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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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気分のいい日が続いていた。
重たくて薄い灰色の雲が空一面に立ち込めていても。
首筋を撫でる風がどんなに冷たくても。
あたしたちは新しい仲間の乗船に浮かれて、一直線にアラバスタに向かっていた。
 
 
チョッパーは、乗船当時は非常食非常食と騒いでは面白がるルフィやサンジ君に追いかけられて、泣きながら逃げ惑っていた。
あたしもついつい必死なチョッパーが面白くて傍観していたりするんだけど、そういうとき決まって制止の声を上げるのはビビだった。
 
 
「ふたりともやめて、大切な船医さんじゃない」
 
 
ビビはチョッパーを守るように抱きかかえてふたりから守る。
おふざけのつもりでやっていたふたりは、それ以上手を出すことができない。
ルフィはあははっと笑って遊びを終わりにするし、サンジ君は苦笑いでごまかした。
チョッパーはというと、走り逃げていたことから息を切らしながらも、ビビの腕の中で困った顔をしていた。
 
彼女の優しさはとてもくすぐったいのだ。
そして、少しサンジ君と似ていた。
いつでも自分のことは後回し。
誰かのため、自分じゃない誰かのため、といつでも自然に救いの手を伸ばそうとする。
それはもう、あの人たちの本質なのだ。
わかってはいても、あたしはすこし、ほんのすこしだけ、受け入れられない、と思っていた。
 
ひねている、と言われたら「そうよ悪い」と反射で口にするようなあたしだ。
直す気は毛頭なく、優しい彼女を羨ましいとも思わない。
あたしはビビの優しさに触れるたびに身をよじってくすぐったさに耐えた。
 
 
 

 
チョッパーっていくつなの? と訊いてみると、悪魔の実を食べてから年齢の進み方が人間と同じになってしまったため今は15歳だと言った。
思ったより子供じゃなかった。
 
しかしチョッパーはまるで一ケタの人間の子供のように、ひとりを嫌がった。
この船に乗った以上誰かと一緒にいなければもったいないと思っているかのように、常に誰かの傍にいた。
それはルフィであったり、ウソップであったり、あたしであったり。
 
ルフィとウソップは彼らの馬鹿馬鹿しいお遊びにチョッパーを誘い入れるので、チョッパーが年少組に加わったのは言うまでもない。
だが、チョッパーはなぜだか進んで自分から構うわけではないゾロによく懐いている。
懐く、という言い方はよくないかもしれない。
しかしやっぱり小動物に見えてしまう彼はよくゾロに懐いていた。
 
ゾロの隣で昼寝をする。
ゾロと一緒に風呂に入る。
ゾロに夜食を持っていく。
 
まるで甲斐甲斐しい。
 
ゾロはというと、そばにいるチョッパーに何をするでもなくただ傍にいることを許していた。
チョッパーはいちいちゾロの傍にいてもいいかと確認を取るのだが、そのたびにぶっきらぼうな声が「好きにしろ」という。
その声音に多少竦んでもいいものだが、チョッパーは怯むことなくむしろ顔を綻ばせて、いつでもゾロの隣に腰かけた。
 
ほほえましいような、筋肉バカが移るんじゃないかと心配なような、どっちつかずな気持ちがする。
 
 
「さて」
 
 
あたしは書きかけの海図を洗濯ばさみで挟んで、机の上に張った紐につるした。
少し喉が渇いた。
ドラムを出てからまだ数日、冬島の海域は抜けていないので肌に触れる空気は冷たい。
温かい飲み物でも貰おうか、とあたしは立ち上がった。
しかしそれと同時に、柔らかいノックの音が聞こえた。
 
