OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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「イゾー…さんは、」
「イゾウ」
「…イゾウも、ここの編集者なの?」
「いんや、オレァここに世話んなって契約してるモンだ。 ちぃとばかし今は暇ができてね」
こうしてコーヒー飲んでられるわけだ、 とイゾウは手元のカップに唇を当てた。
マルコもたしかサッチんとこと契約してるって言ってたっけと思い 起こしながら、アンはふうんと相槌を打つ。
しかし実際のところ目の前にこんもりと積まれるように置かれた細 かい菓子類に気を取られていて、 アンにとってイゾウの回答は二の次である。
アンが目を離そうとしないそれらの物資はこの会社の各フロアから 送られてきたもので、 アンを捕まえておくには十分すぎるほどだった。
そんなアンの様子を特に気にするでもなく、 むしろ至極楽しげにイゾウは目の前でコロコロと変わる表情を見つ めていた。
「おおおおおこれは期間限定のプチシュー抹茶味…!!あ、 こっちはずっと食べたかったやつ…んぅ、うまい!」
「そりゃよかった」
「イゾウも、はい」
「おうサンキュ、」
アンが差し出してきたクッキーを受け取れば、 そばかすの散った頬がきゅっと動いてその顔がにしゃりと笑う。
それにイゾウが笑い返したが、 アンはオレンジジュースをすすっていて既にもう見ていない。
仕方がないのでイゾウはクッキーの包みを開けた。
一方サッチはソファの背もたれにだらりと両腕を乗せ、 首も後ろ側へかっくりと折れている。
いたわりのつもりでアンがビスケットをサッチの口元へ持っていけ ば、 サッチは餌付けられるように口を開くのでそれを放り込んでやる。
だらしなく四肢を伸ばしたまましゃくしゃくと咀嚼する音だけが隣 から聞こえてくる様はいつものサッチとはかけ離れていて、 悪いと思いつつアンはふはっと笑ってしまった。
*
「アン、お前さん歳は」
「21」
「へぇ…」
アンの答えに対しイゾウが楽しげに口角を上げると、 サッチが蒼い顔を起こしてイゾウをいさめるように睨んだ。
「…イゾウ。だからお前その目ヤメロって」
獲物見つけた獣じゃねェんだから、 とサッチはこめかみを押さえる。
エモノ?と首をかしげるアンにイゾウは人のいい笑みを見せて、 胸にかかった髪を後ろに払った。
「アンはOLなんだって?」
「うん、何で知ってんの?」
アンの当然な問いかけは綺麗に流して、 イゾウはいまだ笑顔のまま呟いた。
「勿体ねぇなあ、こんな別嬪堅気に放っておくったぁ」
「堅気っておま、」
違ぇだろうがと突っ込むサッチを傍らに、 アンはますます首をかしげた。
「何の話?」
イゾウはすっとなめらかな動作でアンの顔に腕を伸ばし、 その口元についたクッキーの欠片を指先で取ってやった。
「アン、オレァ写真を扱うモンでね」
「写真?…カメラマン!?」
すごい!かっこいい! と声を上げるアンににっこり笑い返したイゾウは、 ちょいと失礼とばかりに煙草を取り出し火をつけた。
「オレァ物書きからこっちの世界に転がりこんだ野郎だからな、 物書きで食ってるお前さんとこのマルコとも面識あるってわけだ。
それにあれだ…あいつも、一度オレが撮ったことがあんだぜ」
「マルコ!?え、なんで!?」
どうしよう笑える。
「イゾウ… それじゃまるでマルコがモデルやってたみてぇに聞こえんだろ… アンちゃん、あれだよ、雑誌のインタビューがあってさ」
こっから上が載ったってだけよ、 とサッチは胸のあたりに片手を水平にかざして見せた。
「インタビュー?」
「あれぁ…マルコの記事がちぃと話題んなった時じゃねぇか。 おう、そういやサッチ、 その雑誌お前さんのとこじゃなかったかい。ねぇのか今」
「あるの!?みたいみたい!!」
「んー…相当前だぜ、あるかなバックナンバー」
ちょいと待ってろとサッチはだらけきっていた体を起こし、 フロアの隅でパクリと口を開いている小部屋へと入っていった。
さっきまでもう動かんと言うように沈んでいたサッチの体が今はき びきび動くのは、 腐れ縁野郎のしかめっ面の想像に拍車がかかるからか。
当人に知られりゃしばかれっだろなあと思いつつ、 楽しいのだから仕方がない。
数分後、 サッチは一冊の雑誌を手にアンとイゾウの座るソファへ戻ってきた 。
「これよこれ」
サッチが開いたそのページの上に、三つの影が落ちる。
ページの右上にはマルコの名と、少し質の粗い写真。
そこに陣取るのは、予想通りの見慣れた顔。
「うわっ!マルコ若い!」
「今から…15年くらいか?」
