OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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目を覚ますと、血のかよった温かさが全身を包んでいた。
そのここちよさに微睡みながら部屋の中の時計を探し、目を凝らす。
時刻は8時を少し過ぎていた。
起き上がると透き通った空気が裸の肩を舐め、ぶるっと身体が震えた。
サンジ君がもぞりと寝返りを打ち、背中をこちらに向ける。
筋肉で張りつめた肩を見下ろして、私はベッドの下に散乱した衣服を拾い集めた。
すべて身に付けた頃、サンジ君がふたたびこちらに身体を転がしゆっくりと目を開けた。
「──おはよ」
すうっと目を細くして、日なたの猫のようにサンジ君は微笑んだ。
むにゃむにゃと赤ん坊のような口調で彼は尋ねる。
「帰るの?」
「うん」
「朝めし、食ってきなよ」
「でも、ご家族は」
「今何時?」
8時過ぎと伝えると、サンジ君は布団から手を出してひらひらと動かした。
「もう出てるよ」
「そうなの? でも」
「ナミさんがいそがねぇなら、おれ作るから」
サンジ君はゆっくりと身体を起こし、胸の辺りを掻くように手で擦った。
裸の自分を見下ろして、つと私を見て、「ナミさんが服着るとこ、見たかった」などとうそぶく。
先に起きてたくせにという言葉をのみこんで、私はただ「ばかね」と笑った。
サンジ君は手早く朝ごはんを整えてくれた。
それもパンと卵みたいなものではなく、お米と、お魚と、青菜というなんとも渋いセレクトだ。
目を丸くする私にサンジ君は「嫌いなものあったっけ?」と尋ねる。
「大丈夫。すごい、こんな朝ごはん食べたことない」
「多かったら残していいよ」
確かに朝はいつもみかんひとつで済ます私にはとんでもなく多い量だったけど、一口青菜のお浸しを食べるとその爽やかな甘さと程よい塩気はとてもバランスが良く、魚は香ばしくごはんがすすんだ。
そのまま箸は止まらず、結局見事に平らげてしまった。
そんな私をサンジ君は始終嬉しそうに見ては、うまい? 味濃くねェ? と何度も尋ねる。
「本当に料理上手ね。びっくりした、すごくおいしい」
「そりゃよかったよ」
片づけをして、食後のコーヒーを飲んでから彼の家を辞した。
その時すでに時刻は9時半で、ベルメールさんは畑に出てるだろうなあと少し胸が痛む。
本当なら私も一緒に枝の剪定をしなくちゃいけなかった。
ノジコがきっと上手く言ってくれている。
でもそれは私が私のしたいことをするためであって、家の仕事を放りだしたことに変わりはないから、自分勝手な行動を情けなく思いながら、それでもこの時間をなかったことにするなんてどうしてもできないとも、強く思った。
サンジ君は駅まで送ると言ってくれたが、道はわかるからと断り玄関で別れた。
別れ際、サンジ君は私を素早く抱きしめた。
何か耳元でささやかれ、サンジ君の胸元に鼻と口を押し当て、くぐもった声で「うん」と答える。
胸いっぱいにサンジ君のにおいを吸い込んで、閉じ込める。
こらえきれない感情が押し出されるように、目の端に滲んだ。
*
イベント当日に流れてしまった打ち上げは、次の週の木曜日の夜行われることになった。
ウソップから電話で連絡があり、出欠の確認があった。
夜ならいつでも特に予定のない私がたいして悩まず出席を伝えると、ウソップは軽い声で「だよな」と言って笑った。
お風呂から上がってふくらはぎにボディクリームを丹念に塗り込むベルメールさんに、木曜の用事を伝えると「はいはい」とこちらを見もせず了解された。
「こないだの打ち上げでしょ? 遅くなるようだったら連絡しなさいよお」
「うん」
サンジ君の家に泊まった夜のことを、ベルメールさんは一つも私に聞かない。
「ベルメールさんになんて言ったの」とノジコに訊いたら、「サンジ君のところに泊まるって言った」と身も蓋もない答えが返ってきて唖然としたのは、つい昨日のことだ。
口をあける私にノジコは平気な顔で「ウソはつかないって言ったでしょ」と軍手をはめた手をひらりと振った。
「ベルメールさんだって別に過保護じゃないし、本当のこと言ったからってあの人がアンタに何か怒ったりした?」
「……してない」
「下手に言い訳する方が怒るし、ヤな感じでしょ。堂々としてな」
さっぱりとそう言いきってから、ノジコは急ににやりと笑って「それで」と身を寄せてきた。
「どうだった、サンジ君と。家行ったんでしょ」
「別に……ふつう」
「よかった?」
「るさいっ!」
妙にすり寄ってくるノジコの肩を押しのけると、おどけながらノジコは私の手を避けて「よかったね」とニヤニヤした。
「そのサンジ君、見てみたいなあ。今度家に連れてきてよ」
「無理。絶対連れてこない」
ノジコはきょとんとして「イヤならともかく、無理ってなによ」と私をつつく。
その手を払いながら答えないでいると、ノジコは勝手に何か想像して「ふうん」と言った。
「ま、楽しみな」
