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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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丸く輪になって座る芸術家たちは、私を含め、真ん中に置いたイベント会場のフロアマップを覗き込んだ。ロビンが下から支えるようにコーヒーカップを持ちながら言葉を添える。


「開場は11時。搬入も含めて8時には集まったほうがいいわね。配置はこの間相談した通りで問題はない?」


皆の首が縦に動く。それを確認して、またロビンが話を続けた。
このイベントの話し合いは私が加わる前から何度か話し合いの場が持たれていたようだ。
私にはわからない専門用語が飛び出すこともあったが、不安な気持ちにはならなかった。
一番初めに私のする仕事を、ロビンの口から聞いていたからかもしれない。


「ナミには作品の搬入と配置、開場後の受付をお願いするわ」


力仕事は男性陣に任せていいからとにっこり微笑みかけられると、ときめくような胸の高鳴りと安心感が同時に押し寄せて不思議な感覚がした。
「ナミはふだん家の仕事してっから、力仕事も平気だぜ」とウソップが余計なことを言う。
心強いわね、と微笑むロビンから、私ははにかみながら視線を外した。






サンジ君から電話があったのは、イベントを三日後に控えた夜だった。
ノジコが受話器を取り、「ナミ、サンジくん」と慣れた調子で私を呼ぶ。
ウソップに手渡されたイベント会場の地図を眺めて、当日の予習をしていた私はその声に手を滑らせ、いらぬところに蛍光マーカーを引いてしまう。
それでも、なんでもないふりを装って、ノジコから受話器を受け取った。
ノジコはさっさと立ち去ればいいのに、顔いっぱいにニヤニヤ笑いを張り付けて私の隣に立っている。
受話器に手のひらで蓋をして、何よと剣呑な視線を彼女に走らせるが、ノジコは意にも介さない。
仕方がなくノジコから背を向けて受話器を耳に当てた。


「もしもし」
「ナミさん久しぶり。今時間いい?」


もちろんと首を勢いよく振ったが、口では小さく「うん」と言う。
彼の声を聞くのは10日ぶりだ。


「前に言ってたバーのこと、覚えてる?」
「うん」
「今度の日曜の夜、そこ行かねェ?」


今日は木曜日だから、日曜は三日後。
ウソップたちのイベントがある日だ。
壁の方を向いて、苦みを堪えるような表情になった。


「ごめん、その日はちょっと」
「あ、まずかった?」


ウソップにイベントの手伝いを頼まれてて、と説明するとサンジ君は「ああ、あれか。そういやそんな時期だな」と知ったふうに笑った。
彼のようにこのあたりで絵心のある人なら知っているようなイベントらしいと、思い当たる。


「じゃあその日は打ち上げとか、あるかもなんだ」
「わかんないけど……イベントが18時までだから、それから片付けってなると」
「なるほど」


どうしよっかなー、と誰にともなく呟く声を聞きながら、私は彼を逃すまいとするかのように受話器を強く握りしめていた。
せっかく誘ってくれたのに、と暗い気持ちが胸の中を淀みのように広がる。


「じゃあさ、会場までおれ迎えに行くわ」
「え?」
「おれもバイトやらでさ、その日しかなかなか時間が取れねェんだ。だからナミさんの用事が──打ち上げのあとでもいい、終わったら迎えに行くよ」
「そ、れは」


だめ? おれと二軒目ってのはやっぱりキツイか、と苦笑が落ちる。
どうしようどうしようと、私はしがみつくみたいに目の前の壁に手をついた。
日曜しかないという彼の誘いを逃したら、次に会えるのはいつだろう。
来週、再来週──リビングの壁にぶら下がるカレンダーに視線を走らせて、私は数を数えた。
今週がいい、今週じゃなきゃ。

でも、迎えに来られたら困る。


「ううん、じゃあ待ち合わせしましょ」
「待ち合わせ?」
「打ち上げがあるかどうかや、それが何時に終わるか、当日電話する。いつものバス停まで行くから、そこで待ち合わせするの」
「え、おれ会場も知ってるし迎えに行くよ?」
「いい、いいの」


