OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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風が強いのか、窓がかたかたと揺れている。晴れているかと思っていたのに、外は薄曇りのようで乾燥した空気につんと鼻が痛む。
不意に、どこかからコーヒーの香りがした。ゆっくりと香りの元を探すように首を振ると、いつのまにかロビンちゃんが当たり前のようにキッチンでコーヒーを入れている。ついリビングの扉を見るが、閉まっている。ナミさんが夜に出ていったときも、閉まっていたはずだ。まったく気が付かなかった。
おれが食い入るように見る視線に気がついて、ロビンちゃんがこちらに目を留めてふわりと笑った。
「おはよう。早いのね」
「驚いた。ロビンちゃんも早いね」
「今日はたまたま。あなたも飲む?」
「うん、あー、いや、どうすっかな」
一睡もしていない疲れが、急に頭と肩のあたりに重く感じた。
「もしかして早く起きたのじゃなくて、ずっと起きてたのかしら」
「あー、うん、でももらう、淹れてくれるかな」
大きな目をすっと細めて笑い、ロビンちゃんはおれのマグカップを手にとった。
湯を沸かす音、コーヒーの粉がさらさらと流れる音が耳に心地いい。彼女のスリッパが静かに床をこする音でさえ、妙に安心させた。
目の前の机には、依然として不自然にえぐれたケーキがそのままある。表面が乾いて、まずそうだ。
「はい」
差し出されたコーヒーを礼を言って受け取る。机の上のケーキに気がついているだろうに、ロビンちゃんは何も言わずに一人がけのソファに腰掛けて、手にしていた本を開いた。
彫刻のようだな、とぼんやりと思う。なかなかこんな美人は見たことがなかった。左右対称の顔の真ん中に、高い鼻梁がまっすぐと伸び、少し張った肩から伸びる腕も、ジーンズに包まれた脚も、驚くほど長い。
無遠慮に見とれていて、ついと顔を上げた彼女と正面から目がかち合った。
「や、ごめん、あまりの美しさに目が離せず」
「昨日も遅かったの?」
彼女の長い指が、本の紙を優しく撫でる。その動きを目で追いながら、素直な子供のように「うん」と言う。
「ウソップは朝にシャワーを浴びるから、重なる前に使うといいわ」
「ああ……そうなんだ」
言いつつ、腰が持ち上がらない。手にしていたマグカップを口に運ぶと、彼女が淹れてくれたコーヒーは驚くほど濃く苦味がガツンと舌にぶつかったが、その後華やかな香りとともにすっと遠のいた。
「うまいな」
思わずつぶやくと、ロビンちゃんは嬉しそうににこりとして「その豆を売る、お気に入りのお店があるの」と言った。
「今度一緒に行きましょう」
「いいの?」
「ええ」
完璧な笑みを見せて、ロビンちゃんは再び本に視線を落とした。
なんか、いいな、と思った。
さざなみの立っていた心がならされて平らになり、やわらかい風が通るような気持ちになる。
ふと、自分は昨夜から変わらず酒とたばこの匂いをまとっていることに思い当たり、慌てて立ち上がった。
「ごめん、おれくせぇわ。風呂入ってくる」
「大丈夫よ。気にしないで」
そう言ってはくれたが、立ち上がった拍子にガツンと頭が痛んだ。せっかくの休みだし、少し長く寝たい。
目の前のケーキをどうしようかと少し逡巡していたら、ロビンちゃんが本に目を落としたまま「冷蔵庫に入れておけばいいわ。きっとルフィが食べてくれる」とさも当然のように言う。
「……こんなだけど、いいかな」
「ナミが食べたの?」
半分形の崩れたそれに目を留めて、ロビンちゃんはすべてを知っているかのようだ。うなずくと、子供のいたずらを咎めるようにほんのすこし眉をすがめて、言った。
「あの子のすることに、いちいち傷ついたらだめよ」
どういうことかと問う前に、「喜んでもだめ」とぴしゃりと言われた。
「意味なんてないの。少なくとも今のあの子にとっては。いちいち振り回されてると、あなたの身がもたないわよ」
「──ロビンちゃんは、いつからナミさんと」
ここに住む、一年くらい前から、と彼女は言った。
「自立しているようで、急に甘えてきたり、つっぱねたと思ったらふらふらと人の言うことをすぐに聞いて、すごく不安定」
