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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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肩と肩がぶつかっても振り向きもしないくらい、人と人の距離が近い。
オレンジ色のライトがそこら中から煌々と光っているにもかかわらず中は薄暗く、そのくせばかみたいにさわがしい。
人の声はもちろんのこと、熱したフライパンの上で野菜がいためられる音やお金を受け渡す無機質な音がごちゃまぜになって、あちこちから飛び込んでくる。
取り出した財布を小さなカバンの奥にしっかりと押し込み、注意深くカバンのチャックを閉めた。
両手でつかんだトレンチの上からは湯気と一緒に慣れないスパイスの香り。
フードコートの席はどこもいっぱいで、失敗したなあと思う。
ひとりなんだからどこかにもぐりこめないものかと、トレンチを抱えたままうろうろしてみるが、ただでさえ飽和しているフードコートに空いている席は見当たらなかった。
空いてるかと思えばいったいここで何が起こったのかと言うくらい凄惨と机が汚れていたりして、座ることができない。
すっかり途方に暮れて立ちつくしていたとき、視線がぶつかったのが彼だった。
この国では珍しい、金髪と碧眼が薄暗がりの中でもよく光っていた。
私が気付くよりも早くこちらに気付いていたようで、私と目が合うとすぐにさっと席を詰めて椅子においていた荷物を足元に下ろし、自分の隣にスペースを作ってくれた。
あ、と私が彼の意図に気付くより早く、彼はおいでと手招きをする。
ぼけっとしていたらその席もとられてしまう。彼の厚意に甘えるつもりで、私は彼に向かって人波を縫って歩いた。


「ありがとう」


そう言うと、彼はにっこり笑って柔らかな目をこちらに向けた。
彼はまだ食事中のようで、テーブルには食べかけの麺にフォークを浮かべていた。


「どこにも席がなくて、助かったわ」


たいして聞かせるつもりもなくそう口にしたが、彼から何も返事がないので私のことばだけが宙に浮かんでしまう。
ちらりと隣を見遣ると、彼はほんのり困った顔で私を見ていたので、そこでようやく思い当った。


「もしかして、英語わからない?」


ますます困り顔で首を傾げられ、あぁと私も眉根を寄せた。


「ええと、英語、ダメ?」


簡単な単語だけを並べて口にすると彼の顔がぱあっと明るくなり、「そうなんだそうなんだ、ごめん」と片言の英語で彼が叫ぶ。
気にしないでと首を振って、私は自分の食事に取り掛かった。
どうやら私と同じ旅行者のようだが、同伴者の姿は見当たらないしそのうえこの国の公用語である英語も簡単な単語でしか理解できないみたいだ。
ずいぶんチャレンジャーだなと思いながら、私も異国の料理を口にした。
スパイスがずいぶんきついし少し油っぽいが、そう言うものだと思えばそれなりにおいしかった。

食事が終わるころ、ふと視界にまだ彼の存在を感じた。
この込み合ったフードコートでずいぶんゆっくりするんだなと思ったとき、そっと窺うように声がかけられた。
顔を上げると、少し控えめに笑う彼がこちらを見ている。
彼の口からゆっくりとどこかの国の言葉がこぼれ出たが、当然それは私の国のものでもなくこの国のものでもなく、何を言っているのかちっともわからない。
もしかして私が理解できるかもしれないと思って話しかけたのだろうが、残念ながらさっぱりだ。
私が曖昧に首をかしげると、しょげたように目を伏せたが、すぐにまた意味もなくにこにこと笑いだした。
あんまりこちらを見てにこにこしているので、何か話さなければならないような気がしてしまい、私は「ええと」と口を開いた。


「どこから来たの?」


んっと目を細くして、彼は一本の指を目の前にかざした。「もういっかい」ということらしい。


「あなたは、どこから、来たの?」
「ああ、えぇと、フランス」
「へぇ、いいわね」


なるほどさっきの言葉はフランス語だったわけか。
彼が「君は?」と言うように私を指差した。


「私? スウェーデン」
「スウェーデン?」
「そう、スウェーデン。知らない?」


彼の国のことばとスウェーデンと言う英語の響きは遠いのだろうか、結局彼はスウェーデンがどこか理解してくれなかったが、お得意の笑顔でごまかそうとするので思わず笑ってしまった。
すると彼は私を指差して、首をかしげながらたどたどしく「ナマエは?」と尋ねる。


