OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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少しほどけた酔いが心地よい夕食後、濡れた手を拭きながらバスルームから出たところで彼に出くわした。
サンジくんも今まさにバスルームの扉に手をかけようとしていたところで、お互いがハッと立ち止まる。
「ああごめん」とすこしびっくりした顔のままサンジくんは言った。彼もトイレだろう。
「お先ー」と言って道を譲ろうとした私を、サンジくんがその肩で遮った。とん、と壁にもたれかかるようにして道を塞がれる。
は? と眉をひそめて顔を上げた途端、影が覆いかぶさるように唇が重なった。
私は少し眉根を寄せた表情のまま、ぽかんと間近にあるサンジくんの頬と、その向こうに見える壁を見つめた。
ぬちりと音がして舌と舌が触れたときようやく、キスをされている、と気付き、押しのけるように身体の間に腕を入れ、彼の胸を押した。びくともしない。
「ん、サンッ」
とっさに口を開いたら、ここぞとばかりに深く舌がもぐりこみ、おどろくほどなめらかに私のそれに絡みついて強く吸われた。う、と思わず声が漏れそうになるが、目だけを動かして廊下の先の扉を確認する。誰かが来そうな気配はない。
サンジくんが私の肩を掴み、壁に押し付けた。私たちの間に割り込ませた手はぺたりと彼の胸に張り付き、押そうとする力も入らないほど近く私を押しつぶすように彼の体ごとこちらに傾く。
一瞬唇が離れたとき、咄嗟に大きく息を吸った。でもすぐに角度を変えて重なる。やわらかく唇をはむようにしながら、舌が口内をもったりと行き来する。否応なく息が漏れた。
「ふ、んん、っ」
いつのまにか腰を抱かれ、片手で顔を包まれる。頬をすべるほのかな温かさについうっとりとして薄目を開けた。目を開けたことで、閉じていたことに気付いたのだけど。
ぼんやりとした視界の中でサンジくんと目があった。彼の頭の後ろにぶら下がったランプの、オレンジ色の灯りの周りを小さな羽虫が飛び回っている。
恥ずかしいくらい可愛い音を立てて唇が離れた。混ざった唾液が糸を引き、彼がひきちぎるように自身の唇を拭ってそれを取り去った。その仕草を、私はあい変わらずぽかんと見ていた。
私の顔を包む手のひらがゆっくりと下がりながら首筋を撫で、親指が鎖骨に触れたとき、今までのことをすべて理解したように突然肌が粟立った。
「あん、た」
かろうじてそれだけ言うと、サンジくんは自分の口を拭った手で私の唇をそっと拭い、あろうことか目を細めて笑った。
「かわいー、ナミさん」
サンジくんはふらりと揺れて私を通り過ぎると、そのままバスルームに入って扉を閉めた。
がちゃんと鍵をかける音が終わりの合図のようだった。
その音を皮切りに私は打たれたように歩き出し、何事もなかったかのように部屋に戻る。ベッドに潜り込むと、「もう寝るの?」と髪を乾かしていたロビンが珍しそうに尋ねる。布団越しにくぐもった声で「うん」と言った。
おやすみなさい、と彼女が私のベッドのそばの灯りを消してくれる。
「おやすみ……」
応えて、そっと唇に触れた。まだ湿っていた。
*
「いいにおいがするなぁ」とチョッパーが言ったとき、私はドリンクのストローを咥えたままロビンの読む本の背表紙を眺めてついうとうとしていたところだったので、半分夢の中で彼の言う「いいにおい」を探していた。
甘酸っぱいみかんジュース、青臭いみかん畑を通る風、ベルメールさんの透きとおったたばこの煙、火が通った甘辛いソース、サンジくんとすれ違ったときの、それらすべてが入り混じったにおい。
「ほんと、いいにおい……」
「え?」
ロビンに聞き返されて、はっと目が覚めた。彼女の顔を見上げると、聞こえていなかったようでわずかに首を傾げている。
男たちがやいやいと、チョッパーの言ういいにおいの元を探している。
目元をこすりながら深呼吸してみるが、いつもの潮臭い海の香りしかわからなかった。
「わかる? ナミ」
「まさか。ねぇチョッパー、どっちから?」
「あっち」
チョッパーの指差す方を海図からたどってみるが、海が広がるばかりだ。念の為双眼鏡を向けてみる。どこかの海賊船が船内BBQでもやっているのだろうか。しかしチョッパーが言うには花の匂いらしいし、と目を凝らすと見えた。
島だ。
海図に乗っていないということは、まだ測量もされていない、未知の島。ルフィが行きたがらないはずがない。案の定、ルフィは決まりきったように叫んだ。
「島があるのか!? 行こう!」
「行かないって。ログも指してないし」
「でも地図にのってねーんだろ? お前が地図に描けばいいじゃねぇか」
思わずきょとんとルフィを見つめ返した。
そうか、私が描けばいいのか。
いやいや、と思い直す。隣に腰掛けるロビンと目が合い、彼女がすべて理解したような顔でにこりと微笑む。慌てて口元を引き締めた。
「……ログが書き変わっちゃう」
「行き先地へのエターナルは持ってるじゃない」
「そうだけど」
ほら、いろいろ準備するんでしょう、とロビンに追い立てられて部屋に戻る。コンパクトで軽いリュックを掴み、測量室で筆箱や羊皮紙や計測器にコンパス、と手当たりしだいに放り込む。
ルフィたちの熱気が伝染ったみたいに、興奮していた。
船を島の入り江につけると、ざんと響いた碇の落ちる音が森の方へと吸い込まれていった。白い砂浜はしばらく誰にも踏み荒らされた様子はなく、森は茂っていたが明るくいくつか見知った果物の木が見えた。
明るくて過ごしやすそうな無人島だ。
といっても奇妙といえば奇妙なんだけど、と思いきり顔を反り返らせて島の真ん中にそそり立つ一本の大木を見上げた。
森は中心に行くほど山のように盛り上がっていたが、そのさらに中心にそびえ立った木は縮尺がちぐはぐに思えるほど大きく、なにより見たこともない白い花を無数に咲かせていた。
咲くというより、実っているという感じだ。風が吹くと花全体がぼってりとその頭を下に向けてゆさゆさと揺れ、時折花びらがふっとちぎれて舞い上がる。重たいのだろう、すぐに落ちてきた。
「……変な樹」
砂浜に降り立ってつい感想を漏らすと、いつの間にか後ろからついてきていたサンジくんが「バケモンみてーな花だな」と返事をした。