立ち上がっていたおれは、また腰を下ろした。淹れてもらったコーヒーをまだ飲みきってもいないことに気づいたからだ。
「あなたのことを見極めてるのよ。どういう人か、自分にどんな損得をもたらすか」
ナミさんの、おれをじっと見つめる目を思い出した。暗がりの中目を凝らす猫のように、茶色い瞳孔を開ききった目。
人は興味のあるものや、好意を持ったものを見ると瞳孔が開く。彼女の瞳はいつも開きっぱなしで、すべてを吸い込み取り込もうかとするかのようだ。
「言われるがままに振り回されていたら、ずっとそのままよ。あなたがそれでいいのならいいけど」
黙ったままコーヒーを飲み下す。さっきよりもずっと苦く感じた。
振り回されたいわけでも、それが絶対嫌だというわけでもなく、かといってこのままでいいとも思っていなかった。
不意に、彼女の名前を呼ぶ声を思い出す。
斬りつけるみたいに、重くまっすぐ飛んできた。それに答える彼女の声も。
「ゾロは、ナミさんの」
「なんでもないわ。あなたと一緒」
私も、とロビンちゃんは付け足した。
「彼女が管理人。私達が住人。助け合って、お互い必要なときに求めたり求めなかったりするだけよ」
結局彼女のほうが先に席を立った。本はほとんど読み進められなかったようだ。去り際に彼女が申し訳無さそうに言った「考えすぎないで」という言葉が、おれをますます思考の淵に絡め取って離さなかった。
*
目が覚めたら昼過ぎで、5,6時間は寝られたようだ。眠る前にシャワーを浴びたので体はこざっぱりとしていたが、まだ少し酒の匂いがした。
やたらと腹が減り、昨日の夜に食った寿司からろくに食べてないんだったと思ったが、深夜に一口食ったケーキのことを思い出した。
リビングに降りていくと平日の昼間らしく、誰もいない。ソファで足を伸ばし仕事をするナミさんの姿もなかった。
冷蔵庫を開けてみると、今朝がた入れておいたケーキがない。ゴミ箱に、その箱だけが突っ込まれていた。ロビンちゃんの言う通り、ルフィあたりが食ったようだった。
うんめぇ! とてらいなく声を上げてものを食べるやつの顔を思い出すと、少し顔が緩んだ。
ぴーん、ぽーん、と甲高いチャイムの音が響き、驚いて玄関を振り返った。
誰もいない。
違う、来客のチャイムだと気づいて慌てて玄関に向かって扉を開けた。
宅急便だった。大きなダンボールを一つ渡されて受け取り、票にサインする。
中身は複数詰まっているようでがさごそと音がした。受取人はナミさんだ。送り人の名前も彼女になっている。つまり、彼女が注文していた品が届いたようだ。
彼女の部屋の前まで持っていこうか悩んで、内容物のところに「食品等」と書いてあるのに目が止まり、リビングまで運んだ。
ソファの隅に置いておいて、彼女の部屋に向かう。1階風呂場の斜め向かい、さっきの来客のチャイムも聞こえていたはずだった。
とんとん、と控えめに扉をノックする。反応はない。
「ナミさん」
声をかけるも、返事はなかった。でかけているのだろう。
なんにせよ、リビングに置いておけばいずれ気付く。他の住人に届いた荷物も、よくリビングに置かれていたので問題はなかろう。
一人で適当な飯を作り、テレビを眺めながらぼんやりと食った。うまかったが、最近は誰かと昼飯を一緒に食うことが多かったせいか、一人飯は味気なく、食べ終わったあとでなんとなくもったいないことをしたような気分になった。
食い終わったらすることがなくなり、洗い物ついでにシンクの周りを軽く拭き上げる。見慣れないフライ返しをどこに仕舞ったもんかと悩んで適当に開けた戸棚に、ずらりとたくさんのステンレスボウルやバット、ミキサーなんかが並んでいるのを見たらつい手が伸びた。
乾麺が入っていた戸棚を開くと、小麦粉や片栗粉と一緒に、一般家庭にかならずあるもんでもない強力粉があるのを先日発見していた。小麦粉やらは冷蔵庫にしまわねぇとなあとそれらをわしづかんで封がしてあるのを確認し、冷蔵庫に突っ込む。場所がなかったのでルフィのボックスに突っ込んだ。さすがに粉をそのまま食おうとはしまい。
腕をまくると、ひんやりと静かな空気が肌に触れた。
さあ作るぞと意気込むでもなく、気づいたら体が動いていた。
「わ、すごい」
急に声をかけられ振り返る。湯気で鼻先が湿っていた。
「なに? なんで茹でてるの?」
ナミさんは興味深そうに鍋の中を覗き込み、バットに並べたベーグルたちと鍋の中身を交互に見た。
