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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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※現パロマルアンでマルコが教師アンが女子高生の不倫もの【立春】がベースの短文です。めっちゃ短い。









小さなつまみを持ち上げると、少しの引っ掛かりを感じた後、雪崩れるように紙束が足元に振り落ちた。
重量を持った紙は鋭い。
いくつもの角が足の甲を刺した。

「スゲェな、毎日」

背後から通り過ぎざまに、マルコの呆れたような労わるような声がかかる。
降り積もった手紙たちを拾い集め、靴箱に残ったそれも片手に束ねてトートバックに放り込んだ。

「きちんと受け取るところは偉いよい」

何様か、と振り向くと彼はもう教務室へ向かっていて、アンの声は届きそうになかった。
毎日、毎日、同級生、先輩、後輩、知らない人たちから届く手紙が足元に降り積もる。
もしかしたら繋がることができるかもしれない。そんな期待を込めて、まるで当たりつきのくじに応募するみたいな気軽さで、アンの靴箱には手紙が放り込まれた。

この人たちは知らない。
本当に繋がりたいのなら、誰かのことを知りたいと本気で思うなら。
その人の靴箱に手紙を入れたときに他の人からの手紙が入っていれば、そのすべてを抜き去って自分のものだけを入れておきたいと思うはずだということを。
暴力的で自己中心的でとてもじゃないけど他の人と同居できるような気持ちではないということを。

あたしは知っていることをこの人たちは知らない。
そう思うから、少し優しくなれるのかもしれない。







***

たまにほの暗いマルアンを書きたくなったときに不倫モノはとてもいい。
でも本当は幸せになってもらいたい……

拍手[7回]

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郵便受けを覗き込んで、細かいチラシ類を取り出す。
金属の取っ手は指がくっつきそうなほど冷えていて、ひゃっと一人で声を出した。
するとオートロックのドアの向こう側、アパートの駐車場に一台の車が入って来たのに気付いた。
ジャングルにいる大型動物の眼のように、暗闇の中車のライトが怪しく、煌々と光っている。
駐車場の街灯が照らしたその影を見て、マルコの車だとわかった。
 
階段を上がって部屋に戻れば、温めた夕食が湯気を立てて待っている。
先に部屋に戻って、マルコが帰ったらすぐに食べられるようにしておこうか。
そう思って、すぐ足元の段差を一段登ったが、やっぱりと思って踵を返した。
オートロックの鍵を開け、外に出る。
一瞬目を瞑ってしまうほど、外の空気は冷たい。
冷えた手の先をこすり合わせて、ドアの外側、街灯のすぐ下でマルコを待った。
 
運転席の中からアンの姿に気付いただろうか。
目を凝らすが、暗闇が邪魔してマルコの顔がよく見えない。
何気なく息を吐くと、吐き出したものの白さに驚いた。
重たいドアの音が辺り一体に響く。
マルコが降りてきた。
 
街灯が照らすその顔に、驚きの表情はない。
どうやら車の中からすでに気付いていたようだ。
別にどっちでもいいんだけど、と思いながら寒風になぶられる足を擦り合わせた。
マルコの表情がこころなしか硬く見えるのも、きっと寒さのせいだ。
 
 
「おかえりぃ」
 
 
口を開くと冷たい空気が入り込んできて、すぐさま口を閉じたくなる。
聞こえたはずなのに、マルコは返事をしない。
硬い顔のまま、黙々とあと数メートルの距離を埋めてくる。
あれ、と思ったときには腕の中だった。
車内の暖房の名残か、微かに温まったコートの生地が頬に触れる。
は? と疑問符が踊った。
 
 
「マルコ? どしたの……」
 
 
顔を上げた瞬間、否、上げようと頭を動かした瞬間、それより早く顎を掴まれて顔が持ち上がった。
ぎょっとする暇もなく唇が重なる。
いきなり深かった。
表面は乾いていてかさかさと音を立てそうなのに、口の中がどんどん湿り始める。
ちょっと、と声を出すこともできないほど強く頭を固定され、マルコの舌は何かを探すようにアンの口の中を奥へ奥へと進んだ。
 
いつもそうだ。
キスをすると、麻薬や、アルコールのように、アンをぼんやりとさせる成分がどこからか溢れ出す。
それと同時に飴を溶かしたような甘い液体も、一緒に分泌されている気がする。
このときもまた、それらが一斉に溢れだし、アンはわけもわからないままマルコのコートの裾を握った。
 
しかし、マルコの背中側、アパートの前をひゅんと光の筋を残して車が通り過ぎる音を聞いた瞬間、はっと我に返った。
少なくとも呑気に唇を重ねていい場所ではない。
 
 
「っちょ……マルコ!」
 
 
渾身の力を込めないと、マルコの身体が離れなかった。
そのことにもまた驚きながら、アンは肩を押した手を引っ込めてマルコを見上げる。
 
アパートの出入り口で、有り得ないほど寒いのに、ふたりとも息が上がっている。
濡れた唇がとても冷たい。
 
どうしたの、なんなの、と訊こうとしたとき、マルコはアンの横から手を伸ばし、オートロックを操作して開けた。
めったに見ることのない切羽詰まったような仕草に、どこかおかしな感じがする。
マルコはドアを開けると、アンの手を引いて中に入った。
 
そのまま当然部屋まで上がるのかと思いきや、マルコはあろうことかアパートのロビーでアンを抱きすくめた。
そして再び唇が降ってくる。
 
今度は抱きしめられた瞬間、ぎゃあと叫ぶ余裕があったので、アンは身をよじって逃げた。
一緒に暮らす男に抱きしめられて逃げるのもどうかと思ったが、アンは必死でマルコの顔を手で押し返し、ここはだめだって! と叫ぶ。
恥ずかしくなるほど、アンの声は狭いロビーに反響した。
 
 
「マッ……監視カメラ!!」
 
 
アンは天井の隅を指差して高く叫ぶ。
黒い円筒型が、上から狙い撃つようにこちらを向いているのだ。
マルコはまるで怒っているときのような細い目でそれを見上げ、心底鬱陶しそうに舌を打った。
そして渋々と言った様子で、それでも強くアンの手を引いて階段を上り始める。
とりあえずアンは盛大に安堵の息を吐いて、引かれるがまま一緒に階段を上った。
 
 
 
いつもは不用心に鍵を開けたまま階下に下りたりすると怒るのに、このときは開いたままのドアを前にしてもマルコは何も言わなかった。
そしてさも当然のごとく、部屋に入った瞬間唇が重なった。
靴も脱いでいない。
ただもう何かを反論するのも無駄な気がして、アンはされるがまま身を任せることにする。
 
深く眉間に皺を寄せて、苦しげに歪んだ顔のままマルコはアンを求めてくる。
いつも、アンを追い詰めようとするマルコの舌が、このときはどこかからアンの中へ逃げてくるかのように動いている気がした。
 
アンの足が疲れて膝が折れると、マルコは向きを反転してアンをドアに押さえつけて支えた。
無機質の冷たさが背中をゾッと駆け上る。
しかし舌の動きのせいで、それはすぐに快感に変わった。
マルコの手が、アンを自分の胸に押さえつけるように背中を支えている。
 