「偉そうに」と私が悪態づくと、ノジコは意にも介さずけらけら笑った。
*
木曜の朝はいつもどおり畑に出た。
うちの主力商品となるみかんは初夏の今出荷できないが、そんな夏時に我が家の家計を支えることとなる別の種類──いわゆる夏みかんが、ちょうど今の時期まるく膨らんでつやつやときれいな太陽の色に染まり始めていた。
私たちは大きなカゴをトラックで畑まで運び、食べ時のものからどんどん収穫していく。
鳥の糞がかかってしまったものや、剪定した枝が皮に傷をつけてしまったものはジュースやゼリー、ソースなどなんにでもなる。そういった実は別の籠に、と私たちはつぎつぎとみずみずしいそれらをもいでいった。
収穫の作業は、みかんを育てるどの工程の中でも一番気持ちがいい。
花が咲いたときも小さな実をみつけたときも、青い葉ばかりの木がかさかさと揺れているだけのときももちろん胸がときめくけど、やっぱり収穫に敵うものはない。
朝ごはん代わりにと、私は皮の汚れた商品にならない実を手に取って、畑の真ん中で立ったままそれを食べた。
濃厚な土の香りに包まれて口の中いっぱいに甘さと酸の刺激がひろがり、思わずため息が出る。
行儀の悪い私を見咎めて、ノジコが「またやってる」と悪戯を大人に言いつける子供のような仕草で私を指差して笑った。
8時をすぎた頃、遠くの畝を世話していたベルメールさんが遠くからノジコを呼んだ。
無農薬でやってる私たちの畑には敵が多い。
その駆除に苦心しているベルメールさんが助けを呼んだようだ。
ノジコは顔を上げてベルメールさんに向かって親指を立てると、汗をぬぐいながら私を振り返った。
「ここ任せていい?」
「うん、終わったら先帰ってるよ」
収穫した実を乾いた布できれいに拭きながら、虫食いや傷がないかを確かめて箱に詰める。
すべて手作業のそれはひどく時間がかかるが、体力仕事ではないので私は容易に請け負った。
ノジコがベルメールさんの待つ畝へと駆けていく。
太陽が昇り始めると、朝方とはいえ小高い丘に立つ畑に差し込む日差しは厳しい。
それでもじりじりと肌を焼く感触はきらいではなく、汗がつるっとこめかみを滑り落ちて夏だなあと感じた。
家に帰りゆっくりとコーヒーを飲んでいたら、ノジコとベルメールさんが帰ってきた。
ベルメールさんの手には新聞と、我が家で消費されるぶんの果実が数個抱えられている。
「おかえり、おつかれ」
「ただいまあ。あーあっつくなってきたね」
ぱたぱたと新聞で顔を仰いでから、ベルメールさんは手早くエプロンを身に付けた。
「ナミ、アンタ今日何時に出てくんだっけ」
「夕方かな」
「じゃあ昼はうちね」
「もちろん。だって剪定も途中だし、草取りもしないと」
ベルメールさんはフライパンに卵を三つ割り入れてたところで、私の話を聞いているようで聞いていない。
卵がじゅわっと白くなる音にかき消されたように、私のことばに返事が返ってくることはなかった。
午前中は家でゆっくりと本を読んだり、遠くからうちのみかんを取り寄せてくれているお客に手紙と今年の案内を書いたりして過ごした。
お昼はベルメールさんがピザを焼いて、3人で食べた。
食べ終わるとすぐに私たちはまた畑に出る。
今の仕事はもっぱら、害虫の駆除だ。
今日は天気がいいので、初夏と言っても真夏のような日差しが畑に降り注ぐ。
青い葉がぴかぴか輝いて光を吸い込んでいるのは見ていて嬉しくなるが、自分の方はとんでもなく暑い。
わたしたちはこれでもかというくらい汗を滴らせながら、傷んだ葉を取り除き、枝を這い登る虫をつまみとり、肥料をまいて畑を駆けまわった。
日が傾き始めると、とたんにみかん畑は暖色の光に包まれる。
わずかな西日の色にみかんの橙色が共鳴するように輝くのだ。
私たちは名残を惜しむようにその景色を眺めてから、家へと戻った。
汗だらけの服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びると体の表面が一枚剥けたんじゃないかと言うくらいさっぱりする。
七分丈のカットソーに白いサブリナパンツを履いて、出かける準備をした。
ベルメールさんは洗濯機で回したばかりの作業服を洗濯籠に詰め、私におしりを向けたままひらひら手を振った。
「飲みすぎんじゃないわよ」
「わかってるって」
「帰りまだスーパー開いてたら、牛乳買ってきてくんない?」
はいはいと請け負って、小さな玄関扉をくぐった。
西日が強く、気温が下がる気配は微塵もない。
シャワーを浴びたばかりの首筋に汗が浮かび始め、それらを振り払うようにテンポの良い足取りで丘を下った。
待ち合わせ場所には時間通り全員が姿を見せ、ロビンが予約してくれた店までスムーズに移動した。
小料理屋の二階が宴会場のようになっていて、その一室を借りてくれたようだ。
「ときどき使うんだけど、格式ばったときでもこういう飲み会のときでも勝手のいいお店なの」
小さな入り口をくぐって狭い階段をのぼり、広い和室に大きな机がどんと置かれ、そこにはすでに先出のおつまみやコップにお箸が並んでいた。