 
「んナミさん、何か温かい飲み物はいかがかな」
 
 
あたしは眉間に皺を寄せるより早く、ぶっと吹き出してしまった。
サンジ君はそんなあたしを見てキョトンとしている。
 
 
「もらうわ」
「何にしようか」
「うん、あたしもキッチンに行くからそこで選ぶ」
「ここまで持ってくるよ?」
「いいのよ。もう終わったから」
 
 
そう? とサンジ君はあたしの背後に視線を遣って、恭しく扉を広く開けた。
あたしは彼の必要以上に荘厳なエスコートで、半分散らかったままの女部屋を後にした。
 
 
キッチンには先客がいた。
ほう、今日はサンジ君なのね、とあたしは小さな茶色い毛玉を見て思う。
チョッパーはダイニングに腰かけて何か分厚い本を読んでいた。
あたしを見てニッと笑うそのすがたは愛らしい。
あたしは彼の隣に腰かけた。
 
 
「ナミはいっつも部屋で何をしてるんだ?」
「うぅん? いろいろよ。今は海図を描いてたの」
「へぇー!」
 
 
チョッパーは丸い黒目を大きくしてあたしを見た。
ひづめのついた手がパタンと分厚い本を閉じた。
 
 
「医学書?」
「ううん、これはサンジに借りたんだ。薬膳レシピ集。おれが調合した薬草をサンジに調理してもらったら、食事でみんなの病気を治せるんだ」
「へぇ、すごいわね」
 
 
お世辞ではなく、素直な感嘆だった。
やっぱり医者がいるというのは心強い。
やっとケスチアの菌が身体から出ていったばかりのあたしとしては、チョッパーの存在はとてもありがたかった。
ナミさん、とキッチンからサンジ君が呼んだ。
 
 
「それで、飲み物は何にしようか」
「あぁ、そうね、温まるものなら何でもいいわ」
 
 
選ぶと言っておきながら丸投げをしても、サンジ君は苦笑さえせず了解、と答えた。
チョッパーの前にはすでにカップが置いてある。
 
 
「何飲んでたの?」
「ホットココアだ! うまかったぞ」
 
 
そう、と微笑んだ。
歳の離れた弟がいるというのはこんな感じだろうか、とあたしはこっそり夢想する。
ルフィやウソップじゃ駄目だ。
そもそも歳が一つしか離れていないし、百歩譲ってあいつらが弟だとしてもおバカな弟はもうたくさん。
その点チョッパーは見ていると思わず頭を撫でたくなるような。
そんなことしたら本人は怒るだろうから、やらないけど。
 
 
「お待たせしました、オレンジジンジャーティーです」
「んん、ありがと。いいにおい」
 
 
お茶はティーカップではなくたっぷりとマグカップに入っていた。
冷えた手であたしはカップを包み込む。
じぃんと熱さが手に沁みた。
 
 
「ナミさん、次の島まであとどれくらい?」
「ん、そうね、まだ二週間はかかるかしら。6日ほどで冬島の海域は抜けるけど。なに、食料足りない?」
「いやいやそういうわけじゃねェんだ。ドラムでたっぷり積んできたから食料は」
 
 
じゃあどういうわけなんだろう、とあたしは考えながらお茶をすする。
生姜のツンとした香りがオレンジの爽やかさに混じって舌を痺れさせた。
彼は何か言いにくそうに、もごもごとしていた。
 
 
「ああー……じゃあさ、次の島は飛び越えるとか、そういうのって、できんの?」
「え? 寄らないってこと?」
 
 
うん、と彼はなぜか申し訳なさそうに頷いた。
チョッパーはあたしたちの会話を不思議そうに聞いている。
 
 
「まぁアラバスタの永久指針は持ってるから、ログ的に問題はないけど……次の次の島はもうアラバスタよ。そこまでだと平和に行ってもまだ二か月はかかるわ」
「二か月か……」
 
 
サンジ君は頭の中で勘定をするように視線を上に彷徨わせた。
食料の持ち具合を計算しているのだろうか。
あたしはぴんと来て、すぐさま口走っていた。
 
 
「ビビのため?」
「いやあ、うん、できることなら早く……さ」
「そうね」
 
 
もしもあたしが倒れたりしなければ、もう少し早くアラバスタには着いていただろう。
あたしだって気が急いている。
あたしのせいで寄り道をしてしまったのだと思うと余計に。
 
