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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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「昨日まで痛くなかったのだけど」
「それは湿布の痛み止めが効いてただけだ。動いちゃだめっていっただろ!」

小さな船医は厳しい目で私を叱ると「せっかく固定した包帯もどっかいってるし」と呟きながら私の足首にテーピングを施した。

「いいか。一週間は要安静、テーピングを外すのは風呂のときだけ。戦闘は参加禁止だ。いいな?」

はい、と殊勝に応えた私にチョッパーは満足げに頷いて、道具を青いリュックに片付けた。
お気に入りのハイヒールは折れるし、足首の痛みは憂鬱だし、一週間もじっとしていなければならないなんて耐え難い。
耐え難いのに、足元からじんじんと伝わる疼きが妙にうれしい。
アーウ、とどこからかフランキーの叫び声が聞こえてきた。
私も変態になったのかもしれない。

動けないので、船番は私の役目となった。悪いわね、と船を降りていくナミに手を振って、欄干に上体を預ける。ルフィやウソップは、とっくに街へと繰り出していた。サンジがお重の風呂敷を手にしてナミの跡を追いかけていく。
さて。
くるりと向きを変えて欄干に背中をもたれかけさせる。目の前には、大口を開けて眠るゾロがいる。

「あなたはどこか行かないの」

話しかけてみるが、がっ、と短いいびきが返ってきただけだった。
二人で出掛けた一日がまるでなかったことみたいだ。それか、勝手に一人で見た夢だったような。船に戻ってから、ゾロとは一度も話をしていない。

「ゾロ」

ねぇゾロ、私を見て。
ふわりと瞼が持ち上がった。声も出せずに息を呑む。
黒と灰色の中間みたいな深い目が、何も言わずに私を見ている。目がそらせない。
薄い唇が不意に笑った。

「一人だとよく喋る」
「ひ……一人じゃないもの」
「寝てるやつを換算に入れるな」

ゾロは大きく伸びをして、左手を動かし三つの刀に触れた。癖だろう。

「あいつらは?」
「降りていったわ。あなたの昼食、冷蔵庫にってサンジが」

ふん、と鼻を鳴らしてゾロは一度空を見上げると、「湿布くせぇな」と顔をしかめた。

「ああ、ごめんなさい。さっきチョッパーに替えてもらったばかりで」
「湿布ってのはなんでみんなこうくせぇのか」

ゾロは座ったまま「おい」と私を手招いた。

「なに?」
「ああ、そうか。動いちゃいけねーんだったな」

大儀そうに立ち上がると、ゾロは大きな一歩でおもむろに私に近付いてきた。思わず身を引いてしまう。
私の肩口に顔を寄せたゾロは、すん、と一呼吸した。そのままふいと顔を背け、ぼりぼりと首筋を掻きながら食堂の方に向かう。
「待って、今の何?」不可解すぎて笑ってしまった。

「ちゃんとお前の匂いがするか確認した」
「なにそれ……」
「ちゃんとした」

よろしい、とでも言うようにゾロは頷いて、そのまま行ってしまう。かと思いきや、急に踵を返して戻ってきた。
唐突に私を抱き上げる。は、と声が出た。咄嗟にゾロの肩に掴まる。

「お前が動けねーこと、すぐ忘れちまう」

そのまますたすたとまた歩き出すので、あっけにとられたまま私は食堂まで輸送された。
誰もいない食堂で、私は椅子に降ろされる。意外ときびきびした動作でゾロが自分の食事を用意するのを見ていた。見ていろと言うことかしら、と考えながら。
ゾロがカトラリーをごそごそと探しながら言う。

「エビ、うまかったな」
「エビ?」

尋ねながら、洪水のようにあの一日が目の前に溢れて戻ってきた。パンを買って、石畳をヒールで走り、迷子になって、鍛冶屋に寄って、おんぶされて。
そのすべてをゾロと共有している事実をはっきりと胸に感じ、なぜだか泣きたくなった。
夢じゃない、と何度も繰り返し言い聞かせなければ信じていられないのはなぜだろう。ゾロのことはこんなにも確かに信じられるのに、自分のことは露ほども信じていないから、幸福な時間は私にはありえないと思っている。

「なんつー顔してんだ」

ゾロが私の顔を覗き込み、怪訝そうに眉を寄せる。微笑んでみせるが、ますますゾロの眉根が寄るだけだった。

「見てるぞ」

不意にゾロが言った。まっすぐ私の目を見て射抜くかのようだ。

「言われなくても見てる」

それが、私を見て、という稚拙でひとりよがりな私の独り言に対する返事だと気付き、泣くつもりなどなかったのにまぶたの下に熱いふくらみが揺れるのを感じた。
静かにゾロがそれを舐め取る。そのときはっきりと、私でも幸福になれるはずだと思えた。

拍手[22回]

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最中、何を考えてたのと訊いた。
ゾロは訊かれたことの意味を考えるようにじっと私を見据え、「何も」と怪訝そうに言った。

「そうなの?」
「そういうお前は」

布切れのように横たわったシャツを手に取り、頭からかぶる。「あなたのことを考えてたわ」と言うと「ふーん」と興味がなさそうだ。

「なに笑ってんだ」
「いいえ」
「おら、服着ろ」

大雑把に私の衣服を掴み投げてよこす。初めてしたとき、「いつまで腹出してんだ」と同じように服を投げられて気恥ずかしい思いをしたことを思い出した。

「そろそろ出るか」
「シャワー、使わないの」
「どうせ船で動きゃ、また汗かくからいい」

私は入ってから行く、と言うと「おう」とゾロは短く答えた。
小さな宿の、少しくぐもったベージュ色の壁に囲まれて、ゾロはベッドから立ち上がる。窓からは傾いた日の赤い光が差し込んでいる。外からは小さく、自転車のブレーキのような音が聞こえた。

「先戻ってるぞ」
「えぇ」

刀を三本しっかりと腰に差し、いつものいでたちでゾロは部屋を出ていった。私達はいつもばらばらに部屋を出る。時間をずらして船に帰る。何かの偽装工作をしているようで、本当はふたりともそんなに気にしてはいない。でも、なんとなくのお作法でそうしている。ちなみに船で寝たことはない。
ゾロに投げられた服を抱え、裸足でベッドから立ち上がる。狭いバスルームまでの道のりすら億劫なのに、これから船に帰るなんて、とけだるい気持ちが湧き上がる。しかし胃は空腹でぐるりと動く感覚がした。そろそろサンジがコンロに火を入れるだろう。

どうしてあんなことを訊いたのだろう。
熱すぎるくらいの湯を浴びながら、知りたくもないのに、と目を閉じた。



ログの指さない島についたのは久しぶりだった。ナミが広げた海図のどこにもその島は載っていない。当然無人島だ。
数日前に前の島を出たばかりだ。ナミは当然ログが指し示す次の島へと向かっていた。
その航海の途中、ふとひくひく小刻みに鼻を動かしたチョッパーがどことなくうっとりとした表情でつぶやいた。

「いいにおいがするなぁ」

カードゲームに興じていたルフィが顔を上げ、「なんだ、うまいもんでもあるのか」と嬉々として立ち上がる。

「ううん、花の匂いだ」
「なんだ」

あっさりと興味を失ったルフィはまた甲板に腹ばいになり、ウソップのカードの山に手を伸ばす。
チョッパーのまねをして少し上を向き、空気の匂いをかいでみるが潮の匂いばかりでなにもわからない。

「わかる? ナミ」
「まさか。ねぇチョッパー、どっちから?」
「あっち」

チョッパーは明確に十字の方向を指差した。ナミはテーブルに積んだ本の下から海図を引っ張り出して広げるが、すぐに首をひねる。

「そっちに島なんてないけどなぁ。ていうか、この付近にはもうこの前の島以外ないはずだけど」
「でもたしかに花の匂いがするんだ。木に咲く花な気がする」
「植木の商船が近くを通ってるのかしら」

ナミは日差しを嫌って、パラソルの下から立ち上がりもせず双眼鏡を覗き込んだ。

「あ」
「いた?」
「ううん、島」

島!? と叫んでルフィが立ち上がる。その勢いで甲板にカードが散らばり、ウソップが「おいぃ!」と声を上げた。

「島があるのか!? 行こう!」
「行かないって。ログも指してないし」
「でも地図にのってねーんだろ? お前が地図に描けばいいじゃねぇか」

ナミが意表をつかれたように目を丸くした。そういえば、久しくナミが測量をしているところは見ていない。
フランキーががしがしと甲板の端まで歩いていって、ぐっと身を乗り出して双眼鏡を構えた。

「森……と、なんだありゃ、でっかい木が生えてやがる。ま、無人島だな。言ってる間に通り過ぎちまうぞ。どうすんだ船長」

当然、私たちは舵を切り、島へと向かう。


いかりを下ろす音を聞いてキッチンから出てきたサンジは、「なんだこりゃ」と目の前の景色を見上げた。
白い砂浜は美しく、もう長く人が降り立っていないのか波の力で真っ平らに均され、強い太陽を反射して眩しい。
奥は鬱蒼とした自然のままの森が広がっているが、そう深くはなさそうだ。木々の隙間から漏れた光でぼんやりと森の中が見通せる。
一番目を引くのは、森の真ん中に山のようにそびえ立つ一本の木だ。
幹は建物のように太く、まっすぐと猛々しく伸びたその先の枝ですらその辺の樹の幹より太い。
そして枝の先には巨大な白い花がいくつも咲いていた。咲いていると言うより、まるで実っているようにずっしりとその頭を下に向けて垂れている。ときおり風に吹かれて花びらの一枚が海岸に落ちてきた。大きな椰子の葉くらいの巨大な花びらだ。  

