OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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会った次の日には必ず食欲を失う。
生きるための栄養を、会っている間に身体いっぱいに補給したせいか口からの栄養を入れる気にならないのだ。
箱買いしている炭酸水ばかりを飲んで日曜日をやり過ごした。
月曜日も食欲のない状態が続き、朝はコーヒーですんだしお昼も同僚の誘いを断ってデスクで仕事を続けた。
夕方サンジ君から社の電話を通じて連絡が入り、予定していたカウンターデスクが大きすぎたと言われた。
「うそでしょ、サイズもデータがあったじゃない」
「やーそれが、仕入れ先が古い型のデータと間違えたらしくて。ナミさんとこのミスでもこっちのミスでもないからしゃーねーなで済ますしか」
「で、代わりすぐに用意してくれるんでしょう」
「うん、ただ予算がねー」
「サイズでそんな変わらないでしょ」
「や、それがそこの仕入れ先にはちょうどいいサイズがなくて違うとこのを仕入れることになったんだけど、材質がいいから値がはるんだよー」
これはもはや私のあずかり知るところではない、ただの愚痴だ。
「そんなの、ミスった仕入れ先に払わせなさいよ!」
「うーん、もうちょっと他あたってみるけど、なぁやっぱ材質代わると雰囲気ちがう?」
「そりゃね、色味もだいぶちがってくるから」
「いくつか店回ってみたいんだけど、ナミさん明日朝から出られる?」
「明日? ちょっと待って」
スケジュールを確認し、机の上に残った仕事で今後の算段をつける。
「うん、いける」
「じゃ、ナミさんとこまでおれ行くから。10時に」
10時に、と言った彼の声が少しはずんで聞こえたのは惚れられた側の欲目だろうか。欲目って言わないか。
机の引き出しからエナジーバーを出して袋をちりちりと破りながら、サンジ君は私といて本当に楽しいのかなあとぼんやり考えた。
翌朝10時少し前にエントランスへ降りると、自動ドアの外でサンジ君はきちんと待っていた。
私を目に捉えて、おはようと柔らかく笑う。
終わりかけの梅雨の時期に長そでシャツとネクタイは暑そうだが、サラリーマンの標準装備なので仕方ないのだろう。
サンジ君は首筋に汗をかいていた。
「いくつか行きたい店決めてて。こことここは電話入れてあるんだ。こっちはちょっと遠いからタクシー乗ろう」
資料を手のひらの上に広げて、サンジ君は真面目な顔つきでそれらを指差した。
「おれ物の良し悪しわかんねーと思うからさ、ナミさんの意見訊かせて。ついでに店に入れる客席の椅子もまだ本決まりじゃねーからさ、それも見たい」
「わかった」
「デートだね」
驚いて彼を見上げると、何食わぬ顔付きで資料をたたんでいた。
「仕事でしょ」
サンジくんは私の返事には特に応えず、行こうかと歩き出した。
その足取りは彼の首筋を流れた暑苦しい汗とは打って変わって軽やかで爽やかで、あ、私といるだけで本当に楽しいんだなと私にまで痛いくらいわからせた。
じり、と日差しが熱くコンクリートを焼いている。
先を歩き始めたサンジくんの襟足を見つめて、彼の後に続いた。
家具の仲卸業者を二件三件と回っても、サンジくんいわく「ピンとくる」カウンターにはなかなか出会えなかった。
クーラーの効いた屋内でもサンジくんはうっすら汗を浮かべ、シャツの袖を肘までめくって自らメジャーを伸ばしてカウンターのサイズとテナントのスペースを測り合わせている。
私は基本的には黙ってそれを見ていて、サンジくんが何か訊けば自分の意見を言った。
角は丸くてもいいと思うかとか、この色味はどうだとか、そんなことを。
結局、うーんと首をひねりながら店を出て道を歩きながら、サンジくんは一度社に電話を入れて状況報告をした。
