OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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浴室で身体を拭かずに出る癖がある。
今日もまた、風呂マットのふかっとした感触を濡れた足で踏みしめた後になって、ロビンはあっと思った。
その瞬間、勢いのある唐突さで目の前の脱衣所のドアが開く。
「あ、わり」
ルフィは既に赤いシャツを脱いでいて、小脇にはぐるぐる巻きにした大判のバスタオルを抱えていた。
悪いと言いつつ、ルフィは素知らぬ顔で脱衣所に入ってきて、空いている籠に持っていたバスタオルを突っ込んだ。
ルフィがあまりに平気の平左にしているから、ロビンも何を言うでもなく手を伸ばしてバスタオルを取り、そっと身体を覆った。
「お湯に入るの? シャワー?」
「今日はひとりだから、シャワーだなー」
能力者は、一人で浴槽に浸かることができない。
できるけど、普通はしない。
「ならよかった、もう冷めてしまったかもしれないから」
「ん? ナミもいるのか?」
「私だけだけど」
「おめー一人で風呂浸かったのか、あぶねぇぞ」
喋りながらルフィはズボンと下着をごそっと一度で脱ぎ去って、ぺたぺたと裸足の足を鳴らしてロビンの横を通り過ぎた。
浴室の戸が閉まると、すぐに激しい水の音が聞こえてくる。
ロビンは濡れた身体を拭いて、ハーフパンツとTシャツを身に付けて、濡らしてしまったバスマットを手に取った。
彼が出てくる前に取り替えてあげようと思ったのだ。
脱衣所を出るとき、ドアノブの下に付いた鍵が目に入る。
閉めた記憶も閉めなかった記憶もなかったから、きっと閉め忘れたのだろう。
もしも鍵を閉めていたら、浴槽にひとりで浸かったりしただろうか。
こんなにぎやかな船の上で、誰一人気付かず、鍵の閉まった浴室で溺れるとしたら。
髪の先から落ちたしずくが胸に当たって、ぶるっと肩が震えた。
昔なら逆のことを思ったはずだと、髪の先をぎゅっと絞りながらロビンは考える。
鍵も閉めずにひとりでお湯に浸かるなんて自殺行為だ。被殺人願望があるとも言える。
もしも誰かが押し入ってきて、湯に浸かるロビンに襲い掛かってきたら、なすすべもなく襲われるしかない。
だから、そもそも能力者は湯に浸からない。
そういうものだと思っていた。
脱衣所を出たところでチョッパーに出くわした。
青い鼻を小刻みに動かして、黒い目をくるくるさせながらチョッパーは「ロビンはいっつもいーにおいがすんな!」と自慢げに言った。
「そう、あなたも誘えばよかったかしら」
「んん、いいんだおれは! 昨日ウソップと入ったから」
チョッパーはとことこ蹄を鳴らしながら、キッチンの方へ歩いて行った。
そのふかっとした毛色のいい後ろ姿を見送って、ロビンは女部屋へと向かった。
バスマット、ルフィのために早くバスマットを敷かなければ、と頭の中で何度もつぶやく。
*
クロコダイルの屋敷で与えられた部屋は地下のワンフロアをぶち抜いたようにだだっ広く、柱が少なく全体が一望できるつくりになっていた。
白い壁、金色の装飾、豪奢な造りのソファに無造作にかけられた厚手のコート。
南側の一面は巨大なガラス窓で、黒い格子が牢獄のようにその全面を覆っていた。
「この部屋はおれも使うが、まあ基本的にお前のリビングだ。ベッドもここだがな」
クロコダイルがリビングと称したその部屋の隅には、キングサイズのベッドが鰐の牙のような4つの脚に支えられて横たわっていた。
ちらりとそこに目を遣るロビンをクロコダイルは正面からみすえて、鼻から大きく葉巻の煙を吐き出す。
「好きに見てくるといい。この国の最高建築、宮殿にも劣らねェだろう」