見えないと知りながら首を振り、食い気味に彼を遮る。
少しの驚きとともに言葉を呑んだ彼は、少し間を開けて「分かった」と言った。
いつの間にか壁に爪を立てていて、壁紙のかけらがポロリと爪の先から剥がれ落ちる。


「もし20時になってもナミさんから連絡来なけりゃ、おれからウソップに連絡してもいい?」
「うん、おねがい」


彼がいつもの笑顔でにっこり笑うのが、電話越しに伝わった。


「よかった、じゃあまた日曜に」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」


受話器を置くと、肺の奥に溜まっていた空気が逃げるように口から漏れた。
洩れたことで、自分が息を詰めていたのだと思い知る。
ほんの少し削ってしまった白い壁紙は、削っても白だったのでたいして目立たずほっとした。
思い出して後ろを振り返るが、いつの間にかノジコはリビングのソファに座って足の爪をいじっていた。
そこまで趣味の悪い姉ではないのだ。
ただ、すぐに「デートォ?」と私を見ることなくノジコが放った声に、私は眉根を寄せる。


「飲みに行くだけよ」
「へえ、あんたが夜に出かけるなんて珍しい」


私が答えずにいると、ノジコはちらりとキッチンに視線を走らせる素振りをして、言った。


「泊まりになるなら私に連絡しな」


一瞬目を丸める私に、ノジコがすかさず言う。


「私が黙って外泊したとき、ベルメールさんめちゃくちゃ怒ったでしょ」
「でも」
「ウソはつかないよ。上手いこと言っておいてあげる」


彼女特有の半分かすれたようなハスキーボイスは、冗談交じりの口調でそう言った。
私が返事をしないでいると、キッチンから「どっちか、さっさとお風呂入っちゃってー!」というベルメールさんの声が、上機嫌な猫が駆けてくるみたいに飛んできた。





イベント当日の日曜は、あいにくの雨だった。
梅雨らしく、ぐずぐずと細かい粒が朝から止まずに振り続けている。
ベルメールさんがみかん畑に出かけるより少し早く家を出た。
ノジコのお下がりの腕時計を確かめると、時刻は朝7時少し前。
高校生だった頃から使っている古い──よく言えばお気に入りの傘をさして、ぬかるみを避けながら慎重に丘を下った。
丘のふもとのバス停から、イベント会場である文化会館までバスで一本で行ける。
天候を考慮して早く家を出たこともあり、予定より一本早いバスに乗ることができた。
バスの中は眠たげな顔で朝練に向かうらしい中高生がちらほらと、おばあさんがひとりひっそりと目を閉じて椅子に座っている。
私は右奥の席に腰かけ、到着までの25分ほど、ずっと窓の外を見ていた。


会場の関係者入口前に8時集合の予定が、私は20分も早く着いた。
にもかかわらず私より早く到着する人影があることに気付いて、一瞬だけど足が止まった。
身体の線が細くしなるように動くのはロビンだ。
そしてもうひとり、ロビンの隣にいるととても背が小さく見えてしまう人がいる。
打ち合わせの時もよく目立っていた、ピンク色の髪をしたとんでもなくガーリーな女の子だ。
ロビンと彼女は特に話をしているわけでもなく、入り口前に佇んでいた。
私に気付いたピンク髪の彼女が顔を上げると、ロビンも気付いてやわらかく微笑んだ。


「おはよう、早いわね」
「雨だったから」


思い出したように「おはようございます」と付け加える。
ピンク髪の彼女が「よう」と思いがけず男らしい挨拶をしてくれたので、私は目を丸めてしまう。
次第にぽつぽつとイベント参加者たちが集まり始め、8時ぎりぎりにウソップがやってきて全員がそろった。
それぞれが控室に荷物を預け、輪になる。
ロビンは始終嬉しそうにしながら、彼らを見渡した。