「でもすっごい機嫌悪そう」
眉間のしわは今と一緒だとアンが笑った通り、 その写真のマルコの額には見慣れた皺が1,2本。
「オレも若かったからなぁー…」
インタビューの顔写真といえど上手いことこいつを引っ張れねぇで 、と懐かしげに呟くイゾウの声を耳にして、 アンは思わずイゾウの顔をまじまじと見つめてしまった。
口ぶりだけはやけに古っぽいというか江戸っぽいというか… なのに、見た目はモデルと見紛うような美しさ。
マルコやサッチより年下だと思っていた。
そうか、 マルコの15年前ということはイゾウの15年前なんだから二人の 歳はそう変わんないのか、とアンはひとり納得した。
あ、でも、
「15年前かぁ…あたしまだ6歳だよ」
変なの、とアンが笑ったその瞬間、 目の前のイゾウはぱちくりと目を見開いた。
そして隣のサッチはもたげていた頭を起こし、6歳… と掠れた声で呟く。
「?」
「…こりゃあ立派な犯罪者だな、あいつも」
「? だれが?なにが?」
「・・・ろくさい・・・」
可笑しげに目を細めたイゾウとは対極的に、 サッチは再びばふんっとソファへ頭を沈めた。
「ちっちぇぇアン、見てみてぇなぁ」
「えぇ、やだあ」
間違いなくクソガキだもんとけらけら笑うと、 イゾウもははっと声を上げた。
「あ、アンちゃん、マルコにはコレ、内緒な?」
サッチがだらけった腕を伸ばして指さすのは渦中の雑誌で、 しぃっと口元に人差し指を当てるふりをするのでアンも同じように して頷いた。
「わかった!」
にししっと肩を揺らして笑う隣の女の子を目の端に移して、 信用ならねェなぁとサッチが苦笑を漏らしたそのとき、 若い声が遠くから飛び込んできた。
「サッチさーん!ここ1ページ余るんすけどー!」
呼ばれた当人サッチはその声の主を振り向き、 ひらりと手を振った。
「おーおー、今いくってんだよ」
まったくオレッチ引っ張りだこで困っちゃう、 とサッチはため息とともにゆっくり重い腰を上げた。
しかしその顔には疲ればかりではなくて、 仕方ないとでもいうような苦笑も乗っている。
「ごめんなアンちゃん、ちょいと行くわ」
「あ、うん、こっちこそごめん、もうすぐ帰…」
「それは駄目。こんなに早く帰っちまったらつまんねぇじゃん」
オレが。
という心情は含めずにそう言えば、アンはほっと顔を綻ばせた。
自宅の隣でマルコが苛立たしげに机を叩いていることなどすっかり 忘れて、あたしもほんとはもう少しここにいたいんだと、 にっと歯を見せて笑った。
さあ1ページどうしよっかなーと呟きながら、 雑然としたデスクに戻っていくサッチのよれたシャツの背中を見送 っていれば、アン、と低く通る声が耳に滑り込んだ。
「携帯、光ってんぞ」
そういってイゾウが指差すのはアンのちょうどお腹のあたり、 ジーンズのオーバーオールの膨らんだ前ポケット。
黄色い光がピコピコと漏れていた。
「あ、ほんと」
「マルコか?」
「たぶん」
ぱかりとそれを開けば、 ただの文字のはずがどこか物々しさすら感じさせる、「早く帰れ」 の一言が。
「どうせ早く帰ってこいとかそんなんだろ」
「…うんビンゴ」
ははっと乾いた笑いを零すアンを眺めながら最後の一口をすすった イゾウは、なぁアンと口を開いた。
「今日昼から用あるか?」
「うん?用?もうないよ」
そりゃいいとイゾウが口端を上げる一方で、アンは話が読めず、 んっ?と首をかしげる。
「じゃあ腹のほうはどうだ、すいてっか」
「あー…そう言えば。あ、でもほら、お菓子食べたし」
もう帰るだけだからがんばれる!と笑顔付きで返答すれば、 そうかとイゾウは満足げに頷いた。
「よしじゃあちぃとばかし待ってな」
「? どっか行くの?」
「いいもん持ってきてやっから、いい子で待ってな」
すぐ戻る、と踵を返したイゾウは、 長い脚を持て余すように歩いていきアンの視界から消えた。
なんのこっちゃとアンがひとりつくねんと座っていたのはものの2 ,3分で、イゾウは言葉の通りすぐに戻ってきた。
「ほらよ」
ぽいと膝の上に置かれた紙のボックスに、アンは目を奪われた。
「…これ!駅前の開店同時に並ばないと買えないドーナツ!! しかもこんなにいっぱい!」
なになになんでどうして、と食いつくアンに、 イゾウは紫煙を吐き出しながらにぃと笑って見せた。
「昼飯代わりになるかはしんねぇが、 アンくらいの女ってのぁこういうのが好きじゃあなかったかい」
「すき!だいすき!」
食べていいの!? と既にぱかりとふたを開けたボックスを抱え込んだアンにイゾウが 頷きかけると、すぐさまいただきます! と威勢のいい声が飛んできた。
「うーまーいー!!」
最高!ドーナツ最高!イゾウ最高!