「いいわ、どんな部屋でも」
温度のない声で呟くロビンに、クロコダイルはわかったように息をつくだけでなにも言わなかった。
ここは今回のシェルターで隠れ蓑で、鳥かごだ。
頑丈そうな格子窓までついているし、うってつけじゃないかとロビンは窓の外の黄色い砂を眺めながら思った。
「ばかでけぇ風呂場も作った。女は風呂が好きだろう」
どこまで本気かわからない口調で、クロコダイルは目線をベッドとは反対側の小さな扉に移した。
「好きに泳げるくらいの広さはある。まぁ、泳ぐかはお前の自由だ」
この男は、私と二人だと妙に饒舌になる。
ロビンは肩に掛けたコートをするりと脱ぎ落した。
いらないことまで言っていると自分で気付いていないのか、はたまたわざとなのか。
こんなところに私の自由なんてない。この男が握っているのだから。
「じゃあお風呂に入るから出ていって頂戴」
「ああ? 着替えなら脱衣所でしろ。おれぁここで外を見てる」
黙ってじっと見ていても、クロコダイルは短くなる葉巻をいらいらとした手つきでガラスの机にこすり付けて消すと、また新しいものに火をつけるだけで出ていく気配はない。
風呂に入ると言った手前、所在なくなってロビンは浴室へと向かった。
象牙のように真っ白な浴室にはもうもうと湯気がたちこめ、すでに浴槽にはいっぱいに湯が張られていた。
趣味の悪い金色の鰐の口から怒涛のように熱い湯が吹き出して、視界が白く煙って仕方がない。
浴槽の向かいにはこじんまりとしたシャワールームがある。
頬に湯気が当たると、途端に砂にまみれた身体が痒く感じられた。
この国にいると、身体にまとわりつく砂が肌に張り付いて黄色に染まってしまう気がする。
あの男と数日行動を共にしただけで、髪からも肌からも葉巻のにおいが抜けなくなった。
それはどんなに身体をこすって洗っても、気が違ったようにこすっても、取れなかった。
閉めた浴室の扉の向こうは、静かだった。
クロコダイルは変わらずソファに大仰に腰かけ、値踏みするような目で外を眺めているのだろう。
ロビンは靴を脱ぎ、身体に張り付いた衣類を脱いだ。
なんとなく下着はそのままで、浴室に足を踏み入れた。
頭のてっぺんから熱いシャワーをあびると、身体の芯がじんじんと暖まって振動するように感じられた。
一瞬鳥肌が立ち、すぐにその温度に慣れると心地よさに目を瞑ってしまう。
額に強い水圧で熱い湯をあてたまま、ぼうっと立ち尽くした。
この国には間違いなく重要な歴史がある。
史学にとって重要で、重大で、守られるべき歴史がある。
伝え継がれるべき言葉が残されている。
クロコダイルが欲しているのはそういうものの一部だ。
私は、とロビンは前髪を掻き上げた。
私は、そう、たとえば乾いた大地のひび割れた裂け目だとか、かさかさに粉を拭いた子供たちの日に焼けた頬だとか、生命の育みを拒むように照りつける白い太陽だとか、この国の現状を含めた歴史を愛しいと思った。
きっと彼には一生わからない。
視線を感じ、ハッと振り向く。
クロコダイルが革靴を履いたまま浴室の入り口に立って、めんどくさそうな顔つきのままロビンを見ていた。
剥き出しの背中を伝う水滴が途端に冷たくなる。
「……仕事かしら、ボス」
「テメェはパンツのまま風呂に入るのか。変わった女だ」
「プライベートだと分かってるなら出ていって」
「せっかく豪華なのを造ってやったんだ。風呂にも入るといいぜ」
この男、既にも私に死んでほしいのだろうか。
意図を探り合うような視線の応酬をして、ロビンは目を逸らした。
それならそれでいいかと思ったのだ。
どうせいずれはこの男を私は殺すことになる。でなければ私が死ぬ。
でもそれなら、プルトンは。私がいなければこの男は一歩も欲望に近づけない。
ふと気付いて、思ったままをロビンは口にした。
