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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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昨夜までの激しい嵐が嘘の様に、穏やかな時が流れる午後。
少し汗ばむ程に暑い日差しを受けるサニー号の芝生の上で、クルー各々が自由に過ごしていた。

そこに暑さを増幅させるかのように一番に騒ぎ出すのは、我らが船長ルフィ。
新しい薬を調合しようとしたものの、目の前の楽しそうな様子に我慢できずに一緒に騒ぎ出したのが、船医チョッパー。
最初はうるせェなどと怒鳴っていたクセに、結局当たり前のように混ざったのは、狙撃手ウソップ。
最終的に傍でなにやら作っていた船大工フランキーが加わり、サニー号はいつも通りの賑やかさである。
そんな騒がしい奴らの間をすり抜け、前方でデッキチェアに座りパラソルの下で優雅に読書をする美女二人の元へと、特製のオレンジジュースとアイスコーヒーをトレーに乗せて静かに階段を上がって行く。

ここまでは普段と何ら変わりはなかった。
ただ、おれの心ン中だけが違っていた。
昨夜のダイニングでの出来事。
嵐続きで数日ほとんど寝れてなかったおれが、あまりの眠気に負けてソファにゴロっと横になって、眠りに落ちかけた時のことだった。
彼女が傍にやってきて…そして、唇に思いもよらねェ感触。
その激しい動揺からようやく落ち着きを取り戻したと思ったのに、今、彼女を目の前にした途端それがあっという間に崩れ去った。
その原因である当の本人…ナミさんには、今さら理由を問いただすことが出来ねェ。
何故なら、おれはその時、それに気付かねェ振りをしちまったから。

「ナミさん、ロビンちゃん、冷たい飲み物をどうぞ。」
いつもは大好きな彼女の名前を口にするだけで嬉しいのに、今日は複雑な感情に邪魔されて自分の声が妙に上擦ってる気がしてならねェ。
「あら、ありがとう。」
「うわぁ、ちょうど飲みたいと思ってたの。さすがサンジ君ね。」
二人同時に笑顔で返事をしてくれて……特にナミさんは毎回おれが嬉しくなる一言をきちんと付けてくれる。
そこでいつものおれならクルクルと踊りだしたりして、それをロビンちゃんがクスクスと笑ったりするのだが…今日はそれが出来なかった。
「じゃあ、後でまた取りに来るから。飲み終わったらそのまま置いといて。」
それだけを作った笑顔で言うのが、今のおれには精一杯だった。
明らかに不思議そうにおれを見るナミさんの視線を左頬に感じる。
自然な感じを装わねェとと思い、目線を上げて彼女の顔を見ようとするが、どうしても視界に入れられなかった。
彼女の口元がチラッと見えるだけで、おれの心臓は飛び出しそうな程にドキッとしていたんだ。

そんな不自然極まりねェおれに、まったく期待していなかった助け舟が入る。
「おーい、サンジィ!!おれ達にも何か美味いモンくれよォーーっ!!」
普段は邪魔にしか感じねェルフィのおねだりする大声に、この時ばかりは確実に救われた。
振り返ると、両手を上げていじけたガキの様な顔をしたルフィが、芝生の上からこちらを見ていた。
「……仕方ねェな。てめェらの分もすぐもって来てやるよ。ちょっと待ってろ。」
おれはそう言って自然な流れを懸命に装い、そそくさとナミさん達から離れる。
「やった!!今日のサンジは優しいなァ~!」
ルフィがシシシ、と満面の笑みになった。
理由はわからずとも、無意識にルフィは普段のおれとは違うことに気付いてるかもしれねェ。
いつものおれなら、しばらくナミさん達と一緒にいたくて、ダイニングに用意してあるおやつを勝手に取りに行けと冷たく言うことがほとんどだから。
だが、今日はこのぎこちねェ空気から少しでも早く離れたくて、その正当な理由を作ってくれたルフィに心から感謝している自分がいた。



「ほらよ、おやつが用意出来るまでこれでも飲んどけ。」
それぞれの好物の飲み物を芝生の上の野郎どもに配りながら、ふとレディ達のいた船首の方へ視線を移す。
ロビンちゃんは相変わらず読書をしているが、ナミさんの姿が消えていた。
…あれ?
なんとなく不安になりながらも飲み物を全ての野郎に配り終え…られなかった。
一度全員の飲み物を用意しにダイニングに戻る前までは、隅っこでイビキをかきながら寝ていたはずのゾロが消えていた。
「ウソップ、ここで寝腐ってやがったクソマリモはどこ行った?」
「あ?あぁ…さっき、ナミにどっかに連れて行かれたぞ。」
「ナミさんに?」
「そういやァ…何だかナミのやつ、すげェ機嫌が悪かったなァ。」
…機嫌が悪い?
何でだ?
ついさっきまではいつもと変わらずの笑顔だったのに。
いったいどこに?
さらに、何で…連れて行くのがあの野郎なんだ!?
とは言え、大海原の中を航海しているのだからこの船ン中にいることには間違いねェ。
とりあえず思いあたる場所を探すとするか…。

考えがまとまらねェままにぼーっと一歩を踏み出した、まさにその時だった。
突然ヒューンと花火の様な音が、サニー号のマストぎりぎりくらいの高さの頭上を勢いよく通り抜けた。
聞き慣れた音に危機感が一瞬で体中を突き抜ける。
その直後、サニー号の左わずか数メートルの水面で激しい水しぶきと爆音が上がった。
砲撃だ…!!
それによって引き起こされた高波に、サニー号が右に左に大きく揺れる。
危険を察知する能力には誰よりも長けているウソップがあっという間に船の天辺へと上り、既に敵を把握していた。
「四時の方向に海軍だァーー!!数は一、二……五隻!?」
「ちょっと待てよ!五隻なんて…そんないるわきゃねェだろ!?」
「いや…サンジ、気のせいなんかじゃねェよ!確かにいるぜ。」
ウソップは、お気に入りのノースブルー製とやらのゴーグルを指で操り覗き込んだままで返事をする。
そっか……嵐が散々続いた後のこの穏やかな海域。
それが逆に災いした。
どこかに任務で航海中の海軍の船団と航路がかち合っちまったんだ。
よくよく考えればある程度そんなことは予測出来ただろうに、嵐の激しさから抜け出せたことですっかり気が抜けてしまっていた。
「おいっ!!海軍の奴ら、どんどん近付いてくるぞ!どうする!?逃げるんなら早く逃げねェと…!!」
ウソップがさすがにオタオタとし始めてきた。
「そりゃ、海賊見つけた海軍が離れていくわきゃねェだろ!おい、どうするルフィ?」
おれはルフィに問いながら、ここで改めて気付く。
こんな時、いつもならとっくにナミさんが的確な指示を出し始めてる。
ナミさんいったいどこに…?

