OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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しとしとと穏やかに降り続けるのではなく、南の島のスコールみたいな突然の雨を一日のうちに何度か繰り返すようなおかしな梅雨が終わり、夏が来た。
サンジ君のお店の着工が始まり、私の仕事は終わった。カウンターは無事、あの日のうちに彼がこれぞというもの見つけて来て決まった。
夏に向けて新たな仕事が腐るほど舞い込み、腐らせまいとやっきになって片付けていく。冷房の効いた社内はじっとしていれば寒いが、あっちへこっちへと動き回っていたら羽織っていたカーディガンが暑苦しくてすぐに脱いでしまう。へたりと椅子の背にかかったカーディガンには、私が椅子の背にもたれて考え込むたびに皺が増えていく。
定時が終わり一時間たつと、今日は飲み会なのだと言って何人かが「おつかれさーん」と帰っていった。口の中でもごもごとお疲れ様ですを返し、いくつも立ち上げたブラウザのうち一つを消す。机の端に置いた携帯がぶぶっと細かく震えた。
サンジ君かな、と思った。仕事が終わるちょうどの頃合や休みに入る直前など見計らったように彼から連絡が来る。
飲みに行こうという誘いがほとんどで、私はそれに応えることもあれば断ることもあった。ごく平均的な頻度で私たちは二人で飲みに行く。
今日は金曜日だし、仕事も一息ついたと言えばついたし、明日は出勤するつもりだったけど遅くても構わないし、と思い画面に触れてスライドする。
だから、受信したメッセージがサンジ君からではなく喉が渇くほど待ち焦がれていたはずの相手からだったことにぎょっとして、あからさまに動揺した私は無駄に画面の何もない部分をととんとタッチしてしまった。爪が画面にあたりカツカツと鳴った。
一ミリも、一寸も、サンジ君だと疑わなかったのだと気付く。あんなにも待っていたのに。諦めていたつもりなんて微塵もなかったのに。
勢いよく開いてしまったメッセージを何度も読み返し、その意味が今日今から会おうという趣旨であることを、その意味を私が取り違えていないことを何度も確認する。
ああ、と人の少ない部屋にふるえる息が響く。
ため息なのか、感動しているのか、自分でもわからないけどとにかくどっと肩が重く胸が締まる。この苦しさが始まったとき、自分が止まらなくなることを私は知っている。息が吸えるまで、新鮮な酸素が胸に満ちるまで、なりふり構わず走って行ってしまう。もしかしたら目を血走らせて。
メッセージの画面を開いたまま固まっていた私の背後を誰かが通り、はっと振り返る。
ただ通り過ぎただけの人の気配が遠ざかり、ふっと息を抜いたとき、今度は明らかな意思を持ったように携帯がぶるぶると震えだした。
電話、と思い携帯を掴む。メッセージの送信主と同じ名前が表示される。デスクの上のファイルを閉じて、席を立った。
飲みに行ってからホテル、という陳腐だけどそれ以外の選択肢もない流れが多い。家には上げたことはないし、行きたいと言われたこともなかった。
私とセックスしたいのだとはっきり言われたことなどもちろんないし、私を見る目がいやらしいわけでもないのにお酒を飲んで店を出て、腰を抱かれたらもうあとはセックスするだけだと、そんなふうに思えてしまう。
好きだと自覚した瞬間とか、恋に落ちたその一瞬を私はなにひとつ知らされないまま気付いたらたまらなく好きだと思っていて、なにが、とかどこが、とかそういう具体的な理由付けが何もないから夢中になって好きでいられるのだと思った。
むしろその人を好きでいるための動機付けとしてセックスしているのではないかと思う。
好きでいる必要なんてなにひとつないのに、この気持ちを失ったときの自分が恐ろしくてたまらない。ぽかんと胸に空いた風穴はきっと広がり続ける。塞ぐことはできないだろう。
タクシーが家の近くの角につく。車を降り、窓の向こうを見る。暗がりの中ぼんやりと車内の様子が浮かび、ゆるゆると手を振った。向こうも手を振るのが見える。笑っていた。