「私を抱くの?」
クロコダイルはシャツの上に羽織ったベストを脱ぎ捨てて、床に放った。
浴槽の縁に、ズボンが濡れるのもお構いなしに腰を下ろした。
「気分じゃねェな」
鉤爪の手が、もてあそぶように浴槽の湯をかき混ぜた。
「風呂なんざゆっくり入ったことねェだろう。溺れかけたら助けてやるから入れ」
「私は」
「入れ」
命令を、ロビンの身体の空いたスペースにぐっと押し込むみたいに言いつけられる。
出しっぱなしだったシャワーをぎゅっと止めると、床を流れる水の音だけがさわさわと響いた。
一段下がったシャワールームを出て、ゆっくりとクロコダイルに近づく。
その足の運びを、猛禽のような小さな黒目でクロコダイルは余すことなく見ていた。
つまさきを湯につける。
シャワーとは比較にならないけだるさが身体を埋め尽くし、片足を浴槽の底につけてしまうと後は滑り込むように胸までとぷんと身体が沈んだ。
湯の感触は柔らかく、ほんのすこし塩辛いようなツンとした香りが立ちのぼる。
浴槽の側面に背中を預けて、浮力で浮き上がった胸とつけたままのレースの下着を見下ろしながら、ロビンは詰めていた息を少しずつ吐き出した。
「いいだろう、この風呂は」
「──えぇ、とても」
「随分緊張感のある声だ」
クハハ、と喉を鳴らすように笑うクロコダイルの声を聞いて、この男は私のこういう声が聞きたかったのだと気付いた。
悪趣味。
限りなく弱ったロビンにいつでも助けてやると手を差し伸べて、生死をさまよいながら虚勢を張る姿をクロコダイルは笑いながら見下ろしている。
構わない、と思った。
力が抜けて浮かびあがろうとする腕をゆるゆると動かして、大きく水をかいた。
半月型の浴槽の中心へと、沈もうとする身体をたゆたわせながら慎重にすすんでいく。
どんな姿だって見ればいい。
ここに私の大切なものはひとつだってない。
じゃあそれってどこにあるの?
浮かび上がった疑問に足を取られるように、ロビンの身体は唐突に沈んだ。
とぷんとコーヒーカップが揺れた程度の水しぶきが上がり、静かに頭の先まで湯に浸かる。
湯が絶え間なく浴槽に流れ込む音は、水の中ではごおごおというよりばあばあと言っているように聞こえた。
目を開けると、水の中の霞む視界はうす紫色で、膝小僧にできた痣みたいな色をしている。
きれいでもなければ汚くもない。
無数の泡沫が上がったり下がったり繰り返すのに見入って、気づいたときには首根っこを掴まれて引き上げられていた。
はあはあと無感動に繰り返す呼吸を、クロコダイルはそれが収まるまでじっと見ていた。
引き摺られるように運ばれ、浴槽の淵にタオルをかけるような要領で身体を引っ掛けられる。
「期待してるぜ、ミス・オールサンデー」
クロコダイルはさっさと浴室を出て行った。
戸が開くと、クロコダイルの動きとともに大量の湯気が外に流れ出ていく。
ロビンはちらりと顔を上げてそれを見た。
クロコダイルの右足だけが、濡れそぼって色を変えていた。
片足を濡らしてもいいくらいには、私は必要なのだ。
あのときこの男が水に濡れたら形を持つと知っていたら脚の一本は奪えたかもしれないのにと、後になってときどき思い出すことになる。
ロビンは這い出るように浴槽から出ると、冷たいタイルの床に倒れ込んだ。
大切なものなんて結局どこにもなかったわと思いながら死ぬなんて絶対に嫌だと、強く思った。
*
薄黄緑色のバスマットを手にして脱衣所に戻ると、浴室の中のシャワーの音は消えていた。
ロビンが出てからものの5分もしていないのに、ルフィはもう入り終わってしまったのか。
なんとなく残念な気持ちで両手に乾いたバスマットを持って、ひらりと床に敷いた。
うつむいた拍子に脱衣籠が目に入る。