 
「もし二か月食料や必需品が持つって言うなら、別に寄らなくたって構わないわよ。他の奴らだって特に反対しないだろうし」
「うん、そうか、二か月……」
 
 
サンジ君はぶつぶつと呟きながらキッチンへと戻っていった。
チョッパーが空のマグカップを手にちょこんと椅子から飛び降りて、サンジ君の後を追いかける。
 
 
「サンジ」
「なんだ、おかわりか」
「ちがう、おいしかったんだ。ありがと」
「あァ……カップそこ置いとけ」
「おれ洗うよ」
「いいいい、他にも洗うもんあるから」
「じゃあそれ手伝うよ」
「あー、じゃあ代わりにビビちゃん呼んできてくれ。多分まだ見張り台にいる」
「おう!」
 
 
チョッパーはたったかと歩いて、キッチンを出ていった。
本当に人間の子供のようだ。
 
 
「扱い上手いのね」
「え、今の?」
「そう。上手いのは女の扱いだけだと思ってた」
 
 
サンジくんはくっと喉を鳴らして笑った。
 
 
「女の扱いは、上手いと思ってくれてるわけだ」
「たっ…タラシって意味でね!」
「そりゃどうも」
 
 
サンジ君は胸ポケットから煙草を取り出して、マッチを擦った。
丸めた指と指の隙間から、ポッと灯った赤色が見える。
すうっと立ち上った煙を目で追った。
珍しい、とあたしは彼の口元に視線を転じた。
さっきまでは吸っていなかったのね。
 
 
「なに?」
「ううん、サンジ君の真っ黒でかわいそうな肺のこと考えてたの」
 
 
彼は神妙な顔で胸に手を置いた。
 
 
「ナミさんまでそんな事言ってくれるなよ」
「あたしまで?」
「さっきチョッパーに言われたとこだ。『煙草は体に害しかもたらさねぇんだぞ!』ってな」
「そうよ、それにコックとして煙草ってどうなのよ」
「それも苦くも懐かしいセリフだな──」
 
 
サンジ君は思いを馳せるように、遠くを見る目でふーっと長く煙を吐いた。
 
 
「女ったらしとして真髄を極めたいなら、煙草なんてやめるべきだわ。女の子は煙が嫌いよ」
「ナミさんオレァ別に女たらしの真髄を極めたいわけじゃあ……あぁ、まぁでも女の子に不評ってのはよくわかる」
「あら」
「ナミさんも嫌いだろ?」
「まぁね」
 
 
煙たいものと応えると、サンジ君はにやっと笑った。
 
 
「ナミさんとのキスがまずくなるのも困りもんだ」
「ご心配なく。あんたとキスする予定はありませんから」
 
 
サンジ君はヘラヘラと、声を出さずに笑った。
これは彼にとって単なる冗談のストライクゾーン。許容範囲だ。
 
 
「恋した彼は煙草の香り──ってね」
「何よそれ」
「知らない?」
「知らない。歌?」
「うん、今オレが作った」
「呆れた」
 
 
ため息をついても、サンジ君はへへっと笑って平気でいる。
 
 
「だがありそうな話だろ? 女の子は大人の男が好きで、大人の男は煙草が似合う。そうすっと好きな男の香りは苦手な煙草の香りってわけだ」
「なんなの、急に」
「うん、ナミさんがそうだったらいいなって話」
 
 
は? とあたしはカップから口を離した。
 
 
「自分で煙草の似合う大人の男とか言っちゃって、世話ないわ」
「んもー、つれねェな……。ナミさん恋したことねェの?」
 
 
ハァ? とあたしは今度こそ怪訝な顔をさらした。
 
 
「なんで急にそうなるのよ。バカにしないでよね」
「そういうつもりじゃねェけどさ」
「じゃあどういうつもりよ」
 
 
鼻息荒くあたしが尋ねたところで、ガチャリとキッチンの扉が開いた。
 
 
「サンジ、ビビ連れて来たぞ!」
「サンジさん何か用事?」
 
 
サンジ君はぱっとビビの方に顔を向けて、にっこりと笑った。
 
 
「いやあ、見張りご苦労さん。何か温かい飲み物でもご用意しようかと思ったんだけど。寒い外で飲むよりここで少し温まった方がいいかと」
「あらありがとう。じゃあ紅茶を」
「御意」
 