「ナミよ」


「ナミさん」と呟いた後、彼は自分を指差して「サンジ」と名乗った。


「サンジ君?」
「そう」
「いい名前ね」


なんとなく意味が分かったのだろう、彼は英語で「アリガトウ」と口にして、それから「キミも」と笑った。


相変わらずフードコートは混んでいるし騒がしいので、私は次の行き先をどうしようかとカバンからガイドブックを取り出した。
サンジ君は相変わらず隣に座ったまま私の様子を眺めている。
ひとまず気にしないことにして、私は目についたメジャーな観光地に行こうと決めた。

とんとんと細長い指がテーブルを叩いたとき、私は行き方を調べていた地図から視線を上げた。
サンジ君は私が手にしたガイドブックのページを指差し、それから私を指差し、「ココいく?」と尋ねる。


「うん。そのつもり」
「おれ、行った」


片言と共に自分とガイドブックを交互に指差す彼はなぜか必死な表情で、思わずこちらの顔も硬くなる。


「そうなの」
「おれ、キミ、ガイド」
「ガイド? 案内してくれるって言うの?」


私に意味が通じたのがよほどうれしいのか、ぶんぶん首を振って彼は親指まで立てた。
しかし私は俯いて考えてしまう。

知らない国で行き方も怪しい場所に一人で行くよりは、案内してくれる人がいればスムーズだし時間もお金も節約できるだろう。
ただそもそも彼自体が今出会ったばかりで怪しいのかどうかもわからない。健全な女の子ならついていくべきじゃない。ひとりであれこれ試行錯誤する旅も嫌いじゃないのだ。
それに彼とは言葉もろくに通じないのだから、会話が弾むとは思えない。
むしろ私は大学である程度英語を学んでいるから英語が公用語のこの国で特に不自由することなく一人旅を楽しめているが、彼の方が通訳が必要なのではないだろうか。

私が悩んでいるのを不安そうに眺めていた彼が、急に私を指差し、自分を指差し、ガイドブックを指差し、両手の人差し指と中指をテーブルに立たせてとことこと並んで歩かせ、「グッドグッド! タノシイ!」と怪しいことこの上ない誘い文句を言い放った。
その仕草と言葉に気が抜けて、というよりそう言ってにこにこする彼がどうしても悪い奴には見えなくて、私は「仕方ないなぁ」と吹き出した。
一人旅も4日目になり、私もそろそろ喋り相手が欲しかったのかもしれない。







今まで後悔というものを人より少なく経験してきたつもりのおれが、いま人生で最大の紅海にさいなまれている。
高校生にのおれを捕まえて襟首掴みあげ眉間をかち合わせてこう言ってやりたい。
「とにかく英語をがんばれ」と。

当時のおれは勉強なんてつゆほどもできず、頭の中はどうしたらジジイを唸らせることができるかや隣のカワイコちゃんをデートに誘えるかでいっぱいだった。
大学に進学するつもりはさらさらなく、卒業後はすぐにジジイのもとで料理の修行をした。
数年専門学校に放り込まれたこともあった。
周りは同じく料理で頭がいっぱいのやつばかりで、いわゆる学才とは程遠い場所にいたおれが自国のことば以外を操れるはずもなく今に至る。
今はジジイの店で働いているが、数週間前知人に料理のコンペへ誘われて、ジジイは遠い街に一人遠征に出かけてしまった。
そのため店は急きょ臨時休業となり、店のやつらはジジイの都合に振り回される形で突如として長期休暇を得ることとなった。
もれなくおれもである。
どうしたものかとふんわり考えた結果、海外旅行でもしてみるかとふんわり思いついた。
その日のうちに航空券とホテルを予約し、次の日には飛行機に乗っていた。
アジアの小さな島だ。
ただおれにとってはどこであれ、自分の国ではないということが全て新鮮だった。
英語を話すことができないおれのコミュニケーションツールは身振り手振りで、実際きちんと意思疎通ができているのかは怪しいもんだが、わからないなりにニコニコしていれば相手も悪い気分にはならないだろうと、始終ニコニコしていた。
するとやっぱりなんとかなるもんで、その小さな国の人たちは快くおれを受け入れてくれた、ような気がした。

