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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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「た」
 
「遅い」
 
 
ただいまの言葉とともに開きかけたドアは、内側からの力によって勢いよくアンの方へと迫ってきた。
よって続くはずだった言葉は、逃げ帰るようにアンの喉の奥へと戻って行く。
ぱちくりと丸めた目を少し上げれば、悲惨な顔色の、そしてなんとも人相の悪い顔がじとりとアンを見下ろしていた。
 
 
「言って渡して戻ってくんのにどんだけ時間かかってんだよい、もう夕方じゃねぇか。電話も出やしねぇしサッチの野郎は泣きべそかいて電話してくるしイゾウは…あいつ、くそ、」
 
「ちょ、マル、なかっ、中はいろっ」
 
 
玄関口ではかんべん、と説教と悪態を吐きはじめたマルコの胸を両手で押して、アンはやっとのことで部屋の中に足を踏み入れたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
うげ。
念願のシュークリームを口に詰めていたアンは、久しぶりに開いた携帯が一生懸命示していた着信数を見て思わず口の端から欠片を落とした。
 
 
『どした、アン』
 
『いや、何か、携帯が』
 
『携帯が?』
 
『マルコでいっぱい』
 
 
 
てん、とアンを見つめたイゾウは、次の瞬間には盛大に噴き出した。
 
 
大事なんがなかなか帰ってこねぇとなりゃそりゃあ仕事も進まねぇってか』
 
 
あっはっはと笑い続けるイゾウはごそごそと尻のポケットを探り、自身の携帯を取り出した。
そしてその背をアンに向けた。
 
 
『ほれアン、笑え』
 
『は?』
 
『笑うんだよ、ほら』
 
 
こうやって。
イゾウはにぃと自身の口端を持ち上げた。
つられておずおずとアンもクリームの乗った口角を釣り上げると、てろりろりーんと間の抜ける音色が二人の間に流れた。
 
 
『…なに』
 
『マルコに送ってやろうかと思って』
 
『なにを?』
 
『何って、今の写真』
 
『今写真撮ったの!?』
 
 
身を乗り出して目を丸めるアンに、イゾウのほうこそ目を丸くした。
 
 
『…アン、携帯のカメラ使ったことねぇのか』
 
『携帯にカメラ付いてたんだねぇ…』
 
 
ねぇあたしのにもついてる、とアンは自分の携帯をイゾウに差し出した。
見るまでもなくついているのはもちろんで、イゾウはアンの世離れっぷりが尋常とは言い難い様子に、こりゃあほっとけねぇわなとひとりごちる。
 
 
『ついてるよ。ほらここ、レンズあんだろが』
 
『おおこれ…』
 
 
教えてやるよと手招けば、どこの子犬かと言いたくなる顔で寄ってきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「で?」
 
「…でぇ…、サッチに渡してぇ、3人で喋っててぇ…」
 
「シュークリームで餌付けられたってわけかい」
 
 
ううん最初はクッキーだったと、マルコの言葉を訂正する気にはさすがにならなかった。
 
 
「ってなんでシュークリーム貰ったって知ってんの?」
 
「…イゾウの野郎が写真送ってきたよい」
 
 
そういってマルコがかざした携帯の画面には、口端にぽってりと白いクリームをのせて歪に口元を引きつらせるアンの顔。
 
 
「ったく言いつけてもききゃしねぇ…」
 
 
呆れと苛立ち(その半分はサッチとイゾウへだが)の混じった顔で携帯をたたむマルコに反して、アンはぱぁと顔を明るくし、しかもどこか誇らしげにねぇと呼びかけた。
 
 
「マルコ!携帯にカメラ付いてんの知ってた!?」
 
「ああ?」
 
 
当たり前、と口を開いたその矢先、パシャッと『シャッター音』というより人の『声』に近い音がマルコを遮った。
 
 
「へへー、『マルコ』」
 
「・・・てめぇ、」
 
 
瞬間的に湧き上がった苛立ちも、無邪気な顔に当てられてしまえば勢いも失ってしまう。
タチの悪いことこの上ねェとマルコは口の中で毒づいた。
 
 
「ったく、どんだけ喋りたくって来たってんだ」
 
 
結局一日つぶしやがって、と言う言葉にアンの心臓は跳ねる。
 
 
帰り際、イゾウに言われたのだ。
 
 
『今日モデルしたことは、しばらくマルコには内緒な』
 
『内緒?』
 
『まあしばらく、な』
 
 
意味ありげに口角を上げたイゾウに、アンはとりあえず頷いた。
内緒かぁ、ちゃんと内緒にできるかな、とアンがもやもやしていれば、唐突に伸びてきた長い中指の腹がするんとアンの頬を撫でた。
 
 
『約束、な』
 
 
切れ長の目が綺麗に弧を描いた。
 
 
『約束か!わかった!』
 
 
それでヨシと満足げに頷くイゾウに手を振って、アンは強くペダルを踏み込んだのだった。
 
 
 
 
 
 
 
(約束だし)
 
内緒の話、秘密のこと、はいやにドキドキして黙っているのは辛いものだけど、約束なら守らなきゃと、そんな信条染みたものを胸にアンは渋い顔のマルコを前にして「約束」にしっかりとふたをしたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
二週間後、イゾウの言っていた『しばらく』がようやく終わった。
 
その時お馴染みの部屋で子鳥をあしらった黄色い小鉢に植えられた観葉植物(それは部屋の主に似ていた)に水をやっていたアンは、突如耳に届いた不吉な音と水音に、慌ててそちらへと目をやった。
 
仕事机の前、いつもの席に腰掛けていたマルコは自身が吹いたコーヒーにまみれた右手を持て余し、視線を左手の雑誌へしっかりと注いでいた。
 
 
「うわっ、なにやってんのマルコ」
 
 
慌てて机に置かれたらしいコーヒーカップからは机の上に茶色い輪を作り、宙に浮いたままの手の先からも顎の先からもコーヒーはポツリポツリと滴ってマルコのズボンに茶色い円を描いていく。
しかし当の本人は口元を拭おうともせず、細い目を目いっぱい開いて雑誌を凝視している。
 
