OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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エアコンのリモコンに部屋の気温が表示されている。31度。
蒸し暑く、座っているだけで胸の間を汗が流れる。Tシャツを肌に押し付けて汗を吸った。
UV対応のカーテンの隙間から良く晴れた空が見える。青く透き通っている。ちぎれた雲がさあっと流れていった。
安物の扇風機がしつこい音を立てて回り、生ぬるい風がときおり顔にぶつかる。
汗が今度は背中を伝った。アイスコーヒーのグラスが机の上をびたびたに濡らし、氷が溶けてからんと音を立てた。
サンジ君、と思ったけど思い浮かんだ顔は違う人だった。
好きで、好きで、どうしようもないとき、今みたいに熱い部屋でクーラーもつけず熱中症ぎりぎり手前で浮かされたみたいになるとき、助けてほしいとすがりたいのは別の人なのに実際助けてくれるのはいつもサンジ君で、申し訳なさよりもありがたさが先に立って私は飛びつくように助けてもらっていた。
不義理だとか、彼の気持ちを利用してだとか、そういういっさいの責め苦を私は飛び越えて「だってどうしようもなく好きだ」と思っていたし、サンジ君もきっとそうなのだろう。
薄いコーヒーを飲み干した時携帯が鳴り、「暑いね」とサンジ君からメッセージが届いた。
*
駅の改札前にあるパン屋で食パンを買っていたら後ろから声をかけられ、振り向いたらすっと背の高い男が私の定期入れを差し出して曖昧に笑っていた。
「あ、すみません」
「いえ」
定期入れを受けとり、店員からはパンを受け取る。振り返ってすれ違いざまさっきの男性に軽く会釈する。向こうも首を曲げて会釈を返した。まっすぐな金髪に隠れた片目がちらりと見えた。
再会したのは次の日の職場で、4月から新しい部署に異動になった私の取引先の担当者が彼だった。
嘘みたいな出会い方にあっけにとられていると、男は名乗り、私の名前を改めて尋ね、あろうことか手の甲を取って軽率に唇をつけた。
「げっ」
「よろしくね、ナミさん」
「あんたみんなにこんなことしてんの」
取引先にもかかわらず、彼の軽率さにつられて軽い口調で尋ねると、サンジ君は「いやいや」と首を振ったが嘘だとわかる。
初めて出会ったときの曖昧な笑みとは程遠い軽薄な印象に拍子抜けした。
なんとなく口づけられた手の甲をこすって、さっさと仕事の話に切り替えた。
彼と二人で外を回り、新しく開設予定のテナントを見に行ったりファミレスで資料を開いて打ち合わせをする日々が続いた。
サンジ君は飲食チェーンの本社に勤め、私は彼の会社が新しく手掛けるレストランのインテリアデザインを担当する。
「だからね、天井が高いでしょう。ここに窓があるんだからその前にカウンターを作っちゃうと人の動線で光が遮られちゃう」
「あーでも、やっぱ客席はこのエリアまで広げてぇんだよ」
私も大概気が強いと思うが、サンジ君も優しいようで折れることは少なかった。
こと仕事に関しては、というか、仕事の彼しか知りようがないのでもともとの性分なのか仕事の仕方なのかはわからない。
ただまっすぐなやり方には好感が持てたし、取引相手として信頼できると思っていた。
打ち合わせが行き詰まり、二人で頭を突き合わせ資料に目を落として数分が立とうとしている。
ふと息を吐き出して顔を上げたら、サンジ君が私を見ていたので驚いた。
「わ、なに」
「いんや、新しいコーヒー頼もうか」
「あ、待って私もうおなかたぷたぷ。ちょっと歩かない、もう一度テナントも見に行きたいし」
熱心だね、と彼は嬉しそうに笑った。
