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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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──今日一日オレとデートしてください。
──いいんだよ、オレ今クソ楽しいから。
──好きだ。ずっと、これからも、あんただけは特別だ。
 
──おれはほんとうに、あんたのことがすきだった。
 
 
彼がそう言ったとき、ちょうど砂時計を横倒しにしたように時間が止まった。
何の時間だったかなんて、あたしにはわからない。
 
 
 
 
姫と王子の交響曲
 
 


 
おなかに両手を当てて、膝を抱えるようにして横になっていた。
息をするのも億劫だ。
困ったわね、とロビンが頬に手を当てる。
 
 
「やっぱり船医さんを呼びましょう。あなたこれじゃ食事もできないわ」
「ちょっと横になってればじきに良くなるもの、平気よ……」
 
 
口ではそう言いながら、額はじっとりと脂汗で湿っていた。
ずくずくと痛む下腹部と腰を切り取って捨ててしまいたい。
下着の中が何とも不快だ。
一か月に一度やってくる忌まわしいそのしるしは、今回いつも以上にあたしを苦しめていた。
 
 
「あなた、いつもこんなふうじゃないわよね」
「うん……」
「もう少し温かくしたら良くなるかしら。湯たんぽでも……」
「へいき、だいじょうぶよロビン。ありがとう」
 
 
立ち上がりかけたロビンを声で押しとどめる。
ロビンは少し長くあたしを見下ろして、「そう」とまた腰を下ろした。
 
 
「少し眠りなさい。あなた眠いんでしょう」
「うん、なんでかね……でもまだお昼」
「外の様子ならみんなで見てるから心配いらないわ」
「そう……じゃあおねがい。何かあったらすぐ」
「はいはい」
 
 
ロビンは宥めるようにひとつぽんと布団の上からあたしを叩いて、長い足で部屋を出ていった。
彼女の言うとおり、猛烈な眠気が体の中に充満しているような感じがする。
少し気を抜くと、またたく間にこてんと寝入ってしまうだろう。
これも腹痛、腰痛に続く面倒な症状の一つだ。
あぁ、こんなにひどいのは久しぶり。
 
額を手のひらで拭うと、嫌な汗がにじんでいてげんなりする。
腹痛には波がある。
その波が引いている今のうちに眠ってしまおう。
今日は盛大に甘えさせてもらうことにする。
眠気に身を任せるよう目を閉じた。
船の揺れがゆりかごのように心地よく、すぐに意識は遠のいた。
 
 
 

 
ありがとう、と彼はまっすぐ前を見ていった。
 
 
『楽しかった、遅くまで付き合わせてごめんな』
 
 
サンジ君はセーターとパンツの入った袋を差し出して、すぐそこにあるメリーの横顔を仰ぐ。
積もり始めた雪がメリーの頭上にも降り注いでいた。
 
 
『あいつらロビンちゃんに迷惑かけてねェといいけど』
 
 
ナミさん、ロビンちゃんのこと労わっといてくれよな、とあくまで申し訳なさそうに笑った。
彼の手から紙袋を受け取ると、彼の肩に触れていた紐の部分がほんのり温かい気がしたがそんなはずはなかった。
 
足元気を付けて、とサンジ君はあたしをタラップへと促す。
一段登るたびに乾いた木の音がした。
しばらくして後ろから続く靴音は、中身の詰まらない空っぽの何かを外側から叩くような、淋しいほど軽い音だった。
 
 
 

 
──…っと早く言ってくれりゃあ……あぁ、……だよな、ごめん。
──…かった、じゃあこれだけ置いて……
 
 
ふっと目を覚ましたのは、遠くから名前を呼ばれた気がしたからだ。
ただし呼びかけられたわけではない。
あたしの名前を口にする誰かの声に、無意識が反応していた。
 
頭は覚醒したものの、目を開くのが億劫だ。
体温で暖まった布団の中も居心地よく、動く気にならない。
みのむしのように布団の中でじっと丸まっていた。
お腹を抱え込むように手足を縮めていたので、四肢はすっかり強張っている。
お腹の痛みは寝ている間にどこかへ行ったようだ。
しかし腰だけがまだ鈍く違和感を残している。
 
困ったな、と低い声が聞こえた。
他の誰でもないその声に、なぜだか瞼がピクリと動いた。
サンジ君?
 