乾杯はあいも変わらずウソップが音頭をとる。
ぺらぺら動く口に皆が呆れ混じりの苦笑を、それでも微笑ましいものを見るような顔をしてウソップをみやる。
「んじゃ、我らがグループ展の成功を祝してー!」
乾杯、の声と共にガチャガチャとグラスがぶつかる品のない音が、楽しげにわっとはじけた。
乾杯早々酔ったような顔をして、宴会の最も騒がしいところにいる台風の目のようなウソップは私の席からは遠く、私は近くにいる比較的おとなしい人たち──たとえば学生のときクラスに一人二人いた美術部員のような人たちと、ぽつぽつと会話をしてはときどき笑った。
ただ、斜め前の席にロビンが座っているのだけは意外に思った。
この打ち上げがお流れになってしまったのも、彼女の存在の有無が原因だ。
騒がしい人たちがロビンをやんやと会話に入れたがるのではないかと想像していたのに、彼女は静かに近くに座った人たちとの会話を楽しんでいる。
すると、じっと見つめてしまった私に気付いたのか、ふいに視線がかち合った。
ロビンは母親みたいに女性らしい仕草で、私に微笑みかけた。
「こっちのお皿の、取りましょうか」
「あっ、じゃあ」
自分の小皿を差し出すと、ロビンはそつのない仕草で取り分けてくれた。
礼を言って受け取り、こちら側の料理を取ろうかと申し出るとロビンは頷いて小皿を差し出した。
「おいしいでしょ」
「えぇ──ロビンは、どうしてパトロンみたいなことをしてるの?」
会話が生じたついでに尋ねてみると、ロビンの隣に座っていた若い男が「金があるから?」と不躾に言った。
その言葉に小さく吹き出して、ロビンは首を振る。
「もともと美術がすきなの、古ければ古いほど。でもある大学にちょっとしたツテがあって、そこの美大生たちが自分たちで催したグループ展をちょっと手伝ったことがあって、それがきっかけだと思うわ」
「それって」
私がちらりと視線を走らせると、ロビンはその先を確認せずに頷いた。
「ウソップの大学ね。発表する機会がないと聞いて、それなら少しでも役に立てればと思って」
「いつからしてるの?」
「3年くらい前かしら」
私がじっと深く彼女の目を見つめていたからか、ロビンは気を悪くしたふうもなく少し首をかしげた。
慌てて「そうなの」といって言葉尻を濁し、視線を逸らす。
何度も何度も頭をもたげるあのキャンバス。
ざらついた紙に無造作に、それでも細部まで丁寧に。
はりつめたような美しさをたたえるあの女性の顔は、間違いなく目の前にいる彼女だ。
その前に腰かけるサンジ君に、私は初めて出会った。
それを彼が描いたなんて確証はどこにもない。
ただ目の前に座って眠っていた、それだけかもしれない。
私はサンジ君の描いたものを、あの人物画以外に見たこともないのだ。
比べて確かめることもできない。
それでも、きっと、絶対。あれは、サンジ君が描いた。
自分でも危険だと感じるほど強い思い込みは、振り切ろうともがけばもがくほどしがみつくみたいに私から離れようとはしなかった。
一言訊いてみれば済むことだ。
ロビンに、サンジ君の名前を尋ねてみれば。
ウソップに、彼らの関係を訊いてみれば。
サンジ君に、あの絵を描いた理由を訊いてみれば。
でも本当は、彼らからどんな返事を聞かされても平気でいられる自信がないうちは、そんなことできない。
手元にあるサワーで唇を湿らせてぼんやりとする私に、ロビンが「そう言えば」と呼びかけた。
「あなたはどんなお仕事をしてるんだったかしら」
「みかんを作ってるの。畑仕事よ」
えっと周りが驚いたように振り向いた。
「ナミちゃん大学生じゃなかったの!?」
ちがうのよ、と苦笑してグラスで顔を隠した。。
すごいね、立派だね、と口々に褒められて逃げ場のない私は氷のとけたサワーをあおる。
「よかったら、おうちの連絡先を教えてくれない?」
「え?」
ロビンがシンプルな黒いバッグから手帳を取り出し、私を見据えてにっこりした。
「あなたのみかん、食べてみたいわ」
はあ、とまぬけな顔で頷いてしまった。しかしすぐに我に返っていつも持ち歩いているはがきサイズのカードをバッグから取り出し、ロビンに差し出す。
「これ、うちの案内、よかったら」
「あら、ありがとう」
丁寧に受け取ったロビンは、それを手帳に挟みこんだ。
また連絡するわ、と微笑む顔にしばし見惚れる。こちらに差し出した手指も綺麗だった。
やりとりを見ていた周囲が自分にもくれと言いだしたので、慌ててまた数枚を取りだして手渡して、と思わぬ営業活動に私が目を白黒させるのを、ロビンは底の浅いグラスを口に付けながらずっと笑って見ていた。
明るく楽しげに進んだ宴会がお開きの頃になり、またウソップが音頭を取るため立ち上がった。
言い慣れた前口上のあと、ウソップはおもむろに封筒を取り出した。
「チケットの売り上げ代から、会場代の設備費その他を差し引いた残りを今回の飲み台に当てさせていただく!」
わっと場が盛り上がり、ウソップが変哲のない茶封筒から紙幣を抜き取り、金額を告げた。