どうもと言って同時に立ち上がる。会計はサンジ君がいつも持ってくれる。コーヒーくらいで領収書を切ることはなかった。
春の夕方はまだ涼しく、カーディガンの生地を通して冷たい空気が腕にぶつかった。
「見に行ったあと会社に戻るの?」と唐突にサンジ君が訊いた。
「んー、今日はもう直帰するって言ってある。明日朝から会議があるから今日は早めに帰りたいし」
「あーそっか、そっか」
たははとサンジ君が気まずそうに笑うので何かと思って彼を見上げたら、視線に気付いた彼は隣を歩く私を見下ろし、初めて会ったときと同じ曖昧な笑みを浮かべて言った。
「や、ちょっと飲みにいかねーかなと思って。おれも直帰だから」
「あ、なんだ、いいわよ」
「でも明日早いんじゃ」
「そんなに遅くならなきゃ大丈夫」
サンジ君はぱっと顔を明るくして、「駅の近くにうめーところがあって」とハリのある声でその方向を指差した。
ふーんと相槌を打ったときに私の携帯が震え、ちらりと視線を落として画面を確かめた。
会社でも、家族でも、友達でもないその名前にぐらんと立ちくらみのように心が揺れた。
「ごめん、サンジ君。今日先約あるんだった」
「あ、あーそっか、じゃあしゃーねぇな」
残念、とサンジ君はまた曖昧に笑い、きっと得意になってしまったのだろうその顔を隠すように煙草を咥えて火をつけた。
私は携帯をぎゅっと握りしめ、彼と別れた後のことにもう心が走って行ってしまったことに気付いている。
「ほんとごめん。一度いいよって言ったのに」
「いーのいーの。どうせ今週また会うしな」
数秒の間を開けて、サンジ君はゆっくりと「彼氏?」と訊いた。
「ううん」
「あ、そう、よかった。あ、よかったって言っちゃった」
ハハッと彼が笑うので、つい私もつられて笑ってしまう。
彼氏って、彼氏って、そういうのはきっとサンジ君の方が得意だろうと思った。
「じゃ、そういうわけでおれはナミさんと飲みにいきてぇと思ってるので、空いてたら教えてください」
駅の改札前で、サンジ君は馬鹿丁寧にそう言って自分の携帯をこつこつと指差した。
うん、と私は頷く。
「電車乗る?」
「ううん、今日は乗らない」
「そか、じゃあ」
おつかれさま、と言い合って私たちは別れた。サンジ君だけが改札を通り抜けて人の多いホームへと階段を上って行った。
私はそのまま駅と直結の百貨店へ向かい、そこの化粧室で化粧直しをした。
緊張していた。
会うのは久しぶりだったし、よく冷静にサンジ君の誘いを断れたものだと思う。
セックスするかな、と考えて、今日の下着を思い出そうとする。個室に入って確認しようかとまで考えて、どっちにしろ着替えが必要になるかもしれないと思って百貨店の下着売り場で新品を買った。
今日一日で一番楽しく、胸が躍り、また一番悲しい時間が来ることも、本当はわかっていた。
*
6月になり、初めてサンジ君と仕事終わりに飲みに行った。
私の様子を窺って、誘おうかどうか迷っているのが手に取るようにわかるのがおかしくて私の方から誘ったのだった。
二人で進めている仕事の方は順調といえば順調で、夏の始まりには着工されるだろう。
よくある暗めの照明の中、飾られたグリーンだけが照らされて浮かび上がっている。その光を見ながら私とサンジ君は仕事のこと、休みの日のこと、学生時代のことなんかをべらべらと喋りまくった。
サンジ君はげらげらと笑った。上品な仕立ての服に似合わず口調は荒いし不良っぽいなと思っていたらやっぱり「高校生のころが一番バカで頭悪いことしかしなかった」と彼が白状したので私もげらげらと笑った。
「ナミさんよく飲むね、いーね」
「つられて飲んでると潰れるわよ」
「潰れたらお持ち帰りしてくれる?」