「サンジー!弁当!」
「さっき昼飯食ったばっかだろうが」

そう言いつつ、軽食の入った袋がぽいぽいと投げられる。島に寄ると聞いてすぐに準備を始めたに違いない。嬉しそうにそれを掴んだルフィやウソップは、どたどたと船を行き来して着替えに荷物にとさわがしい。

「あれ、ナミさんも行くの?」
「うん、私もなにかもらえる?」
「もちろん、あ、てか待って、おれも行く」

すでに動きやすい格好に着替え、測量グッズを詰めた小さなリュックを背負ったナミは軽いシューズの靴紐をぎゅっと締めている。慌ただしくキッチンに戻り、また飛び出してきたサンジはきれいに包まれたお弁当をナミに差し出し、当然のようにその後を追っていく。
いってらっしゃい、と声をかけた私を振り返り、サンジは首を傾げた。

「ロビンちゃんも行かねぇの? 見張りならマリモが上で寝てっから、置いてきゃいいぜ」
「えぇ、もう少しあとで行くわ」

キッチンにロビンちゃんの分も軽食があるから、と言い残し、構わずずんずん島へと入っていくナミを追って、サンジも慌てて船を降りていった。
人気の散った甲板をしばらく見つめ、パラソルの下、さっきまで座っていたチェアにまた腰を下ろす。「ちとうるさくするぜー」と断りを入れてフランキーが横切ったかと思うと、しばらくして船底の方でカンカンと金属を打つような音が足の裏に響いてきた。

チョッパーが数キロ先から感じたという花の匂いは、島に着いてもまだわからなかった。チョッパーも、近づいてもあまり匂いは濃くならないとほっとしたように言っていた。
日差しを遮るパラソルから覗き込むように、島の真ん中の樹を見上げる。こんなにも目立つ島がまだ誰にも見つかってないなんて。
ぼんやりと座っていると、日陰が動き腕がちろりと舐めるように焼かれた。避けるように立ち上がり、見張り台を見上げる。
嫌がるだろうな、とわかりながら、ゾロのいるところへと向かった。

トレーニングをしているのだと思っていたら、サンジの言ったとおり、見張り台をぐるりと囲む半円形のソファに体を横たえてゾロはいびきをかいていた。
昼食の後からずっと寝ているらしい。よく眠っているが、長く眠っていることは珍しい気がする。中途半端な距離で立ち止まり、意味もなくゾロの寝顔を見つめた。
窓の外に目をやると、さっきよりずっと近くにあの樹が見える。少し揺れているのがわかった。怖いくらい大きな花が、いくつもいくつも粒を揃えて同じ方向にゆさゆさと揺れる。
重たそうで、今にもぼとりと椿のように落ちそうなのに、落ちることなく頭を垂れている。

「……なにしてんだ」

さっきまでいびきをかいていたゾロが、腕を枕にしたままこちらを見ていた。ソファの幅はゾロの身体には窮屈そうで、少し身じろげばごろんと転がり落ちそうだ。

「島に着いたのよ」
「島ァ?」

むくりと体を起こし、ひとつ伸びをしてから目を細めて眩しそうに外に視線をやったゾロは、「なんだありゃあ」と巨大樹に目を留めて声を上げた。

「もう次の島か、ずいぶん早く着いたんだな」
「いいえ、チョッパーが島に気付いて、ルフィが寄っていこうと」
「あぁ」

合点が行った、というようにゾロはまた興味を失い身体を横たえた。

「まだ寝るの?」
「あいつらはどうせ降りたんだろ。静かでいい」
「あなたは行かないの?」
「お前こそ、何してんだ」

訊かれて、曖昧に笑い返す。ゾロは怪訝そうにちらりとこちらを見て目を閉じたが、すぐにまた起き上がった。

「街があんのか」
「いいえ、無人島みたい」
「野生の動物でも狩ってくるか。どうせ外で食うだろ今日は」
「いるかしら。静かな島だけど」

ふーん、と妙に子供じみた相槌を打って、ゾロは座ったままぼんやりと空を見ていた。私もなんとなく同じ方向を見つめてみる。

「出かけねぇのか」
「まだ暑いから。日差しも強いし」
「無人島にゃ興味ねぇか」

くっと笑ったゾロの顔を見て、少し気が緩む。近づいて、隣に座りたい気がしたがこのまま立ってゾロを見ていたいとも思った。

「今何時だ」
「二時……前くらいかしら」
「寝すぎた」

立ち上がり脇においた刀を掴んだゾロは、「おれも下りる」と告げて甲板へと続くはしごへと向かった。すれちがいざま、「お前は」と再び訊かれる。

「フランキーが船にいると言ったら出ようかしら。彼がいなければ、見張り代わりに残るわ」
「あいつ、もういねぇぜ」

気配でわかるのだろう。「そう」と言うとゾロは少し考えるように視線を外し、おもむろに私の手を引いた。おどろいてたたらを踏んだ私の顔に顔を寄せ、ゾロが言う。

「誰もいねぇ。どうする」

ばかみたいに目を丸めるしかできなかった。数秒見つめ合って、ゾロがくくっと笑う。

「お前もそんな顔すんだな」

冗談だ、とゾロは手を離した。代わりに唐突に唇が触れた。ほんの少し湿った温度が混ざり、すぐに離れた。何も言えなかった。

「おれァ下りるぞ」
「──えぇ」

どうぞ、という言葉を投げかける前にゾロの背中は下へと消えた。
ぽつんと一人見張り台にいても仕方がないので、私も甲板へと下りる。さらにがらんとしたそこでまたパラソルの下に座り、傘の向きを変え、本を開いた。
思いついてアイスコーヒーを入れ、サンジがこしらえてくれた軽食のケースを持ってきて蓋を開ける。小さなサンドウィッチと焼き菓子が入っていた。粉砂糖のまぶされた小さなクッキーを口に含み、島の方を見つめる。
遠くからルフィの雄叫びが聞こえた気がした。
日が少し傾いた頃ブルックが戻ってきて、「代わりますよ、どうぞお出かけしてきては」と言ってくれたけれど、「ありがとう」と応えるだけで腰は上がらなかった。
新しい島の、まだ知らない空気だとか、見たことのない植物だとか、そんなものよりも、私はなにかの余韻をもっと味わっていたかった。




「特にこれと言って何もなかったわ。平和そのもの」

そう言って戻ってきたわりにナミの頬は上気し、腕に抱えたノートには集めたデータがびっしりと書き込んであるのだろう。これから測量室にこもり、夕食までの短い時間でもがりがりと線を引くに違いない。
ひとり、またひとりと戻ってきたクルーたちは声を揃えて「特になんにもなかった」と言っていたが、おのおのが果実だったり燃料代わりの薪だったりを拾ってきていて、いそいそと浜辺でキャンプファイヤーの準備を始めた。
せわしなく働くクルーたちの中に、ゾロの姿を見つけた。サンジやフランキーとせわしなく枕木のような大きな流木を運び、珍しくサンジと喧嘩を始めることもなく巨大な焚き火を組み立てていく。空島の宴を思い出し、懐かしさのようなものに頬が緩む。

「ロビンはどこも行かなかったのに、楽しかったのか?」

不意に足元にいたチョッパーが私を見上げ、尋ねる。

「ええ、景色はいいし、浜辺のバーベキューも楽しみよ」
「バーベキューじゃねぇぞ、キャンプファイヤーだ!」

おしりから飛び乗るように私の隣の椅子に腰掛けたチョッパーは、いつもの青いリュックからいくつかパウチのようなものを取り出して整理を始めた。島にはいくつか薬草が生えていて、貴重なものもあったのだという。
これが胃の粘膜を保護するから痛み止めと一緒に飲むといいんだとか、塗るととてもしみるけれどやけどによく効くのだとか、彼の言葉に耳を傾けながら空を見ている。すこしずつ青は暗く、黄色みが混じってくる。やがてうす赤くなったかと思えばすとんと幕を落としたように夜になった。船に明かりを灯し、浜辺の焚き木に火を入れる。サンジがせわしなく船と浜辺を行き来して調理道具を島へと運び、フランキーはアクアリウムから引き揚げたサメのように巨大な魚を担いでいった。
サンジに手伝いを申し入れると野菜を切るように頼まれたので、チョッパーと並んで浜辺の即席調理台で野菜や果物の皮を向き、串に刺した。ゾロはすでに酒瓶を傾けていたが、調理用の酒だったようでサンジに奪われたのを皮切りに殴り合い蹴り合いの応酬が始まる。
「もう、うるさい!」とナミが測量室から顔を出す。火の粉が飛ばないように船から少し離れたところで準備を始めたのに、彼らの声は船室にまで届いたらしい。サンジが「もうすぐ焼けるよー」とぶんぶん手をふる。
ウソップが島の反対側の岩場で釣ってきたというこまかいが大量の魚を、サンジが油に放り込む。大きな音が上がり、ルフィたちの歓声にこちらの期待も高まる。
なだれ込むように始まった宴に、目の前で爆ぜる大きな火に、喉を通るお酒によるものとはまた別の酔いが回る。頬が熱くなるがすぐに海風が鋭くぶつかり冷やされる。
鮮度の良い刺身に、目の前の火で焼いた魚や野菜に、臆面もなくかじりつく。パンツが汚れるのも気にせず砂の上に座り、踊りだしたクルーを見て笑った。
どんどんと夜は深くなる。月の位置が高くなり、ひとり、またひとりと砂浜のあちこちに横たわり始める。めずらしくサンジがすでにうつ伏せで倒れており、宴の中心から離れたところではブルックとフランキー、そして珍しく潰れていないウソップが車座になっていた。
夜風が身にしみたが、なんとなくこの空間から抜け出すのがもったいなくて立ち上がれずにいたら隣に座るナミが船を漕いでいる。彼女も肩をむき出していたので、やっぱり毛布をとってこようと立ち上がった。

