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「マルコ隊長!オヤジが呼んでましたよ」
「ああ、ありがとよい」
いつもの日常業務が一息ついた頃、オヤジからの急な呼び出し。
だが別に珍しいことでもなくオレはぼんやりとしながら船長室へと向かった。
「オヤジ、入るよい」
「ああ、マルコか」
大作りの扉を開けると、つんと鼻を突くアルコール臭。
思わず顔をしかめた。
「オヤジまた昼間から飲んでたのかい」
「グララララ、堅ェこと言うな。これが最後だ」
そういいぐびりと喉を鳴らして酒を口内に注ぎ込んでいたが、そのジョッキにはなみなみと液体が注がれていて、思わずため息が零れた。
「…で、オヤジ、話ってなんだい」
「ああ、最近おめェアンと仲良くやってるようじゃねェか」
「!」
予想だにしなかったオヤジの言葉に自然と目が見開かれる。
思わず狼狽したような視線を送ってしまった。
所在なさ気に首元をさすると、グララといつもの笑い声が響く。
「まずは女のオヤジに顔見せるっつーのが筋ってもんじゃあねェか?」
「…ああー、よい…」
あんたはオレのオヤジでもあるだろがとも思ったがわざわざ反論しないでおく。
オヤジの気持ちもなんとなくわかるからだ。
「…悪かったよい…」
首元に手をやったままそう言うと、オヤジは小さく笑ってジョッキの中身を飲み干した。
「オレァてめェらのことにとやかく言うつもりはねェけどな。アンの奴ァオレの一人娘だ」
「ああ…」
「守ってやれよ」
オヤジの細い目は慈愛に満ちていて、それでいて男親の厳しさを垣間見せていた。
思わずオレの目もキツくなる。
「わかってるよい。…ってかあいつは守らなくても十分強ェ」
「グララララ!違いねェ!」
豪快に笑いもう一つの酒樽に手を伸ばしかけるオヤジを視線で制しながら、ふつと浮かんだひとつの考え。
「…だが、オレァこの船にいる限りあんたが1番だ。
オヤジを守ることをおれは何より優先する。
悪いがこれだけは譲れねェよい」
高い位置にあるその顔を見上げながらそう言うと、オヤジはしばらくの間目をぱちくりさせて、また豪快に笑ったのだった。
「お前ェは息子にするにゃァ最高だがいい男たァ言えねェなァ!」
くしゃりと顔を歪めて笑うオヤジに返す言葉も無く、オレは相変わらず首元の手をもぞもぞと 動かす。
オヤジはそう言ったが、きっとそれはアンにとっても同じこと。
それをオヤジもわかっているからこうして笑っていられるのだ。
「話ってのはそれだけかい」
「ああ、わざわざ悪かったな」
「…いや、」
オレも悪かったよいと口にして、オレはその部屋を後にした。
正直内心複雑だった。
息子の女が娘で娘の男が息子なオヤジも相当複雑な心中だろうとは察するが、オレの脳内では先ほどのオヤジの言葉が軽く渦巻いていた。
もし、本当にもしも、2人を選ばねばならない時が来たとしたら。
オレは迷わずあいつを捨ててしまう。
そしてオレはそれをきっと後悔する。
いや、あいつの強さを信じているからこそできることなのだが。
どちらも守ればというのは、オレが生きる世界では無理だ。
そんなのは所詮甘えだ。
だからそのときがなるべく遅く来るようにと、オレはそんなもやもやとした視界の悪い思考を勢いよく振り払ったのだった。
「オヤジっ!」
「ああ、アン来たか」
よじよじとオヤジの膝を登り、いつもの場所に身体を落ち着かせる。
オヤジは手を添えてあたしを支えてくれた。
「オヤジまた酒飲んでる」
「グララララ!今日はオレァ怒られっぱなしだなァ」
ぐびりと気持ち良さげに酒を煽るその姿はオヤジらしくて好きだけど、ナースやマルコが言うようにあまり身体に良さそうではない。
ので、彼らがするように注意してみたのだが、あたしが言ったところでオヤジは酒を置こうとはしなかった。
「で、話って?」
「ああ、アンてめェマルコのこともオレに話してくれねェったァ寂しいじゃねェか」
「!」
途端に全身の血が顔に集まり、熱が灯る。
そんなあたしをオヤジは至極楽し気に眺めた。
「グララララ!女の顔しやがって」
「…うう」
オヤジはまた一口ジョッキに口をつけ、ニヤリと笑う。
「てめェは初めっからマルコの奴を気に入ってやがったからなァ。
よかったじゃねェか」
そういいあたしの頬を大きな親指でぐいと撫でる。
あたしは嬉しいのと照れ臭いのとで、意味もなく小さな笑いを零したのだった。
「マルコに泣かされたらおれに言えよ」
その太い指に頬ずりをして、うんと頷く。今のところそんな予定無いけどね。
あ、でも、
「じゃああたしがマルコに振られたら慰めてくれる?」
そう言うと、オヤジはぱちくりと瞬きをひとつ。
「だってマルコあんなにかっこいいもん。あたしよりマルコに合う人が絶対いつかマルコを連れてっちゃう。だからそのときは慰めてね」
オヤジは少し目を細めて、何かを考える様にひげに手をやる。
オヤジの輸液パックを取り替えていたナースは眉を寄せてあたしを見た。
ぴょいとオヤジの膝から飛び降り地に足をつける。
「話って、それだけ?」
「ん、ああ、」
「じゃあ行くね、あたし昨日の書類溜めててマルコに怒られたばっかなの」
ひらひらと片手を振りながら船長室を後にする。
あたしの背中は、顔を見合わせるオヤジとナースを見ていた。
「…ユリア…どう思う」
「同じことを考えてると思うわ、パパさん」
「グララララ…手放せなくなるのはあいつの方のように思うがなァ!」
だって息子ってそういうヤツ
(ちょっとパパさん、お酒はそこまでよ)
(アホンダラァ!)