それ私に何の得もないじゃない、と笑ってロックグラスを傾けた。小さくなった氷が唇にあたる。
グラスを顔から離すと、思いがけずサンジ君が真剣な目で私を見ているので私も思わず口元を引き締めた。
「ナミさん、おれ、仕事以外でもナミさんと会いてぇと思ってる」
今もすげぇ楽しいから、とサンジ君はさっと私の手に手を重ねた。
グラスのせいで冷えた手にサンジ君のそれが被さると、じんと熱さが伝わった。
「私も、楽しいけど」
けど、というのは便利なもので、すべて言わなくてもそのあとの言葉を物語ってくれることがある。
今回の場合もサンジ君は私の「けど」のあとを汲んでぎゅっと唇を噛んだ。
手は離れないまま、「おれじゃだめ?」と彼が訊いた。
「ごめん」
「はは、全然悩まねぇのな」
彼の手が少し身じろぎ、離されるかと思いきやぎゅっと強く握られる。
「じゃあ、いや?」
思わず彼の目を見るとじっとのぞき返されるので慌てて逸らす。
嫌じゃなくてもその気がないなら嫌だと言わなきゃいけないことを知っていたけど、返事をするには遅すぎたので諦めて「いやじゃないし、サンジ君のことは嫌いじゃない」と正直に言った。
うん、とわかっていたように彼が頷く。
「彼氏が、いるとか」
問いかけるように彼が言うのに、私はまたもや言葉を詰まらす。
そういう確固たる資格を持った男の人はわたしのためにいやしないけど、キスをしたり、セックスをしたり、そういうことをしたいと思う人なら確かにいた。
「好きな人が、いる」
サンジ君は表情を動かさなかったけど、その目がざっくりと傷ついたのがわかった。
彼氏がいると言った方がまだよかったのかもしれない。
「付き合ってねーの」
「うん」
「もったいねー。ナミさんみたいな人ほっとくなんて」
「結婚してるから、多分」
サンジ君が軽く息を吸い、「多分?」とおそるおそるというように尋ねた。
「たぶん。してるとも、してないとも聞いたことないけどたぶんしてる」
「知りたくないんだ」
わかったような言い方に顔が熱くなる。返事をしないでいたら「ふたりで会うの?」と重ねて尋ねられた。
一気に話したくない気になって、口を閉ざす。グラスを掴んだが中は空だった。
「好きな時に会えるの? 呼ばれたら会いに行くの?」
「やめて。もういいでしょ私の話は」
「よくねぇし、好きな子がしちめんどくせぇ恋愛してたらおれにしろよって言いてェだろ」
重ねられた手の下から自分の手を引っこ抜いた。
今になって酔いが回ったのか、手の先が少し震えるように痺れていた。思わずサンジ君の手を掴みそうになって、怖くて離したのだ。
「ごめん」
サンジ君が急にしゅんと頭を垂れて謝った。
「急に踏み込んで。無礼でした」
サンジ君もテーブルから手をおろし、私を上目づかいに見た。
「怒った?」
「ううん、大丈夫」
「出ようか」
いつの間にか終電間近になっていて、会計が一緒になった8人ほどの団体と一緒に私たちはするりと夜気にまぎれこんだ。
外の空気はむわっと暑く、店内に冷房が効いていたことにそこで気付く。
サンジ君は来たときと同じ距離間で、駅までの短い時間私の隣を歩いた。
その日は金曜日だったので、別れ際サンジ君は「じゃ、また月曜日に」とあの笑い方をして言った。
「うん、今日ありがとね」
「や、あ、ナミさん、休みの日とか連絡しても大丈夫?」
「え、うん」
即答したら、サンジ君は何故だかぽかんと私を見て、すぐさまにっこり笑って「連絡する」と言った。
おやすみと言って別れた私はすぐに携帯を確認し、何の連絡もないことに肩を落とすけれど、別れ際のサンジ君の笑顔が少し私の心を軽くして、同時にちくりと胸を刺した。
→
