瞬前まで姉妹のように感じていた彼女を遠ざけなければいけないと、頭の奥で私が叫ぶ。
──その声でサンジ君を呼ばないで。
「サンジってもしかしてあなた」
「待って、やめて」
強く押さえつけられるように、胸の真ん中が重苦しくなる。
──こんなの、心がこわれてしまう。
咄嗟にかばんを掴み立ち上がった。
はずみで膝がテーブルの脚にぶつかり、ボトルが不安定に揺れる。
すぐさまロビンがボトルの首を掴み、同時に私をさっと見上げた。
「ナミ!」
「ごめん、私」
背を向けた私の左手首を、思いがけず強い力が握りしめた。
中腰になりながら、長い腕が私を絡め取るようにして離さない。
「大丈夫よ。落ち着いて、あなた何か勘違いしてる」
すごく思い当る節もあるし、とロビンは強い目で私を捕えた。
彼女の目を見ることができず、引きとめられるがまま椅子に腰を下ろした。
ロビンも息をつき、手を離す。
「若い子の想像力って偉大だけど恐ろしいわ」
ロビンは呆れたように笑ったけど、私だけに気まずい沈黙が落ちる。
彼女は男らしくグラスの中身を干した。
「あなたも冷静に考えれば、私が彼のことを知っているなんて説明するまでもないと思うのだけど」
私は黙ってテーブルの上の汚れた皿を見つめた。
怒られる生徒のように私が黙りこくるので、ロビンは「あぁもう」と平坦な声で言った。
「かわいいのね」
同時に静かに笑いだした彼女に驚いて顔を上げる。
ロビンは笑ったせいかワインのせいか、頬骨の辺りをほんのり赤くしていた。
笑い声を残したままの彼女と視線がぶつかった。
「私が彼と会ったのは、ウソップたちと同じ理由。あのイベントがきっかけよ。彼はまだ一年生だった──こんな話聞きたくない?」
わずかに首を振った。
サンジ君とロビンの関係を邪推する気持ちは、やっぱりどこかにある。
それでもロビンと話せば話すほどそんなはずはないと思い、それでもサンジ君と会えば必ずロビンのことを思い出した。
ねぇナミ、とロビンは身を乗り出して、私の指先に彼女のそれを絡めるようにして握る。
「あなた、なにか見たでしょう」
私が息を詰めると、ロビンはやっぱりとでも言うかのように笑みを深くした。
その笑顔を見ると、理由もなく胸が痛くなる。
「こんなふうにこじれると思わなかった。ごめんなさいね」
何に対して謝っているのか理解しきれないまま、ゆるゆると首を振った。
ロビンはここで答えを教えてくれる気はないらしい。
彼女は私の指先を握ったまま言う。
「私はあなたとサンジが……今どういう関係になっているのかわからないけど。連絡を取っていないのなら取るべきだし、きちんと話をするべきだと思うわ」
ぎゅっと胸の奥が縮んで、それから水が抜けるようにしおしおと緩んでいくのを感じた。
口を開くと、声が震えてしまいそうで怖かった。
でも、と必死で絞り出した声はやっぱり震えている。
「サンジ君はもう、私に会いたくないんだと思う」
彼の触れてほしくないところに無遠慮に手を伸ばした。
知りたいと思ったから近寄ったのに、そのたびに一歩引かれてはお互いに傷つく。
これが恋だというのなら、私にはひどく重い。
「そんな顔をしないで、ナミ」
ロビンはこれ以上自分にできることはないと悟ったように、ウェイターに水を頼んでくれた。
それをもらい、飲み干すと、ロビンは「おいしそうに飲むのね」と言って笑ったので私もつられて少し微笑んだ。
*
帰りのバスに乗るとき、ロビンはバス停の前で見送ってくれた。
ロビンはどうやって帰るの? と尋ねると、迎えに来てもらうと言う。
そういえば行きも送ってもらったと言っていたっけと思い出し、もしかして彼女は結婚しているのかもしれないと思い当った。
思えば自分のことに精いっぱいで、もっとロビンのことを知りたかったと今になって後悔する。
すると私の胸の内を見透かしたように、ロビンが「また誘ってもいい?」と少し口ごもりながら訊いた。
まるで幼い女の子が慣れない友達作りをしているようなその言い方に少し驚きながら、「もちろん」と頷く。
ふわっと笑った彼女は、「次はあなたの好きなところに行きましょう」と手を振った。