ダイニングのドアから出たすぐの場所に立ってたおれ。
そこから芝生の上にいるルフィに落としていた視線をふと上げると…その先にある女部屋のドアがバタンと音をたてて開いた。
このサニー号の危険を察知して慌てた様子で出てきたのは、もちろんナミさん。
何だ部屋にいたのか…と安心したのも束の間、その後ろからは予想外にもおれが最も気に食わねェ男…ゾロがゆっくりと現れた。
…何であいつが女部屋から出て来るんだ!?
おれは視線の先にいるそんな二人から目が離せなくなった。
程なく、ナミさんがおれの固まったままの視線に気付く。
おれが今どんな情けねェ顔をしているのかは、彼女の冷めた表情でよく分かった。
その時間はきっと僅かなモンだろうが、おれにはひどく重く、長く感じるモノだった。
さらにナミさんの後ろにいるクソマリモまでがおれを呆れた様子で見ている。
それは、溜息まで聞こえてきそうな程に。
次々と頭の中に溢れてくることが、あまりの動揺で何も言葉にならず口から出てこねェ。

そこへ海軍船からの第二波の砲弾が幾つも音を鳴らしながら飛んできた。
さっきのは威嚇だったのだろうか、今回は完全にサニー号に直撃コースだった。
ルフィが跳ぶ。
腹をはちきれんばかりに大きく膨らませ、砲弾を跳ね返す。
勢いよく跳ね返った砲弾は海軍船まで少し距離が足りなかったが、十分牽制になる程度に近い海面で爆発した。
続いてゾロが高く跳びあがり、頭上に落ちてくる幾つかの砲弾を一気に真っ二つに斬る。
ぶった斬られた砲弾はそのままサニー号を飛び越えると、海面にぶつかって爆発し幾つもの水柱があがった。
残りの砲弾はフランキーが舵を巧みに操りながら、ギリギリのところで避けている。
当然サニー号は再び大きく、先程より激しく揺れた。

「きゃ……っ!」
その激しい揺れにナミさんが手摺を乗り越え、芝生の上へ頭から落ちそうになる。
「ナミさん……っ!!」
おれは急いで芝生に飛び降り、彼女が落ちてくるだろう真下へと駆けつけた。
しかし、ナミさんは落ちて来なかった。
いや、それは本来喜ぶべきことであるのだが、見上げたおれの心ン中はひどくざわついていた。
彼女はクソマリモの鍛え上げた右腕でしっかり抱えこまれていたのだ。
「たくっ…気を付けろよ。」
「あ…ありがと。わかってるわよ。」
別にそんな二人を今までの戦いの中で初めて見たわけじゃねェハズなのに、今日は何故だか薄汚ねェ感情が次から次へと湧いてくる。
「……サンジ君?」
黙り込んでるおれに、頭上から彼女の不安そうな小さな声が聞こえた。
…そうだ、こんなことしてる場合じゃねェ。
今はこんな個人的な感情よりもっと優先すべきことがある。
海軍の船団から逃げ切ること……それだけだ。
そうおれは心に言い聞かせ、内ポケットから煙草を一本取り出し、軽く咥えて静かに火を点ける。
そして胸ン中の余計な感情を全て吐き出すかの様に、深く吸い込んだあと宙に向かって煙を吐く。
何となく冷静になれた気がしたと共に、一つ思い浮かんだ案をナミさんに提案する。

「ナミさん、おれとルフィで海軍船に直接乗り込んで時間を稼いでくっから、その間にここから素早く逃げられる航路を探してくれるかい?」
「えっ?」
まあ、ナミさんがそう疑問に思うのも分かる。
こんな時いつもなら自然な流れとして、海軍船にはルフィとゾロとおれの三人揃って飛んで行くからだ。
だが、今のおれにはどうにもそれが出来そうになかった。
おれは視線をナミさんから素早く外し、彼女の隣に立つゾロを見る。
「そういうわけだ……だからゾロ、てめェはここにいろ。」
「あ?何バカげたこと言ってやがんだ。てめェだけじゃ何の役にも立たねェよクソコック。残るんならてめェが残れ。」
ゾロは偉そうにおれを見下ろしている。
予想通りの反応だが、当たり前の様に苛立つ心は抑えられねェ。
「役に立たねェのはてめェの方だクソマリモ!今回はサニーに残って飛んで来る砲弾でもずっと斬ってろ。」
「はぁ!?たった今でさえ何も出来なかった間抜けな奴が何言ってやがる?そんな奴が行ったところで先が見えてんだろうが。てめェが残っとけ。おいルフィ、行くぞ。」
そう言ってゾロは手摺を軽々と飛び越えて芝生の上に降り、ルフィの方へさっさと歩いていく。
ただでさえムカつく奴に、さっきは何も出来なかったという痛すぎる図星をつかれて余計に腹が立つ。
「だから、てめェはここに残れって言ってんだよ!!」
おれはゾロの前に右足を突きだして、わかりやすく邪魔をした。
それに対して歩みを止め、冷めた様子で言い返してくるゾロ。
「今のてめェじゃお荷物だってさっきから言ってんのがわかんねェのか。」
「うるせェんだよ。なんでおれがてめェの言うこと聞かなきゃなんねェ。」
「…その言葉そっくりそのまま返すぜ。」
「…んだとこらァ!」
いつもと似たような喧嘩への流れに、ナミさんが頭上から声を張り上げた。
「ちょっと何やってんのよ!そんなくだらないことで揉めてる場合じゃないでしょ!」
「いや、いいさ!面倒臭ェからまとめて二人とも一緒に連れて行ってくる!!」
ナミさんの声に続き、今の状況には場違いなルフィの陽気な声がサニー号に響き渡った。
おれとゾロが同時にその声の方を向くと、海軍船がいる方向とは反対のサニー号の手摺に掴まった両手が見えた。
その遥か後ろの海面上にはゴムゴムの能力で両腕をぐんと伸ばしきっているルフィの本体。
それを見たおれとゾロは溜息を同時につき、身構えた。
「じゃあな!後のことはナミ、頼んだぞ!!」
ルフィ自身がその声を合図にしたかのように、ゴムゴムの反動で勢いよく跳んでくる。
そして途中でおれとゾロを両手に絡め取ると、そのままルフィは海軍船に向けて一直線に跳んだ。



