OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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1 2 3 4 5 6 7 7.5(サナゾ注意) 8 9
10
朝8時前にメールが来た。おれの太客のうち一番若い彼女だった。
『今日仕事早く上がれそう。おすし食べない?』
同伴の予定もない俺は、手癖のように『やった、喜んで』と指先だけで返事を打つ。
送信ボタンを押す間際、何故か指が止まった。いまいましいゾロの声が不意に蘇った。
──必死こいて金ためて、
振り払うように軽く目をつむり、送信ボタンを押す。
おれはおれの仕事をしているだけだ。誰を不幸にしているわけでもない。
携帯を枕元に放り投げ、ふたたび布団に顔をうずめる。
だいたい毎日11時前後まで眠っているが、仕事前に連絡をしてくる客のメールで起こされることもしばしばだ。
いつもならさっさと返事をしてまた寝付くのだが、なぜか今日は二度寝することができず、腹立たしい気持ちで体を起こした。もちろん、連絡をくれた客にではなく、ままならない自分に腹が立っているだけだ。
階下に降りていくと、ナミさんが一人で廊下の床に掃除用ワイパーをかけていた。
おれを目に留め、「あれ、早いのね」と言う。
「おはよナミさん。今日もかわいいね」
「ありがと。さっきウソップが出てったとこよ。朝ごはん食べる?」
いつも昼まで寝ているので、朝ごはんという概念がなかった。腹は減っていなかったが、
「ナミさんは? もう食った?」
「ううん、これから。さっき冷凍食品が届いたんだけど、業者が保冷用の氷溶かしちゃったとかで箱がビショビショで。先に掃除したの」
「そりゃおつかれさん。一緒に食おっかな」
ナミさんはにっこり笑って、掃除道具を片付けに行った。
彼女が焼いてくれたトーストを、彼女の向かいの席で一緒にかじり、おれが入れたコーヒーを二人で飲んだ。
上の部屋で、誰かが歩いている気配がする。ゾロだろう。降りてきてくれるな、と呪うように思う。
「今日も仕事?」
ナミさんがカップに視線を落としたまま言う。
居心地悪く「ああ、うん」と素早く返事をし、「パンおいしーね、どこの?」と話を変えてみる。
「いつもと同じ。スーパーで一斤158円のやつだけど。今日はどこでご飯食べるの?」
「えー……すし、だったかな」
「また? 奢ってもらえるんでしょ、いいなー」
ってサンジくんはそれが仕事か、とどうでもいいことのようにナミさんは笑った。
まあね、とおれも曖昧に笑う。どうしてこんなにも後ろめたいのだろう。
「ロビンと言ってたの。きっとサンジくんは年上の人にモテてるよねーって。ちがう?」
「……はは、鋭いね」
「でしょ。それでね、サンジくんにハマっちゃう若い女は、絶対本気になってるわよ。疑似恋愛なんかで割り切れなくって、入れ込んじゃうの。サンジくん優しいから、現実との境界が曖昧になっちゃって」
今朝のメールの彼女が頭をよぎった。ナミさんはおれの顔をちらりと見上げ、返事がないのを図星と捉えたのか、得意げに「当たった?」と言った。
「ナミさん」
「ん?」
「どうしておれのこと、そんなにわかるんだ?」
ふと顔を上げた彼女は、不思議そうにおれの目を覗き込んで、「べつに。ロビンもそうやって言ってたし」と少し鼻白んだ表情で答えた。
「どうすればいいと思う」
「え? 何を」
「本気にさせちまったら、どうしたらいいと思う」
「どうって……どうしたのサンジくん」
いや、と彼女の視線を引き剥がすように目をそらし、残りのコーヒーを一気に煽った。
「なんでもない、ごちそーさん。やっぱもうちょっと寝るわ。昨日帰ってきたの3時だし」
ナミさんはきょとんとおれを見上げ、「そう」と言った。
逃げるようにリビングを出るおれの背中をナミさんの視線が追いかけている。気づいていながら、振り向きもせずドアを閉めた。
