OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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「薄いブロンドの……髪の長い人だったんだ」
ナミはこっくりと黙って頷いた。
彼女の頭の中に描かれていくひとりの女性像が、徐々に輪郭を持ち始める。
すらりと伸びた背と、薄桃色のワンピースがよく似合う綺麗な人。
自分のオレンジ色の髪を指先で弄んで、ぱらりと手を離した。
「最初は店のお客で、ジジイの上客んとこの御嬢さんだった。そのときは、知らなかったけど」
歳はサンジより7つ上、23歳だった。
「綺麗な人だとは思ったよ。でもオレはそん時まだガキだったから、だからどうとかもなくて」
一度目が合ったとき、彼女は薄らと微笑んだ。
細くなる目と上がった口元は息を呑むほどきれいだったけど、あまりにきれいすぎていっそ冷たく感じたのを覚えている。
思わず目を逸らして背を向けた。
『彼は?』
『料理長の御孫さんだ。若くして、副料理長候補らしい』
上客親子の会話が聞こえてくる。
サンジは空っぽの盆を強く握りしめた。
神経は親子の、彼女の声を拾おうと一心に背中へ集まっていた。
『……素敵な人ね』
『なんだ、気に入ったのか?だが彼はまだ子供だ』
『いくつ?』
『確か……15か、16か』
親子の会話はそれきり聞こえなくなった。
聞こうとしなかったからか、既にその場を立ち去ってしまったからかは覚えていない。
熱く滾った心臓だけがいつまでも音を立てていた。
*
ナミは熱いミルクをすすった。
サンジがナミの肩にかかる毛布をさらにナミの方へと引き伸ばす。
アクアリウムがコポコポと遠慮がちに音を立てた。
「寒い?」
「ぜんぜん」
むしろ暑い、とは言わなかった。
どうしてこんな話になったのか、もう忘れてしまった。
サンジが自分から昔の話をするとは思えないから自分から訊いたのかとも思ったが、今はもうとくに知りたいと思う気持ちは消えていた。
今日の波は穏やかで、風も凪いでいる。
見張り当番はチョッパーで、後の皆は間違いなくいびきを立てているような時間帯。
ロビンくらいはまだ本を読んでいるかもしれない。
アクアリウムバーで一人読書していたナミのもとに、サンジがミルクを持ってやってきたのが始まりだった。
──ナミさんもう遅いよ。
──目が冴えて寝らんないの。
──ホットミルク、作ったけど。
──ありがと。今まで片付けしてたの?
──うん、明日の準備とか。
──そう、お疲れさま。
──ね、ナミさんもう寝る?ちょっとだけ、話しようよ───
寒くないと言っているのに、サンジはかき寄せた毛布をきっちりとナミに巻き付けた。
ナミはカップを両手で包んだまま、扉側の水槽を大きな魚が横切るのを目で追っていた。
「それで?」
「……それで、ちょくちょく来るようになったんだ、その人は」
いつも彼女の父親と一緒だった。
サンジが運ぶのは料理だけで、ゼフに挨拶しろと頭をはたかれてようやく頭を下げて小さく口を開く程度だった。
「信じらんないわね」
「だろ、オレも」
へらっとサンジは頬を緩めたが、目からはすぐに笑みが消えた。
彼女は、あいさつを交わす程度のただの客だった。
来店のベルが鳴るたびに視線はそちらに向かい、料理を運ぶ手は固く、ろくに目を合わすこともできず、それでもいつかまた視線がぶつかる日を心待ちにしていた。
そしてある日、彼女は一人でやってきた。
海の上に、一人で、バラティエ行きの客船に乗って、サンジに会うために。
彼女の来店を心待ちにしていた胸は激しく震えた。
仕事があって彼女と会話を交わすのは料理を運ぶ時だけだとはしても、嬉しかった。
合間を縫って彼女の見送りに出た時、彼女は客船の上から手を振った。
しっかりとサンジの目を見て、初めて会った時のように微笑んで手を振った。
手を振りかえすことはできなかったけれど、目を逸らしはしなかった。
数日後、彼女が住む町に買い出しのため寄港した。
2日間買い出しに追われ、船の大掃除に駆り出され、3日目に自由行動の下船が許された。
今思えば、料理長はサンジのいく先を知っていたのかもしれない。
それは考えると身悶えするほど忌々しい上にこっぱずかしいが、あの頃の自分はしっかりとゼフの目をぬって出たつもりだった。
彼女は一日目の買い出しの途中、こっそりと交わした約束の場所にいた。
彼女に会ったら何を話そうどんなことを伝えようかと歩きながら考えたことは、小高い丘に立つ彼女の微笑みを見た瞬間すべて吹き飛んだ。
彼女は言葉に詰まるサンジの手を取って、街を歩いた。
会って話をするくらいしか考えのなかったサンジは、手を引かれるがまま歩いた。
辿りついた小さなログハウス。
父が昔仕事で使っていた小屋で、今はもう空き家になっているのだと彼女はイヤリングを外しながら言った。
入ってすぐ、ドアの前で立ち尽くすサンジを彼女は不思議そうに見つめた。
──なにしてるの?早く始めましょ。
何をと訊くことはなかった。
彼女の指先が手招くまま、その日初めて女を知った。
白い彼女の肌は陶器のようで生きている温度を感じることはなく、事を終えて彼女と別れた後も彼女について知ったことは何一つとしてなく、ただぼんやりと店に戻った。
翌週、バラティエでは彼女の婚約パーティーが開かれた。
彼女が住まうあの町の、彼女よりさらに7つ上の男との結婚がサンジの目の前で披露された。
彼女はいつもより豪華できらびやかなドレスを身にまとい、真っ白だった頬を少し染めて笑っていた。
厨房の小さな丸窓越しにその様子を眺めていたサンジは、一瞬彼女と視線がぶつかった。
彼女は照れたように微笑んだ。
今まで見た中で一番きれいな微笑みだった。
「遊ばれたって、わかってたんだ」
サンジは自嘲気味に笑いながら言った。
ナミは頷くこともできずに耳を傾けた。
「7つ上の、30の政治家のおっさんだ。誰かのモンになる前の最後の遊び程度だったと思うんだ」
「でも」
「うん、びびった」
悲しいというのとは少し違う。
呆気にとられて、遊ばれたと分かったのに、それでもまだ彼女をきれいだと思う自分が悔しくて、情けなかった。
無知と愚かさのせいで自分で自分の首を絞めた。
女は別の種類の生命体だ。
どうせないがしろにしたって女はしたたかだから、這い上がってこれる。
男は食いつぶされないよう、飄々としながら食ったり食われたりを繰り返す。
「ごめん、つまんねぇこと話した」
ナミは黙ってもう一度ミルクをすすった。
カップはほとんど空っぽに近かった。
サンジはすっくと立ち上がって、毛布に包まれたナミに手を差し伸べた。
「もうこんな時間だ、寝よう」
ナミはその手に引かれてふわりと立ち上がった。
サンジは軽く伸びをしながら出口へと歩いていく。
「サンジくん」
サンジは両腕を上げたまま振り返った。
「無知と無垢は違うわ」
ナミは肩にかかった毛布を抱き寄せて、ソファから立ち上がったその場でそう言った。
少しの間目を丸めたサンジは、すぐに困ったように笑った。
真剣みを帯びたナミの目に少し焦った。
「励ましてくれてんの?ありが」
「違う」
するんとその場に毛布を落として、ナミはサンジに詰め寄った。
呆気にとられて目を離せずにいると、目の前で立ち止まったナミはじっと強い瞳をサンジにぶつけた。
「あんたの騎士道は、嘘じゃないでしょ」
ぺたっと、ナミのサンダルが平らな音を立てた。
おやすみと呟きながら木の扉を押し開けて、ぺたぺたぺた、足音を鳴らしながらナミは遠ざかっていく。
サンジは伸びをしていた腕を中途半端に下げたまま、その後ろ姿を目で追った。
「……怒らせた?」
ひとりそう呟くも、先程のナミの顔は真面目くさっていて、怒っているというより諭そうとしているようだった。
もし本当に怒っているのだとするなら、その理由が嫉妬だったらいいのにと身勝手なことを考えた。
ほんと、嫉妬ならいいのに。
サンジは胸のポケットから煙草を取り出した。
マッチをこすり合わせると薄暗いバーに小さな赤が灯る。
煙草をくわえたまま、さっきのソファへと戻った。
ナミが落とした毛布を拾い几帳面に畳み、それを置いた隣に腰かけた。
深く、深く、煙を吸い込む。
ひどいことを言った。
でもひどい自分も知ってほしかった。
こんな話をしたのは、ずっと知ってほしいと思っていたからかもしれない。
ピンチの時に現れて、下衆い敵を完膚なきまでに叩きのめし姫を救うナイトはいつでもナイトのままではいられない。
救った姫と結ばれるのは騎士ではなく、王子だ。
救ってくれた騎士を忘れて王子の元へ行ける姫のしたたかさを、どこか冷ややかな目で見つめながら、諦めていた。
でも、
「嘘じゃない、だって」
小さく笑いながら煙を吐き出すと、白い輪がぱふぱふと現れた。
彼女におれの下らない騎士道はどう見えていたんだろう。
本当は彼女を大事にし切れない自分が怖いだけなのに。
ナミさんはそれをわかっている。
やっぱ強ェわ、と唇だけ動かした。
愛してやまないおれの彼女は最強だ。
最初で最後たった一人のひとを全身全霊で守り抜くと、そうしたいとおれに思わせて、彼女は一人したたかに生きていく。
慌ててあとをついていくおれを、どうか笑って赦して。
(2015/02/21 改稿)
ナミはこっくりと黙って頷いた。
彼女の頭の中に描かれていくひとりの女性像が、徐々に輪郭を持ち始める。
すらりと伸びた背と、薄桃色のワンピースがよく似合う綺麗な人。
自分のオレンジ色の髪を指先で弄んで、ぱらりと手を離した。
「最初は店のお客で、ジジイの上客んとこの御嬢さんだった。そのときは、知らなかったけど」
歳はサンジより7つ上、23歳だった。
「綺麗な人だとは思ったよ。でもオレはそん時まだガキだったから、だからどうとかもなくて」
一度目が合ったとき、彼女は薄らと微笑んだ。
細くなる目と上がった口元は息を呑むほどきれいだったけど、あまりにきれいすぎていっそ冷たく感じたのを覚えている。
思わず目を逸らして背を向けた。
『彼は?』
『料理長の御孫さんだ。若くして、副料理長候補らしい』
上客親子の会話が聞こえてくる。
サンジは空っぽの盆を強く握りしめた。
神経は親子の、彼女の声を拾おうと一心に背中へ集まっていた。
『……素敵な人ね』
『なんだ、気に入ったのか?だが彼はまだ子供だ』
『いくつ?』
『確か……15か、16か』
親子の会話はそれきり聞こえなくなった。
聞こうとしなかったからか、既にその場を立ち去ってしまったからかは覚えていない。
熱く滾った心臓だけがいつまでも音を立てていた。
*
ナミは熱いミルクをすすった。
サンジがナミの肩にかかる毛布をさらにナミの方へと引き伸ばす。
アクアリウムがコポコポと遠慮がちに音を立てた。
「寒い?」
「ぜんぜん」
むしろ暑い、とは言わなかった。
どうしてこんな話になったのか、もう忘れてしまった。
サンジが自分から昔の話をするとは思えないから自分から訊いたのかとも思ったが、今はもうとくに知りたいと思う気持ちは消えていた。
今日の波は穏やかで、風も凪いでいる。
見張り当番はチョッパーで、後の皆は間違いなくいびきを立てているような時間帯。
ロビンくらいはまだ本を読んでいるかもしれない。
アクアリウムバーで一人読書していたナミのもとに、サンジがミルクを持ってやってきたのが始まりだった。
──ナミさんもう遅いよ。
──目が冴えて寝らんないの。
──ホットミルク、作ったけど。
──ありがと。今まで片付けしてたの?