「ベーグルは焼く前に茹でるのさ。中身が詰まってて噛みごたえあって、うまいぜ」
「へえ」
「おかえり。帰ってきたの気が付かなかった」
ナミさんはきょとんとおれを見つめ、「どこにも行ってないけど」と言う。
「あれ、そうなの」
「寝てた。もしかして声かけてくれた?」
「うん、荷物届いたから」
ほんとだーと言って、ナミさんはペタペタとダンボールの方へ歩み寄る。豪快に手で梱包を解いて、中身をあらためている。
酒や調味料のほか、共用の菓子やお茶、掃除用品などの日用品らしかった。ナミさんはそれをてきぱきとあるべき場所に収めていく。
その間にもおれは、茹で上げたベーグルを天板に並べてオーブンに入れた。
強力粉は使い切ってしまったが、おれ以外に使う当てもないからいいだろう。
火を入れてしばらくすると、香ばしい匂いが立ち上がってキッチンがほのかに温まった気がした。
「いいにおい」
ナミさんが目を細めて戻ってくる。家の中とはいえ、随分と薄着だ。胸元が開いた薄いカーディガン一枚に、ひらひらとした夏用のようなスカート。
「どうしたの? 急にパンなんて焼いて」
「いや、暇で。勝手にあるもん使っちまったけど」
「いいわよ。だって食べさせてくれるんでしょ」
「そりゃあもちろん」
ナミさんは嬉しそうに肩を上げ、「あとどれくらい? お茶いれるわ。おなかすいた」と言った。
ベーグルは3種類焼いた。塩をきかせたプレーンと、黒ごまを生地に練り込んだものと、ほうれんそうをまぜた生地にチーズをくるんだものと。
「すごい、お店みたい」と言って、ナミさんは3種類とも皿に乗せて食べ始めたが、ほうれんそうのを一つ食べただけですでにお腹いっぱいと言ったように手が止まった。
「しまった、半分に切ってから食べたら良かった」
「冷凍しとくから、また好きに食べてよ」
おれも彼女と一緒にプレーンをかじる。焼き立ては表面が柔らかく、手でちぎると中から湯気が立ち上った。手慰みに作ったにしてはうまくできたほうだ。
「本当に得意なのね、料理」
「好きなんだよ、むかしっから」
「ホストにしておくにはもったいないわね」
「おれもそう思うよ」
ふふっと彼女が笑う。湯気が揺れ、形を崩して消える。
昨日の妙に挑戦的な顔つきは、なりを潜めていた。もしかしたら始めっから、ナミさんはこんなふうにやわらかく笑っていただけだったのかもしれない。おれの酔って濁った目が、ナミさんを斜に構えて見ていただけなのかもしれない。
──いちいち振り回されてると、あなたの身がもたないわよ。
不意に、今朝のロビンちゃんの言葉が頭をかすめた。
振り回されているのか? おれは彼女に、彼女の表情や言葉に、いちいち傷ついたり喜んだりを、繰り返しているだけなのか?
もたげた疑問に思考停止していると、玄関扉が開いて閉まる音がした。
「誰か帰ってきた」
ナミさんが音のした方を振り返る。
リビングの戸枠をくぐるように入ってきたのはゾロだった。眠たげな目つきで、あいかわらず音もなくでかい図体を動かすやつだ。
「おかえり」
ナミさんが言う。
「おう」と短く答えたゾロは、テーブルの上に目を留めた。おれの代わりにナミさんが答える。
「サンジくんが作ったの。ベーグル。あんたももらえば」
いいでしょ、と問うナミさんに「もちろん」と微笑んで、「食うか」と尋ねた。
「食う」
おもむろに近寄ってきてベーグルを掴むと、ゾロは立ったままむしゃりとそれに食いついた。
手ェ洗えよ、とか立ったまま食うな、とか色々頭をよぎったが、それよりも先にこいつ腹減ってたんだなあとしみじみした。
「もう行儀悪いわね」
「うめぇな、でもかてぇっつーか、顎が疲れる」
「そういうもんなの!」
おれの代わりに怒って、ナミさんはゾロに座れと命じた。
おとなしく、ゾロはおれとナミさんが向かい合うテーブルの端に腰掛ける。やつのふくらんだズボンが妙に埃っぽいので「お前、仕事?」と尋ねた。
「ああ。今日竣工だったから、早く終わった」
「あんた今何してんだっけ」
「工事現場」
そりゃ似合っていいやと思ったが、確か前は警備か何かをしていると言っていた気がする。ころころと仕事を変えて食いつないでいるらしい。
「おい、もう一個食うぞ」
「ん、ああ」
むしゃむしゃと二個目を食うゾロを、呆れ半分に眺めた。ナミさんは興味がないように、手元に雑誌を寄せてぱらりとめくる。