ルフィのズボンが、足から抜けた形のまま籠に収まっていた。
頭の中を巡っていた様々な言葉が動きを止める。
ぴちゃ、とどこかから水音が聞こえたのを皮切りに、ロビンは飛びつくように浴室の戸を開けた。
「ルフィ!」
迷うことなく目を向けた浴槽から、劣化したゴムホースみたいにたるんだ腕が垂れていた。
ああ、と叫んだつもりが空気を盛大に飲み込み息がつまる。
伸び切った腕にすがりつき、それをたどって浴槽の中を覗き込んだ。
まん丸に目を見開いたルフィが、腰ほどの高さの水に身体を浸らせて、首をそらしてロビンを見上げていた。
「おぉっ? ロビン?」
どうしたー? と間延びした声がわあんと風呂場に響く。
は、と短く息を吐き、ロビンは食い入るようにルフィを見つめた。
動かないロビンに、ルフィは少し間を置いてから、「ロビンによぉ」と話し始める。
「ひとりで風呂入んのあぶねーって言ったけど、おれもたまには貸し切りで入ってみてーから、水減らして入ってみた! おめーにできるならおれにもできるだろうと思って」
やっぱできた、とルフィは歯を見せて笑った。
ルフィの腕を掴む指に、途方もない力がこもる。
握りしめた指が白くなるほど強く。
ルフィがそれに気づいて、体の向きを変えてロビンの顔を覗き込んだ。
そして少し慄くように身を引いて言う。
「なに泣いてんだロビン」
膝をついた太ももに、ほたほたと水滴が落ちる。
熱い筋が頬を伝っていくのを感じながら、気付いたら腰を折り、ルフィの肩にしがみついて吠えるように泣いていた。
やっと見つけたのに、私の大切なもの、やっと見つけたのに。
こんなにもあっけなく遠ざかろうとする。
ルフィは若干狼狽えながらも、ぽんぽんとあやすようにロビンの背を叩いた。
な、泣くほどのことかよぉ、てかお前なんでそんな泣いてんだ。
ナミと喧嘩したのか? 腹でもいてーのか?
大丈夫だぞ、元気出せ。
おれがついてる。
しゃくりあげながら頭を持ち上げると、ぱっと顔を明るくしたルフィが「なっ」と力強く笑った。
彼が本当に疲れ切ってその身体をそこなうとき、大丈夫私がついてるわと言ってあげられるだろうか。
ロビンは泣き濡れた顔を拭って、小さく「ごめんなさい」と呟いた。
「あ、そーだ。さっき見えたんだけど」
ルフィは泣き止んだロビンの機嫌を繋ぎとめようとするみたいに、少し焦った手つきでロビンの胸の中心を指差した。
「ここ、痕残っちまったんだな」
「痕……あぁ、えぇ。塞がってくれただけよかったけれど」
鉤爪がえぐり突き抜けた胸の穴は、ルフィに聞かされたチョッパーが綺麗に縫合し直した。
それでも不気味な華のように丸い痣が胸の真ん中にぽっかりと残っていて、ときおりしくしくと痛むことがあった。
「ん、ほらここ」
そう言って、ルフィは自分のへその上辺りを指差した。
まるで背中を反らして威張っているみたいに。
「おれもほら、あいつにやられた痕がまだあんだぜー。くそ、思い出すとむかついてきた!」
目をこらすと確かにうっすらと、ロビンの胸にあるのと同じような傷痕がシミのようについていた。
激しい新陳代謝のせいか、すでに消えかけている。
そっと指を這わせると、ルフィはくすぐったそうに身をよじらせた。
「な、おそろいだ」
しっしっし、と笑うルフィに、ロビンもしっしっし、と声を上げて笑い返した。
一瞬目を丸めて、ルフィはすぐにしっしっし、とまた笑う。
しっしっし、しっしっし、と奇妙な笑い声が浴室の中の湿気に絡め取られながらふるふると響いていた。
嬉しくなって「私もあなたともう一度入ってもいい?」と訊いたが、ルフィは嫌そうに顔をしかめて「サンジに怒られる」と真面目な顔で答えた。
調子に乗りすぎたことを少し恥ずかしく思いながら、ロビンは浴室を出て乾いたバスマットで足を拭いた。
fin.
