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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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想えばそれに見合った想いが返ってくると考えるのは、傲慢だ。
その考えが通じるのなら人はいくらでも相手に尽くすだろうし、そのあとにやってくる見返りをにこにこしながら待つに違いない。
 
それが真理でないからこそ、誰もが相手とのつながりを求めて試行錯誤して、少しずつ心の距離を測りながら自分と相手の想いを重ねていくプロセスを経る。
そうやって、自分とマルコもやって来たのだと、思っていた。
 
 
「ありえない、ありえない、ありえない」
 
 
アンはいつの間にか立ち上がっていた。
右手には、先ほどまで抱きしめていた四角いクッションの角を握っている。
無残にもクッションカバーにはアンが握りしめた皺がくっきりとついてしまうにちがいない。
しかし今のアンに、クッションの皺になど考えをおよばせる余裕はなかった。
クッションを握る手にも、踏ん張って立ち上がる脚にも力を込め、さらには目の前の男を見つめる視線にもこれ以上ない程力を込める。
ありえない、ともう一度呟いた。
 
マルコは、アンがなぜ突然目の色を変えて「ありえない」と連呼しているのか、いまいち理解していない顔をしていた。
その証拠に、マルコのほうは変わらずゆったりとデスクの前の回転いすに腰を落ち着けたまま、首だけでアンを振り返っている。
「なんで」とアンは声を絞り出した。
 
 
「言ったじゃん。明日は一日家にいるって、言ったじゃん」
「悪かったよい、だから日はまたずらせば」
「もう全部用意してあるんだもん!!」
 
 
アンはここで初めて声を荒げた。
ようやくマルコが身体全体で振り返る。
といっても回転いすをくるりとアンの方へと回しただけだ。
立ち上がって両手両足そして瞳にまで力を込めるアンと、その労力の程度はまったくちがう。
それさえも、アンが大事にしたものをマルコが軽んじて、あまつ蹴飛ばしたかのように感じた。
 
 
「なんでわざわざ明日行くの!?こ、こっちは一週間も前から」
「急に都合がついちまったんだよい、わかるだろい」
 
 
わかる。
マルコの仕事は突然舞い込んで、厳しいタイムリミットを要求する。
だけど今はわかりたくなかった。
それを理解してしまえば、もう二度とアンの望みは通らない気がした。
これからもその『仕事』がいつまでもアンとマルコの間を隔て続ける気がした。
アンはさらに、これ以上ないほど強く右手の拳を握りしめる。
 
 
「と、泊まりだとか、そんな」
 
 
言葉は続かなかった。
口を開くとそこから刺激が入り込み、瞼の奥の熱い部分に触れて涙が滲みそうだった。
マルコは困ったように頭をかきながら、もう一度「悪かったよい」と言った。
 
困らせているのはわかっていた。
だけど今いちばん困っているのはアンの方だ。
困るくらいなら初めからしないでよ、と言いたくなる。
 
そもそも、マルコの態度が気に入らなかった。
夕食後、ソファの定位置に収まりながら明日の朝ごはんから夜ごはんまで、一年のうちで一番素晴らしい食事にする算段をつけていたアンに、マルコは顔さえ向けることなく、明日から一晩家を空ける、と言い放ったのだ。
それはいうなれば出張で、マルコの職業柄取材旅行ともいい、数か月に1,2回ある程度の特に稀というわけでもないことだった。
それがどうして、どういう理由で、何の意図が働いて、明日だというの?
 
明日は朝から夜まで、マルコが好きなものしか作らない。
サッチにレシピはもらった。
こっそり練習もした。
冷蔵庫にはすでにその材料が全てつまっている。
乾杯のお酒は、夕食前の散歩にマルコと一緒に買いに行って選ぶつもりだった。
そのすべてが、マルコが顔も向けずに言った一言で白紙になったのだ。
 
マルコは座ったまま、立ち上がるアンの顔を見上げて、まるで諭すような目を向ける。
 
 
「こっちが無理言って通した企画だったからよい、これ以上融通が利かねェ。お前ェのならともかく、オレの誕生日ってだけなんだからよい。我慢してくれ」
「だっ……」
 
 
だけってなんだ、と食ってかかるよりも早く、手が動いていた。
握っていたクッションを、振りかぶって投げつける。
一瞬マルコの見開いた目が見えた。
顔面にぶち当たる。
 