「それじゃあ打ち合わせ通り。作品は資料室に保管してあるから、割り振り通りよろしくね」


がんばりましょ、という彼女の声で、参加者たちはわらわらと会場に散って行った。
去り際にウソップがぽんと私の肩を叩く。
よぉ、だとか、がんばろうぜ、だとか、そんな意味だと思う。
さて私も、と聞いていた通り動こうとしたところで、ロビンが「ナミ」と呼んだ。


「搬出の手伝いが終わったら、またここに戻ってきてくれる? 受付のやり方を説明するわ」
「あ、はい」


頷いてから踵を返した彼女の背中を見送っていると、「ナミぃー!」と苦しげなウソップの声が資料室の方から聞こえてきた。
両手に大きな額縁を抱えたウソップが肩でドアを押さえながら「ヘルプヘルプ」と呻いているので、私は慌てて駆け寄った。


十数人の作品をすべて所定の位置に納め、配置に間違いがないかを確認したり「順路」の矢印を記した看板を設置したりしていたら、ゆうに1時間は過ぎた。
こういうのって前日やもっと前から設置しておくものなのかと思ったが、それをウソップに言ったら、有名な展覧会やらはもちろんそうするが、こういった小さなイベントでは一日しか会場を借りることができないので当日準備するしかないのだとわざとらしい苦い顔で答えられた。
それにしてはウソップも他の参加者も、イキイキと動いて見える。

作業がひと段落ついたときにちらりと時計に目を走らせて、終わりまでの時間を逆算した。
夜の予定を、サンジ君を思い出して胸の中がふわっと浮かぶ感覚は悪くなかった。
ロビンのところに行ってくる、と周りの仲間に言い置いてその場を抜け出し、入り口のあたりに向かった。
長身をゆったりと壁に預けるようにして、ロビンは手元の資料を読んでいた。
私が声をかけるとぱっと顔を上げ、「おつかれさま」と屈託なく笑う。


「まずは受付の机を運ぶの、手伝ってくれる?」


そういうロビンのあとについて、会場の倉庫から長机を一つ、ふたりで両端を持って運んだ。
段差に気を付けて、とロビンの気遣いは余すことなく発揮される。
それからパイプ椅子を二つ運び出し、簡易受付を設置した。
空き箱を机の上に置いて、これが入場券入れ、これがパンフレット、と丁寧に説明してくれる。
招待状を出したお客さんには御礼を、参加者の誰かに言伝があれば名前を聞いておいて、などの言葉にうなずきながら説明を頭に叩き込む。
ロビンはカーディガンの袖をちらりとめくって、腕時計を確認した。


「もうすぐね。それじゃあナミ、よろしく」
「はい」


私は受付の椅子に腰を下ろす。
ロビンはそのまま奥へ引っ込むのかと思いきや、じっと私の顔を見つめていた。
ぱちぱちと目をしばたかせて彼女を見つめ返す私に、ロビンは少し考えて口を開いた。


「ずっと考えていたのだけど、どこかで会ったことあるのかしら」
「え?」


どんっと不可解にも心臓が跳ねた。
ロビンは私の目の奥の方を覗き込むみたいにして、首をかしげる。


「打ち合わせのときもそうだけど──あなたがまるで私のことを見たことあるみたいな顔をしていたから。でも、ごめんなさい、私の方は覚えがなくて……」


申し訳なさそうに照れ笑いをするロビンは、10代の少女のようだ。
彼女に見られると、自分がどんどん透明になってあけすけにされてしまうような気がした。
そんなふうにして、きっと私がロビンを見てサンジ君の絵を思い出して戸惑ってしまったことに気付いたのだろう。
アーモンドのように形のいい目が、「どう?」というように柔らかく弧を描いた。
やっとのことで、私は首を振る。