今日もまた、風呂マットのふかっとした感触を濡れた足で踏みしめた後になって、ロビンはあっと思った。
その瞬間、勢いのある唐突さで目の前の脱衣所のドアが開く。
「あ、わり」
ルフィは既に赤いシャツを脱いでいて、小脇にはぐるぐる巻きにした大判のバスタオルを抱えていた。
悪いと言いつつ、ルフィは素知らぬ顔で脱衣所に入ってきて、空いている籠に持っていたバスタオルを突っ込んだ。
ルフィがあまりに平気の平左にしているから、ロビンも何を言うでもなく手を伸ばしてバスタオルを取り、そっと身体を覆った。
「お湯に入るの? シャワー?」
「今日はひとりだから、シャワーだなー」
能力者は、一人で浴槽に浸かることができない。
できるけど、普通はしない。
「ならよかった、もう冷めてしまったかもしれないから」
「ん? ナミもいるのか?」
「私だけだけど」
「おめー一人で風呂浸かったのか、あぶねぇぞ」
喋りながらルフィはズボンと下着をごそっと一度で脱ぎ去って、ぺたぺたと裸足の足を鳴らしてロビンの横を通り過ぎた。
浴室の戸が閉まると、すぐに激しい水の音が聞こえてくる。
ロビンは濡れた身体を拭いて、ハーフパンツとTシャツを身に付けて、濡らしてしまったバスマットを手に取った。
彼が出てくる前に取り替えてあげようと思ったのだ。
脱衣所を出るとき、ドアノブの下に付いた鍵が目に入る。
閉めた記憶も閉めなかった記憶もなかったから、きっと閉め忘れたのだろう。
もしも鍵を閉めていたら、浴槽にひとりで浸かったりしただろうか。
こんなにぎやかな船の上で、誰一人気付かず、鍵の閉まった浴室で溺れるとしたら。
髪の先から落ちたしずくが胸に当たって、ぶるっと肩が震えた。
昔なら逆のことを思ったはずだと、髪の先をぎゅっと絞りながらロビンは考える。
鍵も閉めずにひとりでお湯に浸かるなんて自殺行為だ。被殺人願望があるとも言える。
もしも誰かが押し入ってきて、湯に浸かるロビンに襲い掛かってきたら、なすすべもなく襲われるしかない。
だから、そもそも能力者は湯に浸からない。
そういうものだと思っていた。
脱衣所を出たところでチョッパーに出くわした。
青い鼻を小刻みに動かして、黒い目をくるくるさせながらチョッパーは「ロビンはいっつもいーにおいがすんな!」と自慢げに言った。
「そう、あなたも誘えばよかったかしら」
「んん、いいんだおれは! 昨日ウソップと入ったから」
チョッパーはとことこ蹄を鳴らしながら、キッチンの方へ歩いて行った。
そのふかっとした毛色のいい後ろ姿を見送って、ロビンは女部屋へと向かった。
バスマット、ルフィのために早くバスマットを敷かなければ、と頭の中で何度もつぶやく。
*
クロコダイルの屋敷で与えられた部屋は地下のワンフロアをぶち抜いたようにだだっ広く、柱が少なく全体が一望できるつくりになっていた。
白い壁、金色の装飾、豪奢な造りのソファに無造作にかけられた厚手のコート。
南側の一面は巨大なガラス窓で、黒い格子が牢獄のようにその全面を覆っていた。
「この部屋はおれも使うが、まあ基本的にお前のリビングだ。ベッドもここだがな」
クロコダイルがリビングと称したその部屋の隅には、キングサイズのベッドが鰐の牙のような4つの脚に支えられて横たわっていた。
ちらりとそこに目を遣るロビンをクロコダイルは正面からみすえて、鼻から大きく葉巻の煙を吐き出す。
「好きに見てくるといい。この国の最高建築、宮殿にも劣らねェだろう」
「いいわ、どんな部屋でも」
温度のない声で呟くロビンに、クロコダイルはわかったように息をつくだけでなにも言わなかった。
ここは今回のシェルターで隠れ蓑で、鳥かごだ。
頑丈そうな格子窓までついているし、うってつけじゃないかとロビンは窓の外の黄色い砂を眺めながら思った。