「島についたら一緒に回るかい」
マルコは確かに、あたしの目を見てそう言った。
寄港した際、その島を一緒に探索するのはそう珍しいことじゃなかった。
それはあたしとマルコが家族だったときも、違う関係が増えてからも。
いつもあたしが声をかけていた。
互いに仕事のない日を合わせて、必然的に島につけば忙しくなるマルコ(もちろんあたしもだけど)の仕事が片付くのを待って、さあ行こうと一緒に船を降りるのが好きだった。
でも今回は初めて、マルコから誘ってくれた。
あたしは嬉しくて嬉しくて、ハルタやイゾウに自慢にもならない自慢をして、ナースのお姉さんたちが見たててくれた服を部屋の壁にかけ、それを眺めてはにやけていた。
それくらい、胸の中はいつも以上にマルコでいっぱいになっていた。
「仕事が終わってからだから遅くなるかもしれねェがよい。呼びに行くから待ってろ」
そう言ったのが島につく三日前のこと。
あたしはマルコがいつ来てもいいようにと自分の仕事を手早く終わらせその時を待とうと構えた。
寄港した日の昼、二番隊の仕事を終わらせたあたしはご飯を求めて食堂へと向かった。
島につくと船内はごっそりと人がいなくなるから、そこは人も疎らで。
奥のテーブルでサッチが一人雑誌片手にコーヒーを啜っていた。
「お、アンお前出てなかったのか」
「うん、ねえご飯ある?」
「あー、今から適当に作ってやるよ。座って待ってろ」
「オムライス」
「残念卵がもうねェ」
ちっと小さく舌を打つあたしに小さく笑って、サッチはすぐ作るからなとキッチンへと入っていった。
あたしはサッチが座っていたところに腰を下ろし、そこに置きっぱなしの雑誌をぱらぱらと眺めていた。
(「必ずモテる髪型12種類」…サッチ髪型帰るのかな)
四角い枠に囲まれた、様々な髪型を施した男がずらりと並ぶそれをなんともなしに見ていると、突如バタンとドアが音を立てた。
期待の眼差しを向けたその先には2人の1番隊クルー。
「…なんだ」
「ちょ、アンひでェ」
あからさまながっかりの表情を浮かべたあたしに苦笑して、彼らは少し離れた席に着いた。
聞こえて来た、他愛のない会話。
キッチンから届く香ばしい匂いに鼻をひくひくさせていると、自然と耳に届いた話。
「あー、オレらも見張りじゃなきゃマルコ隊長たちと行けたのにな」
「まあなー、見張りじゃサボれねェし」
「あの店すんげェべっぴんがいるらしいぜ」
「マジで⁉ってまぁマルコ隊長がいちゃあ女は全部あの人んとこに行っちまうけどな」
「はっ、違いねェ!…っておいっ!」
立ち上がったのと同時に、がたりと思いのほか大仰な音がした。
それに気づいた2人がさっと青ざめた顔でこちらを振り向く。
「ア、アン、ちげぇよ、これは昔の話で」
「そうそう!てか最初っから隊長はめったに女相手にしねぇし!」
なぁ!?と引きつった顔を見合わせる2人の傍、あたしはぐるぐると渦に飲まれる思考を懸命に抑えつけていた。
「マルコ、いまどこにいるって?」
「…え、酒場…」
酒場?
なんでどうして、
あたしとの約束は?
「アンちゃーん、お待たせー」
サッチが白く湯気の立つピラフとスープをかかえて食堂へと戻ってきた。
あたしの首はサッチの方へと回ったが、頬の筋肉は上手く動いてくれない。
そんなあたしを見てサッチは怪訝な顔をした。
「…どした?」
「…マルコ…酒飲みに、あたし…や、くそく…」
頭の中で思考担当の小人たちが全面戦争を始めてしまった。
あたしの脳はぎこちなくしか動かない。
よって言葉も滑らかに紡がれなくて。
でもサッチはそれだけで大方のことをわかってくれた。
「約束してたのか」
小さく頷くあたしと、不穏な空気に肩を寄せ合う2人のクルー。
「行くぞ」
サッチはあたしの腕を取ると、食堂の外へと歩き出した。
「どこに」
「決まってんだろ」
サッチはあたしの手を引いたままずんずんと甲板を横切り、さらにはあたしを引っ張るようにして船を降りた。
この街と言ったらここ、という酒屋でもあるのか、サッチは迷うこと無く進んで行く。
あたしはその勢いに押されたのか、まだ上手く喋れないからか、黙りこくってその手に引かれるがまま歩を進めた。
着いたのは少し大きめの酒屋。
中からは騒がしい人の声が絡まりながら聞こえてくる。
ひとつ大きな窓が付いていて、あたしはそこから見えてしまった。
マルコがいる。
他のクルーたちも同じテーブルを囲んで、げらげらと笑いながらジョッキを掲げている。
いつもは静かに飲むのが好きなマルコでさえも、口を開けて笑っていた。
そしてその肩に雪崩れかかるようにしているのは、ざっくりと肩口の開いた服をきた派手な女。
マルコは気にもしていないように反対側を向いてクルーたちとの会話に勤しんでいるが、女はぺたりとマルコにくっついたままだ。
それこそ以前は見慣れた風景ではあったけど。
サッチも同じ窓からその様子を眺めていて、あのバカ、と小さく舌を打った。
もう一度あたしの腕を引き店のドアへと向おうとしたサッチを、あたしはその服を掴んで止めた。
「いい」
「いいって、お前」
「マルコ遅くなるかもって、仕事終わってからって言ってたから、もしかしたら、」
「そんなわけ」
ないだろ、と続くはずの言葉を飲み込んで、サッチはぐっと俯いた。
