OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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仕事から帰るとリビングは真っ暗で、今日はナミさんも自室にいるようだった。
いや、もしかすると他の部屋にいるのかもしれないが、少なくともここにはいない。
暗闇の落ちた廊下に手探りで電気をつけ、キッチンで水を飲んだ。のどを通る水の音が耳の裏でいやに響く。
閉店した店内で潰れて一時間ほど寝たのち叩き起こされて帰ってきたので多少酔いが覚めていたが、アルコールが、鋼鉄のブーツを踏み鳴らすみたいに頭の血管を押しつぶす。
はあと息を吐くと、ぷんと酒臭さが広がった。肝臓腐ってねえかなとつぶやいて振り返ると、背後にぬっと人影が立っていたので悲鳴こそ上げなかったが俺は凍り付いたように立ち止まった。
「酒くせぇな」
人影は、その大きさのくせに足音もなく数歩こちらに歩いてくると、おれが水を飲んだコップをまた水で満たし、ぐいと飲みほした。
ゾロは濡れた口元を手の甲で拭い、大きく一つあくびする。動物じみたそのしぐさに、ようやくおれは緊張を解いて「なんだてめぇか」と口を開いた。
「こんな時間まで起きてんのかよ」
「明日ぁ夜勤なんだよ」
「お前、なんの仕事してんだっけ」
「……今は警備」
ふーん、と言いながら、この男と会話ができていることに心なしか安心している。昨日見た、切羽詰まって今にも人を斬りつけようかというような猟奇的な気配は、なりを潜めていた。
「お前、いつからここ住んでんだ」
「三年前かそこら」
「ふーん……なげぇな」
「普通だろ」
ゾロが、コップを洗うことなく乾燥棚にさかさまにして置く。
なあ昨日、と口を開くと、ゾロが眠たげな眼をこちらに向けた。
「んだ」
「いや……なんでもねェ」
「変な奴」
ぽつりとそれだけ言い残し、ゾロはまたひたひたとその図体に似合わない静かさで、リビングの出口から消えていった。捨て台詞のようなその言葉に小さな腹立たしさが立ち上ったが、なぜだかきちんと訊けなかった自分の情けなさが相まって、そのまま飲み込むしかなかった。
*
おれにとっての目覚めにはいささか早い朝の11時ごろ、ととと、と子供が楽しげに駆ける足音みたいな軽やかさで部屋の扉がノックされた。起き抜けの寝ぼけた顔で戸を開けたらナミさんが立っていて、ニッコリと笑う。あ、かわいい、と思う。ぱらぱらっと胸に小花が散る。
「おはよ。少し早かった?」
「や、うん、大丈夫。なにか?」
寝癖のついているであろう左側の髪をなでつけて、ずり落ちそうなスウェットを引き上げながら精一杯格好つけて微笑むと、さっと両手のひらを差し出された。
「お家賃、いただきに来ました」
「あ、はい」
そうか、もう引っ越してきて一ヶ月近くが経とうとしている。月末だった。
あわてて昨日着たスーツのポケットに入れっぱなしの財布を引っ張り出し、ちょうどの額を彼女の手のひらに乗せる。ナミさんは、几帳面に一枚ずつを銀行員のような手際の良さで確認すると、屈託なく光る目でおれを見上げた。
「お財布にたくさん入れてるのね」
「あ、たまたま。家賃もそろそろだと思って」
このシェアハウスは、家賃が引き落としではなく手渡しだ。初め説明を受けたときはめんどくせぇと口が曲がったが、こんなに可愛い管理人さんが毎月徴収に来てくれるのなら万々歳だし、つい色を付けて渡してしまいそうになる。
「はい、じゃあちょうど」と言って部屋を出ていこうとする彼女を引き留めようと、俺は慌てて言葉をつないだ。が、「いい天気みたいだね」というばかみたいなことしか出てこなかった。
「そう? ちょっと曇ってるわよ」
「あ、ほんと」
「でも、今くらいの時期が一番いいのかも。梅雨入り前で」
ナミさんが空気の匂いをかぐように、形の良い鼻を上へ向ける。つられて少し上を見ると時計が目に入り、今の時間を思い出す。ちょうど昼時だ。
「そろそろ昼だけど、よかったらメシ作ろうか」
「いいの? よかった、めんどくさいなと思ってたところ」
彼女に続いて部屋を出ながら「作るのが? 食べるのが?」と笑いながらきれいなうなじに尋ねる。
「作るのが。食べるのは好きよ」と彼女が答える。
ふたりで階段を降りていると、まるで新婚家庭のようだなあとうっとりするが、共用リビングの戸を開けたら男ばかりが三人揃っていて心底げんなりした。
ゾロのやつはリビングだと言うのにソファを占領し、寝こけている。
お、サンジだ、メシだ、と意識のある野郎どもがわらわらと寄ってくるのを押しのけて冷蔵庫の中を確認する。