「ばかでけぇ風呂場も作った。女は風呂が好きだろう」
どこまで本気かわからない口調で、クロコダイルは目線をベッドとは反対側の小さな扉に移した。
「好きに泳げるくらいの広さはある。まぁ、泳ぐかはお前の自由だ」
この男は、私と二人だと妙に饒舌になる。
ロビンは肩に掛けたコートをするりと脱ぎ落した。
いらないことまで言っていると自分で気付いていないのか、はたまたわざとなのか。
こんなところに私の自由なんてない。この男が握っているのだから。
「じゃあお風呂に入るから出ていって頂戴」
「ああ? 着替えなら脱衣所でしろ。おれぁここで外を見てる」
黙ってじっと見ていても、クロコダイルは短くなる葉巻をいらいらとした手つきでガラスの机にこすり付けて消すと、また新しいものに火をつけるだけで出ていく気配はない。
風呂に入ると言った手前、所在なくなってロビンは浴室へと向かった。
象牙のように真っ白な浴室にはもうもうと湯気がたちこめ、すでに浴槽にはいっぱいに湯が張られていた。
趣味の悪い金色の鰐の口から怒涛のように熱い湯が吹き出して、視界が白く煙って仕方がない。
浴槽の向かいにはこじんまりとしたシャワールームがある。
頬に湯気が当たると、途端に砂にまみれた身体が痒く感じられた。
この国にいると、身体にまとわりつく砂が肌に張り付いて黄色に染まってしまう気がする。
あの男と数日行動を共にしただけで、髪からも肌からも葉巻のにおいが抜けなくなった。
それはどんなに身体をこすって洗っても、気が違ったようにこすっても、取れなかった。
閉めた浴室の扉の向こうは、静かだった。
クロコダイルは変わらずソファに大仰に腰かけ、値踏みするような目で外を眺めているのだろう。
ロビンは靴を脱ぎ、身体に張り付いた衣類を脱いだ。
なんとなく下着はそのままで、浴室に足を踏み入れた。
頭のてっぺんから熱いシャワーをあびると、身体の芯がじんじんと暖まって振動するように感じられた。
一瞬鳥肌が立ち、すぐにその温度に慣れると心地よさに目を瞑ってしまう。
額に強い水圧で熱い湯をあてたまま、ぼうっと立ち尽くした。
この国には間違いなく重要な歴史がある。
史学にとって重要で、重大で、守られるべき歴史がある。
伝え継がれるべき言葉が残されている。
クロコダイルが欲しているのはそういうものの一部だ。
私は、とロビンは前髪を掻き上げた。
私は、そう、たとえば乾いた大地のひび割れた裂け目だとか、かさかさに粉を拭いた子供たちの日に焼けた頬だとか、生命の育みを拒むように照りつける白い太陽だとか、この国の現状を含めた歴史を愛しいと思った。
きっと彼には一生わからない。
視線を感じ、ハッと振り向く。
クロコダイルが革靴を履いたまま浴室の入り口に立って、めんどくさそうな顔つきのままロビンを見ていた。
剥き出しの背中を伝う水滴が途端に冷たくなる。
「……仕事かしら、ボス」
「テメェはパンツのまま風呂に入るのか。変わった女だ」
「プライベートだと分かってるなら出ていって」
「せっかく豪華なのを造ってやったんだ。風呂にも入るといいぜ」
この男、既にも私に死んでほしいのだろうか。
意図を探り合うような視線の応酬をして、ロビンは目を逸らした。
それならそれでいいかと思ったのだ。
どうせいずれはこの男を私は殺すことになる。でなければ私が死ぬ。
でもそれなら、プルトンは。私がいなければこの男は一歩も欲望に近づけない。
ふと気付いて、思ったままをロビンは口にした。
「私を抱くの?」
クロコダイルはシャツの上に羽織ったベストを脱ぎ捨てて、床に放った。
浴槽の縁に、ズボンが濡れるのもお構いなしに腰を下ろした。
「気分じゃねェな」