蒸し暑く、座っているだけで胸の間を汗が流れる。Tシャツを肌に押し付けて汗を吸った。
UV対応のカーテンの隙間から良く晴れた空が見える。青く透き通っている。ちぎれた雲がさあっと流れていった。
安物の扇風機がしつこい音を立てて回り、生ぬるい風がときおり顔にぶつかる。
汗が今度は背中を伝った。アイスコーヒーのグラスが机の上をびたびたに濡らし、氷が溶けてからんと音を立てた。
サンジ君、と思ったけど思い浮かんだ顔は違う人だった。
好きで、好きで、どうしようもないとき、今みたいに熱い部屋でクーラーもつけず熱中症ぎりぎり手前で浮かされたみたいになるとき、助けてほしいとすがりたいのは別の人なのに実際助けてくれるのはいつもサンジ君で、申し訳なさよりもありがたさが先に立って私は飛びつくように助けてもらっていた。
不義理だとか、彼の気持ちを利用してだとか、そういういっさいの責め苦を私は飛び越えて「だってどうしようもなく好きだ」と思っていたし、サンジ君もきっとそうなのだろう。
薄いコーヒーを飲み干した時携帯が鳴り、「暑いね」とサンジ君からメッセージが届いた。
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駅の改札前にあるパン屋で食パンを買っていたら後ろから声をかけられ、振り向いたらすっと背の高い男が私の定期入れを差し出して曖昧に笑っていた。
「あ、すみません」
「いえ」
定期入れを受けとり、店員からはパンを受け取る。振り返ってすれ違いざまさっきの男性に軽く会釈する。向こうも首を曲げて会釈を返した。まっすぐな金髪に隠れた片目がちらりと見えた。
再会したのは次の日の職場で、4月から新しい部署に異動になった私の取引先の担当者が彼だった。
嘘みたいな出会い方にあっけにとられていると、男は名乗り、私の名前を改めて尋ね、あろうことか手の甲を取って軽率に唇をつけた。
「げっ」
「よろしくね、ナミさん」
「あんたみんなにこんなことしてんの」
取引先にもかかわらず、彼の軽率さにつられて軽い口調で尋ねると、サンジ君は「いやいや」と首を振ったが嘘だとわかる。
初めて出会ったときの曖昧な笑みとは程遠い軽薄な印象に拍子抜けした。
なんとなく口づけられた手の甲をこすって、さっさと仕事の話に切り替えた。
彼と二人で外を回り、新しく開設予定のテナントを見に行ったりファミレスで資料を開いて打ち合わせをする日々が続いた。
サンジ君は飲食チェーンの本社に勤め、私は彼の会社が新しく手掛けるレストランのインテリアデザインを担当する。
「だからね、天井が高いでしょう。ここに窓があるんだからその前にカウンターを作っちゃうと人の動線で光が遮られちゃう」
「あーでも、やっぱ客席はこのエリアまで広げてぇんだよ」
私も大概気が強いと思うが、サンジ君も優しいようで折れることは少なかった。
こと仕事に関しては、というか、仕事の彼しか知りようがないのでもともとの性分なのか仕事の仕方なのかはわからない。
ただまっすぐなやり方には好感が持てたし、取引相手として信頼できると思っていた。
打ち合わせが行き詰まり、二人で頭を突き合わせ資料に目を落として数分が立とうとしている。
ふと息を吐き出して顔を上げたら、サンジ君が私を見ていたので驚いた。
「わ、なに」
「いんや、新しいコーヒー頼もうか」
「あ、待って私もうおなかたぷたぷ。ちょっと歩かない、もう一度テナントも見に行きたいし」
熱心だね、と彼は嬉しそうに笑った。
どうもと言って同時に立ち上がる。会計はサンジ君がいつも持ってくれる。コーヒーくらいで領収書を切ることはなかった。
春の夕方はまだ涼しく、カーディガンの生地を通して冷たい空気が腕にぶつかった。