それを人数で割れば、打ち上げ台は一人千円で補えるほどだ。
経理の役割も担っていた私はすでにその金額を知っていたが、他のメンバーにとっては想像以上だったらしく悲鳴のような歓声を上げた。
こんな売上初めてだ、と年かさのメンバーが恍惚とした声を洩らすと私もくすぐったいような気持ちがした。
「ナミのおかげね」
ロビンが少し声を抑えて、飛び交う歓声の下をくぐるように私に声をかける。
「そんな、私が絵を描いたわけじゃないのに」
「でも、毎年よりずっと売り上げが多いのは本当。不思議ね、きっと商売に向いているんだわ」
ロビンの言葉は、私を喜ばせるためのその場しのぎのようではなく、まるでじっくりと私を考察した結果を述べているように聞こえた。
宴会がお開きになり、店の外に出ると乾いた空気に頭が冷やされて心地よかった。
名残を惜しんで店の前でだらだらと話し続ける数人もあれば、さっさと帰路につく背中もあり、人が自由に散っていく。
私は近くにいた数人に声をかけ、そっと輪を抜け出した。
去り際にロビンと目があい、小さく手を振るとロビンも同じように手を振った。
彼女の白い頬に黄色やピンクのネオンがかわるがわる光を映し、なぜだかそれが目に焼き付いた。
*
ロビンから連絡があったのは、土曜日の真昼を少し過ぎた頃だった。
家の電話にかかってきたそれをノジコが取り、そばで聞いていた私は初めただの注文だと思い、気にも留めずに宅配便のあて名書きをしていた。
注文された箱数かける値段で総額をぱちぱちと電卓で弾いていたところ、「ナミ、アンタのお客さんみたいだけど」とノジコが私を呼んだのだ。
「誰?」
「ニコ・ロビンさん。うちの案内をあんたからもらったって」
勢いよく立ちあがった私に、ノジコが「心当たりあんのね。じゃあ代わって」と電話を差し出す。
受話器を受け取り、「もっもしもし、ロビン?」とつっかえながら尋ねると「ええ、先日はありがとう」と先に礼を言われてしまう。
慌ててこちらこそとありきたりな応酬をしてから、ロビンは「みかんを頼みたいのだけど、今は季節じゃないのかしら」と穏やかな声で訊いた。
「うーんと、うちの主力商品は確かに時期じゃないんだけど、夏の品種がそろそろ出荷時期なの。すこし酸味が強いけど、料理にも使えるしお酒にもできるしおすすめなの」
「いいわね、じゃあそれを2箱いただけるかしら。送ってくれる? それとも取りに行った方がいいなら」
「もちろん送るわ。住所をお願い」
ロビンは以前イベント前に集まったアンティークショップがあった辺りの住所を口にした。
値段と送り方を伝えると、「楽しみにしてる」と言ってロビンは電話を切った。
「やるじゃん。営業でもしてきたの」
ノジコが棒アイスを口に差し込んだままくぐもった声で囃すように言う。
「こないだのイベントのスポンサーみたいな人。うちがみかん作ってるっていっておいたから」
「へえ、律義だね。声が結構落ち着いてるように聞こえたけど、年上?」
「うん。いくつかは知らないけど」
ふうんとノジコはそれ以上興味もなさそうに、丁寧にアイスを舐めとった。
きっと5、いや7は私より年上だ。
落ち着いていて嫌みのない彼女の美しさはあれからずっと私のまぶたの裏でちらちらと輝いていた。
趣味を仕事にしていて、それでもなぜかパトロンをするほど余裕があって、人を川に流すみたいに淀みない仕草で喜ばせるのがとてもうまく、私が知る誰よりも完璧に大人だった。
静かにキャンバスの前に座る彼女をサンジ君がじっと見つめたのかと思うといてもたってもいられなくなり、私はロビンとの通話の切れた電話でそのまま、覚えてしまった番号を素早く押した。
突然電話をかけ始めた私をノジコがちらりと横目で見たが、一息つくとノジコはアイスの棒をぷらぷら揺らしながらリビングから消えていった。
コールはとても長く続いた。
10回以上呼び出し音が鳴り響き、それでもサンジ君の声は聞こえず、無性に腹が立って、八つ当たりのように壁に爪を立てる。
電子的なコール音が無機質な自動音声に切り替わったとき、私は叩きつけるように電話を切った。
荒々しく子機と親機がぶつかり、収まりの悪い子機は床に落ちた。
それを拾うことも億劫で、そのままリビングのソファに倒れ込んでクッションに顔を押し付け、深く深く息を吸った。
嗅ぎ慣れた家の香りが肺を満たし、それが彼の香りではないことがやっぱり腹立たしく、彼が電話に出ないことと私が唯一見たロビンのデッサンはなにも関係がないというのに、彼女の声とサンジ君の声が重なっては遠くなり、まるでなにもかも上手くいかないと駄々をこねる子供みたいに心が塞いだ。
その日の夜、「ごめんな、何の用だった?」といつもの調子で電話をかけ直してきたサンジ君に私は家族の目もはばからず、すがるように「会いたい」と言った。
会えばどうなるものでもないとわかってはいたけど、会いたいという私の声にサンジ君は必ず応えてくれるということがひたすら嬉しく、それだけで会えない時間を生きていけるとさえ思うほど、私は弱くなっていた。