──うん、明日の準備とか。
──そう、お疲れさま。
──ね、ナミさんもう寝る?ちょっとだけ、話しようよ───
寒くないと言っているのに、サンジはかき寄せた毛布をきっちりとナミに巻き付けた。
ナミはカップを両手で包んだまま、扉側の水槽を大きな魚が横切るのを目で追っていた。
「それで?」
「……それで、ちょくちょく来るようになったんだ、その人は」
いつも彼女の父親と一緒だった。
サンジが運ぶのは料理だけで、ゼフに挨拶しろと頭をはたかれてようやく頭を下げて小さく口を開く程度だった。
「信じらんないわね」
「だろ、オレも」
へらっとサンジは頬を緩めたが、目からはすぐに笑みが消えた。
彼女は、あいさつを交わす程度のただの客だった。
来店のベルが鳴るたびに視線はそちらに向かい、料理を運ぶ手は固く、ろくに目を合わすこともできず、それでもいつかまた視線がぶつかる日を心待ちにしていた。
そしてある日、彼女は一人でやってきた。
海の上に、一人で、バラティエ行きの客船に乗って、サンジに会うために。
彼女の来店を心待ちにしていた胸は激しく震えた。
仕事があって彼女と会話を交わすのは料理を運ぶ時だけだとはしても、嬉しかった。
合間を縫って彼女の見送りに出た時、彼女は客船の上から手を振った。
しっかりとサンジの目を見て、初めて会った時のように微笑んで手を振った。
手を振りかえすことはできなかったけれど、目を逸らしはしなかった。
数日後、彼女が住む町に買い出しのため寄港した。
2日間買い出しに追われ、船の大掃除に駆り出され、3日目に自由行動の下船が許された。
今思えば、料理長はサンジのいく先を知っていたのかもしれない。
それは考えると身悶えするほど忌々しい上にこっぱずかしいが、あの頃の自分はしっかりとゼフの目をぬって出たつもりだった。
彼女は一日目の買い出しの途中、こっそりと交わした約束の場所にいた。
彼女に会ったら何を話そうどんなことを伝えようかと歩きながら考えたことは、小高い丘に立つ彼女の微笑みを見た瞬間すべて吹き飛んだ。
彼女は言葉に詰まるサンジの手を取って、街を歩いた。
会って話をするくらいしか考えのなかったサンジは、手を引かれるがまま歩いた。
辿りついた小さなログハウス。
父が昔仕事で使っていた小屋で、今はもう空き家になっているのだと彼女はイヤリングを外しながら言った。
入ってすぐ、ドアの前で立ち尽くすサンジを彼女は不思議そうに見つめた。
──なにしてるの?早く始めましょ。
何をと訊くことはなかった。
彼女の指先が手招くまま、その日初めて女を知った。
白い彼女の肌は陶器のようで生きている温度を感じることはなく、事を終えて彼女と別れた後も彼女について知ったことは何一つとしてなく、ただぼんやりと店に戻った。
翌週、バラティエでは彼女の婚約パーティーが開かれた。
彼女が住まうあの町の、彼女よりさらに7つ上の男との結婚がサンジの目の前で披露された。
彼女はいつもより豪華できらびやかなドレスを身にまとい、真っ白だった頬を少し染めて笑っていた。
厨房の小さな丸窓越しにその様子を眺めていたサンジは、一瞬彼女と視線がぶつかった。
彼女は照れたように微笑んだ。
今まで見た中で一番きれいな微笑みだった。
「遊ばれたって、わかってたんだ」
サンジは自嘲気味に笑いながら言った。
ナミは頷くこともできずに耳を傾けた。
「7つ上の、30の政治家のおっさんだ。誰かのモンになる前の最後の遊び程度だったと思うんだ」
「でも」
「うん、びびった」
悲しいというのとは少し違う。
呆気にとられて、遊ばれたと分かったのに、それでもまだ彼女をきれいだと思う自分が悔しくて、情けなかった。
無知と愚かさのせいで自分で自分の首を絞めた。
女は別の種類の生命体だ。
どうせないがしろにしたって女はしたたかだから、這い上がってこれる。
男は食いつぶされないよう、飄々としながら食ったり食われたりを繰り返す。
「ごめん、つまんねぇこと話した」
ナミは黙ってもう一度ミルクをすすった。
カップはほとんど空っぽに近かった。
サンジはすっくと立ち上がって、毛布に包まれたナミに手を差し伸べた。
「もうこんな時間だ、寝よう」
ナミはその手に引かれてふわりと立ち上がった。
サンジは軽く伸びをしながら出口へと歩いていく。
「サンジくん」
サンジは両腕を上げたまま振り返った。
「無知と無垢は違うわ」
ナミは肩にかかった毛布を抱き寄せて、ソファから立ち上がったその場でそう言った。
少しの間目を丸めたサンジは、すぐに困ったように笑った。
真剣みを帯びたナミの目に少し焦った。
「励ましてくれてんの?ありが」
「違う」
するんとその場に毛布を落として、ナミはサンジに詰め寄った。
呆気にとられて目を離せずにいると、目の前で立ち止まったナミはじっと強い瞳をサンジにぶつけた。
「あんたの騎士道は、嘘じゃないでしょ」
ぺたっと、ナミのサンダルが平らな音を立てた。
おやすみと呟きながら木の扉を押し開けて、ぺたぺたぺた、足音を鳴らしながらナミは遠ざかっていく。
サンジは伸びをしていた腕を中途半端に下げたまま、その後ろ姿を目で追った。
「……怒らせた?」
ひとりそう呟くも、先程のナミの顔は真面目くさっていて、怒っているというより諭そうとしているようだった。
もし本当に怒っているのだとするなら、その理由が嫉妬だったらいいのにと身勝手なことを考えた。
ほんと、嫉妬ならいいのに。
サンジは胸のポケットから煙草を取り出した。
マッチをこすり合わせると薄暗いバーに小さな赤が灯る。
煙草をくわえたまま、さっきのソファへと戻った。
ナミが落とした毛布を拾い几帳面に畳み、それを置いた隣に腰かけた。
深く、深く、煙を吸い込む。
ひどいことを言った。
でもひどい自分も知ってほしかった。
こんな話をしたのは、ずっと知ってほしいと思っていたからかもしれない。
ピンチの時に現れて、下衆い敵を完膚なきまでに叩きのめし姫を救うナイトはいつでもナイトのままではいられない。
救った姫と結ばれるのは騎士ではなく、王子だ。
救ってくれた騎士を忘れて王子の元へ行ける姫のしたたかさを、どこか冷ややかな目で見つめながら、諦めていた。
でも、
「嘘じゃない、だって」
小さく笑いながら煙を吐き出すと、白い輪がぱふぱふと現れた。
彼女におれの下らない騎士道はどう見えていたんだろう。
本当は彼女を大事にし切れない自分が怖いだけなのに。
ナミさんはそれをわかっている。
やっぱ強ェわ、と唇だけ動かした。
愛してやまないおれの彼女は最強だ。
最初で最後たった一人のひとを全身全霊で守り抜くと、そうしたいとおれに思わせて、彼女は一人したたかに生きていく。
慌ててあとをついていくおれを、どうか笑って赦して。
(2015/02/21 改稿)
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長が目を細めてほほ笑んだサマに、アンの背筋に戦慄が走った。
「貴女様をここまでお連れして我らの儀式を始めるまで──邪魔が入るわけにはいきませんでしょう。
…寝酒にでもと、昨晩船長殿に渡した酒を覚えておいででしょうか」
寝酒…?