「あんた付いてくるの」
「うん、護衛。だめ? 邪魔?」
「だめって言ってもきかないでしょ」
へへっと笑ってサンジくんは私の隣に並んだ。荷物持つよ、と私のリュックをやわらかく取り上げる。
諦めて歩き出すとすぐにサンジくんは私の手を握った。いつものことなので「歩きにくい」と振り払う。ちぇー、というだけでちっとも堪えた様子がない。
しばらく歩いたところで砂浜がさっきよりも広く開けたので、ここを基準点とすることに決めて立ち止まった。
「今から測るから、あんたどっか行ってていいわよ」
「いい、ナミさんを見てる」
じっと彼を睨むように見据えると、にこにこと見つめ返されるので諦めて手を差し出す。私のリュックが返された。
折りたたみの三脚を立て、測量機を据え付け、測量を始めたらサンジくんのことなんて忘れた。
忘れた、忘れた、と何度も頭の中で繰り返しながら、数字をノートにぐりぐりと書きつけた。
「…ミさん、ナミさん」
肩を叩かれ、はっと顔を上げる。急に腕が重だるく感じられ、鈍く首筋が痛んだ。
「もう三時間も立ちっぱでやってるぜ、休憩したら」
彼の顔をぼんやりと見上げ、その手元に視線を落とす。お重のような箱の蓋を彼が取り去ると、きれいに並んだサンドウィッチと焼き菓子が現れた。いつのまに持ってきたのだろう。船に戻ったりしたのだろうか。
「喉乾いたろ」
水筒を差し出され、何も考えず受け取る。甘い水にライムを絞ったジュースが喉を通り、何も考えずにごくごくと飲み干す。ぬるいのに、美味しい。すごくのどが渇いていたことに気付いた。
ちょっと日陰に座ろうと肩を抱いて促され、よろよろと誘われるがまま木陰に向かう。シートの敷いてあるそこに腰掛けると、ようやくふっと肩の力が抜けた。
「すげぇ集中力。何度か声かけたけど、全然聞こえてねぇし」
「そうだったの、ごめん」
「いや、このままやり続けてぶっ倒れんじゃねぇかと思ってつい邪魔しちまった。小腹減らねぇ?」
二口程で食べ切れるサイズのサンドウィッチを差し出され、くわえる。サラミの塩気がじんと脳に染みた。
「おいしー」
「よかった、もっとあるよ。甘いのも」
「あんたずっと何してたの」
「おれァこの辺うろうろしたり、ちょっとバナナ収穫したり、船に戻って飲みもん持ってきたり、いろいろ」
「全然気が付かなかった」
「どう、捗った?」
「うん、次は標高の高いところに移動するわ」
「まだやるの? 日も暮れてきたし、明日にしたら」
「今何時?」
尋ねながらコンパスを取り出し、太陽の位置を確かめた。言われてみれば随分と低いところにある。「一六時半くらい」とサンジくんが答えた。
空はまだ明るいが、灯りのない無人島のことだから、急にとんと暗くなるだろう。
「少し高いところから見ておきたいから、登るだけ登るわ。測るのは明日にする」
「んじゃ、おれもご一緒に」
返事をせずに二個目のサンドウィッチをかじる。ぼんやりと水平線を見ながら口を動かした。サンジくんは私の隣に腰掛けてひとつサンドウィッチを食べたが、あとは煙草を吸っている。
暑くも寒くもない心地よい気温と、心地よい疲れが身体にまとわりついて力が緩む。
「あんた」
「ん?」
「この間のあれ、なによ」
「あれって」
「なんで突然キスなんてしてきたの」
サンジくんはしばらく黙り、「ああ」と思い出したように煙草を砂浜でもみ消した。
「もう一回する?」
「話聞いてた?」
はは、とサンジくんは笑って「嫌だった? ごめん」とまるで浅薄そうに謝った。ともするとカチンときそうなセリフだったのに、不思議と怒りは湧いてこない。代わりに呆れたため息がこぼれた。
すでに火の消えた煙草を何度も砂浜にこすりつけながら、サンジくんは間延びした声で「おれさー」と言った。
「ナミさんのことすげぇ好きなんだよ。好きだなーと思ってたら急に目の前に現れて、可愛かったから、つい」
「はあ」
「今も思ってるよ」
不意に指先が私の顎に触れ、唇の上に乗る。彼の指がすべると、ぱさついたパンの屑が私の唇から剥がれ落ちた。
「したいなーって。さすがにこの前みてぇなのは痴漢と一緒だから自分でもあんまりだと思ったけど」
でもまぁ、と言いながら彼の顔が徐々に近づく。
「ぶっとばされるかと思ったけど、そうじゃなかったから」
「……誰か来る」うつむこうとしたら急に指先に力がこもり、顎が持ち上げられる。
「来ないよ。わかるから大丈夫」
「サ、」
遮るように唇が重なる。
どうして私は、この間も、今も、避けて殴って叱りつけたっていいはずなのに、そうしないんだろう。
それどころか彼がそうしてほしいと思っているのに気付いて、薄く口を開けてしまう。
先日の性急さとは打って変わって何度か表面を確かめるみたいに押し付けあったあと、ゆったりと舌が入り込む。同時に片手を取られ、指先から手の甲、手首、腕から肘、二の腕までゆっくりと撫で上げられる。
ふぅ、と鼻から小さく息が漏れた。
舌を引っ込めて唇を離したサンジくんは、鼻先を私にくっつけたまま「かわいい、ナミさん」と言った。掴まれた二の腕に少し力がこもり、引き寄せられる。
「もう少ししていい?」
「やだ……」
ふっとサンジくんが鼻で笑った。間近で目が合う。
「でも気持ちいいだろ、ナミさんも」
慌てて視線を外し、「ちがう」と我ながら意味のないことを口走ってしまう。サンジくんは腕を掴むのと反対の手を私の首裏に回し、髪の生え際に手を差し込んで髪を梳いた。
「おれもすげぇ気持ちいい。キスしてるだけなのに」
そう言って今度は深くつながった。つ、と大きく互いの舌が鳴って、でもそんなことは構わないとでも言うように舌を絡め合う。
私の後頭部を手のひら全体でがっちりと掴まれていて頭は少しも動かすことができない。掴まれた腕を持ち上げられ、彼の肩に乗せられた。
そうしたいと思っていたように私は彼の肩を、背中側の服を掴む。
「ん、う」
より強く引き寄せられ、胸がくっつく。
ごくりと喉が鳴った。私のものなのか、彼のなのかわからなかった。少し離れた唇の隙間から息を吸う。すぐに塞がれ、代わりに唾液が混ざり合う。苦しくて、呼吸もままならず、ぎゅうと彼の服を掴むしかできなかった。
随分と長くキスをしていたように思う。時間の感覚などとうに失われていたし、早く暗くなってしまえとすら思っていた。
「は、ナミさ」
