OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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息を呑んで立ち止まった私を見て、サンジ君が揺れるように一歩進んだ。
電灯の明かりは彼を逆光で照らし、上手い具合に表情を隠している。
ただ、たった一歩踏み出したその足の運びや揺れた腕が紛れもなくサンジ君で、途端に喉がぎゅっと狭くなる。息苦しさに思わず胸のあたりの服を掴んだ。
「急にこんなことして悪ィと思ったんだけど」
首の後ろ辺りに手をやって、俯きがちに言う。
耐え切れず一歩後ずさると、見えないはずの彼の顔が悲しげに歪むのを感じた。
おもむろに、サンジ君の背にした扉が開く。
「おかえり」と、私に向けてまっすぐ声が飛んでくる。
「入ってもらいなよ。あんたを待って、二時間もここに突っ立ってたんだよ」
ノジコは扉を大きく開けて、顎の先で中を指し示した。
サンジ君がノジコを見て、また私をちらりと窺い見る。
下唇を噛んで黙りこくる私に、ノジコはわざとらしく息をついた。
「あんたが入れないなら私が入れちゃう。サンジ君、ナミの部屋は突き当たりの階段上った右手の部屋よ。帰ってくるまで入らないって言うなら、もう帰ってきたからいいんじゃない」
「ノジコ!」
遮るように叫んだつもりが、聞き入れられないわがままに怒っただけのように耳に響いた。
もう会いたくなかったのに、会いたかったけど、本当はすごく会いたかったけど、もう会うつもりなんてなかったのに。
どうして来たの。
「帰って」
「ナミさん」
「待たせといて悪いけど、もう私」
「でも、おれの話も聞いてくれるっつったろ。今度でいいからって」
サンジ君の言葉はすがるように私に響いた。
ハイハイハイと間に入るようにノジコが出てきて、私とサンジ君の背後に回って背中をぐいぐい押す。
ちょっと、と抵抗する私にお構いなく、ノジコは笑った。
「こんなところで繰り広げられても困るからさ、とりあえずあんたの部屋でやってくれる?」
強引に家の中に入ると、ノジコは扉を閉め、自分はさっさとリビングのソファに腰を沈め、「あ、ベルメールさんお風呂だから」といつもみたいに言った。
サンジ君は戸惑うように、それでもまっすぐ私を見る。
ノジコがおせっかいを焼くようなことをするのは珍しい。その意図を汲むわけじゃないけど、と私は息をついた。
家の奥の階段へ向かうと、サンジ君がそっと後をついてきた。
まったくちぐはぐだ。
狭くてごちゃごちゃしていて、どことなく柑橘のにおいが漂ういつもの我が家にサンジ君はちっとも似合わない。
彼自身、とても居心地悪そうにしながら、それでもおとなしく私の後についてきた。
机とベッド、あと小さなクローゼットしかない狭い自室に入ると、サンジ君が後ろ手でドアを閉めた。
座る椅子もクッションもひとりぶんしかない。
私は中途半端に振り向いて彼に横顔を見せたまま、むすりと口を引き結んでいた。
ごめん、と彼はまた謝る。
「迷惑だとは思ったんだけど」
首筋を汗が伝う。
あまりの驚きに一瞬で引いた汗が、蒸し暑い二階の空気でどっと戻ってきた。
首を手の甲で拭うと、電灯に照らされたそこがぬらぬらと光っていた。
喧嘩をしたわけでも、どちらかが何か責められるようなことをしたわけでもないのに、私たちはお互いに気まずい場所へ向かって一直線に走っているみたいだ。
えぇと、とサンジ君も話すべきことを探すように、視線を彷徨わせた。
「電話じゃなくて、直接会いたくて」
思わず、小さく頷いた。
彼がほっとしたように肩の力を抜くのがわかる。
そして、何かを覚悟するように目に力が入った。
「おれ、ナミさんがすきで、正直ナミさんもきっとそう思ってくれてんじゃねェかってちょっと思ってて、だからこそ嫌われたくなくて」