アンは記憶を巻き戻し、昨日の夜のことを思い浮かべた。
数人の島民が抱えた大きな酒樽。
それを船に積み込むクルーのすがた。
にやりと嬉しそうに笑った白ひげの顔。
まさかと、口にするのもおぞましかった。
真っ黒な憎悪が全身を駆け巡り、瞼の裏が真っ赤に染まる。
ジワッと、アンの手から流れる血の川に水量が増した。
力の入るすべての部位に満身の力を込めて、痛みを分散させ、張り付いた手のひらを力の限り上へと引っ張り上げた。
「…くぅ…っ…!」
ボタボタボタボタ、悲惨な戦いを思わせるほどの血が真っ白な台座に落ちて広がり湖面を造る。
しかし長がその様に目もくれないように、アンもそんなことはどうでもよかった。
──オヤジッ…!
薬を盛られた酒に誰が気付くだろうか。
今まさにアンがその薬に冒されている状況を誰も知らないというのに、誰がただの寄港地で手に入った酒をわざわざ疑うだろうか。
白ひげの健康診断が終わった。
白ひげまだ日も高いうちから酒を手放さないが、健康診断の日は昼間からの酒はナースによって取り上げられている。
だからこそ、きっと今日の晩酌を楽しみにしているはずだ。
そう考えると奥歯がぎりりと軋んだ。
もう日が沈む。
モビーでは夕食時だ。
オヤジが酒を飲んでしまう。
世界最強の男に効くはずがないと楽観視できる体でないのは、家族である誰もがわかっていた。
ただの痺れ薬でも、他の薬を処方されている身体に入れてどうなるかなど考えたくない。
焦燥がアンの身体を焦がした。
怒りは手の傷よりも熱い。
身動きの取れない腹立たしさで胸が爆発しそうだった。
息苦しい。
どす黒い感情で視界が歪むのはとても久しぶりだった。
そして歪んだ視界の向こう側で、一番大きな木が倒れてきた。
*
「誰でもいいから隊長呼んで来い。見たまんま伝えろい」
「…は、い」
「早く行け!!」
弾けるように踵を返した隊員の足元で土がはねた。
長の目配せによって数人の島民があとを追っていったが、マルコの脚に遅れながらもついてきた男だ、追いつくことはないだろうと放っておいた。
もしアンに何かあれば、むしろこの状況で何もないことなどありえないのだからすでに確定事項として、アンを持ち帰るついでにこの島もろとも沈めてやろうと思っていた。
しかしそのアンからマルコの耳に届いた言葉は「戻れ」。
耳を疑うというものを、初めて体験した。
内側で揺らめいていたマルコの炎も、戸惑いのせいでゆらっと横になびいた気がした。
アンから再びマルコたちの方へと振り返った老人は変わらぬ冷静な顔をしていたが、マルコはその下の表情が崩れたのを見逃さなかった。
「面倒なことに…しかしこのお方の仰せのとおり、早く貴様らの船に戻るがいい。あの大男が大事なら、今すぐに」
マルコはアンに視線を走らせた。
顔を歪めて、濡れた瞳でマルコを見つめ返している。
「──酒だ。酒に薬を混ぜた。貴様も早く船に戻れ」
今や長は焦りを隠そうともしていなかった。
船員の誰かがここへ行きついてしまうことはおそらく長の想像の範疇だったのだろう。
そのために、ここへ行きついた者を再び遠ざけるためにかけられた人質が、白ひげ。
長が苛立たしげに眉をひそめるのがマルコにも見て取れた。
長は、アンがマルコにとってただの同船員、仲間の一人として見ているだけではないと感づいている。
恐れている。
マルコが白ひげではなく、アンをまず助け出そうとすることを恐れていた。
しかしマルコは長のその考えを覗き見るようにわかったというのに、身体が動かなかった。
動かせなかった。
心臓が、コンマ1秒ほど動きを止めた。
かと思えば早鐘のように心音を打ち鳴らし始めた。
いつのことだっただろう。
随分前のことのように思う。
あの日だ、アンとの関係が変わってオヤジと話をした、あの日。
オヤジはアンを守ってやれと言った。
だがオレはなんと言った?
一番に守るべきはアンタだ。
オレは白ひげを何よりも優先する。
いつか、アンとオヤジを選ぶべき時が来たとしたら。
オレは迷うことなく、オヤジを選ぶ。
ついに来てしまった。
そのときが、アンとオヤジを秤にかける時が来たのだ。
あまりに惨い。
あのとき想像したこと、覚悟したことを今目の当たりにしてみれば、それは想像以上に胸をえぐった。
どうしてあのときもっと深刻に、リアルに考えなかったのだろう。
それを悔やむような精神をマルコは持ち合わせてはいないが、それでも考えずにはいられない。
家族を秤にかけること自体間違っていると、正論を吐かれたら返す言葉はない。
そんなものに言葉を返す気もないが、自然と付いた優先順位は覆らない。
オレたちの絶対は白ひげだ。
オヤジを愛している。
誰よりも、誰よりも、あの人が自分のすべてだと豪語できる。
──じゃあアンは──?
二人を秤にかけてオヤジの方に1ミリだろうが10センチだろうが重く下がったからと言って、あっさりと手放すことができるようなモノなのか──?
できるわけがない。
できるわけがないのに。
「──アン」
すぐに戻る。
すぐに戻るから。
「ちょっと待ってろよい」
ひく、とアンの頬が小さく動いておなじみの笑い皺を描いた。
──待ってるよマルコ。
ぶわりと上がった青の炎は一瞬のうちに空へと舞いあがり、燃える羽毛を散らしながら弾丸のように風を切った。
青い塊と化した鳥が1グラムの重さも持たないかのように飛んでいく。
しかし心は鉛よりも重たい。
堕ちてしまわないよう自分を律して、自制心のタカが外れてしまわないように律して、マルコは飛んだ。
「マルコ隊長!今2番隊の…」
「酒蔵ン中全部ひっくり返せ!!」
「は?」
「いいから酒蔵にある酒、昨日手に入れたモン全部海に捨てるんだよい!!
飲んじまった奴がいたら医務室で診察を受けろい!
医療班に連絡して薬の成分調べさせて、オヤジに報告だ!
オヤジの部屋にある酒も食い物も昨日のだろうとなんだろうと全部下げて捨てろい!」
帰ってきた2番隊員の騒ぎをなんだなんだと首を伸ばして聞いていたクルーたちが、ぱちくりと瞬いた。
そしてマルコがはぁっと荒く一息をついたその時にはもう、蜂の子を散らすようにクルーが動き始めた。
マルコの怒声を聞きつけた隊長たちが自らの部下に指示を飛ばし役を割り振る。
一瞬で統制がとられた船上は秩序ある戦場のように走り回る男たちであふれた。
マルコは自分の指示に従う隊員たちにすぐさま背を向け、甲板の端へと走った。
「オヤジ!」
「マルコ」
数人のナースに囲まれた白ひげは、騒がしくなった甲板を面白そうに見遣っているところだった。
白ひげの目の前に立って、マルコは告ぐ言葉もなく呼吸を繰り返した。
その目はまっすぐ白ひげの金の瞳を見上げている。
子供の頃に戻ったような気分だった。
自分のしたことが間違いだと言われるのが怖くて、早く誰かに、オヤジに「お前は間違ってなんかいやしない」と言われたくてすぐさまオヤジのもとへと走っていた。
それが大人になって、迷うことが許されなくなって考える余地も少なくなると、『思い込む』ことができるようになった。
「オレは正しい」んだと。
それが今はとてもじゃないができない。
頭は不安一色で、黙って白ひげを見上げるその心は父の言葉を心待ちにしていた。
──喋ってしまえば、そんなわけはないのに、泣いてしまいそうで。
白ひげは真摯な瞳でマルコを見下ろした。
「迷うな」
重たい言葉は重力に逆らわず、マルコの胸の内にすとんと落ちた。
マルコは俯いたまま黙って笑った。
やっぱり許しちゃくれねぇかよい。
そりゃそうか、オレはもうそんな歳じゃない。
「…行くよい」
「ああさっさと行けこのアホンダラ。アン死なせたら承知しねぇぞバカ息子」
「アイツァ殺したって死ぬもんか」
グララララ、と豪快な笑い声が船を揺らす。
ナースの一人がマルコたちのやりとりに呆れたように首を振った。
マルコが翼を広げ床を蹴ると、白ひげは思い出したようにマルコを呼び止めた。
「そういやアンのところにゃ、サッチが行ったぜ」
兄走る
「おいアイツは」
「ん、アンか?そういや朝から見てねぇけど」
「…そうかい」
礼代わりにひらりと手を振って、マルコは食堂へ向かって歩を進めた。
誰にともなくあのバカ、と悪態づく。
一日が非番と言えど、夕食後に一度船の積み荷状況や出航準備の進み具合の確認を取るための隊長会議がある。
またすっぽかすつもりかと、マルコは船内の丸い小窓から青が濃くなってきた空を見上げた。
出かけの許可はだしたが、仕事をほっぽっていいとは言っていない。
言わずともアンはわかっているはずだ。
仕事を放ってまで自分の遊びにふけるような奴が一隊長を務められるわけがない
さらにマルコはもうひとつ悩みの種を抱えており、それを如何とするべきか悩んだ。
白ひげの体調が思わしくないのだ。
白ひげ自身が、体調がすぐれないことを申告するわけもない。その情報は健康診断を終えたナースからもらった。
昨日常人なら一滴でぶっ倒れるような酒をがばがば飲んでいたのだ。
そのせいもあり数値が芳しくない。
そのことを本人に告げたところ、いつもの如く大きく笑って吹き飛ばされた
「数ごときの上下で俺の身体が測れるもんか、アァ!?」
グララララ、と地面を揺らされマルコとナースは額を押さえるしかなかった。
本人がそう言おうと、今は悪いが信じるのは数値の方だ。
