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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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足、怪我してる。
つま先を指差すと、アンの指先を追ってマルコも目線を下げた。

「ああ」

右足の親指の先からぽっと青い炎が上がり、マルコの丸まった爪の先をちろりと舐めてすぐに消えた。

「気付かなかった?」
「ああ」
「痛くないの」
「まさか」

お前それよりこれ、と10枚ほどの紙の束で鼻の頭をはたかれる。

「字が汚ェのは今に始まったことじゃねェが、計算ミスが多すぎる。あと新入りの隊員が入って何日経ったと思ってる。いい加減情報整理しとっけっつったろい」
「だって昨日はマルコが倉庫の掃除しろって」
「ありゃテメェが12番隊の夜食食い散らかしたせいだろうが。ハルタに謝ったのかよい」

言うことすべて潰して回るように言い負かされて、自然と尖った口のまま頷く。書類を押し付けられ、「書き直したら持って来い」と言い残してマルコは踵を返した。
なんてつまらない捨て台詞だろう。
白いシャツの背中を憎々しげに眼で追うと、ひらりと紙切れが空を舞うようにマルコは地下へ続く階段を降りて行った。

「なにをこわいお顔してんの」

背中側から現れた声に、「こわくないし」としかめ面のまま返事をする。
サッチは回り込んで少し膝を曲げ、アンの顔を覗き込む。ささくれた料理人の指がアンの頬をつまんだ。

「こわいっつってんの。笑いなさい」
「やだよ、もう、なんなのサッチ」
「マルコにまた嫌味でも言われたか」

サッチの手を払うように押しのけ、つままれた頬を擦る。

「嫌味っつーか……あたしが悪いんだけど」
「痴話喧嘩はサッチも食わねェよ」
「けんかじゃないもん」

不意にサッチの手が伸びて、今度は唇を上下で挟むようにつままれる。

「面白い顔してねーで、さっさと仕事片付けちまえよ。そったらデザート用意してやるから」
「……先に食べたい」
「だめ。ご褒美だと思って、ほら、さっさと行け」

構われたと思ったら、しっしっと追い払われる。
なんだよ、とこちらも捨て台詞を吐いてどかどかブーツの底を鳴らして部屋へ戻った。
隠すように握りしめたままだったバンソウコウは廊下のゴミ箱に捨てた。


部屋の隅に備え付けられた古い木の机に書類を放り投げる。
そのままいつものようにベッドに倒れ込もうとして、思いとどまった。
きっと今日も寝こけてやらなきゃいけないデスクワークは明日に持ち越され、今度こそ激しくマルコの雷が落ちる。
いつもなら避雷針になってくれるサッチや隊員たちも、こう毎日のことではさすがにもう庇ってくれないかもしれない。
それより毎日起こられても怒られても仕事をしない隊長って、どうなの。

あーやだやだやだやだ、と腹立ちまぎれに呟きながら、机の前に座り、灯りをつけた。
昨日寝ぼけながら書いたせいで、よれよれとした自分の字に辟易としながら直さなければならない部分を探す。全部書き直した方がマルコは喜ぶだろうが、そんな根気はない。マルコを喜ばせるためだけにがんばるなんてまっぴらだ。
書類にはすべて、マルコが青色のペンで直すべきところにチェックを入れていた。
神経質な男だ。小さな文字で、ちょっと右上がり気味に、アンの間違いを紙の上から指摘する。
本当につまんない男。海賊のくせにこんなちまちましたことにこだわって、ちっとも自由じゃない。
面と向かっては言えないし、本当はそんなふうに思ったことなんてない。でもマルコを非難しようと思えば何か捏造するしかないので、これでもかとマルコのつまらないところを頭の中で取り上げては罵倒して、そのあと少し哀しくなった。



海王類の眠たげな鳴き声が船底から響いてきて、顔を上げたら窓の外は黒く塗りつぶされていた。
ああ夜だ。終わった、とペンを置いたそのとき机の上の子電伝虫が内線のベルを鳴らした。