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そのここちよさに微睡みながら部屋の中の時計を探し、目を凝らす。
時刻は8時を少し過ぎていた。
起き上がると透き通った空気が裸の肩を舐め、ぶるっと身体が震えた。
サンジ君がもぞりと寝返りを打ち、背中をこちらに向ける。
筋肉で張りつめた肩を見下ろして、私はベッドの下に散乱した衣服を拾い集めた。
すべて身に付けた頃、サンジ君がふたたびこちらに身体を転がしゆっくりと目を開けた。
「──おはよ」
すうっと目を細くして、日なたの猫のようにサンジ君は微笑んだ。
むにゃむにゃと赤ん坊のような口調で彼は尋ねる。
「帰るの?」
「うん」
「朝めし、食ってきなよ」
「でも、ご家族は」
「今何時?」
8時過ぎと伝えると、サンジ君は布団から手を出してひらひらと動かした。
「もう出てるよ」
「そうなの? でも」
「ナミさんがいそがねぇなら、おれ作るから」
サンジ君はゆっくりと身体を起こし、胸の辺りを掻くように手で擦った。
裸の自分を見下ろして、つと私を見て、「ナミさんが服着るとこ、見たかった」などとうそぶく。
先に起きてたくせにという言葉をのみこんで、私はただ「ばかね」と笑った。
サンジ君は手早く朝ごはんを整えてくれた。
それもパンと卵みたいなものではなく、お米と、お魚と、青菜というなんとも渋いセレクトだ。
目を丸くする私にサンジ君は「嫌いなものあったっけ?」と尋ねる。
「大丈夫。すごい、こんな朝ごはん食べたことない」
「多かったら残していいよ」
確かに朝はいつもみかんひとつで済ます私にはとんでもなく多い量だったけど、一口青菜のお浸しを食べるとその爽やかな甘さと程よい塩気はとてもバランスが良く、魚は香ばしくごはんがすすんだ。
そのまま箸は止まらず、結局見事に平らげてしまった。
そんな私をサンジ君は始終嬉しそうに見ては、うまい? 味濃くねェ? と何度も尋ねる。
「本当に料理上手ね。びっくりした、すごくおいしい」
「そりゃよかったよ」
片づけをして、食後のコーヒーを飲んでから彼の家を辞した。
その時すでに時刻は9時半で、ベルメールさんは畑に出てるだろうなあと少し胸が痛む。
本当なら私も一緒に枝の剪定をしなくちゃいけなかった。
ノジコがきっと上手く言ってくれている。
でもそれは私が私のしたいことをするためであって、家の仕事を放りだしたことに変わりはないから、自分勝手な行動を情けなく思いながら、それでもこの時間をなかったことにするなんてどうしてもできないとも、強く思った。
サンジ君は駅まで送ると言ってくれたが、道はわかるからと断り玄関で別れた。
別れ際、サンジ君は私を素早く抱きしめた。
何か耳元でささやかれ、サンジ君の胸元に鼻と口を押し当て、くぐもった声で「うん」と答える。
胸いっぱいにサンジ君のにおいを吸い込んで、閉じ込める。
こらえきれない感情が押し出されるように、目の端に滲んだ。
*
イベント当日に流れてしまった打ち上げは、次の週の木曜日の夜行われることになった。
ウソップから電話で連絡があり、出欠の確認があった。
夜ならいつでも特に予定のない私がたいして悩まず出席を伝えると、ウソップは軽い声で「だよな」と言って笑った。
お風呂から上がってふくらはぎにボディクリームを丹念に塗り込むベルメールさんに、木曜の用事を伝えると「はいはい」とこちらを見もせず了解された。
「こないだの打ち上げでしょ? 遅くなるようだったら連絡しなさいよお」
「うん」
サンジ君の家に泊まった夜のことを、ベルメールさんは一つも私に聞かない。
「ベルメールさんになんて言ったの」とノジコに訊いたら、「サンジ君のところに泊まるって言った」と身も蓋もない答えが返ってきて唖然としたのは、つい昨日のことだ。
口をあける私にノジコは平気な顔で「ウソはつかないって言ったでしょ」と軍手をはめた手をひらりと振った。
「ベルメールさんだって別に過保護じゃないし、本当のこと言ったからってあの人がアンタに何か怒ったりした?」
「……してない」
「下手に言い訳する方が怒るし、ヤな感じでしょ。堂々としてな」
さっぱりとそう言いきってから、ノジコは急ににやりと笑って「それで」と身を寄せてきた。
「どうだった、サンジ君と。家行ったんでしょ」
「別に……ふつう」
「よかった?」
「るさいっ!」
妙にすり寄ってくるノジコの肩を押しのけると、おどけながらノジコは私の手を避けて「よかったね」とニヤニヤした。
「そのサンジ君、見てみたいなあ。今度家に連れてきてよ」
「無理。絶対連れてこない」
ノジコはきょとんとして「イヤならともかく、無理ってなによ」と私をつつく。
その手を払いながら答えないでいると、ノジコは勝手に何か想像して「ふうん」と言った。
「ま、楽しみな」
「偉そうに」と私が悪態づくと、ノジコは意にも介さずけらけら笑った。
*
木曜の朝はいつもどおり畑に出た。