向こうからは見えなければいいのに。マジックミラーみたいに鏡になっていて、あちらはただの鏡に向かって笑いかけているだけだと思えたら、私は見えない窓に向かって好きなように泣いたり笑ったりできるのだから。
タクシーが走り去り、角を曲がってすぐのマンションのエントランスに飛び込む。黄色い光がまぶしく、目を細めたら携帯が震えた。
「見送らなくていいから、早く中に入りなさい」というようなことが書いてあって、もう、どうしようもなく胸が潰れた。
*
次の週はばかみたいに忙しく、火曜日にサンジ君から飲みに誘われたが返信の時間も惜しいほどだった。木曜の夜にようやく一息つき、もう一生終わらないんじゃないかと思えた時間がたった4日間のことだったのを夢みたいに思う。全員が屍のようにデスクにへたりこんでいる。
明日以降交替で休みを取ることになった。幸い私はすぐ明日の休みがもらえた。
そっけない返事を返したきりだったことを思い出し、仕事が一息ついた旨の連絡をサンジ君に入れると数秒で返事が返ってくる。すぐに食いつく釣り堀の魚みたいだと思いながらメッセージを開くと、「疲れてるかもしんないけど、ちょっとだけ飲みにいかね?」と遠慮がちなお誘いの文言があった。
うーん、とデスクの上で唸ってしまう。
疲れているし、早く帰ってお風呂に入って足を揉んで寝たい気もしたけど、確かにお酒を飲んでお疲れさまと言ってもらい、バカな話に口をあけて笑いたい気分でもあった。
数秒迷っているうちに次のメッセージが届く。「生ガキ、食わね?」とあった。
よし、と足元に脱ぎ散らかした靴につま先を入れ、机の上を片づける。音を立ててパソコンのふたを閉じてからよしと思っただけで返事をしていないことを思い出して「今から出られるわ」とサンジ君に送った。
サンジ君に会うのは2週間ぶりくらいで、会ったときの第一声は「久しぶり」だったことをあとから不思議に感じた。彼と仕事をしていたときは毎日ほど顔を合わせていたのに、と思ったがむしろ仕事上の関係は終わったのにこうして付き合いが続いていることの方が不思議なのかもしれない。
「おつかれさま、大変だったのな」とサンジ君は自分のことのように眉をさげて笑った。
「私疲れた顔してる?」
「はは、少し。でもやつれてるわけじゃねぇし安心した」
「お店どっち?」
「こっち。近いからすぐだよ」
歩き出したサンジ君に並ぶ。まだ空は明るいのに街のネオンは星みたいにちらちらと光っている。焼鳥屋の前を通り過ぎたらふーんとこうばしい香りがして、今週は温かいものをちっとも食べていなかったことを思い出す。
「腹減ってる?」
「いま、減ってきた。なんか焼きたて、とか揚げたて、みたいなの食べたい。あ、でも今から生ガキ食べるんだった」
「いーじゃん焼カキもカキフライも食おうぜ」
おれも腹減った、すっげ腹減った、とサンジ君が繰り返す。子どもみたいに腹減った腹減ったと言い合いながら、私たちは店に着いてお酒より先にまず料理を注文した。
「カキ、あたったことある?」とサンジ君が訊く。
「ない。今のところ。あるの?」
「ある。学生の頃、フランスのオイスターバーであたって死ぬかと思った」
「熱が出るの?」
「熱も出た。吐いたし腹もいてーし、二日後帰る予定だったからもうおれだけ置いていけぇみたいな瀕死の戦士みたいな気分になった。ありゃまじでつれぇよ」
あはは、と高い声が出る。
生カキはつやつやとガラス細工のようで、レモンのくし切りや大根おろしが添えられている。
ちゅっと汁を吸うと潮の味が鼻に突き抜ける。すぐさま大きな身で口の中がいっぱいになり、でろりと濃く溶けた。
「うま」「うま」と口々に言い合い、サンジ君はうっすら赤い顔で私のグラスにワインを注ぐ。
「バケツいっぱいにさ、カキがもりもり入ってんの。ナイフでこじ開けてちゅるっと吸うんだけどもうめっちゃ美味いんだよ。とまんなくて。ありゃ食い過ぎもあったんだと思う」
「それだけ苦しい思いして、よくまた食べられるわね。言わない? 一度当たると食べられなくなるって」