おれがこうして昼飯を作るようになってから、冷蔵庫内のおれ専用スペースが増やされた。
というよりも、ナミさん含めここの住人たちはおれのスペースになにか食材を入れておけばメシにありつけると覚えたらしく、定期的に生野菜や肉魚類が補充されるようになった。
「秩序が戻って嬉しい限り」とナミさんが喜んだので、おれもそのスペースに奉納された食材を使い、その日いる奴らの分くらいは飯を作るようになった。
買ったばかりのような新鮮な白身魚が入っていたので、さっとムニエルにでもして、あとは副菜、と野菜室を覗き込む。そのかたわらでルフィがおれの手元を覗き込み、すかさず「肉がいい」という。
「今日は魚だ。肉がいいなら肉買ってこい」
「おれ今金ねえんだもんよぉ」
「お前大学生だろ、バイトとか仕送りとかねえのかよ」
つか何に使ってんだよ、と生態不明の男を振り返る。
張り付きそうなほど近くにいたのでいささかぎょっとするが、ルフィはいつも人との距離が近い。いつのまにか懐に入り込まれ、出ていってから「そういえば近かったな」と思わせるような自然なやり方で入り込んでくる。
「今週はいろいろ道具買っちまったからなあ、全部中古だけど」
「道具?」
「サンジくん知らないの、ルフィ、バスキングしてるのよ」
バスキング? 魚のパックを手に冷蔵庫の扉を閉めると、ルフィがあからさまにがっかりと眉を下げておれから二歩ほど離れた。
「バスキング。路上パフォーマーよ。この近くだとあそこの駅前でよくしてるわよね」
そう言ってナミさんはここから2駅先の駅名を口にした。駅前に大きな広場のある駅で、夜になるとストリートミュージシャンがわんさか出てくる界隈だ。
まじで、とルフィを見るといまだ恨めしそうにおれを見たまま「今日は肉がよかった……」と文句を垂れている。
「一度見に行くといいぜ、結構すごいんだぜこいつ」
ウソップがルフィに腕を回し、さり気なくおれから遠ざけてルフィをリビングへと引き戻していく。駄々をこねるルフィにまとわりつかれていると、おれの手元のスピードが落ちることを知っているのだ。
「猿よね」
「猿だな」
「おまえらしっけいだな!」
へえそりゃすげえ、と口先で答えてフライパンにバターを落とす。魚に塩とハーブをまぶし、軽く小麦粉をはたいた。
「ウソップ、パン焼いてくれ」
「お、今日ははえーな」
「おれの出がはえーんだよ。これ食ったらおれも出かける準備すっから、今日はかんたんなメシな」
「ふーん、用事?」
「いや仕事」
今日は同伴があった。美容院に寄って、土産のスイーツを買って行かなければならない。その前に風呂に入りたい。
「人気者ねえ」
ナミさんがふふっと笑って言った。背中を向けているので、その顔を確かめることができない。きっとパソコンに視線を落としたまま、ゆったりと肘をついて小説の一文でも読むように口にしたのだろう。ほんのすこしだけくちびるを動かす話し方で。
「ほいできた。おまえら持ってけ」
「おーほんとに早え」
ムニエルの付け合せはブロッコリーと舞茸のソテー、スープは昨日の残りのミネストローネにショートパスタを放り込んだ。おいしそう、とナミさんがパソコンを閉じる音が聞こえる。ほとんど同時に、彼女が「ゾロ」と呼ぶ声も。
今度こそ振り返った。ダイニングテーブルの向こう、ナミさんが手を伸ばし、ゾロの腹を薄い手のひらで叩いている。
「ごはん」という声にゾロがいびきを破裂させてむくりと起き上がる。二人から視線を引き剥がし、魚をよそった皿を5つ適当に並べた。
「ちょっとー、麦茶飲み干したやつ、ちゃんと次の作りなさいよ」
おれのすぐうしろから、ナミさんがかわいらしく怒る声が聞こえる。おれじゃない、を無言で示す野郎どものせいで彼女は腹を立てて大きな音で冷蔵庫を閉める。
「家賃上げるわよ」
「ごめんなさいおれです」
さっとウソップが手を上げたが、きっと奴ではないのだろう。ナミさんもわかっているかのように息をつくだけでそれ以上の追及はなかった。
「魚か」
席についたゾロが皿を覗き込み、寝起きの目をさらに細める。
「普通の焼き魚がよかった」
「文句言うなら食うな」
「そうだぞゾロ、お前もときどきは食材納めろよな」
へーへー、と気のない返事をするものの、ゾロは丁寧に両手を合わせ「いただきます」という。これをされるとおれは何も言えない。
食事は淡々と、おのおののスピードで済んでいく。特段これといった会話もないし、盛り上がる楽しい食事を繰り広げるわけでもない。
ただ全員が満足げに息をつき食べ終わるのを見ると、ぬるい水に足をつけたようなここちよさで満たされる。