感動のあまり目の端に涙を浮かべながら手の中のそれを味わってい れば、何がおかしかったのか突然イゾウが噴き出した。
あっはっはとこれも見目に似合わない豪快な笑い方である。
「あー、やっぱアン、お前さん最高だわ」
「?」
なにがと問いかけたアンの声を遮ったのは、 甲高い女性の声だった。
声のほうを振り向けば、Tシャツにジーパンと言ったラフな姿の、 しかしきれいな女性が慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「ちょ、イゾウさん! モデル一人足んないって今バタバタしてんのに、 何やってんですか!?」
「あぁ?だから口説いてる」
さらりと返答したイゾウは、 呆気にとられている女性からアンに視線を戻した。
しごとのはなしか、 たいへんだなあと呑気にドーナツを頬張っていたアンが最後の一口 を口の中に放り込んで、 丁寧に指についた粉砂糖を舐めとるまで見届けたイゾウは、 常に絶やさないゆるい笑みのまま口を開いた。
「アン、お前さんモデルんなってくれやしないか」
ちゅぱっ、と景気のいい音が辺りに響いた。
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『・・・・遅ェ』
「悪ぃ、携帯放置でした」
この通話は俺のライフラインカット行為なんじゃ、
とサッチは嫌な汗をかきつつ思うが事実を言うしかない。
『いつまでほっつき歩いてんだよぃ』
ここまで不機嫌な声を、
初体験おめでとう俺、と頭の隅で笑うしかないが、いや、
「へ?ほっつき歩く?」
『買い出し行って、飯作るって、
「何キレてんだよ。だから飯作ってんだろが」
『あぁ?』
「・・・・?ちょ、待て、お前、え!?聞いてねェの!?」
『何が』
「嘘だろ、アンちゃん、そりゃ駄目だ」
『煩ェな、何だってんだよぃ』
「お宅のお嬢さん、
言わなかったんだわな、そうだよな、
『テメェん家だァ?』
「マルコにゃ言って来たっつーからてっきり・・・」
とサッチは口に出してすぐに、
ああまずった、アンに責がある言い方になったと後悔した。
誰が好き好んで火種落として掻きまわすか、と言い募っても、
相手が歳甲斐もなく小娘に堕ちたオッサンではそれも通らない気は
(何で隠すとかしちゃったのよ・・・)
「まさかと思うけど、アンちゃんの携帯は」
『・・・切られてるよぃ』
オーマイガー、とサッチは天を仰いだ。
恐怖の着信数の予想に、これで裏が取れてしまったではないか。
行き先は別の男の部屋。
そしてそれを彼氏には内緒。
さらに携帯の電源はオフ。
どんな王道修羅場コースだとサッチは通話をしつつリビングに引き
当然げんなり溜息付きで。
「浮気相手とか俺まっぴらごめんよ」
『当たり前だよぃ』
友人(という単語はいささかそぐわない気もするが)
まぁマルコだってそんな事は思っていないのかもしれないが、
あの着信の数がそれを否定する。
そもそもあのマルコはこんなに何かに執着するタイプじゃねぇのに
まぁ、そういうことなんでしょう。
この事態を引き起こしたお嬢ちゃんは、
大変面倒な男に掴まったと、そういうことなんでしょう。
(いつもなら、あーら楽しいで終わるんだけどさー)
サッチはテーブルの上、パキンと固まった様なアンを見て、
玄関での会話のいくつかは聞かれたのだと理解した。
そして通話中のサッチを見上げる迷子になったような縋る瞳。
ふるふると首を振ったのは、電話を代わる事を恐れたからか。
アンは椅子の上で膝を抱いて小さくなってしまった。
「代わって・・・あー、今トイレみてェ。・・・ん、はいはい、
んじゃ、
パチンと携帯を二つ折りにして、それをポケットにしまいながら、
「おにーさんにお話をしてちょーだい?」
**
ごめん、とアンはまず呟いた。
何やらとてもまずい事になったのが空気で分かる。
トイレになんて行ってないのに、
「・・・マルコ、怒ってた?」
「あー、そうね、いい具合に」
どうしよう、
その怒りは心配だからだとは伝わらないか、
「どしたよアンちゃん、マルコに言わずにとからしくないじゃん。
「うぅん、ホントに、何にもないよ」
「アホマルコがアンちゃん困らすこと仕出かしたんじゃねぇの?」
「・・・・・・ち、がう」
違わないでしょその返事は、とサッチはいいから言え、
つーか部屋離れたいってのも気になってんのよおにーさんは、
アンはうろうろと迷った挙句、またポツリと言った。
「サッチ、この部屋に彼女のモノある?」
この小娘今俺がフリーだと知っての嫌味か、
「
それを聞いてアンは絶望的な顔をした。
いやいや、俺別に普通の回答よね?
「紅茶があるの」
「へ?」
「マルコの部屋にね、紅茶のパックがあるの」
「・・・あー・・・・そういや、あった・・かな」
「マルコ飲まないの」
「だからアンのじゃねぇの?」
「ううん、あたしんじゃない」
へ?とサッチは首を傾げた。
マルコが不要なものを自分で買い置くわけがない。
そしてアンも自分のものではないと言う。
「前のね、彼女のなんだよ、多分」
死ね、オッサン。
サッチは内心で盛大に言い放った。
このままこの可愛いお嬢さんをこのテーブルに釘づけにして、
死ぬほど食わせて、デザートまでやって、甘やかしまくって、
マルコも少しはダメージ受けるだろう。
ああ、チクショウ。
そんな背景だって分かってたらマルコとあんな会話ぜってぇしなか
多分、いや恐らく十中八九、マルコにはその紅茶が見えていない。
いや目が悪いと言うレベルではなく、
生活に不要なものに意識を払わないという言いかえればよっぽど冷
(アンちゃんにはそう見えないわなァ・・・)
オッサンの内情を斟酌してやって、
これはどう考えてもマルコが悪い。
翌日、いやせめて三日後あたりまでに始末しとけ。
サッチは目の前の椅子のアンをものすごくぎゅむーーっとしてやり
・・・いや、堪えましたけれども。
「たまにね、そうやってね、気になっちゃうんだ」
そんなのもう全然なんとも思ってないってマルコは言ったんだけど
それちゃんとわかってるんだけど、
でも、たまに駄目で。
だって、その人が居たとこに、今あたし居るから・・・
語尾がぐしゅと滲んだ。
「考えたら、止まんなくて、あそこに居たくなくて、だから・・・
「ごめんね、サッチ、嘘ついて来ちゃって」
完全に涙声になったアンの隣へ、
椅子をカタンと引いて座り直す。
「ま、嘘っつーか言わなかったことがあるだけ、だろ?」
屁理屈を用いてアンを追いつめないサッチの甘さはとんでもなく優
アンはますます膝に深く顔を埋めた。
サッチはぽすんとそんなアンの黒髪へ手を置く。
「ちょっとびっくりしたけど、あれよ?
もちょっと上手に今日のデートは算段できたのに、
あーしくった、馬鹿正直にお前帰すとか言っちゃった。
悪戯っぽく言われた台詞にも、アンは笑わなかった。
相変わらずの滲んだ声でサッチに聞いたのは二度目の質問。
「マルコ怒ってた?」
「いいって、怒らせとけ」
「・・・サッチも怒ってる?」
「おう」
「ご、ごめ」
「ただし、マルコの馬鹿さ加減にな」
お前の所為じゃねェから心配顔はやめなさい、
そのことでアンはふにゃっと顔が崩れて、
サッチはポン、
慣れた手つきで操作すると、相手に構わず喋り出した。
「悪い、気変わったわ。アンちゃんしばらくここに置いとく」
サッチの声にアンは弾かれたように顔を上げた。
相手は、誰?マルコ?どうして?