18時に駅へ着くと、客の彼女もちょうど駅ビルから出てくるところで鉢合わせた。その小さな姿を目に留め、スーツの襟を引っ張って正す。おれはおれの仕事をするだけだ。
おれの仕事は、彼女に一刻の幸せを与えること。
お待たせ、早いねと声をかける。振り向いた笑顔は極上だった。
ああ、おれじゃなかったらいいのに。咄嗟に思う。
だってこんなにもかわいいのだ。手放しでおれを思う気持ちが溢れている。でも、おれは一ミリもそれに答えてあげることはできない。
彼女がおれの腕に腕を絡めてくる。歩きだし、ちがう、と思考を振り払う。
答えてやってるじゃないか。こうして一緒に飯を食い、店でサービスし、楽しい時間を共有している。彼女はそれを望んで、こうしておれに会いに来ているのだから、これでいいのだ。
彼女との会話の断片が、せめぎ合う思考の隙間に流れ込んでくる。
「あのね、もうすぐ入店記念日でしょう? だから今日はその前祝い。ふたりで」
彼女がおれを連れてきたのは、いつもよく行くエスニック料理屋でも気軽なイタリアンでもない、カウンターの高級寿司店だった。
うれしい? うれしい? と子犬のような目で彼女が問いかける。
早く、早く驚かなければ。
すっげぇ、いいの? うまそうな店! 早く入ろう。楽しみだな、嬉しいよありがとう──
「ごめん、やっぱやめよう」
え、とおれの腕を引く彼女の手が止まる。
「無理しないで。金、早く返してきた方がいい」
さっと彼女の顔が赤らんだ。ああ、恥をかかせた。もっとうまい言い方があったはずなのに、矢も盾もたまらず言ってしまった。
おれとの待ち合わせの前に、駅ビルから出てきた彼女がどこに行っていたのか知っている。以前カバンから消費者金融の封筒が覗いているのを見てしまった。その無人ATMが駅ビルに入っている。
あの、でも、と懸命に言葉をつなごうとする彼女を見ていられなかったが、せめてもの誠意と思い、彼女に視線を合わせた。
「ごめんな。おれなんかに、今までいっぱい金使わせて。でも、そうまですることじゃねぇんだ」
楽しいラインを超えてしまう客を何度も見てきた。彼女のように消費者金融やカードローンを繰り返し、いつの間にかずぶずぶと返済の沼に沈んでしまうのは、この世界ではよくある話だ。
でも、おれのせいではない、と顔を背け続けるのはもういやだった。
「同伴も、毎回無理してくれなくていい。ときどき店に来てくれたらそれで」
「でも、それじゃ、私」
「一番にはなれないよ」
ぴりっと彼女の顔がひりついた。
「誰も、あの店ではおれの一番にはなれない」
どんなに金を落としたとしても。
ぱん、と高い音がした。
頬を張られたかと思ったが、彼女がカバンを落としただけだった。
君が一番だよ、と言い続けてきたのに。彼女の顔にはそう書いてあった。
じゃあ店の外で一番にして、私を本当の一番にしてと、そう言いたいこともよくわかった。
「ごめんな」
彼女は黙ってカバンを拾い、背を向けて駅の方へと歩いていった。
羞恥で言葉が出ないのも、なにか言ったら泣いてしまいそうなことも手にとるように伝わった。
「あーあ」
小さくなっていくその背中を見送って、誰にともなく呟いた。
暑いこの季節の18時はまだ明るく、空の色が少しずつ薄黒くなっていくのを見上げてもう一度「あーあ」と声に出した。
店に行くと、案の定カルネが「あれっ、お前同伴は」とすっ飛んできた。
「なしになった。悪い」
「悪いじゃねぇよ馬鹿野郎。あん? 何があった、なんかやらかしちゃねぇだろうな」
盛大にやらかしている。押し黙るおれの胸ぐらをつかんで引き寄せると、息がかかるくらい近くでカルネがすごんだ。
「お前今の店の状況わかってんだろ。まさかあの客、切っちまったんじゃねぇだろうな」
「わかんねぇ、切れるかも」
突き飛ばすように胸を押され、一歩後ろによろめいた。黙って胸元を整える。
カルネは怒りすぎて言葉が出てこないのか、ただフンスフンスと鼻を鳴らしておれを睨んでいた。
あの、もうすぐ開店で、と黒服が口を挟んできたので、これ幸いと奥に引っ込んでさっさと開店準備を始めた。