「おつかれさん。終わった?」
「え、サッチ見てた?」
「なにを」
「あたしを」

電話口の向こうで、けらけらと明るい笑い声がする。
同時に水音が響いていた。

「いータイミングだったみたいだな。デザート、マルコが部屋に持ってったから一緒にお食べなさい」
「はぁ!? マルコが持ってったの!? 取られちゃうよ!」
「イゾウじゃあるめぇし、んなことするほどガキじゃねェよ。アンの分もあるからって言っといてやったから」
「ばか! あほ! アホサッチ! デザートありがと!」
「どういたしまして。おやすみ」

ぷつり、と小さく電伝虫が鳴く。
サッチはいつも受話器を置くとき、さきに通話ボタンを押して切る癖があったなと思いだした。

机の上の書類は、アンとしては完ぺきにできあがっている。一個や二個や三個くらい計算ミスや誤字脱字はあるかもしれないけど、まあ読めるものではあると思う。
マルコに言われた新人の情報カードもまとめたし、作業中に少し舐めたラムがこぼれた跡はきれいにふき取った。
書類を束ねて、とんとんと机にぶつける。
マルコの部屋は廊下の突き当たり、船内の同じフロア、一番遠い場所にある。
置時計は10時少し前を差していて、耳を澄ますと海鳴りの向こうに毎夜の宴の騒ぎ声が聞こえてくる。いつもなら一も二もなく仕事をほっぽりだして隊員たちの部屋に乗り込み一緒に騒ぎ立てるところ、今日は幸いそんな衝動もない。
あれ、とアンは手を止めた。
そういえばない。どうして今日は、騒ぎたくて仕方がない気持ちにならないんだろう。

部屋を出ると、隊員たちの喧騒はひとまわり大きくなった。大部屋の前を通り過ぎると、わかりやすく音量が絞られていく。
船の廊下を歩くと、部屋にいるときよりもたしかに波の揺れを感じた。古い木の床は歩くたびに遠慮なく大きな音を立てて軋み、アンの重たいブーツに抗議の声をあげた。
マルコの部屋の扉にこつんとつま先がぶつかるくらいちかづいて、肩で扉を押し開ける。謎の切り傷が、けさがけに大きく木製のそれを横切っている。
アンの部屋と同じ広さの空間が広がって、そのつきあたりにマルコのデスクがある。たいてい、10回に9回はマルコはそこに座って扉に背を向けていた。
誰かが扉を開けて部屋に入ってきたことも、それがアンであることもわかっているはずなのに振り向きもしない。
マルコ、と声をかけようと息を吸い込んだそのとき、古い紙やこびりついた潮やたまったほこりっぽいにおいを押しのけて、もったりと甘い香りが鼻に滑り込んできた。

「いいにおい!」

たまらず叫んだアンに、マルコの肘がかくんとデスクから落ちた。
ギギッと使い古した椅子が床をこする。

「その前に」

振り返ったマルコの顔はいつものように良い顔色とは言い難いうえ、目を開けるのも億劫そうだ。でもどこか毒気を抜かれて、口元は少し笑っていた。
アンが書類を差し出すと、マルコは指先で弾いて中身をぱーっと20枚くらい一気に見た。それが紙束であることしか確認できないような速さだ。内容なんてもはやどうでもいいんじゃないの、とアンは顔をしかめた。

「おつかれさん」

部屋の隅の空いた椅子を、マルコは顎で指し示す。アンがガラガラと椅子を引っ張ってくると、マルコは膝に丸い皿を乗せていた。なにそれ、と言おうとして、またあの濃い香りが鼻の中を埋め尽くす。
皿の上には小さな果実が4つ、ころんころんと乗っていた。
赤紫色で、ふくらみかけの球根みたいでちょっと気味悪い。
手に取ると、皮がぴんと張りつめていて少しでも力を加えたらぶにゅりと潰してしまいそうな柔らかさが内側にあるのがわかった。

「な、なにこれ。食べられる?」
「いちじくだってよい。食べたことねェのかい」
「ない。初めて見た」

果実を鼻に近づけて、フスフス鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。やっぱりあの甘いにおいの正体はこのいちじくだ。
つんと先がすぼまった球根型の、すぼまっている方は赤紫から徐々に鮮やかな緑色に染まっている。一方ふくらんだおしりの方は、赤黒く裂けていた。
奇妙な外見に反してこのかぐわしいにおい。おいしいはずだ。
ぱっと大きく口を開いていちじくをまるごと放り込みかけたとき、マルコが黙ってアンを眺めているのに気付いた。
じっと見てくるその目は絶対面白がっている。