おもむろに、サンジ君はポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。
突然の動作に驚いて彼を見ると、差し出された手の上に乗っている、煙草の箱とライター。
それを私に押し付けるように差し出して、彼は一気に言った。
「ほんっと馬鹿見てェだけど、こういうのも全部隠していい男のふりしたかったんだ。ナミさんみてェなまっとうな女の子に好かれるにはどうしたらいいかとか考えて。でも本当はおれガキの頃からバカスカ煙草吸ってるし、口は悪ィし、家のこともおれにゃジジイに比べて実力が足りねェって言われるのが怖くて逃げる代わりに趣味程度の絵の世界に片足突っ込んで、当然そっちで芽が出るわけもねェで無為に大学生活送って、最低だけど適当に女の子とも遊んで」
知られたくなかったんだ、と絞り出すようにサンジ君は言った。
「料理の実力が足りねェこととか絵に中途半端なこととかよりも、そういうのから毎回逃げ出してること。それに最初は──ナミさんも同じかと思った。その、遊びたいのかなって」
私が目をむくと、サンジ君は慌てたように手を振って、その拍子に煙草が床に放り出された。
「や、すぐに違うってわかって! つーかナミさんまっすぐすぎて怖かったんだ。そんなふうに好かれたことなかったから」
サンジ君は中途半端に上げた手を、落ち着きを取り戻したかのようにゆっくりとおろした。
目を逸らし続ける私を、少し膝を曲げて覗き込む。
「信じてもらえねェかもしんねェけど」
何もかもいらないわけじゃない、と彼ははっきり言った。
「できることなら家を継ぎたい。趣味でいいなら絵も描きたい。なによりナミさんに好かれたい」
一度降ろされた手がゆっくりと伸びてきて、一瞬迷い、私の肩に触れた。
振り払うのも忘れて、思わず彼と目を合わせてしまう。
「ナミさんだけでいいんだ。ナミさんをあんなふうに嫌な気持ちにさせるならって、遊んでた子たちとははっきり手を切った。ナミさんが携帯持たねェならおれもいらねェ。──そういうのに時間がかかっちまって、なかなか連絡できなかったんだけど。つーか携帯もねぇし」
「ほ、ほんとに携帯捨てちゃったの」
思わず尋ねると、サンジ君は安心した子供のような顔で、そして少し泣きそうなあの顔で、うんと言った。
彼の手が、汗ばむ私の首筋に触れる。
いつの間にかずっと近くに彼の顔がある。
震える息がかかる。
「お願いだ。おれのことすきだって言ったよな。まだそのままでいてくれてるなら、もう一回言ってくれ」
おれも好きだ。ナミさんが好きだと、私の眉間の辺りに囁くように言う。
「もっと早く言えばよかった。言わなくてもわかることだと思ってた、んなわけねェのに。なぁ、頼む。好きだって言ってくれ」
ありえないくらい唇がわなないて、そこを噛みしめてもまだ震えていた。
言葉にしようとすると喉が詰まって、う、とみっともない声が出る。
サンジ君の手はもう私を抱きしめる準備をしていた。
くやしい。そのくやしさに涙がでる。
全部わかってるくせに私の口から言わせて、それで幸せになるのはサンジ君だけじゃないか。
歯を食いしばる私の頬を、汗でぬれた手のひらが包む。
そのまま耳の後ろに滑り込み、顔が持ち上げられる。
咄嗟に彼のその手首を掴んだ。
泣き濡れた顔のまま「ひどい」と漏らすと、唇が触れる寸前でサンジ君は「うん」と言った。
「ごめんな」
ぎゅっと手首を握りしめる。
びくともせず、私の顔を持ち上げて深く唇が重なる。
耳の中に涙が流れ込む。
この人は本当に悪いと思って謝りながら、こんなふうにやさしさをばらまいて、結局自分の思い通りにしてしまう。
私はそういう人を好きになった。
掴んでいた手首を離し、腕を辿って首に両手を伸ばすと、飛び込んでくるみたいに彼の頭が腕の中に収まった。
音を立てて唇が離れ、額をくっつけたままサンジ君の片目が私を窺う。
根負けするように、私は鼻をすすりながら「好きよ」と言った。
あぁ、と低い声を洩らし、サンジ君は猫のように私の額に頬を擦りつけた。