「帰ろ」
その言葉にサッチは小さく頷いて、あたしたちは来た道を戻ったのだった。
「マルコ隊長!!」
酒場で野郎どもと馬鹿話をしていると、突如飛び込んで来た2人の隊員。
そいつらが開けたドアと大きな窓から見えた空は薄紫がかっていた。
「あ?お前ら見張りじゃなかったかねい」
「…ちょっと、代わってもらったんすけど、そうじゃなくて」
「サッチ隊長に、50秒以内にマルコ隊長に伝えろって、船から追い出されて」
息を切らす隊員は、オレの顔を見てからゴクリと唾を飲み込んだ。
「『1番大事なモン忘れてんじゃねェよこのアホウドリが』」
「ああ!?」
突然の罵倒に声を荒げると、隊員は慌ててだからサッチ隊長からですってとオレを宥めた。
「なんの話だい」
「その、オレらもよくわかんないんすけど」
「昼間にオレがマルコ隊長酒場にいるっつったら、さっきになって突然…」
「約束がどうとか言ってましたけど」
約束ぅ?とオレは頭をひねる。
「サッチの奴と約束なんかしてねぇよい」
そう言うと、隊員は手をブンブン振って否定した。
「サッチ隊長じゃなくて、アンのことっすよ」
おそらく5秒程、血の気の少ない隊員の顔を拝んでから、オレは勢いよく立ち上がった。
オレにしなだれかかっていた女の存在をそのとき思い出した。
「やっべぇ…よい」
行っちゃうのお?と間伸びした高い声を背中で聞きながら、オレは慌てて酒場を飛び出したのだった。
がらんとした甲板に人気はなく、目的の姿もない。
まっすぐアンの部屋に向かいその扉を叩いた。
返事はない。
当たり前か、と思いつつも溜息が零れ出た。
遅すぎた。完全に忘れていた。
仕事終わりの酒の誘いには魔物が住んでいる。
いや言い訳には変わりないが、魅力的な誘いにオレは二言目には返事をしていた。
そのとき胸の何処かで引っかかっていた何かの正体はこれだったのかと今更ながら思い当たった。
「アン?いるんだろい。オレだよい、開けてくれ」
沈黙がひたすら広がっていく。
しかし中でなにかがかたんと音を立てた。
やはり中にいるのだ。
「アン、悪かったよい…ちゃんと謝りてェからここ開けろい」
それでも帰って来ない返事に業を煮やしたオレはドアを蹴破ろうと片足をあげたそのとき、中からドアが開けられた。
「…何してんだよ」
出てきたのはリーゼントをぶら下げたサッチで、いつもの締まりのない顔は何処に引っ込めたのか、オレを鋭い視線で捉えた。
オレは扉が開いたことよりもその部屋からサッチが現れたことのほうが気にかかった。
知らずに眉間に皺が寄る。
「てめェここで何してんだい」
ずいと一歩歩み寄ってもサッチは引かず、むしろ視線をキツくした。
サッチの肩口から探していた姿を捉えて一瞬安堵する。
そんなオレの表情を悟ったのかサッチは逆に表情を固くした。
「どけよい」
入り口に立ちはだかるサッチを押しのけ部屋へと入る。
ベッドに腰掛けたアンは虚ろな視線をこちらに向けた。
朝はあんなにも輝かんばかりの顔をしていたというのに、その変わり様に驚く。
こんな顔をさせているのはオレかと気づいて自嘲した。
街へ行けなかったくらいでどんだけ落ち込んでんだと思わないでもなかったが、とりあえず自分の非は認めている。
「アン、」
忘れていた、悪かった、そう口にしようとしたそのとき、後ろから強い力が肩を掴んでオレを押しとどめ、さらには前に回ってきて胸倉を掴んだ。
「何してんだはこっちの台詞だっつーの。てめェこそなにしてたんだ、あァ?隊長さんよぉ、」
鬼気迫る勢いのサッチはオレをえぐるように睨みつける。
オレは負けずと睨み返した。
「てめェにゃ関係ねェだろうがよい、引っ込んでろ」
なにを、とサッチが口を開いたそのとき、聞こえた小さな声。
「あたし」
ゆっくりと口を開いたアンは立ち上がり、オレをまっすぐに見た。
ぱさりと、サッチの腕がオレから離れる。
「待ってた」
「ずっと待ってたの」
「…悪かったよい」
「でもマルコは来なかった」
まっすぐすぎる視線は尖ってないのに鋭くオレを突き刺した。
ほろり、と音もなくアンの眼から雫が零れて思わずぎょっとする。
こいつが泣くときはいつも感情の爆発で、こんな風に静かに涙をこぼす姿は初めてだった。
「アン」
手のひらがアンの頬を包もうと伸ばされたが、それはぱちんという乾いた音が妨げた。
小さく走った痺れのような痛みともつかない痛み。
アンの目からまたひとつ涙が落ちた。
アンはオレの手をはたいた手をもう片方の手で握りなおし、俯く。
おれは殴られた手を、目を丸めるという情けない顔で見つめた。
「…きらい…」
思わず聞きそびれそうな程小さく、それは落とされた。
しかし次にアンの口から発せられた言葉はしっかりとオレの耳に届いたのだった。
まるで、終わりを告げるゴングのように。
「マルコなんてだいっきらい!!」
剥き出しの肩から炎が噴き出て、ぱちぱちと爆ぜるそれをそのままにアンは部屋から走り去った。
「アン!!」
動かないオレの足の代わりにまっすぐな行動を示したのはサッチの足で、それはオレの役だろうよいと他人事のように思いながらアンもサッチもいなくなった部屋の真ん中にオレは一人立ち尽くしたのだった。
サッチと船に戻ったのが二時過ぎ。