夜の10時を過ぎているだけあって、バスは空いていた。
黒く塗りつぶされた窓に映る自分の顔を眺めながら、ずいぶん話があっちこっちしたものだとさっきまでの会話を思い出す。
きっと恋をするならロビンみたいな人がいい。小説の話を思い出し、彼女に出会えたことをとても幸福だと感じた。
最寄りのバス停から家までの坂道を、千鳥足とは言わないまでも頼りない足取りでのぼる。
家の灯りがなだらかな斜面を照らすのが目に入った。
玄関扉の上部には、ポーチを照らす電灯がひとつついている。
その明かりの中にぽかりと長い影が伸びていた。
汗ばむ首すじを拭ってポーチに入ったところでようやくその陰に気付いて顔を上げた。
「ただいま……」
長い足がベルメールさんのようで、咄嗟に彼女だと思い込んで口にした「ただいま」が、行き場のないまま足元に落ちる。
サンジ君は扉の横にひっそりと立って、私を見ていた。
→
奥の座席に進むのが億劫で、入り口近くの一人掛けに腰かける。
ぶぶぶと巨大な昆虫が羽音を響かせるように、バスが唸りながら稼働した。
車窓の向こうを流れていく大学生たちを見るたびに、サンジ君の別れ際の泣きそうな顔を思い出した。
私は彼を傷つけたのだろうか。
そのとき、こつんと窓が小突かれた音がして顔を向けた。
赤信号のためバスは小さく震えながら停車していて、窓の向こうに見えた顔に息を呑む。目が合うと、ルフィはにぱっと顔全体を使って笑いながら執拗に窓ガラスをコツコツコツコツ、それがいつのまにか拳でどんどんと叩くように変わっていた。
ちょっと、と思わず目を瞠ると、ルフィは自分の後ろを親指でくいと指す。
そちらに目を遣ると、2トントラックがコンビニの駐車場の半分以上を占めて停まっていた。
偶然バスの中にいる私に目を留めて、思いのままにふらふらとやってきたのだろう。
しかしバスは青信号に従って前進を始める。あ、と思ったときにはルフィは後ろへと流されていった。
かと思えば、バスはすぐに停車した。バス停についたのだ。
腰を浮かしかけ、また座り、さんざん迷ってドアが閉まりかけたとき、ようやく私はバスを降りた。
バス停からコンビニの方へと歩いていくと、作業着を肩のあたりまで捲り上げたルフィがぶんぶん手を振っている。
時折家にかけてくる電話でしか、ここ最近繋がったことがなかった。ルフィの笑顔がとても遠いところにある懐かしいもののように胸にしみる。半年前までは、当たり前のようにすぐそこにあったのに。
「ナミ! 久しぶりだなぁ、家に帰るのか?」
「うん、あんた仕事中なんじゃないの」
「終わって帰るとこだ! ゾロが飲みモン買いてェって言うから」
ルフィの肩越しに、ちょうどゾロがコンビニからペットボトルをぶら下げて出て来たところが見えた。
ゾロからも見えているはずなのに、私たちには目もくれずその場でおもむろに飲み物に口を付けている。
「ナミはどこ行ってたんだ?」
「ウソップの大学……」
ふうんと相槌を打って、言葉尻の濁った私をルフィは不思議そうに眺めた。
ルフィはこんなにも変わらないのに、どうして私ばかりが置いて行かれたような気持ちになるんだろう。
「ナミ?」
一歩近づいてきたルフィを引き寄せた。
薄汚れた作業着は肌触りが悪く、洗濯の仕方が悪いせいかごわごわとだぶついていた。
細い肩は頼りなく、居心地悪そうに私の腕の中に納まったルフィをとても小さく感じた。
同じ男なのに、なにもかもがサンジ君と違う。
そのことがとてもかなしいのに、ひどく私を落ち着かせた。
ルフィを抱きしめ、なかばすがりつくように肩を掴み、顎を乗せる。
いてェよ、とみじろいだルフィだけが味方だと感じた。
「ノジコと喧嘩したのか?」
あながち間違ってもいない指摘に、小さくうんと言った。
「難しいな……どうやって謝ろう」
「ナミが悪いのか?」
「どうだろ」
ううんと苦しそうにルフィは呻く。
「そろそろ離せよぉ」と言われるかなと思ったが、ルフィはじっとそのままにさせてくれた。
仕事を始めて、気を遣うことができるようになってきたのかもしれない。