「──もしかして、皮剥いて食べるもの?」
「あぁ」

大半が口の中に入ったそれを、そっと取り出す。セーフセーフ。
「マルコの馬鹿野郎、先に言え」と毒づくと、「お前も一瞬ぐらいためらえよい」とマルコは笑ってひとつを手に取った。
 緑色の方から指先ですっと皮を引っ張ると、ふくらみへ向けてやわらかく服を脱ぐように皮が捲れていく。果肉はえぐみのある外側とちがって、乳白色にきらきら光っていた。

「ん」

バナナのように皮を剥いた果肉を差し出され、素直に受け取って顔の高さまで持ち上げた。白い果肉の部分に触れると、ぬるりとした。
ひとくちで食べようとしていたくせに、アンはこわごわと果肉を口に運ぶ。
完璧に熟した果肉は形を保っていたことが不思議なくらい柔らかく溶け、唇だけで噛み切ることができた。

「な、なんだこれ」

なんだこれ! ともう一度叫んで、口の中でジュクジュクと存在感を示す甘さに目を瞠った。つぶつぶとしているのは種なのか、果肉の一部なのかわからないけど下で触れるたびに弾けるようにぶつぶつと言うのがわかる。
なにより、頬にツーンとくるほど甘いのだ。こってりとした甘さがたっぷりの水分を含んでアンの口いっぱいに広がる。
ごくりとのみこんで、続けて残りを放り込む。剥き残った皮が舌に触れるのも気にならなかった。

「め、めちゃくちゃおいしい! 甘い! おいしい! ウソみたい!」
「ウソみたいってなんだよい」

鼻を鳴らしてマルコは笑い、いつのまにか剥いたいちじくをひとくちで頬張った。

「変なの……こんな気持ち悪い色してるのに。はちみつに砂糖足したくらい甘い」

でもくどくなくて、何も考えず皿の上のもうひとつに手を伸ばしていた。
マルコがしていた通りに皮を剥いて、今度は一口で頬張る。
さっきとは比較にならない迫力で甘い液体が口をいっぱいにして、舌で押し潰してしまいにはごくごくと飲んだ。
 口の中が空になると、思わずぷはーっといいたくなる。

 「アホサッチとか言ってごめん……すごいおいしい」
「気にすんな」

マルコが二個目の皮を剥くのを、思わず目で追ってしまう。
つるんと白い果肉が現れると、アンの口は自然とほんの少し開く。

「ん」

おもむろに、くちびるにぶちゅっと果肉がぶちあたった。
ぎょっとしてつい身を引いて、でもすぐにおそるおそる噛り付く。
弾けた果汁がぬめりを帯びて、いちじくのへたの部分を持ったマルコの指を流れて落ちる。マルコはそれを舐めとって、残りを自分の口に放り込んだ。

「美味い」

ぽつりと呟いたマルコが不意に腰を上げた。
ぼんやりとその動きを目で追っていると、突然猛禽類のかぎづめのようなマルコの手がアンの顔を掴んだ。親指が口のすぐ横の頬にめり込み、残りの4本の指はアンのうなじをがっちりと掴む。
は、と短く息を吸い込むことすらままならず、がつりと唇が重なる。その様はまるでむしゃむしゃと食らいつくようで、アンが驚く間さえなかった。
マルコの舌が口内に入り込むと、そこに残ったいちじくの甘みに反応して唾液が出る。口の端から洩れそうになるたび、マルコの親指がそれを拭った。

とんでもないことになった、とアンは思う。何か掴むところが欲しくて、マルコのひじと手首の間くらいの張りつめたところを握った。
アンの舌がマルコの咥内に吸い込まれると、舌の先の筋がはちきれそうになる。やばいやばい、と抗議の意を込めて爪を立ててもまるきり無視されて、むしろより強く吸われた。酸素が薄くなり苦しさのあまり声が漏れると、マルコが喜ぶのがわかった。尖った鼻梁がアンの頬に食い込む。
じゅっと音を立てて唾液を吸われると、悔しい気持ちになった。恥ずかしいよりも、悔しい。マルコのくせに、と意味もなく思う。
やっと唇が離れ、果汁と唾液でいっしょくたになったもので顎のあたりまでが濡れているのがわかった。乱暴に手の甲で拭い、マルコを睨みあげる。
息が上がり、言葉が出ない。アンの呼吸が落ち着くまでの間に、マルコはさっさと煙草に火をつけた。
ちらりと見られた気がしたので、「なに」と整ってきた呼吸で問う。