それからあたしはずっと自分の部屋でマルコを待った。
砂糖一粒にも満たない程の期待に賭けて、マルコを待った。
そうして部屋でぼんやりしているうちに太陽は帰り支度を始めてしまい、部屋の中は薄暗くなった。
小さくノックの音が響き、サッチが入ってきた。
手にはオムライス。
「食うだろ?」
条件反射のように頷いたあたしにサッチは見るからに安心した顔をして、それを手渡してくれた。
サッチ特製のふわふわしたオムライスを食べている間サッチは静かに部屋で待っていてくれた。
「…あれ、着るつもりだったやつか」
あたしがスプーンを置いたとき、サッチは壁に掛かった上着に目を留めてそう言った。
ナースのお姉さんが選んでくれた、動きやすいシンプルなパーカー。
マルコが外に出るときは上を着ろというから、選んでもらったのだ。
「…ああ、うん。もう要らなかったね」
苦々しい顔をしたサッチは悲しいそうにしてくれた。
それはきっと顔の筋肉が上手く動かない、あたしのために。
そんなとき、ノックの音が聞こえた。
伸びてきた、大好きなはずの手を、いつのまにか思いっきりはたいていた。
マルコを叩いた手は炎をまとっていて、火傷したかもしれないと心配になる。
でもそんな心配よりも口から転びでたのは、今まで頭の片隅にもなかった、今は確かな形を持ってしまった言葉。
「マルコなんて、だいっきらい!!」
*
部屋を出て自然と向かった先は、全てを包む大きな人の元。
ノックもなしに突然入ってきたあたしに、オヤジは少し目を丸めながらどうしたと聞いてくれた。
「オヤジ…っ、」
「グララララ!らしくねぇ顔しやがって、どうしたってんだ?」
「どうしよう…!オヤジ、あたし…!」
いつのまにかカタカタと震え出した肩をぎゅっと抱き込むと、ふわりと体が浮かび上がる。
オヤジの顔が幾分近くなり、そっと肩を撫でられるとぷしゅうと空気の入った袋が破けた様に気が落ち着いた。
それでもやっぱりぼろぼろと、止まることなく涙が流れ続ける。
太い指先が荒く顔を拭ってくれた。
「…どうしよう…っ、あたし…マルコに嫌いって言っちゃった…!」
そう零すとオヤジは数秒キョトンとして、また豪快に笑った。
「そいつぁ珍しいなァ!マルコの奴ァショックで心臓止まってねェといいがなァ!」
「…っ、どうしよう…」
途方に暮れるあたしを目を細めて見下ろしたオヤジは、静かにあたしの髪を撫で付けた。
「しかしお前を泣かすったぁ感心しねぇな。大方あいつが悪いんだろう」
しばらく考え、そうだそう言えばあたしはすっぽかされたから泣いていたはず、と思い出す。
本当に楽しみだった。
島でなにをしよう2人でなにを食べようと、船の上ではけしてできないことばかり。
それも、マルコが誘ってくれたからこそこんなにも嬉しかったのだ。
それなのに。
あたしが数日心待ちにし続けたそれを、マルコはいとも容易く記憶の底に沈めていた。
酒場に行きたかったのならそれでいい。
誘われたなら行きたいのも分かる。
仕事終わりの乾杯がどれだけいいものかも。
ただ、覚えていて欲しかった。
一人浮かれていた自分が悲しくて仕方ない。
「アン、」
ぱさりとあたしの前に放られたのは一冊の雑誌。
「…これ…」
サッチが食堂で読んでいたのと同じもの。
「マルコの野郎が島につく前オレんとこに忘れてったんだ」
「アン隊長、見てみて」
そう言ったのはナースのユリア。
「彼ったら私の所までわざわざ聞きにきたのよ。かっこ悪いわよね」
クスクスと肩を揺らすユリアに釣られてオヤジもグララと笑う。
あたしははてなマークを飛ばしながら雑誌を捲った。
昼間見た髪型12種類のページが目に飛び込んできた。
…あ、付箋。
よく見れば、小さく頭を出す付箋がぴらぴらと、それも数枚、遠慮がちに並んでいるのが見えた。
そのページを開くと、そこは今寄港している島の観光特集。
付箋が貼ってあるページは、全部食べ物屋や名物料理などあたしの目を引くものばかり。
「これ…」
「マルコ隊長ね、『あいつが好きそうなところに連れて行きてェんだが、いいとこ知らねェか』ですって。だからその雑誌、貸してあげたの」
雑誌の特集を漁るマルコを想像してみた。
ちっとも似合わない。
それでも思い浮かべたその姿はやっぱり愛しかった。
「あいつんとこ、いってやれ」
小さく頷いたあたしはユリアに雑誌を返し、ぐちゃぐちゃの顔を手のひらでこすった。
多分まだぐちゃぐちゃだろうけど、いいや。
マルコはまだ部屋にいるだろうか。
もういないかな。
とりあえず、とあたしは自分の部屋へと再び歩を進めたのだった。
ぼんやりと部屋に立ち尽くすオレ。
あたりはいっそう静けさを増して闇が広がっていく。
大嫌いだと。何様だってんだ。
だがその言葉がおれに与えた衝撃は地味に痛かった。
そう、例えるならばパイル生地の敷布の上で寝ているとき、ささくれ立った足の人差し指の爪が敷布の糸にひっかかり、そのまま寝返りをうったがために爪の先が割れてしまったときのように。
地味に痛いだろう。
いやそんなことはどうでもいい、何の話だ。
そう、アンの話だ。
馬鹿なことを考えていたせいでサッチに先を越された。
あいつを追いかけられなかった。
行かなければ。
オレはのろのろと体を反転し、部屋を出たのだった。