椅子はいいのが見つかったのでそこから仕入れるとして、やっぱりカウンターはピンとくるのがねぇっすわ、とそんなことを言っていた。
彼のピンとくるというやつに任せていては着工に間に合わないということでなんとしても今日中に決めて来いというお達しが下され、サンジくんは電話を切った後舌打ちをして、思い出したように私を見て「あ、ごめん」と笑った。
「大変ね」
「こだわるときりがねぇのはわかるんだけどなー」
「普通、飲食店の内装だと備品もぜんぶうちの会社に任せちゃって、こっちの決めた内装にそっちは首振るだけのことが多いんだけど」
「それもね、やっぱ楽だし助かるんだけど、チェーンとはいえ店舗数少ねぇうちみたいなとこだとやっぱ自分たちでこだわんねぇといい店ができない気がして」
って上が言ってて、とサンジくんは付け足した。
「それよりナミさん、ありがとな。昼食ったら戻るだろ?」
「もういいの?」
「や、用済みって言いたいわけではなくて1日引っ張り回すのも悪いなって」
「あーそうね、一度社に戻ろうかな」
「めしは?」
「一緒に食べるわ」
にこっとサンジくんは笑い、「この辺は美味い店あっかな」と辺りを見渡した。
「たしかもう少し行ったところに、夜は居酒屋になるお店がお昼もやってるって聞いたことがある」
人づてに聞いたことをなんとなしに口に乗せると、サンジ君が私を見下ろして少し驚いたように目を丸くした。
なにかおかしなことを言ったろうかと口をつぐむと、サンジ君は丸めた目をすっと細めて笑い嬉しそうに「そこ行こう」と言った。
歩きながら、「ねぇ、なんでさっき驚いたの」と訊いてみるが「驚いてないよ」とただ少し笑って返される。
なによ、と少しふくれて押し黙ると、サンジ君はそんな私を意に介さず「ところでナミさん今週金曜の夜は? ひま?」とすっかり慣れた口調で私を誘うのだった。
冷房のよく効いた店内は外と中を隔てる窓が大きく、曇り空でも明るい光がうすらと中に満ちていた。
奥の席に案内され、3つのランチメニューにさっと目を通す。
サンジくんは唐揚げ定食を、私は魚の干物の定食を選んだ。
外暑かったなー、とサンジくんは襟元に指を差し込み、手で顔を仰ぐ。
その首元をぼんやりと眺めながら、冷房の風に自分の前髪が揺れるのを感じた。
以前ここに来たとき、私はあちらのカウンターに座った。
椅子の下に荷物入れがあって、私はお気に入りのマスタード色のバッグをそこに入れた。
ビールを頼んで、カウンターの向かいにあるメニューをわくわくしながら眺めた。
深い蜜のような濃い色の木のカウンターの上で、いつのまにか手が重なった。
引き寄せたのはどちらからだっただろう。
「ここ、夜もよさげな」
サンジくんがそう言って、私はゆるゆると彼に視点を合わせた。
「そうね」
「焼酎の瓶がすげー並んでる。ナミさん焼酎いける?」
うんと答えながら、子供みたいに屈託なく笑うサンジくんに、あのときみたいに胸が締め付けられることはないことに気付いてしまう。
それでも彼の近くにいるのは心地よかった。
まがい物のない気持ちをぶつけられて、張り詰めていた心に少したわみというかゆるみというか、そういうものができた気がする。
やたらと白米の多い定食を食べ、店から一歩出たら入った時よりも随分空がどんよりしている。黒々とした雲が見た目に似合わない素早さで空を流れ、一陣の強い風が吹いた。
「こりゃ降ってくるな」
「朝は梅雨の晴れ間だったのにね」
「タクシーつかま」
えようか、というサンジ君の言葉をザッと砂利をこするような雨音が遮った。大粒の水がコンクリートの地面から跳ね返ってあっという間に足元を濡らす。
「うわっ、ひっでぇ」
「急に降るわね」
ナミさんこっち、とサンジ君が私の肩を引き寄せて、店の軒下に引き込んだ。