昨夜も今朝も何度も繰り返し頭の中に二人の姿がよみがえったにもかかわらず、当人たちを前にして妙に心が凪いでいた。
二人のこなれた雰囲気に、いつの間にかおれ自身もこなれた様子で混ざっている。
ロビンちゃんの言を借りれば、おれたちは必要なときに求めたり求めなかったりするだけの関係で、それはゾロとナミさんの間でもそうなのだ。
深く考えすぎてはだめよ。そうだ。
深く考えてはいけない。
これ以上、彼女を求め続ける前に。
「今日、飯は?」
「そうね、どうしよっかな」
ちらりとナミさんが期待を込めておれを見たので、応えるように「今日は休み」と言った。
「ほんと? じゃあ夕飯作ってくれたり」
「もちろん喜んで」
やったあ、とナミさんは惜しげもなく嬉しそうに歯を見せて笑った。
「みんな揃うといいわね。全員揃って夕飯食べたことなんてあったかしら」
「ないかな。だいたいロビンちゃんかルフィがいねぇし」
「それよりも、ほとんどサンジくんがいないのよ」
言われてみればそのとおりだ。面目ねぇ、と頭を下げるとナミさんは立ち上がり、冷蔵庫を物色し始めた。
「とかいって、材料あるかな。何作ってもらおうな」
「大人数で食えるもんがいいよな、せっかくなら」
いつも多くても3,4人の飯しか作っていないので、肉か魚を焼いたのと副菜に汁物、その程度だ。
「そうだ、ホットプレート使お。たしかルフィのおじいさんにもらった古いのがあったはず」
見てくる、と言ってナミさんはリビングを出ていった。物入れにしている戸棚が廊下にあるのだ。
ゾロがいつもの食事終わりと同じように、パンと両手を合わせて「ごっそさん」清々しく言った。
「……おう」
「めし、何時だ」
「あー……ウソップが帰ってくる時間に合わせるから、18時半くれぇか」
「それまで寝る」
ナミさんが注いでやったお茶をぐいと飲み干すと、ぞろはくああとあくびをしてリビングを出ていこうとする。
つい呼び止めたのは、なにか言いたかったからでも、廊下でナミさんとすれ違うのを阻止したかったからでもなかった。でもその両方だったのかもしれない。
ゾロは怪訝そうにおれを振り返った。
おれは喉を開いたまま、言うべき言葉を探す。やたらと澄んだ黄みがかった視線が、直線でおれに突き刺さる。
「あー、カップ、洗ってけよ」
「そんくらいナミが一緒に洗うだろ」
踵を返しかけたゾロが、また立ち止まった。少し振り返り、言う。
「そのほうがお前も後ろから攻め込めるからいいんじゃねぇのか」
なんの話、と言いかけて、飲み込んだ。思い当たり、耳の奥で水の音が蘇る。ナミさんが食器を洗う、薄い背中に浮き出た肩甲骨。
見たのだ。キッチンで、キスをするおれたちを。あのとき玄関から出ていったのはこいつだった。
なかなかだろ、と聞こえた気がした。
空耳だった気もする。おれが勝手に想像した声を再生しただけだった気もする。
しかしおれは立ち上がり、ゾロに向かって足を振り上げていた。とっさに腕ですねのあたりを受け止められたものの、不意に蹴られたゾロはどんと思いの外大きな音を立ててリビングの床に膝をついた。
「いてぇな」
ゾロがおれをにらみあげる。
おれは食いしばった歯の隙間から空気を漏らし、負けずとにらみ下ろす。
なんであれ、理由が欲しかったのだ。こいつを蹴り飛ばしてやりたいとずっと思っていた。その理由が。
「ちょっとぉ、なにやってんの」
ナミさんが目を丸め、リビングの入口に立っている。その腕には大きな薄い箱を抱えていた。
ゾロが立ち上がり、「寝る」と短く言った。そのままナミさんの横をするりと通り過ぎ、階段を登っていく足音が聞こえた。
「なに、喧嘩?」
「いや……べつに」
「やめてよね、あんたたち相性悪そうだけど」
ダイニングテーブルに埃のかぶったホットプレートの箱をおろし、ふうとナミさんは息をついた。
「おこのみやき? やきそば? なんでもいいけど、いろいろ作って」
子供のように胸を膨らませ、遊びを考えるみたいな表情でナミさんが言う。
うん、そうだな、何にしような、答えながら、心は別のところにある。別のところで、きしきしと音を立てている。
こんなにも猛烈にほしいと思ったのは初めてだった。
屈託なく笑うその心に、おれの、おれだけの場所をあけてほしいと思ったのは、彼女が初めてだったのだ。