「・・・あ?黙れこのアホ。お前が色々言わない所為でなぁ、
待って、いい、そんなことマルコに言わないで。
アンは絶望的な表情でサッチに向かって首を振る。
その姿は絶対に視界の端に入っているはずなのに、
「サッチ、やめて」
「泣かせてんじゃ、」
「サッチ!」
ツーツー、とアンの手の中で無機質な音がする。
奪い取ったサッチの携帯は衝撃で切れていた。
その事にアンはホッとして、
どうしたらいいのかわからないから、
サッチは自分の携帯をひょいと回収すると、終話ボタンを押した。
そしてそれを机へ置きアンの顔を覗き込んだ。
「今度はアンちゃんが怒る番か?」
勝手にアンの状態を告げようとしたことを指して、
そこにからかうような響きはなく、だからアンは首を振った。
実際何をどう言葉にしたらいいのかわからないのだ。
サッチが何故マルコにそんな事を言ったのかもわからない。
けれどどう見ても喧嘩腰だった。
その前の電話では普通だったのに。
どうして?
「マルコの野郎は言葉が足りなさすぎなんだよな」
あんな仕事してるくせして、とサッチはヤレヤレと首を振る。
「だからアンちゃん、ものすごい面倒かけて悪いけど、
「・・・・・でも」
「ホントになぁ、
いっぺん死ねあの野郎。
サッチはぐしゃぐしゃとアンの頭を掻きまわし、
「さっき俺に言ったこと、全部マルコに言ってみ?
サッチがそう請け負う根拠が判らなくて、
「お、信じてないな?紅茶のことも、
全部まとめて解決するって。サッチ様保証付き」
「で、も、マルコ怒って」
「だいじょーっぶ!マルコがちょびっとでも怒ったら、
編集サンが本気出せば結構シャレになんないこと出来ます!
ピースサインをアンに送って悪戯っぽく笑うサッチに、
「すごい、頼もしいね」
「だろー」
ふっふっふ、
「俺アンちゃんの味方だもんよ」
「あり、がと」
よしよし、
というわけで飯の続きだ、と立ち上がった。
**
「あ、あのさ、サッチ」
「んー?」
「えっと、あの、食べたら、駅まで送ってもらって、いい?」
冷めた炒め物はサッチの手でざっと再び油に通され既にアンの口に
同じく煮込んでいたもの消えている。
ものの15分で平らげた量にサッチはうんうんと満足そうに頷いた
そして今アンはアイスのカップを持ちながら、
カウンター向こう換気扇の下で一仕事終えた合図の煙草に火が付い
「帰る、ね」
アンは酷く言いにくそうにそう告げた。
サッチにはその素直さが眩しくて、そして本当に可愛いと思う。
「あのな、家まで送るに決まってんでしょ・・・
何故だかサッチはチラリと壁にかかった時計を見て、
椅子の上きょとんとした顔のアンに悪戯っぽく笑いかけた。
「多分、俺の出番ナシ」
ガンッ!
アンがどういう意味だ?と首を傾げた瞬間、
「へ?な、何?」
サッチの発言と、そしてこの物音。
その両方が理解できずにアンはサッチに問いかける。
もはや借金の取り立てでももう少し上品な叩き方をしそうな具合に
ドアが悲鳴を上げていた。
**
「チャイム使わねェとかどんだけ」
もちろんわざとの所業だと理解しているのだが、
この音から想像するに、手も使わずの脚蹴りかよ・・・
サッチは「さいてー」と呆れた声を出しながら、
事態を飲み込めないアンを置き去りにして咥え煙草のまま玄関へと
*
新聞も保険のセールスもお断りでーす、あと借金もしてませーん、
サッチはドアの鍵をパチンと外す。
とたんにノブが回って、史上最悪に人相の悪い借金取り、
「あーらら、来ちゃったの?」
「あんなに分かりやすい煽り方しといてよく言うよぃ」
苦虫を噛み潰したような顔でマルコは低く吐き出す。
それを受けてもサッチは涼しい顔で何の事だかとニヤッと笑っただ
「本気で帰さねぇつもりだったけど?」
「アンが帰るっつったろぃ?」
「かーっ!お前マジいっぺん死ねその傍若無人ぶり!」
さも当然の様に言うマルコにサッチは心底腹立たしさを覚えた。
なんでこんな性悪がいいのよアンちゃん、
「アンは?」
「泣き顔も超可愛い」
見たものを反芻するようにサッチはうっとり目を閉じる。
当然マルコの問いがそんなことを聞いているのではないと百も承知
「・・・いっぺん死ぬかよぃ」
玄関先でサッチとのらりくらりな会話をするために、
ここまですっ飛んで来たわけがない。
さっさと家に入れろ、とマルコが溜息をついた瞬間、
珍しく笑っていない。
「殺してやりてぇのはこっちだ」
「泣かすな、あんないい子。
己の不甲斐なさを膝が折れるまで反省しやがれ」
ケッとサッチは毒づくと、玄関の上に放置しっぱなしの残り、
すなわち財布と車のキーをまとめて掴むとマルコの横をすり抜けな
「ほいじゃ、ちょっと足りない食材買い足し出るわ」
「・・・・・」
「俺の部屋で不埒な真似しやがったら仕事全部切るからな」
舐めてんじゃねーぞ、
そのままスタンスタンと足元のコンクリートを響かせながら姿を消
マルコは足音が遠ざかるのを耳の端でとらえつつ、
ハナノリさんのあとがき
→
一歩ずつ歩み寄ってくるように、夜は訪れる。
海よりも薄く淡い青色だった空が、だんだん赤みが増してきて、オレンジと紫と青のグラデーションを描く。
船べりに腰かけて足をぶらんと揺らしているうちにオレンジはどこかへ行ってしまって、気づけば紺一色の空になっていた。
覚醒
オヤジはまだかなあと空を仰げば風がそよいで、港に並ぶ住宅や飯屋から晩飯のにおいが届く。
