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これ、全部あなたが作ったの?
口をつきかけた馬鹿げた質問を飲み込んで、私は黙って顔を上げた。私と一緒に店の窓を覗き込んでいた男は、私の視線に気づき、目元だけで笑った。マスクをしているので、鼻から下は見えないのだ。
「見ていく?」
「でも」
店の入口に提げられた小さな看板に目をやる。
【パティスリー 完全予約制】
男は悪びれもせず「そうだな、ごめん。売ることはできない」と言ったが、私の返事も訊かずに店の扉を開けた。
「次の予約まで時間あるんだ。お茶でも飲まない? 試作品で良ければ、ガトーも少し」
アリスがうさぎの消えた穴を覗き込むとき、こんな気持ちだったのだろうか。
私は不思議な深い穴に落ちていくような心地で、勧められるがままに店の敷居を跨いでいた。
その店は、まるで誰にも見つかりたくないかのように、木苺の藪と連なる樫の木が生い茂った茂みの中に建っていた。薄く残った轍がなければ、まさかこの先に店があるなんて思いもしないだろう。
私がふらふらとそんな場所に迷い込んだのは、途方もなくいい香りが誘うように伸びてきたからだ。繁茂する草木と蔦をくぐりながら奥へと進むと、おもちゃのような小屋と、その店先を掃くコックコートの男性がいた。
私が彼に気付いたのと、彼が私に気付いたのは、ほとんど同時だったと思う。
私たちはしばらくの間、立ち尽くして見つめ合った。
どこかで遠い記憶が騒ぐようなざわめきを感じたが、それを掴むよりも早く、向こうが我に返ったようにはっと身体を動かした。
「あ、の」
「こんにちは」
マスクをした男は、すうと目を細めて笑った。
「道に迷った?」
「いえ……ここは」
「パティスリー。ケーキ屋だよ。うちに御用で?」
首を横に振ったとき、小屋の窓の向こうに光るショーケースが映り込んだ。目を奪われる。細かい宝石細工のような、いや、精巧な時計やオルゴールのような小さなかたまり。
あれはケーキだ。
「すごい……」
息を呑んで店の中を覗き込む私に付き合うように、彼は一緒に窓の中を覗き込んだ。
見たこともないケーキたち。食べ物だとは思えない。飴細工でも、こんなに精巧に作れるだろうか。
でも、なぜだろう。私はこれを知っている気がする。
彼に誘われるがままに店に足を踏み入れたのも、なにか私を引き寄せる懐かしさが、戸惑いを払い去ってしまったのかもしれなかった。
店の中は狭く、そのほとんどをケーキの並ぶショーケースが占めていた。ケースの上にも、5,6種類の焼き菓子が並んでいる。
お茶を淹れると言って奥へと入っていった彼の背に、「これ、全部予約されたものなの?」と尋ねた。
「そう。余分に作る時間も金もないから、受注生産なんだ」
色とりどりのケーキは、フルーツや飴細工やクリームで美しく装飾されており、形は様々だったが、どれもが薄い光の粉をまぶされたように輝いていた。
「お誘いしたはいいものの、椅子もテーブルもねぇや」
取手がついた四角い盆のようなものにポットとカップを載せて戻ってきた彼は、店の出入り口のそばにある出窓にそれを置き、私を手招いた。
熱い湯気の立つ紅茶が供され、私は受け取ってから状況の不自然さに気が付いた。
「いつも、こんなふうにお茶を出してるの?」
私は客ですらないのに。
彼は、「いや?」と自分でもわからないといったふうに首を傾げた。そして、子どもが不躾に人を眺め回すように、私をつま先から頭の先まで見渡した。
「なんでかな。君のことを、待ってた気がする」
「私?」
紅茶は深いスモークのような香りがした。知らない香りだった。
「ナンパ師みたいなこと言っちまった」
彼は気まずさをごまかすように、出窓に預けていた身体を起こした。
「ケーキはすき?」
「えぇ……そうね、すきかも」
「かも?」と彼は片眉を上げた。聞き咎めた、と言ってもいい表情で。
「たまに食べると美味しいと思うし、食べたくもなるんだけど、あんまり自分では買わないから」
「なんで?」
「……可愛すぎるからかな」
一枚のチョコレート、ひとすくいの生クリーム、一切れのスポンジ。それらで繊細に構成されて全身で可愛さを表現しているケーキという菓子は、なぜだか私には荷が重かった。
ふむ、と言うように彼は顎に手をやった。
「ちょうど、君にぴったりのプチガトーがある」
ちょっと待ってて、と言って彼は私の目の前を横切り、カウンターの奥へと消えた。その瞬間、彼の身体から紅茶よりもずっとスモーキーな香りがし、煙草を吸うのだろうかと漫然と考えた。
煙草?