呼吸の隙間にサンジくんがささやく。首筋をすべる手のひらが頬にやってきて、こめかみをたどり、私の前髪をかきあげる。ひらけた額に唇が落ちた。
「触りたい。いい?」
「い……」
サンジくんの手のひらが、ぺたりと私の鎖骨と胸の間あたりに張り付いた。するりとそれが下に落ち、柔らかく胸に触れる。それだけのことに「あ」と声が漏れた。
しかしサンジくんはそれ以上何をするでもなく、不意にもう一度唇を重ね、強く唇を吸った。
ずっ、と音を出して離れると、「時間切れだ」と眉を下げて笑った。
私はさぞ間の抜けた顔をしてただろう。ともすると「へ」と言ってしまいそうな表情で彼を見上げる。やがて、遠くから「サーンジー! メシ! キャンプファイヤーすっぞー!」とルフィの声が聞こえ、すさまじく砂を蹴る足音も聞こえてきた。
ああ……と私は了解し、彼の肩に乗せていた腕を外す。
サンジくんは開いたままだった軽食の箱を手早く片付けると、立ち上がって私に手を差し出した。その手を掴んで私も立ち上がる。
一瞬視界が暗くなり、立ちくらんだ。薄暗い砂浜が見えなくなり、波の音だけが聞こえ、すぐ目の前に立つサンジくんの気配を強く感じた。
「い……」
「ん?」
暗くなった視界が徐々に見えるようになって、少し腰をかがめて顔を寄せたサンジくんがすぐ近くにいた。
煙草の香りを強く感じた。今までもそこにあったはずなのに、なぜか今になってより強く。
いかないで、と言おうとしていた。
近づいた彼の顔を掴んで、もう一度口づけてしまいたかった。
「なんでもない。片付けるわ」
「腹減った? ナミさん」
「さっきサンドウィッチ食べたしね」
他愛もない話をしながらサンジくんは私が測量機などを片付けるのを待ち、同時に歩き出す。向こうから駆けてきたルフィが私たちを見つけ、ぶんぶん手をふるのが見えた。
*
男たちが組み上げた流木や朽木の真ん中で、ぼうぼうと大きな火が燃えている。森の小動物たちは驚いて森の奥へ引っ込んだらしく、島についたときに聞こえてきたかすかな鳴き声や鳥の声は聞こえなくなっていた。盛り上がった酔っぱらいの声がいくつも重なり合って、はなから聞こえやしなかっただろうけど。
「おうナミ食ってるか!?」
「食ってる食ってる」
すでに焦点の合わない目をしたルフィがげらげらと笑い、串に刺した魚にかじりつきながら浜をうろうろしている。そのうちばたんと倒れて寝るだろう。
いつものことながら飲み比べのようなゲームが始まり、珍しく巻き込まれたサンジくんが調理台に肘をついてかろうじてのていで立っている。フランキーやロビンの踏み台にされるだけなのに、売り言葉に買い言葉で参加してしまったにちがいない。
言わんこっちゃない、という感じで、数分後にその長駆が棒のように倒れるのが見えた。
「今日は随分おとなしいのね」
素面のような顔でロビンが隣に腰を下ろした。サンジくんたちと一緒に飲み比べに参加していたはずなのに、ちっとも効いてる様子はない。
「思いのほか張り切っちゃったから、疲れたのかも」
「そう、順調?」
「ええ、でも明日だけじゃとてもやり切れないし、簡単なメモ程度に記録するだけにしておくわ」
「ルフィは『出航はナミの測量が終わったら』って言ってたわ。ゆっくり気の済むまでしたら?」
苦笑して、手元の酒に口をつける。ルフィの気持ちはうれしいけれど、測量したところで本に残すわけでもない。ただの趣味みたいなものなのに、航海士の私が航海を妨げるわけには行かなかった。
返事をしない私に、ロビンも特に何も言わず海の方を見ていた。
突然、ぼとりと目の前にネズミくらいの大きさの白い物体が落ちてきて、二人揃ってびくりと肩をはねさせた。同時に頭上を仰ぐように、あの樹を見上げる。
「び、びっくりした。花びらか」
「本当変わった樹ね」
「ロビンも知らない?」
「ええ、調べたらわかるかしら」
あげる、とロビンが持っていたグラスを私に差し出す。口をつけると、何かスピリッツの冷えた原液だった。
「あんたこんなの飲んでたの」
「サンジが飲まされてたのよ。かわいそうだから、こっそり交換したの。結局潰されちゃったけどね」
「弱いもんねー、あいつ」
「かわいいところがあっていいじゃない」
サンジくんが飲まされていたという酒を、私もひとくちずつ、しずく一滴程度を舌に乗せて溶かす。頬があたたまるのを感じた。
「こりゃあ酔うはずだわ」
「あなたも飲みすぎないで。疲れてるでしょう」
「こんな酒渡しておいてよく言うわ」
ロビンがふわふわと笑う。顔色の変わらない彼女だが、多少は酔っているのかもしれない。
目の前に落ちた花びらを眺めて「不気味だけど、きれいね」と言うと「そうね、白かと思ったら薄紫で」と返ってきた。
「こんなに目立つのに、どうして地図にないのかしら……」
花びらの輪郭が緩む。指先からグラスが滑り落ちそうになる。とん、と砂の上に置いた。
気づけばキャンプファイヤーの火は消えて、あたりは静まり返っていた。砂浜ではぽつぽつと黒い塊が、それはルフィだったりブルックだったりするのだけど、横たわっていた。車座になっていたフランキーたちもいつのまにかそのまま眠っている。
ゆっくりと背中を伸ばすとぽきりと鳴った。キャミソールの肩が冷えている。手のひらでさすりながら立ち上がり、あたりを見渡した。
船には明かりがついていないが、ロビンもいないし部屋に戻ったのかもしれない。私も戻ろう、と船に向かって歩き始めた。
波がチャプチャプと船の側面に当たる音が心地よく聞こえる。さっきまでうとうとしていたのに、妙に目が冴えていた。月が明るくて、白い浜はベージュのように染まっていた。細かい砂がサンダルの隙間から指の脚に潜り込むのが心地良い。
船のタラップを通り越し、船尾まで砂浜を歩く。月明かりが船の影を作っていた。それにすっぽりと身体が隠されるとなぜだか少し安心した。
ずっと、なにか悪いことをしているような気分が抜けていなかったことに気がつく。夕方のキスから、ずっとだ。
胸に触れた手のひらの感触を思い出す。冷えているはずの首筋が熱くなる。
あんなものじゃ足りなかったのだ。
「ナミさん」
呼びかけられて、はっと振り返った。タラップから降りたサンジくんがこちらに足早に歩み寄ってくる。
「どこ行くの、危ないよ」
「どこにも行かないわ、ちょっと歩いてただけ」
「さっきまで寝てたのに、いねぇからびびった」