 
「ナミさん、ナミさん」
 
 
声だけでゆっくり体を揺り起こされるような感じがした。
重たい瞼を開いて少し首を動かすと、長い前髪を下に垂らしてあたしを覗き込む顔がある。
 
 
「ごめんな、寝てんのに。まだ腹いてェか?」
「ん……今少しよくなった。ロビンが……?」
「うん、湯たんぽ持って来た。あっためるといいんだろ?」
「……ありがと」
 
 
もぞもぞと手を動かし、サンジ君が持って来た重たい容器を受け取る。
布団はもはや体の一部のようだ。
湯たんぽを体内に取り込むように、それを中に引きこんだ。
じんわりと温かい。そっとお腹に抱え込んだ。
 
 
「熱くねェ?」
「うん、ちょうどいい」
「そうか、あの、オレらもう先昼飯食っちまって、一応ナミさんの分も用意してあるんだけど食える?」
「ん……うん、お腹すいてきた」
「じゃあ持ってくるな」
 
 
え、と慌てて身を起こす。
 
 
「いいわよ、あたしがキッチン行くから」
「今から温め直して準備するから、ナミさんはここで寝てな。体調悪ィときくらい盛大に甘えりゃいいんだよ」
 
 
サンジ君はにっこり笑って、あたしが身体を倒すのを待っている。
渋々と再びベッドに頭をつけた。
彼は満足げにひとつ頷いて腰を上げる。
そして、すぐだから、と部屋を出ていった。
 
 
──甘えりゃいいだなんて、よっぽど甘やかしてるヤツがよく言うわ。
 
サンジ君は変わらず優しく、甘く、あたしにデレデレしていた。
おはようの後に「今日も一段と綺麗だ」などの言葉は忘れないし、事あるごとに「ナミさん素敵ダー」と叫ぶ。
彼の中で、それは外してはならないスタンスなのだろう。
自信で決めたそのスタンスを遵守しようと意固地になっているように、あたしには見えた。
 
彼の気持ちは、あの春島の、寒い冬の景色の中に一人取り残されてきてしまった。
彼のあたしに対する気持ちは、凍える雪景色の中でひっそりと凍ったまま、春になって夏になって秋が来て、そうしてまた冬がやってきても溶けることなく凍り続けるだろう。
今はまだ不器用な切り口が覗く彼の心も、いつしか他の何かで埋まる。
きっとあたし以外の何かで埋まる。
あたしよりもずっと、素直な何かで埋まるのだろう。
 
 
──眠たい。
 
頭の中の窓辺にカーテンを引くように、さっと考えることをやめた。
 
サンジ君はすぐに戻ってくると言ったけど、また寝落ちてしまいそうだ。
彼が戻って来たときにあたしが寝ていたらどうするだろう。
起こすだろうか。
そっとまた部屋を出て、寝かしておいてくれるのだろうか。
どちらにしろ、あたしに触れることはない。
 
そっと目を閉じた。
すぐに靴音が聞こえてきた。
 
 
「ナミさん入るよ」
 
 
扉が開くと、食べ物のにおいがすーっと部屋に入り込んできて小さくぐぅとお腹が鳴った。
完全に胃袋を掴まれている証拠だ。
身体を起こした。
 
 
「……ありがと」
「いんや、膝に置いていい?」
 
 
サンジ君はトレンチごと、布団越しにあたしの膝の上に置いた。
深めのスープ皿には美しく巻かれたロールキャベツ。
それと一緒にふかふかと湯気を立てるパン。
ヨーグルトとフルーツのデザートもついている。
小さな小鉢には青菜と小魚の和え物が入っていた。これだけ少し異質だ。
その異質さに軽く首をひねってから、気遣いに気付いた。
途端に気恥ずかしくなって、ぼそぼそといただきますを言う。
 
 
「また下げに来るから、食ったら適当に置いておいてくれりゃいいよ」
 
 
うん、と頷いたあたしを見下ろして、サンジ君が柔らかく笑った。
俯いているあたしにもわかる。彼が笑ったのがわかる。
そのまま彼は部屋を出ていった。
 
 
フォークを手に取って、ロールキャベツをつついた。
中にはお肉がつまっていた。
じゅっと肉汁がしみだして、スープに溶けた。
口に含むと熱くて、なかなか噛みしめられない。
 
パンをもそもそと口に運ぶ。
あったかくてやわらかい、布団みたいだ。
あったかくてやわらかい、別のものを思い出す。
 
 
好きだと言ったじゃない。
あたしのこと、特別だって言ったのに。
 
 
 
きゅう、と情けなく喉が鳴った。
パンを噛みしめた口から絶えず細く声が漏れ出る。
塩辛い水分を吸い込んで、パンがしおれた。
ぱくぱくと口に放り込んだ。
小鉢の中身もかき込むようにたいらげる。
お腹が満たされれば満たされるほど、食べたものに押し出されるように涙がでた。
 