「……痛っ!」
「ちょっと我慢してくれよ、サンジ。かなり傷が深いんだ。」
「あぁ、分かってる。気にせず好きなようにやってくれ、チョッパー。」
水平線に太陽が沈み始めた頃、おれは医療室のベッドの上で船医チョッパーに手当を受けていた。
情けねェことにさっきの海軍との戦闘でおれだけが、かすり傷とは言えない傷を左脚に負っちまった。
「よし、これでオッケーだ。明日まではなるべく歩くなよ。」
「わかった……なるべく、な。」
正直あまり言うことを聞く気はねェが、医師としてのチョッパーの頼もしい様子にひとまず従うフリをしておく。
ただ一つ困ったことに、上半身の怪我ならシャツを着りゃあほぼ隠れるが、太腿の怪我に包帯をがっちりと捲かれちまってる今のおれはそうそう細身のパンツが穿けなくなってた。
仕方なく膝下丈の太めのカーゴパンツを穿くことにする。
ま、ここらの海域が少し暑いくらいで助かった。
一安心してベッドからゆっくり立ち上がった直後、我慢の限界に近い痛みが怪我の存在を主張するように襲ってくる。
思わず呻きそうになるも、ここであまり痛そうにする姿をチョッパーに見せちまったら、確実に動くのを止められちまう。
「ありがとな、チョッパー。」
おれは半ば無理やり笑顔を作り、医療室を後にした。

幸いダイニングには誰もいなかった。
さて、これから夕食の準備だ。
腕まくりをして気合いを入れ直し、左脚を庇うように歩きながらキッチンへと向かう。
だが、一歩進むごとに痛みを訴えてくる左脚が、自分の情けなさを嫌でも思い起こさせる。



あの時一番手前にいた海軍船にルフィ、ゾロ、おれの三人で飛び乗り、そこからさらに各々が散らばり一隻ずつを担当するような形で戦った。
それぞれが目の前の敵を各々のやり方で順調に撃破していく。
海軍船の五隻という数とそれに比例した海兵の人数の多さは予想通りだったが、幸運にも厄介な強者はいないようだった。
だが、三人で三隻。
つまり残りの二隻は、サニー号に向かって攻撃を続けている。
一刻も早くやっつけねェと、とおれは内心焦っていた。
そのせいか、今思えば動きに無駄があったのだろう、疲労を感じるようになるまでもすこぶる早かった。
そっか、更にここ数日おれはろくに寝れてなかったんだ。
どうりで体が重いワケだ。
そんなことを思い出して肩で大きく息をしていると、この場とは全然関係ねェあることまでもが頭に浮かんできちまった。
それは、昨夜のナミさんからの突然の出来事。
戦闘中にそんな余計な事を頭に思い浮かべたのが失敗だった。
目の前の敵を条件反射で蹴り飛ばし、その勢いのまま背後の敵を蹴散らす。
そこまでは良かった。
だが、その後がまずかった。
そばに倒れていた海兵への注意を怠った。
左太腿を後ろから貫く激しい痛みが急激に襲う。
振り返って見下ろすと、おれよりは少し年上だろう若い海兵がうつ伏せのままおれを睨みつけ、右手に握りしめた長剣でおれの左太腿を突き刺していた。
前に向き直ると、太腿の前方からも剣先が突き出ている。
当然、軸足に力の入らなくなったおれはその場によろけて膝をついた。
それを見た海軍がとどめとばかりに一斉におれに斬りかかってくる。

その時だった。
海兵たちが一気に空中にすっ飛ばされ、海に落ちていった。
何が起きたのかはすぐにわかった。
それは、一番ムカつくヤツの背中が目の前にあったからだ。
「ほら見ろ。てめェはやっぱり足手まといじゃねェか。戦闘中に色恋沙汰のことなんざ考える奴はヤられて当然だ。」
情けねェことに助けられたことは紛れもない事実で、おれには何も言い返せなかった。
とりあえず無言のままためらいなく太腿に刺さった剣を抜き、側に適当に放り投げる。
血がどっと噴き出る左脚の付け根にほどいたネクタイをきつく捲き、応急の処置と止血を自分自身で手早くする。
一段落してから溜息とともに顔を上げると、視界にサニー号が入った。
サニー号から紅いのろしのようなモノが、空に向けて一直線に上がっている。
「おい、ウソップの合図だ……戻るぞ。」
おれはそう言いながら平静を装いつつ立ち上がるも、左脚に普段の様には力が入らずふらついた。
「手を貸すか?」
刀を鞘にしまいつつ、冷めた表情でおれを見下ろすゾロ。
誰がてめェなんかに手ェ借りるかよ……!
「余計なお世話だ。てめェは自分の心配だけしとけ。」
「ふん、そりゃあてめェの方だろうが。」
「……うっせェ。」
気分転換に煙草を吸おうとしたが、両手にはおれ自身の血がべっとりとついていて、あっという間に吸いたい気分が失せた。
「ルフィ!サニーに戻るぞ!!」
「おう!わかった!!」
おれとゾロのいる船にちょうど飛んできたルフィがすぐおれの怪我に気が付く。
「サンジ、大丈夫か!?」
「あぁ、大丈夫だ。」
「なら、いいや。戻ったらすぐチョッパーに手当してもらえよ!」
「そうだな。」
ルフィはいつもそうだ。
あまり深く物事を聞かねェ。
でも、この時はそれがすげェ有難かった。
その後すぐに来た時と同じ要領でおれ達はサニー号に戻り、ウソップの煙幕とナミさんが見つけた航路への指示で、サニー号は危険から素早く脱したのだった。。