とんと右肩に彼の胸が触れる。整髪料か香水か、薄く人工的な香りがした。
サンジ君はすぐに私から一歩離れて、「傘持ってる?」と訊いた。
「持ってる。降ると思ったから」
「さすが周到だな、おれ持ってねーや。てかこんなどしゃ降りだと意味ないかも」
確かに私の持つ小さな折り畳み傘では到底太刀打ちできそうにないひどい降りだ。どうする? とサンジ君が少し腰をかがめて聞いた。眉をほんの少し下げたその顔が従順な犬のようで、私は笑いそうになる。
「あっちのほうは雲が薄いから、しばらく待ったら多少弱くなると思うの。その隙にタクシー捕まえない?」
「そうだな、じゃあそれまで雨宿りか」
サンジ君は店の壁に背中を預けて、胸ポケットに手をあててから「いい?」と私に目で尋ね、煙草を取り出した。
しゅっとライターが空気を削ったすぐあとに、サンジ君が大きな音を立ててくしゃみをした。
「ちょっと、風邪ひかないでよ」
「んん、ごめ」
さっと口に煙草をはさみ、サンジ君は腕にかけていたスーツのジャケットを広げた。自分で着るのかと思いきや、私の背後にそれを差し入れてふわりと背中に掛けた。
「え、いいわよ」
「でもナミさん、鳥肌立ってる」
言われてつい腕に手をあてた。ノースリーブのニットから伸びた腕は店内の冷房で冷えている。会社を出たときは暑かったから、羽織るものも持っていなかった。
「恥ずかしげもなく気障なことするのね」とつい照れ隠しのようなことを言いながらそっと上着を肩に引き寄せる。
「惚れた?」
「ばか」
ばかだもーん、とサンジ君は子どものように言った。私はもう一度ばかねと言って口を閉ざした。
好きなひとの肩に上着を掛けたり、軽口叩いて告白したり、好意を伝えるそういったすべての手順を丁寧に踏む彼を、心底羨ましいと思った。
同時に、だって知らないんでしょうね、と斜に構えた気持ちにもなる。
好きだからこそ身動きの取れないこととか、好きだなんて言ってはいけないと諭されることとか、それがどんなにみじめな気持ちになるかなんて、知らないんでしょ、と。
こっそり目線だけでサンジ君を見上げると、煙草の端をつまんで細く煙を吐いていた。長い前髪の隙間からは透き通った青い目は見えなかった。
みじめ、と心に浮かんだ。でもその言葉をよく噛みしめて考えたら違和感があった。
私のことを好きだという人がいて、まっすぐに好意を伝えてくれる人がいて、なにがみじめだなんて思うんだろう。好きな人を思い切り好きだと思うことのどこがみじめなんだろう。
サンジ君を見ていたら、みじめだと自分に印を押して思い込んでいたことが途端にばからしく感じられた。
ごめんね、と心の中で謝った。矢印の向きがちがってごめんね。
「ありがと」
「なに?」
「上着。あったかい」
「ああ、よかった。着ていいよ、って、雨」
サンジくんが上を見上げるので、釣られて視線をあげた。
黒い雲がさあっと流れて白い光が空から地面まで川のように走っていた。
濡れた地面が光り、眩しくて目を細めた。
「上がったわね」
「な、残念」
彼に目を合わせると、サンジくんはわざとらしく肩をすくめた。
「もう少し雨宿りしててもよかった」
「何言ってんの。早くタクシー拾うわよ」
「へーい」
まだ細かい小雨が風に乗って落ちてくる。構わず一歩踏み出すと、ぱしゃんと水音が響いた。
肩にかけた上着をサンジくんに返すと、サンジくんは何も言わず静かに微笑んで受け取った。
軽口を叩くくせに、驚くくらい穏やかな顔をする。
もう少しだけ、と言った彼に咄嗟に「私も」と思ったことは口には出さないけど、久しぶりに深い穴ぼこから顔を出した新しい気持ちを大事にしたいような、そんな気がした。
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