 
かわいそうなサンジ君の気持ち。
あたしのせいで置いて行かれてしまった、船から追い出されてしまった。
こんなにも温かい船なのに、あたしが追い出したサンジ君の気持ち。
 
それがいまになって、こんなにも惜しいだなんて。
 
 
 ──人間は、好きだの感情から始まって、恋慕から嫉妬、憎しみ、哀しみや寂しさとかいろいろな感情を発生させながら、生殖活動に至るまでの関係を育む、らしい。
 
 
いつかチョッパーが言っていた。
淡々と小さな口から紡がれる言葉をあたしは鼻で笑い飛ばした。
今だってよくわからない。
だって好きだの感情から始まるものが全てじゃない。
 
大嫌いから始まった。
嫌いだった。
甘い言葉も締まりのない顔もわざとらしいほど低い声も。
ときたまちらつかせる冷静な言葉も真面目な顔も、あたしを呼ぶ声も。
 
大嫌いだった。
 
 
気付いてしまえば早かった。
あたしは皿の乗ったトレンチを布団の上に置き去りにして、ベッドから飛び出した。
ドアノブをひねるのももどかしく外へと出る。
良く晴れた日差しが眩しくて目がくらんだが、かまわず辺りを見渡した。
 
 
「ルフィ! ルフィ、どこ!!」
「んぁあ?」
 
 
呑気な寝起きのような声が船首から聞こえた。
迷わず船の進行方向へと走り出す。
ルフィはメリーの上に仰向けで寝転がり、甲板側に頭を向けて今にも落ちそうなほど頭を反りかえらせてこちらを見下ろしていた。
珍しく一人だ。
あたしは息を切らせて叫ぶ。
 
 
「ルフィ、お願い、島に戻って!」
「んだ、ナミ。とつぜん」
「ねぇ、戻ってほしいの、お願い!」
「島って、この間の?」
「そうよ、あの島に戻りたいのよ……!」
「つったってナミ、もう1週間も経ったじゃねェか」
 
 
そうなのだ。もう出航から一週間は経ち、既に次の海域がすぐそこまで迫っている。
いっぱしの航海士が言い出すことではない。
それでもあたしはもどかしく、地団太を踏むように、「あぁもう」と呻いた。
 
この一週間で打ちのめされた。
特別から大勢の一人へと舞い戻った虚無感。
馬鹿馬鹿しいとあしらっていたいくつもの言葉でどれだけ調子に乗っていたかということ。
失くしたものを惜しいと思うくらいには、大切に思っていたこと。
 
ルフィが船首に沿ってくるんと翻り、甲板に降りてきた。
 
 
「んだ、忘れモンでもしたのか?」
「……そう、そうよ」
「取りに帰るほど大事なモンならしゃーねぇな、おれぁ別に戻ったっていいけどよ。どうせ船動かすのはお前だし」
 
 
しししっ、とにんまり口角を上げて笑ったルフィは、「お」とあたしの背後に視線を移した。
 
 
「おやつだ!」
 
 
ルフィは軽いフットワークでするりとあたしを通り過ぎた。
ルフィの走り出したその先を振り返るその瞬間、潮風に混じって甘いバターの香りが届いた。
サンジ君が片手に掲げた大きなお皿に山積みのマドレーヌ、それにルフィが飛びつく。
積み重なった無造作さからすると、きっとあたしとロビン以外、男たちのおやつなのだろうに、ルフィがひとりで皿の上のマドレーヌをお構いなくホイホイ口に放り込んでも彼は何も言わない。
ただぼんやりと、どちらかというと唖然と、あたしを見ている。
あたしは唇を噛み締めて、思いっきり目の前の男に強い視線を据えた。
ルフィがもごもごと口を開く。
 
 
「ナミがさ、もっかいあの島に戻りてェっつーからよぉ、おれあそこの肉もっかい食いてェなぁー」
「ルフィ」
「干し肉もうめぇけどよぉ、やっぱさっきまで生きてた奴がうめぇよなぁ」
「ルフィ」
「んん?」
「テメェ一人で食ってねぇで他の野郎共にももってけ。後甲板でウソップとチョッパーも昼寝してんだろ」
「んぉ」
 
 
ルフィはぱぱぱっと人の域を超えたスピードでいくつかマドレーヌを口に突っ込むと、サンジ君から受け取った大皿を抱えてえっさえっさと後甲板へと走り去った。
その後ろ姿を背景に、「なによ」とあたしは締まらないほど揺れた声で彼を睨み据える。
 