「別に」

マルコの吹き出した煙で、せっかくの甘い香りが覆われていく。
ばかやろう、とすねのあたりをブーツの底で蹴ったとき、サンダルの先から出た親指にバンソウコウが貼ってあって、ちょっと笑った。

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まぶたに生暖かい重みを感じて、目が覚めた。
薄暗がりの中、すぐ近くに顔の輪郭がぼんやりと浮かんでいる。


「悪ィ、起こしたよい」
「ん……マルコ」


なに、と問いかけたアンの唇に、乾いた指先がそっと押すように触れた。

静かに、と声にならない息がマルコから漏れる。
素直に口を閉ざすと、荒々しいさざなみが、大きく聞こえた。
部屋の窓から差し込む月明かりが、ベッドの縁でひっくり返るテンガロンハットを白く照らしている。

アンが身体を起こそうとすると、マルコはやんわりと押し戻すようにアンの肩を押さえた。
押されるがまま再び枕に頭を預け、うとうととしながら、マルコは何をしに来たんだろうと考えた。

アンのベッドに腰掛け、マルコは小さな窓の外を見ている。


オォ……ン、と船底から響くような低音がとどろいた。
驚いてマルコを見上げると、マルコもアンを見下ろしている。
暗がりのせいで、顔はよく見えない。

オォ……、オォ……ン、と重なる音は、腹の中で響いているようにすぐ近くで感じる。
目を閉じると思い出した。
いつか聞いたことのある声だった。

アンはシーツに頬を突けたまま、口を動かす。


「くじら」


マルコが頷いた。
船が揺れて、月明かりのよぎったマルコの顔は、ほんの少し笑っているようだった。


「もう寝ろ」


額のあたりを掻くようにアンの髪を梳き、マルコが腰を上げる。
咄嗟に、そのシャツの裾を掴んだ。


「マルコ……なにしに来たの……?」


背の高い影は、黙ったまま首を振った。
アンの手が、自身の重みに耐えかねてぽすんとベッドに落ちる。


「おやすみ」
「……すみ」


マルコの気配が離れていく。

くじらが織りなすバスメロディーの中、温かい水の中へ沈むようにアンは再び眠りに落ちた。

丁寧にリボンがかけられた小さな赤い箱が、テンガロンハットの中、くじらの鳴動で揺れていた。












2014.1.1 アンちゃんハッピーバースデー!

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突然首裏にひやりと感じて、一番に連想したのはきらりと光る刃だった。
白い制服に青のライン、同じデザインの帽子をかぶった、海賊の真向の敵がサーベルの切っ先を首に突き付けている姿が瞼の裏に鮮やかに広がった。
しかしハッと目を開いた瞬間、がつりと細かく鋭いものが肌に食い込んだ。
 
 
「…イッタ!なに!?」
 
 
身体を起こそうとして、すぐにそれができないと気付く。
シーツに縫い付けられた体の上に、覚えのある重さが乗っていた。
呆気にとられて言葉の出ないアンの代わりに、頭上から押し殺した笑いが聞こえる。
 
 
「…マルコ?何やってんの?」
「起きたかよい」
「起きるよそりゃ!もう、なに、いたい…」
 
 
うつ伏せのまま手を伸ばし、どうやら噛みつかれたらしい首筋をさするとぽこぽこといくつか小さなくぼみができていた。
歯型だ、マルコの。
 
 
「…おなかすいたの?」
 
 
思いつく精一杯の理由を口にしてみると、一息置いた後マルコはアンの肩に顔をうずめるようにして爆笑した。
 
 
「ちょっ…重い!」
「…くっ…ふ、」
「笑いすぎ!」
「は、ああ、確かに旨そうだよい」
 
 
マルコの手が、アンのまとう毛布の中に滑り込む。
毛布以外に身を包むものが何もないアンの肌に、その手は容易く吸い付いた。
へその辺りから上へ上へと大きな手がゆるゆる這う。
 