旅が5日目に差し掛かった日、もう何度目かになるフードコートで、何度目かになるスープに浮かんだ麺をフォークに絡めていたとき彼女を見つけた。
メシを買ったはいいものの座る場所がなく困っているらしい彼女は、一人旅らしく小さくまとめた荷物を肩から下げて、首からカメラを垂らしていた。
その困って眉を寄せた表情のなんと美しいことか。
しばし呆然としてから、おれは急いで自分の隣に無理やりスペースを作った。
隣の席のヤツが急に席を詰めたおれを嫌そうにちらりと見たが、構ってられるもんか。
思惑通り隣にやってきた彼女は、流暢な英語で礼を言い、それからまた何か英語で呟いた。
だがなんと言ったのかわからない。
答えないおれを訝しがるように窺った彼女は、すぐにおれが英語のできないやつだと気付いたらしい。
勘も冴えていて頭がいい。ますます惹かれた。
食事を始めた彼女を、失礼にならない程度、存分に眺めた。
おれの視線に気付いた彼女は、おずおずと話しかけてくれる。
そのことに舞い上がりかけたが、簡単な英語にもかかわらず聞き返さないと理解できない自分が情けない。
彼女の出身は聞いたことのない国だった。
というより英語名だったので、どこのことだかわからなかった。
随分うまく英語を操るので英語を母国語とする国からやって来たのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。
次の行先を考え始めたらしい彼女──ナミさんと言った──は、きっとそのうち席を立って行ってしまう。
小さな国とはいえ、このフードコートでさえこの人ごみだ。きっともう会えない。
そう思うとはやるように頭が空回りし、必死で彼女と一緒に行きたい旨を身振り手振りと片言で伝えた。
滑稽なほど必死なおれに彼女はついに吹き出して、首を縦に振る。
両手を突き上げて快哉を叫びたいのを、おれは歯を噛みしめて耐えた。


雨季の南国はカッと空が晴れているかと思えば、急に分厚い雲がどこからともなく現れて、バケツをひっくり返したような雨を降らせた。
フードコートを出たときはさんさんと照っていた日が陰る一瞬前、ナミさんは何か呟いて、おれを店の軒下へと誘った。
見たい店でもあるのかとのんきに後をついていったおれが屋根の下に入った瞬間、急に鋭い風が吹き始める。
なにごとかと空を見上げたら、黙々と黒い雲がやってきて1分もしないうちにスコールが始まった。
驚いて彼女を見下ろすと、ナミさんはなんでもない顔で「雨宿りしましょ」と言った、のだと思う。

雨が止んでまた歩き出した時、おれは必死で彼女とコミュニケーションを取ろうと知っている単語を無茶苦茶に並べて質問をつらねた。
年はいくつ、仕事はなに、ここにどれくらいいるの、どうして来たの、いつまでいるの。
ナミさんはゆっくりと、口を大きく開けてはっきりした発音で答えてくれた。
年はおれの一つ下、まだ学生で、ここは4日目。今は大学が春休みで、母国はとても寒いから南国に来たかった。そして帰るのは明日だと。
随分帰るのが早いなと言いたかったのだが、なんというのかわからず諦めた。
しかし彼女はおれの訊きたいことを読み取ったかのように、「何日もホテルに泊まるお金もないから」と付け足した、のだと思う。

言葉が通じないのは不便だ。
だがそのぶん、彼女が何を言っているのか読み取ろうと懸命にその表情をみつめることができたし、おれのためにゆっくり発音してくれる彼女の気の利いた優しさに触れることもできた。
寒いところから来たという。
おれの国も今は冬だが、彼女の国はもっと寒そうだ。
そういうことをもっと聞きたい。
なにを言ってるのかわからなければわからないほど、知りたいことが増えては重なっていく。
もっと知りたい。
何と尋ねていいのかわからないもどかしさに身をよじりながら、おれは自分の言葉で「あぁ好きだ」と呟いていた。