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風が強いのか、窓がかたかたと揺れている。晴れているかと思っていたのに、外は薄曇りのようで乾燥した空気につんと鼻が痛む。
不意に、どこかからコーヒーの香りがした。ゆっくりと香りの元を探すように首を振ると、いつのまにかロビンちゃんが当たり前のようにキッチンでコーヒーを入れている。ついリビングの扉を見るが、閉まっている。ナミさんが夜に出ていったときも、閉まっていたはずだ。まったく気が付かなかった。
おれが食い入るように見る視線に気がついて、ロビンちゃんがこちらに目を留めてふわりと笑った。
「おはよう。早いのね」
「驚いた。ロビンちゃんも早いね」
「今日はたまたま。あなたも飲む?」
「うん、あー、いや、どうすっかな」
一睡もしていない疲れが、急に頭と肩のあたりに重く感じた。
「もしかして早く起きたのじゃなくて、ずっと起きてたのかしら」
「あー、うん、でももらう、淹れてくれるかな」
大きな目をすっと細めて笑い、ロビンちゃんはおれのマグカップを手にとった。
湯を沸かす音、コーヒーの粉がさらさらと流れる音が耳に心地いい。彼女のスリッパが静かに床をこする音でさえ、妙に安心させた。
目の前の机には、依然として不自然にえぐれたケーキがそのままある。表面が乾いて、まずそうだ。
「はい」
差し出されたコーヒーを礼を言って受け取る。机の上のケーキに気がついているだろうに、ロビンちゃんは何も言わずに一人がけのソファに腰掛けて、手にしていた本を開いた。
彫刻のようだな、とぼんやりと思う。なかなかこんな美人は見たことがなかった。左右対称の顔の真ん中に、高い鼻梁がまっすぐと伸び、少し張った肩から伸びる腕も、ジーンズに包まれた脚も、驚くほど長い。
無遠慮に見とれていて、ついと顔を上げた彼女と正面から目がかち合った。
「や、ごめん、あまりの美しさに目が離せず」
「昨日も遅かったの?」
彼女の長い指が、本の紙を優しく撫でる。その動きを目で追いながら、素直な子供のように「うん」と言う。
「ウソップは朝にシャワーを浴びるから、重なる前に使うといいわ」
「ああ……そうなんだ」
言いつつ、腰が持ち上がらない。手にしていたマグカップを口に運ぶと、彼女が淹れてくれたコーヒーは驚くほど濃く苦味がガツンと舌にぶつかったが、その後華やかな香りとともにすっと遠のいた。
「うまいな」
思わずつぶやくと、ロビンちゃんは嬉しそうににこりとして「その豆を売る、お気に入りのお店があるの」と言った。
「今度一緒に行きましょう」
「いいの?」
「ええ」
完璧な笑みを見せて、ロビンちゃんは再び本に視線を落とした。
なんか、いいな、と思った。
さざなみの立っていた心がならされて平らになり、やわらかい風が通るような気持ちになる。
ふと、自分は昨夜から変わらず酒とたばこの匂いをまとっていることに思い当たり、慌てて立ち上がった。
「ごめん、おれくせぇわ。風呂入ってくる」
「大丈夫よ。気にしないで」
そう言ってはくれたが、立ち上がった拍子にガツンと頭が痛んだ。せっかくの休みだし、少し長く寝たい。
目の前のケーキをどうしようかと少し逡巡していたら、ロビンちゃんが本に目を落としたまま「冷蔵庫に入れておけばいいわ。きっとルフィが食べてくれる」とさも当然のように言う。
「……こんなだけど、いいかな」
「ナミが食べたの?」
半分形の崩れたそれに目を留めて、ロビンちゃんはすべてを知っているかのようだ。うなずくと、子供のいたずらを咎めるようにほんのすこし眉をすがめて、言った。
「あの子のすることに、いちいち傷ついたらだめよ」
どういうことかと問う前に、「喜んでもだめ」とぴしゃりと言われた。
「意味なんてないの。少なくとも今のあの子にとっては。いちいち振り回されてると、あなたの身がもたないわよ」
「──ロビンちゃんは、いつからナミさんと」
ここに住む、一年くらい前から、と彼女は言った。
「自立しているようで、急に甘えてきたり、つっぱねたと思ったらふらふらと人の言うことをすぐに聞いて、すごく不安定」
立ち上がっていたおれは、また腰を下ろした。淹れてもらったコーヒーをまだ飲みきってもいないことに気づいたからだ。
「あなたのことを見極めてるのよ。どういう人か、自分にどんな損得をもたらすか」