うちの主力商品となるみかんは初夏の今出荷できないが、そんな夏時に我が家の家計を支えることとなる別の種類──いわゆる夏みかんが、ちょうど今の時期まるく膨らんでつやつやときれいな太陽の色に染まり始めていた。
私たちは大きなカゴをトラックで畑まで運び、食べ時のものからどんどん収穫していく。
鳥の糞がかかってしまったものや、剪定した枝が皮に傷をつけてしまったものはジュースやゼリー、ソースなどなんにでもなる。そういった実は別の籠に、と私たちはつぎつぎとみずみずしいそれらをもいでいった。
収穫の作業は、みかんを育てるどの工程の中でも一番気持ちがいい。
花が咲いたときも小さな実をみつけたときも、青い葉ばかりの木がかさかさと揺れているだけのときももちろん胸がときめくけど、やっぱり収穫に敵うものはない。
朝ごはん代わりにと、私は皮の汚れた商品にならない実を手に取って、畑の真ん中で立ったままそれを食べた。
濃厚な土の香りに包まれて口の中いっぱいに甘さと酸の刺激がひろがり、思わずため息が出る。
行儀の悪い私を見咎めて、ノジコが「またやってる」と悪戯を大人に言いつける子供のような仕草で私を指差して笑った。
8時をすぎた頃、遠くの畝を世話していたベルメールさんが遠くからノジコを呼んだ。
無農薬でやってる私たちの畑には敵が多い。
その駆除に苦心しているベルメールさんが助けを呼んだようだ。
ノジコは顔を上げてベルメールさんに向かって親指を立てると、汗をぬぐいながら私を振り返った。
「ここ任せていい?」
「うん、終わったら先帰ってるよ」
収穫した実を乾いた布できれいに拭きながら、虫食いや傷がないかを確かめて箱に詰める。
すべて手作業のそれはひどく時間がかかるが、体力仕事ではないので私は容易に請け負った。
ノジコがベルメールさんの待つ畝へと駆けていく。
太陽が昇り始めると、朝方とはいえ小高い丘に立つ畑に差し込む日差しは厳しい。
それでもじりじりと肌を焼く感触はきらいではなく、汗がつるっとこめかみを滑り落ちて夏だなあと感じた。
家に帰りゆっくりとコーヒーを飲んでいたら、ノジコとベルメールさんが帰ってきた。
ベルメールさんの手には新聞と、我が家で消費されるぶんの果実が数個抱えられている。
「おかえり、おつかれ」
「ただいまあ。あーあっつくなってきたね」
ぱたぱたと新聞で顔を仰いでから、ベルメールさんは手早くエプロンを身に付けた。
「ナミ、アンタ今日何時に出てくんだっけ」
「夕方かな」
「じゃあ昼はうちね」
「もちろん。だって剪定も途中だし、草取りもしないと」
ベルメールさんはフライパンに卵を三つ割り入れてたところで、私の話を聞いているようで聞いていない。
卵がじゅわっと白くなる音にかき消されたように、私のことばに返事が返ってくることはなかった。
午前中は家でゆっくりと本を読んだり、遠くからうちのみかんを取り寄せてくれているお客に手紙と今年の案内を書いたりして過ごした。
お昼はベルメールさんがピザを焼いて、3人で食べた。
食べ終わるとすぐに私たちはまた畑に出る。
今の仕事はもっぱら、害虫の駆除だ。
今日は天気がいいので、初夏と言っても真夏のような日差しが畑に降り注ぐ。
青い葉がぴかぴか輝いて光を吸い込んでいるのは見ていて嬉しくなるが、自分の方はとんでもなく暑い。
わたしたちはこれでもかというくらい汗を滴らせながら、傷んだ葉を取り除き、枝を這い登る虫をつまみとり、肥料をまいて畑を駆けまわった。
日が傾き始めると、とたんにみかん畑は暖色の光に包まれる。
わずかな西日の色にみかんの橙色が共鳴するように輝くのだ。
私たちは名残を惜しむようにその景色を眺めてから、家へと戻った。
汗だらけの服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びると体の表面が一枚剥けたんじゃないかと言うくらいさっぱりする。
七分丈のカットソーに白いサブリナパンツを履いて、出かける準備をした。
ベルメールさんは洗濯機で回したばかりの作業服を洗濯籠に詰め、私におしりを向けたままひらひら手を振った。
「飲みすぎんじゃないわよ」
「わかってるって」
「帰りまだスーパー開いてたら、牛乳買ってきてくんない?」
はいはいと請け負って、小さな玄関扉をくぐった。
西日が強く、気温が下がる気配は微塵もない。
シャワーを浴びたばかりの首筋に汗が浮かび始め、それらを振り払うようにテンポの良い足取りで丘を下った。
待ち合わせ場所には時間通り全員が姿を見せ、ロビンが予約してくれた店までスムーズに移動した。
小料理屋の二階が宴会場のようになっていて、その一室を借りてくれたようだ。
「ときどき使うんだけど、格式ばったときでもこういう飲み会のときでも勝手のいいお店なの」
小さな入り口をくぐって狭い階段をのぼり、広い和室に大きな机がどんと置かれ、そこにはすでに先出のおつまみやコップにお箸が並んでいた。
乾杯はあいも変わらずウソップが音頭をとる。
ぺらぺら動く口に皆が呆れ混じりの苦笑を、それでも微笑ましいものを見るような顔をしてウソップをみやる。