*
帰り際、手を振って丘を下りかけたサンジ君が何かを思い出したように立ち止まり、慌てて戻ってきた。
「どうしたの」
「これ、渡そうと思って持ってきたんだった」
ポケットからおもむろに、一枚の紙を取り出す。
光沢のあるそれは広告のようで、玄関の灯りが照らす中ではよく見えない。
「なに?」
「この前ナミさん大学のこと少し言ってたろ。もしその気があるなら、うち、今度夏のオープンキャンパスあるから。うちは美大っつーかそっちのケがあるだけで一応公立の総合大学だから、ナミさんの興味ある学部もあるかもしれねェし」
案内するから一緒に行こう、とサンジ君は笑う。なぜだか少し得意げに。
「もしナミさんが来年大学生になったとしてもおれは卒業しちまうけど、もしかしたら専門学校とか行けるかもしんねェから。料理の」
金がなかったら家で修業するわ、と苦笑する。彼を見上げていると、つられて顔が緩んでしまう。
「おじいさん喜ぶわね」
「いやぁ……多分一度は家追い出されると思う。自分でも今までふらふらしておきながら調子いいこと言ってんのわかるし」
ま、とにかく、とサンジ君は私の手にチラシを握らせてそのまま2,3歩後ずさった。
「興味あったら連絡して。って、携帯ねェわ。おれが連絡する、家にかけてもいい?」
「うん」
にっこり笑って、サンジ君は大きく手を振る。
下り坂を大きな一歩で下って行く背中を、暗闇に溶けるまでずっと見ていた。
*
オープンキャンパスはまるで祭りのようで、学生たちはいつものように公園のようなキャンパス内を行き来しているのに、私の目にはとてもきらびやかに映った。
先に予約をしておいたので、受付で名前を言って会場に入る。
1時間半ほど暗い講堂でスクリーンに映し出されるスライドと共に説明を流し聞いて、いくつか資料をもらってから解散となった。
キャンパスツアーなどいろんな企画が自由参加となっていたけど、ちょうど説明会が終わるころサンジ君が合流してくれた。
暑そうにシャツの胸を仰ぎながら、「どうだった?」と尋ねる。
「うーん、やっぱり美芸に力を入れてるのね。参加者もそっち方面の人が多いみたいで、説明も偏ってた」
「あーやっぱそうか。クソ、しっかり良質な説明しやがれよな」
悪態をつく彼を笑っていなしながら、蝉の鳴きわめく並木道を抜けた。
昼を過ぎ、気温がどんどん上がっていく。
背中をつるりと汗がすべった。
「っと、もうこんな時間か。学食でよけりゃすぐ食べられるけど、どうする? 日曜だけど、オーキャンの日は学食やってんじゃなかったっけな」
「じゃあ食べたい」
「ん、食ったことあるんだっけ」
「ウソップと一度来たわ。すごく混んでた」
「それも大学の醍醐味だかんなー」
学食のある棟へ移動する間、暑いからという理由で少し遠回りをしながら日陰を歩いた。
角を曲がるところで、ふと背の高い人とすれ違う。
サンジ君と話しながら避けて交わし、2,3歩進んだところでまぶたの裏に直接響くみたいに何かがピンと触れた。
勢いよく振り返ると、長い足をロングスカートで隠した女性が遠ざかっていく。
ロビン、と口をついた。
サンジ君も足を止め、私の視線の先を追う。
「ナミさん?」
「今の人、ロビンじゃないわよね……」
一瞬視界に入った顔の造作は彼女そのものだった。
ただ、後ろ姿を見てもちがうとわかる。すれ違った彼女は長く透き通るような銀色の髪をしていた。
ああ! とサンジ君が声をあげる。
「そっか、ナミさんロビンちゃんと顔見知りだったんだよな。あの人はうちの教授で、うちの部の顧問に名前貸してくれてんだ。美術にゃちっとも興味ねェみてェだけど。そんで」
「もしかして」
うん、とサンジ君が頷いたところで、女性は建物の中に消えて行った。
「ロビンのお姉さん……?」
「や、お母さん」
「うそ、だって」
「や、ほんとほんと。年齢不詳なところがあの親子のこえェところで」
「なんだ……そういうこと」