自分も行ったという彼の言葉は本当だったようで、地下鉄の乗り換えもどの出口から出るのが一番近いのかも、全部教えてくれた。
地下鉄を降りてからは、他の観光客についていけばあっさり目的の場所に辿りついた。
ガイドブックの表紙にもなる有名な白亜の像の前には観光客が群がり、きゃあきゃあと楽しげな歓声があちこちで弾けている。
なるほど立派だな、と私はそれを見上げてひとり静かに思う。
感想を言い合う相手がいないことにはじめは少し寂しく感じたが、今は慣れてしまった。
ただ、隣にいたサンジ君が「ナミさん」と声をかけたので、今はひとりじゃないことを思い出した。
サンジ君は私のカメラを指差して、渡せと言うように手を差し出している。
言われた通りカメラを手渡すと、さっと私をいい位置に立たせぱしゃりと軽い音で一枚写真を撮ってくれた。
ありがとう、と言ってカメラを受け取ろうとしたとき、彼が急に近くにいた観光客の一人に声をかけ、カメラを指差しながら「シャシンシャシン」とにこにこしている。
話しかけられたその人は、快くカメラを受け取り、構えた。
呆気にとられる私の隣にサンジ君はさっと並び、どさくさに紛れて肩に手まで回した。
おいっと思いつつもなんだか流されて、私は自分のカメラに不思議な記録が増えたことを奇妙な風景に偶然立ち会ったラッキーくらいには感じていた。


写真スポットのそこから抜け出すと、サンジ君は「次は?」と言うように私を見た。
特に考えていなかったので、「いいところある?」と尋ね返す。
首を傾げた彼に、「おすすめは?」と問い直すと、納得がいったように目を見開いてからにっこり笑い、ここから近い有名な植物園の名を口にした。


「もう行った?」
「ううん、まだ」
「行く?」
「そうね、行こうかな」


ここなら歩いていけるわね、と地図を見ながら思わず自国のことばで呟いた私に、それを理解できたはずのないサンジ君が自信満々に頷いたのがおかしかった。

道中、サンジ君もこの植物園に行ったことがあるのかと尋ねたら、ここはまだだと言う。だから私と来ることができてうれしいと。
さっきのように道案内を頼むことはできなかったが、サンジ君は私より地図を見るのが上手く、あっさりとその場所まで連れて行ってくれた。
この国が誇る植物園は巨大な公園のように出入り自由になっていて、世界中の温かい国の草花が一年中咲き誇っているという。
園の中はランニングする若者や犬の散歩をするおじいさん、腕を組んで幸せそうに歩く男女が広い歩道を好きなように行き来していた。


「へぇ、ずいぶん広いのね」


サンジ君は、不思議な形の花びらを広げる植物の写真を撮る私の後ろで「きれいだね」と一言つぶやく。
そうねと相槌を打つと、とてもうれしそうに顔を綻ばせた。
肩から下げたカバンが大した重さもないくせに辛くなってきた頃、サンジ君が休憩しようと言って私を屋根のあるベンチに座らせると、少し離れたところにあるコーヒースタンドまでさっさとコーヒーを買いに行ってくれた。
笑顔で湯気の立つそれを手渡され、私は半ば呆気にとられつつも素直に受け取る。
サンジ君はそれを一口飲むと、むっと少し顔をしかめた。


「どうかした?」
「もっと美味い、おれの国、コーヒー」


片言なりにはっきりとそう言って、サンジ君はちらりと私を見る。
機嫌を窺うように、神妙な顔で。


「美味い?」
「うーん、そうね、私の国のももう少し美味しいかな」


特にまずいとも思わなかったが彼に合わせてそう言うと、サンジ君は悪戯っぽく笑った。


「君に、コーヒー。おれが、あげたい」
「淹れてくれるってこと?」
「うん」


そういえばサンジ君は私について山ほど質問したが、私は彼のことを何も知らない。


「サンジ君も、学生?」
「いや。おれは、コック」
「へぇ!」


若くして料理人とは驚いた。
言われてみれば節くれだった薄い手のひらは器用そうで、指にはいくつもの傷跡があった。


「レストランに勤めてるのね」
「ええと、家が、レストラン。おれの、家」
「あぁ、そういうこと! じゃあ今はお休みでももらってるの」


サンジ君は答えようと口を開き、懸命に瞳をきょろきょろ動かして言葉を探してあーとかうーとか唸っていたが、結局何のことばも引き出せなかったらしく申し訳なさそうに肩をすくめた。
わざとらしいその仕草も様になるなと考えて、様になるってなんだろと首をひねった。
ゆっくりとコーヒーを飲み干す私の隣に腰かけたサンジ君は、少し背中を丸めて私と目線の高さを合わせながら話をした。
つたない英語にときおり意図せず彼の国の言葉が混ざる。
そのたびにサンジ君は慌てて、言葉をかき消すように手を振った。
フランス語、大学で専攻しておけばよかったかなという考えがちらりと脳裏をかすめていった。