 
なにかいやなことがあったのかな、と思った。
 
大人で、それもいい歳の男で、きっといやなことなんてたくさんあるだろうけど、耐えるより諦めることの方が上手なんだろうな、と想像できた。
 
それでも、どうしても耐え難かったり、そのときは頑張って耐えたとしても、簡単に割り切れることじゃなかったり、そういうこともあるだろう。
いやなことが積もり積もって、それで家に帰ってきたとき、アンの顔を見て箍が外れたのかもしれない。
もしそうだとしたら、うれしい、と思った。
あたしはマルコが帰ってくる場所になっている。
そう思わせてくれたことがとてもうれしい。
 
マルコは一度唇を離すと、深く息を吐いて強くアンを抱きしめた。
アンの髪を鼻先でかき分けて、顔をうずめている。
抱きしめる腕の力が強すぎて、アンの背骨はみしみし言っているがまぁいいかと思った。
マルコの胸から聞こえていた鼓動が、初めは走っていた後のように早かったのに、ゆっくりとした歩みのスピードに落ち着いていくのを感じる。
 
腕が離れたと思ったら、両手で顔を持ち上げられてキスの雨が始まった。
今度は深くはなく、表面をサラッと撫でるようなものがいくつも続く。
腕を上げて、厚いコートの上から肩甲骨のくぼみを探すようにそろそろとマルコの背中を撫でた。
唇が離れると、マルコは気まずそうにアンを見下ろした。
拗ねた後のようなその顔に、思わず笑いをこぼしてしまう。
 
 
「おかえり」
「……あぁ」
「ごはん食べる?」
「あぁ……よい」
「それかベッド行く?」
 
 
細い目が最大限に丸くなり、アンを見下ろした。
ふふふ、と含み笑いでマルコを見上げて、コートの襟に手を掛ける。
意外となでている肩から、コートを落とした。
 
そういうときもあっていいよね、と思う。
いつも弱さを見せない人を支えていると実感するのはしあわせだ。
 
 
「どっちでもいいよ」
 
 
とりあえず靴を脱ごうか、と笑いながら自分も引っかけていた靴を脱ぐ。
つられるようにしてマルコも靴を脱ぎ始めたのが、なんとなくおかしかった。
フローリングに降り立つと、マルコは脱いだコートを脇に抱えて、リビングの灯りと薄暗い寝室を比べるように目をやっている。
そして、ひとつ呆れたような息を吐いた。
自分に呆れているように見える。
 
 
「悪ィ」
「なんで?」
「いや……」
 
 
そういうマルコの目は、もうまっすぐと暗い方の部屋へ向かっているので、アンは笑いながらマルコの手を引いて、歩き出した。
 
 
「ごはん、後であっため直すからへいき」
 
 
ね、と笑って寝室の扉を開けた。
まだ若干気まずそうにしているマルコを思い切ってベッドに突き飛ばす。
すぐさまその上に自分も飛び込んだ。
ふかふかの布団の波に沈みながら、呆気にとられているマルコの口を自分から塞ぐ。
マルコが感じたいやなことを、せめて半分でも取り除いて、あたしのうれしい感情が繋がった身体から注ぎ込まれればいい。
湿った名残のある唇を挟んだそのとき、上下の景色が逆転した。
 
見下ろしてくる顔に滲んだ気まずさや、しょうがないな、と思っているような顔も珍しくていいと思った。
多少のかっこ悪いところもなきゃ、おもしろくない。
少なくともあたしはどんなマルコもだいすきだ。
 
 
「……腹ァ減ったよい」
「あたしも」
 
 
そう言い合いながら、お互いの服を脱がしにかかる。
アンのシャツを引き抜きながらマルコが吹き出したので、アンも笑って目一杯その身体に抱きついた。
 

拍手[67回]

想えばそれに見合った想いが返ってくると考えるのは、傲慢だ。
その考えが通じるのなら人はいくらでも相手に尽くすだろうし、そのあとにやってくる見返りをにこにこしながら待つに違いない。
 
それが真理でないからこそ、誰もが相手とのつながりを求めて試行錯誤して、少しずつ心の距離を測りながら自分と相手の想いを重ねていくプロセスを経る。
そうやって、自分とマルコもやって来たのだと、思っていた。
 
 
「ありえない、ありえない、ありえない」
 
 
アンはいつの間にか立ち上がっていた。
右手には、先ほどまで抱きしめていた四角いクッションの角を握っている。
無残にもクッションカバーにはアンが握りしめた皺がくっきりとついてしまうにちがいない。
しかし今のアンに、クッションの皺になど考えをおよばせる余裕はなかった。
クッションを握る手にも、踏ん張って立ち上がる脚にも力を込め、さらには目の前の男を見つめる視線にもこれ以上ない程力を込める。
ありえない、ともう一度呟いた。
 
マルコは、アンがなぜ突然目の色を変えて「ありえない」と連呼しているのか、いまいち理解していない顔をしていた。
その証拠に、マルコのほうは変わらずゆったりとデスクの前の回転いすに腰を落ち着けたまま、首だけでアンを振り返っている。
「なんで」とアンは声を絞り出した。
 
 
「言ったじゃん。明日は一日家にいるって、言ったじゃん」
「悪かったよい、だから日はまたずらせば」
「もう全部用意してあるんだもん!!」
 
 
アンはここで初めて声を荒げた。
ようやくマルコが身体全体で振り返る。
といっても回転いすをくるりとアンの方へと回しただけだ。
立ち上がって両手両足そして瞳にまで力を込めるアンと、その労力の程度はまったくちがう。
それさえも、アンが大事にしたものをマルコが軽んじて、あまつ蹴飛ばしたかのように感じた。
 
 
「なんでわざわざ明日行くの!?こ、こっちは一週間も前から」
「急に都合がついちまったんだよい、わかるだろい」
 
 
わかる。
マルコの仕事は突然舞い込んで、厳しいタイムリミットを要求する。
だけど今はわかりたくなかった。
それを理解してしまえば、もう二度とアンの望みは通らない気がした。
これからもその『仕事』がいつまでもアンとマルコの間を隔て続ける気がした。
アンはさらに、これ以上ないほど強く右手の拳を握りしめる。
 
 
「と、泊まりだとか、そんな」
 
 
言葉は続かなかった。
口を開くとそこから刺激が入り込み、瞼の奥の熱い部分に触れて涙が滲みそうだった。
マルコは困ったように頭をかきながら、もう一度「悪かったよい」と言った。
 
困らせているのはわかっていた。
だけど今いちばん困っているのはアンの方だ。
困るくらいなら初めからしないでよ、と言いたくなる。
 
そもそも、マルコの態度が気に入らなかった。
夕食後、ソファの定位置に収まりながら明日の朝ごはんから夜ごはんまで、一年のうちで一番素晴らしい食事にする算段をつけていたアンに、マルコは顔さえ向けることなく、明日から一晩家を空ける、と言い放ったのだ。
それはいうなれば出張で、マルコの職業柄取材旅行ともいい、数か月に1,2回ある程度の特に稀というわけでもないことだった。
それがどうして、どういう理由で、何の意図が働いて、明日だというの?
 