台所から布巾を手に取り戻ってきたアンが依然固まったままのマルコを不審に思いその視線の先を辿っていく。
そして、ぎゅあっと蛙が潰れたような声を出した。
 
 
 
「わ、あ、それ、その、」
 
「…なんでお前が載ってんだよい…」
 
 
布巾を取りこぼし意味もなくわたわたと手を動かすアンを見ることもなく、マルコの視線は雑誌の中、頬を赤らめて小ガモの置物を手に取る少女から外れない。
紛れもなく、アンである。
 
 
ちらりとかすめた思考はある意味『予想』で、それがマルコにとって嫌なものであるとしたら、そういう予想と言うのは大抵外れないものだ。
マルコはコーヒーに濡れた手のまま次のページをめくった。
 
 
右ページの右上一角には、日の光の差し込むリビング全体の写真。
そしてそこ以外には、あらゆる角度から移された部屋とともに映るあらゆる表情のアンの姿。
 
壁にかかる人形に手を伸ばしていたり、両手でぎゅうとクッションを抱きしめていたり。
今この家にあるものと同じ観葉植物を両手で包んだアンは、ページの中でもとびきりの笑顔だ。
 
 
 
 
 
「…どういうことだよい」
 
 
マルコは腰かける椅子から一歩も動きはしないのに、じりっと眉間のしわが、鋭い視線がアンに詰め寄った。
アンはひたすら視線を泳がせ逃げていたのだが、唐突につねられた頬の痛みに負けて、慌てて口を開いたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「そういうことかよい」
 
「ね、しょうがないでしょ」
 
「どこが」
 
 
丸められた雑誌が、とすっとアンの額を突いた。
そしてそのままねちっこく、ぐりぐりと押し付けられる。
 
 
「あだっ、だだだだ」
 
「渡したらすぐ帰ってこいってあんときさんざん言ったよな、それがくっちゃべってくるどころかまんまと餌につられてホイホイついてきやがって」
 
「つられたんじゃなくて、イゾウが困ってたんだもん」
 
「黙れ」
 
 
ぼふっ、と再び雑誌がアンの頭上で跳ねた。
 
理不尽だ、と漏らしたアンの呟きはマルコの人睨みに吸い込まれた。
 
 
 
「ていうかマルコなんでそんなに怒るの。撮られたのはあたしなのに」
 
 
 
む、と不満を口で表してアンがそう言うも、マルコは渋い顔のままアンから目を逸らす。
気に食わないものは気に食わないのだなんて、そんなアンでも言わないようなガキくさいこと口が裂けても言えない。
 
 
人目になんて触れさせたくない。
できることなら、ガラスケースなんて柄ではないから、せめてこの部屋の中だけに押し込めて自分だけの視線でアンを塗り固めたい。
そんな不毛で欲にまみれたことを口にするわけにはいかないので、こうしてアンに制裁を加え、自分は押し黙ることしかできないのだ。
 
 
 
 
 
マルコは不平不満を垂れ流すアンを無視して、溜息と共に何気なく雑誌を捲った。
パララ、と数枚のカラーページが流れていく。
だが不意に、マルコがその手の動きを止めてページを戻した。
 
 
「…おい」
 
「なに」
 
 
まだなんか文句あんのと言いたげな視線を送ると、マルコはちらりとアンを仰ぎ見て、再び雑誌に視線を戻した。
 
 
 
「髪、」
 
「髪?」
 
 
アンはマルコの手元を覗き込み、ああそれ!と手を打った。
 
 
「イゾウがね、いっぺん付けてみろっていうから!長いの付けてみた!」
 
 
こう、首のあたりがもぞもぞってこそばかったんだけど、ふわふわして結構楽しかったー、とアンは首筋の自分の髪を指先で遊ばせた。
 
 
アンがメインのコーナーとは別に組まれた、1ページのみの特集。
胸から上のみが大きく映されたアンの姿。
ただ実際の姿と違うのは、ゆるくウェーブがかかり艶を放つ黒髪が胸のあたりまで伸びていること。
 
 
小さな、細い緑色の葉を覗かせる小鉢をその手に掲げ、それに頬を寄せてくしゃりと笑っている。
綺麗な笑顔ではない。
ポーズ自体先ほどの特集ページと違って造られた風はあったけど、どの写真よりもとびきりの、アンらしい笑顔だ。
 
 
 
「長いのもね、あんまり邪魔じゃなかったら伸ばすのもいいかな、なんて」
 
「・・・」
 
 
冗談じゃねェよい、とは言えなかったので返事はしなかった。
見慣れないからだろうが、心臓に悪いことこの上ない。
お前はオレをどうしたいんだと舌の先まで出かかった言葉を何とかして押し戻す。
 
 
 
 
「…これ」
 
「? ああそれ?」
 
「あれだろい」
 
「そうそう!」
 
 
 
 
マルコが交互に指差した「それ」を、アンは顔を綻ばせて手に取った。
 
 
「これすっごい気に入って、そったらイゾウがこの子と一緒に撮ってやるって。絶対自分で買おうとも思ってたんだー」
 
「なんでまた」
 
「だってほら」
 
 
 
黄色い小鉢を、アンはマルコの顔のすぐ横に並べて見せた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「マルコにそっくりなんだもん!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
fin.
 
 
 
 
 
 











 
(おまけ)
 
 
 
『おうマルコ』
 
『てめぇよくも好き放題やりやがって』
 
『ああん、所有者の印鑑でも要ったか』
 
『・・・ふざけたもんまで送り付けやがって』
 
『おう、それいいだろ。アンの原寸大パネル。一番イイ顏選んだつもりだぜ』
 
『オレにこれをどうしろってんだよい』
 
『さあ。部屋ン中にでも飾りゃあいいだろうが』
 
『できるか』
 
『とか言って、返せっつっても返さねぇくせに』
 
『・・・はんっ』
 
『まあ宝箱にでも大事にとっとけよ』
 
『ほっとけ』
 
『・・・抜くなよ?』
 
『死ね!!』
 
 

 

拍手[22回]

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ふらりと一つの影がスタジオに現れると、ざわりと空気が揺れたのがアンにもわかった。
振り返ったそこには、先ほどまで後ろに流されていた髪を一つにくくりまとめた姿でアンに片手を上げるイゾウがいた。