正午過ぎにマルコが一度白ひげの部屋に立ち寄った際、白ひげは増えたカテーテルを鬱陶しそうにつまんだり引っ張ったりしていたが、その顔には機嫌が悪いだけではなく多少の怠さもにじんでいたように思う。
「おうマルコ、おめェナースに口出してこんな鬱陶しいモン増やさせやがって。
親を売るったぁどういう了見だ、アァン?」
「ガキみてぇな駄々こねないでくれよい、オヤジ。大人しくしてりゃあ今日だけだい」
大きな年寄りの子供はふんっと大きく鼻から息をつき、マルコの頭を指で小さくはじいた。
そんな軽口を言い合う程度のものだが、それでも今の白ひげに余計な負担をかけたくはない。
業務上必要があれば白ひげへの報告義務は欠かせないが、できることならアンのことは白ひげに報告する必要もなく済ませたかった。
もしアンがこの島の中で何らかをやらかしており、それがアンひとりで始末のつけられないことだったとしたら白ひげはきっとすべてのカテーテルを抜き去りチューブをちぎり船を下りるに違いない。
実はあんなことあったんだオヤジ、と後から酒の肴になるくらいが丁度いいのだ。
そうしたマルコの希望的観測が叶うかどうかはまだ見えない。
だからアイツは馬鹿なんだとマルコはもう一度小さく零した。
この船の中、白ひげの船長室の次に一番大きな扉をマルコは片手で押し開けた。
娼館もない花街もない飲み屋もないでは船乗りの男たちに出先はない。
寄港している期間にしては珍しい数の人数が食堂で暇をつぶしていた。
やはり非番の二番隊員たちが目につく。
アンもいない仕事もない遊び場もない男たちは、食堂で賭け事に講じることにも飽きたのだろう。
大半がぺたりと状態をテーブルの上へ折りたたみ、ぼんやりとつぶれない暇をつぶしていた。
マルコが彼らの方へと歩み寄ると、気配に気付いた彼らがだらしのない姿勢のまま首だけを動かし、今さっき食堂に入ってきた人物を何気なく見遣った。
そしてそれがマルコであると認識した刹那、ガバリと上体を起こした。
「マルコ隊長!!アンは!」
「アン隊長が船にいないんすけど!朝からずっと見てねぇんすけど!」
食いつくようにマルコに詰め寄った彼らをマルコは鬱陶しそうに引きはがす。
それを聞きたいのはオレの方だと口を開いた矢先、おーいマルコ隊長さんよ、とカウンターの向こう、厨房側から野太い声がマルコを呼んだ。
「アンはまだ帰ってきてねぇのか」
食材を調理すると同時にその腹で食材の栄養も吸っているんじゃないかと疑ってしまうようなでっぷりとした腹を揺らして、4番隊隊員の一人、料理人の男が訪ねた。
その巨体に似合わず小首をかしげる姿がかわいらしい。
しかしマルコはその太ったペンギンのような姿に注視する暇もなく、またげんなりと眉を眇めた。
どいつもこいつもアンはアンはと煩いやつらだ。
しかしその勘定に自分も入っているのだと気付いて二度うんざりした。
「ああ。オレも探してる」
「そうかあ…新作のスイーツ味見させてやるから午後に来いって言ってあったのに」
白ひげ海賊団・スイーツ担当の巨漢は、きっと新作と銘打った末っ子のおやつを午後からいそいそと準備していたに違いない。
そしてアンがそれを知っていたとしたなら、なおさら今ここにいないことが異常なことであるとマルコも料理人も気付いていた。
アンにとって新作スイーツの味見は、隊長会議よりはるかに重要なはずだ。
「…アンはなんて言っていた」
「なんてって、そりゃあ『じゃあ3時に来るから』って」
料理人は象のように小さな目をぱちぱちとしばたかせてマルコを見つめた。
「帰ってきてねぇんだよな?」
「ああ…帰ってきてるとしたら間違いなくお前さんのところに来てるはずだい」
「行先にあては」
「ある」
料理人の目は象のように小さく柔らかくても、野獣のように凶暴な光を宿すことができる。
戦う料理人は鋭い眼光をマルコにぶつけた。
スイーツが冷蔵庫の中で可愛い御嬢さんに一口で食べられるのを心待ちにしているのだ。
アンが帰ってきたら作り直すことは目に見えているが、今はそれを口実にしてでもこの男を動かさねばならない。
「早く」
わかってるよい、という意味を込めて同じように鋭さをはらむ視線を料理人に返してマルコは踵を返した。
「マルコ隊長っ、オレも行きます」
二番隊の一人がマルコの背中に慌てて声をかけた。
マルコは浅く振り返って、頷きともつかぬ頷きもくれてから再び歩き出した。
*
島の中心、神の神殿。
島民たちが期待し、島の木々や鳥や魚が喜ぶ神の声というものが断末魔の叫びなのだとしたら、アンがそれを発することはなかった。
震える咽喉は、アンに叫び声さえあげさせなかった。
アンに許されたのは、胸の奥からせりあがった獣のような呻き声と、ほんの小さな肩の揺れ。
しかしアンの手の甲には言いようのない衝撃と、熱さと痛みが同時に襲っていた。
アンの手の甲を貫いた海楼石の五寸釘は、めきっという音ともにアンが手をかける白色の椅子に食い込んだ。
海楼石は、種類は違えど同じ石であるはずの椅子に容易く突き刺さっていた。
言い換えればアンの手の甲に釘を突き刺した二人の男の力がそれに相当するということ。
アンは動かない体をよじり歯に目一杯力を込め、痛みを拡散させることに集中した。
薬のせいで既に体は動かないのだから、どうせなら手錠にでもしてほしかったと言いたいところだがきっとそんな言い分はもうこの人間たちには通じはしないのだろう。
アンは流れてきた冷や汗が目に入り、思わず目を閉じた。
すると、今度は開かなくなった。
瞼が重たい膜となりアンの視界を塞いでいる。
視界を失った代わりに他の神経が鋭くなった。
聴覚・嗅覚に加え、触覚、つまりは手の甲に突き刺さる痛みがダイレクトにアンの全身を駆け巡る。
自分の炎とは質の違う、燃えるような熱さが手の甲を出発地にあちこちへと広がっていった。
どくどくと音が聞こえる。
それが心臓の音なのか、両手の甲からとめどなく溢れていく血の音なのかアンには判別がつかない。
目を閉じる一瞬前、視界の端で陶器のような白色に鮮血の飛沫が乗っているのを見ていた。
血を流すことを怖いと思うこころはとうに失くしていたが、その代わり、近頃アンが血を流すことを悲しく思うこころがあることを知ってしまった。
ゆえにアンの心は鋭く痛んだ。
それは手の甲の痛みをはるかに超えていた。
───オヤジ…、マル、コ…
先ほどより近くから聞こえる気がする長の声。
しかしその中身は何もアンの耳には入ってこなかった。
またアンの血が美しいやら神々しいやら言いたい放題なのだろうが、それに付き合う義理も余裕もない。
アンは接着してしまった瞼の向こう側にあるはずの青い空を思い描いた。
もう日が暮れかけているかもしれないがそれでもいい。
アンの好きな空はいつでも青色だ。
そしてその青の名にひと際濃い青を浮かべる。
ゆらゆらと揺れる群青と水色、そして煌めく金色。
優雅に空を泳ぐ大きな鳥の姿は、アンの力の糧になる。
自分で撒いた種、いや今回の場合は自分の周りに撒かれた種というべきか、とにかくそういうものだから。
終わらせるのも自分でなければならない。
薬だか釘だか海楼石だかにへこたれている場合ではないのだ。
手の甲に打ち込まれた釘よりも、言葉に乗せて浴びせられた幾つもの刃のほうが痛いことをアンは知っている。
身体に回った毒よりも、もっとこの身体を巡る血の方が何倍も濃いのだ。
アンは眉間に力を込めて張り付いた瞼を押し開けた。
バリバリ、と接着部分が破けるように長い睫毛が音を立てた気がした。
開けた視界の向こうは、今やおそらくすべての島民がアンに膝をつき頭を垂れている。
百以上の真黒な頭が自分に向けられ、そして囲まれるというそのおぞましい光景を見ても、もうアンの心は動じなかった。
おや、と長が驚いた──ように見せた。
「まだ動くことができるとは。動かれるとお疲れになられてしまいます、どうぞ気を楽に」
ふざけんな、と声に出すことも、舌先を動かすことさえできない。
しかし濡れた漆黒の瞳からは視線が銃弾と化して長に放たれた。
しわがれた長の喉元が上下に動く。
「もう薄暮時。儀式は日没と同時に行わさせていただきます」
日没。
日が暮れると島の探索に出ていたクルーたちも今回の寄港中に限っては船に帰ってくる。
隊員たちが干した帆を畳み船大工たちがルーティンワークのひとつマストの点検を行う。
そして完全に日の光がなくなったら、隊長会議だ。
そう、隊長会議がある。
隊長会議と書類提出に限っては忘れっぽいアンのために、甲斐甲斐しく2番隊のクルーは会議よりも早い時間のうちに遅刻しないよう釘を刺しに来てくれるのだ。
きっとそのときアンの不在に気付いてくれれば何かおかしいと悟ってくれるはずだと、アンは長の黒い瞳を睨みつけたまま考えた。
実際は、まだ日も高いうちから帰らないアンに気をもむクルーは大勢いたのだが、その点に関してはアンと2番隊隊員の間に大きな温度差があることをアンは知らない。
──早く立たないと、
目は開いた。それなら他のどこかだって動くはずだ。
アンが全身の運動神経を盛んに震わせると、それに目ざとく気付いたのか長が困ったように首を振った。
「貴女様がお若いが故、薬草の力が負けているのでしょうか…
おそらく貴女様の船の船長ほどであれば、効きもすぐでありましょうが」
長はついでのようにそう言ったが、アンの思考はその言葉にわしづかみにされたように動かなかった。
──オヤジになら、よく効くって?