1番に行ったのは食堂だったのだが、そこは隊長格の奴らが数人たむろっていた。
若い奴らはそれなりの楽しみがあるのだろうが、それなりに年を召した隊長たちはそれぞれ食堂でぼんやりと各自好きなことをしているようだった。
その中にサッチの姿を見つけた。
「おい」
眉間をすがめて歩み寄るオレをちらりと横目でみたサッチは小さく息を吐く。
いい具合にオレのイラつきを突つく奴だ。
「アンは」
「オヤジの部屋入ってったから任せた」
それを聞き、目的の部屋へ行こうと踵を返したオレをサッチの低い声が呼び止めた。
奴はがたんと音を立てて腰を上げる。
「お前行って何言うつもりだよ。忘れてた悪かったよいなんて謝って済ますつもりじゃねぇだろうな」
「…さっきからてめぇにゃ関係ねぇっつってんだろうがよい」
そう吐き捨てると、サッチの目元の傷がひくりと引きつった。
サッチは戦闘のときのような素早さでオレの懐に迫ってくると、先程のようにオレの胸倉を掴み、食堂のテーブルに叩きつけた。
「さっきから関係ねぇ関係ねぇってよぉ!
てめぇ人の妹泣かせといて何が関係ねぇだ格好付けんのもいい加減にしやがれ!!」
無意識のうちに歯を噛み締めるとぎり、と音がする。
オレはサッチの胸倉を掴み返し起き上がると態勢を反転させ、オレがされたようにテーブルにその背中を叩きつけた。
「それが関係ねぇっつってんだよい!!
てめぇの口挟むことなんざこれっぽっちもねぇ!!」
「んだと、」
「やめろ2人とも!!」
ふわりと内臓が浮かぶような浮遊感と、首元がキツく締められる感覚に襲われる。
ブレンハイムがオレとサッチの襟首をつまみ上げていた。
「マルコもサッチも、ちぃと落ち着け」
イゾウがゆるりとした動作で髪をかきあげオレたちを見据える。
思えば、サッチと掴み合いの喧嘩など数年ぶりかもしれない。
ブレンハイムは距離を取ってオレたちを下ろした。
ハルタが口を開く。
「…マルコ。サッチに聞いたけど。
…確かにオレたちが口出しすることじゃない。2人のことだから。
でも、アンは本当に楽しみにしてたんだ。マルコのことばっかり話してた。
わかってると思うけど、あいつはマルコが大好きなんだよ」
だから悲しませないで、と。
ハルタはまっすぐにオレを見すえた。
「…わかってるよい…」
所在なさげに首元をさすると、未だ口を真一文にむすんだサッチが歩み寄ってきて、何の前触れもなくオレのケツを蹴っ飛ばした。
「いって!てめぇ、」
「わかってんなら早く行きやがれ!グズグズしてっと今日の夜メシにしてやっぞ!!」
ふんっと鼻息荒く言い切ったサッチを一睨みし、今から行くと答えると当たり前だと返ってきた。
行かなければ。
アンの部屋がある廊下を曲がると、ちょうどその部屋のドアが閉まったところだった。
部屋の前まで行き、ドアノブに手を伸ばす。
閉め切られた扉がオレを拒絶しているようで柄にもなく落ち込んだ。
勢いにのせてドアノブを回そうとしたそのとき、がちゃりと逆に中からドアが開いた。
「うわっ!」
「うおっ!」
突如引かれたドアに釣られて部屋になだれ込むとその先にいたのはもちろんアンで、オレが突然現れたことに目を丸くしていた。
「…マルコ、」
おれをしっかりと見上げたその目に安心する。
さっきのような虚ろな光は消えていた。
それはきっとオヤジのおかげだ。
静かに頬に手を伸ばす。
今度は拒絶されなかった。
そばかすの数を数えるようにそこを撫でると、アンの目が揺れた。
「…オレァお前に触れられねぇのが一番キツイよい」
自嘲ぎみにそう言うと、ぎゅっと唇を噛み締めたアンがオレの胸にぶつかってきた。
細い腕が腰を力一杯締め付ける。
オレは負けじと抱き締め返した。
「…ゴメン、ゴメンねマルコ」
「なんで謝る。悪りぃのはオレだけだよい。ごめんな」
しかしアンはオレの胸の中でふるふると首を振った。
「嘘だよ、嫌いなんて、全部嘘」
「知ってるよい」
顔を上げるよう促し、濡れた目元を舐めとってやる。
思えば、オレはいつももらってばかりだ。
親から子へのような、無償の愛ってやつを。
「明日、一日一緒にいるよい」
「…マルコ明日仕事だよ」
「オヤジに頭下げてでも休みもぎ取るよい」
「…明後日の休みなくなるよ」
「んなもんいらねぇ」
ふふっと細い肩が揺れる。
たまらなく愛しくて、さらにキツく抱き締めた。
「…あ、」
アンが思い出したようにオレの片手を取る。
「…やっぱり、火傷してる」
自分ではそれどころではなかったので気づいてなかったが、アンに先程叩かれた手の甲は赤く爛れていた。
「早く治して」
「いいよい。戒めだと思って、残しとくよい」
その火傷に触れないようオレの手を撫で、アンは子供のように笑った。
「次があったらそのときは鳥の丸焼きにするからね」
「…おめぇは冗談にならねぇから怖ぇよい」
それより、とアンの前髪をかきあげ額に唇を落とす。
さらに目元、鼻先、頬、と唇を滑り落として行き、唇にたどり着く。
そこに吸いつこうとしたそのとき、あ、という色気皆無の声がアンから漏れた。
「…なんだよい」
「マルコちょっと脱いで」
言うが早いかアンはオレのシャツに手をかけよいしょと肩から脱がした。
(え、え、これはそういうことかよい!?)