 
「アンタが『だけ』っていうその日を楽しみにしてたあたしはなんだって言うの!?バカマルコ!!もう帰ってくんな!!」
 
 
クッションがずり落ちたその顔にめちゃくちゃに言葉を投げつけて、アンは駆け出した。
ここにはいたくない、こんなバカヤロウとはいたくない、とアンは震える手で玄関の鍵を開け、外へ飛び出す。
『帰ってくんな』と言った自分が家を出ていくことに、頭の片隅のどこか冷静な部分が疑問を感じていた。
 
 
 

 
夜はもうそろそろ深みを増してくる時間帯だった。
女の一人歩きは避けるべきだと一般には言われるような時間帯。
夜の10時を過ぎている。
家を飛び出したアンの脚は真っ先にある場所へと向かったが、今アンはとぼとぼと街中を歩いている。彷徨っているという方が近い。
繁華街と言うにはいくぶん活気がないけれど、比較的まだ開いている店がぽつぽつとあるような、どちらかと言うと商店街のような通り。
どこか店へ入れれば良かったが、体一つで飛び出したアンに手持ちはなく、行き場もなかった。
ジャージのズボンにマルコの古い長そでを着たアンの姿はどうも所帯じみていて、しょうもない男に引っかけられるような心配は必要なさそうだったが少し寒かった。
 
マルコはきっと今頃隣のアパートの一室の前で、アンを出せと怒鳴っているに違いない。
いつでもアンにシェルターを与えてくれる、左目に傷のある男のところだ。
アンがいないと聞いて、マルコは信じるだろうか。
サッチがアンを庇っていると疑われて盛大な怒りの矛先を向けられているのだとしたら、それは少し申し訳ないと思った。
だがそのすべてを承知したうえで、アンは一度向かいかけたその場所に行くのをやめたのだ。
なぜならアンがすぐにサッチのもとへ行こうとしたように、マルコもすぐにサッチのもとへと行くだろうから。
 
いつものように、アンが機嫌を損ねて家を出て、マルコが迎えに来て、という過程は今のアンに要らなかった。
追いかけてほしいと心の片隅で思いながら家を出るようなあざとさは、今のアンには微塵もなかった。
冷たい夜風に頭のてっぺんからつま先までなぶられる今も、アンの中心はぐつぐつと煮えていた。
このまま一晩アンが家に帰らなかったら、マルコはどうするだろう。
 
夜通し探すだろうか。
呆れて家に戻るだろうか。
それともサッチに限らずアンの数少ない知人のもとを訪ねて回るだろうか。
 
どうでもいい、と思った。
アンは帰らないのだから。
少なくとも今はまだ、マルコの顔を見る気にはならなかった。
マルコの所業に腹を立て、それに涙をにじませかけたのは確かだったが、マルコのために涙を流すことさえ腹立たしかった。
これは前代未聞の大喧嘩だ、とアンは歴史的瞬間に立ち会ったかのような貴重な気分を味わう。
 
それはさておき、とアンは足を止めた。
ぶらぶら歩いて、通りの端に来てはUターンし、また端に来てはUターンを繰り返すのはいくらか疲れてきた。
通りに並ぶ店の人間にもおかしく思われる。
あーあ、とアンは声に出してみた。
歩道に古いベンチがあったのでそこに腰を下ろす。
おしりに触れたベンチの冷たさが背中を這い登って、背筋が伸びた。
 
こんなところに座っていたんじゃ、いずれ誰かがアンを見つけてしまうだろう。
間違い探しの答えの一つになったような気分だった。
あたしがここにいるのは自然なことだよ、何も間違ってなんかないんだよ、だから見つけないでねと言い聞かせたくなる。
ああ寒い、とアンは自分の身体を抱きしめた。
 
そのときぶぅんとエンジンの音が聞こえて、アンは身を固くした。
エンジン音の発信源である車の黒い影を目の端に捉えて、アンの腰は浮かびかけた。
逃げるためだ。
しかしその車がマルコのものでも、サッチのものでもないことに気付いてまた座り直した。
ただの通りすがりだ。
そう思ったのに、その車はアンが座るベンチの目の前でぴたりと停車した。
ただでさえ暗い夜道、車の中がよく見えない。
少なくとも運転席に見える男は、アンが覚えのある顔ではないようだった。
怪訝な顔で中を覗こうとするアンの目の前で、上品な起動音と共に車のウィンドウがスライドし、車の中がよく見えた。
そこにいた人物が誰かに気付いて、アンは叫ぶように「あっ」と口にしていた。
 