そういや、あの時クソマリモの奴、何か言いてェことを珍しく我慢してるように見えたな。
…いったい何だ?
そんな疑問が浮かんだ時、ダイニングの扉が静かに開いた。
ドキッとして振り返るとナミさん……じゃなくてゾロだった。
自然と深い溜息が出る。
おれは再びキッチンに向き直った。
「何の用だよクソマリモ。情けねェ怪我をしたおれを笑いに来たのかよ。」
「ま、それもあるが……。」
ゾロはドアを閉め、ダイニングのソファにどっかりと腰をおろした。
…何だ?
滅多に……というか今までにこんな状況は記憶がねェ。
気になるもののおれは振り向くことはせずに、下準備してあったスープを火にかける。
「てめェの情けなさは怪我だけじゃねェだろ。」
「……はァ?」
「クソコックが……心当たりがねェとは言わせねェぞ。そのせいでおれはナミからえらいとばっちりを喰らってんだからな。」
「ナミさんから…?」
思わず振り向いてゾロを見る。
ゾロは腕組みしたまま嫌そうにおれを見る。
「そうだ、今日のてめェが中途半端な行動ばかりとりやがったから…そのマヌケな怪我までおれのせいにされちまって、ガーガー言われまくって堪ったもんじゃねェ。」
「この怪我がてめェのせいなワケねェだろ。」
そう、今回はおれの完全なミスによる怪我だ。
何でナミさんがそれをこのクソマリモのせいにしてるんだ!?
それから……こいつはさっきからいったい何が言いてェんだ?
疑問の眼差しのおれを見て、ゾロは右手でボリボリと頭を掻き出した。
「んなこたァ分かってるが……あー、やっぱりてめェの顔見るとイライラしてくる。」
「……そっちからわざわざここに来たんだろうが。」
ゾロは短く息を吐きだすと、再び立ち上がった。
そしておれを真剣に真正面から睨みつける。
「てめェが勝手に知らぬ素振りを決め込むのは一向に構わねェが、その為にいらねェ不安を抱いてる奴がいることを覚えとけ。」
「……?」
「てめェで仕掛けたことぐらい、てめェでかたをつけろって言ってんだ。」
「おれがてめェにいったい何をしたってんだよ?」
ますますワケがわからねェ。
「おれにじゃねェ、ナミにだ。」
「……ナミさんに!?」
「後はてめェ一人で考えろ。おれはそこまで世話してやるほどお人好しじゃねェよ。」
そう言うとクソマリモはドアの方へさっさと歩き出した。
考えたくもねェ嫌な予感に襲われたおれはスープにかけた火を止め、左足を引きずりながらも早足でドアへ向かい、ゾロの右肩を後ろから力いっぱいに掴んだ。
「いったい何が言いてェんだきさま…!!」
「うるせェな。しいて言うなら……」
面倒臭そうに肩越しに振り向いたゾロが続けて言った。
「いくら船がメリーの時より広くなったからって、お前らの他に仲間がみんな乗ってるんだ。何するにも時と場所を考えろ。」
「な……!?」
「ま、それでてめェが使いモンにならなくなるのはおれにはまったく関係ねェことだが、他の奴らが困るだろう。それに…最悪お前らが今のまま中途半端なら、おれにもあいつを手に入れるチャンスがあるわけだ?」
……ちょっと待て!!
おれの心臓がドクンと大きな音を立てた後、そのまま止まったような感覚に陥った。

こいつ知ってやがる!?
どうやらいくつか思い浮かんだ中でも、最悪の予感が当たっちまったようだ。
昨夜ダイニングでソファに寝ちまってたおれが、ナミさんにキスをされたこと。
……そして、今まで何度かその逆に、テーブルに伏せって寝ていた彼女におれがキスしてたことを。
もしや、見られてたってことか…!?
それも、よりによってこのクソマリモに!!
その答えに辿り着いた時、おれの頭ン中は一瞬で真っ白になった。

「わけわかんねェこというんじゃねェ!!」
気付くとおれは焦りのあまり、考えるより早くゾロに蹴りを繰り出していた。
もちろん脚に怪我をしているおれが本来の力を十分に発揮できるわけがなかった。
それを分かりきっているゾロは、冷静におれの怪我をしてる軸足を勢いよくすくい上げ、後方へおれを思いっきりすっ飛ばした。
ドスッ!ガラガラ、ガラーーン!
椅子がおれと一緒に床に転がるでけェ音が辺りに響き渡った。
ただ事じゃねェ音に隣の医療室にいたチョッパーが飛び出してきた。
「何やってんだ!おまえら!」
おれの耳にチョッパーの驚く声は入ったが、もうそれどころじゃねェ。
おれは怪我を庇うことなくすぐに立ち上がった。
「サンジ!傷が開いちまうよォ!おい、ゾロもやめろって!!」
チョッパーの声を無視しておれは再びゾロに向かって蹴り上げる。
残念ながらその一撃は後ろに避けられ空をきったが、その勢いを止めずに膝を曲げ奴の腹に蹴りこんだ。
軸足に力が入りきらねェ分普段よりは威力は小せェが、ゾロを吹っ飛ばすには十分だった。
今度はゾロがドアと一緒にダイニングの外へ吹っ飛び、外の手摺に背中をぶつける。
外れたドアが芝生に一回転して落ち、そこにいた数人がこちらを驚いた顔で見上げているのが見えた。
「…ってェな。八つ当たりも程々にしろよ、クソコックが。」
「何だと…!?」
「自分の不甲斐なさを他人に当たりやがって、その通りだろうが。」
その言葉と同時にゾロは刀の柄でおれの鳩尾を鋭く突いた。
胸の痛みと共に一瞬息が止まる。
おれは再びダイニングの中へ吹っ飛んだ。
そこへウソップが慌てて階段を駆け上がり、おれ達の間に割って入って両手をめいいっぱい伸ばす。
「おい!お前らやめろって!!」
「おうおう、てめェらよくもまあ派手に壊してくれたもんだな!」
続いてフランキーの怒鳴り声が外から響いてくる。
本気で怒ってはいないが、そりゃあ無駄に大事な船の一部を壊されたらいい気はしねェだろう。
……ここが潮時か。
イライラした心は一向におさまらねェが我慢するしかねェ。
鳩尾に残る痛みを堪えて、大きく息を吐き出した。
そしてゆっくり立ち上がろうとした時、床に滴る血に気付いた。
「ほら、やっぱり傷が開いちまったじゃねェか!!そのまま待ってろよ…すぐ手当するから!」
チョッパーが急いで医療室へ戻っていく。
その姿を見送った後、おれは正面へ向き直る。
ドアのあった場所に仁王立ちの様にしておれを見下ろすゾロがいた。
夕日を背に受けていて、黒い陰になったその表情ははっきりと読み取ることが出来ねェが。
「クソコックが…それだけ動けりゃギリギリ使い物にはなりそうだな。」
「ふん、言ってろよ……ただ、」
「……ただ?」
「てめェには絶対渡さねェ。」
おれの真剣な一言に、ゾロがニヤッと笑った。
いや、そんな気がしただけなんだが。
おれ達の間に挟まれ、その会話を不思議そうな顔で聞いていたウソップ。
そのウソップに「行くぞ」と一言残すと、ゾロはこの場を去った。