誰もいない船はしんと暗く沈んでいて、さっきまでのどんちゃん騒ぎがひどく遠い場所にあるように感じられた。薄明かりを頼りに女部屋から予備の毛布を持ち出して甲板に出ると、さっきまで寝ていたはずのサンジがひらりと登ってきた。私を見てにこりと微笑むので、黙って毛布を差し出すと「ありがとう」と受け取って船を降りていった。
上着を羽織って浜に戻ろうと思ったが、のどが渇いたのでキッチンに立ち寄る。水を汲み、一口飲むととたんに眠気ににた心地よさが頭と胸に充満してふらりと身体が揺れた。自分の体が傾いたのか、波による船の揺れなのかわからないまま近くの壁によりかかり、もう一口水を飲んだ。

「明かりくれぇ点けろよ」

頭を壁につけたまま首だけで振り返る。声でゾロだとわかっていたが、たしかにそこにゾロがいることに軽く驚いた。明かりを点けろというくせに彼自身、暗いままのキッチンにやってきてごそごそとパントリーを漁り始める。

「……サンジに怒られるわ」
「今更」

目当ての酒を見つけたのか、小さいが胴の太い酒瓶を持ち上げて彼が笑ったのがわかった。すぐに栓を抜く音が響く。
身体の向きを変え、背中を壁に預けた。私に目を留めて、ゾロが瓶から口を離し珍しそうに言う。

「酔ってんのか」
「さあ……楽しかったから」

暗すぎて表情も見えなかったのに、ゾロが「へぇ」というように片眉を上げた、ような気がした。

「お前も飲むか」
「おいしいの」
「まぁ、ぼちぼちだ」

彼が瓶をこちらに突き出したので、少し迷ってから近づき、受け取ってゾロがしたようにそのまま瓶に口をつけて飲んだ。おいしいよりも先に熱い、と感じる。目の縁が燃えるようにひりひりとして、それからじんわりと脳の奥がしびれた。
黙って酒瓶を返すと、ゾロが小さく笑ったのがわかった。スツールを引き、彼が浅く腰掛ける。

「戻らないの?」
「ここで飲めば次の酒がすぐあるだろ」

一口飲んで息をつき、どんとカウンターに瓶を置く。その仕草を目で追っていたら、物欲しそうに見えたのかゾロはまた私に酒瓶を突き出した。差し出されるがままに受け取って、また口をつける。今度はさっきよりも美味しさが早くやってきた気がしたけれど、その分脳の痺れる範囲が広がったようにも感じられた。

「ふらついてんぞ」

ゾロが面白がるように言う。苦笑して、彼の向かいのダイニングテーブルの椅子に腰を下ろそうとしたらおもむろに腕を引かれた。

「座れ」

え、と声を上げる。太ももがゾロの膝に触れ、ぐいと腰が持ち上げられた。上体がぐらつきとっさにゾロの肩を掴む。暗闇に慣れた目がゾロの顔を捉え、間近に視線を交わした。

「……どうしたの」
「何が」
「あなた、今日、昼間から……少し」
「なんだよ」
「おかしいみたい」

くっとゾロが笑った。腕が回され、腿に手のひらが触れた。驚くほど熱い。

「触りてぇと思うのはおかしいか」
「思うの」
「ああ。お前を見てるといつも思う」

腿に触れたのとは反対の手が私の膝の裏をなでた。冷えていたそこが急な熱に驚いて、鳥肌が立つ。手が腿裏に登ってきて、息が漏れそうになるのをこらえた。

「……知らなかったわ」
「へぇ、そりゃあ勉強不足だな」

不意にゾロが首筋に顔を寄せた。鎖骨に舌が当たり、腰に回されていた手が腹から胸へとのぼる。今日一日シャワーも浴びていないのに、と思うがすぐにどうでもよくなる。思考が霧散して、ばらばらと足元に落ちていく。
厚い手のひらで柔らかく胸を揉まれると腕の力が緩み、だらりとゾロの肩に両腕を回してぶら下がった。服の上から何度も押し上げられるだけのことが、どうしてこんなに甘ったるい行為になるのだろう。
ゾロのこめかみに唇を付けて、尋ねる。

「まだするの」

親指が先端をかすめ、反対の手がパンツのボタンを外した。訊かなくてもわかっていたし、私自身その先に触れられることをもう待っている。
ゾロは律儀に「ああ」と答えた。腰が持ち上がり、ずるりとおしりの下までパンツが脱げた。中途半端に引っかかったのをそのままに、ゾロの手が後ろから下着の中に滑り込む。
相変わらず熱い手が臀部を掴み、邪魔だというように手の甲で下着を押し下げた。膝に乗った私を見上げ、ゾロが素朴な顔で呟く。

「お前はいっつも肌が冷てェ」
「そう……?」
「生きてっか心配になる」

突然前からぬるりと指が滑り込んだ。あ、と高く叫んで肩を掴み直す。中に深く入るでもなく、入り口と突起のあたりを何度も柔らかくこすられ、彼のためにゆるゆると開いた脚が小刻みに震えた。
反対の手でぐっとTシャツの襟を引き下げられると、広い襟元は肩から落ち、容易に胸がこぼれた。下着を鼻先で押しやるように、ゾロが顔を埋める。押しやられた布の端から飛び出した先端を淡く噛まれて下があふれるのがわかった。
水の音が響いて、ゾロの手が絶え間なく塗り込めるように動く。

「ゾ、」
「なんだよ」
「あなた、もう」
「おれのことより、集中しろ」

指が一度に二本ほど、唐突に入った。あまりになめらかな様子に気づかなかったほどだ。すぐに中をかき混ぜられて、息が苦しくなった。
いつもならもう彼自身を入れているのに、どうして、と思うがゾロに答える気はなさそうで、私の方も口を開くと快感を漏らすしかできないし、彼の言う通り私は自分を気持ちいい方へと導くことに集中するしかなかった。
ああ、と身を震わせて何度も高い声を出す私の頬にゾロが唇を押し当てる。こんなのは初めてだった。
いいか、と訊かれて何がかもわからず何度もうなずく。ちゃんと言え、と呼吸の間際にささやかれて彼の肩を両腕でぎゅうと囲った。

「いい、きもち、いい」

ひたひたとやってくるなにかが怖くて固く目をつむる。溢れるものがゾロの手を濡らしている、こんなところで、と思うとますます閉じた目の景色は白く爆ぜ、やがて強く足の付根から痙攣した。
は、と短く息を吐く。快感と気だるさが彼の指が埋もれているところから頭の先まで電気のように走り、余韻だけで声が漏れた。

「は、あ、ゾロ」

名前を呼ぶと答えるように唇を塞がれる。そうだこれがほしかったのだ。強く吸うと勢いよく舌が滑り込んできて、より強く口内を吸われた。
唐突に腰が持ち上がり、パンツと下着もろとも引き抜かれて両足でゾロの両膝にまたがった。驚いて顔を上げた途端、熱いかたまりが布越しに触れた。
さっきまで、どうかするとまだ今もびくびくと震えている私のそこに、ゾロのものが服のままあてがわれる。そのまま強く押し付けられた。

「や、待っ……あっ」

先端が服のまま今でも入りそうなほど強くこすりつけられ、あっというまに私のしたたるもので濡れていく。ゾロの短い息が聞こえた。

「ゾ、ロ、なんで」

ゾロは答えず私の腰を掴み、腕の力だけで持ち上げて私たちを押し付け合う。むき出しの私のそことゾロの服をまとったままのものがまるで裸同士みたいに湿り気を帯びて混ざり合い、さっき波のように引いていった快感としびれが唐突に戻ってきた。
ひときわ大きな水音が鳴ったとき、ゾロが息を吐いて動きを止めた。私もぐったりと彼にしなだれかかる。