スタッフ待合の入り口でゾロとすれ違う。
おう、と目で応えて部屋に入ろうとしたら、「あの女か」とぶっきらぼうな声が飛んできた。
「あん?」
「こないだ来てた、お前の客の」
カルネとの話が聞こえていたらしい。「ああ」と答えると、ゾロは聞いたくせに興味がなさそうにふんと言うだけで、手にしたゴミ袋を掴み直した。
去っていくその後姿を見送っていると無性にぐちっぽい気分になり、「なぁ」と声をかけていた。
ゾロが振り返る。
「おれ、辞めようかな」
「勝手にしろ」
「向いてねーしなぁ」
「知るか」
「お前は。どうすんの、まだ続けんの」
「……金にはなる。仕事も覚えたし」
確かに、黒服の仕事は他のバイトに比べて賃金は高く、ゾロは頻繁にシフトに入っているようだった。仕事も要領を得たのか、近頃はグラスを割る音を聞いていない。
自分のやりたいことを中心に据えて、単純に稼ぐために働いているからだろうか。きつい仕事にも関わらず、ゾロは文句も言わず黒服の仕事をこなしている。なんなら店に馴染んで、重宝されている。
「いいよなぁお前。辞めたらどうすっかな、おれは」
また知るか、と言われるかと思ったが、ゾロはゴミ袋をつかんだまま目を細め、
「好きなことすりゃいいだろ」
当たり前のことを、とでも言いたげだった。
「好きなこと」
阿呆のようにおれは繰り返す。
ゾロはそれきり背を向けて、ゴミ置き場のある裏口へ、のっしのっしと歩いていった。
好きなこと。ゾロにとってそれは、なにやら自室でやっている彫刻だかなんだかの創作のことなんだろう。
おれの好きなことってなんだろう。
考えて、いの一番にナミさんの顔が浮かんだ。
馬鹿野郎、それはまた違うだろうがと自分の頬を叩いてから、そのアホさ加減に少し笑った。
その日はよく飲んだ。
おれの客は予定していた彼女以外来なかったが、他のホストのヘルプに入ったり、飛び込み客の相手をしたりしながらなんとか閉店まで客入りをつなぎ続け、店の明かりを落とす頃にはいつもどおり泥酔していた。
酔いに任せてふらふらとレジカウンターに近づき、中で目を血走らせて売上を計算するカルネに声をかけた。
「おれ、しばらく休むわ」
「はっ?」
「とりあえず明後日までのシフト終わったら、そうだな、二週間」
「おい、待て待て待て何勝手なこと言ってんだ」
「いいだろ、お前明後日より先のシフトまだ組めてねぇじゃん」
「馬鹿野郎、だからってお前が抜けたら売上どうすんだ」
「おれがいなくても大丈夫だって」
ぱんぱんと明るく肩をたたいてやったら、怒るのも忘れたのかカルネはぽかんと口を開けておれを見ていた。
「そんじゃおやすみ」
言葉を失うカルネを残して、送迎担当の黒服を捕まえた。「送ってくれ」とそいつの肩をつかんで、カルネになにか言われる前にさっさと裏口へ向かった。
車の中でがーがー寝て、「着いたっすよ」と起こされたら二時前だった。
今日は店で寝てしまわなかったぶん、帰りが早い。
玄関扉を開けると、案の定リビングには明かりがついていた。
「ただいまー」と言いながら部屋に入ると、ぎょっとした顔でナミさんが振り返った。
いつものソファの角でパソコンを腿に乗せて、めがねをかけている。
「びっくりした。早いのね」
「店で寝落ちなかったからね。あー疲れた」
ネクタイを引きちぎるように緩めながら、ナミさんの隣に腰を下ろす。
ナミさんは、おれをつま先から頭のてっぺんまで眺め回して不審げに目を細めた。
「おれ、明後日行ったらしばらく休みだわ」
「そうなの」
「うん」
「……おすし、どうだった」
「美味かったよ」
こーんな、と両手を目一杯広げてみる。
「ばかでかい木のカウンターの、目の前で握ってくれるやつ。ナミさんも行く? おれと」
わずかに、彼女の眉が動いた。
行かない、と静かな声が答える。
「なんで。行こうよ。寿司好きだろ」
「サンジくん酔ってる。ちょっとうざい」
「酔ってるのはいつもじゃん」