サンジくんは腕にかけていた毛布を私の肩に羽織らせて、「んな格好で」と口うるさく言った。
羽織った毛布のはじをありがたく胸の前にかき寄せて、「寒くないけど」とうそぶく。サンジくんの表情は船の影になって見えない。
「あんたこそ、さっきまで潰れてたんじゃないの」
「目ェ覚めて、あたまいてーと思って水飲みに行こうとしたらナミさんも寝てたから、毛布とりに行って」
「ふうん」
「船に戻る?」
「うーん、うん」
ごまかすように足元に視線を落とし、足元の砂をかき混ぜる。サンジくんは釣られて下に視線を落とした。
波打ち際がそこまで来ている。
「散歩でもする?」
「……疲れてるから」
「でも寝ないんだ?」
「あんたこそ、頭痛いんじゃないの。船に戻ったら」
「ナミさんを置いて?」
サンジくんが笑うのが、今度ははっきりと分かった。心にもないことを、と見透かされたような気がした。
思い切ってじっとサンジくんの顔を見上げると、サンジくんもこちらを見下ろしていた。互いに暗すぎて、どんな顔をしているかわからなかったけれど、引き寄せられるように唇を重ねた。
はさんで、吸って、舌を差し込む。私に羽織らせた毛布の下から手を入れて、サンジくんの手のひらが私の腕と肩を撫でた。手の力が緩み、毛布はあっけなくかかとのあたりに落ちた。
夕方、あんなに長く長く舌を重ね合わせて、互いの感触を確かめたのに、どうしてまだこんなにも欲しいのだろう。
今までどうして欲しがらずにいられたのかわからないくらい、求めていた。
サンジくんの手がゆっくりと腰に回り、引き寄せられる。身体がくっつき、背中を直に撫でられる。薄いキャミソールはめくれあがり、冷たい背中に同じくらい冷えた手のひらが乗った。
「冷えてんじゃん」
「……あんたの手も、冷たい」
「料理人の手だからね」
でも、この間の突然のキスのときは熱かった。そう言おうか迷った隙にまた口を塞がれる。
片手はお尻の上を、もう片手は胸を柔らかく押し上げる。重なる口の隙間からわずかに息が漏れる。下着が外され、直に触られると紛れもない声がこぼれた。
ざん、と強い波が船の横腹に当たる音ではっとする。
「ま、って。ここで?」
「だってもう我慢できね。昼間からずっと、触りたくてしょうがなかった」
「でも」
「早く済ます、なんて言いたくねぇけど」
おもむろにサンジくんの指が、スカートの隙間から下着の中に入り込んで私の中心に直接触れた。「あっ」と小さく叫んで彼の肩に掴まる。
「濡れてる」
「やだ……」
「夕方から? キスしたときから待ってた?」
「知らな、あ」
「かわいい。かわいいのに、暗すぎてなんにも見えねぇ」
本当は少し目が慣れていた。お互いの顔くらいなら、その表情がわかるくらいには。サンジくんの指が下着を太もものあたりまでずり下げる。深く指が埋まり、こみ上げる声を彼の肩に口を押し付けてこらえた。
波の揺れる音の隙間から、サンジくんの指が立てる水の音が小さく混ざる。膝が笑い、ほとんどしなだれかかる私をサンジくんは身体の前面で受け止めてから指を引き抜いた。
はあ、と肩で息をしていたら急に抱き上げられて、スルスルと下着が落ちる。サンジくんは足で均すように毛布を広げると、その上に私ごと腰を下ろした。
「入れてい?」
「ん、でも」
「砂、痛かったら言って」
ちょ、と中途半端に飛び出た制止を聞かず、先が中心にあてがわれる。刺激と熱への期待で下半身がぐずぐずと崩れてしまいそうになり、なんとか彼の肩につかまった。
「ナミさんが腰落として」
「やだ、むり」
「むりじゃないって、ほら」
ひそひそとささやきあいながら、サンジくんは私のお尻を引き寄せる。つぷり、と埋まった。
「あ」
「もっと来て」
言われるがまま、膝立ちの状態で腰を沈めていくと徐々に繋がりが深くなる。ああ、と声を漏らす私の首筋に唇を当て、サンジくんも浅く息を吐いた。
「上手。ナミさん、気持ちい……」
「や、あんた、声でかいって」
「これくらい聞こえないよ。みんな寝てるし、波の音もある」
「でも、ああっ」
不意に突き上げられて声が飛び出す。咄嗟に手で抑える私を、サンジくんがじっと見ている。口を抑えたまま首を振るが、サンジくんは動くのをやめない。指の隙間から、もうどうしようもない音がこぼれていた。
擦れ合うたびにしびれににた何かが脊椎を駆け上がる。知らないうちに腰が揺れ、恥ずかしいのに自分でいい方を探してしまう。
ごめん早い、とサンジくんが漏れる息の隙間から言った。
「早く、しないと」
「くそ、もったいねぇのに」
突き上げが速くなり、噛み締めた口の隙間からきゅうと鳴き声のような音が漏れる。身体を突き抜ける快感に身を委ねるようにサンジくんの動きと同時に体が揺れ、脚に力が入らなくなって、強い震えが来る前触れのように視界もぼんやりと揺れた。
「ああ、だめ、いっ……」
いいよ、と言ってサンジくんが素早く私に口づけた。痺れとはかけ離れた強い電気が脚の先から頭まで走り抜け、気付いたらぐったりとサンジくんにもたれていた。
汗ばんだ身体が重なったまま、互いにはあはあと荒い呼吸を繰り返している。着たままの服がしっとりと濡れていた。
頬へのキスで促されて顔を上げると、何度も唇へ小さなキスが落とされる。ぼうっとしたままそれを受け入れて、じわじわと水が滲みるように私たちが混ざりあった現実を感じた。
「脚、大丈夫? 痛くない?」
「ん……平気」
「よいしょっと」
またがっていた私を持ち上げて、おしりからサンジくんのあぐらをかいた膝の上に座らされる。スカートを押し下げて、さっきまでつながっていたところを隠した。
「しちゃったなー」
サンジくんが私を横抱きにしたまま、ゆらゆら揺れてそういうので思わず少し吹き出した。
「こんなつもりじゃなかった?」
「いんや、こんなつもりだった」
ナミさんは? と訊かれ、どうかしら、と答える。
「ずるい」と言いながらもどこか嬉しそうに何度も軽いキスを落としてくるのを笑って避けるふりをした。
本当は、夕方のキスのときから、ずっと待ってたのだろうし多分待ってたこともばれていた。
「──船に戻る?」
「ううん、戻らない」
今度ははっきりと答えた。おれも戻りたくねぇなあ、とサンジくんが言う。ずっとこうしていたかった。
サンジくんの膝の中でけだるい身体を預けてゆらゆらして、潮が満ちて二人のつま先が濡れるまで。