内心ガッツポーズをかましたオレに、アンはさらりと言ってのけた。
「マルコ変な香水の匂いするのやだ」
香水?
1.5秒ほど考え、つ、と背中に汗が伝う。
「これはさっき…!」
「知ってる。見たから」
淡白に言ってのけたアンは俯き、オレのシャツを床に捨てた。
「…マルコが気にしてないのはわかってたけど、嫌だったよ…」
ぴとりとオレの胸板に頬を寄せる。
もともと薄着(薄いもなにも、肌が出ているが)のアンの素肌がくっつき、言いようのない感覚に襲われた。
そのまま顎を掴み上を向かせ、唇に噛み付く。
そして明日はおれが破産しようとこいつに好きなだけ好きなことをさせようと誓った。
何故って、こんなにも愛しいから。
オレとあいつとあいつの彼女の大戦争
(まったく、マルコを殴ることほど労力の無駄遣いはねぇよ)
(お前さんはいい仕事してんのに可哀想な役回りだなあ)
(ハッキリ言うなイゾウ!!)
身を削るつもりなんてさらさらないが、こいつらのためならそれもいいかと思うのだ。
幸福運び人
「マルコ隊長!この書類エース隊長がさっきそこに捨てるように置いてったんすけど…いりませんか?捨てていいっすか?」
「…いるよい。捨てんな」
「あっ、じゃあエース隊長に」
「いい、いい。オレが代わりにもらっとくよい」
そういいクルーの一人からぴっと書類を受け取った。
きっとまたエースのところに戻ったところでこの書類の運命は紙飛行機かなんかだろう。
ありがとうございますっと元気に礼を述べたクルーはきびきびと執務に戻った。
俺はくるりと反転し、書類に目を通す。
(…なにからやろうかねい…)
ジョズから書類にサインを貰い、換金のリストを作り、オヤジの定期健診の結果を聞きに医務室へ…
それからエースの説教とサッチのアホの書類をまとめて…
ああ、そういやイゾウが次の島の件で話あるっつってたねい…
んで次は…
「…コ、マルコ!」
「おわっ!」
考えに熱中しすぎて声が耳に届いていなかったらしい。
ビスタが背を丸めてオレを覗きこんでいた。
「マルコ、お前おかしいところないか?」
おかしいところ?はて、そんなものあっただろうか。
強いていうならば、思考中の頭が多少クラクラするくらいだろうか。
クラクラ?
あ、やべぇ。
そう思ったときにはすでに俺の脚は身体を支えることをやめていて。
情けなくもビスタの胸に倒れかかる瞬間オレは意識を手離したのだった。
夢を見た。
真っ暗闇の中俺は1人立っていて。
足を動かしても進んでいるのかなんてわからない。
ふと、横に人の気配。
…ああ、お前かい。
んっ?と片眉を上げオレに視線を送るサッチは行こうぜとオレを促した。
どこへ行くんだい?
決まってんだろ。
そんなやりとりがあって、またふいに横に人の気配を感じる。
日の光の匂いがした。
エースはオレを見上げにししと声を上げて笑う。
早く行こうぜとオレを誘った。
またひとり、またひとりと。
確実に増えて行くオレを囲む仲間たち。
見知った顔が一様に何処かを目指して歩いて行く。
暗闇の中ぼんやりと浮かび上がる大きな背中。
ああ、来るべき場所はここだったと、納得したオレはさらに早く歩を進めた。
しかし見える背中はすぐそこなのに、なかなかたどり着かない。
もう既に到着した奴らもいるのに、オレだけがついていけない。
やたらと息が切れる。
サッチもエースも、と目指す場所に行ってしまうのに。
何故オレだけがこんなにも疲れている?