あそこの家は焼き魚だろうか、香ばしいにおいがする。
あっちの飯屋では宴会を開いているらしい。
海の男たちの豪快な笑い声とジョッキがぶつかる音が、港に停泊するこの船の上にまで聞こえてきた。
とんと足場を蹴って船底へと着地する。
すでにあたりは顔の判別がつかないほど黒く暗くなっているが、あまり油は無駄にできないので灯りはつけないでおこうと、マルコは一度手に取ったランタンにふたをかぶせた。
暗闇に慣れてきた目を頼りに船室へと入った。
小さなキッチンが隅っこに備え付けられた小さなダイニング。
部屋の隅に置かれていた樽の栓を開けて、マルコは一杯の水を飲んだ。
自分の背丈ほどの高さのそれをマルコは上から覗くことができないので、ふたを開けて中身があとどれくらいかを見ることはできない。
明日にはきっと水の調達にマルコも駆り出されて、オヤジと一緒に街を歩くことになるだろうからあまり惜しまなくてもいいのかもしれないけれど、一応、無駄にはできない。
真っ暗なキッチンを見渡して、ふうと息をついたマルコは上へと伝う梯子に手をかけた。
ハンモックがひとつ。
そのとなりにも、二回りほど小さなハンモックが、ひとつ。
部屋の壁にぴったりと寄り添っている机の上には航海術のいろはが書かれた専門書が昨日眠る前の状態のままそこにあった。
文字が読めないマルコにとって専門書などどこが図式でどこが文字なのかすらわからない代物で、読み始めてひと月たった今でも本文はわからないことだらけだ。
オヤジがいないと読めないというのはひどく難儀で、時間がかかる。
しかしマルコが一文を一時間かけて読むだけで喜んでくれる人がいるので、苦にはならなかった。
「…しつどが、70いじょう、おんどが28いじょう…」
昨日読んだ一節を暗闇の中で諳んじて、マルコは本を閉じた。
ふたりの寝室の壁、大きなハンモックの頭側にはこれまたマルコの等身大ほどのサーベルが一本置いてある。
触るなと言われているので、触らない。
ただ、少し離れたところから見るだけだ。
不意にマルコは自分の手のひらを見つめた。
すっかり目が慣れて、ぼんやりと輪郭と共に手のひらが浮かぶ。
小さくて指も短くて、厚みのない手のひら。
この手では両手でサーベルを持ち上げることもできないだろう。
んっと声とともに力んでみても細い腕は細いままで、すとんと肩から指先まで一直線の腕は頼りない。
陸へ降りて同じ歳ほどの町の子供は、もう少ししっかりと肉がついていた。
自分は細すぎて、弱弱しくて、いっそ気持ちが悪いほど痩せている。
食べても食べてもいっこうに背は伸びないし、思うように肉もつかない。
だからトレーニングをしたところですぐにばてるので体力もない。
今までは、食べていないから背が伸びないのだと思っていた。
だから普通の量を食べられるようになればぐんぐんと背は伸びて、街の大人…は無理でも子供はすぐに見下ろせるのだと思っていた。
だってこんなにも大きくなりたいと思っているのだから。
ダンッ、と重たいものが船底を叩き、マルコは俯いていた顔を上げた。
急いで梯子を下り、少し高い位置にある取っ手を体重をかけて押し開ける。
甲板には、マルコには抱えきれないけれどオヤジは楽々担げてしまう程の大きさの袋を、ちょうど下ろしたところのオヤジが立っていた。
「よう、マルコ。船番ご苦労さんだったなあ」
「お、おかえり!オヤジ!」
ああただいま、とマルコの頭上に手を置き、オヤジは船内へと入っていく。
そのあとに続くと、ぱっと室内に灯りが灯った。
「真っ暗ん中で灯りもつけねぇで、」
目が悪くなったらどうすると軽くいなされて、マルコは肩をすくめた。
オヤジはテーブルに置いた麻袋をごそごそと漁って、中から数枚の紙幣を取り出すと残りは金庫にしまった。
「よし、飯食いに行くぞ」
「船は?」
「グラララ!こんなボロ、誰もとりゃあしねぇよ」
じゃあなんでオレに船番させてたんだと言いかけたマルコを遮るように、オヤジはもう一度マルコの頭の上に手のひらを置いた。
大きくて、分厚くて、武器を握るから固くなった手のひら。
温かくて、ついでにさっきまで宝石類を触っていたからか少し金属くさい。
ほんとうは、どうしたらこんな手になれるのか知っている。
死ぬほど食べても、丸一日寝てても、吐くほどトレーニングをしてもこんな手にはなれない。
既に船から港へと再び降りたオヤジは、早く来いと急かすようにマルコを見上げた。
マルコは慌てて船べりに足をかけ、オヤジの隣に着地する。
そして並んで歩きだした。
「オヤジ」
「あん?」
「オレ欲しいものがあるんだよい」
「おう珍しいな、言ってみやがれ」
どうにもできねぇかもしれねぇがな、とオヤジは口を曲げた。
「言わねぇよい」
そう言えばオヤジは細い目をひとつ瞬かせてから、そうかと呟いてまた笑った。
「内緒か」
「内緒だよい」
いっちょまえにと頭を軽く小突かれて、へへっと笑い声が漏れてしまった。
オヤジ。
オレも守るものが欲しい。
オレも守るものが欲しい。
口を開けたエレベーターの中には数人の社員が乗っていて、入口のところに立っているアンを見て全員が一様にぎょっとした。
しかしアンはそれにはお構いなしで、幾多もの視線に気づくこともなくエレベーターに乗り込んでいく。
そして次の瞬間には、カエルよろしくべたっと壁に張り付いた。
そこはガラス張りで、外の景色が薄い青に色付いてよく見えるのである。
(すごっ!すごぉっ!!外が見える!!)