「ごっそさん」
一番にゾロが食べ終わり、次にルフィ、ウソップ、と席を立っていく。おれはいつもわざとゆっくり最後まで食事をする。だいたいレディと同じスピードで。
「ごちそうさま。おいしかった」
二人きりの食卓でその言葉を聞き、薄い満足感が胸に広がる。さーっと広がり、伸びて消える。
「さーいっちょ午後もがんばりますか」
ナミさんが皿を片付けながら肩をぐるぐる回すので「肩でも揉もうか」と言いかけたがおっさんくさいなと思いやめた。
おれもこれから出かける準備をしなければならない。
「洗い物しとくわよ。仕事でしょ」
「いいの? じゃあお願いすっかな」
片手で拝む仕草をすると、ナミさんは「いいのよ」と軽く請け負ってくれた。
これがルフィやウソップだと間違いなく賃金が発生しているので、きっとおれの昼飯作りには対価が発生しているのだろう。
「今日はどこに行くの?」
部屋に戻りかけたおれの背中にナミさんが問いかける。足を止め、振り返った。少し考えてから口を開く。
「駅の方に買い物に行ってから、寿司、だったかな」
「へえ、そういうの全部向こう持ち?」
くしゅくしゅとスポンジを泡立てる頼りない音が届く。
肩甲骨の尖った背中に近付きながら、「どうかな」と言う。
背中に気配を感じたナミさんが振り返った。
泡にまみれた手で、すぐ後ろに立つおれを見上げる。
彼女を囲うようにシンクに腕を付き、覗き込んで唇に触れた。胸に骨ばった背中が当たり、足先から柔らかな刷毛で撫でられたようなむずがゆさが這い上がる。
ナミさんは何も言わなかった。
わりとすぐに舌を差し込み、薄目を開ける。
彼女の腹を片腕で抱き込んでも彼女の方から触れることはなかったので、きっとその手はまだ泡まみれだ。
強く吸うと小さな舌が答えるように動いたので、腹のあたりが熱くなる。わざと音を立てた。
がちゃんと音がして、はっと身を強張らせる。彼女から体を離し、振り返ったが誰もいなかった。誰かがそこの廊下を通り、玄関から出ていったのだろう。
じゃーと水の流れる音がして、ナミさんが何事もなかったかのように洗い物を再開した。その肩に額を乗せる。
「ナミさんとでかけてぇな」
「仕事でしょ。あんたにお金払わないといけなくなるからいやよ」
「仕事じゃないのをしてぇのさ」
「じゃあ私の仕事になるのかしら」
きゅっと音を立てて水が止まる。こらえきれなかった数滴が、吐水口から申し訳無さげに落ちた。
「管理人としての」
振り返った彼女の目がまっすぐにおれを捉え、静かに細まった。ぴんと伸びた茶色いまつげがわずかに揺れて、不意におれから視線を外す。
「さ、私ももうひと頑張り」
「仕事?」
「うん。月末だから忙しいの」
管理人業のかたわら、彼女はなにか書き物をしているらしい。メガネを掛けてソファで足を伸ばし、パソコンを睨む姿をよく見かけた。そういうときに声をかけても生返事しか帰ってこないが、何故か彼女は自室ではなく共用リビングで仕事をしていた。
忙しいの、という言葉のうらに、「もう行って」という意味を暗に読み取ってしまい、嫌われるのはやだなと思ったおれは素直に引き下がった。母親に「外で遊んで来なさい」と追い出された子供のようにしぶしぶといった感じで。
風呂に入り支度をして、14時頃に家を出るときにリビングを覗いたが彼女の姿はなかった。珍しく誰もいないがらんと冷えたそこを眺めて、おれも家を出た。
*
「ほい、今月」
封筒に入った薄い紙ぺらを手渡され、ういーっと返事のような呻きのような声とともにそれを受け取る。中を確かめることなく封筒を瞼の上に置いて、仰向けになって目を閉じた。
店のあちこちで伸びるスタッフの黒い体が汚れみたいに点在している。首筋からにおう酒臭さが、思い出したみたいに吐き気を誘った。
「サンジさん、今日一位っすよ」
黒服の男がグラスを回収しながらおれよりも嬉しげに声をかけてくる。まじで、と答えつつすぐに「それより水」と言うと、黒服は苦笑して水を取りに行った。
受け取った水を飲み干すと一瞬引いた吐き気が波になって訪れ、一度トイレで崩れ落ちるように吐いた。
帰るなら今だ。口をすすぎ、垂れた水をぬぐって頭を持ち上げる。毎度吐いてるわけではないが、特に今日は中盤で好調だという報告を受けたもんで調子に乗りすぎた。
給与明細をケツのポケットに突っ込んで立ち上がる。一度二度たたらを踏んで、黒服に「送ってくれ」と告げてソファに投げ出してあったジャケットを掴んだ。
「サンジさん、ケーキどうします」
「ケーキ?」
「ほら、今日もらったやつ」