「こりゃあ玄人たちも顔負けの別嬪になったな」

「イゾッ、あた、あたし変くない?こんなかっこ、落ち着かなくって」

「いんや、似合ってんよ」


ワンピースの裾をきゅうと握りしめるアンの手をやさしく包んで、その手をほどいてやる。
服が皺んなっちまうぜと言えば、慌てて手のひらで伸ばし始めた。


アンが着せられたクリーム色のワンピースは膝あたりまでの長さで、すっと細い足が伸びているあたりがアンの細さを物語っていて女の子らしさを強調している。
スカートの裾あたりは細やかな花柄で彩られていて、上品だが華やかな作りになっている。
襟ぐりはそこそこ開いているのだが、下品なほどではなく、丁寧にレースで縁取られていた。
ふんわり膨らんだ半袖から細い腕がしなやかに動くたびにどことなく甘い香りがする。
それはおそらく整えられたアンの髪から香る整髪剤の香りだろう。
アンもそういった自分の様子に違和感があるようで、さっきからもぞもぞと尻が落ち着かないのだ。


「あ、あたし、その、ポーズ?とかわかんないんだけど」

「あぁ、お前さんはなんも考えなくていい。そこの部屋っぽい一角があるだろ?そこで好きに動いてくれりゃぁいいだけさ」

「すきに?」


大きく頷いてやると、アンはほうっと息をついて顔を綻ばせた。


「よし、んじゃちょいとみて来い」


ポンと肩を叩かれて、アンはおずおずと立ち上がった。

















頭上にたくさんのライトがぶら下がるそこは白く照らされて、自分の肌の色まですうっと明るくなる。
6畳ほどの空間に作られたその一角をくるりと見渡してから、アンは窓際(のように作られたところ)のウッドデッキに置かれた小さな置物を手に取った。

木で造られたカモ。
そしてその後ろには、小ガモが三匹。


(へへっ、かわいい)


カモの置物をもとの場所に戻して、その隣にちょこんと佇んでいた観葉植物に目を止めたアンは、思わず噴き出した。


(なにこれなにこれ)


くくっと笑いをかみ殺して植物の小鉢を両手で包むように持ち上げると、アンは嬉々としてイゾウを振り返った。


「イゾウ見てこれ!マルコ!マルコに激似!!」


手にした小鉢を突き出すように掲げれば、三脚に乗ったカメラを覗き込んでいたイゾウはそこから顔を上げた。


「イゾウもう撮ってんの?」

「アン、そりゃあソテツってんだ」


アイツの髪型にしちゃあ細過ぎるだろうよと笑ってやると、アンも確かにと笑い返した。


「うちにもこれ欲しー」

「マルコにねだってみろよ」

「ダメ、これ今度見たら笑っちゃうから、絶対考えてることばれると思う」


だから買ってもらえなさそう、としょんぼり、しかしどこか楽しそうにアンは手の中の小鉢をもとのデッキに戻した。










アンが今いる一角を囲んでいる白い板は、この『部屋』の壁を模しているのだろう。
四角い木の枠が二つ、壁にくっついている。
そしてその木枠の内側には、アンティーク色の強い小さな少女の人形が腰かけていた。
まるでその木枠がフォトフレームで、女の子が写真から飛び出して足をぶらぶらさせているかのようで、そのかわいらしさにアンは口の形をほおと伸ばした。



(なんかこの部屋、なんていうか、すごく、お洒落だ)



言ってしまえば生活感はまるでないが、絵になる部屋だと思った。


(雑誌に乗せる写真にすんだから、当たり前か)




ふいに一歩足を後ろに引いた際、とんとふくらはぎの裏あたりに何かが当たる。
振り返れば、茶色のローテーブルと、その向こう側に茶色いソファ。
ソファの上には白と茶色のクッションが一つずつ。
なんとも肌触りの良さそうなそれに目を奪われたアンは、すすすとそちらに近づいた。

触れてみたクッションは、さらりとアンの指先を受け入れて、やんわりと跳ね返す。
期待を込めた瞳でイゾウを振り向けば先と同じ姿勢のイゾウがにこりと頷いたので、アンはえいとソファに腰を下ろした。


(やばい!ふかふか!)


うちのせんべい布団を積み重ねたってこうはならない、とアンは存分にその柔らかさを満喫し、ぎゅううと腕の中のクッションを抱きしめた。























そんな風に室内を存分に楽しんだアンは、ちらりとイゾウを盗み見た。


(撮影、まだかな)


さっきからイゾウはカメラをいじったり周りのスタッフと話したり、一向にアンに呼びかける気配がない。
そしてアンはふと唐突に、マルコを思い出した。

メール返すの忘れてた、ちゃんとお昼食べたかな、たぶん食べてないだろうなあとパソコンに噛り付いていた背中を思い浮かべる。
今あたしがこんなことしてるなんて微塵も思ってないんだろうなと考えると悪戯をしているような気分になって、ふふっと笑った。



「アン」



声の先を振り返れば、カメラの三脚を畳むイゾウが片手でアンを手招いていた。



「お疲れさん、もういいぜ」

「? 写真は?」

「おかげでいいのが撮れたぜ」



にいと笑ってカメラを顔の高さまで掲げるイゾウにアンが首を傾げれば、ああやっぱ気づいてなかったかとイゾウは苦笑を見せた。


「お前さんが部屋ん中見て回ってる時にもう撮ってたんだぜ。
フラッシュたいてバシャバシャやってたんだが、えらく見入ってたからこりゃ気づいてねぇかもなぁって思ってたけど」


きょとんと目を点にしたアンの頭を、イゾウは両手で挟むように包む。
そのままわしゃわしゃと髪を撫でると、アンはほわっと素っ頓狂な声を上げた。


「やっぱお前さんは最高の被写体だな、こりゃ高くつくぜ。オレァあいつにぼったくられても文句ぁ言えねぇな」

「イゾッ、イゾウ!」


犬を撫でるようにアンの髪をかき混ぜる大きな手を掴んで制止の声を上げれば、ははっと笑ってイゾウはその手を止めた。








「アン、土産の菓子まで奮発すっから、もう一度撮られてくれやしないか」


今度はアレ着けて、とイゾウの親指が指し示す方向を確認したアンは、いいっと大きく顔をしかめたのだった。

拍手[12回]