 
「おいっ!…おいっ!!」
「ふっ」
「楽しむな!!」
 
 
身をよじって逃れようにも、上から押しつぶすようにのしかかるマルコの重さがそれを許さない。
ぬぉおおと呻きながらナメクジよろしく這うようにマルコの下から抜け出そうともがく。
必死なアンをからかうみたいに、そしてそれを無駄だと伝えるみたいに、マルコの両腕がついにがっちりとアンの腰に巻き付いた。
 
 
「…はあ…なにこの、スシみたいな状態…」
「特上だよい」
「聞いてない!」
 
 
ふっと息を抜くように笑う音がして、マルコの身体から力が抜けたのがアンの身体にも伝わった。
重みは増すが、背中に伝わる温度はよりマルコそのものになる。
つられて力を抜くと、ぎしりとベッドが軋む音がした。
さっきまでふざけていたのが恥ずかしくなるくらい穏やかな沈黙が訪れる。
 
 
「おはよう」
 
 
脳髄に直接吹き込まれるように、マルコの声がアンの鼓膜を震わせた。
ああ、と思わず感嘆がこぼれそうになる。
 
 
「…おはよ」
 
 
よっこらしょい、とオッサンくさい掛け声とともに背中の上の重みが消えた。
アンを包む温度が急激に冷えた気がして、なんとなく寂しくなってしまう。
 
 
「腹、減ったろい」
「ああ、そういえば」
 
 
意識した瞬間、アンに応えるようにぐうと腹が鳴った。
 
 
「食いに出ようかい」
「いま、何時?」
「10時前」
「…あたし今日なんもナシだ、昨日までずっと仕事あったし」
「オレァ今日の分はもう終了だよい」
 
 
どういうこと?と尋ねながら毛布を巻きつけた体を起こした。
ん、とマルコが顎で指し示した方に目をやると、備え付けの古いデスクの上に数枚の海図が散らばっていた。
アンが寝ている間に手に入ってしまったということだろうか。
それは気楽でいいことだ。
アンはきょろきょろとあたりを見渡して衣服を探す。
するとぽんと膝の上に丸まった服類が投げられた。
脱ぎ捨てたまま朝まで放置だったので、シャツなら皺くちゃになっているところだがアンのブラと短パンには何ら影響はない。
 
 
「あ、あんがと」
 
 
いそいそとそれらを身にまとっている間、マルコはアンに背を向けて煙草をふかしていた。
 
 
 

 
 
「エビのパニーニと、そっちのツナのサンドイッチ。あ、あと卵サンド。そのタンドリーチキンもおいしそうだね、それふたつ。飲み物?アイスチョコレートちょうだい。あ、そこのドーナツと」
「…コーヒー、ホット」
「マルコ朝飯そんだけ!?いくらもう仕事ないからってそれは少ないよ、サッチが聞いたら絶対怒る」
「オレより問題があるのはお前ェだろい。人の金だと思って、朝からどんだけ食うつもりだよい」
「え、マルコ出してくれんの!?ラッキー!」
「お前が律儀に自分の分出すつもりだっとは知らなかったよい」
 
 
ため息とともに後ろのポケットから財布を引っ張り出すマルコの肩をサンキューと軽く叩くと、ため息はそのまま深くなった気がした。
 
 
 
 
狭い通りに軒を並べるカフェはどこも同じような店だったので、一番いいにおいのする店を選んだ。
そしてどの店も狭い通りをさらに狭くするように、店の外にまで席を用意している。
そのテラス席のうち一つに腰を下ろして丸テーブルに注文の品を置くと、マルコが頼んだ一つのコーヒーすら置く場所がなくなった。
慌ててサンドイッチの上にパニーニを重ね、卵サンドは手に持った。
 
 
「置ける?」
「よい」
「んじゃ、いっただきまっす」
 
 
はむ、と卵サンドにくらいついた一瞬からもう目の前の愛しい食べ物たちしか見えなくなった。
カリカリのパンは香ばしくていいにおい、エビはぷりぷり、野菜はシャキシャキ、ドーナツもアイスチョコレートも申し分ない。
やっぱこの店にしてよかったサイコ―!とテーブルの下でいつのまにかグッと親指を立てていた。
そして最後のドーナツのかけらを口に放り込んで、ふうと余韻に浸りながら咀嚼していると、向かいに座ったマルコがおかしな顔をしてアンを見ているのに気付いた。
 