「ロビンちゃんに聞いてなかった?」
「ちっとも」
こじらせてごめんなさいね、と笑うロビンの声が聞こえる気がした。
*
大学を卒業したサンジ君は、絵の道具の一切合財を突然私の家に持って来た。
「ナミさんを描きたい」
えぇ、と思い切り顔をしかめた私に、サンジ君は一回だけ、と懇願する。
「できれば明るいところで描きてェから、外がいいかな」
「もう描く気じゃない」
うん、と屈託なく笑うサンジ君に負けて、私たちは庭に出た。
「どうせならみかん畑も一緒に」
「なんだか写真みたいね」
「似たようなもんだよ」
畑のわきにキャンバスを立て、サンジ君は鉛筆を握る。
彼の道具入れから、絵の具の香りが風で立ち上る。
私は小さな椅子に座ったまま、みかんの香りと入り混じったそれを胸いっぱいに吸い込んだ。
Fin.
→
電灯の明かりは彼を逆光で照らし、上手い具合に表情を隠している。
ただ、たった一歩踏み出したその足の運びや揺れた腕が紛れもなくサンジ君で、途端に喉がぎゅっと狭くなる。息苦しさに思わず胸のあたりの服を掴んだ。
「急にこんなことして悪ィと思ったんだけど」
首の後ろ辺りに手をやって、俯きがちに言う。
耐え切れず一歩後ずさると、見えないはずの彼の顔が悲しげに歪むのを感じた。
おもむろに、サンジ君の背にした扉が開く。
「おかえり」と、私に向けてまっすぐ声が飛んでくる。
「入ってもらいなよ。あんたを待って、二時間もここに突っ立ってたんだよ」
ノジコは扉を大きく開けて、顎の先で中を指し示した。
サンジ君がノジコを見て、また私をちらりと窺い見る。
下唇を噛んで黙りこくる私に、ノジコはわざとらしく息をついた。
「あんたが入れないなら私が入れちゃう。サンジ君、ナミの部屋は突き当たりの階段上った右手の部屋よ。帰ってくるまで入らないって言うなら、もう帰ってきたからいいんじゃない」
「ノジコ!」
遮るように叫んだつもりが、聞き入れられないわがままに怒っただけのように耳に響いた。
もう会いたくなかったのに、会いたかったけど、本当はすごく会いたかったけど、もう会うつもりなんてなかったのに。
どうして来たの。
「帰って」
「ナミさん」
「待たせといて悪いけど、もう私」
「でも、おれの話も聞いてくれるっつったろ。今度でいいからって」
サンジ君の言葉はすがるように私に響いた。
ハイハイハイと間に入るようにノジコが出てきて、私とサンジ君の背後に回って背中をぐいぐい押す。
ちょっと、と抵抗する私にお構いなく、ノジコは笑った。
「こんなところで繰り広げられても困るからさ、とりあえずあんたの部屋でやってくれる?」
強引に家の中に入ると、ノジコは扉を閉め、自分はさっさとリビングのソファに腰を沈め、「あ、ベルメールさんお風呂だから」といつもみたいに言った。
サンジ君は戸惑うように、それでもまっすぐ私を見る。
ノジコがおせっかいを焼くようなことをするのは珍しい。その意図を汲むわけじゃないけど、と私は息をついた。
家の奥の階段へ向かうと、サンジ君がそっと後をついてきた。
まったくちぐはぐだ。
狭くてごちゃごちゃしていて、どことなく柑橘のにおいが漂ういつもの我が家にサンジ君はちっとも似合わない。
彼自身、とても居心地悪そうにしながら、それでもおとなしく私の後についてきた。
机とベッド、あと小さなクローゼットしかない狭い自室に入ると、サンジ君が後ろ手でドアを閉めた。
座る椅子もクッションもひとりぶんしかない。
私は中途半端に振り向いて彼に横顔を見せたまま、むすりと口を引き結んでいた。
ごめん、と彼はまた謝る。
「迷惑だとは思ったんだけど」
首筋を汗が伝う。
あまりの驚きに一瞬で引いた汗が、蒸し暑い二階の空気でどっと戻ってきた。
首を手の甲で拭うと、電灯に照らされたそこがぬらぬらと光っていた。
喧嘩をしたわけでも、どちらかが何か責められるようなことをしたわけでもないのに、私たちはお互いに気まずい場所へ向かって一直線に走っているみたいだ。