 
 
「ムリッ!ムリムリムリムリッ!」
 
「いいや、お前さんなら適役だ」
 
「モッ、モデルとか・・・!」
 
 
そういうのはもっとキレイで大人な人がするやつだ!と全身で拒否を露わにしたアンは、逃げ惑う小動物のように狭い応接間をちょこまかと動きイゾウから距離を取った。
片やイゾウはお馴染みのソファから一歩も動くことなく、警戒心むき出しの野良猫を手なずけるような気分で、まぁ座れよとアンを視線で促した。
それでもぐるると唸り声まで聞こえてきそうなアンの様子に、イゾウは目の奥で仕事人の光をちらりと光らせてから、大仰にため息をついてみせた。
 
 
「参ったな、んじゃぁ今日のオレの仕事はおじゃんってわけだ」
 
「え」
 
「モデルがいねぇんじゃカメラも入り用じゃねぇだろ」
 
 
ああ残念だ、と頭を垂れたイゾウの姿を見つめて、アンの脳内はぐるぐると巡りだす。
 
 
 
(…イゾウ、こまってる。でもやっぱ、モデ、モデルとか…!)
 
 
 
そんなアンの葛藤を目ざとく感じ取ったイゾウは、最後の一押しとばかりに口を開き、隣でイゾウの顔と時計の文字盤の間を視線が行ったり来たりしている女性に向かって声をかけた。
 
 
「ワリィな手間取らせて。撮影は日変えるしかねぇ。差し入れの菓子は適当に何とか始末してくれ」
 
「「そんなぁ!」」
 
 
悲壮な顔つきで声を上げた二人は、きょとりと互いを見つめあった。
勿論二人が悲嘆した内容は全く異なるのだが。
より一層深刻な顔でイゾウに詰め寄ったのは、アンではないその女性のほうだった。
 
 
「それじゃ入稿間に合いませんって!」
 
「んなこと言ったってしゃぁねぇだろうが」
 
「もとはと言えばイゾウさんが余計なこと言うからあの女の子がヘソ曲げたんですよっ」
 
「はんっ、あの女も世間の風当たりがわかってよかったじゃねェか」
 
「もうっ」
 
「あ、あの、イゾッ」
 
 
 
憤る女性と飄々としたイゾウの会話に割って入ったアンは、うつむきがちのまま視線だけ上げて、恐る恐ると口を開いた。
 
 
「お菓子・・・捨てちゃうの?」
 
 
顔の真ん中に大きく「もったいない」と書いたアンは、だからどうするというわけでもなしに期待を込めたまなざしをイゾウに向けた。
放り込んだ餌にまんまと食いついた魚をすでに釣り上げた気分のイゾウは、そうさなぁと口角を上げた。
紅を引いたように赤い唇が、月のように弧を描く。
 
 
「アンが代役やってくれるってなら、差し入れの菓子も将来安泰なんだが」
 
 
 
ごくりと生唾を飲み込む音が、イゾウにも、その女性社員にもしっかりと聞こえた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
アンとイゾウと女性社員をのせたエレベーターは、すいんすいんと上昇していった。
 
 
「どこまで行くの?」
 
「16階」
 
「サッチに言わないで来ちゃったけど大丈夫かな」
 
「4階の奴に適当に言っといたから問題ねぇよ」
 
 
それよりさっきからピコピコ目にうるさいその携帯の相手のほうを心配すべきなんじゃねェのと、のど元まで出かかった言葉は丁寧に胸のうちまで押し戻す。
忘れているならそれはそれで都合がいいというもので。
 
 
そしてチン、と可愛らしい音とともに開いた扉の向こうは、アンの予想に反した世界だった。
 
 
 廊下。
長く殺風景な冷たい廊下がずっと遠くまで伸びていて、その両脇にはいくつもの扉が行儀よく整列している。
 
 
「…なんか今までのフロアと全然違う」
 
「ああ、ここぁ吹き抜けのさらに上だかんな。控室に衣装室に化粧室、一番奥がスタジオだ」
 
「・・・ここ出版社だよね?」
 
「おうよ。オレがどうせここに写真持ってくんのに別のとこで撮影すんの面倒くせぇってぼやいたら、オヤジ・・・ここの社長が、一番上のこの階ぶちぬいて作ってくれたってわけよ」
 
「・・・」
 
 
 
どんだけフリーダムだ。
 
 
 
「アンはここで言われるがままに着替えて。そったらこっち、A-6って部屋で化粧な」
 
 
そういってイゾウが開いたドアの向こうを覗いたアンは、思わずゲッと顔をしかめて後ずさった。
色とりどりの服飾品が所狭しと並んだそこは、ちょっとした森林だ。
思わず菓子につられて引き受けてしまったものの、大きな後悔がどどっと押し寄せてきた。
 
 
(…ファッション誌じゃないって言ってたけど、)
 
 
いやしかし菓子のため、違うイゾウのためだと、ふんっと大きく息をついたアンは室内に大きく一歩を踏み出した。
 
 
 
「アン」
 
 
 
背後で呼ばれたその声にほぇ?と振り返ったアンの視界は、軽快な音とともに一瞬真っ白に染まった。
そしてすぐに取り戻した景色の向こうには、カメラを構えてにぃと笑うイゾウの端正な顔。
 
 
「これはオレの個人用」
 
 
 
別嬪になってこいとアンの背中を押して、イゾウは軽やかな足取りで最奥の部屋へと歩いて行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
歩くたびにふわんと膝辺りをくすぐる感覚はいくらたっても慣れない。
変なのと座ったまま足をパタパタさせていれば、じっとしてとメイクスタッフにたしなめられた。
だからと言ってこわばった表情でじっとしていても、力を抜けと怒られる。
 
モデルと言う仕事もカメラの前でにっこりしてるだけじゃないんだなぁと、ページの向こう側で微笑む女の子たちを思い出しながら鏡に映る自分の顔をぼんやり眺めていた。
 
 
 