「ううん、初めましてなの。ごめんなさい、馴れ馴れしかったかも」


ロビンは慌てて首を振った。


「あら、そんな意味じゃないの。なら私の勘違いね、こっちこそごめんなさい」


じゃあよろしくね、と言い置いてロビンは私を残して控室の方へと歩いて行った。
するどい、と思ったが、すぐに違うなと感じた。
するどいんじゃなくて、まるでなんでもわかってるのよ、というみたいな目で彼女は私を見るのだ。
きっと私だけじゃなく、サンジ君のことも。
彼がロビンを描いたとき、サンジ君はモデルの彼女を見つめていたはずだ。
そのときロビンも、彼を見つめ返したりしたのだろうか。
そんなことを考えていたら開場の時間がやってきて、自動ドアが開くと共にチケットを持った入場者がぽつぽつと現れ始めた。

始めは手間取っていた受付作業も、一時間もすればスムーズに行えるようになった。
作品を展示している参加者たちは、シフト制で会場をうろついて解説にまわっている。
受付担当なのは私だけで、ずっとひとり椅子に座って閑散とした文化会館の廊下を眺めているのは思いのほかつらかった。
いつも畑でうろうろと仕事をしているぶん、じっとしているのが慣れないのだ。
入場者のほとんどが参加者の知り合いで、お愛想というか義理というか、そういうもので仕方なく見に来たのだという雰囲気をぷんぷん出している人もいれば、誰々の展示はどの辺にあるのかと尋ねてくるような人もいた。
12時を過ぎた頃、会館の廊下をぶらつく人影が目につき、思わず目を丸くした。
その男は受付という文字と私を見つけると、「なんだ」という顔をしてずいずいとこちらへ寄って来た。
彼とはルフィが引っ越してから、荷物を渡しに行ったときなど、あれから何度も顔を合わせている。


「ゾロ、あんたなんでこんなところに」
「これ見に来たに決まってんだろ」


そういって「ん」と彼の手には余るチケットを私の目の前に突き出した。
握りしめて皺のついた紙切れを受け取ると、確かにそれはこのイベントのチケットだ。
愛想のない顔を見上げて、私はあっけにとられて言う。


「ひとりで、わざわざ? あんたこういうのに興味あったの?」
「興味はねェ」


ずっこけそうなほどはっきりした物言いに、ため息もでない。
ゾロはきょろきょろと辺りに視線を走らせた。


「なに、誰か探してるの? そういえばあんたこのチケット誰にもらったの」
「るせェ、入るぜ」


ゾロは私の言葉を一蹴して、図々しく肩をそびやかして会場に入っていった。
なんなのよ、とゾロの背中を見送って、中で迷ってしまえと声に出さずに悪態をついた。

13時ごろ、参加者の一人が受付の交代を申し出てくれたので、ありがたく代わってもらった。
1時間の休憩をもらい、近くのコンビニに昼食を買いに行く。
外はまだ雨雲が垂れこめていたが、束の間の小康状態を保っているように雨は降っていなかった。
会場は夏を先取りしたように薄らと冷房が効いていて、足が少し冷えていたので温かいスープとおにぎり、それに紅茶のペットボトルを買って控室に戻った。
長机が二つ置いてあるだけの小さな会議室の中には所狭しと十数人の荷物が床に放置されているので、足の踏み場がない程だ。
控室には2人の参加者が昼休憩を取っていて、私に「お疲れさま」と声をかけてくれる。
いくつなの、仕事は、と彼らから飛んでくる質問に答えながら、私はコンビニで温めてきたスープのふたを開ける。
平凡なコンソメスープに何種類かの野菜が細かく浮かんでいて、私はちまちまとそれらをすくっては口に運んだ。


「そういえば、ナミちゃんも来る?」


不意にかけられた声に首をかしげると、もうひとりが「今日の打ち上げ」と言葉を添える。


「やっぱりあるんだ」
「うん、毎回駅前のどこかの店で適当にやってるな。二次会もあるんだけどそれはまぁ自由参加というか、行きたいやつは勝手に行けって感じなんだけど」


一次会だけでもおいでよ、と彼らは快く誘ってくれた。


「今日って、片づけまで全部終わるのは何時ごろになるの」
「20時までにきれいさっぱり片付いたら上出来ってとこかな」
「今日はナミちゃんもいるし、もっと早く終わるかも」