 
「笑えばいいわ。ふざけんなって怒ったって当然よ。わかってる、わかってるもん」
 
 
サンジ君は微かに困ったような、それでも極限まで感情の読めない静かな目であたしを見つめていた。
無遠慮に彼に歩み寄った。
サンジ君は後ずさったりしない。
薄いその胸板に、ドンと拳を打ち付けた。
まるですがりつくように、彼の胸に肘をつけてスーツの襟を掴んだ。
 
 
「ねぇ、もう本当にあたしのこと好きじゃないの!? あ、あんた、本当に、もう、」
 
 
息がつまった。
言葉にしたのは自分なのに、自分が吐いた言葉が改めてあたしに衝撃を与えた。
ざあっと潮が引くように体が冷たくなる。
怖かった。
あたしのことを好きじゃないサンジ君が怖い。
好きでいてもらえないことがこんなにも怖い。
 
いや、と小さく洩れた。
小さくてもそれはれっきとした悲鳴だ。
 
 
「いやよ、ねぇ、あたしのこと好きじゃないサンジ君なんて、いやよ……!」
 
 
襟を掴んだ手が白くなるほど強く握った。
身体はもう彼の胸に倒れ込むほど傾いている。
ここまで無様になってしまえばもうどこまでいっても同じことだ。
彼が思いだすまで、気持ちを取り戻すまで離れてやらない。
 
「なんだよそれ」と吐き捨てるような低い声がつむじのあたりから聞こえて、思わず握りしめた手を緩めそうになった。
負けそうになる。
ぎゅっと目を瞑った。
しかしそれと同時に、ふっと息の洩れる音がする。
こころなしかサンジ君の身体が震えている気がして、あたしはおそるおそると顔を上げた。
 
彼は片手で顔の下半分を覆い、堪えきれない笑いを洩らしていた。
そしてぎょっとするあたしに、「あぁもう」と一言つぶやいてから思い切り吹き出す。
その顔にもその声にも、さっきの冷たい影はない。
 
 
「メチャクチャすぎんだろ、ナミさん」
「だ、だって」
「あんまりメチャクチャなこと言うからいじわるしてやろうかと思ったけど、無理だった、笑っちまった」
 
 
サンジ君は肩に手を置いて、あたしを彼から引き剥がした。
 
 
「それで、もしオレがもう好きじゃないっつったらどうすんの」
「……もう一度、好きになって」
「なんで?」
「なんでって……わかんないわよ!!」
 
 
サンジ君はまた、盛大に吹き出した。
 
 
「あんたそりゃねェだろ、ここはさぁ……」
「わかんないんだもん、とにかくいやなのよ!」
「ほんっとメチャクチャだ」
 
 
サンジ君は笑って、あたしの肩に手を置いたまま顔を伏せた。
ぎゅっと肩を掴まれて、身体が固くなる。
ナミさん、と呟いた声に笑いの余韻は残っていたが心なしか真剣に聞こえた。
 
 
「簡単じゃねェんだよ。好きになるのも、その逆も。そうは見えねェかもしれねェが、オレァこれでもいっぱいいっぱいなんだ」
「うん……」
「オレは本気で、ナミさんとはただのクルーに戻るつもりでああ言った。あの島の、あのとき、覚えてんだろ?」
 
 
頷いたあたしに、サンジ君は顔を上げて弱弱しい笑みを見せた。
 
 
「もしかすっと、もっとずっと前から決めてたのかもしれねェってのは思うんだ。ナミさんがちっともオレのこと好きになってくれねェからとかそういうんじゃなくて、なんだろ、もういいかなって思っちまった」
 
 
もういいかな──
それはあたしに対する見切りをつけたということだろうか。
 
そのときクーと場違いにカモメが鳴いて、あたしたちは同時に顔を上げた。
サンジ君はカモメの影が消えた空を見上げたまま、ナミさんが、と呟く。
 
 
「オレのこと嫌いでも、かわいーなーって馬鹿みたいに傍から見てられればそれでいいかなって、割り切ったらすごく、楽になりそうな気がして」
「……それで」
 
 
楽に、なったのだろうか。
あたしへの気持ちを切り捨てたサンジ君は楽になれるのだろうか。
あたしへの気持ちはそんなにも辛いものだったの。そんなこと知らなかった。
教えてくれなかったじゃない! と理不尽な怒りが湧いた。
 
サンジ君は空よりも深い青色の目をあたしに戻した。
 
 
「楽だよ。スゲェ簡単に毎日過ぎてく。ぽっくり死んでても気付かねェかもしれねェなってくらい、なんにもない」
 
 
そして、照れたように笑った。
ほんと、ナミさんの言うとおりだよ、と。
 
 
「あんたのこと好きじゃないオレなんて、オレだっていやだ」
 
 
サンジ君の手が、すとんとあたしの肩の両脇から滑り落ちるように離れた。
彼の手が触れていたところをはじめに、ぶわっと全身の毛穴が広がって、鳥肌が立った。
歓喜と、安堵と、興奮が入り混じって総毛立ったのだ。
思わず自分の両腕を掻き抱いた。
サンジ君は困った顔で、曖昧な笑いを浮かべているんだろう。
 