 
「あなたいくつだっけ?大学生かしら?」
 
「にじゅう、いちです」
 
 
ぽふぽふと頬に当てられる柔らかな質感に戸惑いつつ答えれば、一瞬スタッフの手の動きがぴたりと止まり、それからすぐに動き出した。
 
 
「・・・やだ、まだ18、19かと」
 
 
あたしと5つも変わらないのねと呟いた女性は、ため息と共にアンの顎をくいと持ち上げた。
 
 
「お化粧はいつもしてないの?」
 
「化粧品高いし、やり方、わかんないし」
 
 
それこそ高校時代、友達にふざけてやられたことがあるくらい。
だがその時化粧を施されたアンの顔を見た友人たちに、やっぱあんたには必要ないねと口をそろえて言われたので、自分には似合わないのだと思っていた。
たとえそこで褒めちぎられていたとしても、やっぱり買えないものは買えないのだが。
 
 
 
「はいできた。次、髪の毛よ」
 
 
あっちの椅子に座ってねーと指差された方向に、アンは半ばげんなりしつつ大人しく向かったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
案内されたスタジオは、たくさんの物々しい機械類に囲まれて一瞬腰の引けるような雰囲気の場所だった。
しかしその部屋の中で一角だけ、白い板で覆われていて、その中は可愛らしい家具が配置された完全なる「部屋の中」が作られている。
 
アンがその景色を物珍しげな視線で惜しげもなく見回すたびに、アンに気づいたスタッフたちが一様にぎょっとした。
 
 
 
(おいあんな可愛いの、どっから連れてきたんだよ!)
 
(イゾウさん直々につれてきたらしいぜ)
 
(どこの事務所の子だ?)
 
(素人だとよ)
 
(…嘘だろ、)
 
 
 
あんなの野生にしといちゃいけねぇよと、スタジオ中のスタッフに囁かれる言葉たちはアンにも聞こえていてもいいはずだが、当の本人は落ち着きなくうろうろしているため幸い耳には届いていない。
 
ここに座って少し待っててと言われたアンは、忠犬よろしく大人しくそこに腰掛けて、刻々と来るその時を待っていた。
勿論、差し入れの菓子類にお目にかかれる「その時」である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
一方、4階ではここもここもと現れる空いたコマの穴埋め作業に翻弄されていたサッチが、やっと暇を見つけてコーヒー片手に応接間に戻ったところだった。
 
 
「・・・あれ」
 
 
しかし当然そこに、数十分前まで座っていたはずの女の子は見当たらない。
ついでにあの性悪カメラマンも。
 
 
「アンちゃん?」
 
 
とりあえず机の下やゴミ箱の中なんかも覗いてみるが、もちろんいない。
 
黙って帰るはずがない、それにもう少しここにいたいと本人が言っていたばかりなのだ。
 
 
 
「え、何で消えてんの?」
 
 
一応携帯を開いてみたが何の連絡もナシ。
どうしたもんかと途方に暮れていた際、応接間を横切ろうとしていた若い編集者が、サッチを見てあ、と声を上げた。
 
 
 
「サッチさん、ここにさっき座ってた女の子っすけど」
 
「おうおう、知ってんの?」
 
「その子ならさっきイゾウさんと一緒に・・・」
 
 
 
 
さぁっと、血の気とはこうやって引くのだとサッチは強く身に染みて感じた。
バイバイおれの血液。
 
 
 
「・・・まじで」
 
「臨時のモデル捕まえたとかだったんでてっきり…違うんすか?」
 
「…馬鹿野郎、ありゃマルコんとこの専属だっつーの」
 
 
 
その言葉を聞いた4階スタッフたちの血の気も、サッチ同様すうっと急下降したのだった。
 
 
 
 

拍手[16回]

 
 
 
 
「イゾー…さんは、」
 
「イゾウ」
 
「…イゾウも、ここの編集者なの?」
 
「いんや、オレァここに世話んなって契約してるモンだ。ちぃとばかし今は暇ができてね」
 
 
こうしてコーヒー飲んでられるわけだ、とイゾウは手元のカップに唇を当てた。
 
 
マルコもたしかサッチんとこと契約してるって言ってたっけと思い起こしながら、アンはふうんと相槌を打つ。
しかし実際のところ目の前にこんもりと積まれるように置かれた細かい菓子類に気を取られていて、アンにとってイゾウの回答は二の次である。
アンが目を離そうとしないそれらの物資はこの会社の各フロアから送られてきたもので、アンを捕まえておくには十分すぎるほどだった。
 
そんなアンの様子を特に気にするでもなく、むしろ至極楽しげにイゾウは目の前でコロコロと変わる表情を見つめていた。
 
 
 
「おおおおおこれは期間限定のプチシュー抹茶味…!!あ、こっちはずっと食べたかったやつ…んぅ、うまい!」
 
「そりゃよかった」
 
「イゾウも、はい」
 
「おうサンキュ、」
 
 
アンが差し出してきたクッキーを受け取れば、そばかすの散った頬がきゅっと動いてその顔がにしゃりと笑う。
それにイゾウが笑い返したが、アンはオレンジジュースをすすっていて既にもう見ていない。
仕方がないのでイゾウはクッキーの包みを開けた。
 
 
 
一方サッチはソファの背もたれにだらりと両腕を乗せ、首も後ろ側へかっくりと折れている。
いたわりのつもりでアンがビスケットをサッチの口元へ持っていけば、サッチは餌付けられるように口を開くのでそれを放り込んでやる。
だらしなく四肢を伸ばしたまましゃくしゃくと咀嚼する音だけが隣から聞こえてくる様はいつものサッチとはかけ離れていて、悪いと思いつつアンはふはっと笑ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「アン、お前さん歳は」
 
「21」
 
「へぇ…」
 
 
アンの答えに対しイゾウが楽しげに口角を上げると、サッチが蒼い顔を起こしてイゾウをいさめるように睨んだ。
 
 
「…イゾウ。だからお前その目ヤメロって」
 
 
獲物見つけた獣じゃねェんだから、とサッチはこめかみを押さえる。
エモノ?と首をかしげるアンにイゾウは人のいい笑みを見せて、胸にかかった髪を後ろに払った。
 
 
「アンはOLなんだって?」
 
「うん、何で知ってんの?」
 
 
アンの当然な問いかけは綺麗に流して、イゾウはいまだ笑顔のまま呟いた。
 
 
「勿体ねぇなあ、こんな別嬪堅気に放っておくったぁ」
 
「堅気っておま、」
 
 
違ぇだろうがと突っ込むサッチを傍らに、アンはますます首をかしげた。
 
 
「何の話?」
 
 
イゾウはすっとなめらかな動作でアンの顔に腕を伸ばし、その口元についたクッキーの欠片を指先で取ってやった。
 
 
 