ナミさんの方ににじり寄るが、彼女は身動きせず神経質な猫のような目でおれをじっと見ている。
ソファにかかとを上げて膝を折り、上体をそこに預ける。ぐらんと傾きそうになるのをこらえながら、彼女を見つめ返す。
「ナミさんさあ」
「なに」
「なんでこんなとこに閉じこもってんの」
「……閉じこもってるわけじゃないわ」
「でもちっとも外に出ねぇじゃん。何が怖いの」
「なにも怖くない。っていうかあんたに関係ないでしょ」
「関係あるよ。おれがナミさんと出かけたいの」
「そんなのあんたの都合でしょ」
「そうだよ。でも仕方ねーじゃん、好きなんだから」
ナミさんは一ミリも表情を動かさなかった。
「好きだから、ナミさんのこと。この家以外で関わりたい」
「……そんなこと押し付けないで」
「じゃあどうすんの」
ナミさんは、怪訝そうに眉根を寄せた。
「なにが?」
「みんないなくなるよ、いつか」
初めて、彼女の頬がこわばった。
「欲しい物が勝手に集まってくるって、そんなわけねーじゃん。今だけだよ。この家の奴らだって、今は楽しくても、いつかは出ていく。それぞれ新しい家を見っけて、他のやつと暮らすんだ」
ナミさんは顔を背け、自分の足の甲を睨むように俯いた。
それを見て、おれは彼女を傷つけてやりたいのだと今になって気づく。
わざとひどい言葉を選んで、彼女がひび割れる顔を見たいのだ。
「そんなこと、わかってる」
「わかってるから、おれとやったんだ? おれがナミさんに夢中になるってわかって、そしたら出ていかないもんな。いつでも好きなときにやれる」
強く肩を押されてよろめいた。バランスを崩し、ソファにひじをつく。
濡れたように光る彼女の強い視線がおれを刺していた。
「もう出てって」
「他のやつともやってんの?」
具体的な顔が浮かんだが、名前を口にだすことができなかった。
ナミさんの目から、すっと色が落ちた。
「だったらなに?」
おれは体を起こし、正面から彼女と向かい合う。
ごめんごめんごめん嘘、うそうそうそ。嫌なこと言ってごめんなー大好きだよナミさん嫌いにならないで。
そう言って抱きしめて、なかったことにしたい衝動に駆られた。
でも、それこそ嘘だ。
口にして初めて、ずっと言いたかったのだと、自分の黒くて凝った汚い思いを知った。
答えないおれから視線を外さずナミさんは立ち上がり、キッチンへと歩いていくとコップに水を入れて戻ってきた。
無言でおれに水の入ったコップを突き出す。
おれがそれを受け取ると、彼女はソファの離れたところに座り直し、パソコンを手に取った。
「それ飲んでさっさと寝て」
もうおれのことなど忘れたように、パソコンの画面を開いてパチパチとキーボードを打ち始めた。
「ナミさん」
「もう寝て」
「ナミさん」
「うるさい」
「ナミさん、みんなが出てっても、おれは出ていかない」
タイピングの音は止まらない。
「君が望むなら」
ナミさんは振り返り、呆れたように口を開いた。
「私が望むとでも思ってんの?」
「いてほしい? それとも出てってほしい?」
「私、管理人よ。出てこうが残ろうが、勝手にすればいい」
「言っていいんだよ。いてほしいなら、そうやって」
「調子に乗らないで」
「欲しいなら欲しいって、言えば」
ナミさんはパソコンを振り落とすように立ち上がると、おれの持つコップを奪い取って投げつけるように中身をおれにぶちまけた。
彼女は肩で息をしている。
首から下に降りかかった水が、襟から胸元にぬるく染み込む。
「あんたなんか大嫌い」
ナミさんはそのままリビングを出ていった。
そのとき彼女が蹴ったコップが、ごろんと音を立ててフローリングを転がった。
ソファの濡れた部分は色が変わり、奇妙な形のシミを作っていたが、残されたおれは尻が縫い付けられたように立ち上がることができなかった。
昨日の夕方、客の彼女がおれのもとを去っていったときのように、こうなることはわかっていたのに、さも自分が傷つけられたかのように身体が重く、おれは濡れた身体のままソファに沈むように倒れた。