「ゾロ……入れて」
「お前の部屋、あいてるか」
「部屋?」

きっとこの船には誰もいない。どうかすると朝まで帰ってこないだろう。

「あいてる、けど、もしかしたらナミが帰ってくるかも」
「おれらがいりゃあ入ってこねぇだろ」
「そんな」

不意にゾロは私を抱いたまま立ち上がり、すたすたと扉に向かって歩きだした。

「ゾロ! 私の服」

うるさそうに足を止め、ひったくるように私のパンツたちを掴み上げると、ゾロは足早に私の部屋へと向かった。
当然空っぽの部屋はベッドが2つ並んでいて、「どっちだ」という問いに指をさして私の方を答えると、私を背中からおろして横たえた。
彼がズボンを脱ぐのを横たわったまま見て、「どうして今日はすぐにしなかったの」と改めて尋ねた。
最中に頬に唇が触れたのも、私だけ先に果てるようにいじられたのも、こんなにも長く入れないままなのも初めてだった。もちろん、真昼間にキスをされたのだって初めてだ。
私の片足を持ち上げながらずしりとのしかかってきたゾロは、訊いた私がまるで恥ずかしいことを言ったように思えるくらいじっとこちらを見据えてから「そうしたかっただけだ」と言った。
先端がぐっと押し込まれ、あっと短く声が漏れる。あっというまにずぶりと全部飲み込んだ。

「はあ、それが、どうしてって、訊いたの」
「お前こそ今日はよく喋る」

勢いよく突き上げられ、怒った猫のような甲高い声がほとばしった。咄嗟に、いけない、と息を呑みこんだが今はここに誰もいないのだった。もちろん壁の薄い安宿なんかでもない。
指より数倍熱くて大きなものに内側の壁をこすられ、比べ物にならない刺激に声が、そして意図せずあふれる水が大きな音を出す。

「い、ゾロ、ゾ」

口をふさがれ、両足を大きく持ち上げられる。お尻が浮かび上がり、あられもない格好に羞恥で顔を塞ぎたくなるが拳で顔をおおうとすぐにゾロの手に払いのけられた。

「隠すな」
「や、だって」

そのまま強く突かれ、背中がずり上がるたびにゾロに引き戻されて深くつながる。ゾロの息が深くなり、ひときわ大きく出し入れされたかと思えば急に身体をひっくり返された。
ひ、と情けない声が出た途端背後から胸を強く掴んで持ち上げられる。そのまままた、深く突き刺さる。

「やぁ、もう……」

脚ががくがくと震えだす。指先が胸の先端に触れ、激しく出し入れされたところが突然熱く感じた途端、中で彼のものが大きく震えたのがわかった。同時にゾロの反対の手がわたしの下の突起をこすり、突然のことに体勢が崩れるのも構わずゾロの腕を掴んで高く声を上げた。
ゾロの腕を掴んだまま、ずるずるとベッドに胸から崩れ落ちる。背中にどさりとゾロの重みがのしかかった。どくどくと動く彼の心臓の音がはっきりとわかる。彼が出したものか私のものなのか、あるいはその両方で太ももがひどく濡れていた。
ゾロがごろりと転がって私の上から隣に滑り落ちる。私を抱いたまま、大きな呼吸を何度も繰り返していた。ずるっと緩慢に引き抜かれ、まだ入っていたのだと気づく。
しばらくの間、二人分の呼吸に耳を澄ましていた。落ち着いてくると、思わずうとうととまどろみそうになる。身体の向きを変え、ゾロと向かい合った。
じっと見つめていると、「なんだよ」とゾロがきまり悪そうに言う。

「見てただけ」

ふん、と鼻を鳴らされるが、かまわず唇を寄せると応えるように彼の方も口を寄せてくれる。柔らかく触れ合った。
どうして今日は、とまた尋ねたくなるが、思いとどまった。私はたいして知りたくもないことばかり口にする癖がある。
何もわからないままでいい。
ゾロが仕返しのように私を見つめ返してくるので、「なあに」と尋ねた。

「いいと思って、お前の顔」
「顔?」

思いもよらない言葉に目を丸めると、ああ、と至って真面目にゾロはうなずいた。

「見てぇと思った。いろいろ」
「顔……」

どういうことなのか深く考え込みかけるが、腰が引き寄せられて思考が中断する。

「このまま寝ていいか」
「えぇ、あ、でも……」

誰か帰ってきたら、と頭をよぎるがすぐにどうでもいいかと思い直す。私もこのまま、永遠に横たわっていたいような気分だった。
永遠に横たわって、私の顔を見たいと言ったゾロのことをずっと考えていたかった。
濡れたままの足の間は気持ち悪くても、裸の身体が冷えてきても、朝が来て、慌てて服を着てクルーが帰ってくるのに間に合わせることになったとしても、なにもかもがかまわなかった。

拍手[10回]


リクエストボックスに入れてもらっていた、「ゾロビンで現パロ、近所のお姉さん×幼馴染の男の子」のネタがちょう面白そうだったので、とりあえずあらすじだけ考えてみました。



☆出会い

17歳と8歳
傷だらけの黒いランドセルを背負って走ってくゾロをロビンが見かける。
白い布に包まれた細長い棒、あれは竹刀? 二本常に持ってる
きつい目つきの少年だなーとか、特に印象には残らない。
ある日、おなかすかせて迷子になってたゾロを家に連れて帰りおにぎりとお味噌汁を食べさせる
ゾロがわりと礼儀正しい男の子なのに好感を持つ。

ロビンの進路は決まってて、大学に入る。
親代わりのクローバー博士がお金を出してくれる。
将来研究所に入って返すそのために気を抜けないと思い真面目に勉学に励んでいる。

その後、ゾロがちょくちょく迷子になってるのを捕獲するようになる。
「引っ越してきたばかりの?」
「ばあちゃんのころからずーっとここに住んでる」

普段は明るくて楽しそう、帰り道に友達とかけっこしてる姿みかけたりする。

☆ゾロ、くいなの死
ゾロを数日見なくなった。
心配してる数日後みかけたら顔つきが変わってた。
ロビンの家にもこなくなる、かけっこも見なくなった。
ある日久しぶりに迷子になってるのを捕獲
「寂しかったわ」
ゾロがくいなの死を話す。
「俺は強くならねぇと」
これまで以上にがむしゃらに練習をしてるらしい。ランドセルだけじゃなく体も傷だらけで心配するも、ゾロに壁ができたことを感じて踏み込まない
距離を置くようになる。

☆18歳と9歳
ロビン卒業間近、大学は決まった。
久しぶりにゾロに会う。少し背が伸びていた。
3本に竹刀が増えているのに気づいたけど何も言わなかった。
久しぶりに一緒に食事をする。
うまい、と喜ぶゾロ。家族みたいな雰囲気に和み「あなたみたいな子が一緒に暮らしてくれたら楽しいのに」
「おれが世界一強くなったら一緒に暮らそう」
ゾロ→ロビンすきになる ロビンも薄々気づくが、憧れとかそういうものよねと思って流す。
だってまだ子供、いや歳は関係ないけど私はそういうのはしないと決めていると内心思い直す。
ロビン進学、引っ越しをして街を離れる。

☆24歳と15歳
クローバー博士の研究所にスキップして博士号とってから転入、元いた街へ戻ってくる。
それまで一度もゾロとは会わなかった、自分のことは忘れてしまったかもしれないと思う。

電車の中で再会する。ロビンは本を読み、ゾロは寝ていた。
隣にゾロが座ってきて、寝始めたときに肩がぶつかって初めて顔を見てお互い気づく。
大きくなっていたのに驚く、家にいらっしゃいと招くもゾロが微妙な顔つき
「彼女がいるのかもしれない、いらないことを言って子供扱いしてしまった」
その日はそのまま別れる
研究所の日々が落ち着いたときゾロが訪ねてくる
こないかと思った、彼女がいたなら別れたのかと思う
ご飯を一緒に食べる
剣道の話、学校の話を聞く
まだまだ世界一には程遠い。全国大会でも優勝したもののまだだ、と真剣な目で遠くを見据える。
ロビンは随分とすでに遠くへ行ってしまったと感じる。

***

そんでこのあと部屋の中でラッキースケベ的なハプニングがあってゾロがロビンを押し倒しちゃったりなんかして
むらむらその気になるもののどう手を出していいかわからない15歳と
その15歳の思惑が手に取るようにわかってしまった24歳がこれは早急になんとかしないと、と思いながらどうにもできずにこの日キスくらいはしてしまえと思います。

ここまで本当いっきにぶわーと思いついてプロットだけでもと書いてしまえたので、あとは文章化するだけだ。
それがいちばん楽しい作業なので、いつか時間とって本当に書きたいなと思ってる。
リクボほりこんでくださってありがとうございました!