ナミさんの、おれをじっと見つめる目を思い出した。暗がりの中目を凝らす猫のように、茶色い瞳孔を開ききった目。
人は興味のあるものや、好意を持ったものを見ると瞳孔が開く。彼女の瞳はいつも開きっぱなしで、すべてを吸い込み取り込もうかとするかのようだ。
「言われるがままに振り回されていたら、ずっとそのままよ。あなたがそれでいいのならいいけど」
黙ったままコーヒーを飲み下す。さっきよりもずっと苦く感じた。
振り回されたいわけでも、それが絶対嫌だというわけでもなく、かといってこのままでいいとも思っていなかった。
不意に、彼女の名前を呼ぶ声を思い出す。
斬りつけるみたいに、重くまっすぐ飛んできた。それに答える彼女の声も。
「ゾロは、ナミさんの」
「なんでもないわ。あなたと一緒」
私も、とロビンちゃんは付け足した。
「彼女が管理人。私達が住人。助け合って、お互い必要なときに求めたり求めなかったりするだけよ」
結局彼女のほうが先に席を立った。本はほとんど読み進められなかったようだ。去り際に彼女が申し訳無さそうに言った「考えすぎないで」という言葉が、おれをますます思考の淵に絡め取って離さなかった。
*
目が覚めたら昼過ぎで、5,6時間は寝られたようだ。眠る前にシャワーを浴びたので体はこざっぱりとしていたが、まだ少し酒の匂いがした。
やたらと腹が減り、昨日の夜に食った寿司からろくに食べてないんだったと思ったが、深夜に一口食ったケーキのことを思い出した。
リビングに降りていくと平日の昼間らしく、誰もいない。ソファで足を伸ばし仕事をするナミさんの姿もなかった。
冷蔵庫を開けてみると、今朝がた入れておいたケーキがない。ゴミ箱に、その箱だけが突っ込まれていた。ロビンちゃんの言う通り、ルフィあたりが食ったようだった。
うんめぇ! とてらいなく声を上げてものを食べるやつの顔を思い出すと、少し顔が緩んだ。
ぴーん、ぽーん、と甲高いチャイムの音が響き、驚いて玄関を振り返った。
誰もいない。
違う、来客のチャイムだと気づいて慌てて玄関に向かって扉を開けた。
宅急便だった。大きなダンボールを一つ渡されて受け取り、票にサインする。
中身は複数詰まっているようでがさごそと音がした。受取人はナミさんだ。送り人の名前も彼女になっている。つまり、彼女が注文していた品が届いたようだ。
彼女の部屋の前まで持っていこうか悩んで、内容物のところに「食品等」と書いてあるのに目が止まり、リビングまで運んだ。
ソファの隅に置いておいて、彼女の部屋に向かう。1階風呂場の斜め向かい、さっきの来客のチャイムも聞こえていたはずだった。
とんとん、と控えめに扉をノックする。反応はない。
「ナミさん」
声をかけるも、返事はなかった。でかけているのだろう。
なんにせよ、リビングに置いておけばいずれ気付く。他の住人に届いた荷物も、よくリビングに置かれていたので問題はなかろう。
一人で適当な飯を作り、テレビを眺めながらぼんやりと食った。うまかったが、最近は誰かと昼飯を一緒に食うことが多かったせいか、一人飯は味気なく、食べ終わったあとでなんとなくもったいないことをしたような気分になった。
食い終わったらすることがなくなり、洗い物ついでにシンクの周りを軽く拭き上げる。見慣れないフライ返しをどこに仕舞ったもんかと悩んで適当に開けた戸棚に、ずらりとたくさんのステンレスボウルやバット、ミキサーなんかが並んでいるのを見たらつい手が伸びた。
乾麺が入っていた戸棚を開くと、小麦粉や片栗粉と一緒に、一般家庭にかならずあるもんでもない強力粉があるのを先日発見していた。小麦粉やらは冷蔵庫にしまわねぇとなあとそれらをわしづかんで封がしてあるのを確認し、冷蔵庫に突っ込む。場所がなかったのでルフィのボックスに突っ込んだ。さすがに粉をそのまま食おうとはしまい。
腕をまくると、ひんやりと静かな空気が肌に触れた。
さあ作るぞと意気込むでもなく、気づいたら体が動いていた。
「わ、すごい」
急に声をかけられ振り返る。湯気で鼻先が湿っていた。
「なに? なんで茹でてるの?」
ナミさんは興味深そうに鍋の中を覗き込み、バットに並べたベーグルたちと鍋の中身を交互に見た。
「ベーグルは焼く前に茹でるのさ。中身が詰まってて噛みごたえあって、うまいぜ」
「へえ」