アンの目に怒り以外の色が走ったのを見て取った長は、ああ、とまるでなんでもないことのように微笑んだ。
*
神殿は島の中心にあるといった。
しかし航海士に借りた島の地図と昨日自分の足で歩いた感覚から考えても、島の中心は昨日キャンプファイアーを催したあの村だ。
昨日一通り見た限り、彼らが神殿と崇め奉るような建築はなかった。
それに島民がそんな大切な場所で海賊の宴を許すわけがない。
島の中心で、村の中ではなく、かつ未だマルコが踏み入っていない地。
──村の裏手だ。
モビーを停泊させた海岸のちょうど対岸側、村と背中合わせになるような格好でその「神殿」とやらは島の中心に位置するに違いない。
マルコは飛んでその目的の場所へ降り立とうかと考えたが、朝の時点で行くと言っていたのが神殿だったというだけで今この時間そこにいるとは限らない。
既に朝から何時間も経過しているのだ。
村を突っ切ってアンの所在を確かめてから神殿へ向かったほうがいい。
それなら走っていったってそうスピードは変わらない。
常人の目にさえ触れないほどの速さなら、小さな島だ、すぐにつくだろう。
マルコは数秒の間にそうした算段をつけ、何を言うでもなく船から落ちるように降り立ち、地に足がついたその瞬間に走り出した。
マルコに、付いてきた二番隊隊員を労わる気はさらさらない。
マルコは村に辿りついたものの、足を止めることなく走り抜けた。
村の中は言葉のとおりもぬけの殻だったからだ。
村に差し掛かったとき、そこが静かであることに気付いたマルコはすぐさま見聞色の覇気を飛ばした。
そして誰の気配もないことを感じ、さらにスピードを上げたのだった。
島の民全てが神殿に集まっているのだ。
何のためかはわからないが、その輪郭のような見当はつく。
きっと島民の描く輪の中心にはアンがいるはずだ。
やはり何かが起こっていた。
マルコの額には生理的な汗とはまた違う、嫌な部類の汗がにじんでいた。
村の奥に小道を発見したマルコは迷わずそこを通った。
何人もの人間が長い年月足を踏み入れできた小道だ。
後から息切れの声と、荒っぽい足音が近い。
それは短い通路だったが、マルコの目の前には行く手を遮るように大木が屹立していた。
大きく立派な樹木で、その両横には木と木の間の小さな隙間がありそこを島民たちは通過しているようだったが、マルコはそんな小狭いところをくぐる気は一ミリたりともなかった。
船の植物学者が見たら卒倒しそうだが、マルコはその太くたくましい幹を迷うことなく蹴り飛ばした。
開けた視界。
鬱蒼とした木々の天井がなくなって夕日がさす空間。
その空間を囲むように膝をつく幾多の人々が突然のことに目を丸めてマルコを見上げ、硬直している。
マルコが蹴り倒した大木の下敷きになったものもいたようだが近すぎてマルコの視界には入らない。
長が機械仕掛けのような速さで振り返った。
その向こう、雪のような白さに夕日のオレンジが薄く色づいた装飾の細やかな台座と、4本の柱。
そしてその中心、同じく白にオレンジが映えた椅子の上ですましたように座るアンがいた。
はじめ、神と崇められ調子に乗ったアンがふてぶてしくも玉座に鎮座しているのかと思い、なにやってんだと口をききかけた。
しかしすぐ異変に気付いた。
まずアンがマルコの姿をとらえてもピクリとさえ動かない。
肘置きに置いた両手がアンの姿をふてぶてしく見せているが、アンにそんな気がないことはすぐわかった。
真一文に結ばれた口元は開く気配もないが、いつもより細く開いた目の奥で黒い瞳が一生懸命に何か喋っている。
マルコの姿を捉え、驚いたのは一瞬だった。
「アン隊長…!?…っ!」
話さない──話せないのは何らかのよくない事情があるからだとして、必死で何かを訴えかけるアンを、じっと無言で見つめるマルコの隣で、一歩踏み出した隊員が突然足を止めた。
隊員の顔は、まるで自分が痛い思いをしたかのように歪み、次には般若の如く殺気をまとった海賊の顔になった。
「テメェらアン隊長に…!」
アンの痛みは我が痛み、アンの傷は皆の傷。
それをスローガンのように掲げてアンを慕ってきた2番隊員はあまりの痛みが怒りを覆い隠さんとするのを押さえるのに必死だった。
そしてすぐ、隊員が殺気立った理由をマルコも知った。
白い石の上を滑る赤い線。
アンの手のひらが置かれた肘置きからぽたりと一滴水音が鳴る。
そしてその下には小さな血溜まりが右と左に一つずつ。
真っ白な床に真っ赤な円がふたつ、描かれていた。
アンから血を流させることができるのは、あの忌まわしい石だけだ。
手のあたりから滴る血、
動かないアン、
物理的な傷。
そこから考えられる答えにマルコは容易に行き当った。
「何をしに来た──というのは愚問か。しかし初めにここには手を出すなと約束しただろう」
長の目は、アンと対峙するときとは一変して険しく、そして鋭く尖ってマルコと隊員に向き直った。
「海賊に一方的な口約束を守ること期待するようじゃ、そりゃあ世渡りもできねぇだろうよい。こんなちっぽけな島に留まって」
そんなことはどうでもいいんだそれより、とマルコは首筋をさすりコキリと音を鳴らした。
「うちの奴巻き込んで、ずいぶん楽しそうなことしてんじゃ」
「…ッコッ…!!」
マルコの怒気をはらんだ声を遮ったのは、言葉ではなくうめいたような掠れ声だった。
長が、少なくともマルコたちには見せたことのない驚き顔をして振り返る。
マルコと隊員もアンに視線を戻した。
く、く、く、とアンの顎が上に反りあがって白い喉元が見える。
身体は大人しく椅子に座ったまま頭だけが動くその様はまさしく機械仕掛けの人形のようで、なぜかマルコはその姿に見入った。
開いたままの口がわなないた。
それは言葉を発するために体の内側からアンを抑え込む何かと戦っているからだと、マルコが気付いたそのときアンから言葉が漏れた。
「…はゃ、くっ、……もど…ってぇ…!!」
絶叫、ふるえる
島の創造主、カクス神は自ら作り出した人間をとても愛した。
人間の流す血や汗、信頼や思いやりを持った心にとても惹かれた。
彼は、当時神だけの所有物であった「火」を人間にも与えた。
火は人間に季節以外での暖を与え、食物の保存方法を大きく変え、人間に大いなる恩恵をもたらした。
人間はカクス神に感謝し、それに彼も心から喜んだ。
しかしそれをよく思わないのは他の神。
神の所有物を勝手に人間に与えたことが他の神から大きな反感を買い、彼は天を統べる全能の神に人間から火を取り上げるよう命じられた。
自分の子のように愛してきた人間からもはや火を取り上げることはできない。
人間は、既に火なしでは生きていけなくなっていた。
彼は全能の神からの命令を拒んだ。
そしてカクス神は天から降ろされた。
自らの「火」の能力だけを残して神の力をすべて失い、寿命を持った人間となった。
人間となった彼を島の人間は大いに歓迎し、カクス神自身もとてもよく人間に馴染んだ。
島は元神・カクスの火の力によって大いに、そして久しく繁栄した。
しかしそれから後、島は他の海域からやってきた見知らぬ人間による侵略を受ける。
自然の力を基として生活する島民の知恵と技術は侵略者による開拓の危機に瀕していた。
島民は武器を取った。
先陣を切ったのはカクス神だった。
見たこともない武器と鎧を持つ開拓者たちに、島民たちは苦戦した。
カクス神の操る炎が彼らの助太刀をした。
そして開拓者と元神率いる島民の戦いは四日間の連戦の末、決着がついた。
勝者は島民たち。
手製の槍と盾で向かい撃った彼らが、開拓者たちを追い返した。
損害は海岸沿いの森が数平方と、カクス神ひとり。
「…死んだの?」
アンが若干遠慮がちに、覗き見るように尋ねる。
長は静かに頷いた。
ひょえ、と声には出さなかったがアンが顎を引いて眉を寄せた。
その口の中には村人たちが用意したあらゆる料理がめいっぱいに詰まっている。
白妙(しろたえ)のようになめらかに輝く椅子の周りには、同じように真っ白なテーブルがいくつも並び、その上には所狭しと料理が並んでいた。
見たこともないような野菜やフルーツが煮られたもの、アンが目を奪われるほど大きな肉の塊。
アンは促されるまま初めはおずおずと、そして今では遠慮なしにがつがつと、余すことなく食い尽くさんばかりのペースで口に運んでいた。
まるで元気にご飯を食べる子供を見守る親のように、長は穏やかな顔でアンの食事風景を眺めていた。
二十歳前後、体つきのほっそりした娘がさて何人分かという料理を平らげていくという、普通なら一瞬でも目を向くはずの光景を、長は一瞬たりとも表情を崩すことなく受け入れていた。
勿論アンがそんなことを意に介するはずもないので、食事は構わず続いていく。
長はアンの食事の邪魔をするでもなく、しかし上手くアンの興味を引くという巧妙な口調で島の歴史を語っていった。
話を聞き続けることがそう得意でないアンも思いのままに引き込まれ、しまいには前のめりになりながら咀嚼するという器用な格好になっていた。
「彼は死に、我らの祖はとても悲しみました。創造主であり救世主である彼を死なせてしまったことを人々はとても悔いたのです。
本来ならば彼は火の神。人々は彼を火葬して丁重に葬りたかった。
しかし彼は砂浜での戦いの途中、突然の荒波に足を取られ海に投げ出されました。
…彼は泳げなかったのです。
よって彼の身体は波に揉まれ見つかることもなく、人々の願いは叶いませんでした」
ああ、戦いは彼のおかげでほとんど決着がついていたようなものだったので幸いと言えば幸いだったのですが、と長は苦笑しながら付け足した。