エレベーターという箱の中から見る景色の目新しさに感動していたアンだったが、背後で扉が遠慮がちな音を立てて閉じたことにより我に返り、慌てて4階のボタンを押した。
エレベーターが上昇していく間外の景色に目を奪われ続けていたことは言うまでもない。
ふわっと滑らかな動きでエレベーターが停止した。
そしてまた滑らかに、目の前の扉が開く。
アンが一歩踏み出したそこは、喧騒に揉まれていた。
(…すっごい、人)
編集者と言うのはこうもせわしいものなのかとサッチを見て常々思っていたアンだったが、実際に働く人々を見て成程と確信した。
とにかくみんなどこかしら動いているのである。
アンが務める会社のように、のんびりとお茶が出るのを待つおっさんなど一人もいない。
皆が皆、慌ただしそうに仕事をしていた。
(…えぇと、まず、そう、つきあたりを右!)
人の動きに目を奪われていたアンだったが案内を思い出してよいせとリュックを背負いなおした。
突き当りと言っても目の前は吹き抜けの『穴』である。
だからつまり突き当りってことはこの穴の向こう側ってことか、とアンはひとり頷いて歩き出した。
*
…お?
…うぁ?
…階段、ない…
アンは4階の印刷室の前で一人立ち往生していた。
案内をしてくれた綺麗なお姉さんの鈴のような声を思い出しながら、どうにか印刷室の前までは来れた。
自分の記憶力を始めてほめたいと思った瞬間だ。
だが、案内された通りの階段が見当たらないのである。
しばらくきょろりきょろりとあたりをうろついて階段を探してみたり、ほかに印刷室があるんじゃないかと探してみたりしたものの、やはり部屋の入口上部に『印刷室』とプレートが刺さっているのはこの部屋だけで。
行き詰ってしまった。
(…どうしよ…受付戻ろうかな…)
少し離れたところの、また別の編集部に人はいる。
だがアンはまだしっかりとマルコの言いつけを覚えていた。
なんであんなに顔に影を作ってまで言い聞かせてきたのかはわからないが、それだけ必死なのだろうということはよく伝わった手前、破ることはできない。
ゆえに誰に尋ねることもできず、やはりアンには受付に戻るしか手段がなかった。
しかし、だ。
(…さっきどっちから来たっけ…)
来た道を戻るということは、行きに右に曲がったのなら左に、左に曲がったのなら右に曲がるということである。
だがもう既に、アンは自分が消化してきた道筋を思い出すことができない。
そして右に曲がったら戻るときは左に、などという考えも皆目思いつかなかった。
(…どどどどどうしよう…)
不安と焦りで胸のあたりがずくずくして、ぎゅうっとリュックの肩ひもを握りしめる。
あたしが迷ったせいでマルコの締め切りが遅れたらどうしよう、もしかしたらサッチも待っているかもしれないのに、とあの二人の顔を思い出したら少し泣きたくなった。
だが泣いていたって仕方がないことくらいわかるので、涙はぐっとこらえる。
…やっぱり誰かに尋ねようか、と来た道を振り返った。
すると、さっと大きな影が壁の向こうに身を隠した気配がした。
「…?」
誰かいたような気がする、と首をかしげたがそこには誰もいない。
遠くの部署で数人の人がせわしく働いているだけである。
気のせいか、と再び前を見据えてこれからを考え直すアンだったが、再び背後から視線を感じてさっと振り返った。
するとまた、大きな影がさっと壁の向こうに消える気配。
「…??」
わけがわからないが、そんなことより今は自分の迷子が先決である。
迷子と言う言葉を自分で考えて少し気が沈んだ。
「ん、こりゃあ珍しいもん見っけた」
唐突に聞こえた低い声にアンが俯いていた顔をぱっとあげると、印刷室の隣の鉄の扉の向こう側から現れたらしい男が、アンを見つめて目を細めていた。
「え、あ、」
「お嬢はこんなとこで何してんだい」
ガチャンと重たい金属音と共に扉が閉まると、それと共に男の長髪がさらりと揺れた。
腰あたりまである漆黒の髪色はアンと同じ。ちなみに真っ黒の瞳も。
長い脚は黒の緩いスラックスをはきこなしていて、胸元の空いたシャツの袖を捲ってその手には数冊の雑誌を抱えていて。
モデル、みたいだ。
ぽかんと口を開けたまま男を見つめていたアンの顔を覗き込み、男はんっ?と口角を上げた。
そしてちらりとアンの背後へ視線を送る。
壁の向こうの空気が少しざわりと揺れて、その原因に見当がついたのか男は再び小さく笑った。
アンは男が笑ったことによりはっと我に返ったものの、相変わらずつかめない現状への不安やらで胸は苛まれ、眉はへにゃりと下がったままだ。
「…あ、の…サッチ、サッチのとこに…よ、よんかい…」
「サッチ?ああ、アイツに御用かい」
こくこくと必死に頷けば男は柔らかに口角を上げ、今さっきその男自身が現れた鉄の扉を引き開けた。