サンジくんも今まさにバスルームの扉に手をかけようとしていたところで、お互いがハッと立ち止まる。
「ああごめん」とすこしびっくりした顔のままサンジくんは言った。彼もトイレだろう。
「お先ー」と言って道を譲ろうとした私を、サンジくんがその肩で遮った。とん、と壁にもたれかかるようにして道を塞がれる。
は? と眉をひそめて顔を上げた途端、影が覆いかぶさるように唇が重なった。
私は少し眉根を寄せた表情のまま、ぽかんと間近にあるサンジくんの頬と、その向こうに見える壁を見つめた。
ぬちりと音がして舌と舌が触れたときようやく、キスをされている、と気付き、押しのけるように身体の間に腕を入れ、彼の胸を押した。びくともしない。
「ん、サンッ」
とっさに口を開いたら、ここぞとばかりに深く舌がもぐりこみ、おどろくほどなめらかに私のそれに絡みついて強く吸われた。う、と思わず声が漏れそうになるが、目だけを動かして廊下の先の扉を確認する。誰かが来そうな気配はない。
サンジくんが私の肩を掴み、壁に押し付けた。私たちの間に割り込ませた手はぺたりと彼の胸に張り付き、押そうとする力も入らないほど近く私を押しつぶすように彼の体ごとこちらに傾く。
一瞬唇が離れたとき、咄嗟に大きく息を吸った。でもすぐに角度を変えて重なる。やわらかく唇をはむようにしながら、舌が口内をもったりと行き来する。否応なく息が漏れた。
「ふ、んん、っ」
いつのまにか腰を抱かれ、片手で顔を包まれる。頬をすべるほのかな温かさについうっとりとして薄目を開けた。目を開けたことで、閉じていたことに気付いたのだけど。
ぼんやりとした視界の中でサンジくんと目があった。彼の頭の後ろにぶら下がったランプの、オレンジ色の灯りの周りを小さな羽虫が飛び回っている。
恥ずかしいくらい可愛い音を立てて唇が離れた。混ざった唾液が糸を引き、彼がひきちぎるように自身の唇を拭ってそれを取り去った。その仕草を、私はあい変わらずぽかんと見ていた。
私の顔を包む手のひらがゆっくりと下がりながら首筋を撫で、親指が鎖骨に触れたとき、今までのことをすべて理解したように突然肌が粟立った。
「あん、た」
かろうじてそれだけ言うと、サンジくんは自分の口を拭った手で私の唇をそっと拭い、あろうことか目を細めて笑った。
「かわいー、ナミさん」
サンジくんはふらりと揺れて私を通り過ぎると、そのままバスルームに入って扉を閉めた。
がちゃんと鍵をかける音が終わりの合図のようだった。
その音を皮切りに私は打たれたように歩き出し、何事もなかったかのように部屋に戻る。ベッドに潜り込むと、「もう寝るの?」と髪を乾かしていたロビンが珍しそうに尋ねる。布団越しにくぐもった声で「うん」と言った。
おやすみなさい、と彼女が私のベッドのそばの灯りを消してくれる。
「おやすみ……」
応えて、そっと唇に触れた。まだ湿っていた。
*
「いいにおいがするなぁ」とチョッパーが言ったとき、私はドリンクのストローを咥えたままロビンの読む本の背表紙を眺めてついうとうとしていたところだったので、半分夢の中で彼の言う「いいにおい」を探していた。
甘酸っぱいみかんジュース、青臭いみかん畑を通る風、ベルメールさんの透きとおったたばこの煙、火が通った甘辛いソース、サンジくんとすれ違ったときの、それらすべてが入り混じったにおい。
「ほんと、いいにおい……」
「え?」
ロビンに聞き返されて、はっと目が覚めた。彼女の顔を見上げると、聞こえていなかったようでわずかに首を傾げている。
男たちがやいやいと、チョッパーの言ういいにおいの元を探している。
目元をこすりながら深呼吸してみるが、いつもの潮臭い海の香りしかわからなかった。
「わかる? ナミ」
「まさか。ねぇチョッパー、どっちから?」
「あっち」
チョッパーの指差す方を海図からたどってみるが、海が広がるばかりだ。念の為双眼鏡を向けてみる。どこかの海賊船が船内BBQでもやっているのだろうか。しかしチョッパーが言うには花の匂いらしいし、と目を凝らすと見えた。
島だ。
海図に乗っていないということは、まだ測量もされていない、未知の島。ルフィが行きたがらないはずがない。案の定、ルフィは決まりきったように叫んだ。
「島があるのか!? 行こう!」
「行かないって。ログも指してないし」
「でも地図にのってねーんだろ? お前が地図に描けばいいじゃねぇか」
思わずきょとんとルフィを見つめ返した。
そうか、私が描けばいいのか。
いやいや、と思い直す。隣に腰掛けるロビンと目が合い、彼女がすべて理解したような顔でにこりと微笑む。慌てて口元を引き締めた。
「……ログが書き変わっちゃう」
「行き先地へのエターナルは持ってるじゃない」
「そうだけど」
ほら、いろいろ準備するんでしょう、とロビンに追い立てられて部屋に戻る。コンパクトで軽いリュックを掴み、測量室で筆箱や羊皮紙や計測器にコンパス、と手当たりしだいに放り込む。
ルフィたちの熱気が伝染ったみたいに、興奮していた。
船を島の入り江につけると、ざんと響いた碇の落ちる音が森の方へと吸い込まれていった。白い砂浜はしばらく誰にも踏み荒らされた様子はなく、森は茂っていたが明るくいくつか見知った果物の木が見えた。
明るくて過ごしやすそうな無人島だ。
といっても奇妙といえば奇妙なんだけど、と思いきり顔を反り返らせて島の真ん中にそそり立つ一本の大木を見上げた。
森は中心に行くほど山のように盛り上がっていたが、そのさらに中心にそびえ立った木は縮尺がちぐはぐに思えるほど大きく、なにより見たこともない白い花を無数に咲かせていた。
咲くというより、実っているという感じだ。風が吹くと花全体がぼってりとその頭を下に向けてゆさゆさと揺れ、時折花びらがふっとちぎれて舞い上がる。重たいのだろう、すぐに落ちてきた。
「……変な樹」
砂浜に降り立ってつい感想を漏らすと、いつの間にか後ろからついてきていたサンジくんが「バケモンみてーな花だな」と返事をした。
「あんた付いてくるの」
「うん、護衛。だめ? 邪魔?」
「だめって言ってもきかないでしょ」
へへっと笑ってサンジくんは私の隣に並んだ。荷物持つよ、と私のリュックをやわらかく取り上げる。
諦めて歩き出すとすぐにサンジくんは私の手を握った。いつものことなので「歩きにくい」と振り払う。ちぇー、というだけでちっとも堪えた様子がない。