サッチのように飄々と行けない。
エースのように軽やかには走れない。
おれ一人、必死で何を背負ってるってんだ。
向こうでみんなが早く来いよとオレを呼ぶ。
無理だ。背負うものが重過ぎて、お前たちと一緒には行けないんだ。
突如、グララララっと慣れ親しんだ笑い声が身体を包んだ。
ぱち、と瞼が開いた。
頬に暖かな何かが添えられている。
1番に目に入ったのは、見慣れた天井だった。
「起きたか」
「...オヤジ」
俺の頬を滑っていたのはオヤジの大きな指先で。
オヤジは実を屈めるようにして俺が横たわるベッドの横に腰を下ろしていた。
「風邪と、疲労だ」
無理させちまったようだなァと、オヤジは眉をすがめた。
ああ、あの朦朧とした頭は熱のせいだったのかと思いあたる。
ふと、オレの左側に熱を感じた。というか気づいた。
「...こいつ…」
「グララララ、エースの奴、自分が仕事サボったせいでマルコがぶっ倒れたと思いやがった。責任持って添い寝するんだとよ」
すやすやとムカつく程心地良さげな寝息を立てるエースを横目に捉えてから、ふと右側にも違和感を感じる。
床に座り込み、リーゼントをベッドに突っ伏したままこれまた寝息を立てる男。
「オレが来たときにゃァサッチの奴寝てやがった。オレがマルコの看病するんだ!っつって張り切ってたんだがなァ」
眉根を寄せて、それでも愛し気にオヤジはサッチの肩に乗せられた毛布を掛け直した。
しばらくそんなオヤジの顔を眺めていたのだが、ふと重大なことを思い出した。
「オヤジッ!オレまだ仕事がッ…」
がばりと身体を起こすとだるさが全身を駆け巡り、また目眩のような靄が視界を覆う。
そんなオレをオヤジは小突くようにして寝かせた。
「グララララ、窓見てみろ」
言われたとおりそちらに視線を送ると、そこはもう黒一色で。
オレからしたら一瞬のうちに、夜になっていた。
「・・・仕事は・・・」
「心配しねェでも、ハルタやらイゾウやらが張り切ってたぜェ。やっとお前の分の仕事ができるっつってなァ」
不覚だ。
自分のやるべきことを人にやらせて自分は一日ぐうすかしていたとは。
なぁマルコ、とオヤジが視線を下ろした。
「・・・おめェは・・・なんでも一人で背負いすぎるきらいがあるなァ・・・他の野郎どもが寂しそうだぜ」
「・・・オレは別に・・・」
「もうちょっと周りを見てみろ。他の奴の仕事ぶりを見るんじゃあねェ。お前が頼ってくれるのを待ってる奴ァ腐るほどいるんだ」
よっとオヤジが腰を上げた。
「熱が下がるまで休暇だ。仕事すんじゃねェぞ」
そういい小さな笑い声を上げてから、オヤジは部屋を出て行ってしまった。
隣で寝息を立てるエースの手には、先ほど(厳密には朝の話だが)俺が持っていたはずの書類が握られていた。
ベッドに突っ伏すサッチの横にあるローボードには、蓋をされた膳が置いてある。
仕事机へと目をやると、朝にはなかったはずの書類が綺麗に整理されて積んであった。
(・・・なんて贅沢もんだい・・・)
苦痛だなんて思ったことはなかった。
だが少し重石を外してみると、肩はありえないほど楽だった。
きっと体が回復したら、オレは今までと同じように同じだけ働くのだろう。
それがオレで、これからも変わることはない。
だがたまには融通の利かないことも言ってみようと思う。
理性と論理でガチガチのオレをほどいてくれる奴が、オヤジの言うとおりこの船には腐るほどいるのだから。
久しぶりに、夢も見ないで眠った。
覗き込んだその顔があり得ないくらい真っ赤だったこととか、見開いた瞳が恥ずかしさか何かのために軽く潤んでいたこととか、オレの脳髄を揺さぶるには十分すぎる程の要素が揃っていた。
こいつはこんなにも可愛かった。
他の野郎が気づいていたことに、オレは今になってやっと気づいたのだ。
「・・・アン」
その名を呼ぶとぴくりと小さく肩が跳ねた。
「…そんな顔されると調子狂うよい・・・」
がしがしと頭を掻きながらそう零すと、アンは少し顔を上げた。
特に何を考えたわけじゃない。
ただ本当に自然と、手がその顔に伸びていた。
片手でその顔の片側を包み親指で頬を撫でる。
アンは相変わらず固まったままで、不安気に揺れる瞳をこちらに向けた。
ぷくりと色づいた唇に目が留まる。
触れたいと、素直に思った。
「…マ、ル…」
雰囲気の変わったオレに気づいたのか、アンは掠れた声でオレを呼んだ。
少し腰を屈め、顔を近づける。
目ェ閉じろよいと思ったがまあいい。
アンの呼吸の匂いまでわかりそうな程近くまできたとき、コツ、というちいさな音。
それに続き、あ、と漏れた声。
事態の想像が容易に付いたオレは、険しい顔を音のした方に向けた。
薄く開いたドアの隙間。そこから覗くリーゼント。
「…てめェ」
「あ、やべ」
その声に気づいたアンもそちらに顔を向け、驚いたようにそいつの名を呼んだ。
「出歯亀たァいい度胸じゃねェかい」
まんまとお預け食らったオレは自分でも物騒な顔だとわかる程、面をしかめて見せた。
しかしサッチは眉間に皺をよせるオレにお構いなしに、少し開いていたドアをさらに開け、中に入ってきて、へラリと笑った。
「いやあ、覗くつもりなかったんだけどさ」
「じゃあ早く出てけよい」
間違えばぐるると威嚇の声が出るんじゃないかという程低く喉を鳴らすと、サッチは肩をすくめてぴらりと一枚書類を出した。
「机に置いとくぜ、お二人さん」
そういい、そのとおり書類を机に置いたサッチは以外にもあっさりと部屋を出て行った。
…が、すぐにひょこりと顔を覗かせたかと思うと、にやりと笑った。
「超柔らかいぜ、アンの唇」
なっ、とアンから声が漏れた。
「てめえ燃やしてやろうかい」
オレの威嚇をもろともせず、ふははと笑いながら次は本当に部屋を出て行くサッチ。
「なんなんだよい…」
奴の去った方向に呆れた視線を送り、ひとつ深いため息をつく。
それから仕事机へと向かうべくアンに背を向けた。