 
 

 
温かいコーンスープは、ミルクとコーンの配分が素晴らしくちょうどよかった。
バジルが散っているあたり、アンがめんどくさくてよく省く手間をかけてくれているのがわかる。
腹は減っているかと訊かれて、思わずうなずいてしまったのでクロワッサンまでついてきた。
夜遅くまであまり物を食うもんじゃない、とよくいなされるアンにとってそれは多少の背徳感がありつつも爽快な行為だった。
なにはともあれおいしい、とアンはクロワッサンにかじりつく。
こんな夜遅くなのに、焼きたてのようにおいしいのはなんでだろう。
 
ぱくぱくと平らげるアンの背中に、ふわりと温かいものが掛けられた。
振り返ると、大人しい服装の背の高い女性がにこりと笑っていた。
アンの肩に掛けられたのは大きめのカーディガンのようだった。
ありがとう、と口にすると女性は小さく頭を下げて立ち去る。
お手伝いさん、メイドさん、使用人、そんな言葉が当てはまる人を初めて見た。
 
アンが一通り出されたスープとパンを食べ終わって一息ついたとき、ボーンと深い音色が広い部屋に響いた。
あと一時間で日付が変わる。
アンは目の前の、アンを拾ってくれた男に視線を向けた。
 
 
「ごちそうさま……すごく、おいしかった」
「今お前ェの寝床を用意させてる。それまでそこでゆっくりしてな」
 
 
男は大きな体をゆすって笑うが、アンは申し訳なさに身を縮める。
オヤジ、と小さく呼びかけた。
 
 
「ほんとに、いいの?泊まっても……」
「アホンダラァ、いらねェ気なんて使うんじゃねェ、お前には似合わねェよ。第一ただでさえ無駄な部屋ばっか持て余してんだ、たまには使ってやらねぇとな」
 
 
それでも、とアンはごにょごにょ言葉尻を濁しながら言い募る。
オヤジ──マルコやサッチがそう呼ぶのでアンもそう呼んでいる──はフフンと鼻を鳴らした。
 
 
「たまにはそうやってマルコのバカに制裁してやらねぇとな。アイツはいまいち大事なところが抜けてる節がある」
 
 
そう思わねぇか、とオヤジがアンに同意を求めたので、アンはおずおずと頷いた。
オヤジは機嫌よさげに「だろう」と頷き返す。
アンを拾ってくれた車の中で、事の顛末は全て話してあった。
話を聞いてオヤジは、たった一言「じゃあ今夜はうちに泊まってきな」と即決でアンを自宅に招いてくれた。
初めて赴くオヤジの自宅は、アンが想像した豪邸、お屋敷、大邸宅のどれでもなかった。
ただ敷地だけが、どこまでも続いている。
大手出版社の代表取締役の家は予想とは違ったが、それでもアンは息を呑んだ。
大きな門構えはオヤジの姿そのもののようだった。
古風な作りの屋敷は豪華さではなく風格を醸し出していて、中にあるすべての調度品はアンが考えにも及ばない破格の品ばかりだろうが、下品なけばけばしさは一切なく、あるべき場所に収まっているような気品を感じる。
広いのに掃除の行き届いた屋内には使用人が数人いると言っていたが、その数人でこの広い屋敷内をどうしてこうもきれいに保てるのか不思議でならなかった。
アンとマルコが住まうあの小さな部屋でさえ、たまに掃除の手が及ばない場所があるというのに。
 
風呂は入ったか、と訊かれてアンは黙って頷く。
すると、すっと大きな手が差し出された。
その手に乗るにはいくぶん小さすぎるように見える携帯電話。それをオヤジは差し出していた。
 
 
「今日は帰らねェってのくらい言っておきな。心労で殺すつもりならともかく、連絡は入れておくほうがいい」
 
 
アンはオヤジの顔を見上げて、その手の上の携帯に視線を落とす。
本当は今、マルコの声を聞く気には到底なれなかった。
それくらい、アンの怒りは深いのだ。
それでもオヤジがそう言うのなら、そうするべきだとは思う。
オヤジはアンの考えを読み取ったかのように、「嫌んなったらオレが変わってやる」と心強いセリフをはいた。
アンはおずおずと電話を受け取る。
画面はすでに、マルコの宛先をディスプレイの上に浮かべていた。
 