 
「なに?」
「……いや」
 
 
なぜか少しの逡巡のあとそう答え、マルコはカップの中身を飲み干した。
 
 
「マルコも欲しくなった、とか」
「アホか、ちげぇよい」
 
 
呆れた声とともに、マルコは不意にアンへと腕を伸ばした。
アンが虚を突かれて動きを止めると、伸びたマルコの指先はアンの口端をかすめるように拭い、そのままマルコのもとへと返っていく。
アンはその指がマルコの口へと運ばれるところまで見届けた。
 
 
「…ついてた?」
「あぁ」
 
 
どうやらドーナツのかけらか、頼んで添えてもらった生クリームが付いていたらしい。
なめとったマルコがその甘さに少し顔をしかめている。
 
 
(きらいなら、食べなきゃいいのに)
 
 
そう思いながら、なぜだかそのままマルコの口元から目が離せなくなった。
 
 
(キスした、みたい)
 
 
そう思ってから、あの口がドーナツやケーキなんかと同じようにアンを食べてしまいそうなほど強く食らいついた昨夜を思い出した。
ついでに今朝のことも。
思いだして恥ずかしくなる、みたいなことはなかったけど、マルコは甘いものがきらいだから、もしかすると今のあたしはあんまり好きじゃないかもしれないと思うと少し悲しくなった。

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ぶるっと、腰のあたりから首筋まで走った寒気で目が覚めた。
目の前には、こんもりと盛り上がった毛布。
下着一枚のマルコの身体は惜しげもなく外気にさらされていた。
 
 
(…寒いわけだよい)
 
 
共有していたはずの毛布を体に巻きつけて、マルコの伸ばした腕の一番遠いところに頭を置いて背を向けているからだは心持ち丸くなっている。
寒くてすり寄ってくるのなら可愛げがあるものだが、毛布をひとり占めするとはいい度胸だ。
マルコは体を起こして、冷えた身体を包む衣服を探した。
アンの頭から腕を抜いてもアンはピクリとも動かない。
服はベッドの下に散らばっていた。
アンの服と自分のそれが入り混じっている。
とりあえずズボンをはいた。
 
ベッドの外側に足を下ろして腰かけると、ちょうど正面には窓がある。
いい天気だ。
確かこの島は春島だった。春島の、春だろうか。
 
波に揺られないベッドはやはりよく眠れる。
マルコはサイドボードに置いてある煙草に手を伸ばし、マッチを擦った。
大きな火種がすぐそこにあるというのにマッチを使うのは、いくらか馬鹿馬鹿しい気分にさせる。
煙を吸い込むと、慣れた苦さが肺を満たして落ち着いた。
煙草をくわえたままアンを振り向いたが、先ほどマルコが起きたときと一寸たりとも違いはない。
寝ている時のアンは静かだ。
 
ちりちりと、煙草は短くなっていく。
備え付けの灰皿で煙草をもみ消し、2本目に手を伸ばしかけたが思い直した。
この島と近海の海図を手に入れられる場所を、ここの宿主に聞いておかなければならない。
昨夜でもよかったが、夜より朝の方がアウトローっぽくなくていい。
そうとなれば、アンが起きる前に済ましておいた方が効率が良さそうに思えた。
 
 
アンの肩に手を置くと、相変わらず子供のように熱かった。
名前を呼ぶと、こちら側に顔を向けたがそれはただの寝返りで、起きてはいない。
もう一度呼ぶと、ピクリと眉を動かした。
先に起きる要件を伝えると、自分も起きると言う。
船の上と間違えているようだった。
起き抜けに他の男の名前を聞くのはいささか気分のいいものではない。
が、突き詰めても面白いわけではないので軽く流す。
顔にかかる髪を後ろに流してやりながら寝ていろと言うと、わかったのかわかっていないのか、もぞもぞと寝相を変えた。
すっぽりとアンを覆っていた毛布が肩のあたりまで落ちる。
細い肩が白い。
 