 
サンジ君は恭しく一礼して、準備に取り掛かった。
座んなさいよ、とあたしはビビに目線で椅子を勧める。
ビビはあたしの向かいに、チョッパーがその隣に座った。
 
 
「ナミさんはなに飲んでるの?」
「オレンジジンジャーだって。おいしいわよ。飲む?」
 
 
ビビの前にカップを滑らすと、彼女は嬉しそうにそれを手で包んで受け取った。
しかしあたしはそんなビビを尻目に考え続ける。
 
 
──ナミさん恋したことねェの?
 
 
そう来たか、とあたしは彼の背中をこっそり睨んだ。
まるで理解できない人種みたいな言い方してくれちゃって。
あたしは年中ハートを飛ばし続けるあんたの方が理解できないわよ。
 
 
「──ミさん、ナミさん?」
「えっ?」
「どうしたのナミさん、考え事?」
 
 
ビビは水色の横髪を揺らして、首をかしげた。
ちょっとね、とあたしは肘をつく。
ビビは少し笑いながら、おもむろにあたしの眉間に指を突きつけた。
 
 
「ここ、皺になってるもの」
「うわあ……」
「なんだか怖い顔していたわ」
 
 
やだ、と呟きながらあたしは指で眉間をもみほぐす。
チョッパーが心配げな声を出してあたしの顔を覗き込む。
 
 
「具合悪いのか? 診ようか? そもそもナミはまだ病み上がりなんだから大人しくしてなきゃならねぇんだ。もし体調がよくねェならすぐに」
「大丈夫よ、やあね」
 
 
本当に? とチョッパーはしつこい。
 
 
「へいきだって」
 
 
あたしは笑って見せたがまだ疑るような顔をしていた。
 
 
「はいビビちゃん」
「ありがとう」
 
 
カップを受け取って、あぁ温かいとビビは鼻先に湯気を当ててほうっと吐息を吐き出した。
 
 
「ところでビビちゃん、他の野郎どもは何してた?」
「ええと、ルフィさんとウソップさんは船に残った雪で遊んでたかしら。ミスターブシドーは……見ていないわ」
「そうか、ありがとよ」
「そう言えばルフィさんたちが、トナカイさん、あなたを探してた気がしたけど。遊びに誘うつもりじゃなかったのかしら」
「え、そうなのか?」
「行かなくていいの?」
「うーん」
 
 
チョッパーは少し考えるように俯いたが、わりとすぐに「いいんだ」と首を振った。
 
 
「あんたまさか外は寒いからとか言うんじゃないでしょうね」
 
 
トナカイの癖に、とあたしがからかうと、チョッパーはそうじゃねェよとムキになる。
嘘よ、とあたしは笑った。
 
 
「サンジ君のレシピ、読んでたいんでしょ」
 
 
チョッパーはうん、と膝に置いた分厚い本の表紙を撫でた。
 
 
「どらチョッパー、オレァ今から倉庫行ってくるが、本はテメェで持ってて構わねぇ。返すときゃ男部屋の本棚な」
「おう、ありがとうサンジ」
 
 
サンジ君はおうよと手を上げて応え、あたしたちに向けてにっこりと笑みを放った。
 
 
「レディたちはごゆっくり」
 
 
ビビは首を回して、「ありがとうご苦労様」といたわりの言葉をかけた。
 
 
「サンジはかっこいいなあ」
 
 
チョッパーはまるで夢見るようにほうっと息を吐いて、彼の姿が消えた扉を眺めた。
そうね、とビビがお愛想で頷く。
「ところでナミさん」と彼女はあたしに視線を寄越した。
 