小さなホールケーキに可愛らしいフルーツがあしらわれた、祝う対象のあいまいなそれを思い出した。誕生日でもなんでもないときにおれたちはよく祝われる。突然、何かが記念になる。
「食っていいよ」
「おれ甘いもんだめっす」
「おれ明日休みなんだよ」
「じゃあ持って帰ってくださいよ」
冷蔵庫から出してきます、と黒服はおれの返事も聞かずに厨房に引っ込んだ。おれが持ち帰らなければ、明日ゴミ箱行きだろう。甘党の誰かが食うかもしれないが、捨てられるかもしれない。
ケーキの箱を膝に乗せて車に揺られていると、まるでこれからこのケーキを持って誰かに会いに行くような気分になった。いまだ酒臭い息がこみ上げるのに、だ。
家の玄関は当たり前だがすでに消灯されていた。慣れた手付きで静かに鍵を開けて体を中に滑り込ませる。しかしどうしても、ここの玄関扉は音を立てずに閉めるということができない。がっちゃん、とわかりやすく金属の噛み合う音を響かせる。
「おかえり」
口を開けた暗がりから声をした。驚くことはなかった。予想していた、というほどではないが、頭のほんの片隅でやっぱりと思う。
「ただいまナミさん」
寝てないの? と空気だけの声で尋ねる。夕方に少し寝た、と帰ってくる声はどこかまったりと平べったい。
おれが近付いても、暗がりに立つ彼女は動かなかった。体を寄せ、そっと屈んで唇をつける。
う、と彼女が小さくうめいた。
「お酒くさ」
「ごめん」
「お風呂入ってよ」
彼女の頬に、額に、唇を滑らせながら考える。するのか、彼女はおれとしたくて待ってたのか、と酔った頭でぼんやりと思う。
「ケーキ食わね」
「なに、急に」
「もらいもん。知ってる?」
箱に書かれた店の名前を口にすると、よく見えないはずの彼女の目がちらりと光った気がした。
「知ってる。有名じゃない」
「食おうよ」
彼女の腰を抱き、リビングの扉を開く。
明かりはつけないままソファに座らせて、「皿とか取ってくるね」とキッチンへ向かうおれの袖を彼女が掴んだ。
「いい。洗い物が増えるから」
「いいっつって、ホールケーキなんだよ。小さいけど」
箱を開けて中を見せる。窓の灯にぼんやりと浮かび上がった箱の中身にナミさんは目を凝らし、「ほんとだ」と言った。
「なんのお祝い? サンジくん誕生日?」
「いんや」
「私が食べてもいいやつ?」
「もちろん」
流石にフォークはいるだろう。そう思って再び立ち上がりかけたとき、ナミさんはおもむろにホールケーキに指を突っ込んだ。
え、と声を上げることもできなかった。
細い指が、生クリームにめり込んでいる。そのまま四本ほどの指がケーキをごっそりと掻き出した。
小さく薄い手のひらの先に乗ったケーキが、おれに差し出される。
「サンジくん酔ってるのね」
「……もしかしてナミさんも酔ってる?」
「まさか。しらふよ」
どうぞ。
まるで遠くから獲物の品定めをする動物のように、ナミさんがおれを見据える。
喉を鳴らしそうになり、あわててこらえる。強く美しい獣のようなその顔に欲情していた。ただ、飲みすぎたせいか下半身は静かで、それも彼女にはばれているような気がした。
差し出されたスポンジと生クリームの塊に顔を近づける。ほのかに洋酒が香る。今にも落ちそうなひとかたまりが指の先にぶら下がっていて、おれはそれを指ごと口に含んだ。
舌を動かし指の間まで生クリームを舐め取ってから口を離す。ナミさんはじっとおれを見ている。
「──うまい」
「この店、シュークリームが有名なのよね、本当は」
ナミさんはおれがくい残した手の上のそれをみずからの口に運び、ぺろんとなめるように食べた。
知ってる? と言いながら、また彼女は容赦なくケーキに指を突っ込む。
「あまいものって、手で食べるともっとあまいのよ」
彼女は、今度はおれに食べさせてはくれなかった。自分の口に大きなかたまりを運び、ごくんと飲み込むみたいに食べてしまう。
口の端にクリームが付いていた。捕食中の動物を邪魔するような気持ちになり、手を伸ばすことができなかった。
やがてそのクリームも、小さな舌にぺろりと舐め取られてしまう。
「ごちそうさま」
不意にそう言って、ナミさんは立ち上がった。おれの足をまたぎ越し、汚れた手を洗うこともなくリビングを出ていこうとする。
引き止める言葉もなく、「おやすみ」とつぶやいた。
ナミさんは立ち止まり、なぜかとてもくすぐったそうにこちらを振り返って「おやすみなさい」と笑って出ていった。
指の跡がはっきりと残る、えぐれたケーキが妙に扇情的だった。
そのせいか眠くもなく、手でケーキを頬張る彼女の姿を何度も思い返しているうちに窓の外は白んでいた。