拍手[13回]

カリカチュアの朝1/2/昼1//夕暮れ(R-18)



とんでもなく暗い穴の底にいて、地面はしんしんと冷たく、触れるとざらりとしている。
黒いワンピースの裾は暗闇に同化して地面と布の境目がわからなくなっていて、身体も一緒に闇に溶けていくみたいに感じられた。
ひどく静かで、そのくせ羽虫が飛び回るような細かい雑音が頭の奥でずっと鳴り響いている。
耳を塞ごうと手を上げたら、上げた手の甲がなにかにぶつかり、ハッと目が覚めた。

んが、と大きく鼻を鳴らす音がすぐそばで聞こえた。
両手を広げて大の字に寝転がるゾロの右わきに収まるように、いつのまにか寝入っていたらしい。
どんな夢だかもう思い出せもしないけれど、寝ながら動かした手がゾロの脇腹に当たったのだ。それでもゾロが目を覚ます気配はない。
身体を起こす。
二人を横切るようにシーツの上掛けがしわくちゃになったまま身体にかかっていた。
ふるりと肩が震えて、効きすぎた冷房が部屋をキンキンに冷やしているのに気付く。手を咲かして冷房を止め、ベッドの上から窓の外に目を遣ると外はまだ薄明るかった。

「ゾロ」

起きないで、と思いながら名前を呼んでみる。案の定彼は目を覚まさない。
そっと身体を折りたたむようにして彼の胸に頭を置いた。
深く大きい呼吸で胸がゆっくりと上下し、片耳を胸につけて心音を聴きながら目を閉じるとまるで船の上にいるようだった。

ふと頭に重みがかかり、彼の胸が大きく震えて同時に低い唸り声が下から響いた。
私の頭を掠め、髪を梳きながら離れていった手はそのまま彼の頭上に伸びていって、ゾロは今度は「ぐおお」と言いながら伸びをする。

「今何時だ」
「さあ」
「ここぁどこだった」
「さあ、どこかの宿場ね」
「んだ、なんにもわかんねぇじゃねぇか」

そうなの、とつい笑いがこぼれる。何笑ってやがる、とどやされるが笑いは止まらない。
ゾロがむくりと身体を起こすと、私の身体も一緒に持ち上がった。

「寒ィな」
「今空調を止めたわ」
「服、どこだった」
「まだ乾いてないんじゃないかしら」

ふーん、と興味がないように頭を掻いて、くわぁとあくびをひとつする。そして急に私の上体を引き寄せて、ゾロはまたベッドに倒れ込んだ。
どん、と彼の上に乗り上げるように寝転がってしまう。

「んじゃ乾くまで寝てるか」
「だめよ、帰らなきゃ」
「着るもんがねェ」
「買ってくるわ」
「何着て買いに行くんだよ」

少し考え、それもそうねと私も諦める。だろ、とゾロも頷く。
真新しいとは言いにくいけれど、少なくとも清潔ではあるだろうベッドの上で、私たちは目を合わせ、口づけた。
ゾロは唇を合わせる少し前に、真一文に引き結んだ口を少し開く。
私の両唇を挟むみたいに、閉じ込めるみたいに口づける。
どういう意味があるの、と聞きたくて、私はずっと聞けないでいる。
私たちの口づけには一体どういう意味があるの。

ぐるるる、と深いところから忍び寄ってくるみたいな音で、ゾロのお腹が低く鳴った。
決まり悪そうにゾロが一言「腹減った」と呟く。
でこぼこに割れた彼の腹筋に手を添えて、「私も」と言った。

「なおさら帰らなきゃね」
「あーめんどくせぇ」

子どものようにごねて眉間にしわを寄せる彼を眺めていたら、このままどれだけでも時間をつぶせてしまう。
名残惜しい気持ちを振り払って身体を起こし、彼の身体からシーツをはがして自分の身体に巻きつけた。
風呂場へ向かうと、干した服や下着がまだ水を滴らせている。
「困ったわね」とひとりつぶやき、また部屋へ戻る。
ゾロはベッドの上から手を伸ばしてカーテンを少しずらし、窓の外を見下ろしていた。

「おい、あれ」

彼が指さす窓の下を私も近寄って見下ろす。通りの端で、派手なミニドレスの女と恰幅の良い男が、互いにしなだれかかるみたいにして腕を組んでいた。
買い物帰りだろうか、男は腕にいくつもの紙袋を提げていて、まだ日も明るいのに酔った足取りで宿を物色して歩いていた。
ゾロが彼らを指差した真意に思い当り「悪い人ね」と呟くが、私も既にそれしか方法はないと思っている。
「もらっちまうか、あれ」とゾロが言い、「やってみるわ」と私が答える。
千鳥足の女の足元に手を生やし、彼女の足首をそっと掴んだ。
驚いた女がつまずき、転びかけたところを男が咄嗟に手を伸ばして支える。しかし男の方も酔っているようであり反射神経もよさそうには見えない。女は掴まれた腕だけ残してずるりと膝をつき、男も引っ張られるように身体を傾けた。そして音はここまで届かないが、おそらくガサガサと紙袋が鳴って、男は二つ三つ、袋を地面に落とした。
なにか言葉を交わす男女の背中側で、私の手は紙袋を二つ持ち上げて、彼らの死角となる路地裏までそっと運んでいく。
男が減った紙袋の数に気付かずそのまま持ち上げてまた歩いていくまで、息を詰めて見守った。

「やるじゃねぇか」

ゾロはベッドから腰を上げると、風呂場の棚に畳んでおいてあったローブを羽織った。
「取って来る」と言い、部屋を出ていく。
窓の外を見ていると、しばらくしてゾロが出て来て、通りにぽつんと残された袋を手に取った。
そしてこちらの部屋の方を見上げ、どういう意味か「よう」とでもいうように手を上げてみせる。
私もカーテンの隙間から彼を見下ろし、少し手を振った。
そのあまりの平和さに、涙が出そうだった。

カップルから拝借した紙袋の中身は全て女物だったが、幸いなことに紙袋のひとつは下着で、私の上下が一式揃った。腰の部分とスカートの裾にフリルのついた水色のワンピースはあまりに滑稽な気がしたが、文句は言えない。
サイズが合わずに胸元がいっぱいいっぱいなのを、ワンピースと一緒に入っていた白のジャケットを羽織ることで隠した。

「適当に買ってすぐに戻るわ」
「おう、わりーな」
「あなたがこれを着て買いに行くわけにはいかないもの」
「脚は。いいのか」

忘れていた、と自分の足首を見下ろす。
水に濡れても剥がれてこないテーピングはしっかりと巻き付いたままで、私の足首も痛みを忘れて平気な顔をしている。

「平気。だいぶ楽になったみたいだし、そんなに遠くへは行かないから」

それに彼が買いに行ってまたここに帰ってこられるとは考えにくかった。
でも皆まで言わず、ベッドにぽつねんと座る彼を残して部屋を出る。
この服の元々の持ち主に見つかるわけにはいかないので、宿の建物を出るときには慎重に辺りを見渡した。
日はすでに傾き遠くの建物の裏側へ落ちて行こうとしていて、あたりは薄暗い。
歓楽街で一人は目立つ。半ば小走りで走り抜け、あかりの灯ったネオンのアーチをくぐって服屋のありそうな通りの方へと急いだ。


細い路地を1つ2つ曲がったところで、ハッと足が止まる。
メインストリートはまだ先だが、その通りと平行に走るここも、昼間と景色が一変していた。
店先や家々の玄関口に飾られていたオレンジ色の花が明るく光っている。
昼間に吸い込んだ白い光を放出しているみたいに、惜しげなく花が光っているのだ。
それらがランタンのように通りを照らし、祭りの衣装を着た島民たちが踊るように手を繋いで通りを歩いている。
マンドリンの震えるような低い弦の響きは昼間の軽快さとは打って変わって、酔っ払いの歌声に負けない強さでジャカジャカとかき鳴らされる。
無秩序なようでいて確かに音楽となったその音が、人々の話し声や笑い声とからまりあいながら、島中に満ちていた。

思わず立ち尽くし、上を見上げ、紺色と鈍い青色が混じる夜の入り口みたいな空を確かめる。
塩気の強い食べ物の香りがあちこちから漂い、乾杯のグラスがぶつかる音もまたあちこちから聞こえた。
目移りするように左右を見渡して、通りを過ぎる人の波にもぐりこむ。
客引きさえも酔っ払ったような赤い顔で、一人歩きの私を呼び込もうとする。それらをかわして道の両端をかわるがわる見ながら歩いていたら、ショーウィンドウ越しにマネキンの姿が見えて、その店に人波を横切って飛び込むように入った。

「いらっしゃい」

店の奥から声がして、目を凝らすとカウンターの内側に店主らしい小さな男が座っていた。
後ろを振り返って、私が立っていた場所にあっという間に人が次から次へと流れてくるのを確かめて言う。

「すごい人ね、なんのお祭り?」
「旅の人か」
「えぇ、昨日ついたの」
「ログは2日で貯まる」

知ってるわ、と答えて店の中を見渡す。
主人は私の質問に答える気は無いらしい。
どうもカジュアルな男性用の洋服が中心に扱われているらしく、ちょうど良かったと私はまずゾロの服を調達する。
Tシャツにズボン、それにつばの部分がデザインで擦り切れたキャップを1つ。

「サングラスとかはないかしら」
「ない」

肩をすくめて、今度は私の服を探す。
男性用とはいえ私の身長からサイズ感は問題ないだろうし、変装するにはそのほうが適している。
黒いTシャツと、細身のパンツ、ベルトを選んで店主の元へと持って行った。
無言で服の値札を確かめる男を前に、そうだと思いつく。

「下着はない?男性用の」

無言で壁の方を指差される。
目を向けると、ワゴンにうざむざと積まれた布切れがある。
選り分けて見てみると男性用の靴下や下着などが一緒くたになっていて、その中から一着黒い下着を選んで「これも」と差し出した。
店主は私の意向を推し量るようにしたからちらりと目を上げて、しかし何も言わずに道具を弾いて「14000ベリー」と告げた。
ゾロの分だけ袋に入れてもらい、私は試着用らしい簡易カーテンで仕切られたスペースで今買った服に着替える。
だぶついたTシャツの裾を追ってパンツに差し込み、店を出ると外の熱気はいや増しているようだった。
急いで宿に帰らないと、と来た道を辿る。