日陰のベンチは快適で、私たちはそこでゆうに30分近く座って話をしていた。
16時前の太陽はまだ真昼のように高く、赤道付近のこの国は夜の訪れがずいぶん遅い。
日差しが弱まる気配のないところに出るのは少し億劫だったが、私たちはそろそろ行こうかと腰を上げた。
植物園のテーマごとに分けられたガーデンをいくつか回り、よかったらそのあと夕飯を一緒にしないかとサンジ君が誘ったのだ。
ここまでよくしてもらって断る理由もなかった私は、比較的あっさりと「いいわよ」と頷いた。
彼が小さく拳を握るのを見て、本当にわかりやすい人だなと思わず笑ってしまった。






シティの中心を蛇行する大きな川沿いは小さなレストランやバーが立ち並ぶ一種の飲み屋街のようになっている。
着いたその日の夜、おれはひとりでふらふらとそこを歩いてみたが、まだまだ明るい16時ごろからオヤジ連中が集まりワイワイとやっているのを見て羨ましくなり、ひとりでふらりとバーに入ってビールなんかを飲んでしまった。
観光の遊覧船やリバータクシーがゆっくりと流れる川を見つめながら、向こう岸に林立するビルが反射する光に目を細めて飲む酒はなんだか気取っているようで恥ずかしくなった。
ただ雰囲気だけは抜群で、明るく健康的なくせにどこかロマンティックな趣もありなかなかの立地である。
そこにシーフードのうまい店があるというのをバラティエ──つまりはジジイの店──の連中から聞いていたおれは、勢いごんでナミさんをそこへ誘った。
半ば強引に観光についてきてはあれこれ聞き出そうとするおれを、ナミさんが煩わしく思い始めても不思議ではないと覚悟していたのに、彼女はあっさりと「オーケー」と口にした。
本当に? と聞き返そうとして、やっぱりやめたと言われたら困るので口を閉ざしこっそりガッツポーズで喜んだ。
少し傾き始めた日の光を浴びる彼女の肌は透き通るように白く、そのくせ明るい光を宿す茶色い目は真夏のこの場所によく似合い、Tシャツから伸びるすらりとした腕を快活に振って彼女はおれの隣を歩いてくれた。

だいたいの店がディナーメニューを出し始める17時ごろ目的の店に到着し、込み合う寸前におれたちは席に滑り込むことができた。
英語と、その他のアジアのことばで書かれたメニューを前にして黙り込んだおれに、ナミさんは丁寧にメニューを説明してくれる。
おれは話に聞いていたおすすめの一品だけを指定し、あとは彼女に任せることにして二人でビールを頼み、乾杯した。
ナミさんの飲みっぷりは気持ちいいほどで思わず見とれてしまう。
おれが見ているのに気付くと、彼女は「何よ」と言いたげにじとりとおれを睨んだが、それが照れ隠しだと分かるとまるでおれたちの距離が少し縮んだかのように感じて一人で舞い上がった。
ナミさんが頼んでくれたサラダも、辛みの効いた鶏肉のツマミも、おすすめのシーフードもどれもが美味く、おれたちは休むことなくフォークを動かしては食べ続けた。
食事の合間に挟まれる会話はおれの「うまいな」と彼女の「おいしいわね」がほとんどを占めていたがけして息苦しいことはなく、むしろ腹が膨れていくのに反比例してどんどん頭がふわふわと浮かぶような気がした。
酒のせいだけではないはずだ。
表情をコロコロ変えては料理を味わうナミさんを前に、おれは腹だけでなくどこかもっと深い場所も満たされていくのを感じていた。