明日は朝から夜まで、マルコが好きなものしか作らない。
サッチにレシピはもらった。
こっそり練習もした。
冷蔵庫にはすでにその材料が全てつまっている。
乾杯のお酒は、夕食前の散歩にマルコと一緒に買いに行って選ぶつもりだった。
そのすべてが、マルコが顔も向けずに言った一言で白紙になったのだ。
 
マルコは座ったまま、立ち上がるアンの顔を見上げて、まるで諭すような目を向ける。
 
 
「こっちが無理言って通した企画だったからよい、これ以上融通が利かねェ。お前ェのならともかく、オレの誕生日ってだけなんだからよい。我慢してくれ」
「だっ……」
 
 
だけってなんだ、と食ってかかるよりも早く、手が動いていた。
握っていたクッションを、振りかぶって投げつける。
一瞬マルコの見開いた目が見えた。
顔面にぶち当たる。
 
 
「アンタが『だけ』っていうその日を楽しみにしてたあたしはなんだって言うの!?バカマルコ!!もう帰ってくんな!!」
 
 
クッションがずり落ちたその顔にめちゃくちゃに言葉を投げつけて、アンは駆け出した。
ここにはいたくない、こんなバカヤロウとはいたくない、とアンは震える手で玄関の鍵を開け、外へ飛び出す。
『帰ってくんな』と言った自分が家を出ていくことに、頭の片隅のどこか冷静な部分が疑問を感じていた。
 
 
 

 
夜はもうそろそろ深みを増してくる時間帯だった。
女の一人歩きは避けるべきだと一般には言われるような時間帯。
夜の10時を過ぎている。
家を飛び出したアンの脚は真っ先にある場所へと向かったが、今アンはとぼとぼと街中を歩いている。彷徨っているという方が近い。
繁華街と言うにはいくぶん活気がないけれど、比較的まだ開いている店がぽつぽつとあるような、どちらかと言うと商店街のような通り。
どこか店へ入れれば良かったが、体一つで飛び出したアンに手持ちはなく、行き場もなかった。
ジャージのズボンにマルコの古い長そでを着たアンの姿はどうも所帯じみていて、しょうもない男に引っかけられるような心配は必要なさそうだったが少し寒かった。
 
マルコはきっと今頃隣のアパートの一室の前で、アンを出せと怒鳴っているに違いない。
いつでもアンにシェルターを与えてくれる、左目に傷のある男のところだ。
アンがいないと聞いて、マルコは信じるだろうか。
サッチがアンを庇っていると疑われて盛大な怒りの矛先を向けられているのだとしたら、それは少し申し訳ないと思った。
だがそのすべてを承知したうえで、アンは一度向かいかけたその場所に行くのをやめたのだ。
なぜならアンがすぐにサッチのもとへ行こうとしたように、マルコもすぐにサッチのもとへと行くだろうから。
 
いつものように、アンが機嫌を損ねて家を出て、マルコが迎えに来て、という過程は今のアンに要らなかった。
追いかけてほしいと心の片隅で思いながら家を出るようなあざとさは、今のアンには微塵もなかった。
冷たい夜風に頭のてっぺんからつま先までなぶられる今も、アンの中心はぐつぐつと煮えていた。
このまま一晩アンが家に帰らなかったら、マルコはどうするだろう。
 
夜通し探すだろうか。
呆れて家に戻るだろうか。
それともサッチに限らずアンの数少ない知人のもとを訪ねて回るだろうか。
 
どうでもいい、と思った。
アンは帰らないのだから。
少なくとも今はまだ、マルコの顔を見る気にはならなかった。
マルコの所業に腹を立て、それに涙をにじませかけたのは確かだったが、マルコのために涙を流すことさえ腹立たしかった。
これは前代未聞の大喧嘩だ、とアンは歴史的瞬間に立ち会ったかのような貴重な気分を味わう。
 
それはさておき、とアンは足を止めた。
ぶらぶら歩いて、通りの端に来てはUターンし、また端に来てはUターンを繰り返すのはいくらか疲れてきた。
通りに並ぶ店の人間にもおかしく思われる。
あーあ、とアンは声に出してみた。
歩道に古いベンチがあったのでそこに腰を下ろす。
おしりに触れたベンチの冷たさが背中を這い登って、背筋が伸びた。
 
こんなところに座っていたんじゃ、いずれ誰かがアンを見つけてしまうだろう。
間違い探しの答えの一つになったような気分だった。
あたしがここにいるのは自然なことだよ、何も間違ってなんかないんだよ、だから見つけないでねと言い聞かせたくなる。
ああ寒い、とアンは自分の身体を抱きしめた。
 
そのときぶぅんとエンジンの音が聞こえて、アンは身を固くした。
エンジン音の発信源である車の黒い影を目の端に捉えて、アンの腰は浮かびかけた。
逃げるためだ。
しかしその車がマルコのものでも、サッチのものでもないことに気付いてまた座り直した。
ただの通りすがりだ。
そう思ったのに、その車はアンが座るベンチの目の前でぴたりと停車した。
ただでさえ暗い夜道、車の中がよく見えない。
少なくとも運転席に見える男は、アンが覚えのある顔ではないようだった。
怪訝な顔で中を覗こうとするアンの目の前で、上品な起動音と共に車のウィンドウがスライドし、車の中がよく見えた。
そこにいた人物が誰かに気付いて、アンは叫ぶように「あっ」と口にしていた。
 
 
 

 
温かいコーンスープは、ミルクとコーンの配分が素晴らしくちょうどよかった。
バジルが散っているあたり、アンがめんどくさくてよく省く手間をかけてくれているのがわかる。
腹は減っているかと訊かれて、思わずうなずいてしまったのでクロワッサンまでついてきた。
夜遅くまであまり物を食うもんじゃない、とよくいなされるアンにとってそれは多少の背徳感がありつつも爽快な行為だった。
なにはともあれおいしい、とアンはクロワッサンにかじりつく。
こんな夜遅くなのに、焼きたてのようにおいしいのはなんでだろう。
 
ぱくぱくと平らげるアンの背中に、ふわりと温かいものが掛けられた。
振り返ると、大人しい服装の背の高い女性がにこりと笑っていた。
アンの肩に掛けられたのは大きめのカーディガンのようだった。
ありがとう、と口にすると女性は小さく頭を下げて立ち去る。
お手伝いさん、メイドさん、使用人、そんな言葉が当てはまる人を初めて見た。
 
アンが一通り出されたスープとパンを食べ終わって一息ついたとき、ボーンと深い音色が広い部屋に響いた。
あと一時間で日付が変わる。
アンは目の前の、アンを拾ってくれた男に視線を向けた。
 
 
「ごちそうさま……すごく、おいしかった」
「今お前ェの寝床を用意させてる。それまでそこでゆっくりしてな」
 
 
男は大きな体をゆすって笑うが、アンは申し訳なさに身を縮める。
オヤジ、と小さく呼びかけた。
 
 
「ほんとに、いいの?泊まっても……」
「アホンダラァ、いらねェ気なんて使うんじゃねェ、お前には似合わねェよ。第一ただでさえ無駄な部屋ばっか持て余してんだ、たまには使ってやらねぇとな」
 