アンは薄く目を開けたまま、うつらうつらしていた。
猫みたいだ。
撫で続けるマルコの手が心地いいのか、マルコの指先がこめかみから後頭部に辿りつく瞬間気持ちよさ気に目を細める。
その仕草が猫に似ていた。
その呑気な様子に、思わず顔がゆるむ。
アンからは見えていないので、まあいい。
 
すると、アンが乾いた唇を開いてぽつぽつと何か言った。
猫がどうだとか、あったかいからなんだとか。
まったく意味が分からなかったが、ちょうどマルコの考えをなぞったようなその言葉に思わず笑った。
アンは笑われたのに気付いたのか、少し眉を眇めるが、頭はまだ完全に機能していないらしい。
ふたたび船を漕ぐように目が閉じたり開いたりしている。
 
いつまでもアンを見ていたって仕方がない。
アンの黒髪を掻き上げて、つるりと白い額に唇を当てる。
肩まで下がった毛布をもう一度引き上げてから、部屋を出た。
 
 
 
 

 
マルコを商船に乗る船乗りだと勘違いした老宿主は、ご親切なことに海図のつまれた古本屋まで案内してくれた。
いつもサッチやらビスタやらに、お前は黙っていても無法者の気配しかしないと言われているのでこんなことは珍しい。
場所だけ聞くつもりがあっさり手に入ってしまった。
アンと二人であればこうはいかなかった。
鼻の利かない老人と言えど、若い女が商船に乗っているのはやはりおかしいと気付くだろう。
数枚の海図を担いで宿に戻った頃には9時半を過ぎていた。
 
部屋に戻ると、出たときと何の違いもない静かなままだった。
ベッドの上は薄く盛り上がっている。
海図を適当に机の上に置き、ベッドに近寄るとようやくアンの寝息が聞こえた。
アンはうつ伏せの状態で、顔だけこちらに向けて左頬をつぶした状態で寝ている。
揺れないベッドだと、アンもよく寝られるのだろうか。全く起きる気配がない。
寝ることに関しては心配無用だとは思うが、それなら昨日は早く寝かしてやればよかったかもしれないと埒のあかない後悔をする。あまり本気ではない。
 
そろそろ起こそうか、きっと腹も減っているだろうとベッドに腰を下ろしてアンの顔の横に手をついたそのとき、ふとアンの後ろ髪に隠れた首が目に入った。
厳密に言えば、見つけたのはアンの首すじではなくそこにぽんと乗った暗い赤色だ。
それは昨夜の行為があったという事実をまざまざと見せつけていた。
そう仕向けたのは他でもない、マルコだ。
それに気付くと、途端に、欲が満たされたような得も言われぬ満足感が広がった。
男というのはつくづくバカな生き物だ。
 
後ろ髪の、短い毛先を掻き上げると眩しいほど白いうなじが現れた。
アンに覆いかぶさるようにして、そこに軽く歯を当てる。
この支配欲はキスの痕なんかで表せるもんじゃない。
噛みついたらアンは起きるだろうか。
目が覚めるほど強く、鮮やかに、歯型を残した。
 
 

拍手[19回]

 
とろとろ、脳みそが溶けているようなかんじ。
朝だ。
窓から差し込む光が閉じた瞼を刺激してそれを告げているけれど、溶けた脳みそをかき集めてまでして何かを考える気にはならない。
細く高い声の鳥が細かくさえずる。
思考停止、ふたたび。
 
 
──アン。
そうっと、身体を掬い上げるみたいな柔らかい声がお腹に響いた。
──アン。
もういちど。
ゆっくり目を開けると、眩しすぎる光が飛び込んできて一瞬なにも見えない。
白い。
白いのはシーツだ。
しかしすぐ、視界に影が差した。
 
垂れた前髪が掻き上げられる。
乾いた指先がこめかみから頭の後ろまで撫でる。
冷たい温度がアンの目を覚まさせた。
 
 
「先、起きるよい」
「…あたしも」
「まだいい、寝てろい」
「…でも、朝ごはん…サッチ…」
 
 
頭の上にある気配が揺れた。
笑っている。
 
 
「今日の朝飯は残念ながらサッチのじゃねぇよい」
 
 
お前が起きたら外に食べに行こう、とマルコはもう一度こめかみから後頭部への軌跡をなぞる。
 
 
…なんで? と聞き返そうとして、ああそういえばと口を閉ざした。
ここは船の上じゃない。モビーじゃない。
とある島の、小さな宿だ。
たまには揺れないベッドで寝るのもいいんじゃねぇかい、とマルコが言ったから。
 