しばらく歩いたところで砂浜がさっきよりも広く開けたので、ここを基準点とすることに決めて立ち止まった。
「今から測るから、あんたどっか行ってていいわよ」
「いい、ナミさんを見てる」
じっと彼を睨むように見据えると、にこにこと見つめ返されるので諦めて手を差し出す。私のリュックが返された。
折りたたみの三脚を立て、測量機を据え付け、測量を始めたらサンジくんのことなんて忘れた。
忘れた、忘れた、と何度も頭の中で繰り返しながら、数字をノートにぐりぐりと書きつけた。
「…ミさん、ナミさん」
肩を叩かれ、はっと顔を上げる。急に腕が重だるく感じられ、鈍く首筋が痛んだ。
「もう三時間も立ちっぱでやってるぜ、休憩したら」
彼の顔をぼんやりと見上げ、その手元に視線を落とす。お重のような箱の蓋を彼が取り去ると、きれいに並んだサンドウィッチと焼き菓子が現れた。いつのまに持ってきたのだろう。船に戻ったりしたのだろうか。
「喉乾いたろ」
水筒を差し出され、何も考えず受け取る。甘い水にライムを絞ったジュースが喉を通り、何も考えずにごくごくと飲み干す。ぬるいのに、美味しい。すごくのどが渇いていたことに気付いた。
ちょっと日陰に座ろうと肩を抱いて促され、よろよろと誘われるがまま木陰に向かう。シートの敷いてあるそこに腰掛けると、ようやくふっと肩の力が抜けた。
「すげぇ集中力。何度か声かけたけど、全然聞こえてねぇし」
「そうだったの、ごめん」
「いや、このままやり続けてぶっ倒れんじゃねぇかと思ってつい邪魔しちまった。小腹減らねぇ?」
二口程で食べ切れるサイズのサンドウィッチを差し出され、くわえる。サラミの塩気がじんと脳に染みた。
「おいしー」
「よかった、もっとあるよ。甘いのも」
「あんたずっと何してたの」
「おれァこの辺うろうろしたり、ちょっとバナナ収穫したり、船に戻って飲みもん持ってきたり、いろいろ」
「全然気が付かなかった」
「どう、捗った?」
「うん、次は標高の高いところに移動するわ」
「まだやるの? 日も暮れてきたし、明日にしたら」
「今何時?」
尋ねながらコンパスを取り出し、太陽の位置を確かめた。言われてみれば随分と低いところにある。「一六時半くらい」とサンジくんが答えた。
空はまだ明るいが、灯りのない無人島のことだから、急にとんと暗くなるだろう。
「少し高いところから見ておきたいから、登るだけ登るわ。測るのは明日にする」
「んじゃ、おれもご一緒に」
返事をせずに二個目のサンドウィッチをかじる。ぼんやりと水平線を見ながら口を動かした。サンジくんは私の隣に腰掛けてひとつサンドウィッチを食べたが、あとは煙草を吸っている。
暑くも寒くもない心地よい気温と、心地よい疲れが身体にまとわりついて力が緩む。
「あんた」
「ん?」
「この間のあれ、なによ」
「あれって」
「なんで突然キスなんてしてきたの」
サンジくんはしばらく黙り、「ああ」と思い出したように煙草を砂浜でもみ消した。
「もう一回する?」
「話聞いてた?」
はは、とサンジくんは笑って「嫌だった? ごめん」とまるで浅薄そうに謝った。ともするとカチンときそうなセリフだったのに、不思議と怒りは湧いてこない。代わりに呆れたため息がこぼれた。
すでに火の消えた煙草を何度も砂浜にこすりつけながら、サンジくんは間延びした声で「おれさー」と言った。
「ナミさんのことすげぇ好きなんだよ。好きだなーと思ってたら急に目の前に現れて、可愛かったから、つい」
「はあ」
「今も思ってるよ」
不意に指先が私の顎に触れ、唇の上に乗る。彼の指がすべると、ぱさついたパンの屑が私の唇から剥がれ落ちた。
「したいなーって。さすがにこの前みてぇなのは痴漢と一緒だから自分でもあんまりだと思ったけど」
でもまぁ、と言いながら彼の顔が徐々に近づく。
「ぶっとばされるかと思ったけど、そうじゃなかったから」
「……誰か来る」うつむこうとしたら急に指先に力がこもり、顎が持ち上げられる。
「来ないよ。わかるから大丈夫」
「サ、」
遮るように唇が重なる。
どうして私は、この間も、今も、避けて殴って叱りつけたっていいはずなのに、そうしないんだろう。
それどころか彼がそうしてほしいと思っているのに気付いて、薄く口を開けてしまう。
先日の性急さとは打って変わって何度か表面を確かめるみたいに押し付けあったあと、ゆったりと舌が入り込む。同時に片手を取られ、指先から手の甲、手首、腕から肘、二の腕までゆっくりと撫で上げられる。
ふぅ、と鼻から小さく息が漏れた。
舌を引っ込めて唇を離したサンジくんは、鼻先を私にくっつけたまま「かわいい、ナミさん」と言った。掴まれた二の腕に少し力がこもり、引き寄せられる。
「もう少ししていい?」
「やだ……」
ふっとサンジくんが鼻で笑った。間近で目が合う。
「でも気持ちいいだろ、ナミさんも」
慌てて視線を外し、「ちがう」と我ながら意味のないことを口走ってしまう。サンジくんは腕を掴むのと反対の手を私の首裏に回し、髪の生え際に手を差し込んで髪を梳いた。
「おれもすげぇ気持ちいい。キスしてるだけなのに」
そう言って今度は深くつながった。つ、と大きく互いの舌が鳴って、でもそんなことは構わないとでも言うように舌を絡め合う。
私の後頭部を手のひら全体でがっちりと掴まれていて頭は少しも動かすことができない。掴まれた腕を持ち上げられ、彼の肩に乗せられた。
そうしたいと思っていたように私は彼の肩を、背中側の服を掴む。
「ん、う」
より強く引き寄せられ、胸がくっつく。
ごくりと喉が鳴った。私のものなのか、彼のなのかわからなかった。少し離れた唇の隙間から息を吸う。すぐに塞がれ、代わりに唾液が混ざり合う。苦しくて、呼吸もままならず、ぎゅうと彼の服を掴むしかできなかった。
随分と長くキスをしていたように思う。時間の感覚などとうに失われていたし、早く暗くなってしまえとすら思っていた。
「は、ナミさ」
呼吸の隙間にサンジくんがささやく。首筋をすべる手のひらが頬にやってきて、こめかみをたどり、私の前髪をかきあげる。ひらけた額に唇が落ちた。
「触りたい。いい?」
「い……」
サンジくんの手のひらが、ぺたりと私の鎖骨と胸の間あたりに張り付いた。するりとそれが下に落ち、柔らかく胸に触れる。それだけのことに「あ」と声が漏れた。