おれ達の喧嘩が普段とは違うことを察知して本気で止めに入ったのに、あっさりとり残されたウソップはわけが分からねェ様子で言葉が出ないといった感じだった。
そのせいか、しばらくしてやっと出た言葉が、
「サンジ、大丈夫か?」
というありきたりのモノだった。
「あぁ、大丈夫だ。悪かったな……騒がせちまって。」
「いや、そりゃあ別にいいんだけどよ。」
「……ん?なんだよ。」
何かウソップが言いたげな様子が気になった。
「いや、何でもねェ。無理すんなよ、サンジ。」
「あ?…あぁ。」
その後すぐにウソップも去り、静けさを取り戻したダイニングにはチョッパーがおれを怒る声と、フランキーがドアを付け直す音がしばらく響いていた。



おれは医療室のベッドの上に座り、深くため息をつく。
「なぁ、チョッパー。ちゃんと約束は守るからさ、いいだろ?」
「ダメだ!夕方だって目を離したらゾロと揉めて大変だったばかりじゃねェか。かなりひどい怪我なんだ。今日はおれもここから離れねェから、勝手に動くことは許さねェぞ!」
机に向かっていたチョッパーが椅子をクルっとまわしておれを睨む。
「あぁ、じゃあ煙草だけ外で吸ってきていいか?」
「…一本だけだったらここで吸っていいからここで吸え。」
「ばーか、医療室で吸えるわけねェだろ。」
軽く受け流そうとするおれを、チョッパーはクソ真面目な顔でずっと見ている。
仕方ねェ、今のところは諦めるか。
おれはベッドにドスッと音をたてて仰向けに寝転んだ。

チョッパーの監視のもとで、夕食作りと後片付けはきっちりさせてもらえたが、その後再び治療をすると言われて素直に従った結果がこれだった。
ま、明日の朝食分はそんなに仕込みのいらねェ簡単なメニューにするか。
今ある食材で何を作るか…?
目を閉じながら翌朝の献立を考え始めていると、医療室のドアを優しくコンコンと叩く音がした。
「いいぞ。」
チョッパーがこの部屋の主らしく、ちょっと偉そうに返事をする。
それに反応してドアがゆっくり静かに開く音がした。
僅かに流れてきた匂いに、目を開けずとも訪問者が誰なのかがおれにはすぐにわかった。
「ナミか、何だ?」
「あ、うん。何か知らないけど、ウソップがチョッパーをすぐ呼んできてくれって言ってたから。」
「え!ウソップが!?何か怪我でもしたのか?」
「……特にそんな感じじゃなかったけど、とにかく焦ってて……すぐに来いって。」
「うん、わかった!」
チョッパーが椅子から慌ててぴょんと飛び降りたものの、おれに視線を向けているのを感じる。
「あ…でもおれ、サンジが勝手に動かねェように見てなきゃいけねェんだ。」
「……大丈夫なんじゃない?」
「いや、油断するとかなりの痛みでもサンジはすぐ動き出すからよ。おれ、ずっと見ていようと思ってたんだ。」
……こりゃ、完全におれは眠ってると思われてるな。
ま、チョッパーが出てって少し経ったら抜け出すか。
そう思った瞬間だった。
思いもよらねェことをナミさんが言い出した。
「それじゃあ、チョッパーが戻ってくるまで私がサンジ君を見ててあげるわ。これで問題ない?」
…え、ナミさん!?
「そっか、そうだな!ナミの言うことならサンジは絶対聞くもんな。わかった、お願いするよ!!」
「えぇ、安心して。」
「うん、何かあったら呼んでくれ!」
「わかったわ。」
ナミさんの穏やかな返事の後、チョッパーがパタパタと小走りする音がして、ドアがバタンとしまった。

チョッパーと話しているナミさんの声は、その優しい笑顔が想像できるくらいに穏やかなものだった。
それなのにおれが今ホントは起きていると知ったら、やっぱり急に変わっちまうのだろうか。
それがどうしてももったいねェ気がしてたまらなくて。
おれはすぐに目を開けられず、寝たフリをきめこんだ。



そのままどれだけの時が経ったのだろうか。
あんまり間をあけずに戻ってくると思ったチョッパーは、なかなか戻ってこなかった。
チョッパーがこの部屋を去ってから、ずっと流れ続ける沈黙の時間。
ナミさんがどんな表情をしてるのかとかすげェ気になるけど、今さらやすやすと目を開けられねェおれがいた。
そんな心の葛藤が限界に達する頃、前触れもなく静かな時は破られた。

「ちょっと……いつまで寝たフリ続けてんのよ。また何か期待してるんじゃないでしょうね?」
……!!
ナミさん、今何て言った?
「そのまま待ってたって、夕べみたいに何もイイことなんてしないわよ。」

ナミさんのその言葉でおれは確信した。
昨夜、おれがホントは起きていたことをナミさんは知ってる……!!
つまりあの時のナミさんからのキスを、おれが知っているということを。
……ってことは、ナミさんはそれをわかった上で、さっきからずっとおれと二人きりのこの空間に無言のままでいたんだ。
何故?
けど、それをそのまま問いただすのもどうかと思うわけで。
今はとにかく、このまま寝たフリをするのが無駄なことだけは明らかだった。

おれは観念してゆっくり目を開ける。
ナミさんは先程までのチョッパーのように机に向かって、おれに背を向けて本を読んでいた。
新たにページをめくる音がする。
「……バレてた?」
「今日の態度見てればわかるわよ…っていうか、わかりやす過ぎるわよ。サンジ君だったら、全然あんなこと慣れてそうなのに。」
ナミさんにはまったくおれを見る素振りはなく、本に目を落としたままの様子が後ろ姿からでも見てとれる。
机に左手で頬杖をつき、右手は親指ではじく様にページをいじっていた。
それを見てふと気づく。
そういや、今おれが目を開けるまでにページをめくる音なんて一度も聞こえなかった。
ということは、おれが寝たフリしてたのと同じように、ナミさんも本を読んでるフリをずっと…?
新たな疑問が不意に浮かんだせいで、すぐに返事しなきゃいけねェのに変な間が出来ちまった。
その間に耐えられなかったのか、ナミさんが少し怒った様子で言葉を続けた。
「そのせいでゾロにまで恥かくの我慢して確認しちゃったじゃない……!」