そのとき、脳裏に誰かの指がよみがえった。長く、節くれだった指だ。火傷の痕か、ところどころしみのようにかさついていて、指の先に短い煙草を挟んでいた。
「おまたせ」
戻ってきた彼は、出窓に小さな皿を置いた。生まれたばかりの小鳥のようなサイズの菓子が載っている。
淡いクリーム色で、ムースだろうか。ショーケースの中のケーキのように、ほのかに光っていた。美しい六角形で高さは2センチほど。ケーキの上には何も載っていない。フルーツも、飴細工も、粉砂糖さえも。
「どうぞ」と言って、彼は私に細いフォークを差し出した。
「え、いいの」
「うん。売り物じゃないから」
特別にね。そう言う彼からフォークを受け取るとき、私たちは同時になにかにひっかかり、でもそれがなんだかわからないという顔で一瞬視線を交わした。
さっきから生じるこの違和感、ちがう、既視感だ。彼も感じていることを、私は確信した。
皿を支える彼の手から、ケーキを切り取る。柔らかく沈んだフォークが、底に当たるとさくっと軽い音がした。
「いただきます」
口を開いたとき、彼の目が、私の手元に注がれていることに気が付いた。じっと、息をひそめて私を見つめている。
なめらかなムースが溶け、中から濃いミルクのソースとホワイトチョコレートのガナッシュが混ざり合いながら広がり出てきた。
あ、おいしい。思わず笑みこぼれたそのとき、奥から駆け込んでくるようにオレンジの果汁がこぼれて香った。
涙が出た。ぽろんとビーズのように落ちて床に転がった。
とても大事だったはずなのに、どうして忘れていたのだろう。この味も香りも全部私のものだ、ここで私を待っていたのだ。きっと「彼」も。
彼は、表情を変えずに私の顔を見つめ、ほんの少しだけ目を細めた。長い前髪が隠さない、唯一見える方の目で。
私はフォークを皿に置き、彼の顔を見上げた。
「……誰?」
彼はケーキの皿を出窓に置くと、静かにマスクを外した。通った鼻筋、薄い唇、整えられた顎髭が現れる。
知らない。私は彼の顔を知らない。でも、知っている。絶対に、絶対に私の大切ななにかだった人。
彼は私の手を取った。冷たく乾いた手の感触が、一瞬で自分の手のひらに馴染んだ。水に水滴が落ちるようだった。
やっぱりおれは、君を待ってたんだ。
柔らかく手を引かれて行き着く先は彼の胸の中だった。私を抱きしめる腕の力にとてつもない安心を感じたけれど、それがどうしてかわからないことが悔しくて私はまた泣いた。
でも、会いたかったのだ。
草木の中にうずもれる小さな店の中で、私たちはお互いの身体がそこにあることを確かめるみたいに、ただ立って、抱き合っていた。
***
「サンジが完全予約制のパティスリーをやっていて、予約の履歴が書き込まれたショップカードをナミさんが持ってて、友達に「めっちゃ行ってるやん」って突っ込まれる」
という夢をみたので描きたいところだけを文字に起こしてみたところ、反映されたのは「サンジが完全予約制のパティスリーをやっている」というところだけでした。
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麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
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