 
「お邪魔だったかしら」
「え? 何がよ」
「今さっき。何かお話してたでしょう、サンジさんと」
 
 
あぁ、とあたしは鼻で笑いながら手を振った。
 
 
「いいのよ、いつものナンパだから。それにあいつがビビを呼んだんじゃない」
「そうだけど」
 
 
ビビは煮え切らない表情で紅茶をすする。
線の細い上品なティーカップは、彼女に良く似合った。
小物だったり、なんてことない仕草だったりに香り立つような気品がビビからはにじみ出る。
椅子の上に片足を折り曲げて乗せ、テーブルに肘をつきながら大ぶりのマグカップを呷るあたしとは大違いだ。
 
 
「ねぇトナカイさん、私にもその本見せて」
「おういいぞ」
 
 
チョッパーが表紙を開いた。
ビビがそれを覗き込む。
蹄が指さすその先を、ふたりはきゃあきゃあと楽しそうに読んでいた。
ほほえましいわね、まったく──
 
 
「……結局恋って何なのよ」
 
 
声に出したつもりはなかった。
当然、誰かからの返事も期待していない。
それでも向かいの二人はきょとんとつぶらな瞳を一度にあたしへと向けた。
まず、とあたしはきゅっと唇を引き結ぶがもう遅い。
 
 
「やっぱりナミさん、考え事」
「い、今のは別に」
「恋だって、ねぇ、トナカイさん」
 
 
なぜだかビビは心なしかはしゃぎ声で、チョッパーに話を振った。
チョッパーはきょとん顔のまま、「ナミは『恋』を知らないのか?」と言い放つ。
愛らしい顔してコイツも、とあたしは歯噛みした。
 
 
「何よ、説明してくれるの?」
「おういいぞ。人間心理もちょっとだけ勉強したんだ」
 
 
冗談というか、ちょっと意地悪のつもりだったのに、チョッパーはえへんおほんと声の調子を整えて、はつらつとした声で話し始めた。
 
 
「いいか、まず動物の根幹にあるのが本能だ。これは三つの大きな欲求が動かしてる。食欲・睡眠欲・性欲。これを三つ合わせて簡単に言ってしまえば、生きたいっていう欲求だ。だから当然大切なんだ、すごく。で、ナミのいう恋ってやつは人間が作った言葉だから当然人間だけのもので──」
「ちょ、ごめ、チョッパーもういいわ、わかったから」
 
 
あたしは慌ててチョッパーの声を遮った。
しかしビビが逆にあたしを押さえるように遮る。
 
 
「いいじゃない、聞きましょうよ」
 
 
何でよ、とあたしはビビを軽く睨むがすました顔で無視される。
ビビは楽しげに続きを促した。
 
 
「それで?」
「うん、もちろん動物も人間の『恋』に似たことはするけど、それはフェロモンに対する単純な反応で、人間ほど複雑な過程はない。でも逆に言えば、人間もフェロモンに対する反応が恋の始まりに変わりないわけで、そこに人間特有の『感情』が加わることで独特になるんだ」
「つまり?」
「動物はフェロモンに反応してそれがすぐに生殖活動に結び付く。でも人間は、好きだの感情から始まって、恋慕から嫉妬、憎しみ、哀しみや寂しさとかいろいろな感情を発生させながら、生殖活動に至るまでの関係を育む──らしい」
 
 
らしい、で終わるのはまあ彼がトナカイたるからであって。
それでもこうも堂々とトナカイの子供に恋愛を語られると、どうしてか真に迫るものがある。
 
 
「それで?」と今度はあたしに顔を向けてビビは尋ねる。
 
 
「ナミさんが恋を? それともサンジさんが?」
「ばっ……!」
「あら、そういう話じゃなかったの?」
「全ッ然!!」
 
 
あたしは歯を剥きだし、鼻の頭に皺を寄せて叫んだ。
同時に荒々しく椅子を引いて立ち上がる。
 
 
「海の様子見てくる!」
「はいいってらっしゃい」
 
 
ビビはにこやかにあたしを見送る。
「ナミ怒ったのか?」とチョッパーがビビに顔を寄せて尋ねる声が聞こえた。
「逃げちゃったのよ」と笑うビビの声が今はにくらしい。
 
 
 