 
それでも、とアンはごにょごにょ言葉尻を濁しながら言い募る。
オヤジ──マルコやサッチがそう呼ぶのでアンもそう呼んでいる──はフフンと鼻を鳴らした。
 
 
「たまにはそうやってマルコのバカに制裁してやらねぇとな。アイツはいまいち大事なところが抜けてる節がある」
 
 
そう思わねぇか、とオヤジがアンに同意を求めたので、アンはおずおずと頷いた。
オヤジは機嫌よさげに「だろう」と頷き返す。
アンを拾ってくれた車の中で、事の顛末は全て話してあった。
話を聞いてオヤジは、たった一言「じゃあ今夜はうちに泊まってきな」と即決でアンを自宅に招いてくれた。
初めて赴くオヤジの自宅は、アンが想像した豪邸、お屋敷、大邸宅のどれでもなかった。
ただ敷地だけが、どこまでも続いている。
大手出版社の代表取締役の家は予想とは違ったが、それでもアンは息を呑んだ。
大きな門構えはオヤジの姿そのもののようだった。
古風な作りの屋敷は豪華さではなく風格を醸し出していて、中にあるすべての調度品はアンが考えにも及ばない破格の品ばかりだろうが、下品なけばけばしさは一切なく、あるべき場所に収まっているような気品を感じる。
広いのに掃除の行き届いた屋内には使用人が数人いると言っていたが、その数人でこの広い屋敷内をどうしてこうもきれいに保てるのか不思議でならなかった。
アンとマルコが住まうあの小さな部屋でさえ、たまに掃除の手が及ばない場所があるというのに。
 
風呂は入ったか、と訊かれてアンは黙って頷く。
すると、すっと大きな手が差し出された。
その手に乗るにはいくぶん小さすぎるように見える携帯電話。それをオヤジは差し出していた。
 
 
「今日は帰らねェってのくらい言っておきな。心労で殺すつもりならともかく、連絡は入れておくほうがいい」
 
 
アンはオヤジの顔を見上げて、その手の上の携帯に視線を落とす。
本当は今、マルコの声を聞く気には到底なれなかった。
それくらい、アンの怒りは深いのだ。
それでもオヤジがそう言うのなら、そうするべきだとは思う。
オヤジはアンの考えを読み取ったかのように、「嫌んなったらオレが変わってやる」と心強いセリフをはいた。
アンはおずおずと電話を受け取る。
画面はすでに、マルコの宛先をディスプレイの上に浮かべていた。
 
電話は、アンが通話ボタンを押して携帯を耳にあてた瞬間、コール音を一つも鳴らすことなくつながった。
 
 
「オヤジ!あぁ悪ィ、ちょっとアンが……いや、オヤジ、アンをどこかで見てねェかよい」
 
 
ちょっといろいろあってよい、というような言葉がぼそぼそと最後のほうに聞こえた。
電話口から突然流れてきたマルコの声を一通り聞いて、アンは言葉を継がずにじっと電話を握りしめる。
アンの前では、オヤジはその巨体に似合わず静かな様相でアンを見ていた。
電話の向こう側が、こちらの異変に気付く。
 
 
「オヤジ? ……悪ィ、なんか用だったかよい」
「今日は帰らないから」
 
 
向こうが息を呑む様子が伝わった。
 
 
「……アン? お前まさかオヤジのところに」
「今日はオヤジに泊めてもらう。帰らない」
「バカ言ってんじゃねェよい。へそ曲げてねぇで早く帰ってこい。今から迎えに」
「こなくていい!!」
 
 
アンが声を荒げると、また受話器の向こうのマルコが微かに息を呑む雰囲気が伝わったが、すぐにマルコのほうの怒りのボルテージも上がったのを感じた。
 
 
「予定が急に入ったのは悪かったって言っただろい。お前がいろいろ準備してくれてたのはわかってるよい。でもこればっかりはオレもどうしようもねェんだよい」
「そんなのわかってる」
 
 
聞きたいのはそんな事じゃない。
語尾に多少の険を含んだマルコの声は、アンに怒りよりずっと深い悲しみを与えた。
 
 
「仕事が入るのが仕方ないのはわかってる。忙しいのも知ってる。なんでわざわざ明日にって思ったけど、それがどうしようもないのもわかってるもん」
 
 
アンの言葉尻は、情けなくも震えていた。
マルコは黙って聞いている。
オヤジも黙って静観している。
 
 
「なんでいっつも一方的なの? 予定が埋まっちゃった、どうしようか、ってなんで聞いてくれないの? 明日ムリになったからって勝手に言って、簡単に日をずらせばいいだろって、なんで勝手に決めちゃうの? ちょっとはあたしにも相談してよ!!」
 
 
最後は悲鳴のように、受話器の向こうにぶつけた。
気付けば両手で携帯を握りこんでいる。
 
 
「あたしが馬鹿だから? なんにもわからないと思ってんの?」
「ちが」
「謝って丸め込んでちょどいい解決方法出しとけばそれでいいって、思ってんの?」
「……アン」
「マルコはいっつもそうだ。あたしになんにも話してくれない。勝手に自分の誕生日なんてどうでもいいみたいなこと言って、あた、あたしは」
 
 
ぽろぽろっと珠がこぼれるように涙が頬を転がった瞬間、両手で握った携帯電話がいともたやすく取り上げられた。
 
 
「おうマルコ。心配しねェでも、アンはうちで一晩預かってる。ちったぁ頭冷やしなアホンダラァ」
 
 
両者な、と付け加えたオヤジがちらりとアンを見下ろす。
アンは俯いて、顔を隠すように腕でごしごしと顔をこすった。
オヤジはそのまましばらくマルコと話をして、電話を切った。
ぽんとアンの背中を叩いて、今日はもう寝やがれと言う。
ごめんね、とありがとう、のないまぜになったような言葉をぐじゅぐじゅと零すと、ぐしゃぐしゃに頭を撫でながら「言う相手が違う」とオヤジは少し笑った。
アンは案内係の使用人に連れられて、とぼとぼと寝室へと歩いたのだった。
 
 
 

 
 
翌日、オヤジはアンを家の前まで送ってくれた。
朝はアンが自然に目を覚ますまでけして邪魔をせず、アンが上体を起こして差し込む朝日に目を細める瞬間を見計らったかのように、使用人が扉をノックした。
身体のことを一番に考えたような健康的な朝ご飯を、アンはオヤジと一緒に食べた。
部屋に運んでくれるというのを、オヤジと一緒に食べたいと申し出たのだ。
健康的なと言っても、その朝ご飯はアンが今まで食べたそれの中で一番おいしかった。
 
車を降りてもう何度目かになるありがとうを口にするアンを、白ひげは追い払うように手を振って押しとどめた。
わかってるな、と言うように金色の目がアンを捉える。
アンは黙って頷いて、少し笑って手を振った。
オヤジを乗せた車は、なめらかに動き出してアンの住まいの前から去っていった。
 
アンはマンションの階段手前にある鍵付の郵便受けを真っ先に覗き込んだ。
思った通り、鍵が入っていた。
それを取り出して階段を上る。
 
「今が最悪の状態だと思うなら、これ以上悪いことは起きねェよ」とオヤジは言ったが、アンは自分の乏しい想像力を思って、ため息をついた。
だって今が最悪だと思うのは、これ以上の最悪をアンが思いつかないだけかもしれない。
 