私は浮き足立っていた。
祭りの夜、鮮やかな空、子鹿みたいに飛び跳ねる軽やかな音楽。
ひととき肌を重ねたこと、ゾロの服を選んだこと、今この時もゾロが私を待っているということ。
スキップこそしなかったけれど、歩くたびに片手に下げた袋ががさがさとリズミカルに音を立てるだけで胸が弾んだ。

しあわせですこと、と口に出してみる。
ひとごとみたいに言ってみれば客観視できるんじゃないかと思った。
しあわせという語感がそれだけで私を幸福な気持ちにして、客観視だとかもはやどうでもいい。
安っぽく光るネオンのアーチを一人でくぐるおかしな女に向けられる目も気にならなかった。

だけど、宿に戻って何か言いたげな主人のいる窓口を通り過ぎて部屋へ上がったら中はもぬけの殻で、

「ゾロ?」

とただ名前を呼んだだけの私の声がいやにまぬけに響いた。

風呂場に干していた私の服も、彼の服も、買い物袋も何もかもがなくなっていて、狭い室内は暗闇に沈んで口を開けているみたいに私を待ち受けた。
一瞬、部屋を間違えたのかと思う。
けれどベッドの足元には男女から拝借した洋服の紙袋が横倒しに転がっていて、ゴミ箱には私が捨てた包帯の残骸が残っていた。
風呂場はまだ湿り気が淀んでいて、ベッドはしわくちゃのシーツが丸まっていた。

その部屋で私は二度もゾロの名前を呼んだりはしなかった。
ただ冷静に部屋の中を検分し、残した私物がないかを確認して、また部屋を出た。
一階に戻ると、小窓から投げつけるように「会計は終わってるよ」と告げられる。
返事もせずに宿を出た。

とっぷりと暮れた歓楽街は、祭りの通りとは少し毛色の違う賑やかさで明るく足元が照らされていて、行き過ぎる人はどれも火照った顔をてからせて笑っていた。
「おねーさんおねーさんひとり? うちね、あのね男の人にお酒作る女の人探してて」と執拗に後をつけてくるスーツの男を三本の手で捻り上げて、歓楽街を抜ける。

がらんどうの部屋を見た時、私が一番に思ったのは、やっぱりね、だった。

やっぱりね、うそだった。
朝頬張ったクロワッサンも、足元にまとわりついた猫も、おぶわれたときに触れた冷たいピアスの感触も、二本も空けたワインの瓶も。
一瞬繋いだ手の温度も、足の痛みも、倒れ込んだ生ゴミの悪臭さえ、やっぱりなにひとつ私のものではなかった。
どこか上空で誰かが私を笑って見ていて、いつでも簡単に捕まえてしまえるんだぞと私の人生そのものを掌の上に乗せている。
後ろの襟首から冷たい手を差し込まれて背中を撫でられる、走って逃げる私の後ろ髪を掴もうと手が掠める。
私の後ろ暗さを物語る妄想が次々と思いつき、自分でも笑ってしまう。

本当はわかっている。
このまままっすぐいけば大通りに出て、西に向かえば入り江の影にサニー号が停泊している。
船には何人かの仲間がいて、戻った私に笑って「おかえり」と声をかけてくれる。
ごはんはたべたか、買い物はできたか、街はどうだったか、矢継ぎ早に質問されて、私は席につきながら笑ってひとつ1つの質問に答えるのだ。
でもゾロは、けして私に話しかけたりはしない。
そこにいてもいなくても、私の方を見もせずに、黙って酒瓶を傾ける。
ただ転がり落ちるみたいにまっさかさまだった私の恋というやつだけが、静かに、彼に向けて熱を発し続けている。

どん、と肩に人がぶつかった。
夜目でもはっきり赤とわかる鮮やかなドレスを着た女性が、明るい声で「ごめんなさい!」と笑いかけ、くるりと回ってまた踊るように音楽と人の波に乗って消えていく。
彼女を黙って見送って、私はまた船に向かって歩き出す。
明るい光を放つオレンジ色の花は小さな花びらを人いきれに震わせて、そのたびに町全体の灯りが幻想的に揺らめいた。

また、どんと肩に人がぶつかる。
ごめんなさい、というあの明るい声が耳によみがえるよりも早く、手首を掴まれた。

「おい、テメェどこ行きやがる」

ゾロは息を切らしていた。
右手には半透明のビニール袋を提げていて、中にいろんな布切れが押し込まれている。私の服だった。
左手には大きな紙袋があり、少し覗き込めばクリーニングに出した衣類とカーテンだとわかる。
それらをひとつひとつ確かめてから、顔を上げて彼の顔を見た。

「ゾ」
「ひとりでふらふらすんな、探しきれねーだろうが」
「だってあなた」
「お前が出てってすぐ、通りを海軍が走ってった。お前を付けてくのかと思って」
「それで宿を出たの?」

いや、と彼は短く答える。
今度は彼の背後を通った人がその背にぶつかり、ゾロの身体が少しだけこちらに傾く。
人の流れの多いこの場所でたたずむ私たちは明らかに邪魔だった。
けれどそのまま根が生えたように私たちは立ち止まり、動こうとしない。

「んなことで心配がいるほどのタマじゃねぇだろ」
「じゃあなぜ」
「脚、怪我してたろうが」

私と彼の視線が同時に足元に向く。
もはや痛みも熱さも感じないそこを見下ろして、また顔を上げると彼と目があった。

「だから」
「だから?」

口を開いた彼が何かを言い澱み、また閉じて、目をそらす。
たまらずその首に腕を伸ばして抱き着いた。
うお、と小さな声をあげたものの彼はよろめきをせず私を抱きとめる。
代わりにクリーニングの紙袋が地面に落ちた。

ゾロの服は濡れていた。
濡れていたのに、そのまま着たのだ。
そして慌てて部屋を飛び出し、私の後を追った。
私の服をそのままにせず、きちんと持って出て。
だけれど自力で私を見つけ出せるはずもなく、代わりにクリーニング屋だけは見つけて、律儀に荷物を回収し、また私を探して祭りに浮き立つ夜道をひとりで歩く。

やっぱり、本当だった、なにもかも。
誰も私のことを笑ったりはしない。
だってこんなにも好きなんだもの。
必死で生きてる恋なんだもの。
抱きしめたら抱きしめた分だけ、強い力が返ってくるんだもの。

「ゾロ、私今日とても楽しくて」
「ん、あぁ」

要領の得ない声でゾロが相槌を打つ。
「あなたもそうだったらいいのだけど」と彼の肩に顔を押し付けくぐもった声で言う。
ゾロはぽんとひとつ私の背を叩き、

「そりゃよかったな」

とちいさく答えた。

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カリカチュアの朝1/2/昼1/


※R-18









「迷った?」と訊いてみると、打って響くように「いや」と返される。

「だがここァどこだ」
「それ、迷ったって言うのじゃないかしら」

私たちはまたもや見知らぬ港町の見知らぬ路地にたたずんでいた。
あらぬ方向へ足を向ける彼を止めなかったのは私の意思で、とはいえクリーニングに衣類を預けてくれたのはナミだったので私も店の場所を確かに知っているわけではなく、彼よりは多少目星がつく程度だ。
思惑通りと言ってしまえば角が立つけれど、思惑通り、私たちは必要以上に街を歩き、薄暗く人通りも少ない路地へと迷い込んでいた。
メインストリートの祭囃子はどこか遠くへ伸びて消えてしまった。ここは港町によくある昼間の歓楽街のようだ。
薄いピンクの汚れた壁、石畳の目にびっしりと詰まる煙草の吸殻、明かりの灯らない剥き出しのネオン。
いつから酔いがさめていないのだろうというような酔っ払いの男が私たちをじろじろと無遠慮に眺めながら通り過ぎ、にやにや笑って背後から何か聞き取れない下品な言葉を叫んだ。
ゾロは男には目もくれず、がしがしと頭を掻いて「なんかここらへんにゃ店はなさそうだな」と口をひん曲げた。

「そうね、戻る?」
「あぁ」

歓楽街の入り口には大きなアーチが建っていて、夜になればぺかぺかとネオンで照らされるのだろうけど、少なくともそこが出入り口なのだとわかるようにはなっている。
私たちがくぐって来たアーチへ足を向けると、背後からばたばたと複数の足音が聞こえてきた。

「なんだありゃ」

ゾロが騒ぎの方を振り返り、怪訝そうに眉をすがめる。
私も振り返ると、「追えー!」「待てー!」とまるで寸劇みたいに男たちが手に持つ警棒を振り上げて走ってきた。
先頭にはひとり、必死の形相で追われている男がいる。

「なんだ物騒だな」
「他人事じゃないわゾロ、あれ海軍よ」

こっち、と彼の腕を引っ張って細い路地裏に滑り込む。
とばっちりの火の粉がふりかからないともかぎらなかった。ゾロも私も顔が割れている。
こちらへ向かってくる海軍から見えないところへいかなければ、と咄嗟に入り込んだはいいものの、路地裏は歓楽街の飲食店や宿場のゴミ捨て場と化していて、足を踏み入れた瞬間鋭い悪臭が鼻を突き抜けた。