電話は、アンが通話ボタンを押して携帯を耳にあてた瞬間、コール音を一つも鳴らすことなくつながった。
 
 
「オヤジ!あぁ悪ィ、ちょっとアンが……いや、オヤジ、アンをどこかで見てねェかよい」
 
 
ちょっといろいろあってよい、というような言葉がぼそぼそと最後のほうに聞こえた。
電話口から突然流れてきたマルコの声を一通り聞いて、アンは言葉を継がずにじっと電話を握りしめる。
アンの前では、オヤジはその巨体に似合わず静かな様相でアンを見ていた。
電話の向こう側が、こちらの異変に気付く。
 
 
「オヤジ? ……悪ィ、なんか用だったかよい」
「今日は帰らないから」
 
 
向こうが息を呑む様子が伝わった。
 
 
「……アン? お前まさかオヤジのところに」
「今日はオヤジに泊めてもらう。帰らない」
「バカ言ってんじゃねェよい。へそ曲げてねぇで早く帰ってこい。今から迎えに」
「こなくていい!!」
 
 
アンが声を荒げると、また受話器の向こうのマルコが微かに息を呑む雰囲気が伝わったが、すぐにマルコのほうの怒りのボルテージも上がったのを感じた。
 
 
「予定が急に入ったのは悪かったって言っただろい。お前がいろいろ準備してくれてたのはわかってるよい。でもこればっかりはオレもどうしようもねェんだよい」
「そんなのわかってる」
 
 
聞きたいのはそんな事じゃない。
語尾に多少の険を含んだマルコの声は、アンに怒りよりずっと深い悲しみを与えた。
 
 
「仕事が入るのが仕方ないのはわかってる。忙しいのも知ってる。なんでわざわざ明日にって思ったけど、それがどうしようもないのもわかってるもん」
 
 
アンの言葉尻は、情けなくも震えていた。
マルコは黙って聞いている。
オヤジも黙って静観している。
 
 
「なんでいっつも一方的なの? 予定が埋まっちゃった、どうしようか、ってなんで聞いてくれないの? 明日ムリになったからって勝手に言って、簡単に日をずらせばいいだろって、なんで勝手に決めちゃうの? ちょっとはあたしにも相談してよ!!」
 
 
最後は悲鳴のように、受話器の向こうにぶつけた。
気付けば両手で携帯を握りこんでいる。
 
 
「あたしが馬鹿だから? なんにもわからないと思ってんの?」
「ちが」
「謝って丸め込んでちょどいい解決方法出しとけばそれでいいって、思ってんの?」
「……アン」
「マルコはいっつもそうだ。あたしになんにも話してくれない。勝手に自分の誕生日なんてどうでもいいみたいなこと言って、あた、あたしは」
 
 
ぽろぽろっと珠がこぼれるように涙が頬を転がった瞬間、両手で握った携帯電話がいともたやすく取り上げられた。
 
 
「おうマルコ。心配しねェでも、アンはうちで一晩預かってる。ちったぁ頭冷やしなアホンダラァ」
 
 
両者な、と付け加えたオヤジがちらりとアンを見下ろす。
アンは俯いて、顔を隠すように腕でごしごしと顔をこすった。
オヤジはそのまましばらくマルコと話をして、電話を切った。
ぽんとアンの背中を叩いて、今日はもう寝やがれと言う。
ごめんね、とありがとう、のないまぜになったような言葉をぐじゅぐじゅと零すと、ぐしゃぐしゃに頭を撫でながら「言う相手が違う」とオヤジは少し笑った。
アンは案内係の使用人に連れられて、とぼとぼと寝室へと歩いたのだった。
 
 
 

 
 
翌日、オヤジはアンを家の前まで送ってくれた。
朝はアンが自然に目を覚ますまでけして邪魔をせず、アンが上体を起こして差し込む朝日に目を細める瞬間を見計らったかのように、使用人が扉をノックした。
身体のことを一番に考えたような健康的な朝ご飯を、アンはオヤジと一緒に食べた。
部屋に運んでくれるというのを、オヤジと一緒に食べたいと申し出たのだ。
健康的なと言っても、その朝ご飯はアンが今まで食べたそれの中で一番おいしかった。
 
車を降りてもう何度目かになるありがとうを口にするアンを、白ひげは追い払うように手を振って押しとどめた。
わかってるな、と言うように金色の目がアンを捉える。
アンは黙って頷いて、少し笑って手を振った。
オヤジを乗せた車は、なめらかに動き出してアンの住まいの前から去っていった。
 