「もうすぐそこだ。お連れしやんせ」
「…あ、階段…」
男が開けた扉の向こうはまさにアンが探していた階段で、その階下からは小さくざわめきが漏れていた。
アンが顔を上げて男を見やると、男は扉を引いたまま視線でアンに進むよう促す。
「あ、ありがと!…ございます、」
安堵と喜びがプラスされにっこりと男を見上げたまま笑いかけると一瞬男はきょとりと目を丸めたが、すぐに同じようにして顔を綻ばせた。
マルコの言いつけはすっかり忘れてアンが促されるまま扉の向こうへと消える背後では、その男──イゾウが壁の向こう側に身をひそめる大きな影、ラクヨウ率いる十数人の編集者たちに向かって口だけを動かしていた。
(はやく仕事戻れ阿呆)
*
「サッチ!!サッチサッチサッチィィィ!!」
見慣れた後姿を見つけ、大きく手を振りながら叫べばどれだけ騒がしい編集部でも視線は自然とアンに集まる。
その中でアンに背を向けていたサッチの髪はリーゼントがところどころほどけ幾筋もの髪が垂れさがっていて、数個のピンが髪に刺さっていたがあまり用はなしていないようだ。
サッチは虚ろな目のままアンを振り返り、そして頼りなく笑った。
(…一日でやつれてる…)
昨日うちにおすそ分け持ってきてくれた時はこんな顔じゃなかったと、サッチの忙しさが半端ないことをさすがのアンも汲み取った。
サッチは近くにいた若い男に何やら話しかけてそれと同時に書類も渡し、アンのほうへとデスクを掻きわけやってくる。
そしてアンの後ろでひらりと手を振る男の姿を見て、あからさまにゲッと顔をしかめた。
「んだよ、つれねぇな」
「イゾウ…お前なんでアンちゃんと一緒にいんだよ…」
「このおにーさんが、ここまで連れてきてくれた!」
えへへ迷っちゃったよあたし、と悪びれることなく笑うアンを前にして、サッチはがっくしと肩を落とした。
面倒なことになるからイゾウだけはアンに近づかせるなと、奴からお達しがあったというのに。
いや実際はマルコから口でそう言われたわけではない。
ただ数十分前にかかってきたマルコのあらゆるセリフに、その意図が多分に含まれていた。
「お嬢、名前は」
「あ、アン!ポートガス・D・アン!おにーさんは、イゾウ?」
「ああ、ところでなんでサッチの奴に用事?」
「あ!そう、サッチ、これ!」
リュックの片腕を外し、ごそごそとその中を探ったアンは目的のメモリを取り出した。
「おお、サンキュ」
「ん、アンは新人ライターか」
「や、ちがうちがう!これはマルコの、」
「マルコ?」
「アンっちゃんっ!!おれ今から休憩取るからさ、ほら、あそこのソファで待っててくんね?お菓子とジュース持ってすぐ行くから!」
唐突に会話を断ち切ってサッチがそう言えばアンはぱあっと頬を染めて大きく頷き、てけてけとリュックを背負いソファへと向かっていった。
その後ろ姿を二人の男がともに見送り、片方が大仰にため息をつく。
もう片方はアンがソファに腰掛けるところまで見送ると、くくっと喉を揺らした。
「噂は本当だったってか、」
「…イゾウ…怒られんのおれなんだからな…この確信犯め…」
「…使いてぇな、あのお嬢」
「おまっ…!その捕食獣の顔ヤメロ!!」
そんな会話がなされる向こう側で、アンは呑気に「おつかい成功」とマルコにメールを打っていた。
→
しかしアンはそれにはお構いなしで、幾多もの視線に気づくこともなくエレベーターに乗り込んでいく。
そして次の瞬間には、カエルよろしくべたっと壁に張り付いた。
そこはガラス張りで、外の景色が薄い青に色付いてよく見えるのである。
(すごっ!すごぉっ!!外が見える!!)
エレベーターという箱の中から見る景色の目新しさに感動していたアンだったが、背後で扉が遠慮がちな音を立てて閉じたことにより我に返り、慌てて4階のボタンを押した。
エレベーターが上昇していく間外の景色に目を奪われ続けていたことは言うまでもない。
ふわっと滑らかな動きでエレベーターが停止した。
そしてまた滑らかに、目の前の扉が開く。
アンが一歩踏み出したそこは、喧騒に揉まれていた。
(…すっごい、人)
編集者と言うのはこうもせわしいものなのかとサッチを見て常々思っていたアンだったが、実際に働く人々を見て成程と確信した。
とにかくみんなどこかしら動いているのである。
アンが務める会社のように、のんびりとお茶が出るのを待つおっさんなど一人もいない。
皆が皆、慌ただしそうに仕事をしていた。
(…えぇと、まず、そう、つきあたりを右!)
人の動きに目を奪われていたアンだったが案内を思い出してよいせとリュックを背負いなおした。
突き当りと言っても目の前は吹き抜けの『穴』である。
だからつまり突き当りってことはこの穴の向こう側ってことか、とアンはひとり頷いて歩き出した。
*
…お?
…うぁ?