アンの視界に映るのは、ベッドに腰かけているマルコの脚と、くしゃりと盛り上がったシーツの皺と、向かいに備え付けられたデスクと灯り。
 
マルコはどうして、あたしを起こしたんだろう。
 
 
「ちょいと宿主と話してくるから、出てるよい」
 
 
わかった、とかすれた声を出す。
広いベッドで一人目を覚まし、隣にマルコがおらず、しかもそこは知らない場所で、あれ? と一瞬不安になるアンの胸を先回りして救ってくれたのだと気付いた。
 
窓の外においしい実をつける木でもあるのだろうか。
ぴろぴろと鳥が鳴く。
 
外に出ると言ったのに、マルコは一向に腰を上げない。
あいかわらず手は緩くアンを撫で続ける。
アンはぼんやりと目を開けたまま、撫でられた。
 
 
猫になったみたいな気分だ。
アンの知る猫はだいたいが汚れているみすぼらしい猫で、よく喩えられたりもしたけれど、猫は心地いい場所をよく知っている。
自分が落ち着ける場所をよく知っている。
ほこほこと温まった屋根の上で丸くなって眠る猫を夢想した。
 
あたしは猫よりましだ。
マルコがいる。
 
 
アンの視界には、マルコの太腿あたりしか見えないので、いま、マルコがどんな顔をしているのかわからないのが残念だった。
マルコからはきっと、アンの表情はまる見えなのに。
 
 
「…マルコ」
 
 
ぽつりと呼ぶと、ん、と返事ともつかない返事を寄越してきた。
マルコの声は低い低いと思っていたけれど、平均的な男の声の中で低い方なのかと言われるとわからない。
怒るときは、地を這うような低い声を響かせるけど。
 
 
「…ねこは…あったかいとこに、いるから…あたし…」
 
 
うつうつと、瞼が重くなってきた。
マルコは、「寝ぼけてんのかよい」と笑う。
やっぱりお腹に響いた。
 
マルコってうたうのかな。
ふとそんなことを思って、想像して、にやっと笑ったらマルコの手が一瞬びくっとした。
マルコが、マルコの声で、旋律を辿って、メロディーを奏でるなんて。
海賊は歌うけど、マルコは歌うのか?
がなるように、どなるように、宴のとき家族は歌う。
楽しく明るくなる歌が多く、どの歌も海の素晴らしさやら海賊の楽しさやら男の意地やらを謳っている。
マルコは歌うのか?
 
 
すっと、顔に風が当たる気配がした。
ほぼ同時に前髪が全部掻き上げられる。
ほとんど閉じかけていた瞼を持ち上げた。
 
不意に目の前にマルコの喉が現れた。
陰になって暗いけれど、その中でかろうじて見えるマルコの首。突き出た喉仏。
来た時と同じように唐突にそれは遠ざかった。
額に唇が当てられた感触があとからやってくる。
マルコは立ち上がった。
アンに毛布を掛け直して、もう何も言わずに出ていく。
ぱたんと静かな音がした。
 
開けた視界にマルコがいないので目を閉じる。
うたうマルコが頭をいっぱいにして、ひとりにやにやする。
もう眠くないかもしれない。
暗い中見えたマルコの喉仏が上下して音を奏でるところを想像すると、笑わずにはいられなかった。
しかしあの喉仏が少し震えてアンの名を呼ぶのだとはたと気づく。
マルコの声はお腹に響く。
マルコの声を拾うのに、耳が役立っている気はしない。
いつだって直接、アンのお腹に響いた。
お腹が響くと、お腹のもっと上の辺りが少し震える。
マルコがアンを呼ぶたびにいちいち、震える。
それは嬉しいことなのだ。
 
いつかマルコの喉仏にかぶりついてやろうと心に決めて、アンは再び眠りについた。

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さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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