仕事の用ならさっさと済ませってんだ、あいつは。
ぺらりと書類を手に取ったその時、つんとシャツが引っ張られる感覚。
振り向くと、アンがまだ真っ赤な顔をして俺を見上げていた。
「...つ、続き…は…?」
息が、止まるかと思った。
だが次の瞬間には、こいつの息を止める勢いで口付けていた。
書類ごとアンの頭を抱えると紙がぐしゃりと鳴ったがそれも気にならなかった。
薄く開いた目の隙間から開いたままのアンの瞳を見つめ返すと、アンは慌てて目を閉じた。
可愛すぎる。
この年になって女に悶えるとは思わなかった。
アンならしょうがないかとも思う。
頭を抱えた方と逆の手を腰に回して引き寄せると、二人の隙間はゼロに等しくなる。
何度も角度を変えてついばむようにすると、可愛らしく音が立ったのが恥ずかしかったのか、アンはオレのシャツを強く握りさらに固く目を閉じた。
「…んっ、はぁ…」
少し解放するとその隙間から懸命に呼吸しようとするが、それさえ許さずまたすぐに口付ける。
あまりの甘さにくらりと思考が霞む。
アンはすでに酸欠で頭が霞んでいるところだろう。
腰に回した手をゆるりと上へ持って行くと、アンから直に戸惑いが伝わった。
音を立てて唇を離し、目の前の瞳を見つめる。
上気した頬にオレが好きだと書いてある。
気を良くしたオレは、背中を上っていた指先をアンの胸を纏う布の中に忍び込ませた。
「マッ、マルコッ…」
「…」
へにゃりと情けない顔で涙を浮かべられては、さすがのオレもそれ以上する気にはならず。
名残惜しいことを分からせるようにやたらゆっくり指を引き抜いた。
「子供にゃぁ刺激がキツかったかねい」
触れるか触れないかギリギリのところまで顔を近づけそう言うと、アンはむっと顔をしかめた。
そんな真っ赤な顔で睨まれたところでどうともないのだが。
腰に回していた手をするりと解いて2人分の唾液がついたアンの口元を拭ってやる。
大人しくしていたかと思うと、突如くふふと笑みを漏らした。
「なんだよい」
「ふふ、嬉しい」
キスがそんなに嬉しかったならばもう一度、とそう言いかけたオレにアンはにかりと笑いかけた。
「マルコの顔に『嬉しい』って書いてある」
もう一度くふ、と笑ったアンはするりとオレから離れた。
「もうすぐごはんだね!食堂行……マルコ?どうかし」
「なんでもねえよい!」
オレの顔を覗き込もうとするアンの頭をぐいと押し返し、部屋の外へと歩かせる。
片やオレは、思わぬ一撃に手で口元を隠すのが精一杯だった。
堕ちたのはどっち
(ねぇさっきあたしお腹鳴ったの聞こえた?)
(ばっちり聞こえたねい)
マルコ、元気か?
オレは元気だ。
お前が元気なのはわかっているが、手紙ってのはこうやって始まるもんだろ?
拝啓不死鳥様
オレは今アラバスタという砂漠の国を出たところだ。
ティーチの情報は何もなかった。
まあ今までの流れでそう簡単に掴めそうじゃないことはわかっていたけど、ちょっとショックだ。
それよりオレが今一番言いたいことは、なんとその国でオレは弟に会ったんだ。
話したことあっただろ?麦わらのルフィだ。
背も伸びてたくましくなっててな、まあおれよりはちいせえんだが、かっこよく育ってたよ。
ルフィにはしっかりした仲間がちゃんといてな、オレは嬉しかった。
別れ難かったんだが、まあルフィがいつか新世界に来る時がきたらまた会えるだろう。
そっちの様子もすげえ気になる。
オヤジの身体は大丈夫か?
ステファンはちゃんとメシ食ってるか?
他の隊長たちも元気か?
オレの2番隊はオレがいなくてもちゃんと働いてるか?
きっとお前がいれば、すべて大丈夫なんだろう。
心配なことが多すぎるが、そっちから連絡してもらう術が何もないのが残念だ。
いつかどこかで電伝虫捕まえたら連絡を入れようと思う。
マルコ、お前はちゃんとメシ食ってるか?
オレの分のメシはとっておかなくていいから、ちゃんと食えよ。
サッチのメシじゃなきゃいやだよいとか我が儘言うんじゃねえぞ。
砂漠ってさ、すっげえ星がきれいなんだ。
高い建物もなくて、まっ黄色の砂と真っ青の空しかなくて、夜は真っ暗で。
んで夜すっげえ寒いんだ。
オレでも寒いんだからマルコだったら息できねえよ多分。
でも仕方ねぇから砂漠の岩場で寝てたんだけどさ、上見るとすげぇの。星が。
いっぱい光っててさ。
船の上から見る星もすごかったけどさ、船は明るかったから。暗いところで見る星は半端じゃなかった。
お前にも見せてやりてぇ。
オレは「人は死んだら星になる」とかは信じてないけど、そのつもりだったけど、一瞬考えちまった。
このいーーーーーーーっぱいあるやつのどれかひとつが、サッチじゃねぇのかなって。
おかしいよな。
サッチは海に還ったのにな。
もしサッチが星なんかになってたら、オレすげぇ困る。
ろくなことできねぇよ。マルコにチクられそうで。
他にもいっぱい書きたいことはあるが、もう拾ったペンのインクが終わりそうだ。だからおしまいだ。
オヤジやみんなにお前の口からオレが元気なことを言っておいてくれ。
ところでオレがこの手紙を託すクーは少し顔がオレに似ているから、もしかするとちょっと馬鹿かもしれない。
だから着くのが遅いかもしれない。しょうがないよな。
じゃあおわる。本当におわる。
じゃあな。
これだけ。
はやくあんたにあいたいよ。
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麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
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一声いただければ喜んで遊びに行きます。
足りん
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