あーあという言葉も出てこなかった。
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朝8時前にメールが来た。おれの太客のうち一番若い彼女だった。
『今日仕事早く上がれそう。おすし食べない?』
同伴の予定もない俺は、手癖のように『やった、喜んで』と指先だけで返事を打つ。
送信ボタンを押す間際、何故か指が止まった。いまいましいゾロの声が不意に蘇った。
──必死こいて金ためて、
振り払うように軽く目をつむり、送信ボタンを押す。
おれはおれの仕事をしているだけだ。誰を不幸にしているわけでもない。
携帯を枕元に放り投げ、ふたたび布団に顔をうずめる。
だいたい毎日11時前後まで眠っているが、仕事前に連絡をしてくる客のメールで起こされることもしばしばだ。
いつもならさっさと返事をしてまた寝付くのだが、なぜか今日は二度寝することができず、腹立たしい気持ちで体を起こした。もちろん、連絡をくれた客にではなく、ままならない自分に腹が立っているだけだ。
階下に降りていくと、ナミさんが一人で廊下の床に掃除用ワイパーをかけていた。
おれを目に留め、「あれ、早いのね」と言う。
「おはよナミさん。今日もかわいいね」
「ありがと。さっきウソップが出てったとこよ。朝ごはん食べる?」
いつも昼まで寝ているので、朝ごはんという概念がなかった。腹は減っていなかったが、
「ナミさんは? もう食った?」
「ううん、これから。さっき冷凍食品が届いたんだけど、業者が保冷用の氷溶かしちゃったとかで箱がビショビショで。先に掃除したの」
「そりゃおつかれさん。一緒に食おっかな」
ナミさんはにっこり笑って、掃除道具を片付けに行った。
彼女が焼いてくれたトーストを、彼女の向かいの席で一緒にかじり、おれが入れたコーヒーを二人で飲んだ。
上の部屋で、誰かが歩いている気配がする。ゾロだろう。降りてきてくれるな、と呪うように思う。
「今日も仕事?」
ナミさんがカップに視線を落としたまま言う。
居心地悪く「ああ、うん」と素早く返事をし、「パンおいしーね、どこの?」と話を変えてみる。
「いつもと同じ。スーパーで一斤158円のやつだけど。今日はどこでご飯食べるの?」
「えー……すし、だったかな」
「また? 奢ってもらえるんでしょ、いいなー」
ってサンジくんはそれが仕事か、とどうでもいいことのようにナミさんは笑った。
まあね、とおれも曖昧に笑う。どうしてこんなにも後ろめたいのだろう。
「ロビンと言ってたの。きっとサンジくんは年上の人にモテてるよねーって。ちがう?」
「……はは、鋭いね」
「でしょ。それでね、サンジくんにハマっちゃう若い女は、絶対本気になってるわよ。疑似恋愛なんかで割り切れなくって、入れ込んじゃうの。サンジくん優しいから、現実との境界が曖昧になっちゃって」
今朝のメールの彼女が頭をよぎった。ナミさんはおれの顔をちらりと見上げ、返事がないのを図星と捉えたのか、得意げに「当たった?」と言った。
「ナミさん」
「ん?」
「どうしておれのこと、そんなにわかるんだ?」
ふと顔を上げた彼女は、不思議そうにおれの目を覗き込んで、「べつに。ロビンもそうやって言ってたし」と少し鼻白んだ表情で答えた。
「どうすればいいと思う」
「え? 何を」
「本気にさせちまったら、どうしたらいいと思う」
「どうって……どうしたのサンジくん」
いや、と彼女の視線を引き剥がすように目をそらし、残りのコーヒーを一気に煽った。
「なんでもない、ごちそーさん。やっぱもうちょっと寝るわ。昨日帰ってきたの3時だし」
ナミさんはきょとんとおれを見上げ、「そう」と言った。
逃げるようにリビングを出るおれの背中をナミさんの視線が追いかけている。気づいていながら、振り向きもせずドアを閉めた。
18時に駅へ着くと、客の彼女もちょうど駅ビルから出てくるところで鉢合わせた。その小さな姿を目に留め、スーツの襟を引っ張って正す。おれはおれの仕事をするだけだ。