「んじゃ、我らがグループ展の成功を祝してー!」
乾杯、の声と共にガチャガチャとグラスがぶつかる品のない音が、楽しげにわっとはじけた。
乾杯早々酔ったような顔をして、宴会の最も騒がしいところにいる台風の目のようなウソップは私の席からは遠く、私は近くにいる比較的おとなしい人たち──たとえば学生のときクラスに一人二人いた美術部員のような人たちと、ぽつぽつと会話をしてはときどき笑った。
ただ、斜め前の席にロビンが座っているのだけは意外に思った。
この打ち上げがお流れになってしまったのも、彼女の存在の有無が原因だ。
騒がしい人たちがロビンをやんやと会話に入れたがるのではないかと想像していたのに、彼女は静かに近くに座った人たちとの会話を楽しんでいる。
すると、じっと見つめてしまった私に気付いたのか、ふいに視線がかち合った。
ロビンは母親みたいに女性らしい仕草で、私に微笑みかけた。
「こっちのお皿の、取りましょうか」
「あっ、じゃあ」
自分の小皿を差し出すと、ロビンはそつのない仕草で取り分けてくれた。
礼を言って受け取り、こちら側の料理を取ろうかと申し出るとロビンは頷いて小皿を差し出した。
「おいしいでしょ」
「えぇ──ロビンは、どうしてパトロンみたいなことをしてるの?」
会話が生じたついでに尋ねてみると、ロビンの隣に座っていた若い男が「金があるから?」と不躾に言った。
その言葉に小さく吹き出して、ロビンは首を振る。
「もともと美術がすきなの、古ければ古いほど。でもある大学にちょっとしたツテがあって、そこの美大生たちが自分たちで催したグループ展をちょっと手伝ったことがあって、それがきっかけだと思うわ」
「それって」
私がちらりと視線を走らせると、ロビンはその先を確認せずに頷いた。
「ウソップの大学ね。発表する機会がないと聞いて、それなら少しでも役に立てればと思って」
「いつからしてるの?」
「3年くらい前かしら」
私がじっと深く彼女の目を見つめていたからか、ロビンは気を悪くしたふうもなく少し首をかしげた。
慌てて「そうなの」といって言葉尻を濁し、視線を逸らす。
何度も何度も頭をもたげるあのキャンバス。
ざらついた紙に無造作に、それでも細部まで丁寧に。
はりつめたような美しさをたたえるあの女性の顔は、間違いなく目の前にいる彼女だ。
その前に腰かけるサンジ君に、私は初めて出会った。
それを彼が描いたなんて確証はどこにもない。
ただ目の前に座って眠っていた、それだけかもしれない。
私はサンジ君の描いたものを、あの人物画以外に見たこともないのだ。
比べて確かめることもできない。
それでも、きっと、絶対。あれは、サンジ君が描いた。
自分でも危険だと感じるほど強い思い込みは、振り切ろうともがけばもがくほどしがみつくみたいに私から離れようとはしなかった。
一言訊いてみれば済むことだ。
ロビンに、サンジ君の名前を尋ねてみれば。
ウソップに、彼らの関係を訊いてみれば。
サンジ君に、あの絵を描いた理由を訊いてみれば。
でも本当は、彼らからどんな返事を聞かされても平気でいられる自信がないうちは、そんなことできない。
手元にあるサワーで唇を湿らせてぼんやりとする私に、ロビンが「そう言えば」と呼びかけた。
「あなたはどんなお仕事をしてるんだったかしら」
「みかんを作ってるの。畑仕事よ」
えっと周りが驚いたように振り向いた。
「ナミちゃん大学生じゃなかったの!?」
ちがうのよ、と苦笑してグラスで顔を隠した。。
すごいね、立派だね、と口々に褒められて逃げ場のない私は氷のとけたサワーをあおる。
「よかったら、おうちの連絡先を教えてくれない?」
「え?」
ロビンがシンプルな黒いバッグから手帳を取り出し、私を見据えてにっこりした。
「あなたのみかん、食べてみたいわ」
はあ、とまぬけな顔で頷いてしまった。しかしすぐに我に返っていつも持ち歩いているはがきサイズのカードをバッグから取り出し、ロビンに差し出す。
「これ、うちの案内、よかったら」
「あら、ありがとう」
丁寧に受け取ったロビンは、それを手帳に挟みこんだ。
また連絡するわ、と微笑む顔にしばし見惚れる。こちらに差し出した手指も綺麗だった。
やりとりを見ていた周囲が自分にもくれと言いだしたので、慌ててまた数枚を取りだして手渡して、と思わぬ営業活動に私が目を白黒させるのを、ロビンは底の浅いグラスを口に付けながらずっと笑って見ていた。
明るく楽しげに進んだ宴会がお開きの頃になり、またウソップが音頭を取るため立ち上がった。
言い慣れた前口上のあと、ウソップはおもむろに封筒を取り出した。
「チケットの売り上げ代から、会場代の設備費その他を差し引いた残りを今回の飲み台に当てさせていただく!」
わっと場が盛り上がり、ウソップが変哲のない茶封筒から紙幣を抜き取り、金額を告げた。
それを人数で割れば、打ち上げ台は一人千円で補えるほどだ。