その言葉で全てわかった。
ナミさんの行動の理由が。
多分、昨夜ダイニング出た所ででも、ナミさんはゾロと鉢合わせになったんだ。
あいつのことだ。
ナミさんに問われた時、実際に見たことを隠すことなんてしなかったんだろう。
そしてナミさんは誰にも……おれには絶対言わないでと言ったことは安易に予想がつく。
だが、昼のおれの様子があまりにも変だったから、もしかしたらゾロがおれにからかうように言ったとでも思って。
それで、誰にも聞かれないようにする為に、わざわざ女部屋にゾロを引っ張って問い詰めてたのか。
それであいつがイラついて、おれにつっかかって来たわけだ。
まあ、イラつくのも当然だな。
おれがはっきりナミさんに向かい合わねェクセに、寝てるナミさんには勝手にキスしてたのを何度か見ちまってるんだ。
おれが逆の立場だったら耐えられねェ。
だが、あいつはきっとナミさんの気持ちを想って……。
ちくしょう…!あいつに負けた気分だ。
いや、おれもナミさんを想う気持ちなら負けねェ……!!
ナミさんからの想いが、今のおれの心に流れ始めてる。

ナミさんが本をパタンと閉じた。
「ま、サンジ君にとっては何てことないことなんだから、関係ないか。」
そう呟くように言って、彼女がすっと立ち上がる。
おれもそれに合わせて起き上がる。
「紅茶でも淹れてくるわ。」
「おれがするよ。」
「…いいわよ。それぐらい自分で出来るから。」
ダイニングへ続くドアへと歩き出したナミさんの左手を掴む。
「だってナミさん、チョッパーとの約束で今は、おれと一緒にいなきゃいけねェんだろ?」
「……仕方ないわね、勝手にすれば。」
「ナミさんの言葉のままに。」
そう言ってさっとベッドから立ち上がりかけたのだが、床に足を着いた途端に左太腿から激痛が走る。
「…痛っ!!」
普段は軸になる左脚に力が入らず、予想以上によろけた。
しかし、おれはそのまま転ばずに済んだ。
ナミさんが代わりにおれを支えてくれていたから。
「だから……あんたは立派な怪我人なのよ。おとなしくしてなさい。」
「ごめん、少し油断した。もう大丈夫だから。」
ホントに油断した。
チョッパーの治療はやっぱりすげェ。
横になってたら、痛みをすっかり忘れていたんだ。
それよりも今、転びそうなおれを支えてくれているはずなのに、彼女から抱きついてる感じになっている。
このまま抱きしめてェ気持ちが雪崩を起こしそうになるがギリギリで堪え、彼女から離れた。



ナミさんがキッチンで湯を沸かし始め、カップ二つとティーポットを用意する。
おれはダイニングの端の椅子に座ってそんな彼女を何も言わずに眺めていた。
少し前に立ち寄った島で買った茶葉がめちゃめちゃ美味くて、その店のオヤジに教えてもらった美味しい淹れ方を数日前、偉そうにナミさんに教えたんだっけ。

その時の彼女は、近頃では珍しく海図を書く為に根を詰めていた。
あまりに疲れた様子に、気分転換をと思って夜遅くキッチンに誘ったんだ。
いつもならそのまま椅子に座って待っているのに、その日はキッチンに入ってきておれの手元をジーッと見るもんだから、つい軽い気持ちで声をかけた。
「ナミさん、この紅茶の美味い淹れ方を教わったばっかなんだけど、教えてあげようか?」
「え、教えてくれるの?」
「あぁ、いいよ。」
あまりにも素直なナミさんの反応に内心ドギマギしながら、そんな素振りは見せねェよう一つ一つ丁寧に教える。
出来上がってから一緒に飲んだ時のナミさんの嬉しそうな顔は、今でも目に焼き付いて離れねェ。

そんなことをフワッと思い出している間にトレーにティーポットとカップを乗せてナミさんが歩いてきた。
無言で横に立つと、おれの前にカップを置く。
そして向かい側にもう一つ置いた後、彼女も椅子に座った。
目の前にいるのに、お互いがお互いを見ていない状態のまま、おれはカップに口をつけた。
美味かった。
おれがこないだ教えた時と寸分の狂いもなく、茶葉の香りが口の中に広がる。
それが喉を通り胃に入ると、体と心が同時にホカホカとしてきた。
まるでナミさんの優しさがおれを包み込んでいるかのように。
一口でしっかり落ち着いた。
冷静になれた。
頭も冴えてきた様な気がする。

考えてみりゃ、いくらウソップが呼んだからと言ってあれだけおれから離れねェと言い張っていたチョッパーが、こんなに戻って来ねェのはどう考えてもおかしい。
そんなことを思いながら、フランキーが直してくれたドアをふと見やる。
そういやウソップの奴、あん時何か言いたそうに去っていったような……?
ちょっと待て、もしかするとあいつ…。
その時、遠くから微かにチョッパーの声とウソップの声が聞こえた気がした。
しかしホントに微かだったから、ナミさんの耳には届いてないようだった。
おれは頭を掻きつつ俯く。
ウソップめ…はかりやがったな。
あいつにはチョッパーを呼ばなきゃなんねェ急ぎの理由なんて、最初からねェんだ。
ただ、チョッパーをおれから引き離し、このナミさんと二人きりの時間を作るために呼んだだけで。
今日様子のおかしかったおれを見かねて、頼みもしねェのにナミさんをおれに近付けるよう仕向けたんだ。
多分あいつはクソマリモのように全てを知ってるわけじゃねェ。
だが、単によく周りに気の付くアイツは、勘だけでそうした方がいいと悟ったんだろう。
はァ…ここまでされて何も変わりませんでしたじゃ、後で勘弁してくれねェか。
て言うか、そんなに気を使われて情けねェというべきだろうな。