だから構わず私もルフィを抱きしめたまま、ここが往来であることも忘れてルフィに身を任せていた。
ゾロも呆れて私たちを見ていることだろう。
「好きな男ができたの」
「お? おぉ」
「でも、難しいね」
わかったようなわかっていないような声で、ルフィはただ「そうか」と言う。
そうなの、と私は零した。
「だからもう、サンジ君には会えない……」
痛む胸も火照る頬も全部彼のものだった。
私がサンジ君のことを考えることさえやめれば、なにもなかったことになる。
彼に関して私が持っているものなんて、なにひとつない。
好きだと思った気持ちさえ、細かい砂を風に飛ばすように、あとかたもなく。
うぅんとやっぱりルフィは唸ってから、「でも」と言った。
「おれはサンジすきだ。メシうめぇし」
「──そう」
「部屋の片づけもしてくれるし」
「そんなことさせてんの、あんたたち」
「おれはまだこれからもサンジに会いてェけどなぁ」
ぎゅっとルフィの背中にしがみつくと、それに応えるようにルフィは一度だけ、強く私を抱きしめた。
それからパッと離れ、「サンジの話してたら腹減ったじゃねェか」と言ってゾロの方を振り向く。
「おーい、腹減ったしメシ食いにいこうぜ」
やっぱり気を遣えるようになったというのは嘘だな、と思いながら「私も行く」と言えば、「あたりまえだろ」とルフィは鼻をほじりながら言った。
*
夕方というにも少し早いおかしな時間に食事をしてしまい、食傷気味の胃と気まずさを抱えて家に帰った。
家のポーチを抜けてすぐ、畑から戻ってきたノジコとばったり出くわしてしまう。
一言目になんて言えばいいのかわからず、口をあけたまま言葉の出てこない私に、ノジコはいつものけだるい口調で「おかえりぃ」と言いながら軍手を脱いだ。
「──ただいま」
「ごはんは? やっぱあんたも携帯持った方がいいんじゃない。連絡取ろうにもどうしようもないんだから」
「うん」
俯きがちに頷く私を横目で流し見て、さっと近づいてきたノジコはじゃれるように肘で私をつついた。
「ばかね、いつまでもそんな顔してないで。確かにあれは話が急すぎたわ。黙っててごめん」
やっぱりノジコはどこまでもお姉さんで、先に謝られたら気持ちのやり場に困ってしまう。
意地を張るのも疲れてしまう、と私は肩の力を抜いた。すると自然と頬が緩む。
「こっちこそちゃんと話聞かなかったわ。ごめん」
「ん、ベルメールさんにもそう言うんだよ」
「わかってる」
「じゃあ夕飯のときに家族会議第二弾ね」
げっと顔をしかめると、ノジコは逃がすまいとするかのようにがしりと私の手首を掴んだ。
「夕飯要らないとか言うんじゃないでしょうね。さっさと話にけりつけたいんだから、こっちも」
「さっき変な時間にごはん食べちゃったのよ。ルフィに会って」
「ルフィ?」
へえ、私全然会ってないなあとノジコは羨ましそうに口をすぼめた。
「ゾロも一緒だったけどね。ルフィの同居人」
「あれ、ウソップは? あんたウソップと一緒だったんじゃなかったの」
「え、ちがうけど」
「あっそう」
あくまでノジコはどうでもよさそうだったが、そう言えば家を出る前「ウソップの大学に行ってくる」と言い残したことを思い出した。
まるでウソップをだしにしたみたいだと、苦いものが口に残る。
玄関前で立ち話をしていた私たちに、まだ沈む気配もない西日が照りつける。
ノジコの首筋を汗が玉になって流れたのを機に、私たちはさっさと家の戸をくぐった。
「お、帰ったな家出娘」
「──ただいま」
バツの悪い顔をする私に、ベルメールさんは歯を見せてからからと笑い声を立てた。
「サラダにするからレタス洗ってちぎってちょーだい」
「はいはい」
「手ェ洗うのよ」
子供の頃から変わらない台詞を背に受けて、洗面台へと向かう。
そして少しでもこの家の空気を煩わしいと思ったこと、どうしてここにサンジ君がいないのだと馬鹿みたいに一人騒いで心塞いだことを、心底恥ずかしく思った。
*
経営学。組織を運営すること、その経済を動かすこと。
ベルメールさんとノジコは、彼女たちも聞き慣れないはずの単語をしっかりと理解して、それを噛み砕いては私に説いた。