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仕事から帰るとリビングは真っ暗で、今日はナミさんも自室にいるようだった。
いや、もしかすると他の部屋にいるのかもしれないが、少なくともここにはいない。
暗闇の落ちた廊下に手探りで電気をつけ、キッチンで水を飲んだ。のどを通る水の音が耳の裏でいやに響く。
閉店した店内で潰れて一時間ほど寝たのち叩き起こされて帰ってきたので多少酔いが覚めていたが、アルコールが、鋼鉄のブーツを踏み鳴らすみたいに頭の血管を押しつぶす。
はあと息を吐くと、ぷんと酒臭さが広がった。肝臓腐ってねえかなとつぶやいて振り返ると、背後にぬっと人影が立っていたので悲鳴こそ上げなかったが俺は凍り付いたように立ち止まった。
「酒くせぇな」
人影は、その大きさのくせに足音もなく数歩こちらに歩いてくると、おれが水を飲んだコップをまた水で満たし、ぐいと飲みほした。
ゾロは濡れた口元を手の甲で拭い、大きく一つあくびする。動物じみたそのしぐさに、ようやくおれは緊張を解いて「なんだてめぇか」と口を開いた。
「こんな時間まで起きてんのかよ」
「明日ぁ夜勤なんだよ」
「お前、なんの仕事してんだっけ」
「……今は警備」
ふーん、と言いながら、この男と会話ができていることに心なしか安心している。昨日見た、切羽詰まって今にも人を斬りつけようかというような猟奇的な気配は、なりを潜めていた。
「お前、いつからここ住んでんだ」
「三年前かそこら」
「ふーん……なげぇな」
「普通だろ」
ゾロが、コップを洗うことなく乾燥棚にさかさまにして置く。
なあ昨日、と口を開くと、ゾロが眠たげな眼をこちらに向けた。
「んだ」
「いや……なんでもねェ」
「変な奴」
ぽつりとそれだけ言い残し、ゾロはまたひたひたとその図体に似合わない静かさで、リビングの出口から消えていった。捨て台詞のようなその言葉に小さな腹立たしさが立ち上ったが、なぜだかきちんと訊けなかった自分の情けなさが相まって、そのまま飲み込むしかなかった。
*
おれにとっての目覚めにはいささか早い朝の11時ごろ、ととと、と子供が楽しげに駆ける足音みたいな軽やかさで部屋の扉がノックされた。起き抜けの寝ぼけた顔で戸を開けたらナミさんが立っていて、ニッコリと笑う。あ、かわいい、と思う。ぱらぱらっと胸に小花が散る。
「おはよ。少し早かった?」
「や、うん、大丈夫。なにか?」
寝癖のついているであろう左側の髪をなでつけて、ずり落ちそうなスウェットを引き上げながら精一杯格好つけて微笑むと、さっと両手のひらを差し出された。
「お家賃、いただきに来ました」
「あ、はい」
そうか、もう引っ越してきて一ヶ月近くが経とうとしている。月末だった。
あわてて昨日着たスーツのポケットに入れっぱなしの財布を引っ張り出し、ちょうどの額を彼女の手のひらに乗せる。ナミさんは、几帳面に一枚ずつを銀行員のような手際の良さで確認すると、屈託なく光る目でおれを見上げた。
「お財布にたくさん入れてるのね」
「あ、たまたま。家賃もそろそろだと思って」
このシェアハウスは、家賃が引き落としではなく手渡しだ。初め説明を受けたときはめんどくせぇと口が曲がったが、こんなに可愛い管理人さんが毎月徴収に来てくれるのなら万々歳だし、つい色を付けて渡してしまいそうになる。
「はい、じゃあちょうど」と言って部屋を出ていこうとする彼女を引き留めようと、俺は慌てて言葉をつないだ。が、「いい天気みたいだね」というばかみたいなことしか出てこなかった。
「そう? ちょっと曇ってるわよ」
「あ、ほんと」
「でも、今くらいの時期が一番いいのかも。梅雨入り前で」
ナミさんが空気の匂いをかぐように、形の良い鼻を上へ向ける。つられて少し上を見ると時計が目に入り、今の時間を思い出す。ちょうど昼時だ。
「そろそろ昼だけど、よかったらメシ作ろうか」
「いいの? よかった、めんどくさいなと思ってたところ」
彼女に続いて部屋を出ながら「作るのが? 食べるのが?」と笑いながらきれいなうなじに尋ねる。
「作るのが。食べるのは好きよ」と彼女が答える。
ふたりで階段を降りていると、まるで新婚家庭のようだなあとうっとりするが、共用リビングの戸を開けたら男ばかりが三人揃っていて心底げんなりした。
ゾロのやつはリビングだと言うのにソファを占領し、寝こけている。
お、サンジだ、メシだ、と意識のある野郎どもがわらわらと寄ってくるのを押しのけて冷蔵庫の中を確認する。
おれがこうして昼飯を作るようになってから、冷蔵庫内のおれ専用スペースが増やされた。