おれの仕事は、彼女に一刻の幸せを与えること。
お待たせ、早いねと声をかける。振り向いた笑顔は極上だった。
ああ、おれじゃなかったらいいのに。咄嗟に思う。
だってこんなにもかわいいのだ。手放しでおれを思う気持ちが溢れている。でも、おれは一ミリもそれに答えてあげることはできない。
彼女がおれの腕に腕を絡めてくる。歩きだし、ちがう、と思考を振り払う。
答えてやってるじゃないか。こうして一緒に飯を食い、店でサービスし、楽しい時間を共有している。彼女はそれを望んで、こうしておれに会いに来ているのだから、これでいいのだ。
彼女との会話の断片が、せめぎ合う思考の隙間に流れ込んでくる。
「あのね、もうすぐ入店記念日でしょう? だから今日はその前祝い。ふたりで」
彼女がおれを連れてきたのは、いつもよく行くエスニック料理屋でも気軽なイタリアンでもない、カウンターの高級寿司店だった。
うれしい? うれしい? と子犬のような目で彼女が問いかける。
早く、早く驚かなければ。
すっげぇ、いいの? うまそうな店! 早く入ろう。楽しみだな、嬉しいよありがとう──
「ごめん、やっぱやめよう」
え、とおれの腕を引く彼女の手が止まる。
「無理しないで。金、早く返してきた方がいい」
さっと彼女の顔が赤らんだ。ああ、恥をかかせた。もっとうまい言い方があったはずなのに、矢も盾もたまらず言ってしまった。
おれとの待ち合わせの前に、駅ビルから出てきた彼女がどこに行っていたのか知っている。以前カバンから消費者金融の封筒が覗いているのを見てしまった。その無人ATMが駅ビルに入っている。
あの、でも、と懸命に言葉をつなごうとする彼女を見ていられなかったが、せめてもの誠意と思い、彼女に視線を合わせた。
「ごめんな。おれなんかに、今までいっぱい金使わせて。でも、そうまですることじゃねぇんだ」
楽しいラインを超えてしまう客を何度も見てきた。彼女のように消費者金融やカードローンを繰り返し、いつの間にかずぶずぶと返済の沼に沈んでしまうのは、この世界ではよくある話だ。
でも、おれのせいではない、と顔を背け続けるのはもういやだった。
「同伴も、毎回無理してくれなくていい。ときどき店に来てくれたらそれで」
「でも、それじゃ、私」
「一番にはなれないよ」
ぴりっと彼女の顔がひりついた。
「誰も、あの店ではおれの一番にはなれない」
どんなに金を落としたとしても。
ぱん、と高い音がした。
頬を張られたかと思ったが、彼女がカバンを落としただけだった。
君が一番だよ、と言い続けてきたのに。彼女の顔にはそう書いてあった。
じゃあ店の外で一番にして、私を本当の一番にしてと、そう言いたいこともよくわかった。
「ごめんな」
彼女は黙ってカバンを拾い、背を向けて駅の方へと歩いていった。
羞恥で言葉が出ないのも、なにか言ったら泣いてしまいそうなことも手にとるように伝わった。
「あーあ」
小さくなっていくその背中を見送って、誰にともなく呟いた。
暑いこの季節の18時はまだ明るく、空の色が少しずつ薄黒くなっていくのを見上げてもう一度「あーあ」と声に出した。
店に行くと、案の定カルネが「あれっ、お前同伴は」とすっ飛んできた。
「なしになった。悪い」
「悪いじゃねぇよ馬鹿野郎。あん? 何があった、なんかやらかしちゃねぇだろうな」
盛大にやらかしている。押し黙るおれの胸ぐらをつかんで引き寄せると、息がかかるくらい近くでカルネがすごんだ。
「お前今の店の状況わかってんだろ。まさかあの客、切っちまったんじゃねぇだろうな」
「わかんねぇ、切れるかも」
突き飛ばすように胸を押され、一歩後ろによろめいた。黙って胸元を整える。
カルネは怒りすぎて言葉が出てこないのか、ただフンスフンスと鼻を鳴らしておれを睨んでいた。
あの、もうすぐ開店で、と黒服が口を挟んできたので、これ幸いと奥に引っ込んでさっさと開店準備を始めた。
スタッフ待合の入り口でゾロとすれ違う。
おう、と目で応えて部屋に入ろうとしたら、「あの女か」とぶっきらぼうな声が飛んできた。