「まぁちょっとこえーけど、食い過ぎなきゃ大丈夫だろと思って。だってめっちゃ美味いんだもん」
「食べられないものとかある?」
「ないかな、今まで食ったことあるモンの中では。ナミさんは?」
「私もないかな。あ、でもカエルの串焼きみたいな見た目がアレなやつは味とかの前に嫌かも」
「はは、ときどきあるよな居酒屋に。食ったことは?」
「ないない。あるの?」
「おれあるよ。鶏肉みてぇっつーけど、たしかに繊維質な感じは鶏肉に近いけど別物かなー、もう少しぷりっとしてて、脚の筋張った感じとか」
「あ、やめてやめて。気持ち悪い」
あははごめん、とサンジ君が笑う。彼のグラスが空になるが、ボトルも空になっていることに気付く。
「もう一本頼む?」
「うん、あ、それか店変える?」
「そうね、そうしよっか」
帰りたいなんて思っていたことを忘れ、私たちはがたごとと席を立つ。ボトル一本を彼と分けただけなので私はくらりともしなかったが、サンジ君は少しよろけて「おっと」とテーブルに手をついていた。
「大丈夫?」
へへ、と照れくさそうにサンジ君は笑い、「だいじょーぶ」と頼りない声で言った。
二軒目に入った和食のお店で突き出しにしじみのお吸い物が出され、日本酒を飲むみたいにくいっと流し込んだらしじみの滋味がじわりと口の中、喉、お腹へと染みわたって「くう」と声が漏れた。
「沁みるね」とサンジ君も嬉しそうに顔をしかめる。
「ナミさんお腹は?」
「食べられるけど、そんなにいらない」
「んじゃこの煮しめだけ頼んでい?」
サンジくんは店員を呼び止め注文すると、「ナミさんやっぱ少し痩せたな」と気遣わしげに言った。
「なーに、やつれて見える?」
「んなこたねぇよ、相変わらずビューティホーさ。でも、ただでさえほせーのにますます痩せたかなって」
「忙しかったしなー、あんまりごはんも入らなくて」
「お、じゃあ今日は調子いい方?」
よく食べてくれてんもんね、とサンジくんはまるで自分が作ったかのように言った。
そういえば、と私は思い当たる。
食欲を失い、食べることへの興味も関心も薄れた日々を送っていたにもかかわらず、私はサンジくんとごはんを食べるときには彼と同じようにもりもりと食べている。
次の日に胃がもたれたりすることなんかもなく、むしろ闊達として、でもそれに気付いていなかった。
ふふ、とつい笑いこぼす。
なになに、とサンジくんが訊く。
「ううん、サンジくんとごはん食べると妙に食欲湧くなあと思って。昨日とか、朝も昼も夜もろくに食べてなかったし食べる気もあんまり起きなかったのに」
そういやこないだのお昼の定食も美味しかったわよね、あのときも私ごはんぺろっと食べちゃったし、と思い出しながら言った。
返事がないので顔を上げたらサンジくんは中途半端な位置にグラスを持ち上げて、食い入るように私をみている。
え、と言葉を飲み込んだ。
「なによ」
「やーナミさん、それって結構殺し文句よ」
目を丸めると、サンジくんは困ったように頭を掻いてグラスに口をつけた。
「そんなつもりなかった?」
「うん」
「どうしてくれようか」
ほんとどうしてくれようかー、とサンジくんは柔らかい椅子のクッションに背中を預けて天井を仰いだ。
私は黙って透明のお酒を飲み下す。
「おれのこと嫌いじゃねーんだよなぁ」
「まあ」
「好きでもない?」
「あんたのいうそれとは多分、違う」
そう、そうなのだ、自分で口にしてそうだと納得してしまう。
サンジくんと過ごす時間は心地いいけど、彼と同じ気持ちを返してあげることはできない。
私の知る好きと彼に対する気持ちは違う。
「ナミさんの話、してよ」
「え?」
「聞きたくねーような、てか聞きたくねー気持ちが9割だけど、聞いておかねぇともうこれ以上行けねぇような気がするから」
これ以上ってなに、と思ったが黙ってお酒をすすった。
わかったことだと思いながら、「私の話って」と尋ねる。
「どういうところが好きなの、そいつのことは」
サンジくんは妙に真面目な顔で言った。
酔ってるの? と茶化そうかと思ったが、そんなこともできないような硬さがあったので喉元まで出たその言葉を引っ込める。