 
海は静かだった。
あぁも大きく宣言してでてきたので、「問題なしだったわ」なんて言ってのうのうと戻れるわけがなく、あたしは船べりに腕を乗せて、さらにそれを枕のように頭を乗せた。
90度回転した世界が波の動きでゆらめいている。
 
ああ寒い、とあたしは薄手のセーター越しに自分の肩に触れた。
遠くでルフィの嬌声が聞こえた。雄叫びというには甲高い。
まだ雪は船の上に残っているのだろうか。
白く、一度瞬けば霞んで消えてしまいそうなドラムの景色を思い出した。
着いたときからずっと寝ていて、移動も常に運ばれる荷物と化していたのでドラムの地を踏みしめた感覚は薄い。
薄いまま出国してしまったのが何となく心残りだったが、今はもう心はアラバスタへと向かっている。
凍える冬の国とは打って変わって、乾いて暑い砂の王国。
 
彼女の優しさは国を救うだろう。
そう信じたかった。
あたしにはすこしくすぐったさに過ぎる優しさでも、きっと彼女を信じる民にとっては何よりも心強い希望になる。
 
彼女が敵と言うものはあたしたちの敵だ。
ビビの言う『クロコダイル』をルフィがやっつけて──
彼女の国が救われて──
そしたら大きな王宮でのんびりと羽を伸ばしたい。
約束のお金だってちゃんと請求して、美味しいご飯を食べて、綺麗なお風呂に入って──
そしたらまた新しい旅に、あたしたちは出るのだろう。
今この船の一番高くで風に翻る麦わら帽子のジョリーロジャーを携えて。
そのとき、ビビはここにいるのだろうか。
 
ふわりと、柔らかい布地が肩口をかすめた。
背中がほんわりと温かくなる。
振り向くと、サンジ君がいた。
細い煙草を口の端に加えて、少し顔をしかめている。
 
 
「せっかく温まったのに、そんな恰好で」
「倉庫は?」
「もう終わった。それよりナミさん、早く部屋に入った方がいい。ああもう、鼻の頭が赤くなってら」
 
 
サンジ君は指先であたしの鼻をつまんで、子供をたしなめるように「なっ?」と言った。
いいの、とあたしは彼の手を払ってそっぽを向いた。
 
 
「ちょっとここにいたいの。海も見たいし。ほっといて」
「それじゃあコート着ておいで。その恰好は寒い」
「毛布があるから平気よ」
 
 
サンジ君が掛けてくれたそれを、あたしはさも元から持っていたかのように握りしめる。
「頑固な姫だ」とサンジ君は呆れたようにつぶやいた。
その場を去ろうとはしない。
あたしは姫なんかじゃないわ。
 
 
「え?」
 
 
サンジ君は聞き返すようにあたしに耳を寄せた。
また口に出ていたのだろうか。
なんにも、とあたしは海に落とすようにつぶやく。
 
あーナミさん、と彼が心なしかまともな声を出した。
 
 
「さっきの話だけど、次の島寄る寄らねェっていう。やっぱりちょっと二か月は厳しいかな……」
「ああ、そう……」
「平穏に行って二か月だろう? あ、もちろんナミさんの読みに文句つけるつもりは毛頭ねェけどよ、やっぱり何があるかわかんねェから」
「そうね、残念ね」
「悪ィ」
「ばか、なんであんたが」
 
 
サンジ君は照れ笑いのように小さく笑ってごまかした。
なんでこの男はすぐに謝るのだろう。
 
 
「ナミさん怒ってんの?」
 
 
サンジ君はあたしの隣に肘をついて、あたしの顔を覗き込もうとする。
あたしは顔を背けた。
別に、とそっけなくする。
 
 
「怒ってんじゃねェか……」
「怒ってないわよ、何、心当たりでもあんの」
「心当たり……心当たりねェ……」
 
 
サンジ君は真剣に考え出して、あたしの隣で黙りこくった。
別に怒っているつもりはなかったのだけど、彼が勝手に考え始めたのであたしも口を挟まないでおく。
 
 
──ナミさん恋したことねェの?
 