というよりも、ナミさん含めここの住人たちはおれのスペースになにか食材を入れておけばメシにありつけると覚えたらしく、定期的に生野菜や肉魚類が補充されるようになった。
「秩序が戻って嬉しい限り」とナミさんが喜んだので、おれもそのスペースに奉納された食材を使い、その日いる奴らの分くらいは飯を作るようになった。
買ったばかりのような新鮮な白身魚が入っていたので、さっとムニエルにでもして、あとは副菜、と野菜室を覗き込む。そのかたわらでルフィがおれの手元を覗き込み、すかさず「肉がいい」という。
「今日は魚だ。肉がいいなら肉買ってこい」
「おれ今金ねえんだもんよぉ」
「お前大学生だろ、バイトとか仕送りとかねえのかよ」
つか何に使ってんだよ、と生態不明の男を振り返る。
張り付きそうなほど近くにいたのでいささかぎょっとするが、ルフィはいつも人との距離が近い。いつのまにか懐に入り込まれ、出ていってから「そういえば近かったな」と思わせるような自然なやり方で入り込んでくる。
「今週はいろいろ道具買っちまったからなあ、全部中古だけど」
「道具?」
「サンジくん知らないの、ルフィ、バスキングしてるのよ」
バスキング? 魚のパックを手に冷蔵庫の扉を閉めると、ルフィがあからさまにがっかりと眉を下げておれから二歩ほど離れた。
「バスキング。路上パフォーマーよ。この近くだとあそこの駅前でよくしてるわよね」
そう言ってナミさんはここから2駅先の駅名を口にした。駅前に大きな広場のある駅で、夜になるとストリートミュージシャンがわんさか出てくる界隈だ。
まじで、とルフィを見るといまだ恨めしそうにおれを見たまま「今日は肉がよかった……」と文句を垂れている。
「一度見に行くといいぜ、結構すごいんだぜこいつ」
ウソップがルフィに腕を回し、さり気なくおれから遠ざけてルフィをリビングへと引き戻していく。駄々をこねるルフィにまとわりつかれていると、おれの手元のスピードが落ちることを知っているのだ。
「猿よね」
「猿だな」
「おまえらしっけいだな!」
へえそりゃすげえ、と口先で答えてフライパンにバターを落とす。魚に塩とハーブをまぶし、軽く小麦粉をはたいた。
「ウソップ、パン焼いてくれ」
「お、今日ははえーな」
「おれの出がはえーんだよ。これ食ったらおれも出かける準備すっから、今日はかんたんなメシな」
「ふーん、用事?」
「いや仕事」
今日は同伴があった。美容院に寄って、土産のスイーツを買って行かなければならない。その前に風呂に入りたい。
「人気者ねえ」
ナミさんがふふっと笑って言った。背中を向けているので、その顔を確かめることができない。きっとパソコンに視線を落としたまま、ゆったりと肘をついて小説の一文でも読むように口にしたのだろう。ほんのすこしだけくちびるを動かす話し方で。
「ほいできた。おまえら持ってけ」
「おーほんとに早え」
ムニエルの付け合せはブロッコリーと舞茸のソテー、スープは昨日の残りのミネストローネにショートパスタを放り込んだ。おいしそう、とナミさんがパソコンを閉じる音が聞こえる。ほとんど同時に、彼女が「ゾロ」と呼ぶ声も。
今度こそ振り返った。ダイニングテーブルの向こう、ナミさんが手を伸ばし、ゾロの腹を薄い手のひらで叩いている。
「ごはん」という声にゾロがいびきを破裂させてむくりと起き上がる。二人から視線を引き剥がし、魚をよそった皿を5つ適当に並べた。
「ちょっとー、麦茶飲み干したやつ、ちゃんと次の作りなさいよ」
おれのすぐうしろから、ナミさんがかわいらしく怒る声が聞こえる。おれじゃない、を無言で示す野郎どものせいで彼女は腹を立てて大きな音で冷蔵庫を閉める。
「家賃上げるわよ」
「ごめんなさいおれです」
さっとウソップが手を上げたが、きっと奴ではないのだろう。ナミさんもわかっているかのように息をつくだけでそれ以上の追及はなかった。
「魚か」
席についたゾロが皿を覗き込み、寝起きの目をさらに細める。
「普通の焼き魚がよかった」
「文句言うなら食うな」
「そうだぞゾロ、お前もときどきは食材納めろよな」
へーへー、と気のない返事をするものの、ゾロは丁寧に両手を合わせ「いただきます」という。これをされるとおれは何も言えない。
食事は淡々と、おのおののスピードで済んでいく。特段これといった会話もないし、盛り上がる楽しい食事を繰り広げるわけでもない。
ただ全員が満足げに息をつき食べ終わるのを見ると、ぬるい水に足をつけたようなここちよさで満たされる。
「ごっそさん」