えぇと、とサンジ君も話すべきことを探すように、視線を彷徨わせた。
「電話じゃなくて、直接会いたくて」
思わず、小さく頷いた。
彼がほっとしたように肩の力を抜くのがわかる。
そして、何かを覚悟するように目に力が入った。
「おれ、ナミさんがすきで、正直ナミさんもきっとそう思ってくれてんじゃねェかってちょっと思ってて、だからこそ嫌われたくなくて」
おもむろに、サンジ君はポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。
突然の動作に驚いて彼を見ると、差し出された手の上に乗っている、煙草の箱とライター。
それを私に押し付けるように差し出して、彼は一気に言った。
「ほんっと馬鹿見てェだけど、こういうのも全部隠していい男のふりしたかったんだ。ナミさんみてェなまっとうな女の子に好かれるにはどうしたらいいかとか考えて。でも本当はおれガキの頃からバカスカ煙草吸ってるし、口は悪ィし、家のこともおれにゃジジイに比べて実力が足りねェって言われるのが怖くて逃げる代わりに趣味程度の絵の世界に片足突っ込んで、当然そっちで芽が出るわけもねェで無為に大学生活送って、最低だけど適当に女の子とも遊んで」
知られたくなかったんだ、と絞り出すようにサンジ君は言った。
「料理の実力が足りねェこととか絵に中途半端なこととかよりも、そういうのから毎回逃げ出してること。それに最初は──ナミさんも同じかと思った。その、遊びたいのかなって」
私が目をむくと、サンジ君は慌てたように手を振って、その拍子に煙草が床に放り出された。
「や、すぐに違うってわかって! つーかナミさんまっすぐすぎて怖かったんだ。そんなふうに好かれたことなかったから」
サンジ君は中途半端に上げた手を、落ち着きを取り戻したかのようにゆっくりとおろした。
目を逸らし続ける私を、少し膝を曲げて覗き込む。
「信じてもらえねェかもしんねェけど」
何もかもいらないわけじゃない、と彼ははっきり言った。
「できることなら家を継ぎたい。趣味でいいなら絵も描きたい。なによりナミさんに好かれたい」
一度降ろされた手がゆっくりと伸びてきて、一瞬迷い、私の肩に触れた。
振り払うのも忘れて、思わず彼と目を合わせてしまう。
「ナミさんだけでいいんだ。ナミさんをあんなふうに嫌な気持ちにさせるならって、遊んでた子たちとははっきり手を切った。ナミさんが携帯持たねェならおれもいらねェ。──そういうのに時間がかかっちまって、なかなか連絡できなかったんだけど。つーか携帯もねぇし」
「ほ、ほんとに携帯捨てちゃったの」
思わず尋ねると、サンジ君は安心した子供のような顔で、そして少し泣きそうなあの顔で、うんと言った。
彼の手が、汗ばむ私の首筋に触れる。
いつの間にかずっと近くに彼の顔がある。
震える息がかかる。
「お願いだ。おれのことすきだって言ったよな。まだそのままでいてくれてるなら、もう一回言ってくれ」
おれも好きだ。ナミさんが好きだと、私の眉間の辺りに囁くように言う。
「もっと早く言えばよかった。言わなくてもわかることだと思ってた、んなわけねェのに。なぁ、頼む。好きだって言ってくれ」
ありえないくらい唇がわなないて、そこを噛みしめてもまだ震えていた。
言葉にしようとすると喉が詰まって、う、とみっともない声が出る。
サンジ君の手はもう私を抱きしめる準備をしていた。
くやしい。そのくやしさに涙がでる。
全部わかってるくせに私の口から言わせて、それで幸せになるのはサンジ君だけじゃないか。
歯を食いしばる私の頬を、汗でぬれた手のひらが包む。
そのまま耳の後ろに滑り込み、顔が持ち上げられる。
咄嗟に彼のその手首を掴んだ。
泣き濡れた顔のまま「ひどい」と漏らすと、唇が触れる寸前でサンジ君は「うん」と言った。
「ごめんな」
ぎゅっと手首を握りしめる。
びくともせず、私の顔を持ち上げて深く唇が重なる。