「う、くっせェ」
「ひどい場所」

買ったばかりのスニーカーと包帯を巻いた足でゴミ袋を踏みしめて奥へと進む。
人ひとりがやっと通れるような壁と壁に挟まれて悪臭は逃げ場がなくもったりとそこに淀んでいた。
壁に手をついて先に進もうとしたら、「待て」と手を引かれた。

「動くな」

振り返ると、ゾロが足元のゴミ袋を二つ、来た道の方へ蹴り上げて積み上げた。

「しゃがめ」

言われたのとほぼ同時にしゃがみこむ。
荒々しいべた足の足音が私たちのいたところまでやってきて、こちらを覗き込んでいる気配があった。
どうやら追われていた男も私たちと同じように路地裏へ逃げ込んだらしい。
私たちの姿は、ゾロが積みあげたゴミ袋が壁になって見えないはずだ。
しゃがみ込んだ足元をネズミが走って行った。
やがて人の気配が遠のき、ゾロが「行ったか」と顔を上げる。

「待って、確認するわ」

目を閉じて表の路地に目を咲かしてみると、未だ歓楽街では泥棒だか海賊だか知らないが、あの男を探しているようだった。
ただしこの路地の近くにはいない。ゾロがゴミ袋を積み上げたおかげで、ここは行き止まりだと判断されたらしい。

「この辺りにはまだいるわね。少し様子を見て飛び出した方がいいかもしれない」
「早く出てェ」

しゃがみ込んだ私たちは膝と膝を突き合わせて向かい合っていた。
悪臭で鼻に皺を寄せたゾロの顔がすぐ間近にあり、ともすると彼の息まで感じられそうだった。
ということは彼にとっても同じ距離だということで、とても近い、とその通りのことを思う。

「まだか」
「もう少し」
「テメェよく平気だな」
「あら平気なわけないじゃない、いやよこんな場所」
「ナミならもっとぎゃーぎゃーうるせぇ」

いやー汚い、やだねずみ! ちょっと私を背負いなさいよこんなところ靴が汚れちゃう! と騒ぐ彼女の姿が容易に目に浮かび、笑ってしまう。
「あの子ほど可愛くなれないの」と言うと、ゾロは「面倒がなくてちょうどいい」とぶっきらぼうに言い捨てた。

「いいのか、足」
「え?」
「包帯、汚れてやがる」
「あぁ、えぇ平気よ。痛みは少ないし、汚れくらい」

不意にゾロが手を伸ばし、私の足首に触れた。
突然のことに驚いて身をすくめると、バランスを崩して後ろに倒れ込みそうになった。
咄嗟にゾロが反対の手を伸ばし、私の背中を受け止める。
足首と背中に彼の手を感じ、その瞬間脈拍が走り出す。海軍から逃げる時以上に息を詰め、やっとのことで「なに」と絞り出した。

「チョッパーが熱持ってるっつってだろ。熱いのかと思って」
「そ、んな好奇心で急に触らないで頂戴……」

ゾロが顔を上げた。至近距離で目が合う。
覗き込むように視線で掬い上げられて、目を逸らすことができない。

「熱いな」

ぎゅ、と軽く足首を握られた。
ほのかな痛みが走り、顔をしかめるより早く唇が触れた。
背中に回った手に力がこもり、引き寄せられる。
薄く目を開けると視界はぼんやりとかすんで、薄暗さの中ゾロの顔すら見えなかった。
重なっていただけの唇がじれったく、薄く唇を開いた。応えるように舌が唇に触れるも、ほんの少し舐めるように動いただけですぐに離れた。
ゾロ、と頼りない声で囁くとゾロは険しい真顔で「静かにしろ」と言った。

「こんなところで呑気にやってる場合じゃねェだろ」
「あなたからしたくせに」
「しょうがねぇだろ」

鼻先が触れ合う。
一体何がしょうがないのか、聞く間もなくゾロが「そろそろいいだろ」と短く言った。

「そうね、行ったみたい」
「畜生、巻き込みやがって悪党が」

よっぽどあなたの方が悪党的な顔をしている、と思ったけれど言わなかった。
ゾロは立ち上がり、足元のゴミ袋を蹴散らしてから私の腕を引いて引き上げた。
ぐんと身体が持ち上がり、勢いよく立ちあがった、
が、踏みしめたはずの地面は有象無象のゴミが転がっていて、それらにひっかかった私の脚はたたらを踏んで立ち上がった勢いのまま真正面からゾロにぶつかった。

「うお」

ゾロが小さくよろめく。彼が後ろに一歩引いた足で踏みとどまってくれるはずだった。普通なら。
しかし後ろには積み上げたゴミ袋があり、ゾロの引いた踵が袋にぶつかったのか大仰にがさっと音が鳴った。

「うお、ちょ、待っ……」

彼が背後に倒れていく。洩れなく私も。
珍しく焦った彼の顔を間近で見ながら、いけない、と思った。
ビニール袋とその中身がぶつかり合い、ばしゃんと大きな音を立てて崩れ落ちた。
その中心にゾロと私が折れ重なって倒れ込む。
比較にならない悪臭が、自分たちから瞬間的に立ち上った。
液状化した生ごみが下から染みだしている。

「く、くっそ……最悪だ」
「ひどいわね」
「ひどいわね、じゃねーだろうが! お前だけおれの上に乗って助かりやがって」

背中が冷たェ、と心底嫌そうな顔で、ゾロは私を乗せたまま上体を起こした。
くせぇ、きたねぇ、ともどかしそうに自分の身体を見渡している。
と、どこかに消えたはずの足音がまた近づいてくる。地面が揺れるように感じた。

「戻って来たわ」
「こんだけ大騒ぎすりゃあ聞こえちまうだろうよ、ったく」

最悪だ、と再び彼はいい、素早く立ち上がると同時に私を左脇に抱え込んだ。

「え」
「落とされんなよ」

ゾロは四つ足の獣のように散乱したゴミ袋を一足とびに跨ぎ越し、一気に路地裏を走り抜けて表へ飛び出した。
急に視界が明るくなり、ぎゅっと目を閉じる。
次に開くと、左右から先程の海軍たちがこちらに走ってくるところだった。
ち、と癖のように舌を打ってゾロは左へ走り出す。
真正面と背後から追ってくる海軍は私たちの正体に気付き始めたようで、ちらほら名前を呼ばれるのが聞こえてきた。

「ゾロ、どこに」
「いいから大人しく担がれてろ」

丸太のように抱えられてうつ伏せになった私の右側で、ひらりと刀の身頃が閃く。
音もなく刀を抜いた彼は、真正面の敵の中をつむじ風のように通り過ぎて、そして斬っていた。
キン、と最後にひとつ鋭い音をたて、刀は何事もなかったかのように彼の右腰に収まった。
彼は止まらず走り続ける。

「ゾロ、キリがないわ、まだ追ってくる」
「んじゃあどこいきゃいいんだ。全員のしちまうか」
「それでもいいけど」

少し考えて、私たちのすぐ背後に大量の腕を咲かせて壁を作った。
どよめきが一瞬聞こえるも、すぐにその壁に遮られて小さくなる。

「そこに入って」

そばにあった建物を咄嗟に指差す。
ゾロは迷わず駆けこんだ。
壁とはいえ私の腕であることに変わりはないので、撃たれたり斬られたりしてはたまらない、とすぐに散らした。
宿場は開いたばかりのようで、けだるそうに開店の準備をしていた宿の主人が飛びこんできた汚い二人組を見てぎょっと目を瞠った。

「部屋あいてるか」
「あ、あぁ、どの部屋が」
「どこでもいい、早く鍵よこせ!」

ゾロの気迫に押されて主人が慌てて小部屋に引っ込み、受付の窓から鍵をこちらに投げてよこした。
受け取ったゾロが大股で奥の廊下を進み、階段を駆けあがる。

「ゾロ、部屋番号は」
「301」
「3階ね、右よ」

案内表示の通り指示を出す。
階段の一番近くにその部屋はあり、ゾロは私を抱えたまま飛び込んですぐさま後ろ手に鍵を閉めた。
激しい呼吸に、担がれる私もろとも揺れる。

「下ろして、ゾロ」

思い出したように彼は私を離した。
床に降り立ち、すぐさま小さな窓のカーテンを閉める。隙間から外の様子を見下ろすと、未だあの制服の何人かが通りを走っていた。

「しばらくは隠れられるだろ」

未だ整わない息のまま、ゾロが腰に手をあてて言う。

「そうね。ここの主人がお金でも積まれて口を割らなければ」
「あぁ、じゃあ口封じでもしてくるか」

ちょっと待ってろ、と言いゾロは部屋を出ていった。
こちらに向けた背中はぐっしょりと耐えがたい生ごみの汚れで濡れていて、申し訳ない気持ちになる。
大丈夫かしら、と思うも、意外と早くゾロは戻ってきてすぐにまた鍵を閉めた。

「大丈夫?」
「あぁ」

具体的に何をどうしたのかわからないが、訊くのもためらわれて結局何も言わなかった。
思い出したように悪臭が部屋に立ち込めてくる。
はー、と長い息をついて、彼も不快そうに自分のにおいを嗅いでいた。

「とりあえず風呂入りてェ」
「そうね、服も洗った方がいいわ」
「着替えがねぇな」
「外が落ち着いたら私が買ってくるわ」

多少変装して出る必要があるだろう。大通りの方へ戻ってしまえば、今日は特に祭りの様なので人ごみに紛れてしまえるだろう。
ゾロはその場で上に消えていたシャツをもぎ取るように脱ぎ、「風呂場はここか」とそれらしき扉を開けた。