この家に必要なのは力仕事のできる人の頭数だけじゃない。どれだけ美味しいみかんを作り、どんなふうにそれを人のもとに届けるか。
効率のよさは必ずしも利益を生まない。
ベルメールさんのみかんは彼女の泥臭いとも言える丁寧な管理と惜しみない愛でおいしくなった。
そこに効率性を差し挟む余地はないように見えた。
「でもね、うちは出荷数がどうしても他より少ないでしょう。だから卸先も必然的に限られちゃって、長くやってる割に知られてない」
「あ、ちょっとそこのお塩とって」とノジコが話の腰を何度も折りながらも、私たちは食卓を挟んで真顔を付きあわせた。
こんなふうにベルメールさんが嘆く──嘆くと言っても、けして悲観的ではなくあくまであっさり事実を述べる感じで──のは、いままでときおり耳にした。
だからせっせと私もノジコも営業にいそしんだつもりだったが、うちのやり方はやっぱり古臭いと見えて、なかなか新しい取引先は見つからなかった。
「だからね、あんたの賢い頭をもっと使ってほしいのよ」
私が経営学を学んで、この家の頭脳になる。
考えたこともなかったと洩らせば、「私も」「私も」と似通った声で二人が頷く。
ベルメールさんはチキンを飲み下し、椅子の背もたれに大きく持たれながら、片頬だけを持ち上げる器用な笑い方をした。
「別に私だってさあ、無理にあんたに大学行かせようってハラじゃないんだから。そもそも私は勉強嫌いだもん。自分の嫌いなモン人に勧めようってんだから、真面目な顔するしかないじゃないの」
うーんと俯いて唸りながら、サラダのトマトを口に運ぶ。
みずみずしいそれを噛み潰すと、うっすら青さの残る酸味が口に広がった。
「大学に通う間は、家のことできないのよねぇ」
「そりゃあそうじゃない。ウソップとか見てると、課題だとかなんとか大変そうじゃん」
「手伝えるときだけ手伝ってくれたら十分よ」
さらに頭を下げて考え込む私に、「まぁまぁ」とでも言うかのようにベルメールさんはフォークの先を振った。
「今すぐ答えろってのも難しいし、この話は保留ねー。ナミは興味が出たら自分で大学とか調べてくれる?」
そう言うとさっさと席を立ち、ベルメールさんは台所に皿を下げに行ってしまった。なんともおおざっぱな締めくくりに拍子抜けした。昼食時の真剣みがフルコースだとしたら、この夕食は大衆食堂なみだ。
ばかばかしくなるほど頭を悩ませていたというのに、3人で冷静に言葉を交わせばすとんと重荷は足元に落ちてくれた。
あとは私がどれを拾うか、選ぶだけだ。
「ナミィ、コーヒー入れて」と私を足の先で差しながらノジコが言うので、彼女をひと睨みしつつ席を立つ。
「紅茶でいい?」
「えぇ、コーヒーがいい」
「なら自分でしなさい」
「じゃあ紅茶でいい。レモン切って」
やかんを火にかけ、茶葉をポットに放り込む。
「レモン切って」というのは、我が家ではみかんの輪切りを紅茶に浮かべることを言う。
売り物にならないみかんは段ボールに詰めて、ダイニングの隅に常にある。
私はそこからすっぱそうなものを一つ取り出して、果物ナイフをすっと差し込んだ。
*
ロビンにみかんを発送した数日後、彼女は涼やかな音色でうちの電話を鳴らしてきた。
「とても美味しいわ。びっくりして、半箱ぶんくらい母に送ったのよ」
「酸っぱすぎなかった?」
「えぇ、あれくらいが好きよ。毎日夕食の後にひとつ食べるの。手が黄色くなってしまいそう」
「それくらいじゃならないわよ」
本当に黄色い手というのはこういうものだ、と受話器を握らない方の手を見下ろした。
「触って柔らかいものから食べてね。皮の厚い種だから悪くなりにくいと思うけど、食べるぶんくらいは冷蔵庫に入れたほうがいいかも」
「えぇ。それでね、お礼がしたいのだけど」
「お礼?」
「おいしいみかんを教えてくれたお礼」
含み笑いを噛んだような柔らかな息が受話器にかかる。
彼女の薄い唇を思い出した。
「お礼なんて、きちんと御代はもらったんだから」
「でもずいぶん安くしてくれたんじゃない?」
「スーパーに卸されたものを買うよりはそりゃあ安いけど」
多少の融通は利かせたけど、微々たるものだ。