 
びゅっと強い風が頬を殴った。
ひゃっと肩をすくめてあたしは目を瞑り、手すりにつかまった。
左の肩がどんとサンジ君にぶつかる。
右側を、強い力が支えた。
 
 
「ほら寒いだろ、やっぱりコート」
「いらないってば。ちょっと、何ちゃっかり触ってんの」
 
 
サンジ君はあたしの右肩を抱いて、ん? とあたしを見下ろした。
 
 
「役得役得」
「なにがっ……ちょっと、いい加減にしなさいよ」
 
 
身をよじって彼から離れようとしたが、サンジ君は思いのほか強い力であたしの肩を抱き少しも離れられない。
すぐ近くに、シャツの襟から覗く寒そうな鎖骨が見えた。
 
 
「怒るわよ」
「もう怒ってんじゃん……いいだろ、あんたがここにいる間だけ。あーあったけぇ」
「じゃあもう戻る!」
 
 
あたしはくるりと身体を右側に回転させ、彼の腕の中から抜け出した。
途端にきんと冷えた空気がセーター越しの肌をなぶり、存外自分がサンジ君に暖められていたことを知った。
あたしはすぐさま踵を返して船室へと向かう。
しかし、たった一歩を踏み出しただけであたしの足は止まった。
 
抱きすくめられていた。
胴の一番細い所と、肩に回された腕が檻になってあたしを囲っている。
 
 
「ちょっ……あんたねぇ、ふざけんのもいい加減」
 
 
ぎゅう、と力が強くなった。
言葉に詰まった。
身をよじるが、解放される気配はない。
 
 
「……あのねぇ、あんたどうなるかわかってんの」
 
 
無言。
冬の風が帆の間を通り過ぎる音、船が波をかき分ける音だけが響く。
ちょっと、ねぇ、サンジ君、大概にしなさいよ、と低い声を出すが返事はない。
 
 
「……なんとか言いなさいよ……」
 
 
不意に、セーターの襟から覗く生身の肩にざらりとした感触を感じた。
不覚にもぴくっと肩が跳ねる。
彼の顎髭が肌をかすめていた。
きっと頬と頬は少し動けばふれあってしまう程の近くにある。
いや、もう触れているのだろうか。
冷えて強張ったせいで感覚がない。
 
ナミさん、とようやく彼が口を開いた。
 
 
「オレにこうされんの、いや?」
「あっ……当たり前でしょこのタラシッ……!」
「あんたオレが誰にでもこんなことすると思ってんのか」
 
 
ぴしっと、硬い鉱石にひびが入る。
彼の声は反論を許さないような鋭いものだった。
そしてとてもまっすぐだ。
それでもあたしはあたしの中に残る意地をかき集めて声を上げた。
 
 
「そう思わせてきたのはあんたでしょう……!」
「じゃあオレが他の女の子に見向きしねぇで、ビビちゃんがキッチンに来てもそっけなく水の入ったコップ渡すような男になったら、あんたはオレを見てくれるのか」
「それは」
 
 
ちがう、と思った。
そんなのサンジ君じゃない。
だけど、ちがうと言ったら女にだらしのないコイツを肯定してしまう。
 
なぁ、とサンジ君は白い息とともに吐き出した。
 
 
「好きだ。お願いだから、オレのこと好きになって」
 
 
彼の吐いた白い空気があたしの吐いた白い空気と重なって霧散した。
濃密なバターのような濃くて甘い香りがした。
くらりと目の前が歪む。
しかしあたしはしっかりと自分の二本の足で立っている。
流されてはいけない、と理性が叫んだ。
 