アンはマンションの階段手前にある鍵付の郵便受けを真っ先に覗き込んだ。
思った通り、鍵が入っていた。
それを取り出して階段を上る。
 
「今が最悪の状態だと思うなら、これ以上悪いことは起きねェよ」とオヤジは言ったが、アンは自分の乏しい想像力を思って、ため息をついた。
だって今が最悪だと思うのは、これ以上の最悪をアンが思いつかないだけかもしれない。
 
自宅の扉に手をかけたが、やはり鍵はかかっていた。
アンは郵便受けから取り出した鍵を使った。
 
家の中はいつも通りの朝だった。
まるで普通に、少し出かけたアンを出迎えてくれる部屋の景色と何ら変わりはなかった。
リビングのデスク前にマルコがいて、振り返って「おかえり」とそっけなく言ってくれてもいいはずの朝だった。
それでも家の中はがらんと静かだった。
空洞ばかりが目立つ箱庭のように、がらんどうのそこにアンは踏み入った。
マルコは予定通り、出張へと出てしまったのだ。
あまりに予想通りで、何の感慨も浮かばなかった。
 
 
とりあえず着替えて、洗濯を回した。
マルコが寝て起きた気配の残る布団を干した。
床に掃除機をかけた。
冷蔵庫を開けて、げんなりした。
パンパンに詰まっている。
アンはその中身を取り出して、今日中に食べなきゃいけないものと日持ちするものを分けた。
日持ちがするものは買ったままの姿から保存用に切り替えて包装しなおす。
大きさが邪魔なものは細かく切って、タッパに詰め直す。
そして、日持ちのしない生ものたちを片っ端から調理していった。
完全に料理を作り上げるのではなく、これらも少なくとも明日まで保存できる状態にするためだ。
せっかくマルコのために買ってきたものなのだからマルコに食べてもらいたい。
そう思ってなんとしても明日まで持たせる工夫を施している自分に嫌気がさして、少しいとしくも思った。
 
包丁を握る手の甲に、ぽつぽつ雨が降る。
土砂降りではないけれど、しっかりと濡れてしまう大粒の雨がとめどなく手元を濡らす。
滲む視界の向こう側で、アンは調理をし続けた。
 
一年で一番すてきな日になるはずだった。
この一年を一緒に過ごせてよかったねと確かめ合えるはずだった。
それなのに、アンもマルコも今ひとりで、アンの方はこうして泣いていることがまるで現実味のない話だった。
一日前の自分に今の現状を話しても、けして信じないだろう。
 
どうしてこうなってしまったんだろうと、考えても仕方のないことがぐるぐると頭を巡る。
マルコにぶつけた言葉の数々を思い出して、そのたびに心が切り刻まれた。
直接これらの言葉を浴びたマルコがそれ以上に傷ついているのは明らかだった。
それを行った張本人の自分が傷つく資格はないと思った。
 
──ほんとうにマルコが帰ってこなかったらどうしよう。
 
 
 
 
ガチャガチャ、と騒々しく玄関の鍵が音を立てて、アンはハッと顔を上げた。
玄関で音を立てた人影が、すたすたとリビングに歩み寄り、そこと廊下を繋ぐ扉を開ける。
アンはその人物を、ぽかんと口を開けて見上げていた。
マルコは、アンの姿を見てあからさまに安堵の表情を見せた。
 
 
「な、ん……出張は……」
「あぁ、行くよい」
 
 
すぐさま帰ってきた返事の意味が分からず、アンは変わらずぽかんとマルコを見つめた。
だって、もう行ったんじゃなかったの?
マルコは数歩でアンの元まで歩み寄ると、アンが握ったままだった包丁をやんわりと抑えるように取り上げた。
 
 
「メシ、作ってたのかよい」
「ち……がう……」
 
 
どれもこれも、マルコが明日食べるための準備だ。
パック詰めされたそれらの品々を一瞥して、マルコはそれに気付いたようだった。
それならちょうどいい、とわけのわからないことを言う。
筋張った指が乱暴にアンの頬を拭った。
その顔は、まるでひっぱたかれたかのように痛々しく引き攣っていた。
 