それでも彼女は御礼をさせてと言ってきかなかった。
うーん、と悩むふりをしつつ、少し気持ちが浮上する。
つまさきで器用に小さなクッションの端をつまんで、ぶらぶらと揺らした。
うちの電話は座りながら話せる位置にない上にコードレスではないので、おのずと片足立ちになる。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「えぇ、あなたがよければ食事でもどう?」
「それじゃみかんより高くつくじゃない」
「そんなことより、私はまたあなたに会いたいのよ」
びっくりして息を呑む。
クッションがポトリと落ちた。
「……そんなこと言っちゃう?」
「言っちゃうのよ」
葉が擦れるような笑い声を静かに立てて、ロビンは「いつがいい?」と訊いた。
「いつでも……平日の方がいいかな」
「夜でも構わない?」
「うん」
「じゃあまた連絡するわ。近いうちに」
「うん、楽しみにしてる」
カタコトとぶつかる音がして、電話が切れた。
彼女もどうやら家の電話からかけてきたらしい。
リビングの壁にぶら下がった貰い物のカレンダーに目を遣って、たいして予定がないことを確認する。
なんとなく、たいしてロビンのことを知ってもいないのに、彼女はすぐにまた電話をかけてくるだろうと思った。
古風なクリーム色の電話に受話器を置く。
電話を手にしたのは久しぶりな気がした。
結局あの日から、サンジ君からの電話は鳴らない。
どこかでそうなることを予感していた。
そしてひどく浅ましい期待と現実的に胸に迫るその予感がせめぎあうのを、とても静かに実感していた。
ただあの日ルフィを抱きしめたとき、なかったことにしてしまえると思った気持ちが未だぱらぱらと私の足元に散らばって、ふとした瞬間つま先に触れる。
そのとき走る痛みは小さいながらも鮮烈で、やっぱり私はそれでも彼が好きだった。
*
どこに行くのか結局知らされないまま日時だけを伝えられ、水曜日の夜に丘の下からバスに乗った。
7月の夕方はいつまでたっても薄紫と薄いオレンジがまざりあって空を汚し、気付いた時にはすとんと黒幕が落とされる、そんな夜の始まりが続いた。
バスの窓枠に切り取られた空を仰ぎ見るように窓にこめかみをくっつけて、分厚い雲を見ていた。
ロビンが待ち合わせ場所に指定したのは古くて小さな郵便局で、変わった場所で待ち合わせるなぁと思いつつ、その向かいのバス停で降りる。
私が降りたとき、ロビンは帰り方向のバス停の時刻表をじっと見つめていた。
せわしなく横断歩道を渡って彼女の近づいていくと、気付いたロビンが私を見てすっと目を細めた。
「こんばんは」
「こんばんは、ごめんなさい、待たせちゃった?」
「いいえまったく。こちらこそ、あなたの家からは遠かったかしら」
「ううん、バスで一本だもん」
そう、とにっこり笑うロビンは遠慮をすることもさせることもないまっさらなもので、下ろしたてのシャツのようにさっぱりしている。
「歩いてすぐなの。行きましょうか」
「うん。ロビンはどうやってここまで?」
「送ってもらったの。あ、ほら」
不意に彼女が足を止めたのは、扉の小さなバーだった。
小さな看板がささやかなライトで照らされている。
「お酒もいいけど、お料理もおいしいのよ」
予約しておいたのよ、と得意げに笑う顔は少女のようだ。
扉を引いて中に入っていく彼女の高い背を見上げながら後に続いた。
店内は狭く、机も少ししか並んでいない。
ただ駅前に多いバーやダイニングのように薄暗かったり妙にオレンジ色の間接照明が光っていたりはせず、からっと清潔な明るさで満ちていた。
一番奥の4人掛けのテーブルに案内され、メニューを手渡される。
ワインメニューが豊富なそれを眺めて、適当に選んだ。
「じゃあ私もそれをいただくから、ボトルでお願い」
「えっ、私適当に選んだから、それならロビンが」
「いいの、私もよく知らないわ」
とりあえず一本開けちゃいましょうよ、とはしゃぐように言った。
大人っぽいのか子どもっぽいのかわからないこの人は、どちらにせよとてもかわいらしい。
「──ロビンって、最近読んだ本に出て来た人にすごく似てる」