「おかえり。帰ってきたの気が付かなかった」
ナミさんはきょとんとおれを見つめ、「どこにも行ってないけど」と言う。
「あれ、そうなの」
「寝てた。もしかして声かけてくれた?」
「うん、荷物届いたから」
ほんとだーと言って、ナミさんはペタペタとダンボールの方へ歩み寄る。豪快に手で梱包を解いて、中身をあらためている。
酒や調味料のほか、共用の菓子やお茶、掃除用品などの日用品らしかった。ナミさんはそれをてきぱきとあるべき場所に収めていく。
その間にもおれは、茹で上げたベーグルを天板に並べてオーブンに入れた。
強力粉は使い切ってしまったが、おれ以外に使う当てもないからいいだろう。
火を入れてしばらくすると、香ばしい匂いが立ち上がってキッチンがほのかに温まった気がした。
「いいにおい」
ナミさんが目を細めて戻ってくる。家の中とはいえ、随分と薄着だ。胸元が開いた薄いカーディガン一枚に、ひらひらとした夏用のようなスカート。
「どうしたの? 急にパンなんて焼いて」
「いや、暇で。勝手にあるもん使っちまったけど」
「いいわよ。だって食べさせてくれるんでしょ」
「そりゃあもちろん」
ナミさんは嬉しそうに肩を上げ、「あとどれくらい? お茶いれるわ。おなかすいた」と言った。
ベーグルは3種類焼いた。塩をきかせたプレーンと、黒ごまを生地に練り込んだものと、ほうれんそうをまぜた生地にチーズをくるんだものと。
「すごい、お店みたい」と言って、ナミさんは3種類とも皿に乗せて食べ始めたが、ほうれんそうのを一つ食べただけですでにお腹いっぱいと言ったように手が止まった。
「しまった、半分に切ってから食べたら良かった」
「冷凍しとくから、また好きに食べてよ」
おれも彼女と一緒にプレーンをかじる。焼き立ては表面が柔らかく、手でちぎると中から湯気が立ち上った。手慰みに作ったにしてはうまくできたほうだ。
「本当に得意なのね、料理」
「好きなんだよ、むかしっから」
「ホストにしておくにはもったいないわね」
「おれもそう思うよ」
ふふっと彼女が笑う。湯気が揺れ、形を崩して消える。
昨日の妙に挑戦的な顔つきは、なりを潜めていた。もしかしたら始めっから、ナミさんはこんなふうにやわらかく笑っていただけだったのかもしれない。おれの酔って濁った目が、ナミさんを斜に構えて見ていただけなのかもしれない。
──いちいち振り回されてると、あなたの身がもたないわよ。
不意に、今朝のロビンちゃんの言葉が頭をかすめた。
振り回されているのか? おれは彼女に、彼女の表情や言葉に、いちいち傷ついたり喜んだりを、繰り返しているだけなのか?
もたげた疑問に思考停止していると、玄関扉が開いて閉まる音がした。
「誰か帰ってきた」
ナミさんが音のした方を振り返る。
リビングの戸枠をくぐるように入ってきたのはゾロだった。眠たげな目つきで、あいかわらず音もなくでかい図体を動かすやつだ。
「おかえり」
ナミさんが言う。
「おう」と短く答えたゾロは、テーブルの上に目を留めた。おれの代わりにナミさんが答える。
「サンジくんが作ったの。ベーグル。あんたももらえば」
いいでしょ、と問うナミさんに「もちろん」と微笑んで、「食うか」と尋ねた。
「食う」
おもむろに近寄ってきてベーグルを掴むと、ゾロは立ったままむしゃりとそれに食いついた。
手ェ洗えよ、とか立ったまま食うな、とか色々頭をよぎったが、それよりも先にこいつ腹減ってたんだなあとしみじみした。
「もう行儀悪いわね」
「うめぇな、でもかてぇっつーか、顎が疲れる」
「そういうもんなの!」
おれの代わりに怒って、ナミさんはゾロに座れと命じた。
おとなしく、ゾロはおれとナミさんが向かい合うテーブルの端に腰掛ける。やつのふくらんだズボンが妙に埃っぽいので「お前、仕事?」と尋ねた。
「ああ。今日竣工だったから、早く終わった」
「あんた今何してんだっけ」
「工事現場」
そりゃ似合っていいやと思ったが、確か前は警備か何かをしていると言っていた気がする。ころころと仕事を変えて食いつないでいるらしい。
「おい、もう一個食うぞ」
「ん、ああ」
むしゃむしゃと二個目を食うゾロを、呆れ半分に眺めた。ナミさんは興味がないように、手元に雑誌を寄せてぱらりとめくる。
昨夜も今朝も何度も繰り返し頭の中に二人の姿がよみがえったにもかかわらず、当人たちを前にして妙に心が凪いでいた。