 
「泣くな」
 
 
短いその言葉とともに、身体全体がきつく締め上げられる。
 
 
「ごめんな」
 
 
昨日何度も聞いたありふれたその言葉に、アンの涙は堰を切った。
マルコの肩にあてた額をぐりぐりと動かして激しく首を振る。
 
ちがうの。あんなふうに怒りたかったわけじゃないの。
ただかなしかっただけ。
なんでもすぐにマルコが決めちゃうのが、つまらなかっただけ。
ほんとうは、今日の朝いちばんにお祝いして、いってらっしゃいって言うのでよかったのに。
 
そんなようなことを、涙でむせては喉を詰まらせながらアンは口にした。
マルコの腕の力が一層強くなった。
それにこたえるように、アンも腕を回す。
しばらくアンが鳴らす鼻声だけが響く部屋の中で、抱き合ったままだった。
少しして、マルコが口を開いた。
 
 
「あっちの社に、行ってきたんだよい」
 
 
あっち、とマルコが首を動かした方向を確認して、それがオヤジの会社ではなくこの家の近くにある、マルコがよく仕事を受けるもう一つの会社であることに気付いた。
はかなげなほど美しい外見に相反して、つよい女性が担当として君臨する出版社だ。
マルコが出張を申し出られたのもここの会社からだった。
マルコはズボンの後ろポケットに手を伸ばすと、おもむろに一枚の封筒を取り出した。
アンは目の前に現れたそれと、マルコの顔を見比べる。
マルコは片手にアンを抱いたまま、それをひらひらと動かした。
 
 
「今日行く予定だったところの、宿。二人分ぶんどってきた」
 
 
全部向こうの社が仕切って決めてくれた取材だったから、こっちで勝手に変更できなかったから直接掛け合いに行っていたのだ、とマルコは思い出しめんどくさい、というように顔をしかめて話す。
アンはまだわけがわからない。
 
 
「……どういうこと?」
「お前ェも行くんだよい。出張。一緒に。今日も明日も休みだろい」
「でも……仕事……」
「こうなったら仕事はついでだ。旅行のついでに事が済んで一石二鳥だと思っとくよい」
 
 
そう言って、マルコはキッチン台に並ぶ数々の品に目を走らせた。
 
 
「こいつらはちゃんと、明日帰ってきたら食うよい。明日まで誕生日が続くと思って、帰ってから作ってくれねぇかい」
 
 
アンは至近距離にあるその顔を、ぽかんと見上げつづけた。
なんと言っていいのかわからない。言葉が見つからなかった。
マルコのほうも言葉を探すようにアンから視線を外して、あーと不明瞭な声を発する。
 
 
「お前が勝手だっつって腹立てんのはよくわかるけどよい、もう四十路男の性格なんてそうそう治んねぇんだよい。結局これもオレが勝手に考えて、解決した気になってるだけだ。それがいやだっつーなら、オレはもうどうしようもねェ。我慢させることくれェしか思いつかん」
 
 
マルコにしては長いセリフを、言葉を手探りしながら、言った。
だから、と続く。
 
 
「怒ってもいい。なじって、昨日みてェに怒鳴り散らせばいい。ただ、ひとりで泣くのはやめろ。怒るのは聞いてやれるけどひとりで泣かれたらどうにもできねェ」
 
 
間近でそう言われて、アンは気圧されるように頷いた。
すっかり涙はもう引いている。
今はもう驚きの方が強い。
よし、とマルコは頷いて腕をほどいた。
 
 
「じゃあ出かける準備しろよい。一晩だから、簡単に荷物つめればいい」
 
 
すっかり通常モードに戻ったマルコは、さっさとリビングのほうへと向かって自身の荷物をまとめ始めた。
しばらくその丸くなった背中を呆然と見ていたアンは、おずおずと自分の支度をしなければと動き出す。
まるで昨日のひと悶着はなんだったのかと言うように、淡々と荷物を詰めた。
 
 
窓の鍵よし、エアコンよし、パソコンよし、火の元よし、とマルコが確認していくのをアンは荷物を肩に提げてみていた。
いつもはアンがするその作業を、今日はマルコが引き受けている。
その背中にアンは声をかけた。
 
 
「喧嘩も悪くないね」
「そうかよい」
「でももうしたくないよ」
「オレもだよい」
「マルコ誕生日おめでとう」
「ありがとよい」
「だいすきだよ」
「オレもだよい」
 
 
ふふ、と笑う。
いってきます、と部屋の中に呟いた。
 

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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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一声いただければ喜んで遊びに行きます。

足りん
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