ふと思い出してそう言うと、突然の告白にもロビンは戸惑うでもなく静かに瞬いた。
「どんな話?」
「とても細くて繊細なんだけど考え方は豪快で、自分のスタイルを貫くために矜持を絶対に守るの。たとえば、フルコースでデザートが出ても絶対に食べない」
「私は残さず食べるわよ」
「ん、まぁこれは例よ。それでね、今みたいにワインをボトルで頼んだら、半分も飲まずに残しちゃうの。『もったいない』って言われたときの切り返しが面白かった」
「なんて?」
「ワインを残せば、より多くの店員の舌にそれが触れる。いいワインであれば残せば残すほど、店員のワインの舌が鍛えられるんだって」
ちょうどそのときワインと冷えたグラスが運ばれてきて、一杯目は店員に注いでもらう。
音もなく乾杯をし、私たちはそっと口を付けた。
「──おいしいじゃない」
「うん、さっぱりしてる。甘さもちょうどいい」
「半分以上残すなんてとんでもないわ」
ロビンはもう一口飲み、「本当に似てる?」と笑いながら尋ねた。
「雰囲気がね」
「じゃあ、あなたも登場させましょう。ナミは誰に似てた?」
「私? 私はだれにも」
「それじゃあ、私に似てるその人に恋人は?」
「恋人……旦那がいるけど、ある女の子がその人のことを好きなの」
「女の子?」
「そう、激しい恋なんだって」
平野を突き進む竜巻みたいに、と小説の一節を思い出す。
ふうん、と興味深そうにロビンは鼻を鳴らした。
「激しい恋」
「そう、変わった話だけど面白かったの。あ、何か料理頼まない?」
アルコールに刺激されてお腹が空いてきた。忘れていたというふうに、ロビンがアラカルトのメニューを開く。
始めは互いの好きなものや苦手なものを探り合うようだったのが、次第に食べたいものや耳慣れないメニューを指差してはあれこれと選んでいた。
料理を注文し、湯気の立つそれらが運ばれてきても、私たちはまるで昔からの友人のようにあけっぴろげに笑いながら話をした。
彼女の仕事についてはアンティークショップをやっているということだけ知っていたが、聞くところによると骨董商のようなこともしているという。
「古くて一見価値のないように見えるものを、欲しい人のところに届けるの。私にはお宝を扱う素晴らしい仕事だわ。あなたにとってのみかんみたいに」
あなたのみかんは骨董品なんかじゃないけど、と蒸野菜にフォークを刺してロビンは笑う。
無邪気といっていいほど寛容に自分のことを話し、そして聞いてくれるロビンに、私は言いよどむこともなく大学に行くか行かないかという話をしていた。
ロビンはグラスを傾け、じっと聞き入ってから口を開いた。
「お金の心配もいらないと言ってくれているんでしょう? 聞きかじっただけの私の意見で申し訳ないけど、とてもいいと思うわ。あなたにとって」
「でもね、本当に人手が足らなくなると思うし、お金の負担だってゼロじゃないでしょ」
ただでさえうちは余分な蓄えもない。
魚の白身を崩しながらぶつぶつ言っていたら、ロビンがフォークの先で巻くように綺麗に魚の皮を取り除いてくれた。
「おうちのことではなくて、あなたの都合はどうなの?」
「私の都合?」
「お金も、仕事も、おうちのことでしょう」
「私は……大学の勉強には興味があるけど……ホントのところ、経営学なんてものを勉強しても役に立つのかなって」
そして勉強したとしても、それを家の仕事に活かしていく自信がこれっぽっちも湧かないのだ。
先日話をしたときベルメールさんやノジコはなんでもないことのように軽く言ってのけたが、負担をかけるぶん、彼女たちが期待するところに手が届かなかったら。
背丈のある分、ロビンは私を見下ろす形でじっと見つめていたかと思えば、おもむろに私のグラスにワインを注いだ。
いつのまにかボトルは空いている。
「私も大学生だった時があるんだけど」
顔を上げると、ロビンは思い出すというよりすぐそこに思い出があってそれを手の上に乗せて眺めているような、親しげな顔をしていた。
「大学ってね、勉強を建前になんでもできるところなのよ」
「建前?」