耳の中に涙が流れ込む。
この人は本当に悪いと思って謝りながら、こんなふうにやさしさをばらまいて、結局自分の思い通りにしてしまう。
私はそういう人を好きになった。
掴んでいた手首を離し、腕を辿って首に両手を伸ばすと、飛び込んでくるみたいに彼の頭が腕の中に収まった。
音を立てて唇が離れ、額をくっつけたままサンジ君の片目が私を窺う。
根負けするように、私は鼻をすすりながら「好きよ」と言った。
あぁ、と低い声を洩らし、サンジ君は猫のように私の額に頬を擦りつけた。
*
帰り際、手を振って丘を下りかけたサンジ君が何かを思い出したように立ち止まり、慌てて戻ってきた。
「どうしたの」
「これ、渡そうと思って持ってきたんだった」
ポケットからおもむろに、一枚の紙を取り出す。
光沢のあるそれは広告のようで、玄関の灯りが照らす中ではよく見えない。
「なに?」
「この前ナミさん大学のこと少し言ってたろ。もしその気があるなら、うち、今度夏のオープンキャンパスあるから。うちは美大っつーかそっちのケがあるだけで一応公立の総合大学だから、ナミさんの興味ある学部もあるかもしれねェし」
案内するから一緒に行こう、とサンジ君は笑う。なぜだか少し得意げに。
「もしナミさんが来年大学生になったとしてもおれは卒業しちまうけど、もしかしたら専門学校とか行けるかもしんねェから。料理の」
金がなかったら家で修業するわ、と苦笑する。彼を見上げていると、つられて顔が緩んでしまう。
「おじいさん喜ぶわね」
「いやぁ……多分一度は家追い出されると思う。自分でも今までふらふらしておきながら調子いいこと言ってんのわかるし」
ま、とにかく、とサンジ君は私の手にチラシを握らせてそのまま2,3歩後ずさった。
「興味あったら連絡して。って、携帯ねェわ。おれが連絡する、家にかけてもいい?」
「うん」
にっこり笑って、サンジ君は大きく手を振る。
下り坂を大きな一歩で下って行く背中を、暗闇に溶けるまでずっと見ていた。
*
オープンキャンパスはまるで祭りのようで、学生たちはいつものように公園のようなキャンパス内を行き来しているのに、私の目にはとてもきらびやかに映った。
先に予約をしておいたので、受付で名前を言って会場に入る。
1時間半ほど暗い講堂でスクリーンに映し出されるスライドと共に説明を流し聞いて、いくつか資料をもらってから解散となった。
キャンパスツアーなどいろんな企画が自由参加となっていたけど、ちょうど説明会が終わるころサンジ君が合流してくれた。
暑そうにシャツの胸を仰ぎながら、「どうだった?」と尋ねる。
「うーん、やっぱり美芸に力を入れてるのね。参加者もそっち方面の人が多いみたいで、説明も偏ってた」
「あーやっぱそうか。クソ、しっかり良質な説明しやがれよな」
悪態をつく彼を笑っていなしながら、蝉の鳴きわめく並木道を抜けた。
昼を過ぎ、気温がどんどん上がっていく。
背中をつるりと汗がすべった。
「っと、もうこんな時間か。学食でよけりゃすぐ食べられるけど、どうする? 日曜だけど、オーキャンの日は学食やってんじゃなかったっけな」
「じゃあ食べたい」
「ん、食ったことあるんだっけ」
「ウソップと一度来たわ。すごく混んでた」
「それも大学の醍醐味だかんなー」
学食のある棟へ移動する間、暑いからという理由で少し遠回りをしながら日陰を歩いた。
角を曲がるところで、ふと背の高い人とすれ違う。
サンジ君と話しながら避けて交わし、2,3歩進んだところでまぶたの裏に直接響くみたいに何かがピンと触れた。
勢いよく振り返ると、長い足をロングスカートで隠した女性が遠ざかっていく。
ロビン、と口をついた。
サンジ君も足を止め、私の視線の先を追う。
「ナミさん?」
「今の人、ロビンじゃないわよね……」
一瞬視界に入った顔の造作は彼女そのものだった。
ただ、後ろ姿を見てもちがうとわかる。すれ違った彼女は長く透き通るような銀色の髪をしていた。