しかしアンには、長の苦笑に答える余裕はなかった。
口の端から麺のさきっぽを飛び出させたまま、今の話を頭の中で分解して理解し直していた。
「え、な…ん!?その…神様、泳げなかったの?」
「ええ」
それって、なんか、とぽろりぽろりと言葉の切れ端が勝手に零れていく。
長はアンが思い当った考えに気付いているのかいないのか、切れ長の目を伏せた。
そして俯いたまま口を開いた。
「火の神を、我々の祖は水に浸けて死なせてしまいました。
その後悔と共に彼に対する大恩を忘れぬよう、この歴史は代々語り継がれております」
「…へ、え…」
アンは食事を始めてから一度たりとも話すことなかったフォークを、初めてテーブルに置いた。
いつの間に来たのか、アンと長を囲むようにして跪く人の頭がポツリポツリと目についてきたからだ。
「…ねえ、なんでみんな集まってきてんの?」
「貴女様を一目見て、できることならば崇め奉りたいと皆が思っているからであります」
「あのさあ、『悪魔の実』って知ってる?あたしの能力はそれなんだよ、ホラ」
アンはかざした人差し指に朱く揺らめく小さな炎を灯した。
それを目にした島民たちが一様に息を呑み、一人の老婆に至っては涙を光らせたような気がしたのでアンはすぐさまそれを消したのだが。
「…紛うことなき、カクス神の力でございます」
「だっかっらっ!神様の力だか何だか知らないけどそういうんじゃなくて!呪いなの!ホントに知んないの!?」
マルコもジョズも、オヤジだって能力は違うけど『悪魔の実』の力は持ってるし、とアンは思うままに口を走らせた。
しかしそれが言い訳めいたように聞こえて、アンの顔は少し歪んだ。
なんて言えばいいんだろうかと精一杯頭をひねっても、今まで成人した人間で悪魔の実を知らない者に出会ったことなどないから、改めて呪いの説明をしろと言われるとそれはアンには難しすぎる。
もおおおお!と頭をかきむしりたい気分になった。
────いやそれよりも。
アンはいつのまにかショートパンツの裾を固く握っていた。
目が違う。
寡黙で、大人しく、懸命そうな島の民。
しかしその目の奥、アンと同じ漆黒の瞳には深く深く靄がかかっているように見えた。
そして彼らはアンを見ていない。
何を見ているのかアンには見当もつかないが、確かに見ているのはアンではなかった。
ぼんやりしているのとは少し違う。
アンの肌には確かにあまたの視線が突き刺さっているのだ。
それでも、違う。
違うとしか言いようのないいくつもの目がアンを見つめている。
今まで百を超える銃口を向けられても、それが大砲であっても、目の前で刃の切っ先が煌めいたとしても、こんな気分になったことはなかった。
冷たく、べっとりとした汗が背中をゆっくりと伝っていくような感覚。
アンは立ち上がろうと四肢に力を込めた。
「っ…!?な、」
「ああ、あまり力を入れるとお疲れになられてしまいます。遅効性の薬味草でございますから」
まるで『足元に気を付けて』とでもいうように、長は穏やかな顔のまま注意を促した。
白色の石に張り付いたように動かない手足にアンは懸命に力を込める。
しかしまるでその抵抗を嘲笑い蹴散らすように、アンの身体は徐々に徐々に重たくなっていく。
アンは左右に並べられた幾多の皿に視線を走らせた。
クッソ、と悪態吐いても状況が変わらないことは経験済みだ。
ぺろりと平らげてしまった料理たちが急激に憎らしくなってきた。
「…歓迎しといて毒盛ったの」
アンが憎々しげに長を睨みつけると、長は焦ったように、そしていつになく激しい身振りで首を振った。
「滅相もない!!毒なんぞでは」
ただ少し体が動かなくなるだけでして、と最後はにこやかに応える。
立派な犯罪だろ、とアンは内心呆れにも似た溜息を吐き出した。
「で、あたしをここに縛り付けて何したいわけ」
長は、「ああそうでした、話が途中でした」と後ろに手を組み、アンにしっかりと見合った。
「先に申しあげたよう、我々の祖は火の神を天に返すことができなかった。
その後悔はこの物語が数千年前の歴史となった今でも脈々と受け継がれております。
…しかしつい昨日のこと。その後悔に光が差し込む道が開けたのです。
…貴女様のおかげで」
今まで無邪気に楽しんでいた昔話が急にどうでもよく、下らなく思えてきたアンはイライラと眉をひそめた。
本当は八つ当たりにでも椅子の角を蹴っ飛ばしたいところだが、いかんせん体が一ミリたりとも動かない。
肘置きに置いた両手の指一本ですらぴくりとも動かせないところを見ると、服させられた薬の効き目は相当らしい。
そういえば医術班が、オヤジの治療に役立てる薬草をこの島で採っていくと言っていたっけとモビー上での会話がアンの脳裏をよぎった。
薬草が繁茂するような島であれば、効き目の強い痺れ薬を造ることなど島民にとっては造作もないことなのだろう。
そしてそれを料理に混ぜることも、海賊に気付かれないことも。
「貴女様はカクス神の生まれ変わり、この世に落とされた申し子であります。
よって我々は、彼の代わりに貴女様を天にお返しすることにしました」
なんだそれ。
何を勝手に決めてんだと口を開いたものの言葉は出てこなかった。
咽喉が震えて、声が出ない。
ぴりぴりとした痺れが喉の奥にまで広がっていた。
長をそれをさも当たり前のように流し見てから、ぐるりと周囲を見渡した。
「我らの神をお返しする儀式が、数千年の時を経てようやく叶おうとしているのです。
────神、我々の手で丁重に火をくべ貴女様をお返し致す」
なんてこった。
もう声を出すことはとっくに諦めていたが、じゃあ今から焼き殺しますからと言われて目を剥かないはずがない。
とんでもない殺人集団だ。
アンは物理的に体が動かせないのを承知の上で、自身の肩から炎を吹き上がらせた。
おおおっとどよめきが周囲に走り、それと同時にアンが長をねめつけるように睨む。
炎の化身である自分を、焼き殺すことなど不可能だと教え諭すために。
しかし長は曇った瞳をうっとりとアンに向けた。
「美しい。歴史が伝えたとおり、神の炎はとても神々しい。
…ただ…そのせいで、我々が使う炎は貴女様の炎に負けてしまうがゆえ、貴女様を天にお返しすることができない。
申し訳ありませんが、少々封じさせていただきます」
その言葉にアンが怪訝な顔を見せると、長の後ろから一人の男が小さな木箱を手に持って歩み寄り、長の足元に膝をついた。
長は手のひらにすっぽり乗るような大きさのそれを静かに受け取り持ち上げる。
「貴女様が先ほど仰せになられた『悪魔の実』…存じ上げております。
貴女様の力がその身から得たものだとしても、それが神の所業によるものだということには何ら変わりありません。
…我々は、炎を司る『悪魔の実』の存在を存じておりました。
そしてその力を身に宿した人物の到来を心よりお待ちしていた。
そして今来るこの時のために、これがあるのです」
長が数歩前へと進み、アンの2メートルほど手前で立ち止まった。
その手の中の木箱のふたが持ち上げられる。
長のかさついた指先が、箱の中の何かを持ち上げた。
その小さな物体の姿・形・色に、アンがぴくりと眉を動かした。
本来ならば舌打ちの一つでもしているところだ。
「『悪魔の実』の力を封じる…海の力。その力を秘めた固体。名を海楼石と言うらしいがそんなことは我々にとってとるに足らないどうでもよいこと。
今はこの力を借りて、少しの間だけ貴女様のお力を封じさせていただきたい」
長の両脇に音もなく二人の男が寄り添うように並び立つ。
相変わらず色の黒い肌の向こう側に潜む漆黒の瞳は淀んだ波の揺れのように定まらない。
長は木箱から取り出した「それ」をひとつずつ、両脇の男に手渡した。
「貴女様の…神の持たれるすべてのものが美しい。
美しい血を流させることは大変忍びないが、貴女様の美しい声は是非聴かせていただきたい」
貴女様の声にこの島の木々が鳥が魚たちが喜ぶことでしょう、と長は歌うように続けた。
目を閉じてそう語るさまは、アンから見ても一発でわかる。
気味が悪いほど、何かに心酔していた。
二人の男がアンの両脇に跪く。
アンは動かない両腕を張り付いた椅子からもぎ取ろうと必死で暴れ続けた。
しかし暴れているのはアンの動悸だけで、はたから見たアンの姿は大人しく椅子に腰かけるひとりの娘だ。
男たちはその手に持った海楼石の釘を静かに持ち上げる。
青い空を背景に、くすんだ鈍色が鋭く光った。
下準備
よろりと、白髪の長が数歩前に進み出た。
彼をはじめとする村人に穴が開くほど見つめられて、アンは「え、え、」と無意味に辺りを見渡してクルーに助けを求めた。
「え、なに?髪?」
違うだろ、とサッチのつっこみが入るよりも早く、村人たちが突然蜂の子を散らすように騒ぎ出した。
「神だ!我らの神がお帰りになられた!」
「早く!供物を捧げろ!」
「神殿へ!玉座へ案内しろ!!」
「いや、それよりまず」
立ち上がっては大騒ぎし、うろめいていた人々が慌てて動きを止め、広場の中心でぽかんと立ち尽くすアンに向かって跪き、恭しくこうべを垂れた。
「よくお帰りになられました、神の子…!」
いくつもの黒い頭がアンに向かって敬意を示す。
白ひげクルーたちは、その様子にアンと同様目を白黒させた。
だばだばだば、と傾いたジョッキからは琥珀色の甘露がとめどなく零れていくが、それを手にしているクルーは気付きもしない。
ぱちくりと瞬いたアンは、村人たちの言葉をゆっくりと噛み砕き、反芻した。
かみ、かみ、神!?とようやく事の成り行きに整理のついたアンが助けを求めるようにマルコを仰ぎ見る。