「湯が張ってある」
「え」

彼の背後から覗き込むように風呂場を見ると、脱衣所の向こうでなんと浴槽が暖かく湯気を立てている。
浴槽があることにも驚いたが、空いたばかりの宿屋で既に湯が張られているというのはよくわからない。

「不思議。なぜ?」
「そういう店だからじゃねェのか」
「──成程」

ようするにここは娼婦たちの仕事場なのだ。てっとり早く客を洗ってことに運べるように、全室温かい湯が初めから張ってあるのかもしれない。

「知らなかった。面白いわね」
「どっちにしろありがてェ」

ゾロが浴室の床に脱いだシャツを放り投げたので、私は部屋に戻った。
換気扇を回して、少しでも悪臭を外に掻きだす。
靴を脱ぎ、床に直接座り込んだ。汚れた包帯をとってごみ箱に捨てた。
チョッパーが巻いてくれたテーピングは外してしまうと自分では元に戻せないので、そのままにしておく。
キャミソールを引き上げて鼻に近付ける。彼ほどではないけれどやっぱり少し匂いは移っている。
パンツの裾には生ごみが飛び跳ねただろうし、洗わなければならない。
ぐるりと部屋を見渡した。
薄いベージュの安っぽい壁紙。天井近くはひび割れて、お粗末にも飾ってある絵画は傾いていた。
ベッドは部屋の真ん中にどんと一つあるだけで、それ以外の家具はなにもない。ローテーブルの一つすらなく、ただ狭い通路がベッドの足元にあるだけだ。
勿論椅子もないので汚れた身体ではこうして床に座るしかなく、床は硬くて冷たかった。

「おい」

突然ひょこりと脱衣所からゾロが顔を出す。
そちらに目を遣ると、「入るか」と真顔で訊かれる。

「えぇ。早いわね」
「おれぁまだだ。先にシャツ洗った」
「そうなの。じゃあ先入って頂戴。後でいいわ」

ゾロは少し考えるようにどこかに視線をやると、また私の目をまっすぐに見た。

「言っとくけどな、おめーも結構におうぞ」
「まぁ」

わざとらしく目を丸めてみせると、ゾロは顎でしゃくって風呂場を示す。

「来い、さっさと洗っちまえ」

えぇ、と戸惑いながら立ち上がる。
風呂場へ行くと、ゾロは浴室の真ん中で洗ったシャツをぎゅっと絞っていた。
ぼたぼたと激しい水音が響く。

「そのズボンも洗わなきゃ」
「今から洗う」
「なら私は後でいいと」

ん、と唐突にゾロが手招く。
珍しい仕草に少し驚きながら、ついふらりと近寄ったらぐいと腰を引き寄せられた。

「こんなおあつらえ向きの場所でひとりで入れってか」

首筋に唇をつけて囁かれる。
う、と呻きそうになりながら彼の肩にしがみついた。

「そんな、場合じゃないでしょう」
「硬ェこと言うな。おら」

キャミソールをめくりあげられ、あっというまに剥かれてしまった。
「ちょっと」と声をあげるも同時に下着を外され、取り去られた。

「ゾロ、待って」
「うるせぇな」
「先にシャワー浴びて頂戴。あなたこそ、すごくにおうんだもの」

顔を上げたゾロはむっと顔をしかめて、なにか言い募ろうと口を開いたが事実その通りだと思ったのか、「仕方ねェな」と納得しない顔で呟いた。
ゾロは私の腰を抱いたまま浴室に入った。
そしてシャワーコックを掴むので、えっと私は声をあげる。

「待ってゾロ私まだ」
「どうせ洗うんだろ」

頭上から、ざっと水が降る。
その冷たさに首をすくめたが、徐々に水は熱いお湯へと変わって行く。その温度変化に鳥肌が立った。
濡れた髪が頬に、肩に、首筋に張り付く。
顔を流れる水が目に入り、ぎゅっと目を瞑る。
そして開くと少し下方でゾロが顔を撫で上げたところだった。
不意に後頭部に手が回り、引き寄せられて唇が重なる。
私たちの頭上からひっきりなしに降り注ぐお湯が口の中に入り、それすら飲み込むみたいにぬるりと触れた。

「ん」

責めたてるみたいに追い込んでくる舌から、逃げるつもりもないのに上体が後ろに沿っていく。
その度に私の後頭部を支える手に力が加わり、頭を引き戻される。
反対の手がパンツの後ろから無理やり侵入して来て、丸みに沿って指が動く。
目を開けるとすかさず水が目に入り、水彩画に水をぶちまけたみたいな歪んだ景色しか見えない。
浴室に立ち込める蒸気が身体を熱して、頭の中までその蒸気で蒸されてしまったみたいにぼんやりとする。
肩に置いていた手を滑らせてこちらからも彼の腰を引き寄せると、張りつめた筋肉に力が加わったのがわかってどきりとした。
唐突に彼が湯を止めた。ぎゅ、とコックを回した音がやけに大きく響く。
それを合図に唇が離れ、なぜかほっとした。
厚くて硬い親指が私の頬を辿り唇を拭うように撫で、首筋を通り過ぎて肩を掴む。
すぐそこに彼の耳が見えて、ふと思いつきで咥えた。

「おい」
「ふふ」

耳のくぼみに舌をあてがう。
思いのほか彼の反応がなくて、つまらないと思ったのも束の間、ざっとパンツを下着ごと下ろされた。

「や、ちょっ」
「濡れてっと気持ち悪ィだろ」
「脱ぐ間もなく濡らしたのはあなたじゃな、あ」

鷲掴むように臀部を持ち上げられる。鎖骨から胸の中心に向かって舌が這う。
よろめいてたたらを踏むと、足元の水がパシャンと跳ねて室内に響いた。
でもそれよりも、私たちの息の方がずっと強く響いている。
背後に回った手が臀部の丸みに沿って動き、後ろから熱い場所に触れた。
なんのひっかかりもなく、指が一本ぬるっと入り込む。

「ああ、いや」
「準備万端じゃねェか」

掻きだすように出し入れされると膝が震えた。
しがみつく指すら痺れるみたいにじんじんして、「ゾロ、だめ、やめて」と懇願する。
下から胸を持ち上げられて、指で先端を弾かれる。そのたびに「だめ、やめて」と繰り返した。
答えは返ってこず、代わりに最初のものより数倍優しく唇が重なった。
無言で水音だけのキスが続く。
脚を辿って水ではないとろみを帯びた粘膜が落ちていく。私の鼓動に従って、どくどくと流れていくようだった。

「はぁ、脚が、疲れたわ」
「ばか言え、しっかり立ってろ」

片手で彼がハーフパンツを下へ落とした。手を伸ばすと硬いものに触れた。そのまま辿るように動かすが、すぐに手首を掴まれる。

「いい、しなくて」
「でも」

いいから、というように手を払われて、代わりにすぐ脚の間にあてがわれる。
そのまま押されるように壁際に詰め寄られ、冷たいタイルに背中が触れた。
熱した身体が一瞬で冷やされて、でも今度は応戦するように触れたタイルが熱くなっていくのがわかる。
おもむろにぐいと左足を持ち上げられた。

「や、ゾ」

なぞるように出入り口をこすられる。それも一瞬で、あっという間に飲みこまれるみたいに入ってきた。
一気に、頭のてっぺんまで脊髄を伝って電気が走る。
はっと浅い呼吸が漏れ、つかみどころのないタイルに手を這わせるとぺたんと頼りない音が鳴った。
奥の方まで一度で入ってきて、ゾロは私の肩に額を預けて深く息をついた。
動いてもいないのに、あぁと声が漏れる。
突然、ずっと引き抜かれた。

「あっ」
「はー、くそ」

ゾロは私の肩にこめかみの辺りをあて、力を抜いて寄りかかる。
思うままに彼の髪に触れると、短い毛から細かい水が跳ねた。

「ゾロ?」
「なんでもねェ」

頭を上げたゾロは、もう一度私の足を持ち上げて、今度こそ最奥まで一気に突き上げた。

「あぁっ」

く、と歯を噛み締める声が顔のすぐそばで聞こえる。
引き抜かれて次に突き上げられるたび、どんどん奥に当たる気がする。
そのたびに洩れる声が低い天井に当たり、反響して私たちの上に降ってきた。
彼の肩にしがみつき、遠慮なく響く声をふるえる手で押しとどめるように口元に当てた。
気付いたゾロが空いている方の手で私の腕を強く押さえ、呆気なく口元から離れてしまう。

「や、あぁ」
「は、口元、押さえんな」

遮るものなく飛び出した声を、ゾロは愉しむみたいに見えた。
彼の息遣いに耳を澄ますも、そんな余裕はとうになく、あっという間に何もかも訳が分からなくなる。
何をしにここに来たのか、どうして二人でこんなことをしているのか、そのすべてが他愛もない些事に思われて、一瞬ですべて真っ白に塗りつぶされた。
ただここにゾロがいて、私に触れて、そのせいで眉間にしわを寄せ、荒い息を吐いている。
ぐっと胸が押しつぶされて、光みたいな火花みたいな細かい粒が頭の奥の方で弾けた。


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