しかしサンジくんはそれ以上何をするでもなく、不意にもう一度唇を重ね、強く唇を吸った。
ずっ、と音を出して離れると、「時間切れだ」と眉を下げて笑った。
私はさぞ間の抜けた顔をしてただろう。ともすると「へ」と言ってしまいそうな表情で彼を見上げる。やがて、遠くから「サーンジー! メシ! キャンプファイヤーすっぞー!」とルフィの声が聞こえ、すさまじく砂を蹴る足音も聞こえてきた。
ああ……と私は了解し、彼の肩に乗せていた腕を外す。
サンジくんは開いたままだった軽食の箱を手早く片付けると、立ち上がって私に手を差し出した。その手を掴んで私も立ち上がる。
一瞬視界が暗くなり、立ちくらんだ。薄暗い砂浜が見えなくなり、波の音だけが聞こえ、すぐ目の前に立つサンジくんの気配を強く感じた。
「い……」
「ん?」
暗くなった視界が徐々に見えるようになって、少し腰をかがめて顔を寄せたサンジくんがすぐ近くにいた。
煙草の香りを強く感じた。今までもそこにあったはずなのに、なぜか今になってより強く。
いかないで、と言おうとしていた。
近づいた彼の顔を掴んで、もう一度口づけてしまいたかった。
「なんでもない。片付けるわ」
「腹減った? ナミさん」
「さっきサンドウィッチ食べたしね」
他愛もない話をしながらサンジくんは私が測量機などを片付けるのを待ち、同時に歩き出す。向こうから駆けてきたルフィが私たちを見つけ、ぶんぶん手をふるのが見えた。
*
男たちが組み上げた流木や朽木の真ん中で、ぼうぼうと大きな火が燃えている。森の小動物たちは驚いて森の奥へ引っ込んだらしく、島についたときに聞こえてきたかすかな鳴き声や鳥の声は聞こえなくなっていた。盛り上がった酔っぱらいの声がいくつも重なり合って、はなから聞こえやしなかっただろうけど。
「おうナミ食ってるか!?」
「食ってる食ってる」
すでに焦点の合わない目をしたルフィがげらげらと笑い、串に刺した魚にかじりつきながら浜をうろうろしている。そのうちばたんと倒れて寝るだろう。
いつものことながら飲み比べのようなゲームが始まり、珍しく巻き込まれたサンジくんが調理台に肘をついてかろうじてのていで立っている。フランキーやロビンの踏み台にされるだけなのに、売り言葉に買い言葉で参加してしまったにちがいない。
言わんこっちゃない、という感じで、数分後にその長駆が棒のように倒れるのが見えた。
「今日は随分おとなしいのね」
素面のような顔でロビンが隣に腰を下ろした。サンジくんたちと一緒に飲み比べに参加していたはずなのに、ちっとも効いてる様子はない。
「思いのほか張り切っちゃったから、疲れたのかも」
「そう、順調?」
「ええ、でも明日だけじゃとてもやり切れないし、簡単なメモ程度に記録するだけにしておくわ」
「ルフィは『出航はナミの測量が終わったら』って言ってたわ。ゆっくり気の済むまでしたら?」
苦笑して、手元の酒に口をつける。ルフィの気持ちはうれしいけれど、測量したところで本に残すわけでもない。ただの趣味みたいなものなのに、航海士の私が航海を妨げるわけには行かなかった。
返事をしない私に、ロビンも特に何も言わず海の方を見ていた。
突然、ぼとりと目の前にネズミくらいの大きさの白い物体が落ちてきて、二人揃ってびくりと肩をはねさせた。同時に頭上を仰ぐように、あの樹を見上げる。
「び、びっくりした。花びらか」
「本当変わった樹ね」
「ロビンも知らない?」
「ええ、調べたらわかるかしら」
あげる、とロビンが持っていたグラスを私に差し出す。口をつけると、何かスピリッツの冷えた原液だった。
「あんたこんなの飲んでたの」
「サンジが飲まされてたのよ。かわいそうだから、こっそり交換したの。結局潰されちゃったけどね」
「弱いもんねー、あいつ」
「かわいいところがあっていいじゃない」
サンジくんが飲まされていたという酒を、私もひとくちずつ、しずく一滴程度を舌に乗せて溶かす。頬があたたまるのを感じた。
「こりゃあ酔うはずだわ」
「あなたも飲みすぎないで。疲れてるでしょう」
「こんな酒渡しておいてよく言うわ」
ロビンがふわふわと笑う。顔色の変わらない彼女だが、多少は酔っているのかもしれない。
目の前に落ちた花びらを眺めて「不気味だけど、きれいね」と言うと「そうね、白かと思ったら薄紫で」と返ってきた。
「こんなに目立つのに、どうして地図にないのかしら……」
花びらの輪郭が緩む。指先からグラスが滑り落ちそうになる。とん、と砂の上に置いた。
気づけばキャンプファイヤーの火は消えて、あたりは静まり返っていた。砂浜ではぽつぽつと黒い塊が、それはルフィだったりブルックだったりするのだけど、横たわっていた。車座になっていたフランキーたちもいつのまにかそのまま眠っている。
ゆっくりと背中を伸ばすとぽきりと鳴った。キャミソールの肩が冷えている。手のひらでさすりながら立ち上がり、あたりを見渡した。
船には明かりがついていないが、ロビンもいないし部屋に戻ったのかもしれない。私も戻ろう、と船に向かって歩き始めた。
波がチャプチャプと船の側面に当たる音が心地よく聞こえる。さっきまでうとうとしていたのに、妙に目が冴えていた。月が明るくて、白い浜はベージュのように染まっていた。細かい砂がサンダルの隙間から指の脚に潜り込むのが心地良い。
船のタラップを通り越し、船尾まで砂浜を歩く。月明かりが船の影を作っていた。それにすっぽりと身体が隠されるとなぜだか少し安心した。
ずっと、なにか悪いことをしているような気分が抜けていなかったことに気がつく。夕方のキスから、ずっとだ。
胸に触れた手のひらの感触を思い出す。冷えているはずの首筋が熱くなる。
あんなものじゃ足りなかったのだ。
「ナミさん」
呼びかけられて、はっと振り返った。タラップから降りたサンジくんがこちらに足早に歩み寄ってくる。
「どこ行くの、危ないよ」
「どこにも行かないわ、ちょっと歩いてただけ」
「さっきまで寝てたのに、いねぇからびびった」
サンジくんは腕にかけていた毛布を私の肩に羽織らせて、「んな格好で」と口うるさく言った。
羽織った毛布のはじをありがたく胸の前にかき寄せて、「寒くないけど」とうそぶく。サンジくんの表情は船の影になって見えない。
「あんたこそ、さっきまで潰れてたんじゃないの」