プレッシャーを与えるようなこと言わないで、と笑いながらおにぎりをほおばった。


14時少し前にトイレで軽くお化粧を直して、受付に戻る途中でばったりウソップに出くわした。
よう、と変わらず陽気に彼は片手をあげる。


「受付嬢、調子はどうよ」
「へーき。お客さん少ないもん」
「っが、はっきり言うなよー!」


おおげさに傷ついた顔をして、ウソップは身をよじる。


「ウソップは今日の打ち上げ、行くんでしょ?」
「もちろん、おれが幹事だもんよ。てかお前も数に入ってるぜ」


えっと声をあげると、ウソップは丸い目をぱちくりとまたたいた。


「あれ、だめだった? おれぁてっきり行くもんだと」
「ううん、行く」


ほっと息をついたのを隠すように、ウソップは声を張り上げて「っだよなー!」とからから笑った。


「そうだ、ちょっと携帯貸してくれない?」
「おう、いいぜ。家?」
「ううん、ちょっと」


ポケットからあっさり取り出した携帯を、私の手にぽんと置く。
ありがと、と拝む素振りをして少し彼から離れた。
すっかり覚えてしまった番号をプッシュして、電話を耳に押し当てる。
4コール目で呼び出し音が途切れて、「んだよ」と私が知るより低い声が聞こえた。


「もしもし、私、ナミ」
「ぅえっ? あれ? ナミさん?」
「ごめん、ウソップに携帯借りたの」
「あ、そうなんだ」


苦笑を噛み潰すみたいに小さく笑う、サンジ君の声に私はまた視界が狭まるのを感じる。


「今日、打ち上げあるみたい。早くて片付けが20時までに終わって、それから飲みに行ったら22時前になりそう」
「ああ、オッケーオッケー。ナミさんが遅くて構わないなら、22時に迎えに行くよ。駅前でいい?」


やっぱり彼は、イベントに出たこともあるのだろう。
うん、と私は頷く。


「少し早目に抜けるわ」
「嬉しいけど、おれのことは気にしなくていいぜ。楽しんで」


ありがとう、と言う私に、それじゃあと彼は電話を切った。
廊下の壁にもたれて髪の毛を触っているウソップに、お礼と共に電話を返す。
ハイハイと鼻唄交じりに電話を受け取って、そのままウソップはもとあったポケットに携帯を仕舞い込んだ。
それからすぐにじゃあなとウソップとは別れ、私はまた受付へと戻った。
暇そうにパイプ椅子に腰かけた参加者に礼を告げ、受付を交代する。
のんびりとしたお昼過ぎの空気は梅雨のせいですこし湿り気をおびて、ゆっくりと重たく流れているように感じた。
私がお昼休憩の間に帰ってしまったのだろう、ゾロが出てくるのを見ることはなかった。

17時頃までそのまま座りっぱなしだったが、参加者の一人が控室に差し入れがあるから少し休憩してきて、と受付を代わってくれたのでありがたく席を立った。
控室の扉を開けると、相変わらず荷物で埋まったそこに誰もおらず、机の上にお菓子の箱が3箱、開いた状態で置いてある。
それとこんぶ、うめ、おかか、とシールが貼られたおにぎりがころころとそのまま机の上にいくつか転がっていた。
お菓子の箱の上にメモ書きが置いてあり、『おかしは早い者勝ち、おにぎりは一人2つまで』と記してあった。
お腹は空いていなかったので、箱からマドレーヌをひとつつまみあげる。
お昼に買った紅茶と共に食べていたら、控室の扉が開いた。
ひょこっとウソップが顔だけ出して、私に目を留めるとまるでバツが悪いみたいな顔をしてそそくさと中に入って来た。
おつかれ、と声をかけても「あぁ」とか「まぁ」とか、様子がおかしい。