店を出るとまだ空は明るく、ようやく西日が赤く照りだしたくらいだった。
これからどうする? と尋ねると、ナミさんは初めて困った顔で笑い、言った。


「そろそろホテルに帰るわ。明日の朝の飛行機だから、荷造りもまだだし」


帰る、と言ったことだけがわかった。
そのあとに付け加えたのはきっと理由だ。
明日帰ると言っていたし、今日は早く休みたいのだろう。
そう、と頷いたおれは自分の顔が情けないくらいしょげていくのがわかったが、ここまで散々彼女を振り回したついでとばかりに、「ホテルまで送らせて」と図々しく懇願した。
ナミさんは少し大人びた顔で微笑んで、「ここから歩いて行けるところなの」とおれを促すように歩き始めた。
彼女の泊まるホテルは本当に近く、歩いて10分ほどで玄関ホールまで辿りついてしまった。
ナミさんはおれを振り仰ぐと、はっきりした声で「今日はありがとうね」と笑ってくれた。
そこでやっと、彼女がおれと過ごした半日を決して厭わないでいてくれたのだと安心する。
ただ、ここで別れてしまったら彼女は遠い北の国へ帰り、おれもやがて自分の国へと帰ってしまう。
何らかの形でつなぎ留めなければやがてこの気持ちもなかったことにされてしまう。
自分のことながらそれが恐ろしく、おれは彼女に「待って!」と乱暴に叫んでカバンからメモとペンを取り出した。
レストランの名前と、街の名前。それにおれの電話番号とメールアドレスを書きなぐって彼女によれた紙切れを押し付けた。

どうか忘れないで、気が向いたら連絡して、もしフランスに来ることがあれば会いに来て。
こんなにも夢中になったのは初めてで、君に会えたこの国は最高だ。
──好きだ、好きだ。君が好きだ。

思いだけが火砕流のようにあふれ出し、我先にと口から飛び出そうとしたがどれも英語で伝えることができなかった。
簡単になら言えるかもしれない。
それでもひねり出したその言葉はおれのものではない気がした。

黙って紙を押し付けるおれに圧倒され、彼女は「あ、ありがと」と受け取ってくれた。
立ったまま無理やり書いた汚いそれを彼女はちらりと流し見ると、おれに手を差し出し紙とペンを渡すよう促した。
なんのことかわからずオロオロするおれからついに彼女はメモとペンを奪い取り、さらさらと自分も鞄を下敷きに何かを書き、「はい」とおれに突き返した。
発音できないアルファベットの並びに、数字。


「国際電話は高いから。電話はあんたからね」


自分が手にしたメモを見下ろし、彼女の言葉をゆっくりと噛みしめる。
気付けばおれは、彼女の肩を掴んでいた。






手渡したメモを見下ろし固まってしまったかと思えば、急に腕を伸ばし肩を掴んできたのでぎょっとした。
顔を上げると、目を血走らせんばかりに必死の形相のサンジ君が何事かをぺらぺら話し出した。
私が彼の国のことばを理解できないと知ったうえで、言わずにおけなかったらしい何かを彼は怖いくらい懸命に伝えようとしている。
フランス語は耳にやわらかく、意味は分からずとも心地よいほどだ。
必死の演説を終えた後、彼はふうと一息つくと照れたように今までと同じ顔で笑ったので、私も思わず笑ってしまう。
彼がなにを言ったのか、まだ訊く機会はあるはずだ。

サンジ君にもらったメモを握ったまま、私は別れを告げて踵を返す。
「待って」という彼の声に振り向くと、サンジ君は一本指を目の前にかざして言った。


「お別れ、あいさつ、イイ?」


お別れのあいさつ、つまりは頬にキス。
私は余裕ぶるつもりで「いいわよ」と頷き、一歩彼に近づいた。
さっと目の前に影が差し、彼が顔を近づける。
片方の頬を差し出すように顔を傾けた私の唇に、ふわっと上下の唇を挟むような柔らかなものが触れた。
驚いて目を見開く私に、顔を離したサンジ君はにっこり笑うと「またね」と彼のことばで言った。



twitterでお知り合いになった大好きな描き手さんゆーこ様(@5210O)にイラストいただきました!!


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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



我が家は同人サイト様かつ検索避け済みサイト様のみリンクフリーとなっております。
一声いただければ喜んで遊びに行きます。

足りん
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