鉤爪の手が、もてあそぶように浴槽の湯をかき混ぜた。
「風呂なんざゆっくり入ったことねェだろう。溺れかけたら助けてやるから入れ」
「私は」
「入れ」
命令を、ロビンの身体の空いたスペースにぐっと押し込むみたいに言いつけられる。
出しっぱなしだったシャワーをぎゅっと止めると、床を流れる水の音だけがさわさわと響いた。
一段下がったシャワールームを出て、ゆっくりとクロコダイルに近づく。
その足の運びを、猛禽のような小さな黒目でクロコダイルは余すことなく見ていた。
つまさきを湯につける。
シャワーとは比較にならないけだるさが身体を埋め尽くし、片足を浴槽の底につけてしまうと後は滑り込むように胸までとぷんと身体が沈んだ。
湯の感触は柔らかく、ほんのすこし塩辛いようなツンとした香りが立ちのぼる。
浴槽の側面に背中を預けて、浮力で浮き上がった胸とつけたままのレースの下着を見下ろしながら、ロビンは詰めていた息を少しずつ吐き出した。
「いいだろう、この風呂は」
「──えぇ、とても」
「随分緊張感のある声だ」
クハハ、と喉を鳴らすように笑うクロコダイルの声を聞いて、この男は私のこういう声が聞きたかったのだと気付いた。
悪趣味。
限りなく弱ったロビンにいつでも助けてやると手を差し伸べて、生死をさまよいながら虚勢を張る姿をクロコダイルは笑いながら見下ろしている。
構わない、と思った。
力が抜けて浮かびあがろうとする腕をゆるゆると動かして、大きく水をかいた。
半月型の浴槽の中心へと、沈もうとする身体をたゆたわせながら慎重にすすんでいく。
どんな姿だって見ればいい。
ここに私の大切なものはひとつだってない。
じゃあそれってどこにあるの?
浮かび上がった疑問に足を取られるように、ロビンの身体は唐突に沈んだ。
とぷんとコーヒーカップが揺れた程度の水しぶきが上がり、静かに頭の先まで湯に浸かる。
湯が絶え間なく浴槽に流れ込む音は、水の中ではごおごおというよりばあばあと言っているように聞こえた。
目を開けると、水の中の霞む視界はうす紫色で、膝小僧にできた痣みたいな色をしている。
きれいでもなければ汚くもない。
無数の泡沫が上がったり下がったり繰り返すのに見入って、気づいたときには首根っこを掴まれて引き上げられていた。
はあはあと無感動に繰り返す呼吸を、クロコダイルはそれが収まるまでじっと見ていた。
引き摺られるように運ばれ、浴槽の淵にタオルをかけるような要領で身体を引っ掛けられる。
「期待してるぜ、ミス・オールサンデー」
クロコダイルはさっさと浴室を出て行った。
戸が開くと、クロコダイルの動きとともに大量の湯気が外に流れ出ていく。
ロビンはちらりと顔を上げてそれを見た。
クロコダイルの右足だけが、濡れそぼって色を変えていた。
片足を濡らしてもいいくらいには、私は必要なのだ。
あのときこの男が水に濡れたら形を持つと知っていたら脚の一本は奪えたかもしれないのにと、後になってときどき思い出すことになる。
ロビンは這い出るように浴槽から出ると、冷たいタイルの床に倒れ込んだ。
大切なものなんて結局どこにもなかったわと思いながら死ぬなんて絶対に嫌だと、強く思った。
*
薄黄緑色のバスマットを手にして脱衣所に戻ると、浴室の中のシャワーの音は消えていた。
ロビンが出てからものの5分もしていないのに、ルフィはもう入り終わってしまったのか。
なんとなく残念な気持ちで両手に乾いたバスマットを持って、ひらりと床に敷いた。
うつむいた拍子に脱衣籠が目に入る。
ルフィのズボンが、足から抜けた形のまま籠に収まっていた。
頭の中を巡っていた様々な言葉が動きを止める。
ぴちゃ、とどこかから水音が聞こえたのを皮切りに、ロビンは飛びつくように浴室の戸を開けた。