「あん?」
「こないだ来てた、お前の客の」
カルネとの話が聞こえていたらしい。「ああ」と答えると、ゾロは聞いたくせに興味がなさそうにふんと言うだけで、手にしたゴミ袋を掴み直した。
去っていくその後姿を見送っていると無性にぐちっぽい気分になり、「なぁ」と声をかけていた。
ゾロが振り返る。
「おれ、辞めようかな」
「勝手にしろ」
「向いてねーしなぁ」
「知るか」
「お前は。どうすんの、まだ続けんの」
「……金にはなる。仕事も覚えたし」
確かに、黒服の仕事は他のバイトに比べて賃金は高く、ゾロは頻繁にシフトに入っているようだった。仕事も要領を得たのか、近頃はグラスを割る音を聞いていない。
自分のやりたいことを中心に据えて、単純に稼ぐために働いているからだろうか。きつい仕事にも関わらず、ゾロは文句も言わず黒服の仕事をこなしている。なんなら店に馴染んで、重宝されている。
「いいよなぁお前。辞めたらどうすっかな、おれは」
また知るか、と言われるかと思ったが、ゾロはゴミ袋をつかんだまま目を細め、
「好きなことすりゃいいだろ」
当たり前のことを、とでも言いたげだった。
「好きなこと」
阿呆のようにおれは繰り返す。
ゾロはそれきり背を向けて、ゴミ置き場のある裏口へ、のっしのっしと歩いていった。
好きなこと。ゾロにとってそれは、なにやら自室でやっている彫刻だかなんだかの創作のことなんだろう。
おれの好きなことってなんだろう。
考えて、いの一番にナミさんの顔が浮かんだ。
馬鹿野郎、それはまた違うだろうがと自分の頬を叩いてから、そのアホさ加減に少し笑った。
その日はよく飲んだ。
おれの客は予定していた彼女以外来なかったが、他のホストのヘルプに入ったり、飛び込み客の相手をしたりしながらなんとか閉店まで客入りをつなぎ続け、店の明かりを落とす頃にはいつもどおり泥酔していた。
酔いに任せてふらふらとレジカウンターに近づき、中で目を血走らせて売上を計算するカルネに声をかけた。
「おれ、しばらく休むわ」
「はっ?」
「とりあえず明後日までのシフト終わったら、そうだな、二週間」
「おい、待て待て待て何勝手なこと言ってんだ」
「いいだろ、お前明後日より先のシフトまだ組めてねぇじゃん」
「馬鹿野郎、だからってお前が抜けたら売上どうすんだ」
「おれがいなくても大丈夫だって」
ぱんぱんと明るく肩をたたいてやったら、怒るのも忘れたのかカルネはぽかんと口を開けておれを見ていた。
「そんじゃおやすみ」
言葉を失うカルネを残して、送迎担当の黒服を捕まえた。「送ってくれ」とそいつの肩をつかんで、カルネになにか言われる前にさっさと裏口へ向かった。
車の中でがーがー寝て、「着いたっすよ」と起こされたら二時前だった。
今日は店で寝てしまわなかったぶん、帰りが早い。
玄関扉を開けると、案の定リビングには明かりがついていた。
「ただいまー」と言いながら部屋に入ると、ぎょっとした顔でナミさんが振り返った。
いつものソファの角でパソコンを腿に乗せて、めがねをかけている。
「びっくりした。早いのね」
「店で寝落ちなかったからね。あー疲れた」
ネクタイを引きちぎるように緩めながら、ナミさんの隣に腰を下ろす。
ナミさんは、おれをつま先から頭のてっぺんまで眺め回して不審げに目を細めた。
「おれ、明後日行ったらしばらく休みだわ」
「そうなの」
「うん」
「……おすし、どうだった」
「美味かったよ」
こーんな、と両手を目一杯広げてみる。
「ばかでかい木のカウンターの、目の前で握ってくれるやつ。ナミさんも行く? おれと」
わずかに、彼女の眉が動いた。
行かない、と静かな声が答える。
「なんで。行こうよ。寿司好きだろ」
「サンジくん酔ってる。ちょっとうざい」
「酔ってるのはいつもじゃん」
ナミさんの方ににじり寄るが、彼女は身動きせず神経質な猫のような目でおれをじっと見ている。
ソファにかかとを上げて膝を折り、上体をそこに預ける。ぐらんと傾きそうになるのをこらえながら、彼女を見つめ返す。