「アン、オレァ写真を扱うモンでね」
 
「写真?…カメラマン!?」
 
 
すごい!かっこいい!と声を上げるアンににっこり笑い返したイゾウは、ちょいと失礼とばかりに煙草を取り出し火をつけた。
 
 
「オレァ物書きからこっちの世界に転がりこんだ野郎だからな、物書きで食ってるお前さんとこのマルコとも面識あるってわけだ。
それにあれだ…あいつも、一度オレが撮ったことがあんだぜ」
 
「マルコ!?え、なんで!?」
 
 
 まさかマルコがモデルじみた仕事をしていたんだろうかと考えて、それと同時にカメラに向かって微笑むマルコを想像して、ぶっとアンは噴き出した。
どうしよう笑える。
 
 
「イゾウ…それじゃまるでマルコがモデルやってたみてぇに聞こえんだろ…アンちゃん、あれだよ、雑誌のインタビューがあってさ」
 
 
こっから上が載ったってだけよ、とサッチは胸のあたりに片手を水平にかざして見せた。
 
 
「インタビュー?」
 
「あれぁ…マルコの記事がちぃと話題んなった時じゃねぇか。おう、そういやサッチ、その雑誌お前さんのとこじゃなかったかい。ねぇのか今」
 
「あるの!?みたいみたい!!」
 
「んー…相当前だぜ、あるかなバックナンバー」
 
 
ちょいと待ってろとサッチはだらけきっていた体を起こし、フロアの隅でパクリと口を開いている小部屋へと入っていった。
さっきまでもう動かんと言うように沈んでいたサッチの体が今はきびきび動くのは、腐れ縁野郎のしかめっ面の想像に拍車がかかるからか。
当人に知られりゃしばかれっだろなあと思いつつ、楽しいのだから仕方がない。
 
数分後、サッチは一冊の雑誌を手にアンとイゾウの座るソファへ戻ってきた
 
 
「これよこれ」
 
 
サッチが開いたそのページの上に、三つの影が落ちる。
ページの右上にはマルコの名と、少し質の粗い写真。
そこに陣取るのは、予想通りの見慣れた顔。
 
 
「うわっ!マルコ若い!」
 
「今から…15年くらいか?」
 
「でもすっごい機嫌悪そう」
 
 
 眉間のしわは今と一緒だとアンが笑った通り、その写真のマルコの額には見慣れた皺が1,2本。
 
 
「オレも若かったからなぁー…」
 
 
インタビューの顔写真といえど上手いことこいつを引っ張れねぇで、と懐かしげに呟くイゾウの声を耳にして、アンは思わずイゾウの顔をまじまじと見つめてしまった。
口ぶりだけはやけに古っぽいというか江戸っぽいというか…なのに、見た目はモデルと見紛うような美しさ。
マルコやサッチより年下だと思っていた。
そうか、マルコの15年前ということはイゾウの15年前なんだから二人の歳はそう変わんないのか、とアンはひとり納得した。
 

 
あ、でも、
 
 
 
「15年前かぁ…あたしまだ6歳だよ」
 
 
変なの、とアンが笑ったその瞬間、目の前のイゾウはぱちくりと目を見開いた。
そして隣のサッチはもたげていた頭を起こし、6歳…と掠れた声で呟く。
 
 
 
「?」
 
「…こりゃあ立派な犯罪者だな、あいつも」
 
「? だれが?なにが?」
 
「・・・ろくさい・・・」
 
 
可笑しげに目を細めたイゾウとは対極的に、サッチは再びばふんっとソファへ頭を沈めた。
 
 
 
「ちっちぇぇアン、見てみてぇなぁ」
 
「えぇ、やだあ」
 
間違いなくクソガキだもんとけらけら笑うと、イゾウもははっと声を上げた。
 
 
 
 
 
 
「あ、アンちゃん、マルコにはコレ、内緒な?」
 
 
サッチがだらけった腕を伸ばして指さすのは渦中の雑誌で、しぃっと口元に人差し指を当てるふりをするのでアンも同じようにして頷いた。
 
 
「わかった!」
 
 
にししっと肩を揺らして笑う隣の女の子を目の端に移して、信用ならねェなぁとサッチが苦笑を漏らしたそのとき、若い声が遠くから飛び込んできた。
 
 
 
 
「サッチさーん!ここ1ページ余るんすけどー!」
 
 
呼ばれた当人サッチはその声の主を振り向き、ひらりと手を振った。
 
 
「おーおー、今いくってんだよ」
 
 
まったくオレッチ引っ張りだこで困っちゃう、とサッチはため息とともにゆっくり重い腰を上げた。
しかしその顔には疲ればかりではなくて、仕方ないとでもいうような苦笑も乗っている。
 
 
「ごめんなアンちゃん、ちょいと行くわ」
 
「あ、うん、こっちこそごめん、もうすぐ帰…」
 
「それは駄目。こんなに早く帰っちまったらつまんねぇじゃん」
 
 
オレが。
という心情は含めずにそう言えば、アンはほっと顔を綻ばせた。
自宅の隣でマルコが苛立たしげに机を叩いていることなどすっかり忘れて、あたしもほんとはもう少しここにいたいんだと、にっと歯を見せて笑った。
 
 
さあ1ページどうしよっかなーと呟きながら、雑然としたデスクに戻っていくサッチのよれたシャツの背中を見送っていれば、アン、と低く通る声が耳に滑り込んだ。
 
 
「携帯、光ってんぞ」
 
 
そういってイゾウが指差すのはアンのちょうどお腹のあたり、ジーンズのオーバーオールの膨らんだ前ポケット。
黄色い光がピコピコと漏れていた。
 
 
「あ、ほんと」
 
「マルコか?」
 
「たぶん」
 
 
ぱかりとそれを開けば、ただの文字のはずがどこか物々しさすら感じさせる、「早く帰れ」の一言が。
 
 
「どうせ早く帰ってこいとかそんなんだろ」
 
「…うんビンゴ」
 
 
ははっと乾いた笑いを零すアンを眺めながら最後の一口をすすったイゾウは、なぁアンと口を開いた。
 
 
 