「見に行ったあと会社に戻るの?」と唐突にサンジ君が訊いた。
「んー、今日はもう直帰するって言ってある。明日朝から会議があるから今日は早めに帰りたいし」
「あーそっか、そっか」
たははとサンジ君が気まずそうに笑うので何かと思って彼を見上げたら、視線に気付いた彼は隣を歩く私を見下ろし、初めて会ったときと同じ曖昧な笑みを浮かべて言った。
「や、ちょっと飲みにいかねーかなと思って。おれも直帰だから」
「あ、なんだ、いいわよ」
「でも明日早いんじゃ」
「そんなに遅くならなきゃ大丈夫」
サンジ君はぱっと顔を明るくして、「駅の近くにうめーところがあって」とハリのある声でその方向を指差した。
ふーんと相槌を打ったときに私の携帯が震え、ちらりと視線を落として画面を確かめた。
会社でも、家族でも、友達でもないその名前にぐらんと立ちくらみのように心が揺れた。
「ごめん、サンジ君。今日先約あるんだった」
「あ、あーそっか、じゃあしゃーねぇな」
残念、とサンジ君はまた曖昧に笑い、きっと得意になってしまったのだろうその顔を隠すように煙草を咥えて火をつけた。
私は携帯をぎゅっと握りしめ、彼と別れた後のことにもう心が走って行ってしまったことに気付いている。
「ほんとごめん。一度いいよって言ったのに」
「いーのいーの。どうせ今週また会うしな」
数秒の間を開けて、サンジ君はゆっくりと「彼氏?」と訊いた。
「ううん」
「あ、そう、よかった。あ、よかったって言っちゃった」
ハハッと彼が笑うので、つい私もつられて笑ってしまう。
彼氏って、彼氏って、そういうのはきっとサンジ君の方が得意だろうと思った。
「じゃ、そういうわけでおれはナミさんと飲みにいきてぇと思ってるので、空いてたら教えてください」
駅の改札前で、サンジ君は馬鹿丁寧にそう言って自分の携帯をこつこつと指差した。
うん、と私は頷く。
「電車乗る?」
「ううん、今日は乗らない」
「そか、じゃあ」
おつかれさま、と言い合って私たちは別れた。サンジ君だけが改札を通り抜けて人の多いホームへと階段を上って行った。
私はそのまま駅と直結の百貨店へ向かい、そこの化粧室で化粧直しをした。
緊張していた。
会うのは久しぶりだったし、よく冷静にサンジ君の誘いを断れたものだと思う。
セックスするかな、と考えて、今日の下着を思い出そうとする。個室に入って確認しようかとまで考えて、どっちにしろ着替えが必要になるかもしれないと思って百貨店の下着売り場で新品を買った。
今日一日で一番楽しく、胸が躍り、また一番悲しい時間が来ることも、本当はわかっていた。
*
6月になり、初めてサンジ君と仕事終わりに飲みに行った。
私の様子を窺って、誘おうかどうか迷っているのが手に取るようにわかるのがおかしくて私の方から誘ったのだった。
二人で進めている仕事の方は順調といえば順調で、夏の始まりには着工されるだろう。
よくある暗めの照明の中、飾られたグリーンだけが照らされて浮かび上がっている。その光を見ながら私とサンジ君は仕事のこと、休みの日のこと、学生時代のことなんかをべらべらと喋りまくった。
サンジ君はげらげらと笑った。上品な仕立ての服に似合わず口調は荒いし不良っぽいなと思っていたらやっぱり「高校生のころが一番バカで頭悪いことしかしなかった」と彼が白状したので私もげらげらと笑った。
「ナミさんよく飲むね、いーね」
「つられて飲んでると潰れるわよ」
「潰れたらお持ち帰りしてくれる?」
それ私に何の得もないじゃない、と笑ってロックグラスを傾けた。小さくなった氷が唇にあたる。
グラスを顔から離すと、思いがけずサンジ君が真剣な目で私を見ているので私も思わず口元を引き締めた。