「私の場合は専攻が歴史学だったの。どうしてもある国に行きたくて、でも私にはお金がなくて、先生を焚き付けて旅費をもらったりしてた。そのころから骨董品に興味があって、どうしても自力で磨くことのできない銀細工を理学部の人に頼んで薬品できれいにしてもらったり」
やりたい放題よ、とロビンはあっけらかんと笑う。
「ナミだって、そんなふうに凝り固まって家業のことばかり考えなくてもいいんじゃないかしら。ご家族も、それだけを望んでるわけでもない気がする」
「それだけじゃないって言っても……」
「大学の交友関係なんて、あなたが広げようと思えば思うだけ広げられるのよ。宣伝広告なんでも好きにしたらいいじゃない」
宣伝。それいいわね、と思わず口をつく。ロビンはフォークを口に含んだままニコリと笑った。
「激しい恋なんて、それこそゴロゴロ落ちてるわ」
「ゴロゴロって」
「本当よ」
ねぇもう一本頼まない? とロビンがワインメニューを開く。
次は選んでと言えば、厳選したお気に入りなのか適当に選んだだけなのか、ラベルの綺麗な赤がやってきた。
ワインを注ぎながらロビンが私をちらりと見たので、「なぁに?」と問い返す。
「興味がわいた?」
「大学のこと?」
「えぇ、学問に自由に、交友関係に激しい恋に」
「随分偏ってるみたいだけど」
そう言いながら、案外これが全てかもしれないと思った。
酔いというほどあからさまな酩酊は感じない。ただすこし気分がふわふわ浮かびやすい。
ロビンは顔色一つ変わらない。
白い肌に赤い飲み物がよく似合う、その顔をぼんやり眺めながら口を開いた。
「──たとえばもう持ってるものが大学生活でも手に入るとして」
「えぇ」
「そしたら……」
考えて、言いよどみ、口を閉じたり開いたりしてから結局「ごめん、何が言いたいのかわかんなくなってきちゃった」とごまかすようにワインを飲み下した。
渋みばかりが目立って舌に触れた。
「持てるものなら持ってたら?」
いくつあったっていいじゃない、と薄い唇が言い切る。
──そうなの? とすがるような目で彼女を見てしまった。
アーモンドみたいに形のいい目が見つめ返す。
「好きな人がいるの?」
頭も心も悩む隙さえなく、子供のように屈託なく頷いた。
「そう」とロビンは嬉しそうに微笑む。
途端に、私の顔はくしゃりと歪んだ。
激しい恋などいらない。
ただ穏やかに毎日を過ごすその中にサンジ君さえいてくれたら。
ゆるゆると歩くように日々を過ごし、息をするみたいに彼を想って、眠るときには私だけの甘い夢を見る。
たったそれだけのこと。
「──あのあとすぐに電話すれば良かった」
待ってなんていないで、私からかけてしまえばよかった。
ロビンは首をかしげながらも、すべてわかったみたいな顔で私を見下ろす。
そうだ、この顔。彼は端正な陶器のようなロビンの顔を慈しむような筆跡で描いた。
「サンジ君は──」
「サンジ?」
思わず漏らした名前に、ロビンは耳慣れた単語を聞きかじったように軽く目を見開く。
あ、と真っ赤な警告音が耳の奥で鳴り響いた。手の先がつんと冷たくなっていく。
つい一瞬前まで姉妹のように感じていた彼女を遠ざけなければいけないと、頭の奥で私が叫ぶ。
──その声でサンジ君を呼ばないで。
「サンジってもしかしてあなた」
「待って、やめて」
強く押さえつけられるように、胸の真ん中が重苦しくなる。
──こんなの、心がこわれてしまう。
咄嗟にかばんを掴み立ち上がった。
はずみで膝がテーブルの脚にぶつかり、ボトルが不安定に揺れる。
すぐさまロビンがボトルの首を掴み、同時に私をさっと見上げた。
「ナミ!」
「ごめん、私」
背を向けた私の左手首を、思いがけず強い力が握りしめた。
中腰になりながら、長い腕が私を絡め取るようにして離さない。
「大丈夫よ。落ち着いて、あなた何か勘違いしてる」
すごく思い当る節もあるし、とロビンは強い目で私を捕えた。
彼女の目を見ることができず、引きとめられるがまま椅子に腰を下ろした。
ロビンも息をつき、手を離す。
「若い子の想像力って偉大だけど恐ろしいわ」
ロビンは呆れたように笑ったけど、私だけに気まずい沈黙が落ちる。