二人のこなれた雰囲気に、いつの間にかおれ自身もこなれた様子で混ざっている。
ロビンちゃんの言を借りれば、おれたちは必要なときに求めたり求めなかったりするだけの関係で、それはゾロとナミさんの間でもそうなのだ。
深く考えすぎてはだめよ。そうだ。
深く考えてはいけない。
これ以上、彼女を求め続ける前に。
「今日、飯は?」
「そうね、どうしよっかな」
ちらりとナミさんが期待を込めておれを見たので、応えるように「今日は休み」と言った。
「ほんと? じゃあ夕飯作ってくれたり」
「もちろん喜んで」
やったあ、とナミさんは惜しげもなく嬉しそうに歯を見せて笑った。
「みんな揃うといいわね。全員揃って夕飯食べたことなんてあったかしら」
「ないかな。だいたいロビンちゃんかルフィがいねぇし」
「それよりも、ほとんどサンジくんがいないのよ」
言われてみればそのとおりだ。面目ねぇ、と頭を下げるとナミさんは立ち上がり、冷蔵庫を物色し始めた。
「とかいって、材料あるかな。何作ってもらおうな」
「大人数で食えるもんがいいよな、せっかくなら」
いつも多くても3,4人の飯しか作っていないので、肉か魚を焼いたのと副菜に汁物、その程度だ。
「そうだ、ホットプレート使お。たしかルフィのおじいさんにもらった古いのがあったはず」
見てくる、と言ってナミさんはリビングを出ていった。物入れにしている戸棚が廊下にあるのだ。
ゾロがいつもの食事終わりと同じように、パンと両手を合わせて「ごっそさん」清々しく言った。
「……おう」
「めし、何時だ」
「あー……ウソップが帰ってくる時間に合わせるから、18時半くれぇか」
「それまで寝る」
ナミさんが注いでやったお茶をぐいと飲み干すと、ぞろはくああとあくびをしてリビングを出ていこうとする。
つい呼び止めたのは、なにか言いたかったからでも、廊下でナミさんとすれ違うのを阻止したかったからでもなかった。でもその両方だったのかもしれない。
ゾロは怪訝そうにおれを振り返った。
おれは喉を開いたまま、言うべき言葉を探す。やたらと澄んだ黄みがかった視線が、直線でおれに突き刺さる。
「あー、カップ、洗ってけよ」
「そんくらいナミが一緒に洗うだろ」
踵を返しかけたゾロが、また立ち止まった。少し振り返り、言う。
「そのほうがお前も後ろから攻め込めるからいいんじゃねぇのか」
なんの話、と言いかけて、飲み込んだ。思い当たり、耳の奥で水の音が蘇る。ナミさんが食器を洗う、薄い背中に浮き出た肩甲骨。
見たのだ。キッチンで、キスをするおれたちを。あのとき玄関から出ていったのはこいつだった。
なかなかだろ、と聞こえた気がした。
空耳だった気もする。おれが勝手に想像した声を再生しただけだった気もする。
しかしおれは立ち上がり、ゾロに向かって足を振り上げていた。とっさに腕ですねのあたりを受け止められたものの、不意に蹴られたゾロはどんと思いの外大きな音を立ててリビングの床に膝をついた。
「いてぇな」
ゾロがおれをにらみあげる。
おれは食いしばった歯の隙間から空気を漏らし、負けずとにらみ下ろす。
なんであれ、理由が欲しかったのだ。こいつを蹴り飛ばしてやりたいとずっと思っていた。その理由が。
「ちょっとぉ、なにやってんの」
ナミさんが目を丸め、リビングの入口に立っている。その腕には大きな薄い箱を抱えていた。
ゾロが立ち上がり、「寝る」と短く言った。そのままナミさんの横をするりと通り過ぎ、階段を登っていく足音が聞こえた。
「なに、喧嘩?」
「いや……べつに」
「やめてよね、あんたたち相性悪そうだけど」
ダイニングテーブルに埃のかぶったホットプレートの箱をおろし、ふうとナミさんは息をついた。
「おこのみやき? やきそば? なんでもいいけど、いろいろ作って」
子供のように胸を膨らませ、遊びを考えるみたいな表情でナミさんが言う。
うん、そうだな、何にしような、答えながら、心は別のところにある。別のところで、きしきしと音を立てている。
こんなにも猛烈にほしいと思ったのは初めてだった。
屈託なく笑うその心に、おれの、おれだけの場所をあけてほしいと思ったのは、彼女が初めてだったのだ。
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