「今日昼から用あるか?」
 
「うん?用?もうないよ」
 
 
そりゃいいとイゾウが口端を上げる一方で、アンは話が読めず、んっ?と首をかしげる。
 
 
「じゃあ腹のほうはどうだ、すいてっか」
 
「あー…そう言えば。あ、でもほら、お菓子食べたし」
 
 
もう帰るだけだからがんばれる!と笑顔付きで返答すれば、そうかとイゾウは満足げに頷いた。
 
 
 
「よしじゃあちぃとばかし待ってな」
 
「? どっか行くの?」 
 
「いいもん持ってきてやっから、いい子で待ってな」
 
 
 
すぐ戻る、と踵を返したイゾウは、長い脚を持て余すように歩いていきアンの視界から消えた。
なんのこっちゃとアンがひとりつくねんと座っていたのはものの2,3分で、イゾウは言葉の通りすぐに戻ってきた。
 
 
 
「ほらよ」
 
 
 
ぽいと膝の上に置かれた紙のボックスに、アンは目を奪われた。
 
 
 
「…これ!駅前の開店同時に並ばないと買えないドーナツ!!しかもこんなにいっぱい!」
 
 
なになになんでどうして、と食いつくアンに、イゾウは紫煙を吐き出しながらにぃと笑って見せた。
 
 
「昼飯代わりになるかはしんねぇが、アンくらいの女ってのぁこういうのが好きじゃあなかったかい」
 
「すき!だいすき!」
 
 
食べていいの!?と既にぱかりとふたを開けたボックスを抱え込んだアンにイゾウが頷きかけると、すぐさまいただきます!と威勢のいい声が飛んできた。
 
 
 
 
「うーまーいー!!」
 
 
最高!ドーナツ最高!イゾウ最高!
感動のあまり目の端に涙を浮かべながら手の中のそれを味わっていれば、何がおかしかったのか突然イゾウが噴き出した。
あっはっはとこれも見目に似合わない豪快な笑い方である。
 
 
「あー、やっぱアン、お前さん最高だわ」
 
「?」
 
 
 
なにがと問いかけたアンの声を遮ったのは、甲高い女性の声だった。
声のほうを振り向けば、Tシャツにジーパンと言ったラフな姿の、しかしきれいな女性が慌ててこちらに駆け寄ってくる。
 
 
「ちょ、イゾウさん!モデル一人足んないって今バタバタしてんのに、何やってんですか!?」

「あぁ?だから口説いてる」
 
 
さらりと返答したイゾウは、呆気にとられている女性からアンに視線を戻した。
 
しごとのはなしか、たいへんだなあと呑気にドーナツを頬張っていたアンが最後の一口を口の中に放り込んで、丁寧に指についた粉砂糖を舐めとるまで見届けたイゾウは、常に絶やさないゆるい笑みのまま口を開いた。
 
 
 
 
 
 
「アン、お前さんモデルんなってくれやしないか」
 
 
 
 
ちゅぱっ、と景気のいい音が辺りに響いた。
 
 
 
 
 

拍手[10回]

口を開けたエレベーターの中には数人の社員が乗っていて、入口のところに立っているアンを見て全員が一様にぎょっとした。
しかしアンはそれにはお構いなしで、幾多もの視線に気づくこともなくエレベーターに乗り込んでいく。
そして次の瞬間には、カエルよろしくべたっと壁に張り付いた。
そこはガラス張りで、外の景色が薄い青に色付いてよく見えるのである。


(すごっ!すごぉっ!!外が見える!!)


エレベーターという箱の中から見る景色の目新しさに感動していたアンだったが、背後で扉が遠慮がちな音を立てて閉じたことにより我に返り、慌てて4階のボタンを押した。
エレベーターが上昇していく間外の景色に目を奪われ続けていたことは言うまでもない。

















ふわっと滑らかな動きでエレベーターが停止した。
そしてまた滑らかに、目の前の扉が開く。
アンが一歩踏み出したそこは、喧騒に揉まれていた。


(…すっごい、人)


編集者と言うのはこうもせわしいものなのかとサッチを見て常々思っていたアンだったが、実際に働く人々を見て成程と確信した。
とにかくみんなどこかしら動いているのである。
アンが務める会社のように、のんびりとお茶が出るのを待つおっさんなど一人もいない。
皆が皆、慌ただしそうに仕事をしていた。



(…えぇと、まず、そう、つきあたりを右!)



人の動きに目を奪われていたアンだったが案内を思い出してよいせとリュックを背負いなおした。
突き当りと言っても目の前は吹き抜けの『穴』である。
だからつまり突き当りってことはこの穴の向こう側ってことか、とアンはひとり頷いて歩き出した。






















…お?
…うぁ?
…階段、ない…



アンは4階の印刷室の前で一人立ち往生していた。
案内をしてくれた綺麗なお姉さんの鈴のような声を思い出しながら、どうにか印刷室の前までは来れた。
自分の記憶力を始めてほめたいと思った瞬間だ。
だが、案内された通りの階段が見当たらないのである。



しばらくきょろりきょろりとあたりをうろついて階段を探してみたり、ほかに印刷室があるんじゃないかと探してみたりしたものの、やはり部屋の入口上部に『印刷室』とプレートが刺さっているのはこの部屋だけで。
行き詰ってしまった。



(…どうしよ…受付戻ろうかな…)



少し離れたところの、また別の編集部に人はいる。
だがアンはまだしっかりとマルコの言いつけを覚えていた。
なんであんなに顔に影を作ってまで言い聞かせてきたのかはわからないが、それだけ必死なのだろうということはよく伝わった手前、破ることはできない。
ゆえに誰に尋ねることもできず、やはりアンには受付に戻るしか手段がなかった。

しかし、だ。



(…さっきどっちから来たっけ…)