自宅の扉に手をかけたが、やはり鍵はかかっていた。
アンは郵便受けから取り出した鍵を使った。
 
家の中はいつも通りの朝だった。
まるで普通に、少し出かけたアンを出迎えてくれる部屋の景色と何ら変わりはなかった。
リビングのデスク前にマルコがいて、振り返って「おかえり」とそっけなく言ってくれてもいいはずの朝だった。
それでも家の中はがらんと静かだった。
空洞ばかりが目立つ箱庭のように、がらんどうのそこにアンは踏み入った。
マルコは予定通り、出張へと出てしまったのだ。
あまりに予想通りで、何の感慨も浮かばなかった。
 
 
とりあえず着替えて、洗濯を回した。
マルコが寝て起きた気配の残る布団を干した。
床に掃除機をかけた。
冷蔵庫を開けて、げんなりした。
パンパンに詰まっている。
アンはその中身を取り出して、今日中に食べなきゃいけないものと日持ちするものを分けた。
日持ちがするものは買ったままの姿から保存用に切り替えて包装しなおす。
大きさが邪魔なものは細かく切って、タッパに詰め直す。
そして、日持ちのしない生ものたちを片っ端から調理していった。
完全に料理を作り上げるのではなく、これらも少なくとも明日まで保存できる状態にするためだ。
せっかくマルコのために買ってきたものなのだからマルコに食べてもらいたい。
そう思ってなんとしても明日まで持たせる工夫を施している自分に嫌気がさして、少しいとしくも思った。
 
包丁を握る手の甲に、ぽつぽつ雨が降る。
土砂降りではないけれど、しっかりと濡れてしまう大粒の雨がとめどなく手元を濡らす。
滲む視界の向こう側で、アンは調理をし続けた。
 
一年で一番すてきな日になるはずだった。
この一年を一緒に過ごせてよかったねと確かめ合えるはずだった。
それなのに、アンもマルコも今ひとりで、アンの方はこうして泣いていることがまるで現実味のない話だった。
一日前の自分に今の現状を話しても、けして信じないだろう。
 
どうしてこうなってしまったんだろうと、考えても仕方のないことがぐるぐると頭を巡る。
マルコにぶつけた言葉の数々を思い出して、そのたびに心が切り刻まれた。
直接これらの言葉を浴びたマルコがそれ以上に傷ついているのは明らかだった。
それを行った張本人の自分が傷つく資格はないと思った。
 
──ほんとうにマルコが帰ってこなかったらどうしよう。
 
 
 
 
ガチャガチャ、と騒々しく玄関の鍵が音を立てて、アンはハッと顔を上げた。
玄関で音を立てた人影が、すたすたとリビングに歩み寄り、そこと廊下を繋ぐ扉を開ける。
アンはその人物を、ぽかんと口を開けて見上げていた。
マルコは、アンの姿を見てあからさまに安堵の表情を見せた。
 
 
「な、ん……出張は……」
「あぁ、行くよい」
 
 
すぐさま帰ってきた返事の意味が分からず、アンは変わらずぽかんとマルコを見つめた。
だって、もう行ったんじゃなかったの?
マルコは数歩でアンの元まで歩み寄ると、アンが握ったままだった包丁をやんわりと抑えるように取り上げた。
 
 
「メシ、作ってたのかよい」
「ち……がう……」
 
 
どれもこれも、マルコが明日食べるための準備だ。
パック詰めされたそれらの品々を一瞥して、マルコはそれに気付いたようだった。
それならちょうどいい、とわけのわからないことを言う。
筋張った指が乱暴にアンの頬を拭った。
その顔は、まるでひっぱたかれたかのように痛々しく引き攣っていた。
 
 
「泣くな」
 
 
短いその言葉とともに、身体全体がきつく締め上げられる。
 
 
「ごめんな」
 
 
昨日何度も聞いたありふれたその言葉に、アンの涙は堰を切った。
マルコの肩にあてた額をぐりぐりと動かして激しく首を振る。
 
ちがうの。あんなふうに怒りたかったわけじゃないの。
ただかなしかっただけ。
なんでもすぐにマルコが決めちゃうのが、つまらなかっただけ。
ほんとうは、今日の朝いちばんにお祝いして、いってらっしゃいって言うのでよかったのに。
 
そんなようなことを、涙でむせては喉を詰まらせながらアンは口にした。
マルコの腕の力が一層強くなった。
それにこたえるように、アンも腕を回す。
しばらくアンが鳴らす鼻声だけが響く部屋の中で、抱き合ったままだった。
少しして、マルコが口を開いた。
 
 
「あっちの社に、行ってきたんだよい」
 
 
あっち、とマルコが首を動かした方向を確認して、それがオヤジの会社ではなくこの家の近くにある、マルコがよく仕事を受けるもう一つの会社であることに気付いた。
はかなげなほど美しい外見に相反して、つよい女性が担当として君臨する出版社だ。
マルコが出張を申し出られたのもここの会社からだった。
マルコはズボンの後ろポケットに手を伸ばすと、おもむろに一枚の封筒を取り出した。
アンは目の前に現れたそれと、マルコの顔を見比べる。
マルコは片手にアンを抱いたまま、それをひらひらと動かした。
 
 
「今日行く予定だったところの、宿。二人分ぶんどってきた」
 
 
全部向こうの社が仕切って決めてくれた取材だったから、こっちで勝手に変更できなかったから直接掛け合いに行っていたのだ、とマルコは思い出しめんどくさい、というように顔をしかめて話す。
アンはまだわけがわからない。
 
 
「……どういうこと?」
「お前ェも行くんだよい。出張。一緒に。今日も明日も休みだろい」
「でも……仕事……」
「こうなったら仕事はついでだ。旅行のついでに事が済んで一石二鳥だと思っとくよい」
 
 
そう言って、マルコはキッチン台に並ぶ数々の品に目を走らせた。
 
 
「こいつらはちゃんと、明日帰ってきたら食うよい。明日まで誕生日が続くと思って、帰ってから作ってくれねぇかい」
 
 
アンは至近距離にあるその顔を、ぽかんと見上げつづけた。
なんと言っていいのかわからない。言葉が見つからなかった。
マルコのほうも言葉を探すようにアンから視線を外して、あーと不明瞭な声を発する。
 
 
「お前が勝手だっつって腹立てんのはよくわかるけどよい、もう四十路男の性格なんてそうそう治んねぇんだよい。結局これもオレが勝手に考えて、解決した気になってるだけだ。それがいやだっつーなら、オレはもうどうしようもねェ。我慢させることくれェしか思いつかん」
 
 
マルコにしては長いセリフを、言葉を手探りしながら、言った。
だから、と続く。
 
 
「怒ってもいい。なじって、昨日みてェに怒鳴り散らせばいい。ただ、ひとりで泣くのはやめろ。怒るのは聞いてやれるけどひとりで泣かれたらどうにもできねェ」
 
 
間近でそう言われて、アンは気圧されるように頷いた。
すっかり涙はもう引いている。
今はもう驚きの方が強い。
よし、とマルコは頷いて腕をほどいた。
 
 
「じゃあ出かける準備しろよい。一晩だから、簡単に荷物つめればいい」
 
 
すっかり通常モードに戻ったマルコは、さっさとリビングのほうへと向かって自身の荷物をまとめ始めた。
しばらくその丸くなった背中を呆然と見ていたアンは、おずおずと自分の支度をしなければと動き出す。
まるで昨日のひと悶着はなんだったのかと言うように、淡々と荷物を詰めた。
 