経理の役割も担っていた私はすでにその金額を知っていたが、他のメンバーにとっては想像以上だったらしく悲鳴のような歓声を上げた。
こんな売上初めてだ、と年かさのメンバーが恍惚とした声を洩らすと私もくすぐったいような気持ちがした。
「ナミのおかげね」
ロビンが少し声を抑えて、飛び交う歓声の下をくぐるように私に声をかける。
「そんな、私が絵を描いたわけじゃないのに」
「でも、毎年よりずっと売り上げが多いのは本当。不思議ね、きっと商売に向いているんだわ」
ロビンの言葉は、私を喜ばせるためのその場しのぎのようではなく、まるでじっくりと私を考察した結果を述べているように聞こえた。
宴会がお開きになり、店の外に出ると乾いた空気に頭が冷やされて心地よかった。
名残を惜しんで店の前でだらだらと話し続ける数人もあれば、さっさと帰路につく背中もあり、人が自由に散っていく。
私は近くにいた数人に声をかけ、そっと輪を抜け出した。
去り際にロビンと目があい、小さく手を振るとロビンも同じように手を振った。
彼女の白い頬に黄色やピンクのネオンがかわるがわる光を映し、なぜだかそれが目に焼き付いた。
*
ロビンから連絡があったのは、土曜日の真昼を少し過ぎた頃だった。
家の電話にかかってきたそれをノジコが取り、そばで聞いていた私は初めただの注文だと思い、気にも留めずに宅配便のあて名書きをしていた。
注文された箱数かける値段で総額をぱちぱちと電卓で弾いていたところ、「ナミ、アンタのお客さんみたいだけど」とノジコが私を呼んだのだ。
「誰?」
「ニコ・ロビンさん。うちの案内をあんたからもらったって」
勢いよく立ちあがった私に、ノジコが「心当たりあんのね。じゃあ代わって」と電話を差し出す。
受話器を受け取り、「もっもしもし、ロビン?」とつっかえながら尋ねると「ええ、先日はありがとう」と先に礼を言われてしまう。
慌ててこちらこそとありきたりな応酬をしてから、ロビンは「みかんを頼みたいのだけど、今は季節じゃないのかしら」と穏やかな声で訊いた。
「うーんと、うちの主力商品は確かに時期じゃないんだけど、夏の品種がそろそろ出荷時期なの。すこし酸味が強いけど、料理にも使えるしお酒にもできるしおすすめなの」
「いいわね、じゃあそれを2箱いただけるかしら。送ってくれる? それとも取りに行った方がいいなら」
「もちろん送るわ。住所をお願い」
ロビンは以前イベント前に集まったアンティークショップがあった辺りの住所を口にした。
値段と送り方を伝えると、「楽しみにしてる」と言ってロビンは電話を切った。
「やるじゃん。営業でもしてきたの」
ノジコが棒アイスを口に差し込んだままくぐもった声で囃すように言う。
「こないだのイベントのスポンサーみたいな人。うちがみかん作ってるっていっておいたから」
「へえ、律義だね。声が結構落ち着いてるように聞こえたけど、年上?」
「うん。いくつかは知らないけど」
ふうんとノジコはそれ以上興味もなさそうに、丁寧にアイスを舐めとった。
きっと5、いや7は私より年上だ。
落ち着いていて嫌みのない彼女の美しさはあれからずっと私のまぶたの裏でちらちらと輝いていた。
趣味を仕事にしていて、それでもなぜかパトロンをするほど余裕があって、人を川に流すみたいに淀みない仕草で喜ばせるのがとてもうまく、私が知る誰よりも完璧に大人だった。
静かにキャンバスの前に座る彼女をサンジ君がじっと見つめたのかと思うといてもたってもいられなくなり、私はロビンとの通話の切れた電話でそのまま、覚えてしまった番号を素早く押した。
突然電話をかけ始めた私をノジコがちらりと横目で見たが、一息つくとノジコはアイスの棒をぷらぷら揺らしながらリビングから消えていった。
コールはとても長く続いた。
10回以上呼び出し音が鳴り響き、それでもサンジ君の声は聞こえず、無性に腹が立って、八つ当たりのように壁に爪を立てる。
電子的なコール音が無機質な自動音声に切り替わったとき、私は叩きつけるように電話を切った。
荒々しく子機と親機がぶつかり、収まりの悪い子機は床に落ちた。
それを拾うことも億劫で、そのままリビングのソファに倒れ込んでクッションに顔を押し付け、深く深く息を吸った。
嗅ぎ慣れた家の香りが肺を満たし、それが彼の香りではないことがやっぱり腹立たしく、彼が電話に出ないことと私が唯一見たロビンのデッサンはなにも関係がないというのに、彼女の声とサンジ君の声が重なっては遠くなり、まるでなにもかも上手くいかないと駄々をこねる子供みたいに心が塞いだ。
その日の夜、「ごめんな、何の用だった?」といつもの調子で電話をかけ直してきたサンジ君に私は家族の目もはばからず、すがるように「会いたい」と言った。
会えばどうなるものでもないとわかってはいたけど、会いたいという私の声にサンジ君は必ず応えてくれるということがひたすら嬉しく、それだけで会えない時間を生きていけるとさえ思うほど、私は弱くなっていた。
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