「どうしたの」
「や、おれも、休憩」
「あ、そう」


ウソップは机の上にさっと目を走らせて、ひょいひょいとおにぎりを二つ手に取って私の隣に腰を下ろした。
しかしすぐにおにぎりの包装を開けたりせず、手の中のそれらにじっと視線を落としている。
昼過ぎに話したときとは打って変わったウソップの様子に、私は気味悪さすら感じて「どうしたのよ」とマドレーヌのかけらを飲み込みながら言った。
ウソップはおにぎりの包装をぺりっとはがし、言う。


「わざとじゃねェんだけど、たまたま見ちまって」
「なにを?」


ウソップは私を見たが、視線が合うとすぐにそらし、それからたっぷり間をとって、決意したように一息で言った。


「さっき電話したの、サンジにだったんだな」


お前が打ち込んだ番号、おれの携帯に登録してあるから、と早口で言う。
ああそっか、そういうこともわかるんだよねと納得する一方で、ウソップがわざわざ私にそれを告げた意味や、言いにくそうにする彼の表情にわけもわからず不安な気持ちになる。


「今日、約束してんの?」
「うん。打ち上げのあと、迎えに来てくれる」
「そうか」


ウソップは落ち着きなく手元のおにぎりや目の前の壁に視線を行ったり来たりさせていたかと思えば、考え込むようにぴたりと視線を落として動かなくなった。
私は甘い紅茶で口を湿らしたが、甘さだけが舌に残ってちっとも味がしなかった。


「ナミ」


ゆっくりはっきり発音して、私を繋ぎとめようとするみたいにウソップは名前を呼んだ。


「サンジと、付き合ってたり、そういう感じの、アレにはなってんの?」
「別に……そういうわけじゃないけど」


妙に遠まわしのウソップの言葉は、不穏な空気を隠しもしない。
自然と私の声も低く重くなる。


「じゃあ、その、サンジのこと、好きだとかそういうのは」


答えないでいると肯定と受け取られる気がして、少しの間のあと口を開きかけたが、肯定してなにが間違ってるんだろうと気付くと言葉が出なくなった。
いつのまにかウソップは、まっすぐ私を見ていた。
その目がまるで突き放された犬みたいに哀しげでどきりとする。


「ナミ──サンジはやめとけ」


耳をふさぎたくても、顔を背けたくても、そうすればウソップを完全に突き放してしまうみたいな気がして──私が突き放される気がして、動けなかった。


「お前ほんとはわかってんだろ。サンジが、その……他にも、遊んだりしてること」


言葉を選びながら、慎重に慎重に私を掬い取ろうとするウソップの気持ちは胸にずどんとまっすぐ伝わった。
それでもその手に素直にすがることができず、私は黙りこくる。


「余計なお世話かもしんねェけどさ、おれはお前のこともサンジのことも、その、よく知ってっから」


ようやく私は「うん」と頷くことができた。
ウソップの肩がほんの少し緩むように下がった。
ウソップの言うことは、わかりたくないけどおのずと肌で感じるみたいに理解していた。言ってくれたのがウソップでなければ、私は「うるさい」「放っておいて」と即座に背を向けただろうことも容易く想像がついた。
それくらい後戻りができないところに来ていた。
戻りたくないとも思った。
だって、どうしてあんなふうに穏やかに笑うサンジ君のことを忘れることができるだろう。
私に笑いかけるその向こうに何人もの女の子がいたとしても、その時間だけは私だけのものになる。
私の目を見て、きちんと相槌を打って、面白い話も面白くない話も全部全部まるで夢みたいに彼の声で変わるのだ。
こんなふうに感じるのが私だけじゃないということが、棘のように足元に散らばってときおりつま先を傷つけるが、それがなんだというのだろう。


「無理やりとか、いますぐとか言うんじゃなくてさ。やっぱりおまえには、ちゃんとした人と上手くいってほしいっつーか」


もじゃもじゃの髪の中に手を突っ込んでもごもご喋るウソップに、私は「ありがとう」とだけ言った。
あからさまにほっとした顔でウソップは「おう」と照れたように笑った。
受付に戻り、閉場までの小一時間、私は開いたり閉じたりする自動ドアをぼんやり眺めて過ごした。