 
「ま、待って、よく考えて」
 
 
なに、と彼が続きを促す気配がした。
彼を拒む理由が次々と浮かんだが、どれも陳腐なものだった。
しかしそれがすべてだ。
 
 
「あたしたち、一味よ」
「そうだ」
「仲間よ」
「わかってる」
「家族なのよ……!」
 
 
そう、あたしたちは一味で、仲間で、家族だった。
 
サンジ君が朝のベルを鳴らす。
香ばしい朝食の匂いに鼻をひくつかせながら、夢うつつとみんなが目を覚ます。
寝間着姿で、寝癖をつけたまま、時にはよだれの跡さえつけて、押し合いへし合いしながら洗面所を取り合う。
朝の挨拶と共にキッチンでエプロン姿のサンジ君に出迎えられ、騒がしい朝食が始まる。
それぞれが好きな場所で午前を過ごす。惰眠をむさぼるものもいる。
お昼にはまた『いただきます』を唱和する。
今日のおやつにそわそわしながらみんなで車座になり札遊びをする、釣りをする、バカ笑いをする。
爆発音のような乾杯で宴が始まる。
だらしなく足を折り重ねて、甲板に転がって酔っぱらう。
 
闘えば背中を預け合った。
それぞれの強みを、そして弱みを知っていた。
誰もが守り守られていた。
下手くそな絆が、あたしたちにはあった。
 
それを壊したくなかった。
たとえどんな形であれ。
 
 
「わぁってるよ」
 
 
サンジ君はもどかしそうに早口だった。
 
 
「だがんなこと理由にゃならねェ。理由にしてたまるか。そりゃあんたが逃げたいがための言い訳だ」
 
 
腕の力が強くなった。
どうしようと困惑すると同時に、ああもう、とあたしのほうこそもどかしくなる。
 
 
「あんた、覚えてないの!? あたし、あんたのこういうところが嫌いだって言った!」
「覚えてるよ。キツかった」
 
 
ずきん、とあたしのどこかが痛んだ。
彼の傷ついた心があたしの心と共鳴したような。
 
 
「でも、だからって身を引いてちゃそれっきりだ。悪いけど、オレはそんな殊勝な野郎じゃねェ」
 
 
うそをつけ、とあたしは足を踏み鳴らしたくなった。
いつだって、ナミさんナミさんとへらへらしながらあたしを追いかけて、甲斐甲斐しく世話を焼いて、邪険にされてしょぼくれたって次の瞬間にはけなげに後をついてくる。
それのどこが殊勝じゃないっていうのよ。
そもそも、いつもの彼はどこに行ったの。
 
熱い息が首筋にかかった。
顎鬚のざらつきが滑った場所に、柔らかい何かが押しあたる。
あたしは右手を素早く腰に伸ばした。
 
 
「……っうわっ、だっ!!」
 
 
ガツンと彼の腰に一撃を食らわせ、次いで二発目で仕込み棒を振りかぶって彼を殴り飛ばす。
不意を突かれたサンジ君は、臆面もなくぶっとんだ。
もんどりうって転がった身体を追いかけて、あたしは彼の頭にもう一発お見舞いする。
 
 
「ぃだっ!ナ、ナミさん待っ」
「うるさい!」
 
 
ガツンとさらに仕込み棒を振りかざしたところで、騒ぎを聞きつけたクルーがどうしたどうしたと集まってきた。
 
 
「どうなるかわかってんのって、あたし言ったわよね。覚悟なさい」
 
 
サンジ君は引き攣った頬をぴくりと動かした。
 
 
「んだー、またサンジのヤツナミを怒らせたのか」
「お前が言える立場かルフィ」
「おいおいおいおいまた船壊してくれんなよー」
「ナミ! お前まだ安静にしてなきゃだめだろ!」
「トナカイさん、ここはまずサンジさんを心配するべきじゃ」
 
 
好き勝手言う仲間たちを尻目に、あたしは仕込み棒を固く握って彼をことばの通りボコボコにした。
またサンジ君がいらぬちょっかいを掛けたのだろうということで結論を出したクルーはさっさと解散していく。
 
ちょ、ナミさんもう勘弁、いて、クソッ、
 
あたしは氷のような冷徹さで彼を叩きのめした。
あたしの気が済んだ頃には、サンジ君は鼻血をしたたらせてのびていた。
息を切らせて、あたしはチョッパーを呼びに行った。
 
あたしに殴られている最中、彼は一度もごめんと謝らなかった。
 
 

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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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