しかしマルコもジョッキを手にしたまま、困惑した顔でアンを見返した。
白ひげだけが細い目を数回瞬かせてから、にやりと笑ったのだった。
*
信仰するは火の神、この島を作った創造の神。
名をカクス。
この島ドラウン・カクスは、カクス神のエネルギーによって造られた。
神の力は海底火山を噴火させ、隆起した海底が島となりそこに生物が住みついた。
人間が好きなカクス神は自ら人間を造り、自身が造ったその島に住まわせる。
神の恩恵を受けた人間はその島で自分たちの文化を育み、自然との共存を覚え、数千年を生きてきた。
「言い伝えがあるのです」
長は依然として恭しく頭を下げたまま言った。
地面にぺたりと座り込んだアンは、アンを囲むように並べられたバナナ・リンゴ・マンゴー・パッションフルーツによくわからない果物たち───供物に目移りしながらへえ、と相槌を打った。
「カクス神の力を分け与えられた人間が、ある時空の中でただ一人だけ存在する。
人間でありながら神の子───崇められるべき存在であるそのお方は、千年に一度、この我らが島におかえりになられるのだと」
それが今日だった、と。
そしてその神の子がアンであると、長は言い切った。
「へえ、面白い話があんだねえ、ね、サッチ!」
「…面白いっつーか、なんつーか」
うず高く積まれた果物たちに隔てられつつもアンの隣に座ったサッチは、曖昧に笑い返した。
アンは単純に島民の物珍しい歓迎の仕方を喜んでいるようだから、サッチとしてはあまり水を差したくないところである。
しかしいくつもの島を、そして民族を見てきた船乗りとしてはあまり関わりたくない話であるのも事実。
民族性や宗教が強すぎる輩に首を突っ込むと碌なことがないというのも経験が教えてくれている。
実際サッチは、おずおずと始まった宴の場をマルコが静かに離れるのを目にした。
おそらく今頃は船の書庫で史料を漁っているはずだ。
(多分ハズレだろうな)
マルコがいくら史料を漁ったところで収穫はゼロだろう。
いくら白ひげ海賊団が、そしてそこに所属する航海士や考古学者たちが保有する情報に自信を持っていると言っても、こんな小さな一民族だけが住まう島に関する歴史まで知っているとは思えない。
島に着く前に働いた勘は、これのことだったんだろうかとサッチはひとり首をひねった。
そうであるような気もするし、そうじゃないような気もする。
しかしどっちにしろ、今はアンが至極楽しそうであるのが何よりだろうと思う。
次々と村の女たちが運んでくる果物がサッチからアンを隠していくが、その鮮やかな壁の向こう側からはアンの楽しげな歓声が聞こえる。
座っていれば周りには次々と美味しそうな食べ物が積まれていく。
はじめは戸惑い目を回していたアンも、その順応性にはさすがと言うところか、今ではささげられる食べ物を消化することに専念している。
そしてなにより村人の丁重な言葉遣いと振る舞いは、心からアンを崇めていた。
酒も食い物も文句なし。
土地柄も人柄も悪くない。
たった4日のことだと、自分に言い聞かせるようにサッチは酒を飲んだ。
*
「お迎え?」
翌朝二日酔いにより脳内工事中かというほどの頭痛に襲われたアンは、船べりにつかまりながら陸を覗き込んだ。
跪いた島民が4人。
男が二人と女が一人と昨日アンに懐いた少女が一人。
3人の大人は相変わらず寡黙そうな、言ってしまえばむっつりとした面持ちは崩さなかったが、少女だけはにこにこと笑ったままアンを見上げていた。
「玉座に案内いたします。どうぞご同行ください」
「ぎょく?ってなに?」
アンが内側から鳴りやまない工事音を押さえつけるように、額に手を当てたまま尋ねる。
年配の男は顔を伏せたまま答えた。
「カクス神の神殿にございます」
し、ん、で、ん…とアンは顔をしかめたまま呟いた。
顔をしかめているのは頭痛のせいだけであり、その神殿とやらへの興味は深々である。
「…行って、みたいなー…」
「是非」
「その神殿とやらは、昨日オレらに手を出すなって言ったヤツじゃねぇのかよい」
背後からマルコが、寝起きのような低い声を出して近寄ってきた。
アンが振りかえった時にはすでにアンの隣に並んでいる。
マルコの手には数枚の紙切れ。
明け方まで考古学者たちと話をしていたらしいマルコの目の下は不健康に染まっていたが、どうやら欲しかった情報は揃わなかったらしい。
「その通り、島民以外の常人の入れるところでは」
「…アンならいいってか」
黒い頭が縦に振られた。
アンはどこか控えめにマルコを仰ぎ見た。
「ね、行っても…」
「…お前は今日非番だろい」
「う、ん」
「好きにしろ」
ぱあっとアンの頬が興奮と喜びで染まった。
随分と前から、アンのこの顔を見るのが好きだ。
そして何度もこの顔を壊したこともある。
今回も「ダメだ行くな」と舌先に乗っていた言葉があったが、ちゃんと代わりの言葉が出てくれた。
村の中心にあるというその神殿にアン以外近づけないというのならお守をつけるということも拒まれるだろう。
そもそもそれはアンが嫌がる。
アンを説き伏せ、マルコ自身が神殿の近くまで島内の調査を兼ねて付いていくという案もあったが、いかんせん今日マルコは他の仕事が詰まっていた。
白ひげの健康診断もちょうどこの寄港と重なっており、船を離れたくはないというのも事実。
「弁当作ってもらってくる!」と嬉々としてキッチンへと駆けていくアンの細い背中を見送って、マルコは再び船の下の陸、4人の島民を見下ろした。
少女は自分の首飾りを指で弄りながら鼻唄を歌い、嬉しそうにアンを待っている。
しかしほかの3人の大人の黒い目(それはアンのに似ていた)は、どこも見ていなかった。
*
「…随分奥だな…」
アンはリュックいっぱいに詰まった弁当を担ぎ直して、二人の男の後をついて行った。
後ろには女、そして隣には少女。アンと手を繋いでいる。
神殿は島の中心だと聞いていたが、村も島の中心の小高い場所にあったからどういうことなんだろうとアンは頭にぼんやりと島の地図を思い浮かべた。
「ね、神殿って島のど真ん中にあんの?」
隣の少女はにっこりと笑ったまま頷いた。
「村は神殿より手前にあるの!」
「ああ、なるほど」
船からのこのルートはどうやら村を迂回しての道らしい。
どうして村を横切らないのか尋ねたら、「だってパニックになっちゃう」らしい。
昨日のあの様子が再びとなればちょっとキツイか、とアンも納得した。
不意に、隣の少女が後ろにいる女に小さく声を掛けられた。
どうやらアンに馴れ馴れしくしたことをたしなめられているらしい。
そんなこといいよとアンが口を開いたそのとき、前の男たちが立ち止まった。
生い茂り視界を塞いでいた樹木の葉を、男たちが手で退ける。
開けたアンの視界の向こう側には、白い、とても白い石の建造物が煌々と日の光を受けて輝いていた。
「う…あ…」
すごい、と無意識に口から零れた。
真っ白い三段だけの階段があり、その先には4本の白い石の柱が四角いスペースを作っていた。
アンはその階段をゆっくりと上った。
柱には細かく繊細な彫り物が描かれており、アンが近づいて目を凝らしてもその細かい造形をすべて見ることはできない。
そして柱に囲まれたちょうど中心には、たったひとつだが圧倒的な存在感を放つ椅子が置かれていた。
その背から肘置きに至るまで細かい彫刻があり、あまりの美しさにアンは触れることをためらった。
「美しいでしょう」
静かで低い声。
アンが振りかえると村の長が階段の下にたたずんでいた。
アンをここまで連れてきた4人は、長からさらに離れたところで静かに立っている。
長は、昨日より幾分か柔らかい顔つきでアンを見上げていた。
「すぐに酒食を持って来ますから、どうぞ座ってお待ちください」
「ここに?」
アンが白い椅子を指さすと、長は勿論と頷いた。
アンは手でおしりを払うと、おずおずとそこに腰かけた。
固くひんやりとした感触が背中を駆け抜けた。
「あ、そうだ、あたしお弁当持ってきたんだ!」
アンがリュックをごそごそと漁ると、長はそれを手で制して少しだけ悲しげに眉を寄せた。
「貴女様のために村で料理をこしらえております。是非それを食べていただきたい」
「…そ、う…」
そんじゃ食べなきゃ悪いよな、とアンは開きかけた弁当のふたをゆっくりと閉めなおした。
弁当を食べたところで長の言う村の料理が食べられなくなるということはないだろうが、せっかく自分のために作ってもらっているご飯はお腹がすいている時に食べたい。
持ってきたお弁当も、サッチがアンのためだけに作ってくれたものだ。
しかしこちらはいつだって食べられるが、村の料理はそうじゃない。
このお弁当の中身は帰り道で食べることにしようと、アンは弁当箱をリュックの中に戻した。
「では酒食が届くまで、少しこの島の話をお聞きいただけませんかな。
なに、けして退屈させることは致しませんから」
昔話かなんか?と尋ねると、長は少し考えてから首を振った。
「順を追ってお話ししましょう」
むかしむかしあるところに
彼をはじめとする村人に穴が開くほど見つめられて、アンは「え、え、」と無意味に辺りを見渡してクルーに助けを求めた。
「え、なに?髪?」
違うだろ、とサッチのつっこみが入るよりも早く、村人たちが突然蜂の子を散らすように騒ぎ出した。
「神だ!我らの神がお帰りになられた!」
「早く!供物を捧げろ!」
「神殿へ!玉座へ案内しろ!!」
「いや、それよりまず」
立ち上がっては大騒ぎし、うろめいていた人々が慌てて動きを止め、広場の中心でぽかんと立ち尽くすアンに向かって跪き、恭しくこうべを垂れた。