…階段、ない…
アンは4階の印刷室の前で一人立ち往生していた。
案内をしてくれた綺麗なお姉さんの鈴のような声を思い出しながら、どうにか印刷室の前までは来れた。
自分の記憶力を始めてほめたいと思った瞬間だ。
だが、案内された通りの階段が見当たらないのである。
しばらくきょろりきょろりとあたりをうろついて階段を探してみたり、ほかに印刷室があるんじゃないかと探してみたりしたものの、やはり部屋の入口上部に『印刷室』とプレートが刺さっているのはこの部屋だけで。
行き詰ってしまった。
(…どうしよ…受付戻ろうかな…)
少し離れたところの、また別の編集部に人はいる。
だがアンはまだしっかりとマルコの言いつけを覚えていた。
なんであんなに顔に影を作ってまで言い聞かせてきたのかはわからないが、それだけ必死なのだろうということはよく伝わった手前、破ることはできない。
ゆえに誰に尋ねることもできず、やはりアンには受付に戻るしか手段がなかった。
しかし、だ。
(…さっきどっちから来たっけ…)
来た道を戻るということは、行きに右に曲がったのなら左に、左に曲がったのなら右に曲がるということである。
だがもう既に、アンは自分が消化してきた道筋を思い出すことができない。
そして右に曲がったら戻るときは左に、などという考えも皆目思いつかなかった。
(…どどどどどうしよう…)
不安と焦りで胸のあたりがずくずくして、ぎゅうっとリュックの肩ひもを握りしめる。
あたしが迷ったせいでマルコの締め切りが遅れたらどうしよう、もしかしたらサッチも待っているかもしれないのに、とあの二人の顔を思い出したら少し泣きたくなった。
だが泣いていたって仕方がないことくらいわかるので、涙はぐっとこらえる。
…やっぱり誰かに尋ねようか、と来た道を振り返った。
すると、さっと大きな影が壁の向こうに身を隠した気配がした。
「…?」
誰かいたような気がする、と首をかしげたがそこには誰もいない。
遠くの部署で数人の人がせわしく働いているだけである。
気のせいか、と再び前を見据えてこれからを考え直すアンだったが、再び背後から視線を感じてさっと振り返った。
するとまた、大きな影がさっと壁の向こうに消える気配。
「…??」
わけがわからないが、そんなことより今は自分の迷子が先決である。
迷子と言う言葉を自分で考えて少し気が沈んだ。
「ん、こりゃあ珍しいもん見っけた」
唐突に聞こえた低い声にアンが俯いていた顔をぱっとあげると、印刷室の隣の鉄の扉の向こう側から現れたらしい男が、アンを見つめて目を細めていた。
「え、あ、」
「お嬢はこんなとこで何してんだい」
ガチャンと重たい金属音と共に扉が閉まると、それと共に男の長髪がさらりと揺れた。
腰あたりまである漆黒の髪色はアンと同じ。ちなみに真っ黒の瞳も。
長い脚は黒の緩いスラックスをはきこなしていて、胸元の空いたシャツの袖を捲ってその手には数冊の雑誌を抱えていて。
モデル、みたいだ。
ぽかんと口を開けたまま男を見つめていたアンの顔を覗き込み、男はんっ?と口角を上げた。
そしてちらりとアンの背後へ視線を送る。
壁の向こうの空気が少しざわりと揺れて、その原因に見当がついたのか男は再び小さく笑った。
アンは男が笑ったことによりはっと我に返ったものの、相変わらずつかめない現状への不安やらで胸は苛まれ、眉はへにゃりと下がったままだ。
「…あ、の…サッチ、サッチのとこに…よ、よんかい…」
「サッチ?ああ、アイツに御用かい」
こくこくと必死に頷けば男は柔らかに口角を上げ、今さっきその男自身が現れた鉄の扉を引き開けた。
「もうすぐそこだ。お連れしやんせ」
「…あ、階段…」
男が開けた扉の向こうはまさにアンが探していた階段で、その階下からは小さくざわめきが漏れていた。
アンが顔を上げて男を見やると、男は扉を引いたまま視線でアンに進むよう促す。
「あ、ありがと!…ございます、」
安堵と喜びがプラスされにっこりと男を見上げたまま笑いかけると一瞬男はきょとりと目を丸めたが、すぐに同じようにして顔を綻ばせた。
マルコの言いつけはすっかり忘れてアンが促されるまま扉の向こうへと消える背後では、その男──イゾウが壁の向こう側に身をひそめる大きな影、ラクヨウ率いる十数人の編集者たちに向かって口だけを動かしていた。
(はやく仕事戻れ阿呆)
*
「サッチ!!サッチサッチサッチィィィ!!」
見慣れた後姿を見つけ、大きく手を振りながら叫べばどれだけ騒がしい編集部でも視線は自然とアンに集まる。
その中でアンに背を向けていたサッチの髪はリーゼントがところどころほどけ幾筋もの髪が垂れさがっていて、数個のピンが髪に刺さっていたがあまり用はなしていないようだ。
サッチは虚ろな目のままアンを振り返り、そして頼りなく笑った。
(…一日でやつれてる…)
昨日うちにおすそ分け持ってきてくれた時はこんな顔じゃなかったと、サッチの忙しさが半端ないことをさすがのアンも汲み取った。
サッチは近くにいた若い男に何やら話しかけてそれと同時に書類も渡し、アンのほうへとデスクを掻きわけやってくる。
そしてアンの後ろでひらりと手を振る男の姿を見て、あからさまにゲッと顔をしかめた。
「んだよ、つれねぇな」
「イゾウ…お前なんでアンちゃんと一緒にいんだよ…」
「このおにーさんが、ここまで連れてきてくれた!」
えへへ迷っちゃったよあたし、と悪びれることなく笑うアンを前にして、サッチはがっくしと肩を落とした。
面倒なことになるからイゾウだけはアンに近づかせるなと、奴からお達しがあったというのに。
いや実際はマルコから口でそう言われたわけではない。
ただ数十分前にかかってきたマルコのあらゆるセリフに、その意図が多分に含まれていた。
「お嬢、名前は」
「あ、アン!ポートガス・D・アン!おにーさんは、イゾウ?」
「ああ、ところでなんでサッチの奴に用事?」
「あ!そう、サッチ、これ!」
リュックの片腕を外し、ごそごそとその中を探ったアンは目的のメモリを取り出した。
「おお、サンキュ」
「ん、アンは新人ライターか」
「や、ちがうちがう!これはマルコの、」
「マルコ?」
「アンっちゃんっ!!おれ今から休憩取るからさ、ほら、あそこのソファで待っててくんね?お菓子とジュース持ってすぐ行くから!」
唐突に会話を断ち切ってサッチがそう言えばアンはぱあっと頬を染めて大きく頷き、てけてけとリュックを背負いソファへと向かっていった。
その後ろ姿を二人の男がともに見送り、片方が大仰にため息をつく。
もう片方はアンがソファに腰掛けるところまで見送ると、くくっと喉を揺らした。
「噂は本当だったってか、」
「…イゾウ…怒られんのおれなんだからな…この確信犯め…」
「…使いてぇな、あのお嬢」
「おまっ…!その捕食獣の顔ヤメロ!!」
そんな会話がなされる向こう側で、アンは呑気に「おつかい成功」とマルコにメールを打っていた。
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