彼女は男らしくグラスの中身を干した。
「あなたも冷静に考えれば、私が彼のことを知っているなんて説明するまでもないと思うのだけど」
私は黙ってテーブルの上の汚れた皿を見つめた。
怒られる生徒のように私が黙りこくるので、ロビンは「あぁもう」と平坦な声で言った。
「かわいいのね」
同時に静かに笑いだした彼女に驚いて顔を上げる。
ロビンは笑ったせいかワインのせいか、頬骨の辺りをほんのり赤くしていた。
笑い声を残したままの彼女と視線がぶつかった。
「私が彼と会ったのは、ウソップたちと同じ理由。あのイベントがきっかけよ。彼はまだ一年生だった──こんな話聞きたくない?」
わずかに首を振った。
サンジ君とロビンの関係を邪推する気持ちは、やっぱりどこかにある。
それでもロビンと話せば話すほどそんなはずはないと思い、それでもサンジ君と会えば必ずロビンのことを思い出した。
ねぇナミ、とロビンは身を乗り出して、私の指先に彼女のそれを絡めるようにして握る。
「あなた、なにか見たでしょう」
私が息を詰めると、ロビンはやっぱりとでも言うかのように笑みを深くした。
その笑顔を見ると、理由もなく胸が痛くなる。
「こんなふうにこじれると思わなかった。ごめんなさいね」
何に対して謝っているのか理解しきれないまま、ゆるゆると首を振った。
ロビンはここで答えを教えてくれる気はないらしい。
彼女は私の指先を握ったまま言う。
「私はあなたとサンジが……今どういう関係になっているのかわからないけど。連絡を取っていないのなら取るべきだし、きちんと話をするべきだと思うわ」
ぎゅっと胸の奥が縮んで、それから水が抜けるようにしおしおと緩んでいくのを感じた。
口を開くと、声が震えてしまいそうで怖かった。
でも、と必死で絞り出した声はやっぱり震えている。
「サンジ君はもう、私に会いたくないんだと思う」
彼の触れてほしくないところに無遠慮に手を伸ばした。
知りたいと思ったから近寄ったのに、そのたびに一歩引かれてはお互いに傷つく。
これが恋だというのなら、私にはひどく重い。
「そんな顔をしないで、ナミ」
ロビンはこれ以上自分にできることはないと悟ったように、ウェイターに水を頼んでくれた。
それをもらい、飲み干すと、ロビンは「おいしそうに飲むのね」と言って笑ったので私もつられて少し微笑んだ。
*
帰りのバスに乗るとき、ロビンはバス停の前で見送ってくれた。
ロビンはどうやって帰るの? と尋ねると、迎えに来てもらうと言う。
そういえば行きも送ってもらったと言っていたっけと思い出し、もしかして彼女は結婚しているのかもしれないと思い当った。
思えば自分のことに精いっぱいで、もっとロビンのことを知りたかったと今になって後悔する。
すると私の胸の内を見透かしたように、ロビンが「また誘ってもいい?」と少し口ごもりながら訊いた。
まるで幼い女の子が慣れない友達作りをしているようなその言い方に少し驚きながら、「もちろん」と頷く。
ふわっと笑った彼女は、「次はあなたの好きなところに行きましょう」と手を振った。
夜の10時を過ぎているだけあって、バスは空いていた。
黒く塗りつぶされた窓に映る自分の顔を眺めながら、ずいぶん話があっちこっちしたものだとさっきまでの会話を思い出す。
きっと恋をするならロビンみたいな人がいい。小説の話を思い出し、彼女に出会えたことをとても幸福だと感じた。
最寄りのバス停から家までの坂道を、千鳥足とは言わないまでも頼りない足取りでのぼる。
家の灯りがなだらかな斜面を照らすのが目に入った。
玄関扉の上部には、ポーチを照らす電灯がひとつついている。
その明かりの中にぽかりと長い影が伸びていた。
汗ばむ首すじを拭ってポーチに入ったところでようやくその陰に気付いて顔を上げた。
「ただいま……」
長い足がベルメールさんのようで、咄嗟に彼女だと思い込んで口にした「ただいま」が、行き場のないまま足元に落ちる。
サンジ君は扉の横にひっそりと立って、私を見ていた。
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