ああ! とサンジ君が声をあげる。
「そっか、ナミさんロビンちゃんと顔見知りだったんだよな。あの人はうちの教授で、うちの部の顧問に名前貸してくれてんだ。美術にゃちっとも興味ねェみてェだけど。そんで」
「もしかして」
うん、とサンジ君が頷いたところで、女性は建物の中に消えて行った。
「ロビンのお姉さん……?」
「や、お母さん」
「うそ、だって」
「や、ほんとほんと。年齢不詳なところがあの親子のこえェところで」
「なんだ……そういうこと」
「ロビンちゃんに聞いてなかった?」
「ちっとも」
こじらせてごめんなさいね、と笑うロビンの声が聞こえる気がした。
*
大学を卒業したサンジ君は、絵の道具の一切合財を突然私の家に持って来た。
「ナミさんを描きたい」
えぇ、と思い切り顔をしかめた私に、サンジ君は一回だけ、と懇願する。
「できれば明るいところで描きてェから、外がいいかな」
「もう描く気じゃない」
うん、と屈託なく笑うサンジ君に負けて、私たちは庭に出た。
「どうせならみかん畑も一緒に」
「なんだか写真みたいね」
「似たようなもんだよ」
畑のわきにキャンバスを立て、サンジ君は鉛筆を握る。
彼の道具入れから、絵の具の香りが風で立ち上る。
私は小さな椅子に座ったまま、みかんの香りと入り混じったそれを胸いっぱいに吸い込んだ。
Fin.
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Comment
こんばんは!
こまつなさんこんばんは!psycheです!すみません拍手にメッセージを送らせて頂いたんですが、ちょっと猛る気持ち故に長文になってしまって分割して送ろうと思ったのですが、何だか送り切れなかったようなので、こちらにて再度(途中まで一緒の文もあるのですが)送らせて頂きます、何度もすみません(;;)
カンバスのある丘連載お疲れ様でした(;;)!!!どうなることやらとハラハラわくわくドキドキしながら拝読させて頂いておりました・・・!!後半はまさに怒涛の展開で本当に引き込まれてしまう場面がたくさんあったからこそ、クライマックスが本当に楽しみでした。弟みたいな存在のルフィに思わず弱ってる自分を見せたりだとか(家族故のホッとした気持ちがあったんだなと思いました)、ノジコとベルメールさんと大学進学の相談をするシーンのリアルな感じとか、ロビンとのディナーでナミの語りを通して描写されるロビンちゃん像がとっても素敵で・・・!!ナミが最近読んだという小説の挿話がすっごく良かったです・・・!!カンバスのある丘は、一つ一つの細かいシーンが非常に繊細で、とても鮮やかで、それでいて勿論シーン同士が緊密に繋がりつつも、各々がまるで独立しているような、素敵な自立性とでもいうのでしょうか、そういう雰囲気があって、でもだからこそ主題のナミとサンジの関係性が引き立っている印象を受けたんですけど、お話の全ての要素が本当に素晴らしいなあ・・・と思いまして・・・!ああなんかごめんなさい興奮していて言葉が大分めちゃくちゃなんですけど、とどのつまりこまつなさん最高です・・・!!本当に素敵な時間を有り難うございました(;;)クライマックスでは、ナミさんもサンジ君もお互いに関係を“築こう”とする上で各々がけじめをつけるみたいに乗り越えなくてはいけない所を乗り越えて想いを伝え合えて、本当にああよかった・・・よかった・・・と思いました!自分の中途半端さとか弱さとか、そういう泥臭い部分も曝け出そうと覚悟してナミさんにぶつかっていったサンジの姿勢が特に胸にグッッときました・・!!個人的にああいう男の人の弱い部分が垣間見えるのって凄く好きなんですよ~!!(;;)あと、もしかしてあの個展イベントのシーンでゾロが来ていたのはちょっとロビンちゃんと関わる何かがあるのかな・・・!と思ってお?おっ///?とゾロビンアンテナが反応してしまいました(笑)(違ったらごめんなさい><)!