来た道を戻るということは、行きに右に曲がったのなら左に、左に曲がったのなら右に曲がるということである。
だがもう既に、アンは自分が消化してきた道筋を思い出すことができない。
そして右に曲がったら戻るときは左に、などという考えも皆目思いつかなかった。




(…どどどどどうしよう…)


不安と焦りで胸のあたりがずくずくして、ぎゅうっとリュックの肩ひもを握りしめる。
あたしが迷ったせいでマルコの締め切りが遅れたらどうしよう、もしかしたらサッチも待っているかもしれないのに、とあの二人の顔を思い出したら少し泣きたくなった。
だが泣いていたって仕方がないことくらいわかるので、涙はぐっとこらえる。


…やっぱり誰かに尋ねようか、と来た道を振り返った。
すると、さっと大きな影が壁の向こうに身を隠した気配がした。



「…?」


誰かいたような気がする、と首をかしげたがそこには誰もいない。
遠くの部署で数人の人がせわしく働いているだけである。

気のせいか、と再び前を見据えてこれからを考え直すアンだったが、再び背後から視線を感じてさっと振り返った。
するとまた、大きな影がさっと壁の向こうに消える気配。



「…??」


わけがわからないが、そんなことより今は自分の迷子が先決である。
迷子と言う言葉を自分で考えて少し気が沈んだ。













「ん、こりゃあ珍しいもん見っけた」


唐突に聞こえた低い声にアンが俯いていた顔をぱっとあげると、印刷室の隣の鉄の扉の向こう側から現れたらしい男が、アンを見つめて目を細めていた。


「え、あ、」

「お嬢はこんなとこで何してんだい」


ガチャンと重たい金属音と共に扉が閉まると、それと共に男の長髪がさらりと揺れた。
腰あたりまである漆黒の髪色はアンと同じ。ちなみに真っ黒の瞳も。
長い脚は黒の緩いスラックスをはきこなしていて、胸元の空いたシャツの袖を捲ってその手には数冊の雑誌を抱えていて。




モデル、みたいだ。




ぽかんと口を開けたまま男を見つめていたアンの顔を覗き込み、男はんっ?と口角を上げた。
そしてちらりとアンの背後へ視線を送る。
壁の向こうの空気が少しざわりと揺れて、その原因に見当がついたのか男は再び小さく笑った。


アンは男が笑ったことによりはっと我に返ったものの、相変わらずつかめない現状への不安やらで胸は苛まれ、眉はへにゃりと下がったままだ。



「…あ、の…サッチ、サッチのとこに…よ、よんかい…」

「サッチ?ああ、アイツに御用かい」


こくこくと必死に頷けば男は柔らかに口角を上げ、今さっきその男自身が現れた鉄の扉を引き開けた。



「もうすぐそこだ。お連れしやんせ」

「…あ、階段…」



男が開けた扉の向こうはまさにアンが探していた階段で、その階下からは小さくざわめきが漏れていた。
アンが顔を上げて男を見やると、男は扉を引いたまま視線でアンに進むよう促す。

「あ、ありがと!…ございます、」

安堵と喜びがプラスされにっこりと男を見上げたまま笑いかけると一瞬男はきょとりと目を丸めたが、すぐに同じようにして顔を綻ばせた。



マルコの言いつけはすっかり忘れてアンが促されるまま扉の向こうへと消える背後では、その男──イゾウが壁の向こう側に身をひそめる大きな影、ラクヨウ率いる十数人の編集者たちに向かって口だけを動かしていた。



(はやく仕事戻れ阿呆)



















「サッチ!!サッチサッチサッチィィィ!!」


見慣れた後姿を見つけ、大きく手を振りながら叫べばどれだけ騒がしい編集部でも視線は自然とアンに集まる。
その中でアンに背を向けていたサッチの髪はリーゼントがところどころほどけ幾筋もの髪が垂れさがっていて、数個のピンが髪に刺さっていたがあまり用はなしていないようだ。
サッチは虚ろな目のままアンを振り返り、そして頼りなく笑った。



(…一日でやつれてる…)


昨日うちにおすそ分け持ってきてくれた時はこんな顔じゃなかったと、サッチの忙しさが半端ないことをさすがのアンも汲み取った。
サッチは近くにいた若い男に何やら話しかけてそれと同時に書類も渡し、アンのほうへとデスクを掻きわけやってくる。
そしてアンの後ろでひらりと手を振る男の姿を見て、あからさまにゲッと顔をしかめた。



「んだよ、つれねぇな」

「イゾウ…お前なんでアンちゃんと一緒にいんだよ…」

「このおにーさんが、ここまで連れてきてくれた!」


えへへ迷っちゃったよあたし、と悪びれることなく笑うアンを前にして、サッチはがっくしと肩を落とした。
面倒なことになるからイゾウだけはアンに近づかせるなと、奴からお達しがあったというのに。
いや実際はマルコから口でそう言われたわけではない。
ただ数十分前にかかってきたマルコのあらゆるセリフに、その意図が多分に含まれていた。




「お嬢、名前は」

「あ、アン!ポートガス・D・アン!おにーさんは、イゾウ?」

「ああ、ところでなんでサッチの奴に用事?」

「あ!そう、サッチ、これ!」



リュックの片腕を外し、ごそごそとその中を探ったアンは目的のメモリを取り出した。


「おお、サンキュ」

「ん、アンは新人ライターか」

「や、ちがうちがう!これはマルコの、」

「マルコ?」

「アンっちゃんっ!!おれ今から休憩取るからさ、ほら、あそこのソファで待っててくんね?お菓子とジュース持ってすぐ行くから!」



唐突に会話を断ち切ってサッチがそう言えばアンはぱあっと頬を染めて大きく頷き、てけてけとリュックを背負いソファへと向かっていった。






その後ろ姿を二人の男がともに見送り、片方が大仰にため息をつく。
もう片方はアンがソファに腰掛けるところまで見送ると、くくっと喉を揺らした。


「噂は本当だったってか、」

「…イゾウ…怒られんのおれなんだからな…この確信犯め…」

「…使いてぇな、あのお嬢」

「おまっ…!その捕食獣の顔ヤメロ!!」




そんな会話がなされる向こう側で、アンは呑気に「おつかい成功」とマルコにメールを打っていた。



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白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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