「よくお帰りになられました、神の子…!」
いくつもの黒い頭がアンに向かって敬意を示す。
白ひげクルーたちは、その様子にアンと同様目を白黒させた。
だばだばだば、と傾いたジョッキからは琥珀色の甘露がとめどなく零れていくが、それを手にしているクルーは気付きもしない。
ぱちくりと瞬いたアンは、村人たちの言葉をゆっくりと噛み砕き、反芻した。
かみ、かみ、神!?とようやく事の成り行きに整理のついたアンが助けを求めるようにマルコを仰ぎ見る。
しかしマルコもジョッキを手にしたまま、困惑した顔でアンを見返した。
白ひげだけが細い目を数回瞬かせてから、にやりと笑ったのだった。
*
信仰するは火の神、この島を作った創造の神。
名をカクス。
この島ドラウン・カクスは、カクス神のエネルギーによって造られた。
神の力は海底火山を噴火させ、隆起した海底が島となりそこに生物が住みついた。
人間が好きなカクス神は自ら人間を造り、自身が造ったその島に住まわせる。
神の恩恵を受けた人間はその島で自分たちの文化を育み、自然との共存を覚え、数千年を生きてきた。
「言い伝えがあるのです」
長は依然として恭しく頭を下げたまま言った。
地面にぺたりと座り込んだアンは、アンを囲むように並べられたバナナ・リンゴ・マンゴー・パッションフルーツによくわからない果物たち───供物に目移りしながらへえ、と相槌を打った。
「カクス神の力を分け与えられた人間が、ある時空の中でただ一人だけ存在する。
人間でありながら神の子───崇められるべき存在であるそのお方は、千年に一度、この我らが島におかえりになられるのだと」
それが今日だった、と。
そしてその神の子がアンであると、長は言い切った。
「へえ、面白い話があんだねえ、ね、サッチ!」
「…面白いっつーか、なんつーか」
うず高く積まれた果物たちに隔てられつつもアンの隣に座ったサッチは、曖昧に笑い返した。
アンは単純に島民の物珍しい歓迎の仕方を喜んでいるようだから、サッチとしてはあまり水を差したくないところである。
しかしいくつもの島を、そして民族を見てきた船乗りとしてはあまり関わりたくない話であるのも事実。
民族性や宗教が強すぎる輩に首を突っ込むと碌なことがないというのも経験が教えてくれている。
実際サッチは、おずおずと始まった宴の場をマルコが静かに離れるのを目にした。
おそらく今頃は船の書庫で史料を漁っているはずだ。
(多分ハズレだろうな)
マルコがいくら史料を漁ったところで収穫はゼロだろう。
いくら白ひげ海賊団が、そしてそこに所属する航海士や考古学者たちが保有する情報に自信を持っていると言っても、こんな小さな一民族だけが住まう島に関する歴史まで知っているとは思えない。
島に着く前に働いた勘は、これのことだったんだろうかとサッチはひとり首をひねった。
そうであるような気もするし、そうじゃないような気もする。
しかしどっちにしろ、今はアンが至極楽しそうであるのが何よりだろうと思う。
次々と村の女たちが運んでくる果物がサッチからアンを隠していくが、その鮮やかな壁の向こう側からはアンの楽しげな歓声が聞こえる。
座っていれば周りには次々と美味しそうな食べ物が積まれていく。
はじめは戸惑い目を回していたアンも、その順応性にはさすがと言うところか、今ではささげられる食べ物を消化することに専念している。
そしてなにより村人の丁重な言葉遣いと振る舞いは、心からアンを崇めていた。
酒も食い物も文句なし。
土地柄も人柄も悪くない。
たった4日のことだと、自分に言い聞かせるようにサッチは酒を飲んだ。
*
「お迎え?」
翌朝二日酔いにより脳内工事中かというほどの頭痛に襲われたアンは、船べりにつかまりながら陸を覗き込んだ。
跪いた島民が4人。
男が二人と女が一人と昨日アンに懐いた少女が一人。
3人の大人は相変わらず寡黙そうな、言ってしまえばむっつりとした面持ちは崩さなかったが、少女だけはにこにこと笑ったままアンを見上げていた。
「玉座に案内いたします。どうぞご同行ください」
「ぎょく?ってなに?」
アンが内側から鳴りやまない工事音を押さえつけるように、額に手を当てたまま尋ねる。
年配の男は顔を伏せたまま答えた。
「カクス神の神殿にございます」
し、ん、で、ん…とアンは顔をしかめたまま呟いた。
顔をしかめているのは頭痛のせいだけであり、その神殿とやらへの興味は深々である。
「…行って、みたいなー…」
「是非」
「その神殿とやらは、昨日オレらに手を出すなって言ったヤツじゃねぇのかよい」
背後からマルコが、寝起きのような低い声を出して近寄ってきた。
アンが振りかえった時にはすでにアンの隣に並んでいる。
マルコの手には数枚の紙切れ。
明け方まで考古学者たちと話をしていたらしいマルコの目の下は不健康に染まっていたが、どうやら欲しかった情報は揃わなかったらしい。
「その通り、島民以外の常人の入れるところでは」
「…アンならいいってか」
黒い頭が縦に振られた。
アンはどこか控えめにマルコを仰ぎ見た。
「ね、行っても…」
「…お前は今日非番だろい」
「う、ん」
「好きにしろ」
ぱあっとアンの頬が興奮と喜びで染まった。
随分と前から、アンのこの顔を見るのが好きだ。
そして何度もこの顔を壊したこともある。
今回も「ダメだ行くな」と舌先に乗っていた言葉があったが、ちゃんと代わりの言葉が出てくれた。
村の中心にあるというその神殿にアン以外近づけないというのならお守をつけるということも拒まれるだろう。
そもそもそれはアンが嫌がる。
アンを説き伏せ、マルコ自身が神殿の近くまで島内の調査を兼ねて付いていくという案もあったが、いかんせん今日マルコは他の仕事が詰まっていた。
白ひげの健康診断もちょうどこの寄港と重なっており、船を離れたくはないというのも事実。
「弁当作ってもらってくる!」と嬉々としてキッチンへと駆けていくアンの細い背中を見送って、マルコは再び船の下の陸、4人の島民を見下ろした。
少女は自分の首飾りを指で弄りながら鼻唄を歌い、嬉しそうにアンを待っている。
しかしほかの3人の大人の黒い目(それはアンのに似ていた)は、どこも見ていなかった。
*
「…随分奥だな…」
アンはリュックいっぱいに詰まった弁当を担ぎ直して、二人の男の後をついて行った。
後ろには女、そして隣には少女。アンと手を繋いでいる。
神殿は島の中心だと聞いていたが、村も島の中心の小高い場所にあったからどういうことなんだろうとアンは頭にぼんやりと島の地図を思い浮かべた。
「ね、神殿って島のど真ん中にあんの?」
隣の少女はにっこりと笑ったまま頷いた。
「村は神殿より手前にあるの!」
「ああ、なるほど」
船からのこのルートはどうやら村を迂回しての道らしい。
どうして村を横切らないのか尋ねたら、「だってパニックになっちゃう」らしい。
昨日のあの様子が再びとなればちょっとキツイか、とアンも納得した。
不意に、隣の少女が後ろにいる女に小さく声を掛けられた。
どうやらアンに馴れ馴れしくしたことをたしなめられているらしい。
そんなこといいよとアンが口を開いたそのとき、前の男たちが立ち止まった。
生い茂り視界を塞いでいた樹木の葉を、男たちが手で退ける。
開けたアンの視界の向こう側には、白い、とても白い石の建造物が煌々と日の光を受けて輝いていた。
「う…あ…」
すごい、と無意識に口から零れた。
真っ白い三段だけの階段があり、その先には4本の白い石の柱が四角いスペースを作っていた。
アンはその階段をゆっくりと上った。
柱には細かく繊細な彫り物が描かれており、アンが近づいて目を凝らしてもその細かい造形をすべて見ることはできない。
そして柱に囲まれたちょうど中心には、たったひとつだが圧倒的な存在感を放つ椅子が置かれていた。
その背から肘置きに至るまで細かい彫刻があり、あまりの美しさにアンは触れることをためらった。
「美しいでしょう」
静かで低い声。
アンが振りかえると村の長が階段の下にたたずんでいた。
アンをここまで連れてきた4人は、長からさらに離れたところで静かに立っている。
長は、昨日より幾分か柔らかい顔つきでアンを見上げていた。
「すぐに酒食を持って来ますから、どうぞ座ってお待ちください」
「ここに?」
アンが白い椅子を指さすと、長は勿論と頷いた。
アンは手でおしりを払うと、おずおずとそこに腰かけた。
固くひんやりとした感触が背中を駆け抜けた。
「あ、そうだ、あたしお弁当持ってきたんだ!」
アンがリュックをごそごそと漁ると、長はそれを手で制して少しだけ悲しげに眉を寄せた。
「貴女様のために村で料理をこしらえております。是非それを食べていただきたい」
「…そ、う…」
そんじゃ食べなきゃ悪いよな、とアンは開きかけた弁当のふたをゆっくりと閉めなおした。
弁当を食べたところで長の言う村の料理が食べられなくなるということはないだろうが、せっかく自分のために作ってもらっているご飯はお腹がすいている時に食べたい。
持ってきたお弁当も、サッチがアンのためだけに作ってくれたものだ。
しかしこちらはいつだって食べられるが、村の料理はそうじゃない。
このお弁当の中身は帰り道で食べることにしようと、アンは弁当箱をリュックの中に戻した。
「では酒食が届くまで、少しこの島の話をお聞きいただけませんかな。
なに、けして退屈させることは致しませんから」
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