18時が過ぎ受付を閉じると、自然と参加者の口からわぁっと歓声が上がり、皆が伸びをするように両手を突き上げた。
おつかれさま、とロビンが皆をねぎらいながら寄り添うみたいに微笑む。


「それじゃあ切ないようだけど、さっさと片付けてしまいましょう。目標は19時半」


彼女の声でネジを巻き直されたみたいに、みんながてきぱきと動き始める。
私は彼らの指示を拾い集めながら、片づけに奔走した。

そうして会場の鍵を文化会館の管理人室に返しに行くことができたのは、19時半を少し過ぎた頃だった。
上出来ね、と満足そうにロビンが笑う。
「んじゃ」とウソップがハリのある声で耳目を集めた。


「打ち上げだー!!」
「それなんだけど」


おぉ、と盛り上がりかけたところに、ロビンの声が重なった。
綺麗な柳眉を下げて、ロビンが言う。


「とても申し訳ないのだけど、私今日はどうしても打ち上げに参加できなくて」


途端に「えぇー!!」と非難の声が上がる。
覚悟していたみたいにぐっとそれに耐え、ロビンはもう一度「ごめんなさい」としっかり頭を下げた。


「だからみんなで楽しんできて頂戴」
「それじゃ意味ねェって!」
「ロビンさんがいねェんじゃ」


口々に不平不満の声が上がり、ロビンは困ったように頬に手を当てる。
ざわめきが膨らみ始めた頃、それに針で穴をあけるみたいにパンと高らかに手が打ち鳴らされた。
ウソップだ。


「んじゃあ今日はこれで解散! ロビンが参加できる日に改めて打ち上げはしようぜ!」
「でも」
「みんながロビンがいねェとって言ってんだから、こうすんのが一番だ」


次第に場の空気が抜けるように落ち着きを取り戻し、そうだなと皆が口々に言い合う。


「はい、じゃあロビン締めのことばだけここでどうぞっ」
「えっ、じゃあ、みんな今日はおつかれさま。とても楽しかったわ。次も楽しみにしています」
「ハイかいさーん!!」


ロビンが締めたのかウソップが締めたのかわからないものの、その場は小気味よくみんなの「おつかれーっす」の声が重なってうまくひらけた。
わらわらと散っていく人々の中、ロビンが長身を縮めるようにしてウソップに手を合わせる。


「ありがとうウソップ。助かったわ」
「いいってことよ、その代わり次の幹事はロビンだぜ」


まかせて、というようにロビンが頷く。それからロビンはウソップの後ろにいた私に視線を滑らせて「ナミ、ありがとう」と言った。


「私は何も」
「あなたがいなかったら、こんなにスムーズに運営も片付けもできなかったから。当日券も全部捌いてくれたんでしょう?」
「家が商売やってっから、金の扱いは上手いんだ」


ウソップが余計な口をはさみ、ロビンが肩を揺らしてささめくように笑った。


ロビンが文化会館の管理人に礼を言ってくると管理人室に戻っていき、私は公衆電話を探して辺りを見渡した。
会館の外に街灯が小さく光っており、その下に緑色の箱が見える。
私がそこへ歩いて行こうとすると、「ナミ」と声がかかった。


「携帯使えよ」


真顔のようでいて、すねた子供のようにも見えるウソップは私に携帯を投げてよこした。
彼の顔をまっすぐ見ると、下方に視線を逸らされる。
それで、あぁ私はウソップの厚意を踏みつけて行こうとしていると実感する。


「──ありがと」
「家はいいのかよ」
「ノジコに言ってある」


駅まで送る、と言ってウソップは私に背を向けた。
携帯はサンジ君の番号を既に表示していて、ボタン一つで彼につながった。
早いね、と嬉しそうに聞こえる声で彼は笑う。
15分くらいで駅に着くと伝えると、南口の明るいところで待っててと言って電話は切れた。



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白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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