一番にゾロが食べ終わり、次にルフィ、ウソップ、と席を立っていく。おれはいつもわざとゆっくり最後まで食事をする。だいたいレディと同じスピードで。
「ごちそうさま。おいしかった」
二人きりの食卓でその言葉を聞き、薄い満足感が胸に広がる。さーっと広がり、伸びて消える。
「さーいっちょ午後もがんばりますか」
ナミさんが皿を片付けながら肩をぐるぐる回すので「肩でも揉もうか」と言いかけたがおっさんくさいなと思いやめた。
おれもこれから出かける準備をしなければならない。
「洗い物しとくわよ。仕事でしょ」
「いいの? じゃあお願いすっかな」
片手で拝む仕草をすると、ナミさんは「いいのよ」と軽く請け負ってくれた。
これがルフィやウソップだと間違いなく賃金が発生しているので、きっとおれの昼飯作りには対価が発生しているのだろう。
「今日はどこに行くの?」
部屋に戻りかけたおれの背中にナミさんが問いかける。足を止め、振り返った。少し考えてから口を開く。
「駅の方に買い物に行ってから、寿司、だったかな」
「へえ、そういうの全部向こう持ち?」
くしゅくしゅとスポンジを泡立てる頼りない音が届く。
肩甲骨の尖った背中に近付きながら、「どうかな」と言う。
背中に気配を感じたナミさんが振り返った。
泡にまみれた手で、すぐ後ろに立つおれを見上げる。
彼女を囲うようにシンクに腕を付き、覗き込んで唇に触れた。胸に骨ばった背中が当たり、足先から柔らかな刷毛で撫でられたようなむずがゆさが這い上がる。
ナミさんは何も言わなかった。
わりとすぐに舌を差し込み、薄目を開ける。
彼女の腹を片腕で抱き込んでも彼女の方から触れることはなかったので、きっとその手はまだ泡まみれだ。
強く吸うと小さな舌が答えるように動いたので、腹のあたりが熱くなる。わざと音を立てた。
がちゃんと音がして、はっと身を強張らせる。彼女から体を離し、振り返ったが誰もいなかった。誰かがそこの廊下を通り、玄関から出ていったのだろう。
じゃーと水の流れる音がして、ナミさんが何事もなかったかのように洗い物を再開した。その肩に額を乗せる。
「ナミさんとでかけてぇな」
「仕事でしょ。あんたにお金払わないといけなくなるからいやよ」
「仕事じゃないのをしてぇのさ」
「じゃあ私の仕事になるのかしら」
きゅっと音を立てて水が止まる。こらえきれなかった数滴が、吐水口から申し訳無さげに落ちた。
「管理人としての」
振り返った彼女の目がまっすぐにおれを捉え、静かに細まった。ぴんと伸びた茶色いまつげがわずかに揺れて、不意におれから視線を外す。
「さ、私ももうひと頑張り」
「仕事?」
「うん。月末だから忙しいの」
管理人業のかたわら、彼女はなにか書き物をしているらしい。メガネを掛けてソファで足を伸ばし、パソコンを睨む姿をよく見かけた。そういうときに声をかけても生返事しか帰ってこないが、何故か彼女は自室ではなく共用リビングで仕事をしていた。
忙しいの、という言葉のうらに、「もう行って」という意味を暗に読み取ってしまい、嫌われるのはやだなと思ったおれは素直に引き下がった。母親に「外で遊んで来なさい」と追い出された子供のようにしぶしぶといった感じで。
風呂に入り支度をして、14時頃に家を出るときにリビングを覗いたが彼女の姿はなかった。珍しく誰もいないがらんと冷えたそこを眺めて、おれも家を出た。
*
「ほい、今月」
封筒に入った薄い紙ぺらを手渡され、ういーっと返事のような呻きのような声とともにそれを受け取る。中を確かめることなく封筒を瞼の上に置いて、仰向けになって目を閉じた。
店のあちこちで伸びるスタッフの黒い体が汚れみたいに点在している。首筋からにおう酒臭さが、思い出したみたいに吐き気を誘った。
「サンジさん、今日一位っすよ」
黒服の男がグラスを回収しながらおれよりも嬉しげに声をかけてくる。まじで、と答えつつすぐに「それより水」と言うと、黒服は苦笑して水を取りに行った。
受け取った水を飲み干すと一瞬引いた吐き気が波になって訪れ、一度トイレで崩れ落ちるように吐いた。
帰るなら今だ。口をすすぎ、垂れた水をぬぐって頭を持ち上げる。毎度吐いてるわけではないが、特に今日は中盤で好調だという報告を受けたもんで調子に乗りすぎた。
給与明細をケツのポケットに突っ込んで立ち上がる。一度二度たたらを踏んで、黒服に「送ってくれ」と告げてソファに投げ出してあったジャケットを掴んだ。
「サンジさん、ケーキどうします」
「ケーキ?」
「ほら、今日もらったやつ」
小さなホールケーキに可愛らしいフルーツがあしらわれた、祝う対象のあいまいなそれを思い出した。誕生日でもなんでもないときにおれたちはよく祝われる。突然、何かが記念になる。