口を開くと、サンジくんがじっと私の唇を見つめるのがわかる。
また閉じても、サンジくんは視線を逸らさない。
「好きなところなんてないわよ」
ふん、とサンジくんは息のような頷きを返す。
「好きな人がいる、って聞いた気がしてたけど」
「そう言うのが一番近いと思っただけで、よくわかんないわ」
「でも、離れられないわけだ」
少し間を置いて、反駁の言葉も思いつかず、そう、と溜息のように言った。
離れられない、なんて他人事みたいで嫌だと思ったけど事実その言葉がぴったりでみるみるうちに私の胸に、私たちの関係に当てはまった。
「離してもらえないってわけじゃあなさそうだね」
サンジくんは大人びた口調でそう言ったけどその目は伏せられていて、彼が思い切ってそう言ったのだとわかる。
私を傷つける可能性が少しでもあることをわかりながら言わずにはいられなかったのだろう。
そう言う彼の一つ一つの優しさに触れながら、私は苛立つ。思うようにならない現状に、私のことを好きだという彼に、どうしようもなく離れられない自分に。
「おれは」とサンジ君は言う。
「ナミさんが仕事忙しいんだろうと思って、今週ずっと連絡したくてもできないのが嫌だった。嫌だったっつーか、もやもやしたっつーか、ああ会いてぇなーと思うといてもたってもいられなくて、一回、ナミさんが運よく出てきたりしねぇかなと思って会社の前通ったりして」
「うちの?」
「そう。気持ち悪ィよな、ごめん。でもほんと一回だけ」
サンジ君は薄く笑って、氷の溶けたお酒に唇をつけた。喉は動かず、飲んだというより唇を湿らせる程度に舐めただけみたいだ。酔っているのだろう。薄暗い店内の灯りでは顔色がわかりにくいけれど、テーブルにぽんと置いた手が赤い。
「ナミさんもこうなのかなって思った。おれみたいに、会いたくても会えないときもやもやして意味もなくうろついて、苦しくて」
「私は」
サンジ君が顔を上げた。一瞬目が合って、私から逸らす。
「……私も」
「苦しいよな」
うん、と俯くとじわりと涙が滲んだ。テーブルに肘をついて、手と指で頬を押さえて顔を隠す。
影が差し、頬を押さえた私の手の甲をサンジ君の指がするりと撫でたがすぐに離れた。
会いたいこととか、連絡を待つこととか、短い時間会えることとか、その時間のほとんどがセックスに費やされることとか、そのあとのぽかんとした時間、会計をする背中、別れたあとひとりで部屋に戻ること、言いようのないそういう私の恋にまつわる事象すべてが、きりきりと、ずくずくと膿むように、苦しい。
知らないくせにと思っていた。こんなにも苦しい恋は私だけの特別だと思っていた。
そんなことはない。関係がどうであれだれにとっても苦しく、私のような恋はありふれている。
サンジ君はそれを知っているから、こんな私に優しいのだ。
顔を伏せたまま、指の隙間から目だけを動かしてサンジ君を盗み見る。
痛いみたいに顔をしかめて、たばこのパッケージを剥いたゴミを手でもてあそんでいた。
こっそり指で涙をぬぐい、手を伸ばす。ハッとサンジ君が身じろいで、姿勢を正した。
私たちをへだてるテーブルは小さい。腕を伸ばすとすぐにサンジ君に届いた。その胸ポケットから真新しい煙草の箱を抜き取る。
「ナミさん?」
「一本ちょうだい」
「吸うの?」
「うん」
「吸ったことは?」
一度だけ、と答えて煙草を一本取り出す。火をつけてもらおうと先を彼の方に向けたら、煙草をひょいと摘み取られた。
「なによ、だめ?」
「いや、いいけど、いいんだけど」
サンジ君は私の手から煙草の箱も取り返すと、私から摘み取った煙草を元通り仕舞い込み胸ポケットへ戻した。
それから不意にテーブルに腕を突き、ぐいと私に顔を寄せた。
「煙草でいいならおれでもいいだろ」
あ、と思う間もなく唇が重なった。避けることもできたかもしれないけど、そんなこと考えつかなかった。
サンジ君の口からはさっき飲んでいた薄い焼酎と、いつもの煙草の味がした。
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