 
窓の鍵よし、エアコンよし、パソコンよし、火の元よし、とマルコが確認していくのをアンは荷物を肩に提げてみていた。
いつもはアンがするその作業を、今日はマルコが引き受けている。
その背中にアンは声をかけた。
 
 
「喧嘩も悪くないね」
「そうかよい」
「でももうしたくないよ」
「オレもだよい」
「マルコ誕生日おめでとう」
「ありがとよい」
「だいすきだよ」
「オレもだよい」
 
 
ふふ、と笑う。
いってきます、と部屋の中に呟いた。
 

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外は雨だ。
久しぶりの雨のおかげでどことなく暖かさの残っていた日中も肌寒くなり、すっかり秋に深みが増してしまった。
 
寒いのは嫌いだ。
暑いのも腹立たしいが、寒さも堪えるものがある。
特にこの歳になると。
 
マルコは何でもかんでも歳のせいにしすぎだと笑うアンに返す言葉はなく、ふんと開き直るしか術はない。
 
 
パソコンの画面に注視したまま機械的な動作でいつもの場所に置いてあるマグを手に取り口をつける。
しかし中身はすっかり冷めていた。
それこそ興ざめだ。
長い溜息をついてから、ぬるくまずいコーヒーを一気に飲み下した。
 
 
 
「マルコっ」
 
 
マグをデスクに置いて振り返った。
二人掛けのソファの上でうつぶせになり雑誌を開いていたアンは、なぜか幾分頬を紅潮させてマルコを見上げていた。
ソファからはみ出た長い肢体がふらふらと交互に揺れている。
げ、と内心で呟いた。
こういう顔をするアンはろくなことを言わない。
 
 
「は、は、」
「は?」
「は、」
 
 
くしゃみでもするのかと思った。
しかしくしゃみをするでもなくアンから発せられた言葉はあまりに聞きなれないもので、その言葉を飲み下すのに時間がかかった。
 
 
「は、はろうぃーん、したい」
「ハロウィン?」
 
 
こくこくこく、と頭がもげようかと言うほど頷いたアンは、もう一度意味もなく「ハロウィン!」と高らかに叫んだ。
 
ちらりとアンの手元に視線を落とすと、開かれた雑誌が目に入る。
オレンジと黒が目に痛いそのページを見て、ああと納得がいった。
空になったマグを台所に持っていこうと、マルコはそれを手に取り立ち上がる。
 
 
「かぼちゃ買ってくりぬいてりゃいいだろい」
「なんでかぼちゃ?」
 
 
マルコの言葉に首を傾げたアンは、雑誌を手に上体を起こしてソファに座り直した。
 
 
「あれだろ、かぼちゃに顔作るやつがやりてぇんじゃねぇのかよい」
「なにそれ」
「違うのかよい」
「…あたしがしたいのとはちがう」
 
 
しょぼ、とあからさまに視線を落としたアンを尻目に、マルコはマグを流しに置こうとしたのを思い直してコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
それからもうひとつオレンジ色のカップを棚から取り出し、自分のそれの横に並べる。
冷蔵庫からきんきんに冷えた牛乳を取り出して、オレンジのカップに半分まで流し入れた。
そしてそれは電子レンジの恩恵を受ける。
コーヒーメーカーがごぽっと音を立てて最初の滴を垂らした。
 
 
 
「お菓子もらうやつがしたい」
「…ああ」
 
 
そういえばハロウィンの醍醐味と言えばそれだった。
あまりに自分と縁遠いものなので、ハロウィンと聞いて浮かんできたのはあのこにくたらしい顔をしたかぼちゃだったのだ。
 
 
「わかる?マルコ」
「人ン家にガキが菓子せしめに行く行事だろい」
「そう!たぶん!なんか、呪文みたいなの言う!トリック!だっけ」
「…それじゃ一方的に一択しか選べねぇだろい」
「あれ?」
「トリックオアトリートだろい」
「そんなのだった!」
 
 
やりたいー!ハロウィンしたいー!トリックなんとかしたいー!と雑誌を握りしめ悶えるアンからは、『菓子が欲しい』とあまりにわかりやすい本心が駄々洩れていた。
マルコはアンとのやり取りの間に淹れた色の違う二つの飲み物を手に、アンの座るソファへと歩み寄った。
アンがふわりと香るコーヒーの匂いにクンと鼻を鳴らす。
ひとつを手渡すとアンは嬉しそうに手を伸ばした。
隣に腰かけて、マルコもコーヒーをすすった。
 
 
 
「うまい」
「そりゃよかったよい」
「マルコはカフェオレ淹れるのがうまいね」
「お前よりはな」
「…そういうことを言う」
 
 
端目でアンが口を尖らせたのが見えた。
すすっと細い音を立ててアンは吸うように飲む。
 
 
「じゃあマルコ、お菓子買っといて」
「…そんでどうすんだよい」
「あたしが外からトリッ…トリックなんとかするから、そしたらドア開けてお菓子ちょうだい」
「…それ楽しいのかよいお前」
「…」
 
 
あまり楽しくなさそうなことに気付いて、アンはむ、と眉間に皺を寄せた。
どうしたらハロウィンを楽しめるものかと考えているらしい。
 
 
 
「それにハロウィンってのは、なんでもかんでも行けば菓子もらえるもんでもねぇだろい」
「そうなの!?」
「…お前何の知識をもって今日がハロウィンだと思ってんだよい。あれだ、仮装しなきゃなんねぇんだろい」
「かそう」
「ほら、それにも載ってんじゃねぇかい」
 
 
そう言いマルコが指さしたのは、アンの膝の上に載った雑誌。
全身真っ黒のミニドレスを着て角やら尻尾やらこまごまと着飾ったモデルと、顔色の悪い背丈の大きな男がページの向こうで何やら不敵な笑みを浮かべていた。
 
 
「…こういう格好しなきゃなんないの」
「そういう行事だろい」
 
 
アンは両手でマグを握りしめて、膝の上の雑誌を食い入るように見つめた。
そして何を思い立ったか、唐突に顔を上げ立ち上がった。
ばさりと膝の上の雑誌が床に落ちる。
 
 
「ちょっとイゾウんとこ行ってくる!!」
「アホッ、待てバカタレ」
 
 
突拍子もない発言にマルコが慌てて引き止めれば、アンは不満げに振り向いてマルコを見下ろした。
 
 
「かそう、するから服借りてくる!」
「いらねぇことすんじゃねぇよい!イゾウは、駄目だい」
「なんで」
 
 
なんでもだと理屈もへったくれもない理由で無理やりアンを引き留めた。
イゾウの元へやってしまえば、そらきたと言わんばかりにあれやこれやとアンはイゾウの好き放題されてしまうに違いない。
イゾウのニヒルな笑い顔を見たくないというのと、そんな奴のところへアンをやりたくないというのを分かりやすく説明するのは至難の業だった。
 
マルコの剣幕に押されて渋々腰を落ち着けたアンは、至極不満と言った顔でマグをはむはむとくわえた。
 
 
 