「食っていいよ」
「おれ甘いもんだめっす」
「おれ明日休みなんだよ」
「じゃあ持って帰ってくださいよ」
冷蔵庫から出してきます、と黒服はおれの返事も聞かずに厨房に引っ込んだ。おれが持ち帰らなければ、明日ゴミ箱行きだろう。甘党の誰かが食うかもしれないが、捨てられるかもしれない。
ケーキの箱を膝に乗せて車に揺られていると、まるでこれからこのケーキを持って誰かに会いに行くような気分になった。いまだ酒臭い息がこみ上げるのに、だ。
家の玄関は当たり前だがすでに消灯されていた。慣れた手付きで静かに鍵を開けて体を中に滑り込ませる。しかしどうしても、ここの玄関扉は音を立てずに閉めるということができない。がっちゃん、とわかりやすく金属の噛み合う音を響かせる。
「おかえり」
口を開けた暗がりから声をした。驚くことはなかった。予想していた、というほどではないが、頭のほんの片隅でやっぱりと思う。
「ただいまナミさん」
寝てないの? と空気だけの声で尋ねる。夕方に少し寝た、と帰ってくる声はどこかまったりと平べったい。
おれが近付いても、暗がりに立つ彼女は動かなかった。体を寄せ、そっと屈んで唇をつける。
う、と彼女が小さくうめいた。
「お酒くさ」
「ごめん」
「お風呂入ってよ」
彼女の頬に、額に、唇を滑らせながら考える。するのか、彼女はおれとしたくて待ってたのか、と酔った頭でぼんやりと思う。
「ケーキ食わね」
「なに、急に」
「もらいもん。知ってる?」
箱に書かれた店の名前を口にすると、よく見えないはずの彼女の目がちらりと光った気がした。
「知ってる。有名じゃない」
「食おうよ」
彼女の腰を抱き、リビングの扉を開く。
明かりはつけないままソファに座らせて、「皿とか取ってくるね」とキッチンへ向かうおれの袖を彼女が掴んだ。
「いい。洗い物が増えるから」
「いいっつって、ホールケーキなんだよ。小さいけど」
箱を開けて中を見せる。窓の灯にぼんやりと浮かび上がった箱の中身にナミさんは目を凝らし、「ほんとだ」と言った。
「なんのお祝い? サンジくん誕生日?」
「いんや」
「私が食べてもいいやつ?」
「もちろん」
流石にフォークはいるだろう。そう思って再び立ち上がりかけたとき、ナミさんはおもむろにホールケーキに指を突っ込んだ。
え、と声を上げることもできなかった。
細い指が、生クリームにめり込んでいる。そのまま四本ほどの指がケーキをごっそりと掻き出した。
小さく薄い手のひらの先に乗ったケーキが、おれに差し出される。
「サンジくん酔ってるのね」
「……もしかしてナミさんも酔ってる?」
「まさか。しらふよ」
どうぞ。
まるで遠くから獲物の品定めをする動物のように、ナミさんがおれを見据える。
喉を鳴らしそうになり、あわててこらえる。強く美しい獣のようなその顔に欲情していた。ただ、飲みすぎたせいか下半身は静かで、それも彼女にはばれているような気がした。
差し出されたスポンジと生クリームの塊に顔を近づける。ほのかに洋酒が香る。今にも落ちそうなひとかたまりが指の先にぶら下がっていて、おれはそれを指ごと口に含んだ。
舌を動かし指の間まで生クリームを舐め取ってから口を離す。ナミさんはじっとおれを見ている。
「──うまい」
「この店、シュークリームが有名なのよね、本当は」
ナミさんはおれがくい残した手の上のそれをみずからの口に運び、ぺろんとなめるように食べた。
知ってる? と言いながら、また彼女は容赦なくケーキに指を突っ込む。
「あまいものって、手で食べるともっとあまいのよ」
彼女は、今度はおれに食べさせてはくれなかった。自分の口に大きなかたまりを運び、ごくんと飲み込むみたいに食べてしまう。
口の端にクリームが付いていた。捕食中の動物を邪魔するような気持ちになり、手を伸ばすことができなかった。
やがてそのクリームも、小さな舌にぺろりと舐め取られてしまう。
「ごちそうさま」
不意にそう言って、ナミさんは立ち上がった。おれの足をまたぎ越し、汚れた手を洗うこともなくリビングを出ていこうとする。
引き止める言葉もなく、「おやすみ」とつぶやいた。
ナミさんは立ち止まり、なぜかとてもくすぐったそうにこちらを振り返って「おやすみなさい」と笑って出ていった。
指の跡がはっきりと残る、えぐれたケーキが妙に扇情的だった。
そのせいか眠くもなく、手でケーキを頬張る彼女の姿を何度も思い返しているうちに窓の外は白んでいた。
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