「ナミさんさあ」
「なに」
「なんでこんなとこに閉じこもってんの」
「……閉じこもってるわけじゃないわ」
「でもちっとも外に出ねぇじゃん。何が怖いの」
「なにも怖くない。っていうかあんたに関係ないでしょ」
「関係あるよ。おれがナミさんと出かけたいの」
「そんなのあんたの都合でしょ」
「そうだよ。でも仕方ねーじゃん、好きなんだから」
ナミさんは一ミリも表情を動かさなかった。
「好きだから、ナミさんのこと。この家以外で関わりたい」
「……そんなこと押し付けないで」
「じゃあどうすんの」
ナミさんは、怪訝そうに眉根を寄せた。
「なにが?」
「みんないなくなるよ、いつか」
初めて、彼女の頬がこわばった。
「欲しい物が勝手に集まってくるって、そんなわけねーじゃん。今だけだよ。この家の奴らだって、今は楽しくても、いつかは出ていく。それぞれ新しい家を見っけて、他のやつと暮らすんだ」
ナミさんは顔を背け、自分の足の甲を睨むように俯いた。
それを見て、おれは彼女を傷つけてやりたいのだと今になって気づく。
わざとひどい言葉を選んで、彼女がひび割れる顔を見たいのだ。
「そんなこと、わかってる」
「わかってるから、おれとやったんだ? おれがナミさんに夢中になるってわかって、そしたら出ていかないもんな。いつでも好きなときにやれる」
強く肩を押されてよろめいた。バランスを崩し、ソファにひじをつく。
濡れたように光る彼女の強い視線がおれを刺していた。
「もう出てって」
「他のやつともやってんの?」
具体的な顔が浮かんだが、名前を口にだすことができなかった。
ナミさんの目から、すっと色が落ちた。
「だったらなに?」
おれは体を起こし、正面から彼女と向かい合う。
ごめんごめんごめん嘘、うそうそうそ。嫌なこと言ってごめんなー大好きだよナミさん嫌いにならないで。
そう言って抱きしめて、なかったことにしたい衝動に駆られた。
でも、それこそ嘘だ。
口にして初めて、ずっと言いたかったのだと、自分の黒くて凝った汚い思いを知った。
答えないおれから視線を外さずナミさんは立ち上がり、キッチンへと歩いていくとコップに水を入れて戻ってきた。
無言でおれに水の入ったコップを突き出す。
おれがそれを受け取ると、彼女はソファの離れたところに座り直し、パソコンを手に取った。
「それ飲んでさっさと寝て」
もうおれのことなど忘れたように、パソコンの画面を開いてパチパチとキーボードを打ち始めた。
「ナミさん」
「もう寝て」
「ナミさん」
「うるさい」
「ナミさん、みんなが出てっても、おれは出ていかない」
タイピングの音は止まらない。
「君が望むなら」
ナミさんは振り返り、呆れたように口を開いた。
「私が望むとでも思ってんの?」
「いてほしい? それとも出てってほしい?」
「私、管理人よ。出てこうが残ろうが、勝手にすればいい」
「言っていいんだよ。いてほしいなら、そうやって」
「調子に乗らないで」
「欲しいなら欲しいって、言えば」
ナミさんはパソコンを振り落とすように立ち上がると、おれの持つコップを奪い取って投げつけるように中身をおれにぶちまけた。
彼女は肩で息をしている。
首から下に降りかかった水が、襟から胸元にぬるく染み込む。
「あんたなんか大嫌い」
ナミさんはそのままリビングを出ていった。
そのとき彼女が蹴ったコップが、ごろんと音を立ててフローリングを転がった。
ソファの濡れた部分は色が変わり、奇妙な形のシミを作っていたが、残されたおれは尻が縫い付けられたように立ち上がることができなかった。
昨日の夕方、客の彼女がおれのもとを去っていったときのように、こうなることはわかっていたのに、さも自分が傷つけられたかのように身体が重く、おれは濡れた身体のままソファに沈むように倒れた。
あーあという言葉も出てこなかった。
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