「つまんない。ハロウィンやりたい」
「…菓子買ってきてやるから」
「それじゃいっつもと変わんない」
「…かぼちゃくりぬくか?」
「いらない」
 
 
へそを曲げたアンは、空になったマグを手の中でもてあそびながらマルコに背を向けた。
 
 
丸くなった背中にガキじゃねぇんだからとため息をつきかけて、そういえばまたガキなんだったと思い出した。
 
 
「アン」
「…呪文、つづきなんだっけ」
「…呪文じゃねぇが、トリックオアトリートだろい」
 
 
それっきりかたくなに黙りこくった背中は、しばらく動かなかった。
そしてマルコがコーヒーを飲みきったころ、アンは小さく「とりっくおあとりーと」と呟いた。
 
 
「…選んでいいのかよい」
「? なにが?」
 
 
マルコの答えに首をかしげながら振り向いたアンは、その先にあったマルコの顔の近さに思わずぎょっと身を引いた。
 
 
「なっ、なにっ」
「あいにく今手持ちがねぇんだよい」
「なんのはなしっ」
「菓子はあとでな」
 
 
二人掛けのソファの上、アンが後ずさったところで先はなかった。
マルコは、はて自分は悪戯されるほうだったと気付いたがどちらでも同じことかと気を取り直す。
はなしがちがう、とわめきかけたアンの口はすぐさま塞がれた。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
ぴんぽん、と軽やかなメロディが3回ほど鳴った。
アンのシャツの下に潜り込もうとしていたマルコの手は止まらなかった。
ぴんぽんぴんぽん、と軽い音がいっそ腹立たしいほど鳴りつづける。
戸惑うアンに構わずマルコは華麗に無視した。
 
 
 
「マッ、マルコ!誰かっ…」
「聞こえね」
「アーンちゃーん、マルコー」
 
 
マルコの手が止まった。
 
 
 
「…サッチだよ」
「…」
 
 
 
アンの上から無言で退いたマルコは、禍々しい気配を漂わせて玄関へと歩いていく。
アンが慌てて乱れた衣服を直していれば、ガチャリとドアが開く音がした。
 
 
 
「ンだ、てめぇかよ。アンちゃんは?」
 
 
能天気にへらりと笑った男は、マルコの背後を首を伸ばして眺めまわした。
そして不満げに口を尖らせたが、すぐさまにぱりと笑った。
 
 
 
「まあいいや。とりあえずトリッ」
 
 

 
超速急で靴が飛んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Trick and Trick
 

 
 
(いわれのない暴力!理不尽!)
(ああ、お前仮装してねぇじゃねぇかい。出直して来い、もう一足投げてやるから)
(なんでそんな機嫌悪いの!?)
 
 

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※ごまあえブログで妄想していた不倫ネタです。
細かい設定はこちらを参照してください。
受け付けない方は閲覧ご注意ください。
スクロールでどうぞ























 雪が溶ける。春が来る。
春が、来てしまう。





立春





その日はアンの部屋でささやかなパーティーともいえぬパーティーをした。
参加者は二人きり。
オーブンで焼くだけのピザにスーパーで買ったシャンパン、そしてマルコが帰り際にわかに用意したケーキが小さな食卓を彩った。

マルコがグラスにシャンパンを注ぎその気泡がシュワシュワと上り詰めていく様にアンはぼうっと見入った。


「マルコッ、あたしもあたしも」


アンが自分のグラスを差し出してせがんでも、マルコはアホ、という言葉と共に瓶に栓をする。


「ちぇっ、こんなときまで『先生』すんの」
「高校生のうちは駄目だよい」


どこか的外れなその答えにアンが笑うとマルコも薄らと笑った。
シャンパンとジンジャーエールのグラスをぶつけて乾杯した。


「内定おめでとう」
「へへっ、マルコが推薦入れてくれたからだもん」
「それだけじゃねぇだろい」


労わるような、それでいて慈しむような視線に照れてアンは俯いた。


「これでもう卒業一直線だねい」
「あ、うん…あと一か月…」
「春の一か月なんてあっという間だよい」
「まだこんなに寒いのに」
「暦の上じゃもう春だよい」


立春ってあるだろい、とマルコが一通り立春と節分について説明するのをアンは聞くともなしに聞いていたのだが、やはり心はずっと別のところにあった。



卒業すれば、アンはマルコの生徒ではなくなる。
二人の間柄にしつこく絡み付いていた枷が外れるようでそれはすごく喜ばしい。
今更歳の差なんて気にすることでもないので、ただの男と女として付き合うことができる。
しかしアンの卒業はそれだけではない。
アンが高校からいなくなる。
マルコは残る。
二人の生活圏がずれるということが何を意味するか、アンはよくわかっているつもりだ。
普通の恋人なら当たり前のことに手が出ない。
手を伸ばしてはいけないのだと、思う。



「アン?」


なにボーっとしてんだいと怪訝な顔をされて、アンは慌ててなんでもないと首を振った。


「マルコが難しい話するんだもん」
「おま、どこが難しい話だよい」


呆れるマルコにアンはへへっと笑ってグラスに口づけた。
明るく、明るくと自分に言い聞かせて。

春が来る話なんてしないで。
















それでも無情に時は流れた。
雪は水になり側溝へ流れ、足元を濡らす。
近所のおばあさんが芽吹いた梅の花を愛でる。
アンはあと一週間で卒業する。

マルコがアンの家に来て、同じ時を過ごすとき、今日はいつ帰るのと尋ねるたびに胸の中に落ちるしこりは大きくなった。
これ以上大きくなって、胸がいっぱいになって苦しくなったら、あたしはどうすればいいの。


「今日は十時までしかいられねェよい」


ごめんな、と頭の上に落ちる手を受け止めて、そう、となんでもないように呟いた。

マルコはネクタイを緩めて上着を脱いで狭い室内に座り、アンを手招く。
アンは慣れた仕草でマルコの脚の間に収まった。
背中を厚い胸板に預けて今日あったこと、互いが知らない互いのことを話していく。

二人分の衣服によって隔てられるほんのわずかな距離がもどかしい。
しかしそれは服を脱いで肌を重ねたところで同じだった。
皮一枚、この皮膚までもがマルコと触れ合うことを妨げる。

アンは体を反転させて、マルコの首元に鼻先を摺り寄せた。
いくらこの部屋でネクタイを外しても、上着を脱いでも、マルコは日も変わらぬうちにまたそれらを身に纏い出て行ってしまう。
今度こそ本当に帰るために。
帰りを待つ人のもとに帰って、また同じようにネクタイを外し上着を脱いで次はそれをクローゼットへ掛けるのだろう。
なんでもない日常が泣きたくなるほどうらやましい。


マルコは身を寄せてきたアンに黙ったまま腕を回した。
このまま溶けて一つになって苔むして誰にも思い出されない、そんな存在になってもいいからどうかこのままでと、口に出すことのない思いをのせてアンの髪に口づけた。
しかしそれでいいわけがないと口をはさむ理性がどこまでも邪魔をする。