「目ェ覚めて、あたまいてーと思って水飲みに行こうとしたらナミさんも寝てたから、毛布とりに行って」
「ふうん」
「船に戻る?」
「うーん、うん」
ごまかすように足元に視線を落とし、足元の砂をかき混ぜる。サンジくんは釣られて下に視線を落とした。
波打ち際がそこまで来ている。
「散歩でもする?」
「……疲れてるから」
「でも寝ないんだ?」
「あんたこそ、頭痛いんじゃないの。船に戻ったら」
「ナミさんを置いて?」
サンジくんが笑うのが、今度ははっきりと分かった。心にもないことを、と見透かされたような気がした。
思い切ってじっとサンジくんの顔を見上げると、サンジくんもこちらを見下ろしていた。互いに暗すぎて、どんな顔をしているかわからなかったけれど、引き寄せられるように唇を重ねた。
はさんで、吸って、舌を差し込む。私に羽織らせた毛布の下から手を入れて、サンジくんの手のひらが私の腕と肩を撫でた。手の力が緩み、毛布はあっけなくかかとのあたりに落ちた。
夕方、あんなに長く長く舌を重ね合わせて、互いの感触を確かめたのに、どうしてまだこんなにも欲しいのだろう。
今までどうして欲しがらずにいられたのかわからないくらい、求めていた。
サンジくんの手がゆっくりと腰に回り、引き寄せられる。身体がくっつき、背中を直に撫でられる。薄いキャミソールはめくれあがり、冷たい背中に同じくらい冷えた手のひらが乗った。
「冷えてんじゃん」
「……あんたの手も、冷たい」
「料理人の手だからね」
でも、この間の突然のキスのときは熱かった。そう言おうか迷った隙にまた口を塞がれる。
片手はお尻の上を、もう片手は胸を柔らかく押し上げる。重なる口の隙間からわずかに息が漏れる。下着が外され、直に触られると紛れもない声がこぼれた。
ざん、と強い波が船の横腹に当たる音ではっとする。
「ま、って。ここで?」
「だってもう我慢できね。昼間からずっと、触りたくてしょうがなかった」
「でも」
「早く済ます、なんて言いたくねぇけど」
おもむろにサンジくんの指が、スカートの隙間から下着の中に入り込んで私の中心に直接触れた。「あっ」と小さく叫んで彼の肩に掴まる。
「濡れてる」
「やだ……」
「夕方から? キスしたときから待ってた?」
「知らな、あ」
「かわいい。かわいいのに、暗すぎてなんにも見えねぇ」
本当は少し目が慣れていた。お互いの顔くらいなら、その表情がわかるくらいには。サンジくんの指が下着を太もものあたりまでずり下げる。深く指が埋まり、こみ上げる声を彼の肩に口を押し付けてこらえた。
波の揺れる音の隙間から、サンジくんの指が立てる水の音が小さく混ざる。膝が笑い、ほとんどしなだれかかる私をサンジくんは身体の前面で受け止めてから指を引き抜いた。
はあ、と肩で息をしていたら急に抱き上げられて、スルスルと下着が落ちる。サンジくんは足で均すように毛布を広げると、その上に私ごと腰を下ろした。
「入れてい?」
「ん、でも」
「砂、痛かったら言って」
ちょ、と中途半端に飛び出た制止を聞かず、先が中心にあてがわれる。刺激と熱への期待で下半身がぐずぐずと崩れてしまいそうになり、なんとか彼の肩につかまった。
「ナミさんが腰落として」
「やだ、むり」
「むりじゃないって、ほら」
ひそひそとささやきあいながら、サンジくんは私のお尻を引き寄せる。つぷり、と埋まった。
「あ」
「もっと来て」
言われるがまま、膝立ちの状態で腰を沈めていくと徐々に繋がりが深くなる。ああ、と声を漏らす私の首筋に唇を当て、サンジくんも浅く息を吐いた。
「上手。ナミさん、気持ちい……」
「や、あんた、声でかいって」
「これくらい聞こえないよ。みんな寝てるし、波の音もある」
「でも、ああっ」
不意に突き上げられて声が飛び出す。咄嗟に手で抑える私を、サンジくんがじっと見ている。口を抑えたまま首を振るが、サンジくんは動くのをやめない。指の隙間から、もうどうしようもない音がこぼれていた。
擦れ合うたびにしびれににた何かが脊椎を駆け上がる。知らないうちに腰が揺れ、恥ずかしいのに自分でいい方を探してしまう。
ごめん早い、とサンジくんが漏れる息の隙間から言った。
「早く、しないと」
「くそ、もったいねぇのに」
突き上げが速くなり、噛み締めた口の隙間からきゅうと鳴き声のような音が漏れる。身体を突き抜ける快感に身を委ねるようにサンジくんの動きと同時に体が揺れ、脚に力が入らなくなって、強い震えが来る前触れのように視界もぼんやりと揺れた。
「ああ、だめ、いっ……」
いいよ、と言ってサンジくんが素早く私に口づけた。痺れとはかけ離れた強い電気が脚の先から頭まで走り抜け、気付いたらぐったりとサンジくんにもたれていた。
汗ばんだ身体が重なったまま、互いにはあはあと荒い呼吸を繰り返している。着たままの服がしっとりと濡れていた。
頬へのキスで促されて顔を上げると、何度も唇へ小さなキスが落とされる。ぼうっとしたままそれを受け入れて、じわじわと水が滲みるように私たちが混ざりあった現実を感じた。
「脚、大丈夫? 痛くない?」
「ん……平気」
「よいしょっと」
またがっていた私を持ち上げて、おしりからサンジくんのあぐらをかいた膝の上に座らされる。スカートを押し下げて、さっきまでつながっていたところを隠した。
「しちゃったなー」
サンジくんが私を横抱きにしたまま、ゆらゆら揺れてそういうので思わず少し吹き出した。
「こんなつもりじゃなかった?」
「いんや、こんなつもりだった」
ナミさんは? と訊かれ、どうかしら、と答える。
「ずるい」と言いながらもどこか嬉しそうに何度も軽いキスを落としてくるのを笑って避けるふりをした。
本当は、夕方のキスのときから、ずっと待ってたのだろうし多分待ってたこともばれていた。
「──船に戻る?」
「ううん、戻らない」
今度ははっきりと答えた。おれも戻りたくねぇなあ、とサンジくんが言う。ずっとこうしていたかった。
サンジくんの膝の中でけだるい身体を預けてゆらゆらして、潮が満ちて二人のつま先が濡れるまで。
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白ひげ一家を愛して12416中心に。
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