「ルフィ!」
迷うことなく目を向けた浴槽から、劣化したゴムホースみたいにたるんだ腕が垂れていた。
ああ、と叫んだつもりが空気を盛大に飲み込み息がつまる。
伸び切った腕にすがりつき、それをたどって浴槽の中を覗き込んだ。
まん丸に目を見開いたルフィが、腰ほどの高さの水に身体を浸らせて、首をそらしてロビンを見上げていた。
「おぉっ? ロビン?」
どうしたー? と間延びした声がわあんと風呂場に響く。
は、と短く息を吐き、ロビンは食い入るようにルフィを見つめた。
動かないロビンに、ルフィは少し間を置いてから、「ロビンによぉ」と話し始める。
「ひとりで風呂入んのあぶねーって言ったけど、おれもたまには貸し切りで入ってみてーから、水減らして入ってみた! おめーにできるならおれにもできるだろうと思って」
やっぱできた、とルフィは歯を見せて笑った。
ルフィの腕を掴む指に、途方もない力がこもる。
握りしめた指が白くなるほど強く。
ルフィがそれに気づいて、体の向きを変えてロビンの顔を覗き込んだ。
そして少し慄くように身を引いて言う。
「なに泣いてんだロビン」
膝をついた太ももに、ほたほたと水滴が落ちる。
熱い筋が頬を伝っていくのを感じながら、気付いたら腰を折り、ルフィの肩にしがみついて吠えるように泣いていた。
やっと見つけたのに、私の大切なもの、やっと見つけたのに。
こんなにもあっけなく遠ざかろうとする。
ルフィは若干狼狽えながらも、ぽんぽんとあやすようにロビンの背を叩いた。
な、泣くほどのことかよぉ、てかお前なんでそんな泣いてんだ。
ナミと喧嘩したのか? 腹でもいてーのか?
大丈夫だぞ、元気出せ。
おれがついてる。
しゃくりあげながら頭を持ち上げると、ぱっと顔を明るくしたルフィが「なっ」と力強く笑った。
彼が本当に疲れ切ってその身体をそこなうとき、大丈夫私がついてるわと言ってあげられるだろうか。
ロビンは泣き濡れた顔を拭って、小さく「ごめんなさい」と呟いた。
「あ、そーだ。さっき見えたんだけど」
ルフィは泣き止んだロビンの機嫌を繋ぎとめようとするみたいに、少し焦った手つきでロビンの胸の中心を指差した。
「ここ、痕残っちまったんだな」
「痕……あぁ、えぇ。塞がってくれただけよかったけれど」
鉤爪がえぐり突き抜けた胸の穴は、ルフィに聞かされたチョッパーが綺麗に縫合し直した。
それでも不気味な華のように丸い痣が胸の真ん中にぽっかりと残っていて、ときおりしくしくと痛むことがあった。
「ん、ほらここ」
そう言って、ルフィは自分のへその上辺りを指差した。
まるで背中を反らして威張っているみたいに。
「おれもほら、あいつにやられた痕がまだあんだぜー。くそ、思い出すとむかついてきた!」
目をこらすと確かにうっすらと、ロビンの胸にあるのと同じような傷痕がシミのようについていた。
激しい新陳代謝のせいか、すでに消えかけている。
そっと指を這わせると、ルフィはくすぐったそうに身をよじらせた。
「な、おそろいだ」
しっしっし、と笑うルフィに、ロビンもしっしっし、と声を上げて笑い返した。
一瞬目を丸めて、ルフィはすぐにしっしっし、とまた笑う。
しっしっし、しっしっし、と奇妙な笑い声が浴室の中の湿気に絡め取られながらふるふると響いていた。
嬉しくなって「私もあなたともう一度入ってもいい?」と訊いたが、ルフィは嫌そうに顔をしかめて「サンジに怒られる」と真面目な顔で答えた。
調子に乗りすぎたことを少し恥ずかしく思いながら、ロビンは浴室を出て乾いたバスマットで足を拭いた。
fin.
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