マルコはアンの頭を両手で挟むように包んでキスをした。
顔を持ち上げるふりをしてアンの耳を塞いだ。

どうかアンには聞こえないように。
この恋の終わりが近づく足音が、聞こえないように。


















教室はシャッター音の嵐だった。
最後だからクラス全員でと言われクラス写真を撮り、数人の友人に誘われて曖昧な笑顔でピースを向ける。
そしてまだまだ写真と寄せ書きに終わりの見えない教室からアンは静かに抜け出した。

昇降口まで歩く廊下で覚えのない男子に呼び止められ、ずっと好きだったと言われた。
靴箱の前では同じクラスの男子が追いかけてきて、同じように告白された。

あぁそうなんだ、とそのような返事をすれば、相手はその返事を予想していたかのように苦笑して、何を求めるでもなく去って行った。

卒業式ってこういうこともあるんだ。
コンクリートの三和土にローファーを放り投げるようにおろしてつま先を突っ込んだ。


「アン」


振り返ると、いつもよりきっちり固くスーツを身に着けたマルコがポケットに手を突っ込んだまま立っている。


「マル…コ、せんせ」
「もう帰んのかい」
「だっていてもすることないし」


相変わらず淡白な奴だよい、とマルコは特に可笑しくもなさそうに笑った。



「時間あるかい」

















埃っぽいその部屋は、西向きの窓から差し込む光でぼんやりと白んでいた。
木造の棚にずらりと書物が並んでいるが、やはりどれも埃をかぶっている。
ここだけぽっかり時の流れから抜け落ちてしまったみたいな部屋だった。


「何の部屋?」
「数学科準備室」
「聞いたことないよ」
「先生らすら使わねぇからな。オレが鍵預かってて、一人になりたいときとかにここでコーヒー飲んでる」


サボりじゃんと笑うと、マルコも笑いながら2脚のパイプ椅子を奥から引っ張り出してきた。



「ん」


スーツのポケットからまだ熱い缶コーヒーを差し出す。
それを受け取って、乾杯した。
二人は向かい合って座った。


「卒業おめでとう」



マルコがゆっくりと笑う。
アンは黙ってうなずいた。


「早ェな」
「…三年長かったよ」
「オレくらいの歳の奴があっという間に成長しちまうガキといると、早く感じんだよい」


ふうん、と手の中の缶を両手で包みなおした。
っていうか、とマルコは言い直す。


「早いっていうより、速い、だな。early じゃなくてfast 」
「…?」


マルコは心底呆れたように口を開き、向かい合ったアンの手を取るとその手のひらに漢字で『早』と『速』を書いた。


「…どう違うの?」
「こっち、『早い』のほうは、卒業にはまだ『早い』とかの『早い』。で、こっちが、3年経つのが『速』かった、の『速い』」
「…また難しいこと言う」


難しくなんかねぇだろい、とまた呆れられるかと思ったが、マルコはそうだなと簡単に引き下がった。
マルコは缶を持つのとは逆の手で、漢字を書いたアンの手を取ったまま斜め左を仰いで窓の外に目をやった。




「…アン、お前一年の時の後半オレが数学持ってたの知らなかったろい」
「は?マルコが?あたしの?ウッソ」
「最初から最後まで寝てたし、中庭であったときオレのことしらねぇみたいな顔してやがったからそんなこったろうと思ってたよい」
「…そう、だっけ」


確かに思い返してみても、一年のころの数学の教師の顔は思い浮かばない。ついでに2年の時も。
つまりはぶっ通して寝ていたのだろう。



「起立礼が終わった瞬間から寝てチャイムが鳴ったら図ったように起きるから、妙な奴がいるもんだと思ってたんだよい」
「…へへ」


ごまかすように笑うと、マルコは俯いたがその顔は笑っていた。
長く節くれだった親指が、ゆっくりとアンの手の甲を撫でる。



「…じゃあマルコは、あのとき、中庭であったときからあたしのこと、」
「…知ってたよい」


ふうん、と鼻から抜けるような声が出た。
どうしよう、うれしい。








窓の外、校庭のほうが徐々に騒がしくなってきた。
写真も寄せ書きも堪能した卒業生たちが少しずつ帰り始めているのだろう。
アンもマルコもほぼ同時に、窓の外、薄い青に伸びる空を見た。



「…マルコ」


マルコはゆっくりと、アンを振り返った。
相変わらずマルコの親指はアンの手の甲を撫でている。
大きな手のひらの上でアンの手は不格好に固まったままだ。

話そうと口を開いても、出てくるのは声ではなく形にならない吐息だけで、アンは何度も浅い呼吸を繰り返した。
それをごまかすように、俯きがちになんども瞬きをする。
マルコはじっと、アンの手を緩く握ったまま待った。



「もう、会えないね」



もう、が震えてしまった。
会えないね、は呼気に交じった音になった。

そっと目の前の顔を見上げると、マルコの視線はアンの手、繋がった二人の手に落ちていた。




そんなことないと、マルコが言わないのはわかっていた。
それでもやっぱり少し悲しい。

もう限界だった。
人目を避けて、日の光の下も歩けず、帰りの時間ばかりを気にして、しあわせの余韻に浸る余裕もなく、決して手に入れることのできないひとと期待の出来ない約束をして逢瀬が終わる。

ふたりに未来はなかった。




「アン…」
「あたしが生まれてくるの、遅かったから、っていうか、遅すぎたから」


しょうがないよねえ、と笑ったのにマルコはすぐにアンの笑顔から目を逸らした。
手の甲を撫でる親指の動きはもう止まっていた。
代わりにぎゅっと握られる。



「これ」


アンは缶コーヒーを3本の指で握り、缶を握るマルコの薬指を指差した。



「あたしこれ大っ嫌い」



マルコの指に収まっているシルバーは、反抗するように日の光を反射した。
アンは黙ったままのマルコに、にいっと笑いかける。



「ねぇマルコ、これ捨てて、別れて?」



マルコはぼんやりと、アンを見つめた。


世の中には捨てられないものがありすぎて、大切なものがありすぎて、そのせいで何かを失うときがどうしてもやってくる。
けど決してそれは欲張りだからとかではなくて、そういうふうに、世界はできているのだ。
そうでなければならない。

それがどれだけ悲しくても。




「なんて、ね」



アンはぎゅっと缶コーヒーを握りなおした。
それと同時に、マルコの手に握りこまれていた逆の手を引き抜いた。




「お腹すいちゃった、もう帰ろっと」


コーヒーありがと、とアンは腰を上げた。
パイプ椅子が反動で軋んだ。


「アン」
「なーにー?」


勤めを終えようとしているスクールバックを肩にかけたアンはマルコに背を向けて返事をした。



「お前は強いよい」


アンの肩がきゅっと、ほんの少し、普通ならわからない程度すぼんだ。
マルコがどんな顔をしているのかアンにはわからない。



「オレは弱くて、ごめんな」



仕事、頑張れよい。
その言葉にアンは背中越しに頷いて、歩いて狭い教室を出た。
後ろ手で扉を閉めた。
気づいたら走り出していた。









空っぽのカバンの中で卒業証書の筒が跳ねる。
昇降口は帰りラッシュで混んでいて、アンは盛大に別れを惜しみあう卒業生の中に交じって靴を履いた。


外に出ると一瞬強い風が吹いて砂塵が舞った。
しかしそれはもう肌を刺さない。


春が来ていた。

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白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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