今夜ははぐらかさずに、きちんとナミさんに向かい合おう。
それでどうなるかは…今のおれにはまったく予想出来ねェが。



「…サンジ君?」
ナミさんが呼ぶ声におれは顔を上げた。
思い起こせば、しっかりと彼女の目を見るのは昨日以来だった。
「やっとナミさんのこと、ちゃんと見れた。」
「……ホントね。」
彼女はちょっと驚いた様にブラウンの目を見開いた。
「気にしてた?」
「…何を?」
「おれのこと。」
彼女はハァーとため息をついた。
「気になるでしょ。避けられてた上に普段しない大怪我までして。全部私のせいみたいじゃない。」
「……いや、言う程大怪我じゃねェし、それにナミさんのせいじゃねェって。おれが不甲斐なかっただけだよ。」
おれはそう言って彼女に笑みを見せ、カップに口を付ける。
ナミさんが頬杖をつき、横を向いた。
「ホント不甲斐ないわよ。私はいつだって気付かないフリして気にしないように頑張ってたのに、一人で馬鹿みたいじゃない。」
「……!?」
「一回だけでそんなに狼狽えるなんてまさか思わなくて。サンジ君からは何度もしてるんだから、どうってことないハズでしょ?」
「え…っ!? 」
「きっとサンジ君は、私と違ってそんなこと慣れっこなんだろうし。」
「……!!」
彼女の横顔を見たまま、おれはすぐに言葉が出なかった。
続けざまに彼女が口にした言葉たちが、おれの頭ン中でグルグルと回る。
そこから出た答えは一つしかなかった。
冷や汗がわき出てくる。
「ナミさん、ひょっとして……毎回知ってた?」
「……私、そんなに鈍く生きてきてないわよ。本気で気付かれてないって思ってたの?」

仲間となり、旅を共にするようになってから色んな冒険や出来事を経てきて。
その中で、ナミさんと距離が徐々に縮まってきてるような気がして。
夜遅くなるとナミさんがダイニングに来てくれて、航海日誌をつけたりする合間に一緒にお茶する回数も増えて。
終わると他愛もない話をしたりして。
それだけなのに、すげェ嬉しくて。
いつの頃からかおれがちょっとダイニングから出て戻ると、たいていナミさんはダイニングテーブルに伏せて寝ていた。
最初は上着をかけてあげるだけだったのが、彼女の寝顔が可愛くて頬にキスするようになり、その後引き寄せられるように唇へと。
(ま、それをあのクソマリモに見られてるとは夢にも思わなかったが。)

「……だよなァ、やっぱり。」
「そうよ、今さらわかったの?」
「…うん。」
やべェ、もう立ち直れそうにねェや。
おれはテーブルに頭を伏せた。
「そんなに落ち込むんなら最初からしなきゃ良かったじゃない?」
「あ……まァそうなんだけど、あまりにも寝てるナミさんが可愛くて大好きな気持ちが止まらず、つい。」
彼女の問いに答えながら、疑問がフッと浮かんだ。
それがそのままおれの口をついて出る。
伏せたまま顔だけムクッっと上げて上目づかいにナミさんを見つめた。
「ナミさん、何でいつも気付かねェフリしてたの?」
「え…っ!!」
彼女の横顔が驚きと共にこっちをむく。
「だっておれ調子に乗って何度もしちゃってたし、嫌だったらその時怒っても良かったの…に…」
言いながらおれは…分かった。
おれ自身でその答えを言っていることに。
嘘のようなホントの話。
おれはしっかりと起き上がった。
そして彼女の目を再び真正面から見つめる。
「ナミさん、おれからのキス…嫌じゃなかったんだ?」
「……!!」
彼女の顔が瞬時に紅く染まる。
「…そうなんだろ?」
「……。」
再度問うも、彼女の口から答えは出て来なかった。
「おれは、昨日の夜は何が起こったか一瞬わかんなかったんだ。大好きなナミさんからの突然のキスにどうしていいかわからなくなっちまってた。それで、何の反応も出来ねェうちにナミさんがここから出て行って……次会ったらどんな顔して話したらいいのか、とかずっとガキみてェにあたふたしてた。」
「……。」
彼女は相変わらず無言だった。
でも、黙ってはいるが、おれのことを見た上でちゃんと話を聞いてくれている。
「さっき、ナミさんはおれにとってはどうってことないだろうって言ってたけど、それは違う。おれは本気だから。おれにとっても物凄く大切なことだよ。」
「……!」
「そんな大切なことをナミさんもおれにしてくれたんだろ?」
「それは…!!」
「それとも…ナミさんは他の奴にも気軽にするのかい?」
ナミさんが顔を更に真っ赤にして両手をテーブルにつき、勢いよく立ち上がった。
「何言ってんのよ!?そんなわけないでしょ!!」
「……じゃ、別にいいじゃん。」
おれは右手で頬杖をついてナミさんを見上げる。
そして、左手は伸ばしてナミさんの右手を優しく握って包み込んだ。
「ナミさん、こっち来て。」
「え?」
おれは握った手をテーブルの端に沿って引っ張る。
その流れに逆らわずナミさんは歩みを進め、あっという間におれのすぐ傍に立っていた。

あいていたもう片方の手を同じ様に握り締め、おれ達は向き合う。
その手をしばらく見つめた後、ナミさんの顔を見上げる。
「何よ?」
その表情は先程の紅く染まった可愛いらしさからは一変し、緊張した固いモノになっていた。
思わずひるみそうになる。
けど、今は…ちゃんと彼女に伝えたい。
おれは右手に包んでいた彼女の手を開放する。
それからあいた右腕を彼女の腰に素早く回すと、強引にひき寄せた。
「きゃっ!何…!?」
ナミさんの口から驚きの言葉が出る頃にはもう、ナミさんはおれの右腿を椅子代わりに横向きに座っていた。
おれは両脚で逃げださねェように彼女の脚を挟む。
そして、両腕で彼女を思いのままに強く抱き締める。
「ナミさん。」
「……だから、何よ?」
右耳のすぐ傍で聞こえる彼女の声にドキドキが止まらねェ。
言葉とは裏腹に完全におれに体重を預けている彼女の様子で、おれの腕の中から怒って逃げ出す様子はねェことを確信した。
おれは抱き締めていた腕の力をゆっくり緩め、左手で彼女の顎をクイっと上に向ける。
おれとナミさんの唇の距離は僅か2、3センチ。
「だから……、ナミさんと一方的じゃねェキスがしたい。」
おれが囁くように言うと、ナミさんは口の端を上げてほんの少し笑った。
「この状況、既にサンジ君の一方的なんじゃない?」
「……じゃあ、逃げればいいさ。」
「逃げて欲しいの?」
「…ダメ。」
「逃げちゃおうかなぁ?」
悪戯っぽく微笑むナミさん。
もう駄目だ…そんな彼女も可愛過ぎておれはどうしようもねェ。
「絶対に逃がさねェ。」
「…仕方ないわね、ちゃんとつかまえて…て…」
彼女が言い終わる前におれはその口をキスで塞いだ。