ばかね、サンジ君、あたしだってこんなにも嬉しい。
 
 
「……なんか言ってくれよ」
「……かった…」
「え?」
「よかった……」
 
 
俯いてぽつりと漏らすあたしは子供みたいだ。
そんなあたしの手首を、サンジ君がおもむろに掴んだ。
えっと思う間もなく引き寄せられる。
鼻面を彼の胸にしたたかぶつけた。
痛いじゃない、と文句を言う余裕もないほど身体が締め付けられる。
あぁ、と洩れた吐息を聞いて、言葉を失った。
あたしが鳥肌を立てたように、サンジ君も今、歓喜と、安堵と、興奮でいっぱいなのだ。
 
 
「忘れモンなんてしてねェよ。オレはちゃんと持ってる、置いてきてなんかしちゃいない。できるわけがねェんだ」
 
 
好きだ。ずっと、これからも、あんただけは特別だ。
 
いつか聞いたセリフが、今度は確かな切なさを伴って胸に流れ込んだ。
あたしはこれが欲しかった。
 
意地を張って、欲しいものを欲しいと言えず、たくさん迷って、きっとこれから何度も失くしかけるだろう。
そのたびにあたしは慌てふためいて、今日のようにかっこ悪くあがく。
サンジ君、サンジ君と名前を呼んで、早く答えなさいよと理不尽に怒りながら彼を求めるだろう。
いつか素直に言葉を口にできるようになるその日まで。
 
 
「ナミさん、顔見せて」
 
 
サンジ君が腕の力を緩めて、あたしを見下ろした。
かさついて長い指が、あたしの顔を両側から包む。
間近で見下ろされて、気まずくなって目を逸らすと「だめだ」と言われて顔の向きを変えられた。
 
 
「だめ、もっとよく見せて」
「やだ、なに」
「頼む、ちょっとじっとしてて」
 
 
サンジ君はあたしの頬を両手で挟んだまま、じっと見下ろしてきた。
真摯な視線が降り注がれている。
ゆっくりと片手が動いた。
指の先が頬をなぞり、こめかみへと動き、前髪を掻き上げて額をあらわにさせる。
まるであたしの輪郭全てをなぞろうとするかのように、青の視線が動く。
最後に、あたしの身体を丸ごと抱えなおすように抱き込んで、満足げな吐息が落ちてきた。
 
その吐息と同時に吐き出された言葉を聞いて、腰から背骨を伝って駆け上るような震えに襲われた。
 
 
 ──オレのモンだ。
 
 
まるで、ルフィやゾロと敵の取り合いをしているときのような。
あの獲物はオレがやると、舌なめずりをしながら見定めているときのような低い声。
捕食獣の、飢えたような男くさい声にあたしは身を震わせて快感を感じた。
 
 
ばかで調子のいい女好きのサンジ君。
楽しそうに幸せそうに料理をするサンジ君。
心底切なげに眉を寄せて、好きだと囁くサンジ君。
そして今のように、本能のままに男のサンジ君。
 
彼をまるごと大事にしたくなった。
そのかわりたくさん大事にしてほしいと思った。
サンジ君のやり方で、ゆっくり大事にしてほしい。
 
 
あたしがコテンと彼の胸に頭を預けたとき、うおーー!とむさくるしい雄叫びが船室を挟んだ甲板の裏側から聞こえた。
あたしたちは同時に頭を上げる。
 
 
「くぉらルフィテメェ、おれの分まで食うなーっ!」
「サンジはどこだー! おやつ全然足んねぇぞ!!」
「サン……!」
 
 
チョッパーらしき最後の声は、もがっとくぐもった音を最後に途切れた。
そのあとに続いたルフィの「なんで邪魔すんだロビン」という声に、あたしたちは顔を見合わせる。
 
サンジ君が恥ずかしそうに笑ったので、思わずつられて、俯いてあたしも少し笑った。
 


 

 
小さなキャラベルにたくさんの夢を詰め込んだ。
ひとりの船長のもとに集う仲間たちと、食べて眠って息をする。
一生懸命生きていた。
 
そうして、恋をしている。
この船の上で、あたしたちは恋をしている。
 

fin

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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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一声いただければ喜んで遊びに行きます。

足りん
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