「ナミさん、おれ、仕事以外でもナミさんと会いてぇと思ってる」
今もすげぇ楽しいから、とサンジ君はさっと私の手に手を重ねた。
グラスのせいで冷えた手にサンジ君のそれが被さると、じんと熱さが伝わった。
「私も、楽しいけど」
けど、というのは便利なもので、すべて言わなくてもそのあとの言葉を物語ってくれることがある。
今回の場合もサンジ君は私の「けど」のあとを汲んでぎゅっと唇を噛んだ。
手は離れないまま、「おれじゃだめ?」と彼が訊いた。
「ごめん」
「はは、全然悩まねぇのな」
彼の手が少し身じろぎ、離されるかと思いきやぎゅっと強く握られる。
「じゃあ、いや?」
思わず彼の目を見るとじっとのぞき返されるので慌てて逸らす。
嫌じゃなくてもその気がないなら嫌だと言わなきゃいけないことを知っていたけど、返事をするには遅すぎたので諦めて「いやじゃないし、サンジ君のことは嫌いじゃない」と正直に言った。
うん、とわかっていたように彼が頷く。
「彼氏が、いるとか」
問いかけるように彼が言うのに、私はまたもや言葉を詰まらす。
そういう確固たる資格を持った男の人はわたしのためにいやしないけど、キスをしたり、セックスをしたり、そういうことをしたいと思う人なら確かにいた。
「好きな人が、いる」
サンジ君は表情を動かさなかったけど、その目がざっくりと傷ついたのがわかった。
彼氏がいると言った方がまだよかったのかもしれない。
「付き合ってねーの」
「うん」
「もったいねー。ナミさんみたいな人ほっとくなんて」
「結婚してるから、多分」
サンジ君が軽く息を吸い、「多分?」とおそるおそるというように尋ねた。
「たぶん。してるとも、してないとも聞いたことないけどたぶんしてる」
「知りたくないんだ」
わかったような言い方に顔が熱くなる。返事をしないでいたら「ふたりで会うの?」と重ねて尋ねられた。
一気に話したくない気になって、口を閉ざす。グラスを掴んだが中は空だった。
「好きな時に会えるの? 呼ばれたら会いに行くの?」
「やめて。もういいでしょ私の話は」
「よくねぇし、好きな子がしちめんどくせぇ恋愛してたらおれにしろよって言いてェだろ」
重ねられた手の下から自分の手を引っこ抜いた。
今になって酔いが回ったのか、手の先が少し震えるように痺れていた。思わずサンジ君の手を掴みそうになって、怖くて離したのだ。
「ごめん」
サンジ君が急にしゅんと頭を垂れて謝った。
「急に踏み込んで。無礼でした」
サンジ君もテーブルから手をおろし、私を上目づかいに見た。
「怒った?」
「ううん、大丈夫」
「出ようか」
いつの間にか終電間近になっていて、会計が一緒になった8人ほどの団体と一緒に私たちはするりと夜気にまぎれこんだ。
外の空気はむわっと暑く、店内に冷房が効いていたことにそこで気付く。
サンジ君は来たときと同じ距離間で、駅までの短い時間私の隣を歩いた。
その日は金曜日だったので、別れ際サンジ君は「じゃ、また月曜日に」とあの笑い方をして言った。
「うん、今日ありがとね」
「や、あ、ナミさん、休みの日とか連絡しても大丈夫?」
「え、うん」
即答したら、サンジ君は何故だかぽかんと私を見て、すぐさまにっこり笑って「連絡する」と言った。
おやすみと言って別れた私はすぐに携帯を確認し、何の連絡もないことに肩を落とすけれど、別れ際のサンジ君の笑顔が少し私の心を軽くして、同時にちくりと胸を刺した。
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足りん
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