ああなんかもうとりあえず大量の言葉をこんなとりとめもなく書いてしまってすみません(><)!でもこの興奮と素敵なサンナミを恵んでくださった感謝をお伝えしたくてですね・・・!!執筆お疲れ様でした!そしてこれからも応援しております・・・!!乱文&長文失礼いたしました<m(__)m>!
カンバスのある丘連載お疲れ様でした(;;)!!!どうなることやらとハラハラわくわくドキドキしながら拝読させて頂いておりました・・・!!後半はまさに怒涛の展開で本当に引き込まれてしまう場面がたくさんあったからこそ、クライマックスが本当に楽しみでした。弟みたいな存在のルフィに思わず弱ってる自分を見せたりだとか(家族故のホッとした気持ちがあったんだなと思いました)、ノジコとベルメールさんと大学進学の相談をするシーンのリアルな感じとか、ロビンとのディナーでナミの語りを通して描写されるロビンちゃん像がとっても素敵で・・・!!ナミが最近読んだという小説の挿話がすっごく良かったです・・・!!カンバスのある丘は、一つ一つの細かいシーンが非常に繊細で、とても鮮やかで、それでいて勿論シーン同士が緊密に繋がりつつも、各々がまるで独立しているような、素敵な自立性とでもいうのでしょうか、そういう雰囲気があって、でもだからこそ主題のナミとサンジの関係性が引き立っている印象を受けたんですけど、お話の全ての要素が本当に素晴らしいなあ・・・と思いまして・・・!ああなんかごめんなさい興奮していて言葉が大分めちゃくちゃなんですけど、とどのつまりこまつなさん最高です・・・!!本当に素敵な時間を有り難うございました(;;)クライマックスでは、ナミさんもサンジ君もお互いに関係を“築こう”とする上で各々がけじめをつけるみたいに乗り越えなくてはいけない所を乗り越えて想いを伝え合えて、本当にああよかった・・・よかった・・・と思いました!自分の中途半端さとか弱さとか、そういう泥臭い部分も曝け出そうと覚悟してナミさんにぶつかっていったサンジの姿勢が特に胸にグッッときました・・!!個人的にああいう男の人の弱い部分が垣間見えるのって凄く好きなんですよ~!!(;;)あと、もしかしてあの個展イベントのシーンでゾロが来ていたのはちょっとロビンちゃんと関わる何かがあるのかな・・・!と思ってお?おっ///?とゾロビンアンテナが反応してしまいました(笑)(違ったらごめんなさい><)!
ああなんかもうとりあえず大量の言葉をこんなとりとめもなく書いてしまってすみません(><)!でもこの興奮と素敵なサンナミを恵んでくださった感謝をお伝えしたくてですね・・・!!執筆お疲れ様でした!そしてこれからも応援しております・・・!!乱文&長文失礼いたしました<m(__)m>!
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麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
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