唇をお互いの思うまま交し合ってどのくらいの時が流れたか。
ドアの外で大きな声がした。
ウソップとチョッパーの声だった。
どうやらウソップがチョッパーを引き留める限界の時間が来たらしい。
おれの名前を連呼して戻ってこようとする船医と何やら理由をつけてそれを阻止しようとする長鼻の世話焼き。
その二つの声が徐々に近づいて来る。
「ちょ…ちょっと待って!一回おしまい!!」
ナミさんが慌てておれを両手で突っぱねて押しのけ立ち上がった。
おれとしてはもっとナミさんの唇を味わっていたかったんだが。
今までのこそこそとしたキスとはまったくの別もので、その感触の破壊力はハンパなかったんだ。
ウソップがもうちょっと頑張ってくれたら…などと自分勝手な考えばかりが浮かんでくるも仕方ねェ。
ここで無理してナミさんに嫌われたくねェし。
ま、今夜のことはウソップのお節介のお蔭であることは確かなのだから、素直にあいつには感謝するしかねェか。

そんなおれのモヤモヤが伝わったのか、ナミさんが一度向けた背をクルっと翻しておれを見下ろす。
「続きはあんたの怪我が完治してから。」
「え……今の続き、あんの?」
「え…!?」
彼女はしまったという顔をしている。
「だから、続きって…その続きじゃないわよ!」
「何の続き?」
「え!?あ、だから…!」
おれが楽しんでる事にどうやら気付かれたようだ。
途端にナミさんが冷静になる。
「…もう、別に続きがなくてもいいのよ。」
「あ…いや、ゴメン。そりゃ嫌だ。」
ナミさんはにっこり笑った。
それはおれが大好きな彼女の笑顔だった。

「さて、と…」
「あ、いいわよ。サンジ君は座ってて。」
テーブルに手をついて立ち上がろうとしたおれを、ナミさんが素早く手を伸ばして制した。
それからダイニングのドアを勢いよく開け、外のうるせェ二人へ怒鳴る。
「ちょっと!うるさいわよ二人とも!!」
ナミさんの一言で外の声がピタッと止まった。
「だ、だってよ…ウソップの奴がわけわかんねェこと言っててなかなか戻って来れなくてよォ。」
「な、何言ってんだよチョッパー!?だから、まだ色々用事があるって言ってただけで……!」
ブツブツ言い合いながら二人がダイニングに入って来る。
するとチョッパーが椅子に座っているおれを見て驚く。
「あれ、サンジ!何でお前起きてここにいるんだよ!?」
そっか、おれチョッパーには寝てると思われてたんだっけ。
「いや、それはだな……」
「私が紅茶どうしても飲みたくなったから、サンジ君を起こして付き合ってもらってたの。大丈夫よチョッパー。私が淹れたから、サンジ君はそこに座ってただけ。ほとんど歩いてないから何も問題ないわ。」
「そ、そっか…。ほらウソップ!お前がくだらねェことでずっと引き留めるから、ナミに無理させちまったじゃねェか。」
「チョッパー!お…お前それは言うな!!」
「何でだよ?」
「い、いやあ、それはその…」
ウソップの狼狽えっぷりから、おれの推測が完全に当たっていたことが証明されたようなもんだ。
だが、そのあたりのことはまだチョッパーには理解出来ねェだろうな。
この場をウソップの為にもどうやり過ごすか…そう考え始めた時、ナミさんが一気にその場を仕切った。
「じゃ、後は私が片付けておくから、サンジ君はチョッパーの言う通りにおとなしく医療室でもう寝なさい。」
「…そうだな、じゃあ行くぞチョッパー。」
おれはそれに素直に従うことにした。
「お、おう!ナミ、おれの代わりに看ててくれてありがとう。」
無邪気にお礼を言うチョッパーにナミさんが微笑む。
その様子を見て、落ち着かねェ奴が一人。
ウソップだ。
「お、おいサンジ…いいのか?」
…ったく、こいつはどこまでお人好しなんだか。
おれはそれにはすぐに答えず、先にナミさんに振り返って声をかけた。
「ナミさん、ちゃんと言う通りにすっからさ。完ぺきに治った後の続き、楽しみにしてる。」
「ちょっ…サンジ君、何言ってんの!?」

それからウソップにもついでに一言。
「世話かけたな。」
空気の読めるウソップにはそれだけで十分だろう。
お節介な凄腕の狙撃手は満足そうに笑った。

「じゃ、おやすみ。」



おれはチョッパーの後について医療室へ入り、ベッドに横になる。
すると、自然とナミさんと二人きりでのさっきの出来事が次々と頭ン中に浮かんでくる。
このまま眠りに落ちると、起きた時にそれらの出来事がすべて夢だと思っちまうんじゃねェかと不安がよぎり、自然に指先が自分の唇を触る。
ナミさんの唇の感触は今もおれの唇に鮮烈に残っていた。

今はこの不甲斐ねェ怪我をしっかり治そう。
そしたら、その後にまたナミさんと特別な思いで向き合える時間が確実にやって来る。



その時には、もう一度キスからはじめよう。





〈終〉






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タイトルがどんな感じに繋がるのかな~と思っていたら最後の一文でどーんときて
わー素敵! 
なにより柊子さんのこのお話、第一弾公開作品の小説の中で唯一のサンジ視点で、
あのプロットをサンジ視点で書けてしまうということに脱帽しました!
そんで! なにより、ナミさんからのこっそりキスだけでなくサンジからの(しかも日常的な)こっそりキスがここにきて明らかにされるという!
プロット通りにならなくて~と作者ご本人様からうかがいましたが、これはこれで全然おいしい(じゅるり

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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
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